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という言葉があるかどうか知らないが、人間の神経系統や感覚的なものがどんどん科学的に解析されてくると人間の能力を引き出す方向に振り子が振れて来る。反対側に機械信仰みたいなものがあって、人間は楽をすることを目的としている。極端すぎると方や人間の有機的部分を消耗し、方や無機的になり逆に機械に支配されそうで危険な思想となる。今日ラジオで時間学の専門家というひとが出ていて、体内時間の感覚(たとえば、なぜ子供の時は一年が長く感じるか、事故にあった瞬間スローモーションに見えるのはなぜか等)をいろいろ述べていた。最近の情報番組はインナーサイエンスというか体のメカニズム、栄養、健康とこちらの方に傾いている。僕等の子供の頃は違って、メディア情報は機械文明や未来生活のほうが勝っていたように思う。公害や自然破壊等がおこりその反動で内側に目が向くようになったのだろうか。共生とか地球に優しいと言いながら、確実に昔よりユーティリティーの消費量は増えている。レジ袋を買物袋に変えたからといって解決する問題ではないような気もする。むしろ少し貢献しているとういう自己満足だけで、みな昔の生活に針を戻そうとしない。ただ、インナーだけでは精神的な閉塞感はいなめず、また、アウターの方に関心や対象(機械になるのか宇宙なのか、なんになるのか判らない)が移行するんだろうか。
February 27, 2007
以前私は四が好きで収まりがいいといっていたが、実は三も好きである。3はリズムがいい。まず、おでんの注文の単位としては3ネタが基本である。セブンイレブンで一番小さい器は3つネタが入る大きさである。銀座のお多幸でも注文は3ずつ頼むと店の親父はリズムに乗れるようである。赤羽の健ちゃん水産(丸健という練物屋)しかり、おそらく皿大きさも3ネタでちょうどいいのである。数字には3桁ごとにカンマを打つ。日本では4桁ごとの呼び名がついているが、数字には3桁でカンマを打たないと数がわからなくなる。ホッピー一本で中を何杯頼むか意見が分かれるが、通常は氷がしっかり入っていれば中3杯が基本である。(氷を入れないと1.5杯がちょうどいい)ということで(どういうこと?)、コンビニはスリーエフが好きである。今日はスリーエフの店長と会う機会があった。(スミマセン、今までのは全部振りでした)弱小コンビにではあるが、なかなかアットホームな会社である。面倒見がいいというかなるべく潰れないように協力してくれるという。この人も、店長=経営者なのであるが、ノンビリし過ぎているところがあるのかもしれない。土日は必ず休んでいる。普通はコンビニの経営者は身を粉にして働くものである。本人の実入りとは別に月間100万円の給料を払っているので、その分身内で固めれば一家の収入となる。立場上奥さんを週二回ほど店に出させてはいるが無償かもしれない。スリーエフはコンビニの中ではおにぎりが良い。私の中のランキングでは一位で二位はセブンイレブンである。実はあまりコンビニのおにぎり自体が好きでは無いのだが、車で移動中、食べながら運転する事が多いのである。あまり頻繁に食べていると見るだけで気持悪くなる時がある。とくにPH調整がしてあるので(これはセブンイレブンいわく添加物や防腐剤でないらしいが、もしくは包装フィルムに腐らない細工がしてあるのかもしれない)独特の匂いが米に移っている。その中でもスリーエフのものだけはなぜか食べられる。(スリーエフのPH剤が体質に合っているのか?)周りに聞いても結構評判はいいのであるが、なんせ弱小コンビニである。入ったことが無い人のほうが多い。おにぎりは一番旨いと話をすると店長は喜んでいた。話は違うが、この店長の愛犬○○は頭がいい。ゴールデンレトリバーなのに座敷犬になっているのだが、店長が「打合せするからあっちいけ!」というとすごすごと隣の部屋に移動していく。ところが隣の部屋の婆さまから邪魔だと追い出されたらしくすごすごと戻ってきた。「いいか、打ち合わせの邪魔せずにおとなしくしていろ」というと、ウンともスンとも言わず傍らで伏せをしながら一時間ぐらい我々の話を聞いていた。しかも相手の顔見をしないよう、時々目を閉じて考え事をしてる姿が哲学者のようである。(ただ、寝てたのか!)帰り際は玄関までお見送りもしてくれた。あのくらい利巧で奥ゆかしいとあの犬にうちの娘を調教してもらいたいぐらいである。
February 25, 2007
の再放送をテレビで見る。中村獅童のではなくて、高橋宏治主演で市川昆監督のテレビシリーズ。「乾雲坤竜の巻」から始まっている。しかしこのピカレスクロマンを作り上げた林不忘という人は凄い。80年も前の作品なのに未だに色褪せてない。それだけオリジナリティーが高いというか、あとの時代劇を書く作家が進歩が無いのかもしれない。このテレビシリーズはこどものころ見ていたのだが、小室等の主題歌しか覚えてなかった。今見ると娯楽劇の傑作だという事がわかる。もともと新聞小説なのでストーリーの展開も強引だが、今みたいな保守的な時代と違い自由な勢いのある演出をしている。それだけ娯楽性を重視しているんだろう。朝、納豆定食を食う。納豆の売上は番組捏造があった後も落ちていないそうで、前年同月比5割り増しを維持しているという。この日の納豆は醤油だけを混ぜるもので、こんな食い方していいのか戸惑ってしまう。納豆が普及したのはミツカンのせいもあるが、あの出汁タレがついてから関西人は食えるようになったんで、それまでは関西人は食わなかったように思う。いや関東の私だって小さい頃から醤油に味の素と砂糖を入れて食っていた。つまり出汁のかわりにグルタミン酸の旨みと味をまろやかにするため隠し味で砂糖を入れていた。むしろ醤油だけで食うのは当時から関東でも野蛮な食い方で関西人は納豆を野蛮な食い物とみなしていた節がある。(あと関西人はうどんのつゆも醤油だけ入れた野蛮なくいものと考えていた節がある)今日の納豆はワイルドだった。昼休みに電話をもらう。何年か前に食べた大阪の食堂街がわからないけど、どこだったっけ?という電話で、今大阪のどこかを彷徨っているらしい。私も記憶には残っているが固有名詞が出てこない。「ほら、阪急梅田の近くの、御堂筋の際にある・・・」あの道が御堂筋なのかも知らないくせに適当なことを言っている。あとで地図で見ると「新梅田食堂街」とでていて、そこが線路のしたにあるということをはじめて知った。各店にはエアコンがないのに通路にエアコンが備え付けてる不思議な空間だという絵が頭に直ぐ浮かんだのだが、どうやってそこに辿り着いたかは覚えていない。したがって道順を聞かれても何の役にも立てなかった。
February 22, 2007
です。ます。である。とか日本語はとかく面倒くさい。特に同じ言葉がセンテンスの末にかさなると単調になってしまう。私の場合、~だと思います。の思うという言葉がやたらと多い。つまり憶測でしか物を言っていないのである。もしくは自分の稚拙な体験でしか物を言わなくなっている。西洋文化の悪い癖というか主張しないと負けだという風潮が世の中に蔓延している(ここで既に憶測を言っている)。本来は膨大なアーカイブや丹念に資料を読み込んだ人間が初めて口に出していいことまで、結論を先取りして言う人間が多い。これでは学術的なことも噂話も同じレベルになってしまう。一見アカデミックに見える食に関する番組が実は捏造であり、世の中全体が東スポ化している。マスコミなんてそういうものだといえばそうなのかもしれない。ただ踊らされて出演している人間は可哀相である。だから裏を取る作業が大事なのだが、資料の真贋を見極める作業が退化している人が多い。(これも憶測だ)だいたい統計資料というやつはある憶測や意図で読み取るので油断なら無いところもある。例えば、ゆとり教育で日本人は学力低下したというが、国際機関の発表の調査年をみるとゆとり教育前のものである。それに計算能力なんて道具を使かいこなせた方がより膨大な作業が出来るに決まっている。文明人としての総合力で判断して欲しいものである。たまたま学校で教える範囲で計算が出来る人が潜在能力が高いなら、アフリカの原住民の視力の良さのほうがよっぽど潜在能力を感じる。と激昂し憶測かより決め付けに入る由 候。
February 21, 2007
テレビのリモコン開発者が死去したというニュースが入ってきた。なんでも1954年に開発されたそうで、50年以上たった今でもリモコンはあらゆる場所で活躍している。出てきた時は人間を怠惰にさせると非難を浴びたそうだが、今の世の中多機能な家電が多く操作が複雑すぎて、怠惰な人間ほどリモコンをいじりたくないというのが本音である。だいたいあの十字カーソルというのがいただけない。イエス・ノーの選択をしていくうちに自分が何を指令しようとしているのかわからなくなってくる。決して機械音痴とは思っていないのだが、一部だけを表示するシステムに我慢がならなくなってくる。今の子はああいう指示系統に慣れているのか、電子辞書でも携帯電話でも巧く使いこなしている。ただ、思うに瞥見とか一瞥、斜め読みとか出来ないので、動態視力や反射神経で頭の切り替えをしなければいけないのは年寄りに不利である。逆に頭は退化するのではと心配してしまうが、それも自分がついていけないだけの嫉妬のような気もする。よく、クイズ番組で「~~~は」「ピンポン、××!」「××ですが・・・」という展開があるが、デジタルの狭いウィンドーの中でこんなことをやられた日には双六で振り出しに戻るようにカーソルをスタート時点に戻さなければいけない。オジサンは狼狽し、オロオロするだけとなる。しかし、最近はタッチペンなるものがコマンドアイテムとして加わっている。あれはなかなか良い。手を使うのでまだ空間的な感覚が残っているのである。例えば電話口でメモが取れない状態で番号案内を聞いている場合当然暗記をしなければいけない。その時スピーカーフォンにし、手許で番号を押す真似をすると、手の動きと文字盤の位置で番号が頭の中に入るもんである。人間の指示行動様式と言語中枢(脳の中味)のメカニズムがもっと解明されてくれば、近い将来勉強なんてしなくていい時代がくるのかもしれない。アブナイ宗教団体のヘッドギアみたいなものを一日十分かぶっていれば、一週間でアインシュタインのように成れるという商品が出てくるかもしれない。話がへんな方向に行きそうなので戻すが、最近リモコンと本体の区別がつかなくなってきた。コンパクトに一体化してきているからである。仮に定義してみると、モニタリングできるのが本体で、コマンドできるのがリモコンということになる。ただ視覚は小さいウィンドーのこだわる必要は無く、ニ窓でもいいし三窓でもいいし、サングラス型でもいいのである。コマンドだって指先だけでなく、奥歯だっていいし、EHエリックのように耳が動かせれば耳でもいいのである。そこで人間の悲しい性というか、今度はその動きが習慣となり、それをしないと我慢が出来なくなってくる。かくして人間はリモコンに支配されてしまうのである。
February 17, 2007
落語の与太郎に憧れる人は世の中どれ位いるのだろうか。彼は万事に対して欲が無い。人間の悪事に最たるものは欲だとすると上品な部類の人間である。最近は間逆の人間がいかにも多い。何かに絶えず追われている。流行の場合もあるし、情報の場合もあるだろう。もしくは物まね(どこかに定形がある)の場合もある。それと平行するかのようにスピリチュアル・カウンセリングなるものが流行っていると言う。自分の前世はなんだったんだろうとか自分の存在はなんなんだと考えてしまう。そんなこと考えてるとまた、変な宗教がはびこる素養を作ってしまうとラジオでカヤマミカという精神科医が言っていた。世の中ついでに生きていればいいのである。ついでに酒飲んで、ついでに仕事して、ついでに眠っていればいいのである。(という心境になりたいものである)身の丈というか己を知っていないからだろうか。与太郎はよく知っている。あたいは働かないからあまり食わないと言い切る。あまり一所懸命にやると他の人のポジションを奪うのであたいは何もしないといわんばかりである。私も「人間明らめが肝心」(明らかに見極めること)をもっとうとしているのであるが、現実はそうはいかない。どこまで働いて、どこまで休んで、どこまで遊んでいいかわからなくなってくる時がある。ちっとも見極められないお馬鹿である。では目標を持つかというと大まかな方向は考えるが、具体的過ぎるとは業や欲に繋がるので持ちたくない。でもいろいろ公言しないだけで、ひとと争わないためには人が真似できないことをやらないといけないと考える事がよくある。でないとやはり食べていけない。
February 15, 2007
食事をする。大手町の合同庁舎にも同じものがあるが、今日は昼間さいたま新都心の合同庁舎のビュッフェスタイルの食堂に入る。大手町もさいたま新都心も夜は焼酎のボトルキープもやっている。方や東京国税局方や関東信越国税局が入っているので、こういう連中は迂闊に市井で酔うのを嫌うのかもしれない。(夜は一般人は入れない秘密クラブと化している)それはさておき、なかなか安くて美味いのである。私が食べたのは、トロ鯵の開き300円(かなり大きな鯵で脂がのっている)、キンピラの小鉢50円、菜の花の和え物・小鉢70円、ご飯70円、味噌汁30円締めて520円であった。レベルはかなり高い。半田屋と比較して味はかなり上である。小鉢は半田屋より安いがメインのおかずは半田屋では120円から250円の間である。もうひとつ常楽食堂というお気に入りのセルフ食堂があるのだが、ここは味がいい。もしこの日の役所のビュッフェと同じメニューであれば、常楽食堂では650円はいってしまうのではないだろうか。半田屋では小鉢は頼まない主義にしているが、半田屋でこのメニューとボリュームであれば500円であろう。半田屋での定番はカレーライス(262円)ととん汁(105円)にしている。今夜は半田屋で定番メニューにしようと思う。
February 14, 2007
食事をするが、飲んじまうんで高くつく。いや、コストパフォーマンスからすると極めて安いのである。実はこの日イタ飯屋に入ったのであるが、メニューを見ずに適当に飲食いしていると14000円になってしまった。何がいくらかかったのか思い出そうとしていた。通常ワインは飯屋では酒屋の1.5倍から3倍くらいで出している。この日めし処では先ず、コート・ド・ニュイのリゼルヴァ2003を飲む。このワイン後でネットで調べると2800円から3500円の間で売られていた。店で飲めば5000円から8000円と言うところであろう。仮にこのボトルを5000円とする。次にボルドーの同じクラスをデキャンタでハーフボトル分持ってきてもらう。こちらはで2500円としよう。そのほかにグラスワイン2杯を1000円。牡蠣のクラタン1300円(おおぶりの牡蠣とほうれんそうをクリームソースで焼き上げバターのよい香がした)、きまぐれサラダ1000円(スパイシースモークチーズやロブスターやキッシュを大まかに刻んでトッピングしてサザンアイランドのドレッシングであえてある)、子羊の香草焼き1300円(たぶんプロバンス風のシーズニングなんだろう、一旦柔らかく煮込んだ肉の外側をカリっと焼き上げて、下にトマトソースが敷いてある)、マテ貝・ムール貝のグリル1300円(こちらはガーリックとオニオンを細かく刻みオリーブオイルで炒めたソースを掛け、香ばしく焼き上げている。このソースだとバケットがいくらでも食べられそうである。)とすると締めて1万3千400円である。実はまだほかにグラスワインを2杯、コーヒーを2杯、デザートを一品サービスしてくれている。我々のひとりが常連で、オーナーシェフが気のいい人ということもあり、かなりのおまけをしたくれた。その代わり14000円でお釣はあげないよということになった。食い物はどれも大皿で出されたので決して高いとは思わないが、ワインはやはりレストランで飲むと高いものである。調子にのって優雅に飲食いしすぎる。実はこの店に入る前に立飲みやに寄っているのだが、こちらはビール小ジョッキ280円と奴140円締めて420円で済んでいる。一軒は一軒である。
February 13, 2007
別にそんな美味いとも思わないんだけど、完全に日本をターゲットに営業し始めましたよね。「レッドブル翼を授ける」なんてキャッチコピーは30年以上前のCMのようで古臭いです。サッカーとモータースポーツに進出した飲料水メーカーですが、三都主と宮本をレッドブル・ザルツブルグに入れたところを見ると日本に放映権料を売りつけたいのでしょうか。でもあのチームがほんとに強いのか疑問ですよね。サポーターがチームの経営陣に反発してSVオーストリア・ザルツブルグを立ち上げちゃったくらいですから。ヨーロッパでは悪評高いので日本から選手をかき集めたのでしょうか?ブルズ杯というのもなんとも胡散臭い大会で、バイエルン・ミュンヘンと浦和レッズとレッドブル・ザルツブルグの45分ハーフの大会と言う。どさ周りの興行みたいな大会で、選手は可哀相だ。アジアから参加する大会じゃないのに日本のスポーツ紙は国際的に日本のチームも認められたと喜んでいるのが哀しい。とボロクソに言ってしまいましたが、個人的には監督のローターマテウスのファンで、現役復帰しろと思ってしまうのであります。顧問がベッケンバウアーとかトラパットーニとかお金に汚そうな連中ばっかりで、ザルツブルグ市民は怒るのも無理ないです。でも、中村俊輔のチームみたいにヨーロッパチャンピオンズリーグに出られるくらいだとまた違うんだろうけど。だから宮本君と三都主君には活躍してもらいたいですよね。
February 12, 2007
ヒアリングよくよく聞いてみると、聞き間違えることがある。たぶん一を聞いて十を知ろうとしてしまう短気な性格が災いしているのだろう。先日運転をしながらラジオ聞をいていたのだが妙に気が立っていた。ラジオで「リリーフランキーさんがお亡くなりになりました。」(えっ、若いのになんでまた。クスリか何かやってたのか?中島らもより短い人生じゃないか。)「94歳でした」(?)原稿が読み進められるうちに、リリーフランキーではなくフランキーレインだということが理解できた。(オール オブ ミー♪ホォワイ ノット テイク・・・)冬の稲妻夜、赤提灯を出る時妙な雲行きになる。雷が鳴りどしゃ降りの雨、しかも暖かい雨である。異常気象としか思えない。冬の雷というと雪雲が急激に発生するイメージであるが、明らかに暖かい雨であった。一キロ弱の道を次の店まで歩くとコートは水を吸い重く、靴も中まで水がたまっていた。ブログのアクセス記録inktomisearch.comという形跡がある。これはなんだと聞いたところYAHOOがやっている機械的な巡回検索エンジンであるという。誰が見ようと構わないのだが、何を見ているのかが気になる。機械は何を調べているんだろう。一応そのページを開いてみるとあなたの売りたいのものの顧客探しますとか、地域広告、ビジネスの提案のような市場動向の助言みたいな事をしている。それはなんとなく想像がつくのであるが、じゃぁこんな変なブログを如何解析しておるかわからない。それと機械は馬鹿だけどスラングは解析できているのだろうか。それとも検索ロボットはマーケンティングとは世を忍ぶ仮の姿で、米国のNSCが送り込んで世界中を監視しているのだろうか。なんでも数値や統計の世の中である。民間給与実態調査というのがあって、そのデータを役所に出すため資料を作っていた。OCRの紙にサンプリングデータを記入するのだが、これがお金にならない仕事なのに結構めんどくさい。ひとつ気になるところがあって、ほんとにこんな作り方で集計しても実態にそぐわないのでは思えるところがあったが、それをどう取り扱うかは集計者の裁量の域に入っているのかもしれない。その集計方法を開示しないで結果だけでニュースが流されているのは薄ら寒さを感じる。恐らくニュースの流し方にも裁量があり、役人は役人で俺たちが世の中を動かしていると思い、マスコミはマスコミで同じような奢りがあるのかもしれない。
February 10, 2007
というときのアップアップは水に溺れてるわけではなくて、エナジー(エネルギー)アップアップである。日本語で言えばテンションが高いという事を、最近頭の中ではなく痛感するようになる。同輩の友達が「以前はアップテンポでロック系の歌は歌うものじゃなく聞くものだと思っていた」と言っていて同感なのだが、最近の20代30代の人は平気で歌っている。カラオケにも一種のジェネレーションギャップみたいなもんがあって、そこを埋めるためにはエナジーアップアップが必要になる。この言葉自体が自分がジジィである証拠だが、声量とかそういう問題じゃなくスピリッツ(魂)の問題なんだろう。実はここ10年以上思いを寄せている歌がある。それはトムジョーンズの「恋はメキメキ」。結構CFやラジオのナイター中継のジングルにも使われているので、歌手や題名はわからなくても誰でも知っている曲である。この曲を聞く度、この爺さんのスピリッツには頭が下がる思いがする。かく言う私はスピリッツ(魂)が希薄であるので、スピリッツ(蒸留酒)で補ってエナジーをアップして臨むのであるが、結果は年の割には頑張ってるという評価で終わってしまう。目指せトム・ジョーンズなのであるが、道程は遠い。
February 9, 2007
年度末が近づき、我が方はこの時期に当年度の補正予算と次年度の予算編成をする。今年(4月から3月まで)は我が方は激動の年度であった。というか現在進行形である。頭の4月に新施設長が辞め、理事長が長期入院(ちょっとヤバイ状態、ヤバイといっても今風の意味ではない)で、臨時の施設長ひとりで切盛りしてきた。理事会はその補佐役を私とみているので、今回の予算承認はかなり荒れそうである。下手すると吊る仕上げを食い首覚悟の数字となる。もしかすると理事長の寿命を縮めかねない内容である。私はどうも裏側に権謀術的なものが見え隠れするので、保身のためにはこういう時は根回しが必要なのであるが、そこまで動くには時間が足りない。田舎のノンビリした組織が一点俄かに掻き曇る状態である。組織にはエンジン役とブレーキ役がいる。今のこの組織にはヒール役に徹するブレーキがいないのである。昨年まではヒール役がいたので、結果今年度は大黒字、次年度からはキャッシュフローが反転し一気に均衡状態となる。その原因は明らかに人員増とアルバイトの正職への格上げである。働いている人のマインドもタイトな状態から開放されつつある。人が動くモチベーションは何もサラリーや待遇だけでなく、反骨精神やライバル心であったり、強権的なものに対する恐怖心もあるかもしれない。もちろんあからさまな後者の要因はないが、組織が締まった緊張感を保って機能するためには必要である。仕事には付加価値というものがあって、それを越えてはサラリーは出得ない。労働分配率を良くしたからってパイが広がるわけではない。ただ、労働分配率をよくすればみんなお金が貰えるからハッピーではある。しかし設備更新の基金は無くなるのである。それは収入の競争力低下に繋がる。もう一期臨時役にやってもらうように詰め腹切ってでも動くか迷っている。いや、でも頭がいないんだから合議制にするべきだと進言できればよいのだろう。今年はお手盛りが通用しない。というか役人が新しいことをやりたがらない気持がよくわかる。
February 8, 2007
冬なのに妙に暖かい。二月のこの時期にこんな暖かくていいのかと思う。昼間はフロントガラス越しの陽射が強く、冷房が必要であった。明治座の裏に住む、お客と打合せを済ませる。打合せといってもほとんど雑談で、暖かい日ざしの中、お茶を飲みに来たようなものである。最近はここら辺も繊維問屋や紙問屋の企業が移転しマンションばかりになって、住みやすくなったといっていた。(前は買物するところすらなかったらしい)それとクリーニング屋がやたら出来ているらしい。打合せを終え、日本橋浜町から新大橋を渡り、最初の信号を左折し、しばらく大川に沿って北上する。京葉道路の少し手前の一角(両国一丁目)は鍋の有名店が軒を並べている。どぜうの「桔梗家」、しし鍋の「ももんじゃ」、ちゃんこ・ふぐの「かりや」、しゃも鍋の「ぼうず志ゃも」、桔梗家以外はどれもお高い店ばかりである。よだれを垂らしながら、両国駅を過ぎ国技館を回りこむように道なりに行くと安田学園があった。もしかしたらここは親父が出た高校ではないだろうか。さらに清澄通りを北上、駒形橋の交差点の手前をうん○ビルの方向に進み、ガードを抜けると桜の名所隅田公園に出る。墨堤通をまたまたさらに北上し鐘淵を抜けると足立区になる。ここら辺は荒川区足立区墨田区台東区葛飾区が河川や運河を隔てて隣接している。荒川の土手沿いは信号が無く、走っていると暖かい日ざしが気持いい。走っているうちに地球は温暖化の問題などすっかり忘れている。最後は江北橋を渡り、首都高川口線の下の道に入り始めて日ざしが遮断される。冷たい日陰で我にかえる。まだ仕事中でやることがいっぱいある。・・・・最初から高速使って帰って来いよ時間ないんだから。
February 6, 2007
できないと日曜の昼間反省の日記を書いてから、車で長距離運転をして帰ってきて夜八時には寝てしまった矢先。九時に電話がかかって来る。メンバーが集っているから遊びにおいでと。こういう時にホイホイ行ってしまうから、威厳が無い、体重は重いのに貫禄が無いといわれているこの頃である。まあでも会えるときに会わないと、次回はいつ会えるかわからない。これも一期一会と思い、十時半には片手にマイク、片手にグラスを握り締めていた。最近、深海ザメ肝油を飲んでいるせいか、この日は元気が少しはあった。よくそのエネルギーを社会のために役立てろと言われるのであるが、そんなこと考える前に楽しいから行くのである。結局引けたのが午前3時近い、家に帰ったのが4時。そんな大場加奈子(デンから名前が変わってしまった)の一日が始まった。朝8時に起きて今週のスケジュールの確認をする。10時に訪問先があるので9時から電話を何本かかけ今週の決まってないスケジュールを埋めていく。十時に打ち合わせに行くとそこにはレオ様が待っていた。レオ様と言ってもレオパレス21の社員でお客さんが話を聞くのに同席してくれと言う。奴らというかレオ様は最近勢いのある会社である。話を聞いている内に奴らの強みはリロケーション(企業の社員寮や短期滞在の斡旋)もさることながら、ノンリコースローンを銀行と施工主との間で組めるコーディネート力だという気がしてきた。(担保を限度として融資し、収益性から融資額を査定するので、運用額が高ければ融資額も大きくなる。ここ数年出て来たローン形態である)打ち合わせが終わってから家に帰り、しばらく休んで午後2時から6時半までの間に3件ほど回ってくる。この時点でヘロヘロのはずであるが、一期一会を大事にしなければと思い午後の二件目の社長が飲んでいる店に合流してしまう。二件ほど飲んで解散する。しかしなんなく自分の領域でないので一人でどこか行こうと思ってしまう。昨日夜遅くまで居た店に電話をかけると今日は帰ったほうがいいというニュアンスでいさめられ、おとなしく家に帰ってきた始末であった。明日はちょっと早目からデスクワークをしないといけない。運動不足と深酒が続きそうな週の幕開けである。
February 5, 2007
こういう名前の人が実際にいたらごめんさい。いつも行く中華というかラーメン屋で、シュウマイとチャーハンとウーロンハイをオーダーする。この店は麺類と一緒についてくる半チャーハンは150円のくせにチャーハンの単品は500円である。ラードを使っているにもかかわらずパラパラ感があるチャーハンなので気に入っており、つい普通のチャーハンを頼んでしまう。ウーロンハイは250円、シューマイも大きく5つで300円とお徳感がある。ほんとは何杯でも飲んだくれていたのであるが、ここではいつも一杯だけで綺麗に帰ってくる。先日銀座ののコリドー街の立飲み屋で軽く飲んでしまった。黒ホッピーに中三杯、レバー、ボンボヂ、カシラ、ネギ間各一本と揚げ出し豆腐で締めて1760円。(ここの揚げ出しは豆腐だけでなく、もち、なすも入っていて美味かった)夕方であったので、クラブのねいちゃん、ホストのにいちゃん、サラリーマン、フリーターが入り混じって千円から千五百円以内でのんでいる。私が一番ジジィの分類に属していた。銀座恐るべしである。そのあと調子に乗って北浦和のやきとり屋でもホッピーに中3杯、肉トマトの串焼き、ナンコツ、若鶏、ハラミを各一本、もろキュウで締めて1800円であった。この店は二年ぶり位であったが、メニューが若干変わっていたように思う。(ここは、焼き鳥にはニンニク赤味噌、もろきゅうには生姜白味噌が付いており、とほんとはそれだけで飲みたいくらいである。)ついでにおみやで8本ほど(1000円)焼いてもらい、別のスナックに持ち込んだがもう焼き鳥は食えなかった。飲んではいたけど・・・。いつもこの放浪癖には参ってしまう。自分ではその日の朝まで夜飲む気はさらさらないのであるが、帰路ついついネオンに惹かれて繁華街に足を向けてしまう。前は大勢の宴会や飲み会が嫌いで、3,4人だったら楽しく歓談し飲めると思っていた。最近はそれすら煩わしく、一人でどこかに入る癖がついてしまった。他人と話すのはいとわないのだが、自分の手酌でないと疲れるのである。でも、総じて一人の客は若い人が確実に増えてきている。むしろ我々オヤジだと一人で飲むのは抵抗がある人が多いのかもしれない。若い人は男子も女子も赤提灯に入ること自体には抵抗があるのかもしれないが、一人で入ることには抵抗がないようである。
February 4, 2007
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