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事業経営とは、変転する市場と顧客の要求を見極め、これに合わせて、わが社をつくりかえることである。事業とは「市場活動」である。市場にはお客様と競合会社が存在する。競合会社とお客様を奪い合いをするのが事業なのである。市場の変化は目まぐるしい。お客様の要求はドンドン変わってゆく。そのために、わが社の事業や商品は、市場とお客様の要求に合わなくなってゆく。過去において、優れた収益をあげた商品が、次第に、ある場合には急速に収益力を失ってゆく。当然のこととして、それらの変化に対応できなければ、企業は破綻してしまう。事業経営とは、変転する市場と顧客の要求を見極め、これに合わせてわが社をつくりかえることである。 (一倉定の社長学 第1巻「経営戦略」より)
2005.02.28
会社の真の支配者は、お客様である。会社というものは、その会社の商品がお客様に売れて、はじめて経営が成り立つという、何とも当たり前のことを、私は絶えず叫び続けている。というのは、お客様を無視し、無視しないまでも第二義的にしか考えない、という会社が世の中に多すぎるからである。わが社の技術を第一に考える。社員の管理が最も大切だと思いこんでいる。同業者間の牽制に憂き身をやつす。能率とコストと品質だけで経営がうまくいくと信じている。自分の好みをお客様に押しつけようとしている。そして、それらの会社の業績は決して芳しいものではないことを、私は自分の経験から知っている。当たり前である。会社の収益はお客様によって得られるのであり、そのお客様は、自分の要求に合わない商品は買わない。たとえ一度は買っても、二度と買おうとはしないのだ。こんな当たり前すぎることが分からないのか、何故こんなことをいわなければならないのかと腹立たしくさえなるのである。世に、ゴマンとある経営学とか、マネジメントとか称する書物を見ても、「お客様こそ会社の支配者」と主張しているものがどれだけあるか。あまりにも少ないのに驚くのである。反対に、「社員の管理」にばかり目を向けよ、と主張するものが多すぎる。直接目に見えるのが社員だから、こう思うのだろうが、社員が会社を支配しているのではないことは、考えるまでもないのである。直接目に見えないお客様こそ、会社の本当の支配者である、という当たり前でしかも基本的な認識がなくて、経営はできない。この認識の上に立って、お客様を考えてみよう。まず第一に、この支配者は、被支配者である会社に対して、何も命令しないということである。何も命令されないものだから、そこにお客様が会社の支配者であるという感じが生まれないのである。命令はしないけれど、自分の意にそわない時には「無警告首切り」をやる。つまり、だまって、その会社の商品を買わない、ということである。そのために会社は業績不振に陥り、倒産への道を歩まなければならないのである。たまに、クレームをつけるお客様がある。このようなお客様こそ、本当に有り難いお客様である。「お前の会社は、そんなことをしていたらつぶれるぞ」という警告を発してくれる人だからである。何も命令せず、過去の実績は一切認めてくれないお客様を、しっかりとつかまえ、さらに新しいお客様をつくりあげてゆくこと。これが企業の生きる道であり経営なのである。ここに、経営とは、顧客の創造であるという思想が生まれるのである。 (一倉定の社長学 第9巻「新・社長の姿勢」より)
2005.02.27
この後は、見る人によっては、心理的にかなり重たいので、省略します。興味がある人は本を手にとってみて下さい。個人的には、Part3「破産国家の例」(アルゼンチン・ロシア・韓国・メキシコ)・Part6「国家破産以後の世界」あたりがこの本で読みたかったポイントです。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)P.S. このサイトの1923年のドイツに関する記述も興味深いものがあります。
2005.02.26
さて、Part1で、2004年11月からの新札発行を、国家破産へ向けての胎動であると書いた。そして、それが現実化するのは、国民の「心理ゲーム」の危うい均衡が崩れる時であるとも述べた。つまり、その時になって初めてこの国を激震が襲うわけだが、それはどのようにしてやって来るのだろうか?これを予測するのは難しいが、言えることはただ1つ、それが突然襲ってくるか、それともゆるやかに襲ってくるかのどちらかであり、結局は国家破産するということである。つまり、結果は同じで、早いか遅いかの違いだけである。人間というのは結果が最悪なら、それが来るのをできるだけ先に延ばそうとする。今の政府がやっているのが、まさにこれで、これがいつまで持つかというだけである。そこで、筆者は、早い方を「サドンデス」・遅い方を「スローデス」と呼ぶことにした。「サドンデス」(sudden death)というのは、日本語にすれば「突然死」で、サッカーの延長戦やゴルフのプレーオフなどで使われているように、結末が突然訪れるということ。これに対して「スローデス」(slow death)というのは、「ゆるやかな死」。つまり、「心理ゲーム」は不思議な均衡を保ったまま、危機は先送りされていくということである。ただ、先送りというのは本質的な解決ではないから、この間に日本はどんどん貧しくなり、ついには3流国家として、アジアの東端に虚しく漂流しているだけということになる。やはり、これも形を変えた「国家破産」=「死」であるのは間違いない。普通、「スローデス」の方がましと考えがちだが、そうでもない。「サドンデス」なら、国民が危機感をバネにして国家が再生する可能性も万に1つはある。しかし、「スローデス」では国の意志も体力も徐々に衰退し、気がついた時はもう立ち上がれなくなっているのである。したがって、「スローデス」の方こそ要注意だと筆者は考える。では、まず、「サドンデス」シナリオから考えてみたい。【Sudden Death】「サドンデス」の引き金を引くのは言うまでもなく、国債の暴落である。しかし、現在のところ、財務省の国債管理政策はなんとか成功しているので、激震が襲ってくるなどとは、国民は夢にも考えていない。これは、個人国債がまだ売れ続けていることを見ても明らかだ。しかも、Part1でふれた「国債市場特別参加者」(プライマリーディーラー制度)による初めての入札2004年10月14日に行われたのだが、なんと5年物国債の応札倍率が史上最高を記録している。この時は約2兆円が発行されたが、応札倍率は約5倍の9兆8785億円に達した。国債の危機は、応札額が入札額を下まわる「札割れ」によって起こるが、これがまだ起こっていない。つまり、日本の金融機関はまだまだ政府にしっかりと付き合っているから、「サドンデス」はすぐに起こるとは言い難い。しかし、それがいつまで続くと言えるのか?むしろタイムリミットが迫っているのではないだろうか?実は、多くの金融関係者や目ざとい投資家や一般国民の一部は、そのタイミングを逃さないように、今息を潜めて見守っている。なんのタイミングかと言えば、国債を売り抜けるタイミングである。つまり、いつかは長期金利が本格的に上昇をはじめる。だから、その兆候が少しでもあれば、国債を売り抜けるしかなくなるからだ。いくらなんでも、このままデフレが続くということはありえない。となれば、インフレの兆しが見えてくれば、長期金利の上昇はこの先必ず起こる。そして、その時に、日本政府が厳しい財政状況に陥ることを前提にして、国債を売る動きが始まると考えられるのである。おそらく、その先鞭をつけるのは海外の投資家であろう。もちろん、海外の格付け機関が、日本国債の格付けをもう一段階格下げすることも考えられる。あるいは海外のメディア、たとえば東京発で『ウォールストリートジャーナル』が日本の財務官僚の話として、「これ以上金利が上昇すると、もう次年度の予算が組めない」などということを報じたら、この動きは止められない。こうなると、日本の金融機関も、国債を売らざるをえなくなり、一気呵成に国債の“底なし下落”が起こってしまう。この国債の下落は、確実に金融危機をもたらす。というのは、国内の金融機関のほとんどが国債を抱えすぎていて、国債下落による損失に耐えられないからである。この一段階前の局面で考えられるのは、「心理ゲーム」の限界が見えはじめ、一般の国民も「これはおかしい。何かが起こる」と気づくということだろう。もちろん、目ざとい金持ちや投資家は、国債下落の前に自分の資産をどんどん海外に移しはじめる。いわゆるキャピタル・フライト(資本の海外逃避)が急速に拡大する。これが円安となり、さらに、株・債券・円のトリプル安となる。こうなると、政府自身も慌てざるをえない。さらに、国債を大量保有していた銀行、生保、郵貯などは膨大な合み損に耐えられなくなり、政府に助けを求めるようになる。そして、この時には現状の政府では、選択肢は1つしかない。それは、政府が日銀と結託して国債管理政策を強化するということだ。おそらくは、日銀が「禁じ手」である「民間金融機関からの大量の国債の買いきりオぺ」を実施するだろう。これで、政府は国債の暴落を必死になって押さえ込む。しかし、この政策が、どれほどの効果を発揮するかはわからない。「心理ゲーム」の均衡が崩れてしまえば、もはやどんな政策も効果ゼロだからだ。中央銀行である日銀まで、国債の合み損を抱えて赤字決算が続くとなれば、もはや円の価値も急降下する。ちなみに、2003年3月現在で日銀の自己資本率はすでに8%を切っており、決算も赤字である。以上が、「サドンデス」の前半であるが、筆者はこの時期が来るのを2008年までの間と考えている。(個人的には、もう少し時間がかかると思う。)もし、この時期を奇跡的に乗り切ったとしても、2010年以降にそれが持ち越されるだけだろう。では、「サドンデス」の後半、クライマックスはどのようにして訪れるのだろうか?それは、政府が本当に国債の利払いができなくなり、予算が組めず、「非常事態宣言」をするしかなくなった時である。国債暴落によって金融機関が次々に潰れ、株価も急落、企業倒産も激増となれば、もはや打つ手はない。この時、長期金利は5%を超え、株価はバブル後の底値である7700円を割り込み、円安も進んで1ドル200円以上になっているだろう。住宅ローン破産者は激増し、失業者は街にあふれ、もはや国民は政府を信用しなくなり、完全に心理的均衡は崩壊する。この時、国家破産は誰の目にも明らかになる。これはPart4で詳しく述べるが、この政府の「非常事態宣言」とともに実施されるのが、すでにアメリカで発表されている日本経済再建計画だろう。これは、「アッシャー・レポート」とか「ネバダ・レポート」とか呼ばれているもので、IMFによる日本の直接統治である。もちろん、IMFに頼らずに日本独自で破産処理をすることも考えられるが、この国の政治家と官僚にそれができるなら、こんな事態には至らなかったはずである。原爆が落ちるまで戦争を続けていたのと同じで、ここまできたら、残念ながら日本自身による自己改革は無理であろう。IMFの統治というのは、太平洋戦争後のGHQの日本占領に近いもので、この時には「預金封鎖」や「財産税」などの強権的政策が実施される可能性が高い。もちろん、消費税は20%以上になるだろうし、年金の支払いも停止、医療も完全自己負担、失業保険も停止となるだろう。IMFの政策というのは、財政再建が第一であり、そのためにはあらゆる支出を削減するという単純なものだからだ。IMFのモットーは耐乏政策である。財政均衡が彼らの至上命令である。こうなると、国民生活は完全に破壊され、日本は2002年にデフォールトしたアルゼンチンのような状態になる。彼ら(IMF)は国民の生活などおかまいなしである。もう1つの近い例では、1997年以降の韓国の悲惨な経験もある(Part3参照)。これは、ある意味で完全に間違っている処方箋だが、それを招いたのは日本自身であり、自分たちの手で何もできなかったのだから、受け入れるしかあるまい。ただ、この破産処理過程で、これまでこの国を牛耳ってきた旧来の政治家や官僚は追放されなければならない。もちろん、危機の間うたた寝をしていた公務員は大量にクビを切られ、給料も大幅にカットされなければならない。なぜなら、彼らが本当の戦犯だからだ。日本は上から下までの大騒ぎとなるが、それもそんなに長い期間ではない。ただし、この大騒動が収まったからといって、1度破壊された国民生活が元のレベルに回復する保証はどこにもない。これは、倒産後の企業を考えてみればわかる。再生する企業もあれば、再びダメになる企業もある。つまり、日本の再建は、企業倒産と同じように、国民自身の我慢とやる気次第である。もし、そうした気持ちが日本人に失われてしまったら、日本はその先も長い間低迷を脱しきれないで、2流国家、3流国家として転落していくだろう。ともあれ、日本の国際的地位は完全に低下する。サミットなどには呼ばれなくなり、国連への拠出金なども減るので、安保理の常任理事国を望むなど遠い昔話となる。そればかりか、アメリカの完全なる属国(=植民地)として、その庇護のもとになんとか生きていくしかなくなるであろう。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.25
さて、ここまで書いてくると、こんな声も聞こえてきそうである。「政府は巨大赤字かもしれないが、 民間企業の多くは黒字を出している。 個人破産も史上最大を記録したと言いながら、 国民家計の大部分は健全である。 官と民を合わせて“国家破産”というのは、 あまりに大雑把な主張ではないか」これはもっともな主張で、確かににその通りである。国民経済は、官の部分と民の部分の2つの部門から成り立っている。巨大借金を抱えているのは「政府=官の部門」であって、民間部門はバブル崩壊後も必死の努力を続けて再生を図ってきた。バブル経済の絶頂期に1000兆円だった個人金融資産は、今や1500兆円に迫る勢いだ。民間は懸命の努力を継続してきた。それはこの数字にもよく表れている。筆者が「国家破産」と言ってきたのは、正確には「政府破産」であり、官僚経済部分の破産である。しかし、である。政府は“富”を生産しない。国民に寄生するだけである。だから政府の借金は結局、国民が払うしかないのである。つまり、「官」がつくった借金は「民」が払うしかないということだ。国家はもちろん官と民を合わせて国家である。そこで、大雑把に「政府破産」を「国家破産」と言い換えてきたのである。「民」が「官」の尻拭いをする方法は、大きく言って2つしかない。(1)「官」が借金を踏み倒す。 つまり政府は国債を返済しない。 それでチャラというわけだ。(2)借金は踏み倒さないが、重税を課す。 その重税で「民」から搾り取った分を国債の返済に充てる。マクロ的に見れば、(1)も(2)も同じことだ。(1)では「国債を持っている民」(個人・企業)が被害を被り、(2)では「民全体」が重税を払う形で借金を肩代わりし、被害を被る。(1)でも(2)でも「民」が「官」の尻拭いをさせられるのである。その意味で、「政府破産」は民間をも合む「国家破産」につながってくるのである。結局、“抱き合い心中”するしかないということだ。日本国債の97~98%は日本人が持っている。これはいいことでもあるし、悪いことでもある。政府の利払いが外国人の元にいかず、国民の手に戻ってくるのはいいことだ。しかし、政府が「自国民の犠牲があれば立ち直れる」と、安易に考えるとすれば、それは悪いことだ。つまり、外国の銀行家や金融家の圧力がないと、政官はいつまでたっても「真の改革」に着手せず、コストを国民のみに押しつけて“解決”してしまう可能性があるからだ。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.24
■ダイエーと同じで、どう破産処理をするかの問題皆さんは、日頃、新聞・雑誌などでいろいろな「未来予測」を読まれているだろう。「10年後、あなたの生活はこうなる」という類のものだ。日本の新聞が得意とするのは、元旦の紙面で、これを特集することである。かつては、この新聞の元旦特集にはバラ色の未来があった。しかし、最近はこれがめっきり減った。つまり、もはやそういう未来を想像できないほど日本の今後は絶望的であり、さすがに新聞もウソは書けなくなったのである。本書のまえがきに書いた「悪夢」とはいかないまでも、暗い未来に向かって日本が進んでいることは確実だからである。そこで、このPart2では、現在のところ考えられる日本の未来図を示してみたい。ただし、それは未来図などという言葉が持つ明るいイメージとはほど遠く、極めて暗い「最後の審判の日」の物語である。筆者がまえがきで書いたことは、日本が消滅しているという「悪夢」であり、どちらかと言えば筆者の妄想に近い。しかし、これから書くことは妄想ではない。なぜなら、Part1で書いたように、日本はすでに破産状態にあるからであり、日本の未来図というのは、どう破産を“回避”するかという話ではなく、どう破産を“処理”するかという話だからである。このことは、最近の例で言えば、2004年10月、ついに産業再生機構送りが決まったダイエーを考えてもらえば、よくわかるはずである。なかには、産業再生機構入りで一件落着などと思っている方もいるかもしれないので、はっきりと述べておくと、この措置は「“倒産処理”を、産業再生機構で行う」ということであって、ダイエーが倒産したことに変わりはないのである。産業再生とは、要は「倒産と呼ばない倒産」ということであり、日本の官僚の得意な言葉のマジックである。そして、日本国政府もやがてダイエーと同じ運命をたどらざるをえない。ここで思い出してほしいのが、ダイエーに経営危機がささやかれるようになったのは、一体いつだったかということである。それはもう10年以上も前、バブルが崩壊してしばらくしてのことではなかったろうか?バブル期の拡大戦略が裏目に出たダイエーは、本業のスーパーマーケット業務ではとても返済できないほどの不良債権を抱えてしまった。その額は3兆円とも4兆円とも言われ、いつ潰れてもおかしくなかった。しかし、その後なんと10年あまりも生き延びたのである。これは、なんとか生き延びたい経営者、貸し込んだ銀行、それを見過ごしてきた官僚たちが相互牽制状態になり、身動きができなくなったからだ。まず、金融危機が起こると国民を編して、政府は銀行に公的資金(税金=国民のお金)をつぎ込んだ。そして、銀行は2度も債権放棄してダイエーを救おうとした。つまり、破産の先送りである。しかし、その間にもデフレ不況は進行し、もはやこれまでとなって、ダイエーはバンザイするしかなくなったのである。ただ、この最後の処理をどうするかでモメにモメたわけだ。経済産業省、金融庁、銀行団から外資までが参入し、残された資産の分捕り合戦が行われたが、結局は、国が産業再生機構で面倒を見るということが決まった。今後ダイエーは解体され、不採算店舗は閉店し、資産の投げ売り、社員のリストラが行われる。さらに、残った社員の給料も大幅にカットされる。これはどこが当事者になろうと同じこと。どこもやることは破産処理であって、それ以外ではないからだ。だから、日本の国家破産もダイエーと同じことが行われると考えればわかりやすい。つまり、ダイエーの一般社員やパート社員などが味わう地獄を、今後は日本国民のほとんどが味わうのである。しかし、このダイエー処理問題がバカげているのは、事実上の破産国家の一機関が、破産企業の解体・再生を行うことだろう。こんなバカげた話はどこの世界でもありえない。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.23
筆者には、官僚や政治家の友人や知人がいる。そして、その中の一部の人間は、これまで書いてきたような筆者の認識と共通するものを持っている。つまり、「日本はもうおしまい。打つ手がない」ということである。しかし、彼らはこのことを、公には口が裂けても言わない。だから、筆者が代弁すると、財務官僚たちは現在、景気回復をある程度犠牲にしても金利上昇を押さえ込もうと思っているのだ。小泉という表面上の改革一辺倒首相は、「改革なくして景気回復なし」と相も変わらず叫んでいるが、このような日本国のジレンマを全く分かっていないようである。だから、2004年の秋からは「郵政改革」を叫び、財政は財務省に丸投げである。ただ、景気対策を言い出さないだけ、まだ財務省は救われている。もちろん、これは大いなる皮肉ではあるが・・・。ともかく、日本はもうダメである。このダメを1日も早く認め、財政再建(つまり破産処理)をするしかないのに、誰もやろうとしていない。現在、財務省と政府の中には、プライマリーバランスの議論がある。ともかく国債発行という赤字を少しでも減らし、歳出を抑えて、歳入と歳出の均衡(バランス)を取り戻そうという議論である。これは、当然、マスコミでも議論されていて、たとえば読売新聞の記事(2004年8月4日)は、リード(導入部)で、次のように書いている。◆赤字19兆円 火の車 2005年度予算 (「読売新聞」2004年8月4日) 7月30日の閣議で了解された2005年度予算の概算要求基準 (シーリング)は、「2010年代初頭のプライマリーバランス (財政の基礎的収支)の黒字化」という政府目標の達成に向け、 歳出を実質的に前年度以下に抑制した。 しかし、税収が伸び悩む中で、少子高齢化に伴う社会保障費 の増加なども避けられず、黒字化の道のりは険しい。これは、書き方は客観的であっても、政府への完全な警告である。つまり、現在、政府の国債利払い費はゼロ金利に助けられ約8.7兆円だから、なんとか助かっている。しかし、これは金利が上がれば(前述したように1%で3兆円として)、たちまち10兆円を超える。しかも、今後も税収は伸びず歳出は増加するばかり。とすれば、もう予算も組めなくなるではないかということである。繰り返すが、「プライマリーバランス」とは、「過去に発行した国債の償還や利払いを除いた」国の「支出と収入のバランス」のことだ。つまり過去に発行した国債関連の金の出入りは、一応別勘定として棚に上げ、新たに生じる支出と収入を見比べた数字である。プライマリーバランスが良くなるとは、(過去に発行した国債は莫大でも)毎年の収支が向上していて、赤字解消の方向へ向かっているということである。現在このプライマリーバランスは、2004年度予算では、19兆円の赤字なのである。だから、この読売新聞の記事は、2005年度予算に関して次のように批判している。 一般会計の総額は前年度(2004年)当初予算とほぼ同じ 82.1兆円だが、借金の償還・利払い分である国債費17.6兆円 を除いた支出は64.5兆円もあった。 これに対して、税収など借金以外の収入は45.5兆円しかない。 この結果、財政赤字は36.6兆円で、これを埋めるために、 新たに国債を発行して帳尻を合わせた。 家計に置き換えれば「月の給与収入が45万円なのに 家庭が買い物や教育、レジャーなど生活費に64万円を使い、 17万円のローン返済分も合めて新たに36万円を借金した」 という無理なやり繰りだ。もうお分かりと思うが、読売記事が例える家庭が現実に存在するはずがない。毎月45万円しか所得のない家庭に、誰が毎月36万円も貸し続けるであろうか。最近、財務省のある中堅幹部と話したが、彼は、「2007年(平成19年度)の予算については、まったく見通しが立たない状態だ。まして、2008年となると、もう想像すらつかない」と、はっきり言ったのである。2008年というのは、国債償還額が飛躍的に増大する年である。これは、1998年に小渕内閣が景気対策として国債を連発したツケで、この年の10年物国債は、3度にわたる補正予算の編成で、当初の予定より8兆円も増えてしまった。だから、その10年後の2008年には、この国債を償還するために、総計約40兆円の借換債を発行しなければならない。これは、ほぼその年の税収に匹敵する。つまり、日本政府は、この年、借り換えをしなければ、この40兆円の借金返済だけで予算を使い切ってしまうのである。そして、恐ろしい事に、この年の長期金利がどうなっているかは、誰にも予測できないのだ。これは、現在「2008年問題」と言われている。つまり、この年が、日本が国家破産を宣言する最初の山場であり、それまでの過程でパーセプションが一気に変わるだろうと予測できる。2008年問題に到るプロセスで、金利上昇以外のもう1つの問題は、若干の景気回復にもかかわらず税収がいっこうに増えないことだ。通常なら、たとえ金利上昇で利払いが増えても、景気回復で税収も増大するから、政府の収支は好転するものだ。しかし、2000年以降、日本政府の税収は景気回復と言われる中でも、見事に低下し続けている。しかも、過去に発行した国債残高が莫大なため、ほんの少しの金利上昇も、たちまち巨額の利払い増大になる。もはや出口なしの感が深い。さらに、筆者の試算によると、この2008年を乗り切ったとしても、2013年には税収が国債の利払いを下回るのは確実である。いや、金利次第では、2010年にそういう事態が訪れてもおかしくはない。ここで、筆者の指摘をまだ半信半疑で読んでいる読者に、さらにもう1つの新聞記事を示してみたい。これは、朝日新聞が2004年2月に2回にわたって掲載した「日の丸ファイナンス - 巨大化の果てに」という記事だが、ここには驚くへきことが書かれていた。 なにより、国こそが借金の重さに震えている。 財務省が始めた公的債務管理政策研究会は2003年11月、 幕を閉じた。 公表された議事要旨には、掲載されなかった部分がある。 「国債が下落したら、政府も火の車、銀行経営の問題にもなる。 ショックをどう吸収するのか」 「日銀と一緒に官邸に評議会を設けるくらいのことを考えないと」 経済財政諮問会議のメンバーで大阪大教授の本間正明は、 研究会の冒頭、こう迫った。 景気が回復すれば金利は上がり、国債価格は下がる。 それが暴落に至るような事態に備え、緊急避難策が必要ではないか。 だが、この問いかけは取り上げられなかった。 巨額の国債残高は、デフレ脱却を目指した財政出動のつけだ。 それが、景気回復で維持困難に陥るかもしれないという皮肉。 今は10年物国債利回りは1.2%程度と低く、高い経済成長率など どこ吹く風だ。 しかし、それが永続すると考える当局者はいない。 財務省幹部はつぶやく。 「デフレが続いてくれないと持たないんだ」 (「朝日新聞」2004年2月26日)この記事の記述が意味することを、よくよく考える必要がある。このように、日本のマスメディアも、少しずつではあるが本当のことを書くようになってきているのだ。ただ、一般国民がそれに注意を払わず、何が起こっているのか見ようとしていないだけなのである。筆者は東京の下町・小岩で暮らしているが、街を歩けば、人々は何事もないようにいつもの暮らしを送っている。飲み屋で酒を飲んでも、何十兆円、何百兆円などという途方もない額のお金の話には、誰も興味を示さない。しかし、そんな日常生活の向こう側で、「見えざる危機」は確実に進行しているのである。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.22
国債を売りまくるしかない財務省は、最終的には、国債をすべて日銀に引き受けてもらうだろうという観測がある。これは、単なる観測ではなく、「やがてそうするしかなくなるだろう」と見る専門家は多い。しかしそれには日銀法の改正(改悪)が必要である。というのも、金利が上昇して国債が暴落すれば、おそらく国民を劇的なデフレが襲うからだ。高金利のもとのデフレでは、企業は収益性が上がらないのに、借金はどんどん増えるという悪循環に陥る。こうなると、体力のない企業はたちまち倒産してしまう。もちろん、金融機関も次々に破綻する。だから、そんな事態になれば、日銀としては引き受けざるをえないというのである。しかし、いったん日銀が国債を引き受けて、市中に大量の現金を供給すると、今度は猛烈なインフレが国民を襲うことになる。いわゆるハイパーインフレの襲来だ。まさに、国債はその取り扱い次第で“原爆”と化すわけである。そんなわけで現在のところは、日銀に対して、どれだけ国債を持っていいかという歯止めがかけられている。日銀には、国債の買い取り枠というものがある。短期国債は別として、中長期国債の保有量の上限は、日銀券の発行高の枠内に収めなければならない、というルールである。日銀券というのは、要するにお札(現金)のこと。つまり、お札の発行高の枠内なら、日銀は国債を持っていいことになっている。こうしないと、中央銀行の独立性が維持されないからである。また、この枠がないとすると、国はお金を調達するために、国債をいくらでも発行できることになる。そして、それを日銀に持ち込めば、日銀は日銀券を刷って渡さなければならないから、市場経済などインフレで吹っ飛んでしまう。しかし、この日銀の国債引き受け枠も、もう限界に近づきつつある。ここ数年で、日銀券の発行残高と保有国債との差は、どんどんつまっているからだ。すでに、2005年には日銀は限度枠を使い切ってしまうと言われている。しかも、日銀は国債をあまりに保有しすぎて、帳簿上赤字に転落してしまったのである。これは、中央銀行としては本来あってはならないことである。国債は日銀にとっては資産なのであるが、なぜそんなことになったのか? ◆日銀32年ぶり経常赤字 - 原因は国債の評価損 (「朝日新聞」2004年6月7日) 日本銀行の2003年度決算は32年ぶりの経常赤字(222億円)だった。 米国が金・ドルの交換停止を表明した「ニクソン・ショック」 で急激な円高となった1971年度(2298億円の赤字)以来の 赤字転落となる。 赤字の最大の要因は、日銀が保有する国債の評価損だ。 日銀は量的緩和政策のもと、月に1兆2千億円の長期国債を 買い入れ、巨額のおカネを供給している。 2003年度末の国債残高は初めて1OO兆円を超え、 1年間で11兆3707億円も増えた。 一方、長期金利の指標となる新発1O年物国債の流通利回りは 2002年度末の0.7%から2003年度末は1.435%に上昇 (債券価格は下落)。 長期国債の評価損などで1兆1299億円の損失を計上した。長期金利が上昇し、債券の評価価格が下落したのが大きな原因である。景気がなまじ良くなると、長期金利の上昇は避けられなくなる。もうこうなると、「国債管理センター」の財務省としては、管理政策の第2命令として「金利上昇」をなんとしても抑え込まなければならない。実際、現在の財務省は、日銀ばかりか、あらゆる政府機関と組んで、長期金利を抑えにかかっているのだ。ここで、再び一般的な金利の話をすると、すでに2004年の前半から、アメリカの長期金利は上がりはじめている。3月末までで、以前の3.8%から4.8%に1%も上がっている。経験法則上、金利が1%上がると、国債の市場価格は10%下がる。国債をはじめ債券全般は、8~10%ぐらい下落する。実際、2004年3月末には米国債の価格は、その前を100とすれば92となり、8%下落した。だから、日本の国債も同じで、1%の金利上昇があったのだから、国債価格は下落し、保有している日銀や民間の金融機関は自己資本が大きく目減りすることになったはずである。しかも、この自己資本は昔と違って時価評価である。このように、金利上昇というのは、大変な事態を招くのである。さて、最近の政府の経済数値の発表をおかしいと思ったことはないだろうか?それは、経済数値の指標となるGDPの成長率が、何度も下方修正されていることである。例をあげると、政府が2004年3月に発表した2003年10-12月期のGDP(改定値)は物価変動の影響を除いた実質で前期比1.6%増、年率換算で6.4%増であった。だがこれは、速報値から0.1ポイント、年率では0.6ポイントの下方修正だった。また、2004年9月に発表した2004年4-6月期のGDPの改定値は実質で前期比0.3%増、年率換算で1.3%増となったが、これは前月中旬に発表した速報値に比べ0.1ポイント(年率で0.4ポイント)の下方修正なのである。もちろん、コンマ以下は誤差の範囲である。しかし、この誤差の範囲を隠れ蓑にして、意図的に下方修正しているとも言えるのではないだろうか?というのも、本当に景気回復が進み、長期金利が上昇してしまうと、財務省としては打つ手がなくなってしまうからだ。そこで、成長率を実際より低めに発表して「景気は回復していませんよ。だから長期金利が上がる必要もありませんよ」と世論操作しているようだ。現実に長期金利が上昇すれば、もはや国債管理政策などの小手先のごまかしでは乗り切れない局面になってしまうからである。つまり、緊急事態を宣言せざるをえなくなる。日本国が破産状態であることを国民に告げ、今までの失敗の責任をとるしかなくなってしまう。さらに政府は2004年11月になってGDPの算出方法そのものを変更することを正式に決めた。しかも、その結果は“まさに政府の望ましい形”になっている。以下はそれを報じた記事である。 ◆03年度成長率3.2%を2.0%に修正 (「朝日新聞」2004年11月19日) 内閣府は18日、国内総生産(GDP)の算出方法の変更を 正式に決め、新方式での試算値を公表した。 03年度の実質GDP成長率は、3.2%から2.0%に下方修正。 04年7~9月期も前期比O.1%(年率0.3%)増から、 0.03%(同0.1%)減に引き下げられ、6期ぶりの マイナス成長になった。 12月8日の7~9月期GDP2次速報時に、直近の統計を 踏まえて正式な値が公表される。 2次速報時点でも、従来の認識より景気の実勢が弱かった ことが確認されれば、定率減税廃止などの政策判断の議論にも 影響しかねない。このニュースは朝日以外でも、当然1面で報じられた。その見出しはたとえば、「実質GDPマイナス!?」(日経)、「GDP年率O.1%マイナスに」(毎日)というものであった。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.21
では、ここで、日本国債という爆弾を管理する財務省の立場に立ってみたい。こうすると、事態がさらに良く分かるからだ。まず、財務省がどうしてもしなければならないことは、第1に、これからも国債を売りまくることである。第2に、この国債の利回りをできるだけ低く抑えることである。こうしないと国家破産宣言をするしかなくなるのだから、これは至上命令である。そこで、財務省が狙いをつけたのが、個人なのだ。普通、国債というのは個人には売らない。機関投資家や銀行に売るものである。しかし、背に腹は代えられなくなった。財務省は、国民個人に売る国債発行に踏み切り、現在、様々なタイプの国債が売られている。これは、まるで「国債見本市」とでもいうべき盛況だが、詳しくは財務省のWebサイトの「個人向け国債」などで確認してほしい。ただ、これらの商品は、もし発行元が国でなければ「金融詐欺商品」である。現在人気がある個人向け国債は、10年満期で、変動金利型というものである。これは1ロ1万円から購入でき、金利水準は固定金利の通常国債の金利0.80%より低く設定されているが、利子率は半年ごとに金利実勢に応じて見直される。だから、一見おトクに思えるが、中途解約の時は、直近2回の利子相当を手数料として取られることになっている。この個人向け国債が、2004年10月には1兆8652億円と、過去最高になった(財務省発表)。まさに、財務省の思うツボである。国債管理政策の第1は、大成功を収めているのだ。現在、日本の国債は、ほとんどが国内の金融機関が持っている。その内訳は、日本銀行が14.6%。預金取扱い機関とその他の金融仲介機関(銀行などの民間金融機関)が約50%。残りは公的機関(郵貯や年金基金など)で21.5%である。しかし、これら国内の金融機関には、もうこれ以上、国債を買う余力はない。これまで買い込んだ国債でもう満腹状態だからだ。年金基金などは、「団塊の世代」の引退とともに保有国債を売りに出さなければならなくなる。そこで、財務省が狙いをつけたのは、引受先としてわずか2.3%しか占めていない個人枠の拡大だったのである。さらに、こちらもわずか2.8%しか占めていない海外枠も、財務省としては拡大したい。しかし、海外枠は格付けが先進国最低(アフリカの小国ボツワナ以下)のため、まず無理である。そこで今のところ、簡単に騙せる個人が徹底的に狙われているというわけだ。もちろん、財務省は個人以外にも、手を打ちはじめた。それは、国債入札指定機関の設置である。この新制度は2004年10月にスタートしたが、これには「国債市場特別参加者」(プライマリーディーラー制度)として、野村證券や東京三菱銀行など25社を指定し、ここに一定の応札・落札を義務付けるというものである。指定された金融機関はたまったものではないが、政府に仕方なく付き合うしか道はないので、これに参加している。これを財務省では、「国債の安定消化」と称しているが、筆者に言わせれば「国債の押し売り」である。かつて財務省(旧・大蔵省)は、日本という国家の運営者、つまりマネージメントセンターだった。しかし、今や単なる「国債管理センター」というしかないだろう。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.20
さて、政府の「国債的詐欺」はすぐに露見し、その時には国家破産となる。その引き金を引くのが、国債の利回り(金利)の上昇であるのは、もうお分かり頂けたと思う。つまり、金利、特に長期金利が上昇すると、政府が国債の利回りを払う費用がどんどん増え、ついには払えなくなってしまうのである。国債の償還は借換債でしのげても、その場の利払いの上昇だけはどうにもならないからだ。企業の倒産を見ても分かるように、問題は借金の多寡よりも利払いにある。これができなくなくなった時は、いくら売り上げがあろうと、企業は資金繰りに挫折して倒産する。国家もまたしかりである。では、金利の上昇はどのようにして起こるのか?一般的に長期金利が上昇するのは、1つには景気が回復して成長軌道にのった場合である。2003年から、日本の景気はやや回復過程に入ったので、長期金利は上昇した。2004年11月時点で1.5~1.6%だが、これは1年前に比べて1%ほど高くなっている。2003年6月中旬の金利は、なんと史上最低のO.43%だったからだ。ただ、景気回復が鮮明になった2004年の半ばには、一時的に1.9%までいったことがあり、この時財務省はかなり慌てたという。なぜなら、国債の利払いが一気に増えてしまったからだ。財務省では、国債発行に関して「想定金利」というものを設定していて、2004年度の想定長期金利は、新発10年物国債で1.3%としていた。これでも前年度のO.9%に比べてO.4%も高かったが、それを超えてしまったのである。財務省の諮問機関に、「財政制度等審議会」というのがあるが、ここが2004年6月に試算した結果では、長期金利が1%上昇すると、国の負担は累計で3兆円を超える。つまり、1%につき3兆円である。ということは、長期金利が3%も上がれば、国の負担は9兆円を超えるということになる。こうなると、政府は資金繰りに窮してしまう。現在の日本の金利が異常に低いことはご存知だと思うが、金利というのは経済が正常な国なら、だいたい3~5%である。これが、資本主義経済下での普通の金利だから、もし、日本経済がこの状態になれば、国はやっていけないということになる。まるで笑い話だが、どう考えてもそうなってしまう。つまり、そこまで日本は病んでしまったと言うしかない。ここで簡単な思考実験をしてみよう。「国債発行残高が800兆円」で「金利が一律5%」ならどうなるか?答は「利払いだけで40兆円」である。つまり、現在の税収はまるまる吹っ飛んでしまう。もう1つ、長期金利が上昇する要素がある。それは、前記した「心理ゲーム」が進んで、国の財政状況に誰もが不安をもった時である。この時は、国債の売り圧力が高まるから、金利も上昇する。損切りしても国債を手放そうという人間が増えれば、当然そうなる。これを見越して、日銀の福井総裁は、2004年5月の講演で、金利上昇を懸念する発言をしている。この時は、前記したように景気回復で自然に金利が上昇していたが、福井総裁は「政府の財政規律が確固たるものであることが重要」と言ったのだ。これは、「金利の自然な上昇は仕方ない。でも、財政悪化による上昇は困る。そうなると、打つ手がなくなる。だから、財務省よ、しっかりと国債管理をしてくれ」ということである。実際、現在の財務省内には「国債管理政策」というものがあり、きちんとしたマニュアルまで用意されている。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.19

日本が国債発行という財政の緊急手段に走るようになったのは、1965年のことだった。どこの国でもそうだが、国家の財政というのは、国民からの税金で成り立っている。つまり、政府の歳出は、本来、税収を中核とする歳入以上は認められない。これは、日本の財政法第4条にも「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」と、はっきり書いてある。しかし、日本政府はこの法律を破ったのである。1965年「昭和40年不況」が起こると、政府は慌てて、歳入不足を補填するための補正予算で赤字国債の発行に踏みきった。財政法に規定がないため、「国会で特別立法すればいいだろう」という気軽な気持ちで、これをやってしまった。ただし、これは実質的には建設国債だった。建設国債は、財政法でも「公共事業などは例外」として発行が許されていたので仕方ないとしても、これに味をしめた政府は、その後、単なる赤字の穴埋めだけのために、国債を発行し続けたのである。借金というものは、元来そういうものなのだろう。最初は「いけない」と思いながらする。しかし、1度でも手を出すと、またすればいいという気になり、次回からは後ろめたさもなくなって、もっと気軽にするようになる。消費者金融で借金まみれになり、ついに自己破産に到るのは、大抵はこうした経過をたどる。つまり、日本政府も同じ道を突き進んだというわけだ。赤字国債が恒常化したのは、1975年の第1次オイルショックの不況からだった。バブル期には一時的に中断されたものの、バブル以後は、まるで麻薬患者のように、政府は国債発行をし続けた。その結果、現在では、国債発行残高が年間GDP(Gross Domestic Product=国民総生産)の額を超えようとしている。日本の国債累積残高は、2003年の段階で約450兆円である。そして、2004年度はさらに増え、約500兆円に達する。さらに、2013年には約800兆円となり、2016年には約900兆円になると試算されている。歴史の教えるところによれば、国債を発行して政府が積極財政を実施し、成功した例もある。一時的に借金をしても景気が良くなれば税収も増え、長期的には国債も返せるからだ。しかし、日本政府はカンフル剤に依存しすぎた。その発行額は常軌を逸しているのだ。上のグラフ(『国債発行残高の推移』)は、国債残高の推移をグラフにしたものだが、これを見れば、あなたはさらに卒倒するしかないはずである。本当によくもここまでと思うしかないが、事実だけに空恐ろしくなる。では、なぜ、こんな底なしの赤字国債の発行が続けられたのかというと、それは、償還時期が来るたびに借換債を発行してしのげたからである。借換債というのは、前記したように、借金を先送りするものである。返せないので、新たにまた借金をして、ともかくその場をしのぐというものだ。やってはいけないことだ。では、なぜ、日本政府にそれが許されたのだろうか?それは、日本政府が国債発行に際して、とんでもないルールをつくったからである。これは「60年償還ルール」と呼ばれ、国債は新規発行時より60年かけて全額が償還されればいいことになっている。たとえば、10年物国債は10年後に償遠されるが、その時に償還される現金は60年分の10年、つまり6分の1だけでいい。残りの6分の5は、新たに借換債という形で、国債が発行されるというわけなのである。だから、日本政府は、困れば困るほど借り換えを繰り返していくだけで、国債発行額は雪だるま式に増えていく。2年物国債のように償還期間が早いものだと、この借換債の額は飛躍的に上昇する。いったいなぜ、こんなルールができたかと言えば、それは1965年に初めて発行された国債が7年債だったため、翌年から「できるだけ返済を引き延ばそう」と、政府が画策したからだ。だから、60年償還などには、なんの根拠もない。政府の説明では、当時の建築物の平均的な耐久期間がおよそ60年なので、それに合わせたとされるが、これはただの庇理屈である。なぜなら、一般的な減価償却の期間は20年だからだ。つまり、ここではっきり書くと、政府はここ40年間、「国債的詐欺」を働いてきたということである。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.18

現在、日本の国債の最大の問題点は、その発行額があまりにも巨大になりすぎて、いつ償還不可能になってもおかしくないということに尽きる。償還不可能ということは、「借金が返せません」と国が言わざるを得ないということ。つまり、「国家破産宣言」である。だから、どうしてもこれを回避するには、もうこれ以上国債の新規発行をしないこと、今発行されている国債を順次償還していくこと以外にない。つまり、これ以上借金せず、今ある借金を必死になって返すしかない。しかし、現在の日本政府はどうだろうか?借金を返そうと必死の努力をしているだろうか?「改革者」を自称する小泉純一郎首相は、かつて公約で「新規国債の発行枠を30兆円とする」と言ったが、簡単に反故にしてしまった。しかも、「そんなことは、大した問題ではない」と言ったことを、ご記憶の方も多かろう。これは、一般社会の話に直すと、借金まみれの人間が開き直ったと言うしかない。しかも、日本政府は2005年度の予算でも「財政再建を進める」と言いながら、まだ36兆6000億円もの新規国債を発行しようとしている。国家の運営は、言うまでもなく国民の税金によってなされる。その歳入が約42兆円しかないのに、それとほぼ同額の借金をしようというのだから、あきれ果てた行為だ。しかも、このあきれ果てた行為は、もう十数年も続いているのである。こうなると、日本政府は、はなから国債など償還する気はなかったと考えるしかない。なぜなら、新規国債ばかりか、以前に発行した国債の償還時期がくるたびに、政府は「借換債」という国債まで発行しているからだ。これは、過去の借金返済を新たな借金でするという「自転車操業」であり、「借金の先送り」にすぎない。しかも、この借換債の発行は、2005年度には、史上初めて100兆円を突破するのである。次のグラフ(『国債発行額の推移』)は、新規国債と借換債の発行額の年度ごとの推移を表したものだが、これを見て卒倒しなければ、あなたは正常な感覚の持ち主ではない。ほぼ一本調子で増え続けている借金は、このままでは、じきにグラフにすることもできなくなくなるかもしれない。ともかく細かい点は抜きにして、毎年、すごい勢いで借金額が増えている。そして、グラフが示すように、この右肩上がり傾向を誰も止めないのだから、破綻は目前なのだ。いったい、なぜ、こんな借金生活の上に新たな借金まで続けられるのか?家庭ならとうの昔に潰れているではないかという疑問に、ここで答えておくと、その理由の1つは、日本政府自身が法律に違反(財政法第4条)して、国債発行を決めているからである。借換債などというものは、そもそも法律違反なのである。しかし、この日本では、これを平然と国会で決めて、政治家と役人たちが運営してきた。つまり、国債で民間のお金を巻き上げ、自分たちの都合のいいように使ってきたのだ。国債というのは、わかりやすく言えば、国家の借用書である。本来、この借用書は、政府がなんらかの公共事業を行うために発行されるのが正常で、日本でも当初は「建設国債」として発行された。それがいつの間にか、財政赤字の穴埋めのための「赤字国債」が発行されるようになり、さらにその「赤字国債」の償還をするために、「借換債」まで発行されるようになったのである。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.17
それでは、本当に「心理ゲーム」の均衡が崩れ、国民のパーセプション(認識)が変わる時がやって来るのだろうか?それは、後で示す「国家破産」のシナリオでも触れるが、とりあえず言えることは、その引き金は、我々自身が引かないということである。もっと言えば、日本の内部から「心理ゲーム」は崩壊しないだろうということだ。つまり、このまま「不安感」は増大していく。しかし、誰もそれを口には出さないし、まして、政府は本当のことを言わない。だから、心あるメディアや筆者のような人間がいくら指摘しても、それだけでは何も変わらない。となると、結局、外国からの指摘や強制的な処置が行われて、初めてパーセプションが変わると考えられるのである。ともかく、政府は、あの第2次大戦の時のように、最後まで「大丈夫」と言い続けるだろう。国民はそれを信じないだろうが、政治家も官僚もマスコミも大きくは動かないので、結局はお手上げの状態が続いていく。なにしろ、ミッドウェー以降、ガダルカナル、マリアナ、レイテと負け続け、サイパン、硫黄島、沖縄までが落ち、本土上空にB29が現れても、被害を最小限にとどめて降伏しようとしなかったのが、我が国である。倒産処理も敗戦処理も同じである。早くすれば早くするに越したことはなく、被害は少なくて済む。しかし、それをしようとすると、この国では信じられない抵抗にあうのだ。結局、今回もまた原爆が落ちるところまでいってしまうのではないかと、考えている。この思いは、おそらく、あなたも同じではなかろうか?そこで、今回の敗戦(=国家破産)における原爆とは何かと考えると、それは、国債の利回り(長期金利)の急騰による国家財政の資金ショートである。たとえば、長期金利の上昇局面で、海外のメディアが「日本はもうダメだ」と書く。そして、ヘッジファンドなどの投機筋が日本から一斉に資金を引き揚げれば、原爆が落ちるのと同じことになるだろう。この時、もちろん投機筋は日本の国債や株式のカラ売りを仕掛けて巨額の利益を上げるのである。こうなると、国内の金融機関も国民も国債を売りはじめ、株価も急落し、政府はにっちもさっちもいかなくなる。残念な話だが、これは日本人自身で敗戦処理ができないということである。だから、予想される過程では、日本の敗戦処理をするのはIMF(=International Monetaly Fund 国際通貨基金)ということになるだろう。IMFはすでに、日本の財政危機に対する勧告を何度も出しているし、監査の要求までしている。日本は今やIMFの監視対象国なのである。日本政府の財政運営は、すでに国際的にはまったく信用を失っており、いざ「国家破産」となれば、彼らが乗り込んでくるのは間違いない。“金融占領軍”の登場である。そこでここからは、やはり、国債という「巨大なリスク」について確認しておく必要がある。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.16
2004年11月1日、ついに日本に新しい紙幣が登場した。デザインをこれまでと一新した新1万円札(福沢諭吉)と、従来の新渡戸稲造から樋ロ一葉へと肖像画を変更した新5000円札、夏目漱石から野口英世へと肖像画を変更した新1000円札である。おそらく、みなさんの手元にも、もうこの新札があるだろう。「旧札よりきれいになった」「手触りもいい」などと、新札の評判はまずまずだが、この新札への切り替えの意味を、果たしてどれくらいの人がきちんと把握しているだろうか?筆者の前著『新円切替』は、そのことを書いたものだが、それはこの「新札発行」が、今後あるのではないかと言われている「預金封鎖」や「財産税」などへの露払いになるのではということだった。つまり、借金苦にあえぐ政府は、新札の発行と合わせて、こうした非常措置をいつとらないとも限らない。そこまでこの国の財政は病んでいるということを、警告するものだった。新札の「発行」と「切り替え」が異なるのは、前者が単なる新札の発行だけで旧札も流通させるのに対し、後者は短期間こ旧札を無効にして新札のみを流通させるというものである。これは「新円切替」と言い換えてもよい。こう聞いただけでは、大した違いはないのではと思われるかもしれないが、実はそうではない。新札への「切り替え」では、誰もが旧札をもって金融機関に行き、新札に切り替えざるをえない。そうすると、それまで旧札で眠っていたタンス預金やアングラマネーが表に出てくるからだ。しかも、アングラマネーではない正規のマネーも表に出て、それによって国は国民が持っている資産を正確に把握することが可能になる。つまり、今後税金を取る際の基盤となる情報が手に入るのだ。ここ数年の金融危機、銀行の合併・再編で、国民のタンス預金はずいぶんと増えた。昔は、国民の持つお金はほとんどが金融機関にあったが、今ではそうではないし、さらに預金流出も止まらない。だから、政府としてはなんとしても国民の持つお金を把握したい。それで、完全な「新円切替」ではないが、新札を発行し、とりあえず様子を窺いはじめたと考えるのが自然なのである。預金流出の顕著な例としては、2003年暮れに“潰れる”という“噂”が流れただけで、佐賀銀行からあっという間に約500億円が流出したことがある。さらに、2005年4月から実施される「ペイオフ解禁」もある。「ぺイオフ」は和製英語で、本来の英語では「リファンド・キャップ」と言うが、これは「払い戻し限度額」といった意味である。つまり、払い戻し限度額となる「1000万円以上の預金は保証されない」のだから、金融機関に少しでも不安があれば、銀行にお金を預ける人はいなくなる。しかも、最近は、なんでもかんでも自己責任だと言われているから、かなりの額の現金を自分で管理している人も多い。それで、とりあえず政府は新札の発行に踏み切ったと、見たわけである。もし、これによって、旧札の流通に期限をつければ、それは「新円切替」と同じことになるからだ。実際、財務省は旧札に極めて短期の流通期限しか設けない「新円切替」を政策選択肢の1つとして考えていた。塩川正十郎元財務大臣がハッキリそう発言している。歴史上、財政収支が悪化した国では、権力側は、まず最初に国民が持っている財産を調べ上げることをやった。そうした上で、税金を取りやすくした。現在の小泉政権の増税路線(これを「改革路線」と称している)を考えれば、日本もそうならざるをえないのである。しかし、こうした考えは、これまで一部の識者やエコノミストの間では表明されても、一般の国民には届かなかった。また、マスコミもほとんど取り上げなかったから、心理ゲームの均衡状態が続いてきたのである。ところが、今回の新札発行で、政府が盛んにアナウンスメントしたのは、「旧札はそのまま使えます」ということだった。これは、国民から「旧札は使えなくなるのか?」という問い合わせがあまりにも多かったからだ。日本のお札は日銀券といい、中央銀行である日本銀行が発行している。この日銀にも、2004年の半ばから、この種の問い合わせが多く寄せられるようになった。筆者の前著『新円切替』は2004年5月下旬に刊行されたが、それから間もなくして福井俊彦・日銀総裁が定例会見でこう言った。「世間で多少誤解があるような気がする。新札が発行されても、旧札も引き続き完全に通用します」これは、ある記者が「最近、新円切替とか預金封鎖とか言われていますが」という質問をしたからだったが、日銀総裁までこう言わなければならない状況になったということだ。もちろん、この発言は2004年7月14日の新聞各紙で記事になった。その後も福井総裁は同様の発言を繰り返している。つまりこれは、国民の心理状態が明らかに変わってきていることを示している。心理ゲームの均衡が崩れる可能性が出てきたということである。よく言われることに、「コップに半分の水が入っているが、それをどう見るか」という話がある。ある人は、まだ半分もあると言い、ある人は、もう半分しかないと言う。つまり、ものの見方というのは見る人の心理次第ということで、もし、「半分しかない」と思う人が多くなれば、パニックが起こる可能性がある。 (後略) 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.15
■「国家破産はいつ?」という心理ゲーム「国家破産」を話題にすると、大抵の人間はいやな顔をする。つまり、たとえ事実であれ、そんな話は聞きたくないという反応が必ず返ってくる。これは、たとえばあの第2次大戦の時に、「日本は負けている」という事実を言うだけで、非国民扱いされたことと同じ反応である。つまり、いやなことは聞きたくない。できれば聞かないで済ませたい。聞かなければ、なかったことにできるというような、極めて幼稚な心理ではなかろうか。しかし、聞かなかったからといって、事実は消えない。現在、国の借金(国と地方を合わせた公的債務)は、700兆円とも800兆円とも言われている。だが実際には、“隠れ借金”とも言われる財政投融資や特殊法人の赤字を含めると軽く1000兆円は超えてしまう。耳をふさいでも、この天文学的な累積債務がなくなってしまうわけではない。あの大戦中でも、ミッドウェー以降は、大日本帝国は完全な負け戦を際限もなく続けていた。それなのに政府は虚偽の大本営発表を繰り返し、事実を国民に伝えず、国民は何が起こっているのかわからないまま決定的な敗戦を迎えたのである。今回もまた同じではないかと言うのはたやすいが、当時とは違って、表向きは“民主政治”の政府がやっていることだけに、一層始末が悪い。政治家も官僚も不誠実で、ウソばかりついている。そして、そのウソの向こう側では、日本国の借金は、今日もどんどん増えている。もう1つ、「国家破産」を話題にした時に返ってくる反応に、「それは一体、何?」というものがある。失礼ながら、こういう反応をするのは女性が多いが、この人達に共通しているのは、目の前のことしか見えていないことである。毎日の暮らしで、今自分が見聞きすることがすべてで、それ以外の話は「自分とは関係ない」と考えられるという、貴重なメンタリティの持ち主である。「えっ、国の借金? それがそんなにあるの?でも、だからって私が借金をしたわけではないし・・・」と言い切れるのだから、いくら説明しようとムダである。こういう方々は、今でも郵便貯金が一番安心と、せっせと郵便局に通い、個人向け国債が一番安全で利回りがいいと思って購入している。この行動をやめた方がいいなどと、誰が説得できるだろうか?借金は国であろうと、会社であろうと、個人であろうと、返さなければならないのがルールだ。そして、ここで言う個人とは、日本国民すなわち日本国の成員を指す。つまり、筆者も合めて、この国に生きている我々自身のことである。とすれば、国の借金はあなたの借金でもあり、国家破産はあなたの問題でもあるのだ。現在、政府の借金は、表に出ているだけでも国民1人当たり500万円、4人家族で2000万円と言われている。そして、今後、日本国民がこれを返せなければ、国家は破産するという、ごく普通の話が「国家破産」である。と、ここまで述べてきても、まだ何のことかわからない人がいる。また、たとえわかったとして、「ではどうすればいいの?」と聞かれても、明確に答えられない。それは、前著『新円切替』でも書いたように、今後は「一種の心理ゲーム」が、この国を支配していくからだ。「心理ゲーム」というのは、つまるところ、「まだまだ大丈夫」「いやもうダメだ」という心理のせめぎ合いということである。国家破産が避けられないとしても、それがいつになるのかは、今のところ誰にもわからない。なにしろ、現在の日本国の財政事情は人類史上例がないものなので、たとえば累積債務が1000兆円なら大丈夫なのか、1100兆円になったらどうなのかという質問に、誰も答えられない。しかも、実際の借金の額でさえ、完全には公表されていないからである。つまり、いくら国家破産が厳然たる事実だとしても、それをみんなが認めない限りは、実際にはクラッシュしないのである。果たして、心理的限界はどこにあるのだろうか?これさえ分かれば、もっと具体的でタイムリーなアドバイスはできる。「ただちに円を外貨に替えること」「資産は必要最小限以外、日本円で持たないこと」「国債は売り、普通の銀行預金や郵便貯金は解約し、土地などの固定資産も売り抜けること」ぐらいは言える。しかし、現在は心理ゲームとして不思議な均衡状態が続いているので、これを今すぐ実行しろと断言はできないのである。ただ、ここにきて、この心理ゲームが崩れかかっているのではないかと思える出来事が続いて起こるようになった。そこで、まずは、その話からスタートさせたい。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.14
我々が暮らす日本国が「国家破産」(デフォルト=債務の支払いができなくなること)するのは、もはや避けられない事態になった。というか、すでにもうこの国は崩壊している。筆者は、このことを前著『新円切替』で、繰り返し述べた。そこでは、日本が今後どのように国家破産への道筋をたどるのかを、「新円切替」を中心にして、「預金封鎖」、「財産税」、「ハイパーインフレ」などの可能性も含めて述べた。さらにこれらのことが、どのような形で我々の生活を襲うのかを解説した。預金封鎖、財産税、ハイパーインフレなどについては、筆者は否定的である。だが、それが行われないからといって、国家破産という事実が消えてなくなるわけではない。したがって、もはやこの問題について書くことは、ある程度尽きてしまったと言ってもよい。実際、『新円切替』を出版した後、読者から「確かにその通りだが、もう国家破産の話は聞き飽きた」という声も筆者のもとに多く寄せられた。しかも、最近ではこの種の本が書店にあふれているばかりか、ネット上でも「国家破産」に関しての解説、書き込み、意見があふれている。そこで、今回は、「では今後、日本はどうなるのか?」ということに関して、筆者の専門分野である「世界政治の観点」から考えてみたい。つまり、本書では、「日本の国家破産がどのような形で訪れるのか」を、詳しくシミュレーションするが、さらに、より広く世界の情勢を考えた上で、「今後の日本と日本人の生き残り方を問うてみたいと思う。まず、「国家破産」について確認しておくと、それは平たく言えば、暮らしが貧しくなることである。世界第2位の経済大国が崩壊し、2流国、いや3流国に転落するわけだから、当然、国民の暮らしも2流、3流に落ちるということである。それは、借金が払いきれなくなって破産した一般の人間を見れば、容易に想像がつくだろう。つまり、もう海外旅行などには行けるはずもなく、賛沢品を買うなど論外で、毎日がその日暮らしになるということだ。それでも、職がある人はまだいい。おそらく、国家破産以後は失業率が20%を超えるから、街にはホームレスがあふれ、失業者はお腹をすかして道をさすらうだろう。当然、犯罪は増え、街は荒廃する。まさに、第2次大戦後にあった復興期の街の光景がよみがえるのだ。しかし、それでも、そんなことは大した問題ではない。あの第2次世界大戦の時は、国民の多くは命も財産も国家主権も、ほぼすべてを失ったのだから、それと比べれば、単に貧乏暮らしに耐えればいいだけだ。だが、ここで忘れてはならないのは、今度ばかりは同じ間違いを繰り返さず、この国を復興させなければならないということである。国家破産は、日本人が国家に対する愛国心を失った結果でもあるが、それ以上に日本がこれまで哲学なき資本主義をやり続け、すべてを先送りし、問題を解決せず、場当たりで対応してきた結果でもある。だから、これをまず改めなければならない。ひと口で言って、この国の社会と経済のあり方は、欧米とはまったく違っている。資本主義と言ってはきたが、それを根本から支えるべき学問(サイエンス)はなく、経済学者は一部を除いて、国家破産を救う処方箋をもっていなかった。つまり、この国には、サイエンス(学問)がなかった。経済学はサイエンスのうちの社会科学に属している。だから、処方箋は存在していた。国家破産を招いたのが経済の病理とすれば、それは合理的な手術で取り除くことができたのだ。実証可能な方法、つまり誰もがそれを使えば必ず同じ結論に達する方法により、サイエンスは確立されてきたからだ。が、誰もそれをせず、世に言うエコノミストの99.9%は、このことを警告しなかった。だから、日本は財政赤字を山のように積み上げ、とうとう「打つ手なし」となって、国家破産を迎えるしかなくなったのである。不思議なことに、日本では、政治家も官僚も学者も、その局面、局面で、できそうもないことを言うだけで、問題が解決すると思い込んできた。しかも、国とその国民を愛するという人間として当たり前の心をもっていなかった。だから、今度こそ、この姿勢を改めて、本当の愛国心を復活させ、サイエンスに基づく社会と経済をつくり直さなければならない。単に「もう一度頑張ろう」という話ではない。実は2001年の時点で、すでに欧米のメディアは「なぜ日本は自滅の道を歩もうとしているのか」と、警告を発していた。小泉首相が登場して始まった「構造改革」が、まったくの根拠なきものと知った彼らは、日本の行く末を本当に心配していた。『フィナンシャル・タイムズ』は、「Risky tango in Tokyo」(東京に流れる危ないタンゴ)という記事を掲載し、その記事の最初の一節に、次のように書いた。A grim joke is doing the rounds in financial circles."What is the difference between Argentina and Japan?""Five years."(ある気味の悪い冗談が、経済界の中を駆けめぐっている。 「アルゼンチンと日本の違いは何か?」 「5年間。」)おそらく、この国の運営者である官僚の一部は経済の本当の姿を知っていただろう。そして、彼らは、日本が破産することもわかっていただろう。しかし、あまりに政治家がバカなので、真剣に伝えようとはしなかったのではないか?バブル崩壊以後、「改革!改革!」と叫んで登場した改革者は、すべてが愛国心もサイエンスもないニセ改革者であった。だから、何万、何百万、何千万語を費やしても、日本は立ち直らず、とうとう最後の時を迎えるのである。翻って我々自身も、大した危機感を持たず、毎日の生活に追われるだけだった。これでは、国家破産が回避できるわけがない。アメリカではすでに、「やがて日本が迎えるであろう国家破産」に関してのレポートがいくつもつくられている。デイビッド・アッシャーの「日本経済再建計画」、通称「ネバダ・レポート」と言われるIMF(=国際通貨基金)の破産処理計画などだ。これらの内容は本文でふれるが、ここで言っておきたいのは、アメリカ側が、「日本は、世界でも倫理と秩序が特にに強い国だから、少々のことでは暴動は起きない」と考えていることだ。つまり、国家破産以後の日本では、思い切った荒療治が行われる。これは、小泉首相が口先だけで「痛み」と形容したものだが、それが本当はどんなものであるのか、ついに我々は知ることになる。当然、公務員は特権的地位を失い、大幅にリストラされる。国民は財産の一部を没収され、年金もカットされる。今の年金制度が完全に破綻しているのは、ご存知の通りだ。また、日本を破産に導いた政治家や官僚などの旧指導層は追放されるだろう。この時は、前著でも書いたように、日本の全産業はほぼ「アメリカの下請け」となり、国家自身も「下請け国家」となるわけだ。自分たちで、改革ができずに沈没したのだから、こういう事態を逃れることはできない。韓国がかつてIMFの支援を受けたように、我が国もまた、IMFの経済占領を受け入れるしかない。そして、彼らの示す処方箋にそって、国家再建するしかないのだ。しかし、ここから、私たちがしなければならないのは、今度こそ本当に独立することだ。そして、その時に必要なのが、前記したように、本当の意味でのサイエンスと愛国心を持つことなのだ。明治の創業期のように、大きな志を抱いて、21世紀以降にふさわしい「未来国家」をつくりあげなければいけない。果たして、今の日本人に、国家破産を受け止め、それを乗り越えて国家を再建する強い意志と志があるだろうか?もしないとすれば、日本はこの先、永遠の漂流を続け、2流、3流国家として、長期にわたって落ちぶれていくだけだろう。そして、前に書いたような悪夢のシナリオが実現する可能性もないとは言えない。つまり、20世紀後半の日本の繁栄は、やはりただの偶然にすぎなかったということで、後世に語られていくことになる。これは、今生きてこの本を読まれているあなただけの問題ではない。これからの若い世代、そして今後生まれてくるはずの次の世代を含めて、我々日本人全員の問題である。かつて『日本沈没』(小松左京氏著)というベストセラー小説があった。これは、日本列島が海の底に沈み、日本民族全員が難民になってしまうという衝撃的未来を描いたものだが、そこにはそれ以上に衝撃的なことが書かれていた。日本人は難民として外国人と共存していこうなどとは考えない。それよりも、沈みゆく母国と運命を共にしたいと願う民族的特性を持っている。だから、運命を無定見に受け入れ、積極的な改革や治療を望まず、ただ、奇跡を待つだけだ - というのだ。果たして本当にそんなことになるのだろうか?『日本沈没』と同じようなテーマで、最近読まれている漫画に、かわぐちかいじ氏の『太陽の黙示録』(小学館)がある。これは、日本が未曾有の大震災に襲われ、南北に分断される。そして、北半分が中国の、南半分がアメリカの庇護の下に、復興をとげていくという、壮大な近未来物語だが、ここでは、民族の誇りを持った全く新しい日本人像が提示されている。『日本沈没』でも『太陽の黙示録』でも、日本崩壊は大規模な自然災害によってもたらされるが、これを人工災害に置き換えれば「国家破産」ということになる。したがって、この2つの物語は、フィクションとはいえ、我々の未来に大いなる警鐘を鳴らしてくれている点で必読である。果たして、我々は小松左京氏が描いたような未来を生きるのか?それとも、かわぐちかいじ氏が描く未来を生きるのか?筆者には、どちらとも言い切れない。ただ言えることは、小松左京氏的な未来においては、この国は本当に沈没するということだけだ。ここで、誤解している方もいると思うので、はっきりさせておくが、「国家破産」は「破滅」ではない。また、「予想」でもない。筆者が読者の皆さんに提示するのは、予見できるうちの最もありうる「未来」である。そして、それはもう目前に迫っているという事実だ。その時、あなたはどうすべきなのか?どうか筆者とともに、真剣に考えていただきたい。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.13
最近、個人的な興味で、1923年前後のドイツ・1998年前後のロシア・ 2001年前後のトルコ・アルゼンチン、について調べていたところ、 興味深い本があったので、この中から抜粋していきます。■悪夢の210X年筆者は最近、しばしば悪い夢を見る。それは、我々が暮らす日本国が、この地球上から消滅してしまっているという未来世界の話である。もちろん、そんなことはあるはずがないとは思うが、それでもその可能性がないとは言い切れないから、ひどく寝覚めが悪い。筆者は、1970年代から1980年代にアメリカに留学し、国際政治学を学んだ。そしてその現場で痛感したのは、アメリカの大学では、あらゆる国のあらゆる事象が徹底的に研究され、世界が冷徹に分析されているということだった。アメリカが世界覇権を手にする超大国である以上、これは当然のことなのだが、それでも、何かやるせないものを感じた。それは、我が日本が、とてつもなく小さな存在に思えたからだ。そして、筆者が最近見る夢は、このやるせなさをさらに助長するのである。では、その夢のシーンを、ここにできるだけ詳しく再現してみよう。時:210X年1月16日、3:00pm所:アメリカ合衆国、マサチューセッツ州 ハーバード大学、エマーソン・ホール、歴史学部東アジア史専攻の3年生で日系アメリカ人のデビット・ケン・フジモリは、指導教授エズラ・パウンド(東アジア現代史専門)に、彼の卒論のテーマについて相談をもちかけている。フジモリ:古いテーマかもしれませんが、私は日本人の血を 引いているので、やはり卒論のテーマは、 “日本の崩壊”にしたいのです。教授:それは結構だが、もう研究し尽くされたテーマなので、 新しい切り口が必要だと思うが・・・?フジモリ:おっしゃるとおりです。 私は中学時代から“日本の崩壊”をテーマにした本なら 1OO冊以上も読んでいますし、確かに難しいテーマです、 研究されすぎていて。教授:やはり2022年の中華人民共和国の日本併合前後のことを 書くのかね? それとも、2010年の北朝鮮の核ミサイルによる日本攻撃 の方を取り上げるのかね?フジモリ:実は2022年の中国の九州侵略の時、私の祖父は3歳で、 曾祖父の腕に抱かれてアメリカに亡命してきたんです。 それで、これについてはファミリー・ヒストリーの観点からも 研究してみたいのですが、新しい事実や切り口を見つけるのは 難しいと思っています。教授:あの侵略に協力した統一朝鮮に関する新資料が出たと 聞いているが・・・。フジモリ:NY大学の李教授の論文なら私も読んでいますが、 別に新しい事実はありませんでした。 中国と統一朝鮮の賄賂を、日本の首相や外務大臣が もらっていたという例の話で、固有名詞と金額が若干 変わっているだけです。教授:2010年、崩壊寸前の北朝鮮が日本に2発の核ミサイルを 撃ち込んで、死者は20万人を超えたというのに、 日本はついに憲法改正に踏み切らず、逆に統一朝鮮や 中国に媚を売るエセ平和主義政権ができてしまい、 ついにはこれが2022年の中国の本格的な九州侵略を招いた というわけだ。 しかし、この時の日本人の心理というのが、 私にはまったく理解不可能なのだがね。フジモリ:1945年にアメリカに2発の原爆を落とされた日本は、 敗戦後、むしろ親米となり、原爆が落とされたのは 自分たちの罪だと自虐的になり、逆に防衛努力を罪悪視 しました。 そう考えれば、201O年の北朝鮮の核攻撃にも同じ反応を 示しただけだ、と言えるのではないでしょうか。教授:私には、どうしても理解不能だが・・・。フジモリ:それはそうとして、パウンド教授、この年表を 見ていただけませんか?彼は、手作りの年表を、教授のデスク上のコンピュータ画面に映し出した。フジモリが操る矢印は、2008年のところに止まった。「2008年、日本国政府財政破綻」の文字が光って浮かび上がる。フジモリ:教授、これが大事な要素だろうと思うんですが、 先日、古い書籍を図書館で見つけ、少し調べてみたのですが、 2008年には、日本政府は国債の償還ができず、 すでに破綻していたんです。 一般に信じられているように、2010年の核攻撃の後では なかったんです。 意外に思われませんか!?教授:確かにそうだ・・・。フジモリ:これは私の仮説ですが、こういう見方はどうでしょうか。 つまり2008年の政府の財政破綻で、国民の精神はすっかり 凋落してしまった。 愛国心が崩壊し、国民の士気は落ち、絶望的になり、 利己的になっていた。 そこに、北の核ミサイルが打ち込まれて、日本の崩壊は 決定的となってしまった。 私にはそう思えるのです。 つまり、日本崩壊の真の原因は、政府の無責任な国債発行 による財政破綻だった。 それによって経済的のみならず、政治的にも心理的にも、 日本は“国家”として解体を始めてしまった。 そのために2010年や2022年に対応する精神的気構え、 簡単に言えば、愛国心ということですが、すでにそれを 失っていたに違いないのです。 どう思われますか?教授:それは面白い。 それは確かに新しい視点だね。 私は、2010年の日本は経済大国だとばかり思っていた。 「経済発展のみにうつつをぬかして、国を滅ぼした」 とばかり思っていたが、違ったわけか。 日本政府は財政的に、2008年にはすでに破綻していたのか・・・。 その当時の日本人は、政府の赤字と莫大な国債発行について、 知らなかったわけはあるまい。 いったいどんな議論をしていたのかね?フジモリ:先週から図書館で、それに関する資料を探していました。 5冊ほど見つけましたし、デジタル化した旧政府資料も 若干見つかりました。 結論から言うと、2000年頃から、国債政策の破局は 予想されていたんです。 しかし、官僚や政治家は、結局何もしなかったのです。教授:破局が見えていた、予想されていたのに何もしなかった? 信じられないが・・・。フジモリ:まったくです。 しかし、それが事実のようです。 ここまでくると、日本人の血を引いていることが おぞましくさえ思えてきますよ。教授:是非、その研究を卒論テーマにしたまえ。 君の仮説もなかなか説得力はあるが、卒論ではまず、 なぜ2008年の日本政府が財政破綻を防げなかったのか、 それを取り上げてみたまえ。 すばらしい卒論になるだろう。 君はなんといったって、もう日本列島でもほとんど 話されなくなった日本語という絶滅言語ができるんだからね。フジモリ:ありがとうございます。 曾祖父や祖父のおかげなんです。 85歳の祖父は家では未だに日本語です。 熊本弁とかで、標準語とは少し違うんですが・・・。教授:熊本と言えば、中国が3つに分離したうち1つが支配する 九州の一部だね。フジモリ:そのとおりです。 九州ではいまや広東語が主流だそうです。 首都が香港なので、そうなってしまったといいます。 ロシア連邦に占領された北海道はロシア語になり、 アメリカの自治領となった本州と四国では英語一辺倒ですからね。 国が滅ぷと、その言語は3代で滅ぶといいますが、 まったくそのとおりですね。教授:一番運が良かったのは沖縄の日本人だったんじゃないかね?フジモリ:私もそう思います。 最後まで米軍がいたので中国の侵略を受けず、やがて、 すでに独立している台湾共和国の一部となりました。 台湾共和国では、日本人にも参政権がありますからね。 日本語人口がまだ50万人といいますから、うらやましいですね。 世界で唯一、日本語のTV放送が残っているのが、沖縄ですよ。教授:本州と四国は、自治領であることをやめて、州に昇格しないかと、 再三再四、米連邦政府からオファーされているのに、 州民投票でこれを否決しているのは、どういうわけかね? プエルト・リコでさえ州に昇格したのに。フジモリ:それは簡単です。 連邦政府の補助金がもらえなくなるし、税金が高くなるからです。 参政権がなくたって、税金が安いほうがいいんですよ。 まったく日本人というのは・・・。教授:君がそんなことを言ってはいけないよ。 かつては、Japan as No.1 とまで言われ、 世界一の工業国だったじゃないか。フジモリ:それも20世紀の終わりの一世代、30年間だけの出来事 でしたがね。 庶民はともかく、エリートまでが短期的にしか ものが考えられなくなれば、国は滅びます。 滅んでしまった国から、せめて貴重な教訓を引き出すことが、 その子孫である私の責務だと思っています。フジモリは日本人らしく深々とお辞儀をすると、左右に開いた自動扉から出て行った。パウンド教授のデスク上の立体スクリーンが、地球儀を映し出していた。アメリカ合衆国の領土は、ベーリング海峡からパナマ運河まで広がり、全北米大陸をカバーしていた。南アメリカ大陸も1つの国家に統合されていた。太平洋のかなた、ユーラシア大陸の東端には、もはや日本という名の国は存在していなかった・・・。 『「国家破産」以後の世界』(藤井厳喜著)より
2005.02.12
2、3年前に小石原昭氏を我々の小さな研究会にお招きして一夕お話をうかがったことがある。小石原氏は企画集団・知性コミュニケーション代表で、編集者の世界では大御所のような方である。どういう話を聞けるかと楽しみにしていたら、意外にも消費者金融の意義から現代風俗について斬り込まれた。今、記憶にしたがってその要旨を述べてみると次のようなものだった。「消費者金融というと、かつてのサラ金を連想し、暴力団を連想するかも知れないが、今は全く違っている。たとえば若者が恋人とクリスマスを愉快にやるという計画を立てる。ところが5万円足りない。それで消費者金融に行く。その場合、金利は問題にならない。たとえば年金利100%でも月に割れば8.3%ぐらい。金額にすれば4000円ちょっとだ。この借金は翌月の給料で返すことができる。昔のように伯父さんのところに行って5万円借りようと思ったら大変だ。足代を使い、5000円ぐらいの手土産を持ってゆき、しかも説教される。それでも貸りられるとは限らない。それにくらべると消費者金融は至極便利なのだ。それは長期にわたって借りるお金ではない。それでも問題を起こす人は、そもそも誰からも金を借りてはいけないタイプの人なのだ・・・」私は目を開かれる思いがした。小口の金融を、ヤミ社会が支配する恐ろしい金融から切り離したのは、正に消費者金融だというのである。そのうち大銀行も消費者金融と業務提携をやるということが新聞やテレビで報道された。消費者金融とはいわゆるリテイル・バンキングのことで、これならヤミでも恐ろしくもないもので、以前から日本の銀行界に求められていたものである。かつての「こわいサラ金」とは異質のものだったのだ。その後、バブルが強引にはじけさせられ、銀行が貸し渋り、貸し剥がしをやり出した頃に、商工ローンがマスコミの批判の対象になり、国会でも取り上げられた。かつての「サラ金地獄」が中小企業で行われている印象を国民に与えた。「目ん玉を売れ、腎臓を売れ」という取り立て方が行われていると報道され、「商工ローン地獄」が横行しているようだった。それからしばらくして、別の小さな研究会で元経済企画庁長官だった堺屋太一氏が、「あの時、政府が商工ローンを弁護してやらなかったのが残念です」という主旨のことを発言されたのを聞いて「ハッ」と思った。商工ローンというのは、中小企業向けの消費者金融みたいなものだったのではないかと考えたからである。その後、加納明弘氏の『誰が「商工ファンド」を潰そうとしたか』を読む機会があり、私が堺屋さんの話を聞いた時に考えていたことが正しいことがわかった。あれだけ社会的に騒がれた商工ローン・バッシングの結果、逮捕・起訴者が出たのは、日栄から4件5名(実刑1件)、商工ファンドから1名で執行猶予付きである。特に商工ファンドでは書面の不交付に関する私文書偽造の件が1つあっただけで、債権回収関係では一つの事件もない。つまり違法な脅迫的取り立ては一件もなかった。商工ファンドの大島健伸氏は議会に2度も呼び出されて証言している。しかもテレビ撮影も入った。「悪徳金貸し」の姿を全国民の前に示して、国会議員の前にひれ伏す姿を見せたかったものと思われる。宣誓して証言台に立った大島氏は「世間をお騒がせしました」と頭を下げることもしなかったし、のらりくらりと質問を受け流すこともなく、「私どものお客様からは今もって頑張って下さいという声が強いのです・・・そして今後とも、本当に商工ファンドがお客様のためになることをもっともっと追求していきたいと思います。」で証言を終わっている。むしろ大島氏は、議員たちとの論戦におけるはっきりした勝者であった。もちろんこれまでの議会証言者の多くがたどった道、すなわち逮捕から起訴に至ることにならなかったことはもちろん、メディアや債務者弁護団からさえも刑事責任を問う声は上がらなかった。一方、大銀行のトップでもヤミの勢力に脅迫されることがあったり、何兆円もの税金を注ぎこまれながら外国人の手に渡った銀行もいくつかあった。しかし商工ファンドは税金も使わず、ヤミの勢力とも組まず、法律にも触れずに成果を上げ続けてきた。堺屋さんでなくても、政府は進んで商工ファンドを弁護し、銀行ができないでいることをやるように励ましてやるべきだったのである。ビジネス社の岩崎氏に商工ファンド(現SFCG)の大島健伸氏とお会いする機会を与えられた。話してみると大島氏は正に「立志の人」であり、国際金融の世界でも外国の金融家たちに負けないでやっていける人であろうという印象を受けた。大島氏と私は全く関係のない分野の人間であるが、私は「志を立てた人物」を尊敬する。分野は個人の資質や好みなので、大金融業者になろうという志でも、辞書をつくろうという志でも、幼児教育をやろうという志でもいずれも尊いと思う。日本で金融の本当の創業者になった人は明治以来稀である。世界が単一マーケットになった時代に、金融で大をなすには官僚的発想やサラリーマン的発想では足りないであろう。大島氏の大望が実現することを日本のためにも心から祈る次第である。この稀なる立志の人と語り合う機会をつくって下さった岩崎氏に御礼申し上げます。 平成16年10月 渡部昇一 (終)『異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書』(渡部昇一氏・大島健伸氏共著)より
2005.02.11
■なぜ102社なのか - 渡部しかし、なぜ102社なのですか?■経常利益3000億円が悲願 - 大島これは、そう深い理由があるわけではありません。「100」というと何だか嘘っぽい。「101」だと、「101匹ワンちゃん」で犬の話になってしまう。(笑)犬というのは、「負け犬」ともいいますから、株価にとってはあまりよくないんです。 (そういえば、JASDAQのシーマは101分割していましたね。(爆)) そこで「102」にしたというわけです。関連会社102社、そして経常利益3000億円 - これが、我々が1989年に店頭上場した時、「2010年までに成し遂げたい」と誓った目標です。これは絶対に実現してみせる。それが私の夢であり、悲願です。■後継者問題 - 渡部後継者についてはどういうお考えですか?■現役を退いたら投資家として生きる - 大島やはりそれは、今の会社の社員から出したいと思っています。息子は一切、当社には入らないということにしてあります。では、その後継者はどう決めるのかといえば、「102」作る関連会社の社長には、今の社員を抜擢するつもりですが、その関連会社で経常利益を百億円上げた人間にバトンタッチしたいと考えています。SFCGは自分でつくった会社ですから、私が現役を退いた後も永遠に成長・発展していってほしい。私はこれまで、SFCGは「女王蜂」である、そこに花粉を運んでくる「働き蜂」の侍大将が社長の大島健伸だと思って働いてきました。後継者にも、私と同じ思いを抱いてもらいたい。そして自分は働き蜂の侍大将だという自覚がなければ、関連会社一社で「経常利益100億円」は達成できません。だから私は、後継選びの基準として「経常利益100億円」というハードルを課そうと考えたわけです。彼らに道を譲った後、私はできれば投資家として生きたいと思っています。そういう夢を思い描いてます。『異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書』(渡部昇一氏・大島健伸氏共著)より
2005.02.10
■事業のプラン・人生の夢 - 渡部在野精神をもち続けたいとおっしゃられるわけですが、事業の面ではどんな構想を抱いておられますか?■コングロマリットを構築する - 大島我々はこの4年ほど、バッシングによって「冬眠」の時期を迎えたわけですが、我々はSFCGを「永遠に存続する企業」と位置づけて、「ゴーイング・コンサーン」(Going Concern=永続企業)を合言葉に、成長していきたいと考えています。その一方で、今後も合併や買収はどんどんやって企業グループをつくりあげてゆきたい。最初は「あいつら何なんだ」と言われるかもしれませんが、しかしあとから見たら、「SFCGは最先端を行っていた」と言われるように生きたい。企業グループとか財閥というものに、私は少年時代から強い関心を持っていたのですが、その関心は三井物産入社後も強力でした。私が海外修業生の試験に応募した時、その第一候補地をロンドンとしたのでしたが、その理由はヨーロッパにおける企業買収・合併の歴史を徹底的に調べたいと考えたからでした。当時の私は、三井物産が自ら行うのか、あるいはそれを斡旋するのかは別にして、企業買収・合併戦略を駆使して、三井物産をかつての三井財閥の中心であった三井合名のような存在にしたいと考えていたのです。ですから、海外修業生の応募論文にこんなことを書いたのを覚えています。《戦前の三井財閥は、三井石炭の炭坑労働者から三井物産の海外駐在員まで、百万人を雇用していたといわれます。この大三井財閥の中心に座っていたのが、持株会社である三井合名でした。しかしながら、戦後の財閥解体によって三井合名はすでになく、三井合名に代わるべき三井銀行は中位の都市銀行に過ぎず、三井グループの中心に座る実力を欠いております。また、かつての三井合名の後身である三井不動産は、もはや単なる不動産業者に過ぎません。企業買収・合併を通じてかつての三井財閥の偉業を再現するとすれば、その中心となるのは今や三井物産以外にないと考えます。しかしながら、かつての三井財閥を思い起こすだに、今日の三井物産の惨状は無念でなりません。私が思うに、現在の三井物産にとって最大の問題は人事制度にあります。30歳を過ぎないと、あるいは30歳を過ぎても大きな仕事ができないという現在のシステムの下では、多くの優秀な人材が能力を発揮できる機会を奪われたまま腐りつつあります。現代のアメリカを見れば、ケネディ政権の国防長官だったロバート・マクナマラは、39歳でフォードの会長兼CEOに就任しております。現在の三井物産では、39歳では課長にすらなり得ません。現在の人事慣行では30代半ばで課長代理、40代にしてようやく課長であります。そして40代で課長に就任したとしても、さほど大きな権限も予算も与えられないのが実状であります。三井財閥の創始者たる中上川彦次郎や益田孝は、こんな実状を見れば『俺たちはこんな会社をつくったのではない』と涙を流すのではないでしょうか。大きな仕事を成し遂げるのに年齢は関係ありません。明治維新を成し遂げた男達、高杉晋作、坂本竜馬なども20代で大仕事を成し遂げております。人事に関しては、かつての三井財閥を思い起こすべきだと考えます。中上川彦次郎が三井銀行の事実上の指導者になったのは、彼が38歳の時でありました。益田孝が初代の三井物産社長に就任したのは、わずか28歳の時でありました。後年、三井財閥の最高指導者となり右翼テロの凶弾に倒れた団琢磨が、三井鉱山の事務長となり三池炭坑の事実上の経営者となったのは30歳の時でありました。トーメンの創業者児玉一造は31歳にして三井物産名古屋支店長、33歳で繊維部長に就いております。三井物産繊維部を独立させて東洋綿花(現トーメン)を創設したのは、児玉氏が39歳の時であります。後に自動車販売の神様と呼ばれた神谷正太郎が、三井物産・GMを経由してトヨタ自動車の販売を指揮するようになったのは、彼が37歳の時でありました。若くして登用された中上川彦次郎、益田孝、団琢磨と続く三井財閥指導者の下で、児玉一造、神谷正太郎など、若く有能な物産マンたちが、企業買収・合併を通じて日本中に飛躍していきました。それによって、かつて百万人を雇用した三井財閥が築き上げられたのであります。今日の三井物産に根を張る年功序列人事を打破するためにも、三井物産は企業買収・合併を積極的に試み、そのプロセスで若手を積極的に登用していくことが必要であります。そして、三井物産グループ傘下に入った買収企業第一号の社長に、私、大島健伸は立候補したいと考えております。私はこうした買収・合併の事例研究のために、ロンドン修業生を志望するものであります。私が修業生として志望するロンドン、その経済的中心であるシティは、数百年に渡って長く世界の資本主義経済の中心地でありました。そこには企業買収・合併の戦史が数百、数千と眠っております。この数多くの戦史をとことん学び、来るべき買収・合併戦の勝利の礎としたいと考えます。だからこそ、私はロンドン修業生を志望するものであります。》この時に抱いた企業グループの創出という夢は、私の中でまだふつふつと生きているのです。実際私は、2010年までに関連会社を102社つくるつもりです。そして、現在いる社員たちをその社長に据える。そのためには経営者の育成をしなければいけない。その一環が、先に触れた「SF松下村塾」です。『異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書』(渡部昇一氏・大島健伸氏共著)より
2005.02.09
■「永遠のチャレンジャー」 - 大島SFCGのDNA(遺伝子)、あるいは私のDNAは永遠のチャレンジャーです。エスタブリッシュメントに対する、あるいはアンシャン・レジーム(旧体制)に対するアンファン・テリブル(恐るべき子供たち)として大いに暴れまわりたいというのが私の本心です。「怒れる若者たち」として、ずっと挑戦を続けたい。挑戦者ですから、判定では勝てません。ノックアウトで勝つしかないのです。これからもノックアウト勝ちを目指します。19世紀の西欧の金融界で最も成功したのは、ロスチャイルド一族でした。しかし、そのロスチャイルド家ですら、金融業者でありユダヤ人であるがゆえに、保守本流からはなかなか受け入れられませんでした。19世紀半ばの英国ロスチャイルド家の当主、ライオネル・ロスチャイルドは、1847年にザ・シティ選挙区から下院に立候補し当選しましたが、キリスト教による宣誓(新約聖書への宣誓)を拒否したため、ライオネルは議席に着くことができませんでした。旧約聖書での宣誓が認められたライオネルが下院の議席に着くことができたのは1858年でした。初当選から11年かかって、ライオネル・ロスチャイルドはようやく議席に着くことができたのです。それほど、金融業者への偏見は根強いものがありました。今日、アメリカを代表するインベストメントバンクとなり、日本市場でも活動が目立っているゴールドマン・サックス社は、ドイツからのユダヤ系移民であったマーカス・ゴールドマンとサム・サックスによって1869年に設立されました。手形割引から始めたゴールドマン・サックスは、マーカスの息子ヘンリー・ゴールドマンの時代にもう一段上の金融分野への進出を試みました。新株発行の引き受け、いわゆるアンダーライティング分野です。当時のアメリカ経済は、鉄道会社、電力会社の勃興期であり、これらの会社がさかんに増資をして資金調達をしていたものでした。そして、これらの会社の新株引き受け業務は、ウォール街の保守本流である3社、JPモルガン、クーン・ローブ、スパイヤーに牛耳られていました。ヘンリー・ゴールドマンはこの既成勢力に割りこもうとしたのですが、ある日3社の代表、ジミー・スパイヤーのオフィスに呼びつけられ、「鉄道会社の引き受けは我々3社がこれからも扱うから、君のような新参者の入る余地はない」と告げられたのでした。ゴールドマン・サックスは、この時、ウォール街のエスタブリッシュメントの壁にあえなく跳ね返されたのです。ここでヘンリー・ゴールドマンは方向転換をします。鉄道会社や電力会社をあきらめ、経済界の本流ではない分野で株式公開を手がけようと試みたのでした。その第一号となったのが、シカゴを本拠にした通信販売会社、シアーズ・ローバックの株式公開でした。1906年のことです。その後、ゴールドマン・サックスはウールワース、メイシー・デパートなど主として流通小売業の世界で株式引き受け業務を展開していきました。アメリカ経済界の主流から遠く離れたところに、活動の基盤を求めたわけです。20世紀後半に入って、こうした流通などの分野が急速にその位置を高めるとともに、ゴールドマン・サックス社もアメリカを代表する投資銀行(証券会社)に成長していったのでした。既成勢力に挑戦したアウトサイダーという歴史の中で、最新の人物がマイケル・ミルケンです。マイケル・ミルケンは、東欧から移民した貧しいユダヤ人の3世として1946年に生まれています。私と同じく、戦後生まれの団塊の世代に属する金融家で、カリフォルニア大学バークレー校を経てぺンシルバニア大ウォートン・ビジネススクールを卒業しています。この頃すでに低格付け・高金利債券、いわゆるジャンク・ボンドを研究していたといいます。ビジネススクール卒業後、ミルケンはウォール街ではなくフィラデルフィアに本社を置くドレクセル社に入社、ハイ・イールド債(ジャンク・ボンド)の開発に没頭しました。そしてミルケンの開発したジャンク・ボンドは、70年代半ばから80年代にかけて拡張を続けたのです。ミルケンのジャンク・ボンドで資金を調達して大企業にまで成長を遂げた会社として、乾電池のデュラセル、通信産業のバイアコムやMCI、4大ネットワークの一つにまで成長したCNNの母体となったターナー・ブロードキャスティングなどが挙げられます。信用力が低いが成長力のある中小企業に、高金利(金利20%前後)の社債発行市場を与え投資家と結びつけたのがミルケンの功績でした。1985年頃には、ジャンク・ボンドの発行額は年間500億ドルに達し、全債券発行市場の24%を占めるまでに成長したのでした。しかし、1988年9月、ミルケンの運命は暗転しました。ニューヨーク南地区連邦検事のルドルフ・ジュリアーニ(9・11テロ事件当時のニューヨーク市長)の率いる捜査チームが、インサイダー取引や詐欺容疑でマイケル・ミルケンを逮捕したのです。強欲なユダヤ人金融業者、ミルケンが市場を意のままに操って私欲を追求したという構図が裁判で描かれ、メディアでも報道され、ミルケンは悪党金融業者のシンボルとなりました。有罪判決を受けて入獄したミルケンは1993年に仮釈放されたのですが、その頃から彼を巡る風向きが変わっていきました。一大詐欺のシステムだとされたジャンク・ボンド市場は、ミルケン逮捕後も崩壊することなく健在でした。ジャンク・ボンドの損害で倒産したといわれたS&Lも、実はジャンク・ボンド投資ではなく、不動産融資の不良債権化が経営危機の真因であったことも判明してきました。こうして、ミルケンはにわかに同情を集めるようになり、むしろ、1980年代の経済運営の失敗を償わせる政治的なスケープゴートであったと見られるようになっていったのです。雑誌ビジネス・ウィークで特集されるなど、今日ではマイケル・ミルケンは「金融技術の革新者」であり、「再生したヒーロー」であるとして、最も尊敬されるアメリカ人の一人だといわれています。ライオネル・ロスチャイルド、ヘンリー・ゴールドマン、マイケル・ミルケンは、それぞれ生きた時代が違いますが、金融技術革新を引っさげてエスタブリッシュメントに挑戦したという意味で、同じ系譜に属する金融家だと思います。ロスチャイルド家は国家への融資(国債の引き受け・買い取り)、ヘンリー・ゴールドマンは小売業の社債発行、マイケル・ミルケンはベンチャー企業の発行するジャンク・ボンドといった具合に、それまでの金融界の保守本流ができなかった分野で、金融技術革新を行ったわけです。私もまた彼らと同様に、中小企業向けの事業者金融という分野で、幾つもの技術革新を行ってきたという自負があります。挑戦者は嫌われるという意味で、金融界の保守本流から受け入れられないのは、ある意味で当然なのかなと思っています。『異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書』(渡部昇一氏・大島健伸氏共著)より
2005.02.08
■アジアへの進出について - 渡部アジアでは中国経済が元気なようですが、しかし大島さんの方法は法治国家でないと駄目ですね。■中国も回教国も駄目 - 大島絶対駄目です。中国は行きたくありません。それから、回教(イスラム教)徒の国も金利を認めませんから、これも駄目です。やはり仏教国がいい。■かつて回教国の文化は高かった - 渡部かつて回教国はキリスト教圏より文化が高かった時期があるわけですが、途中で止まってしまった。■インドネシアの回教徒は貿易に従事 - 大島回教は、かつては非常に開明的な宗教だったと思います。特にインドネシアあたりでは貿易商たちがみんな回教徒になっています。海の交易を担っていた新興実業家たちですから、開明的だったわけです。■金利容認と原典批評が西欧近代化の要因 - 渡部それが足踏みしてしまったのは、文献学的にいいますと、回教では原典批評が許されないからです。コーランの批判など許されない。それに反してキリスト教では、バイブルでも何でも批判できます。実際、キリスト不在説まで飛び出す有様です。そういう闊達さがないと文化は伸びていかないのです。またキリスト教圏では宗教改革以来、金利が合法的になりました。この「原典批評」と「金利の容認」という二つの要素が、近代ヨーロッパがグーンと伸びた大きな理由です。他にもいくつか理由はありますが、しかし大きな要因はこの二つでしょう。その意味で、日本ももっと闊達にならなければいけない。私は前から、財政審議会や経済諮問委員会みたいなところに、本当に自力で金を儲けた人を入れるべきだと言ってヒンシュクを買ってきたのですが、その意見は今でも変えていません。武富士の武井さんとか大島さんのような人たちを入れるべきです。日本が活力を取り戻そうというなら、そういう人たちの意見を反映しなければいけない。経済で失敗したような人たちや二世たちだけが集まっていたのでは、新しい時代に対応できません。『異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書』(渡部昇一氏・大島健伸氏共著)より
2005.02.07
■アメリカ進出の計面 - 渡部大島さんはアメリカで商工ローンをする気はありませんか?■「同盟軍」がいるので検討中 - 大島なぜか私の娘が「メッツ」のオーナーの息子と結婚してしまいましたので、ユダヤ資本ともつながりができました。いわばアメリカには「同盟軍」がおります。ですから、経済的にも儲かるようだったら行きます。しかし勝算が立たなければ行きません。不利な戦場で戦っていくのは、損ですからね。目下のところは、その情勢分析をしているところです。■サラ金がアメリカ上陸したら - 渡部たとえば消費者金融は、かつては暴力団の巣みたいに思われていました。ところが今では東京三菱銀行まで提携したがるようになりました。おそらく消費者金融の側も、非常に合理的なノウハウを開発しているのだと思います。そこで思うのですが、武富士でもアコムでも、これまで蓄積したノウハウをもってアメリカに上陸したら勝てるのではないでしょうか。先ほどのお話では、アメリカのぺイデイ・ローンなどは金利が数百%だという。これだったら十分に勝負ができるはずです。またそうすれば人助けにもなると思うのですが、いかがでしょう。■互角以上の勝負はできる - 大島消費者金融の発祥の地はアメリカです。現実にアメリカには消費者金融はすごい数であります。ただし、ノウハウという点では武富士さんやアコムさんなどの方が上回っていると思います。ですから互角以上の勝負はできるはずです。イトーヨーカ堂のセブン・イレブンも、もともとはアメリカが発祥の地でした。米国本社がフランチャイザーで、日本のフランチャイジーとしての権利をイトーヨーカ堂に売ったのでした。ところがフランチャイジーのセブン・イレブン・ジャパンがアメリカの本社を買収して、それを再建したわけです。消費者金融でもそういう進出の仕方はありえます。『異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書』(渡部昇一氏・大島健伸氏共著)より
2005.02.06
■信玄も常に退路を考えていた - 渡部武田信玄は小田原城を攻める時、家来たちに「攻める道筋を考えなさい」と言って、自分は自分で地図に線を引いていた。家来たちがあとで「この道筋で攻めるのですか?」と言ったら、信玄はこう答えたといいます。「いや、攻めるのはお前たちが考えたらいい。わしは逃げる時の道を考えていたのだ」と。実際、小田原城を攻めたけれども落ちない。だから引き上げた。すると相手は、信玄が退却を準備していたとは思わないから追いかけてきた。それを迎え撃って、逆にコテンパンにやっつけています。■退却は大将が決める - 大島退却はやはり大将が決めることだと思います。退却やワースト・ケースを想定しない戦さは暴虎馮河です。私は、そういうのは嫌いです。私はどんな目標を立てる時でも、果たしてそれが達成できるかどうか、常に恐怖心を抱いています。怖いから、これが駄目だったらこう、あれが上手くいかなかったらどうと、実行計画は何重にも安全弁を設けて慎重に練り上げます。徹底的なシュミレーションを重ねるわけです。これまで我々の計画がある意味ですべて実現できたのも、この恐怖心のおかげではないかと思います。1999年の商工ローン・バッシングの時もそうでした。私の会社や「日栄」が狙い撃ちされ、それを10月末に、テレビ朝日系の「サンデープロジェクト」で田原総一朗さんが大々的に取り上げた。放送は日曜日です。その朝、番組のことを知って、これは危いなと直感しました。これに、どう対処するか。私はただちに撤退を考えました。番組を見たその日の晩には「退却戦」を決意しました。いずれにしろ相当のダメージを受けることになる。グズグズしていたら手遅れになる。早く店舗を整理しなければいけないと考えたのです。営業成績は落ちるに決まっているのだから、ここは身軽になって、何とか凌がなくてはいけないと。それがトップの判断です。私はその時点で「全治3年」と判断しましたから、マスコミで激しい商工ローン・バッシングが続く間、テレビも見ないし、新聞も読まないで挽回のチャンスだけを窺っていました。翌2000年から2003年までは本当に長い「冬眠の4年間」でした。岩窟王のモンテ・クリスト伯の心境でしたが、ただしその時も、我々は寝ていたわけではありません。前にもお話ししましたように、マルマンを買収し、あるいはT-ZONEを傘下に入れ、どんどん企業再建をしてきた。いわゆる事業再生ファンドがやっているようなことを、我々は先駆者としてやった。そして企業を再生させてどんどん上場していく。今後もこれはやっていくつもりです。最近、カリスマ主婦として一大ブランドを築き上げたマーサ・スチュアートさんが、インサイダー取引をしたということで摘発され、6ヶ月間刑務所に行くことになりました。その時、彼女は「私の人生の中で6ヶ月間なんて夢のまた夢のような期間にすぎません。すぐに私は元気一杯で刑務所から帰ってきます」と話したそうです。いわれなきバッシングで苦しめられた身としては、マーサ・スチュアートさんのこの言葉に共感を覚えますね。■不動産では皆、致命傷を負った - 渡部バブル崩壊の時、不動産では皆、致命傷を負いました。あの頃の住宅ローンの会社、いわゆる「住専」は皆、潰れました。住専を最初にはじめた庭山慶一郎さん、私はあの人の言っていたことで、なるほどこれは筋が通っているなと思ったことがあります。当時、銀行はなかなか住宅ローンを貸さないから、住専が銀行からお金を借りて貸し出していました。それを見ていて、これは儲かりそうだと思った銀行は自分たちもやり始めると言い出した。そこで庭山さんは「それはないだろう」と怒ったわけです。大銀行はやることが汚いといって、庭山さんが怒るのも、もっともな話だと私は思いました。ところが、そのうち総量規制が敷かれて、住専は皆参ってしまった。考えてみると、住専各社の破綻は可哀そうな話なのです。『異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書』(渡部昇一氏・大島健伸氏共著)より
2005.02.05
■激動の現代は千載一遇のチャンス - 大島我々は国家から守られたことは一回もありません。したがってボクシングでいえば、「ストリート・ファイター」です。ストリート・ファイターは激動が好きです。かつて西南の役で三菱の岩崎弥太郎が財をなしたように、私もこの変革期こそ千載一遇のチャンスだと思っています。ビッグバンとか、そういう時代の大きな変革は素晴らしいことだと思います。■バブルの感想 - 渡部これは感想としてお聞きしたいのですが、バブルの時はどんなことを考えていらっしゃいましたか?■最悪のケースに備えた - 大島私は信念として、常にワースト・ケースに備えることを考えています。最悪の事態の時、どう行動するか。ゲームの理論でいうならば、「ミニマイジング・マクシマイズド・ロス」、すなわち、「ミニ・マックス原理」で行動しています。ロス(損失)が最大になったとしても、その損失を最小にするには何をすれば良いか、ということです。バブルの時もそうでした。実は私、大学生の時、経済学は学問じゃないなと思いました。言っていることがあやふやすぎると思ったからです。しかし事業を始めて妙に思い浮かんできた理論がありました。それが、コンドラチェフの波です。■コンドラチェフの60年周期説 - 渡部ああ、60年周期説ですね。■バブル時に思い出して手を打った - 大島1986年、バブルの最中にふと、あれを思い出したのです。創業して7年ほどたっていましたが、60年周期説でいくと、世界恐慌が1929年ですから、これに60年をプラスして、1989年あたりが危ないと気がついたわけです。ひょっとするとあと3年で恐慌がくるかもしれない。そう思いまして、あの世界恐慌の時、アメリカでは株や土地がどれくらい暴落したのか、日本の昭和恐慌ではどれだけ暴落したのか、「調べろ!」といって社員を国立国会図書館へ行かせました。そして調査したところ、世界恐慌の時、・株価は100分の6に下落(恐慌前の16分の1)・不動産価格は100分の13に下落(恐慌前の8分の1)こんな具合に大暴落していることがわかりました。株価は「16分の1」になっている。1000円の株価をつけていたものが60円になってしまう。だから私は、株券を担保にした融資は絶対にやるなと命じて、証券担保融資からは完全撤退しました。全部引き上げさせた。不動産を担保とした融資については「自己資本の2倍まで」というガイドラインを設けまして、地価が暴落した場合に備えました。そうしたらその翌年の1987年10月、ブラック・マンデーがきたわけです。その夜、私はホテル・ニューオータニの「ゴールデン・スパ」というジムに行きました。あそこのサウナはいつも混んでいるのですが、その日は誰もいない。みんな暴落で大損して、サウナどころではないわけです。誰もいない中、一人、クックックッと笑いがこみあげてきたのを覚えています。(笑)俺は勝った、勝ったんだ、と思いました。証券担保融資をストップするについては、社内からも相当の抵抗がありました。当時、証券担保融資はグングン伸びていましたから、「社長は何を狂ったことを言っているんだ」という声が強かったのですが、でも私は完全撤退させました。「日本のバブルは必ず崩壊する」という「ロンドン・エコノミスト」の記事もたまたま読んでいました。それを読み、またコンドラチェフの波に思い至り、さらに国会図書館の調査でも凄まじい暴落率を知ると、やはり株券担保の融資はやめようと判断したわけです。不動産担保の融資も、今申しあげましたように「自己資本の2倍まで」という枠をはめました。だから「かすり傷も受けなかった」とまではいいませんが、致命傷は負いませんでした。武田信玄は一生に60戦以上戦って不敗だったといいます。私もやはり不敗で終わりたいと思ってきました。そのためにはワースト・ケースに備えるというのが私の信念ですから、バブルの時もそう行動したということです。『異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書』(渡部昇一氏・大島健伸氏共著)より
2005.02.04
■日本の銀行はなぜ国際化を恐れるのか - 渡部日本の大銀行は今、国際化、グローバル化を恐れています。ところが、大島さんはそれを恐れていない。ここが面白いところだと思います。■我々の理解者は外国人投資家 - 大島我々の場合は逆に、外国人がまず理解してくれたのです。SFCGは1989年に店頭登録しました。(当時は「商工ファンド」)それから東証2部、1部と進んだわけですけれども、我々のところは約3割が外国人の持ち株です。ピーク時は44%から45%でした。外国人が3割から4割、時としては5割近くの株を持っているわけです。それだけ我々を評価してくれているということです。日本では、我々商工ローン業者がいくらいっても、我々の仕事をなかなか理解してくれませんでした。「たかが金貸し」という意識があるからです。かつて銀行には日本興業銀行があり、日本長期信用銀行があり、日本債券信用銀行があり、次に都市銀行があり、そして地方銀行、第二地銀、信用金庫、信用組合、その下に雑金融、先ほどのお話でいえば塾のようなゴミ金融がある、というヒエラルキーがありました。私たちは、まあ、「寄生虫」か「ばい菌」のように見られていた。これでは日本でいくら言っても駄目だろうと、思いました。そこで考えたのは「逆上陸」です。たとえばソニーの盛田昭夫さんはニューヨークに居を構えて毎日パーティーを開いた。京セラの稲盛和夫さんも、ミネベアの高橋高見さんも自ら、単身見本を持って渡米している。私も彼らと同じ作戦をとって、まず外国人にわからせてから日本に逆上陸しようと思ったのです。それが前に申しあげた「グッバイ・ジャパニーズ・バンクス」につながるわけです。私は外国人の投資家たちにいつもこう言っています。「雨であっても雪であっても、また嵐であろうが槍が降ろうが、とにかく私は儲けます」と。彼らはすぐ私の思いを理解してくれます。■外国人が浮世絵の価値を認めた - 渡部そういうことは文化の面にもあります。実は今、日本文化の中で一番評価されているもののひとつは浮世絵です。これ以前、日本国内で評価が高かったのは南画です。その次は狩野派でした。私は古本屋と親しくしておりますが、大きい古本屋の、浮世絵を扱っているお年寄りに聞くと、「浮世絵なんて以前はゴミだった」と言います。実際ゴミ捨て場から拾ってきて店先に並べておくと外国人が買っていったものだと言います。外国人が好んで買っていく。それで日本人の間でも、だんだん浮世絵の価値が見直されるようになったと言うのです。今では浮世絵の方が南画より高くなっています。浮世絵がこれまで低く見られてきたのは、狩野派などが「あんなもの、床の間に飾れない」などと悪口をいったからです。だから消耗品としてしか認められてこなかった。その価値を西洋人が認めてくれたわけです。それくらい外国と日本では物事の評価が違う。だから大島さんが外国人から認められているというのは、期待できる話です。『異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書』(渡部昇一氏・大島健伸氏共著)より
2005.02.03
■平等思想を排す必要もある - 渡部もう一点、教育の問題では「平等思想」を排さなければいけません。日本人は体質的に、どこか平等思想に与するところがあります。差別はいけない、貧富の差もいけない、競争を煽ってはいけない・・・という平等思想が非常に強いのです。しかし平等というのは、必ず下に合わせなければなりませんから、どうしてもジリ貧になってしまう。毛沢東も一番貧乏なところに合わせました。中国はもともと貧乏でしたが、毛沢東の「大躍進」や「文化大革命」のせいで一層貧しくなってしまいました。悪平等の思想で下に合わせたからです。ロシアも、前に申しあげましたように元来は豊かな国です。ところが「平等」を表看板にして、共産革命をしたからついに崩壊してしまったのです。平等主義というのは、学校でいえば一番勉強のできない生徒に合わせるやり方です。クラス全員を勉強のできる生徒に合わせるのは不可能ですから、平等といった場合はどうしても下に合わせざるをえません。しかし進歩とは「上」を目指すことなのですから、下に合わせた教育はどうしてもジリ貧になってしまうのです。だから現実の教育では、できない生徒はできない生徒だけ集めて「あなたがたは別にやりなさい」と言うしかないのです。マラソンの高橋尚子にしても同じです。普通の女の子と走れといっては駄目です。野口みずきと走らなければいけません。『異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書』(渡部昇一氏・大島健伸氏共著)より
2005.02.02
■いかなる危機でも朗らかでいられるのが優れた司令官 - 渡部司令官には天性のようなものが要求されます。ドイツにはゼークト大将という軍人がいました。ヒトラーが出てくる前の、最後の参謀総長です。彼が第一次大戦のドイツ軍の戦闘をよく調べてみたら、個々の戦いの作戦で、その時点から見て駄目だというのは全くなかったといいます。ところが、司令官として駄目な将軍はいた。そのために、個々の作戦は良かったのだけれども、ドイツ軍全体としては戦争がうまくいかなかったのです。そこで彼の最終結論は、「ドイツ参謀本部は理想的な参謀をつくるメソッドを発見した。しかしながら、いい司令官を育成する方法はまだ見つかっていない。」と、こうなるわけです。ではいい司令官の条件とは何ぞやといったら、いかなる危機に臨んでも朗らかな気持ちを維持できることであると、ゼークト大将はいいます。それくらいしか定義のしようがないというのが司令官なのです。それくらい司令官という立場はむずかしい。■「最後は勝つ」という思いが重要 - 大島まさにそのとおりだと思います。何かの危機に直面した時 - たとえ震えがくるような危機であっても朗らかであれというのは、司令官に一番求められる要素です。言い換えれば、危機に直面した時、どれだけ早く恐怖感から立ち直るか、それが司令官の器を決めます。何秒で立ち直れるか。何分で立ち直るか。インドネシア駐在時代にバリ島に出張した時のことです。あるトラブルが起きて、地元のポリスマンに実弾が入ったピストルを付きつけられたことがありました。相手は本気で怒っているのです。その時は自然に身体がブルブル震えましたね。その震えがなかなか止まらないのです。何分後かに辛うじて恐怖から立ち直り、ひたすら「撃つな、話し合いしよう」と訴えて、やっとのことで無事に危機を回避しました。説得に6時間かかりました。「日本人にはカミカゼ、ハラキリの精神がある。絶対に嘘をつかないから、とにかく明日もう一度話し合いをしよう」と言って説得したのです。この時の経験から、恐怖感から素早く立ち直ることがいかに大変で、重要なことかを学びました。デリケートでセンシティブな人間であれば、一兵卒でいるより将軍でいるほうが絶対に怖いわけです。いろいろな難局に全体的に対処しなければならないからです。しかしどんな局面にあっても朗らかでいなければならない。司令官が頭を抱え、悩んで落ち込んでしまったらお終いです。弾に当たる英雄はいないわけですから、司令官たるもの、最後は勝たなければいけない。弾に当たるような不運な人間は、本当は駄目な人間だったのです。将軍になってはいけなかった人です。ですからやはり、自らの武運長久を念じて、絶対最後には勝つんだという思いが必要です。ただし、努力を怠ってはいけません。野心も持たなければいけない。たとえば自分の能力が「100」だとした時、異常な高望みを言う人がいます。「1000」ぐらいのことを言う人がいる。そんな目標は到底達成できません。私が今から物理学のノーベル賞を取ると言っても、絶対取れないのと一緒です。私は、ほとんど不可能に近いようなことをいう人は嫌いです。逆に誰にでもできるようなことを言う人、私はそれも認めない。リスクがないことをノホホンと言っているだけだからです。両方とも卑怯者です。これはいささか印象批評的なのですが、私の場合は「100」のものは「120」ぐらいにまでもっていく目標設定をします。これくらいだったら、努力次第では達成できます。「目標=120」という設定はSFCGの全社員に要求したいところなのですが、目標設定はあくまで自分の問題ですから、無理やり押しつけても意味はありません。水を飲みたくない人に縄をつけて飲ませようとしても、それは無理です。しかし、無事是名馬です。そして名馬は伯楽がいなくても自分で走るものなのです。『異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書』(渡部昇一氏・大島健伸氏共著)より
2005.02.01
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