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今朝、やっと、嘔吐が止まり、卵豆腐を食べてみた。お昼まで、何とか、吐かずに済んだが、夕方、出かけるオネエに主治医のところに車に乗せていってもらった。さすがに主治医だなあと感心した。普通の医者は、患者が来ると、まず、聴診器をあてるだろう。しかし、長年お世話になっている医師は、前に座った私の症状を聞き、すぐ、くるりっと、私の座った丸椅子を回し、左の背中を、下から抑えていき、首の後ろまで、指で、凝りの具合を確かめた。「いつもの片頭痛じゃないのかな?」だが、今回は、頭痛じゃなく、嘔吐から始まったので、伝えると、「たぶん、疲れていたんだね、弱い所に来たんだと思います」とて的確におっしゃった。私もそう思った。で、結局、思った通り、いつも飲んでいる薬を、少し多めに飲んで・・とおっしゃって、頭痛のため、ロキソニンを出してくださった。やれやれ、すぱっと治る状態じゃないってことね。パパに迎えに来てもらい、帰宅。そのまままた、横になったら、電話。組長のTさんから。同じ組の方が今日、亡くなったそうで、明日、お通夜、明後日、お葬式のお知らせだった。「申し訳ないのですが、今、病気で寝込んでおりまして、伺えるか分らないのですが・・」と言うと、「土曜、日曜ですので」だって。つまり、土日なんだから、家族の誰かが、出られるでしょう…という意味。世の中、土日がお休みの人ばかりじゃないのになあ。田舎は、本当に、こういうところが、都会と違って、煩わしく、面倒です。うちのところは、新興住宅地なので、まだましだが、もっと郊外の方に住んでいる友人は、「組の人が亡くなると、喪服(着物)着なくちゃなんないんだよ、それで、おうちでお葬式とかすると、お料理作るの喪服で手伝わなきゃなんないんだから」とぼやいていた。生まれたときから、そういうことが当たり前の中で育った人は抵抗がないだろうけれど、ある程度、大きくなって、田舎に住んだ者には、かなり、面倒で、気が重い。顔も知らないし、家族とのお付き合いもない人が、お参りに来ても、亡くなった方も、うれしくもないだろうに・・・。だが、これも大事なご近所付き合い、明後日は、パパはゴルフだから、明日にでも行ってもらおう。なんだか、一遍に、具合がまた悪jくなる思い。二階に上がって、早々に横になった。
2007年11月30日
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夕べは、ほとんど眠れなかった。おなかが痛いわけじゃないのだが、腸の中の繊毛が動くのがわかり、なんとも気持ち悪く、ベッドの中で、寝返りを打ったり、起き上がってみたり、嘔吐が続くので、トイレの前にイスを持ってきて、座っていたり・・・。短い間に、うとうとしただけだった。こりゃ、いつものと違うなあ…と思い始めたが、なにせ、今日は、主治医の休診日だから、仕方ない。どうせ、行っても、いつもの薬を出されるだけだ・・と思い、いつもの薬のうち、ラックビーという、腸の薬を多めに飲んだ。嘔吐は相変わらず。脱水症状になったら、まずいと思い、ポカリスウェットを飲みだしたが、30分もすると、全部戻してしまう。それでも、少しは、消化されていると信じ、飲んだ。救急に行って、点滴をしてもらうのが、一番なのだが、点滴をしている間、じっとしていられる自信がない。まさに、七転八倒な感じ。家族の食事のにおいが、二階まで上がってきて、そのにおいで、また、激しい嘔吐。まるでつわりみたいだなあ。いったい、何が原因なのだか、全くわからない。子供の、自家中毒みたい。あしたは、病院に行こう。
2007年11月29日
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今朝から、体の調子が悪かった。なんだか、おなかが、どーーんとしている。朝、起きた時点で、大体、その日の体の調子が分かる。今日は、「まずい」とすぐに思った。私の体の調子は、おなかに係る。おなか以外は、丈夫な方。子供の時から、虚弱体質の理由も、お医者さんに行く理由も、「胃腸」。おなかの調子が悪いと、風邪をひく。すべて、「おなか」なのだ。だから、小食になる。おなかを壊すと、どうなるのか、痛い思いを何度もしているから、いつも、腹7分目くらいしか食べない。で、安定剤を飲むまでは、標準体重がなくて、いつも痩せっぽっちで、主治医から「もっと太らないと」と言われていた。今は、安定剤の副作用で、肥満になったが、相変わらず、小食。で、今朝から、腸の具合が良くない。でも、原因は何ひとつ、思い浮かばない。昨日、食事はいつものように、小食だったしなあ・・・・。皆と同じ物しか食べてないし・・・。午後から、かなりヤバい状態になった。嘔吐が始った。私のいつもの病気は、まず、大腸のある左の背中が、痛くなる。で、そのまま、凝りが左背中を上がっていき、肩がパンパンにこり、頭痛になる。そして、酷い頭痛になって、嘔吐になり、発熱する。だが、今日は、頭痛より前に、嘔吐。なぜだ?わからない。お医者さんに行こうかどうしようか、迷っているうちに、終わる時間になってしまった。まずい、明日は、休診日。夜中、あまりに酷い嘔吐に、パパが救急に行こうと言いだしたが、行っても、たぶん、私の状態を分かってもらえないから、明日一日我慢して、金曜に主治医のところに行く…といった。嘔吐は、続いた。
2007年11月28日
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町の様子が、そろそろ、クリスマスバージョンに変わってきた。この団地にも、奇麗にイルミネーションのデコレーションをなさってらっしゃるお宅も、ちらほら。隣の団地には、毎年、見物客が訪れ、雑誌やTVが取材にくる一角もある。でも、そこはまだだ。今日スーパーに行ったら、いちごが、出ていた。何が好きって、イチゴが大好きな私は、迷いもなく、お買い上げ。イチゴには、いっぱい、思い出がある。あの可愛い姿、色合い、そして甘酸っぱい、味。こんな果物、神様が考えたのだろうけれど、本当に、なんとも、素敵な形、味だなあって、いつも感心してしまう。イチゴの食べ方。私は小さい頃から、潰して、練乳をかけ、ピンク色になったものを食べる。それが当たり前の食べ方・・・とずっと思っていた。それが、パパと結婚して、初めて、イチゴを食べたとき、ピンクにしてパパに渡したら、「何?これ?」と言われた。「いちごだよ、なぜ?」「こんな風にして食べたことないよ」と言われ、びっくりした。じゃ、どうやって、食べるの?と聞いたら、そのまま、食べるんだよ、決まってるじゃない?と反対に聞かれ、へ~・・・と思った。で、興味がわき、そのあと、会う人会う人に、「いちご、どうやって召し上がります?」と聞いた。怪訝そうにしている人も、教えてくださったあとは、笑顔になった。そうすると、どうやら、私のように、潰して練乳をかける人、ただ、練乳をかけて食べる人、そのまま食べる人に、分かれた。で、割合は、そのままの人が多かった。そうなんだ・・・・と、すごく、腑に落ちなかったが、反対に「で、Kさんは、どうやって召し上がるの}と聞かれ、潰して、練乳をかけると言うと、反対に「へ~」と言われることが多かったのには、少し、驚いた。家庭の中で、当たり前のことが、とても小さなことが、実は、そのおうちの、「うち流」なんだと知って、面白いなあ…と思った。いちごは、本当に大好きで、中国に行った時、袋一杯で、100円ほどだったのに、驚いた。で、袋一杯買って、おなかいっぱいになるまで、イチゴを食べた。もう、超、超、満足だった。イチゴ狩りに行った時も、こんなに、おなかいっぱい、イチゴは食べた事がなかったから、中国は良いって、思っちゃいました。亡くなった父は、イチゴの種がだめだった。信じられない話だが、大きないちごを買ってきて、母が、リンゴをむくように、イチゴを薄ーくむいて、食べさせていた。「どんだけーー」と思うが、本当に亭主関白だったのだ。これって、究極の亭主関白だとおもいませんか?そこまでして、食べてもらわなくても良いのに・・・・って思ったのだが、母にしてみれば、自分が食べたいのに、父が種のつぶつぶが厭で食べないから食べられない。じゃあ、剥いて食べさせりゃ良い・・・・と思ったらしいのだが、ほんとに、そこまでしなくても・・・といつも呆れて見ていたが、あれは、愛情だったのかなあ。いつか、ここにも書いたが、交通事故で亡くなった祖父が、毎年、私のために、作ってくれたいちご畑。アララギ派の歌人で、小学校の校長で、亡くなった時、国から叙勲された人が、私が喜ぶから・・・と毎年、畑にイチゴを作ってくれた思い出は、私の宝物。お葬式の棺の中で組まれた指の爪が、土で黒くなっているのを見て、号泣した思い出。おじいちゃんの愛情が、その時、本当に優しく私を包んでくれた。今年も、イチゴのおいしい季節が始まりました。ちょっとうれしい季節です。
2007年11月27日
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何だか、ぐだぐだしているうちに、3連休も終わった。カレンダーを見たら、今月は、3連休が二回もあったんだなあ。子供が小さな時は、すわ、旅行・・・・とフットワーク軽く、出かけたものなのに、娘たちも、大きくなり、それぞれに、予定があるようになって、パパはさっさと、ゴルフというお友達を見つけ、休みになると、いそいそと出かけて行くようになった。私と言えば、家の中にいることが好きなので、なんだかんだとしているが、家族で動くことが少なくなって、とても寂しいなあ・・・と思う。女は、大体嫁いで、家を出る。本人には、分からないが、今なら、両親の思いが少し分かるようになった。パパと知り合って、1年後に結婚したが、最後のお正月、私は、パパに誘われて、京都のパパの家に行った。八坂神社の夜参りに、着物を着て行った。後から考えると、どうして最後のお正月なのに、両親と新年を迎えなかったのだろう・・・と、暫くしてとても後悔した。パパのご両親とのお正月は、結婚したら、いくらでも過ごせたのに・・・。その思いは、ずっと、続いて、長男の嫁だった私は、それから、父の余命が半年と言われた年まで、両親と一緒に新年を迎えることは出来なかった。そして、結婚して22年して、やっと、両親と新年の瞬間を迎えることができたのだ。結婚する年のお正月を一緒に迎えられなかった後悔は、父の亡くなる年に、やっと、報われたのだ。そうなのだ。結婚する人と一緒に過ごしたいのは分かるが、これから、ずっと、それこそ、死が二人を分かつまで、ずっと一緒にいるのだから、結婚する前は、ご両親と過ごす時間を大切にしてほしいと、私は、若い女性たちに、言いたい。何故なら、ご両親にとって、あなたと一緒にいる時間は、とても大切だから。我が家も多分、言っているうちに、娘たちは、出ていくだろう。その前に、以前のように、旅行に行きたいなあ。いつぞや、何時間も掛かり、奥飛騨温泉に行った思い出は、今でも、鮮やかに、思い出す。ものすごく楽しかった。そういえば、一昨年、私の嵐君の横浜公演にくっついてきて、4人で中華街を散策して以来、どこにも行っていない。オネエが忙しくなったのも、その理由だし、以前は、パパの休みが大前提だったのが、家族3人の予定が合わなくなったのも、理由。私はいつでもOKだから。あ~、家族旅行、行きたいなあ。
2007年11月26日
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来年、チビが成人式を迎える。おねえの時、父が着物を作ってくれたので、着物はあるのだが、お草履とハンドバックが無い。オネエのじゃ、足の大きなチビには、小さいのだ。オネエの足は、23.5センチ、チビは25.5センチ。2センチも違うので、オネエのを使う・・・と言う訳にいかない。何故なら、お着物を着る方はご存じだろうが、お草履は、少し小さめのものを履き、お草履から、白足袋がはみ出ているのが、粋なはき方。だから、オネエは23.5センチだが、実質、もう少し小さい。そんな草履をチビが履いたら、3センチくらい、はみ出してしまうからだ。で、今日は、おばあちゃんが、子供たちとデート。やはり、チビのサイズは、店頭になく、特注か、取り寄せになるらしい。今時、子供の身長も伸び、足も大きな子が増えたのだから、店頭にも、考慮しておいてくださるといいのだが・・・・。最近、この町のデパートが、大きくリニューアルし、随分、いろいろなお店が、入った。チビは、デパートが大好きだから、学校の帰りに、時間があると、毎日、少しずつ、ケーキを買ってきたりしている。せっかく、アルバイトしているお金を、そんな物に使ってほしくないなあ・・と思っているのだが、暫くはしかたがないかなあ・・・と静観しているが、今日は、大っぴらに買い物に行けるので、ルンルンで、出て行った。おばあちゃんも、私がいると、「あれは買うな、こんなものに無駄使いするな」とうるさいから、私がいない方が良いだろうと、3人で行かせた。案の定、ケーキだの、お洋服だの買ってもらって帰ってきた。まあ、たまのことだから、良いかなあ・・。結局、現物で気に入った物が2点あり、携帯の写真で、撮ってきて、私にどちらが良いか、選んでくれと言う。片方は、大きなお花模様のついた可愛いバック。もう一方は、品の良い、長いこと使えそうな、ちょっとお値段の高い物。親としちゃ、やはり、結婚しても使える物が良いので、心苦しいが、母に、品の良い方にして・・・と頼んだ。やれやれ、これで、あとは、写真の前撮りの予約と、その美容院の予約です。全く、成人式は、物入りです。ただ、お姉ちゃんの時に、してやったようにチビにもしてやりたいので、仕方がないです。お姉ちゃんの頃は、まだ、父が存命で、既に、病気の告知をされており、父は、目の中に入れても痛くないオネエのため、出来る限りの事をしてくれた。同じことを、私達夫婦がしてやろうとするのは、本当に、大変。でも、それじゃ、縮小って事になったら、今度はチビがかわいそうだもんな~。これでも、お草履の買い物とか、オネエの時は、私が全部、見て、選んで、頑張っていたから、チビにしてみれば、かなり、さみしい思いをさせているに違いない。たった3年で、自分のフットワークがこれほど、重くなると思わなかった。これが、歳をとるってことなんだな~と、実感した。そういう意味では、チビには、かわいそうな思いをさせているのかもしれない。ごめんね、Aちゃん。
2007年11月25日
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やっと、自分のブログに入り込み、更新することができた。しかし、相変わらず、「お気に入り」に登録しようとすると、パソコンにはじかれてしまう。もう、本当に、面倒くさい。恐る恐る開いたお手紙ホルダー。400通以上も来ていた。おいおい、なんだこりゃ。しかし、そこは新しいパソコン、新しい機能が付いていた。「迷惑メール」を、設定しなくても、さっさと、迷惑メールホルダーに放り込んでくれる。こりゃ、なかなか便利っす。友人からのメールに、返事をしたり、今日一日、その作業に追われた。「ホームページビルダー」も、「プリンターガイド」も、まだ、インストールできないから、たまったDVDに印刷もできないし、ホームページのブログ以外の更新もできない。ソフトをインストールするまでには、まだまだ、時間がかかりそう。参った、本当に、参った。
2007年11月24日
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今日は勤労感謝の日です。でも、子供たちは、出かけている。パパと二人きり。また、映画でも行こうか・・・という話になったが、見たい映画もない。来週から、目白押しなので、映画は又にしようと、今日は、おとなしく、家にいた。お休みで、勤労感謝の日なのだが、会社には、数名の従業員が、出ているので、午後から、様子を見に、パパは、会社に出て行った。で、やっと、新しいパソコンが届きました。しっかし、参ったなのです。こしょうの原因は、スウィッチボックスのファンが壊れ、中の温度が高温になり、大事なデータを記憶するHDDにまで、影響を与え、かなり酷い状態になり、壊れたのだが、私の使っていたのはWindowsXP。で、新しいのも同じものにしたかった。それなのに、今、市場にでているXPは、私がつかっていたXPより、圧倒的に情報の記憶量が、減り、別売の機械をつけなくちゃならないそうで、故障したものを直し、新しい機械をつけると、新しいパソコンを買う以上の値段になってしまう…とのこと。で、新しいVistaを買うことになってしまった。新しい、パソコンを買ってもらって、嬉しくない・・・のも、何だかな~。ただ、中の情報で無事だったものは、そのまま、Vistaに移してもらったのだが、「お気に入り」が、半分以上、焼失していた。この中には、海外のお人形のサイトから、人形の小物を発注する相手のサイト、勿論、友人たちのサイトも分からなくなった。その上、新しい家の電気機器を3日掛かって探し、1000以上の物から、気に入った物をピックアップしてあったものも消えた。もう、がっくり・・・・。おまけに、このVista,XPとは、少し勝手が違い、まだ、取り説を1ページも、読めないでいる。早く読んで、いろいろな設定をしないと、自分のホームページさえ、触れないのだから、どうしようもない。今月から、来月にかけ、もう、ものすごい忙しさなのに、途方に暮れている。もう、本当に、どうすりゃ、良いんだ~。
2007年11月23日
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家にいると、TVが、一番の世の中の情報源になる。で、最近、一番にぎわせているのが、防衛庁の収賄事件と、香川の祖母、孫不明事件。もう、朝から、夜まで、この話題ばかり。収賄事件の方は、まあ、そういうこともあるよなあ・・・とただただ、政治家、官僚のモラルの低さに嘆くのも飽き飽きなのだが、世の中、総探偵の香川の事件は、確かになぞが多く、不謹慎だが、興味をそそられる。行方不明の姉妹のお父さん、山下清さん(あの天才画家と同じお名前なんですね)が、マスコミにかなり露出して、皆の興味の対象になっている。そういえば、昔から、事件の当事者で、マスコミに何回も、発言したり、カメラに映ったりしている人は、同情から、興味に代わる事が多いなあ。山下さんも、御多聞にもれず、そうなって来ているが、本当に、可愛い盛りのお嬢さん二人の行方が、分からず、どれほどのご心痛かと、お察しする。お嬢さん二人の母親が、一度も、出てこないのも、そのやりきれない思い、今、どうしているのか…という親なのに、何もできないジレンマに体さえ壊してしまう状況なのだろう。こういう事件、本当に、マスコミも騒ぎすぎだと思うが、いかんせん、このお父さん、少しカメラの前に出すぎるから仕方ない。あらぬ疑いをかけられてしまうのも、分からないではない。いつぞやの、ヒ素入りカレー殺人の犯人の女性も、毎日、マスコミを騒がせたし、自分の子どもを橋の上から落とし、それを目撃した近所の男の子を殺害した女性犯人も、毎日、マスコミに顔を見せた。今回のお父さんも、随分、頻繁に、マスコミの前に現れるから、そういう雰囲気になってきているのは確か。しかし、私には、ただ、不器用な方なだけに思えて仕方ない。マスコミの前に、出られない女房に代わって、何とか情報をもらいたい・・・という気持ち。行方不明の娘のことを考えたら、本当に、いてもたってもいられないだろう。ましてや、かなりの量の血痕を残している。最初は、すぐ隣に寝ていて、そんな騒ぎに気がつかなかったのかなあ・・・と疑問に思ったが、犯行時間が、丑三つ時、2時以降と知り、納得した。この時間、人間は、熟睡に入る時間だ。でも、一人で、3人を殺害するには無理があるんじゃなかろうか。赤ん坊ならいざ知らず、自分で走れる年齢の子供たちだ。誰かが、殺害されたとしたら、すぐ、隣に両親がいるのだから、逃げられるのじゃないか。いやいや、咄嗟の出来事に、体がすくみ、身動きできないまま、殺害されたのかもしれない・・・。などと、勝手な想像をするのも、無責任な視聴者の常。どうか、無事、どこかで生存してらっしゃることを願うが、事件から、数日たって、これだけ騒がれているのに、何も反応がないのは、やはり、最悪の状況になっているのだろう。どこかに、監禁されているのが、一番の望みだが、血痕の量が、既に、致死量に達しているそうだし、早く、見つかってほしいと、あのかわいい、写真を見るたび、せめて、奇麗なままで・・・・と思うだ。昔は、年末に、物騒な事件が多かったが、最近は、日常茶飯事になってきた。全く、物騒な世の中です。
2007年11月22日
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以前ここにも書いたが、先日ストーブを出した。2~3日は、順調に、暖かい風を出してくれていたのだが、どうも、調子が悪い。時々、エラーを出して止まる。こりゃ、掃除が必要だな…と思い、裏をはずして、掃除した。完璧にそうじしたのに、冷却用のファンが、ちゃんと回らない。カラカラカラと言う音を出し、しばらくすると、止まってしまう。まずい。冷えてきたし、ストーブがないと、過ごせないなあ。で、仕方なく、パパと買いに行った。我が家は、2月から建て直す。今度新築の家は、この石油ファンストーブが使えないのだ。機密性が高い家で、全館空調にするため、空気の入れ替えができない。はっきり、灯油のストーブは、使えません…と釘を刺されている。その代り、一年中、同じ温度で、家中どこに行っても、同じ室温のメリットがある。使うのは、今年だけ。灯油のストーブも、結構なお値段がする。ハロゲンヒーターにしようか、電気ストーブにしようかさんざん迷ったが、結局、灯油のストーブが一番暖かい…ということで、来年は、研修生にあげることにし、灯油のストーブに、した。まあ、仕方ないなあ。家を建てる…ということは、本当に、物入りなんだ・・・と最近つくづく思い知らされる。ハウスメーカーに支払う金額のほか、申請のお金だったり、仮住まいの家賃だったり、引っ越しのお金だったり、家具も、極力、今使っているものを使おうと決めているが、中には、サイズが合わない、プラスチックの簡易ダンスなどもあるから、そういう、細々としたものが、結構な値段になってくる。頭の痛いところだが、決めた以上、仕方がない。最近のパパとの冗談で、一番、受けるのが「もう、思いきり楽しんだし、建て直すの辞めようか」。仮契約はしたので、そこから、楽しんだ分の費用はとられるが、なんだか、二人とも、かなり、面倒になっていることも確か。もちろん、新しい家の楽しみもあるが、かなり、気持ちに波があって、今は、二人とも、引き潮の感じなのだ。こんな風に思っていると知ったら、営業のF君は、びっくりするだろうなあ(爆)新しいストーブは、小さいのに、とてもパワフル。暖かいなあ、灯油のストーブがいちばん暖かいかもしれない。猫のミルキーが、ずーーっと、前で、丸くなっている。我が家の冬の情景。来月は忙しくなりそうだなあ。
2007年11月21日
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前から、母が、一緒に「HERO」を見に行こうと言っていた。パパは、「キムタクの映画なんて、見ない」とばかり言っていて、到底一緒に、行けそうもなかったので、最初からあきらめていたが、そうそう長い間、上映している訳じゃないし、そろそろ行かないと、本当に、終わっちゃうなあ…と思っていた。で、昨日、母から電話があって、「明日なら、いいわよ」ってことになり、今日、二人で、お昼過ぎから、見に行った。笑っちゃうのだが、私と、母と、他に男性が二人。それだけで、上映した。まあ、平日の昼下がり、あまり観客がいないのは分かっていたが、ゆっくり、ビップ気分で見せていただきました。「HERO」は、もともと、ずっと、TVで見ていたし、大好きな役者さんばかりでているし、内容も、いつも面白いので、見るのが楽しみだった。ましてや、今回は、TVで見た、スペシャル版の続編で、見ていたこちらにしちゃ、まだ、未解決な物語の完結編。録画してあったスペシャル版を、2~3日前に見ておいたので、無理なく、話がつながった。キムタクはもちろんだが、この映画も、脇がすごくいい。面白い映画って、本当に、脇の役者さんがいい。それは映画に限らず、TVでも同じ。私は、特に、この東京地検城西支部のセットが大好きなのだ。インテリアは最高だと思う。大正時代から、昭和初期に建てられたであろう設定の、アールデコの欄間の付いたドアとか、部屋のつくりとか、ペパーミントグリーンの、さんの色とか、もう、それだけで、この映画を見る価値がある。で、内容は、いつものように、キムタクに、城西支部の皆が協力し、見事、事案を解決する・…と言う内容。普通に、面白かった。母は、そうおかしくないところでも、笑い、ああ、この人と、笑いのつぼが違うなあ・・・と新しい発見をした。母と映画を見たのは、「ALWAYS」以来かなあ。母は、自分の妹とよく、見に行くから。、出てきて、二人でお茶をして、買い物をして帰宅した。今日は、あまり喧嘩せずに済んだ。まあ、親孝行も少しはできたかな?また、行こうね!
2007年11月20日
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建て直しが、2月から始まる。…ということは、引っ越しをしなくてはいけません。憂鬱。全く、憂鬱。だって、普段から片付けができない人なのに、この家の物をぜーーーんぶ、片づけることと同じなんだもん。出来るかしら。出来るよね、きっと…と自分に聞いてみる。引っ越し、結構、してきた。結婚する前は、7回した。結婚してからも、3回している。結構、ノウハウは身についているのだが、いかんせん、歳をとったし、この家が最後だと思っていたから、この家に、根が生えちゃっている。つまり、この家から、引っ越すつもりもなかったから、好き勝手に、荷物を広げすぎちゃったって事かな?それに、鬱がひどくなってから、全く片付けができなかったから、同じ位置に、何年も、同じものが動かせずにあって、そういう物のことを考えると、いったい、どこから手をつけて良いやら、途方に暮れちゃうのだ。しかし、刻々と日にちは迫っており、おまけに、チビの成人式やら、お婆ちゃんの一周忌、パパの誕生日、クリスマスや、お正月もあって、年末年始は、タダでも忙しいのに、1月末に引っ越しをしなくちゃならないってことは、もうそろそろ、考えないといけない訳で、あ~、どうすりゃ良いの!って感じなのだ。まあ、やらなくちゃならないことは、出来ちゃうもんだと考えるようにはしている。何故なら、また、鬱になっちゃいそうになるから、そこは、ちゃんと、自制しなきゃと、自分に喝を入れる。は~、まずは、リストでも作ろうかなあ。
2007年11月19日
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昨日の今日だったのだが、この映画、どうしても見たくて、パパとチビと出かけた。いつもは、近くにできたシネコンに行くのだが、「てれすこ」はワーナー系の上映なので、久し振りに、遠くに見に行った。「てれすこ」とは落語の演目の名前。不思議な形の魚が釣れて、名前が分からず、分かる者には褒美を出す・・・とお触れを出した殿様。男が一人、申し出て「てれすこ」と分かったが、干物は「すてれんきょう」だと言う。名前が変わるわけがないと殿様は、怒り、男に褒美の金めあての不届き者と、死罪を申し渡すが、最後に男が「じゃ、イカはイカと言うのに、干したものはスルメというのも、罪なのか」と言い出し、まんまと無罪放免になる・・というものなのだが、映画は、その落語の内容を、実写で再現しつつ、中村勘三郎、江本明、小泉今日子の弥次喜多道中と同時に、進み、最後に、ドッキングする。私は、落語が大好き。古典落語が好きなのだが、一番のお気に入りは、「野ざらし」というお題目。どういう話かというと、隣の御隠居さんが、釣りに行き、しゃれこうべ(頭蓋骨)を釣っちゃった。近くに遊郭があるので、この池は、遊女の身投げがある。たぶん、その遊女だろうと、御隠居さんは、しゃれこうべに、お酒をかけてやって供養し、池にもどしてやる。その晩のこと、見目麗しき女性が、御隠居さんの元を訪れ、一夜を過ごす。自分は、あのしゃれこうべ、手厚いご供養、ありがとうございます。と帰って行った。それを聞いた隣の八つぁん、自分もその恩恵にあずかろうと、同じ池につりざおを抱え、やってくる。魚は釣れるが、なかなかしゃれこうべは釣れない。その場面が実に面白い。最後は、引っ掻きまわして、同じ池に釣りに来ていた人達に、総すかんを食う様子が、面白可笑しくその落語家の話芸によって語られる。そして落ちは、苦労してしゃれこうべを釣るが、その夜、訪ねてきたのは、女性じゃなかった…という落ちその「池を引っ掻き回す」場面や、「しゃれこうべにお酒を掛けてやる」場面、「夜中に隣で、美しい女性が現れるのを壁の間から盗み見る」場面など、上手に、映画に組み込み、登場していた。それに、だいたい「てれすこ」自体が、落語なのだから、面白くない訳が無い。で、この「てれすこ」に、他にもたくさんの落語の場面が出てくるのだ。だから、落語好きには、もう、たまらなく面白い映画。だが、勿論、落語を知らなくても、十分に面白い。今年見た映画の中では、ナンバー3、いや面白さ、笑える上に、人情にホロっとくる映画の中では、断然、ナンバー1なくらい、面白かった。一言で言えば、中村勘三郎、江本明、小泉今日子の3人の弥次喜多道中を面白可笑しく描いた映画。大学の時、十返舎一九の代表作、「東海道中膝栗毛」を授業で採った。実に面白い授業だった。たとえば、「二里(一里は4キロ)二里と・・」という文章は、距離の「二里」と、びろうな話で申し訳ないが、便の出る時の「ニリニリ」と言う感じにかけてあったり、もう、毎回、教授の楽しそうに語られる好色な話と、落語の様に面白い内容に、古い文体だったが、全く違和感なく、読み進んだ。それがあまりに面白く、そこから生まれたのが「弥次喜多道中」だ。それを、この芸達者な3人が、演じる。ポンポン出てくる勘三郎の江戸弁は、彼の普段のままの言葉だから、実に小気味良いし、大事な松の廊下の舞台を失敗してしまったり、お酒が入ると人が変ってしまう江本明のどこか憎めない人柄は、そのまま江本さんのキャラクターだし、小悪魔的な花魁、大きな瞳で悪だくみする小泉今日子は、そのままの魅力ある、少し塔のたった女性、若い女の子には絶対に出せない味を出していたし、本当に、くんずほぐれずの、旅立ちから、道中のいきさつや会話が、本当に面白いのだ。主演の芸達者な3人もさることながら、脇の役者さんが、とびきり、良い。最後にちょろっと出てくる、藤山直美なんぞ、彼女じゃなきゃ、到底あの役は、生きなかっただろう・・・と思える、適材適所の脇役さんたちの、役者魂のぶつかり合い、共鳴なのだ。もう、これぞ、本物の娯楽作品、エンターテーメントだと思った。江本明さん、中村勘三郎さんの役者の深み、その力に、脱帽だった。また、キョンキョンが実にキュート!キョンキョン演じる元花魁。「良い女」って、こういう人の事を、言うんだなあって、しみじみ思った。悪い女で、卒の無い女で、賢い女、悲しい女で、優しい女。うん、実に良いのだ。そして、皆、本当に、その役を心から楽しんで、演じてらっしゃるなあ・・・とちゃんとわかる映画だった。見終わったあと、ポンと手で膝を叩きたくなるくらい、粋で、素晴らしかった。もちろん、思いっきり、笑えます。「舞妓HAAAA~N」も面白かったが、たぶん、数倍深みのある笑いを得られる。本当に、この映画は、万人の方に、お薦め。絶対、見て、損は無い。思いきり笑いたかったら、役者の凄味を見たかったら、是非、是非、ご覧いただきたい。私も、もう一回、見に行きたい。DVDも、是非、手に入れようと思う。そのくらい、何回みても、そのたび、何か発見できる映画。一回じゃ勿体ないって思わせるくらい、ふかーーい「可笑しさ」。それから、見に行かれたら、パンフレットも、是非、お買い求め頂きたい。粋な柄の布の巾着袋入りなのだが、その柄も一種類じゃなく、数種あって、全部欲しくなる。中のパンフットも、こんな、嗜好をこらした物も、初めてだったし、読み物としても、実に面白かった。「てれすこ」ぜひ、ご覧あれ!
2007年11月18日
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今日は、待ちに待った、相葉ちゃんの舞台、「忘れられない人」を観に、大阪に行ってきた。近鉄特急に乗って、のんびり一人旅です。行きも帰りも、嵐君のCDを聞いた。久し振りに「5×5」を聞いた。これ、改めて聞くと、すごく良いなあ。嵐君が5周年を迎えたときの、記念のCD。5年のベスト盤みたいなもの。出たときは、そう思わなかったが、その後出た、ONEやら、ARASHICやら、TIMEを聞いたあと、これを聞くと、改めて、嵐の音楽性の高さが、よくわかる。5人の声が凄く若いのだが、今ほど、5人の個人個人がフィーチャーされたアルバムとは違うのだが、嵐の音楽の方向性が、すごくよく分かるし、本当に、全曲、素晴らしい。改めて、ああ、私本当にこのグループ、好きだなあって思った。今日は、難波の前、鶴橋で降りて、JR環状線に乗り換え、大阪城公園まで行った。この鶴橋なのだが・・・。我が家が高級な焼肉を食べに行く時に、決まって行くお店があって、高級だから、半年に一回くらいしか行かないのだが、パパは、ここの社長さんと商工会などで、ご一緒することがあって、よく知ってるらしい。その焼肉屋さんは、ご飯を、ステンレスの蓋付きの入れ物に入れてくださるのだが、そのステンレスの器が、もう、本当に可愛くて、欲しくて欲しくて、仕方がなくって、ご主人に頼んだ事があった。韓国では、何でも、正式な食事会などで、この器を使うそうなのだが、この器、問屋街に行かないと手に入らないそうで、ご主人は「今度、鶴橋に行った時、買ってきてあげるね」と仰って、約束通り、買ってきてくださり、大好きな花模様のついたステンレスのご飯入れは、我が家の戸棚に鎮座した。その時、鶴橋が、問屋街だと知った。その後、何回か、嵐君のお芝居やコンサートに大阪に行くことがあって、大阪城ホールでのコンサートの時は、いつも、鶴橋で乗り換えて行くようになったのだが、この鶴橋の駅、おなかのすいているときには、かなり、辛いのだ。電車の扉が開いた途端、ぷーーーんと、美味しそうな焼肉の香りがしてくるのだ。駅におりても、ずーーーっと焼肉の香りが、街中からしてくる。乗り換えて、電車に乗るまで、その美味しそうな香りはしたまま。駅のホームの並びに、すぐそばから、ずっと、問屋の屋根が見えている。いつか、家族と一緒に、鶴橋に行きたいと、行くたび、おもうのだが、なかなか叶わない。大阪城公園前で電車を降りた。時間はちょうど12時。お芝居は、1時から。大阪城ホールで、ブラスバンドの大会があるのだろう、大阪城ホールまでの公園のあちこちで、出演する子供たちの団体が、リハーサルをしている。おなかがすいた。城公園の中に、神戸牛のお店があって、牛筋カレーを頼んだ。お昼時で、すごく混んでいたが、うまく、入れたが、私がいる間にも、散歩の老夫婦、家族連れ、若者などが、入ってきた。美味しいカレーを食べ、目の前に見えているシアターBRAVAに向かった。知らなかったが、遊覧船が、大阪城ホールの横から出ていた。橋を渡ったすぐ前に、奇麗な並木道の一番端に、シアターBRAVAはあった。前には、多くの観客がもう、いっぱい、ポスターなどを写メールしていた。階段を登り、中に入ると、大きなお花が並んでいた。その中には、志村動物園からのもあった。パンフレットは、友人が送ってくれていたので、もう、すでに一冊持っていたが、私はいつも、買える時は、3冊買う。一つは保存用、一つは読むため、一つは予備。列もそう長くなかったので、友人に送っていただいた物を持ってきたが、あと2冊買った。今日の席は、二階席。ファンクラブでの抽選に外れ、一般発売で、手に入れたので、二階席も、ファンクラブの席より、随分、後ろだったが、今日は、忘れず、オペラグラスを持ってきたので、セーフ。隣のお席は、家族連れのお父さん。さあ、「忘れられない人」が始まった。教会の孤児院で育った、無口で、人との接触が苦手な、優しくて物静かな青年アダムが、相葉ちゃんの役。始まって、20分以上も、セリフがない、難しい役だ。「花より男子」で潤君とキスシーンを演じた、加藤夏希ちゃんが、ヒロイン。アダムを育てた施設のシスターが、TVでお馴染みの田島令子さん。まず、一番の印象に残ったのは、このお芝居の舞台になっている、60年代のカフェ、ダイナーで掛かる曲など、このお芝居の全編に流れる曲が、懐かしい曲ばかりだったこと。ビリー・ジョエルの「ピアノ・マン」だとか、ダイアナ・ロスの曲やら、ギルバート・オサリバンの名曲「アローン・アゲイン」やら、ベトナムに行った時、ホテルのラウンジで唄ったロバータ・フラックの「優しく歌って」モンキーズの「灰色の瞳」等など。ヘレン・レディの「デルタの夜明け」などは、とてもうまく使われていた。劇の筋は、重い心臓病を患うアダムが、シスターの紹介で、ダイナーで働きだし、明るく、人気者のキャロラインと知り合い、恋におち、子供の時に移植した心臓に耐え切れなくなり、天に召されるまでの恋を、アダム亡き後、キャロラインの加藤夏希ちゃんが回想し、シスターに話し終わるまでを描いたもの。いつも、相葉ちゃんの舞台を見ると、思うことがある。ニノも言っていたが、どうして、ああ、相葉ちゃんのお芝居は、素直で、まじめなんだろう。相葉ちゃんの性格そのものが、表現に出るのだろう。だから、本当は、悲しいお話なのだが、見終わったあとには、心の中に、ものすごく暖かくて、優しい物が残った。「アダム、良かったね」って、言いたくなっちゃうような、気持ち。何が良かったのか。孤児院で育ち、人を遠ざけて生きてきた、心臓の弱いアダムが、人生の最後の最後に、心から、愛する女性に出会い、その最愛の人から惜しみない愛をもらい、その愛はたとえ死が二人を分かとうが、決して消えることのない、確かなものだった。アダムは、その愛する女性の腕の中で、こと切れるのだ。これは、「愛」の最強の形だろう。シスター達に愛され、決して一人ぼっちではなかったが、人生の最後で、一番大切なものを手に入れることができたアダムに、「良かったね」と言ってあげたくなるのだ。たくさん恋をしてきたキャロラインにとってのアダムは、今までと違う、男性だった。子供のように、純粋で、子供のように、感情をむき出しにし、小鳥のように、人におびえ、天使のような心のアダムに戸惑うが、やがて、キャロラインも、本当の愛情に気がつく。相葉ちゃんは、舞台の上、完全にアダムだった。全編が終了したとき、本当に、私の胸の中は、ものすごく暖かく、優しい気持ちだけが残った。去年のお芝居の時は、時間がたつにつれ、恐ろしさが、相葉ちゃんの悲しみが、身を震わせたのだが、今回は、全く違っていた。とても素敵なお芝居だった。カーテンコールは、4回。最後から、2回目は、一人で出てきて、冷蔵庫のアイスクリームを出したり、そして、最後は、そのアイスクリームをまた、仕舞い、スタンディングオベーションの中、ファンから、笑いを取っていた。いつもの明るい笑顔で、あの特徴のあるお手ふりをして、大きな声で「ありがとうございました」と生声で叫び、舞台のアダムの部屋から、いなくなった。観に来てよかったなあって思った。抽選に外れたとき、今回は、もう、辞めようかなあ…と思ったが、本当に、いいものを見せてもらった。このお芝居には、原作の映画があって、数年前、ヒットした。帰ったら、DVD借りに行こうかな。会場を出て、地下鉄で難波に出た。いつものお好み焼屋さん「ゆかり」で、今日は、お好み焼きとネギ焼きを注文し、その間に、蓬莱に行き、肉まんを買った。「ゆかり」に戻るとき、ゆかりの前の吉本から、芸人さんが出てきたが、名前を知らない人。お好み焼きとネギ焼き、肉まんは、重いです。難波の駅に行き、近鉄で帰った。今回は、最初から、最後まで一人旅でした。土曜だったので、パパに迎えに来てもらった。帰宅後は、おいしい、大阪のお好み焼、食べました。今度は、ぜひ、鶴橋に行きたいなあ。写真は、シアターBRAVAと、志村動物園からのお花。
2007年11月17日
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今日は、革工芸の日。でも、午後から、翔君のグッズを買いに、行く。今、大きなショピングバックを作っている。所謂、レッスンバック。大きいから、細工の面積も大きいので、もう、半年、これにかかりきり。皆さん、ちゃんとおうちでなさってらっしゃるから、進みが速いが、最近、私は忙しくて、ちっとも家でしている暇がない。昨夜、少し、やってきただけ。それでも、やっぱり、面白い。こういう細かい作業、やっぱり、好きなんだなあ。昼食は、いつもの大きなお店。いつものように、板の間のお部屋に通され、黒光りのする机に座り、おいしい色々な種類のお料理が少しずつ乗ったお皿、茶碗蒸し、お刺身、おみおつけ、柔らかいお豆腐、葛餅のデザートに、珈琲のランチをいただいた。これで1000円、安いよなあ。皆と途中まで帰って、私は、そこで失礼した。さて、ここから、名古屋の日本ガイシホールまでは、近い。車で30分もかからず到着。さて、翔君のグッズの売り場はどうかしら?あんりゃ、お客さん、だーーれもいません。一昨日のことが嘘のよう。グッズは、HEY SEY JUMPの物もあったが、写真と、ノートだけ、買おうと思っていたので、ゆっくり、見ていた。横に、同じ赤いアルバムもあったが、ノートは、分厚い表紙にかわいいボールペン、「Rock the World sho」と赤い文字の入った下敷きがついて千円。それなのに、そのアルバムは、薄い表紙に、ペニャペニャの造りで、同じ千円。そりゃ~ないんじゃないの・・・・と口に出して言っちゃったら、「これ、ここの会場限定なんですよ」という女の子の指さすところを見た。「2007年11月14日~16日、愛知県大会、日本ガイシホール」って文字が入っている。なーるほど。で、買っちゃった。この商売上手!横を見ると、人だかりになっている。何だ、何だ?野次馬根性が頭をもたげた。公式世界バレーボールのグッズの売店。お世辞にも可愛いとはいえないこの大会のマスコット「バボちゃん」グッズがいっぱい。争うように、皆が競って買っている。折角来たんだし、こういうチャンスも、なかなか無いし、ちょっとだけ、買っちゃおうか。で、気がついたら、可愛くない「バボちゃん」の小さなマスコットとか、ボールペンとか、手にしちゃってました。極めつけは、「世界バレー記念デザイン、ウィンドブレーカー」まで・・・。馬鹿だなあ、私。まあ、冬にがんばって、歩こうと思っていたのは確か。この団地は、本当に、並木道がきれいで、夜や夕方、健康のために、歩いている方が多い。健康のため、歩かなくちゃ…と思っていた心の隙間に入っちゃった。駐車場に戻ろうとしたら、いつも、関係者の車が、置いてある広場の入り口の前で、たくさんの人が、人待ち顔で立っていた。何だろう…と思いながら、階段を降りたら、中から、ものすごく脊の高い、外人の女性達が、スポーツウェアの格好で、出てきた。あ、出待ちだったんだ!!。サインをしてもらっていたり、一緒に写真を撮ったり、大騒ぎ。嵐の時は、写真は絶対、禁止だから、何だか不思議な感じ。誰が誰だか全く分からなかったが、これもチャンスと、私も、持っていたデジカメで、撮影した。あ~、楽しかった!!帰りは、すいすい、帰りました。画像は、ゲットしたグッズです。翔君グッズは、うれしいけれど、バレーボールグッズはやっぱり、馬鹿みたいだな。それから、誰だか知りませんが、有名選手らしいです。キューバの選手かな?
2007年11月16日
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土曜日に、大阪に相葉ちゃんのお芝居を見に行くので、髪を染めに行った。お正月までに、もう一回染めるか、どうしようか迷っていたのだが、やはり、白髪交じりの頭では、行きたくなかったので、染めに行った。私はアレルギー体質なので、染める時、体調によって、かなり、痛みが生じることがある。今日は、あまり、体調がよくないのか、かなり痛かった。それでも、やはり、女のはしくれ、奇麗になりたい。11時から、染め始め、トリートメントまで約3時間掛かるが、今日は、2時半から住宅メーカーとのミーティングがあるので、急いでもらった。先週、やっと一つのメーカーに絞った。これからは、本契約まで、本格的に、細かい相談になってくる。話は白熱し、気がついたら、表は真っ暗。ゆうに4時間あまりのミーティングになった。それでも、窓枠から、壁、ドアまでの話ができた。いよいよ、建て直しが本格化してきました。最近は、また、パパの方が熱心になってきている。私は、感覚人間なので、細かい話は苦手だが、パパは、天井の高さから、リビングの動線まで、細かく頭の中でシュミレーションしては、電話で、話のすり合わせをしている。もともと、元デザイナーのパパが、凝りだしたら私の比じゃないからなあ・・。私は、念願だった広い家事室ができる予定だけで、もう、かなり、満足。一応、アンティークのステンドグラスの入った白いドアだけは見つけてあって、それを、キッチンとお玄関の境に取り付けてもらえるように希望は出してあるし、部屋の壁は塗り壁、こげ茶の腰板さえ希望どおりになれば、超、満足。あとの駐車場のことやら、問題児の斜面のことなどは、パパにお任せ。あまりに話が進んだものだから、営業のF君が感心していた。怪訝そうに「なぜ?」と聞く私たちに、「いや、こういう話が長引くと、中には、途中で疲れてしまわれるお客様もいらっしゃるものですから」あ~そういうことね。私もパパも、こだわりが物凄いある人だから、こういう話は、何時間しても大丈夫ですよ。でも、反対に、こだわりが凄いから、F君、これからが、きっと大変でしょうね~(爆)さあ、本格的に話が具体的になってきた。いよいよ、仮住まいの家も借りなきゃならないし、引っ越しの準備も、進めていかないとなあ。あ~、大変だなあ・・・。
2007年11月15日
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パソコンが壊れ、娘が大学に行っている間、色々やってみたら、まだ、スムーズじゃないが、何とか使えるようになったので、そのままブログの更新も、続ける事にした。今日から、名古屋で3日間、世界バレーが開催される。そう、翔君が出ている、あのバレーの試合の番組だ。その試合が、名古屋で、3日間行われるのだ。で、グッズを買いに行こうと思った。2時から、第一試合があるので、午後1時には、売り出す。会場限定の翔君のノートやら、アルバムやら、写真も有るそうで、これを、買いに行かない手はない。しかし、昨日のパソコン騒ぎで、寝不足。午後一番で、行こうと思っていたのに、ついつい、うたた寝してしまい、気がついたら4時過ぎ。もう、行くの辞めようかなあ・・・とも思ったが、とりあえず、偵察にだけでも行ってみようと、着替えて、お化粧して、車を出す頃には、午後5時だった。高速に乗ったら、しっかり、ラッシュの時間。渋滞に巻き込まれた。いつも、順調に行けば、40分で日本ガイシホールに着くのだが、1時間以上掛かってしまい、着いた頃、表はすっかり真っ暗。それでも、駐車場に車を入れて、会場に向かうと、家族連れがいっぱい。グッズの売り場は、色々あって、フジTVが出しているお店や、協賛のメーカーが出しているお店などがあった。ありゃ?翔君グッズはどこだ?周りを見回してみたら、ありました。テントが一個。中に女の子が3人、接客に追われていた。ふと見ると、何と、お勤め帰りのOLやら、高校生やらで、ものすごい、長蛇の列。コンサートの時も、グッズ売り場、こんなに並ばないよ・・・ってくらい、遠くまで列は続いていた。傍に係員がいたので、聞くと、「7時から、試合がありますので、多分、そのくらいには、もっと、減ると思います」いやいや、私の見たところ、どうにも試合を見に来た格好じゃない。翔君のグッズだけ買いに来た、嵐ファンのお客さんばかりに思えた。「明日も、明後日も、グッズは売られますか?」「はい、毎日、朝、補充して売っていますから、売り切れることは、無いと思います」時間は6時半。もう、帰らなくては、家族の夕食に支障が出る。後ろ髪を引かれながら、明後日、革工芸だから、その後にもう一回来よう・・と、帰途に着いた。帰りは、行きほど混んでいなかったので、7時過ぎには、帰宅した。やれやれ、昼寝なんて、しなきゃ良かった。ばっかみたい。まあ、でも、明後日、ゆっくり、他のお店も見たいし。楽しみは、後に取っておきましょうか。あ~、くたびれた。
2007年11月14日
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毎朝起きて、朝食に豆乳を飲んで、食器洗い機に食器をかけて、洗濯機に洗濯物を放り込み、セットして、一休みし、次に、パソコンを見るのが、大体の日課になっている。日記を更新したり、毎日、100通ほど来るメールを整理したり、午前中にすることが多い。このメールが100通と言うのは、ほとんどが、どうでも良い物で、半分は海外からの物。私は、販売法に乗っ取って、アドレスを載せているので、もう、本当に、どうでも良いメールがいっぱい来るのだ。その半分は読まずに削除して、半分には目を通し、削除する物はして、大事なメールは、そのままにして、午後から夜にかけて、お返事をしたりする。で、昨日のこと、午前中、一応仕事が終わり、昼食をとって、パパが会社に出かけ、さて、今日は日記の更新もしていないし、ゆっくりパソコンに向かった。・・・・・とその途端、「プシュ」と言う音と共に、本体の「脳みそ」の方の電源が、切れたのだ。ありゃ?コンセントは入っている、他の機器の電気のランプも点いている。どうしたんだろう。何をやっても、スウィッチが入らない。まずい。すぐに、パパに電話。いつも、来てくださるパソコンの専門の方の電話番号を聞き、すぐに、電話した。「すみません、『プシュ』って音がして、いきなり、切れたんですけれど・・」と状態をお話した。いつも来てくださるHさんは「スウィッチボックスの故障だと思います、危ないので、コンセント、抜いて置いてください」。で、夕方、パパが、本体だけその方に持っていった。さあ、困った。パソコンがないと、全く、動きが取れない。何か、分からないことがあって、調べようとして「あ、パソコン無いんだ」。母から、電話で、映画に行くことになったが、その上映時間を調べようと思って「あ、パソコン無いんだ」。土曜に、相葉ちゃんの舞台に行くが、電車の時間を調べなくちゃ・・「あ、パソコン無いんだ」。この繰り返し。我が家には、私のパソコンのほかに2台、娘達に、それぞれ買い与えてある物がある。いま時の大学生は、パソコンが無いと、レポートも出せないのだそうで、それぞれ、アドレスも取って、インターネットもつないである。ただ、使おうにも、パソワードが分からないと、開けないようになっている。全く、どうしようもない。夕方、パパからのメールで、非常に、悪い状態になっているとの事。メーカーに送ったそうなのだが、故障の原因は、冷却のためのファンが回っておらず、中の機械が、熱でやられてしまっていたそう。つまり、ショートしてしまっていたわけだ。おまけに、データを記憶させているHDDまで、やられてしまっている可能性が高いそう。おいおい、冗談じゃない。みんなのアドレスから、住所、ホームページの写真、データ・・・。どこまで無事なのだろう。それは、Hさんのパソコンにデータを移して、調べてみないと分からないそうだ。さあて、どうしよう。とりあえず、チビが帰宅したので、訳を話し、チビのパソコンから、ホームページにログインし、ブログをお休みすることをお知らせした。明日からチビのパソコンから、更新しようか・・・とも思ったのだが、チビのは、ノートパソコンで、カーソルは、マウスでなく、手の指で動かす物だから、慣れていないこっちは、使いにくいったらありゃしない。カーソルを移動させようにも、自分の思い通りに動かない。あ~、ストレスになるわ、これ。で、お休みにした。オネエのは、私の使っていた物なので、本当は使いやすいのだが、今、彼女のパソコンには触りたくない。いつも、ものすごい数のデータが出してあり、間違って、消してしまったら、大目玉だもんなあ。参りました。早く、パソコン直らないかなあ・・・。
2007年11月13日
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パパが金曜に、神戸に日帰り社員旅行に行った。で、可愛いキューピーのキャラクターの看板をシャメして送ってきたので、当然、そこのお店で、何か可愛いお土産を買ってくると、期待していたのに、結局、何も買ってこず、お土産は全部お菓子ばかりで、全く、困ったものだった。で、その翌日からわが社は3連休なのだが、有志で、海外旅行に出かけるグループもあるそう。なんとも、羨ましい話。パパは,本当は、3日ともゴルフに行きたかったらしいのだが、土曜にうるさい家族を連れ、映画を観にいき、今日から、二日連日、ルンルン大好きゴルフ。そろそろ、もう、エアコンでは追いつかない寒さになってきたので、帰ってきたら、ジュリアンのいる駐車場にある物置から、ストーヴを出してもらう約束だった。ちょうど、私が夕方の買い物に行っている間にパパが帰宅し、ストーヴを出してくれたのだが、リビングに置かれたストーヴを見て、「あっ」と思った。これじゃない方なんだけれどなあ・・・。でも、言えなかった。最初から、違う方と言っていなかった私の落ち度だしなあ。違う方、もう一回出してって言ったら、怒るだろうなあ・・・。このストーヴ、20年以上も前ので、点けると,すごいにおいがするのだ。そんなもの、早く捨ててしまえば良いのに、ずっと、捨てられないでいた。23年以上も前の話になる。私は、オネエを生んで、実家に帰っていた。ある日、産後の一ヶ月検診に名古屋に出かけていた。本当は、次の週でよかったのだが、担当の先生のご都合で、出産後23日目だった。母に、オネエを頼み、出かけた。診察が終わり、帰宅した時のこと。母が、玄関まで走ってきて、「Iちゃん、ごめんなさい」と泣かんばかりに、玄関で私を迎えた。「私、とんでもないことしちゃった」・・・。何事か・・と不安になって、家に上がると、それまであまり大きな声で泣かなかったオネエの泣き声が、聞こえてきた。どうしたのかと思ったら、太ももにぐるぐる巻きに、包帯をしていた。産後23日の小さな体の割に、広範囲の包帯に、「どうした?」と怪訝そうに聞く私に、父が、話し出した。オネエは、3524グラムで生まれた大きな子だった。すぐにお腹をすかせ、か細い声で泣いた。オネエが生まれたのは、2月の初め。寒い時期だった。母は、お腹をすかせたのだろうと、抱いたまま、台所で、ミルクを作り、湯煎をしながら、リビングに戻ろうとした。ところが、寒い時期で、はいていた裾の長い、足首まであったキルティングのスカートに躓き、前につんのめったそうだ。その途端、湯煎していたコップの熱湯が、オネエの上にこぼれたのだそうだ。火がついたように泣くオネエを抱いて、父と二人、近くの整形外科に飛んでいったそう。3時間ほど、冷やしてもらい治療し、帰宅したのだが、その痛さに、今まであまり大きな声で泣かなかったオネエだったが、火がついたような物凄く大きな声で泣いて、さっきからずっと泣き止まないと言う。包帯をしていたので、火傷の大きさが分からなかったが、その翌日から、名古屋の熱傷センターのある中京病院に通うことになった。初めて中京病院に行き、包帯をはずしたとき、生まれたばかりの小さな足の太ももに、10センチ四方、真っ赤になっているのを見たとき、私は、へなへなとそこに座り込んだ。こんなに大きな火傷だったんだ・・。帰りの車の中、私はオネエを抱いたまま、家に着くまで,ずっと泣いた。毎晩、オネエは、火傷の痛さに泣いた。日に何度か、消毒して、包帯を代えるよう言われたので、そのたび、また、その痛さにか、泣いた。父はオネエが泣き出すと、決まって家を出て行き、売るほど、包帯を買ってきた。自分の初孫。それも、娘が生んだ、可愛い、可愛い、初孫。その孫に、とんでもない怪我を負わせてしまった・・・と父は自分を責めつづけ、オネエが泣くたび、居たたまれなくなって、家を出ては、包帯を買い集めて帰ってきたのだ。そして、そんな父に私は、「もう、包帯は、十分だから、もう、良いから」と言ったのだが、やはり、オネエが泣き出すと、居たたまれなくなるのだろう、どこかに、行ってしまった。そして父は、今度は、私とオネエのため、新しい大きなストーヴを買ってきた。それが、このストーヴだったのだ。ずっと、捨てられなかった。父の思いのこもった、ストーヴだったから、ずっと、使っていた。しかし、父が病気になったころ、新しいストーヴを買った。今度のストーヴは、点火のときのにおいもしないし、いろいろな機能のついたものだった。で、父が亡くなった。今年で、ちょうど3年経った。去年、大きいし、場所を取るから、よほど、捨ててしまおうとしたのだが、どうしてもできなかった。このストーヴを見るたび、父のあのころの辛い思いが、手に取るように分かって、捨てられなかった。泣くことしかできない、まだ、生後23日の孫、包帯を代えるたび、泣く孫を見ていられずに、山ほど包帯を買ってきた父。その包帯は、23年経ったいまだに、無くならずにあるくらいだ。幸い、熱傷センターの医師のおかげで、今、何の跡も残らなかったが、「生後23日」と言うことで、資料の写真も撮られた。毎日、オネエを抱いて、タクシーで名古屋まで通った日々も、ちょっと痛い思い出だ。電車で通うから・・・と言ったのに、父は、毎回、タクシーを呼んだ。京都のパパのご両親にも、夫婦でお詫びに出かけた。そんな父の思いが、忘れられない。出してくれたパパに申し訳なかったが、「これ、捨てるつもりで,捨てられずに仕舞ってあった」と伝えた。始めは「そんなもの、どうして取って置くんだ!」と声を荒げたパパだったが、訳を話すと、納得してくれた。お父さん、もう、捨てて良いよね。ありがとう。ごめんね。
2007年11月12日
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今日は、月一のお食事会の日。パパはゴルフ、オネエは、一昨日から、発達障害児の教室の二泊三日のボランティアに出かけていない。チビは、バイトで、お昼は誰もおらず、好都合だった。今日行くお店は、ある有名なお豆腐料理のお店で、初めてこの県に出来る、支店だった。結構、前評判が良くて、予約が取れない・・・と言われていたので、10月の初めに開店したのだが、すぐに、予約を入れておいた。しか~し・・・・なのだ。いつも、集合は11時半。その時間に行くと、広い駐車場に、半分ほど、もう、車が入っていた。お店の暖簾をくぐると、綺麗に掃除された白木の香りのしてきそうな、広い廊下が見えた。お部屋に通されたら、今回のメンバーが、半分、到着して、掘りごたつ式のテーブルに座っていた。程なくして、もう一人のメンバーがそろった。実は、今回、私はこのお店に偵察にやってきた。・・というのも、来月、おばあちゃんの一周忌の法要があり、そのお料理屋さんを探していて、ここの評判を聞いて、ここにしようかと、でも、まずは、自分で行って、確かめておこうと、先月、ここを提案したら、友人達も「うん、知ってる、行きたい」となったのだ。まず、驚いたのは、出てくるお料理がすべて、以前からこの町にあるお豆腐料理のお店と、そっくり同じだったこと。お豆腐のシュウマイ、生麩の揚げたもの、湯豆腐、お豆腐と練り物の揚げ物、おこわ・・すべて、一緒だった。つまりは、歴史は、こちらの店のほうが古いので、あのお店が、まねをしていたことが分かった。しかし、器が、そっちのお店の物のほうが、数段上の物だった。味は、そう、変わらないから、こちらのお店の方が、貧弱に見えた。器って、本当に大切。そこで、減点一。それから、お料理を配膳する時、何と、普通はひざをついてお客さんの横から、出す物だが、立ったまま、お客さんの頭の横から、机に置いて行ったのには、びっくりした。おいおい、ちゃんと膝をついて、置きなさいよ~。 それが、礼儀ってものでしょう、減点2。それも、前に置かず、「勝手に自分で、前に置いてください」と言わんばかりに、端に置いていく。湯豆腐が用意され、火が入った。「○○のお水に、○○の豆を使ったお豆腐です。湯立った頃に、もう一度、伺います」と言って、係りの男性が、出ていった。しかし、ぐつぐつと、おなべが言い出し、待てど暮らせど、来ない。「これ、湯豆腐でしょう、あまり煮立てたら、すが入っちゃうよね~」と、友人の一人が蓋を開けたら、中は、もう真っ白で、お豆腐が、一回りも二回りも小さくなっているじゃないの~!慌てて、火を止めようにも、どこか分からない。一人の友人が立ってスウィッチを見つけ、止めた。どこのお水か、どこのお豆か知らないが、これじゃ台無し。減点3。暫くして、お運びの男性が来たが、忘れていたよう。で、その配膳だが、相変わらず立ったまま、それも、4人いたメンバーの食べ終わった器を、全員の物を片付けるのではなく、ばらばらと、片付ける。お絞りも、3回変えに来たが、全員のを片付けずに、一人のだけ、片付け、他の3人の前には、お絞りの山。食べ終わった器がそこにあるなら分かるが、何もないのに、端っこに置いていく。出ていってから「自分で置けってか~」と文句が出た、当たり前。で、私は気がつかなかったのだが、部屋に入って来る時、持ってきたお料理の乗ったお盆を下に置いたは良いけれど、何と、それを、またいだそう。冗談じゃない。どう見ても、アルバイトじゃない、30過ぎの男性だ。そんな躾も、していないのか・・・。減点4。で、極めつけは、デザート。3種類の中、お豆腐のアイスクリーム、桃のシャーベット、林檎のシャーベットがあるという。4人とも、林檎のシャーベットを頼んだら、暫くして、「申し訳ありません、林檎のシャーベットが、切れていまして・・」注文を聞きに来る前に、確かめて来いよ!!で、4人とも「お豆腐のアイスクリームで」と言った。減点5。もう、その頃になると、「なんだ?この店は・・」と4人とも、文句たらたらになった。「評判と全然、違うじゃない。これなら、真似だろうが、あっちのお店の方が良いわね~」「おばさん怒らせたら、怖いのにね~」「そうよ、私、最低、3人には言うわ」「私は5人には、『あそこはやめときなさい』って言っちゃう」と、非難ごうごうになってきた。「Iちゃん、来て良かったね、ここにしていたら、だんなさんの恥になっちゃうとこだったわね」本当に、来ておいて良かった。最後に持ってきたアイスクリーム、最悪、最低。半分近く、溶けていた。「何だこりゃ?」「もう、今日で最後だね、この店」「建物や、おトイレは、新しくて綺麗なのにね~、お料理や、お運びさんの躾がこれじゃね~」お料理屋さんを、経営なさってらっしゃる皆様。女性客は、怖いですよ。4人の評価が、最低だった・・・と言うことは、最低、5人に言っても、20人の耳に入るって事ですから、20人の耳に入るって事は、今度は100人の耳に入るって事です。おかしかったのは、机の端に、筒があってそこにボールペンがあった。多分、「ご意見を書いてください」・・・の紙が入っていたのだろう。その紙が一枚も無い。有ったら、全部、書いてあげるつもりだったのに。お勘定場に行ったら、「ご意見箱」が置いてあったから、間違いないだろう。このお店、この町では、多分、やっていけないと思う。だって、もう、二度と、行こうって思わないもんね。反省してください。帰宅し、すぐに、この店の料理を真似しているのであろう、以前から、何回か行っているお豆腐料理のお店に予約を入れた。おかげで、やっと、決まりました。その点においては、参考になりましたよ。
2007年11月11日
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先週「AIWAYS」と「バイオハザード3」を見に行った。観たい映画がいっぱいなので、今日は、前から見たかった「アスターダスト」を見に行った。ラブファンタジー映画。こういう映画、嫌いじゃない。大昔のイギリスが舞台なのだが、まだ、魔女の住む世界と、人の住む世界が、別に仕切られていた時代。門番の止めるのも聞かず、魔女のいる世界に出た若者は、魔女に捕まっていた、女性と一夜の恋に落ちる。魔女に魔法をかけられそうになって、あわてて人間の住む村に逃げ帰るがそれから数ヶ月経ったある日、その若者の下に、赤ん坊が届けられる。この赤ん坊が、実は、この映画の主役で、ここまでが序章。 まあ、最後に、その女性の身元も判明し、めでたしめでたし・・・と言う話なのだが、なぜに映画のタイトルが「スターダスト」と言うのかというと、☆が落ちてくるのだ。で、その赤ん坊が大きくなり、父親と二人暮しの青年が、それを確かめに、父親と同じように、門番の静止も振り切って、表の世界に出て、スターダストを探しに村をでる。そして、☆の落ちた場所に行き、綺麗な女性に出会い、恋に落ちる。そう、その女性こそが、落ちた星、スターダストだったのだ。で、そこから、冒険がはじまる。3人の魔女の館の魔女も、星が落ちた事を知り、そのスターダストを追い始める。なぜなら、そのスターダストの心臓を食べると、若さを手に入れることが出来るからで、そろそろ、体も顔も醜い老婆と化した3人姉妹の一人の魔女が、二人を、追い詰めていく。青年が、スターダストを守りながら、旅をする。そしてそれを追う、魔女、そして、もう一つ。元々別のところに国があり、そこの王が、寿命を迎えるにあたり、自分の後継者を決めることになった。その決め方が、結構、グロイ感じ。次々、兄弟同士で殺し合い、死んだ順から、幽霊になって、行く末を、観客よろしく並んで、座って見ているのだ。まあ、ここは、笑いどころなのだが。で、この王になるために、手に入れなくてはならない、大きなルビーの石。これを、スターダストが持っているのだ。だから、物語は、青年と、魔女と、王になりたい王子との三つ巴になる。そして最後、青年の母親の身元が分かりスターダストとの恋も実り、めでたし、めでたしとなる王道のファンタジー映画。今日は、映画馬鹿のチビも一緒だった。彼女を連れて行くと、解説付きになるので、面白い。この女優さんは、何の映画の何役で出てた人だよ・・・とか、この監督は、あの映画の監督だよ・・とか。今回は、男優さんが、前に見た映画にも出ていて、衣装や、メイクでこういう風に変わるんだなあ・・と面白かった。有名な所では、青年とスターダストを助ける空飛ぶ船の船長役で、ロバート・デニーロがでていたのだが、なかなか面白い、キャラクターを演じていた。ファンタジー映画としては、とても面白かった。こういう映画は、久しぶりたったので、今日は、超満足。ご家族連れで、見るには、とても良い映画だと思う。
2007年11月10日
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昨日は、少し硬い話になった。何だか、私らしくないなあ・・・・と少し思ったので、今日は、楽しい話をしたい。我が家には、犬が、2匹と、猫が1匹いる。飼い始めた順は、猫が最初。3匹を見ていると、実に面白い。よく、猫派ですか?犬派ですか?と言う、設問があるが、私は、どちらでもなく、動物が大好きなのだ。爬虫類でも、蛇以外は、大丈夫。緑色のトカゲなど、TVで見ると、飼いたいなあ・・・と思う。で、何の話かと言うと、その3匹の話なのだが・・・。この3匹の中、多分、一番頭の良い子は、猫のミルキー。本当にこの子、そのうちに人間語を話し出すのじゃないか・・・というくらい、表情が豊かだ。朝、私が起きてくると、一枚だけ空いているガラス戸から「にゃ~」。このガラスにも、理由がある。ジュリアンがまだ子犬の頃、猫のミルキーと追っかけっこをしていて、我が家のリビングと廊下の境にあるドアのガラスの一枚に飛び込み、割っちゃったのだ。全部で8枚あるうち、一番下のガラスだったので、彼らが出入りするのに、丁度良い・・とそのままにしてあるのだが、そこから、階段を下りて来る私の足音を聞きつけて、そのガラスのあった場所から顔だけ出して、言うのだ「にゃ~」この「にゃ~」はどちらかと言うと、「おはよう、早く御飯頂戴」の「にゃ~」で、文字にすると「にゃ~~」と長く訴えるように鳴く。「マンマ?」と聞くと、たったったったと自分の餌箱のある場所に、早くしてよと言わんばかりに私を振り返りながら行く。夕食時、椅子に座って皆で食事をしていると、私の横に来て、私が気がつかないと、椅子の座席の所に前足を掛け、二本足で立って、さらに片方の手で、私の腕を「ね~」とばかりに触る。大きな黒い目をしてじーっと私の目を見る。その可愛いことったら、無い。「何?」と聞くと、「ニャ」と短く鳴く。元々ブルーの目なのだが、好奇心がいっぱいの時は真ん中の細かった黒い部分が大きくなるのだ。パパが私の横にすわっていると甘えたいのか、パパの上に乗ってから、綱渡りのように、私の上に乗ってくる。パパはパパで、自分のひざの上に乗りたくて来たのかと思うので、抱っこしてやろうとするのだが、そのまま素通りしていくミルキーに「失礼な奴だ」と怒っている。寒くなる季節になると、その行為が多くなる。私に抱っこして欲しいだけなのだ。私のひざの上に乗ると、安心したように、丸くなって抱っこされている。のどをごろごろ言わせている。子猫の時、いつもそうして抱っこしていたのを、覚えているのだろう。「どいてよ」と言うと、気に入らないと「にゃー」。素直な時は、ちゃんと下りてくれる。家のどこにいるのか分からない時「ミルちゃーん」と呼ぶと、どこにいたのか、出てきて、優雅にこちらに歩いてくる。そうそう、誰かが、味付きの海苔を食べ始めても、どこからと無く、姿を現し、頂戴と言わんばかりに「にゃ~ー」。実に賢い。彼女も我が家に来て、早15年になろうとしている。実家で飼っていた三毛猫が20年生きたから、まだまだ、元気な感じがするが、猫の歳にしては、もう、壮年の年代かもしれない。今日も、ブルーの目を輝かせて、優雅に暖房の入った部屋の真ん中で、娘のするゲームを一緒に見ている。うん、可愛い奴だ!
2007年11月09日
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最近,本当に,企業のモラルを問われる事件ばかり起きている気がする。企業ばかりじゃない。政治の世界も、私達,身近なことも、「モラル」の低下が,感じられて仕方がない。「モラル」とは、「道徳」「倫理」「良識」と言う英語から,きている言葉だ。昔は、道徳の時間があったが、今もあるのだろうけれど、それを受け止める、子ども達は、十分,本音と建前をわかってしまっている時代になった。机上の授業で、いくら、道徳の意味を教えても、今の時代、それは、「建前」になってしまうきらいがある。本当に、今,この時代に、きちんと未来を生きる子ども達の「モラル」を、より良いものにしてやるのが、私達大人の責任のような気がする。電車に乗って、お年寄りや、妊婦の方、体の不自由な方に席を譲ることは、当たり前だし、席を立って一言「どうぞ」と言葉を添えれば、譲られた方も「ありがとう」の言葉も出るだろう。その時、その間の空間には、暖かいものが流れるのに、今、「どうぞ」が言えない人が増えているように思う。少しの気恥ずかしさがあるからだろうか?こんな小さな「モラル」から、政治や、企業の「モラル」まで、「モラル」の向上だけで、世の中が、うんと良くなってしまうような気がする。食品の偽造問題も、「モラル」の低下によるもの。誰も見ていないところで、悪いことをする・・・。いいえ、実はちゃんと見られているのだ。昔の人は、本当に良いことを言った。「誰が見てなくたって、おてんとうさんが、ちゃーーんと、見てる。」「おてんとうさんには、何でもお見通し」つまり、例え、誰も見ていない・・・と思っても、太陽、お日様は、あなたのしている事、ちゃんと見てるよ!・・・と言う意味だ。他にも、「天につばすれば、必ず自分に降りかかる」もあるなあ。我が家の場合、とりわけ、父が口にした言葉だった。父は、どういうわけか、下町育ちじゃないのに、この言葉を私に言いつづけて、私を育てた。「良いこと?悪いこと?」小さな私に、父は、いつもそう問うた。だから、おかげで、物凄く正義感の強い、くそまじめな性格になった。結婚した当初、パパの、たばこの車からの投げ捨てに我慢できなくて、喧嘩したことが何回もあった。「道路は、灰皿じゃないよっ」何度そういっては、「はいはい、そうですね」と嫌みたっぷりに言われたことか。黙っていられなくて、些細なことで、パパに文句を言うたび、「正義感が強すぎる」と言われた。今は、ニュースを見て、憤慨する私に「お、また、お前の正義感がゆるせないんだな」と茶化される。だが、正義感も「モラル」を作る、要素になっていることは確かだろう。今の親って,自分の子には注意できても、人様の子には、注意できない人が多すぎだと思う。いつぞや、電車の中で騒ぐ子どもを年配の女性の方が注意なさった。傍にいた、親らしい女性が、詫びるどころか、反論した上、「ばばあ」呼ばわりした。すると、その女性は、実に冷静に、その親もたしなめたのを見て、私は、「あっぱれ!!」と拍手したくなった。そういう光景、今,あまり見られない。この時代、怪我をしたくない・・・と思ってしまうから、余計に、モラルの低い行為を見ても、注意できなくなっている。本当に、何を隠し持っているか分からない時代。なんとも嘆かわしい。今の時代、正義感だけでは、人を説得できなくなっているのかもしれない。「モラル」の向上はどうしたら良いのか・・・。先ずは、親が,子どもに伝えるしか無いように思う。そのためには、子どもをしっかり見ていなくてはならない。例え、共働きで疲れていようとも、それが,親の大切な役目ってもんだと思う。そのためには、しっかり、両の眼で、自分の子どもを見ていなければ、いけないと思う。子どもの学費のためにパートに出ることによって、子どもとの時間が、少なくなるのは、本末転倒じゃなかろうか。短い時間でも、濃い時間を過ごせば良い・・・というのは、親の勝手な言い分で、長い時間、子どもをちゃんと見ていることによって、やはり,見えてくるものは大きいと思う。その子の親の代わりは、無いのだから、正面から,ガッツリその子と向き合い、たっぷり、時間をともにしてこそ、心の豊かさを与えてやれるのじゃないだろうか。・・・・と書くと、また、働くお母さん方に叱られてしまいそうだが、子どもの「モラル」が、向上しているのか、ちゃんと、見えてらっしゃるのですか?・・・と、時々問いたくなってしまう光景に遭遇してしまうのだ。例えば、昔は、薄暗くなったら、うちに帰るのは、当たり前だった。昨今は、昼間も通り魔事件があるので、暗くなったら、危険・・・とは言い切れないが、少なくとも、危険からの回避の割合は、高くなる。例えば、今の季節5時には,もうすっかり表は暗くなっている。それなのに、小学生が、何人かで集まって、コンビニの表にいる姿を見る。私は,こういう小学生達を見ると、親は何をしているのかと、いつも思ってしまうのだ。塾の帰りには見えないが、小学生が、塾の帰りにこういうところに行くこと自体が、私には、理解できないのだ。親は一体、何をしているのだろう・・。おやつも、用意してやれないのだろうか・・。事実、我が家も塾には行かせていたが、学校から帰宅し、着替えて、おやつを食べさせ、必ず、送り迎えをしていた。それが、世の中の危険なことから守る、親としての最低の義務だと思っていたから、何の苦にもならなかったし、その行き帰りで、子どもとのおしゃべりも、楽しかった。学校から帰って、コンビニに行く必要は、毛頭無いはずだ。コンビニって、大人向けの本もあけすけに売っているし、誘惑も多い。子どものお小遣いを、そう言うところで使わせるのも、疑問に思うが、昔は、横丁に必ず一軒、駄菓子やがあったから、子ども達は、そこで、ささやかなお小遣いを使ったが、今、大人のものと、子どもの物が一緒に売られているのにも、何だか、問題があるように思うが、仕方の無いことなのかもしれないなあ。モラルって、そういう,日常のちょっとしたことで、作られていくような気がする。大人が、もうちょっと、おてんとさんに顔をきちんと向けられるよう、頑張って、行動すれば、未来の日本をしょって行く、子ども達のモラルもきっと向上するに違いないだろう。最近のあまりの乱れた事件を目の当たりにして、つくづく思うのは、私だけでしょうか?
2007年11月08日
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おばあちゃんが亡くなって、もうすぐ、1年になる。父の命日が11月で、おばあちゃんの命日が、12月。何だかなあ。今日、思わぬ所から、電話があった。おばあちゃんをお願いしようと、パパと奔走して探した、特養老人ホームから。あの頃、片っ端から、申し込みに走った。おばあちゃんを引き取ってすぐのことだから、もう、5年も前のことだ。「すみません、○○苑ですが、Tさんの様子にお変わりないか、電話させていただきました」あ、そうだ、ここには、まだ、おばあちゃんが亡くなった事を知らせていなかった・・・。当時、私たちは片っ端から、老健と特養に、申し込んだから、ゆうに、30箇所くらいあった。おばあちゃんが亡くなって、知らせたのは、一部だけだった。だから、こうして時々、様子伺いの電話がある。そのたび、「連絡が遅れてすみません。昨年12月に他界いたしました」とお詫びするのだ。つまり、5年経った今も、空きは無い・・・ということなのだ。介護度が、上がったり、状況によって、順番が早くなる可能性がある。その調査のために電話をかけてくるのだ。こうして、入所を待っている間に、多分、大勢の入所希望者が、亡くなって行くのだろう。家族は、すぐに、入所させたかったのに・・・。圧倒的に、施設が少ない。今、病院経営も難しいといわれている。うまく回っている病院は、3ヶ月以上の入院はお断りだそう。5年も待って、入れない施設なんて、何かおかしいんじゃないのか・・とつくづく思う。その上、何も知らない私たちは、普通に入れると思っていた。まさか、特養が、介護4以上じゃなくちゃ、入れないなど、おばあちゃんが、介護4になって、初めて分かった。それならそうと、最初に申し込みに行ったときに、はっきりそう言ってくださればいいのに、介護2の時に申し込んだから、最初から、入れる希望は「0」だった訳で、まだかまだか、と無駄な期待をさせられていた訳で、本当に、何とかならないのか・・・と、思うのだ。枡添さんが、厚生大臣になってから、C型肝炎患者にたいする対処やら、とても、活躍なさってらっしゃるのを見て、老人福祉にも、もう少し、力を入れて欲しいなあ・・・と思わずにいられない。みんな、他人事のように思っているかもしれないが、老人介護、特に認知症の介護は、突然、自分に降りかかってくる。昨日まで、やれセレブ奥様だ・・・やれ、キャリアウーマンだ・・・いやいやそうじゃなくても、マイホームのためにちょっとパートを、子どものために、ちょっとパートを・・と言っていても、それは、親が、健康であるから成り立っていることなのだ。親が、ある日突然、倒れたら、正にその日を境に、生活は一変してしまうのだ。生活の全てが、崩れてしまうのだ。今、これを、読んでくださっている方の中にも、お父様やお母様、お姑さんやお舅さんを、介護なさってらっしゃる方もいらっしゃれば、まだまだ、お子さんも小さく、ご自分も親もまだ、お元気でお若い方もいらっしゃることと思うが、多分、今、介護なさってらっしゃる方は「そうそう、そうなのよ」と思ってくださっているだろう。そして、まだ、お若い方は、遠い事と思ってらっしゃるだろう・・・しかし、決して、遠いことじゃないのだ。脅すつもりはないが、心の準備だけは、しておいた方がよろしいようだ。私は、準備していなかったし、自分自身が、通院中だったから、途方に暮れたし、しばらくは,自分の生活がめちゃめちゃになった。そしてまた、もう一つ。そういう時って色々な意味で「兄弟」が「他人」になる最初の出来事じゃないだろうか。このことは、私だけでなく、私の周りの介護の経験のある友人達が,皆「そうね~」と、うなずいた事だ。時々、ブログなんてものを書いていると、愚痴ではないが、自分の経験した「認知症介護」の顛末を、書きたくなってしまうことがある。今日のように、思い出させる電話がかかってきたりすると、まだ、経験してらっしゃらない方に、心の準備だけはしておいた方が良いですよ・・・と言いたくなるし、政治のことはあまり良く分かっていないが、一日も早く、この現状から脱却できるよう、国に文句も言いたくなる。それは、やはり、老人介護や、認知症の介護をしたことのある人だけが分かることだから、この先も、多分、何度も、ここにそれを書き続けるだろう。それは、お許しいただこうと思う。唯一、私が、経験した一番辛いことだったからかもしれないし、そしてまた、唯一、私が大人になることが出来たことだったからかもしれない。
2007年11月07日
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冬の匂いがするようになった。少し冷たくなった風、木枯らしみたいな風が、吹いた。エアコンの暖房をここ数日入れている。もうそろそろ、物置に仕舞ってある、灯油のストーブを出さないといけません。駐車場につないである、ジュリアンが寒そうにしている。夏に刈った長い毛が、いつもならもう、生えそろって良い頃なのに、なかなかポインター姿から、脱却できない。もう、本当に、寿命なのかもしれない。うちに来て、12年。確かに、洋犬で、大型犬の寿命は、10年前後だそうだが、まだまだ、元気。ジュリーの兄弟のわんこは、あの、おもちゃ鑑定の北原さんの所にいたのだが、とうに亡くなって、今はその子ども達が人気者になっている。でも、今年の冬は寒そうだし、表で過ごすのは初めてだから、老体には厳しいかもしれない。もう少し寒くなったら、毛布を用意してやろうかな?住宅メーカーを、とうとう、一社に絞った。ここまで、もう一つの工務店と迷いに迷ったが、総合的に考え、断腸の思いで、お断りした。それなのに・・・だ。お気持ちは、分かる。だが、断った途端、大きな値引きのはなしやら、決めたメーカーの悪口やら、いくら小さな工務店なんだからそういう事があっても仕方ないよ・・・と言われても、あれはルール違反じゃないかと腹が立った。パパは、そういうもんだ・・・と一掃したが、私は、何だか、人間の汚さを見たようで、ますます、こっちのメーカーにして良かったと思った。たとえこちらのメーカーの方を断ったとしても、これから決めたメーカーで建てようとしている相手に、決めたメーカーの構造に関する欠点は、いくらなんでも、大きなメーカーのプライドもあるから、言わないだろう。こういうところも、お断りした理由だ。一つのメーカーに絞ったから、後は、なるべく早く、進めて欲しいと伝えた。オネエに、少しでも住んで欲しい・・・親心。オネエは、今、修士論文の最終追い込みで、本当に、毎日、帰りが遅いし、毎日、お昼を食べに出る時間が惜しいから・・と、今まで、そう何回も持っていった事が無いのに、毎日、お弁当を持って行くようになった。本格的に、忙しくなったんだなあ。頑張って欲しい。だが、来年、大学院を卒業しても、その後、半年後に資格試験がある。この臨床心理士の試験が済むまでは、本当に、オネエにとっては、試練続きだろう。親は、何もしてやれない。ただただ、健康で、無事、乗り切って欲しいと願うばかりだ。さあ、少し、頑張って、片付けしないと、このままじゃ、引っ越せませんな~
2007年11月06日
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昨日、娘のパソコンから、書き込み、マウスの無いパソコンの操作に、あたふたしてしまい、ああ、暫くお休みしようと決めたが、娘が帰宅し、自分の意思に関係なく、画面が動いたりする理由を聞いて、修理に出した、自分のパソコンから、マウスを持って来たら、何も支障がないことがわかり、「書きたい」の欲求がむくむくと頭をもたげ、休筆のお知らせをした翌日に、復活しちゃうことにしました。一貫性が無く、すみませんm(_ _)m昨日は、父の3回目の命日だった。先日取った柿を持って、お花を持って、お線香あげに家族で出かけた。母は、昨日、県庁所在地にある、昔、私も立った舞台のある文化会館で開催された、コーラスの大会に朝早くから出かけたので、一緒にお参りは出来なかった。良いお天気で、お墓にも、お日様は降り注いでいた。入り口でおけにお水を入れて、歩いて行くと、両側に新しいお墓が増えていた。父の入っているお墓は、真ん中くらいにある。横には、我が家のお墓になるはずの、空き地区間。お花を代えて、お水をあげ、お線香に火をつけたら、ものすごい勢いで、炎が上がった。おいおい、消せないよ~。こういう時、あわてなくても良いのに、慌ててしまう。思い切り振っても、手で風を送っても、消えない。火はどんどん大きくなって行く。反射的に、いけないのは分かっていたが、口で思い切り吹いて消した。先日、ニノの日記に同じようなことがあって、お姉さんが消せなくて、おじさんに渡したら、おじさんが焼けどした・・・とあって、思い切り笑ったのだが、まさか、自分も同じような目に合うとは思わなかった。理由が分かった。お線香を沢山、一度に持って、火を点けると、こうなるのだ。父が、お墓の中で、「もう、本当にお前って奴は・・」と笑っているだろうなあ・・・と思った。娘たちに続いて、手を合わせた。「お父さん、ちゃんと、この子たちを、私たちを見守っていてください」心の中、そう思いながら、手を合わせた。早いなあ・・・と言う気持ちと、何だか、うんと前だったような気持ちと、両方あった。亡くなる前々日に、焼肉をおいしそうに食べては「うまいなあ」と言っていた父や、初めて、免許取りたてのオネエの運転する車に乗り込み、「大丈夫か~」と茶化して楽しそうにしていた父が、私の中、最後の元気な父の姿だった。私達が駆けつけた時には、もう、意識もなく、ただ、橙色の目をした息をしているだけの父だった。今でも、あの時、もっと早くに行っていれば・・・と自分を責める気持ちと、いやいや、私やオネエ、パパやチビが同時に駆けつけた5分前に、意識が無くなったと言うことは、父は、私達に、自分の苦しむ姿を見せまいとしたんだ、たとえ、もっと早くに駆けつけても、父は5分前に、意識をなくしていたに違いない・・と言う気持ちと、3年経った今も両方が入り乱れている。最後に、父の好物だった柿をお供えして、お墓を後にした。お墓の話だが、我が家には、元々、いつもお墓参りに行く、本家のお墓があるのだが、父は、家から車で5分のここにお墓を建てた。その時のいきさつが面白いのだ。以前にも書いたような気もするが、父の本当の三回忌に改めて書こう。元々この場所には、昔から墓地があったが、数年前、整備して綺麗になった際、土地が少し余り、このお墓を抱える二つの大きな団地の中の住民に、優先的に募集があった。その広告が入った時、父が電話をしてきた。「おい、お墓いらんか?買ってやろうか?」「え?買ってくれるの?」単純な私は、すぐに、父の家に駆けつけた、それが、父の策略とも知らず・・。父は、二区画、購入した。横に、「K家」とちゃんと名前も入れてくれ、墓地の土地は、確保できた。もちろん、我が家にも、京都にお墓があるが、元々、我が家のご先祖様は山陽の出で、京都の墓も、亡くなったパパのご両親が、そこから土を持ってきて建てたお墓だった。しかし、京都は遠いし、近くにお墓があれば、私とパパが死んでから、娘達も気軽に来やすいなあ・・・と単純な思いから買ってもらった。しかーし、父には、壮大な策略が有ったのだ。つまりだ。父が亡くなった後、母が、お墓のお守りをするわけだ。しかし、母が亡くなった後は、弟がお守りをすることになる。今は、東京住まいで、バツ2の弟に、お守りが出来るかどうかしらないが、とりあえず、弟がする。さあて、その後だ。45歳の弟が、再婚する当ては無い。まして、こどもが、出来るかどうか、非常に疑問だ。結婚していた、二人のお嫁さんには、子どもは出来なかった。二人目は、そう長い結婚生活ではなかったが、一人目は、中学からのお付き合い。出来てるものなら、とうに出来ていたはず。父は思ったのだろう、「アイツには、子どもは出来ない」そうなると、弟が死んだあと、自分の入ったお墓はどうなるのか・・・。無縁仏になっちゃうかもしれない・・・・。そこで、目をつけたのが、唯一の自分の孫達だ。つまり、オネエとチビ。この二人が、子どもを産まない・・・と言うことは、まずない。となれば、この二人の産んだ子どもが、お墓を守ってくれるだろう。しかし、待てよ、二人は、外籍になる。だが、自分の父親、母親の墓は、守っていくだろう。そうだ!!、良いチャンスだ!!一緒に、墓を建てたら、その心配も無くなる。で、単純な私の性格を熟知している父は、私を引っ掛けたのだ。「おい、墓、買ってやろうか?」「え?本当?買ってくれるの?」まんまと引っかかった訳だ(爆)最初にその土地を見に行って、その策略に気がついた。何故なら、父のお墓の建つ予定の土地と、私に買ってくれた土地は、何と、大理石で、一緒に囲ってあり、片方の柱に実家の苗字が、もう片方の柱にパパの苗字が彫ってあったから(爆)いくらなんでも、パパの手前、これはまずいよな~と母に言い、母が、真ん中を同じ大理石で仕切ってくれ、母も、「お父さんのすることは・・」と呆れ、爆笑だった。でも、お父さん、大丈夫だよ。私が、ちゃんと、生きている間にお守するし、娘達にも、するよう躾けます。天国の父が、いたずらっぽくペロっと舌をだしたような気がした。
2007年11月05日
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パソコンが、壊れました。今、娘のパソコンからログインして書いておりますが、パソコンの修理が済むまでの間、しばらく、ブログをお休みします。娘のパソコンは、ノートパソコンで、マウスが無いものですから、使いにくいったら、ありゃしない(笑)また、復活したら、のぞきに来て下さいね。
2007年11月04日
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今日から、待ちに待った映画「ALWAYS 続編」が上映される。今日は、昨日から、チケットを予約し、楽しみにしていた。予断だが、私はもう、50歳を過ぎているので、パパと一緒に、映画を見に行くと、1000円で見られるのだ。映画好きには、たまらない、サービス。さあ、いよいよ、始まる。前回の「ALWAYS三丁目の夕日」は、結局、6回も見てしまった。その挙句、初回限定版DVDに、当時の掲示板も収録され、自分の書いた、色々な文章やら、父の写真やら、自分が小さかった時に、父が撮ってくれた、作りかけの東京タワーの下での記念写真やら、フラフープをしている写真を収録してもらったものだから、購入して、何回か見た。昨夜、その前作がTVで放映されたが、次の台詞を一緒に言ってる自分に、失笑してしまった。しかし、これだけ見ているのに、また、おいおい泣かされた。そういう力を、この映画は、持っているのだ。続編は、前作に比べ、人の気持ちを、描いている。もちろん、前作も、大ヒットしたのは、この映画の根底に流れる、どうしようもなく、温かい人の気持ちや、その時代に翻弄された人の悲しみだったのだが、今回も、たった一年だが、終戦後14年経ち、5年後に東京オリンピックを控え、同じ方向を向いて頑張っていた人々が、そろそろ、違う方向にも目を向け始めた、そんな時代に入った色々な立場の人の気持ちを描いていた。まだ、見てらっしゃらない方は、ここから、ネタばれがありますので、お気をつけくださいませ。今回、また、山崎監督にしてやられたのは、鈴木オートの戦友会。気にしていた戦友が無事で、嬉しくて仕方ない鈴木オート。しかし、後に、それが、前作の悪魔先生の幻のように、悲しい結果になる。しかし、私達は、戦友に会え、大喜びする鈴木オートの気持ちと一緒になって、笑顔で観ていた。実は・・・・・とその結果に、気持ちがどーんと、落とされるのだ。ずるいなあって、思った。これ、二回目に見たら、絶対、泣かされる場面だよね。で、二回、見たくなっちゃうんだよね~。そして、懐かしいピンクの蓋に乳白色のビンの「もものはな」。薬師丸母さんの優しさが、今回も、胸に染み入る。この時代、こういうお母さん、確かにいた。自分の子も人の子も、分け隔てなく、温かい気持ちで、包み込むようなお母さん。ここも、涙ポイント。その優しくて、強い、薬師丸母さんにも、戦争で引き裂かれた青春があったことが、今回、描かれている。そして、もし、この人と結婚していたら・・・と、母さんの胸に少しだけ、甘酸っぱい思いが、よぎるが、帰宅した途端、鈴木オートは、そんな母さんの思いも、木っ端微塵にぶっつぶしてくれ、やっぱり、この人で良かった・・・と、いつもの優しい笑顔の母さんに戻るのだ。そして二人で、襖に一人息子の誕生の八ミリを写し、昔を懐かしむ仲の良い姿。何とも温かくて、優しい場面だ。そして、今回の映画の軸になっている、茶川さんとヒロミさん。男として、頑張ろうと立ち上がる茶川さんを、町のみんなが、応援する。いつも、悪口を言っていた、飲み屋の仲間さえ、一生懸命に。だが、結果は、出なかった。しかし、観客は、最後の最後に、茶川さんのヒロミさんへの深い深い気持ちを知る。そして、その文章にまた、思い切り泣かされるのだ。前回も、戦後の成功者、悪役として、淳之介の実の父親が登場するが、今、悪役と書いたが、それは普通の今の親の姿なのだ。この映画の中、唯一、多分、彼が、今この時代の親の姿なんだろう。しかし、成功しなかった茶川さんだが、その、自分の息子に対する深い愛情を知り、身を引く。集団就職で東北から出てきた六ちゃんも、都会に慣れ、そろそろ、自分の時間を持つようになったが、綺麗な気持ちは、そのまま。今回も、いっぱい泣かされました。「ALWAYS」やっぱり、良い映画です。劇場の中、年配のグループや、ご夫婦の姿が目立った。今の映画、こういう姿が見れるのも、珍しい。この映画は、多分、この年代、この方たちが心置きなく、暖かい気持ちになれる、唯一の映画じゃないだろうか。ちなみに、もう一本見たのは「バイオハザード3」でした(笑)
2007年11月03日
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昨日、久しぶりに、思い切りからだを動かしたら、今朝から、足の裏側の太もものあたりが、筋肉痛。何故にここ?と思ったら、高い枝の柿を取ろうと、足を思い切り伸ばした事に思い当たった。全くなあ。今日は、朝から、雨。柿、昨日、取っておいて良かった。何だか、久しぶりの雨。肌寒いので、今シーズン初めて、暖房を点けた。こうして、一雨ごとに、冬になっていくのかなあ。セーターをまだ、クリーニングに出していなかった物を、出しに行った。寒いので、母が持って来てくれたお古のセーターを着た。母が着なくなった物を、普段着に貰っている。母は、いつも、良い物を買うので、「捨てる時は、私に教えて」と言ってあり、時々、シーズンごとに、「こんなのどう?」と散歩の途中で持って来てくれる。母は、赤や、ピンク、クリーム色など若い色を着るので、私にも、十分、可笑しくないお洋服ばかりなので、助かる。私の普段着は、ほとんど、母のお古だ。先日、表参道で淡いピンクのツインニットを買った時、友人に、「Iちゃんは、月に幾らくらい、お洋服代に掛けてるの?」と聞かれた。実は、私は、あまり頻繁にお洋服を買うことは無い。ネットで買い物をするようになってから、デパートにも余り行かないし、本当に、余りお洋服は買わない。その上、物凄く、物持ちが良くて、10年前のセーターとかも、いまだに、大切に着ている。だが、買うときは、良い物を買う。でも、10年も着れば、十分、元は取れていると思う。昔は、安くて、流行のものを、沢山買った。しかし、40を過ぎる頃から、やはり余り安物には手を出さなくなって、自然、買う数も、激減した。若いうちは、流行のものを沢山買うのも良いが、やはり、年を重ねてくると、目が肥えてしまい、良い物が欲しくなる。以前、モード学園の学生の頃、授業でこんな話を聞いた。「メーカーは、流行の形は、安く作る。何故なら、すぐに着なくなるから。その代わり、上質な値段の高い物は、流行の形じゃなく、プレーンな形を重視している。何故なら、値段の高い物は、そうそう買えないから、少なくとも5年は着られるようにするため」成る程なあ・・・・と思った。事実、10年前に買った、落ち着いた色の花模様のツインのニットなど、大好きで、毎年、色色なスカートに合わせて着る。今回買った、ピンクのツインニットは、中の半そでのセーターは、胸のところに、同じピンクのリボンで、刺繍がしてあり、カーディガンは、前一列両側に、同じ刺繍がしてある。これは、長いこと着れそうだし、この色なら、私が着れなくなったら、娘達にもあげられるなあ・・・と買った。素材も、とても良いので、先日ちょっと着たら、物凄く肌触りが良かったし暖かかった。やっぱり、女だなあ・・・とこういう時に思う。着る事、楽しい。お引越しも有るから、そろそろ着なくなったお洋服を処分しなくちゃならないが、何だか、勿体無くて、処分できずにいる。オークションにでも出そうかなあ。これだから、片付かないんだよね・・
2007年11月02日
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11月に入りました。年末の空気感がほんの少し、漂う。店には、クリスマスケーキの予約の見本が並ぶし、おせち料理の案内も来る。また、今年も、この時期になったんだなあ。かく言う私も、早々と、ショップチャンネルのお節を予約した。今年も、全国の美味しい物が一杯詰まったお節です。午後から、娘が、柿を取ってくれと言うので、重い腰を上げた。もう、十分、赤くなっていて、私もそろそろ取らないとなあと思っていた。ボーイフレンドが、大学院のある地方から帰って来るそうで、前回、持たせた柿が、ご家族に好評だったとか。前回柿を取る時、実は、黄色い蜘蛛の巣を素手で取って、かぶれた。翌日、体の露出していたあちこちがかぶれて、参ったので、今回は、重装備。手には、シリコンのぴったりした使い捨ての手袋をして、足は、暑いソックスを履いた。ベランダに出て、高枝バサミで、次々取っては、娘が受け取った。大きな大きな富有柿が沢山収獲できたが、所どころ、鳥につつかれている物も多かった。ベランダで取れるものは全部取ったところで、娘が、めぼしい物を袋に入れ、出かけていった。高枝バサミで、柿を取るのは、なかなか大変なのだ。何故なら、柿一個の重さが、高枝バサミの長さに比例して、手に掛かる重みが増すからだ。それでも、もう、今日、全部取れるものは取ってしまおうと思ったので、娘が出かけてから、下に降りた。斜面の上の崖に乗って、取ったら、沢山取れた。が、石垣の崖の端の土に、少しえぐれている場所があって、其処に足を取られ、倒れた。幸い、がけ側じゃなく、反射的に庭側に倒れたので、大事に至らなかったが、植木の上に倒れたので、バキバキっと、枝の折れる音がした。自分で爆笑。しかし、足首に、擦り傷。全く、年は取りたくないなあ。沢山取れた。母に少し持って行こう。柿は、都会でも、よくお庭になっているのを見る。事実、以前、伯母のところに行く時、持って行ったら、キッチンに、沢山、何処からかいただいたのだろう、袋に沢山入っていた事もあったから、人に差し上げる時は、いつも、「柿の木、あります?」とか「柿、何処かで沢山頂いたりしますか?」と聞く。貰っても、困っちゃうことってあるから結構、柿は難しい。今回も、先に尋ねて有った知り合いなどに送ろうと思った。夜、唯一、好きなパパに2つ剥いた。一個食べてみたら、甘い味が、口に広がった。うん、美味しい。私は、固い物より、柔らかい物が好きなので、鳥がつついた、反対側を切って食べた。秋の実り。神様からの贈り物だなあ。いよいよ、秋、本番。大好きな季節です。画像は、柿を食べている、ヒヨドリ。これが、一度に、30羽も、やってくるのだ!
2007年11月01日
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