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アングロサクソンのトラウマ 1従軍慰安婦の問題について安倍首相の発言(従軍慰安婦に日本軍が直接かかわった事実はなかった)がアメリカの議会で問題になっている。これをどう読むかであるが、日本政府は拉致をいつまでも言い張ることはいいかげんにしろという脅しであろう。日本政府が北朝鮮の拉致を言うならば、従軍慰安婦は拉致ではないか、というロジックである。あれほど北朝鮮に対して強硬であったアメリカが一転して、マカオの銀行の北朝鮮預金口座をあっさり解除した。これをアメリカはイラクで手一杯で北朝鮮などにかまっていられなくなったとか、北朝鮮が日米の離間を策したものだとか、したり顔の外交評論家がコメントしているが、アングロサクソンがある日突然手のひらを返すような政策転換をやるのは歴史が証明している。イギリスもアメリカも議論好きな国であって、国内に2つの勢力を抱え、ある勢力の政権が行き詰まると、別の政権が出てそのときどきの現実主義的な選択を行う。その結果、手のひらを返すようなことを、あまり抵抗感なくやるのである。両国とも、マーチャント(商人)勢力が強く、政治はこれを制御できない。とくにアジアに対してはどうしても権益を保持したい願望が強烈である。両国とも、中国に対して強いトラウマを感じている。日本のある勢力が中国に侵略したことに対してあやまろうとしないのを彼らはあほうなことだと見ている。同じように彼らも過去の中国への侵略に対して謝ることはしないが、そのくだりになると、歴史の事実を文書から抹殺し、沈黙を守る。教科書などには一行も書いていないか、悪質マーチャントのせいにしている。そして中国に友好的なサービスをして帳消しにしようとする。日米戦争の前からアメリカが空軍の義勇軍を中国に派遣して東京を爆撃したり、イギリスがいちはやく毛沢東の人民政府を承認したりしたのもその伝である。
2007/03/31
キリスト圏とイスラム圏のおおきな違いイスラム地域とキリスト教地域とくらべてどこが大きく違うか。中東には国家がたくさんあり、アジアでもパキスタン、インド北部、インドネシア、マレーシア、中国の新疆省などはイスラム圏内に入る。それぞれイスラム色に深浅の差があるにせよ、イスラム圏としてひとまとめに出来るのはなぜか。これはひとえに政教が分離しておらず、宗教色の濃いイスラム法による統治が行われ、議会制民主主義が発達していないことによる。にコーランをながめてみる。キリスト教の旧約聖書や新約聖書とちがって、預言者ムハンマドが伝声管のようになって伝えた一神教の神アラーの直接的な声だと思える教えがある種のリアリティをもってならんでいる。どれを読んでももっともと思える内容である。とくに複雑な内容はなく、やさしく理解できる。これに比べるとキリスト教の新約聖書はマタイとかマルコだとかの弟子が、キリストの言動を記録した形式になっている。キリストが弟子に向かって言った言葉がストーリーの中で伝えられる。一方、コーランのほうは信徒に向かって神が直接的に言う形式であり、聖書のほうは間接的に言う形式になっている。宗教でいうと、いちばん難しい宗教は仏教で、次はキリスト教であり、大衆にとっていちばんわかりやすいのがイスラム教であるといわれる。これは間違いないと思う。したがってイスラム教には、教義の解説者とか解釈者とかを勤める聖職者階級やそういうヒエラルキーの中の中間的な役目が必要でなく、最高レベルのイマーム(宗教指導者)以外は、司教とか司祭とか助祭とか宣教士などはいない。梅棹先生が言われるように中間的挟雜物がなくすっきりとしている。そうすると、どうなるかというと、政教分離が起こりにくくなる。事実、イスラムの人たちは、ヨーロッパ人がますます宗教ばなれして、教会にも行かなくなり、倫理道徳の崩壊が起こっているのを堕落、危機とみて、イスラムでは絶対にああなってはならないと宗教でひきしめている。だからヨーロッパと同じ方向に動くより反対の方向に動く。イスラム圏で起こった宗教改革は宗教性のさらなるひきしめの方向に動く。 ヨーロッパで俗と教の分離が起こったのは、ヨーロッパ社会が俗性の強いローマ法を引き継いだからである。だから、教会法は宗教界の一部に限定された。ローマ法を引き継いだヨーロッパの大陸諸国はいわゆる大陸法という法律で社会を運営するし、イギリスはコモン・ロー、いわゆる英米法といわれる法律を運用し、ともに法律は宗教ときれているが、イスラム圏ではイスラム法で運営している。したがって宗教ときれていない。
2007/03/30
今月の文芸春秋は面白い。「小倉庫次の侍従日記、昭和天皇の戦時下の肉声」を読んだ。20年の6月に敗戦の決断をした天皇の感覚はごく普通だと感じた。ドイツが降伏し、沖縄戦で敗退し、宮城を含め、東京が焼け野原になってもまだ終戦の決断を言い出せない日本の指導者はなんという情けなさだろうか。これ以外に、寺島さんの文章も載っている。八代尚弘氏と森永卓郎氏の対談「闘論 格差社会の犯人は誰だ」は八代氏が経営側、森永氏が働く側に立っての対談で、どちらも理路整然とした発言だが、やはり森永氏の発言のほうを支持したい。働く者として実感があるからである。企業側にしてみればなんとか人件費を抑えたいが、なかなか正社員の人件費引き下げが難しいので、残業代をなくすためにホワイトカラー・エクゼプションというものを考えたようである。これは年収900万円以上の人に限定するだけだというが、私の実感だと900万円以上の人はそんなに残業代は要求していないと思う。やはりねらいは400万円以上の線に下りてくることが予想できるから、この法律はよほど注意して簡単に通さないほうがいいと思っている。私は8年間ほど中国語の通訳の仕事で非正社員をやったが、やはりあまりいい思い出は残っていない。同じ課や室に属していても、給与以外にいろいろ差別されるわけである。おいしい仕事は全部正社員が独占して非正社員には辛い仕事とか面白みのない仕事を押し付けられる。それでも私は中国から代表団や人がやってくると重要会議に出て通訳したからかなり重要な仕事をこなしたと思って、自らを慰めていた。しかし、なんと言っても通訳という地位は日本では低い。これが欧米になると語学のできる者がなんといっても主流に立っている。ようするに、非正社員問題はいわばマイノリティ問題だと思う。これをそのままにしておくと、企業内でいろいろおかしな問題が発生し、社会的、文化的に日本がおかしくなる。アメリカのジョンソン大統領はベトナム戦争をいたずらに長引かせたが、彼がやった公民権法の通過は歴史的な偉業だった。あのおかげで人種差別はかなりなくなったし、パウエルとかライス長官などの黒人系の人たちが出てきた。あれでアメリカの活力は全体として上がったと思う。日本の正社員、非正社員の格差問題は、なんとしても職業選択の自由と権利として国民誰しもが納得するものにしないといけない。
2007/03/23
我が家の2坪程度の庭に毎年キュウリやトマト、ホーレンソウなどを植えているが、けっこう食べきれないほど獲れる。今年もいよいよ土いじりの季節になった。落ち葉や生ゴミなどをたっぷり土に入れ、さらに牛糞、鶏糞などを混ぜ合わせた。こうしておけば土というものはありがたいもので、自然に作物を育ててくれる。農業は半分以上は自然の力でやってくれる。牧畜なども家畜に草を食わせておけば乳がしぼれる。牛や馬、羊などはよく草だけで生きているものだと感心する。しかも草があれだけの蛋白質になるというのは奇蹟のような気がする。終戦直後の人口は8千万、失業者は4割以上。皆どん底の生活だったが、餓死者があまり出なかったのは、国民の半分が農民で、食えなくなった人は田舎の実家に帰り、そこがセフティネットになっていたからだと思う。都市にいた人はヤミ商売をしていたが、物が極端に欠乏していたので、まがい物のような商品でも売れた消費市場があった。結局貧しさを互いに助け合っていた構造だった。今、毎日のように凶悪犯罪が起こっているが、倫理が崩壊して悪いことは悪いのだというけじめがなくなってしまってからだろうと思うが、ひとつには生活に行き詰まった人が出てきたのに、かつての農村のようなセフティネットがなくなったからであろう。私は高校時代に無許可露天商をして結構もうけていたから、露天商もセフティネットのひとつである。都市の行き詰った人にこれを許可すればいいと思う。昭和25年に朝鮮戦争が起こって、金物ブームが起こった。今と同じように鉄、錫、銅などの泥棒がはやった。隅田川のヘドロの底からさびたなべ釜などを掘り出してくるおおぜいの人がいた。私が大学時代に学校の警備員をしていたときに、明け方水道の蛇口を大量に盗まれて廊下が水浸しになったことがあった。しかし、朝鮮戦争の特需で日本の復興は早まり、昭和34年には戦前のピークであった昭和15年のレベルに早くも回復し、終戦後わずか14年で高度成長に突き進んでいくという幸運が日本に訪れた。
2007/03/22
イスラム研究 2イスラムの歴史第3巻を読んで愕然とわかったことは、イスラム地域でなんで宗教改革が起こらないのか、ルネッサンスが起こらないのか、という私の疑問がまったくの間違いであるということである。今、一神教地域で宗教離れがいちばん起こっているのは、西ヨーロッパである。日曜のミサに行く人は至ってすくなくなったらしい。トッドはこれは必然的な流れだとし、識字率と分娩の自己抑制つまり人工的な避妊率が高くなってくれば、人間は神より理性の方を信じるようになるからであると言っている。宗教離れからイデオロギー信仰に移行し、さらに20世紀後半はイデオロギー離れが起こって、現在はミクロ・イデオロギーに分立する状態になっていると言う。一方で、こういう流れを嫌悪する人たちが必ずいて、その代表格は宗教原理主義である。この宗教原理主義度がいちばん高いのが、ユダヤ教、イスラム教で、イスラム原理主義からみるとヨーロッパはまったくの堕落状態である。このようであってはならないと、イスラム地域ではますます反比例的にイスラーム化する。つまりイスラム地域はヨーロッパと緊張関係にあって、このようであるから、脱宗教などは起こらないことになる。
2007/03/20
イスラム研究 1 今年はイスラムのことを勉強しようという気になった。どうしてそういう気になったかというと、自分に絶対的に欠けている知識の部分が中東地域で、ここの部分がわからないと世界史のこともわからないと痛切に感じたからだ。私はここ20年ほどキリスト教の勉強をしたことで、すこしはキリスト教が理解できるようになった。しかし何となく落ち着かないのである。それはユダヤ教とイスラム教の勉強不足からくるのだと思った。だからキリスト教の勉強を深めるためにもここの勉強が不可欠だと思ったのである。だが、アラビア語をいまから学ぶ気力はないから、日本語になった文献ですますことにし、今年は、堺の諏訪さんから頂いた高橋和夫先生の放送大学のDVDと共同通信社から出ている「イスラムの歴史」3巻本、ほかに幾冊かの単行本にたよることにした。最初に梅棹忠夫先生からお話を聞いて興味がなおさら深まった。先生が中東地域のことを中洋と名づけて、西洋、東洋と区切ったのは大変な知恵である。私の区切り方は、キリスト教地域(これをさらにプロテスタント、カトリック、ギリシャ正教の3地域に分ける)、ユダヤ教地域、イスラム教地域(これもシーア派地域、スンニ派地域に分ける)の3地域を一神教地域とした。そしてその他の地域を非一神教地域とした。アジア、アフリカはこの地域である。私は、中東地域は世界の中で極めて変わった地域であって、どうしてそこでは近代化が起こらないのか、宗教改革が起こらないのか、ルネッサンスが起こらないのか、中世のままの状態が続いているのはなぜか、と疑問に思っていたが、そういう考えが、梅棹先生の話や「イスラムの歴史」をかじり読みしている間に変わった。中東はヨーロッパの裏庭、と考えたらどうなのかと思った。エマニュエル・トッドというフランスの民族学者が西ヨーロッパを483の地域に細分して、それぞれの地域の意識を分析した。なぜ彼がそうしたかというと、ヨーロッパは宗教改革、ルネッサンス、人間の復権、合理化、民族主義化がどこの国や地域でもおしなべて進んだのかというと、さにあらず、まったく宗教改革が起こらない地域、合理化が進まない地域、旧態依然とした保守的な地域があり、なぜそこはそうなのかとトッドは483の地域別に調べたのである。すると、そういう意識の差の根源は4種類の家族型に由来することを突き止めた。これについては、また後でのべる。このトッドの考えにひかれて、私は仮説を立てた。ヨーロッパで進んでいない地域もやがて進んだ地域の勢いに引っ張られて少しは変わっていっただろうが、遠く離れていたために、まったく引っ張られなかった大地域が残った。それが中東なのではないかと思ったのである。
2007/03/19
資本主義勃興期の資本家は多少のリスクは覚悟の上で、もうかるからやる、やりたいからやる、何でもやる、というふうにデモーニッシュ(悪魔的)に事業欲にかられてやったのだと思う。やる事業はたいていは成功してもうかったから、彼らはますます意気軒昂にやったのだと思う。向こう見ずの大胆さ、動物的なカン、人民を搾取しても屁とも思わない鉄面皮というものが資本家の資質であった。サラリーマン時代、会社で凄腕といわれた人が独立して事業をはじめたがうまくいかずに失敗したという例は掃いて捨てるほど聞いたが、やはりこういう気質的なものがない人はだめなのであろう。競馬でいえば、ハイセイコー時代、この馬を頭に単勝で百万円も買えば、一割ついても10万円、一発でもうかることは読めてもリスクがこわくて賭けができないというのが普通の人である。ところが、時代が経って、そういう気質の創業時代の資本家がいなくなると、会社のトップはサラリーマンから上がってきた人がなり、こういう人はせいぜいハーバード式の経営学を勉強してやろうとするから、どうしても守りの経営になりがちになる。彼らが一番恐れるのはリスクをかぶることである。したがって冒険はせず、手堅い経営になり、口にする言葉はコスト削減。人を減らせ、無駄を減らせ、アウトソーシングにしろ、ロボットでやれ、となって人減らしすることのみに専念し、中小企業でもできるような安易な道をえらんで、弱い相手をつぶしてもうける、どこかおおきいところと提携したり、合併したり、外資を導入したりして、安全運転に心がけるということになる。アメリカでは逆にそうなることを恐れて、経営者に莫大な報酬を与えて、往年の資本家のデーモンを維持させようとしているが、日本の経営者におけるデーモンはいちじるしく衰えているのではないかと心配である。2月24日の朝日夕刊に、マレーシアを拠点とするアジア最大手の航空会社が、日本からマレーシアまで往復1万8千円で飛ばす計画だという記事がのった。なぜこんなに安くできるかというと、搭乗券は旅客がインターネットでダウンロードする、搭乗機は使わず。旅客は飛行機のあるところまで歩き、タラップで搭乗する、機内食などは出さず、逆に売る、故障しにくい新造機にしぼって整備代を減らす、航空機はターミナル前に縦列駐機させ、駐機料を節約する、人件費はもともと安い、などなどで格安にできるのだという。ヨーロッパでも航空運賃大幅値下げの機運である。海外旅行客急増の時代を背景にして、アジアのこんな会社が日本にいよいよ売り込みにかけてくる。これまでは、グローバリズムの攻勢がアメリカからやってきたが、今後は、中国、インド、アジアから低賃金を武器にした逆グローバリズムが吹いてくるだろう。彼らは技術力も上げており、何でも安くする感覚が研ぎ澄まされている。低コストを武器に荒っぽいことをやって日本市場に上陸してくるだろう。日本の経営者は守りの経営だけでやっていけるか。絶対に彼らに負けない体制を築いて対抗しなくてはならない。
2007/03/15
赤ちゃんポスト その3今日は捨て子についての随想。江戸時代まで間引きというのがあり、間引きが禁止されてからは、日本でもお寺の前とか情け深い人が通りそうな場所にそっと捨て子するということがあった。お寺で預かった捨て子は貰い手がなければ、小僧とか寺男として雇った。欧米では教会や修道院が引受け手で、貰い手がない場合は、教会施設の下働きとか、成人して優れた者は宣教師になった。私は「宣教師東漸」で書いたが、中国では戦前は捨て子が多く、フランスからやってきたカトリック乳児院が捨て子救済の事業を行っていた。修道女がたくさんやってきてそういう仕事をしていた。私が育った天津の旧フランス租界に立派なカトリック教会があるが、違う場所にかつてノートルダム・デ・ビクトリアルという盛大な教会があり、そこの付属施設として乳児院があった。そこのシュバリエ神父は立派な人で、赤ちゃん救済に力をつくし、伝道のかたわら見つけた捨て子はかならず教会に連れて帰った。しかし、これでは間に合わないので、人を使って多数集めさせた。シュバリエが1868年から翌年にかけて救済した捨て子は延5万6千名に達したが、このうち命を永らえたのはわずか5百名弱に過ぎなかった。大半の幼児は乳を与えられなかった発育不良児であったり、病児であったり、捨て置かれた時間が経ちすぎて衰弱がはなはだしく、大半は乳児院に連れ帰ってすぐに死亡した。シュバリエは死前洗礼をほどこし、死体は教会の敷地内の墓地に葬った。ところが、これが誤解を生んで有名な天津事件になった。そのころ、幼児誘拐事件が頻々と起こり、市民は教会が幼児を大量に集めて、医師たちが目玉をくりぬき、それを薬用にして輸出しているという噂が広まった。悪質な排外デマであるが、当時の人は占とか噂を信じやすく、親たちは連日大挙して教会に抗議におしかけた。調査団が組織され、シュバリエと交渉して、内部に入り、秘密の医務室がないか、誘拐された子が墓地に埋められているかどうかを調べる発掘作業などを始めた。ところが、これを聞いたフランス領事フォンタリエが激怒して、現場に急行し、調査団を追い出し、扇動容疑者とみられるリーダーを射殺したことから、群衆が暴発してフォンタリエと従者を殴殺し、フランス教会を焼き、シュバリエ以下教会関係者十数名を殺害して火中に投じ、中国人クリスチャン数十名まで巻き添えにするという大事件になった。もはや中仏戦争になるところまでいきかけたが、中国は多額の賠償金を払って一件落着した。これが戦争までにいたらなかったのは、1ヶ月後に起こった普仏戦争のためである。私はこの教会のあった場所に、深夜、鬼気迫る形で魔女のような修道女が赤ちゃんの死体を埋めている大きな絵が描かれているのを見たが、今もあるかどうかはわからない。
2007/03/13
5日の寺島実郎氏講演は聞かせた。知研会員向けとして、いかにして全体知を身に着けるかについての話が40分ほどあり、知的三角測量の方法やマージナルマンをめざすべきこと、などを説いた。現在は専門家の断片的、視野狭窄的、短期サイトで国益を云々する風潮がはびこり、知識人とか評論家とかエコノミストとかいわれている人たちがいったい何を言っているのかわからない支離滅裂的な状況がつづいている。一言で言えば全体知が欠落してしまっている。このなかで寺島氏は稀な全体知を語れる人である。当分、この人の右に出る人はないのではないか。 冒頭での2006年の教訓で確認したことは、1、 イラク戦争はまちがった戦争であった。2、 マネーゲームに傾斜した資本主義は省察されねばならないこと、ホリエモン、村上ファンド問題があぶりだしたことの意味は重大である。日本経済について語った印象的な部分だけ紹介すると、06年12月水準で素材原料は172.3の伸び、素材原材料産業は異常なインフレ景気である。中間財はようやく111.4に回復、しかし最終財つまり消費は91.8で(内耐久消費財は79.8、非耐久消費財は102.5)でいまだにデフレである。スーパーに行っても、地階、1階の食品、日常衣料などは人がいても、3階、4階以上のの耐久消費財売場は閑散としては人がいないのを目にする。「ワーキング・プア」問題は、06年の雇用者全体の5115万人中、非正規雇用者(パート、アルバイト、派遣、契約社員など)は1707万人で33%をしめ、そのうち年収200万円以下は1284万人、非正規雇用の75%を占め、この人たちがいわゆるワーキング・プアと言われる。彼らは一生懸命働いても、一生働いても、給料は増えず、ボーナスもなく人生に何の希望ももてず、生きている喜びというものを感じられない。どうしてワーキング・プアが生まれたかの一理由は、IT革命により、レジなどの仕事はただバーコ-ドをなぜるだけだから誰でもできるようになり、アメリカの資本家が労働者をそのような状態に落としこめ、低賃金雇用を実現したことによる。私がスーパーのレジをした人に聞いたところ、バーコードをなぜる作業も立ちっぱなしで瞬時も休みなく行うから、4時間くらいでくたくたになるということである。それで1時間850円。今、民主党が最低賃金1000円を主張しているが、スーパーなどでは、商品にチップを埋め込めば、客が出口のゲートをとおるだけで、銀行引き落としやプリペイド・カード方式ですむようになり、万引きも防止でき、ワーキング・プアの人も雇わなくてすむ計画が進んでいる。こうなるとワーキング・プアの人たちはどこに行くのか。再チャレンジくらいですまされないほど問題が深刻でなる。日本企業の労働分配率は、ピ-クの98年の70%から昨年は62%におちた。上場企業の経常利益の6割は円安効果などによる海外活動の成果で、さらに、国際収支構造は、05年の所得収支が11.4兆円で貿易収支10.3兆円を抜いた。つまり貿易で稼いだ金より金融で稼いだ金が増えた。つまり国内の労働者が汗を流して働いて稼ぎ出した金が相対的に低くなり、水商売的にかせいだ金が増えた。すると、どうなるか。経営者はこの稼ぎを労働者にわけあたえようという動機が働くようになるか疑問である。渋沢栄一が説いた資本主義の勤労哲学ははるか昔に遠のくのである。
2007/03/08
権力の歩留まり ますます縮小 財高・官政低の時代へ安倍内閣を見ていると、権力の歩留まりがますます縮小していることがわかる。まず金がなくなった。地方が中央と対等になり、常に綱引きせざるを得なくなった。外交、軍事はアメリカからタガをはめられている。国が出動して産業経済の旗振りはできない。かってのような予算付けや行政指導などによる事前取締りが無理になり、事後取締り、つまり法律違反を摘発(つまり一罰百戒)に移行せざるを得なくなった。与野党内は議論百出してまとまらない。したがって安倍内閣は経済には手を出さず、国際競争力の維持、経済成長による問題解決をあてにし、格差問題は、「あるとすれば」やる気のあるフリーターなどに再チャレンジの機会を与える方策など補充的なものに限っている。フリーターやニートの人を企業に一時雇用の形で現場で教育してもらい、それに政府が補助し、クリアした人に認定証みたいなものを与えてハローワークで求人を求めるというものらしい。かつての政官高・財低の時代から、財高・官政低の時代になり、企業はいうことをきかなくなった。小泉氏が郵政民営化をしたのとおなじように、安倍さんは、縮小した権力の歩留まりの中で、憲法改正と教育にしぼって、それで後世に名を残すことを考えているのだろうと思う。
2007/03/03
赤ちゃんポスト 3熊本の慈恵病院に聞いてみた。預かった赤ちゃんをどうするのかについては、病院としては緊急避難的に、ただ新生児の救護のみを目的とし、健康が確保されたら、児童福祉法や地方自治体が行っている慣行にしたがって赤ちゃんを扱い、病院独自の里子システムはまったく考えていないとのことであった。現在行われている慣行は、自治体などにあらかじめ登録してある里親希望者から適格だと判断した人を呼び出して相談して、まとまれば里親縁組をするが、捨てた親が立ち直って引き取るといった場合は実親を優先するということらしい。しかし、大部分の場合は施設に預けられ、里親に引き取られる場合はその1割くらいの率だそうだ。それでも世の中には篤志家がいて、何人もそういう子を引き取って育てている人がいるそうである。捨てられた赤ちゃんが幸せをつかむことを祈るばかりだ。赤ちゃんポストのことを考えていると、むやみに想像が広がるばかりだ。この地球上にかつて生きて死んでいった人は何人いただろうかと考えると、千億人以上、あるいは1兆人くらいいるかな、と思う。1兆人とすれば、その大部分は名もなく生き、名もなく死んで忘れられていった人である。名を残した人はほんの一握りであることがわかる。私の親、親戚、兄弟、友人、知人、先輩で年長の人は次々に死んでいった。懐かしい人たちばかりである。親友8人も死んでしまった。私の記憶の中に残っているこの人たちも、私が死ねば、記憶は消滅し、かつて彼らが地球上に生存していたことすらも消滅するわけである。私はふるく苔むした、彫った字もさだかでない墓をみると、この墓に葬られた人はどんな人であったかを想像する。どんな顔をしていたか、性格はどんな人だったか、どんな人生を送ったか、どうして死んだのか、を思い浮かべる。墓の前に座って見知らぬ死者と対面するといろいろなことがつぎからつぎへと思い浮かんでは消え、やむことがない。
2007/03/02
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