全26件 (26件中 1-26件目)
1

■慶應義塾大vs早稲田大2回戦は、雨中の大熱戦だった。5回裏途中には雨足が早くなり約30分間の中断もあった。グラウンドの土は田んぼのようなドロ状態。ともすると試合は緊張感に欠けがちになるものだがさすがに早慶戦。終盤に慶應大が追い上げを見せるなどの好ゲームだった。この試合をもって春季リーグは終了。早稲田大は2位、慶應義塾大は4位が確定した。慶大 002 010 200 =5早大 012 210 00X =6(慶)小室-田中宏、(早)福井-松下-大石■早稲田大、スタメンに7番・ショートで大石達也(3年、福岡大大濠高)が名を連ねていたのには驚いた。入部の際はポジションがショートだったことは知っていた。だけど、これまで投手として大活躍を見せた経緯からはとても意外なこと。なのに打撃では三塁打を放って先制点に貢献し、守備でも軽快なプレーを再三見せた。さらに8回からはマウンドに立ち慶應打線を完璧に抑えたものだから、さながら「大石達也のワンマンショー」ともいえた。テレビで解説をしていた野村徹氏(早稲田大・前監督)は、「きっと應武篤良監督は、今後の大石を投手で成長させるか、野手で伸ばすか見極めたいのだろう」と分析。そして氏は「大石は投手で伸ばした方がいい」と自身の意見を語っていた。ボクもまったくそのとおりだと思う。■一方、慶應義塾大は、2番手で登板した田中宏典(3年、佐賀西高)が好投を見せた。雨の中、4回1/3を投げて被安打2、自責点1は立派。田中宏の好投があったからこそ、最後まで締まったゲームになったともいえる。ただ、5回のワイルドピッチによる失点(6点目)に後悔が残った。雨で手元が滑ったことが理由だろうけど、その失点が決勝点になってしまったのだから残念だった。1日1クリックお願いします
2009.05.31
コメント(2)

昨日(5月30日)行われた早稲田大vs慶應義塾大1回戦。早大 000 230 000 =5慶大 000 000 10X =1(早)○斎藤佑、(慶)●中林、村山、田中宏、松尾拓■注目されたエース対決だった。いやそれだけでない、両チームとも甲子園で活躍したバッテリーが組んだ戦いでもあった。早稲田大は、2006年夏に甲子園で早稲田実のバッテリーを組んだ斎藤佑樹(3年)と白川英聖(3年)。一方の慶應義塾大は(その一年前)2005年のセンバツで慶應高のバッテリーを組んだ中林伸陽(4年)と高橋玄(4年)。◇白川英聖の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「高校野球なければ死にます!(長島三奈)」 (2007.8.7) → こちらへ。だが結論から言うと、両投手とも本来の出来ではなく、お互いに走者を背負うシーンの多い苦しいピッチングが目立った。特に慶應義塾大の中林。対明治大1回戦(4月26日)の大乱調がまだ尾を引いていたのか、この試合もパッとせず5回途中早々に降板した。(中林の今日の成績)4回1/3、被安打7、与四死球0、奪三振2、自責点5。■中林を援護したい慶應の打撃陣も、序盤に2度も先制のチャンスが掴みながら得点できなかったことが大敗につながった。あと安打が一本でも出ていれば、試合の「流れ」が変わってもおかしくない状況だったため、テレビで解説をしていた後藤寿彦氏(慶應義塾大・元監督)もさぞ歯痒かったに違いない。そして惜しまれるのは4回表の守備のこと。1点を先制された後、なおも二死二塁で早大・土生翔平(2年、広陵高)の中前打が飛び出した時だ。センターから本塁への返球は完璧で際どいタイミングだったが、球が捕手に達する直前、中継に入ったファースト・小野寺和也(4年、前橋高)がカットしてしまったこと。まだ試合の「流れ」が定まらないタイミングで、このプレーは慶應にとって痛かった。■一方、早稲田大の斎藤佑樹。こちらも今季を通じてそうであったように、変化球が高めに浮くことが多く、打撃力が決して高くない慶應打線に助けられたように見えた。ただ、解説の後藤氏は「直球の力をもっと高める必要がある」と再三指摘しながらも「ピッチングの安定感はさすが」と評していた。斎藤佑、意外にも今季初完投勝利。(斎藤佑の今日の成績)9回、被安打6、奪三振10、与四死球4、自責点1。■以下、日刊スポーツより斎藤佑樹のコメントを。(斎藤佑は)すべてに満足してはいなかった。「(投球の)バランスです。ボールが続いたりすることがある。それを元に戻したいです」---------------------------------------------------------昨日の朝日新聞より。元・早稲田大の投手だった大越基氏(中退、仙台育英高)が5月28日、日本学生野球協会からアマチュア(高校野球指導)復帰を許可されたという。大越基氏。89年夏、甲子園の準優勝投手であり、早稲田大中退後にホークスに入団した。03年に引退後は山口・早鞘高の教員を続け、高校野球の指導者を目指していた。◇大越基の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「大越基、山口県で高校野球指導者に挑戦中!」 (2007.1.27) → こちらへ。 1日1クリックお願いします
2009.05.31
コメント(0)

朝日新聞では「高校野球の針路」というタイトルの記事が3回にわたって連載されていた。インタビューの相手は、高野連会長の奥島孝康氏(元・早稲田大総長)。記事は、一時話題となった「特待生」という呼称について氏なりの定義づけや、「(ボランティア)審判」に対しての考え方などが簡潔に書かれていた。そして、記事中にはこんな発言もあった。「(高野連は)組織が大きいから全体が号令の下で『右向け右』となっていないか。みんなで深めて考えていく姿勢がもっと欲しい」これは「(大きくなりすぎた組織の)硬直化」に対する氏の懸念なのかもしれない。だとすれば、2年前(2007年)春、突然に巻き起こった「特待生問題」はその代表例(と思う)。あまりに杓子定規な対応は大きな波紋を呼んだものだったし、一律に規制を作って春季大会から「特待生」を締めだすのはいかがなものか? と、ボクも思ったものだった。谷沢健一氏のブログ『ニューアマチュアリズム』には、今年1月に行われた「藤球会」の席上にあった、高校野球に対しての奥島氏のスピーチ内容が紹介されていた。(1)プロ・アマの垣根はそのまま大切に維持したい(2)軟式野球を国体の種目に復活させたい上記の(1)は、朝日の記事と若干矛盾する気がしたけれど・・・。尚、谷沢氏の記事によると、奥島氏のスピーチにはもうひとつポイントがあったらしい。(3)甲子園で早慶戦を実現したい今春のセンバツで、その夢は叶わなかったようだけど、「神宮の早慶戦」はつい先ほど始まった。 1日1クリックお願いします
2009.05.30
コメント(0)

法政大が今日(5月24日)の試合で、6季ぶりの優勝を決めた。昨日の試合が素晴らしかったけど、今日も負けず劣らず名勝負だったようだ。(明大vs法大2回戦)明大 000 121 000 =4法大 003 000 011X=5(明)難波-森田貴-●野村、(法)三上-上野悠-西-○三嶋■以下、日刊スポーツより。法大が今井諒外野手(3年=履正社)のサヨナラ本塁打で明大に連勝。勝ち点5を挙げ、06年春以来6シーズンぶり43回目の優勝を決めた。 3回に亀谷信吾外野手(4年=中京大中京)のソロ本塁打などで3点を先制。しかし6回に3-4と逆転を許した。8回に敵失で4-4とすると9回裏、先頭打者の今井が明大のエース、野村祐輔投手(2年=広陵)から劇的なサヨナラアーチを放った。前回優勝した06年春以降は昨年秋まで4、4、4、5、4位と低迷を続けたが、1、2年生の活躍などで復活を果たした。法大は6月9日開幕の大学選手権に出場する。(以上、日刊スポーツ)法政大、最近の順位は「4、4、4、5、4位」だったか・・・。詳しいことは忘れたけど、昨季の悲惨さはボクも憶えている。相手に先制点を許したら最後、絶対に逆転できそうな雰囲気はまるでなかった。投手陣はそこそこだったのに、打撃陣はどうしようもなかった。なのに今季、打撃陣の「力強さ」といったら、いったいどうしちゃったんだろう?その理由を、ボクなりに勝手に推測してみた。ひとつは、故障など出場機会が与えらず苦労してきた上級生たちが活躍できたこと。2つ目は、下級生たちが臆せずにプレーし活躍できたこと。そして上級生と下級生の歯車がうまくかみ合ったこと、これが3つ目の理由だ。上級生では松本雅俊(4年、関西高)や今井諒(3年、履正社高)らがそう。下級生では多木裕介(1年、坂出高)などが当てはまる。と、ここまで書いて、投手陣にも似た傾向があったことに気づいた。上級生では、今季大いに活躍した二神一人(4年、高知高)や上野悠(4年、平塚学園高)らが当てはまる。下級生では三上朋也(2年、県岐阜商高)や三嶋一輝(1年、福岡工高)がそう。今季あまり出場できなかった加賀美希昇(3年、桐蔭学園高)や武内久士(4年、徳島城東高)らの穴を埋めるに十分な活躍ができた。ただ欲を言えば、早・法・明のプレーオフも見たかった気もするが・・・。 1日1クリックお願いします
2009.05.24
コメント(2)

今季、ボクが見た試合の中では、最高に面白いゲームだった。試合終盤はネット裏の一般客も大いに盛り上がるほどだった。法政大、この試合に先勝したことで6季ぶりのリーグ優勝に王手をかけた。一方の明治大、明日・明後日に連勝してプレーオフを目指す以外に優勝への道は閉ざされた。今日の試合、あえてMVPを決めるなら、投打に活躍した法政大・三嶋一輝(1年、福岡工高)を挙げたい。特に延長10回表、二死一・二塁の好機に、内野安打を放って走者2人を迎え入れる決勝の適時打を放ったこと。投げては8回途中から5番手で登板し、明治大打線を完璧に抑えた。(法大vs明大1回戦)法大 000 000 030 2 =5 明大 102 000 000 0 =3(法)二神-西-藤田-吉越-○三嶋、(明)野村-●隈田-森田貴------------------------------------------------------------序盤、試合の「流れ」は完全に明治大にあった。初回から法政大の先発・二神一人(4年、高知高)を捕らえ、4番・小道順平(4年、二松学舎大附高)の犠飛で先制し、3回には6番・荒木郁也(3年、日大三高)の中前安打で2点を加えて二神をKO、主導権を握った。中盤以降は法政の中継ぎ投手陣が大健闘。 ピンチを作りながらも凌ぎ切った。ただ明治の先発・野村祐輔(2年、広陵高)も負けてはいない。7回まで被安打3の好投を見せ、法政打線を全く寄せつけなかった。だが8回表、明治の勝利濃厚な空気が漂う中、法政が同点に追いついた。安打と死球で一死一・二塁の好機をつかむと、6番・多木裕史(1年、坂出高)の右翼線二塁打で2点を返す。続く7番・今井諒(3年、履正社高)が右前安打を放ち、3点目を挙げて同点になった。そして延長10回。この回先頭の5番・佐々木陽(3年、作新学院高)が右前安打で出塁したことで、法政が試合の「流れ」を手繰り寄せる。送りバントと四球などで二死二・三塁の好機を迎えると打順は9番・三嶋に。本来なら代打を出す場面だった。だが「投手」として10回裏も投げさせたい法政大ベンチは、三嶋をそのまま打席に送った。 この場面で勝負に行かなかった法政だったが、このことが結果的に幸いした。初球を思い切り叩いた三嶋の打球は、人工芝の力を借りて大きくバウンドし二塁ベース付近に転がった。前に突っ込んだショート・上本崇司(1年、広陵高)が懸命にグラブを差し出したものの、タイミングが合わずグラブが弾かれて後逸。その間に走者2人が生還し、それが決勝打となった。(今日の三嶋の成績)2回2/3、打者8、被安打0、奪三振4、与四死球0、自責点0。◇三嶋一輝の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「東浜巨で思い出す三嶋一輝のこと」 (2009.4.21) → こちらへ。 「福岡工高・三嶋一輝、法大へ」 (2009.1.18) → こちらへ。 1日1クリックお願いします
2009.05.23
コメント(6)
注目の法政対明治1回戦は延長10回の末、スコア5-3で法政が勝利。明日も勝てば優勝が決まる。法政、今日のMVPは三嶋一輝。8回途中から登板し好投。さらに延長10回には決勝の適時打も放った。
2009.05.23
コメント(0)

■以下、日刊スポーツ(5月21日付)より。国学院大が3-1で青学大に雪辱し、5位を確定した。先発した村松伸哉投手(3年=光星学院)が6回を3安打の1失点で今季初勝利を挙げ、07年秋以来のリーグ戦6勝目とした。中大も立正大に10-4で雪辱した。21日の3回戦で国学院大が負け、立正大が勝っても、勝率で国学院大が上回る。最下位となった立正大は、6月6日からの入れ替え戦で2部1位の専大と対戦する。 国学院大のエース村松が今季初勝利に涙を流した。「こんな負けてばかりの投手を使ってくれたんで、恩返しがしたかった」。開幕投手になりながら勝利に縁がなかった。この日は球速を抑えた投球で5回2死まで無安打。2年前、150キロ速球を武器に5勝した右腕には、その07年秋以来の白星だった。竹田利秋監督は「1つ勝つのがこんなに難しいとは。村松がよく投げてくれました」と話し、久びさの笑みを見せた。(以上、日刊スポーツ)ついに、いや、やっと村松伸哉(3年、光星学院高)が勝利した。一昨年(07年)秋季リーグ以来というから、実に1年半ぶりの白星・・・とにかく長かった村松、07年春に彗星の如く東都大学リーグに登場し、1年生ながら開幕投手を務めた逸材だ。そして同年夏に行われた日米大学野球では、この時も1年生ながら斎藤佑樹(当時1年、早稲田実)とともに日本代表選手に選出された。そして八面六臂の活躍を見せて、あろうことか(?)斎藤を押し退けてMVPを獲得したのは、この村松だった。村松の魅力は、長身から投げおろす速球やスライダーでビシバシ相手打者を討ち取るピッチングにあるのだけど、ボクにとってはそれだけではない。勝っては泣き、負けては悔し涙を流す、そして 納得できなければ相手が審判であろうと向かっていく「激情型」の性格にこそ彼の魅力を感じてしまうのだ。投手はポーカーフェイスが最適だが、それと真逆の投手というのも面白い。およそ1年半に及ぶブランクの間、高校時代のチームメイトだった坂本勇人(現・読売、光星学院高)が大ブレイクした。そして青森県下のライバルだった現・青山学院大4年の加守田隆介(青森山田高)は、同じ東都大学リーグで主軸を打つ打者に成長した。相当な焦りもあっただろうけれど、村松はやっと復活を果たした◇村松伸哉の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「村松伸哉、復活を祈る!」 (2009.1.11) → こちらへ。 今日も1クリックお願いします
2009.05.21
コメント(0)

■以下、サンケイスポーツ(5月17日付)より。東京六大学野球第6週第1日(16日、神宮)1回戦2試合を行い、明大と首位を争う1敗の法大は、八回に松本雅俊内野手(4年)が決勝本塁打を放ち、3-2で慶大に先勝した。 法大・4番の松本雅がリーグ戦初本塁打。これが決勝アーチとなり「直球です。狙っていきました」と誇らしげだった。岡山・関西高出身。2年春のオープン戦で打球を追いかけてほかの選手とぶつかり、鎖骨を骨折。同年秋には右肩を手術したためリーグ戦出場は今季からだ。この日、3打数2安打で打率は.429でトップ。「首位打者をとってみたい」と前を向いた。(サンケイスポーツ)16日に行われた法政大vs慶應義塾大1回戦。法政大はエース・二神一人(4年、高知高)が完投し勝利を収めたが、決勝打を放ったのは、松本雅俊(4年、岡山・関西高)だった。(法大vs慶大1回戦)法大 100 001 010 =3慶大 000 001 010 =2(法)○二神、(慶)●中林松本雅の決勝打が飛び出したのは、スコア2-1で法政大が1点リードして迎えた8回表のこと。この回先頭打者だった松本、慶應・中林伸陽(4年、慶應高)の初球(135kmの球)を叩くと、打球はグングン伸びてレフトスタンドの上段に突き刺さった。この決勝打になった本塁打は、松本雅にとって記念すべきリーグ戦初本塁打にもなった。 そして翌17日の対慶應大2回戦でも、同点の適時打を放つなど絶好調。ただ、今季これまでずっと4番打者ではあったけど、送りバントをするために代打を送られてしまうなど、ちょっぴり悲哀も味わった。次週の明治大戦は最後まで出場し、首位打者の座をつかみたいものだ。松本雅俊。関西高3年生の時(2005年)、センバツと夏の計2回、いずれも背番号「4」をつけ甲子園に出場している。センバツでは1回戦で慶應高と対戦し、スコア7-8でサヨナラ負けを喫した。奇しくもその時、慶應高の投手は中林伸陽だった そして夏、初戦に勝利したものの、2回戦で京都外大西高にスコア10-12で敗退した。この時、関西高のエースは現・日本ハムのダース・ローマシュ匡。余談。以下、松本雅とは直接関係ないことだけど。関西高と聞くと、ボクは思い出す一人の選手がいる。それは松本雅が卒業後、2006年のセンバツ2回戦でタイムリーエラーをしてしまった熊代剛がその人。前日に延長15回引き分けとなり、この日(2006年3月30日)は再試合。相手は早稲田実。(2006年3月30日、センバツ2回戦)早実 001 010 002 =4関西 000 000 120 =3以下、その時の模様を「あま野球日記」バックナンバーより引用。--------------------------------------------------------------9回表一死で走者1塁、早稲田実の攻撃。2-1で関西がリード、あと2人をアウトにすることで、昨日延長15回で引き分け再試合となったこのゲームの決着がつくはずだった。ところがここでドラマが起きる。早稲田実の打者・船橋が放った右前打。走者1・2塁になるかと思ったが、右翼手の熊代が3塁送球を焦ってシングルハンドで打球を捕りに行き後逸してしまう。ボールは後方のフェンスまで達した。その間に1塁走者はもちろん、打者走者の船橋まで生還し逆転、これが決勝点になった。熊代君、ボールを後逸した瞬間以降右翼のポジションに立ちながら泣いていた。ゲーム終了まで涙が続いていた。涙、涙、涙...◇熊代剛の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「惜しかった関西高校、まだ夏があるぞ!!!」 (2006.3.30) → こちらへ。「関西高・熊代選手を憶えていますか?」 (2006.8.8) → こちらへ。---------------------------------------------------------------この試合、早稲田実の2番手投手は、今ほど有名になっていなかった現・早稲田大の斎藤佑樹だった。 そして熊代は現在、大阪体育大の野球部に所属しているらしい・・・あれれ、でも調べてみたら熊代の名前がない。なぜ? 今日も1クリックお願いします
2009.05.19
コメント(0)

試合後、早稲田大・應武篤良監督はこう言ったという。「我々は優勝だけのためにやっている訳ではない。あくまでも6大学の対抗戦という意識で、集中力を切らさずに全力で戦った」 (日刊スポーツ)昨日(17日)行われた第2試合、対明治大2回戦が始まる前に法政大が慶應義塾大に勝利を決めたため(第1試合)、その瞬間早稲田大の連覇の夢は消えた。法政大の勝利が決まる直前、メンバー交換ではわずかな優勝の望みを賭け(法政大が敗退することが絶対条件)、連投ながら斎藤佑樹(3年、早稲田実)を先発に立てていたのだが・・・。そして肝心の第2試合でも、集中力が切れてしまったか斎藤は2失点であえなく降板、チームも敗れ1勝1敗のタイになってしまった。 迎えた今日(18日)、対明治大3回戦。優勝の可能性はまったくなくなったものの、意地で明治大に黒星をつけて、早稲田大は明治大に雪辱を果たし勝ち点を挙げた。冒頭にあった應武監督のコメント、たぶん真意ではないだろうけど、勝利に結びつく戦いができたのは、技術力・精神力など早稲田大の底力が優れていたからだと思う。早稲田大、今日の1勝は秋季リーグ戦につなげるための貴重な1勝だった。(明大vs早大3回戦)明大 001 000 010 =2早大 004 000 00X =4(明)●森田貴-隈部-成田、(早)○福井-大石※ちなみに、昨日ブログを書けなかったので結果だけ記しときます。(明大vs早大2回戦)早大 000 000 201 =3明大 110 010 11X =5(早)●斎藤佑-松下-池下-大野、(明)○難波-野村-----------------------------------------------------------------今日の早稲田大、対明治大3回戦で勝利したヒーローは、先発した福井優也(3年、済美高)だろう。明治大打線を8回、被安打7、奪三振6、与四死球4、自責点2に抑えて勝利投手となった。対東京大2回戦(4月12日)、福井の投球はハッキリ言って無茶苦茶だった。速球をビシバシ決めたかと思うと、ランナーを背負えばそれが一転、四球を出しまくってチームのリズムを狂わせた。そんな福井を見て、ボクはこのブログに 「一人芝居の福井優也劇場」と書いたし、應武監督も福井に苦言を呈していた。◇應武篤良監督の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「最近の大学野球の記事から」 (2009.4.14) → こちらへ。以来、福井に先発のチャンスはなかったが、今日の明治大戦で自分なりに期すものがあって、見事に雪辱を果たしたのだろう。 福井優也。言わずと知れた2004年センバツの優勝投手。準々決勝ではダルビッシュ有を擁する東北高に、最終回の大逆転劇で勝利した。この試合で先発していたのが、当時まだ2年生の福井だった。準決勝では明徳義塾高にスコア7-6で辛勝。(この試合、明徳義塾高の2番手投手は、いま早稲田大のチームメイト・松下建太だった)そして決勝では愛工大名電高をスコア6-5で破り優勝した。(調べきれなかったけど、この試合では愛工大名電高には、いま早稲田大のチームメイト・小島宏輝がいたはずだ)今日も1クリックお願いします
2009.05.18
コメント(4)

昨日(5月16日)行われた法政大vs慶應義塾大1回戦。法政大の新エース・二神一人(4年、高知高)は慶應打線に2点を失ったものの9回を投げ切り、今季4勝目を挙げた。この試合の「ヤマ場」は9回裏、慶應大攻撃の時に突然訪れた。法大 100 001 010 =3慶大 000 001 010 =2法政大が先制、中押しをするものの、慶應大がすかさず追撃する展開。そして9回裏、法政大勝利の予感が球場を包む中、慶應大が意地を見せる。この回先頭の6番・小野寺和也(4年、前橋高)が二神の初球を右中間に放ち(二塁打)、いきなり一打同点のチャンスを作る。送りバントで三進後、代打で登場したのは、なぜかこの試合でスタメン出場していなかった湯本達司(4年、野沢北高)。この湯本、「ここぞ!」という場面では必ず快打を放つ打者という印象がボクには強くあるのだが。三塁走者の生還を許すまじと前進して守る法政内野陣。これまで緩急をつけた巧妙な投球を見せていた二神だったが、この場面では140km台半ばの直球主体でグイグイ押して湯本に立ち向かう。 湯本も懸命に粘って二神に8球を放らせたが、結局平凡なセカンドゴロに倒れ二死。三塁走者はそのまま。そして9番・中林伸陽(4年、慶應高)に代え、湯浅亮一(4年、慶應高)が代打で登場。ここでも二神は直球で真っ向勝負。初球145km、次いで147km、146km・・・、懸命にファールで食い下がる湯本だったが、結局セカンドライナーに倒れ、慶應の追撃はならなかった。今秋のドラフトで上位候補の二神一人。終盤に見せた直球一本の投球は同僚の武内久士(4年、徳島城東高)や加賀美希昇(3年、桐蔭学園高)と同様、「右の本格派投手」であることを証明するに十分な投球だった。ただひとつ残念なことは、4回に今季初の四球を与えたこと。無四球イニング数が31イニング目で途切れてしまった。◇二神一人の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「今季これまでの奪三振率・与四死球率・被安打率」 (2009.5.14) → こちらへ。※尚、武内、加賀美ともに昨日の試合ではベンチ入りさえしていなかった。いったい復帰できるのはいつなんだろう? 今日も1クリックお願いします
2009.05.17
コメント(0)

今日(16日)行われた明治大vs早稲田大1回戦。明治大・野村祐輔(2年、広陵高)は、これまでどおり安定した投球を見せるだろうというボクの予想は、見事に外れてしまった。 ◇「あま野球日記」バックナンバーより。「いよいよ明早・法慶決戦」 (2009.5.16) → こちらへ。初回の投球、これが野村にとって(そしてボクにとっても)誤算だった・・・(明大vs早大1回戦)明大 000 000 000 =0早大 401 000 200 =7(明)野村-成田-柴田-森田、(早)斎藤-大石1回裏、二死後に3番・土生翔平(2年、広陵高)の中前にポトリと落ちる安打が、早稲田大にとって先制の狼煙(のろし)となる。センターが深い位置に守っていたために生まれた幸運な安打だった。野村と土生は、かつて広陵高のチームメイト。2007年夏、甲子園ではエースと主将であり、一緒にチームを準優勝に導いた仲だったから、野村にとって恨めしい安打ではある。※ちなみに、明治大のショートを守っている上本崇司(1年、広陵高)も、甲子園でスタメンに名を連ねていた。 続く4番・原寛信(3年、桐蔭学園高)が四球で出塁で出塁、5番・山田敏貴(3年、早稲田実)が思い切りのいいスイングでレフト前に痛烈なライナーの安打を放ち、早稲田が先制した。なおも6番・杉山翔大(1年、東総工高)がセンター前にゴロで抜ける安打を放ち2点目。7番・小島宏輝(4年、愛工大名電高)が左中間越えの三塁打を放ち、一挙に2点を加え4点を挙げ、事実上の勝敗はこの時点で決した。(野村の今日の成績)3回、61球、打者17、被安打7、奪三振5、与四死球1、自責点5。※入学後から続いていた連勝記録は9でストップし、初の黒星となった。一方、早稲田大の斎藤祐樹(3年、早稲田実)は、野村と対照的に安定した投球を見せた。初回こそボールが先行し、3番・謝敷正吾(3年、大阪桐蔭高)にはレフト前安打を打たれ出塁を許したが、続く4番・小道順平(4年、二松学舎大附高)を内野ゴロに打ち取ることで波に乗った。以降は、明治大打線を完璧に抑え、通算21勝目を挙げた。◇斎藤佑樹vs謝敷正吾の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「斎藤佑樹と謝敷正吾、再び」 (2007.5.21) → こちらへ。(斎藤の今日の成績)8回、116球、打者29、被安打3、奪三振9、与四死球1、自責点0。 今日も1クリックお願いします
2009.05.16
コメント(0)

今日から、いよいよ優勝を争う4校の決戦が始まる。明治大vs早稲田大、法政大vs慶應義塾大。この決戦の結果により、優勝候補チームが絞り込まれる。もし早慶が勝ち点を挙げ明法が敗れるようだと、東京六大学リーグは史上稀に見る大混戦になる。(※以下、データはすべて5月10日現在)■順位表順位大学名試合勝敗分勝点率1明大6600312法大861130.8573早大843120.5713慶大743020.5715立大1138000.2736東大808000では、今日行われる第1回戦の展望を。 (1)明治大vs早稲田大まず打撃陣のこれまでの成績。両チームともに打率は高くない。ただそのわりに、1試合あたりの平均得点は4点を越え、ともに「試合巧者」ぶりがうかがえる。■チーム打率 チーム打率 平均得点早大0.2334.88明大0.2074.33次に投手陣のこと。先発は明治大が2年生エースの野村祐輔(2年、広陵高)、早稲田大がこちらもエースの斎藤佑樹(3年、早稲田実)で間違いない。■野村祐輔、斎藤佑樹の防御率 防御率齋藤佑樹2.90野村祐輔0.69安定感抜群の野村、早稲田大を最少失点(0点もしくは1点)で抑えるのはほぼ間違いない。カギは斎藤。ズバリ、この試合のポイントは「斎藤佑樹vs明治大打線」。打率が高くないものの、小さなチャンスを確実に得点につなげる明治大。斎藤の防御率とほぼ同じ、3得点をすれば勝利を手中にする。(2)法政大vs慶應義塾大打撃陣の成績から。打率と得点、いずれも法政大が慶應大を上回る。■チーム打率 チーム打率平均得点慶大0.2715.43法大0.3095.88次に投手陣。先発は慶應大が中林伸陽(4年、慶應高)、法政大が二神一人(4年、高知高)だろう。加賀美希昇が先週は故障でベンチを外れたが、もう大丈夫かな?ま、いずれにせよ、二神の先発が法政大にとって一番の安全策。■中林伸陽、二神一人の防御率 防御率中林伸陽2.41二神一人0.33ポイントは「中林伸陽vs法政大打線」。慶應大の勝敗は、すべて中林の出来にかかっている。防御率よりいい数字を出せば、慶應が勝利する可能性もある。そうでなければ法政大のワンサイドゲームになる可能性が濃厚。この試合、法政大としてはさっさと勝利を決めたい。そして来週の明治大戦に備え、復帰したはずの武内久士(4年、徳島城東高)に救援させ、「テスト登板の場」にしたい。(※参考データ) ■「東京六大学リーグ、これまでの奪三振率・与四死球率・被安打率」 (2009.5.14) → こちらへ。 今日も1クリックお願いします
2009.05.16
コメント(0)

東京六大学リーグは、今週土曜日(5月16日)からいよいよ佳境に入る。明治大vs早稲田大、法政大vs慶應義塾大の好カードが予定されていて、それぞれの勝敗によって優勝戦線に残る大学が絞られることになる。---------------------------------------------------------------- さて、今日はこれまで(5月10日)の投手成績を「奪三振率」「与四死球率」「被安打率」の項目に分けて算出してみました。(対象:規定回数以上)まずそれを紹介する前に、東京六大学野球連盟のHPに公開されている「防御率」を記しておきます。(0)防御率順位氏名大学防御率1二神一人法0.332難波剛太明0.543野村祐輔明0.694加賀美希昇法1.955小室潤平慶1.966中林伸陽慶2.417齋藤佑樹早2.908戸村健次立3.359大石達也早3.3810仁平昌人立4.1311前田善博東4.84 投手を成績を客観的に見る上で、この「防御率」は必要な指標であること間違いないのですが、ボクなりに定義すると、「よい投手」の条件は次の3点だと思います。(1)「三振を奪える」(2)「与四死球が少ない」(3)「被安打が少ない」今日は上記の3点について算出し、上位(5位までの)投手を洗い出してみたので紹介します。(1)奪三振率(1試合9イニングあたりの平均奪三振数、数値が多いほど上位)第1位は誰だと思いますか? 今季これまでは早稲田大・大石達也(3年、福岡大大濠高)ではなく、明治大・野村祐輔(2年、広陵高)が1位。奪三振率は「11.42」です。 順位氏名大学奪三振率1野村祐輔明11.422大石達也早11.253齋藤佑樹早11.034難波剛太明10.805二神一人法 9.00(2)与四死球率(1試合9イニングあたりの平均与四死球数、数値が少ないほど上位)言葉を変えれば「制球力」を表す指標とも言えますが、この第1位は法政大・二神一人(4年、高知高)。文句ナシの「0.00」です。これまで3試合、27イニングを無四死球に抑える高成績です。 ◇二神一人の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「法大・二神一人と佐々木陽」 (2009.4.20) → こちらへ。順位氏名大学与四死球率1二神一人法0.002加賀美希昇法1.303野村祐輔明1.734大石達也早2.255小室潤平慶2.45(3)被安打率(1試合9イニングあたりの平均被安打数、数値が少ないほど上位)被安打率数が少ない1位は、明治大・難波剛太(2年、春日部共栄高)で数値は「4.32」でした。 9回を投げて被安打が4本だなんて、あまり素晴らしすぎます。◇難波剛太の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「初完封勝利した難波剛太の高校時代」 (2009.5.11) → こちらへ。順位氏名大学被安打率1難波剛太明4.322二神一人法6.003野村祐輔明6.234中林伸陽慶6.425齋藤佑樹早6.68 今日も1クリックお願いします
2009.05.14
コメント(0)

昨日(12日)行われたオリックスvs西武戦のこと。■以下、日刊スポーツより。調子が悪いなりにも抑えるから負けない。西武岸孝之投手(24)が6回を6安打3失点と粘り、開幕6連勝を飾った。開幕から6戦全勝は53年の西鉄川崎以来、チーム56年ぶり。昨年から続く連勝を12に伸ばし、得意のオリックス戦も7連勝。「制球が全然ダメだったけど、銀仁朗がうまくリードしてくれた」と女房役に感謝した。(以上、日刊スポーツ)開幕から6連勝。岸孝之(名取北高-東北学院大)が絶好調だ。WBCに出場した投手の何にもが故障を抱える中、惜しくも最終選考で落選した岸にとって今季は雪辱を果たす一年になるのかもしれない。◇岸孝之の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「WBC岸孝之の高校大学時代」 (2009.2.11) → こちらへ。----------------------------------------------------------------日刊スポーツの記事には、「開幕から6戦全勝は53年の西鉄川崎以来、チーム56年ぶり」と書かれていた。西鉄の川崎といえば、川崎徳次を指すことはわかった。だけど川崎という投手がいったいどんな選手だったか、実はボクはよく知らなかった。調べてみたら、川崎徳次という人は新たな記録尽くめの豪快な選手だった。(以下、主にwikipediaを参考にした)日刊スポーツの記事にあった「開幕6連勝」のほかに、こんな記録ももっていた。・1948年、最終回のピンチに救援で登板したが、その初球を本塁打された。それが逆転サヨナラ本塁打となり、プロ野球史上初の「1球敗戦投手」になった。 ・1949年、1試合で被本塁打8、13失点を喫したものの、自らが3本塁打を含む4安打9打点の打撃を見せ、勝利を収めた。この試合で記録した1試合3本塁打は投手として史上初、9打点は当時のプロ野球新記録だった。※wikipediaによると、この試合まで川崎は1本も本塁打など打ったことのない選手だったという。・1949年オフ、西鉄クリッパーズ(西鉄ライオンズの前身)創設時には、それまで在籍していた巨人を自ら離れて西鉄に移籍。監督候補者を探していた球団の意を受け、当時巨人の監督を追われ総監督という「名誉職」に甘んじていた三原脩を西鉄に招き入れたのも、この川崎が仕掛けたことだった。もしこの時、川崎が西鉄に三原を呼んでいなければ、西鉄ライオンズの黄金時代はそもそもなかったかもしれなかった。川崎、創成期のプロ野球界を育てた重要人物だったのだ。◇三原脩の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「歴代・名監督達の相関関係(2)」 (2009.5.6) → こちらへ。「物議を醸した三原脩のホームスチール」 (2009.5.4) → こちらへ。 今日も1クリックお願いします
2009.05.13
コメント(1)

■以下、サンケイスポーツより。試合後、亜大の東浜はいつものように淡々としていた。2点リードの五回二死二塁から左前打され、デビュー以来33イニング目で初失点したが「何も思わなかった。まだ1点あるので余裕があった」。4連続完封を逃したことについても「勝ったので気にしてない」と続けた。 持論の「走者を出しても点をやらない投球」で4試合連続の完投勝利。東浜は「中田主将に、4点取ってやる、と言われたのが勝因。あの言葉で楽に投げられた」と、この時ばかりは笑みがこぼれた。(以上、サンケイスポーツ)亜細亜大・東浜巨(1年、沖縄尚学高)、残念ながら4連続完封はならなかった。でも、ルーキーがいきなり3連続完封すること自体が前人未到の記録。法政大の江川卓(当時)だって早稲田大の斎藤佑樹(3年)だって、果たせなかった記録に違いない。東都大学リーグの無失点記録(56回2/3)をもつ東洋大・松沼雅之もできなかったろう。いまテレビ「すぽると」を見ていたら、番組で東浜を取り上げていた。なんでも140km台の直球と80km台(?)のカーブを織り交ぜた緩急が東浜の武器なんだとか。以前「カーブの操り手」と言われる投手が減っていた時期があったけど、最近は再びカーブが復権したようだ。◇中田亮二の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「中田亮二をプロ2球団が視察」 (2009.1.13) → こちらへ。◇東浜巨の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「亜大・東浜巨が初登板完封勝利」 (2009.4.21) → こちらへ。-----------------------------------------------------------------さて、今日(5月12日)行われた亜細亜大vs立正大1回戦。亜大 000 200 111 =5立大 000 010 000 =1(亜)○東浜、(立)●出雲-菅井-中川祐ボクが興味をもったのは、東浜の記録を破る1得点(5回裏)を挙げた立正大の走者のこと。死球で出塁し送りバントで二進後、適時打で生還したその選手は、東浜と高校時代のチームメイトだった金城圭佑(1年、沖縄尚学高)だった。東浜・金城らがいた沖縄尚学高は、昨年(2008年)センバツに出場した。聖光学院高、明徳義塾高、天理高、東洋大姫路高を次々に撃破し、決勝では聖望学園高にスコア9-0で圧勝し優勝した同じ経験をもつ仲だったのだ。一方の選手が記録をかけて戦う時、それを阻止したのが高校時代の同僚。何か因縁めいたものを感じずにはいられない。◇沖縄尚学高の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「よくやった、聖望学園高が準優勝」 (2008.4.4) → こちらへ。今日も1クリックお願いします
2009.05.12
コメント(0)

昨日(5月10日)行われた立教大vs明治大2回戦のこと。 (立大vs明大2回戦)立大 000 000 000 =0明大 000 001 10X =2(立)●仁平-戸村、(明)○難波明治大、ソツのない攻撃は見事だった。この試合、たった6安打なのにその内の4本を7回と8回に集中し、貴重な2点を挙げて勝利した。まず6回、二死後(走者なし)に4番・小道順平(4年、二松学舎大附高)のレフト前安打を皮切りに、5番・ 千田隆之(4年、日大三高)、6番・多田隼仁(4年、日大三高)の3連打で1点を先制。続く7回。このイニングも二死走者なしの状態から得点に成功した。1番・荒木郁也(3年、日大三高)が四球を選ぶと、すかさず二盗に成功。2番・遠山裕太(4年、松商学園高)のレフト前安打で荒木が生還し、貴重な2点目を挙げた。明治大の投手・難波剛太(2年、春日部共栄高)は、元気のない立教大打線を被安打4、奪三振9に抑え初完封勝利を飾った。※ちなみに、明治大の6安打の内残りの2安打は、難波が自ら3回と5回に放ったもの。--------------------------------------------------------------難波剛太、かつては埼玉高校野球界の「大スター」だった。昨日の試合で立教大の2番手として登板した戸村健次(4年、立教新座高)とともに、特に2005年は2人の投手名を知らない人は埼玉にいなかった(チト大袈裟か?)◇戸村健次の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「戸村健次の立教新座高時代」 (2009.1.17) → こちらへ。 2005年夏、残念ながら戸村(当時、立教新座高3年)は「予想外」の初戦敗退を喫したが、強豪・春日部共栄高で1年生ながら実質的なエースだった難波は、背番号「19」をつけて大活躍。チームを県大会優勝、そして甲子園出場に導く原動力となったのだ。特に決勝の対埼玉栄高戦は、今でも埼玉高校野球の歴史に残る名勝負とされている。この試合で先発した難波は埼玉栄高に4点を奪われ、春日部共栄高の敗戦濃厚となった9回、誰もが予想していなかったドラマが起きた その時のことを「あま野球日記」(2006年11月28日分)に書いてあったので、その内容を下記に抜粋します。(尚、チームや学年は現時点のものに変更しました)※またYOU TUBEにも、この時のドラマの模様があったので紹介します。興味のある方はこちらもどうぞ。 → 「2005年夏 埼玉大会決勝ダイジェスト」--------------------------------------------------------<決勝>2005年7月29日(金) 県営大宮球場春共栄 001 000 004 = 5 埼玉栄 001 100 200 = 4 (春日部共栄)難波-今井、(埼玉栄)木村■9回表、春日部共栄高は満塁のチャンスをつかんだものの、すでに二死。スコアは4-1で埼玉栄高がリードしていた。そして打者を2ストライクまで追い込んだ埼玉栄・木村文和投手(現・西武)。甲子園出場のキップをゲットするまで「あと1球」に迫っていた。が、その時、木村そして埼玉栄にとって「悪夢」が起きた。打席に立っていた春日部共栄の4番・鶴岡賢二郎(現・日体大4年)が、2ストライクから右越えに適時三塁打を放ち、一挙に同点に追いつかれてしまったのだ。なおも春日部共栄の攻撃は終わらない。三塁に鶴岡を置いて続く5番・射手矢大輔(現・共栄大4年)も適時二塁打を放ち、あっ!という間の逆転劇。■「天国から地獄」とは、こういうことを言うのだろう。木村文和そして埼玉栄高が、天国から地獄に落ちるまでに要した時間は、たったの数分だった。 今日も1クリックお願いします
2009.05.11
コメント(0)

法政大が6本の安打を効率的に得点に結びつけ東大に連勝、3つ目の勝ち点を挙げた。 (法大vs東大2回戦)法大 010 000 130 =5立大 000 010 000 =1(法)○上野悠-三上、(東)前田-揚場-●和田-安原法政大は2回、4番・松本雅俊(4年、関西高)が右中間に三塁打を放つと、続く5番・佐々木陽(3年、作新学院高)の内野ゴロで松本が生還し先制点を挙げた。そして同点に追いつかれた後の7回、東大を突き放す。今井諒(3年、履正社高)が、代わったばかりの東大・3番手の和田響(2年、旭丘高)から球速128kmの直球をライトスタンドに放り込んで追加点。8回には四球と相手失策からチャンスをつかみ、6番・多木裕史(1年、坂出高)の右中間を越える二塁打などで3点を挙げ、勝利を決めた。守っては今季初登板の左腕・上野悠史(4年、平塚学園高)が持ち味の制球力を発揮、7回途中まで東大打線をほぼ完璧に抑えた。(上野の今日の成績)6回1/3、78球、打者22、被安打4、奪三振7、与四死球1、自責点1。----------------------------------------------------------------今井諒。この試合で決勝となる本塁打を放った今井、実は今季初めての出場だった。 ガッシリした体型で左打席に入る姿は、その昔、法政大の主軸だった西田真二(現・四国IL・香川監督、PL学園高)を思い出せる。身長178cm、体重80kgとデータにはあるけれど、体重がもっとありそうに見えるが・・・。◇西田真二の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「法政大時代の西田真二のこと」 (2008.3.2) → こちらへ。この今井諒、履正社高3年の時に、2006年センバツで甲子園に出場している。だが1回戦で強豪・横浜高と対戦し、スコア0-1で惜敗した。その試合、横浜の投手は川角謙(現・青山学院大3年)だった。◇川角謙の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「横浜高OB、大学野球で戦う!」 (2008.10.1) → こちらへ。 今日も1クリックお願いします
2009.05.10
コメント(2)

立教大、今年は記念すべき創部100周年だというのに、チーム内に何か大きな問題でも抱えているのではないか? そう思わずにいられないほど、今日の試合(5月9日)もあまりにひどいものだった。(明大vs立大1回戦)明大 011 230 011 =9立大 000 000 000 =0内野陣に失策が続出し、エース・戸村健次(4年・立教新座)の足を引っ張り続けた。今日一日だけで失策数は7個、今季通算の失策数は計22個となり、リーグでダントツの1位をキープした(次に多いのが法政大と東京大の10個)。選手別ではショートの渡辺倫也(4年、日大三高)が計6個、サードを守る岡崎啓介(2年、PL学園高)が計4個。エースの戸村だって調子が良くなかった。というより、ハッキリ言って悪かった。まるで表情には覇気がなく、対早稲田大3回戦(5月4日)のビデオを見ているようだった。開幕戦(4月11日)で見せた戸村の笑顔、そして打者を打ち取るたびに見せたガッツポーズは、どこに消えてしまったのだろう?◇戸村健次の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「疲労感たっぷり、戸村健次」 (2009.5.4) → こちらへ。「戸村健次、好試合を制す! 」 (2009.4.11) → こちらへ。(戸村の今日の成績)5回、103球、打者27、被安打8、奪三振3、与四死球3、自責点4。※「5イニングで103球」というだけで尋常ではない! 心配になってマウンドにいる戸村のもとに歩み寄る坂口雅久監督の姿は、今季立教大の恒例儀式になってしまった感がある。 立教大、この調子では創部100周年の今季、「最悪の事態」になる可能性が濃厚だ。もちろん「最悪の事態」とは今月23日から始まる東大戦の敗退による最下位のこと。東大、エースの鈴木優一(4年、西尾高)が不在でも、立教大相手なら勝ち点を奪える能力は十分にある。一方、明治大エース・野村祐輔(2年、広陵高)の豊富な球種を駆使した安定ぶりは大したもの。2007年夏の甲子園で見せたポーカーフェースぶりも健在。まったく危なげない投球術で、立教打線につけ入る隙すら与えなかった。◇野村祐輔の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「野村祐輔、これまでの通算成績」 (2009.4.26) → こちらへ。「野村祐輔、甲子園決勝の”疑惑”の一球」 (2007.8.26) → こちらへ。(野村の今日の成績)7回、83球、打者26、被安打5、奪三振6、与四死球2、自責点0。 尚、明治大の2番手として登板したのは隈部智也(2年、熊本工高)。2007年のセンバツで甲子園に出場し、準決勝までコマを進める原動力となったエースだった。また3番手で登板した森田貴之(2年、大垣日大高)も同じ07年のセンバツに出場している。現・立教大の大林賢哉(2年)らがチームメイトで決勝まで勝ち上がったが、常葉菊川高に敗退した。◇森田貴之の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「森田貴之vs安部将平」 (2007.8.17) → こちらへ。◇大林賢哉の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「大林賢哉、逆転サヨナラ本塁打」 (2009.4.18) → こちらへ。。大垣日大高のことで補足。同年(07年)夏の甲子園でも、大垣日大は準々決勝でも常葉菊川高と雪辱を期して戦った。だが、この時もスコア1-6で敗退した。常葉菊川には、現・法政大の長谷川裕介(2年)がいた。◇長谷川裕介の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「今季の法政は違うぞ」 (2008.9.13) → こちらへ。今日も1クリックお願いします
2009.05.09
コメント(2)

5月1日、この「あま野球日記」に書いた「歴代の名監督達(勝利数十傑)の相関関係」の続きを書きます。◇関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「歴代・名監督達の相関関係(1)」 (2009.5.1) → こちらへ。-------------------------------------------------------------下記10人の名監督たちは、それぞれが単独で勝利数を獲得したわけではない。それぞれが師弟関係をもって協調して獲得した勝利数だったり、お互いがライバルとして切磋琢磨した結果の勝利数だったり。彼らの連携した(もしくは敵対した)人間関係が複雑に絡み合い積み重ねた結果が、この「1000」を超える勝利数。※「プロ野球」という限られた世界のことだから当然なのだけど、それがボクにはとても興味深いのだ(以下、敬称略ですいません!)■例えば南海時代の野村克也(選手)と鶴岡一人(監督)の関係。野村が選手として活躍するたび、それは鶴岡に勝利数を捧げる結果となった。但し、野村が鶴岡を慕っていたかどうかは別として。というのも、「親分」と呼ばれた鶴岡監督は「子分」の限られた選手のみを贔屓する傾向にあった(少なくとも野村はそう見ていたよう)。そんなことがあって野村は鶴岡との距離を置いていたようだった。野村、1977年に女性問題を発端とした「南海監督解任騒動」が起きた時、記者会見で「鶴岡元老にぶっ飛ばされた」と発言し物議を醸したことがある。■また西本幸雄と上田利治の関係は「先駆者」と「後継者」の関係だった。1963年から11年間、弱小球団だった阪急を率いて常勝軍団に育て上げた西本。だが球団から73年オフをもってフロント入りを勧められたが、自ら同じパ・リーグの近鉄に売り込み、時間を空けることなく近鉄監督に就任を果たした。西本と入れ替わりに阪急監督に就任したのが上田利治。ヘッドコーチからの昇格人事だったが、西本が育て上げた山田久志・福本豊らの豊富な戦力を活かし、勝利数を重ねた。■三原脩と水原茂は永遠のライバル関係にあった。旧制中学時代(高松中と高松商。実際には、中学時代に2人が対戦したことはなかったが)、大学時代(早稲田大と慶應義塾大)、そしてプロ入り後も監督どうしで数々の名勝負(西鉄監督と巨人監督)を残した。ただ2人の勝利数の内訳をみると、その内容が多少違ったように見える。西本同様、弱小チームの再建役を負うことが多かった三原。巨人-西鉄-大洋-近鉄-ヤクルトの監督を歴任したが、巨人以外ではすべて弱小球団からのスタートだった(と言っても1947年に巨人の監督就任の際の巨人も弱かったが)。だから巨人の監督として多くの勝利を積み重ねた水原と事情は異なるように思うし、三原の1687勝という数字は、ボクには一層輝いて見えるのだ。◇三原脩の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「1931年、三原脩のホームスチール」 (2009.4.4) → こちらへ。-------------------------------------------------------------(参考データ、2009.4.29現在)歴代監督の通算勝利数「十傑」。 1位 鶴岡一人 1773勝 1140敗2位 三原 脩 1687勝 1453敗3位 藤本定義 1657勝 1450敗4位 水原 茂 1586勝 1123敗5位 野村克也 1500勝 1506敗6位 西本幸雄 1384勝 1163敗7位 上田利治 1322勝 1136敗8位 王 貞治 1315勝 1118敗 9位 別当 薫 1237勝 1156敗10位川上哲治 1066勝 739敗 今日も1クリックお願いします
2009.05.06
コメント(0)

今日(5月5日)、県営大宮球場では春季埼玉県大会・決勝が行われ、浦和学院高が埼玉栄高をスコア7-2で下し優勝を決めた。両校は、今月16日から群馬で開かれる関東大会に進出する。関東大会の組み合わせはすでに決まっており、埼玉を1位通過した浦和学院高は下妻二高(茨城2位)と、2位で通過した埼玉栄高は東農大二高(群馬3位)と対戦する。ボクは埼玉で昨秋優勝した花咲徳栄高や、準優勝だった川口青陵高あたりが優勝すると思っていたけど、さにあらず。花咲徳栄は準々決勝、川口青陵にいたっては2回戦で早々に敗退してしまった。まるで勝敗を予想できないのが高校野球であり、なんだかんだ言っても最後は浦和学院が優勝してしまうのが埼玉高校野球の特徴でもある。 ◇浦和学院高の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「浦和学院高、3年連続優勝」 (2008.7.26) → こちらへ「埼玉、浦和学院高が2年連続優勝!」 (2007.7.29) → こちらへ。「【埼玉高校野球】浦学優勝!」 (2006.7.29) → こちらへ。------------------------------------------------------------今日行われたプロ野球・広島vs中日では、広島の大竹寛が先発。7回を無失点(奪三振7)に抑え、打撃でも適時打を放つなど投打にわたる活躍を見せたようだ。この大竹寛も浦和学院のOB、2年生の時(2000年)は甲子園も経験している。ただ、この時に大竹自身に甲子園での出番はなく、マウンドに立ったのはもっぱら現・日本ハムの坂元弥太郎(当時3年)だった。そして迎えた翌01年夏、大竹はエースとなって埼玉県大会に臨んだが、準々決勝で春日部共栄高に逆転負けし、惜しくも涙を飲んだ。◇大竹寛の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「坂元弥太郎と大竹寛の明暗」 (2007.12.19) → こちらへ。 今日も1クリックお願いします
2009.05.05
コメント(0)

1勝1敗のタイで迎えた早稲田大vs立教大3回戦が今日(5月4日)行われた。■まずは日刊スポーツより。2日連続先発した早大・斎藤佑樹投手(3年=早実)が7回6安打2失点の好投で勝利を呼び込んだ。勝敗は付かず、通算21勝目はならなかったが、延長14回2死一塁から、杉山翔大捕手(1年=東総工)が決勝適時二塁打を放った。早大は2勝1敗で勝ち点2とし、優勝争いに踏みとどまった。 斎藤は「ほっとしてます。チームが勝てて良かった。疲れは意外となかった。昨日の調子を維持して、良かった感じを思い出しながらやろうと思った」と喜んでいた。(以上、日刊スポーツ)(早大vs立大3回戦)早大 000 100 100 000 01 =3立大 001 001 000 000 00 =2(早)斎藤佑-大石、(立)戸村-増田健-仁平この試合、斎藤佑樹(3年、早稲田実)は連投にもかかわらず、よく試合を作った。中1日休めた立教大の先発・戸村健次(4年、立教新座高)が疲労感たっぷりの仕草を盛んにマウンドで演出したのに比べ、連投なのに淡々と打者に立ち向かう斎藤は「さすが!」に見えた。ただ斎藤には申し訳ないけれど、今日のヒーローは斎藤ではない。2番手として8回からロングリリーフした大石達也(3年、福岡大大濠高)こそが、真に称えられるべき投手だった。◇斎藤佑樹の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「斎藤佑樹、20勝目よりも・・・」 (2009.5.3) → こちらへ。「早大、斎藤佑樹が登板回避で3連敗」 (2009.5.3) → こちらへ。「サイバーメトリクスで見た東京六大学」 (2009.5.2) → こちらへ。「08年の斎藤佑樹を勝手に振り返る!」 (2008.12.22) → こちらへ。◇戸村健次の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「戸村健次、好試合を制す! 」 (2009.4.11) → こちらへ。8回頭から救援した大石は、次のような見事な成績だった。7回、89球、打者22、被安打1、奪三振8、与四死球1、自責点0。※ちなみに先発した斎藤佑樹の成績。7回、94球、打者27、被安打6、奪三振7、与四死球1、自責点2。8回から登板した大石達也、9回から10回にかけてMAX151kmの速球と、120km台の変化球を駆使して5者連続三振を奪うなど、立教打線を完璧に抑えた。どっからどう見ても立大打線が大石の球を打てそうには見えなかった。打撃だって大石は貢献した。延長10回表は内野安打で出塁すると、二進後に4番・原寛信(3年、桐蔭学園高)のセンター前ヒットで三塁を駆け抜け、一気に本塁に突入するプレーを見せたが、間一髪アウト。この時、捕手と接触し左ひざを痛め満足に歩くこともできない状態だったが、数分の治療後に再びマウンドに上がり快投を見せた。そして延長14回表も二死後に大石がヒットで出塁すると、1番・杉山翔大(1年、東総工高)のレフトへの二塁打で生還し、自ら決勝点のホームを踏んだ。大石達也、今季これまでの成績(5月4日現在)。5試合、1勝1敗、16回、被安打12、奪三振20、与四死球4、自責点6、そして防御率を3.38。この試合で大石は規定投球回数に達し、投手十傑の9位にランクインした。※ちなみに奪三振率は11.25、与四死球率は2.25に上昇した。大石達也、やはりクローザーが似合う ◇大石達也の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「大石達也、3季ぶりの先発で法大に大敗」 (2009.4.27) → こちらへ。「大石達也、益々の飛躍を!」 (2009.1.11) → こちらへ。今日も1クリックお願いします
2009.05.04
コメント(2)

それは5月2日、東京大vs慶應義塾大1回戦の出来事だった。東京大 000 010 000 =1慶應大 020 001 00X =3(東)前田-和田-平泉-安原-揚場-高山、(慶)中林東京大、5回表の攻撃。二死二塁のチャンスに、途中出場の1番・鬼原崇(3年、栄光学園高)が左中間を破る三塁打を放ち1点を返す。なおも二死ながら鬼原を三塁に置き、東京大は同点のチャンス。2番・古垣弘人(4年、開成高)が左打席に立つ。一球目はボール。そして2球目のことだった。慶應大のエース・中林伸陽の左腕が(打者に向かって)球をリリースする瞬間、三塁走者だった鬼原が猛然と本塁に向かって走り出した。えっ、(同点を狙った)ホームスチール?だが中林の放った球は、古垣の身体に当たりデッドボール。鬼原は三塁に戻され、ホームスチールは幻に終わってしまった・・・。-----------------------------------------------------------------ホームスチールといえば、昨年(2008年)5月31日の早慶1回戦を思い出す。早稲田大・上本博紀(現・阪神、広陵高)が7回裏、決勝点となるホームスチールを決めたのだ。その時の打者は右打席に入った宇高幸治、慶應の投手は今回と同じ中林だった。◇上本博紀の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「早大・上本の本盗で勝利!」 (2008.6.1) → こちらへ。もっともっと遡れば1931年6月13日、早慶1回戦で見せた早稲田大・三原脩のホームスチールもあった。ホームスチールは、投手は「左」、打者は(捕手から三塁走者の動きが見えずらい)「右」の場合が定石とされていたようだが、三原の場合はまるで逆だった。打者は左打者、慶應の投手は右腕・水原茂。三原のこのプレーを「暴挙」と貶したのは、早大の初代監督にして映画『最後の早慶戦』ですっかり知名度を上げた飛田穂洲。飛田の発言には誰も逆らえない空気のあった時代、三原を弁護する周囲の声はなかった。三原の高い野球センスが生んだプレーは一転、とても後味の悪いものとなり、そもそも「早稲田野球部の体質」になじめなかった三原にとって、この事件は後に途中退部する遠因になったという説もある。◇三原脩の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「歴代・名監督達の相関関係(1)」 (2009.5.1) → こちらへ。「横浜の前身・大洋にあった開幕6連敗後の優勝」 (2009.4.29) → こちらへ。「75年前の日米野球のこと」 (2009.3.23) → こちらへ。今日も1クリックお願いします
2009.05.04
コメント(0)

立教大の先勝を受け、早稲田大vs立教大2回戦が今日(5月3日)行われた。この試合、これまで20勝到達の足踏みを続けた早稲田大・斎藤佑樹(3年、早稲田実)がようやく大学通算20勝を挙げ、登板36試合目での20勝達成は平成以降では最速タイ記録となる(同記録は、法政大・土居龍太郎がもっていた)。■以下、サンケイスポーツより。「早大・斎藤佑、三度目の正直!大学通算20勝達成」東京六大学野球春季リーグ第4週2日目(3日、神宮)早大が立大を3-0で下し対戦成績を1勝1敗とした。早大先発の斎藤佑樹投手(3年)が勝利投手となり、"三度目の正直"で大学通算20勝目を記録した。 斎藤佑は一回から三回まで走者を許さない最高の立ち上がり。四回二死から五十嵐に初安打を浴びたものの、その後も安定したピッチングを見せた。斎藤佑は八回まで2安打無四球12奪三振と好投し、九回は大石が締めた。早大は走者を出しながらもなかなか得点できなかったが、五回に敵失の間に先制点を奪うと、土生の本塁打などで小刻みに追加点を重ねた。(以上、サンケイスポーツ)■そして日刊スポーツより。斎藤佑は「うれしいです。完投したいという思いはあったけど、今日は調子が戻ってきたことが大きい。変化球でストライクが取れて、フォームのバランスも良かった」と喜んだ。前回登板の法大戦(4月28日)は自己ワーストの6四死球6失点と乱れたが、中4日で修正した。早大は4日午後1時からの3回戦で勝ち点をかける。◇斎藤佑樹の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「早大、斎藤佑樹が登板回避で3連敗」 (2009.5.3) → こちらへ。「サイバーメトリクスで見た東京六大学」 (2009.5.2) → こちらへ。「法政大、Vに向け打線好調」 (2009.4.29) → こちらへ。「斎藤佑樹が通算6敗目で、早大連覇が遠のく?」 (2009.4.28) → こちらへ。----------------------------------------------------------------(早大vs立大2回戦)立大 000 000 000 =0早大 000 010 11X =3(立)仁平-増田健、(早)斎藤佑-大石「斎藤佑樹の20勝」が話題になっているけど、「もし今日の斎藤佑樹」が法政大を相手に投げていたら、今日こそは法政大に勝ったのだろうか? 今日の試合を通じて、実はボクはそのことの方に興味がある。(今日の斎藤佑樹の成績)8回、104球、打者27、被安打2、奪三振12、与四死球0、自責点0。立教大打線をほぼ完璧に抑えたように見えるけど、あまり打撃力が高くない立大ゆえの好投と思えなくもない。意地が悪いが、相手が立大打線だったからでは?と思えてしまうのだ。※立教のチーム打率は.228でリーグ4位、1位の法政は.328(5月2日現在)。そして、もう一つの興味は、早稲田大の勝利をアシストした格好になった立大の守備のまずさ。今日は内野手に4つの失策があり(内2つはショート・松本幸一郎のもの)、5回と7回の失点に結びついた。今季の立大、とにかく失策が目立つ。その数は、東京大をはるかに凌ぎワーストである。オープン戦を見たとき(3月22日、対中央大戦)も特にショートの守備がボロボロで、エラーをする度に次々に入れ替わり、一試合で計4人の選手がショートのポジションについたっけ。◇立教大・オープン戦の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「ショートがコロコロ変わった立教大」 (2009.3.22) → こちらへ。【大学別失策数】※東京六大学野球連盟が発表した数値に基づく。 (5月2日現在) 順位大学名失策数1早稲田大32明治大42立教大44東京大75法政大96立教大15-------------------------------------------------------------------さ、明日は同カードの3回戦が行われる。今日2つのエラーをした松本幸一郎(1年、横浜高)の奮起に期待したい。松本幸一郎。横浜高1年の夏からレギュラーとして甲子園に3度出場した。「野球センス」の高さは特筆もので、昨年のドラフト候補選手にもなった。現在(5月3日)、松本の成績は次のとおり。4試合、8打数、安打数0、三振4、失策2、打率.000。◇松本幸一郎の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「横浜OB、大学野球で戦う!」 (2008.10.1) → こちらへ。今日も1クリックお願いします
2009.05.03
コメント(4)

いや、タイトルの付け方を間違ったかもしれない。昨日(5月2日)行われた早稲田大vs立教大1回戦のこと。早稲田大の先発は斎藤佑樹でなく松下建太だったが、どちらが先発であっても結果は変わらなかったと思える試合だった。それだけ早稲田の選手には元気がなかったし、立教大の先発・戸村健次(4年、立教新座高)は好投した。早稲田、これで先週の法政大戦連敗に続き3連敗で順位は4位に(5月2日現在)。一方の立教、早大に勝ったのは2005年春以来8季ぶり。※一野球ファンさんがこの試合の早大先発を松下建太(4年、明徳義塾高)と予想していて大当たり。ボクは強引にでも斎藤佑樹(3年、早稲田実)をもってくると思っていたが(大外れっ!)。(早大vs立大1回戦)早大 100 000 010 =2立大 300 002 00X =5(早)松下-福井-楠田、(立)戸村早稲田の松下建太、悔やまれるのは初回のピッチングだけ。ヒットとエラーでピンチを招き、2本の適時打を浴びて3点を失ったが、2回以降は松下らしい小気味のいいリズムで、立教打線を封じた。(松下建太の成績)5回、70球、打者19、被安打4、奪三振9、与四死球0、自責点1。 -----------------------------------------------------------------順位表(5月2日現在)順位大学名試合勝敗分勝点勝率打率防御率1明治大440021.0 0.1961.00 2法政大641120.80.3281.173慶應大633010.50.2752.384早稲田大623110.40.230 4.045立教大734000.4 0.2284.436東京大505000.0 0.1846.17(※東京六大学野球連盟発表の数値を「あま野球日記」が集計、「打率」と「防御率」をまとめた)≪コメント≫早稲田大の「打率」「防御率」に注目してほしい。打率が2割3分で、トップ・法政大の3割2分8厘と比較して圧倒的に低い。スタンドから見ていても、早稲田で打てそうな打者は杉山翔大(1年、東総工高)しか見当たらない。原寛信(3年、桐蔭学園高)は6番に下がり、昨日の試合で本塁打を放ったものの、まだ本調子ではないはない模様。打線のブレーキ役になっている。そして自慢の投手陣、防御率が4.04ではなかなか勝ち星に恵まれない。 ≪新聞から≫■日刊スポーツより早大は斎藤佑樹投手(3年=早実)が今季初めて1回戦先発を回避。松下建太投手(4年=明徳義塾)が5回9奪三振と粘ったが、04年春以来10季ぶりのリーグ戦3連敗となった。3日の2回戦は斎藤が先発する。 早大は初回の3失点が重く、10季ぶりのリーグ戦3連敗となった。応武篤良監督は「本当に弱いなと感じました。去年の4年生に頼ってばかりで、その後の世代が神宮で強い男になろうとしてきたが、そういう選手がいない。指導力のなさを痛感している」と敗戦を受け止めた。今季初先発の松下は5回9奪三振と粘ったが、チャンスで1本が出ない。法大戦の疲労などを考慮して1回戦先発を回避した斎藤は、ブルペンで投球練習を行った。応武監督は「あすは斎藤でいきます。エースにかける」と先発を明言した。(以上、日刊スポーツ)■スポーツニッポンより早大はエース斎藤を温存し、松下を先発に起用したが2-5で敗戦。04年春以来、10季ぶりの3連敗を喫した。応武監督は「斎藤は(先週の)火曜に投げているので酷使することも考えたが、松下が立大戦に相性がいいので懸けてみた」と話したが、結果的には裏目。法大に敗れているためすでに自力優勝の可能性はなく、立大戦でも勝ち点を落とせば優勝はほぼ絶望的となる。就任後初の3連敗を喫した指揮官は「どこから修正していいのか...。あすはもう斎藤でいきます。エースに懸けて頑張ります」と斎藤の先発を明言した。(以上、スポーツニッポン) 1日1クリックお願いします
2009.05.03
コメント(0)

今日から、東京六大学春季リーグの第4週が始まる。早稲田大vs立教大は、斎藤佑樹(3年、早稲田実)と戸村健次(4年、立教新座高)のエース対決になるのか? 先週KOされた斎藤、今日はどういう投球を見せるか。第2試合の東京大vs慶應義塾大。東京大はエース・鈴木優一(4年、西尾高)が故障から回復して登板できるのか? 慶應は中林伸陽(4年、慶應義塾高)で間違いない。一見、早慶両校が有利なカードに見えるけど、どちらのカードも逆の結果が十分にあり得る。--------------------------------------------------------さて、これまでの「振り返り」ということで投手成績を次のとおりまとめてみた。「規定投球回数」に達した投手のみが対象で、東大・鈴木優一や早大・大石達也(3年、福岡大大濠高)らは対象となっていない。※注意。携帯から見ると、下記の表組みがとれてしまい、何がなんだかわからない状態になってしまいます。PCでご覧ください。■投手成績■ 今季リーグ戦・第3週終了時点までの結果(4月28日現在)(1)防御率順位氏名大学試合勝負投球回自責点防御率1二神一人法2201810.50 2野村祐輔明3301920.95 3福井優也早4101321.38 4小室潤平慶21012 1/321.46 5加賀美希昇法42127 2/361.95 6中林伸陽慶41324 2/393.28 7戸村健次立4111983.79 8前田善博東30210 2/354.22 9齋藤佑樹早3111684.50 ※上記データは「東京六大学野球連盟」が発表した数値と「あま野球日記」が記録したスコアブックを照合し算出しました。1位・二神一人(法政大4年、高知高)、2位・野村祐輔(明治大2年、広陵高)。斎藤佑樹が9位なのが、本人にとっても見ている人にとっても「想定外」。先週の法政戦が斎藤の数字を悪化させた原因になっている。防御率だけでは面白くないので、メジャー流データ指標「セイバーメトイリクス」という概念を、所定の計算式に基づき、「あま野球日記」が次の2点について数値化してみた。まだサンプル数が少ないため目新しいものは見えなかったが。シーズン終了後に再度集計すれば、何か面白いデータが見えてくるかもしれない。※以下のデータは「サイバーメトリクス」に基づく計算式を活用しましたが、特に関係団体の許可は得ていません(別段必要ないと考えたため)。もし関係者の方がご覧になっていたら、ダメな場合はご指摘ください。即刻、削除します。もし特に連絡がない場合は、今後も時折活用させていただきます。(2)WHIP・・・ 投手の一般的能力指標【1イニングに何人走者を許したか】(被安打+与四死球)/投球回 順位氏名大学投球回被安打与四球WHIP1二神一人法181300.722野村祐輔明191330.84 3中林伸陽慶24 2/31670.93 4小室潤平慶12 1/3840.97 5加賀美希昇法27 2/32340.98 6前田善博東10 2/3741.03 7福井優也早131071.31 8齋藤佑樹早161591.50 9戸村健次立1921111.68 1位・2位は「防御率」と変わらないが、3位に中林伸陽が浮上。逆に福井優也(早大3年、済美高)が7位に後退。斎藤佑樹は1.50。1イニングあたり「1・5人のランナーを出している」計算になる。(3)K/BB・・・【制球力があり、三振を奪える】(奪三振/与四死球)「投手にとって、この指標が最も大切ではあるまいか」とボクは思っている。順位氏名大学与四球奪三振K/BB1二神一人法014-2野村祐輔明3279.00 3加賀美希昇法4256.254福井優也早7182.575齋藤佑樹早9192.116中林伸陽慶7111.577戸村健次立11111.00 8小室潤平慶430.759前田善博東420.50これも「防御率」と1位・2位は変わらず。但し、加賀美希昇(法政大3年、桐蔭学園高)と斎藤佑樹が、それぞれ3位と5位に浮上。1位・二神一人の18イニング無四球は素晴らしい。 1日1クリックお願いします
2009.05.02
コメント(0)

楽天の野村克也監督(73)が4月29日の日本ハム5回戦(Kスタ宮城)で、プロ野球史上5人目の監督通算1500勝を達成した。史上最多は南海などで監督を務めた鶴岡一人氏の1773勝。野村監督は今季が通算24シーズン目。南海時代の1970年から8年間は選手兼任監督を務め、現役引退後にヤクルト、阪神の監督を歴任。社会人野球のシダックスを経て、2006年から楽天で指揮を執っている。リーグ優勝を5度、日本シリーズも3度制しているが、通算成績は1500勝1506敗75分けで、1000勝以上の監督では唯一負け越している。(共同)-------------------------------------------------------------- 歴代監督の通算勝利数は次のとおり。 1位 鶴岡一人 1773勝 1140敗2位 三原 脩 1687勝 1453敗◇三原脩の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「横浜の前身・大洋にあった開幕6連敗後の優勝」 (2009.4.29) → こちらへ。3位 藤本定義 1657勝 1450敗4位 水原 茂 1586勝 1123敗◇水原茂の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「75年前の日米野球のこと」 (2009.3.23) → こちらへ。5位 野村克也 1500勝 1506敗◇野村克也の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。野村克也・楽天監督「WBC、苦戦するでしょう」 (2008.12.31)6位 西本幸雄 1384勝 1163敗◇西本幸雄の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「明暗分けた三塁線の打球」 (2009.3.11) → こちらへ。7位 上田利治 1322勝 1136敗◇上田利治の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「1987年、エース・山田久志と上田利治監督のこと」 (2009.3.20) → こちらへ。8位 王 貞治 1315勝 1118敗 ◇王貞治の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「V9~王、末次、国松、土井~」 (2007.6.9) → こちらへ。9位 別当 薫 1237勝 1156敗10位川上哲治 1066勝 739敗 ちなみに、読売・原辰徳監督が昨日の試合(4月30日)の試合で通算400勝を達成したと報道があった。ならば長嶋茂雄監督はどうだろうか? と調べたところ、 1034勝889敗で、ベスト10入りまでもう一歩だった。また、元近鉄の仰木彬監督は988勝815敗。18年間にも及ぶ近鉄コーチの時代が長すぎた感がある。もし、もっと早く監督に就任していたら、上記の「ベスト10」入りは間違いなかったろう。◇仰木彬の関連記事「あま野球日記」バックナンバーより。「仰木彬と権藤博の対立」 (2009.2.23) → こちらへ。1973年、阪急監督を辞める時、西本幸雄監督は迷うことなく後継者に上田利治氏を指名したという。ならば1981年、西本さんが近鉄監督を退く時、なぜ仰木さんを指名しなかったのだろうか。それが不思議ではある。------------------------------------------------------------------「通算勝利数」でベスト10入りした歴代監督たちの、それぞれの「相関関係」を今後3~4回に分けて書いていきたいと思います。1日1クリックお願いします
2009.05.01
コメント(2)
全26件 (26件中 1-26件目)
1