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「イエスの死(3)」 甲斐慎一郎 ヨハネの福音書、19章31~37節 イエスの死の第三回目は、イエスの死の確認と証言について学んでみましょう。 一、イエスの死の確認(31~34節) イエスが十字架につけられた日は、金曜日で、翌日の安息日(土曜日)のために備える日でした(31節)。また、その安息日は過越の祭りの日でもあるので、ユダヤ人たちは、死体を十字架の上に残しておかないように、その日のうちに埋葬することをピラトに願いました(31節)。 死体を埋葬(火葬)するためには、医師の死亡診断書が必要であるように、十字架につけられた罪人たちを埋葬するためには、彼らの死を確認することが必要です。兵士たちは二人の強盗のすねを折って殺しましたが(32節)、「イエスのところに来ると、イエスがすでに死んでおられるのを認めたので、そのすねを折」りませんでした(33節)。 しかし、兵士のうちのひとりは、イエスの死が信じられなかったのでしょうか。それとも、すでに死んでいるので、死体を傷つけても構わないと思ったのでしょうか。真相はわかりませんが、「イエスのわき腹を槍で突き刺した」のです。「すると、ただちに血と水が出て来」ました(34節)。彼らは、イエスのすねを折らなかっただけでなく、イエスのわき腹を槍で突き刺したことによって、二度もイエスの死を確認したのです。 十字架の刑は、肉体的な致命傷がないので数日間生き延びるのが普通です。それでは、なぜイエスは6時間で絶命されたのでしょうか。それは、神に捨てられたという霊的な苦しみが余りにも大きかったので、からだが、この苦しみに耐え切れず、おそらく多くの学者の言うように心臓が破裂したのでしょう。 二、イエスの死の証言(35節) ヨハネは、イエスの死を「目撃した者があかしをしているのである。そのあかしは真実である」と記しています(35節)。何のために、このように述べているのでしょうか。 1.イエスは、真のからだをお持ちにならず、その生涯も死も幻影であるという「仮現論」は、誤りであることを教えるためです(ジェームズ・M・ストーカー)。 2.イエスは、十字架の上で死なれたのではなく、気絶しただけで、三日目に息を吹き返されたのであるという「気絶説」は、誤りであることを教えるためです。 聖書は、イエスは罪は犯されませんでしたが、私たちと同じからだをお持ちになった真の人であり、十字架の上で死なれたことは、確かな事実であることを教えているのです。 三、イエスの死の預言の成就(36、37節) ここには二つの預言が記されています。 1.彼の骨は一つも砕かれない。 この預言は、イエスは十字架の上で、すでに死んでおられたので、すねを折られなかったことによって成就しました。そして、この預言は、さらに深く――過越のいけにえの羊は、骨を折ってはなりませんでしたが――イエスは、真の過越の小羊として、十字架の上でほふられたということによって成就したのです(出エジプト12章46節、第一コリント5章7節)。 2.彼らは自分たちが突き刺した方を見る。 この預言は、一人の兵士がイエスのわき腹を突き刺したことによって成就しました。そして、この預言は、さらに深く――私たちの罪がイエスを十字架につけて、私たちがイエスを突き刺したことを知るならば――私たちは、心を刺されて、罪を悔い改め、イエスを仰いで救われることができるということによって成就したのです(ゼカリヤ12章10節、使徒2章36~38節)。拙著「キリストの生涯の学び」206「イエスの死(3)」より転載
2007.03.30
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「イエスの死(2)」 甲斐慎一郎 マタイの福音書、27章51~56節 イエスの死の第二回目は、イエスの死の影響と感化について学んでみましょう。 一、イエスの死の影響(51~53節) ここには2つの出来事が記されています。 1.神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。 先回のところで述べたように、イエスの死は、目に見えない天上の「まことの聖所」への道を開きました。そして、そのイエスの死の影響は、目に見える地上の神殿にまで及んで、「神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた」のです(51節)。 神は、目に見える地上の神殿の幕を上から下まで真二つに裂かれました。このようにして神は、目に見えるものを用いて、イエスの死によって、目に見えない天上のまことの聖所への道が開かれたことは、確かな事実であることを教えられたのです。 聖書は、次のように記しています。「前の幕屋が存続しているかぎり、まことの聖所への道は、まだ明らかにされてい」ません。しかし、今は、「イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです」(ヘブル9章8節、10章19節)。 2.多くの聖徒たちのからだが生き返った。 聖書は、「罪によって死がはいり」ましたが、「キリストは……罪を取り除くために、来られたので」、「キリストは死を滅ぼ」されたと教えています(ローマ5章12節、ヘブル9章26節、第二テモテ1章10節)。 このようにイエスの死は、罪を取り除いて死を滅ぼしました。そして、そのイエスの死の影響は、死者の世界に及んで、「墓が開いて、眠っていた多くの聖徒たちのからだが生き返」り、「イエスの復活の後に墓から出て来」たのです(52、53節)。 神は、多くの聖徒たちのからだを生き返らせました。このようにして神は、目に見えるものを用いて、イエスの死によって、罪が取り除かれて死が滅ぼされたことは、確かな事実であることを教えられたのです。 二、イエスの死の感化(54~56節) マタイは、「百人隊長および彼といっしょにイエスの見張りをしていた人々は、地震やいろいろの出来事を見て、非常な恐れを感じ、『この方はまことに神の子であった』と言った」と記しています(54節)。 マルコは、「イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、『この方はまことに神の子であった』と言った」と記しています(マルコ15章39節)。 人は、生きてきたようにしか死ぬことはできないと言われます。人の臨終は、その人の人生の縮図であるということができるでしょう。イエスの一生は、神の子として生きられましたが、その臨終もまた、神の子として死なれたのです。 イギリスの諺に、「物の値打ちは、それがない時に最もよくわかる」という言葉があります。これを人間に当てはめるならば、「人間の価値は、その人が死んだ時に最もよくわかる」ということができるでしょう。 私たちは、物がある時は、その値打ちや有難さがわからず、なくなった時に最もよくわかるように、人間も生きている時は、その価値や偉大さがわからず、死んだ時に最もよくわかります。それほど人間というものは、鈍い者なのでしょう。 百人隊長および彼といっしょにイエスの見張りをしていた人々は、イエスが生きておられる間は、神の子であることがわかりませんでした。しかし百人隊長は、イエスの死を目の当たりに見た時、目が開かれて、神の子であることがわかったのです。拙著「キリストの生涯の学び」205「イエスの死(2)」より転載
2007.03.28
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「イエスの死(1)」 甲斐慎一郎 ヨハネの福音書、19章28~30節 イエスは、十字架の上で午前9時から午後3時まで苦しまれた後、「大声をあげて息を引き取られ」ました(マルコ15章37節)。そして夕方になって、墓に納められるまでの間、聖書は、イエスの死とそれにまつわる出来事について様々なことを記しています。 これらの様々な出来事を時間通りに順序正しく述べるなら、次のような3つのことを教えています。◇イエスの死(1)――その様子と意味◇イエスの死(2)――その影響と感化◇イエスの死(3)――その確認と証言 イエスの死の第一回目は、イエスの死の様子と意味について学んでみましょう。 一、イエスの死の様子 イエスは、十字架の上で7つの言葉を語られました。その中で第4番目から第7番目までの4つの言葉は、亡くなられる間際に話されたものです。これらの言葉は、イエスの死の様子を私たちに教えています。 1.イエスは、肉体の死の前に、霊的な死を体験されて、亡くなられました。 イエスは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれました(マタイ27章46節)。これは、イエスが神に捨てられたことは、紛れもない事実であることを私たちに教えています。この時、イエスは、霊的な死を体験されたのであり、この苦しみが余りにも大きかったので、そのからだは、この苦しみに耐え切れずに、亡くなられたのです。 2.イエスは、神から与えられたわざを成し遂げられて、亡くなられました。 イエスは、すべてのことが完了したのを知って、「わたしは渇く」と言われ、また「完了した」とも言われました(28、30節)。この言葉は、イエスは神から与えられたわざを成し遂げられたことを教えています。イエスは、神から託された地上における使命を終えられて、亡くなられたのです。 3.イエスは、ご自分の霊を父なる神にお渡しになって、亡くなられました。 イエスは、「父よ。わが霊を御手にゆだねます」と言って、息を引き取られました(ルカ23章46節)。イエスは、ご自分の霊を父なる神にお渡しになり、父なる神がそれを受け取ってくださることを信じて、安らかに亡くなられたのです。 二、イエスの死の意味 イエスが十字架の上で、「完了した」と言われたわざは(30節)、人類を罪から救う贖いのわざを表しています。それでは、このイエスが十字架の上で成し遂げられた贖いのわざは、どこで、どのようにしてなされたのでしょうか。 マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという4つの福音書は、地上におけるキリストの姿を教えています。これに対して第5の福音書と呼ばれているヘブル人への手紙は、天上におけるキリストの姿を記しています。 ヘブル人への手紙の著者は、イエスの十字架の死による贖いのわざは、地上においてではなく、天上においてなされたことであるという驚くべき真理を教えています。 「キリストは、本物の模型にすぎない、手で造った聖所にはいられたのではなく、天そのものにはいられたのです」。「また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所(すなわち天の聖所)にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです」(ヘブル9章24、12節)。 このようにイエスの十字架の死は、天にある「まことの聖所」において永遠の贖いを成し遂げて、天の御国への道を開いたのです。(下の図は、このことをわかり易く描いたものです)。拙著「キリストの生涯の学び」204「イエスの死(1)」より転載
2007.03.26
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「十字架の刑(3)」 甲斐慎一郎 マタイの福音書、27章45~50節 イエスは、十字架の上で7つの言葉を語られました。この「十字架上の七言」の中で最も衝撃的なのは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という第4番目の言葉です(46節)。 十字架の刑の第二回目は、前半の3時間に語られたイエスの3つの言葉から、自分を捨てられたイエスに焦点を合わせました。十字架の刑の第三回目は、後半の3時間と第4番目の言葉から、神に捨てられたイエスに焦点を合わせてみましょう。 一、神に捨てられたイエスについて 聖書は、神に捨てられたイエスについて、次のような3つの出来事を記しています。 1.恐ろしい暗黒の3時間。 「十二時から、全地が暗くなって、三時まで続」きました(45節)。このような異常な出来事は、後にも先にもないでしょう。これは、自然界と自然現象を代表する太陽さえ、子なる神イエスが父なる神に捨てられるという未曾有の出来事に驚愕し、茫然自失して、光を失い、イエスの苦しまれる姿を隠したのではないでしょうか。 2.不気味な沈黙の3時間。 この暗黒の3時間は、話もなく、言葉もなく、その声も聞かれない不気味な沈黙の3時間でもありました。これは、子なる神イエスが父なる神に捨てられたことによって、父と子の会話と交わりが完全に絶たれてしまったことを教えているのでしょう。 3.悲痛な叫び声。 12時から3時までの恐ろしい暗黒と、不気味な沈黙の3時間が経過しました。そして3時ごろ、この恐ろしい暗黒と不気味な沈黙を破って、イエスは大声で、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれました(46節)。 それは、絶望のどん底からの悲痛な叫び声でした。この叫び声は――私たちの想像を絶する誠に信じ難いことですが――イエスが父なる神に捨てられたことは、紛れもない事実であることを私たちに教えているのです。 二、神に捨てられたということの意味 イエスが、人に捨てられたことは、人類の罪のためのいけにえとされたということを教えています。そのイエスが、自分を捨てられたことは――人によってむりやりに罪のためのいけにえとされたのではなく――ご自分から私たちの罪をその身に負われたということを教えています。 しかしイエスが、人類の罪のためのいけにえとされ、しかもご自分から私たちの罪をその身に負われたとしても、父なる神がイエスを「なだめの供え物として」受け入れ(ローマ3章25節)、罪の贖いが成し遂げられなければ、その死は無意味です。 イザヤは、苦難のしもべについて「主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた」と述べています(イザヤ53章6節)。またパウロは、「神は、罪を知らない方(イエス)を私たちの代わりに罪とされました」と記しています(第二コリント5章21節)。 イエスが、神に捨てられたことは、主が、「私たちのすべての咎を彼(イエス)に負わせた」ということ、すなわち神が、「罪を知らない方(イエス)を、私たちの代わりに罪とされ」たということを教えています。 イエスは、神に捨てられることによって、「私たちの代わりに罪とされ」、私たちを罪から贖い出してくださいます。言い換えれば、イエスは――誠に恐れ多いことですが――神に捨てられる以外に、「私たちの代わりに罪とされ」て、私たちを罪から贖い出すことはおできにならなかったのです。拙著「キリストの生涯の学び」203「十字架の刑(3)」より転載
2007.03.25
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「十字架の刑(2)」 甲斐慎一郎 ルカの福音書、23章33~43節 イエスは、十字架の上で7つの言葉を語られました。聖書は、この「十字架上の七言」について、12時までの前半の3時間に3つの言葉を、午後3時までの後半の3時間の後に4つの言葉を記しています。 十字架の刑の第一回目は、前半の3時間にイエスをののしったり、あざけったりした4種類の人たちの言葉から、人に捨てられたイエスに焦点を合わせました。十字架の刑の第二回目は、前半の3時間に語られたイエスの3つの言葉から、自分を捨てられたイエスに焦点を合わせてみましょう。 一、自分を捨てられたイエスについて パウロは、「キリストは、今の悪の世界から私たちを救い出そうとして、私たちの罪のためにご自身をお捨てになりました」と述べています(ガラテヤ1章4節)。イエスは、私たちの罪のためにご自身をお捨てになるために十字架につけられたのです。 聖書は、12時までの前半の3時間にイエスは、次のような3つの言葉を語られたことを教えています。これは言い換えれば、イエスは、これらの3つの言葉以外は、何も話されなかったということです。 1.イエスは、自分を十字架につけた兵士たちの罪の赦しを祈られました(34節)。 イエスは、ご自分のことよりも、神の御子を十字架につけるという恐ろしい罪を犯している兵士たちが赦されることを祈っておられました。 2.イエスは、悔い改めた強盗に自分とともにパラダイスにいると言われました(43節)。 イエスは、ご自分のことよりも、神の御子をののしり、すべての悪事にもう一つこの悪事を加えた強盗どもの救いのことを考えておられました。 3.イエスは、母マリヤを愛する弟子のヨハネに託されました(ヨハネ19章26、27節)。 イエスは、ご自分のことよりも、愛する息子の十字架の刑を目の当たりに見ている傷心の母マリヤの将来のことを心にかけておられました。 4.イエスは、ののしられても、ののしり返さず(第一ペテロ2章23節)、これらの3つの言葉以外は何も話されませんでした。 イエスは、ご自分のためには口を開かず、ただ周囲の人たちのために語られました。 このような4つのことは、イエスがご自分のことよりも、ほかの人のことを考えておられたことを教えています。これはイエスが、ご自分を捨てられたからこそ、おできになったことなのです。 二、自分を捨てられたということの意味 イザヤは、苦難のしもべについて「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった」、また「彼らの咎を彼がになう」、そして「彼は多くの人の罪を負い」と述べています(イザヤ53章4、11、12節)。さらにペテロは、キリストは「自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました」と記しています(第一ペテロ2章24節)。 先回のところで述べたように、イエスが、すべての人々に捨てられたことは――誠に恐れ多いことですが――最悪の罪人の位置にまで降りて行かれ、人類の罪のためのいけにえとされたということを教えています。 そのイエスが、自分を捨てられたことは――人によってむりやりに罪のためのいけにえとされたのではなく――ご自分から(自発的に)、私たちの罪をその身に負われたということを教えています。イエスは、「だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです」と言われたのです(ヨハネ10章18節)。拙著「キリストの生涯の学び」202「十字架の刑(2)」より転載
2007.03.22
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「十字架の刑(1)」 甲斐慎一郎 マタイの福音書、27章33~44節 兵士たちは、イエスをゴルゴタの場所へ連れて行きました。そこで、イエスと犯罪人とを十字架につけました。「彼らがイエスを十字架につけたのは、午前九時で」した(マルコ15章25節)。それから6時間後の午後3時ごろに、「大声をあげて息を引き取られ」るまで(同15章37節)、イエスは、十字架の上で苦しまれたのです。 この十字架の刑は、聖書が十字架について述べている「捨てられた」という言葉によって、次のようなイエスの3つの姿を教えています。◇十字架の刑(1)――人に捨てられたイエス◇十字架の刑(2)――自分を捨てられたイエス◇十字架の刑(3)――神に捨てられたイエス 十字架の刑の第一回目は、人に捨てられたイエスに焦点を合わせてみましょう。 一、人に捨てられたイエスについて イエスは、十字架につけられる半年以上も前に、「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ……なければならない」と弟子たちにご自分の受難を予告されました(マルコ8章31節)。 イエスは、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられたために、裁判において死刑の判決を言い渡され、十字架につけられることになったのです(ヨハネ19章15、16節)。 聖書は、次のような4種類の人たちが十字架につけられたイエスをののしったり、あざけったりしたと教えています。すなわちイエスは、4種類の人たちに捨てられたのです。 1.道を行く人々(一般の民衆を表す)は、イエスをののしりました(39節)。 2.祭司長たちも律法学者、長老たち(民の指導者を表す)といっしょになって、イエスをあざけりました(41節)。 3.ローマの兵士たち(異邦人を表す)もイエスをあざけりました(ルカ23章36節)。 4.十字架につけられた強盗ども(罪人を表す)もイエスをののしりました(44節)。 一般の民衆と民の指導者と異邦人そして罪人という4種類の人たちは、あらゆる階層の人々を含んでいます。ですからイエスが、このような4種類の人たちにののしられたり、あざけられたりしたことは、とりもなおさずイエスは、あらゆる階層のすべての人々に捨てられたということを教えているのです。 二、人に捨てられたということの意味 イエスは、イザヤ書(53章12節)の言葉を引用して「あなたがたに言いますが、『彼は罪人たちの中に数えられた』と書いてあるこのことが、わたしに必ず実現するのです」と言われました(ルカ22章37節)。 イエスが、あらゆる階層のすべての人々に捨てられたことは、ただ一人、だれの助けもなく――すなわち孤立無援の立場に追い込まれ――最悪の罪人の位置にまで降りて行かれ、人類の罪のためのいけにえとされたということを教えています。 一般の民衆と民の指導者と異邦人そして罪人という4種類の人たちは、口をそろえてイエスをののしりました。彼らは、イエスに、「もし、神の子なら」(40節)、「イスラエルの王さまなら」(42節)、「ユダヤ人の王なら」(ルカ23章37節)、「キリストではないか」(同23章39節)、――「自分を救ってみろ」と言いました(40節)。 イエスは、その意志さえあれば、ご自分を救うことがおできになりました。しかし「ののしられても、ののしり返さず」(第一ペテロ2章23節)、最悪の罪人の位置にまで降りて行き、そこにとどまられました。こうすることによって、人類の罪のためのいけにえとなられたのです。拙著「キリストの生涯の学び」201「十字架の刑(1)」より転載
2007.03.20
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「ゴルゴタへの道」 甲斐慎一郎 ルカの福音書、23章26~33節 ピラトの最終裁判において死刑が確定したイエスは、ご自分がつけられる十字架を背負って、刑が執行される「ゴルゴタの場所」へ連れて行かれました(マルコ15章22節)。この「ゴルゴタへの道」が、いわゆる「悲しみの道(ヴィア・ドロローサ)」です。 聖書は、裁判が終わってからゴルゴタへの途上においてイエスに接した三種類の人たちの姿を記しています。 一、イエスを侮辱したり、嘲弄したりした兵士たち(マルコ15章16~20節) 兵士たちは、イエスをユダヤ人の王としてからかいました。イエスに王の衣として紫の衣を着せ、王冠の代わりにいばらの冠を編んでかぶらせ、王の持つ笏の代わりに葦の棒を持たせて、「ユダヤ人の王さま。ばんざい」と叫んであいさつをし始めました。「また、葦の棒でイエスの頭をたたいたり、つばきをかけたり、ひざまずいて拝んだりしてい」ました(17~19節)。 何のためにイエスは、このような侮辱を受けられたのでしょうか。それは誠に恐れ多いことですが、イエスが最悪の罪人の位置にまで降りて、「罪人たちの中に数えられ」るためであり(22章37節)、また、このような罪人として十字架の上で死なれることによって、罪の贖いを成し遂げるためです。 二、むりやりに十字架を背負わされたシモン(ルカ23章26節、マルコ15章21節) イエスは、ゲッセマネにおいて苦しみもだえて祈られた後、捕えられ、その夜は一睡もしないで6回の裁判を受けられました。そのために、疲労困憊し、背中にむちを打たれたことも重なって、重い十字架を背負い続けられなかったのでしょう。 見るに見かねた兵士たちは、イエスの十字架を地方から出て来て通りかかったシモンにむりやりに背負わせました。シモンにしてみれば、これほどはた迷惑で恥ずかしく、苦しくて辛い、やっかいなことはないでしょう。 しかし、このことを通して、シモンと彼の妻、そして二人の子アレキサンデルとルポスがイエスの救いを受け、全家族そろって主に仕える者となりました(ローマ16章13節)。神は「すべてのことを働かせて益としてくださる」のです(同8章28節)。 三、イエスについて行った嘆き悲しむ女の人たち(ルカ23章27~31節) ゴルゴタへの途上、「大ぜいの民衆やイエスのことを嘆き悲しむ女の人たちの群れが、イエスのあとについて行」きました(27節)。イエスは、女の人たちに「わたしのことで泣いてはいけない。むしろ自分自身と、自分の子どもたちのことのために泣きなさい」と言われました(28節)。なぜイエスは、このようなことを言われたのでしょうか。 イエスは、その当時から数えて40年後の紀元70年に、エルサレムがローマ軍に包囲されて滅亡することを知っておられました。このような時、最も悲惨な目に会うのは、女の人と子どもです。ユダヤの国においては、多くの子どもに囲まれて、長生きすることが最も幸福であると考えられていました。 しかしエルサレムがローマ軍に包囲される時は、むしろ子どもに恵まれず(29節)、短命である(30節)ほうが幸いだと人々が思うほどエルサレムの滅亡は悲惨なのです。 そしてイエスは、「彼ら(ローマ人)が生木(罪のないイエス)にこのようなこと(十字架の刑)をするのなら、枯れ木(審判の火がつけば直ちに燃える罪人)(米田豊)には、いったい、何が起こるでしょう」と言われました(31節)。イエスは、女の人たちに同情するとともに悔い改めを勧められたのです。拙著「キリストの生涯の学び」200「ゴルゴタへの道」より転載
2007.03.18
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「ローマの裁判(3)」 甲斐慎一郎 ヨハネの福音書、19章1~16節 ローマの裁判の第二回目であるヘロデの裁判において、イエスに無罪の判決が下されました。 ピラトは、祭司長たちと指導者たちと民衆とを呼び集めて、ヘロデは「私たちにこの人を送り返しました。見なさい。この人は、死罪に当たることは、何一つしていません。だから私は、懲らしめたうえで、釈放します」と言いました(ルカ23章15、16節)。ここからローマの裁判の第三回目であるピラトの最終裁判が始まります。 一、ピラトとユダヤ人たちのやり取り ヨハネの福音書の18章39節から19章15節(マタイ27章24、25節を加える)には、ピラトとユダヤ人たちの間で、次のような7組の言葉のやり取り――いわば裁判記録――が記されています。 1.ピラトはイエスの釈放を提案した(39節)。 ユダヤ人はバラバの釈放を求めた(40節)。 2.ピラトはイエスの無罪を主張した(4節)。 ユダヤ人はイエスの死刑を求めた(6節)。 3.ピラトはイエスの無罪を主張した(6節)。 ユダヤ人はイエスの死刑を求めた(7節)。 4.ピラトはイエスを釈放しようと努力した。 ユダヤ人はピラトを脅迫した(12節)。 5.ピラトは「さあ、あなたがたの王です」と言って、イエスを連れ出した(14節)。 ユダヤ人はイエスの死刑を求めた(15節)。 6.ピラトは「あなたがたの王を私が十字架につけるのですか」と言った(15節)。 ユダヤ人はイエスを拒絶した(15節)。 7.ピラトは責任を回避し、ユダヤ人の要求どおりにした(マタイ27章24節)。 ユダヤ人はイエスの血の責任をとると言って身柄を引き取った(同27章25節)。 このようにしてローマの裁判の第三回目であるピラトの最終裁判において、イエスの死刑が確定したのです(16節)。 二、この裁判におけるピラトの心の葛藤 ピラトとユダヤ人たちの言葉のやり取り、いわば裁判記録を読むと、ピラトはイエスの無罪を主張したにもかかわらず、ユダヤ人たちは「あくまで主張し続け、十字架につけるよう大声で要求し……そしてついにその声が勝った」ということがわかります(ルカ23章23節)。ピラトは、正しいさばきをしないで、ユダヤ人の声に負けてしまったのです。 しかしピラトとしても、初めから不当な裁判を行っていたわけではありません。ピラトは、次のような4つのものによって、正しい裁判を行っていました。◇総督としての遵法精神(ルカ23章15節)◇人間としての良心(マタイ27章18節)◇妻の見た夢の警告(マタイ27章19節)◇イエスの影響と感化(ヨハネ19章8節) ピラトは、この4つのものによって正しい裁判を行っていたからこそ、先に述べた裁判記録の第6番目までは、ユダヤ人の声に負けなかったのです。ところがピラトの心の中には、先の4つのものとは全く正反対の次のような4つのものが働いていました。ピラトは、この4つのものによって、不当な裁判を行うことになってしまったのです。◇総督の地位への執着(ヨハネ19章12節)◇群衆への恐れと迎合(マルコ15章15節)◇イエスに対する侮辱(ヨハネ19章1節)◇優柔不断と責任回避(マタイ27章24節) ピラトの心の中では、彼に正しい裁判を行わせる4つのものと、彼に不当な裁判を行わせる4つのものとが対立し、激しく戦っていました。初めは前者が優勢で、正しくさばいていましたが、次第に後者が優勢になり、ついに前者を追い出し、ユダヤ人の声に負けて、不当な裁判を行ってしまったのです。拙著「キリストの生涯の学び」199「ローマの裁判(3)」より転載
2007.03.16
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「ローマの裁判(2)」 甲斐慎一郎 ルカの福音書、23章5~12節 ローマの裁判の第一回目であるピラトの初回裁判において、イエスに無罪の判決が下されました。しかし祭司長たちや群衆は「この人は、ガリラヤからここまで、ユダヤ全土で教えながら、この民を扇動しているのです」と、あくまで言い張って、イエスを訴え続けました(5節)。 「それを聞いたピラトは、この人はガリラヤ人かと尋ねて、ヘロデの支配下にあるとわかると、イエスをヘロデのところに送」りました(6、7節)。ここからローマの裁判の第二回目であるヘロデの裁判が始まります。 一、ヘロデのイエスへの尋問(8、9節) ヘロデとピラトは、おそらく権力の座を争って、「互いに敵対してい」ました(12節)。そこでピラトは、ヘロデがガリラヤの国主であることを口実にして、自らはこの面倒な裁判を回避し、ヘロデに責任を転嫁するために、そのころエルサレムにいたヘロデのところにイエスを送ったのです。 ところが、ヘロデはイエスを見ると非常に喜びました。「ずっと前からイエスのことを聞いていたので、イエスに会いたいと思っていたし、イエスの行う何かの奇蹟を見たいと考えていたからで」す。それで、いろいろと質問しました(8、9節)。 ピラトは、不純な動機と狡猾な手段によって、自分に敵対しているヘロデを苦しめようとしました。ところがヘロデは、イエスが送られて来たことを非常に喜んだだけでなく、「この日、ヘロデとピラトは仲よくなった」のです(12節)。この世における人間関係というものは、何と奇妙なものでしょうか。 二、イエスのヘロデへの黙秘(9、10節) ヘロデは「いろいろと質問し」ましたが、「イエスは彼に何もお答えにな」りませんでした(9節)。なぜイエスは、黙っておられたのでしょうか。これには、次のような3つの理由が考えられます。 1.ヘロデの質問はイエスが政治的な犯罪者であるかどうかという今回の裁判に直接関係のある尋問ではなく、イエスに対する好奇心から出た的外れな質問なので、答える必要がなかったのでしょう。 2.良心の光にそむいて、バプテスマのヨハネを殺したヘロデに対して、もう何も言うべきことはなかったのではないでしょうか。 3.ヘロデを「試みて、その心にあることをことごとく知るため」です(第二歴代誌32章31節)。このイエスの黙秘によって、ヘロデはついにその本性を現し、「自分の兵士たちといっしょにイエスを侮辱したり嘲弄したりしたあげく、はでな衣を着せて、ピラトに送り返した」のです(11節)。 三、ヘロデのイエスへの判決(11、12節) ピラトは、祭司長たちと指導者たちと民衆とを呼び集め、この人には「あなたがたが訴えているような罪は別に何も見つかりません。ヘロデとても同じです」と言いました(14、15節)。このピラトの言葉は、ヘロデもイエスに無罪の判決を下したことを教えています。 そしてルカは、「この日、ヘロデとピラトは仲よくなった」と記しています(12節)。ヘロデとピラトは、「それまでは互いに敵対してい」ました(12節)。ところが二人ともイエスに無罪の判決を下したことと、「イエスに逆らっ」たこと(使徒4章27節)において一致したので、和解して、仲よくなったのではないでしょうか。 二人が互いに悪い所を悔い改めて一致するのは、真実な和解ですが、この二人の場合のように、第三者に対して共通のものを持つことによって一致するのは、偽りの和解です。拙著「キリストの生涯の学び」198「ローマの裁判(2)」より転載
2007.03.14
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「ローマの裁判(1)」 甲斐慎一郎 ヨハネの福音書、18章28~38節 ユダヤの裁判の第三回目であるカヤパの公式裁判において、イエスの死刑が確定しました。それから、「彼らはイエスを、カヤパのところから総督官邸に連れて行」きました。「時は明け方で」した(28節)。 これがピラトの初回裁判です。ここから、ローマの裁判が始まりますが、これには次のような3回の裁判があります。◇ローマの裁判(1)――ピラトの初回裁判◇ローマの裁判(2)――ヘロデの裁判◇ローマの裁判(3)――ピラトの最終裁判 一、ピラトのユダヤ人たちへの質問(28~32節) ピラトは、イエスを連れて来たユダヤ人たちに、「あなたがたは、この人に対して何を告発するのですか」と聞きました(29節)。彼らは、ピラトに「もしこの人が悪いことをしていなかったら、私たちはこの人をあなたに引き渡しはしなかったでしょう」と答えました(30節)。 そこでピラトは、彼らに「あなたがたがこの人を引き取り、自分たちの律法に従ってさばきなさい」と言いました。ユダヤ人たちは、彼に「私たちには、だれを死刑にすることも許されてはいません」と言いました(31節)。 このピラトとユダヤ人たちの言葉のやり取りは(29~31節)、ユダヤ人たちは、この人の件については暗黙の了解があり、正式な審理を進めなくても、事が運ぶと思っていたのに、ピラトが審理しようとしたので憤慨したことを教えています(F・モリソン著「イースターの朝の出来事」みくに書店、1968年、77頁))。 ユダヤ人たちは、この人の件については、ピラトに改めて審理してもらう以外に方法がないことを知りました。それで、イエスについて、「この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っていることがわかりました」と言って、あたかもカイザルに謀反を企てている政治的な犯罪者であるかのように訴え始めたのです(ルカ23章2節)。 二、ピラトのイエスへの尋問(33~38節) ピラトはイエスに4つの質問をしています。1.あなたは、ユダヤ人の王ですか(33節)。2.あなたは何をしたのですか(35節)。3.それでは、あなたは王なのですか(37節)。4.真理とは何ですか(38節)。 ピラトが取り調べることは、このイエスは本当にカイザル(ローマ皇帝)の代わりに、自分が王となって謀反を起こそうとしている人(すなわち政治的な犯罪者)であるかどうかということです。 イエスは、ピラトに「わたしが王であることは、あなたが言うとおりです」と答えられました(37節)。また、「わたしの国はこの世のものではありません」と言われ(36節)、そして、「わたしは、真理のあかしをするために生まれ、このことのために世に来たのです」とも言われました(37節)。 三、ピラトのイエスへの判決(38節) イエスの言葉を聞いたピラトは、この人はカイザルに対して謀反を起こすような政治的な犯罪者ではないことを知りました。それで、ユダヤ人たちに「私は、あの人には罪を認めません」と言って、イエスに無罪の判決を下しました(38節)。 ユダヤの裁判は、宗教的な裁判であり、イエスが、ご自分のことを神の子であると言われると、神をけがす者として、カヤパはイエスに死刑の判決を下しました。 これに対してローマの裁判は、政治的な裁判であり、イエスが、ご自分のことをこの世のものではない国の王であると言われても、政治的な犯罪者ではないとして、ピラトはイエスに無罪の判決を下したのです。拙著「キリストの生涯の学び」197「ローマの裁判(1)」より転載
2007.03.12
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「ユダヤの裁判(3)」 甲斐慎一郎 ルカの福音書、22章66~71節 ユダヤの裁判の第二回目であるカヤパの非公式裁判において、イエスに死刑の判決が下されました。ところが聖書は、夜が明けてから、第二回目と同じような裁判が再び行われたことを教えています(66~71節)。 これが、ユダヤの裁判の第三回目であるカヤパの公式裁判です。この裁判の直後に、ユダは自殺を図っています(マタイ27章3~5節)。 一、カヤパの公式裁判 「夜が明けると、民の長老会、それに祭司長、律法学者たちが、集ま」りました。「彼らはイエスを議会に連れ出し」て尋問しました(66節)。彼らは、夜が明ける前に行った第二回目の裁判は違法であることを知っていました。それで、夜が明けてから、改めて裁判を行うことによって、それを合法的なものにしようとしたのです。これが第三回目の裁判を行った理由です。 カヤパは、第二回目の非公式裁判においてイエスが死刑の判決を言い渡されるような答えをされたのを聞いて、外面は厳しい顔付きになりましたが、内心は有頂天になって喜んだにちがいありません。 しかし第二回目の裁判は違法ですから、夜が明けてから行う第三回目の公式裁判において、前と同じ答えが得られなければ、合法的なものとはなりません。 そのためカヤパの心には一抹の不安がありました。それは、もしイエスが前言を翻されたならば、先回の裁判は違法ですから、イエスを死刑に処することは不可能になるかもしれないと思ったからです。しかしイエスは、「あなたは神の子ですか」と質問された時、「あなたがたの言うとおり、わたしはそれです」と答えられました(70節)。 イエスは、第二回目の非公式裁判と同じように、またもや死刑の判決を言い渡されるような答えをされました。その結果、ユダヤの裁判の第三回目であるカヤパの公式裁判において、イエスの死刑が確定したのです。 二、ユダの自殺 「そのとき、イエスを売ったユダは、イエスが罪に定められたのを知って後悔し」ました(マタイ27章3節)。今になってイエスを裏切った罪の恐ろしさに気づき、もだえ苦しんだのです。 ユダは、「銀貨三十枚を、祭司長、長老たちに返して『私は罪を犯した。罪のない人の血を売ったりして』と言」いました(同27章3、4節)。しかし彼らは、「私たちの知ったことか。自分で始末することだ」と言いました(同27章4節)。 それで、ユダは銀貨を神殿に投げ込んで立ち去りました。そして、外に出て行って、首をつったのです(同27章5節)。人の目から見るならば、ユダの最後は誠に哀れであり、同情を禁じ得ません。 しかし神の目、言い換えれば聖書は、ユダの行為と結末について、冷厳な態度で見ています。イエスは、「人の子を裏切るような人間はのろわれます」と話されました(同26章24節)。また、「ただ滅びの子が滅びました」とも言われました(ヨハネ17章12節)。使徒たちは、「ユダは自分のところへ行くために脱落して行きましたから」と述べています(使徒1章25節)。 罪や悪の恐ろしさは、目に見えるので、わかりますが、不信仰の恐ろしさは、目に見えないので、わかりにくいものです。ただ、私たちは、善悪は結果であり、その原因は、信仰、不信仰にあることを忘れてはなりません。神を裏切ったり、信仰を捨てたりすることは、同情に値しない恐ろしい罪なのです。拙著「キリストの生涯の学び」196「ユダヤの裁判(3)」より転載
2007.03.10
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「ユダヤの裁判(2)」 甲斐慎一郎 マルコの福音書、14章53~65節 予備裁判を終えた「アンナスはイエスを、縛ったままで大祭司カヤパのところに送」りました(ヨハネ18章24節)。 ここからユダヤの裁判の第二回目であるカヤパの非公式裁判が始まります。 一、多くの証人たちの告発――却下(55、56節) 当時のユダヤにおいては、死刑の是非を決める裁判は、昼間でなければならず、夜間に行うことは違法でした。しかしカヤパは、法を破って夜に開廷しました。おそらく、民衆の暴動を恐れて、夜が明ける前にイエスに死刑の判決を下したかったのでしょう。 そのために大祭司カヤパは、サンヘドリン(70人議会)の構成員である祭司長、長老、律法学者たちを夜分に召集しました(53節)。また苦心して多くの証人たちをそろえて、喚問しました。 しかし証言は一致しないで(56節)、その訴えは却下されたのです。カヤパは、苦虫をかみつぶしたような顔をし、舌打ちして残念がったことでしょう。 二、二人の証人たちの告発――却下(57~59節) しかしカヤパは、薄気味悪い笑いを浮かべながら、最後の切り札である二人の証人たちの告発に耳を傾けました。彼らは、「私たちは、この人が『わたしは手で造られたこの神殿をこわして、三日のうちに、手で造られない別の神殿を造ってみせる』と言うのを聞きました」と言いました(58節)。 この証言が一致して有効であるならば、魔術と涜神の罪によって、イエスに死刑の判決が下されたはずです(F・モリソン著「イースターの朝の出来事」みくに書店、1968年、22頁)。「しかし、この点でも証言は一致しな」いで(59節)、その訴えは却下されました。 カヤパは、じだんだ踏んで悔しがったことでしょう。サンヘドリンの議長である大祭司カヤパといえども、証人たちに口裏を合わせるようにさせることはできなかったのです。 三、大祭司カヤパの尋問と告発――死刑の判決(60~64節) そこでカヤパは、イエスに尋ねて、「何も答えないのですか。この人たちが、あなたに不利な証言をしていますが、これはどうなのですか」と言いました(60節)。この言葉は、形の上ではイエスに弁明の機会を与える正当な尋問です。しかしその裏には、イエスに何かを言わせて、言葉尻を捕えるという下心がありました。 「しかし、イエスは黙ったままで、何もお答えにな」りませんでした(61節)。カヤパは、今ここでイエスに黙秘権を行使されたら、イエスに有罪を言い渡すことは到底不可能であると思ったのです。 それで大祭司カヤパは、イエスに、「あなたは神の子キリストなのかどうか、生ける神に誓ってわれわれに答えよ」(マタイ26章63節、聖書協会訳)という「証言にさいしての誓い」を求めました(F・モリソン著「イースターの朝の出来事」みくに書店、1968年、32頁)。これは法的には違法の尋問ですが、宗教的には答えざるを得ない質問でした。 イエスは、「あなたの言うとおりです」と答えられました(マタイ26章64節)。「彼らは全員で、イエスには死刑に当たる罪があると決め」ました(64節)。イエスは法的には無罪であり、だれもイエスに死刑の判決を下すことはできませんでした。 イエスは、黙っていることもおできになりましたが、カヤパの質問にありのままに答えることによって、死刑の判決を言い渡されました。このように死刑の判決が下されるような答えをすることによって、十字架の死への道を進まれたのです。拙著「キリストの生涯の学び」195「ユダヤの裁判(2)」より転載
2007.03.08
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「ユダヤの裁判(1)」 甲斐慎一郎 ヨハネの福音書、18章12~27節 「一隊の兵士と千人隊長、それにユダヤ人から送られた役人たちは、イエスを捕えて縛り、まずアンナスのところに連れて行」きました(12、13節)。 これがアンナスの予備裁判です。イエスが受けられた裁判には、ユダヤの裁判とローマの裁判がありますが、ユダヤの裁判には、次のような3回の裁判があります。◇ユダヤの裁判(1)――アンナスの予備裁判◇ユダヤの裁判(2)――カヤパの非公式裁判◇ユダヤの裁判(3)――カヤパの公式裁判 このアンナスの予備裁判とカヤパの非公式裁判の最中に、ペテロはイエスを3度も否認し、カヤパの公式裁判の直後に、ユダは自殺を図っています。 一、アンナスの予備裁判 このアンナスの予備裁判は、いったい何のために行われたのでしょうか。当時のユダヤの正式な裁判には、次のような決まりがありました(F・モリソン著「イースターの朝のできごと」みくに書店、1968年、17~19、31頁)。 1.死刑の是非を決める裁判は、昼間でなければならず、夜分に行うことは違法です。 2.罪人を告発する資格は証人だけに与えられていて、ほかのどんな告発形式も違法です。 3二人の証人の証言が一致したものだけが有効であり、ほかのものは無効です。 4.裁判所の役目は、陳述された証言に公平無私な判断を下す以外には、あらゆる点で罪人の利益を守ることです。 ですから裁判長が、有効な証言が得られないため、罪人に直接、尋問し、その証言によって有罪の判決を下すことは違法でした。イエスは、このことを知っておられたので、アンナスの尋問には何も答えず、暗に証人の喚問を求められたのです(19~23節)。このようにアンナスの予備裁判は、証人の喚問が必要であることを教えています。 二、ペテロの否認 アンナスの予備裁判の最中に、門番のはしためがペテロに、「あなたもあの人の弟子ではないでしょうね」と言いました(17節)。ペテロは、「そんな者ではない」と言って、否定しました(17節、マタイ26章70節)。 イエスがカヤパの所に送られ、カヤパの非公式裁判の最中にペテロは、ほかの女中に前と同じように言われました。ペテロは、またもそれを打ち消し、誓って「そんな人は知らない」と言いました(マタイ26章72節)。 それから一時間ほどたつと(ルカ22章59節)、ペテロに耳を切り落とされた人の親類に当たる者が、「私が見なかったとでもいうのですか。あなたは園であの人といっしょにいました」と言いました(26節)。するとペテロは、「そんな人は知らない」と言って、「のろいをかけて誓い始めた」のです(マタイ26章74節)。 三、ペテロの悔い改め ペテロはイエスを否認したことに、いつ気がついたのでしょうか。◇三度目の否定をし(マタイ26章74節)、◇鶏が二度目に鳴き(マルコ14章72節)、◇主が振り向いてペテロを見つめられた(ルカ22章61節)、 この時、ペテロは、主のおことばを思い出して気がつき、外に出て激しく泣きました。以前に、「たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません」と言って大見得を切りました(マルコ14章31節)。 今になってペテロは、肉的な勇気のもろさ、人間的な力の無力さ、無意識の高慢な心の恐ろしさをいやというほど知ったことでしょう。しかし、この痛い経験を決してむだにせず、全く悔い改めて、立ち直ったのです。拙著「キリストの生涯の学び」194「ユダヤの裁判(1)」より転載
2007.03.06
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「イエスの捕縛」 甲斐慎一郎 ヨハネの福音書、18章2~11節 弟子たちに「イエスがまだ話しておられるうちに、12弟子のひとりのユダが現われ」ました。「剣や棒を手にした群衆もいっしょで」した。この「群衆はみな、祭司長、律法学者、長老たちから差し向けられたもので」した(マルコ14章43節)。 一、ユダの姿 イスカリオテ・ユダは、マリヤの香油注ぎの出来事の後に、祭司長たちのところへ行き、イエスを売る約束をして、銀貨30枚を受け取りました。その時から、イエスを引き渡す機会をねらっていました(マタイ26章14~16節)。その二日後の最後の晩餐の時に、ユダは席を立ち(13章30節)、祭司長たちのところへ行って、イエスを捕えるための打ち合わせをしたのです。 そのちょうど同じ時にイエスは、聖餐式の制定と訣別の説教をし、また大祭司的な執成しの祈りをされ、ゲッセマネでも祈られました。11人の弟子たちも、この恵みにあずかっていました。ユダと11人の弟子たちとは何という違いがあったことでしょうか。 二、群衆の姿 ヨハネによると、この群衆は、「一隊の兵士と、祭司長、パリサイ人たちから送られた役人たち」です(3節)。彼らの中には、イエスに対する個人的な恨みや憎悪などなかった者もいたにちがいありません。 しかし彼らは、祭司長、律法学者、長老たちに扇動され、裏切り者のユダに先導されて、強盗にでも向かうように、剣や棒を持って、罪のないイエスを捕縛するという恐ろしい悪事に加担しました。大祭司のしもべマルコスは、巻き添えを食って、ペテロに耳を切り落とされてしまいました(10節)。私たちは、決してほかの人に扇動されるような付和雷同する群衆になってはなりません。 三、ペテロの姿 イエスの回りにいた弟子たちは、事の成り行きを見て、「主よ。剣で撃ちましょうか」と言いました(ルカ22章49節)。その返事のないうちに、ペテロは、恐ろしさの余り、前後の見境もなく、大祭司のしもべマルコスの耳を切り落としてしまいました(10節)。 これは、イエスが直して、後始末をしてくださったからよかったものの、もし、そうでなければ、ペテロも捕えられたことでしょう。結局、弟子たちは何の役にも立たず、みなイエスを見捨てて逃げてしまったのです。 四、イエスの姿 ヨハネは、イエスは群衆によって、むりやりに捕えられたのではなく、逃げ隠れしないで、ご自分から進み出て捕縛されたと記しています(4~8節)。このことについて聖書は、次のような3つの目的を教えています。 ◇聖書(または預言者たちの書)が実現するためです(マタイ26章54、56節)。 ◇父が下さった杯を飲むためです(11節)。 ◇暗やみの力をも支配しておられる父に全く従うためです(ルカ22章53節)。 イエスは捕縛される時、ご自分のことよりも周囲の人々のことを考えておられました。 1.ご自分を裏切ったユダのために心を砕いて、最後の悔い改めの機会を与えられました(マタイ26章50節、ルカ22章48節)。 2.まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってご自分を捕えに来た群衆の無作法をたしなめられました(マタイ26章55節)。 3.頼りにならない弟子たちが、巻き添えにされないように心を配られました(8節)。 このようにイエスは、ご自分から進み出て捕縛されることによって、十字架の死への第一歩を踏み出されたのです。拙著「キリストの生涯の学び」193「イエスの捕縛」より転載
2007.03.04
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「ゲッセマネの祈り」 甲斐慎一郎 マタイの福音書、26章36~46節 ゲッセマネという所に来て、イエスは8人の弟子たちを残し、ペテロとヤコブとヨハネを連れて、彼らから石を投げて届くほどの所に離れて祈られました(ルカ22章41節)。 一、ゲッセマネにおけるイエスの姿 マタイの福音書、26章 ルカの福音書、22章◇悲しみもだえ始めら ◇御使いが現れてイエス れた(37節) を力づけた(43節)。 ◇一度目の祈り(39節) 弟子の所に戻る(40節) ◇イエスは苦しみもだえ◇二度目の祈り(42節) て切に祈られた(44節)。 弟子の所に戻る(43節) ◇三度目の祈り(44節) ◇汗が血のしずくのように 弟子の所に戻る(45節) 地に落ちた(44節)。◇立ちなさい。さあ、 行くのです(46節)。 マタイとマルコは、イエスが三度の祈りをされたことを記しています。ルカは一度の祈りしか記していませんが、御使いが天から現れてイエスを力づけなければならないほどイエスは苦しみもだえて、いよいよ切に祈られ、汗が血のしずくのように地に落ちたことまで詳細に描写しています。おそらく三度ともこのような苦しい祈りをされたのでしょう。 聖書は、ゲッセマネにおけるイエスの祈りの姿について、3つのことを教えています。 1.イエスは激しい苦悶の祈りをしても、祈り終えるたびに弟子たちの所に来られました。 2イエスは激しい苦悶の祈りの中で、みこころのとおりにしてくださいと祈られました。 3イエスは祈りによって苦しみを乗り越え、苦しみによって従順を学ばれました(ヘブル5章7、8節)。 二、「杯」の意味するもの 御使いが力づけなければならないほどイエスが苦しみもだえられた原因である「杯」とは、何を表すのでしょうか。 1.「杯」とは、イエスが人類の罪の身代わりとして受ける神の激しい怒りです。 杯が、このようなものを表すことは言うまでもありません。しかしそれでは、なぜイエスは、「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください」と祈られたのでしょうか(ルカ22章42節)。 2.「杯」とは、十字架の死の前に、このゲッセマネにおいてイエスを殺そうとするサタンの力です(A・B・シンプソン「マタイ伝のキリスト」いのちのことば社、1958年、260頁)。 イエスの十字架の死は、サタンを滅ぼすことになるので(ヘブル2章14節)、サタンは十字架の死の前にイエスを殺そうとしたにちがいありません。しかしそれでは、なぜイエスは、「どうしても飲まずには済まされぬ杯でしたら」と祈られたのでしょうか(42節)。 片方だけの意味では、どうしても疑問が残るので、両方の意味を含んでいると考えるのがよいのではないでしょうか。イエスは、サタンを滅ぼすことになる十字架の死という杯を飲ませまいとして、自分を殺そうとするサタンの力と激しく戦い、そのサタンの力に打ち勝って、さらに人類の罪の身代わりとして受ける神の激しい怒りという杯を飲み干されたのです。 三、ゲッセマネにおける弟子たちの姿 イエスは、弟子たちに「誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい」と言われました(41節)。しかし彼らは、心は燃えていても肉体は弱く、一度目も二度目も眠り、三度目には「悲しみの果てに、眠り込んでしまってい」ました(ルカ22章45節)。 祈りを終えられたイエスは、弟子たちの所に来て、「まだ眠って休んでいるのですか。……立ちなさい。さあ、行くのです。見なさい。わたしを裏切る者が近づきました」と言われたのです(45、46節)。拙著「キリストの生涯の学び」192 「ゲッセマネの祈り」より転載
2007.03.03
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「人生の土台」 甲斐慎一郎 マタイの福音書、7章24~27節 キリストは、「山上の説教」の締めくくりにおいて人生を建築にたとえ、「岩の上に自分の家を建てた賢い人」(24節)と「砂の上に自分の家を建てた愚かな人」(26節)のたとえを話されました。 一、人生の土台 人間というものは、岩の上か砂の上に家を建てるのではないでしょうか。 1.「岩」について 同じたとえ話が記されているルカの福音書を読むなら、この「岩」は地表に現れている「むきだしの岩」ではなく、「地面を深く掘り下げ」(6章48節)なければ到達することができない「地中に隠れた岩」であることが分かります。 岩には次のような3つの特徴があります。(1)表面的には見ることができず、探り求めなければならないもの(2)しかし探り求めるならば、手応えのある堅い確かなもの(3)不変、不動のもの、です。 聖書において「岩」というのは、神およびイエス・キリストを指しています(詩篇18篇2節、第一コリント10章4節)。 神は、表面的には目に見えませんが、探り求めるならば、見いだすことができる手応えのある不変、不動の方です(使徒17章27節を参照)。岩の上に自分の家を建てた賢い人は、この神を信じて罪から救われ、新しく生まれ変わって、神のみこころを行う人です。 2.「砂」について 砂には次のような3つの特徴があります。(1)目に見えて、探り求める必要がなく、容易に得られるもの(2)しかし、つかみ所がなく、すぐに逃げてしまうもの(3)移り変わって当てにならないもの、です。 永遠の岩である神を信ぜず、容易に得られても移り変わり、つかみ所がなく、すぐに逃げてしまう目に見えるものに頼っている人は、砂の上に自分の家を建てた愚かな人にたとえることができます。主は、このような人は、「土台なしで地面に家を建てた人に似ています」と教えられたのです(ルカ6章49節)。 二、人生の有り様 このように岩または砂の上に家を建てた人に何が起きたでしょうか。主は、両方とも同じように「雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家を打ちつけ」た、と教えられました(25、27節)。 「雨」とは、何でしょうか。これは、順境を表す「晴れ」の反対で、逆境や苦難や試練を表しています。また「風」は、「教えの風」(エペソ4章14節)という言葉から考えて、異端や誤りや誘惑を教えているのでしょう。「洪水」は、ノアの洪水から分かるように審判を表し、神の審判や最後の審判を象徴しているのでしょう。 岩の上に建てても砂の上に建てても、同じことが襲って来るのが厳しい人生の有り様であり、現実なのです。 三、人生の結末 このような結果は、どうなったでしょうか。岩の上に建てた家は、「びくともしませんでした」(ルカ6章48節)。1.人格の堅固さ――心の勝利です。2.人生の堅固さ――人生の勝利です。3.永遠の堅固さ――永遠の勝利です。 これに対して砂の上の家は「一ぺんに倒れてしまい、そのこわれ方はひどいものとなりました」(ルカ6章49節)。1.人格の崩壊――心の敗北です。2.人生の崩壊――人生の敗北です。3.永遠の崩壊――永遠の滅びです。 私たちの生涯は一度しかない大切な人生です。ですから決して安易に砂の上に建ててはならず、砂を押しのけて、永遠の岩である神を人生の土台としなければならないのです。
2007.03.01
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