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ザハロワ主演日だけ観に行くとして、「バヤデルカ」2回、「ファラオ~」1回は確実として、あとびわ湖ホールでの「ファラオ~」、今現在絶対観に行く!と決めてる公演だけで4公演、観に行くことになりそうです。キャスト次第では兵庫県立芸術劇場での「バヤデルカ」も観たいし。ほんと~にもう、お金がいくらあっても足りない!グラチョーワのニキヤも余裕さえあれば観たいし、フィーリンのソロルも観てみたい。ただステパネンコのニキヤっていうのがちょっとねぇ・・全然イメージじゃない(ガラで「影の王国」の部分だけはよく観てるけど)。どう考えてもガムザッティの方が似合いそうなんだけど。かなりこわそ~なガムザッティがよく似合いそうだ。とは言いつつもこれは完全に「偏見」そのものなので、実際に観てみたらけっこういいのかも知れないけれど。だけど、ザハロワのニキヤを観た後では、やっぱり観られないだろうなぁ。ザハロワのニキヤは、私の中で殆ど最高のニキヤなんですよねぇ。今までたった一度しか観てはいないんだけど、そのたった一度の舞台で完全に魂を奪われてしまったの。あれほどまでに寺院の巫女としての神聖さとか、犯し難い気品とか、権高とさえいえるようなオーラに包まれた存在って、ほんといないと思う。ある意味、あんまり女っぽくはないんだよね。だけど寺院の聖なる舞姫としてはそれでいいと思うし、そうしたザハロワの特徴、女王然としたその個性は、「影の王国」の場面なんかでは実に完璧なまでに、冷たいほどに美しいの。私はザハロワのファンだから、どんな役を踊ってくれても少々感覚が麻痺してしまって、冷静かつ客観的に観るということが出来なくなってしまうのだけれど、それでもニキヤという役は、今まで私がザハロワ観た中では一番のはまり役だと思う。(オデットはまた例外として)だから、今回ボリショイが「バヤデルカ」持ってきてくれると知った時は、ものすごく嬉しかった。まだまだ先の事ではあるのだけれど(来年の5月・・)今から本当に楽しみなのだ。もちろん、とにかく踊りまくるらしい?「ファラオ~」も楽しみ。あと、両演目ともザハロワと同じ舞台でアレクサンドローワ観られるというのもけっこう嬉しい。
2005年10月30日
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先ほどNBSのサイトを覗いてみたらビックリ!来年のボリショイ来日公演の詳細が発表になってました。心配だったチケット代ですが、両演目ともS席1万9千円と、思ってたよりもお安かったのがなんとも嬉しい。「バヤデルカ」「ファラオの娘」共々、セットとか大がかりなものになりそうなのにこのお値段とは、正直ちょっとびっくりですよ~。1万円台でボリショイの舞台が観られるなんて♪詳細はNBSのサイトに発表になってますけど、ただ私的にはザハロワ&ウヴァーロフの組み合わせで観られないというのがちょっと残念ではあるけれど・・でもツィスカリーゼは初見なので、彼がどんなソロルを見せてくれるか期待することにしよう。グラチョーワ&ウヴァーロフの「バヤデルカ」も観てみたいけど、今回私はザハロワ出演日だけ観に行くつもり(と言うか余裕がないから観に行けない)なので、多分無理だわぁ。あと、関西在住者には嬉しいお知らせなのが、びわ湖ホールで「ファラオの娘」、西宮に新しく出来た劇場で「バヤデルカ」公演があること。キャストはまだ不明だけど、びわ湖ホールでの「ファラオ~」はS席1万5千円とのこと。地元でボリショイが観られるなんて嬉し過ぎ!キャストはまだわからないけど、多分こちらも観に行っちゃうと思います。あ~、それにしてもなんと言うか書いてるだけで興奮してきちゃったよ(笑)。やっぱり私はボリショイが好きだわ~。世界で一番好きなバレエ団かも。パリオペでもロイヤルでもここまでボルテージは上がらなかったと思うんだけど。ロイヤルの場合、「マノン」だから観に行った、っていうのもあるしね。大好きなバレエ団を、大好きな演目で(「バヤデルカ」ね、「ファラオ~」は観たことないし)、大好きなバレリーナ(ザハロワ)で観ることが出来るんだもの。思ってたよりチケット代も高くはなかったし、地元でも公演がある、とあっては嬉しくて少々今、舞い上がっちゃってまともに思考できてないかも(笑)。
2005年10月29日
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急に寒くなったせいか、3日間ほど風邪を引いて寝込んでしまった。ようやく回復したけど、季節の変わり目、皆さんも気を付けてくださいね。だけど、「オネーギン」と重ならなくて良かったよ。あともう2週間だものね。まだまだ先のことのように思っていたけど、ほんとに月日の経つのは速いなぁ(って、毎回そればっか言ってるような・笑)。前回東京へ行ったのは7月の暑い盛りだったのに、今回は秋も深まった11月。あれからはや4ヶ月も経とうとしているなんて、なんか信じられないくらい。私なんていまだにあの「マノン」の印象覚めやらず、って感じなのに。あ~、それにしても「マノン」。7月に3回も観たというのに、そして心から満足したはずなのに、それでもまだ観たい。もぅほんとに私はマノンが好きで好きで仕方が無いわ。なんでこんなにもマノンが好きなんだろう?う~ん、よくはわからないけど、思うにマノンというヒロインが、あまりにも私自身とかけ離れた、正反対のキャラクターだからではないかと思う。私自身はと言えば、良くも悪くもかなり真面目な人間だと思う。いや、相当いい加減なところもあるんだけれど、全体としては「真面目」な部類に属すると思う(もちろん、殆どの人がそうだと思うけど)。「常識=良識」というものが嫌と言うほど身に付いて、それらに縛られずにはいられない。私は「人間いかに生きるべきか」などと言う類のことを家庭で結構教えてもらった方だと思うし、「善悪」とか「倫理」とか、そういう「人間として大切なこと」「人の道」というものを、かなり強く身に付けてしまった方だと思う。それについては、全く親に感謝するしかないのだが、別面ではそうしたものに縛られずにはいられない「性」のようなものも背負っていると感じることもある。その「重み」に少々疲れてしまうこともあるのだ。「息詰まる」とでも言おうか、そんな気分に襲われることも度々ある。この「閉塞感」とでも言うべきものを時には全て放り出して、「空っぽ」になってしまいたい、そんな風に思うことだってあるのだ。とは言え、そうは出来ない自分自身のこともよ~くわかっている。そうは出来ないし、またそうしたくもないのである。全く矛盾しているようだけれど、そうしたいと思う気持ちがある一方で、「理性」が私にブレーキをかける。そんなことをしてはならない、という「罪の意識」にも責め苛まれる。良くも悪くもそんなこんなでこれまでの人生生きてきた私は(もちろん、殆どの人がそうなんだろう、とは思うけれど)、そんな自分とは正反対のキャラであるマノンに、ある種の「憧れ」を抱いてしまったのかもしれない。あんなにも「無邪気」で「自己本位」で「人の気持ちを考えない」で「好き勝手」に生きているマノン。「己の心の欲するまま」行動し「自分の気持ちに正直」なマノン。「美しく」「可憐」で、「異性の心を忽ち虜にしてしまう」マノン。「無垢」で「ピュア」で「子供のまま」のマノン。全てが自分とは正反対!人間って、自分とは180度違うタイプの人間に惹かれたりするところがあるけど、私のマノンに対する気持ちというのもそれと似たようなものがあるのかも知れない。私もあんな風に生きてみたい、という気持ちが絶対どこかにあるのだ。と同時にあんな風には生きられない、ということもよくわかってる。マノンに憧れる一方では、あんな風になりたくはない、という完全に矛盾した気持ちさえ抱いている。とにもかくにもマノンは、私を魅了してやまない。まだまだ観ていない作品がたくさんあるけれども、マノン以上に私の心を魅了するヒロインには、多分きっとお目にかかることは無いだろう。これから観てみたい演目、たくさんあるけれど、それらの作品のヒロインって、どこか自分と似てるとこがある(本でざっとあらすじを読んだだけだから実際にはわからないけど)。「マノン」ほどに、自分とその作品のヒロインとの間にギャップのある作品って、他には無いと思うのだ。そんなこんなで私のマノン好きは多分私の生きてる間中、ずっと続きそうなのです(ちょっと大げさ過ぎかも知れませんが)。
2005年10月25日
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来年はパリオペもボリショイもマリインスキーも来日してくれるわけだけど、私もいつかはそのバレエ団の本拠地(という言い方でいいの?)でバレエを観てみたいと思うわ。「いつか」、というのがいつになるのかわからないっていうのが一番の問題だとは思うけど(笑)。皆様ほんとにいろいろ観に行ってらっしゃるのねぇ~。私的に一番行ってみたい劇場は、マリインスキー劇場なんだけど、ここだとツアーとかじゃなきゃかなり不安だよねぇ。ロシアって、距離的なことで言えば一番日本から近いはずなんだけど、なんか一番遠くに感じる。ロンドンやパリやニューヨークの方が心理的にはずっと近く感じられるし、行きやすくも感じられるんだよね。まぁただの偏見かも知れないんだけど。だけどロシアってなんか治安も悪そうだし(ってこれこそ偏見そのものかも知れないんだけど)いつテロに遭うかわからない状況っていうのは・・・まぁ今時世界中のどこに居てもテロに遭う可能性はあるわけだけど。だけどマリインスキーを抜きにしても、いつかはサンクトペテルブルクを訪れてみたい。ペテルブルクは世界中で私が一番訪れてみたい憧れの街。この前NHKの世界遺産の番組でも取り上げられてたけど、ちょうど10年前の夏、「女帝エカテリーナ」というエカテリーナ2世の伝記のような本を貪るように読んで以来、エカテリーナの生涯の大部分の舞台となったペテルブルクは、私の憧れの街となった。レニングラードという街の名は、かすかにどこかで聞いたことがあったような気がするけれど、ソ連崩壊時、まだ中学生になったばかりだった私にはあまり記憶がなくて、小説の舞台であるペテルブルクがソ連時代レニングラードと呼ばれていた、という事実については知らなかった。いずれにせよ、ピョートル大帝が命を燃やして創り上げた夢の都。ある意味「脱露入欧」を目的に創られた完全に人工の都市なんだけどね。ネヴァ河なんかを眼にした日には、もうほんと感涙ものかも。
2005年10月21日
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京都はこれからいよいよ観光シーズンに入りますが、私は懲りもせずまたまた舞妓さん体験を予約してしまいました。だってね~、ほんっとうに楽しいんだもの、舞妓ちゃん体験は。まずなによりも、日常とはかけ離れた非日常を楽しむことが出来る。自分でない自分になれる、っていうのは他ではなかなか経験できない。そしてなによりも舞妓さんのいでたちをさせてもらうことにより、日本文化の持つ素晴らしさというものを実感する。こんなにも美しい装いがあるということ。それだけで、本当に素直に感動してしまえるのだ。普段バレエを観ることにより、西洋(と一括りにしてしまうのも乱暴な話ではあるけど)の「美」というものには、ある程度触れることができている、と思う(とは言え、殆ど自信なし)。だけど、日本人である私が日本の「美」に触れられる機会はあまり無い。と言うか日本人が日本の「美」を、知ろうとはしないのだと思う。「芸術」と言えば即ち西洋のそれを思い浮かべ、何故だか自分の国のそれについてはあまり関心が無い。私自身がそうだったからよくわかるのだ。何故だか無意識のうちに西洋の文物の方が程度が上で、高尚なものであるかのように思っていた(ほんとにあくまで無意識のうちにね)。「日本人が日本を知らない」とは、本当に的を射た言葉だと思う。実は素晴らしいものをたくさんもっているのに、そのことに気が付いていない、気が付こうとしない日本人が本当に多い。数年前にどこかで読んで、いまだに忘れられない言葉がある。「ナショナルな人間でなければ、インターナショナルな人間にもなれない。」どこで読んだ言葉か、また1字1句このとおりだったかと問われれば自信はないんだけど、妙に納得したのを覚えている。どこの国でも、自国の文化に誇りを持ち、他国の人に対しても堂々とそのことを主張できるような人間になれるよう、教育されていると思う。だけど日本国が、そういう教育に熱心だとはあまり思えない。少なくとも私自身は、学校でそういう教育を受けたとはあまり思えない。(とは言え単にサボってただけかも知れないんだけれど)行き過ぎた愛国主義教育にはもちろん反対だけれども、今のように教育で殆ど教えられないというのもどうか。自国の文化についてはなにも知りません、では国際社会で通用する人間になれるとも思えない。逆の立場になって考えてみればすぐわかることだ。例えばフランス人が日本に来て、フランス文化についてとても詳しく話してくれたとする。私たち日本人はそれを聞いて、そのフランス人に尊敬の念を覚えると同時に、彼(彼女)の話をとおしてフランスという国自体に対しても大きな興味を覚えるに違いない。彼の話が自国への誇りと愛着に満ちていれば、きっとフランスという国に対しても私たち日本人はきっと大変良いイメージを抱くことができるはずだ。逆に日本に来ているフランス人にフランスのことを聞いて、もし彼(彼女)が「さぁ、私フランスについてはあまり知らないから」などと答えたとしたらどうだろう?(フランス人がこういう答え方をするかどうかはわかりませんが)フランス人なのにフランスのことを知らないなんて、一体この人はなんだろう?と、とても奇異な感じを覚えるに違いない。だけど私には私自身を含め多くの日本人が、この後者のタイプに属するような気がしてならない。(フランスを取り上げたのに特に意味はありません)小学校からの英語教育もいいけれど、本当の意味での国際人を育てたいのであれば、そういうことにも留意して欲しい。今のまま自国のことをなにも知らず、英語だけが達者の日本人が出現するようになったとしても、それはまるで根無し草のような存在だと、私は思う。人は、母国の保有する栄養素を吸収できるだけ吸収し、その後で、インターナショナルな舞台にも出て行きたければ出て行くべきだ。もちろんその栄養素には薬となる部分もあれば、毒となる部分もある。けれどもそれが「国」というものだ。地球上の全ての人が、この「母国」というバックグラウンド無しでは語れない、と言っても過言ではないと思う。私たち日本人は、その「母国」をあまりに軽く見すぎてはいないだろうか?
2005年10月19日
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今年の紅葉は例年よりも遅れてるそうなので、信州への旅行(と言えるほどのものでもないけど)もちょっと様子見。今回は乗鞍高原と美ヶ原へ行くつもりなんだけど。上高地にも行きたいんだけど、なにせ一泊しか予定が取れないものだから無理だろうなぁ。今年の夏は、初めて霧ヶ峰高原へ行ってきたんだけど、ちょうどニッコウキスゲが満開!という最高の時期に行くことができて、ほんとうに綺麗だった。もう辺り一面ニッコウキスゲの花、花、花・・・青空の下、高原の緑の中にニッコウキスゲのオレンジ色が散りばめられて、それは見事なものでした。遠くには八ヶ岳が望めるし、もぅ最高!っていえるくらい時期的にぴったりだったんだよね。来年の夏もまたぜひ行きたい。ほんと~に高原の夏は気持ちいい。秋は秋でこれまた紅葉が見事だし。信州に別荘持ちたいわ~(笑)。
2005年10月16日
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今日ようやく、「オネーギン」のチケットを入手した。ぴあでもイープラスでもB席以下しか残ってなくてどうしようかと困ってたんだけど、「楽天チケット」を覗いてみたらなんとA席がまだ残ってる!早速申し込もうとしてみたんだけど、楽天チケットの場合、発券するまで座席がわからない、というシステムみたいで(一部、座席を選べる公演もあるみたいだけど)・・う~ん、これってちょっと、いや、かなり嫌だわ、発券するまで座席がわからないっていうのは。だって下手なA席よりはまだB席のあの座席の方が良かった、ってことも充分考えられるもの。困ったな~、どうしよう、と悩んだ挙句、もう殆ど「賭け」のつもりでA席を購入。今日ローソンにチケットを発券しに行って来た。一体どの辺りの座席になるのか、相当不安でドキドキものだったんだけど・・・あらま~、びっくり!なんと1階席。かなり端っこではあるけれど、まぁ今からでこの座席なら妥当じゃない?と思えるくらいの席だった。不安が大きかっただけにかなり嬉しい。楽天チケットなんて、私も今回初めて利用したんだけど、やっぱりあまり利用する人いないんだろうか?確かに発券するまで座席がわからないというのはかなりのマイナス要因だとは思うけど。いずれにせよ、無事に「オネーギン」のチケット入手できて良かった。来月が楽しみだわ。(それにしてもルグリの具合はどうなんでしょう?)
2005年10月13日
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NBSニュースで来年のボリショイ来日公演の日程等が発表になりましたね。パリオペの紹介が先だと思ってたからちょっとびっくりだけど、まぁでも私的にはボリショイは来年の一番のお楽しみだから嬉しい♪でもね~、「バヤデルカ」なんてGW真っ最中じゃない・・これはちょっとやだなぁ。新幹線は混むだろうし、ホテル代も高くなりそう・・・お休みと重なるからお勤めの方とかにはありがたい日程なのかも知れないけど。はぁ~、それにしてもパリオペの来日が4月の中旬~下旬で、それから殆ど間をおかずボリショイ。パリオペは多分「白鳥」しか観に行かないと思うけど、ボリショイは「バヤデルカ」も「ファラオの娘」も両方観たいし、一体短期間の間にどれだけ東京との間を往復することになるのやら?キャスト次第では大阪か名古屋へも観に行くだろうし。とにかくザハロワファンとしては彼女の出演する日は全部観に行きたいので、キャスト発表が楽しみ。チケット代の発表は少々恐いけど。でももぅある程度「覚悟」は出来てますけどね(笑)。あと、東京以外でどれだけ公演してくれるかも気になるところ。う~ん、それにしても来月もうチケット発売か・・
2005年10月12日
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ラヴロフスキー版「ロミオとジュリエット」で、印象的だったのは最後の墓所の場面。しめやかな葬送の列がジュリエットの棺を運んで行く。ロシア正教風?の神秘的な光景。一同が立ち去った後にロミオが駆け込んで来る。ここは文字どおり「駆け込んで」来た。(と思う。相変わらずの推量)ビデオで見てみたけど、マクミラン版ではロミオは駆け込んでは来ないよね。墓所に何時の間にか紛れ込んでいた?みたいだけど、ラヴロフスキー版では駆け込んで来るのがなかなかいいと思った。(スタンバイしてるのが見えてたんだけど・笑)それで、駆け込んで来たロミオはマクミラン版のようにジュリエットの遺体(とロミオは思ってる)と踊ったりはしないで、ただ垂直に頭上高くジュリエットの遺体を持ち上げる。(これ、力要るだろうなぁ)それだけで、あとはもう少しなにか名残惜しげにジュリエットを抱きしめたりしていたような感じ(この辺りの記憶もあいまい)で、あとは再びジュリエットの遺体を安置し、毒薬を飲んで死んでしまう。マクミラン版に比べると随分あっさりしている。だけどこれは決して悲しみの感情が伝わっては来ない、とかいうのではなくて、シンプルな演出であるがゆえに、却ってロミオの言い様のない気持ちを表していると言うか、そんな風に私は感じましたね。ちなみにマクミラン版のように、パリスを殺してしまったかどうかは全然覚えていない・・やがて意識を取り戻したジュリエットがロミオの後を追って自殺してしまうのはマクミランと同じような感じだったと思うけど、違うのは最後。ラヴロフスキー版ではロミオが死んで倒れているその身体の上に、ジュリエットは倒れかかりそのまま息絶える。つまり2人は折り重なって死んで行くのね。この2人の最後の姿が、なんだか死後の世界での再生というか、不幸にも若くして死んでしまった2人ではあるけれど、きっとあの世では再会して、幸福だよね、なんて感傷を呼び覚ましてくれたというか。マクミランのようにジュリエットは安置台(と言うべきか、あれはなんていうんだろう?)、ロミオは床の上に、というのではなんかいかにも2人は別々という感じで淋しいけど、こんな風に2人が折り重なって死んで行く、という演出では、悲劇の中にもどこか「救い」があるように感じられて。この2人の最後の姿が私的には印象に残ったのでした。でね、これで終わってくれたら一番良かったのだけど、この後真相を知った両家の人たちがワラワラと舞台に現れて、互いに抱き合ったりして慰めあってるの。2人の死によって長年憎しみ合ってきた両家の確執に終止符が打たれるという、原作でもそうなってるらしい?からまぁ仕方の無いことかも知れないんだけど、なんかいまいち興ざめだったな。私的には最後の2人の姿だけで充分「救い」を感じることができたから、この場面は要らないと思うんだけど、まぁ私ごときがそんなこと言っててもどうなるものでもないので(笑)。と言うわけでラヴロフスキー版「ロミオとジュリエット」の感想は一応これで終わり。感想らしい感想にもなってないけど、でもなかなか上演頻度も少ない?と思われる版を観られたことは良かったです。はるばる横浜&東京まで観に行った甲斐はありました。だけど・・東京公演でのオケはちょっとなんとかして、と言いたくなってしまいましたよ。特に金管は・・・
2005年10月08日
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実は今回「オネーギン」は諦めてたのでチケット取ってなかったんだけど、もしかしたら観に行けるかも?との希望が出てきたので、ぴあとかで調べてみたんだけど・・まぁ予想どおりと言うか、今から良席が期待できるわけも無いことはわかっていたけれど、う~ん、困った・・・もう今からじゃあB席からしか残ってないのよね。一応B席でどの辺りの座席になるのか試してみたら3階のサイド。B席としては悪くは無いと思うのだけど。でもね~、せっかくはるばる東京まで出かけていくのに3階席というのはかなり微妙。だけどもうこのランクからしか残ってないし・・・う~ん、どうしよう。「オネーギン」は近くで観たい演目なんだけどなぁ。これからキャンセル分とかが出てくるのを期待して暫く様子を見てみるべきか、それとも今現在の段階でベストと思われる席を確保すべきか。かなり迷うなぁ。それにしても3階のサイドってどの程度観えるものなんでしょ?意外にも結構観えるものなのかな?それだったらB席で購入するんだけどなぁ。
2005年10月06日
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「王子様系」のロミオ、というのは言葉を変えれば「没・個性的」とも言える訳で、マクミラン版のような生き生きとしたロミオを知っている、現在の観客の1人である私から見れば、どうもいまいち存在感に欠けるというか、あまり感情移入できないというか、そういうところはありました。しかも相手役はヴィシニョーワとあれば、大抵のロミオはジュリエットに位負けしてしまうと言うか・・ファジェーエフとヴィシニョーワが一緒にいるシーンでも、どう見てもヴィシの方が強いオーラで溢れてるんだよね。もしこの2人が幸せに結婚したとしても、絶対ヴィシのカカア天下になることは明らか(笑)。とは言えこれはまぁ私がそもそもヴィシのファンだから、殆ど彼女にばかり眼が行っていた、というせいもあるとは思うのですが。前にも書いたことだけど、もともと私はバレリーナが好きでバレエを観に行くのであって、男性ダンサーにはあんまり特に興味はないの。もちろん素晴らしいと感心するし、バレエの舞台においてなくてはならない存在だとは充分わかってはいるけれど、メインはあくまでバレリーナの方。(私にとってはね)だもんで男性ダンサーには最初から不利な状態なんですよね。だからこの舞台においてもファジェーエフが悪かったとか、そういうことでは全くないので、念の為。(私がバレリーナよりも男性ダンサーの方に眼が行ってしまったのって、後にも先にも新国でフェリ&コレーラの「ロミジュリ」を観たときだけ。あのときはもぅ殆どアンヘルばかり観てたよーな。それぐらい素晴らしい(自分好みの)ロミオだった、ってことだけど、でもだからといって特別コレーラのファンになったとかいうことではないです。)ファジェーエフは容姿は言う事無いし、踊りも良かったし、「ロミオ」としても充分に素晴らしかったと思う。でも、そもそもこの版自体が、あんまりロミオの個性とか内面とかを描くということに、それほど力を入れていない、というか関心を持って創られてはいない、ということなんでしょうか?ストーリーに沿って一応「ロミオ」を創り上げてはいるけれど、あくまで通り一遍に過ぎない、という感は否めないような・・まぁでも、時代が時代ですし、(1940年初演、ということは日本ではまだ「戦前」な訳で、これでも当時としてはかなり新しく受け止められたんでしょうね)こんな風にいろいろ言えるのもこの版を元にして後から創られた版を知ってるからこそ、言えることだと思えば、やっぱり敬意を表さなければならない版だなぁ、と思います。でもこの版にあれだけの「力」を与えて観客を(少なくとも私を)ぐいぐいと物語の世界に引き込んで行ってくれたヴィシニョーワはやっぱ凄いわ。他の人がジュリエットだったらこの版はあんまり印象には残らなかったかも知れない。(とは言え、他の人ならどんな感じだろう?と興味はありますけど。特にザハロワのジュリエットは観てみたいわ。)え~、続きはまた次回に。長引かしてすみません~。
2005年10月01日
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