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私は今月生まれて初めて、舞妓さんの京舞を実際に観るという体験をした。所はなんと東京。今月の8日、「オネーギン」を観に上京した私はホテルにチェックインする前に買いたい物があったので東京駅の地下街に下りて行った。そしたらいきなり眼の前に舞妓さんが!向こうにももう1人。なんと2人も舞妓さんがいらっしゃったのだ。周囲を見回してみれば、京都の観光パンフレットなどがいろいろ置いてある。なるほど、京都の観光PRの一環として舞妓さんも来ておられるのだ。それにしても幸運。普段お引き摺り姿の舞妓さんは夕方~夜、花街周辺ではお見かけすることは出来るけれど、お座敷へ向かう途中で急いでおられるからすぐに通り過ぎてしまわれるし、そうそうじっくりと見つめているわけにもいかない。昼間にはお引き摺りでない、普通のお着物(普段着のお着物、お座敷用でないお着物)でお見かけすることはけっこう多い。白塗りの豪華な着物ではないけれど、頭が日本髪だから、遠くからでもけっこうすぐにわかる。でも今回はお引き摺り!まるで日本画の世界からそのまま抜け出てきたかのようなその姿に見とれていると、「4時から舞妓さんによる踊りが披露されます、お時間ございます方はぜひ御覧になって行って下さい」とのアナウンス。え~、ほんとに~!すごいラッキー♪舞妓さんを見る機会はけっこうあるけれど、舞妓さんの踊りを観る機会なんて今まで一度もなかったのですごい嬉しい。早速コーナーの一角に設えられた簡易式舞台の前に陣取る。舞妓さんお2人は、宮川町の舞妓さん。小桃さんといし彩さん。(いし彩さんの字はこれでいいのかな?)小桃さんは来月には衿替えされて芸妓さんになられるとのこと。舞妓としての期間もあと残り僅かだ。髪には紅葉の花簪が一輪だけ。すっきりしたお姉さん舞妓さんの装いだ。「はんなり」という言葉がぴったり当てはまるような、ほんとうに可愛らしい舞妓さんだ。いし彩さんは、舞妓さんになられてまだ2年目の妹舞妓さん。紅葉の花簪は一輪ではなく髷のところにも挿されてあり、赤い帯揚げも妹舞妓さん仕様。でもお顔はキリッとした理知的な感じの美人さんだ。先ずいし彩さんが「紅葉の橋」を、続いて小桃さんが「大原女」、最後に2人揃って「祇園小唄」を舞って下さった。いや~、正直ビックリしましたよ。舞台にいらっしゃらないときはまだまだあどけなさの残る感じで「わ~、可愛らしい~」という感じだったのが、一瞬にしてプロの顔に!その立ち居振舞いの美しさ、凛とした空気、そしてなによりもあの見事な気品!素晴らしかったです。私は京舞を見るのは生まれて初めてで、舞いそのものの出来、という点に関しては全くわからないのですが、それでもうわ~、これぞ「本物」だ、「プロ」だ!ということだけは実感できました。「本物は美しい」当たり前のことですが、その言葉の意味を久しぶりに実感した感じでした。そしてまだ本当に若い彼女たちから(小桃さんでもまだ20歳くらい、いし彩さんはまだ17歳くらいかな?普通に考えて)このような「本物」だけが放ちうる美しさ、強さ、厳しさというものを感じさせてもらえたことに、また驚嘆でした。舞妓さんたちをお見かけする機会はあっても彼女たちの「芸」にはあまり興味がありませんでしたが、今回思いがけずも京舞を見せていただいたことで、舞妓さん達への興味はさらに掻き立てられた感じです。そしてなによりも彼女たちへの尊敬の念も覚えることが出来ました。まさか東京で舞妓さんの舞いを見るとは思わなかったけれど、本当にラッキーとしか言いようのない経験でした。
2005年11月27日
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今日初めて「マラーホフの贈り物」大阪公演の概要を知りました。大分前に来ていたホールからのDMを先ほど漸く開封してみて知りました。演目は、東京でのAプロと殆ど同じです。違うのはケント&マラーホフによる「白鳥の湖~第2幕」が「ジゼル~第2幕」となっていることだけ。東京バレエ団との共演というのも同じようです。う~ん、これまたかなり微妙で困ってしまうなぁ。私、セミオノワの「マノン」、「黒鳥」が正直1番観たかったんですよね。ルンキナの「ライモンダ」は観たいけど。個人的には「ジゼル」より「白鳥」の方が良かったし。という事でまだ観に行くかどうか決めてません。ボリショイとパリオペの来日がなかったら迷うこともないのだけど。
2005年11月25日
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こうして考えてみるとオネーギンって、決して嫌な奴という訳でもないのかなぁ。むしろ虚栄と退廃の貴族社会に染まりきることが出来ないで訳もわからぬ苛立ちを覚えている、純粋な心根の持ち主という見方も出来るのかもしれない。貴族社会の人間に成り切っていたならば、こんな風にシニカルに、ひねくれた人間にはなっていないと思う。これまで自分が育ち、今現在も身を置いているその社会に対する疑問や苛立ちを抱えているからこそ、こんなふうに斜に構えた人間になってしまったのであろうから。そうなのだ、彼は本当は心から愛したり泣いたり笑ったり、他人との心からの交流を望んでいたのではあるまいか?上辺だけは美しくても中味のない貴族社会での人間関係に、彼は心の底ではうんざりしていたのだ。一見冷たくてとっつきにくそうに見えるオネーギン、だけれど彼は本当は「熱い男」だったのではないか。ただしそのことを、彼自身は自覚してはいない。情熱は彼自身が気が付きもしないような、深いところで眠っているのだ。そんな彼がタチアーナと出会う。タチアーナは彼に一目惚れだ。彼女はそれまで女の子らしいお洒落にも興味のない、本だけが好きな心優しい少女だった。見た目は田舎くさい垢抜けない少女だったけれど、彼女には豊かなイマジネーションと好奇心、そしてなにより「誠実さ」があった。上辺だけ取り繕った存在ではなく、むしろ逆に上辺こそパッとしない少女だったが、その中味は価値あるもので一杯だった。このようなタチアーナこそ、オネーギンが心の奥底では求め続けていた存在そのものではなかったか。オネーギンがもしこの時点で、自らの心の内奥を見つめ、その心が真に欲しているものに気がつくことが出来たなら、きっとタチアーナとの恋は実っていたに違いない。だが残念なことにこの時点での彼は、まだ自分の本当の心に気が付いていない。彼の中に巣くう人間不信の病はかなり根深いものだ。タチアーナのことも、どうせ今までの女たちと同じだ、としか捉えられない。タチアーナの眼の前で彼女から貰った手紙を破り捨てるという残酷な行為をする、このことは前回書いたように彼の今までの感覚からすればたいしたことではなかったのかも知れない。あるいは「俺はもう、女なんかうんざりなんだよ!」という彼の気持ちを端的に示すものであったのかも知れない。だがそうして手紙を破り捨てた後、どこか直感的に気になるところがあったのであろう。一瞬後悔するかのように立ち止まるオネーギン。しかし結局そのままタチアーナのもとを去ってしまう。歯車は噛み合わない・・
2005年11月21日
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昨日で「オネーギン」公演からはや1週間。あっという間に一週間経ってしまった。「オネーギン」は、とても美しい舞台で適度に節度があり、「ドラマティック」というよりはむしろ「ポエティック」と形容した方がよいような、一編の美しい詩を観るような、そんな感じの上品な舞台だったと思う。ドロドロのマクミランが好きな私にはそれが少々物足りなくはあったけれど、でもこれはこれで充分過ぎるくらい素敵な作品だと思う。それにしてもこの演目、「オネーギン」よりも「タチアーナ」か「タチアーナとオネーギン」とかにタイトル変えた方が適切なんじゃ?と思ってしまった。この作品の主人公(文字通りの)って、タチアーナの方だよねぇ。原作ではどうなのか知らないけど、少なくともバレエ「オネーギン」においての主人公はタチアーナの方だと思ってしまった。そもそもあのややこしい性格のオネーギンを描こうと思ったら、2、3時間のバレエという枠組みの中ではとても不可能なことなんだろうと思う。その点タチアーナを主役に据えた場合には物語は非常に解り易くなるし、良くも悪くも単純化される。それにしてもオネーギンという男はこの舞台だけ観てる限りにおいてはとっても嫌な奴。常に世の中を斜めから見ていてはやい話が「ひねくれている」。外見は良くて洗練されていて学問も地位も財産もある。多分なんでも持っている人なんだろう。だけど皮肉なことにそうした「何でも持っている」ということが却って彼の、人間としての大切なものを失わせていってしまった・・ということなんだろうか?この辺り、原作を読んでないので全くわからない。原作とバレエ作品とは基本的に別物、と言うことは確かなことだと思うけれども、オネーギンの人となりに関してはバレエ作品だけ観てたのでは殆どわからない。彼のそれまでの人生がどんなだったか、などということは全く描かれること無く、いきなり親友に連れられてタチアーナ達のいる世界に現れるんだもの。首都の貴族社会で育った彼はその社会の持つ虚飾性に、うんざりしてしまったのだろうか?上辺だけ着飾ったその世界の無意味さ、虚しさを知り過ぎるくらい知りながら、それ以外の世界で生きていくことは出来ない自分自身のこともよく知っているし、またそれ以外の世界があるということも本当の意味で知ってはいないのだ。タチアーナから貰った手紙を彼女の眼の前で破り捨てるなどという、初恋を知ったばかりの少女に対して残酷過ぎると思われるような行為も、彼の感覚からすれば「たいしたことじゃない」ことだったのかも知れない。彼が今まで生きてきた貴族社会にあっては恋とは一種の遊びみたいなもの。恋愛=ゲームなのだ。そこでどれだけスマートに、相手の心を盗み盗まれるか・・虚虚実実の駆け引きが繰り広げられる、そこでは間違っても真剣になってはいけない、真剣になることは即ち「負け」だ。オネーギンが育ったのはそういう世界だ。そんな世界の住人だった人に、生真面目な少女が恋文をくれたからといって、どうしてそれをまともに受け取ることが出来よう。誠意を込めた対応が出来よう。彼はタチアーナから手紙を貰ったとき、むしろ心底嫌気が差したに違いない。「またかよ!」みたいな感覚だったのではあるまいか?そんな恋愛ゲームの世界(もちろんゲームは恋愛だけとは限らない)にほとほと嫌気が差したからこそ、こうして田舎へ遣って来たというのに、ここでもまたそんな目に遭うとは!オネーギンの苛立ちももっともだ。彼にしてみれば世の中にこんな純粋な想いで彼に恋文を遣してきた少女がいるなどとは想像だにできなかったことなのだろう。彼にしてみれば見た目は田舎くさい少女であったにせよ、女(人間)なんて皆同じだ、という認識しかない。タチアーナもあの心底愛想の尽き果てた貴族階級の女と同じにしか映らない(見た目の違いはともかくとして)。
2005年11月18日
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びわ湖ホールでの「ファラオの娘」はルンキナ&グダーノフ、兵庫県立芸術文化センターでの「バヤデルカ」はグラチョーワ&ウヴァーロフ、だそうです(予定)。個人的にはかなり嬉しい。東京までルンキナの日観に行くつもりだったけど、地元で観られるならわざわざ上京しなくてもいいし。グラチョーワのニキヤも観られる可能性大。とは言えそうなると一体全部で何公演観ることになるんだろう?ザハロワ出演日3回に関西での公演2回、計5公演か・・・毎度のことだけどお財布の中身はいよいよ寂しくなりそうです・・・いや、今回はほんとにヤバイかも。パリオペは東京まで観に行けないかも知れない・・・
2005年11月14日
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私個人の勝手極まる連想はともかく、鏡のパ・ド・ドゥはとても美しくドラマティックなので、ガラとかでもっと抜粋上演されてもいい踊りだと思う。あまりこの場面だけが上演されることってないような気がするのだけど?単に知らないだけかもしれないのでなんとも言えませんが。それにしてもヒロインのタチアーナ。彼女はロシアでの「理想的女性」と謳われているだけあって、私的にはほんとにつまらない女性だった。いやつまらないというのとはちょっと違うかな。「極々平凡」とでも言うべきか。どこにでもいそうなキャラクター。都会的な雰囲気の男に一目惚れし熱烈に恋の炎を燃え上がらせるがその初恋は実ることなく、無残な形で終わりを迎える。やがて親戚の男と結婚し満ち足りて幸せに暮らしていたところへ昔の男と再会。自分を振った男が今度は熱烈に言い寄ってくるが心を動かされながらも拒否・・というヒロインの描き方は別に19世紀前半のロシアに限らず、どの時代、どこの世界でも起こりうるような感じだし、日本でもこんなストーリーのドラマや小説があったって全然おかしくない。タチアーナは田舎の貴族としては珍しく?フランス語の小説を読み自分を振った男の残していった書物を読み漁るなど(プログラムによると)、学究心旺盛で大変聡明な女性、というところが大いに違ってくるのかも知れないけれど。失恋の経験(挫折した経験)が契機となって却って人間的成長を遂げる・・というのもこれまた普遍的なものだと思うし、要するにほんとにふつ~の人なんだな、タチアーナは。(とは言え19世紀前半のロシアでこのような人間的成長の仕方を見せる女性は決して一般的ではなかったのでしょうが)とにかくかなり変わったタイプのヒロインが好きな私にとってタチアーナというヒロインはひどく平凡に思え(なにせマノンなんかが大好きな私だものな~)、平凡ということはこれ即ち自分自身とも大いに共通するところがあり、それゆえに心を揺さぶられるようなところはあまり無かったのであります。私がもしタチアーナの立場だったとしたら、今現在の幸せをたっぷりと見せ付けてやって、後悔させまくった挙句確信犯的に相手の眼の前で手紙を「丁重に」破り捨ててやるんだけどなぁ。かつて自分がそうされたのと同じように。あ~、すみません、性格悪いのもろにバレますね、って言うかすでに充分バレてるか(笑)。肝心要のオネーギンについてはまた。
2005年11月13日
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今回初めてこの作品を観て個人的に一番印象的だったのは、第1幕最後での鏡のパ・ド・ドゥでした。素晴らしく美しいパ・ド・ドゥは、あ~、私ってこういうタイプの踊りがほんとに好きなんだよねぇ、ということを改めて再確認させてくれました。二人のパートナリングも申し分なく、2日間とも素晴らしい出来でこのパ・ド・ドゥを観ることが出来ただけでも、わざわざ上京しただけの甲斐はあったと思わせてくれました。本当に夢のように美しい2人の踊り。しかしこの場面が文字通りタチアーナの「夢」であったということが私にとってはなんとなく衝撃的というか、ちょっとしたエロスのようなものを感じてしまったのです。場所はタチアーナの寝室、夜中、そこへ鏡の向こうから恋した男性が現れ・・変な話だけど「薔薇の精」を私は思い出してしまったのです。あの作品には表にこれといって表されてはいないけれど隠された性的な意図がある、などという解釈の本を読んでしまっていたからそんなことをいきなり思い出したのかと思いますが、この鏡のパ・ド・ドゥは「薔薇の精」という作品を私に連想させてしまったんですね。しかもこの場面での2人の踊りは「薔薇の精」なんかとは比較にもならないくらい激しくアクロバティックで、もしもこれが「現実」の場面での踊りなら、現実の世界でのタチアーナとオネーギン2人による踊りなら、ただ恋の喜びを知ったタチアーナの高揚する気持ち、幸福感で一杯の2人の踊りとして、ただただ純粋に美しく幸福と感じてこちらも幸せな気持ちになれたことでしょう。ちょうど「マノン」の出会い、寝室のパ・ド・ドゥと同じように。だけどこの場面での2人の踊りはあくまでタチアーナの「夢」でしかなく、しかも相手のオネーギンは彼女のことを現実の世界では全く愛してはいないのです。にもかかわらずこんなにも激しくアクロバティックな踊りをオネーギンと踊ることをタチアーナが夢に見た、というのは今まで彼女の中に眠っていた「官能」の炎に初めて火が付いた、その衝動が彼女にこんな夢を見させたのだ、とは言えないでしょうか?私はタチアーナが夢の中でオネーギンに犯されているような、そんな印象さえ抱いてしまいました。もちろん彼女自身がオネーギンに犯されることを強く望んだからです。喜んで進んで犯される、というか。異性とかくも激しく踊ることを(交流することを)夢に見る、というのはそんなにありえることではないと思います。であるからこそ、それを夢に見たというのはなんだか非常にショッキングなことであるかのように私には思えて。以上のような感想はもちろん、私個人の独断と偏見以外の何者でもありません。が、それにしても鏡の中から恋する人が、夜中に、自分の寝室に入り込んで来て・・というシュチュエーションはどこか暗示的であるように思われるんですよね、私的には。あ、あと殆どの作品に言えることですが、私は「オネーギン」の原作を読んだことは全くありませんしオペラなども見たことありません。あくまでバレエ作品としての「オネーギン」の感想でしかありませんので念のため。続きはまた次回に。
2005年11月12日
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8日、10日と「オネーギン」を観て、先ほど漸く帰宅しました。疲れたけど、と~っても楽しかったです。感想はまた明日にでも。皆様すでに「ロミジュリ」モードかも知れませんが(笑)。けど、初めて観るバレエ団、初めて観る演目だったけど、これは観に行けて良かったです。クランコの作品って、こんな感じなんだぁ。舞台美術もとっても美しかった。思わず見とれてしまうくらい、別世界を演出してくれていましたね。詳しい感想はまた。
2005年11月11日
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待ちに待ったシュツットガルトバレエの「オネーギン」、いよいよ明日からですね。私も7月以来、ほぼ4ヶ月振りの東京です。バレエを観ること自体、7月のABT公演以来なので、もうほんと~に楽しみ!演目も「オネーギン」、観たことないけどストーリーとか読んでるとなかなか面白そうだし、そんなに頻繁に上演される作品でもなさそうなので、かなり期待してます。どうか良い舞台になりますように。その代わりと言ってはなんですが、今回「ロミオとジュリエット」は観るの諦めました。もともと「オネーギン」が一番観たかったのだけれど、都合が付きそうもなかったので「オネーギン」は諦めて「ロミジュリ」の大阪公演だけ観ようと思っていたのだけど、思いがけず「オネーギン」が観られることになったので、「ロミジュリ」の方は諦めることに。いやもちろん、ほんとは両方観られれば一番いいのだけれど、上京用費用の重みに耐えられず・・というのが本当のところ(涙)。フォーゲル君のロミオ、観たかったけど・・写真とかで見てるとなんかいかにも「ロミオ」って感じなんだもの。貴公子系ロミオと言うべきか?クランコ版「ロミジュリ」というのも観てみたかったし。だけどまぁ、当初の目的だった「オネーギン」を観られることになったのだもの。贅沢は言うまい。
2005年11月07日
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来年の4月~5月はバレエ三昧の日々となりそうだけど、パリオペもボリショイも持ってきてくれる演目は古典ばかりなんだねぇ。クラシックの演目ばかりぶっ通しで観る、っていうのはさすがに少々飽きが来そうで・・もちろん古典の演目は大好きだけど、あまりに間隔が無さ過ぎるんだよね。ボリショイは仕方が無いとしても、パリオペはもう1演目は古典じゃない方が良かったな。「白鳥」は楽しみだけど、「パキータ」はいまいち興味が湧かない・・そう言えば前回パリオペはびわ湖ホールへも来てくれたけど、今回はどうなんだろう?今月中にはNBSでボリショイの2演目セット券が発売されるとのことで、今回初めてこのセット券なるものを申し込むことになりそう。「バヤデルカ」はザハロワ主演の日2日分と、「ファラオ~」はザハロワの日とルンキナの日。「ファラオ~」の初日は多分申し込みが殺到しそうな感じだけど、定員オーバーで受付出来ません、ってことにはならないんだろうか?2演目セット券を申し込む、って初めてなものだからいまいちよくわからないんだけど。今年はマールイの冬公演もあまり観に行けないだろうなぁ。「バヤデルカ」はマールイの版も好きだから観に行きたいんだけど。前にもちょっとだけ書いたけど、シェスタコワのガムザッティがかなり好きなんだよね、私。ルジマトフファンの方待望の?彼女のニキヤもいいだろうと思うけど、キャスティングはどうなるのかなぁ。シェスタコワは西宮に新しくできた劇場で「白鳥」踊ってくれるそうなのでこれだけはほぼ確実に観に行くつもりだけど。
2005年11月03日
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