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宮部みゆきの「楽園」1をそろそろ読み終える。この作家の読者をどんどん引っ張っていく語りはたいしたものだと思う。7,8年前に読んだ「模倣犯」と同じようにある異常な能力のある人物と犯罪とを組み合わせていく進行であるが、そうした話を作り上げる構想力はたいしたものだ。宮部みゆきのもうひとつの楽しみ方は、登場人物に女性が多いから、女性の心情や言動などが、作者が同じ女性なのでよく描写されており、これがよくわかって楽しい。私もある歴史物を小説にしているが、歴史家と小説家のちがいはなにかというと、歴史は過去形で明らかにされたものだけを語るのであるが、これを小説にする段になると、小説家は過去形をすべて現在進行形に直していかねばならない。その当時の時代状況を描写しながら、その中に身を置く登場人物はどう考えて行動したのだろうと想像力を膨らませるわけであるが、そこが身を削るように難しいところである。さて、お正月に読む本を推薦すると、まずナンバーワンは「イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策」1,2(講談社)である。著者はジョン・J・ミアシャイマーとスティーブン・M・ウオルト.ともにアメリカの現実主義の超一流の国際政治学者である。あのハンチントンも推薦しているという。アメリカ、ドイツでベストセラーになっており、アメリカでは賛否両論が渦巻いているという。この本は今年読んだ最大の価値ある本である。目かウロコがおちたばかりでなく、アメリカの政治というのがよくわかった。また、ロビー活動によって政策というものがかなり左右されるものであることがわかった。アメリカの大統領も上院も下院もロビー活動で動かされたり、少数の人間が策動するトリッキイな空気によって動いたりするのであるから、日本人が思っているほど立派なものでないことも分かった。イラク戦争やイランが今問題になっていることもわかった。いずれこのことは知研フォーラムで図解して説明するつもりだ。
2007/12/31
男の道徳、女の道徳中国では、「忠」「孝」が基本的な道徳として最も尊ばれてきた。「忠」は男の道徳であるが、私は「孝」は女の道徳であると考えてみた。「忠」は皇帝、日本でいえば天皇、殿様、組織の上長、国家、社会などへの忠誠である。「忠」は欧米でも普遍的な道徳である。王、皇帝、国家、あるいは形而上的なものへのロヤリティである。しかし、「孝」は中国由来のものである。なぜ中国では「孝」を重んじたかというと、親は一生懸命子供を苦労して育て、子供はこの親の恩に対して、親が年取って働けなくなったら死ぬまで面倒をみる、こうした慣例が行われれば社会は安定すると考えたからである。今日のように寿命が延び、子供だけでは親の老後を負担することが難しくなってくると、社会保険や年金制度、社会保障医制度などが発達して、老人の面倒はこうした制度でカバーし、子供は「孝」の義務から解放され、「孝」の概念は薄くなってくる。欧米人には「孝」の観念はないが「家族愛護」の観念はある。なぜ欧米には「孝」の観念がないかというと、親子関係より個人主義が発達して、子供は早く親から独立する、親も子供が成人したら面倒などさっさと切り上げる、という習慣が確立しているからであろう。したがって子供のために親がせっせと財産を残すと観念も希薄である。こういう欧米人にとっては、「祖先崇拝」という観念がまったくない。欧米から来た宣教師が理解できなかったのが、この祖先崇拝の観念で、一家一族がそろって祖先への礼拝行事を行うことが異教崇拝、偶像崇拝と映ってこれを排撃した。改宗者から仏壇とか位牌などを集めて焼いたのである。東洋では、人間は死後も霊魂が存在し、もし成仏しなかった不運な霊魂があるとさまよっていろいろとたたりをなすという考えがある。忠臣蔵のストーリーは亡き主君への忠誠、敵への報復という観念以外に、成仏しなかった浅野内匠頭の怨霊を鎮めなければならぬという使命感があった。「孝」が親から祖先にまで延長したものが「祖先崇拝」であろう。人間は子孫のために範を残す、後世のために生きる、子孫は祖先の立派な行いや業績に感謝し、敬うという思想である。戦前、中国の田舎を汽車の窓からみると土饅頭がいたるところに続いていた。これは棺を土葬してその上に土を盛った農民の墓である。家族が死ぬとすこしづつ位置を変えてこの墓をつくる。すると何百年もたつと、自分の地所の下にはすべての祖先の亡骸が埋まっていることになる。こうして農民は祖先の霊に守られているという感覚をもつようになる。土地への愛着、土地への死守は、土地を捨てることによって祖先に申し訳ないことをすることになる。今の中国が土葬を禁じ、火葬に変えた理由にはそのような背景がある。
2007/12/29
男と女の道徳のちがい儒教国では、忠孝が道徳の規範である。しかしさらにいうと、これは男に課せられた道徳であって、女の道徳は何かというと、「女は三界に家なし」といい、父に仕え、夫に仕え、老いたら子供に仕えるという立場であった。女性の方が圧倒的に不利益であった。これが最近は男女共生社会というスローガンにしたがってずいぶん女性の立場が改善され、女性が各界において活躍しているのをみるとうれしい限りである。今回は戦前の女性の話であるが、女性の強さの話を書く。私は15年くらい前に、韓国で孤児院を経営して「韓国のオモニ」とうたわれた田内千鶴子さんのことを調べたことがある。日本人が支配者として韓国人よりはるかに優越していた時代に彼女は韓国人のクリスチャン尹致宏氏と結婚して孤児院を経営してきた。なんで乞食大将とまでいわれた韓国人なんかと結婚したのかと、日本人社会では非難ごうごう、尹致宏氏の実家でも日本人の血が入る結婚には大反対であった。それでも愛は国境をこえて成立した。それからすさまじいばかりの苦労を経験する。このときに私は、年老いて孤独になった日本人妻を収容している介護施設である慶州ナザレ園を訪ねた。この施設をつくった金龍成氏は「われわれは日本から36年間苦しめられたが、その我々のところまで下りてきて韓国人・朝鮮人を愛して同じ苦労をしょってくれた日本の女性たち(一説に4万人以上いた)が予想以上にいることにおどろいた。われわれは彼女たちを絶対に見捨てない」という志でこの事業を始めたという。似たような話。私がサラリーマン時代、マニラに駐在していたとき、日本料理店をしていた茨城県出身のママがいた。この人も19歳のとき(昭和15年)、フィリピンからの留学生と愛におちて結婚、フィリピンでは大農園を経営している財閥の御曹子だと信じ込んでやってきたところ、話がってまあ日本でいえば五反百姓。こんな外国の田舎まで来てだまされたと最初の3ヶ月間は泣いて暮らしたそうだ。あれほど家族親戚からの反対と侮蔑を押し切ってやってきた以上、もう日本には帰れない、と。しかし、この方は強い人だったので、立ち直った。自分の家も農家だったから、このフィリッピンの田舎の農家の経営がなっていないことに気がついて、夫とともに必死になって働いた。それで見事に生活が良くなった。昔からこういう女性はたくさんいた。女性のモラルは「愛に生きる」。いい暮らしをして育った女性が好きな男性と逢ってともに苦労を共にするのを「鍋釜下げても好きな人についてゆく」と言った。今ではこんなことはないだろうが、こういう女性のモラルは尊い。男のモラルはどうだろうか。昔は「忠」だったが、今はどうか。本当に「忠」をささげる対象は何に変わったのだろうか。女は今でも「愛に生きる」だろうか。
2007/12/28
宮部みゆきの「楽園」1を買ってきて読む。この人の描写は人一倍綿密で細かい。細部の書き込みをなおざりにできない人だろう。人物の動き、細かい情景描写など余計なと思われるくらいの書き込みである。まるで映像を追っているようだ。退屈感はない。というより退屈しそうになったらページを止めて、また次に読もうとさせるわけである。こういう力はたいしたものだ。私の読み方もこの頃は1冊読んだらまた次の1冊というより、何冊も並行してよむようになった。つまり以前のように早く内容を掴んでしまいたいとするのでなく、読む時間そのものを楽しもうというふうに変わってきた。宮部みゆきのこういう細かい描写は女性作家特有のものである。男の作家にはないものだ。だから日常のなかの意外性、私のような年寄りには若い人の世界をよく教えてくれる。小説の世界をのぞくと、世界の多くの小説は恋愛、男女の交渉というものを書いたものだと思う。これくらい、人々の興味をかきたてるものはないし、人類の永遠のテーマだ。昔のギリシアのひまなインテリたちがソクラテスを囲んで議論をしていた話(プラトンの「饗宴」)のなかに、アリストファネスという哲人が男女論をしゃべっている。彼によると、人間のもともとの原形は男女の性が一つになっていて、まるである種のサンゴみたいだが、一つの完璧を表していた。それを神がにくんで、スパッと二つに切って男女2つに分けた。これで完円がこわれてしまった。男女2つに分かれた性はそれぞれ不完全、不安定、欠損状態であるから、もとの完円に戻りたい、戻りたい、と日々もだえ、苦しみ、憧れる。それが恋愛、男女の綱引きというものだそうだ。それほど、それぞれの性は不完全、不安定というわけである。
2007/12/27
今日は話題を変えて男・女の話を書く。私はいつの間にか、小説は女流作家のものしか読まなくなった。男の書く小説には飽きたし、もっとこまやかなもの、香しいものを求めたいからだ。今読んでいるものは、山崎朋子の「サンダカン八番娼館」と向田邦子の「男どき、女どき」。好んで読むのは、宮尾登美子、宮部みゆき。一昨年、天草に行ったときは、島原の乱の天草八郎の系譜を知りたくて行ったのだが、その時知った地名が山崎さんの「サンダカン・・」に出ていたのでもうひとつの天草があったことを知った。天草は今でも僻地のそのまた僻地という感じで、口減らしのために小さな女の子が南洋の娼館に売られていったような貧しい土地であったことを知った。この作品は、選者の文句なしの全員一致で大宅ノンフィクション賞を受賞したというが、ノンフィクションの傑作であろう。女性でなければこの作品は取材できなかったし、書けなかったのではないか。私は、男は女性を書けないが、女は女も男も両方書けるという説をもっている。男が女性を書くときはどうしても美化してしか書けない。男は本質的に恋愛感情に生きている動物だが、女は両性を見る目をもっている動物なのだと思う。一昨年、辺見じゅんの「男たちの戦艦大和」をみてとても印象に残った。辺見さんという人は戦争ものなど硬いものを書く人だが、テレビで見た辺見さんはものやわらかい歌人であることを知っておどろいた。「男たちの戦艦大和」という題名は「男たちの・・」という形容詞がついているが、女性が美化している典型的な日本の男子像がよく描かれている。女性が書く描写は、男なら気がつかないか、省略してとばしてしまうところを細かく、すこし冗長に、なるほどなと思わせるほど綿密に書くところがいい。向田邦子ものは台所だとか生活用品だとかがよく出てきて、地味な主婦の心情がよく出ている。こういう部分は男では書けない。そういうところがすごく参考になる。
2007/12/25
昨近、腹の立つことが多かりきだ。物価がみな値上がりするなか、灯油は18リッターが1750円である。我が家ではほとんど一部屋しかたいていないが、2日でこれだけ消費することになる。すごい打撃だ。しかし、ガソリンが上がって輸送業者をはじめ、漁民まで困っているというのに、ガソリン税の暫定税率23円なんぼを10年も継続するなどというのは、目の前のあぶらげをさっとさらっていったような不愉快さだ。案の状、道路よりも今のガソリンを何とかしてくれたほうがありがたいという業者の声が上がっている。C型肝炎訴訟にしても、広島の原爆症認定にしてもそうだ。福田さんは決断力がなさすぎる。やっちまえばなんとかなるのだから、やればいいのだ。世論がどんどん追い詰めていけば、結局かくされた官僚都合の無駄な金をチューブで絞り出すようにしてカットせざるをえなくなるからだ。官僚がやるべきことは国民の命にかかわることは何としてでもやるべきだということ。福岡で生活保護を打ち切られたために餓死してしまった人がいるが、官僚は自分たちの責任でないことは、したがらない。しかし、これは根本的なあやまりである。官僚という人種はまず自分たちの利益になることを一番優先してまもり、次に省益を優先し、3番目にやっと自分たちの責任になりかねない範囲で法律をまもる。国民の命が守られ、一生最低生活だけは保障されるというのなら、国民はその分の税金を払うだろう。予算がたりないというのなら、国民を泥んこになってでも説得すればいいではないか。しかし、それができないほど、過去の不信が山と積まれてしまった。昨日のテレビですがすがしい思いをしたのは、警察の裏金づくりに協力しなかったために仕事を与えられず、降格され、左遷をくりかえされても自説を守り通したある警部の話。その人の背筋はぴっちりと正しく、顔つきは久しぶりにみる日本男児の顔だった。こんな正義漢がまだいたことがうれしい。ぜひ表彰してあげたい。
2007/12/21
「自由といっても、何でも自由ということではないんだよ」と日本人の大人がよく子供をたしなめるときに使うが、「自由」という概念自体には、何をやってもかまわない無制限の意味しかない。だが、イギリス人ならば、こう説明するであろう。「人間は法律や布令、社会ルールなどが(・・してはならない、must not)と明確に禁じている以外のことは何をしてもよい」と。このほうが論理的でわかりやすい。したがって家庭教育で子供たちに何がmust notなのかをみっちり教え込むのである。イギリス社会はドーバー海峡を隔てたヨーロッパ大陸とまったく異なった社会であるといわれるが、その根源的な理由を、アラン・マクファーレンの「イギリス個人主義の起源」がよく説明している。フランスの民族学者エマニュエル・トッドは、ヨーロッパ諸国の伝統的価値観の違いは財産相続制から来ていると説明している。ドイツは家父長制が強く、財産相続は長男あるいは父親が選んだ者にしか許さなかった。管理主義的できわめて権威主義的な観念がここから発達した。フランス、イタリアなどのラテン系社会は財産相続を平等に行った。ここから平等という観念がごく普通になった。(その代わり土地がさらに狭くなり農民は貧困化した)。では、イギリスではどうかというと、財産権は個人に属しており、父親が死んだ後は、寡婦は3分の1の財産権を得るだけで子供たちは一切相続を許されなかった。それでも稀に長男相続が父親の好意によって行われたが、それより他人に転売されるケースが圧倒的に多かった。したがって、イギリスでは平等という観念は発達せず、「自由」という観念がいちじるしく発達した。きわめて個人主義的な親が子供たちにせめて“くれてやれる”のは身の振り方の「自由」だけだったからというのだ。子供たちは新しい荒野を開拓するか、農業労働者に他家になって雇われるか、11,2歳頃から都市に行って徒弟奉公した。イギリスでは13世紀頃までに長男が親の農業を引き継ぐ小農的存在は消滅しており、家族の土地共同所有でなく、父親の個人財産として分割相続は認められなかった。したがってイギリス人は早くから独立して勤勉、どん欲に働き、外国にどんどん出ていって侵略した。イギリスの産業革命の結果、小農が没落したのではなく、それより数百年も早く小農が消失していたために、おびただしい賃金労働者予備軍が産業革命を招き寄せたという説明はきわめてわかりやすい。
2007/12/17
映画やテレビで武家と町人がさしで混じり合っている情景がうつるが、あれはうそっぱちというものだ。武家と町人は水と油みたいなもので、対等に話などはしなかった。厳格な主従関係、階級関係があった。武家は武家だけでつきあい、武家屋敷からはあまり離れなかったと思う。武家は平時でも二本差して歩いていた。ああいう習慣は世界でも珍しいのではないか。この前、イギリスの紳士が山高帽にステッキをもってあるいている理由を想像して書いたが、あれは武家の刀と同じであろう。要するに階級の権威を象徴したものである。私は戦前の巡査がサーベルを吊っていたのを覚えているが、あれは恐怖心をそそることおびただしい。武家の刀も町民に身の毛がよだつような恐怖心を数百年間与え続けたことが封建時代を支えたのだと思う。日本人に今なお残るお上に対する恐怖心がDNAに深く刻まれた原因は、あの刀である。どうしてこういう想像をするのかというと、幕末の頃、日本に来た外国人の多くがあの2本差しを怖がっているからである。侍と出会うと、いきなり斬りつけられるのではないかという恐怖をいつも感じたとある。日本刀ほど鋭利な刃物はない上、スパッと斬られた首や手足の切り口を見てぞっとしたという記述が多い。神戸のフランス人水兵斬殺事件で下手人が腹切りをさせられ、それを見届けにフランス公使がくるが、現場を見て吐き気をもよおし、耐えられなくなり逃げ出している。日本は外国の植民地にも半植民地にもならなかった。それはいろいろ原因が考えられるが、ひとつにはあの刀だと思う。
2007/12/14
想像することの楽しさ 3またイギリスのことで恐縮ですが・・今日は海軍の話。イギリスがなぜ19世紀前半から強くなったかの一因は海軍にあると思う。スペインという国は16世紀は世界の大強国だったのに、イギリス艦隊にやぶれて以来世界の強国から消えてしまった。そして、ドーバー海峡、大西洋の制海権はイギリスの独壇場になった。ドイツ、フランスといった大陸の強国は海軍の建設が百年以上遅れるわけである。イギリスが海外の植民地獲得に威力を発揮したのは海軍のおかげである。インドや清国のような大国をイギリスが侵略する場合は、艦隊が任意の沿海の港湾を攻め、陸戦隊を上陸させてただちに相手の砲台を沈黙させ、一帯を占領する。例えば清国の寧波ならが、清国の八旗軍主力が陸路でとことこそこまで到達するには早くても20日や30日はかかってしまう。その間にイギリス艦隊はインドの基地からさらに強力な艦隊を派遣し、どんどん新手を補給する。それには数日で可能である。こうして至る所の沿海都市を急襲し、相手国を屈服させた。こうした新手はたいていインド人や香港人の陸兵である。やがて日本人も使うために日英同盟を画策した。アメリカはイギリス海軍を見習って強力な海軍をそだてた。イギリス、アメリカの海軍はそれ自体が独立の戦闘単位で、日本のように陸軍の付属物ではない。アメリカは海兵隊という海軍主力の戦闘力を育てた。日本は海洋国家でありながら、ドイツ、フランスの大陸国家から学んだために海軍建設の目的がはっきりせず、陸軍に従属、補充するものとして認識され、戦闘範囲を制限されていた。陸海軍というが、対等ではなく、陸軍とはいつもそりが合わず、連携できなかった。これも敗戦の原因のひとつである。
2007/12/10
アングロ・サクソンがなぜこの3世紀くらいの間に世界の覇者になったかというと、いろいろ理由はあげられるが、私が最後の1点に絞り込んだ結論は、彼らの「冒険力」である。ハイリスク・ハイリターンを求める冒険と強欲。きれいごとなどというのは彼らにはないようである。とくにスコットランド人というのがすごい。アングロ・サクソン社会では寄付がよく集まる。2002年の1年間でアメリカでは約22兆円があつまり、イギリスでは1兆7300億円があつまった。これに対し、日本では2004年に252億円。これも大半が政治献金である。税制の仕方の違いだという人がいるが、私はそうだとは思わない。日本人は要するにケチなのだ。根本的なケチケチである。アングロ・サクソンの社会ではなにかやりそうだと思わさえる人間には、金持ちをはじめ、一般人も寄付を出してやれやれとたきつける。英雄が好きなのである。こうして命知らずの冒険家が地球をまたにかけて冒険する。探検する。宣教師が出て行く。半分以上が死ぬ。しかし無事に帰ってくると本を書く。一発でベストセラーになり、その男あるいは女は一夜にして英雄になり、大金持ちになる。出自の貧しい子は一躍エスタブリッシュしてハイソサエティに入ることができる。彼らがもたらした地球の未知の情報はマーチャント、政治家、軍部が待ち望んでいるのである。私はアングロ・サクソンの女性に注目している。アングロ・サクソンの男は日本人みたいに単身赴任などは絶対にしない。かならず家族そろって赴任する。しないのは戦時の軍人だけだ。ポルトガル、スペイン人は16世紀から海外に出て行った。しかし男だけで、女は行かなかった。当時の航海事情を考えると命知らずしか行かなかったという事情はあるが、女が行かなかったので、彼らは現地のインディオを娶り混血児を産んだ。スペイン人との混血はミスティーソとかミスティーサと呼ばれ、女性はまるで陶磁器のような錫色の肌をしていてなんともいえず美しい。こういう混血児は宗主国スペインに愛国心などは感じない。祖国は自分が生まれた国、たとえばメキシコとかフィリピンだと答える。だからスペインやポルトガルは連邦帝国をつくらなかった。イベリア半島の人口200万のポルトガル、400万のスペインは空洞化して終わった。ところが、イギリスの女性は男と肩をならべて外国に行く。単身で行って、現地で同国人の男性と結婚する。アングロ・サクソンは異民族とは結婚しない。したがって植民地で生まれた2世、3世でも両親の母国を自分の祖国だと思う。こうしてイギリスは衰えたりといえども英連邦という世界にまたがるゆるやかなネットワークを今でももちつづけている。なんという強みであろうか。
2007/12/06
私はこのごろはもっぱら歴史ものに凝っているが、史料などを読んでいてふと疑問におもうことがある。さりとていろいろ調べてもなっとくのいく説明にぶつかることもない。こういう場合は想像力を働かせて自説をつくるのである。ひとつの例。18世紀、19世紀にロンドンの紳士が山高帽にフロックコート、手にステッキをもっていた。若い紳士のくせにステッキをついている。流行のスタイルともとれるが、歩行を助ける道具などは若い人なら不要ではないか。私はシャーロック・ホームズの小説を読んでいて主人公がたかってくる物乞いをステッキで打ち据える場面に遭遇した。これでわかった。山高帽は遠くから自分の位置を知らせ、階級的尊厳を知らせるためで、ステッキはよってくる物乞いや浮浪児などを追い払う道具なのだと。時は19世紀の初め頃、イギリス社会は貧富の差が激しく、街は酔っぱらい、不良少年、売春婦などがごろごろしていた時代である。
2007/12/04
2008年は内外ともに激動の年になるだろう。ドルが下落し、株価は下落し、あちこちで聞いてまわったら80円とか90円とかの予想である。また日本では円高不況ということになるというが、今回のドル下落は世界の構造的な変化であるから、我が国は本格的にドル覇権が終焉する時代にむけた対応を考えなければならないであろう。いままでの常識になじんだ人は、とくに既存の政治家や評論家はもうやれないだろう。高くなった円をつかって何をすればいいか。答えの1つは金を独自外交につかうこと、世界から一流の人材を集めることである。 個人としては、大いに海外旅行することである。あるひとつの国を自分の専従相手国にきめることである。
2007/12/03
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