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第 三百三十七 回 目 劇映画 『 ビッグチャレンジ! 』 その四 (56) 商店街 活気のない寂れた通りを、一太郎が行く。くたびれた表情で立ち止まり、ぼんやりとトイ類を眺めている一太郎に、オコチャ店の店主が声を掛けて来た。 店主「まあ、こちらにおはいりなさい…、今お茶でも差し上げましょう」 一太郎「あッ、これはどうも…、恐縮です」 店主「昨今じゃあ、御覧の通りこの界隈もすっかり寂れてしまいました」 一太郎「本当に我々庶民には、暮らしにくい世の中になりました」 店主「うちも親父の代から細々と商売していますが、いつなんどき店仕舞いするのか…。本当に淋しい限りです」 一太郎「(近くの玩具を手に取って)子供の時分には、夢で胸が膨らむ思いがしたものです。たとえお腹が空いている場合でもです」 店主「夢だけでは誰も生活して行くことは出来ないってね。うちの親父はよく、子供には夢や希望が米の飯以上に必要なのだって、そう口癖のように言ってましたが」 一太郎「夢と希望ですか……。あっ、これはとんだお邪魔を致しました。お蔭で疲れがいっぺんに吹き飛びました」と、さっきとは別人の如くに元気な足取りで、店を出る。 (57)ホテルのラウンジ・コーナー(別の日) 急ぎ足でやって来る一太郎。目で誰かを探すようにしていたが、隅の席で向かい合って座っていた一組みの男女に、視線を止めた。つかつかとその隅の席に近づき、 一太郎「好子さん、遅れて済みません」と、中年の女性の隣りに腰を下ろした。吃驚する二人。 一太郎「好子さん、この封筒はハンドバッグに戻して下さい」と、テーブルの上に出されたばかりの分厚い封筒を手に取り、女性の両手に握らせた。 男「君ッ、失礼にも程があるじゃないか!」 男は怒りで全身を震わせている。周囲の視線が一斉に三人に向けられた。 一太郎「(相手を威圧するような落ち着き払った態度で、しかし低声で)静かに。大きな声を出すと貴君の為になりませんよ。今、所轄のお巡りさん達が此処に向かっている途中です。早くこの場を立ち去らないと、どんな事になるか……。貴君自身がよく御承知の事柄ですネ」 男「失敬な。北大路さん、改めて御連絡します…」と、顔色を変えた男が這々の体で退散して行った。 北大路好子「日本さん、御親切にどうも有難う。でも、どうして分かったの、私達がこの場所に居るってことが…」 一太郎「以前にも此処で、あの男と会われているのを、数回お見掛けしていましたので。さっき、御社に伺いました折に、後輩の方から気になる事を耳にしたので、こんな事ではなかろうかと」 好子「じゃあ、さっきの警察の話は―」 一太郎「ええ、嘘です。口から出まかせです、私なりに一生懸命でしたから」 急に、大粒の涙を流す好子。 好子「私だって、男の人からキレイだって、一生に一度でいいから言われたかった。夢よ、乙女チックな、本当に子供染みた感情だわって、自分でも思うのだけれど……」 一太郎「 ―― 」 好子「私、知ってたよ、全部嘘だって、結婚詐欺だってこと。でも、わたしはバカだから、それでも好いと思った。お金なんか、いくら貯金してたって私の為に、何もしてくれないもの……」 一太郎「(言葉もなく頷く)」 (58) 大衆演劇の劇場・中(別の日) 赤や青の原色のライトが点滅する場内では、劇団の花形・早乙女誠也の華麗な日舞が演じられ、独特な熱気に包まれている。その舞台に近い席に、お得意先の女性副社長を招待した一太郎が居る。 一太郎「如何ですか、お気に召しましたでしょうか?」と隣の副社長の耳元に囁いた。 副社長「予想外に楽しいです」と、まるで少女のように上気し興奮している。 一太郎「良かった……」と、満足げである。 (59) 同・表 公演を終えた座員たちが総出で観客を見送っている。副社長も先客たちに見習って花形に握手を求め、子供のようにはしゃいでいる。 副社長「日本さん、是非もう一度ここへ連れて来て下さいね」と一太郎に耳打ちした。 一太郎「はい、畏まりました」 一太郎は、満面の笑顔である。 (60) 町の食堂(夕方) 一人で、少し早目の食事をしている一太郎に、店員が声を掛けた。 店員「お客さん、今日は何か嬉しいことがあったみたいですね」 一太郎「うん。でも、どうして分かったの」 店員「うちみたいなちっぽけな店でも、商売は商売ですから、御客さんの事っていつも気になるのです。たとえ一回限りの一見(いちげん)さんでもです」 一太郎「そういう物ですかね」 店員「増して、お客さんの場合は常連さんですから、特別に…」 一太郎「有難う。気が向いた時にしか来ないのに―」 店員はカウンターの中のマスターを気遣いながら、 店員「俺ですね、早く料理の腕を磨いて、値段は安いけれど、飛び切り味が良いと言われるような、自分の店を持つのが夢なんです」 一太郎「成程、大きな夢があるんだ」 店員「ちっぽけな、だけど、オレにとっては大切な人生の目標なのです」 その時、新しい客が入って来た。鬼田幸三であった。 鬼田「なんだ日本君、随分としけた所で、ささやかな夕食ですねェ」 店員が露骨に嫌な顔をするのにも、全く意に介さない横柄な態度である。 鬼田「ビールをくれ!」 一太郎の隣に、ドッカと腰を下ろした。 一太郎「お疲れさまです」と涼しい顔をしている。ムカッとした口調で、尚もしつこく絡んでくる鬼田。 鬼田「大体、あんたの女房が気に喰わないネ、貞女ズラして……。少しぐらい別嬪だからって、鼻にかけやがって―」 一太郎「妻の悪口は、止めて下さい」 静かだが強い口調に、一瞬ギクリとするが、更に絡んで来る鬼田。 鬼田「第一、亭主のあんたがだらしがないよナ。おい、ビール早く呉れ」と催促し、出されたビールを一気に呷った後で、 一太郎「どう、一杯。僕が奢るからさ」 一太郎「まだこの後営業の仕事なので、遠慮します」 鬼田「チェッ! 馬鹿じゃないの、あんた。亭主が謹厳実直に、模範亭主を絵に描いたように仕事している隙に、自慢の美人の奥さんが、他の男と浮気しているってネ」 一太郎「止せって言った筈だ」 キッと向き直った一太郎の迫力に、タジタジとなる鬼田だが、余程虫の居所が悪いのか、 鬼田「暴力はよせよ、暴力は…。僕の言いたかったのは、男には甲斐性ってものが必要だって事。君のように唯馬車馬の如く仕事、仕事って働くだけが能じゃないってこと。時には女遊びや、浮気の一つも出来ないようでは、肝腎の営業の成績だって、伸びやしないって言いたいの」 一太郎「ご忠告有難う」 勘定を済ませて出て行く。呆然と見送っていた鬼田が、突然大声を挙げて泣き出した。 鬼田「チクショウ、夫婦で、この俺様をコケにしやがって……」と、地団太を踏んでいる。 (61)日本家・リビング(深夜) 一太郎が玄関から入って来て灯りを点けると、桜子が一人でテーブルの前に座っていた。 一太郎「何だ、まだ寝ないでいたのか?」 桜子「……」、浮かない表情である。 一太郎「何か心配事でも?」 桜子「いえ、特別の事ではないのだけれど…」 一太郎「さっきの、電話での話の件だけど…」 桜子「男同士の附き合いに口を挟むなと、あなたは仰るけれど、鬼田さんだけは―」 一太郎「口は確かに悪いが、根っからの善人なのだ、あの人」 桜子「そうかしら?」 一太郎「そうかしらって、君は僕の言うことが信じられないのかい」 桜子「そうじゃありません。ただ、鬼田さんの件だけは、どうか考え直して頂きたいの」 一太郎「諄いよ!(珍しくイライラとしている)君はそうして、僕の事を一から十まで全部支配しようとするのだ。結構腹黒いんだから」 桜子「まあ、腹黒いですって……、あんまりだわ」、横を向いて涙ぐんでいる。一旦置いたカバンを手に持つと、一太郎は、 一太郎「二、三日は会社の方で寝泊まりするから…」と再び家を出て行った。 一太郎のモノローグ「自称ライバルの鬼田幸三が妻の桜子にストーカー行為を繰り返し、挙句に桜子から手酷い肘鉄砲を喰らった経緯を知ったのは、大分時間が経過してからの事だった」 (62) J M C のオフィス(早朝) ガランとした部屋。自分のデスクにうつ伏せになり、仮眠をとっている一太郎。突然、電話が鳴った。ガバッと跳ね起きて、受話器を手に取る一太郎。 一太郎「はい、……、何だ、間違い電話か……」 それから、デスクの上に置いたままの自分の携帯電話に視線を遣り、しばし思案する一太郎。――時間経過。誰も居ない部屋に一太郎ひとりだけが居る。深夜である。仮眠をとろうとするが、眠れない。時々、デスクの上の携帯に目を向ける。まだ、迷っている。 (63) 最寄りの駅(夜) 睡眠不足と疲労とで憔悴した表情の一太郎が出て来る。 (64) 住宅街の通り(夜) 重い足取りで歩む一太郎の足が止まった。見ると、正装した桜子の後ろ姿が角を曲がろうとしている。ハッとなる一太郎。桜子の跡を追う。 (65) 表通り 先を行く桜子が手を挙げてタクシーを止め、乗り込んだ。続いてやって来たタクシーに、 一太郎「済みません、あの先を行くタクシーの後を追いかけて下さい」 運転士「はい、畏まりました」 一太郎の表情が固い。 運転士「失礼ですが、御客様は興信所の関係の方でしょうか? 近頃に始まった事ではありませんが、増えているそうですね。つまり、人妻の火遊び、ですか…。こういう稼業をしてますと、ごくたまにですが明らかに水商売の女性ではない、すっ堅気の女性から誘われることがあるのです。わたしお金がないので身体で払うわってネ。本当なんですよ」 一太郎は、無言である。先行するタクシーから降りる桜子。続いて、少し手前でタクシーを降りる一太郎。 (66) 暗い道 先を急ぐ桜子の後を追う一太郎の緊張した顔。メイクした桜子の顔は、息を飲むほどに美しい。 (67) 神社 拝殿の前で、一心に祈りを献げる桜子。 桜子の祈り「夫が、一太郎がセールスの仕事で成功致しますように、お願い申し上げます」 離れた所から、その姿を見守る一太郎。言葉は聞こえなくとも、妻が何を神に祈願しているのかは、ストレートに伝わって来る。一太郎の見た目の桜子の姿が、涙で滲んで、霞む。 (68) 郊外の駅(数日後) 列車から降りて来る一太郎。 一太郎のモノローグ「次の日曜日、私は娘の美雪が働く果樹園農家を訪れた」 (69) 道 地図を見ながら、一太郎が山の方に向かう。 (70) 果樹園 農家の主人から指導を受けて、真剣な表情で作業に打ち込む美雪の姿がある。少女に案内されて来た一太郎が足を止め、働く娘の姿に見入る。 一太郎「……」、その顔に満足げな笑みが浮かんでいる。 (71) サッカー場 観客席に、一太郎と二男・正次の楽しそうな姿がある。 一太郎のモノローグ「次の日曜日にも、私は家族の一人と正面から向き合う時間を持った」 正次「ナイスシュート!、あっ、外れたか……、残念」 父親の一太郎もゲームの内容に惹き込まれ、息子以上に熱中している――。 (72) 日本家・台所(別の日) エプロン掛けした一太郎が慣れない手つきで包丁を持ち、料理をしている。その表情はかなり真剣である。 (73) 同・二階の健太の部屋 ドアをノックして、一太郎が入って来た。 一太郎「母さんから、カレーライスが好物だって聞いたから、作ってみたんだ」 ベッドの上に横になっていた健太が、むっくりと起き上がり、少しムッとした表情ではあるが、父親の差し出したカレーの皿を受け取った。 一太郎「あまり自信はないのだけれど、食べてみてくれないか」 健太「うん……」と一口食べた後、続けて二口、三口とスプーンを口に運んだ。「旨いよ、有難う」 一太郎「そうか。それは良かった。あっ、今冷たい水を持ってくるからナ」と、子供の様に浮き浮きしている。 一太郎のモノローグ「日曜日を使っての家族奉仕の時間は、少しばかり効果を発揮したのだが――」 (74) ゴルフ場・コース(別の日) 得意先の重役のお伴で、一日キャディ役を買って出た一太郎が、汗だくでサービスにこれ努めている。 一太郎のモノローグ「仕事の方は一向に、好転の兆しが見えないのだった」 パットが決まらずに不機嫌な重役に対して、不器用な一太郎は、臨機応変の対応が出来ないのだ。 (75) 別の会社の重役宅 祝日に、得意先の重役の自宅に出掛け、無料奉仕で庭木の手入れを買って出た一太郎。 重役「日本君、本当に大丈夫なのだろうね?」 脚立の上に乗り、植木バサミを使っていた一太郎が、元気よくそれに答えた。 一太郎「これでも若い頃には、植木職人の見習いをしたことがあるのです」 重役「ほう、するとプロの腕を持っているのだ、君は」 一太郎「昔取った何とか、と言いたいところなのですが、実は、半年ほどで馘首(くび)になりました」 重役「えっ、半年でクビ!」、とても不安げである。 (76) J M C ・オフィス(朝) 遅れて出社して来た一太郎の顔を見るなり、課長が声を掛けた。 課長「遅刻だよ君、さっきから部長がお待ちだ」 即座に、部長の所に行く一太郎。 一太郎「部長、遅くなりまして申し訳ありません。お得意様へ直行したものですから」 部長「この方のオフィスを訪ねてくれ給え。社長の知合いで、業界では セールスの神様 と異名を取るくらいの、凄い女性だそうだ」と、一枚の名刺を手渡した。 一太郎「畏まりました」 一太郎が名刺を見ると、『 南亜モーター販売、営業担当、新谷 春子 』とだけある。 一太郎「部長、この方をお訪ねして、一体何を致したら宜しいので?」 部長「兎に角、行ってみたまえ。行けば解るようになっているから」 一太郎「はい」
2018年09月28日
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第 三百三十六 回 目 劇映画 『 ビッグチャレンジ! 』 その三 (31) 鉄道のガード下(別の日) 一人のホームレスが数人の中学生たちに襲われている。と、言っても中学生たちの態度は遊び半分、ゲームを楽しむような軽い乗りである。丁度通りかかった一太郎が止めに入ると、中学生たちは散り散りに去って行った。 ホームレスの男「御親切にどうも――」 一太郎「どこにも怪我などありませんか?」 ホームレスの男「大丈夫です。いや、連中も本気でやっている訳じゃないのです。いわば顔馴染みに対するちょっとした御挨拶って所なのですね。でも、これがこんな境遇に落ち込んだ者にとっては、思いの外に効くのですよ(と、半分涙ぐんでいる)」 一太郎「……」 ホームレスの男「みんな自分の事だけで精一杯で、誰も他人の事なんか……、見ても知らんぷり。それに較べてお宅さんは…、本当に有難う!」 一太郎「いや、いや、別に」と、行こうとする。 ホームレスの男「あの、失礼だとは思うのですが、一寸だけお礼がしたいのです。いや、お時間は取らせません。ほんの一時間、いやいや、三四十分で結構です」と一太郎の手を押戴かんばかりに掴んでいる。 (32) 料理研究家の屋敷・居間 バスルームから小ざっぱりとした衣装に着替えたホームレスの男が出て来て、一太郎に声を掛けた。 男「どうです、姐さんの料理の味は? 美味しいでしょう」 一太郎「(感に堪えたように)素晴らしいです、本当に……」 男「そうでしょう。専門の、プロの料理屋さんの味とは別物の、純粋に家庭料理。言わばお袋の味なのですが、天下一品でしょ」 その時、奥のキッチンから別の料理を運んで来た、料理研究家である姉が、 姉「まあまあ、伸ちゃんたら初対面の御客様の前で、そんなに手放しでお世辞を言われたら、私、極まりが悪くて仕方がないわ」 と、本当に顔を赤らめている。料理を一太郎の前に置いた後で、やおら居住まいを正し、 姉「本日は、伸ちゃん、いえ、弟をお連れ頂きまして、何とお礼を申し述べたらよいのか…」 弟「姉さん、ここへお連れしたのは、僕の方だってば」 姉「(笑って)そうでしたね。ともかく、本当に有難う存じます」 一太郎「私は何も致しては居りません。お礼を申さなければならないのは、私の方です。こんなに美味しいお料理を口にするのは、生まれて初めての事ですから」 姉・弟「(同時に)有難う御座います」 姉と弟は互いに顔を見合わせて、心底嬉しそうである。 姉「三年振りなのです。私達、親も身寄りもない、二人きりの姉弟(きょうだい)なのです。さっき聞いたら、半年も前から目と鼻の先の距離の所に、寝泊りしていたって言うじゃありませんか……、淋しがり屋の癖して、妙に頑固なんです、この子は」 姉も弟もしんみりとしている。 (33) 一太郎の回想(二十数年前) 花屋の前でバラの花束を横目で睨みながら、思案している一太郎。何か思い詰めたような表情である。 (34) 郊外にある私鉄の駅(回想の続き) 改札附近に、棒の如く硬直して立つ一太郎。勤め帰りの桜子(野暮なメガネを掛け、地味な服装である)が大勢の乗客に混じってやって来る。一太郎、ピクリとする。声を掛けようと焦るが、声が出ない。一太郎に気付かずに通り過ぎて行く桜子。 一太郎のモノローグ「数日前に偶然、駅で幼馴染の桜子の姿を見かけた……」 (35) 夜の道(回想・続き) 桜子の後を追ってくる一太郎。体中が極度の緊張状態である。 一太郎「あの、失礼ですが……」と声を掛けた。恐る恐る振り返り、 桜子「あなたは――」 一太郎「えエ、一太郎です。日本一太郎です。お久ぶりです」 (36) 夜の公園(回想・続き) ベンチの両端に、ぎこちなく座る一太郎と桜子の二人。 桜子「あの、折り入ってのお話と言うのは…」 一太郎「(殆ど固まっている)はい」 頻りに腕時計に目を遣る桜子が、遂に痺れを切らして立ち上がり、軽く会釈しながら立ち去ろうとする。その後ろ姿に、それまで後ろ手にしていたバラの花一輪を前に突き出し、 一太郎「僕と、ボクと結婚して下さい」 ゆっくりと立ち止まった桜子は、無言である。 一太郎「貴女を、倖せにします。いえ、嘘です、正直に言います。貴女と結婚して僕自身が幸福になりたいのです」 後ろ向きの桜子の肩が、小刻みに震えている。諦めて、立ち去ろうとする一太郎。 桜子「あの……、待ってください」 (37) 元の料理研究家のリビング 姉と弟とが楽し気に談笑し、一太郎も幸福感に包まれている。 弟「このシャツもズボンも、まるで誂えたみたいにピッタリとフィットなんだけど」 姉「当然でしょ、伸ちゃんの為に私が前々から、買い置きしていたのですもの」 弟「なーんだ、僕用だったのか。道理で……、姐さん、有難う。本当に有難う」 (38) アパートの一室(回想) 老朽化した、狭い一DKの部屋。過労で寝込んでしまった一太郎を、甲斐甲斐しく看病する桜子。桜子の方も疲れからかかなり窶(やつ)れている。 一太郎のモノローグ「プロポーズをOKして貰ったのはラッキーそのものでしたが、新婚時代から妻には苦労のかけっぱなしで、貧乏生活の連続で、我ながらに実に不甲斐ない有様でした」 ドアをノックする音。桜子が戸を開けると、アパートの大家さんが両腕に野菜や米などの食料品を一杯に抱えている。 大家「これ、うちの田舎から送って来たので、よかったら使って下さいな」 桜子「お家賃の方、何か月も滞納していますのに……」 大家「困っている時には、お互い様です。一太郎さんには随分と以前から親切にしてもらい、うちの子供達もお世話になっています。一太郎さん、底抜けのお人好しで、この近所では評判なのですよ、奥さん」 その一太郎も布団から半身を起こして、頭を下げている。大家さんは「その儘、その儘」と手で一太郎を制した後で、最後に「これは家内の着古しで、恐縮なのですが―」と、衣類をくるんだ風呂敷包みを置いていった。 (39) 料理研究家の家の玄関 一太郎「とんだ御馳走に与りまして――」 姉「滅相も御座いません。こちらこそ、大変な御恩を蒙りまして、お礼の申しようも御座いません。今後共に、宜しくお願い致します。伸ちゃん……」と、弟を見返り、促す。 弟「今日の事は、一生恩に着ます。心を入れ替えて、また一から出直す決意です」と、一太郎の手を固く握った。 一太郎「お互いに頑張りましょう」 (40) 川沿いの道(夕方) やって来た一太郎、ふと立ち止まり、草の上に腰を下ろす。 一太郎「自分にセールスナンバーワンになれる才能があるのだろうか……」、自信無げに呟く。 (41) J M C の会議室(面接シーン・回想) 社長、部長、課長の三人が一太郎を相手に、入社面接をしている。進行役の課長が一太郎の履歴書の写しを社長と部長に手渡す。 課長「随分と、転職されているようですが」 一太郎「はい…」 部長「理由は? こんなに何度も職を変えている訣は、一体何なの、君ッ!」 一太郎「色々な理由があります。まあ、ケースバイケースです……」 課長「それにしても、多過ぎはしませんか?」 一太郎「はい…(顔を伏せ、しかし上目遣いに女社長の様子を窺う)」 社長「………」、静かに一太郎を凝視している。 (42) 日本家のダイニングキッチン 桜子が夕方の買い物から帰って来る。テーブルの上に置かれた一通の手紙。何気なく開いて、中を読む桜子。 手紙「お母さん、ご心配をお掛けしますが、自分なりに熟慮に熟慮を重ねた末の結果ですので、お許し下さい」 (43) 郊外を走る列車 その窓側の席で、窓の外にボンヤリと視線を向けている娘の美雪の姿がある。 美雪の声「何の原因も見当たらないのですが、一種のスランプと考えました。知合いの実家が郊外で果樹園農家を営んでいて、人手不足で困っているそうです……」 (44) 元の D K 手紙を読んでいる桜子。突然、電話のコールサインが鳴る。電話に出た桜子の表情が暗く曇る。 桜子「はい。相済みません……、はい、直ぐに参ります」 (45) 日本家の表 慌てて外出する桜子の姿を、二階の自室のカーテンの隙間から覗いている、引き籠り中の長男・健太。 (46) 書店の事務室 本を万引きして店主に取り押さえられた次男の正次が、首をうなだれて店主の前に立っている。 桜子「(かなり取り乱して)まア、あなたって人は――」 「ワッ」と泣き出す正次に掴み掛る桜子を、「まあまあ」と宥めるようにして、 店主「お母さん、本人もかなり反省していますので、今回は警察や学校の方には通報しない事にします。ご家庭での厳重な注意をお願いします」 桜子は、ただただ頭を下げるばかりである。 (47) オフィスビル(夕方) その前に立ち、上の階を見上げる一太郎。大きく一つ深呼吸をして、自分自身を鼓舞するようにして入口に向かう。 (48) 同ビルの中、○ ○ 商事の受付 受付嬢に案内を請う、一太郎。 受付嬢「はい、確かに承って居ります」と、一太郎を応接室に案内する。 (49) 同・応接室 緊張して待つ一太郎である。と、軽快な身のこなしで入って来た若い重役。 重役「お待たせして申訳ありません…、前の商談が長引きまして」 やたらと腰が低く、丁寧な口調である。意気込んで早速セールストークを開始する一太郎に対し、相手は調子を合わせるように大きく頷き、「なるほど、成程…」、「それは素晴らしい!」、「はい、はい、はい」などと応じているが、一向に肝腎の O K の返答がないのであった。次第に、一太郎の表情に焦りの色が浮かんでいる―。 (50) 先輩老人の会社(夜) 入口で、いつもの様に秘書に取り入って、拝み倒すように頼む一太郎。突然「入れッ!」と一喝する如き大きな声。 (51) 同・社長室 先輩の老社長に対面している一太郎。この老社長、如何にも頑固一徹、無口、不愛想で終始不機嫌そうにはしているが、一太郎を心底嫌っているのではないらしい。 社長「それで……」 一太郎「どうぞ、弊社の経営ジャーナル誌を半年程、いや、二三か月でも結構ですので、どうかその御購読頂きたいのです」 社長「厭だね」 一太郎「何か、ご不満でも?」 社長「別に、不満はない」 一太郎「はあ……」 社長「……」 一太郎「私の説明に足りない所が御座いましたでしょうか」 社長「別に」 一太郎「それでは、是非とも一度――」 社長「いやだね」 一太郎は土下座して「一生のお願いです!」と懇願する。 社長「止めろ」、遂に後ろを向いてしまった。「帰れ!」、一太郎にはもう打つ手が何もないのだ。 社長「一度、話を聴いてくれと、しつこく言うから聞いたのだ。もう帰れ」 (52) 日本家リビング(夜) 桜子「お仕事で疲れていらっしゃるのに、こんな嫌なお話ばかりで気が引けて……。本当に申し訳ないと思うのですが」 一太郎「いや、いや、君には苦労と心配ばかりかけて、僕の方こそ済まないと…」 桜子「あなたを責める気持ちなど、これっぽっちもありません。わたしは自分自身の至らなさが、もどかしい…。もっともっと、しっかりしなくては」 気が付くと、一太郎の手が優しく桜子の手を握り締めている。 一太郎「済まない、ほんとうに済まない」 桜子「……」 (53) いつものジョギングコース(早朝) 雨の中を、ひとり黙々と走る一太郎。厳しいが、決して暗くはない、固い決意の思いが一太郎の表情に滲み出ている。 (54) J M C の廊下(朝) 女社長「日本さん、ちょっと(大きな声である)」と、出勤して来た一太郎を呼び止めた。叱られるのかとギクリとする一太郎。 社長「 H 社の専務さんにお会いした時に、日本さんのことが話題になったのです」 一太郎「ハイ……(蚊の鳴くような弱々しい声)」 社長「色々と大変な事が多いでしょうが、頑張って下さいね」、それだけ言うとクルリと背を向けて去って行く。一太郎は怪訝な面持ちで見送っていたが、固まっていた表情が自然と崩れ、笑顔になった。 (55) 会社のオフィス 一太郎が自分のデスクで外出の準備をしている。 課長「日本君、部長がお呼びだ」と、後ろから声を掛けた。一太郎は弾かれたように席を立つと、部長のデスクに向かう。 一太郎「部長、お呼びでしょうか?」 部長「社長がね、どういうわけか君に甘くてね、もう少し時間を与えてやれと、仰るのだが、私としてはもう我慢の限界なのだよ。君の今の働きでは、つまり、給料の半分にも足りないのだよ。分かっているね、根性を入れ直して頑張ってくれ給え」 一太郎「申訳も御座いません」と、深々と頭を下げるしか仕方がないのだ。
2018年09月24日
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第 三百三十五 回 目 劇映画『 ビッグチャレンジ! 』 その二 (18) 赤ちょうちん・一杯飲み屋 鬼田「そうか……、飛び込みで、見ず知らずの会社に営業をかけているのか」 一太郎「それも、一日のノルマが三十社なのです。三十社なんて、探すだけでもかなり大変ですから」 鬼田「ノルマで三十社か。普通じゃ考えられない数だね、そうか。君も頑張っているのだ、毎日、毎日」 一太郎「(頷く)半分は、惰性のようなものです、正直の所は…」 鬼田「うん、うん(と頻りに頷いている」」 (19) 日本家の玄関 鬼田に抱えられるようにして一太郎は、かなり酩酊している。鬼田もまた同様の状態である。 桜子「まあ、まあ、とんだご迷惑をお掛けしまして……」 迎えに出た桜子の顔を、吃驚して見詰める鬼田。初対面の鬼田を妻の桜子に紹介する一太郎であるが、バツが悪すぎて、とてもまともには桜子の顔を見ることが出来ない。 一太郎「こちら鬼田さん…、僕の家内です。いつもお世話になっているのだ」 桜子「初めまして、日本の家内で御座います。どうぞ、お上がりになって下さい。お茶でも差し上げますので」 リビングの方に鬼田を招じ入れる桜子。 鬼田「(桜子の美しい顔に視線を釘付けにしながら)君の奥さん、すこぶる附きの美人だな」と、一太郎の耳元に囁いた。 (20) 日本家のリビング(早朝) ソファに横になって寝ている一太郎。上に掛けられた毛布に顔を埋めるようにしていたが、突然ガバッと弾ね起きた。一太郎、時計を見る。 一太郎「もう、こんな時間か」 (21) ジョギングコース 勢いよく走って来た一太郎が、ジョギング仲間の数人と挨拶を交わして、日課の早朝ジョギングを開始する。 ジョギング仲間「日本さんが遅れるなんて、珍しいことですね」 一太郎「申訳ありません。つい昨夜は深酒をしてしまいまして」 中小企業の経営者「深酒ですか。それも日頃の日本さんらしくないことですな」 一太郎「はあ(と頭を掻くしかない)」 (22)河原(時間経過) ジョギングを終えた一太郎が、中小企業の経営者と話をしている。 経営者「日本さんの前ですが、われわれ零細企業にとっては、経営理念とか理論とか言っている余裕はまるでありません、実際の所は」 一太郎は、ただ黙って聞いている。 経営者「野生の動物と一緒です。只々、本能的な、身体に備わった嗅覚みたいなものだけを頼りに、毎日それこそ死に物狂いで、生き延びている。そんな感じです」 一太郎「成程、そうですか(深く頷いている)」 (23) 日本家・リビング 出勤の身支度を終えた一太郎が、桜子の淹れたコーヒーを飲んでいる。 美雪「お父さん、言って参ります」 二階から下りて来た長女の美雪が声を掛けた。 一太郎「うん、行っておいで」 桜子も「毎日、ご苦労様」と、夫に続けた。玄関へ向かう娘の後ろ姿を見返りながら、 一太郎「何だか少し、疲れているみたいだね、美雪」 桜子「そうなんです。本人はそんなことはない、と言うのですけれど…」 一太郎「社会人としてスタートしたばかりだから、何かと神経を使うのだろうね、きっと」 桜子「そうでしょうね。所で――」 桜子は少し言い難くそうに、しかし努めて明るい調子で切り出した。 桜子「例の知合いの人がね、パートではなく、フルタイムで働かないかって、熱心に勧めて下さるの。あなたには少し不自由をお掛けするんですけれど、私の実家から融通してもらったこの家のローンの頭金、少しでも早く返して上げたいと思うの。両親もあの通り高齢だし」 一太郎「(深々と頭を下げる)君にも苦労を掛けるね」 桜子「そんな、気にしないで下さい。半分は私の我儘なのですから。世間に出て働くのって女性にとっても、心の張りになるのですから」 この時、二階からノソノソと次男の正次が、下りて来た。 桜子「正ちゃん、急いで。学校に遅刻しますよ。あなたも、そろそろ出掛ける時間です(と、一太郎にカバンを手渡す)」 一太郎「有難う。健太は、相変わらずなのかい?」と、目で二階の方を示しながら訊く。 桜子「少しずつ良い方向に向かっている感じなんですけれど…。健太も、私の仕事の件に賛成してくれているのです」 一太郎は小さく頷き、玄関に向かう。 (24) J M C の事務室 恒例の朝礼が行われている。 課長「―― と言うわけで、皆さんのより一層の奮起と、更なる努力に期待したいと考えます。部長、一言ございましたら、お願い致します」 部長「今の課長の言葉に尽きているので、私から特別にどうのこうのと言う事はありません。唯、一部社員に覇気の感じられない者が居て、全体に悪影響を及ぼしている、と思われるので十分に注意をして貰いたい」と、一太郎に対して鋭い一瞥を与えた。気弱く視線を伏せて、聴いている一太郎である。 (25) A社の社長室 秘書に案内されて一太郎が緊張の面持ちで入って来る。 ( 期間経過 ) お茶の差し替えに戻って来た秘書に向かい、懇願するように言う。 一太郎「先輩は、いや、その、社長さんは本当に会って下さると仰ったのでしょうか?」 秘書「(無表情に、飽くまでもビジネスライクな口調で)お待たせ致して申訳も御座いません。もう少々、お待ち下さいませ」 一太郎「はい、分かりました。喜んで待たせて頂きます」 ―― 時間経過 先輩の社長「済まん、大分待たせてしまったようだな」 別に急ぐ様子もなく、落ち着き払った様子で姿を現した社長。一太郎はほっとした表情で椅子から立ち上がり、深々とお辞儀をして見迎えた。 社長「で、君の用件と言うのは何だね?」 一太郎「(ここぞとばかりに意気込んで)有難うございます。先日も、お電話で申し上げました様に……」 社長「何だ、その件か」 一太郎「はい、実はその件で折り入って、先輩に、いや、その社長様に御相談を―」 社長「分かった、帰れ!」 一太郎「はあ……」 何が何だか全く呑み込めないで、怪訝の塊の一太郎である。稍々あってから、 社長「今日は帰れと言ったのだ」 全く、取り付く島も無いのである。 (26) B社・応接室(数日の期間経過あり) B社の専務「貴男の仰る事は、いちいち尤もな様な、気も、一応はするのですが、私にはもう一つ、と言うか、何かこう、心の奥底にズンと来ない所がありまして―」 一太郎「私共では様々なデータを駆使しまして、ええ、勿論諸外国の最新の事例なども取り入れました完璧な資料を解析致し、ええ、その中にはアメリカ合衆国の著名な学者の学説なども取り入れて居りますが、それらを参酌した上で、我が国独特の企業風土なども勘案した、パーフェクトな、万全極まりないセオリーと自負致して居ります。どうか、手始めに弊社の月刊誌の御購読だけでも……」 専務「成程、成程。貴男の仰る事は、繰り返し申し上げると、ご尤もと聞きました。唯、私としましては何かこうシックリと来ない、決定的な何か、ハートの、つまりは、琴線に触れて来るところの何物かが、つまり、不足しているような気が、つまり、するのですな、要するに」 一太郎「琴線に触れるもの、ですか……」 専務「そうです、そうです、詰まりは、その通りなのです、まさにズバリとその通り」 一太郎「……(絶句している)」 (27) C 社・事務室の一隅(数日の時間経過がある) 衝立で仕切られただけの応接コーナーに、向かい合って座る一太郎と、町工場の経営者が居る。 経営者「経営というものは理念や理窟だけではどうにもならないものがあって、最後は懸って実践だと、儂(わし)は思っているのだ。行動力や、実行する上でのパワーを授けると言うのなら、儂としても少しくらい高い授業料を支払っても、よいと思うのじゃが」 一太郎「ですから、ですから、ですね。何度も申し上げましたように、その行動・実践の為にも、行動の指針をきちんと整えまして、行動に対する自信をより深めまして…」 経営者「いやいや、やっぱり儂は逆だと考える。実践して、然る後にデーターを収集・整理する中から、その、アイディアと言うか、色々な戦略が生れるので――」 一太郎「はい、御説はご尤もで御座います(力なく頷いている)」 経営者「(至極得意げに)そうでしょう。儂には立派な学歴こそないが、実体験から獲得した生きた学問が、そう言うと少し語弊がありますがな、詰まりは自分なりの流儀があるのですよ。あんたの方にその気がおありなら、いつでも格安でレクチャー、講義のことを英語でレクチャーで良かったですよね……」 唯々、拝聴するしか仕方のない一太郎である。 (28) D 社の重役室(数日の時間経過) 若手の重役に対して、熱心にセールストークを開陳している一太郎。汗だくである。 重役「うん、うん。それで――」 一太郎「ですから、先程も縷々申し述べました様にですね……」 一太郎が何を言っても、「うん、うん、それで」を繰り返すのみ。何とも張り合いのない相手なのである。 重役「あっ、君。ところでお子さんはいらっしゃいますか」 一太郎「はい、お陰様で娘一人と、男の子が二人、三人の子供が居ります」 重役「ほう、それはそれは。それで、ご家庭は円満に行っていますか。御夫婦仲は睦まじくて…」 一太郎「はあ、お陰様をもちまして、一応は幸福に暮らしておりますが、その……」 重役「色々と問題を抱えてもいる。そうです、どちらの家庭も傍目には倖せそうに見えても、中に入ってみると様々な悩みが有るのが、常識というものでしょう。因みに、わが社が某調査機関に依頼したデーターを分析した結果でも、まことに興味深い事実が判明しているのですが、君は、それを知りたいとは思いませんか――」 一太郎は仕方なく、聞き役に廻らざるを得ないのである。 (29) 街角(翌日) 急ぎ足で歩く一太郎の肩を、ポンと叩いて呼び止める女性。 女性「ちょっと、一寸、あんた…。えーと、名前、あんたの名前だけど、何て言ったっけ?」 一太郎「(困って)あの、僕は先を急いでいますので」 女性「間違いない。あんた絶対にあたしの師匠に弟子入りしたいって、無理難題を持ちかけて来た、そうそう、思い出した、ひのもとなんたらさん」 一太郎「(ハッキリと思い出した)あなたは付き人の…」 女性「そうよ、やっぱりそうだった」 (30) 小公園(数分後) 女性「そうだったの。今は真面目にセールスの仕事に打ち込んでいるのだ」 一太郎「ところで、あなたの方はどうなっているのですか。どう見ても有名タレントの御付さんには見えないけれど」 女性「私の方も色々とあったのよ。有為転変は世の常って言うけれども、先生、急に仕事の量が減ってしまって、お酒浸りの毎日。以前からあった借金も莫大なものに膨れあがって…」 この時、自称ライバルの鬼田が向こうからブラブラと、やって来た。一太郎は慌てて顔を隠そうとするが、気付かれてしまった。 鬼田「おいおい、昼日中から仕事をサボって、気楽なご身分で御座いますね」と、隣りの女の顔を一瞥する。 女性「あらっ! こちら日本さんのお友達。素敵な方ね。私は元大物タレントの付き人で、現在はフリーターの橘 小鳩です。どうぞ宜しく――」 鬼田「(最初から、相手に飲まれてしまい、辟易している)……」 その隙を見て、コッソリとその場を逃げるように立ち去る一太郎である。
2018年09月21日
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第 三百三十四 回 目 今回から数回にわたって以前に、埼玉県の後援を得て劇場用の映画として実際に制作しようと、監督、主演者などを決めて制作準備に取り掛かっていた作品の、第一稿を掲載いたします。勿論、セリフ劇の台本としても使用できるものです。参考までに準備の裏話を一つ二つ御披露致しておきましょうか。 私・草加の爺には、元来は「大言壮語」する癖など御座いませんで、いわば己の分と言うものを充分に心得た、堅実な生き方をしてまいりましたし、これからもするでありましょう。が、この映画の発想と実行に関しては、行きがかり上とは申せ、余りの大胆さに我ながらも呆れてしまったほど。今にして思えば、野辺地でのプロジェクトの前段階としてのステップを踏ませるべく、天が仕組ませたもの、ではあるまいかと内心で得心する部分も、なきにしもあらずなのです。とにかく、大風呂敷を目いっぱいに広げて、留まるところを知らずと言った趣さえありましたよ。途中で、カンボジアにいる詐欺グループからの働き掛けなどもあって、異常に面白い展開も見られたのですが、それもこれも東日本大震災という未曽有の大事件が勃発して、中止のやむなきに至っている。この結末も、常軌を逸した異常展開と見られるではありませんか…。 兎に角、実物をご覧に供しましょう。 劇映画 第一稿 「 ビッグチャレンジ! 」 脚本:しばた えつこ 登場 人物 日本(ひのもと) 一太郎(いちたろう) 桜 子(一太郎の妻) 長女・美雪 長男・健太 次男・正次 酒場の客 作家 歌手 サッカー選手 タレント 大衆演劇のスター カーレーサー 命の恩人 旅館の女将・橘 かおる 一太郎の先輩・大家 建造 易者 J M C の社長・夢の翔子 J M C の部長・大口 耀(あきら) J M C の課長・佐藤 勝之 自称ライバル・鬼田 幸三 ホームレス・柴 遊太郎 料理研究家 新谷 春子 倒産した企業家 タクシーの運転士 サラリーマン お局様(得意先の女性) アカ詐欺師 大家さん・人見 良助 商店主 中小企業の経営者 タレントの付け人 店員 おかま バーテン 受付嬢 新人社員 秘書 守衛 佐藤(重役付の運転士) その他 1⃣ オフィスビル(昼) 高層ビルの透明なガラス越しに、最上階のオフィスから次の階へと、次々と出たり入ったりを繰り返す一太郎・四十八歳の姿を、カメラが追っていく。 2⃣ 街(夕暮れ) 肩をすぼめ、首うなだれて悄然と歩く一太郎の姿がある。彼が歩いているのは、広い通りの歩道部分の車道とは反対側の、建物沿いである。 3⃣ 大衆酒場 その片隅に、コップの酒を前にして、呆然と腰を下ろしている一太郎の姿がある。 4⃣ 一太郎の回想(二十数年前)・その一 書店で、ベストセラー作家の澤木健二郎のサイン会が開催されている。行列するファンの中に居て自分の番を首を長くして待っている一太郎 ― 一太郎のモノローグ「僕は、自分が天才だと信じている時期が、四、五年間続きました」 澤木のサインを得て、喜色満面の一太郎が、作家に握手を求めると、相手は気さくに応じてくれた。 一太郎のモノローグの続き「よし、僕も絶対に傑作を書いて、人気作家になるぞ…」 5⃣ 回想(同じく)・その二 人気歌手の南島三郎チャリティーコンサート会場である。その最前列に陣取って、盛んに声援を送っている一太郎の姿がある。 一太郎のモノローグ「しかし、僕は極端に移り気だった。南島三郎! 恰好いいなあ。声が良いし、歌唱力が抜群だ…。スターになるなら、何と言っても演歌の歌手だ。よし、これで決まりだ」 6⃣ 回想・その三 サッカーの国際的なスター選手の練習風景をテレビ局のクルーが取材している。遠巻きにしている見物の中に一太郎も居る。 一太郎のモノローグ「「夢見たり、憧れたりするのは、若者だけの特権かも知れない。これからは、断然サッカーの時代なのだ。僕も負けないように、頑張らなくっちゃ!」 7⃣ 回想・その四 練習用のサーキット場。人気のカーレーサーの佐々原一気が颯爽とレーシングカーを走らせている。その様子がテレビの映像で紹介されている。そのテレビ画面を喰入るように見詰めている一太郎。その表情は真剣そのものである。 一太郎のモノローグ「生か死か、自分の命を賭けて勝負に挑むカーレーサー。これぞ、男の中の男の職業だ! 本当にすごいなあ」 8⃣ 回想・その五(郊外のロケーション現場) 大物タレントの大町研介が主演するドラマの収録が行われている。少し離れた所に人垣が出来ている。その見物客の中に一太郎がいる。 撮影の合間に、甲斐甲斐しく大町の汗を拭ったり、飲み物を手渡したりしている付き人の女性。その付き人が何か必要な物でも取りに来たのか、一太郎たちの近く迄走って来た。傍らに停めて在った乗用車から薬のような物を探し出し、再び現場に戻ろうとする。 一太郎「済みません、ちょっと、お話が…」 付き人「えっ、私に用事?」 一太郎「お取込み中に恐縮ですが、僕は日の本いちたろう、と申しますが、大町研介さんの大ファンなのです」 付き人「先生の大ファンは日本中に山ほどいますよ。あなた、サインでも貰いたいの」 一太郎「いえ、サインではなくて、大町先生の弟子になりたいのです」 付き人「あんたが――」と、改めて一太郎の姿を上から下まで眺めて、 付き人「演技の勉強でもしているの?」 一太郎「全くの素人ですが、先生に弟子入りして、猛烈に、その、勉強するつもりです」 付き人は半ば呆れている。その時、助監督の一人が呼びに来た。 付き人「あたし、今忙しいので」と、現場に戻って行く。 一太郎のモノローグ「全く偶然に、撮影中の大物タレントを目撃した。清水の舞台から飛び降りるような気持ちだった。願っても無いチャンスが直ぐ近くまで、向こうからやって来た。そんな錯覚に捕らえられての暴挙だった」 9⃣ 元の大衆酒場 「君、元気を出したまえ、元気を!」と、一太郎に声を掛けて来た客がいる。一太郎は無言で、ぼんやりと隣に座った客の顔を見た。 客「酒なくて、なんでこの世の花見かな、ってね。お酒は楽しく、愉快に飲まなくてはいけません」 一太郎「この世の……お花見ですか」 客「そうです。人生、楽ありゃ苦もある。当節では長寿、長寿と言い囃しますが、長寿と言ってもたかだか百年とちょっとじゃありませんか。お互いに、楽しくやりましょうよ」 一太郎「はァ…、楽しくですね」、無理に笑顔を作ろうとするが、途中で泣き顔になってしまう。 ⑽ 山道(回想) 風景をスケッチしていた男が、鉛筆を動かす手を止めて、遠くを見た。一太郎(二十代前半)が、夢遊病者の如く崖への道なき道を、行く。 ⑾ 崖の上(回想) 焦点の定まらない目を宙に泳がせて、一太郎がソロソロと歩む。その顔に一瞬恐怖の感情が浮かぶが、それを振り切るようにダッシュする―― ⑿ 病室(回想) ベッドの上で両目を開ける一太郎。 看護婦「ご気分はいかかがですか?」 一太郎「……ここは、――」 看護婦「病院です。こちらの方が(と、傍らの椅子に腰を掛けた男 ― 山でスケッチしていた ―を見返る)、消防に通報してくださらなかったら、あなたは今頃この世の人ではなかった筈です」 一太郎「すると僕はまた自殺しようとした」 看護婦「それじゃあ、何も憶えていらっしゃらない。村中の大騒ぎだったのに」 一太郎「ええ、まるで記憶がありません」 男「嫌な事は忘れるのがいいのです、無理に思い出すことはない」 一太郎は突然にベッドの上に正座して、最敬礼した「本当に有難うございました」と。 男「いやいや、どうぞお楽にしてください。せっかく授かった生命です、どうか人の為、世の為に役立てて下さい」 ⒀ ××旅館の玄関ロビー(回想) 数日後。怪我も癒えた一太郎が旅館を出る所である。折しも、某大臣一行が視察の為に到着すると言うので、女将以下の旅館の従業員たちが慌ただしく立ち働き、村長や助役などの土地のお偉いさんが勢揃いして、待ち設けている。 ⒁ 旅館の前の道(回想) とぼとぼと歩く一太郎に、 女将「あの、御客様、ちょっと……」と、足早に追って来て、声を掛けた。一太郎は、自分の事だとは気付かずに行こうとする。 女将「あの、御忘れ物です、お部屋に」、ぼんやりと立ち止まった一太郎の前に、古ぼけたノートを差し出した。 一太郎「これは……。あっ、どうも済みませんでした」 声が上ずっている。一太郎は手渡されたノートをパラパラと無意識にめくっている。ノートの中には乱雑な文字で「自殺、自殺、今度こそ最後まで遂行 ― 。しかし、勇気無し! ダメな自分!」などと書き殴ってある。 女将「お元気で。機会がありましたら、また私共の旅館にお越しくださいませ」、美しい笑顔で一太郎を見送っている。 ⒂ 元の大衆酒場 ふっと我に返る一太郎。隣りの客はコックリコックリと静かに船を漕いでいる。時計は夜の九時過ぎを示している。 ⒃ J M C の事務所(ビルのワンフロア―が一太郎の勤める会社・JMCのオフィスになっている) 力無い足取りで戻って来た一太郎。誰もいないと思っていたオフィス内に灯りが点いていた。恐る恐るドアを開けかかると、「あいつ、まだ戻って来ないのか…。もう、クビだな、クビ」奥の方から部長の声が聞こえた。首を竦めて、這う這うの体でその場から逃げるように立ち去る一太郎。 ⒄ 深夜の裏通り やって来た一太郎に、風采の上がらない辻待ちの易者が、声を掛けた。 易者「そこのあなた、そうです。あなたです、あなた」 一太郎は仕方なく立ち止まりはしたが、明らかに迷惑そうである。 易者「御心配は無用。今回は見料は取りません。そうです、サービスで、つまり無料で観て進ぜよう。其処にお座りなさい」 渋々、易者の勧める粗末な椅子に腰を下ろした一太郎。 易者「袖すり合うも他生の縁と申します。貴君には心当たりがなくとも、この大宇宙の霊妙なる法則によって、拙者と貴君とは必然的に、今夜ここでの出会いが約束されておった……」 一太郎「(まるで、狐につままれたような面持ちである)」 易者「(少し砕けた態度で)気が多すぎて、移り気で、根性無しの意気地なし。自分に愛想が尽きて自殺しようとしても、死ぬほどの勇気は湧かない。一念発起して今度こそはと頑張ってみるが、現実は厳しくて直ぐにも挫けそうだ」 一太郎「(次第に、相手の言葉に引き込まれ始めている)で、これから僕はどうなりますか……」 易者「(構わずに自分のペースで続ける)気が多く移り気なのも、必ずしも欠点ではない。森を作っている一本一本の樹木を見て御覧なさい。しっかりと大地に根を張っている。あなたの 移り気 という気も、己という大地にしっかりと 根を下ろし 根を張らなければいけないのです……」 その時、一太郎の背後を通り過ぎようとした男が、足を止めた。 男「日本・ひのもと君じゃないか ― 」 一太郎「やあ、鬼田さん」 男は自らを一太郎のライバルと称して、敵愾心を剝き出しにしている鬼田幸三である。 鬼田「久し振りじゃないか。遅いけど、一杯行こう。(易者を軽蔑したように横目で見ながら)君にこういう趣味があったとは、知らなかったよ」一太郎「いや、僕は別に…」 一太郎が慌てて立ち上がると、鬼田は一太郎の腕を掴んで、一杯飲み屋の並んだ方へ連れて行くのだった。
2018年09月17日
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第 三百三十三 回 目 歌謡曲「霧の摩周湖」 詞:水島 哲 霧にだかれて しずかに眠る 星も見えない 湖にひとり ちぎれた愛の 思い出さえも 映さぬ水に あふれる涙 霧にあなたの 名前を呼べば こだませつない 摩周湖の夜 / あなたがいれば 楽しいはずの 旅路の空も 泣いてる霧に いつかあなたが 話してくれた 北のさいはて 摩周湖の夜 突然ですが、或る 猫の教え という私の実体験についてお喋りさせて下さい。私には時折この様な一種の「夢の諭」めいた 閃き があるのです。読者にはこの感覚は全く通じよう筈も無いのですが、今の私・草加の爺にとっては非常に意味のある、或いは積極的に「重要な契機」になる予感が響いて来るのでありますね、あたかも神からの啓示ででもあるかの如くに…。前置きは、この程度にしておいて早速本題の方に入りたいと思います。 その猫との出会いは全く突然でした。もう二十年以上前のことになりますから。家内が子供達も育ちあがって寂しいからと言って、或る日遠方から一匹の雑種の猫を貰って来たことから、私とその猫・カンナとの出会いが始まりました。家内からあらかじめ予告を受けていましたので、オスならばオクト、メスならばカンナと命名するこころ心算でおりましたところ、雑種の黒いメスでしたので「神無月」十月に我が家に来たので、カンナと名付けたわけです。オクトは勿論オクトーバー・十月の おくと だった。 このカンナとは「前世の因縁が深かった」のでありましょうか、私に非常になついて本来の飼い主である家内から「カンナはメスだから、女の私より男の方が好きなのですよ」と、変な嫉妬をされる程。最初は人間に対する警戒心が異常に強く、なかなか私にも懐(なつ)かなかったのですが、仕舞いには毎晩寝る時には私の布団に遣って来て、私の腕の中でいびきをかいて眠る程になった。 このカンナですが、恐らく野良猫の子供として生まれ、乳幼児期に人間からの「虐待」を経験して施設で保護された過去があった為でしょう、新しい飼い主の私達夫婦にも馴れるまでに時間がかかったのですが、孤独を託(かこ)ち愛情に飢えていたに相違なく、一旦慣れてしまうと異常なほどの愛着ぶりを示したものです。 人間と猫を一緒にすると言って、あるいは一部の人から顰蹙を買うかも知れませんが、毎日講師として子供達と接している私としては、「子供たち、女の子や男の子」達の魂の孤独感が痛いように感じられてならない。そうなのです、生徒達は一様に「愛情」に飢えている、無意識にして…。それで私は今は亡き愛猫のカンナとの「忘れがたい想い出の数々、彼女の残してくれた教訓」を懐かしく、思い出すのでありますね、懐かしく、しみじみと。人間とペットと存在の有り様は違っていても、生の中にあり、生命の躍動する喜びを共有している同じ仲間として、カンナとの間には深く共鳴する「心の絆」が確かに実感出来た。同様の仲間意識が、老人と子供という世代の相違はあっても、生徒との間に自然発生的に芽生えるものが、手応えとして感じられてならない。自然に心が共鳴する、のであります、どちらからともなく相寄る 孤独な、裸の魂 とでも呼ぶしかないような、目には見えないけれども確実に存在する実存する生命同士の「呼び掛け合い」が、磁石のプラス極とマイナス極が強く牽引し合う様に…。 それが、私が十数年の間に経験した決して少なくはない数の、小さな奇跡を生んだ原動力になっている、間違いなく。そう、私は密かに自分一人だけで考えている、実に有難い事だと感謝しながら。 そして今、この貴重な体験を未来に向けて応用し、役立てる工夫がないものかと、少し前から想を練っている最中でもある、少しずつではあっても。 人生で物事に対処する基本の姿勢は、ただ一つだけであります。相手が誰であれ、対象がどのようなものであっても、その相手と正しく向き合う、「正対」することが非常に大切な事でありましょう。 この、正しい向き合い方、正対の仕方が過不足なく完了した暁には、その人物や、対処すべき対象との応接の目的の半ばは既に達せられている。そう断言してよい、と考える次第であります。それ程に、何事にもあれ、この基本の姿勢は重要であり、必要にして不可欠なものでありましょう。 歌謡曲の「 抱 擁 」 詞:荒川 利夫 頬よせあった あなたのにおいが 私の一番好きな においよ 目をとじて いつまでも 踊っていたい 恋に酔う心 泣きたくなるほど あなたが好きよ / もしもあなたから 別れの言葉を 謂われたとしたら 生きてゆけない あなたしか 愛せない 女にいつか なってしまったの 泣きたくなるほど あなたが好きよ / 夜よお願いよ さよなら言わせる 朝など呼ばずに じっとしていて 目をとじて 幸せを いついつまでも 恋に酔う心 泣きたくなるほど あなたが好きよ 読み物としても可能な限り楽しいものを、と心掛けている心算ですので、人によっては「なんだ!不謹慎に」と感じられる向きもあろうかと愚考いたしますが、少しばかり御辛抱と忍耐とをお願い申し上げます。私たちが目指そうと志していますのは医者や医療よりももっと、もっと身近で、より日常的により大勢の人々に役立つ「気軽な、癒やし、ヒーリング」行為を中核に持つ質の高い娯楽なのでありますから、楽しければそれでよいわけの物でもありませんが、良薬を「口に苦い」と思わせないオブラートとしてのエンターテインメントは積極的に狙ってよい。と言うよりも「笑いは免疫機能を高める」とすれば、エンジョイすることは癒しの効果を助長するでありましょう。 こうして、現在の私は「取り付く島のない」町の人達に何とか、私の意図だけでもお伝え出来ないかと腐心して居るのですが、それはそれとしまして、正しく向き合う、或いは正対するという観点からすると、こちらの意図を伝達すると同時に、現地の、町の人達の「ありのままの心情」を私の方で謙虚に聴き取る、地道な努力も又大いに必要なのだと感じています。亡妻の実家である馬門では、町内会長さんの柴崎 民生氏と、野辺地町中央公民館の館長で町の教育委員会のメンバーでもいらっしゃる五十嵐 勝弘氏との接触も終えている。後は、この手掛かりを頼りにして人脈を徐々に広げる努力を根気強く継続する。これに尽きるのだと、今の私は改めて感じて居ります。 この拙いブログの実に有難い読者の方々の、更なる熱い声援や御支援を何度でもお願い申し上げる次第であります。また、何かのアドバイス等が御座いましたなら何なりとお聞かせ下さい。お待ち申し上げておりますので。 さて、私は音読に始まる一連の手続きの過程で、最小限必要なのは住民の方の理解と熱意だけであると、強調して申し上げて参りました。そしてそれに間違いや嘘はないのですが、前提の大条件として町としての予算は皆無であると認識して、当初はスタートを切らなければなりません。それも当然の事ですし、海の物とも山の物とも分からない活動に、ほんの僅かにしても貴重な予算を振り向ける道理がないのでありますから。今の所、いや、当分の間は、私の情熱と手弁当での奉仕だけが唯一の、頼り所であり活動のエネルギー源なのであります。実際、前例がないのですから、信用して附いて来て下さいと言う方が無茶なのかも知れません。本当に最初はこちらの話を聞いてもらえるだけでも、心の底から有難いと感謝申し上げなければならない。客観的に事態を俯瞰して眺めれば、その様なまさに現状なのであります。私が「易しさや、簡単さ」を強調すればするほど、それを聞く方では半信半疑に陥りやすい。尤もなことなのですから…。呉れ呉れも焦りや短慮は禁物、時が十分に熟するのを辛抱強く、根気強く働き続ける必要がある。 しかし、私にはこれに耐える力強い後ろ楯がある。これも誤解を恐れずに全部吐露してしまっている事柄ですから、再度在りの儘を申し上げますが、神仏の御加護であります、はい。 のっけから、事の起こりにしてからが神懸り状態で始まった不思議であります、人力を遥かに超えた大きな力の御支援が無い限りは、手掛かりどころか、事の成就は覚束ない一大事でありますので。 私如きが如何様に力んでも、逆立ちしたところでこの強力なバックアップがなければ、そもそもが成立しない事なのです、確かに。 しかし、それもこれも人事を尽くした 後の頼み でありますので、私が持てる力と才覚との全部を注ぎ尽くすことが先ず、要請されている。これだけは間違いのない事でありますよ。 例えばこういうことがありますね。私は譬えて言えばプレイイング・マネージャーみたいな役割を演じなければならないと思い、自宅で音読の練習を再開しております。サラリーマン現役の時代にはお得意さんへの接待の一環として、カラオケで声を出すのが毎日の日課に等しい時代もありましたので、おのずから声帯の訓練が出来ていた。ですが、講師として生徒に接するようになってからは、それほど頻繁には声を張って声帯を使うことが、激減してしまった。それに加齢とともに咽喉の部分にも老化現象が自然に加わり、意識して訓練する必要が生じて居ります。 この意識的な健康増進の為の努力は、これからの道程で私にとって一番重要な要素なのかもしれないと、遅まきながらも強く自覚し、また更なる確認作業を継続中でありまして、野辺地町の人々への辛抱強い働き掛けと並行して行うべき、私の最重要課題なのでありました。準備おさおさ怠りなく! 何事においてもこれで万全だということはないのであります、きっと。日々に奮励努力を重ねることは山の如く残っているに相違ない。こう自戒しつつ健康に留意しながら、目的に向かって意識を集中して参りたいと、気を引き締め直している今日この頃であります。
2018年09月09日
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第 三百三十二 回 目 落語の演題に「堪忍袋」というものがあります。江戸時代の長屋で夫婦喧嘩の絶えない熊五郎とその妻がいた。長屋の大家さんが仲裁に入り、中国の故事を語って聞かせる。 何を言われても怒らない男がいた。変に思った仲間が彼を料理屋に呼び出して、相手を罵倒してみるがそれでも男は怒らずに、ニコニコと笑った後に、「ちょっと用事があるので、これで失礼します」と言って家に帰ってしまう。仲間は「さては家で下男か誰かに八つ当たりをしているな」と訝しがって、男の家に押し掛ける。出迎えた男は大きな水甕を指さし、「ムシャクシャすることがあると、この中に叫んでぶちまけ、蓋をして閉じ込めてしまうのだ」と明かす。 それから「あれは偉い人間だ」と評判になり、出世をしたそうだ。お前さんたちも、例えば袋をひとつ、おかみさんが縫って、それを堪忍袋としろ。その中にお互いの不満を怒鳴り込んで、紐をしっかりと締めて置き夫婦円満を図りなさいと、教えた。落語の『堪忍袋』はこの後まだまだ続くのですが、「物言わぬは腹膨れる業」と諺にも言われています。音読の段階でも、現実では決してなりたくない悪党になり切って全部発散し、精神の健全化を図るのは非常に賢いやり方でありましょう。 例えば、シェークスピアの『マクベス』から、主君を弑逆する簒奪者・マクベスとして、 マクベス「やってしまって、それで事が済むものなら、早くやってしまったほうがよい。暗殺の一網で万事が片付き、引き揚げた手元に大きな宝が残るなら、この一撃がすべてで、それだけで終わりになるものなら…。王が今ここにいるのは二重の信頼からだ。まず、おれは身内で臣下だ、いずれにしろ、そんな事はやりっこない、それに、今夜は主人役、逆意を抱いて近寄る者を防ぐ役目。それがみずから匕首を振りかざすなど、もってのほかだ。そればかりか、主君のダンカンは生まれながらに穏和な君徳の持主、王として一点、非の打ちどころがない。おれの野心だけが勝手に跳びはねたがる、跳び乗ったはよいが、鞍ごしに向こう側に落ちるのが、関の山か――」 マクベス夫人登場。 マクベス「どうした、何かあったのか?」 夫人「お食事はもうすぐ御済みです、何故、中途でお立ちなさいました?」 マクベス「捜しておいでだったか」 夫人「それを御存知なくて」 マクベス「もう、やめにしよう。王は栄進を計ってくれたのだ、おかげで、上下(しょうか)の気受けもよい、せっかく手に入れた新しい金襴の美服、むざと脱ぎすてるには及ぶまい」 夫人「では、今まで身につけていらした望みは、ただ酒の上の事とでも?その後で一眠りして、いま眼が覚めてみると、さっきは平然と見据えられたものが、今度はちらと垣間(かいま)見ただけで、ぞっとして気が沈むとおっしゃる? 解りました、私への愛情もそんな頼りのないものなのでしょう」 マクベス「お願いだ。黙っていてくれ、男に相応しいことなら、何でもやってのけよう。それも度が過ぎれば、もう男ではない、人間ではない」 夫人「それなら、この企みをお打明けになった時は、どんな獣に唆(そそのか)されたとおっしゃいます? 大胆に打明けられた方こそ、真の男。それ以上の事をやってのければ、ますます男らしゅうおなりの筈。私は子供に乳を飲ませたことがある、自分の乳を吸われる愛おしさは知っています ― でも、その気になれば、笑みかけてくるその子の柔らかい歯茎から乳首をひったくり、脳みそを抉(えぐ)り出しても見せましょう。さっきの貴男の様に、一旦こうと誓ったからには」 マクベス「もし、遣り損なったら?」 夫人「やりそこなう? 勇気を絞り出すのです、遣り損なうものですか。王が眠ったら、ええ、どうせ今夜は旅の疲れでぐっすり寝込んでしまうでしょう。二人のお附きは大丈夫、葡萄酒をどんどん勧めて酔い潰してやる。脳髄の番人、記憶の正体は朦朧となり、理性の器も蒸留器同然。挙句の果てには、べろべろに酔って豚のように眠りこけてしまう、そうなれば護衛のないダンカン、二人でどうにでも出来ましょう? 大逆の罪も、そのやくざ頭のお附きに擦(なす)りつけてやったらよい、どうしてそれが出来ないと?」 マクベス「男の子ばかり産むがよい。その恐れを知らぬ気性では、男しか産めまい。それなら、酔いつぶれた二人に血を塗りつけておく。短剣も奴らのを使う。そうすれば、人の目にもそいつらの仕業と見えぬでもあるまい?」 夫人「誰がそれを疑います? こちらは王の死を歎き、大声に騒ぎ立てているのに?」 マクベス「よし、腹を決めた、体内の力を振り絞って、この恐ろしい仕事に立ち向かうぞ。さ、奥へ、そしらぬふりで、あたりを欺くのだ、偽りの心は、偽りの顔で隠すしかない」 ( 中 略 ) マクベス夫人、右手の戸口から登場。手にコップを持っている。 夫人「二人を酔わせた酒が、私を強くした。それで二人は静かになったが、私の心は火と燃える。(間)お聴き! 黙って。あれは梟(ふくろう)、不吉な夜番、鋭い声で、陰にこもった夜の挨拶。そうだ、いま、あのひとが。戸は開けてある。二人の護衛は酒に飲まれて高いびき、己の任務を笑い飛ばして。あの寝酒には薬が。今頃は、二人のなかで、死と生とがもみ合って、互いに鎬(しのぎ)を削っていよう」 マクベス「(奥で)誰だ、其処に居るのは? やい、動くな!」 夫人「どうしよう!目を醒ましたのでは。やりそこなったのかも知れない。手を下して、仕遂げなかったら、それこそ身の破滅。お聴き! あいつたちの短剣は、あすこに出しておいた、見つからぬはずはない。あの時の寝顔が死んだ父に似てさえいなかったら、自分でやってしまったのでけれど。(振り向いて階段の方へ行こうとし、戸口に姿を現したマクベスを見る。両手に血がついている。二本の短剣を左手にひとつかみにして、よろめくように出て来る)あなた!」 マクベス「(声を低めて)やってしまった……音がしなかったか?」 夫人「梟の鳴く声が、それから蟋蟀(こおろぎ)の音と。何か声をおだしになったのでは?」 マクベス「いつ?」 夫人「今しがた」マクベス「降りて来るときにか?」 夫人「ええ」 マクベス「あれを! (二人、じっと聴き耳をたてる)次の間に寝ているのは誰だ?」 夫人「王の息子です」 マクベス「この情けないざま。(右手をさしだす)」 夫人「たわいのないことをおっしゃる、情けないなどと」 マクベス「どこかで声がしたようだった、もう眠りはないぞ!マクベスが眠りを殺してしまった、と」 夫人「どうなさったのです」 マクベス「もう眠りはないぞ!、その声が城の中にこだましていた」 夫人「誰がそんなことを? さ、早くその手から罪のしるしを洗い落して。どうしてその短剣を持っていらしたのです? あの部屋においておかなければなりません、返していらっしゃい、そして、あの二人の護衛に血を塗りつけてくるのです」 マクベス「もう行くのは厭だ。自分のやったことを考えただけで、ぞっとする、それをもう一度見るなどと、とても出来ない」 夫人「腑甲斐の無い! 短剣をおよこしなさい。眠っている人間や死人は人形同然。子供ででもなければ、誰が絵に描いた悪魔をこわがるものですか。血を流していたら、その血で護衛の顔を化粧してやる、どうしても二人の仕業と見せかけなければ。(上の部屋へとあがって行く。外から門を叩く音が聞こえて来る)」 マクベス「あの戸を叩く音は、どこだ? どうしたというのだ、音のするたびに、びくびくしている?何ということだ、この手は? ああ! 今にも自分の眼玉をくりぬきそうな! 大海の水を傾けても、この血をきれいに洗い流せはしまい? ええ、だめだ、のたうつ波も、この手を浸せば、紅(くれない)一色、緑の大海原もたちまち朱(あけ)と染まろう」 マクベス夫人が戻って来る。戸を閉めて近寄る。 夫人「私の手も、同じ色に、でも、心臓の色は蒼褪めてはいない、あなたの様に。(戸を叩く音)南の戸を叩いている。戻りましょう、部屋へ。ちょっと水をかければ、きれいに消えてしまう、何もかも。訣もないこと! 勇気をどこかへ置き忘れておいでらしい。(戸を叩く音)そら!また叩いている。さ、夜着を御召しになって、誰かに起こされても、ずっと寝ずにいたと感づかれないように、そんな、何かに心を奪われているような様子は禁物、元気をお出しになって」 マクベス「自分のやったことを憶い出すくらいなら、何も知らずに心を奪われていたほうがましだ。(戸を叩く音)ああ、その音でダンカンを起こして呉れ! 頼む、そうしてくれ、出来るものなら!」 二人、退場する。 以上、天才の手になる傑作の一部抜粋ですが、心を集中すれば誰にでも簡単にカタルシス効果は実感できる筈ですが、参考までに 中村保男 の解説を御紹介しておきましょう。 ―― 終わりに、この劇の門を叩く音について、シェイクスピア批評史上で最も有名なエッセイのひとつがド・クインシーによって書かれているので、その要点を紹介して置こう。王を殺したことでマクベス夫妻は悪魔と化し、人間の通常世界が遠のき、舞台には魔の世界が現出している。そこへ突如、悪夢から目覚めよとばかり強く、門を叩く音が響きわたる。この音と共に「悪魔の世界へ人間の世界が逆流し、生命が再び鼓動を始めるのだ。そして、人間の世界が蘇生したということこそ、これまでの中絶期間、恐るべき暗黒の世界をひしひしと痛感させるものなのだ。無論、このような解説より、先ずは実地に『マクベス』を舞台で見て、この門を叩く音の素晴らしい劇的効果を、腹にずっしりこたえるようなその重みを、わが耳で確かめてみることである。ずっしり腹の底に響き渡るような重厚なノックの音、それを現実に聞いたなら、そのとき読者は驚くにちがいない。冷水を浴びて全身がわななくような感覚に襲われるにちがいない。頭と心ばかりか、目と耳で、面前に起こっていることを受け止める事、演劇の醍醐味はまさにそこにある。 次は、がらりと調子を変えて、甘くセンチメンタルな気分など、ちょっとした陶酔の世界に浸るのもまた一興というもの―。詞:松井五郎 唄:ビリー・バンバン、坂本冬美 「 また君に恋してる 」朝露が招く 光を浴びて はじめてのように ふれる頬 / てのひらに伝う 君の寝息に 過ぎて来た時が 報われる / いつか風が 散らした花も 季節巡り 色をつけるよ / また君に恋してる いままでよりも深く また君を好きになれる 心から / 若かっただけで許された罪 残った傷にも 陽が滲む / 幸せの意味に 戸惑うときも ふたりは気持ちを つないでた / いつか雨に 失くした空も 涙ふけば 虹も架かるよ / また君に恋してる いままでよりも深く まだ君を好きになれる 心から / また君を恋してる いままでよりも深く また君を好きになれる 心から その時々の気持ちと気分で、様々な自分を、時にはなりたくはない悪党に、また時にはちょっとした恋する者の情緒に存分にのめり込んでみる。そして、ゼロの状態になった「健康な心」で日常と言う現実に全力で対処する。そこから、輝かしい未来が生まれ出て来る事を、信じて!
2018年09月04日
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第 三百三十一 回 目 ここでこれまで縷々述べて来た事柄を、一回整理しておきたいと考えます。読者の為でもあり、私自身の為でもあります。何しろ「人類史上で初めての、本当に画期的な試み」なのであり、有り体に申し上げれば「やってみなければ判らない事」尽くめなのですから。その上に、事柄を更に複雑にし、誤解を招き易くしている非常に困った(?)、厄介な(?)付帯条件まで付いているものですから、事態をいやが上にも複雑化させている。この様な弁解がましい物言いを本来であればしたくないのでありますが、なかなかどうして非常に困難を極める一因と既になっている。念の為申し添えますが、厄介なのは説明なの で、その実施なのでは断じてありません。 先ず第一に「セリフ劇」という呼称でありますが、文字通りに従来からのセリフ劇とは共通する部分が多く、わざわざ違いを改めて述べるまでも無い。と、私自身も軽く考えていたのですが、目的が違えばその在り方も全く異なるのは理の当然で、似ても似つかない「別物」なのであります。 次に、私は役者修行は人間修行に他ならない。と、これまた事新しくもない理論を、事新しく持ち出して居ります。これも、大いに誤解を招き易い立言でした。これも、同じ表現を使っても、目的が違えば意味合いはまるで別個の様相を呈するに至る。既に、既成事実や先入の観念が存在しているのですから。 そこで、私の方も、そして説明を受け止めて下さる読者の皆様方も、お互いに気持ちを新たにして謂わばゼロからスタートしてみたいと、考えて居ります。 ところで、私は現在も某学習塾で講師として継続して勤めて居りますが、昨日も生徒の一人に次の様に申しました、「人生の大事は、言葉に要約すれば簡単に 表現 できる。例えば、スランプの時には基本に還ろう。然し、それを 実行 するのが常に難しい」と。 今度の野辺地での新プロジェクトの場合には、これとは真逆の事が言えるのではないでしょうか。つまり、実行し実施するのはそれほど難しい事では無く、むしろ簡単なのだが、それを言葉で説明し早急な理解を求める事が、想像以上に難しく、困難を伴うのだ、と。 何故なのか、それは先行する観念があるからなのです。芝居・劇・ドラマと言えばこれこれだ。役者・俳優と言えばこれこれだ。と、当然の事ながら、過去の既成の事実が夥しい数で存在しますので、誰でも反射的に御自分の既に抱いているイメージを心の中に、思い浮かべ、その出来上がっている既成概念を無意識に参照しながら、私の話なり説明を聞くことになる。これは理の当然でありましょう。 しかし、私としては「新しい」から新しいという形容詞を附けて表現するのですが、当にその新規さの故に、理解がスムースに行かない。誤解なり、話の行き違いが、のっけから生じやすくなってしまっている。そこで、仕切り直しのスタートと言いますか、説明のし直しを試みようと考えた次第であります。 根本的な人の在り方を考えてみましょうか。「人」と言う字を見て下さい。縦棒を二本の足が支えている人間の姿を象った象形文字であります。人は単独では存在し得ない。子供は両親という一対の男女から生れ、自らもパートナーを探して次世代へと生命を繋いで行くDNAの担い手である。 この事実からだけからでも、単独の人間と言う者はあり得ないし、意味がないと言える。誰か最低でも一人の相手が必要であり、不可欠な存在として今日ただ今をを生きている。生かされている。 手当という原始療法もこの前提から出発している。神は自己の患部に手を当てる、乃至は、手を翳す治療法を人間に与えた。しかし、誰か相手が居て、それは両親であっても、兄弟姉妹であっても、身近にいる他の誰かでもよい。他人が好意を持って「手当て」してくれれば、患部も心の中も同時に癒される。こういう仕組みが有難い事に、私達人間には与えられている。 この人間に固有の、基本原理が私たちの目指す「セリフ劇」の基本でもある。心の琴線にダイレクトに働き掛け、有効で、心温まる癒しを魂にもたらそうと意図しているのであります。 そして、その目的に最も適した手段として、私達の身近にある芝居・劇・ドラマを利用しよう。改良してみよう。そういう試みとして御理解頂くのが、本筋であったような気が今では致して居ります、私と致しましては。すると、私達の意識の向け方が違うだけで、芝居は私たちに今までとは全く相違した、異なった姿を現しているのですね。高い入場料を取って見せるショーではありませんので、劇場といった特別な施設は必要ではありませんし、必要不可欠なのは善意の人二人が其処に居れば、事足りるのであります。特別な用意も、訓練なども従って要りません。少なくとも最初の段階では。そして、それを自然に無理なく高度な段階に高めていく、人々の不断の努力が、それだけがあれば十分なのであります。 如何でしょうか? 何か、ためにする詐術のようなものを私が、巧みに使っているでしょうか…。 考えるまでもなく、極めて公明正大でありますし、その上に「少しばかりの善意」の持ち合わせがあれば、誰にでも参加可能であります。そればかりではありませんで、誰もが人生を生きて行く上で必要不可欠な、有意義で為になる好ましい行為・行動でもある。いいことずくめで副作用とか弊害などは皆無であることも、自明な事実でありますから、後は人々の理解を深め、賛同を得る努力を粘り強く継続する。この一事に尽きる。75歳の誕生日を迎えたばかりの老人の、ささやかな、本当にささやかな人生に対する御恩返しにしか過ぎませんが、言い出しっぺの私自身が早くもいの一番に、その恩恵に浴している事実から考えますと、この「神慮」に依って開始したプロジェクトの成功は、その根柢の所で保証され、守られている。そういった確固たる確信を、私は既に手にしてしまって居ります。 この現代の福音と呼んで何の差支えもない事態に対して、感謝、感謝、またまた感謝! もう少し丁寧で、解り易い具体的な説明を加えましょう。 例えば、最初の音読ですが、言葉を発する事は日常的に極めて普通の事であり、特別な事ではありませんが、基本的にはその通常の「発語」や「発声」があれば、それで十分でありまして、謂わば必要にして十分なのであります。聞く、乃至は、聴く方も特別な訓練など要求されません。出来れば全神経を集中して、全身で聴いて頂ければベストではありますが。 さて、劇の演出でありますが、これもごく普通でよい。よく見られるケースですが、非常に厳格でやかましい注文を役者達に向けて発する有名なスター演出家と言う先生がいたりして、もし近くで稽古風景を見学する者が居た場合などに、ぴりぴりとした稽古場の張りつめた空気に、圧倒されてしまう。そういう事が、素晴らしい芝居・劇・ドラマには必要なのだ、と言った伝説めいたものが世間には流布していますね。私自身も数年前に、地元の草加市で市民参加の演劇公演に一役者として、参加した経験がありました。文字通り厳しい指導者がいて、一から十まで実に張りつめた空気感の中での稽古が、連日の如く当然のように実施されました。プロの役者も交えての真剣勝負的な舞台公演でしたが、こうした従来の定番のパターンとも私たちの目指すものは、全くと言ってよいほど異なっている。 真剣さの質や目的が違うからでありますよ。主役は舞台の上ではなく、客席に居られるからなのでありました。ですから、舞台上のパフォーマンスだけでは、そのパフォーマンスが如何に完璧なものであったとしても、御客、客席との理想的な交流が成立しない事には、その公演の成功は覚束ないことを意味します、実際の話が。何度でも申し上げますが、舞台の公演は所謂「主役」のものでも、演出家のものでも、台本作家のものでも、その他の誰のものでもない。真の主役たる観客席のゲストたちの心の中で、如何に理想的なカタルシスが遂行され果(おお)せたかの一点に懸っている。そう、言えるのであります。 人生を生きる生き方が各人各様で良いように、稚拙な素人役者集団によるパフォーマンスも良いし、プロはプロでその発展途上のどの段階でも、一期一会の「好き・善き」出会いにさえ恵まれれば、最高の公演であり得る、のでありますね。何故なら、これも人生と同様に完成ということが無いからでありまして、不完全でありながらも「理想的な在り方」が存在するのでありますから。 早い話が、最初の第一歩である「音読」は一人二役の訓練にも実質上なるわけでして、役者の役割としての朗読者と、観客役の聴き手である役割とが、無理なく自然な形で備わっているのですから、言ってみれば これはもう鬼に金棒 以上の強い味方に当然なるのでありますよ、驚いたことには。 このように冷静に反省してみれば、全ての道具立てと言いますか、プロジェクトに必要な要素・要件は既にして完備しているのでありますから、後は行動あるのみ。 そこで、音読の台本としてほんの参考までに、私・草加の爺が現在の段階で思いつくままに、少しばかり具体例を示してみたいと考えました。 先ず最初に、日本の歌謡史上で今様時代と命名される、際立った一時代・黄金時代を形成した、今様諸歌謡集を集成して、その時代を代表する集に「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」があるのですが、その梁塵秘抄から少し引用してみましょうか。 「 春 」 そよや、小柳によな、下がり藤の花やな、咲き匂(にを)ゑけれ、ゑりな、睦(むつ)れ戯(たはぶ)れ、や、うち靡(なび)きよな、青柳のや、や、いとめでたきや、なにな、そよな(― 緑色が鮮やかな小柳に、下がり藤の花が匂う様に咲き懸っていることだ。藤の花が小柳にとても親し気に咲き懸り、戯れているよ。咲き靡いているよ、青柳がその緑が、本当に素晴らしいよ) 「 祝い 」 そよ、君が代は 千世に一度ゐる塵の 白雲かかる 山となるまで(― 私の最愛の恋人である妻(夫)よ!いついつまでも生き永らえておくれ。千年に一度だけ落ちて来て止まるチリが、積もりに積もって仕舞いにはその山頂に白い雲が掛かる程に高い山に成長する時まで、永遠に近い時間、月日が経過するまで、終わりが決して来ない程に常永遠(とことわ)に、永続しますように心の底から念願して、やみません、愛するが故に…) 「 夏 」 そよ、我がやどの 池の藤波 咲きにけり 山ほととぎす 何時か来啼(きな)かん(― 私の住まい致す家の中庭にある池の、中央部に作られた中島の藤の花が今夏を迎えて、実に見事に咲き並び、華麗な見頃を迎えて居りますよ。その色彩豊かな藤の花に相応しい山ほととぎすである素敵な貴方様、一体何時になったら姿を御見せになられるのでしょうかしら…。わたくしは待ち遠しくて待ち遠しくてなりませんの。どうぞ、わたくしの切ないこの気持ちをお汲み取りの上で、一刻も早くお越しくださいませ、どうぞ…) 「 梁塵秘抄 と 名づくる事 」 虞公(ぐこう)、韓蛾(かんが)といひけり。聲(こゑ)よく妙にして、他人の聲及ばざりけり。聽く者賞(め)で感じて涙おさへぬばかり也。謡(うた)ひける聲の響きに、梁(うつばり)の塵(ちり)起(た)ちて三日居(ゐ)ざりければ、梁の塵の秘抄とはいふなるべし(― 中国の古代に稀代の美声の持主が居たが、その人物二人の名前を一人はグコウ、もう一人はカンガと言った。この両人は声の美しさが霊妙であって、他人がこの美声に及ぶことなどは想像すら出来ない。一度彼らの声を聴いた者は誰でも称賛して、感動の余りに涙を流さないでは居られない。朗々と響きわたる声の美しさに家の屋根を支える横木の梁(うつばり)に積もった塵でさえ、感動の余りに立ち上がって、三日元に戻らなかったと伝えられている。その故事に因んでこの歌謡集を、梁塵秘抄と命名したのである)。
2018年09月02日
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