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雨の日曜日。こんな雨なのに、パパはゴルフにお出かけ。ご苦労様です。学会から戻ったオネエが、今日は、珍しくのんびりしている。なんでも、学会に行った仲間と昨日、早朝に築地に遊びに行き、築地市場で、美味しいお店に連れて行ってもらい、たらふく美味しい海鮮を食べてきたそう。ここは、大きな工業地帯を抱える市だが、隣の市には漁港もあるから、お魚には恵まれている。何せ、北陸のある町にお魚を食べに行って、「うちの近くのスーパーのお刺身の方が美味しい」とのたまった娘だ。その子が、「お~いしかった~」と感動して帰宅した。で、今日は、午後からTVにかじりついている。富士スピードウェイのF1グランプリにかじりついているのだ。ここは、鈴鹿サーキットが近い。本田が一時撤退したが、本田宗一郎が渾身の情熱を込めて作った鈴鹿サーキットは、今でも、多くの観光客を集めている。私も結婚してオネエがまだ小さな時、母の実家が近くなので、遊びに行き、レースを観戦した事がある。まだ、往年のレーススター中嶋悟や、今は亡きアイルトン・セナが活躍していた頃だ。レース場の観戦席の前を通る時のあの物凄いキーーン、ブィーンと言う音は、耳をつんざく。地元の人限定で、レースの無い時、コースを歩かせてもらえる企画も催されるし、コースを小さなおもちゃのようなゴーカートで走る企画もある。鈴鹿サーキット、本田は、この県にとって、無くてはならない物のよう。事実、この団地も本田の社員の方が多い。今日の試合は、富士スピードウェイでの開催だが、2年ごとに、鈴鹿サーキットでも、F1グランプリが開催されるそう。また、道が混みますなあ。鈴鹿サーキットは、レース場だけでなく、遊園地が魅力。何と、中には結婚式場もあって、私の従兄弟はそこで、結婚式をあげた。遊園地は、どちらかと言うと、少し大きな子供用の乗り物が多い。昔、オネエとチビを連れて遊びに行ったら、身長が足りなくて、乗れない遊具ばかりだった。パパと、ここはもっと大きくなってからじゃないと、つまらないね・・・と言って帰って来た。それに比べ、やはり同じ県内にある「長島温泉」の遊園地は、大人には、物足りない。中にはホワイトサイクロンのように、すごいジェットコースターもあるが、全体的に、小さな子供向きの遊園地だ。鈴鹿サーキットは、カップル向きかなあ。一つ、お宝を持っている。中島悟がレースカーに乗っている写真のテレフォンカードがある。これは買ったのではなく、鈴鹿に遊びに行った時、たまたまアンケートに答えたら、当たって、送ってきた物。限定何枚しか作っていないとか書いてあった。好きな人には、たまらないだろう。何故か、ずっと、引き出しの中のテレフォンカードばかりの入れ物の中に入ったままになっていた。オネエがレースが好きなので、もう少し、物をきちんと整理できたら、あげようと思っている。今は内緒。背中で、凄い音がしている中で書いている。何処が面白いのか、夢中でみている。雨で車がスピンしたりしそうになっているし、トラブルも多いよう。まあ、彼氏の影響も大だな。ちょっとうるさいが、こんなにのんびりしているオネエは、珍しいから、そっとしておきましょう。
2007年09月30日
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先日、通販が大好きなのは書いた。ほとんど、TVの番組が多い。ショップチャンネルとか、QVCなんだけど、カタログも多いかな?で、最近、増えてきたのが、パソコン。これは本当に、便利なのだが、簡単すぎて、ついつい、クィックして後悔する。勿論、キャンセルできる物は、キャンセルするが、一回クィックすると、もう、お買い上げが決定しちゃう物は、キャンセルできない。で、そうやって、簡単にクィックして買った物は、記憶も薄いから、来るまで日にちがかかるものは、忘れる事が多々ある。で、クレジットを使うのが嫌で、代金引換にしてあるから、毎回、玄関で確認して、お財布を奥に取りに走る。その間、宅配のお兄さんが、汚いお玄関を見やしないか冷や冷やもの。で、先日本が届いた。ありゃ?なんだこれ?「アマゾン」だから、私か、オネエの本。オネエの本は高いので、一応、クレジットにしている。だから、お金は要らない。要ったって事は私の本。宅配のお兄さんが帰ってから、すぐに開いてみた。あ~、そうだった。随分前に、これ、在庫が無くて、在庫が入り次第、送るって言って来たやつだ。忘れてた。で、本って、その時に興味があって、買うが、その興味が持続するのは、せいぜい1週間。折角届いたが、もう、余り、読む気が無い。まあ、オネエが本が好きだから、読むかもな~。で、思った。パソコンは恐い。簡単にクィック一つでかいものが出来ちゃうから、余程、吟味してからクィックしないと、いけません。食べ物なら、食べちゃえば、消えて無くなるから良いけれど、お洋服や、本は、吟味してクィックしないと、こう言う事になるなあ・・・とふか~く反省。パソコンは恐い。簡単だから、恐い。少々手間が掛かっても、カタログで吟味して、電話を掛ける間が、心を決める良い時間になっているのかもしれない。そう言えば、電話のプッシュボタンを押している間に、「やーめた」って事、多々あった。パソコンはそれが無いから、本当に恐いなあ。これからは、少し、気をつけましょう。
2007年09月29日
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朝起きたら、涼しかった。ああ、やっと秋になったなあ・・と実感した。一年のうち、一番好きな季節。私は、秋・・と言う言葉を聞くとすぐ、レイ ブラッドベリの「10月はたそがれの国」を思い出す。中学生の頃、この題名に惹かれ、レイ ブラッドベリの世界にとっぷり漬かった。SF作家なのだが、表現が実に詩的で素敵な作家だった。「たんぽぽのお酒」とか、「ウは宇宙のウ」とか、もう、その題名だけで、当時の私をひきつけるには十分なものだったから、次々、レイ ブラッドベリの世界に引きこまれて読んだ。彼の世界感が凄く好きで、不思議で、ファンタスティックで、恐ろしくて、本当に好奇心を刺激するに、十分な本ばかりだった。レイ ブラッドベリを読むようになって、少し柔らかいD・J・サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」に出会い、アンドリュー・ワイエスの絵画に出会った。サリンジャーの描く世界と、アンドリュー・ワイエスの描く絵は、まるで、挿絵のように世界感が似ていて、何時ぞや見た映画の監督が、アンドリュー・ワイエスの絵を参考に、映画のシーンを撮ったというのを聞いて、成る程な~と思った。今年の秋はどうやら短そうだが、思い切り、秋らしい、秋になりそうな気がする。今日は、ほんの少し細い雨が降ったが、その雨も、いかにも秋らしい、静かな雨だった。どうしてこんなに秋が好きなんだろうと思うが、多分、身体的にも、秋が一番向いているのだろうし、食いしん坊の私には、秋の収獲は、嬉しい美味しさだし、好きな本も秋にかんするものも多いし、絵も大好きなユトリロの描くパリが、いつも秋色から冬に掛けての色だからかもしれない。秋になると、気持ちが物凄く落ち着く。落ち着いて、物を考え、見る事が出来る。だから、自分のした仕事も、秋にした物は、実りが多い。庭の柿がそろそろ色付いてきた。良く知っていて、もう、ヒヨドリが、つつきに来ている。あ、すやの栗きんとん、まだ食べていません。毎年、必ず、買ってくるのだが、私が最初にすやの栗きんとんに出会ったのは、お勤めしていた今から30年以上も前の事。当時は、まだ、地元の中津川と、名古屋では松坂屋にしか売っていなくて、朝、売り出すと、お昼には完売になった。社員の特権で、いつも初日にとっておいてもらい、買って帰った。当時は、10個で900円だったのが、今は、倍以上のお値段になっている。まだ、40代の頃、子供たちの学校に大きな栗の木があって、休み時間に取っていたら、先生に見つかって、叱られるかと思ったら、「持ってけ、持ってけ」と仰ってくださって、沢山頂いて帰った。で、頑張って茹でて、中をくりぬき、お砂糖を練りいれて、すやの栗きんとんのように巾着絞りで作って、翌日、沢山学校に持たせたら、結構、評判が良かったので、翌年から、栗を買ってきて、自分で暫く作った。それでも、父が子供たちの喜ぶ顔見たさに、すやの物を買って来てくれた。今年は、まだ、食べてません。秋、楽しみです。わくわくします。良いことあるかなあ。
2007年09月28日
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今日からオネエが学会で、早朝、東京に出かけた。二泊三日。ホテルじゃなくて、三鷹に居る、お友達のマンションに泊めていただくそう。で、今夜は、仕事の終ったお友達と、下町でもんじゃ焼きを食べるのだそう。夜、彼女のママである友人にお礼の電話を入れた。こういう時、本当にオネエはお友達に恵まれたなあ・・・と思う。小学校からの一貫教育の私立の良さだろう。12年毎日一緒にいて、大学の時もいつも遊びに行くのは、この子ともう1人の3人。今回泊めていただく子は、ディズニーランドの直営ホテルで、エレクトーンを弾いている。目標は劇団四季に入ること。学生の頃から、コンクールに度々出ては、優秀な成績を残してきた。四季は、物凄く難しいらしく、経験が無い者は試験資格もないそう。で、今、修行中。それでも、ディズニーの直営ホテルに入るのも、物凄く大変だそう。皆、頑張って、夢をかなえて欲しい。彼女のママは、私の食事仲間・・・と言うより、もう20年来の友人。一応最初は、「泊めていただいて」のお礼の電話だったが、ついつい長電話になる。今、不動産の会社の社長さんをしているので、この時期、殺人的な忙しさらしく、なかなか会えない。皆、頑張ってるなあ。私も今日は、頑張って、新しい家に持って行くアンティークの家具の撮影をしたり、家具の寸法を測ったりしたが、結構、大変だった。リストを作り、写真をプリントアウトしたり。でも、こういうリスト作り嫌いじゃないです。なかなか面白かった。夜は、TVの後期の番組編成のため、特番ばかり。久しぶりに、思い切り笑った。ばかばかしいし、くだらないなあ・・と思うのだが、やはり、面白い物は面白い。最近、こんなに、笑った覚えが無い。昔は、くったくなく、思い切り笑えたのに、大人になるほど、抱える物が多くなって、心から笑うことが無くなったように思う。そう言えば、パパが吉本に日帰りで行こうって言っていたなあ。パパは関西人だから、吉本が大好き。私は前回、途中で飽きて寝ちゃった。やっぱり、関西のお笑いと、関東のお笑いは違うのかなあ。寝た私に、家族から「考えられない、あんなに面白いのに」と言われたが、何処が面白いのか、新喜劇はちっとも笑えなかった。多分、笑いのつぼが、私と吉本新喜劇とは、違うのだろう。漫才は、それなりに面白かったから、今度は、漫才だけやってる、梅田花月にしようかな。秋、だんだん、近付いてきます。今年は、どんな秋になるかなあ。
2007年09月27日
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体の具合があまり良くなく、昔はきちんとしていたお月見も、なかなか出来無くなった。昔は、きちんと三宝に半紙を折って、関東風に、丸い白いお団子を探して、お供えし、花瓶にすすきとはぎをきちんと生け、お月様に一番近いところにお供えしたものだが・・。今日は、夕方のニュースで知った。慌てて、近くのスーパーに行ったら、私が嫌いな、長いお餅菓子しかなかったが、仕方がないので、二袋買った。何故嫌いか?単純に、綺麗に三角すいに積めないから(笑)三宝を出して、半紙も無かったので、コピー用紙を折って、供えた。ススキも萩も無し。東京のお月見のお団子は、どこでも白い丸いお餅を売っている。このあたりは、何だか長細い。もっと田舎に行くと、サトイモをお供えするところもあるよう。昔、長細いのが嫌で、あちこち丸いお餅を探し回り、無かった時があって、手でちぎって丸くして、供えたら、翌日、臭くなっちゃって、食べられなかった。未だにお月見の時、「あの時は・・・」と家族に笑われる。ススキは無いが、萩は、嫌ってくらい庭に咲いているが、それも取ってくる元気が無かったので、今年は、妥協して、長いお餅をお供えして終わり。それでも、窓から見えたお月様は、本当に綺麗な満月。夜は、秋の気配もして少し涼しくなった。来年の今頃は、新しいおうちで、丸いお団子で、ススキもはぎも用意できてるかなあ。夜、FBIの透視捜査官のTVを見ていた。凄いなあ。本当に、探し出すから、凄い。日本も、こういう捜査官を信用すれば良いのになあ。そういう点は、日本の警察も官庁も保守的。こういう能力をもっと、信用して捜査に取り入れれば良いのになあ。それなのに、政治家は、占い師の所に日参する人も居るそうだから、矛盾してるよね。予知夢を見る、ブラジルの教師の予言が凄い。9.11も、長崎市長の狙撃も、予知夢でみていたそう。で、公証役場にいき、その日の夢と証明してもらい、その事件のおきるであろう国に、警告文を送っている。それも10年前に・・だ。で、はい、買っちゃいました。この人の本。通販なのでまだ届かないが、この本を読んだ人の感想が書いてあった。それによると、来年、大阪で震度7の地震が起きるかもしれないらしい。で、2038年には、世界地図から、日本が無くなるって。どう言う事?やっぱり、南極と北極の氷が解けて、日本が水没するって事なのか。こりゃ、本当に大変だなあ。早く読みたい。不思議大好き。
2007年09月26日
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一晩経ったら、一杯思い出したので、京セラドームコンの追記です。ゴムのびょーんびょーん。これもどうするのかなあって思っていたら、やはり、メインステージ。それも一本だけが、上から降りてきた。どうするんだろう・・・・。で、嵐君得意のジャンケン。この5人のジャンケンが、良いのよね~。良い歳の男の人が、無邪気にじゃんけん真剣にしている姿って、セクシーです。で、結局大ちゃんが負けちゃって、凄く嫌そうに苦笑いしていたけど、ゴムを肩に掛けたら、皆が大ちゃんに群がって、なんとベルトをはずし、ズボンを降ろし始めた。あ~あ、可哀想・・・と思っていたが、下には黒いスパッツを下着の上にはいていて、セーフ。暫く、びょーんびょーん。会場大爆笑。で、降りてきたら、ズボンをはきだしたが、さっと潤君が座り込んでズボンをはく大ちゃんの前に立ちはだかった。感動。なんて優しい子なんでしょう。潤君の本当に優しい一面、また、見せていただきました。仁王立ちになって、下を向いて、ずっと何か大ちゃんと喋りながら、立っていた。う~ん、また、惚れ直しました。大ちゃんのソロ曲は、本当に踊りが凄かった。目前で見られたのは、ソロコン以来。あの時もIさんと一緒に、前から4列目くらいだったから、宙に浮くような踊りに感動した。相変わらず、キレの良いダンスだが、物凄く、息をはあはあしていた。大ちゃんのソロだけは、確かに大ちゃんは実際に歌ってはいるが、息切れで音程が狂うので、違う音がながれているのかもしれないなあ・・と、昨日は間近で見て思った。うらあらしの紹介のとき、潤くんが「なかなか皆さんの前では歌ったことが無いので、多分、凄くレアだと思います」と言っていたっけ。「スケッチ」これ、東京でも歌って欲しいなあ。結成デビュー5年の記念だったが、それまでの事と、これからの事が書いてあったそう。二ノが「書きながら、泣いたもん」また、嘘ばっか(笑)唄った後で、相葉ちゃんが、しみじみこう言った。「俺、本当に、あの時辛くてさ」相葉ちゃんが、昔の話をし始めた。24時間TVの時、皆が泣いちゃった手紙と同じ話。あの時は翔君が「横見たら大野くん泣いてるし、松潤はおいおい泣いてるし、何て泣き虫なグループなんだろうって思った」と言った手紙。「俺もう、嵐、続けられるかどうか解んなくて不安で、皆に迷惑掛けちゃったし、すごく辛かった。」あのころ相葉ちゃんは、気胸になった。気胸はうちのパパも父もなったが、肺に穴がある日突然開く。背の高い細い体型の男性になりやすい病気。相葉ちゃん、少し目がうるうる。辛かったんだね、本当に。いつも明るくて、本当に回りの人もその明るさで元気にしてくれる子だが、こういう、本当に辛い事を乗り越えてきたからこそなんだなあ。「スケッチ」改めて聞いてみると、良い歌。帰って、もう一回聞きなおしてみようと思った。そうそう、相葉ちゃんに「おしっこ王子」って二ノが言ったら、相葉ちゃん、わざわざ席を立って、二ノの所に行き「今度言ったら、鉄拳くらわすぞーーー!」って怒ってた。帰って色色調べたら、台風の日に新幹線が止まり、名古屋に足止め食らった時、ホテルに入って、トイレを探していて、ボーイさんに聞いたら、「正面です」って言われたらしいが、それが相葉ちゃんには「小便ですか」と聞こえちゃったらしく、「はい、小便です」と言っちゃったそう。で、前日のドームコンで、爆笑になり、二ノに「おしっこ王子」の称号をもらっちゃったそうだ。でも、言われたボーイさんも、びっくりしただろうなあ。相葉ちゃんの、素敵なところなんだよね、こういうところが。AB型は面白いというが、我が家の二人の娘達は、共にAB型。確かに、よそ様、先生にはいつも「お二人とも個性的でらっしゃる」といわれたが、親は、生まれた時から一緒だから、わからない。ただ、オネエは皆に「不思議ちゃん」と言われているらしいし、チビも「面白い子」と言われ、私に「お母さん、私、面白い?」と聞いてきた事があるが、親も一緒のような人間だから、解らないのが正直な所。だから、多分、相葉ちゃんのご家族も、ごく普通の息子だと思ってらっしゃるだろう。MCの時、V6の歌ばかり歌って踊って盛り上がっていたけど、二ノが「俺たち、嵐だぞ!!」って言ったのが可笑しかったなあ。あ、それから、二ノがシースルーのピアノでソロを唄ったが、その後のMCで、衣装もシースルーにすれば良かったのにって話になって、昔、シースルーの衣装で「A・RA・SHI」唄った話になった。「あの衣装みたいなのにすりゃ良かったのに」に二ノが腐っていた。それから、特効の炎が近すぎて、めちゃくちゃ熱かったし、花火の音も、やたら大きかった。こんな前は初めてだったので、曲の音も凄く大きくて、慣れるのに時間が掛かった。午後から、昨日貰ってきた銀のテープを、いつもみたいにクルクル巻いて、また、無印のペンケースに入れた。で、気がついたこと。アリーナサイズのコンサートの時のテープと、太さが、まったく違った。倍近くの幅があった。やはり、大きな会場で、シュポッとアリーナ全体に飛ばすには、このくらいの幅が必要なんだろうなあ。ここまで、演出に気を使っているのかと、初めて知った。多分、これに気がついたのは、私の様に、毎回アリーナ席になった時、テープを貰って集めている人以外は、知らないことだろう。なんだか、特しちゃった気分。それだけ、嵐君のスタッフが、事細かに気を配っているって事なんだなあ。感動。元気を貰ってきたので、色色動けました。さあて、この効果、何時まで続きます事やら。画像は、一番左が、「ARASHIC」コンのテープ。赤や緑がありました。真ん中が先日の「TIME」コン名古屋の物 一番右が、今回の「DOME FINAL」の物。太さが違うのがわかります。
2007年09月25日
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さて、今日は、変更、すったもんだの末のドームコン。アリーナA6の90番とは何処かなあ・・と楽しみに、これまた、旅は道連れ、世は情けで、私の沢山の嵐友の内、二番目に嵐友になったIさんと、大阪、コンサートともに御一緒です。駅から電車に乗り込みんだ。駅まではパパに送ってもらい、電車に乗ると、いたいたIさん。そこから大阪まで、まあ、途切れることなく、お喋りの花が咲きました。ともにフィフティーズ(爆)怖い物なしっす。見れば、回りも、嵐君のドームコンに行く人ばかり。若い子は可愛いね。難波到着。まずは、腹ごしらえ。いつもの「ゆかり」さんに行き、お好み焼きを頂きました。帰りに取りにくるからと、注文してお店を出ました。Iさん、たびたび私のブログに登場するここのお好み焼き、やっと食べられて「うん、美味しい!!」と感激のご様子(笑)地下鉄を乗り継いで、ドームに到着。延々グッズを買う列に並んだ。「オバサンあまり歩かせないでよ~」と二人してぼやきながらも楽しい時間です。やっと、グッズ売場に着いたら、ポツポツ雨が落ちてきた。ドームコンバージョンの新しいグッズをゲット。小さな手提げが、メチャ可愛い。後で知ったが、小さなパンフレットは全部コンサートライブの写真で、何と何と、これ、私が入った日の名古屋のだそう。そう言えば、いかにもプロのカメラマンが、随分、写真撮ってたな~。大ちゃんのミニ団扇が売り切れていて、大ちゃんファンのIさんは、嘆いていたが、潤君と相葉ちゃん以外は、どうも「TIME」の時の写真と同じように思ったが・・・。さあて、中に入りました。席を探したらアリーナど真ん中、その上、前から8列目。うっそーーーアリーナサイズの会場でも良い席なのに、こんな馬鹿でかい会場、ドームの中、前から8列目って、本当に、ステージがもうすぐそこ。オマケに、ここ、ムービングが唯一通るブロックだ。Iさんのくじ運、本当に今年は、どうなっちゃってるのC1000は当てるし、どうでも良いと言いながら、ギターも当てちゃったし、凄すぎ。さあ、暗転。わーーー、本当に、嵐君、すぐそこ。肉眼で十分、お顔の表情も解っちゃう。おまけに、フォーメーションで潤君が中心になった時、もう、何度も目が合って、恥ずかしいくらいだった。丁度、私の前の子達が、小柄な子達で、背の高い私とIさんは、めちゃめちゃ目立つ席。嬉しかったのは、「TIME」コンでは唄わなかった大好きな「感謝カンゲキ、雨嵐」をうたってくれた事。うらあらしは、抽選で500人にしか渡らなかった結成5周年の記念に作ったCD「スケッチ」。まさか、聞けるとは思わなかった。勿論、お友達に頂いて持っているが、こうしてコンサートで唄ったのは、初めてだろう。ムービングステージは、名古屋の時の物が傷だらけで、あまり上が見えなかったが、今回は、凄く綺麗になっていて、はっきり、大ちゃんと潤君に何回も踏まれました(笑)ムービングが移動する時、二ノが真ん中に座って、上を行ったのだが、もう、脚、触れそうなくらいだったし、可愛い手でVサインしたり、手を振ったり、めちゃめちゃ、可愛かった。ただ、ムービングだけみていると、体の重心が取れず、倒れそうになった事が何回も。これ、オバサンには危ないっす(爆)二ノのソロは、電子キーボードから、透明なKAWAIのグランドピアノに変わっていて、歌っている時は、名古屋の時のように、最初は眼がねをしてて最後に外して、会場を沸かせていた。後で調べたら、このピアノ、凄い値段だった。潤君のソロ「Yabai×3」は、ドームの天井にどう設置するんだろうと思っていたら、案の定、メインステージの上に設置されていた。今までアリーナでは、メインからバックに向かって、会場のほぼ中心の天井を歩いたが、やはりドームでは、設置が難しかったのだろう、メインステージの天井、右から左にしか移動できなかった。これも、私からは、肉眼ではっきり見えた。衣装が変わっていて、可愛いうさぎ色のお帽子をかぶっていた。衣装はアリーナコンよりど派手に、スパンコールがキラキラ一杯の衣装だった。そう言えば、全体的に随分、衣装がアリーナ公演とは変わっていた。奇跡の席は、本当に嵐君達が近かった。しかし、反対に、嵐君達が、会場に散ってしまうと、全く見えない。双眼鏡を持って行ったので、後ろ向きになって、見ていたが、見にくかったので、スクリーンに見入っていたら、気が付いたら傍にいたり(笑)今回、MCはV6の曲の話が多かった。大ちゃんが、歌ってみせたが、無駄に上手すぎて、爆笑。メンバーも「うますぎて、いやだ」と口々に言って笑っていた。相葉ちゃんが、二ノに「おしっこ大将」と言われ、本気で嫌がっていたのが、可笑しかった。潤君が一生懸命話し出したら、たまたま、皆、体を拭いたり、飲み物を飲んだり、誰も聞いてなくて、「おい、誰も聞いてないし。おい聞いてるのか!」と笑いながら切れてたが、昔だったら、本気で切れたのに、大人になったなあ・・・・とオバサン、嬉しかったです。「山田太郎物語」に大ちゃんが「嵐代表」として出たことに、メンバーも面白がっていたが、実は、台詞がもっと違う台詞だったそう。それを大ちゃんが「嫌だ」と言ったのだそう。もう、爆笑。で、出て来たのが「おかま大将と、まつりだ」だったのだそうだ。よその番組に出て、回りが全く知らない人ばかりで、凄く緊張したのだそうだが、二ノに「知らない人ばっかりで緊張したのに『いや』って言ったの?」といわれて、会場も爆笑。大ちゃん、笑いながら、うん、うんと頷いていたのに、また、爆笑。今回、驚いたのは、アンコール。最初のアンコールの時点で、既に、2時からのコンサートが5時前に成っていた。時計をみて、驚いた。そこから、何と4回のアンコールに応えて出て来た。二回目の時、潤君が「折角、でてきたんだから、もっと頑張ってくれよ」と本気で少しがっかりしたようで、引っ込む時、さっさと後ろも見ないで引っ込んだ。新しいファンが多いし、仕方ないよなあ・・・と思って、あ、怒ったな・・と思ったのに、そこから更に2回もでてきたのにはビックリ。だいたい、月曜だし、翔君はこれから東京に帰って、ゼロがあるし、せいぜい2回までと思っていたので、本当に終った時間をみて、心配しちゃった。結局終ったのは、5時半前。なんと3時間半近くのコンサートだった。そこから規制退場。大人しく、指示に従っていたが、時計をみて、もう限界と、Iさんと立ち上がった。係員に「すみません、電車の時間に間に合わないので、出て良いですか」と言うと直ぐに出してくれたが、そこから駅までが、地獄。雨の降る中、走った走った。それでも、地下鉄の駅に着いたのは6時前。駅の階段も、ぎゅうぎゅう詰めの状態。すぐには電車に乗れず、やっと、朝のラッシュの状態で乗って、心斎橋で乗り換えて、やっとまともに歩けた。そりゃ~、5万5千人の大移動だもの。心斎橋で、難波方面の地下鉄に乗って時間を見たらすでに6時15分。近鉄の電車の切符は6時半だったから、もう、冷や冷や物だったが、無事、二人で近鉄の改札に駆け込んだ。しかーし、取りに行くはずだったお好み焼きは、当然、取りに行けず、友達にも会えず、散々だった。でも、帰りの電車もIさんとお喋り三昧。後ろの席も、横の席も嵐帰りの子だった。無事、帰って来て駅に降り立ち、階段を降りたら、チビがいきなり肩を叩いて、びっくりして飛び上がった。お気に入りの傘を先日無くし、やっと買った傘を、また落として来たと言う。全くもう。で、駅長室に行き、探してもらう手続き。その間に「ゆかり」さんにお詫びの電話を入れたら、快く、キャンセルしてくださった。駅から出ると、パパが迎えに来てくれていたので、一緒に帰り、近くのお店で夕食。あ~、楽しかった。Iさん、ありがとうです。あんなに近くで、嵐君達が見られ、奇跡のコンサートでした。夜、さっき会ったばかりの翔君の「ゼロ」を見た。少し疲れた顔をしていたが、始まってからは、政治の話を真剣に目を輝かせて質問していた。お疲れ様。元気一杯もらえたし、明日から、頑張れそうだなあ。うん、頑張ろうっと。画像は、ゲットしたパンフレット、ミニ団扇、第三弾のライブフォトそれに、下になっちゃって見にくいですが、可愛いミニトート
2007年09月24日
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いよいよ明日は、京セラドームのコンサート。今日から二日間。セットリスト、変わっているかなあ。今回私は、公演がキャンセルになった横浜の最終公演、オーラスが当たっていた。物凄く楽しみにしていたが、事務所の意向で公演がキャンセルになった。その代わり、変更になった東京、大阪、どちらのドームコンでも、希望通りの日にち、公演が選べる権利を貰った。で、同じ権利を手にした友人が、大阪を、私が東京を選び、応募した。友人はとてもくじ運の良い人で、C1000のイベントも当てたし、ギターも当てた凄腕。やはり期待通りに、何とアリーナ席をゲットしてくれた。私が近鉄で行くことにしたら、彼女も一緒に行くと言ってくれたので、行き帰りも御一緒することにした。で、先日、切符をこちらで買って、送った。物凄く羨ましいのは、最近彼女の旦那様が本気で嵐にはまったとの事。コンサートだけじゃなく、CDも、嵐君のものをずっと聞いているそうだ。うちのパパには、考えられない。良いなあ。夫婦で嵐君のコンサートにいけたら、こんな楽しい事は無いのになあ。パパは、「何で俺が、嵐なんかに行かなくちゃならないんだ」しか言わないからなあ。最後の浜松公演から、早、ひと月が経っている。すっかり秋になっているだろうなあ・・・と思っていたが、全く残暑厳しい。慌てて、夏服をクリーニングに出した。あの広いドームの中、MJウォークは出来るのか心配だ。勿論、横浜アリーナのオーラスの方が嬉しかった。アリーナクラスで見る嵐君のほうが良いに決まっているが、ファンが増えたのだから、仕方が無いし、すでに5年になろうとしているファンとしては、喜ぶべき事だろう。何時だって彼らは一生懸命だし。切符やら、グッズやら、団扇も用意した。う~ン、楽しみです。ここのところ、鬱が少し酷くて、夕食も作れなかったが、明日、嵐君に元気を一杯貰ってこよう。
2007年09月23日
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最近、食の通販に凝っている。最近、注文して来たもの。「イカの船上醤油漬けルイベ」「きのこのキッシュ」「かにとブロッコリーのキッシュ」「仙台の塩たん」「おばあちゃんのさんまの煮付け」など等。はずれが無い。皆、凄く美味しかった。うちに居ながら、日本中の美味しい物がいただけるのは、パソコン様様です。元々、お米は、毎月、新潟の大潟村から送ってもらっている。我が家は、そうお米を大量に食べないので、少量なら美味しいお米を食べたいと思い、ちょっと高いが、頼んでいる。一時、卵やら、お野菜も無農薬の「ラディッシュボーイ」と言う所から送ってもらっていたが、卵は、毎日食べるので、それでは足りなくなったし、お野菜も、一応、レシピなど入っていたが、食べない物は食べないので辞めた。通販は大好き。返品するのが、面倒と、通販の駄目な方は仰るが、返品になれちゃうと、これほど便利な物はない。私など、足の先から頭の先まで、通販。老眼鏡など、本当に可愛くて、実用的な物が揃っているし、お洋服も、サイズが揃っている上、東京コレクションに参加している名古屋では手に入らないブランドも簡単に手に入る。靴は、履いてみないと・・・と敬遠していたが、一度、まだ、日本じゃ売られていないフランス製のお洒落な、ピンクとベージュのコンビのウィーキングシューズを買ったら、病み付きになった。最初に買ったダイソンの掃除機も、まだ日本では売られていなかったサイクロン式で、その性能にビックリしたし、業務用の冷凍庫はもう、買って20年になるが、未だに優れもの。ジョーバもブームになる前に今の形じゃなく、最初の形で、今も健在。無圧マットは、硬いベッドマットで、毎日、朝、肩こりで起きていた生活が一変した。そして、通販の食品は、今までで、一度たりとも、はずれが無かった。長野のトマトジュース、台風で被害がでた年に落ちたりんごで作ったりんごジュースのおいしかったこと。本場、イタリアのピザは、大ヒットで、家族は、ショップチャンネルに出るたび買ってくれと言う。そして、一番のヒットは、おせち料理。これは、私1人で楽しむのは申し訳ないと、友人達に勧めた。大きなセットと、小さなセットがあって、初めは小さなセットを買った友人が、今や私と同じように、毎年大きな方に変えた。お仕事をしているので、TVが見られないときは、一緒に頼んでと言われている。そうしないと、その日のうちにSOLD OUTになっちゃうくらいの人気だからだ。凄いところは、29日に必ず、配達してくれる事。真空パックだから、保存も利く。日本中から集めた、一流のお料理屋さんや、北の猟場の美味しい物ばかり。お節料理と言うと、若い子はなかなか好まないものばかりだが、このお節にしてから、残った事が無い。今年も、これにします。近々で食べて美味しかったのは、イカの醤油漬けとキッシュ。キッシュは、表参道のお店で、少々高かった。実は、私がキッシュにはまったのは、白金にあるお店で食べたのが、余りに美味しく、甘い物より、塩辛い物が好きな私の舌にはまったからなのだが、最近、そのお店が、実は、日本で最初にキッシュを売り出したお店だったと知った。別にそのお店に行きたくて行った訳じゃないのだ。毎年、機械メーカーのご招待で、色色な場所のホテルを取ってもらって行く。たまたま、その年は、白金台のホテルで、夜、パパと散歩に出て、あまりに素敵なお店だったので、入りたくなり入ったのが、そこだった。小さな三角の形のビルの一階にあり、夜だったので、そのテラスの明かりが素敵で入ってみた。メニュウに色色なキッシュがあり、それまで「キッシュ」と言うものを知らなくて、美味しい物が大好きな私の食指が動いた。「なんだろう、これ、食べてみよう」で、頼んだのが、お豆腐とホウレン草とベーコンのキッシュ。もう、驚きだった。世の中にこんな美味しい物があったんだと、感動した。甘かったら、嫌だなあ・・・とケーキの形状をした物を、恐る恐る口に入れたら、その味に、いっぺんに魅了された。ただただ「美味しい」しか言えなかった。持ち帰りも出来たが、翌日、東京の伯母の家に行く予定だったし、アンティークのお店も色色行く予定だったので、諦めた。今から10年も前の話だ。それから、私のキッシュ探しが始まった。しかし、当時は、まだ、パソコンもしていなかったし、幾ら探しても、キッシュは無かった。本で、レシピを探したが、これも一切、出版されていなかった。苦節5年経った頃、やっと、フランスのアルザス地方の物だと知った。そしてオネエが偶然入った名古屋のイタメシ屋さんにあることを知り、食べに行ったが、白金で食べたほど、美味しくは無かった。最近、レシピ本を手に入れた。作ってみようと思っているが、今忙しくて、なかなかケーキ作りが出来ない。で、パソコンで調べていたら、一杯出て来ましたキッシュのお店。で、その中、あの白金のお店のホームページに行き着いた。「QUICHE & TARTE」「日本で最初にキッシュを紹介し、売り出した・・・」そうだった訳か~。私は、最初に、日本で一番美味しいお店で食べちゃった訳。そりゃ、どこの食べても、満足しない訳ですか~。今、改装中だとか。リニューアルしたら、また、食べに行きたい。それより、自分で作れよって話で(笑)通販、侮れません。
2007年09月22日
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先月、お休みしちゃったので、二ヶ月ぶりの革工芸。行ったら、行ったで、めちゃめちゃ楽しい。細かい作業が、向いているのかもしれない。毎日、家でしないから、なかなか上達しない。もう、父が生きている頃からだから、5年になるのになあ。本当なら、もう、ゴートの革になって、自由に自分の作りたい物を作っている時期なのに、今、最後のカリキュラムの大きなレッスンバックを作っている。元々、このバックを作りたくて、この会に入れていただいた。最初は、30年選手ばかりの中、「期待の新人」と言われ、かわいがって頂いたが、父の事やら、お祖母ちゃんのことがあって、なかなか出られなく、どんどん、後から入った若い子に追い抜かれちゃった。で、去年、先生が亡くなってしまった。でも、今は、もう既に教師になれるくらいの技術をお持ちの、30年続けてらっしゃる方々に、教えていただいている。その方々の作品は、もう、本当にため息が出るくらい、細かく、綺麗で正に芸術品。早く、足元にでも追いつきたい。革工芸の良い所は、好きな時間に好きなだけ出来る事。色色な工程があって、それを覚えるまでが大変だが、一旦覚えてしまえば、後は、同じだから、技術が向上すれば、良い作品が作れる。図案は、大好きなお花だから、余計、続けられるのかもしれない。平面だった革が、打つことで隆起が出来、重なった所を、さらに打ち出して上下を作る。その頃になると、出来上がりが想像でき、うれしくなる。「作って」のリクエストは、一杯。だが、まだ、一つも期待にお応えしていない。母のコーラス用のレッスンバック、チビの教科書を入れるバック。オネエが就職したら、カバンをプレゼントしたい。頑張らなくちゃなあ。皆様、見捨てず、ご指導よろしくお願いしますm(__)m
2007年09月21日
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私は、アダルトADHD障害者だ。この障害は、まだまだ理解されておらず、世の中の人の認識が薄い。かく言う私自身、どういう障害か、今一、自認していない。これは性格?障害?と時々、混乱する。潜在的ADHD障害者は、20万人とも言われている。子供の時、余り目立った症状が出ないと、そのままになったり、アダルトADHDになったりする。また、別の障害を併発し、そちらの障害者として位置してしまうから、なかなか承認もされなかった。実生活にも困ることは多々あるが、運転が出来ない訳で無く、生活そのものが出来ない訳で無く、仕事も、合っていれば、普通以上の能力を発揮することもあり、余計に、解らない障害なのだから、たちが悪い。で、この障害者に最初に処方される薬が「リタリン」と言う薬なのだが、最近、この薬が問題になっている。私は、現在、服用していない。最初にADHD障害と診断が降りた時の主治医は、この薬を処方した。初めて飲んだ時、頭の中がすっきり整理され、今までごちゃごちゃだった頭の中が、一本の筋が出来たような気がした。私は普段、色色なアイデアや、考えが頭の中に渦巻いてしまい、何をして良いのか、何からして良いのか解らなくなる。そのために、こうして毎日、ブログに書いて、吐き出して、少しは樂になった。それが、リタリンを呑むと、すっきりし、安心してか眠くなってしまうのだ。暫く服用し、医師に「眠くなって困る」と言ったら、爆笑された。「間違いなく、ADHD障害ですね」って笑われた。不思議そうにしている私に医師が言ったのは「普通の方が服用すると、覚醒するんですよ、この薬」あ、そうなんだ・・と思った。「覚せい剤と同じなんです」え?と思った。「だから、ADHDじゃないのに、この薬が欲しくて、病院を次々変わったり、処方箋を偽造して、この薬を手に入れたりする人もいるんですよ」そうなんだ・・と思った。そういう薬なんだとその時認識した。で、2年後に変わった主治医がこの薬をきらい、「Kさん、リタリン、辞めましょう」と仰った。元々、最初の話を聞いてから、「覚せい剤と同じ」と言う言葉が頭に残り、朝晩、毎日2錠飲むよう貰っていたが、余程生活するにあたって、混乱しそうな時以外は飲んでいなかったので、結構、簡単に辞められた。で、この5年は、抗不安剤のコンスタンと言う、内科でも出す、緩い薬だけで何とか頑張っている。今日のニュースで、このリタリンを乱発していた病院に捜査が入ったのを見た。一緒に見ていたオネエが、「東京クリニックだ」と言ったら、その途端、名前が出た。「知ってるの」と聞くと「有名だよ、薬、乱発するって」臨床心理士や、精神科や心理学の世界では、悪名の高い病院だったそう。で、リタリンが、鬱病の薬の認可を外されるそう。まあ、もう、飲んでいないから「ふーーん」と言う感じなのだが、飲んでいる人はパニクっているだろうなあ・・・と思った。内科の薬に比べ、精神科の薬って、結構、頼っている人が多いから、依存症になりやすい。私のように、もう、永い人は、結構自分で調節して飲んでいる方が多いが、ADHD障害は、最近、増えてきているので、リタリンを貰ったばかりの人は、多分混乱しているだろう。でも、そういう方たちに言ってあげたい。ADHD障害は、対処すれば、大丈夫なんだよって。時間を守れない、色色な片付けができない、人に突然何か言われると、混乱してしまう、仕事があるのに、先延ばしにしてしまう、ましてやそれが、時期を必要とする事だと礼を欠いてしまい苦しむ。興味の無いことを、どうしてもすることができない。ついつい思ったことを口にしてしまう・・・などなど。私は一応、こうして対処している。時間を守れない→時計を進めている。片付けができない→余程ぐちゃぐちゃになったら、洋服を買うお金を我慢して、お手伝いさんに来てもらう。混乱してしまう→「すみませんが、もう一度、言っていただけますか」と言ってみる。先延ばし→家族に代わってもらえる事は代わってもらう。そうじゃないことは、安請け合いはしない事、それ以外は、お詫びする。興味の無いこと→実はこれが一番私には難しい。好きな事を思い切りして、その後に宿題と思ってするようにしている。余計な事を言っちゃう→人の気持ちをいつも思うようにしている。そうすると、相手を傷つけることは言わなくなる。ただ、これ、家族には出来ないから、厄介です。リタリン、これからも色色な問題がまだまだ出てくるように感じる。ADHD障害者の皆さん、頑張ろうね。夜、楽しみにしていた二ノの「マラソン」。自閉症の青年を、実に上手く演じていた。「嵐」に食傷気味の我が家の家族も、特にオネエは、嵐の事を言い出すと、何処かに行っちゃうが、この二ノの演技だけは、思わず「うーまいっ!!」と言った。日々、自閉症の方と接しているオネエが言うのだから、本当に、二ノは、自閉症の青年そのままだったのだろう。二ノがドラマの中で起こす、色色な亊に、オネエが解説してくれながら、一緒に見た。最後にドラマのモデルになった、韓国の青年が出てきたのに、感動した。二ノ、本当に良い役者さんになったなあ。いつもは、毒舌で、なかなか本音もいわない子だけど、その才能は、溢れている。これからも、良いドラマ、見せて欲しい。
2007年09月20日
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先日、凄く恐い物を見た。この地球が、今、本当に危機に陥っているという、確かな情報の番組。どこのだか忘れたが、100台に及ぶ、性能の良い大きなコンピューターがあるそう。そこでは、地球の気象の今後を計算しているそうだ。で、今年の日本のナニーニャ現象による極暑も、既にきちんとこうなると、解っていたそうだ。そして、この夏の巨大台風の襲来も算出している。そのコンピューターが、30年後といわれている、地球温暖化の影響で、南極と北極の氷が溶け日本や、ほかの島国が水没するかもしれない・・・と言う予想を、大きくはずれた予想時期を、10年以内と算出したそう。勿論これは今の世界のCO2の削減がなされない場合の状況だ。せめて世界の先進国が、この恐ろしい未来の予測を回避すべく、対策を練らないと、大変な事になると思う。「こうしましょう」「ああしましょう」の段階じゃなく、もう、危機は目前に来ているから、政府が、なんらかの対策を決め、それに違反した企業や人は罰する・・・と言う、厳しい対策をしなければ、もう本当に危険はそこまで来ているのだ。事実何時ぞや、見たTVでは、10年前静かな海辺に住みたくて、街中から、海岸沿いに居を移したご夫婦の家が、今、もう、水没しかけているそうだ。海岸線が、年々、内陸に少しずつ迫っているのも事実なのだ。実に恐い話だ。日本のような小さな島国は、ひとたまりも無い。1人1人の心がけも勿論大事だが、既に地球が、そのレベルじゃない事、世界がもう少し早く、気が付くべきだと思う。今年の異常な酷暑。夏だけじゃない、つい最近まで、日差しは肌を突き刺す痛さだったし、朝、雨戸を開けようとして、火傷しそうになった。これは、数年前では考えられない事だ。それだけ、太陽の紫外線や日差しが薄くなったオゾン層を突き抜け、地球に突き刺さって来ていると言う証拠なのになあ・・・。新しくなるであろう、政府の皆様。国の政治の事も大切ですが、地球が危ない事、日本国が水没する恐れがあることを思ったら、党がどうのこの言ってる場合じゃない事、どうか、自覚してくださいませ。
2007年09月19日
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昨夜の「嵐の宿題君」は面白かった。翔君の体の硬さが露呈して、最近翔君、持っていっちゃうなあ。番組的に、以前は大ちゃんが、笑いの中心にいたが、最近、ファンの間では翔君の面白さは、周知のことだったが、ニュースキャスターをし始めた翔君が、実は、とぼけた奴だと、全国的に露呈し始めている。それが、わざと、しようとしてなっている訳じゃなく、翔君は一生懸命なのだが、運動音痴であったり、本当はとても面白い子なのだ。慶応大学出、小学校から、慶応幼稚舎で育ち、父親は、郵政省高官、母親は大学教授と言う家庭で、三人兄弟の長男として生まれ、嵐になってからも、母親の代わりに弟の塾のお迎えに行ったりしていたそう。話に卒が無く、嵐のラップのリリックは全部書いている人なのだが、翔君は、本当に面白い奴なのだ。「ニュースゼロ」、に出るようになって、こっちもニュース番組が好きなので、毎回ゼロはみているが、解説も上手い。最近のゼロは、見ていて時々、一体これからの日本はどうなっちゃうんだろうと不安になる。阿部さんの、突然の辞任と、福田さんと麻生さんの総裁立候補。その裏に渦無く、政治の嵐。普通の庶民には、わからない世界だ。正直、福田さんは、あまり好感がもてない。何を考えているのか解らないところがあるし、何だかとても冷たい感じがする。突然、回りの言う事を無視し、自分の思い通りに突き進んでいくような感じが否めない。麻生さんは、まだまだ若いし、少しくせが有るが、こういう、癖の有る人の方が、首相には向いているような気がするが、政治の裏はわからないから、全く先が見えない。自民の中でも、小泉チルドレンが小泉さんの再出馬を希望しているが、私は絶対、小泉さんは出てこないと思う。何故なら、何時ぞや「オーラの泉」で、息子の小泉孝太郎君が出ていてこんな事を言っていたからだ。「父が、夜、帰って来ると、『ああ、今日も生きていた』と安心した」。首相の家族しか出ない言葉だろう。その職がどれだけのものか、この言葉で良く解った気がした。家族は、多分本当に、そういう危機感をいつも持って、首相の家族をしていたのだと思う。その緊張感たるや、軟弱な者は潰れてしまうだろう。命の危険にもさらされるわけだし。小泉さんが、再びその緊張の真っ只中に飛び込むとは、どうしても思えない。内閣は総辞職になるだろう。そしてまた、大臣の選任になるのだが、新しい内閣にお願いしたいのは、桝添さんを厚生労働大臣を再任してほしいことだけ。折角、あそこまで、厚生省の中を弾劾したのだから、そのまま頑張って、続けさせてあげたい。ああいう人が、大臣で無くなるのは、実に勿体無いと思う。さあて、だれが、総裁になるのかな日本は変わりますでしょうか?
2007年09月18日
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見ていた今期のTVドラマが次々、最終回を迎えた。今日は月曜日。「ゲツ9」の最終回。今回の「ファーストキッス」は大好きな阿部サダヲや劇団1人が出ていたので、見ていたが、今一、面白くなかった。何故だろうなあ・・。先週は、二ノと翔君の「山田太郎物語」が最終回になったし、イケメンパラダイス「花盛りの君たちへ」も最終回。最近は、3ヶ月クールになってしまって、凄く短い。大体11回で終る。何故なんだろうなあ?昔は、結構、半年クールが多かったのになあ。それだけ、俳優のスケジュールを抑えるのが難しいのか、それとも、見るほうが飽きちゃうのか?しかし、飽きさせるのは、それだけ、脚本家の力が無くなった・・・と言う事か。それとも、企業に力が無くなり、スポンサーとして、長く放映する財力が無くなったのか、解からない。だが、見るほうは、半年にしてもらいたいなあ・・・と思う。「山田太郎物語」は、嵐君のファンじゃなくても、十分に面白かったと思う。ありえないくらい、一生懸命に家族を愛する事に生き甲斐を感じている眉目秀麗の超貧乏青年と、華道の家元の御曹司の互いに惹かれあう友情とが、解かりやすく描かれ、毎回、気持ちが暖かくなる内容で、とても面白かった。勿論、毎週可愛い二ノ君や、翔君にも会えるし、嵐君の主題歌も聞ける。最終回は、何と、タイトルバックに「嵐代表」との表記で大ちゃんもゲスト出演したのには、爆笑ものだった。大ちゃんのせりふ「おかま大将」と「まつりだ」は、ファンにしか解らない暗号みたいな物。「おかま大将」は大ちゃんが、ソロコンサートの時に演じたサミーなるおかまを意味し、「まつりだ」は、今度のドームコンサートのことを、いつも大ちゃんが、「ドームはお祭りみたいなもんだから」と言っていることからの台詞。「花盛りの君たちへ」は、最初はあまり面白くなかったが、回を追うごとに、まあまあ、面白くなって最終回が一番面白かった。何年か前、見に行った、嵐君達、潤君,翔君,大ちゃんの舞台、ミュージカル「ウェスト・サイド・ストーリー」に、大ちゃんの友人として出ていた生田斗真君も準主役で出ていた。マニアックな所ではシリーズ「菊次郎とさき」が、今回も面白かった。芸達者な役者さん達の演技がぶつかり合い、実に面白かった。菊次郎役の陣内孝則さんが、とても上手に演じてらして、偶然見た「徹子の部屋」の話で、実は、陣内さんのおうちが、大工さんだったかで、本当にあのままの騒ぎの家族だったそう。奥さんが、「寺内貫太郎一家」などのホームドラマをみて、「あんなのは、テレビの中だけ」と思っていたのに、陣内さんの実家に初めて行った時、「あ、ここに本当にあった」と仰ったとか。さき役の室井滋さんも、好きな役者さんだ。本当に、実に上手い。今期「山田太郎物語」以外で、一番面白かったのは「ホタルのひかり」。綾瀬はるかちゃんは、若手の女優さんの中では一番好きな子。こういう役もこなすし、何時ぞやは、救いようの無い男女の犯罪を描いたドラマで、悪女を天使のように演じていたし、「世界の中心で愛を叫ぶ」もすごく良かった。今回も、期待を裏切らず、「干物女」と言う流行語も生まれるように、上手に「干物女」を演じていた。大作ではないが、毎回、くすっと笑わせてくれる台詞が入っていて、脚本家の力をまざまざと見せられたドラマだった。「そうそう、こう言う事、あるある」と、世のOLさんが、納得するような内容だった。シチュエーション的には、部長の家に会社に内緒で、同居するはめになる・・と言う、有り得ないものだが、毎回、とても面白かった。さあて、次回は、どんな面白いドラマがあるかなあ。TV大好き人間を自負する私には、一番ワクワクする時間です。
2007年09月17日
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昨日、映画を見た後、映画館の入ったミドッドランドスクェアをみて楽しんだあと、高島屋に行った。長年、名古屋駅前で工事をしていたミッドランドスクェアは、出来た時から、「ブランド品」のお店ばかりで、見て楽しむだけの建物・・と言う認識しかなくて、新しい商業ビルができて、直ぐに出かけた昔に比べ、「ああ、凄いものがまた出来たなあ」と言う感想だけだった。だから、チビが、そこに入った映画館に行こうと言い出したとき、見ても仕方がないのになあ・・と内心思っていた。が、行ってみて良かった。ブランド品も、べらぼうに高いお洋服も興味は無かったが、デザイン物のグッズのお店や、以前から好きだった「レイジースーザン」があったし、食材のお店などがあって、十分、楽しめた。それにお昼を摂る為入ったお店が、めちゃくちゃ美味しかった。デザイン物のお店で、可愛い白いヘッドホンをゲット。我が家に二台ある「ダイソン」の掃除機の最新式の物もあった。この掃除機、本当に優れもので、最初にショップチャンネルで紹介されたとき購入してから、ほかの掃除機が使えなくなった。故障しても、3日で必ず、返って来るシステム。で、一昨年、もう一台買った。確かに日本の掃除機に比べると、値段は高いが、それ以上に、性能は良いし、この「ダイソン」掃除機が日本に物凄い勢いで普及してから、日本の掃除機も、フィルター式から、遠心力の吸引式のサイクロンクリーナーが、続々と発売された。そのほかにも、キッチュなデザインやら、スタイリッシュなデザインの家電が並んでいた。文具もなかなか素敵だった。食材屋さんも、面白くて、粉の種類の品揃えが良く、見たことも無い粉もあり、面白かった。ビル自体は、非常にデザインが素敵で、照明機器が、面白く、時間になると、大きな平たい風船のような大きな色とりどりの電気が、ビルの吹き抜けを上下した。一階のチョコレートの専門店には、長い列が出来ていた。同じ一階のカジュアルなレストランの一部に、お菓子や、テイクアウトのお料理のお店もあり、大好きなキッシュも有ったが、通販で頼んだばかりだったので、後ろ髪を引かれたが、ミッドランドスクェアから、向かいの高島屋に移った。映画のほか、実は私はこちらも、目的だった。詩人のワーズワースの庭、ビアトリクス・ポターの庭などが、再現されていて、ビアトリクスが、精魂込め作り上げた、ピーターラビットの初版本からのシリーズ初版本が展示してあったり、ビアトリクスから、ワーズワースの子供に宛てた書簡なども展示してあった。一番見たかった、ビアトリクス自筆のスケッチは、素晴らしかった。会場を出ると、オールドローズ、ブリティッシュローズなどの苗やら、ピーター・ラビットのグッズ、薔薇ばかりの食器、小物のお店や、輸入生地だけで作られたパッチワークと材料のお店、ガーデニングのお洒落なグッズのお店やら、大好きな物ばかりで、目移りしてしまう物が沢山あった。ピーターのグッズの所で、ビンに貼ろうと洗浄しても剥がれないシールやら、可愛い動物のドローイングの絵などゲット。それから、大好きな薔薇のグッズのお店に行ったら、そこに有る全てが欲しくなっちゃった。お店の方に聞いたら、通常は、店舗を持っておらず、色色なところに商品を入れているだけ・・との事で、もし良ければ、カタログがあるので、そこから、注文をしてください途の事。で、そのカタログが、1500円。でもかなりな厚みがあり、何百点ものグッズが載っていて、一回注文すると、次回から、新作のカタログが出た時は、無料で送ってくださるそうなので、商品は、一度に買えないから楽しみながら買おうと、そのカタログを購入した。食器から、調理器具、お洋服から、寝具まで、家庭の中にある小物はなんでもあった。うん、これ、楽しみです。昨日は、母を敬老の日の食事に連れて行く予定だったので、高島屋を出て、帰途に着いた。あーー面白かった。映画は私にとって、大変な出会いの映画だったし、買い物は楽しかったし、展示も充実していた。夜、母を連れ、カジュアルなフランス料理のお店に行った。母は嬉しそうに楽しそうに、孫達との話が弾んでいた。偶然、友人一家にも会った。久しぶりに、家族で面白い一日でした。画像は、お昼ごはんに入った超人気のお店のランチ。めちゃめちゃ美味しかったっす。そしてポターの住んでいた家と、ピーターラビットの初版本。それに、ポターの世界をそのまま再現した展示品。
2007年09月16日
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ずっと、書けなかった。この映画を見に行ってから、本当に書け無くなってしまった日記。自分の気持ちが全く解らなくて、どうやって、文章に表現して良いのか解らなくなっちゃったからだ。「ミス・ポター」は、言わずと知れた、ビアトリクス・ポターの事。ピーターラビットの産みの親であり、ナショナルトラストに大きく貢献し、私財をなげうって、イギリス北部の湖水地方の自然を守った強い女性でもある。映画を見に行く前に、そういう予備知識はあった。ピーター・ラビットに関しては、子供たちをピーター・ラビットのお洋服で育てた。年に一度、大会場を借りて行われた子供服の「ファミリア」のバーゲンに、毎年出かけ、何万円と一年この日のために貯めた貯金を使って買い物をした。靴下から、お帽子まで、バックや、文具までもピーターラビットで揃えた。子供たちは大きくなり、もう、ピーターのお洋服は着なくなったが、相変わらず、我が家の予定を書き込むカレンダーは、毎年早々と、輸入品のピーターラビットのカレンダーを用意する。家の中、ビンにもピーター、カップにもピーターと溢れている。特にチビは、ビアトリクスのお話が大好きで、今は、「ファミリア」からパテントが無くなり、この近くにある大レジャー施設「長島温泉」のキャラクターに移ったが、遊園地に遊びに行くとピーターのグッズを買ってくる。そういう我が家の状況の中、この映画を見に行った。チビがどうしても、名古屋に行きたいというので、わざわざ、名古屋まで行った。始まってすぐ、私は物凄く不思議な感覚に陥った。それは最初は何だかわからなかった。まだ、本当に、話の始まったすぐ・・にだ。胸が締め付けられるくらい「懐かしい」思い。「何?これ?」と思いながら、見続けた。本の出版に関わった人と恋におち、家族に反対される段になった頃、「あ、この人は死ぬな」と思った。で、実際、亡くなった。湖水地方の別荘の姿にも、不思議な懐かしさを覚えた。そして、ビアトリクスの部屋のごちゃごちゃした感じも懐かしい。絵本が売れて、世界一の売り上げを記録し、財を得たビアトリクスだったが、元々、ご大家のお嬢様だったから、お金に執着は無く、湖水地方が開発の危機にさらされていることを知り、私財をなげうって、土地を買占め、自然を守った。で、映画は終るのだが、その頃になると、如何して良いか解らないくらい、なにかしたら、泣き出しそうになっていた。「困ったな」と思った。本当に、終って、電気が付いたらどうしようと思った。「どうしよう」それしか頭になかった。「どうしよう、どうしよう」と考えていたら、ついに口をついて出た「どうしよう」。横に居たパパが私の尋常じゃない「どうしよう」にびっくりして体がどうにかなったのかと心配し「どうした?」と慌てて聞いた。その途端、場内が明るくなり、堰を切ったように声を上げ泣き出してしまった。席を立って退場していく観客が、皆、私を見ていた。パパの背中に隠れ、本当に号泣し始めてしまった。何か、今まで私の中で、解らなかった「自分」の全てが解ったような気がした。そんな不思議な気持ちだった。一緒にいたチビが背中を擦った。それでも、止まらなかった。映画に感動して流した涙の量じゃない。暫く泣いて、少し落ち着いた。劇場の中は、私達3人しかいなかった。係りの女性が、入れ替えだからと済まなさそうに真っ赤な目をした私に仰った。恥ずかしくて、下を向いたまま、劇場を出た。本気で、絵本作家になろうとしていた。そのために入った大学、卒論は漱石に関しての物を書いたが、童話や児童文学が好きで教授に頼み、イソップ物語の和訳との違いの研究のお手伝いもさせてもらった。動物が大好きで、動物が可哀想な目に遭うドラマ、映画、本は小さな頃から一切、駄目だった。だから「南極物語」も「ハチ」も「みなしごハッチ」も「サーブ」も「小熊物語」も「フランダースの犬」も見られなかった。捨て犬や捨て猫を拾ってきては、母に寝ている間に捨てられ、その度「遠くに行く方がどうしても欲しいって仰って」とか「朝起きたら、いなくなっていた」と嘘をつかれた。ブリティッシュアンティークが大好きで、収集している。一番長い時間いる部屋は、ブリティッシュアンティークの家具を揃え、今そこにいて、とても落ち着いている。子供の頃から、自分の世界に入ると、本当に独り言を人形相手に喋って動かず、先生が何を言っても全く耳に入らず、幼稚園の先生から「40年教師をしていますが、こんなお子さんは初めてです」と母が言われ、ちゃんとしなさいと叱られた。草花が大好き、特にオールドローズが大好き。小さな頃から厳格すぎる母親に育てられ、昔から家柄にこだわった母が、実は確かに家柄は良いが、貧乏でお嫁入りにも困ったと知り、家柄にこだわる事のくだらなさに早くから気が付き「家の下男だった方の・・」とか、「お父さんの乳母だった方の・・」と言う前時代的な言い方に嫌悪し、よく母とぶつかった。ビアトリクスとあまりに類似点が多く、まるで自分を見ているような気がした。解ってもらえなかった、辛いことが、全部、あの映画が表現してくれていたような気がした。まるで、私がそこに居るような気さえした。だから、映画の感想は無い。感想が言えるほど、客観的に見られなかった。映画が進むにつれ、どんどん、自分との類似点がわかり、冷静さを欠いて見ていた。パパもヤバいなあ・・・と途中から思ったそうだ。パパはビアトリクスの、子供時代の事を描いたところで、もう、涙したそう。で、この映画、私に見せた事が、ヤバいなあと思ったそう。パパも、ビアトリクスと私があまりに似ていて、多分、何かが起きると思っていたそうだ。だから、私が「どうしよう」と言い出したとき、体の変調を起こしたと思ったらしい。声を上げ、号泣した私をみて、「やっぱり・・仕方ないなあ」と思ったそう。だから、係員が私が気が付く前から、そこで困ったようなお顔をなさってらしたそうだが、手で「すみません」としたそう。泣いていた私は全く、ほかの事が見えなかったから知らなかったが。で、日記が書けなかった。感想?解らない。全く解らない。見たすぐには、自分の前世かも知れないとまで思ったが、時が経つにつれ、「そんな事はないなあ」「私は絵本作家にはなれなかったし、お金持ちでもないし」と冷静に思えるようになったが、見たすぐには、本当に、冷静じゃなかったから、感想は、無い。唯一つ、大好きなレニー・ゼルビガーが、演じたことが、とても嬉しかった。レニーの「シカゴ」も「ブリジット・ジョーンズの日記」も我が家にDVDがあり、チビはもう、何度も「シカゴ」を見た。そういう、力の有る女優さんが、ビアトリクスを演じたことが、この映画の「力」になっていると思ったのが、唯一の感想。良い映画であることは確か。映画を見たあと、向かいの高島屋に行き、ビアトリクス・ポターの庭やら、初版本など見たが、その話はまた明日しよう。
2007年09月15日
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パパが今日から4連休だって。今日の今日まで知らなかった。で、うち1日はゴルフ。チビもバイトだし、オネエは、お友達と出かけた。また、二人です。表は雨だし、どこに行くでも無く、一日、二人でぐだぐだ。こういう時、あのCMを思いだしますな~。「3メートルの思いやり♪付かず離れず、夫婦のリビング」あれは、本当に面白く、真意をついたCMだった。今度の家も、ほぼ、この考えで作ろうと思っている。娘達は、さっさと出て行くだろうから、自然、二人の時間が多くなる。趣味は、同じだが、反対に、相違点も多い。私は、ダイニングキッチンのTVを見るし、パパは、リビングのTVを独占して、ゲームに興じている。私は、キッチンで、嵐君の録画した物をDVDに落としたり。で、DVDの数が、尋常じゃない数になってきているから、今度の家も、キッチンは独立にしてもらい、ダイニングにちゃんとオーディオ機器が収まり、DVDが収まる造りにするつもり。ジュリアンの鳴き声が、いつもと違うところでした。あんりゃ?おかしい。表に出ようとしたら、そこにいた。首輪はしているが、鎖がはずれていた。ここが、ジュンと、大きく違う所。鎖がはずれたら、ジュンは逃亡する。しかしジュリアンは、家の中に入りたくて、家により近くに来るのだ。駐車場の柵は閉まっていたが、ジュリアンがその気になれば、十分、潜り抜けられる。それなのに、「中に入れてよ」と裏の入り口の階段を上がって来て、入り口の近くにいた。いじらしくて、可哀想だった。首輪を掴んで、元に戻そうとしたら、嫌がって、そこに座り込んだ。座り込むというより、伏せの格好。暫く、ジュリアンに向かい合って、説得した。時々、ペロっと顔をなめる。本当に可哀想だなあ、切ないなあ。でも、ボケちゃって、ちゃんとおトイレに出来なくなったし、粗相も多い。大型犬だから、量も並みじゃない。だから、表にだしたのだが・・・。パパが出て来た。「ああ、さっき、ドアがガタンて言ったのは、こいつが、ドアを開けて欲しくて飛びついたからかあ」パパの許可はでない。先日も、オネエがもう寿命だし、中に入れてやってと涙声で頼んだが、パパは、もう、懲りてしまっていて、承諾しなかった。思えば、家を建て直したい理由の一つが、ジュリアンのおしっこの沁み込んだ踊り場が、木が剥がれてきて、大変な事になったからだもの、パパにしてみれば、絶対、許可したくないだろう。パパの声を聞いて、ようやく腰を上げたジュリアンを、元のロープに繋いだ。可哀想だけれど、仕方がない。雨は静かに、細く、降っていた。今日は、通販で買った、美味しいさんまの煮物です。静かな休日でした。
2007年09月14日
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あ~またやっちゃいました。昨日、カウンセリングだったのに、忘れた。もう、本当に自己嫌悪。土曜日に、母を連れ、「敬老の日」の食事に行くことになった。どこにしようかなあ。母は最近、大変な事になっている。母は元々、私より酷いアレルギー体質。だから、私の様にパーマも掛けられないし、染める色も黒に近い。お化粧品も、私と同じように、あらゆる物を使い、今、やっと一つのメーカーだけ、どうにか大丈夫で使っている。その母が、父がまだ健在の頃からだから、かなり何年か前から、湿疹で悩んでいた。近くの皮膚科に通院し、ずっと薬を貰っていたが、ここ一年、酷くなったと言う。私が嵐君のコンサートで、一緒に東京ドームに近いホテルに行った際だから、この4月の話。部屋が一緒で、全身にケロイドのように広がった湿疹をみて、驚いてしまった。で、もう、小さな皮膚科じゃ駄目だから・・と、大きな病院に行くよう何度も言ったが、強情な人で、言う事を聴かなかった。聞けば、長期間使ったら、危険といわれているステロイド剤を、ずっと処方して出しているそう。冗談じゃない。ステロイドは、真皮層も通り抜け、皮膚深く入って行ってしまうから、私など、恐くて1週間以上使ったことが無い。それを、もう、半年以上使っていると言う。びっくりして、かなりきつく、喧嘩ごしになって、大きな病院に行くよう言った。で、一ヶ月前、やっと市立病院に行った。やはり、その皮膚の状態に、先生はびっくりなさったらしい。そして、今飲んでいるサプリメント、薬、使っている化粧品、塗り薬を全てやめるように言われた。母は、良いといわれると、何の疑いも無くサプリメントを飲んだりしてしまう健康オタクなのだ。3年前も、中国土産に頂いた朝鮮人参の入った物を飲み、酷い目に遭っているのに、懲りずに、また、プロポリスの入った物を飲み、酷い目にあった。しかし、懲りない。で、結局、病院の検査の結果、卵のアレルギーとわかった。そして、最近、ステロイドの長期使用の副作用だろう、紫斑が手に出た。そしてそれを、私にステロイドを辞めたら、こうなった・・・と言うのだ。全く、何をか言わん。ステロイドを長年使っていたから、出たんじゃないの!!自分でパソコンで調べたらしく、やっと納得した。だからあれほど、早く大きな病院に行くように言ったのに、言う事を聴かないのは、年寄りの性かもしれないが、「老いては子に従え」と言う諺も有る。「だからもっと早く行けって言ってんじゃないの!!」と強く言っても、「だから、貴女が言うとおり、病院に行ったんじゃないの」と言い返してくる。最初に私が「大きな病院に行きなさい」と言ってから、すでに半年以上経っている。あの時、ステロイド剤を辞めて居れば、今ほど酷くは成らなかったはず。わが親ながら、本当に腹が立つ。そんなに強情に言うなら、勝手にすれば良いじゃん・・・と思うのに、何だかんだ、あそこが悪い、ここがどうしたと言ってくるのだ。人の言う事も聞かないのに、相談なんかしないで欲しい・・と思うが、親は親。もう、母1人だから、何とか優しくしてあげようと思うのだが、本当に至難の業とは、正にこのこと。早く、元の白くて綺麗な肌になると良いな。それには、もう少し娘の言う事、聞けよな~。
2007年09月13日
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最近、ちょっと面白いことがあった。実は、この団地は、所謂、「閑静な住宅街」。だから、店舗と言えば、駅前に、小さな居酒屋と、美容院のある小さなビルと、駅の並びに美容院と不動産会社と、マッサージ整体の入ったやはり小さなビルと、団地の中に、酒屋さんと、洗剤も売ってるお米屋さん、それに小さな食料品屋さんがあるだけ。総世帯は、700以上だろうか。道を一本隔てた所に、違う団地がある。そこに、小さなスーパーがあり、この団地の人はそこで、日常のちょっとした買い物を済ませている。車で少し行くと、大きなスーパーがいくつもあるので、不自由は無い。そんな感じの団地なのだが、最近、面白い店が出来た。実は、前から、不思議な建物だなあ・・と思っていたお宅があった。団地の入り口の大きな長い坂を上がって来て直ぐのところに、まるで、展望台のように、台形の白亜のお宅がある。下が駐車場で、上の住居部分は、崖の上だから、かなり眺望は良いはずで、そう大きな建物じゃないが、全面ガラス張りになっていて、多分、そこがリビングなんだろうなあと言う感じ。で、3年前から、同じ敷地に、小さなやはり白亜の建物が建ち始めていた。どう考えても、住居にしては狭すぎる。何だろう、何を作っていらっしゃるんだろう・・と結構、我が家では、興味津々だった。・・・と言うのも、元々建っていたお宅が、とても素敵だったから。だが、何年経っても、一向に謎は明らかにならない。施工中のまま、3年が建った。一体、何になるんだろうの疑問のままだった。で、先日前を通ったら「JAZZ」の看板。どうやら、ジャス喫茶が出来上がったらしい。で、一緒に見たパパも私も娘も、顔を見合わせ「あ~~!!」と納得。で、早速、翌日、昼食後、パパとお茶をしに入った。もう、物凄いキャラクターのママで、私もパパも唖然とした。多分、ご大家のお嬢様のまま、お嫁に行き、今はお1人だそうだが、素晴らしい人生だったのだろう。全く、ものの考え方が、純粋で、人を疑う事無く、お嬢様、そのまま年を重ねてきたような方だった。コーヒーしかなくて、私はコーヒーを飲まないので、ジュースを頼んだら、「ごめんね、メニューに書いたけど、誰も注文しなくて、毎日、果物が腐って捨ててしまってたものだから、今、材料がないの」これには、パパと爆笑。じゃ、何もいらないですというと、申し訳ないと、すいかを切って出してくださった。お店の中は、とても素敵だった。一階は、カウンター席が4つと、二階は、テーブルが一個だけ。多分、この方の好きな物で溢れているのだろう。私も大好きな陶器の食器が、もう、ところせましとあった。皆、名だたる作家もののよう。マイセンのアンティークカップやら、ウェッジ・ウッドの昔のシリーズやら、ロイヤルコペンハーゲンの物、リモージュのものや、本当に素敵なガラスの器など、コレクションは、ため息物だった。ジャスがお好きなのだが、うんちくは全く無く、ただただ、気に入った音のジャズだけ集めているそう。お歳は、60歳はじめだろうか。色色なお話しをさせて頂き、お店を出た。「面白いお店見つけたね」「うん、また来よう」。何だか久しぶりに、面白かった。
2007年09月12日
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チビが、図書館司書の資格取得のため、今日は、同じゼミの人たちと、徳川美術館に出かけた。何でも、午前中に見学し、午後から、論文をその場で書いて、提出だそう。チビは文章を書くことが好きなので、論文に関しては心配は無いが、興味の無いことには、全く興味を示さないから、それが心配かな?まあ、頑張ってください。図書館といえば、もう、随分、利用していない。昔は、子供を連れて、よく行ったが、ここ10年は、脚を運んだ覚えが無い。最後に行ったのは、確か、図書館が、古い蔵書を市民に安価で分けてくださる催しだったかなあ。この催し、すごく良いことだと思った。図書館だから、小説ばかりじゃなくて、例えば、お料理の本だとか、編み物の本だとか、多岐に渡った種類の本が、50円とか100円で分けていただける企画。とても、良い、企画だと思った。本は、好き。読書が趣味・・・なんて事は、口が裂けても言えないが、父が印刷業界にいて、表紙の装丁の無い白い表紙の本だとか、中国文学の児童図書の全集だとか、自社で印刷した私が読めそうな本を持って帰ってきたから、自然、家の中には本がいつも溢れていた。昔、TVの対談番組で、「ゆかいな仲間たち」と言う番組があった。その中で、私が一番楽しみにしていたのが、遠藤周作、近藤啓太郎、阿川弘之 三浦朱門ら、当時第三の新人といわれた作家達の対談。毎回、抱腹絶倒の歯に衣着せぬ物言いの対談が、本当に楽しみだった。で、読み出したのが遠藤周作。特に、小説ではなく「ぐうたら」シリーズのエッセイだった。これ、もう、本当に面白くて、学校の行き帰りに読んだ。私の大学は、チビが今行っている大学で、当時は、地下鉄も無く、名古屋から地下鉄で20分。そこからさらに、バスで30分の場所にあったから、朝、7時過ぎの電車で通学していた。乗り換えるのが面倒で、後半、名古屋からバスが出ていることを知り、丸々1時間掛かったが、ずっと座っていられるし、本も読めるので、地下鉄通学をやめ、バスにした。で、この「ぐうたら」シリーズや、横溝正史の「金田一シリーズ」全巻50冊以上を読んだ。だから、読書と言っても、所謂、漫画みたいなものばかりだ。で、この「ぐううたら」シリーズ。この本を読み出すと、友人が一緒に行ってくれなくなった。一緒に行っても、隣に座るのを嫌がった。私が余りの面白さに声を殺して笑ってしまうからだった。例えば、周作先生が、まだ、出たてのシャワートイレを購入した話。有る朝、トイレから悲鳴があったそう。奥さんが慌てて行って見たら、シャワートイレの温水の温度が最高になっていて、息子さんが、気付かず入って、その熱さに悲鳴を上げたそう。で、そんないたずらをするのは、周作さんしかない・・・と、奥さんに呼ばれ、こっぴどく叱られた話が、面白おかしく書かれていたり、自分には、娘ができなかったのが、一生の不覚だそうで、なぜなら、からかうのには、息子より娘の方が面白いだろうから・・・と言う話とか、本当に、面白くて、長い通学時間がとても短く感じるくらい、むさぼるように読んでは、1人、くくっと笑っていたから、そりゃ、友人は隣に居るのは嫌だっただろう。最近、我が家の回りの本屋さんが次々、姿を消して、更地になっている。非常に不便。今は暇が無いので、あまり小説も読まないし、買わないが、家の本やら、嵐君の本を買うにも、遠くまで行かなきゃならない。ネット通販が増えたことも理由らしいが、私は読みたい本は、まず手にとって見たい人だから、ネットで小説を買うときは、はっきり内容を知っているときだけ。読書離れが言われて久しいが、本は面白いよね!みんな、もっと本を読もうよ。
2007年09月11日
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アップした子に対する、お問い合わせが、今日は3つあった。ありがたいなあ。感謝。今日は、嫌いな月曜日。台風は多大な被害を首都圏に残し、抜けたが、次の台風がもう、生まれているそうだ。何だか今年は、大きな台風の当たり年みたいですなぁ。昨日、地震雲を見た。あるなあ・・と思っていたら、案の定、ニュース速報で、地震のテロップ。最近、本当に多いんじゃないですか、地震。それも、ピンポイントで、あっちこっち。群発で、同じところに起きていれば、予想もつくが、こう、日本列島、あちこちで起きると、小松左京の「日本沈没」みたいなことになってきたなあ・・と恐くなる。小松左京と言えば、必ず思い出す面白い話が有る。いつぞや、徹子の部屋をみていたら、まだ、ご存命の精神科医の斉藤茂太先生のお母様が出てらした。このお母様、正に猛女でらした。だからこそ、斉藤茂吉の妻であり、作家北杜夫と、茂太先生の母であったのだろう。その猛女のお母様が、小松左京の話をしたのだが。小松左京とお母様が、一緒に、北極だが、南極に旅行にいらしたそう。ツアー客と一緒に上陸した時、アクシデントがあり、急に船に非難しなくてはならなくなったらしい。その時、船のキャプテンは、子供とご婦人を先に避難させようとしたらしいのだが、小松左京先生は、陸に残っていたお母様を残し、われ先に小さなボートに乗ったそう。その時の仰った言葉が可笑しかった。「あの男は、全く、駄目ですよ」。徹子さんも、爆笑していた。勿論、当時、「日本沈没」がベストセラーになり、名前が日本中に知られていた小松左京先生だが、茂太先生のお母様にあっちゃ、ケチョンケチョンだなあと、物凄く可笑しかった。で、小松左京と言うと、必ず、この話を思い出しちゃう。茂太先生のお母様、本当に素敵な方だった。茂太先生も、昨年亡くなり、こういう、凄い人がどんどん少なくなるのは、非常に残念だなあと思う。
2007年09月10日
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今日は、近くにうちが見積もりを頼んである住宅メーカーの住宅が建築され、見学会があったので、出かけた。家から直ぐの同じ団地の中。今風のレンガの外見に、三角屋根に、内装は、白い壁。しかし、中に入ってすぐに、目がチカチカ、鼻が痛くなった。あ、ここ、駄目だと思った。顔見知りの方がいらしたので、伝えた。たまたま、この家は、階段や作り付けの棚を無垢の木を使っていて、腐敗防止のその塗料が、多分、原因だそう。坪数は、我が家と同じくらいなのに、なぜか、我が家の方がうんと広く感じたが、原因は、すぐに解った。我が家は、一階の面積の方が、断然広く、このお宅は、一階と二階の面積が全く一緒の、真四角の建物だからだった。若い方のお宅らしく、明るく、白い壁が、今風だった。そこを出て、昨日電話のあった、一番最初のメーカーに行った。そう、地下室やら、何だかわかんない、大邸宅のラフを見せてくれたメーカー。今回は、あれから3ヶ月経ち、こちらの考えや、予算も決まってきたので、もう一度つめた話をさせていただくため、伺った。やはり、ネックは、うちの土地の形にある。元々の予算で、普通の平地の土地に経っている家の建て直しなら、十分な予算らしいが、うちの土地の形状からだと、外構工事に相当予算を削られるらしい。斜面をくずして、駐車場にする計画は、夢だったが、諦めた。我が家は団地の一番高い位置にある、下の歩道から6メーターもある。これを削ると、削ったあとの土留めが、6メーターだと、既存の工事では無理で何千万も掛かるそう。そう言えば、昔、会社の出入りの土木工事の会社に立ち上げしたいと言ったら、「やめときなさい」といわれた。仕方が無い。夏はジャングルになっちゃうが、木が一杯植わってるし、まあ、マイナスイオンが一杯だし、下のメイン通りの歩道から、家が見えないようになってるし、このまま、自然のままにしておきましょう・・・とパパと諦めた。結構、実の有る話し合いが終ったのは、夕方。疲れきってしまい、夕食を作る気になれず、皆で、食事に出た。パパが珍しく、行きたいお店があるというので、デパートの12階にある「柿安」に行った。この「柿安」は本店と同じ経営かとずっと思っていたら、何代目かに、のれん分けした別会社だと言う。知らなかった。実は本店の「柿安」は、友人達と行ったことがある。お肉の老舗だが、カジュアルなバイキングも始めて、そこに行ったのだが、バイキングは苦手なので、正直、今一だった。今日は、美味しいお肉を頂きました。やっぱり、お肉、好きなんだなあ。パパも呆れていた。でも、お野菜も、しっかり食べましょう。パパ、今日は、ご馳走様でした。
2007年09月09日
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風邪を引いた。朝晩、ちょっと涼しくなった途端だ。どうして、こう、弱いのか、解らない。摂れるサプリメントは、全部摂っている。咳と、鼻水、熱は無い。熱が無いのが、曲者。これ、長引く。何時ぞやは、咳がずっと続き、とうとう気管支炎になった。気管支が生まれつき、弱い訳じゃない。その証拠に、コーラスを10年続けたが、どうと言う事は無かった。風邪でも、唄えた。酷くなると、朝、たんに血が交じり、自分でも驚く。結核か!と慌てて病院に行くが、何とも無い。しかし、昔、こんな事を言われたことがある。人間ドックの結果だったろうか。出来上がったレントゲン写真を見ていた先生が、「結核をしてらっしゃいますね」「はい?」「結核をしてらっしゃって自然治癒した跡が3つあります」「自然治癒って、結核ですよね」「そうです」「移りますよね」「いや、この程度で、自然治癒した方は、おおくいらっしゃいますから」何だか、狐につままれたような気持ちだったが、専門医が言うのだからそうなんだろうと、私の中でうやむやのまま、納得しちゃった。だから、咳が出ると、すぐにホームドクターの所に飛んでいく。で、今回も、「また風邪ひきましたね」。またか~。となった。それでも、体がだるい訳じゃないから、動ける。ただ、無理をすると発熱するから、また、髪が洗えなくて、美容院に行った。午後から、パパと一緒に新しい住宅販売の会社に行った。ここは住宅メーカーじゃなくて、公社。つまり公の住宅会社・・かな?実は、蚊帳の外だった。何故なら、うちのように、会社役員は対象外だと思っていたから。しかし、行ってみて、目からうろこ。パパは、しつこいくらい「良いのか?」と聞き、相手の方に笑われた。知らなかったのだから仕方がない。見せていただいたら、うちの親会社の出資も、出資している100社以上の中に、かなりな上位出資金額の中にあった。ここ、穴場でした。全て自由設計。つまり、住宅メーカーは、その住宅メーカーの決まったブランドに、自分の希望をはめ込む形が、大体の方法なのだが、ここは、最初に私たちが、希望して門を叩いた建築家集団のところと同じ、外見、内装、間取り、全て自由設計。しかし、工務店が小さなところばかりだったので、不安になり、住宅メーカーに切り替えたが、ここは、公社だから、潰れる心配はない。全て、私たちの希望通りの上、信用は絶大。オマケに、見せていただいた施行例の数も、尋常な数じゃないし、なかなか素敵なお家が揃っていた。色色なお話しをさせていただいて、まず、土地をみていただいてから・・・と言う話になり、パパとそこを出た。「最初から、ここに来ればよかったね」「おお、でも、うちの場合は、対象外だと思っちゃっていたからな」。まだまだ、世の中、知らないことが多いです。頑張ろう。
2007年09月08日
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私は通販が大好き。結構、上手に使っている。最近のヒットは、仙台の牛タン。最初は、5枚でこの値段か~。ちと、高いなあ・・・と思って躊躇した。それに、パパが食べない。娘達も私も大好きなのだが、パパは牛タンは余り好きじゃない。でも、物は試しだ。パパがお仕事接待の時、いつも3人で食べるのは、フライドチキンだったが、最近、あまり脂っこい物が食べらなくなったので、やはり、パパの嫌いなチキン餃子を食べたりしているが、一度くらいは良いだろうと、注文した。私は、ここのHOME右に貼り付けてある「Shopチャンネル」と「QVC」で、ほとんどの物を買う。ショップチャンネルは、食べ物を頼んで、はずれた事がないくらい、美味しい物をそろえてある。お正月のお節など、安くて、一流のものが、市価の半額以下で揃う。友人に勧めたら、みなに大好評で、最近は毎年、友人達もお節をショップチャンネルで買うほど。だから、通販に対して、信用は絶大だ。で、その牛タン。普通の牛タンより、うんと肉厚で、メチャメチャ美味しかった。だって、お箸で切れちゃいましたもん。最初は、そのままお皿にのせたが、仕舞った!と思った。牛タンから出る肉汁が、美味しくて、次からは、牛タン丼にしようと、娘達と話した。で、今日、また、注文しました。少ないかなあ・・と思ったが、肉厚で、十分な量だった。届くのが楽しみです。もうひとつ、ヒット商品は、手羽先餃子我が家では、チキン餃子と言っているが、これ、本当に美味しい。高菜漬けが入っている物、明太子が入っている物、普通の餃子の具が入っている物とあり、最初は、やはりショップチャンネルで注文したが、余り美味しいので、探して、また注文し今や我が家の冷凍室の常連さん。3つ食べると、おなか一杯になるくらい。パパが居ない時は、いつもだいたいこれ。今、狙っているのは、キッシュ。どこかに美味しいキッシュの通販はないかなあ。お値段も、あまり高くないのね。健康に生きられて、あと20年かなあと思うと、自然、食べる回数も決まってくる。20×365×3で、21900.つまり、あと21900回しか食事ができないとすると、やっぱり、食事は大切だなあと思う。昔から、食に対するこだわりが物凄く強かったから、余計。どうせ食べるなら、美味しい物が食べたい。自分が納得いかない食べ物なら、食べなくても良いとまで、ずーーーっと思っている。量が食べられないから、余計かもしれない。贅沢は言うつもりはない。安くて、美味しい物が作れたりすると、もう、物凄く嬉しい。例えば、今なら、旬のさんま。さんまには「とろさんま」と言うのがあって、これが、油が乗ってて、凄く美味しいそう。通販で探したら、一尾198円というのがあった。10尾1980円かあ・・・と思いつつ、注文しなかった。で、夕方、100均に行ったら、なんとなんと、100円でさんまが売ってる。良く見たら、口の先が黄色で、目が、血で濁っていない・・・など、とろさんまの特徴と一致。わあ、これとろさんまだ~。で、4尾ゲット。お大根もかぼすも100均にあったから、ゲット。で、その夜の夕食は、家族の皆様の「メチャクチャ美味しいね~、このさんま」の声が聞けました。牛すじ肉の煮物を付けて、その日の夕食代は、1000円少しで済んじゃった。美味しい物、これからも探したい。今日は、Mステに嵐君登場。オマケに10時からは「山田太郎物語」楽しそうに歌う嵐君に「萌ぇ~」。今日は、良い日でした。
2007年09月07日
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今日はやっと、嵐君のCD「ハピネス」をとりに行った。はい、ジャニーズ事務所の思うつぼ。通常盤と、初回限定盤をご購入。しかし、今回は、初回限定盤を買って正解でした。3曲目のボーナストラックの「Snow flake」がメチャメチャ良かった。優しい曲調に、優しい歌詞、そして嵐君達の優しい歌声。帰りに早速開封して、車で聞き始めた。心が疲れていたのかもしれないが、「Snoe flake」が流れ出し暫くしたら、歌詞がドンドン心にしみこみ、優しい潤君や大ちゃんの歌声が心の奥の敏感な部分に触れ、涙が溢れるほど出きてしまい、運転しながら困って、ヤバいなあってつぶやいた。嵐君の曲の中で、冬の曲は「チェックのマフラー」など、良い曲が多い。嵐君、また、名曲が生まれましたね。ドームの時に唄ってくれるかな。まだ日にちが有るから、覚えられそう。一緒に歌いたいから、覚えようっと。最近、デパートに余り行かない。ほとんどお洋服は、通販で買っちゃうから。先日、久しぶりに行って、お気に入りのお店を見つけた。こんなお店有ったかなあ・・・と思い聞いたら、やはり、去年の暮れにできたばかりだそう。私が大好きな、花柄や、レースがふんだんに使ってあるお洋服が一杯。「バラ色の暮らし」と言うお店なのだが、素敵なワンピースを見つけたので、試着していたら、偶然、従兄弟の娘が来た。従兄弟と言っても、父と同じ年なので、彼女も私と年が変わらない。で、旦那様は、パパとゴルフ友達なのだが、何と、私に接客していた、そのお店のオーナーの女性が、旦那様の同級生だそう。その上、お店のお手伝いの方は、旦那様の従姉妹。つまり、私の遠い親戚だったのだ。もう、びっくり。世の中、狭いです。昨日、そのお店から、蓼科のイングリッシュガーデンへのお誘いのダイレクトメールが来た。ちょっと行ってみようかなと思っている。秋の高原、素敵です。母を誘って、行こうかしら。美味しいお食事もいただけるみたいです。秋、実りの多い秋にしたいなあ。
2007年09月06日
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今日も、がんばって、仕事です。やっと、二体、アップが出来た。あともう、一息。今回は、沢山アップしようと思う。なかなかアップできなかったが、こうしてアップすると、なかなか面白い。やっぱり、私はこう言う事が好きなんだなあって思う。今年は、いつも必ず出す、暑中お見舞いの葉書も出さなかった。ちゃんと嵐友達用に撮影もして有ったのになあ。少し、やはり、気持ちが疲れているのかもしれない。アップしてすぐに、お客様からメールを頂いた。ありがたいです、本当に。こうして、ちゃんと見ててくださる方がいらっしゃるんだなあと、今更ながら、ちゃんとしなくちゃって、新鮮な気持ちになる。頑張らないといけません。頑張ろうっと。本当は、昨日、嵐君の新曲のCDが予約してあったので、もう、お店に取りに行けば聞けたのに、いまだに取りにいけない。鬱なのかなあ・・・・。チビは、まだまだ、夏休みだが、バイトに行った。オネエは、学校。お昼は、パパと二人だけ。何だかつまんないです。明日は、CD取りに行こうと。
2007年09月05日
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月に一回になった、診察に行った。時間通りになかなかいけないのだが、珍しく行ったら、待たされた。予約の時間を大きく過ぎて呼ばれた。で、診察は5分。まあ、こっちも、薬を貰いに来たようなもんだ。精神科と言うのは、私の場合だけかもしれないが、精神科医の診察より、カウンセリングに多くの時間を割く、だから、診察は「最近どうですか」に「余り変わりないです」で、終わり。受付で、会計の時、「Kさん、もう、申請の手続きはされましたか?」と聞かれた。しまった、書類を書いたり、市役所に行ったり、私の不得意な事ばかりなので、ADHDの悪い症状、「さきのばし」にしてあった。「手続きにひと月かかりますので、来月の診察に間に合わないと、診察料が、○割引にならなくなります」解っちゃ居る。そうなんだよね~。行かなくちゃ行かなくちゃと、思いつつ、先延ばしになっている。薬局に行くと長蛇の列・・・というより、待合室が一杯。聞くと40分待ちだそう。あ、それなら、内科に行って、薬を貰ってきましょう。そこから、自宅近くの内科に戻り、半月分の胃腸の薬と、頭痛のためのロキソニンと言う薬をもらい、自宅に帰り、少し休憩してまた、病院に戻った。丁度良い時間だった。折角出たんだから・・・と、買い物をしに、スーパーに行った。ついでに嵐君の夏コンの出ている雑誌をゲット。しっかし、暑い。「残暑」と解っているが、こんなに日差しが痛いくらいの残暑は、ここ数年無かったように思う。それだけ、オゾン層が薄くなって、紫外線がそのまま、地球に落ちてきているのだろう。世界中の皆さん。本気で、地球の事を考えないと、大変な事になっています。何だかんだ、外出していて、夜、やっと、ドールを一体アップ。しかし、資料がぐちゃぐちゃで、訂正を何度したことか。もう、午前3時を過ぎたら、さすがに眠い。集中力も無くなった。で、寝てしまった。まあ、一体アップできただけで、今まで半年ほうって置いたから、まずまず良しとしましょう。明日も朝から、頑張りましょう。
2007年09月04日
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嵐君の今年の夏コンのアリーナの全公演47?公演が終った。今週は、嵐君、TVに出演が多い。昨日のように、落ち込むことがあると、嵐君の歌は、本当に、人生の応援歌になるなあって思う。ありがとう。月曜日です。一番嫌いなんだよね。専業主婦してると、置いてきぼり食った感覚になる日。みんな、予定があって。でも、チビはまだ、夏休みで、バイトも無く、ぐだぐだ仲間が1人いる(笑)そうも言ってられない。私にも、人形の仕事があった。今日は、頑張って、撮影した。アップに向け、急発進。少し、本気で、仕事をする事に決めた。今まで、アップするのに、何だか気乗りがしなかったが、プロ意識の希薄さを、反省。昨日のアクシデントが、案外、良かったのかもしれない。夕方、友達からのメールで、嵐君の4月に行われた東京ドームのコンサートのDVDが出ることが解った。私は、前回のアジアツァーのDVDがでた時、事務所に文句のメールを送った。3年前の夏コン以来、アリーナサイズのコンサートDVDがでていない。やっと出たと思ったら、私たちが切望した日本での夏コンの部分は、全てダイジェスト。5人の踊りの次が見たい・・・って思っているのに、ブチブチ切られていた。事務所もレコード会社も、全く、ファンの気持ちが解っていらっしゃらない。製作側が、成功したアジアツァーを見せたいのは解るが、こちらの気持ちも解ってくれと、切々とメールした。私達が見たいのは、海外で成功した嵐のコンサートじゃなく、私達が参加した日本のコンサートなんだ・・と。そして、今なら、ドーム公演をDVDにして出しても、絶対売れるから出してください・・・と書いたので、今回のDVD発売のニュースは凄く嬉しかった。それも、私が入った日の公演らしい。でも、一番嬉しいのは、今年の「TIME」コンサートのDVDが出ること。ジャニーズ事務所さま、J・ストームさま。どうかどうか、「TIME」コンのDVDの発売も、ご検討くださいませ。切にお願い致します。
2007年09月03日
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今日は、月一のお友達との食事会。今日は、今までとは全く違うお店。「かに本家に行ったこと無いね~」と前回の時に話題になり、ちょっと贅沢だが、ランチもやってるそうなので、行こうと言う事になった。ここ、そう言えば、何時ぞや、パパが、かにが大好物な私のため、思う存分、食べさせてくれ、絶対、かにに関しては、かにのかおを見るのも嫌になることは無い・・・と自負していたのに、「もう暫く、かに、食べなくても良い」と言うほど(笑)食べて以来、本当に、行っていない。このお店、大体、大きな駅の前にあるなあ。何処のお店も、動くかにが、壁に張り付いてる(爆)2階に通され、お座敷に行くと、もう、皆揃っていた。今日は、8人中、6人の参加。楽しかった。話題はもっぱら、通販の美味しい物の話や、結婚の決まったMちゃんの次は誰か・・・と言う、他愛も無い話。私は、京都で買って来た、ローズティのお土産を渡し、Kちゃんからは、ハワイのお土産を頂いた。Kちゃんは、今年東京のM美大に入った下のお子さんのお友達たちと、大学入学ご苦労さん会で、気楽なハワイを楽しんできたらしい。そう言えば、私達も何処か行こうって行っていたのに、行っていないなあ。あの頃は、私には認知症のお祖母ちゃんと、父がいたからなあ。皆、ゴメンネ。今は、Mちゃんが、やはり、認知症のお父様を抱えているし、仕事を始めちゃった友人もいるから、なかなか行けない。でも、きっと、いつか行こうね、海外。・・・・と食事中に、チビから震える声で電話。「お母さん、どうしよう」「どうしたの?」「今日、防災訓練だったんだって」「うん、そうでしょう、日曜だし9月2日だし」「でも、その回覧板を回すの忘れて、うちの組だけでてこられなかったって、組長さんが、言いにきたの」「えーーーー!!」「どうしよう」「仕方ない、今、留守してるからって、言っておいて」電話を切った。回覧板、いつも、私が取ってくるとすぐに読んで、日付を書いて、お隣に回す。それが、回ってないってことは、私以外の誰かが取って、何処かに置き忘れているんだ。さあ、大変。すると、すぐにオネエが掛けてきた。「お母さん、ごめん、食事中にあんな電話して、チビが、パニくっちゃって。とりあえず、食事だけはしてきて」大人になったなあ。23歳当たり前か。「うん、ありがとう、そうさせてもらうわ」電話を切ったものの、こっちも落ち込んだ。すぐに、皆が心配してくれ、色色、助言を頂いた。「わーー、大変だね~、頑張って」「こういう時は、もう、パパしかないね」「うん、お詫びに行ってこなくちゃね・・・」で、解散したあと、別れたばかりのAちゃんからデコメール。「がんばれーー」ありがたいね、お友達って。さあ、大人なんだから、しっかりしなくっちゃ。駅前のデパートで、組の方の数だけ菓子折りを用意した。こう言う事をして良いのかどうか、わからなかったが、私の気持だから、納得していただこう。ただのお知らせの回覧板なら、まだ良いが、今日の訓練に、うちの組だけ、知らずに、でられなかったのだから、皆さんにご迷惑を掛けたことに間違いは無い。ゴルフに出かけているパパに連絡。プレーが終っていたので、すぐに帰って来てくれるそう。嵐君を聞きながら、頑張ろうと言う気持ちに弾みをつけ、帰宅。「ごめんなさい」とチビ。やっぱり、チビか・・・。でも、回覧板を取って来てあげようと言う優しい気持ちからなのだ。その後がいけなかっただけ。回覧板を取って来たはいいけれど、ほかに気が行っちゃうと、そこら辺にぽいと置いて、どこに置いたのか、わからなくなっちゃうのだ。相当に落ち込んでいたので、これからは、お母さんが、取るからそのままにしておいてね・・と言った。パパが帰って来たので、一軒一軒、お詫びに歩いた。皆さん、それなりに、気にしないよう仰ってくださったが、多分、前代未聞のことだったろう。まあ、ご近所さんは大切ですから、不義理をしちゃったんだから、お詫びするのは当然だし、これで、良かったのだろう。やれやれ、人は、生き恥をさらしながら、生きてると泉谷しげるは「春夏秋冬」で唄うけれど、その通りだなあ。生き恥をかいて、それで幾つか大人の階段を上がれるのかもしれないなあ。
2007年09月02日
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九月の声を聞いたら、申し合わせたように、朝晩が涼しくなった。確実に、秋の足音が近付いてきているなあ。ただ、日差しは、夏のまま、相当にきつい。こんな日、パパは、4時起きでゴルフに行った。は~、そんなに面白い物なのかなあ。私、さすがに嵐君は、4時起きだと、二の足踏んじゃうなあ。で、帰って来たのが早かった。実は、昨夜また、事件があった。何故に、私の回りばかりに、事件ばかり起きるのか、解らない。ジュンが、また、鎖を切って、逃亡した。そんなにこのうちが嫌なら、もう、帰ってこなくて良い!!とまで、今回は、思った。だって、これで、何回目~?チビが気が付いた。「お母さん、また、ジュンがいない」やれやれ、夜、11時過ぎ。探しに行くにも、遅すぎる。オネエが、警察にまた、保護されてるかもしれないからと言うので、時間も時間だったが、警察に電話した。あ~、もう本当に、何回目?「夜分すみません。実は、犬が鎖を切って、いなくなったのですが・・」「犬種は?」「コーギーのオスです」「ご住所は」で、住所を言ったら、「あ、いますよ。」聞けば、わが家から程近い所で保護されている。間違いない。「今から、迎えに伺っても構いませんか」「はい、じゃ、Kが担当ですので」「よろしくお願いします」パパはすでに、就寝中。4時起きだから、起こすのは可哀想だし、女3人で、行くことにした。でも、座席に置くのは、考え物だなあ・・と考えた。で、私の車は、パパほど大きくないが、幸い、クルーザーなので、トランクは大きいので、ケージを入れるスペースがある。しかし、中には、緊急避難用に、食料やら水やらラップやら積んである。やれやれ、全部出して、ケージが乗るスペースを作った。警察に向かった。最近、行く用事が無かったので知らなかったが、警察署の建物が、物凄く、大きく、綺麗になっていた。オネエが痴漢を捕まえた時に行ったが、その時は、古い建物で、中に入ると、たばこの煙で汚れた壁、狭く薄暗い廊下、低い天井だったが、明るいし、モダンな建物だし、第一、駐車場も物凄く広くて使いやすくなっていてビックリ。いたいた、建物の端に、こっちをみてる黒い瞳。近付くと、思い切り吠えた。もう、本当にしょうがない子だ。横に、もう一匹、可愛いテリアがいた。子供たちと、「あっち、貰って帰ろうか」と言って笑うくらい、もう、ここに迎えに来るのが、うんざりだった。・・・と中から警察の方が出てきて「間違いないですか?」「はい、うちの暴れん坊です」。で、中で書類に署名して、引き取った。小雨が振ってきた。ケージに大人しく入ったので、トランクに積んだ。聞けば、男の人に付いていき、その方が困って、駐在さんに届けてくださったそう。少し、悲しかった。保護された場所は、父が、ジュンをよく散歩に連れて行ったところだった。父は、本当にジュンを可愛がっていて、毎日、1時間の散歩を欠かさなかった。そのお蔭で、車人間だった父が、健脚になり、東京の伯母に「歩く姿が、しっかりしてきたわね~」と褒めてもらったことがあった。しかし、あんな病気になり、犬は厳禁と医師に言われ、我が家で引き取ったが、父のように、1時間も散歩はさせていない。鎖を切って、逃亡して、父と同じ年頃の男の人に付いて行ってしまうジュンの心が、悲しかった。パパが帰ってきてから、鎖を買いに行った。夜中、帰宅してから困ったので、余分に買った。ジュンもう、逃亡は、辞めてください。は~、言葉が通じないからなあ・・・。
2007年09月01日
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