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今日で8月も終わり。でも、1日が土曜日だから、夏休みは2日多いね!先日の皆既月食は綺麗だった。夜、あ、そうだ、今日何年ぶりかの、綺麗な夜の月食だったんだと思い出し、2階のベランダに出て、チビと天体ショーをたん能した。こういうものを見ると、ああ、宇宙に生きているんだなあ・・・と実感するし、人間のちっぽけさを思い知る。そして、宇宙以上に大きな人の心も感じるのは、歳のせいかな(笑)今年の夏は、暑かった。こういう夏は、嫌いじゃない。夏・・と言う季節は一番嫌いなのだが、夏はやっぱり、暑くないとね!。そして今年は、いつに無く、「戦争」と言うものを身近に感じた。世界情勢が、きな臭くなってきているからかもしれないが、混沌とした世界情勢の中、取り合えず、ちゃんと生活できている、贅沢を言わなければ、ちゃんと生きていられる国の人間が、きちんと考えなければ、いけない時期に来ていることを強く感じた。原爆、特攻隊が一番身近にあった国の母として、本気で考えていかなければ、私達の可愛い子供達に平和が無いような気さえしてくる、今日この頃だ。ただ「戦争はいけない」じゃ、人の心は動かない。じゃあ、どうすれば良いのか・・・と言う時期にもう、突入していると強く感じる。そんな気持ちを、皆が思っている、感じているからなのだろう、今年は「はだしのゲン」初め、「私は貝になりたい」「君のためにこそ死に行く」など珠玉の作品が多く、TVや映画などメディアに出た。それは作り手が、危機感を持っていたからだろう。政治が、ここのところ混乱しているのも、何だか、戦争前に似ているのが、なんとも、恐い。本当に何とか、しなくちゃいけないのだろう。明日から、大好きな秋に向かう。残暑も厳しいだろう。オネエは、修士論文の提出が、目前になってくるし、チビも、サークルでは上級生になってきた。皆、実り多い秋を送って欲しいと思う。夜、ミュージックステーションに嵐君が出演。大ちゃんのお尻ネタ、ファンの間では、冗談で済む話だが、番組の中では、かなり皆、引いていたのが、面白かった。そして翔君が、約束通りに、「ハッピネス」の曲のサビ「走り出せー」の所で、私達、浜松29日一部に入ったファンに約束したとおり、腕を開いて、「ほら、開いたよ」って手を振ってくれたのが、メチャメチャ嬉しかった。ありがとう、翔君。浜松レポは、29日分としてやっとアップできた。思い出し思い出し書いたが、ニュアンスが少し違ったかもしれないけれど、あの会場のアットホームで、爆笑に次ぐ爆笑の雰囲気が、上手く伝わったら良いなと思う。これからは、長い物を書いたら、バックアップしときましょう。懲りました。はい。
2007年08月31日
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昨夜、夜中の2時過ぎのこと。昨日の浜松公演で、気持ちが高ぶり、なかなか眠れなかった。すると、ジュンが鳴きだした。こんな時間にどうしたのかと思ったが、時々、車や、ねこに吠えるので、そのままにしていた。ところが、変な声とも音ともつかない音がした。何?「ウォーン」なんの音?また、駐車場の前で、人でも倒れているのかしらと、裏のドアの窓を開けたが、誰もいない。時々駐車場から金属の摺れる音もしている。ジュンは相変わらず、けたたましく鳴く。おかしい。表に出て、駐車場に降りて、電気を点けた。ありゃ?ジュリアンの姿がない。ロープが、庭の方に延びている。行って見たら!!キャーーー!!!ジュリアンが、崖からすべって落ち、首をつって、下の斜面に落ちていた。引っ張ってみたが、どうにもならない。どうしよう、このままじゃ死んじゃう!!物凄い勢いで、2階のパパを起こしに行った。「パパ、大変!、ジュリーが死んじゃうよ!!」あまりの私の声に、パパが飛び起き、起きていたチビが部屋から飛び出してきた。私は、パパを起こしに来ている間に、ジュリアンがこと切れたらどうしようと気が気じゃなかった。階段を駆け下りて、表に飛び出した。パパも、走ってきて駐車場に降りたがどうにもならない。どうしよう・・・そうだ、斜面。草を刈ってもらってあったので、すぐに階段を降りて、斜面の一番上にある、平らな広い場所に下りた。ジュリアンは、首を吊ってはいたが、両足を踏ん張って立って断末魔の悲鳴をあげていた。「ジュリーしっかり!!」パパが抱き上げて首輪のロープをはずす事が出来た。その途端、ジュリーは下に落ち、助かった。もう、ゾーーーッとした。起きてて良かった。本とに起きてて良かった~。寝ていたら、ジュンが鳴いても、また、いつもの事とやり過ごしただろう。そして、朝、首を吊って、力尽きて、斜面にぶら下がっている冷たくなったジュリアンを見つけることになっただろう。もし、そんな事になったら、多分、私は一生後悔し、多分、自分を責めて責めて、自分も死んでいたかもしれないと思ったら、本当に、起きていた事が、奇跡のように思えた。パパも「お前よく、気が付いたなあ」。ジュリアンの断末魔の声と、ジュンが、鳴いていなかったら、気が付かなかったろう。娘達も、ほっとしていた。ジュリーは、大きな青い目で人懐こく私を見て、水を思い切り飲んでいた。で、結局、朝4時まで、心配で眠れなかった。でも、今日は、朝から、元気です。朝、ジュリアンの様子を見たら、敷いてあるすのこの上で、思い切りくつろいで寝ていた。本当に良かった。今日は潤君の24歳のお誕生日。きっと、浜松は盛り上がっているでしょう。去年は、お誕生日に行けたからなあ・・・。19歳から、24歳、足掛け5年、ファンしてて良かったと本当におもう今日この頃。今日は朝から、忘れないうちに、浜松のレポを書いていた。過去ログを探してたら、何と、3年目浜松に行った日が、全く同じ8月29日だった事が解った。本当に、父の導きだった気がしてならなかった。丸3年後、同じ日、私も嵐君も引きつけられるように、同じ場所でまた、会えた。縁を強く感じた。午後、パパが、以前住んでいたマンションの前にあるショッピングセンターに行くと言うので、一緒に行った。ここに物凄い規模のホームセンターがある。多分、無い物は無いくらい。パパは仕事のものを買いに来た。私もついでに、業務用の小さな袋を2種類と、コピー紙やら可愛いシールを買った。ついでに、ティッシュペーパーなども。色色な物がメチャメチャ安かったので、本当はもっと買い物をしたかったが、パパが仕事中だったので、後ろ髪を引かれながら、そこを後にした。あのままマンションに住んでいたら、多分、物凄く便利だったろう。私達が、ここに来てから、出来たショッピングセンターだった。今は、人に貸して有るが、いずれ、娘達のどちらかに、住まわせようと思っている。パパと、75歳まで元気だったら、娘にこの家を明け渡し、マンションに帰って住もうと思っている。このマンションにいた頃は、本当に幸せだった思い出が一杯。道を挟んで、目の前は、Jの大店舗、ホームセンター、大型電化店、飲食街まである、多分、この県で一番大きなショッピングセンターだと思う。よくTV中継もしている。先日の24時間TVもここから中継していた。帰宅して、また、思い出しながらやっとの思いで、書き上げ、夜、送信したら「ガ~ーーーン」楽天にアクシデントがあり、メンテナンス中で、苦労して、思い出し、思い出し書いた物が全部消えた。うっそー!!もう、書く気になれず、昨日の寝不足で、起きていられずに、そのまま寝た。なんて事でしょう。ま、明日、頑張って、もう一回書きましょう。また、書けるかしら・・・・。
2007年08月30日
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最後のご挨拶翔君「えー、これからは、間違えないように、覚えたいと思います。(爆笑)会場のせいかもしれないけど、みんなの楽しそうなのが凄く解ったんですが、悪いけど、俺の方が楽しんでるから」爆笑。大ちゃん「なんか、良いな~って思いました。皆さんとの空気がすごく良いなあって思いました」二ノ「3年ぶりって思えなかったです。実はごく最近、うちの母ちゃんが、静岡にいたって事が解りまして、うん浜松。そこでチャリンコ乗れるようになったんだって。友達もいるらしく、本人はそうじゃないって言ってますが、あのテンションみると、唯一の友達みたいで、浜松にいるそうで・・・」潤君「私事ですが、ハッピーバースディとか、23歳最後だねとか、団扇が沢山ありまして、今日で23歳もおわりなんだなと、そんな事を思いながらいたら、出ばなをくじかれました(爆笑)幸せな時間を過ごせました、ありがとうございます」私も潤君の23歳の最後の日を一緒に過ごせて、幸せだった。アンコールの時の「ファイトソング」のゴムぴょんぴょんは、テンションマックス。でも「いてーっ」「高っけー~」「あっちいけよー」「あぶねーなー」ばっかりで、歌になってないし。でも、本当に、今迄で一番、高いような感じ。そう言えば、潤くんの「Yabai Yabai Yabai」も、落ちてくる時も、下の観客に手の届く所まで落ちて、そこから空中散歩で上がって行った。浜松頑張ってるなあ。最後にムービングの端に潤君が乗って、こっちに手をふってくれたのだが、一番端っこの人まで・・・の心遣いだろう、思い切り、体を斜めにして、手を振ってくれたから、気が付いたら私もおなじように、通路に思い切りからだを曲げて手を振ったら、それをみて潤くんが、さらに横に体が付く位体を曲げて、手を振ってくれたのが、超、嬉しかった。勿論、私も潤君も飛び切りの笑顔です。時間は相当押していた。2時間半の公演だから、通常なら5時に終了だが、時計は5時15分を回っていた。こりゃ、あの超面白いMCのせいだったなあと、納得。浜松、前回、私は本当に潰れそうな状況の中、這うように行った。そして父が晩秋に亡くなり、それでも嵐生活は、順調に続き、認知症で私を、家族を巻き込んだお祖母ちゃんが亡くなった。そして、今日、ここに、3年ぶりに立った。偶然にも嵐君達もあの日から、3年ぶりだったなんて、本当に運命を感じた。亡くなった父の導きかもしれない。そしてもう一つ、凄く貴重な潤君の素顔を見た。私の席は、いわば舞台のそで。私からは、嵐君の背中が見える。つまり、裏が見えていた。5人が前を向いて座っていた時、潤くんが、一瞬後ろを向いた。どうしたのかなと思ったら、さっとポケットから小さなティッシュを出して、口の中から何か出して、右手で摘まんで仕舞った。その仕草に、ああ、アイドルなんだなあと感慨深かった。24歳の男の子だ。タバコも吸うし、お酒も飲む、勿論、無精ひげだって、生えるだろう。しかし、私達の前にでてくる彼らは、いつまでも少年のように、綺麗。ふと見せる、そういう一瞬が、私はたまらなく好きだ。去年、オーラスの翌日、原宿の交差点で奇跡の遭遇をした時、私とすれ違った途端、怯えるように、さっと物凄く不自然な格好で、口元のほくろを隠した潤くん。何だか、切なくて、可哀想だった。「声なんか、掛けないよ、安心して良いよ」って心底思った。アイドルやってくのも、本当に、並みの努力じゃない。会場を出ると、チケットを譲ってくれた友人に会えた。挨拶して、表に出ようとしたらキャー、隙間が無いくらいのロビーに人、人、人。まるで、お正月の明治神宮の初詣の拝殿前みたい。そりゃー、さっきは、一部に入る人だけだったが、二部の人がもう、並んでいるのだ。その上、ここは、出入り口が一つだけ。2万人近くが、一箇所に集まってる訳だもんな~。こりゃ、急がないと、3年前の二の舞になる。階段を降りて、人の波に乗って表に出た。どうにかバスの列に並んだが、気の遠くなる列。・・とメール。「浜松最高!」といつもここに遊びに来てくれるが、一度も会えないMちゃんから。慌てて「私も入ったよ、今、バスに並んでる」と返したら、すぐに、電話が掛かってきた。暫く待ってるいると、素敵な黒いワンピースを着たMちゃん。「黒いお洋服ね」と言うと、見えました。Mちゃんは、そのまま私の方に掛け寄って、二人で思い切り抱き合って、「会えた~、会えた~」とピョンピョン。Mちゃんは、私が思っていた通りの素敵なお嬢さんだった。本当に会えたことが嬉しくて、少しの間お喋り。またの再開を約束して別れた。バスには、30分程並んで乗れた。でも、今日は、コンサートの終了が遅かったので、浜松に着いたのはもう、6時を回っていた。本当に、時間通り。6時半のこだまにして良かった。うなぎパイも、あべかわもちも、わさびのお醤油漬けも重かったが、先に買っておいて、正解。名古屋の駅に着いたら、何と何と目の前に大きなC1000のポスター。今回、浜松で、記念撮影出来なかったから、記念撮影。元気一杯、貰ったよ、嵐君。だって、駅に帰ってきて、そのまま駅の前の大きなビルの中にあるスーパーに行って、夕食の用意を買えたもの。昨日まで、表にも出られなかったのに。嵐君、やっぱり、貴方たちは私の心のお薬です。帰宅。パパ、ありがとう家族の皆様ありがとう奇跡の浜松に行かせてくれたKちゃんありがとうそして、そして、潤くん、嵐君ありがとう明日から、また、頑張れそうです。頑張るよ。
2007年08月29日
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お昼前、新幹線で浜松に向かった。3年ぶりに浜松の駅に降り立ち、驚いた。3年経つと、こうなるのか!当時、改札を出ると、すぐにバス乗り場があった。立派な駅ビルが建ち、ショッピングモールができ、町も、大きなホテルが建ち並んでいた。シャトルバスの乗り場に行こうとしたら、何と、今回チケットを譲ってくれるKちゃんと遭遇。彼女達は、そのままホテルに行く言うのでそこで別れた。浜松アリーナは、入り口が一つしかなく、もう、その混雑ぶりは、想像を絶する。今は入る人ばかりだが、公演が終った後は、走って、バス乗り場に行かないと、大変な事になる。3年前、私は、写真をみている間にドンドン列が増え、バスに乗るまで、1時間も掛かった。途中、タクシーにしようとタクシー乗り場に行くと、こちらも信じられないくらいの列で、結局買って有った新幹線の切符の時間に間に合わず、次のこだまに乗って帰った。だから、今回は、公演終了後1時間半のこだまにしたし、お土産も行く前に買った。浜松アリーナに到着。案の定、物凄い人。アリーナの入り口も、スタンドの入り口も、上と下だけで、場所は同じだから。潤君お薦めのレジャーシートが欲しくて、グッズを買った。こちらは、案外,空いていた。今日のお席は・・・・!!横浜アリーナも、名古屋も同じような席だった。舞台の袖。それも私の横は通路でその向こうに照明機器。下は階段で、だれもいない、メチャ目立つ席。端の席は、荷物が階段に置けるから好き。自由に多少は動けるしね。さあ、暗転。始まりました。「1年ぶりだぜー浜松~」潤君の元気な声。でも、これ間違いだった。「カーニバルナイト」のイントロに「すみません、3年ぶりでしたっ」と潤君。その途端、鼻の奥がツーンとした。父に「行ってきます」をしてここに来た、あの日から3年だったのだ。あの日から、嵐君達も3年ぶりだったのだ。感慨深くて、ついつい涙が出てきてしまった。今回は、MCが、めっちゃめちゃ面白かった。翔君「さあさあさあ、これまでの間だけで、ハプニングが一杯ありましたね~」潤君「はい、1年ぶりって言って、裏帰ったら『3年ぶりだょッ!』ってスタッフ切れてた」翔君「それで『カーニバルナイト』で訂正したのね」潤君「そう、で、『時代』が、だださがりだったよ」爆笑翔君「で、その後、何が有りました?」そこで、相葉ちゃんと翔君が再現。相葉ちゃんが、両手を上に上げ、「あい、あい、あい」と手を叩いていたら、横から翔君が来て、その手に当たり、吹っ飛んで転んだ。爆笑。相葉ちゃん「『カーニバルナイト』で松本さんが訂正して、二ノが『きたーーー』って言って、俺も盛り上げようと思って、『っあい、っあい、っあい』って手叩いてたら、くるんだもん、何でここにくる?そりゃ、平手打ちするよ」潤君「何で?、ここに来た時点で視界に入るでしょう」二ノ「何で?翔君気がつかなかった?」翔君「俺全然みてなかった」爆笑。相葉ちゃん「俺、ほんと、どうしようと思った」潤君「俺、こっち来たら、倒れてるし、相葉ちゃん笑ってるし」爆笑。翔君のいびきの話。二ノ「今日、誰隣でした」大ちゃん「今日俺、マネージャーでした」二ノ「今日ね、この人の隣だったんですよ」と翔君を見る。二ノ「ほんっと驚きました。ほんとにいびき、うるせーのな」爆笑その途端、翔君飲んでいた飲み物を噴出した。あ~あ(笑)二ノ「鼻から出すな!飲み物を」翔君、すまんすまんのゼスチャー。二ノ「新幹線て、結構うるさいじゃん」相葉ちゃん「ゴーーーーってね」二ノ「そう、でも負けてないの」爆笑。大ちゃん、うんうんと頷いて笑ってる。そこからが可笑しかった。翔君「俺さ、今少し、ここ腫れてるんだよ、で、いびきかく、また腫れる、さらにいびきが大きくなる、で、また腫れる」4人、聞きながら爆笑相葉ちゃん「何故クソ真面目に説明すんの」爆笑。二ノ「さらに、もう、たまんないと思って、寝ちゃおうと思ったら、翔君がゴンてぶつかってきて、見たら全然寝てるの。」爆笑。翔君「ごめん」二ノ「そんで、すごいのは、最後には座席にひじかけあるじゃん、そこに頭乗っけて寝てんの」もうメンバー、爆笑。二ノ「そう、視力検査のCの形になっちゃてるの」で、今晩、誰と一緒に寝るか・・・の話になり、二ノ「今日は、もう、俺、被害者だから」相葉ちゃん「松本くんだな」会場爆笑大ちゃん「なんか、喧嘩しそうだな『うっせーよっ!』って」翔君「俺は俺で『寝てんだよッ!』って」メンバー大喜び。翔君、開き直った。翔君「それはそもそも本当なのか?証拠もってこいよ」二ノ「こーんだけみんな言ってるのに、これが証拠じゃない」爆笑大ちゃん「こんだけ、みんな嘘つかないよ」爆笑仙台で、大ちゃん、翔君、相葉ちゃんと3人で同じ部屋だったそうで、既に被害者が二人出ていた上、今日は二ノが被害者だった、後は潤君と言う事らしい。翔君相当動揺して、思わず、飲み物とマイクと間違えて、マイクを口にもってっちゃった。もう、本当に爆笑。暫く、いびきと歯軋りの話。メインステージに移動して、さらに、めちゃめちゃ面白い話になった。3人が着替えに入って、二ノと翔君が二人になり、いつものように、「太郎物語」の話になった。翔君「今週、『ミュージックステーション』に出ます」拍手。二ノ「はい、『ハッピネス』ももう直ぐ発売です」翔君「ちょっと、振りの練習してみよう」で、二人、前に出て、「走り出せー♪走り出せー♪」と唄いながら、振りをする。翔君「ちょちょちょ待って、確認『走り出せー♪』ってこう肩開くんじゃないの?」二ノ笑いながらきっぱり「開かない!!」爆笑翔君「開きます!」二ノ「開かないっすよ!」もう一回「走り出せー♪」翔君「ほら開くじゃない」爆笑二ノ「開かないって、だって、これじゃ走れないじゃない走ってみー」翔君、腕を表に開きながらはしってみるが、実に不恰好。爆笑二ノ「ほらー走れないでしょう」翔君「いやこれは振り付けだから」二ノ「開かない!」翔君「ほかの3人に確認しても良いよ」二ノ「ほんと?」翔君「まあ、良いよ、今週の『ミュージックステーション』断固として開いてやるから」会場から拍手と爆笑。二ノ「待って、みんなも『いぇー』じゃなくて、間違ってんだから」爆笑。もう一回「走り出せー♪走り出せー♪」とほぼ一番を二人で振りをしながら踊るが、二ノ、爆笑しながら踊ってる。翔君「解った、たとえ開くのが間違っていたとしても、今週俺は、開いたまま、踊る」会場から拍手と爆笑。翔「ジャパン(相葉ちゃんがJAPANの文字の入ったTシャツで出てくる)ちょっと聞いてくれよ『ハピネス』の振りしてみて」二ノ「あ~、ジャパンに聞いてもな~」爆笑。「走り出せー♪走り出せー♪」相葉ちゃんも開かない。大爆笑。翔君「ちょちょちょスター(大ちゃん出てきて、Tシャツに赤い星)ちょ一緒に踊って」「走り出せー♪走り出せー♪」大ちゃんも開かない二ノ「ほら~」爆笑。翔君「え~ちょと待って・・ラブ、ちょラブ(潤君、自分のTシャツをみて「俺?」って顔)3人でやってみて」二ノ「一度5人でやってみりゃいいじゃん」5人、前に出て、並んで踊りだす「走り出せー♪走り出せー♪」会場爆笑。誰も肩は開かない。翔君だけ、思い切り開いて踊る。二ノ「ほら、ほら」会場も4人も爆笑翔君「だって、肩開くって言われたから」相葉ちゃん「誰に?」翔君「振りつけに」二ノ「なんで、皆で一緒におそわったのに、あなただけ、違うんだよ」潤君「それ、肩じゃなくて、身体だから」相葉ちゃん「それじゃ走ってないから」潤君「それ、欽ちゃん走りになってるから」翔君「いや、でも、すでに『うたばん』それでやっちゃってっから」爆笑翔君「ちょっとやってみて」「走り出せー♪走り出せー♪」みなやって見せる確かに、顔をこちらに向け、体もこちらに開いているが、腕は皆からだにつけたまま走る格好。翔君「あーーー、解った、解ったよお客さん、やっと解ったよ、振りって難しいね~」もう、本当に可笑しくて、会場大爆笑。翔君「でーもー『うたばん』と『ミュージックステーション』体開いてやります」二ノ「いや、間違ってんだから」潤君「解ったんだから、正さないと」翔君「でも俺、約束しちゃったもん」会場から「ィエーーッ」二ノ「でも、みんなのお蔭で、解ったんだから、正さないと」会場から「えーーーっ」のブーイング。潤君「ちょっと待って、ちょっと待って」潤君会場に向かって「ちょっとそれ、おかしいだろ!」翔君「だって、もう、『うたばん』撮っちゃってっから」会場から拍手。相葉ちゃん「じゃ、翔ちゃん、直した方やってみて」「走り出せー♪走り出せー♪」翔君の動きが、物凄くぎこちないので、メンバー爆笑。潤くん「じゃ、今までの方」「走り出せー♪走り出せー♪」めちゃ、滑らかな動きに、会場大爆笑。相葉ちゃん「はい、通常バージョン」その後、何回か翔君にさせて見るが、どうしても正しい方は、ぎこちない。二ノ「もう、翔ちゃんに限っては、それで良いよ」翔君「だって、ずっとこれでやっちゃってっから」爆笑。二ノ「なんで、ちょいちょい間違えるんだろうなあ」大ちゃん「翔君、開くくせがあるんだよ」潤君「お!指摘した」潤君嬉しそうに言う。大ちゃん、翔君の真似で色色な曲をしてみせる。翔君「わるい、これは、譲れない。俺の乗りだから」爆笑。二ノ「あ、いけね、話しすぎた、着替えてくる」翔君二ノ、着替えに消える。こんな面白いMCは、今回のコンサート「TIME」の中、一番だった。時間を見たら、本当に、かなりな時間を割いていた。3人での話しは、振りの話になり、一番最初の振りの話になった。面白かったのは相葉ちゃんに潤君「昔の曲の振りを思い出そうとして、昔のビデオみても、お前が前にいて、ほかの人の振りがみえねーんだよ」爆笑。大ちゃんの振りが、面白かった。TOKIOの「TOKIOによろしく」の曲だったが、どこまえも行っちゃう振りで、大ちゃんが、ステージの端まで行っちゃった。潤君「おいおい、もどってこい」爆笑。二ノ、翔君出てきて。潤君「はい、じゃー今日のうらあらしですが、この方から来てますので」スクリーンに「千葉県、相葉雅紀 24歳」と出る。会場拍手潤君「もうね~、沢山頂きまして、やんなきゃ悪いかなっと」相葉ちゃん「うん、おれ、凄い出したから、良かった~『春風スニーカー』」この曲は、応援歌として頑張れる曲だそう。翔君「これって、CMソングだったね、エイトフォーの」二ノが、いきなり、大きな声で二ノ「相葉さん!好きだったんじゃないんすか~」相葉ちゃん、笑ってる。二ノ「俺に今日、『C1000』の最初のCMソングだよって」会場爆笑。潤君「あれ?『何処行って何する』だよね」相葉ちゃん「そうそうそう」会場爆笑。今日は本当に、面白いったらありゃしない。浜松、参加でき、本当に良かったと思った。嵐君達も、3年ぶりで、テンション上がりまくりだった。二ノがソロの時、眼がねをしていてメチャクチャ、似合ってて、あ、この子、眼がねの方が良いと思った。
2007年08月29日
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本日も、鬱、続行中。まあ、仕方ないね!いつものような平凡な一日。相葉ちゃんのお芝居のチケットは、はずれちゃったから、一般発売で頑張るしかないなあ。夜、夕食が終って、ボーーッとTVをみていたら、友人から電話。いつもメールの友人からだったので、何だろうと思ったら、「いっこさん、本当に急で申し訳ないんだけど、浜松チケットが余ってるんだけど、行かない?」「え?!」行きたいなあ・・・・。浜松は、応募したけど、はずれちゃたんだよね。それに、浜松には、特別な思いがある。でも、この時間からの明日一部午後2時半からの公演。無理だなあ。鬱酷いし・・・・。「行きたいけど、やっぱり、行けないよ」と後ろ髪を引かれる思いで、一旦お断りし、電話を切った。・・・と傍で聞いていたパパが、「行っといで」「はい?」「行ってこいよ」「でも明日だよ」「行って、楽しんでこいよ」ここのところの鬱、気にしてくれていたんだなあ。嵐君に会うと、テンションマックスになって、元気になれること、ちゃんと解ってくれてたんだ。「本当に良いの?」「行かないなら良いよ」「行く行く」慌てて、彼女に電話した。「今、他の人に電話しちゃったけど、出なかったの。良かった~」本当に。で、急遽、行くことになった。嬉しい!!!!今年の夏は、横浜と、毎年全ステージする名古屋を半分しかいけなかったから浜松は本当に行きたかった。それにさっきも書いたが、浜松には、特別な思いがある。3年前、父が骨髄異型性症候群になって入院している時、お祖母ちゃんの認知症と、潰れそうな毎日を送っていた。そんな中、初めて、嵐の名古屋コンサートに行ってすっかりその魅力にはまり、癒され、もう一回、浜松に行くチャンスに恵まれた。出かけるその朝、父が心配で、病室に行った。「今から、浜松行ってくるね」「お前、若いなあ~」と笑った父。この病気は、身体の血液の中だけの病気で、外見的には、健常者と変わらない。しかし、夏の頃は、医師によれば、いつ死んでもおかしくない血液の状態だった。そんな時に・・・と眉をひそめられても、行きたかった。元気を貰ってきたかった。父は、大きな娘にお小遣いまでくれ、「楽しんで来いよ」って言ってくれた。そして娘に後を頼み、その足で行った思い出の場所だった。初めて大ちゃんに、本当に奇跡のようなコンタクトをしてもらった経験をした。傍を通った大ちゃんが、私の踊っている姿に「違うよ、こうだよ」って、振りをしてくれ、私がしたら、「そうそう」って笑ってVサインしてくれた。一部と二部に入ったから、途中、心配で病室の娘に電話を入れた。「おじいちゃん大丈夫?」「うん、大丈夫だよ」大ちゃんとの事を話したら「良かったね~」って。今思い出しても、涙が出てくる思い出。一杯、一杯だった精神状態の中の、コンサートだった。その浜松に、友人のお蔭でいけます。明日は、楽しんでこよう。
2007年08月28日
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はい、相変わらずの鬱です。折角、ドールを頑張って撮影したのに、アップできましぇーーん。早く早くって思い続けて、早ひと月。お待ちのお客様もいらっしゃるというのに、本当に申し訳ない。パパは、今日まで、夏休み。午後から、出かけて、喧嘩した。こういう時は、おうちで大人しくした方が良いようで。喧嘩の理由は、家の事。結局、リフォームも、無理とわかった。我が家は、パネル工法というやつらしく、壁を一切、動かせないので、間取りを変えることが不可能だそう。何だ、新築そっくりに好きなように、改造できるって言ったのに。話が凄く違うじゃないの!!向こうも、すまなさそうにしていた。結局、建て直ししか方法がない事が判明した訳。さあて、最初から、仕切りなおしです。で、パパが、「だだっ広くバンバンバンて部屋を三つくらい作って、あとはパーテーションで仕切りゃ良いじゃないか」なんて、馬鹿な事を言い出して、「事務所じゃあるまいし、何がパーテーションだよ」って、言い返して、喧嘩になった。本気だから、呆れちゃう。道は長い。また、落ち込んだ。リフォームに気持ちが行っていたから、余計、落ち込んだ。鬱、また、一段落ちました。帰宅後、家族としゃべるのも、いやになった。寝ちゃおう・・・とテーブルに頬づえをついているうちに、本当に寝ちゃった。これ、やばいんです。歳を取ると、肌の回復力が弱くなるから、つっぷして寝ると、おでこに凹みがつく。で、なかなか治らない。目が覚めたら、あちゃー、案の定、ほっぺに跡。早く鬱、どっかいっちゃわないかなあ。TVも、阿部さんの内閣改造の組閣のニュースばかり。でも、今日は嵐君に会えます。今日の潤君はめちゃ可愛かったです。あんなに自然で、無防備な潤君は久しぶりだなあ。良い恋してるのかな?何だかそんな気がした。オネエも「潤君、何だか、物凄く好きな人ができた感じがする」だって。私もそう思ったから、あながち間違ってないかも。だから、あんなに優しい笑顔が出来たのかもしれないなあ。どんどん、良い男になって行く君は、物凄く眩しい。ますます、ファン度が上がります。は~、しんどい、気持ちも身体も。
2007年08月27日
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今日は、パパはゴルフ。久しぶりに、鬱が来た。何も出来ない。どこにも行きたくない。まずい。こういう日は、ぐだぐだするに限る。で、思い切り、ぐだぐだした。寝転ぶと、気が付けば、寝ている。そう言う事を繰り返しているうちに、一日が過ぎていく。勿体無いなあって、思うよね。歳を重ねていくほど、残された時間が少ないのが解ってきて、自覚してきているから、物凄く勿体無いし、情けない。で、また、落ち込む。鬱の悪循環なのです。困ったときの嵐君・・・なのだが、今日は、それも見る気になれない。重症。夕方、お友達から嵐君のチケットの事で、メール。あちこちにメールしていたら、何だか、元気になって来た。困ったときの友達だなあ。相変わらず、昼間に寝ちゃうから、夜眠れない。よし、今日は、久しぶりに髪を自分で洗おう。長風呂をして、トリートメントして、お風呂から出たのは、午前3時。シャンプーの良い香り。そう言えば、香りが好きだったのに、最近は、アロマもする気になれない。一杯、趣味があって、楽しくて仕方なかったのに、鬱が酷くなって、片付けが益々出来なくなって、お花の苗を見ても、「だめだめ、買ったら、また、枯らしちゃうから」って、諦めるようになって、好きな器を見つけても、「だめだめ、仕舞うとこがないんだから」って諦め、可愛いものを見つけて欲しくなっても「だめだめ、また、部屋がごちゃごちゃになっちゃうから」って諦める。だから、最近、何だか、自分の心に潤いが無くなってきちゃった感じが物凄くする。本当は、そういうの、良くないのかもしれない。好奇心旺盛で、色色な物がほしくて買って、暫く、嬉しくて、単純な自分の方が、心が元気でいられるのかもしれない。早々と、新聞配達のバイクの音がする。髪、乾く前に眠くなっちゃった。これが気持ち悪いんだよね~。睡眠薬は、あれ以来飲んでない。バスタオルに髪を包んだまま、横になった。これすると、明日の朝、大変な事になっちゃうんだけど、もう、何だか、どうでも良いや。おやすみなさい・・・。
2007年08月26日
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今日も、何処か行きたいなあ・・・今日は、チビが夜までバイト。名古屋に行こうという話になったが、TVで、1年に一回開催される、「ど真ん中祭り」をやってるのを見た。まずい、こういう日は、物凄い混む。駐車場しかり、飲食店しかり、ついでに行こうと思ったジャニショも、多分、込むだろう。辞めた。オネエは家にいる。そうだ!先週チビをお墓に連れて行ったから、今日は、オネエを連れて行こう。で、高速に乗る前、急に京都に行くことにした。多分、我々は、パパの実家が京都で、しょっちゅう行っていたから、こうして軽い気持ちで行っちゃえるんだなあ。京都は、ここ10年、毎回日帰り。この前は金曜だったので、2時間でお墓までいけたが、今日はさすがに土曜だったので、2時間と20分掛かった。お墓は、先週、掘り返して、玉砂利に土が混ざってしまった状態だったが、先日、強い雨が降ったお蔭で、綺麗になっていた。パパは、墓石の前が傾いていないか心配だったようだが、セーフ。お花が綺麗に無くなっていたから、管理の方が綺麗にしてくださったのだろう。オネエと3人で合掌。そこから、四条通に面していた、パパの実家の跡を見に行った。もう人手に渡っているから、そうっと見に行ったら、もうびっくりした。いつも車を止めさせてもらっていた、染色の工場が無くなっていた。私だけ、車から降りて、先に見に行ったら、すでに、一軒屋が建っていた。パパとオネエと交代で見にいった。多分、もう、二度とここへは来ないだろう。お祖母ちゃんと親しかったお向かいのYのおばちゃんの家も、去年Yのおばちゃんが、寄る年波に勝てず、義妹の家の近くに家を変わってから、取り壊し、新しいおうちが建っていた。パパが「俺の柔道の道場に行ってみても良いか?」と言うので、すぐ近くだったので、行ったら・・・・無くなって洒落たマンションになっていた。昔、見に行った時は、まだパパの名前の札が下がってたのに・・・。講道館柔道だった。「パパ、寂しいね」と言うと、「仕方ないな、時代がどんどん変わって行くんだから」何だか、切ない。さあ、遊ぶゾーー。河原町に出た。駐車場に車を止め、先日、チビが見つけて、時間が無くて少ししかいられなくて、可哀想だったお店に行った。このお店、オネエもチビも大好きなお店で、名古屋には無いが、東京、大阪などにはある。京都に有るとは知らなくて、先週見つけて、大喜びしたが、もう、時間が無くて、30分ほどしか見られなかった。このお店「HANJIRO」若い子が一杯。今日は、たっぷり時間をかけて、選んだ。オネエのばかりじゃ可哀想なので、チビが好きそうなデザインのものも、コートドレスやら、ブラウスやらワンピースなど選んで買った。オネエも満足そう。本とに、お洋服が好きなのよね~。でも、23歳の女性の格好じゃない格好をする。私は、バーバリーの落ち着いたスカートやら、ブラウスを着て欲しいのだが、オネエは、ミュージッシャンがするような奇抜な格好が大好き。ボランティアで、適応指導教室やら、隣の市の小学校の相談室に行くときだけ、まともな格好。それでも、模様のTシャツとジーパンに、お団子頭。スーツや、まともなスカートなんて、履いたことが無い。いつになったら、素敵な「ああ、良いお嬢さん」て思える格好をしてくれるのやら。でも、人の事はいえない。私もそうだったから。母がよく「駅にいると、すぐに『あ、モード学園の子だ』ってわかるわよ」と言っていたが、確かに私も、人と同じ格好をするのが、嫌だった。洋服が好きだから、モード学園に入ったわけじゃない。嫁入り修行のために、大学を出て就職したデパートも辞めて、モード学園に入った。でも、父が思っていた学校じゃなくて、本物のプロ養成の学校だったから、皆、毎日の洋服に勝負を掛けていたから、当時は「BIGI」や「ミルク」のお洋服を頑張って着ていた。細かったしね(爆)洋服好きは、私の影響か・・・。京極で面白いお店を見つけた。自然石のお店。丁度、ピンクの長いネックレスが欲しくてさがしていた。「ローズクォーツ」の可愛いネックレスみっけ!面白いのは、長さを自由にしてくれる。つまり、金具が付いていなくて、自分の好きな長さにその場で加工してくれるのだ。「美石家」さん。余った石は持って帰れるから、イヤリングにしたり、ブレスレットにもお揃いで出来る。20分ほどでできるというので、先日行った、アンティークなパリっぽいお店「Pari 21e」へ。今日は、クラス会の会場になっているらしく、先日広い店内にびっくりしたが、そちらはクローズで、喫茶の方に通されたが、そっちも落ち着ける。この前、美味しかったので、またマカロンとクランベリージューズ。さあ、それからが面白かった。聞けば、平成6年中学校卒業の同窓会らしい。・・・と言う事は、12年前15歳だから、27歳だ。女性が独身なら、もう、適齢期だし、結構、結婚も仕事も、勝負の歳だ。男性も、大学を出て5年。パパも、オネエも、人間観察に入った。あまり品の良いことじゃないが、実に面白かった。幹事らしい女性は、とても綺麗な方で、品も良く、多分、もう奥さんだよね~とか。クラス会、同窓会なんて、私もパパも40過ぎてからしか行ったことが無いから、こういう若い時の同窓会って、どんな感じなんだろうなあ・・。臨床心理士の卵のオネエは、帰る頃には「私、この中に混じって、ずっと見てたい」なんて、馬鹿な事も言い出し爆笑。「美石家」さんに戻ると、もう、出来上がっていた。この店長さん、凄く身長が高い、その上、とびきりの美人。あら?もしかして・・・と尋ねたら、「はい、うんと過去に」モデルさんだったそうだ。どうりで、京都弁じゃないし、東京のモデルさんだったのだろう。パパが、何処かで見たような気がするって、何回も言っていたが、パパもそういう世界にいたから、モデルのプロフィール帳ででも見たのだろう。広告会社には、使うモデルを選ぶ為、各プロダクションの分厚いプロフィール帳があるから。素敵なローズクィーツのネックレスは、着て行ったワンピースにどんぴしゃでした。でも、天然石なので、ちょっと長めなので、重いっす。家に帰り、何処かに食べに行くのが面倒になり、最後に、うなぎを買って帰ろうと言う事になった。「京都のうなぎなら、ここ」とパパが言うので、行ったのが「京極かねよ」お店の構えは、「千と千尋の神隠し」の湯屋の感じ。で、中で持ち帰り用に注文をして待っていたら、本当に、湯屋みたいに、沢山の古い古い、メニューが筆で書かれた札が、木でできたケースに並んでいて、注文を受けると、調理場にそれを出すのをみて、オネエと「本当に湯屋だ~」湯屋も受付で薬草の注文を受けると、札を釜じいに渡す。大変、私の好奇心の虫が動き出しちゃいました。矢継ぎ早に「これって、使っていますか?」「はい、ちゃんと今も使ってますよ」「すごい!!」「創業から何年くらいですか?」「100年以上かなあ」「今で、何代目ですか?」「6代目です」そうなんだ。で、階段があって、2階もある。「上がりたいなあ」って、小さな声でこそっと言ったら、パパが「いい加減にしなさい!」仕方が無い、表に出て、見た。ちょうちんが、2階の窓の表に並んで掛かっていて、本当に湯屋みたい。もう一回、中に入ると、階段の途中に落語のポスター。へ~、落語するのかなあ。「ここで、落語するんですか?」「はい、月一回、2階でしてますから、また、おいでやす」携帯で写真を撮ったが、またボケちゃった。もうひとつ、お店の感じがよく解るのでこちらあ~、面白かった!車に乗って、帰宅したら、もうチビが帰っていた。買って来たうなぎは、ここら当たりのうなぎとは、全く味が違っていた。うなぎ自体の味は、勿論変わり無いが、たれが、しゃびしゃびで、このあたりほど甘くなく、物凄く、さっぱりしていて、超美味だった。うなぎの入った器も、木で、素敵でした。パパが「子供の頃、食いたくてなあ、でも『かねよ』だけは、連れてってもらえなかったなあ」良かったね、大人になって食べられて。パパが頑張ったからだよ。パパ、ご馳走さま。そして、ご苦労様。夕飯後は、オネエとチビのファッションショー。チビは、嬉しそうだった。良かった!!
2007年08月25日
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さあて、始動開始。朝から、半年ぶりに、撮影に入った。もう、暑いし、大変。でも、人形たちの可愛い表情を撮らないと、可哀想だしなあ・・・。お昼にパパとチビで表に出た。パパが用事があり、駅前に行ったので、そのまま入った事は無いけれど、いつも前を通る、お蕎麦屋さんに入った。おろし天ぷらそばを頼んだ。失敗。申し訳ないが、お蕎麦自体、天ぷら自体はすこぶる美味しかったが、すってある大根じゃなく、なんだか、物凄く粗い目のすりがねでおろした・・・と言うより、パラパラとしたみじん切り状態の大根が、歯応えがありすぎ、全然美味しくなかったし、お蕎麦の命、そばつゆが、いけません。ただ、お醤油の味がした。そばつゆって、かつおだしの香りがして、少しみりんの味がして、お醤油の味がして、そういう味が、上手く渾然一体になって、まろやかな味になってるもんだが、ここのは、お醤油の味が勝っちゃって、折角のお蕎麦も、天ぷらも台無しになっていた。オマケに、どれもこれも値段が凄く高かった。入ったとき、お昼なのに、余りお客さんがいなくて、「あ、やばい」って思ったのだが、そういう理由だったんだと、納得した。パパも、一回だけだなここは・・・。帰宅してから、また撮影。夜は、二ノと翔君の「山田太郎物語」これ、二ノや翔君が出てるからじゃなくて、ふっつうに、ドラマとして、面白い。山田家の子供達は、有りえない位良い子ばかりだし、いじらしいし。物凄い貧乏な一家なのだが、お母さんもお父さんも、どうもお育ちが良いようで、子供たちもお行儀が良い。漫画が原作だから、ありえないことが多く、高校生の長男に生活費を任せっきりで世界中を放浪して絵を書いてる父親に、誰も突っ込まなかったり、身体が弱くて働けない母親が、底抜けに金銭感覚がなかったり、そんな両親に文句一つ言わない息子もありえない。ありえないから、ドラマなんだろうけど、面白がってみているこっちも、十分それを解っててみて楽しめるのだから、やっぱり、このドラマが面白いからだろう。明日は、久しぶりにオネエが出かけないそう。どっか行こうかなあ。
2007年08月24日
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今朝は、雨の音で目が覚めた。土砂降り。起きたら、あら?涼しい。今日は「処暑」だそう。暑さも一段落って意味なんだそう。本当に、そういう日になったなあ。でも、明日から、また暑いんだそう。二日間のコンサート参戦も終っちゃって、何だか、私の夏が終っちゃった気がした。でも、気が抜けた感じはないかな?去年みたいに、9つも参戦したわけじゃないから、今回は、ひと月近く前の横浜と、この名古屋だけだったし、ドームは、また、違った意味になると思うし。でも、余韻に浸りたくて、貰ってきた銀のテープをまとめたり、着替えてお化粧して、テープを入れる入れ物を買いに行った。今、駅前のデパートは、大改装中で、売場が半分になっている。無印良品の売場があるか不安だったが、無事、去年と同じケースをゲット。それから、本屋さんを回って、「TIME」コンの載っている本を見に行ったら、あった、あった、結構、もう沢山出ていた。めぼしい物を購入。それから、プロショップに行って、パパの好きな、わさび振りかけと、コーヒー豆の粉が無かったのでゲット。しかし、今日は、何だかついてない。そう言えば、今朝の血液型占いもびりだった。まず、小銭入れを忘れた。最後に郵便局に行って、投函するはずだった、友人に送るDVDを家に置いて来た。馬鹿みたい・・・。まあ、方向が家を挟んで駅と反対側だから、一回戻って、無事、郵便局に行きましたが。DVDだけじゃなくて、不在票の封書も貰ってこないと、保管日が今日までだったからなあ。帰宅してから、買って来たケースに、丸めたテープを入れた。はい、これで、去年の夏コン、今年の夏コンの思い出が、揃いました。こんな事なら、一昨年の夏コン「ONE」のアリーナ席の時も、テープ、一杯貰ってくれば良かったなあ。一昨年も、確か、7つ参戦して、アリーナも二回あったのになあ。1本は貰って、チケットと一緒にしてあるが、こうして、ケースに入れて、並べて置いたら良かった。そうだ、来年から、こうしてもらってきて、並べようっと。うん、結構、元気に動けました。本当はね、ジャニショに今年の夏コンの写真が出てるか調べて、また、行こうと思っていたんだけど、グッズセンターに電話して聞くのを忘れて、諦めた。夕飯も頑張って、作った。去年、お中元にしらす干の大きな箱入りを頂いた。とっても便利で、サラダに入れたり、炒飯に入れたり重宝したので、今日、プロショップで買って来た。今日は、レタスと、玉葱のスライスを入れて、しらす干を入れ、ごま油とお塩だけの味付けのサラダを作った。これ、本当に美味しいのよね。それから、油の乗ったしゃけのムニエル。あと、通販で買った、いかのルイベ。これがまた、絶品。オネエは、今日、お友達のところにお泊り。学校の近くに下宿してる子で、論文が忙しい時、時々、泊めていただいている。お料理の好きな子で、先日もお世話になったので、中国のお醤油を持たせた。チビは、毎日家にいると、腐る・・・とか言って、朝、名古屋に遊びに行ったが、私が帰宅したら、もう、帰ってゲームをしていた。風邪気味で、だるくなっちゃったらしい。何だか、平和です。暫く、こうして、日常が続くんだろうなあ。片付け、がんばろうっと。画像は、去年の夏コン「ARASHIC」のオーラス、アリーナ席でゲットしたピンクやグリーンの入ったテープと、今年の夏コン「TIME」アリーナ席でゲットした、銀のテープ。それに、早々と夏コンの様子を伝えた雑誌。
2007年08月23日
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今日は、ゆっくり、お昼を食べてから家を出た。兎に角、暑かった。今日の席は、アリーナB4通路側。アリーナが当たったのは、久しぶり。間近でムービングステージが見られると思って楽しみにしていたが、既に、相当の傷が付いてて、昔みたいに、下から、メンバーが見えたりしなかった。どうりで、最近は、二ノも潤君も、端に腰掛けたり、端にしゃがみ込んで下のファンに手を振っていたわけか。このムービングステージ、近くだと、全く上が見えず、かえって邪魔。お蔭で、「ラブ・シチュエーション」の時、メンバーが全く見えず、潤君の究極のつぶやき「近付きたい」も声だけだった。セットリストは昨日と同じ。MCが面白かった。翔君「じゃ、お席にお座り下さい」席に座ると、すかさず、翔君「今日、僕ら実は、お揃いの物を身につけてますが、解る人?」会場、ちらほら「わかる人は相当、マニアックな人ですね、じゃ、わかんない人」これもそう大した人数じゃない「あとの人は、手をあげるのも面倒ってことですね」会場爆笑。「実は、しているだけで、岩盤浴の効果があるって、ブレスをしてます」相葉ちゃん「実は、昨日知り合いの人に、みんなの分も頂いて、皆でしてます」それぞれ5人が、色違いの物をしていて、見せてくれた。翔君「相葉さん、二つしてますが、効果は二倍ですか?」相葉ちゃん、「しててもしてなくても、ふっつーに汗かいてるから、わっかんない」会場大爆笑。潤君「俺ら、いつも何かもらう時、5人分もらうよね」みんな、うんうん。二ノ「リーダーは、Tシャツもよくもらったの着てるよね」大ちゃん「俺ラジオやってるジャン、で、一杯そのラジオのTシャツがあったから、貰って着てたら、局の人が喜んで、これもどうぞって、一杯くれたからTシャツは最近買ったこと無い」これにはメンバーも爆笑。翔君「今日、大野くん、なんか、機嫌がわるいんだよね、すねてる?」と言うと、大ちゃんが、マイクを通さず、翔君に何か言う翔君、爆笑「ここまで、いつもなら、誰かがおしり触ってくれるのに、誰も触らないんだって。」潤君「それですねてんの」大ちゃんすねる真似。可愛い。爆笑。大ちゃん「いつもなら二ノが、触るのにさ・・」二ノ、少し離れたところで、下を向いて、笑ってる。メインステージに戻って、いつもは、二ノと翔君だけになるが、今日は潤君も残った。翔君「花男の映画が決まりましたね」潤君「はい」翔君「何処で撮影するの?海外ロケ?」と聞いた所で、会場から「名古屋」の声が上がった。二ノ「金のしゃちほこに、道明時がまたがるってのは?」潤君「ありえねーだろう」翔君「撮影は来年早々で、上映は?」潤君「夏か秋頃かな?」二ノ「僕もCM撮りました。スープの」翔君「微妙だな」二ノ「全国放送になるかなあ・・」潤君「じゃ、着替えてきます」と、はけた。翔君「昨日は『風来坊』で食事したんだよね」「風来坊」とは、この名古屋地区の有名な手羽先のお店。一昨年の大ちゃんのソロコンの時も話しが出た。「みんな辛いって言うんだけど、俺は甘い。手羽先食べながら、ビールをキューっと、たまんないね」って言っていたっけ。あっちこっちに、支店があり、私も大好物でよく買って帰る。たしか「ONE」コンの時も、早々、スタッフ総勢100人以上で打ち上げをここでしたとか、言ってましたなあ。翔君「山たろの主題歌『Happiness』のPVの撮影を先日しました、5人で久しぶりに揃って」会場から「みたーー」の声。翔君「え?うっそ、俺たちまだ見てねーし」二ノ、翔君、「どこで、何処で見た?」会場「めざましTV」二ノ「冗談じゃないよね、俺たちに何の断りも無く」翔君「俺、まだみてねーし」そればっか。会場爆笑。出来上がっていることすら、知らなかったらしい。程なくして、着替えた大ちゃん相葉ちゃん潤君が出て来た。入れ替わりに二ノ翔ちゃん着替えに。相葉ちゃん「きのうさ、俺、マッサージたのんだのよ、1時間てことだったのに、1時間半もして行ったの。『え?1時間じゃないですか』って言ったら、俺、寝ちゃったらしくて『延長しますか』って聞いたら、うんって、言ったんだって」潤君「そりゃーおかしいなあ」大ちゃん「添い寝とかされてない?」相葉ちゃん「『お客さん、お客さん』て、起こされて『サインお願いします』って言われて、寝ぼけ眼でサインして」会場「えーーーっ」相葉ちゃん「いやいや、料金の。で、気がついたら、TVのボリュームが大きくなっててさ」大ちゃん「そりゃ、やられたな」相葉ちゃん笑ってる。二ノ、翔君出て来た。大ちゃん「こんな感じで、添い寝して、TVみてたんじゃない?」相葉ちゃん「でも、今朝、すごく気持ちよく起きられたんだよね」潤君「そりゃー、添い寝されたからだ」5人も会場も爆笑。潤君「そう言えば、今日さ、朝、10時ごろTVみてたら『リターンズ』やってた」会場「あ~」うらあらしのコーナーは二ノのチョイス。潤君「では、今日は、是非、二ノが良いっていう事で、これをします」二ノ「愛と勇気とチェリーパイ」唄ったあと、口々に「良いね~」翔君「これ、何時頃うたってたっけ?」潤君「2002年くらいのコンサートじゃない?」大ちゃん「うん、そう、良いよねこれ」相葉ちゃん「パイって一杯あるのにね。何故にチェリーパイなんだろ」二ノ「アップルパイじゃなくて、チェリーパイってのが良い」翔君「アップルパイは中、黄色いよ」潤君「やっぱ、チェリーパイっしょ。」相葉ちゃん「あ、そうそう、アップルパイって、ハンバーガーに挟んで食べると、美味しいの」潤君、翔君「えーーー」二ノ「あ、それ、俺も聞いた」潤君「えーー、アップルパイだぜ?」相葉ちゃん「本当に美味しいって、一回、やってみ」翔君「何か、変な話になっちゃいましたが」良いよね~、こういう話が、嵐君の自然なところで、本当に仲が良いなあって、思わせてくれる。大ちゃんは、余り何も言わないが、楽しそうに皆の話を聞いていて、時々、めっちゃ面白い事を言う。大ちゃんのソロは、いつもよりガシガシ踊っていないと思っていたが、実は、動きが凄く細かくなっていて、ソロで踊るフレーズが長くて、踊っていないように見えていただけだとアリーナにいて解った。いつもならJrと一緒に踊るから、目だったのだけれど、今回は、細かい動きの上、ソロで踊ったものだから、そう見えていたのだ。やっぱり、大ちゃんはすごいよ。二ノのソロは、今日は、しっかりオペラグラスで見た。最後に、メインステージのスクリーンに出た「ありがとう」の文字。感動。潤君の空中散歩も、目前で見れた。もう、2~3メートル向こうに、落ちてきた。それから、空中に歩いて戻る時、今まで気がつかなかったが、背中の筋肉も、相当つかっていることが、衣装の上からも解った。腹筋だけじゃなくて、背筋も相当鍛えたんだなあ。振りは、手で双眼鏡を作ったり、可愛い振りだった。ご挨拶は感動だった。まず二ノ。「今日、実は、父親が来てまして」会場「えーーっ」「皆が、こんなに応援してくれているのが解って、多分、安心してくれると思います」息子にこんな事言われて、幸せなお父様だなあ。相葉ちゃんの挨拶は面白かった。「今日はなぜか、みんなの洋服がすごくよく見えたんです。水着着てる人がいて、歌いながら『何処で着替えたんだろう』とか『家から来て来たのかなあ』とか考えてました」会場爆笑。ご挨拶が終わり、はける時、翔君が投げキッス。会場悲鳴。アンコールの時、今日は、奇跡が起きた。「We Can Make It」の歌。アリーナのお客さんは、スタンドと違って、自分の好きな人の方向を向く。回りに花道が有るからだ。で、私の回りに、潤君ファンがいなかった。ふと気が付くと、潤君が、歌いながら私の直ぐ後ろのセンターステージに向かう通路に来た。キャー潤君だ!!と思い、見にくかったので、通路に少し出た。勿論、潤君の団扇と、ハートの赤いランプを振りながら、一緒に歌ってたら、潤君が、私の方をみて、立ち止まった。え?私?と回りを見回したら、潤君の方みてるの、私だけ。唄いながら、Vサインしてくれ、ワンフレーズ唄い終わると、満面の優しい笑顔で、私の顔を見て、手をぎにぎしてくれた。また、回りを見回したが、間違いなく、潤君が見てるのは私1人だった。何と言う事。苦節3年半。去年は、長野で、団扇に反応して、少しだけ小さなお手振りと笑顔いただきましたが、今まで、30回ほどのコンサート、お芝居に行ったが、こんなに、長いこと、止まって、笑顔でVサイン貰って、手をにぎにぎして貰った事なんて無かった。去年なんて9公演も行っちゃって、結構、最前列とか、アリーナ花道横だったから、完全に顔を覚えられて、私の前に来ると、くるっと、反対向いたりされた事も一度や、二度じゃなかった。原宿の交差点で、奇跡の遭遇をした時も、口元隠されて、「良いよ良いよ、声掛けたりしないから」って、こっちの気持ちが解ってもらえなくて、悲しい思いもした。それなのに、今日のこの奇跡は何だ泣きたくなるくらい、嬉しかった。やっぱり、潤君、大好きだ~その爽やかな笑顔、今も、私をみてる瞳が目に浮かぶ。最初に行ったコンサート。バックステージまん前で、二ノのソロの間に、私の前の階段を上がって来て、思わず「潤」と呼び捨てにしてしまい、睨まれてから今日まで、長かった~。あの時19歳の君は、もうすぐ24歳になるね。とんがってた君は、今、優しい男、良い男になりつつある。オバサン、嬉しいです。最後に皆で「俺たちの名前はなーんだ」が昨日、言わなくなっていた。横浜では言ったのになあって思っていたら、今日も、言わずに、軽く「嵐でした」で終った。寂しいなあ。言いたいよ「あーらーし!」って。最後に潤君は笑顔で舞台のセットに腰掛けたまま、舞台は閉まった。アンコールは、一回のみ。なぜだ~。みんな、もっと本当に、頑張ろうよ~。新しいファンが多いからなんだろうなあ。みんな、一部でも、以前は、二回はしてくれたんだよ、アンコール。新しいファンの人、頑張って、応援しようよ。アリーナにいて、いつも、もらってきちゃうのは、シュポッて飛ぶ、金色のテープ。今日も、沢山貰っちゃいましたが、1月の凱旋コンの時のように、赤や、グリーンは無く、一色だけだった。私の上に降り注いだテープ、皆にあげたくて、沢山あつめてARASHICの時に買ったバックの中に仕舞った。表に出る前に、メール。スタンドの入り口の前に集まってるそう。昨日、浴衣だった東京から来てた友人も、今日はお洋服。みんなにテープを渡して、二部に入る友人達と別れた。今度は、ドームで会いましょう。別の友人からもメール。でも残念だが、急いでいるようで、今回は会えなかった。また、会おうね。幸せな気持ちのまま、帰宅。何だか、物凄く幸せで、明日から、また、頑張れそうです。潤君、本当に素敵な笑顔を、ありがとう。私の中で、永久保存版の笑顔でしたよ。あ~、心の中が撮れるカメラがあったら良いのになあ。あのほんの5秒くらいの、私と潤君の時間を、残したいのになあ。忘れられない公演になった。そして、私の夏が終った・・・。
2007年08月22日
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一部に入った。グッズを買おうと、早めに出た。車で出て、途中で昼食を買って、駐車場に車を入れ、グッズ売り場に行って驚いた。尋常じゃない人の数が並んでる。ナンダこりゃ。ここ3年、こんな事はない。途中で気分が悪くなり、買うのを諦め、仕方なく車に戻った。暫く涼んで、買って来た食事を取り、開演一時間半前になったので、もう一回、グッズを買おうと行ったら、ホールの反対側まで列になっていて、もう、こりゃ、終ってから買った方が良いと、早々、諦めた。友達たちと、再会。嬉しかった。いつもブログにお邪魔してる方や、一緒にドームに入って、大騒ぎした友人にも会えた。浴衣姿の友人は、なかなか色っぽくて、若い子の浴衣姿なんかより、うんと素敵だった。やっぱ、年を重ねた女の色気って、浴衣を着ると、若い子は叶わないなあって思った。最強だね!大阪の友人にも久しぶりに会えて、凄く嬉しかった。みんな、元気、元気。今日の席は、舞台のそで。前回みたいに、天井席じゃなく、前から4列目通路側。ここ、美味しいかも!!中に入って気が付いた。この前のユーミンの時は、中に入った途端、もう、ユーミンワールドに包まれた。開演前だったが、薄暗く、海獣の骨格の大きなオブジェが、四隅にあった。ずっと、スモークがたかれていて、海の底にいるような音楽が流れていたし、完全に、始まる前に、ユーミンの世界に引き込まれていた。嵐君の公演前は、凄く明るい。暗転。舞台の扉が開く前に、嵐君達が、舞台に上がって来て、定位置にスタンバイするのが、舞台真横だったので、見えた。オープニング。ああ、こんな風だったのねって感じ。横浜じゃ解んなかったからなあ。お、潤君、近いって!!さあ、バラバラになった。潤君が直ぐ下にやってきた。キャーーー、Vサインに、笑顔のお手振り頂きました。前から4列目だから、間違いないよ~。チョー、嬉しい。「YES NO」は、「ONE」コンの時のように蛍光の羽の付いたものを振り回す演出で懐かしかった。「WAVE」は、横浜の時と同じ会場のお客さんに「WAVE」をさせたが、横浜の時ほど、何回もしなかった。MCは、24時間TVの話。3年ぶりに楽しかったって。そうだよね、あの時は、司会だったから、みんな物凄く緊張してて、「Dの嵐」のスタッフが、時々、嵐君に話しかけたら、あっち行けって、仕草したり、「今駄目」って両手でバッテン作ったりしてて、「ほっとき」の準備してた「D」のスタッフに、最初機嫌悪かったもんなあ。そりゃ、ゲストで、出てきて、責任ないし、楽しかったろう。タッキーと翼と唄ったことが楽しかったそうだ。「ビーナス」の振りを直前に教えられ、踊れるか不安だったそう。そこで、もう一回、する事になって、みなで唄いながら、踊ってみたら、相葉ちゃん、相変わらずのオトボケで、突っ込まれてた。その可笑しな振りで、会場爆笑。嵐3人と、タキつばで潤君「最強『ビーナス』だった」新庄選手に会えたことが嬉しかったとか。いつも、潤君がMCの時に黄色い水分を取るのが、気になっていた。今日、メインステージに戻る時、直ぐ前を通ったので、しっかり見たら、オレンジジュースじゃなくて、どうも、ポカリスウェットのような物に、オレンジジュースを混ぜたような物だった。潤君と相葉ちゃん、大ちゃんが着替えに入って、二ノと翔君のMC.「山田太郎物語」の話。最終話の台本をもう、受け取ったそう。翔君の台詞に、とても良い台詞があって、それが凄く長いそう。翔君の渋い顔に爆笑。おかしかったのは、翔君がまたやってくれました。台詞が長いと聞いた途端、自分の飲み物をこぼしちゃった。二ノに「あ、こぼした~、どうするの~、ここで誰か踊って滑ったら」と突っ込まれ、拭く物を探して、自分の首にタオルがあるのに気がつき、「あ、俺、あるじゃん」と言いながら、せっせとそのタオルで拭きながら喋ったので、その姿がおかしくて、会場から爆笑。引っ込む時、潤君と相葉ちゃんに「そこ、滑るかもしれないから気をつけて」に潤君「えーー」。「いやいや、僕、誠一杯の努力しました」には、また爆笑。それから、「花より男子」の映画の話。髪型を、スポーツ刈りにするとか、また、おちゃらけていた。相葉ちゃんの話。大ちゃんが、廊下を歩いている時「母なる大地」と言う、学校の音楽の時間に習った曲を口ずさんでいたとか。相葉ちゃんも知っていたが、潤君は知らない。で、会場の皆と、大合唱になった。合唱大会のとき、もう一曲、選べた話。大ちゃんに振ったら、もう一曲、何を歌ったのか「わかんない」(笑)「うらあらし」は、私がリクエストした「感謝カンゲキ雨嵐」。やったー!今回の公演で唄われなくなって、いつも必ず歌ってくれていた曲なので、寂しくて仕方なかった。二ノの「涙を拭いて」の主題歌。「この曲、掛かったとき、凄く嬉しかった」と翔君「聞いた」と大ちゃん、ぶつぶつ切れる喋り方が、大ちゃんらしくて面白かった。潤君の「花男」の映画の話になり、また主題歌を歌えるのか・・・と言う話になり、曲の題名を次々、皆、勝手な事を言いだし、大ちゃん「『四捨五入』なんてのは?」に爆笑。そのあと、年齢の四捨五入のはなしになった。あ、この話、大ちゃんのソロコンの時に、出た話だなあ。あの時は、随分、この話で大ちゃん引っ張ったっけ。「四捨五入」って言葉が、本当に好きなんだ、大ちゃん。MCのあと、翔君と二ノが、階段が上がれなくて、会場から笑われていた。潤君に「どうした!、笑われてるじゃないか!」と突っ込まれていた。そのあと、ずっと微妙な空気で、翔君が「この微妙な空気のまま、いく」と言って、また、爆笑。今回、相葉ちゃんが、何回も来てくれたが、物凄く、素敵だった。あれ?この子、こんなにカッコ良かったっけって思っちゃった。そりゃ~、3年前の「いざNOW」コンの時は、バックステージど真ん中で、相葉ちゃんが、50センチ先にいて、にきび面がはっきり見えたし、相葉ちゃんも、あまりに近くて、照れちゃって、恥ずかしそうにしてたし。今回、走って、笑顔でこちらに手を振ってくれた姿見て、ああ、良い男になりつつあるなあって思った。潤君の空中散歩は、横浜より、時間が少し長かったような気がした。多分、イントロの長さは一緒だから、パフォーマンスの度合いが、上がったのだろう。本当に凄い奴だ。踊りも今日は、オペラグラス忘れちゃったが、はっきり見えた。可愛い振りだった。ん?潤君、また、路線変えようとしてる?二ノのソロは、横浜は、真反対の席だったから背中しか見えなかったが、今日は、正に、こっち見ながら唄った。横浜より、上手かった。大ちゃんの踊りも、はっきり見えた。やっぱり、去年や、一昨年の方が、ガシガシ踊っていたなあ。後半は、いつものように、追い立てるような感じで、「サクラ咲け」など。「ファイトソング」のゴムのチューブは、やっぱり、超面白い。横浜じゃやらなかったが、きっと今日までの間に新しいワザを身につけたのだろう。5人で一旦手を繋いで、一瞬にして散った。面白い!!相葉ちゃんのご挨拶で「僕は嵐が大好きで、僕の嵐のファンクラブのナンバーは『0001』なんです」あ、この話し、いつかも聞いたなあ。二ノ「『0004』番の微妙な番号の僕です。」爆笑。大好きな曲「Be With You」の時、潤君ソロで、歌詞が出てこず、歌えなかったら、会場が大合唱になり、潤君思い出し、大丈夫でした。ものすっごい、どきどきしちゃいました。アンコールは、一回だけで、みな、席を立っちゃった。うっそ。もっとがんばって、嵐君、呼ぼうよ。一部だって、二回は、アンコールしてくれるよ~。兎に角、舞台の横の席だったので、花火の特効が、物凄かった。「パーン」と言う音も勿論だったが、フワッと炎の空気が来て、肌に感じた。嵐君達は、いつもこれを感じているんだなあ・・・と、なんか感慨深かった。横浜より、大分、練れている感じがしたが、大宮SKもなくなっちゃったし、小さくまとまっちゃった感じがした。潤君の「松健サンバ」があったり、缶蹴りかくれんぼがあったり、昔は、もっと面白かったのになあ~。まあ、ビックになれば成る程、こうなっちゃうのは、仕方がないか・・・。彼らが、大人になったってことなんだろうなあ。ああ、楽しかった。コール&レスポンスも楽しかったし、一緒に踊ったのも楽しかったし、5人の仲良しトークも最高だった。すぐに、表に出て、グッズ売場に行ったら、ラッキー。そう並んでいなくて、無事、買えました。友人達のも、一緒に買ってもらうことが出来、良かった良かった。横浜は荷物になるから、ポスターを買わなかったし、名古屋のこの公演から発売のライブ写真の第二弾も、ゲット。宴会をする友人達と別れを惜しみ、帰途に着いた。大阪や長野、東京からの遠征組みは、今日はお泊りだそう。あんまり、飲み過ぎないようにね!!また、明日!
2007年08月21日
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車の定期点検。ディーラーが持って来た代車が、黒い車で参りました。明日、いよいよ嵐君の名古屋公演なので、髪を洗いに行き、スーパーで買い物をし、車に戻ったら、暫く、熱くて、ハンドルが握れなかった。こんなの久しぶりです。以前、紺色のサーブだったから、いつも夏は、こんなんだった。ハンドルで火傷する事は無かったが、シートベルトの金具で、よく火傷した。乗った時、腕の内側が、丁度当たって、「アチッ」って。それがいやで、今度の車はベージュにした。やはり、黒の車と断然違ったが、この車、本当は、黒が一番、クラシックカーみたいでカッコ良いんだけどね。やっぱ、懲りましたので。5年、飼っていたカメが、死んだ。このところ、水を代えてやっていなかった。2~3日前、「あ、そろそろ代えてやらなくちゃ」と思っていたら、今日、この暑さで、水がからからになっちゃって、死んでいた。ショックで泣いた。この亀、まだ、お祖母ちゃんがうちにいた頃、一緒に行って、お祭りで、買って来た。物凄く元気で、かわいくて、かわいくて、毎週、必ず、たわしで水垢をごしごし洗って取ってやったりしていた。えさをやると、じっと私の顔をみて、安心してから食べ始めた。それなのに、更年期と鬱が酷くなってから、余り世話をしてやらなかった。えさだけは、あげていたが、ここ数日、世話をしなかった。パパが「亀死なすなんて、相当なもんだ」って嫌味を言う。こっちは、もの凄く落ち込んでるのに・・・。本当に、可愛がっていたのに・・・。ただただ「ごめんなさい。ごめんなさい」って言いながら、手を合わせ、泣きながら、庭に埋めた。可愛いやつだったのに・・・・。生き物を飼うのは、ほんとに、その命をもらう事だから、ちゃんと世話が出来ないなら、飼うべきじゃない。こっちの事情で世話ができなくなったから仕方ないって、許されないと思う。だから、物凄く、罪の意識にさいなまれた。亀君、本当にごめんなさい。ごめんなさいm(__)m合掌。チビが、一生懸命、落ち込んでる私に、「明日は潤君に会えるんだから、元気だして」って励ましてくれた。ありがとう。夜、気持ち立て直し、やっと、松茸のお料理をした。日にちが経ったので、少し痛んじゃった。それでも、松茸ご飯、松茸のお吸い物、松茸の天ぷらを作って、二日分は有るくらい、できた。韓国産だけど、これだけの量だと、さすがに良い香り。しゃきしゃきした歯ごたえの天ぷらは、抹茶塩でいただきました。美味しかった~。やっぱり一番、香りが良いのは、お吸い物です。どうしてかなあ。天ぷらが一番だと思ったのだけど、松茸ご飯は、一度、ひき肉と炒めて、味付けしてから炊いたから、多分、香りもとぶだろうと思ったら、やっぱり、そうだったけど、お吸い物は、本当に良い香りでした。早々、秋の味、頂いちゃいました。さあ、明日は、待ちに待った嵐君に会えます。考えてみれば、ユーミンに行ってから、一週間あまりなんだなあ。どんなお顔を見せてくれるかな?楽しみ!!
2007年08月20日
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先日、この街の花火大会があったと思っていたが、実は、あれから、招待状が届いて、今日だったことが解った。それじゃあれは何処の花火だったのか・・・。隣の市の花火大会だったそうだ。どうりで、遠かったはず。今回は、恥ずかしながら、パンフレットに我が社の名前が大きく出た。パパいわく、去年より多く寄付したからだそう。で、招待状が4枚来た。桟敷席。行こうかなあ・・・と思っていたら、あっという間に、娘達に取られちゃいました。オネエは、恋人と、チビは、仲良しのお友達と行くんだって。午後から、オネエは早々と、浴衣に着替え、いそいそと出かけて行った。昨日に続き、24時間TVをみていたら、嵐君が出て来た。先日、私が深夜に見た、車椅子の青年がロッククライミングをすると、嵐君の公演場所に報告に行ったのと同じ映像が流れたが、大分、深夜の物より、カットしてあった。深夜に見られて、ラッキーでした。3年前、嵐君を好きになって、物凄い勢いで、嵐君のグッズを集めていた頃に、24時間TVのパーソナリティに大抜擢され、本当に、寝ないで、嵐君に付き合った。最後まで、謙虚で、真面目で、優しくて、本当に良い子達ばかりと、益々好きになった。最後に相葉ちゃんが泣きながら4人に手紙を読んだ時の、4人の表情は忘れられない。いつも冷静な翔君が、相葉ちゃんに何か言いたそうにした一瞬、泣きそうになって、下を向いたり、大ちゃんは、ただただ黙って、静かに泣いていたし、潤君は、もう、大きな瞳を真っ赤にして泣いて泣いてどうしようもなかったし、二ノは流石に、めだって泣いてはいなかったが、優しい目で相葉ちゃんをみては、目をしばたかせていた。その後、5人の紹介のラップ曲に、この時のことが「手紙を読んだら泣いちゃった相葉ちゃん」と歌詞になった。一番、感動したのは、大ちゃんが、聾唖の青少年たちに、踊りを教え、一緒に武道館で踊り終えた時、大ちゃんが、誰はばからず泣いた事。本当に、優しい子だなあと思った。その時、大ちゃんは、夏コン「いざNOWコン」の大阪公演に彼らを招待している。この時の映像は、今も、私の大切なライブラリーとして、残してある。夕方、今度はチビが、出かけていった。チビと入れ替わりにパパが帰宅。今日は、腰が痛くて、余り良いスコアじゃなかったとか。まあ、そんな日もあるわよ。で、また、二人で食事に出た。自分でも少し呆れちゃった。来週からは、頑張って、また美味しいご飯をつくるぞ!帰宅し、二回のベランダから、少しの間花火を見た。確かに先日より、うんと近くで、大きな花火が見えた。綺麗!!夏のどんよりした空気に、花火より大分遅れて「ドーーン」と言う音が聞こえてきた。夜、子ども達が戻ってきた。丁度、欽ちゃんが、もう少しで武道館に戻ってくる所だった。放送は延長になり、無事、欽ちゃんはゴールしたが、武道館の階段を降りている姿は、痛々しくて、みていられなかった。欽ちゃんファミリーが、迎えに行ったが、最後まで誰の助けも受けず、ゴールしたのには、天晴れ!!もうひとつ、そこまで伴走していた、毎年伴走する方達が、武道館入り口で、解散した事に、プロフェッショナルな、誇りを感じた。大勢の人たちが伴走して欽ちゃんを支えていたが、最後に主役である欽ちゃん1人、武道館の会場に送り込んだのをみて、私は、伴走してらっしゃった方々にも、惜しみない拍手を送りたいと思った。ゴールしたら、欽ちゃんは、入院しちゃうんじゃないかとすら思っていたから、その後の番組にも元気に出てきたのに、安心した。今年の募金金額は、4億円をこえそうだそう。凄いよね。みんなの愛情。でも、今日だけじゃなく、日ごろから、身体のご不自由な方や、障害者に、暖かい心で接して欲しいと思う。何故なら、障害者として生まれて来たくて来たんじゃないし、身体障害者には、誰でもが、なりうる事、明日は我が身かもしれないんだし、弱い者がいて、強い者がその弱い者を守っていけば、世の中は、人の優しさで溢れるのだから。自分が障害者と解った時、とてもショックで、辛くて、悲しかった私が、皆にお願いしたい。障害者は、目に見える人ばかりじゃなく、目に見えない人にも、障害はあり、それを時々で良いから思い出して、人に接して欲しい。人に、優しく。本当に強いってのは、どれだけ、人に優しく出来るかって事だもんね。私も、見える人、見える障害をお持ちの方には、自分で出来るだけのことはしたいと思うが、見えない障害の方も、自分を含め、大勢いる事を忘れてはいけないと、もう一度、心しようと思う。
2007年08月19日
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今日まで、日本碍子ホール(名古屋レインボーホール)でユーミンのシャンングリラの公演があって、21日から、嵐君の公演。明日、明後日には、舞台の解体と、嵐君の公演の準備があるんだろうなあ。今日から明日まで、24時間TVが放映される。24時間TVは、最初、萩本欽一と、大橋巨泉が中心に始まったと記憶する。巨泉が、巨額の募金に「これをみている政治家の皆さん。本来なら、こういうことは、貴方たちがすべきことなんです。」と怒りながら言っていた姿を思い出す。「サライ」の曲もマラソンも、最初からあったわけじゃないが、画期的な番組だったことに、間違いない。それも、もう30年ですって。毎年、1年貯めた1円玉やら5円玉を貯金箱に入れて、持って行ったなあ・・。如何して記憶が残っているか・・・と言うと、実は私は23歳の時、会社を退社し、学生に戻ったのだが、その最初のアルバイトに、こちらのキーステーションのオーディション受け、24時間TVのアルバイトをしたからである。24時間TVの始まった翌年、第二回の24時間TVの時だった。今では、良い思い出です。もう、徹夜して付き合う元気はないが、マラソンで走る66歳の欽ちゃんが心配。ゴールはするだろうけれど、そのあとの体調を心配してしまう。奥様の心中を思うと、たまらなくなる。どうか、無事、過ごされますよう。夜、裏で、UFOの番組がやっていて、面白く見た。やっぱり、本当に地球に異星人は来ているなあ・・・と思わせられる。ガンガーカウンターが、異常な数値を出した、メキシコで、サッカーをして遊んでいた少年が、ボールを捜している時、木の影にいた誰かに触られたと言う場所と映像。どうみても、あれは「グレイ」だなあ。実は、昨日、京都からの帰り、青い空に、どう見ても飛行機じゃない形のものすごく光る大きな物体を見た。「何だろう」と思って、もう一回見た瞬間消えたのだ。多分、太陽の光を受けた、地上の反射だったのかもしれないが、いつも、空をみているのには、そういう理由があるから。一生に一回で良いから、遭遇したいUFO.衝撃的だったのは、上空にどんどん上がっていく馬が撮影された映像。世界中で、内蔵をくりぬかれた馬や、牛が発見されているが、この馬も、宇宙人に誘拐されたのだろうなあ。兎に角、UFOは面白い。是非、仲良くしたい物だ。「トランスフォーマー」みたいなのは、いただけないが(笑)夕方にオネエが帰って来て、食事に行った。なんだか、この1週間、毎日、外食していたなあ。パパのお休みも、こんなに1週間も続けて休めるなんて、ここ数年無かったし、ゆっくりしました。世の中は、お盆休みも終わり、渋滞していた高速道路も元に戻った。明日は、パパは、最後のお休みで、またゴルフだそうです。
2007年08月18日
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今日は、京都のお墓参りです。オネエは、用事で来られず。お盆の混んでいる京都は、車も大変なので、大文字焼きも終った今日にした。正解でした。いつも3時間前後掛かるのに、何と何と、今日は2時間で、京都についちゃいました。お花を近くのスーパーに買いに行ったりしてから、京都に行ったから、午後2時くらいになるかなあ・・と思っていたのに、京都女子大の裏にあるお墓に着いたのは、まだ、1時前。今日は、少し大変なんです。実は、お祖母ちゃんの納骨に来た時、何と、お墓のお骨を入れるところが、セメントで固められており、前回、パパと二人、途方にくれ、仕方なく、墓石の手前に、お祖母ちゃんのお骨を埋めてきたのだ。後から考えても、誰がそんな事をしたのか、全く解らず、13年前に舅のお骨を納めた時は、勿論、セメントでなど固めていなかったから、余計に謎。・・・・と言う事は、義弟もそんな事はしていないと言っていたから、既にボケが始まっていたお祖母ちゃんがしたのか・・・・?七不思議だった。で、今回、パパはセメント用ののこぎりだの、色色な工具を持って来て、お祖母ちゃんのお骨をちゃんと、収めてあげる事にした。炎天下のお墓。作業するパパは、汗だく。それでも、チビも協力し、何とかセメントを剥がし、姑のお骨を舅のお骨と一緒にしてあげられた。お花を供え、お線香をあげ、合掌。さあ、今日は、少し遊んでいく予定。まず、昼食です。河原町に車を止めて、歩き出したら、可愛いマカロンや洋菓子のお店「P A T I S S E R I E K A N A E 」を見つけました。あまりに可愛いウィンドウに惹かれ、中に入ると、色とりどりのマカロンが並んでいた。一つ、200円から180円と言う、良いお値段だったので、10個だけ購入。そこから「新福菜館」に行った。京都では一番古いラーメン屋さんで、戦後間もなくから、50年以上の歴史を持っていて、昨年横浜ラーメン博物館にも出店したから、知っていらっしゃる方も多いと思う。ここから巣立った人が日本のラーメン文化を発展させた・・とまで、言われている。パパは、子供の頃から、ここで食べていた。パパの「ラーメンの美味しさの基準」はここ。華僑が開いたお店だそうで、京都駅の直ぐ近くにあるのだが、実は、この新福彩館、オネエがおなかにいる24年前に一度、来ている。つわりで、何も食べたくなかったが、塩辛いラーメンなら・・・と、当時、まだ仲の良かった姑と一緒に食べに行った。そのあと、太秦の映画村に行き、つわりが酷く、トイレでしたたかもどしてしまった苦い思い出の店なのだ。今日は、河原町の方に行った。正直、とんこつが好きな私の好みの味ではないが、パパには、懐かしい味だったようだ。真っ黒いスープは、あっさりした味。麺は細めんだった。そこを出て、先日納骨に来た時に見つけた、新しく出来た「国際マンがミュージアム」に行った。小学校の校舎を改造したとかで、中には古い、レトロな階段もあって、なかなか素敵な建物だった。圧巻は、3階まである建物の、ほぼ半分ほどに書棚がずらっとあり、20万点の漫画の蔵書が普通に置かれ、ミュージアムの中であれば、何処に行って読んでも良いようになっているので、そこら中に椅子が有り、または床に座り込んで、若い人や子供が、一心にマンガを読みふけっている。勿論、中の展示室には、マンガ好きじゃなくても、涙物の原画の展示がある。「おぼっちゃまくん」「どらえもん」などなどから、私が知らない作家の物まで。勿論、手塚治の古いマンガや、不二子不二雄の古い漫画も展示してある。私が行った時は、「地球へ(テラへ)」の特別展が開催されていて、原画があったし、映画「バッテリー」の台本や、出演者のサイン入りポスターなどが展示されて有った。で、広い館内の中、見ていたら、パパとチビとはぐれた。所が、携帯電話を忘れちゃって連絡が付かない。読売国際漫画大賞グランプリの三人展が余りに面白くて、パパに連絡しようにも、どうしようもなく、仕方が無いので、表に一旦出て、公衆電話から連絡したら、叱られました(爆)この三人展の絵がメチャメチャ、つぼに入った。「人生」と言う題の絵。コウノトリが赤ちゃんを運んでいる下の方、はげたかが、白い着物の、白髪白髭の爺さんの襟首をくわえ、反対方向に飛んで行く。その爺さんの両手をぶらんとさせた可愛い姿に思わず、小さな声をあげて失笑。「無関心」と言う題の絵。電車の中、長い座席の端に大人達が座り、真ん中に可愛い黄色い靴を床に並べ座席に上がり、幼稚園児たちが、表をみて、並んでいる。・・・・と開け放たれた窓の前だけが空いている。ふと見ると、そこの下の黄色い靴だけに、遺書が立てかけて有った。これにも、失笑。自分は、こういうブラックユーモアが好きなんだと、今更ながら気が付いた。案外私って、根性曲がってるのかもしれない(笑)さらに面白かったのは、ミュージアムショップ。可愛いお坊ちゃま君のお扇子。あ、可愛い、買おうかな・・と手にして裏返したら、大きなうんち。で、このお扇子、2100円。うんちのお扇子買う人、ちょっと、影に隠れて見てみたいなあ・・と思っちゃった。漫画ミュージアムを出て、さあ、チビが行きたがっていた、京極。でも、少し疲れたので、京極の素敵なカフェに入ったら、美味しそうなマカロンのチェリーサンドがあったので、クランベリージュースと一緒に頂きました。可愛いので、記念撮影。いつも京都に来ると、必ず寄っていく食器やら生活雑貨の素敵なお店「ALBA」今回は、ローズティを購入。さあそれからが、大変だった。チビに、引き連れられて、あっちこっち連れて行かれ、グロッキー。最後は、ちょっと入ったところにある、有名な古着屋さんに連れて行かれた。素敵なアンティークのステンドグラスが、いくつもはめ込まれた玄関から、高い階段を上がって行ったら、有るわ有るわ、体育館のような広さに、お洋服。勿論、チビが喜びそうな、お洋服だから、私には関係ない。もう、足が限界です。そこを出て、預けてあったマカロンを取りに行き、駐車場に戻ったのは7時を回っていた。そりゃ、5時間あまり、歩き続けたのだもん、疲れるはず。駐車場を出て、帰途に着いた。帰りには、滋賀県の1号線沿いにある、12時までやっている可愛いお店に入り、夕食。どうやら、このお店、土地の若い人に人気のお店のよう。確かに、何を食べても美味しかったし、雰囲気もよく、超満足だった。今日は「太郎物語」の日だったこと、忘れていて、鈴鹿峠を越えた所で、丁度始まり、車のTVで見ていたが、電波状態が悪く、参った。それでも、家に着いてから、半分、見られた。何だか、疲れが取れていくみたいだった。あ~、疲れました。次回は、パパと二人で行こうっと。画像は、新福菜館と、ラーメン。美味しかったマカロンのチェリーサンドそれにパティスリー・カナエのウィンドーに飾られたマカロンのオブジェとお店。
2007年08月17日
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午前中、友人と、友人の子供達と一緒に、近くのお店でランチ。高校生のお嬢さんは、ますます素敵になり、今年1年生になった弟くんは、元気、元気。男の子の子供が無いから、なかなか解らないが、もう、本当にじっとしていない元気さ。多分、エネルギーが有り余っているんだろうなあ。ムチムチの柔らかい腕やほっぺが、めっちゃ可愛かった。今度、こういうのに触れられるのは、孫だな(笑)午後から、久しぶりに、家族4人揃ったので、お千代保稲荷に、出かけることにした。ここは、岐阜県にあり、お商売の神様。毎月末から、1日にかけての夜参りも、有名で、水商売のホステスさんや、お店を経営してらっしゃる方が、沢山お参りに来る。ご利益もあるみたいで、御礼の鳥居が沢山建っている。幾つかお参りする社があり、中には、掛けられたすだれに、沢山の名刺が刺さっている場所もある。いつぞや、私は、一つの社の横にある、大きな古木に、細い白蛇がいて、赤い目をした蛇と向かい合ってしまったことがある。蛇は、世の中で一番嫌いなものなのだけれど、その時は、神様のおつかいのように思え、誰一人気付かず通り過ぎていく中、まるで引き寄せられるように気がつき、立ち止まった。家族が「どうした?」と聞くので、「神様の蛇がいる」と言うと、家族も驚き、思わず手を合わせた。その様子に回りの人が気付きだし、大騒ぎになってしまったことがあった。あれから一度も、見ることができないが、他の社とともに、今ではその木にも、手を合わせている。今日は、お盆だし、参道のお店も閉まっているお店が多く、人もまばらだった。ここ数年で、随分、参道のお店も変わった。女の子が喜びそうな、ものすごい数のアクセサリーを扱っているお店やら、可愛い、ヨーロピアン風の小物や小さな家具を置いてあるお店が、古いお店の並ぶ中、新しく出来た。いつものように、入り口で、蝋燭とお揚げを買って、御手洗(みたらし)で手を清め、階段を上がり、蝋燭棟の窓を開け、蝋燭を立てた。本殿にお揚げをささげ、お賽銭を投げ、ニ礼ニ拍手をして、手を合わせた。ここでおみくじを引いて、良いのが出た試しがない。今日も、相変わらずの「凶」。はいはい、身を正し、謙虚にいきましょう。参道を歩いていたら、松茸!!!一船1000円。勿論、韓国産だろうなあ・・・とみていたら、お店の方が出てきて、「もう、店じまいだから、サービスしとくよ」と、何と、3船1000円で良いって。全部で10本以上あるよ!!おまけに、大きな「しょうが」をくれちゃった。お千代保稲荷は、こういうのが、面白いんだよね。キャベツ一個買うと、おナスまでくっ付いてきたり(笑)ここは、お漬物やさんが多い。父はお漬物が好きで、よく買っていたっけ。木曾三川(木曾川、揖斐川、長良川)が近くだから、川魚のお料理のお店が並んでいる。一回、なまずが食べてみたくて入った事が有ったが、から揚げしたなまずは、物凄く美味しかった。そしてもう一つ、ここに来た人が必ず食べる物。串揚げのカツ、土手煮のもつ。土手煮は、赤だし味噌の産地である東海地区の名物らしい。牛のもつを、赤味噌で長い時間煮込んであるのだ。軒並み、お店が並んでいて、皆、店先で、揚がったばかりの串カツを頬張りながら、ビールを飲んだりしている。勿論、奥にちゃんと座れるお座敷もあるが、こうして立ち食いが醍醐味なんだよね。でも、余りの暑さに、今日は、持ち帰り用にパックにキャベツを敷いてもらって、串カツと、土手煮を買って、車の中で食べた。うん!美味しいなあ。松茸もゲットして、気分は上々。木曽川の堤を走ったら、青い空、大きな川、川原に自分達の乗った車の影が映って、最高。空には、入道雲。本当に、今年は夏らしい夏で良いなあ。こうして家族で、出かけられるのは、あと何回だろう。あ~、楽しかった。大切にしたい時間です。画像は、お千代保稲荷。参道の串カツやさんと、大きな海老となまずが動いているお店の看板、それに、川原に車の陰が写って、まるで、絵画のような風景。
2007年08月16日
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午前中、カウンセリング。気持ちは、良好。ただ、まだ、表に出て、人に会うのが、時々だめ。気長に鬱と付き合おう。今日は、終戦記念日です。原宿の若者に、1945年の8月6日は、何の日か知っているか?と尋ねたら、ほとんどの子が答えられなかったと言う。冗談じゃない。日本の教育は、何を教えているんですか?!少なくとも、我が家の子ども達には、しっかり教えてある。幸いか、どうか解らないが、私の父が自分から志願して、14歳の時、行かなくて良いのに戦争に行き、実戦を経験すること無く、終戦になり、これまた、行かなくて済んだのに、自分から志願した為に、4年もの長きに渡り、ロシアの極寒の地、ツンドラ(永久凍土)の地で捕虜生活を送り復員したから、孫達に、しょっちゅうその話しをしてくれ、我が家の娘達は、戦争が何か、考える機会を持てた。このロシア抑留者が、50万人を超えていた事を、多くの人は知らない。50万人といえば、ちょっとした市町村の住民の総数だ。もっと、日本の教育は、良いことも、悪い事も、きちんと後世に事実として、伝えなくちゃいけない。本当に、何やってんだ!!!と叱咤したくなる。戦争を知らない私でさえ、こんなに腹が立つのだから、今ご存命の戦中派、特に、戦争に行った方は、どれほど悔しい思いをなさってらっしゃるだろう。戦争が始まった日と原爆の落ちた日、終戦の日くらい、きちんと子ども達の頭に叩き込んで欲しい。午後から、髪を切りに行った。お盆休みで混んでいるだろうと思ったら、空き空きだった。ラッキー!!髪の毛を切る美容院と、染めていただく美容院を分けている。切ってもらうのは、娘達の行っている美容院。かなり、大掛かりに支店展開している美容院で、本店はこの団地にあり、経営者の方も、この団地に住んでらっしゃる。奥様は、長いこと、お子さんの留学と共にヨーロッパに住んでらっしゃって、今は、帰国し、ちょっと離れたところで、アンティークのお店を開いてらっしゃる。本店に行けば良い・・・と思われるかもしれないが、そこは特別な美容院で、料金が、メチャメチャ高い。何故なら、建物はヨーロッパのレンガ造りの小学校を解体し、船でそのまま輸入し建てた建物で、「高級」を形にしたような美容院なのだ。この団地のシンボルのように、夜はライトアップされ、そりゃー素敵な建物で、知らない人は、これが美容院とは思わないだろう。まるで、古い美術館のようなのだ。中には2~3度入った事がある。美容院に行ったのではなく、中でチェンバロのサロンコンサートがあったり、アンティークの展示販売があった時に、入った。中も、アンティークな造りで、本当に素敵な建物。出来た頃、母が暫く通っていたが、カットだけで、普通の美容院の倍以上のお値段だったので、母もそのうち、行かなくなった。時々、広々とした芝生のお庭と建物をお散歩がてらに見に行くと、他府県ナンバーの外車が止まっている。そこの支店で切ってもらったが、長さはそう変わらないようにしてもらい、私は髪が多いので、梳いてもらった。大分軽くなりました。これで、土曜日に染めてもらう事になっているから、綺麗になって、嵐君のコンサートにいけます。髪は女の命ですからね!
2007年08月15日
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昨日の疲れから、今日、本当は10時ごろ、お墓参りに出発の予定だったのに、家を出て、母を迎えに行ったのはお昼過ぎだった。まず、父の方のお墓に。こっちは、娘達の学校の近くの高速を降りて、どんどん、田舎の方の行くので、車窓からの景色が素敵です。稲穂がそろそろ色付きがはじめていて、収獲の秋までもう少し。日差しが物凄く、サングラスをして、車用の日よけを忘れてしまい、タオルで、日が当たる場所を覆っていた。父の実家のお墓の周辺に、最近、名古屋のある場所から、大きな会社の工場が移転する事になり、1万人が来る・・・と言う事で、土地の買占めが続いているそう。不動産会社をしている友人が、「昔からの知り合いのところに、次々大手のマンション業者から、土地を売ってくれって、電話が入っているそうよ」・・言っていたっけ。でも、このあたりの人は、先祖代々の土地は手放さない。案の定、そういう話を聞いていたので、随分、アパートやら建って、風景も変わってるかもなあ・・・と思い行ったが、そう変わっていなかった。4基の古いお墓に次々お花を供え、お線香をあげた。今日は、オネエは学校、チビはバイトで、パパと私と母だけのお墓参りになった。日差しが凄いので、お花の入った花立てにお水がからからで、直ぐにお花がしおれちゃいそうだった。たっぷり、水をあげてきた。さあ、次は、母の実家のお墓です。唯一、私が大学生まで生きていたお爺ちゃんが眠っているお墓。以前にも書いた事があるが、母方の祖父は、校長を歴任し、引退後はアララギ派の歌人として名を馳せ、おとなしい学者タイプの人だった。そんな人が、イチゴが大好きな私のため、毎年、イチゴ畑を作ってくれ、東京からこちらに来てから、私がイチゴを摘みに行くのを、唯一の楽しみにしていてくれた。高校生の頃、お爺ちゃんの家に行くと、寡黙な祖父は、べっこうの眼がねの奥の優しい目を細くして笑顔で迎えてくれ、「これに一杯、取っておいで」と大きな籠を渡してくれた。本当に、籠一杯にイチゴを取ってきて、おなか一杯イチゴを食べ、残ったものは、ジャムにするため、貰って帰ったものだ。祖父が亡くなったのは大学生の頃。家に帰ると、いつも明るく電気がついていたのに、真っ暗で誰もいなく、どうしたのか・・・と思っていたら電話があった。出ると、父の声で「Iか?今、お爺ちゃん、亡くなったよ」「え?どうして?」「車で轢き逃げされてなあ・・」後は、私が泣いたので、用事だけ言うと、電話は切れた。病院に駆けつけた両親は、ただ、担架に寝かされただけで、手の施しようが無い祖父と対面したそうだ。母の妹、私の叔母の家に自転車で行った帰りに、鈴鹿サーキット近くで、轢き逃げされたそう。そんな事が無かったら、まだまだ元気に過ごせていた人だった。玄米食を続け、健康で、相変わらず書物に囲まれた生活を送っていたはずだった。お葬式は、お参りのお客さんが途切れる事がなく、弔電を読み、初めて、お爺ちゃんは凄い人だったんだと知った。そして、程なくして、国から勲四等の勲章を頂いた。でも、そんな物は、家族には何もありがたく無かった。轢き逃げ犯人は、翌日、上司に付き添われ、出頭してきた。その祖父の眠るお墓も、炎天下のお墓で、物凄い暑さの中、お墓参りした。あの日、お爺ちゃんの組まれた手のつめには、土が入っていて黒く、その手を見た途端、イチゴを大切に育ててくれていた事を思い出し、泣いた。母を実家に置いて、パパと遅い昼食を食べようとしたら、母から電話。叔母たちが、出かけていて、お嫁さんしかいないので、迎えに来てくれと言う。まだお店に入る前だったので、すぐに迎えに行き、また、そのお店に戻った。ちょっと面白いお店で、このあたりでは有名らしく、TVに出た写真やら飾ってあった。どうもシフォンケーキが有名らしかったので、食事をしての帰りに、30種類くらいあったシフォンケーキの中から、メープルシフォンを買って帰った。夕方、帰宅。無事、お墓参りが終りました。後は、京都のお墓参りです。あ~、暑かった・・・。良いお天気に入道雲です。
2007年08月14日
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「シャングリラ」が、上演されるのは、勝手知ったるレインボーホール。子ども達が、小さな頃は、毎年「ディズニーオンアイス」に行き、ここ数年は、嵐君の公演に毎年足を運んでいる。何処のトイレがすいてて、何処が涼しいかも、承知。4時開演なので、駐車場のことを考え、早めに出た。嵐君のコンサートは、電車で来る人が多いから、駐車場も空き空きなのだが、ユーミンのコンサートに来るような人は、大人が多いし、男の人も多いだろうから、絶対、車で来る。案の定、2時に家を出て、丁度良かった。家から、大体40分で来る。駐車場に車を入れ、混んでる入り口を避けて、裏から入り、空いてるトイレを使い、グッズ売場に行った。ああ、いつもここは若い女の子が一杯の光景しか見ていないが、今日は、何と何と、クレジットカードOKのテントの売場もある。さすが、大人のコンサート。ユーミンのグッズは、物凄くお洒落だった。パンフレットも、素敵なカバー付き(昨日のブログの写真のです)で二冊。シルバーのネックレスから、ユーミンお薦めの、鎌倉の有名な洋菓子屋さんのクッキーは、シャングリラの缶入り。勿論、団扇は、ユーミンの顔写真じゃなく、今回のテーマ「ドルフィン」の透明団扇。それにお買い物用のエコバックまであって、年を重ねた女性であるユーミンらしい、心遣いが嬉しい。お決まりのストラップ、キーホルダー、ミラー、ポーチ入りのハンドタオル、ご当地タンブラーなどに、Tシャツも、子供の者から夫人用、紳士用、何と赤ちゃん用のロンパースまであるよ!!パパは、黒に銀の模様に、小さな黒のスワロフスキーの十字架が付いたキャップが気に入って、ご購入。結局、パンフレット、クッキー、キーホルダー、団扇を買った。嵐君のように、裸のままじゃなく、凄く素敵な大きなしっかりした厚みのビニールの袋に入れてくださった。これでなくちゃなあ。まあ、チケットも、嵐君の倍のお値段だから、当たり前か(笑)開場になったので、中に入った。四隅に、大きなオブジェが飾ってあって、真ん中、嵐君のコンサートだと、アリーナのど真ん中に、まるで、相撲の土俵のように、丸く、立体的な舞台があって、その周囲の二箇所に天井まである階段。ずっと、スモークがたかれていて、余りよく、舞台が見えない。少し残念だったのは、4時になっても、なかなか皆、席に着かず、通路を歩く人が多かった事。嵐君の時は、うるさいくらい、早く席に着くよう、放送がある。でも、理由は解った。トイレが異常に混んでいたのだ。娘達は、後ろの方にもう一箇所有るのを知っていたので、そっちに行かせたら、空いていたそう。やはり、観客は、家族連れ、それも、かなり年配の方から、中学生くらいのお子さん連れの方や、我が家のように、青春をユーミンと共に過ごしたご夫婦が、子ども達を連れてきていたり、ご夫婦だけの方も一杯。大人のコンサートって感じかな?アリーナ席は、その土俵を挟んで、両側。私達の席は、スタンドだったが、直ぐ下が舞台で、結構、ここ、見やすいかもしれないです。ユーミンが、上に上がってきたり、サーカスがあるから、空中ブランコなど、目前かもなあ。今回の公演には、シンクロの武田美保さんと、金メダリスト、ヴィルジニー・デデューの素晴らしい競演がある。それに、国立グレートモスクワサーカス団、ロシア選抜シンクロチームが参加している。やっと放送が入り、暗転。中世の婦人のようなパープルのタフタの生地で出来たロングスカートにジャケット、お帽子をかぶったユーミンが、大きな花束を抱えて登場。その花束を、ピアノの上に置いて、歌いだした。29年ぶりの、ユーミンの生声。不覚にも、涙がこぼれた。貴女の歌を聞いたあの日から、随分、年月が流れ、もう、私は若くは無く、貴女も、若くはなくなってるね。本当に、いろんなことが、走馬灯のように目前に浮かび、やっと今日、また、会えたね・・・。そう思ったら、涙が自然と出てきてしまった。パパも同じ思いだったらしく、「泣けてくるなあ・・」。さあ、シャングリラ、夢の理想郷の始まりです。うわ~、いきなり、ユーミンが座ったピアノの外周に、プールが現れた。そして、美しいシンクロナイズドスイミングが、繰り広げられた。凄い嵐君のように、セットリストが全コンサート終了後まで発表されなかったりしない。そこは大人のコンサート。正式に、すぐに発表された。 1 グレイス・スリックの肖像 (1981)ユーミンのピアノの弾語り、途中からバンドの演奏 2 Happy Birthday to You(1991)ユーミンのご挨拶。「皆様を、シャングリラにご招待します。シャングリラの住人たちも、痺れを切らしているようです」と言うと、可愛い衣装のピエロ達が出てきて、舞台の上に鉄棒をあっという間に組み、アクロバット。 3 ようこそ輝く時間へ わぉ。上から、大きな、大きな、バルーンが、降りて来て、私達の頭上から、下に落ちていく。赤、青、黄色、皆、手を伸ばして、下に送っていく、皆が参加出来る演出。4 ハルジョオン・ヒメジョオン ユーミンは、輪っかにデデューたちと一緒に乗って、上空に上がりながら、歌っている。この曲が流れ始めたら、またまた、パパが「たまらないな~」私も、涙目で「うん」5 インカの花嫁 (1991) 女性ダンサーだけで水のダンス、少し浅い水たまりのような状態で、ダンサーたちの踊りに、水が、はねるはねる。勿論、それも計算済み。凄い!! 6 朝陽の中で微笑んで (1976) 上空では、綱渡りが始まっていた。途中から、下では、ユーミンのいるところだけ、水がなく、回りは深いプールに変身。シンクロが行われていた。綺麗!!7 時のないホテル (1980)白い板の上にピアノが置かれ、ユーミンは上空にピアノと共にあがっていき、天井の中に消えた途中、サーカスのパフォーマンスで、上空から、下に飛び降りた!! 衣装を変えたユーミンが、天井から螺旋階段に登場。8 BABYLON (1985) プールの中で、物凄く綺麗なシンクロ。1人1人が、貝殻のような大きな白い物を腕につけ、シンクロするから、お花に見えたり、ほんっとに、綺麗!! 9 12階のこいびと (1978) サーカスのメンバーが、1人ユーミンの弾くピアノの上で白い薔薇を使いながら、アクロバットを披露。10 別れのビギン (1997) 11 Delphine (1995)最高の見せ場だろう、デデューと武田のシンクロ。 12 Northern Lights (2002) 構成は、3部になっていて、1部はシャングリラに皆をいざなう。そして2部は、派手な演出。そして、3部は、そろそろ、理想郷は、幕を下ろそうとしていた。ユーミンのMCがあった。13 時はかげろう (1990)これは凄かった。途中から、中央の丸いステージが上昇し、回りに 水のダンス。 14 SAVE OUR SHIP (1990)ユーミンピアノソロ男性が捧の先に付いた小さなボールだけで、アクロバット演技。最後はユーミンととも上昇して消えた 15 SHANGRILAをめざせ ユーミンは、上から登場。 空中ブランコ パーカッション&ドラムのソロが凄かった。16 真夏の夜の夢 (1993)物凄い、盛り上がり。白い衣装のユーミンが、踊る踊る。ダンサーが全員出て来た感じ。ユーミンのいる中央の舞台が上昇し、回りにダンサー、その外側は、プールになって、噴水がユーミンの立っている舞台の端からプールに 落ちた。ここが最高の山場。一旦暗転し、すべての出演者がいなくなり、会場には、アンコールの拍手。随分長いこと、続いた。嵐君なら、もうとっくに、出てくるのになあ(笑)アンコール曲 人魚姫の夢 これ、会場の表で、係員が一生懸命宣伝してた新曲だ(2007) アンコール曲 Carry on (1992) ユーミンが、1人1人のメンバーを紹介(サーカスメンバー45名・シンクロ9名・武田美保・バンドメンバー・コーラス)総勢60人以上の出演者が、何重にか並び、手を振ったのち、シンクロチームは、プールの中に消えた。 静かな音楽が流れ、一人残ったユーミンがバラの花束を水面に置く デデューのシンクロソロ が暫く続き、消えた。凄かった。本当に、凄かった。シンクロの技術も、サーカス団の演技も、凄かった。そして、ユーミンや、出演者だけでなく、照明の技術も素晴らしかった。正に、そこにはシャングリラがあり、自分もそこの住人になった気にさせてくれた。何より、今回、感心したのは、ユーミンが、歌が上手くなっていた事。そして、私が年を重ねたように、ユーミンも年を重ね、あんなに、スリムでスレンダーだったのに、ふっくらした体になっていた事が、少し嬉しかった。これは、女の勲章だね。53歳のユーミンと、52歳の私。何だか、とても近い感じがしたよ。そして、強く感じたのは、彼女は本物のエンターテナーであり、これは、プロフェッショナルなショーであると言う事。見て、見られて、本当に良かった。夢のような時間はあっという間に過ぎた。瞬間的にプールになったり、舞台になったり、凄い装置だった。最後までわからなかったが、パパはすぐに、その仕掛けが解ったらしい。「小さなな穴が開いてるんだよ。だから、舞台が下がれば、すぐにプールになるし、上がれば、全く水分のない舞台になるんだよ。素材は、ゴムか、強化プラスチックかな」「なーるほど」でも、天井に消えたユーミンが、次に、下に衣装を替えて現れたのは、解らなかったなあ。楽しかった。本当に楽しかった。嵐君のコンサートとは、また違った面白さだった。場所も良くて、ほとんど、ユーミンはこっちを向いて、歌ったり、しゃべったりしてくれた。表に出ると、広場に、セットリストの書かれた看板と、写真が掲示されていて、自由に撮影して良いようにしてあった。この心使い、さすがに日本一の女性シンガーです。懐がデカイ!!で、上のように、撮影しましたが、携帯で撮ったので、ボケボケです。こんなサービスがあるなら、デジカメ持ってくりゃ良かった。駐車場を出て、近くのファミレスで夕飯。夜9時過ぎ、帰宅した。今日は、興奮して、眠れそうもないなあ。
2007年08月13日
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今から8年前。私は、このショーに行きたくて行きたくて、仕方が無かった。しかし、時間的にも、金銭的にも、精神的にも、タイミングが合わず、とても悔しい思いで、諦めた。そして、4年後、私は、介護と看病と、鬱の真っ只中で、この公演が、また、日の目をみて上演されたことを、まるで、夢に中みたいに雑誌で知った。そしてまた4年が経ち、今日、やっと、本当にやっと、この公演に行くことが出来た。「ユーミンスペクタクル シャングリラ」。余りの巨額が掛かる事と、準備に十分な時を擁し、4年に一度しか上演されない、奇跡のショー「シャングリラ」に、今日、行くことが出来た。松任谷由実、いや、あえて荒井由実。私の青春そのものだった。私より、一つ年上で、生まれも、八王子と言う、私の育った吉祥寺と同じ中央線沿線の町の、呉服屋さんの娘。映画監督らと、付き合いのあった母親を持ち、中学生の頃から、湘南に遊びに行くような少女で、デビューしてからも、独特の美意識を持つ彼女は、美大生になった。美大の日本画科を出た彼女の卒業制作の作品は、本当に、優しく、力強く、上品で素晴らしいものだった。私が彼女を初めて知ったのは、高校生の時。荒井由実。彼女も高校生だった。私が中学生の頃、夢中になって追っかけしていたGSの「タイガース」。そこから逃げるように脱退した加橋かつみが、パリから帰国し、初めて出したアルバムに曲を提供した。「愛は突然に…」と言う曲。まだ、ユーミンはデビューする前。加橋かつみとは、当時、大変なセンセーショナルな話題を呼んだ、「ヘアー」と言う、世界初の「ロックオペラ」が、日本でも日本人により上演される事になり、そのオーディションに加橋が合格し、出演とあいなり、その当時、ユーミンの回りに、「ヘアー」に出ていた小坂忠や、はっぴいえんどと接点が出来、そして、ユーミンが、最初に世に出した曲が、この加橋に提供した「愛は突然に・・」だったのだ。この事は、余り知られていない。このミュージカル「ヘアー」は、当時フィフス・ディメンションの大ヒットした「アクエリアス」も生んでいる。そして、日本では、後にはっぴいえんどの解散コンサートに出演した小坂忠も合格しており、「はぴいえんど」のメンバーに決まっていた彼ははっぴいえんどに参加できなくなり、彼の代わりに大瀧詠一がはっぴいえんどになった事も、余り知られていない。そして、ほどなくして、ユーミンは「荒井由実」としてデビューした。ユーミンのデビューには、私が大好きだった「はっぴいえんど」のメンバー達が、関わっていたから、自然、ユーミンが、私の「一番」になるのに、時間はかからなかった。思い出が、一杯ある。まだ、デビュー間も無い頃、名古屋の公会堂に来た時の事。昭和初期に建てられたアンティークな作りの公会堂で行われたコンサートは、満席・・・と言うわけには行かなかったが、そのレトロな作りを、美大生のユーミンは、えらく気に入り、舞台の端に腰掛けたり、客席に降りて来て、握手してくれたりした。ミニスカートで、座ったものだから、前の方の席の男の子が顔を赤らめ、気付いたユーミンが、「わぉ、特別料金貰わなくちゃ」なんて言ったり、ものすごくアットホームなコンサートだった。そして、何年か経ち、ユーミンは、爆発的に売れ出し、出すアルバム、アルバムすべてミリオンセラーになった。私が最後に生のユーミンを見たのは、今から29年前。このコンサートも、思い出深いエピソードがある。この日のコンサートは、当時、お付き合いしていた人と、友達のカップルと、4人で行くはずだった。しかし、私達は、それよりひと月前から、雲行きが怪しくなっており、会わない日が、続いていた。私は、行くのをやめようか・・とも思ったが、友人に励まされ行った。多分、来ないだろう・・と、最初から諦め、友人カップルと一緒に並んで座っていたら、辛そうな表情をし、彼がやって来て、私は全て悟った。そして、その日のユーミンのコンサートは、忘れられないコンサートになった。「どうして来たんだろう」とユーミンの歌を聞きながら、ずっと、思っていた。気まずい雰囲気の中、友人のカップルの明るさが、救いだった。しかし、コンサートが終った後、彼が言ったのは、やはり、「きちんと、さよならを言えていなかったから」だった。正直、その時は、あまり辛くはなかった、多分、予想できていた事だったからだろう。むしろ、コンサートに来た事に、驚いていた。帰りに、駅まで送ってくれた車は、まだ順調なお付き合いの時に、一緒に選んだ車だった。勿論、BGMも、ユーミンだった。駅に着いて、就職したばかりの彼に「元気で頑張って」と言う私に「本当に、ごめんなさい」と言った彼の顔とともに、忘れられないコンサートになった。辛くなったのは、それからで、その日から、暫く、食事が咽喉を通らなくなる日が続いた。本当に、青春の1ページだった。そして、私はまた恋をし、結婚し、母親になった。偶然にも、夫になった人も、ユーミンは自分の青春の全てだと言う人だったから、結婚して、ユーミンのレコードは、二枚づつ我が家に揃ってしまった。それから25年の月日が経った。ユーミンは、ますます活躍の場を広げ、私は、妻として、母親として人生を送ってきた。時々、TVで見る彼女は、ゆるぎない日本の第一線の歌手として、アーティストとして、大きく成っていった。デザイナーだったパパは、ユーミンのCDのジャケットをデザインするのが目標で、頑張っていたそうだ。今は、田舎の小さな企業のおやじと、その女房になったが、ユーミンへの思いは、お互い変わらない。そのユーミンの渾身の企画「シャングリラ」を今日は、私達夫婦と、大きくなった娘達を連れて、みてきたことは、私の中では、大きな意味があったように思う。さてさて、内容は、勿体無くて今日は書けないから、明日、また。
2007年08月12日
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12月10日にお祖母ちゃんが亡くなって、今日で8ヶ月が過ぎた。何だか、凄く時が経ったような気がしているのは、私だけだろうか・・。快晴。入道雲がわきあがる空。暑いが、本当に夏らしい夏で、ここ数年、なかったように思う。今年は、昔のように、梅雨らしい梅雨だったし、夏らしい、酷暑の夏。暑いのは嫌だけど、こういう、四季のはっきりしている年は、何だか気持ちがワクワクする。関西から来た義弟一家と母と、お寺に行った。お経を上げていただき、法話を聞かせていただいた。面白かったのは、その法話の中、お坊さんが「今で言う、超能力者だったんですな~」と言う言葉。このお坊さんは、御歳80歳を越える方だが、非常に合理的なものの考え方をなさる方で、お話も面白い。建前を言うお坊さんの多い中、本音しか仰らない。暑い時は、暑いと仰り、眠い時は、眠いと仰る。ご自分で修行が足りない・・・と仰るが、何の何の。私は、このお坊さんが大好きだ。人って、煩悩の塊で、それを認め、付き合ってこそ、その人の魅力になると思っている。お寺を失礼し、久しぶりに、ちょっと離れたフランス料理のお店に向かった。我が家一家と、母、それに義弟一家だけだったので、お料理屋さんの決まりきった和食より、折角、皆が揃ったし、親戚の年配の方がいなかったし、美味しい物が良いね・・・とここにした。親戚は、京都がほとんどなので、このお盆の車が渋滞する中、来ていただくのは申し訳なく、お墓は、京都にあるので、お参りをお願いして、今回は、お呼びしなかった。お盆だからか、お店のお客さんは、私たちだけだった。貸切状態。ここは、コーラス部の集まりで、何回か使い、夜のディナーも、誕生日やら結婚記念日やらで、何度か訪れている。気の置けない人ばかりの中、和やかに食事した。聞けば、高校生の甥っ子が、最近、映画やTVドラマのエキストラに出ていて、つい最近、タケシと小林稔侍さんと、ラッシュアワーの電車の中のシーンで、二人に挟まれたそう。感想を聞いたら、「緊張してわからなかった」。これには、そこにいた皆、爆笑。そのうち、誰かに認められて、デビューできるかな?義弟一家も、今、家を建て直していて、仮住まい。聞けば、うちが出された予算の半額以下だそう。どうしてそうなったのか、色色勉強のため、聞いた。な~るほどだった。外構にお金がいっていない事もあるが、個人の設計事務所にたのんだそう。うちも、もう一回、考えて見ないとなあ・・。肌に痛いほどの日差しを浴び、表に出た。義弟一家と帰ってきて、途中、母を送り、お土産を渡し、一家は帰って行った。我が家の初盆は、終りました。今度は、お墓参りね。今日から嵐君は、広島公演。きっと、原爆が落ちた日と同じように、暑い夏の広島なんだろうなあ。明日は、楽しみにしていたある公演に行きます。嵐君より一足先に、名古屋の公演場所に入ります。楽しみです。
2007年08月11日
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明日は、お祖母ちゃんの初盆。お仏壇に供える花やら、砂糖菓子、お寺さんに持って行く、お供えやら果物を、買いに行くついでに、髪を洗ってもらった。明日は、嵐君達は、広島公演。今頃、もう、広島入りしているだろうか。夜、偶然にも、広島が舞台のかの有名な、「はだしのゲン」が初めて実写で放映された。私は、この原作を読んでいない。・・・・と言うより、読めずに途中で断念した原作だった。「はだしのゲン」と聞いただけで、胸が痛くなる思いをした。たしか、少年雑誌の漫画が、原作だったように思う。丁度、この原作が書かれたのは、長崎で原爆資料館を見た頃と重なったからだ。単行本になった後も、手に取って少し読んでは、置いてしまった。それからは、「南極物語」同様、私の中で「痛い」物として「はだしのゲン」はあった。今回、実写でドラマ化されることは知っていた。我が家では、チビが、全巻読んでいて、その内容に、「お母さん、多分、見たら泣いちゃうよ」「これでもか、これでもかって不幸になるんだよ、本当に救いようが無いくらい」。チビの言葉に、やはり、見るのを辞め様かなあ・・・と思ったが、昨日、原爆資料館のことを偶然にも書いたし、これは、見なければいけません・・と神様が出した宿題の一つかもしれないと思い、見た。痛かった。やっぱり、物凄く、心が痛かった。クラスメートだけでなく、教師からのいじめの経験もあるから、原爆が落とされる前のゲン一家を見ていて、心が痛かった。今日は前編だけだったが、後半は、泣きながら見た。一緒に見ていたオネエは、ティッシュを握り締め、号泣してしまっていた。この「はだしのゲン」を反戦の物語ではなく、人の心に住む鬼を描いた物だと言う評論も読んだ事がある。確かに、「原爆」と言うものに見舞われ、良い人ばかりではない中、生き抜いていくであろう一家を描いている。極限の状態になった人間が、冷静に、純粋に生きる事の難しさを描いた物だと、私は前編をみて思った。前編に既に原爆投下を描いたのは、その後の一家の過酷な生き様が、後半に描かれるのであろう事は、予想が付く。昨今、漫画原作のドラマが多いが、これは、漫画を超える漫画だと思う。今まで封印していた「はだしのゲン」。全巻、読んで見ようかな?多分、もっともっと、心が痛くてたまらなくなるだろうけれど。日本の政治が、今、変わろうとしている。どう変わるのか、そう変わらないのか、もう、全く解らないが、全世界から、核が無くなるまで、何度も、こうして人々の心を痛くして欲しいと思う。折りしも、今朝のニュースで、日系アメリカ人の監督が作った原爆の映画が、全米のTVで放映されたことが報じられた。見たアメリカ人は、原爆によって、日本がどうのようになったのか、初めて知る人が多く、とてもショックを受けているようだった。泣きながら「私達の国が、こんな酷いことをしていたなんて・・・」また「原爆を落とした事によって、戦争が終わり、アメリカ人も、日本人もそれ以上の死者が出なかったと言うのは、詭弁でしかない」などの意見が出ていたのをみて、もっともっと、大勢の世界中の人たちが、これを見てくれると良いと、つくづく思った。「はだしのゲン」、明日は、後半です。また、しっかり眼を開いて、見ようと思う。
2007年08月10日
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また、今年もこの日がやってきた。高校の修学旅行は、九州一周だった。その際、長崎の原爆資料館やら、平和公園にも行った。だからなのか、広島より、現実自分の目でみてきた長崎の原爆記念日の方が、ああ、今日、原爆が落ちた日なんだ・・・と言う実感がある。今から、もう、30年以上も前に見た資料館の展示物の数々だが、鮮明に私の中に残っている。今は、建て直され、同じ展示物があるのか、解らないが、当時の資料館は、一階から順に見ながら上に上がって行き、二階を見終わって、皆三階に上がっていくのだが、あまりの悲惨な展示物に、それ以上見られなくなり、止まらなくなった涙が恥ずかしくて、二階のベランダに出た。私と同じように、気分の悪くなった友人やら、泣いてしまった友人達と、そこにそのままいて、結局、それ以上、見学ができ無くなった。大変なショックだった。展示物の中に、大きな大谷石の階段があった。瞬時にその命を奪われ、石段に人のいただろう黒い影が、残っていた。ものすごく、ショックだった。人の命が人生が瞬時に奪われ、その人のいた痕跡が、ただの黒い影になって石に残っている・・・・。家族も、恋人もいたかもしれない、子供を持った女性だったかもしれない。そんな人の命が、ただの黒い影になったのだ。ひしゃげたアルミの御弁当箱には、炭になったご飯が残っていた。白黒の写真が何十枚も展示されていたが、この写真を撮った人の、必死でシャッターを押した様子が、目に浮かんだ。白黒だから、幾らか、悲惨さが軽減されていたが、あれが、カラー写真だったら、直視できなかっただろう。顔の皮が、まるでビニールのように、垂れ下がってしまった人の顔。半身、洋服も溶け、ただただ肉の塊のようになった、人の肌。累々と並べられた、ひじや、ひざが曲がった黒こげの人体。その手は、空に向かっていて、「悲惨」を形にすると、こんな風景なのだろうと思った。。今も、鮮明に私の中で、残っている画像。つい最近、アメリカが残したカラーの写真を見たが、そこに写った悲惨な光景は、まるで今そこに有るように、生き生きとしており、60年以上経った今も、目を背けたくなるような写真ばかりだった。資料館を出て、平和公園で、集合写真を撮った。皆、顔が曇っていたのは、資料館から出たばかりだったから。感受性の強い年齢だったから、そこに書かれた「安らかにお眠り下さい」の文字に、資料館で今見てきた数々の原爆の傷跡が目に浮かび、皆、号泣していた。あの年齢に、あの資料館にいけたことは、私に、強烈な反戦の精神を植えつけてもらったと感謝している。我が家の娘達は、オネエは、広島研修に高校生の時連れて行ってもらっているが、チビの時は、学校の方針とやらで、別のところに行っていて、まだ見ていない。近いうちに、是非、見に連れて行ってやりたい。反戦と言う意味でなく、私がもうひとつ、是非、行きたいところがある。それは、九州の鹿児島にある知覧。そこにある、特攻平和記念館。知覧から飛び立ち、空に散った特攻隊員の、顔写真と名前、遺書が、展示されているそう。16歳から20代前半の若者達が、行きの燃料だけ積み空に飛び立って行った地だ。嵐君を好きになるうんと前、多分、ニノが嵐になる前だろう。偶然にも、ニノが少年兵で、特攻隊員の役をした「二十六夜参り」と言うドラマを見た。向日葵だったか何だか忘れたが、特攻隊員が出撃する時、その海岸の崖の上に、花の種を特攻機から蒔いた。50年経った今も、その花は咲き続ける・・と言う話しで、最少年兵のニノが、出撃する前夜、夜中に、出撃するのが恐いと泣くシーンは、胸が痛かった。今年、実話を映画化された「俺は、君のためにこそ死に行く」は、予告だけで、泣いてしまったから、ちゃんと見られる自信が無く、結局、見なかった。DVDが出たら、見ようと思っている。「僕、まだ19だから、後の人生、おばちゃんにあげるよ」と明るく言われた、知覧で沢山の特攻隊員に慕われ、食堂を営む鳥濱トメさんの辛い思いを慮ると、たまらない気持ちになる。知覧、必ず、訪れたい地だ。反戦の気持ちは、言わなくても、声を出さなくても、こうして、悲惨な傷跡を見れば、強烈に心に芽生える物だ。いつか、人の母親になる娘達の心の中にも、一生消えない反戦の気持ちを、人の親になる前に、心に植えてやりたい。これは、原爆を落とされた唯一の国、日本の母親としての使命だと、強く思う。原爆で亡くなった方に、合掌。
2007年08月09日
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昨日、パパから、植木屋さんのIさんが、今日、来てくれると聞いた。Iさんは、朝が早い。昨夜も足がつって、夜中に飛び起き、今朝は、あまりの痛さに、ベッドから転げ落ち、左足の膝っ子増を擦り剥いた。全く、何なんだ!!私の足!!ピンポンと呼び鈴。きっかり8時。まだ、朝ごはん前。一応、ご挨拶。豆乳を一杯飲んで終わりの朝食だけど、薬を飲まなくちゃならない。それに、お菓子のようにあるサプリメントも。歳を取るとあまり量が食べられないので、健康のため、栄養補助が大変です。玄関横のジュンが吠えるので、裏の駐車場の柵に繋いだ。ジュリアンが大騒ぎ。暫く、2匹で騒いでいた。10時にお茶を出して、お3時にもお茶。本当はね、物凄く暑いから、おしぼりを冷たくして、出して差しあげたかった。でも、出来なかった。これをパパが言うんだよね。「したい事と、出来る事は違う」って。以前は、出来ない自分を許せなかったから、鬱になっちゃった。今は、この言葉を言う。言霊が、心を落ち着かせる。午後、ちょっと表に出たら、足の踏み場もないくらい、木の枝やら、草やらで、門扉から玄関までが埋まっていた。これに、斜面の草だから、そりゃ、4トントラック、二杯分になるはずだよね。到底、素人には、無理ってもんだ。こんなに沢山の木があるから、毎年、6月になると、下水が詰まる。根っこが、下水の土管の中で絡まるのだ。この家は古いから、下水がコンクリートで、コンクリートは根っこを通しちゃうのだ。でも、今年は、どういうわけか、大丈夫だったなあ。リフォームの項目に下水も入れてある。毎年、何万円も下水処理業者に払っていた。高いんですよ、下水のつまり直しって。いつも、2日掛かるから、夕方、植木屋さん?庭師さん?は帰って行った。また、明日来ます・・・と言い残し。高い木はほとんど、綺麗になった。すっきりです。最近は、物干しのさおに、藤のつたがからまって、私が横浜に行っている間の2日間、皆、出かけて、雨戸を開けなかったらしく、私が帰宅した翌朝、雨戸の戸袋に藤の枝がはびこって、雨戸が上手く入らなくなってしまうくらい、この季節は、植物の成長が早い。その枝も、元を切ってもらったようで、夕方には、しおれていた。今日は何だか疲れちゃったので、簡単な物にしようと、お肉を買いに行って、しゃぶしゃぶにした。お野菜を沢山食べたかったので、もやしと、モロヘイヤと、えのきを一杯入れた。しゃぶしゃぶ、美味しいです。明日も、朝が早い。早く寝ましょう。
2007年08月08日
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月一の診察の日です。何故か物凄く混んでいた。何故だろうか・・・・・。精神疾患の患者には、自立支援医療費として、診察料が控除される。私のような、鬱病は、その対象になっている。勿論、非課税世帯や、課税世帯の違いなどがあるが、多分、その更新の時期が近いので、混んでいるのかもしれない。最初にこの制度に申し込む時、とても抵抗があった。所謂、精神障害者と、一くくりにされた「支援法」だからだ。それが嫌で申し込まない人も、いる。外見的に、普通に生活できている人と、そうでない隔離された人が、一くくりになっているからだ。だが、私のように、長期に渡って治療が継続されている人には、医療費は、かなりな負担になる。血液検査など、何の役に立つのだろう・・・と不信に思うが、これをすると、軽く5千円を超えるのだ。毎回、2千円以上の治療費と、1500円前後の薬代金は、結構な負担になるから、医師の方から、自立支援法があることを教えられた。最初の頃は、毎週の診察と、カウセリングだったから、月の医療費は、内科も含め、軽く2万円を超えていた。だが、これを申請し、認可されたら、精神科の診療費は、何百円の単位になった。今回、嬉しかったのは、前回申請した時、医師の診断書の他に「『重度かつ継続』の意見書」と言うのが、添えられていたが、今回、診断書には、是が無かった。つまり、鬱が大分、快方に向かっていると言う証拠だ。薬を飲まないようになるまで、まだまだ、時間は掛かるかもしれないが、快方に向かっていることが、回りからも、理解する事ができた。嬉しかった。まだ、あまり表には出られない。抗鬱剤を服用できないから、なかなか治らない。酷く落ち込んだり、死にたくなったりする事はもう、無くなったが、まだ、治っていないなあ・・・と時々思う。嵐君に元気をもらって、家族に感謝して、少しずつでも、快方に向かっているのだから、あせるのは、辞めよう。病院の帰りに、買い物をした。久しぶりに、どっさり。ついでに、郵便局に行ったり、本屋さんに寄ったり、午後はずっと表にいた。昔なら、考えられなかったなあ。今日は、何を作りましょうか。美味しいもの、食べたいなあ。
2007年08月07日
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昨夜夜中に「トランスフォーマー」のメーキング番組が放映されていて、面白くて、最後までみてしまったので、今朝は眠い。まだ、パンフレットをみていないが、ほとんど、CGだと思っていたに、この監督は実写にこだわり、車が吹っ飛ぶシーンや、ビルが壊されるシーンなど、全て実写だった事が解った。主演の俳優さんが、監督がインタビューに「俳優の安全を最優先に考えて、実写にこだわった」と答えているのを見て、「よく言うよ(笑)カメラは防弾ガラスのケースに入れていたけど、僕ら俳優は、無防備」と笑って、実際に防弾ガラスの中のカメラで撮影している様子も放映された。最後の方で、この主演の青年が、物凄く高いビルの上のへりに立つシーンがあるのだが、勿論、CGだと思っていた。このシーン、主演の青年が、「やらない」と断り続けたが、結局、監督に説得され、根性で命綱をつけて、撮影した事も明かした。どんな衝突にも耐えられるように、撮影の車の回りに頑丈な鉄パイプの防護をして、ぶつかって吹っ飛んでくる車や、鉄柵などをその車で受け、撮影されていた。凄い!!車が爆発で吹っ飛び、ビルの上の方に、すっぽりはまってしまうシーンも、街中が次々爆破され俳優さんの上に瓦礫が降り注ぐシーンも、すべて、実写だったとわかった。「もう、どんな撮影にも、恐怖は感じないだろう」と俳優に言わせるくらいの危険な撮影だったそうだ。この映画、本当に、並みじゃない。もう一回、見たいくらい。で、今日は、朝から頭がボーーっとしているし、眠い。でも、今日は、「嵐の宿題君」の日だし、お昼寝しようかなあ・・・と思っていたが、結局、何だかんだで、眠れなかった。最近、夜中に足がつって、飛び起きる事が多い。何故足がつるのか、お医者さんにもわからないそうだ。大体、疲れた時や、何時もより歩いた時、冷えた時になるが、この暑いのに、冷える訳がないし、運動をしたわけでもない。本当に、この足がつるのだけは、解らない。久しぶりに、家で髪を洗った。半年ぶりくらいかな?やっぱり、痒い所に手が届くから、家で洗うのは気持ちが良い。しかし、乾かすのが、本当に難儀。長いし、量も並じゃなく多いから、バスタオルで散々拭いて、暫く、包んで置く。ドライヤーを使うと、汗だくになって、シャワーを浴びたのが無駄になるから、使わない。冬は使いが、夏は、本当に困ったものだ。今日も、いつの間にか、終っちゃいました。何しているのかなあ・・・。私は。
2007年08月06日
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昨日から、この市は、大きなお祭りをしている。からくりの山車が出たり、目抜き通りをパレードが通ったり、お神輿が出たり、諏訪太鼓と言う、伝統的な太鼓の演奏車が、何台も街を走ったり、花電車ならぬ、花車が通ったりそれは賑やか。娘達は、この日を楽しみにしていた。夕方から、浴衣を着て、オネエは彼と、チビはお友達と出かけるそう。ん?浴衣って、誰が着せるの?「お母さん!!」・・・。この暑い中、二人も着せなくちゃならないのか~。あ~、めんどくさい。去年、新しくお祖母ちゃんに買ってもらった浴衣と帯。オネエのはレトロな感じ、チビのは、少し大人びた、可愛い柄。オネエから着付けた。髪の毛、どうするの?チビを着付けて、ふと見たら、15~6の飛んでる子がするような頭に成っていた。おいおい、貴女、もう23歳なんですよ。きっと、街でお友達に会うだろうに、皆、もう、社会人だから、女性らしい、品の良い髪型をしてくるのに、その頭で行くんですか?と聞いたら、普段大学には、うんと地味にして行ってるから、今日くらい、良いじゃない?だって。オネエは彼が迎えに来たので、チビを駅まで送った。二人とも、夕飯は要らないそう。お祭り、大好きだった。小さい頃は、お祭りになると、私は消えたそうだ。母が心配しなかったのは、山車のいるところに行けば、必ず、そこにいたそう。あのアセチレンのボアッとした光を見ると、じっとしていられなかったものだ。しかし、この暑さの中、流石にもう、行く元気がない。子供をだしにして、昔は毎年、からくりを見に行ったもんだけど。この市のからくりは、第一人者の玉屋庄兵衛氏の作品。名古屋の方だから、近い事もあって、先代の素晴らしい作品が、複数残っている。狸の早代わりの作品は、今の玉屋庄兵衛氏のもので、復刻された時、見に行った。残った私は、1人でDVDを見たり、ゴルフに行ったパパの帰りを待った。何だか、つまんないっす。本当なら、今頃、長野公演にいってるはずだったのになあ・・。来年は絶対、長野、ゲットしよう。パパが帰ってきて、二人で食事に行こうと言う事になり、父の好きだったステーキハウスに行き、久しぶりだったので、経営者のお嬢さん三姉妹の長女の方と暫くお話した。パパが「お前は本当に、肉が好きだなあ、Gさんの娘だ」今更言われなくたって良いよ。確かに、疲れると、お肉が食べたくなる。そういう、体質なんだろう。でも、コレステロール値は、普通の値より低いから、身体が欲しているものを食べるのが、一番良いのだ。久しぶりに、美味しかった。そのまま帰宅して、DVDの編集をまたしたりしていたら、娘達も、次々帰宅。今年も、お祭りが終った。お彼岸ですね。
2007年08月05日
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今日は、久しぶりに映画です。台風一過の晴天・・・と言う訳にはいかないお天気。12時半の回からだったので、お昼に、美味しいクロワッサンサンドを買って、シネコンへ。チケットは前日、パソコンから購入してある。以前は、「大人」「学生」「シニア」しかなかったので、仕方なく、大人で買っていたが、今回から、細かく、料金体制が設定され、50歳以上の夫婦は、いつでも1000円で観られるようになって、ウェブからも買えるようになった。映画好きの私達夫婦には、ありがたいです。だってそれまで、いつも1700円だったんだから。700円×2・・1400円もお得になっちゃった訳。でも、いつもWEBから買っちゃうので、ポイントが貯まって、先日聞いたら、もう、10回以上、ただで見られるくらい、貯まっているそうだから、1人で見に行く時、使おうかな?パパは「西遊記」や「HERO」は行かないって言ってるし。今日の映画は、前から楽しみにしていたスピルバーグの「トランスフォーマー」超、面白かった。初日だから、席は一杯だった。地球侵略をもくろむ、身体がロボットから、車、ヘリコプターなど全ての機械に変えられる生物と、それを阻止しようとする、同じ星から来た、「警察」みたいな同じロボットと、所謂、気弱でオタクで、ちょっといじめに遭いそうな少年とすねに傷持つ少女との戦いを描いた映画。滅茶苦茶、お金が掛かってるな~と思わせる映画だ。ダイナミックな映像は、物凄い。簡単に吹っ飛ぶ、戦車や、車。その変身(トランスフォーム)が「男」の人、子供には、多分たまらない映像だろう。ハリウッド映画の真髄見たりの気持ちだ。勿論、お決まりのハッピーエンドだが、日本びいきのスピルバーグの作品らしく、しょっちゅう、「日本」が出てくる。最初にロボットを見た住民が言う「多分、あれは日本製だな」佳境に入って、謎が解かれていく時、ある施設にある実験所の中で、トランスフォームの仕掛けをして見せる科学者が、その実験に使う携帯電話に対し、「これは性能抜群の日本製の携帯だ」。おかしかったのは、かなり緊張した場面で、少年がポイントである品のありかを話すのだが、「どこに載せたんだ?」の質問に「ebay」。これ、私受けちゃいました。「ebay」とは、海外最大のオークション。日本で言うと、ヤフーオークションみたいなものだが、私は、このオークションに登録し、しょっちゅう、使っているので、この緊張した時、少年が言った「ebay」に、思わず噴出した。多分、アメリカでは、ここ、笑うとこだろう。多分、この作品は、かなりなヒットになるなあ・・と言う感想。予断だが、予告にあった、妖精の映画、あれも絶対見たい。チビは、そこから帰宅したが、私はパパと、リフォームの会社に行こうと言う事になり、解散。結局、事務所に今日は誰もいないことが解り、途中から帰り、本屋さんに寄って、嵐君の夏コンの載っている、唯一早い雑誌をゲットして帰宅した。あ~、面白かった。「トランスフォーマー」、お薦めですよ。
2007年08月04日
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実は、今回横浜コンに行く前、葉書が届いた。「嵐 9月公演当選者の皆様へ」の書き出しの葉書。私は、9月23日の横アリ最終公演に当たっていたのだが、9月の公演が全てキャンセルになり、大阪京セラドームと、東京ドームの公演に変更になったのだ。そのため、当たっていた人は、全員、希望のドーム公演に、当選確約する・・・と言う内容の葉書だった。横浜に出発する前日だったし、そんなことは考える余裕もなかったので、「詳しいことは、会報と同封される応募方法をみて」とあったし、そのまま、横浜に出発した。帰宅して、落ち着いて考えてみたら、これは、もう絶対、不可能じゃないかと思った。何故なら、今回、横浜4公演がキャンセルになった人が、12000人収容だから、12000×4で48000人。その方達が、全員、希望の1公演4枚まで当選確約を貰ったのだ。コンサートの一番人気は、最終公演だから、例えば、この半分の人が4枚希望しても、10万人になる。ドームは、前回完売の状態で55000人だったから、入れるわけが無い。ましてや、大阪公演にはずれた人の中からも、抽選でこの権利を手にした人がいるそう。ジャニーズ事務所、何を考えているのだ不安になった。で、ジャニーズ事務所に、質問しようと思い、電話したが、当然繋がらず。ウェブから質問してみたら、すぐに返事があった。だが、納得いかなかった。そこで再度、質問。また、すぐに返事が、深夜にもかかわらず、返って来た。やっと、納得。だが、私が質問して、返ってきた答えで、質問しない人は、どうするんだろう・・。私のように、元々1枚の当選だったが、友人と一緒に入ろうと思い、4枚頼んだ人は、余計、不安になるだろう。内容は、書きたいが、転載厳禁だそうなので、書けなくて、申し訳ないです。不安になった方、WEBからだったら、すぐに返事がもらえますから、質問なさってください。私に教えてくれた事を、もっと公に発表すべきだと、最後に書いて、送信した。午後、郵便局から、4枚分の送金をした。これで、一安心。何だか今日も、ばたばたの一日だったな~。明日は、パパとチビと久しぶりに映画です。楽しみだわん。
2007年08月03日
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やはり疲れていたのだろう、お葬式に出るのに、8時半まで寝てしまった。昨日は、疲れてそのまま寝ちゃったので、寝ぼけまなこのまま、シャワーを浴びて、復活。オネエは、今日から3日間、適応指導教室のボランティアで、長野に行くという。予定では、若狭に行くはずだったが、台風が来ているので、急遽、長野になったそう。この夏休みに中、よく、宿泊所が取れたなあ。さあ、用意をしなくちゃ・・・と思って気がついた。きゃーーーホテルから、お化粧道具、全部送っちゃったんだったどうしよう、スッピンって訳に行かないし・・・。あ、オネエがいた。お昼前に出るオネエにお化粧品を借りて、セーフ。10時からのお葬儀だけど、家の直ぐ傍なので、15分前に出れば、十分。車に乗って走らせたら、台風の風が凄かった。受付にいらした組長さんにご挨拶して、空いているお席に座ったら、横は、お隣のMさんだった。参列者の少ないお葬儀で、私の横の方に、お孫さんらしい、小学生の男の子が二人座っていた。あれ?亡くなった方は、76歳の方だから、随分、小さなお孫さんだなあ・・・と思っていたら、娘さんらしき方が、声をあげて、泣いてらっしゃって、その方が、40歳前の方。喪主のお母様が、背中をさすてらっしゃった。歳を取ってからのお嬢さんで、思い切り可愛がってもらったのだろう。お隣のMさんに「お子さんは、あの方だけですか?」と尋ねたら、そうだそう。最後のご挨拶も、そのお嬢さんがなさったが、泣いたままで、こちらも辛かった。帰りに、先日、突然息子さんを亡くされたNさんと一緒になった。「思い出して、辛いわ」と仰っていたが、もう百か日を済まされたそう。「うちも、やっとお祖母ちゃん、半年過ぎました」と言うと「そうだったですね~」この組、今年、初盆を迎えられるお宅が、多すぎ。帰宅したら、オネエは長野に出発していた。台風の風は勢いを増していた。お昼にパパが帰って来て、少し、台風に備えた。今年は、大きな台風の当たり年だな~。午後から、荷物が届いたので、嵐君のグッズやら、着替えやら、片付けた。ダイニングにある、大きな食器棚の横が、私の席なのだが、その一つのガラスの扉に、潤君のうちわだの、写真を貼り付けてあるのだが、今回の夏コンバージョンに交換。実は、そこにお宝がある。潤君自筆のサインがしてある写真が貼ってあるのだ。このサイン、義妹の知り合いの息子さんが関西ジャニーズJrで、一昨年、潤君に直接サインをしてもらい、送ってくれた物なのだが、その写真を残し、今回買って来た写真と差し替えた。うん、可愛い夕方、こちらの方に用事で来る友人に会いに行った。久しぶりに会ったので、何だか嬉しかった。夕方、来客の予定があったので、お喋りする時間があまり無かったが、嵐話をしたり、楽しい時間を過ごした。友人と別れ、帰宅すると、ピンポーン、丁度、来客。用事を済ませ、帰っていかれた。その後も、留守の間にたまった食器やら、洗濯物やら、片付けて、くたくたになっちゃった。夕方、もう、本当に疲れたちゃって、夕食が作れなくなった。少し横になったが、どうにもだるい。パパが帰ってきて、チビと3人で、近くにラーメンを食べに行った。塩辛いスープが、疲れた体にすーーっと入って、美味しかった。私は疲れると、一切甘いものを受け付けない。塩辛いものが食べたくなる性分なので、今日のラーメンは、本当に美味しかった。何だか解らないうちに、一日が終っちゃった。明日は金曜日。ニノと翔君に会えます。
2007年08月02日
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朝、8時に目が覚めた。・・・と言うより、母に起こされた。全くもう・・・・と言う感じ。もう絶対、同室はやめようって、何時ぞや懲りて思ったのに、今回も懲りずに同室で取ったが、やはり、次回は別にしようと思った。母は歳を重ね、ADHD障害がバージョンアップしていて、同じADHDの私も辟易するくらい、思いついたことを全部、口に出さないと気がすまなくなっていて、私の気の休まる暇が無かった。何しろ、52の娘に新幹線に乗った途端「貴女、おしっこ良いの?」ですから(ー_ー)!!下を見たら、まだ8時過ぎだと言うのに、もう、グッズを購入するファンの列が、アリーナをぐるりと囲んでいた。凄いなあ・・・。下に降りて朝食。部屋のシャワートイレが壊れて、10時半くらいに出発の予定だったのが、11時を過ぎた。アクシデント。それなのに、母はホテルのショップで、あれやこれやお土産を買ってる。いい加減にして欲しい・・・いやいや、親孝行、親孝行。新横浜から、横浜に出て、みなとみらい線で、中華街の駅で降りた。今回は、中華街じゃなく、反対側の港の見える公園方向へ。外人墓地あたりだったら、時間もそうかから無いだろう。外人墓地に行く坂は、並みじゃない。ふーふー言いながら、坂を上がっていく途中、何台もタクシーが行き過ぎた。は~、乗っちゃえば良かったな~。でも近すぎるし・・・。外人墓地で記念撮影。そこにいた、明治大学の学生さんが、「写真撮りましょうか?」と言ってくださったので、お願いして、母とツーショット。聞けば、サークルのアンケート取りにきていたそう。協力したいが、時間が無い。お詫びして、次に向かった。次は、居留地の外人の館。ここも、中に入らず、お庭の綺麗な薔薇のお花をみて終わり。次、北原さんのお店に。ここは、もう、何回来ただろう。奥の「クリスマスショップ」だけ入って、母は、足にバースディの日付けが刺繍された小さなクマさんのストラップをそれぞれ孫達に買って、自分も素敵な木材で出来たサンタのストラップを買っていた。はい、もう、時間です。もう、三鷹に向かわないといけません。そこからタクシーで、地下鉄の駅まで行ってもらい、来た時に調べておいた特急に乗った。中華街から、渋谷まで35分で行っちゃう。渋谷で2時になったが、ホテルで朝食をたらふく食べちゃったので、母も私も余り食欲が無い。井の頭線の乗り換えの近くに、ベルギーワッフルのスタンドがあったので、そこで、ワッフルを一個食べたら、もう十分、おなかが一杯になった。吉祥寺まで丁度20分。タクシーに乗って、吉祥寺から三鷹方向に向かい、約10分足らずで、伯母の家の前に着いた。私が小さな頃は、この通りは、お屋敷街で、片側は、伯母の家を入れると、端から端まで5軒しかなかったものだったが、今は、アパートやら、小さな建売の家やらが並んでいる。従姉妹の家の玄関の呼び鈴を押したら、中から聞き覚えの有る声。伯母は、元気だった。いつも迎えてくれる下の従姉妹は、今日は、弟の従兄弟と山登りだそうで、旦那様しかいらっしゃらなかった。美味しいケーキを頂きながら、お喋りの花が咲いた。母も嬉しそう。伯母は、97歳。さすがに耳は遠いが、元気元気。良かった!2時間ほど、楽しい時間を過ごし、また、10月にお邪魔する事を伝え、午後5時過ぎ、失礼した。それから、吉祥寺に戻り、今回の目標の一つだったキッシュを買いに走った。駅ビルの中にお店があるのは、名古屋のお店が店じまいした時、調べて有ったので、すぐに見つけた。3年越しのキッシュ争奪戦に終止符が打たれました(^_^)vシーフードと、チーズをワンホールずつ包んでいただいた。さあ、帰ろう!品川からの新幹線だったので、もう一度渋谷に戻って、山手線に乗ろうか、そのまま新宿まで行っちゃって品川に行こうか迷った。しかーーし、アクシデント。吉祥寺から中央線に乗ったら、架線事故で、電車が止まっていた。こりゃ、買った新幹線の時間に間に合いそうも無い。暫くして、動き出したが、もう、急ぐ必要がなくなったので、そのまま新宿まで出た。山手線に乗り換え品川に行き、母の好きなお店で、おせんべいを購入。でも、品川には、私の好きな叙々苑の焼肉弁当が無い・・・・。やっぱ、次回は、東京駅からだなあ。品川しか、母の好きなお店はないけれど、次回は、私の番ね。やれやれ、今回も珍道中。いつもより、喧嘩が多かった。実の母と娘って、良いときゃ良いんだけど、喧嘩すると、本当に喧嘩になる。まして、予定の新幹線に乗れなくて、自由席は、喫煙車しか席が空いてなかったから、仕方なくそこに座ったのに、「鼻がいたくなったわ」とか、隣に人がいるのに、何回も言います。もう、本当に、嫌!!貴女、それでも、大人なんですか?!っとこっちも怒った。この我が侭何とかなりませんか?天国のお父さん。無事、午後9時過ぎに帰って来たら、雨が降り出した。母を家で降ろし、そのままタクシーで我が家へ。タクシーの運転手さんは、よくタクシーを利用する母を知っている方で、「お母さん、今日はちょっと感じが違いますね」って、そりゃ、喧嘩した後だったから、機嫌の良い顔をしていなかったからだろう。娘として、少し反省。やれやれ、家の中に入ったら、やっとゆっくり。・・・・・ところがどっこい、「昨日から、留守電が沢山入ってるぞ」って・・。家の家族は、電話に出ない。面倒そうじゃない、番号しか出ないのだ。私がいつも全部出るから、私がいないと、自然、留守電の山になるのだ。今回は、組長さんから2件、一軒向こうのお隣さんから1軒。こりゃ、何かあったな・・・。案の定、聞いたら、この並びの方が亡くなって、今日、お通夜だったそう。私が行かなかったので、留守電が入った訳。すぐに、組長さんに連絡。旅行で留守をしていた事を詫び、「明日10時から、お葬式ですので、よろしくお願いしますね」「はい、解りました。」。は~、明日は、お寝坊しようと思っていたのになあ。気が付いたら、リビングに横になっちゃって、そのまま寝てしまっていた。余程疲れていたのだろう。午前2時半。やっと二階に上がって、就寝。今回は、本当に、疲れました。
2007年08月01日
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