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安倍改造内閣にとってはこれからが剣が峰だろうが、私は「退屈」内閣と命名した。要するにあと政権交代までのつなぎだからだ。閣僚の顔ぶれはいずれも育ちのいい人たちで、頭もいいから日常政務もそつなくこなすだろう。ほまれ高い家系の人もいる。ダーティな感じのする人はいなくなった。これで自民党は人材の出尽くしである。小泉前首相は、支持率8%くらいにおちた森内閣の土壇場から、いわば歴史の偶然のように生まれた。変人といわれたように、郵政民営化をやりとげずば已まじのすさまじい執念をもっていた。絶妙のコンビになったのが竹中平蔵氏で、それからの5年間は国民の喝采をあびるに十分な小泉劇場を演じてきたのは、すでに我々が見てきたとおりである。小泉さんのやった最大の功績は自民党を破壊したことである。これによって中二階に陣取っていた総理順番待ちの実力者はほとんど追い払われてしまった。しかし、後継者がいなかった。みてくれもよくて、安倍氏が抜擢されたわけだが、小泉さんとはまるで地色がちがっていた。安倍氏は、自分のかねての信念である憲法改正、戦後レジームの脱却という旗をあげて同志のお友達をあつめて内閣をつくり、これまで御鉢が回ってこなかった靖国神社参拝若手組に政権が渡ることになった。しかしやることが国民の意思とあまりにも筋違いであったので、参議院選挙で惨敗したわけである。新しい内閣は、まあ、反省して派閥均衡型をかなり取り入れたわけだが、メンバーはすでに何度か登場して国民はもう見あきた人たちである。堅実な仕事師内閣という新聞の批評だが、この仕事師たちをつかって安倍総理が何をやろうとするのかが、ちっとも見えてこない。故西堀栄一郎氏が言っていた言葉をおもいだす。「創造性というものは多くの人が気のつかない、突拍子もない飛躍的なことを考えつくことであるから、他の一般の人々から見たら非常識な考えをもつ大馬鹿者に見えるのです。しかし世の中をよくしてゆくのはこの大馬鹿者なのに、創造的な考えというものはなかなか世に受け入れられないのです」。小泉氏と竹中氏が打ち出した骨太の改革は、いろいろ批判もあったが、創造性という一点で世の中を変えるのに大きな力を発揮した。では、果たして安倍総理にこのような創造性があるかというと、期待できないというのが本音である。ただひとりだけ期待できる人は、舛添さんである。登院最初の日の朝、ゴミを捨てに行く姿などは巧まざるパーフォーマンスで、あのシーンはテレビ視聴者の脳裏にやきついた。この人の本『永田町VS霞が関』(講談社)が参考になる。私は、この人は首相の器のある人だと思うが、頭のいい人だから、あるいは勝海舟のような役割をするかもしれない。
2007/08/30
今度の旅行で3つの大学のホテルに泊めてもらった。天津の南開大学と済南の山東大学、聊城の聊城大学である。南開大学のは日本の愛知大学が協力して建てたもので、一時は愛知大学生がたくさん留学してそこに泊まっていた。別に一般向けの中国語講座が定期的に募集されて2週間から1か月コースでそこに泊まって中国語を学ぶ。ホテルとしては中の上クラスである。宿泊料は1泊朝食つきで200元すなわち3400円であるから御の字だ。ここで滞在していた日本の中年のご婦人と食堂で同席した。中国人とフランスで結婚した娘さんが近くに住んでいる関係で、この講座に申し込んだという。1か月滞在して中国語を学ぶ費用はホテル、食事代こみで30万円くらいだという。南開大学のキャンパスは東大より広いと思う。散歩で1周するのに20分ほどかかったからだ。中は公園化していて、樹木が繁茂しており、前述のホテル以外にレストランが2軒、コンビニ程度の店などがある。済南の山東大学もおそらく市内で最高程度に立派な施設である。キャンパスはきれいに整備されていた。ここのホテルも東京の一流ホテルとくらべてきれいさにおいて遜色なかった。部屋の調度も新品同様で気持がいい。ここも1泊200元。済南からバスで2時間ほどの距離にある聊城は古都の感じ。聊城大学の正門の大アーチにはびっくりする。規模の大はおどろくほどである。学生数は2万、ホテルもきれいでやはり200元程度、レストランのガラス壁のすぐ向こうは満々と水をたたえた川が流れ、楊柳が植えられて涼感が漂う。そこで趙樹好教授の接待を受けた。料理は河川に富む地域だけあって川魚料理。さて、中国の大学がこぞってホテルやレストランも自前のものを持っている理由は、もともと大学は人民公社の1単位として独立採算していたからである。ホテルやレストランは外来の学者や客の便を図るためであり、学会などを行うときの用意であると聞くが、なるほど大学の中にあれば便利この上ないことは確かだ。果たしてペイしているのかどうかは知らないが、背景には国家がかなり金を出して、教育施設に力を入れていることが読み取れる。
2007/08/27
中国レポート4 13億人の恐ろしさはこれから始まる中国は人口13億人、日本の10倍である。こんなに人口が多いと非効率で、国をまとめるのにえらい苦労をしなければならず、下手をすると分解する・・というふうに、私はネガティブに考える傾向があった。しかし、この考えは改めねばないようである。朝、6時ころから毎日のようにテレビで有識者の学者先生が国民向けの啓蒙講座みたいなことをやっているが、ある日、誇り高く、やがて中国は世界を指導する立場になると宣言していた。どういうことかというと、その一例としてグーグルとかヤフーが世界中の情報をウエブ化して検索できるようにするプロジェクトをやっているが、その作業をやっているのは中国人がいちばん多いという。やがてそういう情報は中国に帰ってくるから、知識の集積が驚異的に進むというのだ。そこから創造性が開発されてくるというのだ。たとえば天津の大学では外国語の翻訳グループが各国語別にあって、各国の新刊書や資料をたちどころに翻訳してしまう。天津市が天津通史を書くために先ごろ、日本に資料あつめにきたが、イギリスグループはロンドンに行き、天津にイギリス租界があった50年間の領事館資料などを電報まで含めて細大漏らさず全部収集してきたという。13億人もいれば、ミドルクラス以上のインテリは2億人はいるだろうと思う。こういう人たちの安いコストでなければ、大きなことを言っているグーグルの仕事なんかできないだろうと思う。中国にインドが加わればなおさらである。テレビで学者先生のおっしゃる意味がわかってきて、思わず身ぶるいしたのである。
2007/08/24
13億人が生きているわけ中国人の月収はいくらぐらいかというと、最下級の労働者が月約500元~600元(約1万円)、大学を出て5年目くらいの独身者が月1700元(3万円)、40代の大学准教授が6000元(約10万円)、学長クラスが約1万元(15万円)というあたりで、准教授くらいになると、マンションとマイカーを持っている。普通の労働者の希望は2000元以上になりたいというところである。最下級の労働者がどうして生活できているのかを実験してみることにした。まず北京でマーケットから油条という油で長いパンを揚げたのが1本1元、これにホットケーキくらいの大きさと厚さの中に野菜と肉が入っている小餅が1個2元、私は好きな油条2本に小餅1個、ウーロン茶1瓶(1・5元)買い、ホテルの部屋で食べた。けっこううまくて満腹になった。合計で5.5元を日本円にすると93円である。自炊するとさらに安くなるだろうから、まあ月収1万円でなんとか生きていけるわけである。部屋代は独身者のベッドと机が入るくらいの広さで月54元、ちょっとよくて70元くらいだとか。地方都市の済寧の駅に近い野外市場に行ってみた。農民が野菜などを屋台に並べたり、地べたに広げて売っていた。日本でのようなまるまるふとった感じの野菜ではない。しかし、日本からみたらタダみたいな値段である。魚なども土地で上がった名も知れない魚を売っていた。かなり大きいものが8元とあった。計算すると130円である。結局、人民はこういう安い基本食材を食べているから、極貧の生活でも飢餓からは解放されているなと感じた。田舎のほうに行くと、着古したものを着ている。こういう人たちが不満の塊のようになっているかというと、そういう印象は持たなかった。日本人だと名乗っても親切に対応してくれた。私の直感では、彼らは純朴そのもので、いわば何千年も続いた自然的なレベルの生活に甘んじているようであった。こういう人たちが多い一方、都市では金の奴隷みたいになってしゃにむに金儲けに狂奔している。この2局面が中国の現実である。中国人のある経済学者がすでに中産階級は5億人に達したと日本の新聞に書いていたが、この中産階級の収入がどのレベルから上なのかはわからない。
2007/08/23
小池大臣と守屋次官の確執が問題になっているが、こんなことは一刀両断だ。大臣が深夜にケイタイから次官の首を斬ったって一向にかまわない。官僚しかも防衛省の次官がこれほどのさばった考えをしているのはおどろきだ。どちらの意見が正しいなんていう次元の問題ではない。税金で食っている人間は、国民の代表からあがってきた大臣に従うのが秩序というものである。
2007/08/16
北京から天津に向かう汽車は和諧号という列車である。日本の新幹線とそっくりで、座席は清潔であった。1時間あまりで天津についた。「和諧」というのは新幹線につけられたのみでなく、テレビでも街頭でも、「和諧社会を構築しょう」というスローガンが頻繁に登場する。つまり時代の標語になっている。和諧というのは、仲よく助け合う、つまり和を以て尊しとす、という意味である。国内のみならず世界中の人たちと仲良くするのだというテレビ解説があった。と同時にオリンピックを目前にしてマナーをもっと高めようという意味合いも含まれている。中国の清の時代は現在の日本よりはるかに多い訴訟社会で、たとえば、安徽省六安州の首長は、一〇か月の間に一三六〇件もの裁判を処理したとあるが、個人間、集団間の争いごとがきわめて多い社会であったらしい。たとえば夫婦喧嘩でさえ、外へ出て近所の人たちを集めて互いの正当性を訴えるという習慣があり、それが、大規模になると械闘、反乱まで発展し、歴史において已むことなく続いてきた。中国は53の民族があり、地域によって言語習慣が異なり、気質も異なっているから、誤解や争いが多くなるのは、日本という島国社会の想像を絶している。こういう弊風を改めようとして建国以来、中国政府はさまざまな手を打ってきた。学校の卒業生はわざと他地域に出して就職させ、職場の中で混じり合わせ、標準語の普及に力を入れたりしてきた。旧満州地域を含めて、全国がはじめて統一され、50年の年月を経てようやく国民意識が育ってきたといえよう。私が80年代に何度か仕事で中国のあちこちに行って感じたのは、お互い気心の合う人たちのあいだでは和諧するが、そうでない他人や地域の間ではなかなか和諧が難しい姿が見られたことである。とくに群衆のマナーがなっていなかった。長距離バスがくると行列していた人たちがあっという間にどっと車内に乱入し、席を争そう様はすさまじかった。しかし、今回は3度ほど長距離バスに乗ったが、席数以上に切符を売らないシステムが定着しており、社内のマナーも進んでいた。かつってのようなお客である群衆を怒鳴りつけるような車掌の姿を見ることはなかった。マナーといえば、思い当たることは、私たち日本人は子供のときから親や上司、目上の人たちに対して絶対に口答えしてはならぬ、という習慣であった。「ハイ」と言って従え。たとえ上司がだめな人間でも部下は黙々と従うのが教育の鉄則とされた。ところが中国では、口答え、自分の責任ではないことを猛烈に主張し、態度で不満を示す、協力しないという風が日本と異なっていた。おそらくこのあたりが重要な彼我の違いであろう。オリンピックを前に、猛烈な和諧キャンペーンがくりひろげられている。
2007/08/15
今回旅行したのは北京、天津および済南、りょう城、済寧、巨野、青島など山東省の都市である。中国旅行10日間、曇りの日も多かったとしても、ついに青空を見なかった。ちょうど東京オリンピックの直前、美濃部都政のころ、東京の空はなまり色で光化学スモッグの発生が言われた。自動車から排出する二酸化窒素や工場のばい煙などが原因だった。いまこれと同じ現象が中国で起こっている。いったいこれはどこから来るのか。街中を埋めるような自動車のみでなく、さかんにやっている建設工事、工場や家庭で燃やしている石炭のせいであろう。田舎の方に行くとかなり大規模な工場があるが、煙突からもくもくと煙が出ているという光景は見なかった。しかし、燃やしているのが無煙炭だとしたら煙は見えないはずである。東京に帰ってきて、白い真綿のような雲を浮かべている青空を見て、ほっとした。しかし、日本がここまでくるまでには相当な努力がはらわれた。まず、都市郊外の工場は地方に疎開させられた。各工場が相当な金をかけて脱硫装置をつけた。自動車のマフラーが強制改良されて排気ガスを抑制した。省エネをさかんにやった。風呂屋や家庭でも材木をもやすことを禁じられ、とくにプラスチックの焼却は厳禁された。中国も、オリンピックに参加する外国チームは直前まで北京入りを控えるところが多くなるに及んで、あわてだしている様子である。都心入りする自動車を半分に減らす都市郊外の工場は地方に疎開させられた。実験をすると宣言しているが、いったいどうするのか。いたるところに奥運会(オリンピック)まで36×日とかの電光板が出ており、テレビでも国全体が沸き立つような報道がさかんである。
2007/08/13
9日間の中国の旅をしてようやく10日に帰ってきた。11日はすっかり疲れたのでごろ寝で過ごし、夜映画「怪談」を見に行った。この映画がなんと大した大作だったので感心した。だから中国旅行報告は明日からにして、まずこの映画の感想を述べたい。まず中田秀夫監督のつくりは本格的で、江戸の町や人々の風情の再現ぶりは微に入り、細を穿つ感じで、絵巻物を見るような秀麗な画面に魅せられた。話の流れは尾上菊之助の美形ぶりが女たちをつぎつぎに物狂おしく溺れさせてしまう痴情の物語である。最後の場面で幽霊のお園が累が渕から浮かび上がり、新吉の首を抱いて放さない場面が印象的である。この世に神が人間を男女二種に分けて造ったのはまことに深い摂理のなせるわざ。地球上に何十億の人類が生存しているが、これがなんとなく落ち着いていられるのは男女の存在によるものであろう。美しい恋愛、愛のもつれ、狂おしい痴情、嫉妬などなどいろいろあろうが、男女の関係、家庭こそが人間性が立ち戻る最後の基本形なのであろうか。韓国ドラマの「チャングの誓い」は日本でもすごい視聴率をあげたが、中国、東南アジアでもすごい評判だったらしい。日本の「おしん」も同様にアジアですごい評判をとった。日本でもあのような極貧の時代があったことが共感を呼んだようだ。中国映画もごくふつうに日本のテレビに登場するようになり、我々が東アジアの歴史、風俗に共感できるのは、ともに長い封建時代という共通体験があるからである。「怪談」のような日本の江戸風俗を再現したものはやがて韓国や中国にも輸出され、彼らにも容易に共感されるのではないか。私は、長い封建時代の存在は日本の歴史に言い尽くせぬ深さを与えたと思う。この内体験の深さが芸術や文化を磨き上げている。
2007/08/12
いよいよ自民党の終わりがやってきた。人心一新といって内閣の顔ぶれを変えたところで新味はなく、古いものを並べ替えしただけの感じにおわるだろう。自民党に人材はいなくなった。全部使い古してしまった。60年も続いたのだからやがて自然死がやってくるのは当然である。今年年末か、来年春の総選挙でさらなる敗北はさけられない。安倍首相の言う「改革を実行する」の「改革」は何をしようとしているのだろうか。景気を加速する、そのためには財界を動きやすくする、そのためには規制緩和をさらに進める、市場主義を放任する、だめになったところは再チャレンジで手当てしてあげる、労働ビッグバンだ! 国際競争力を阻害している最大の要因は人件費が高いことにある、いかにして人件費を減らすか、正社員の人件費削減に手をつけざるを得ない。成果を上げない正社員は簡単にクビを切れるようにする、来年からじわじわとこういうことが起こってくることは必至だ。安倍さんはこういうことはわかっているから、憲法とか教育とか戦後レジームからの脱却だとかのセリフを言って、修羅場はさわらないようにしている。民主党はこういうことを感じ取っているから「生活第一」、となる。どこに行っても、「仕事がない」という声のみを聞く。日本に「仕事をつくる」名人が待たれる。
2007/08/02
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