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人間の思考は言語に拠るしかなく、文化はその母語から生み出され、また再生産される。 日本語の構造とその特質が明らかになれば、それによって生み出される文化的な諸現象は自ずから明らかになるものだからである。 日本語がどのようなものか、その母語を用いるところに生れる文化がどのようなものであるかが明らかになれば、さしたる根拠があるとは思われない日本人優秀論、あるいはその逆の日本人劣愚論からも自由になれる。「二重言語国家・日本」 石川九楊 NHKブックス
2015年02月27日
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読書のよいところは、読みながら考えることである。 何ものにも煩わされない、静かな自由な世界で、奔放な想像と、強烈な刺激の内に身をおきつつ、考え抜き、苦しみぬく、そのことが尊いのであり、それが我々を鍛え、我々を育ててくれるのではないか。 どうかすると、舌触りのよいものばかり読んで、それで読書への親しみを増すことが、やがて堅い書物に取りつく階段にでもなるように思っているなら、それは大きな誤りである。 いったん、軟らかい書物の味覚に馴れると、それから脱却することは、容易にできるものではないのである。 かって、西田(幾多郎)先生が、「いつもお粥ばかり食っている者が、かえって胃弱になるように、軟らかい書物ばかり読んでいると、つい脳弱になるよ」と話されたことがある。 学生たちの中に脳弱が今、激増しつつあるのではあるまいか。「職業と人生」 田中良雄 ごま書房
2015年02月26日
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東南アジアの諸民族の中で、日本は民族的にも孤立している。 これは例えば、時には流血騒ぎのお家争いをしはしても、やはりアメリカ、アラブ、ヨーロッパといった歴史や文化遺産を共有する「民族家族」ともいうべきグループが存在しているのとは大いに異なっている。 日本の隣国、韓国はかつての植民地支配者に対して不信しかもっていないし、中国ときては他の諸国に対してと同様、文化的優越感をもって日本を見下している。 地理的なことをいっさい抜きにすると、日本は他のアジア人たちからは「欧米の仲間」とみなされ、西側の人びとからは「アジア人」、それも「有色人種」とみなされているのだ。 肌の色だけを比べたら、南ヨーロッパの人びとの方が日本人よりずっと色が濃いし、中部ヨーロッパの人びととも区別がつかない程度なのだが(日本人の肌は黄色なり、とした一九世紀末のヨーロッパ人が書いたセンセーショナルなレポートが今だに通用しているのは、なんとも奇妙な話である)。 いうまでもなく日本は今日、民主主義国家、高度工業国、経済協力開発機構(OECD)などのグループの一員である。 けれども欧米の諸民族、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、カナダ、オーストラリア、スイス、オーストリアなどの人びとが、ごく普通に集る会議などで、日本はいつも特殊な存在で、心情的には部外者でしかない。「心の社会・日本」 ロレンツ・ストウッキ サイマル出版会
2015年02月25日
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社会構造も社会組織も、すべて人間作為の結果であり、合目的的に制御されうるものである、と、このように考える。 つまり、社会の習慣も風俗も規範も制度も権力装置さえも、すべて人間作為の所産なのであるから、それらは必要に応じてつくり変えることができる。 このように考えるところから、社会科学的思考法はスタートするのである。「危機の構造」 小室直樹 中公文庫
2015年02月24日
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構造主義というのは、ひとことで言ってしまえば、次のような考え方のことです。 私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。 だから、私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない。 むしろ私たちは、ほとんどの場合、自分の属する社会集団が受け容れたものだけを選択的に「見せられ」「感じさせられ」「考えさせられている」。 そして自分の属する社会集団が無意識的に排除してしまったものは、そもそも私たちの視界に入ることがなく、それゆえ、私たちの感受性に触れることも、私たちの思索の主題となることもない。 私たちは自分では判断や行動の「自律的な主体」であると信じているけれども、実は、その自由や自律性はかなり限定的なものである、という事実を徹底的に掘り下げたことが構造主義という方法の功績なのです。「寝ながら学べる構造主義」 内田樹 文春新書
2015年02月23日
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ファレルはさらに「マシュー・ペリー提督が黒船で日本の門戸を開いて以来、軍事援助やアナポリス(海軍士官学校)への留学生受け入れでナイーブにも米国自らが日本を海軍大国に仕立て上げてしまった」と解説しているが、こうした脅威論を背景に日米間にさらに厳しいくさびを打ち込んだのが米西海岸に広まった「黄禍論」だった。 米国の仲介で日露がポーツマス条約に調印した翌年の一九〇六年四月十八日、サンフランシスコは地震と火災が同時に発生するという米国史上最悪の大惨事に見舞われた。 その惨事をきっかけに日本人らアジア系移民の多くが略奪や暴力にさらされている。 日本人移民は明治初期にはハワイを目指したが、この頃には西海岸のカリフォルニアに集中しており、白人の間で黄色人種による脅威という「黄禍論」が芽生えていた。 暴力事件はそうした差別を背景にしていたのである。 しかも、サンフランシスコ市学務局はその年、白人住民の強い要望で日本人児童隔離教育を決め、これに日本政府が強い抗議をしたため、深刻な外交問題に発展している。 この危機は結局、米連邦政府の介入で二年後、日本が移民を自粛し、代わりに米国は人種隔離法を撤廃するという妥協(日米紳士協約)を成立させるのだが、米国はこれを機会に圧力をかけてきた日本を脅威として意識するようになる。「ルーズベルト秘録」上 前田徹 産経新聞社
2015年02月20日
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(1) 一般社会が健康であればそれだけ、個々の心理療法の必要性も少ないであろう。 というのは、病気になる人が少ないからである。 (2) 一般社会が健康であればそれだけ、病人は専門的な治療の介在を必要とせずに、すなわち好ましい人生経験によって救われ、治癒されやすいであろう。 (3) 一般社会が健康であればあるはど、治療者が病人を治すのも簡単であろう。 というのは、簡単な欲求充足療法も患者に受け入れられやすいからである。 (4) 健康な社会であればあるだけ、洞察療法がしやすいであろう。 というのは戦争、失業、貧困などの社会病理的な影響が比較的に少ないと同時に、治療を支えるような好ましい人生経験や好ましい人間関係がたくさんあるからであろう。 この種の簡単に証明できる命題を数多く作ることができるのは明らかである。 このように個々の病気、個々の治療法と社会の性格との関係を言い表わすことは、しばしば耳にする悲観的な逆説、すなわち「まず第一に、病気を作り出すような病んだ社会において健康であったり、健康を増進したりすることがどうして可能であろうか?」といった疑問を解決するのに必要なことである。「人間性の心理学」 A・H・マズロー 産業能率大学出版部
2015年02月19日
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大統領であるルーズベルトがなぜ戦争賛成派であったのか。 彼は、ウッドロー・ウィルソンの下で海軍次官補を務め、ウィルソンの国際連盟賛成論および国際主義的政策に強く影響された。 ウィルソンは、米国を戦争にまきこまないことを約束していたが、彼が第二期政権についた六カ月後には、われわれは欧州で戦っていた。 ウィルソンは、米国・欧州を通じて最大の国際連盟主唱者となった。 ウィルソンに任官されたルーズベルトは、自分の先師の国際主義者的イデオロギーを受け入れたのである。 大統領在位四年目の一九三七年までには、ルーズベルトは、国際主義者としての立場にコミットしていた。 一九三七年のシカゴにおける有名なスピーチの中で、ルーズベルトは、制裁、経済封鎖、といった世界治安維持のための政策を信じていることを宣言した。 彼は、このスピーチにより、米・英・仏の国際主義者、介入論者の指導者となった。 ウィンストン・チャーチルも、ヒットラーのもとでますます強大かつ強力になりつつあったドイツから大英帝国を防衛するという見地から、同じく国際的介入主義者となっていたが、そのウィンストン・チャーチルとの間で、ルーズベルトは親交を結んだ。「日米・開戦の悲劇」 ハミルトン・フィッシュ PHP
2015年02月18日
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すべて物事には「機」というものがある。 ここというところを活すか、逸するかで、大局に大きくひびく一点をいうのである。 商売に商機あり、政治にも政機がある。 物理学者もシンギュラー・ポイント singular point を重視する。 数理や普遍的原則ばかりでなく、特異点(シンギュラー・ポイント)に注意せねばならぬことを説いている。 一片の煙草の吸いがらはそれ自体何でもないが、この徴物が時に大山火事を惹き起こすのである。 一発の銃弾はありふれたものであるが、セルビアの一人の青年によるサラエボの一弾は第一次世界大戦を惹起した。 今日の世界情勢は到る処この特異点の恐るべきものが点々として存在している。 いかなる一点よりいかなる大事が起こるとも限らぬと思われるものが枚挙に遑がない。 世界政局は全く危機に立っている。 この機をどう活かすか殺すかということは、したがって国民や人類の運命に関する大問題である。「新憂樂志」 安岡 正篤 明徳出版
2015年02月17日
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今日の時代においては、犠牲者たることを礼賛する、ある種の崇拝の風潮が生じ――それは日本においても自己欺瞞(ぎまん)のきわめて特殊なかたちをとっているが――、戦争で攻撃される者たちがみずからを犠牲者と見なすこと自体は異常なことではない。 日本に攻撃されたのはオランダ人であるが、彼らは本国にいたのではなく、戦争の舞台となったインドネシアに武力侵入して植民地化し、軍事支配の上にあぐらをかいていたのである。 こうした事情のために、東インドのオランダ人の“犠牲者という身分”を証明するのは容易ではなかった。 彼らの戦後の幾多の歩みは、自己の潔白を装った姿での、完璧な犠牲者という身分にしがみつくための戦いであった、と見ることができよう。 犠牲者という身分にしがみつくためには、“誇張する”と“否定する”の二つの手段が考えられる ――自分が耐え忍ばなければならなかった苦しみは誇張し、自分が他人にあたえた苦しみは否定する、ないしは軽く見せようとする。 そして、両戦術とも、東インドのオランダ人によってひじょうな熱の入れ方で実践されたのである。「西欧の植民地喪失と日本」 ルディ・カウスブルック 草思社
2015年02月16日
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米国の大学生の歴史教科書に使われる『アメリカ外交』(ロバート・ファレル著)は第十六章「極東」の中で、一九〇五年(明治三十人年)に終わる日露戦争こそが日米対立の序曲だったと位置づけている。 その翌年、セオドア・ルーズベルト大統領は日本との将来の対決を予想し、対日戦争計画「オレンジ」の準備を命じたからだ。 日露戦争前の極東では、清国の義和団の乱が収まると同時にロシアの満州支配が強まっていた。 ロシアが満州をロシアだけの市場にしようと図ったことに対し、一八九九年の門戸開放宣言以来、中国市場参入を狙ってきた米国は強く反発した。 一九〇四年の日露戦争開戦を聞き、米国は強まるロシアの力を抑止するため日本を応援した。 「(セオドア)ルーズベルトは日本の勝利によって満州への通商の道が開かれることを期待した。 つまり、日本がドアボーイのような役割を演じると考えたわけだ。 ところが、日本が勝ってみると一級の軍事大国へと変身し、むしろアメリカ領であるフィリピンへの大きな脅威となっていた」「ルーズベルト秘録」上 前田徹 産経新聞社
2015年02月13日
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私が驚いたのは、『本居宣長』という書名の四千円(当時)の本が、十万部も売れたということだ。 これは社会に衝撃を与えたということだが、その理由が何であるかを問うて見たかったのだ。 というのは、宣長は戦後の社会の興味の対象ではあり得ない。 否むしろ否定的存在だったこともあるはずだ。 さらに大冊でしかも読みやすい内容ではなさそうで、そのうえ高価である。 さらに悪いことに、いわゆる”専門書”ではない。 これは出版社にとって最も危険な出版物のはずだ。 ではなぜこれが衝撃を与え得たのか。 それを探るべく読み、今回読みかえしてつくづく感じたことは、この本が、日本文化の基本的な問題を、「もしさういふ事が起らなければ、日本の文化にはもう命がない」という、まさにその間題を正面から取り上げているからだ。 「模倣の意味を間ひ、その答へを見附け」ること。 それはまさに、過去を語りながら未来を創出するということだからである。 これについては前に述べたが、そうでなければ、社会に衝撃を与えることはあるまい。 小林秀雄が生涯、社会に何らかの衝撃を与えつづけていたのは、『様々なる意匠』以来の、この視点であろう。「小林秀雄の流儀」 山本七平 新潮社
2015年02月12日
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ジョセフ.ケネディが駐英大使であった一九三八年から三九年にかけて、ルーズベルト大統領は、英国の首相ネヴィル・チェンバレンに対して、英国がドイツに対し、より強硬な態度をとらなければ、米国は英国に対する支援を撤回する、という趣旨の脅迫を行なった。 実際、この脅迫の結果、チェンバレンは、ポーランドに対して、ドイツとの戦争の場合は英国はポーランドを支持するとの確証を与える、という無意味な政策をとることを強要されたのである。 これは致命的な間違いであった。 英国はポーランドを防衛する力ははとんどなく、英国自身もこれを知っていたのである。 しかしながら、このチェンバレンが与えた保証は、ジョセフ・ペック、ポーランド外相と同国将軍連を実際に勇気づけ、結果として彼らは、英・仏の援助の約束にたよりつつ、ダンチヒ(グダニスタ)問題の平和的解決を拒否した。 これは、世界大戦の重要な誘因の一つとなった。 ポーランド人は、ヒットラーとナチスを嫌ってはいたが、それ以上にスターリンと共産主義者を憎んでいた。 ダンチヒの住民の九〇%はドイツ人であり、同住民の投票は、圧倒的にドイツへの復帰を支持していた。「日米・開戦の悲劇」 ハミルトン・フィッシュ PHP
2015年02月10日
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赤ん坊だっていろいろ意志を持つ。 だが、赤ん坊はその細かい表現はできない。 手段としては泣き声と若干の身振りしか持ち合せていない。 だが、鋭敏な親はその直観によって、あらゆる要求をききわけることができる。 それは本能的なものだ。 生半可な知識は、かえってその直観力を乱し破壊する(この点に関しては松田道雄の「私は二歳」に詳しい)。 要するに、一切はこの直観で行われるのである。 大人に対しても、それで行けばよい。 このことは逆に、直観力を持つ人達にかこまれている場合には、別に表現力を養う必要がないという結果を生む。 こうして家内部でのコミュニケーションは、少数の単語と、習慣づけられた身ぶりなどの象徴だけでこと足りるということになろう。 このことから、日本人は、家庭内では相互に「大きな赤ちゃん」としてしか待遇されないため、客観的な意志の表現力を獲得する訓練の機会がないという結果が生れる。 言語の一方の機能である感情の伝達はそれで充分かもしれない。 「目は口ほどに物をいい」ということもあるのだから、言葉の代用品は無数にある。 だが、意志の正確な伝達は言葉以外にはない。 それに一つの家庭のいろいろの約束事は特殊な個性的なものである。 生活水準と生活様式が細分化して、社会構成が複雑になってくると、それが通用するのは家の内部でだけということになろう。 こうして日本人は共通の広場で発言する能力に著しく欠けているという結果が生れるのである。 広場が広いほどそうなる。 国際会議場などで、日本人の発言がないということは外国語が下手だというだけの問題ではない。 日本で会話が上手な人間というのは、最大公約数のような、当り前すぎることしかいえない人のことのようだ。 個性的発言は外国語の上手な人にかえってすくない。 日本人の言語能力自体が、家という人間本来の感情に即して発言できる場所から離れ、心にもないことしかいえない方法で、学校などでだけ鍛えられるというところに根本原因があると考えられる。「ヨーロッパ・ヒューマニズムの限界」 会田雄二 新潮社
2015年02月09日
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何事にも機というものがある。これを知り、これに乗じて行えば、着々実効があがるが、この機というものを逸すると、物事はすべて渋滞する。 今は重大な政機の動いている時期である。 特に自民党は今後うまく時局を打開して、党勢を発展してゆくことができるか、低迷衰退するか、死活に臨んでいると思う。 難局に当って能く活機を知り思いきって旧来の惰性を破り、新態勢を執ることのできるのは非凡な人物である。 大抵の、つまり凡人は、なかなか機会を捕えて、従来の型を破る行動に出ることはむつかしい。 難関に当った時ほど拘泥して、立ちすくんでしまい、小細工を弄してその場塞ぎを行おうとする。 そしてますます事を面倒にしてしまう。「新憂樂志」 安岡 正篤 明徳出版
2015年02月06日
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米議会図書館が保存する各国版「田中メモリアル」の中で最も古い「チャイナ・クリティック(中国評論週報)」(三一年九月二十四日、上海)掲載版は「一九二七年七月二十五日、田中(義一)首相より昭和天皇に上奏した満州積極政策」という書き出しで始まっている。 「欧州大戦のあと、日本は政治、経済双方で不安定に陥った。その理由は日本がすでに満蒙で持っている特権を十分に生かしていないところにある。(中略) したがって、わが国の歴代の政権は明治天皇のご指示を土台に、栄光と末代にわたる繁栄を勝ち取るために新大陸国家の建設に邁進(まいしん)してまいりました」 「政策の遂行にあたり、われわれは米国との対決を余儀なくされている。 中国の”夷を以て夷を制す”(敵同士を戦わせる)という政策によって、米国はわれわれに立ち向かおうとしている。 将来、中国制圧を欲するならばまず米国を倒さなければならない。 それはまさに過去において日本とロシアが戦い、ロシアを倒したようなものだ」 「中国を征服するには、まず満蒙を征服しなければならない。 世界を征服しようと思うなら、まず中国を征服しなければならない。 この時こそ、世界は東亜におけるわが帝国の存在を認め、アジアの国々はそろって帝国の威風になびくだろう」「ルーズベルト秘録」上 前田徹 産経新聞社
2015年02月05日
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カントにとって、義務は、倫理学の根本概念であった(『実践理性批判』)。 彼は義務を、行為に道徳的価値を与える、唯一のものであるところの道徳的意志の動機をなすものと考える。 道徳的意志は、道徳律への尊敬と、道徳律への服従において成り立っている。 義務の根源は、したがって同時に、道徳律が可能となる根拠でもある。 それは人を感性的な自己を超えて高めるもの、すなわち本来的自己としての人格性である。 そして、道徳的実践はその窮極において、「あらゆる義務を神の命令として認識すること、即ち宗教へ」と導かれる。 この窮極的な命令者、義務に強制力、拘束力を与える主体としての「神」を、いま「人と人との間」という言葉で置きかえてみるとどうなるか。 あらゆる「義務」は、人と人との間からの拘束性として認識されることになり、この間が「道徳」律を可能ならしめる根拠となり、この間に基づいた「道徳」律に対する尊敬と服従において成り立つ「道徳」意志の動機となるものが、「義務」だということになる。 このように変更を加えられた「義務」は、そっくりそのまま、日本の「義理」に相当する、と言えないだろうか。 ことのついでに、この「 」に入れた「道徳」の語を、「人情」の語で置きかえてみるとよい。全体の文脈が、もっとすっきりわかりやすくなるだろう。 つまり、私の言いたいのはこういうことである。 西洋における義務や道徳の拘束力の主体となっている「神」という絶対者から神性を奪って、これを人の頭上高くにかかげるのではなく、人と人との間という水平面にまで下してみるならば、西洋の義務と道徳の概念は、そっくりそのまま、日本の義理と人情の概念でもって置きかえることができる。 義理と人情というのは、このように人と人との間ということを最高律法者とするような、義務と道徳なのである。「人と人との間」 木村 敏 弘文堂
2015年02月04日
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なぜに私が四十年後になって、われわれの第二次世界大戦参戦に関する真実を、一般に知らしめることが非常に重要であると考えるのか。 核兵器によれば、この世界全体を破壊することが瞬時にして現実となりうるような現代においてこそ、フランクリン・ルーズベルトが行なったような、米国を戦争に導くための秘密裡の操作に対し、米国民に警告することが不可欠であるからである。 私の発言に対しては、多くの者が最も偉大な米国大統領と考えている人間に対する不当な攻撃として、疑問を呈するむきもあるであろう。 私の回答としては、セオドー・ルーズベルトの言を引用するのが最も的を射ている。 「それが正しいか正しくないかにかかわらず、いかなる大統領批判もあってはならない。 ということは、非愛国的かつ屈従的であるばかりか、米国民に対するモラルの上での反逆である。 大統領であるとないとにかかわらず、事実のみが語られるべきであるが、大統領に関し真実を語ることは、それが気持の良いものであってもなくても、他の誰に関するよりも重要であるとさえ言える」「日米・開戦の悲劇」 ハミルトン・フィッシュ PHP
2015年02月03日
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われわれ欧米の人間は、他の人びとの反応に従って自己の位置している場所、自己のあり方を決めてゆく癖がついている。 それはちょうどこうもりが暗い洞穴の中で方向探知器の反射のような反応に従って自己の位置を知るのとよく似ている。 しかし、いくら「レーダーの電波」を発しても日本人からは反射が返ってこないので、われわれはうろたえてしまう。 非人間的ともみえる形式を前にして、肯定的にせよ否定的にせよ、その背後に個人的なつながりを見出そうと努力していると、いつの間にか内面の羅針盤が止ってしまったように思えてくる。 深い霧の中で、右も左も、前も後もわからなくなってしまったのと同じだ。 こうなると自己同一性(アイデンティティ)が疑われ、心理学でもよく知られているように、自分の慣れ親しんだ世界、懐かしい気心の知れた世界のふところへ逃げこんでゆく。 日本に住んでいる外国人の場合だと、いわゆる「外国人島」へとひき返してゆくのである。 日本人は、短期間訪れてくる外国人に対して非常に親切だし、面倒もよくみるし、長期滞在の人びとには仕事の面で考えつく限りの助力を惜しまない。 それなのに、初めのうちはうまくゆくのに、結局はおじゃんになってしまうのはいかにも残念なことだ。 外国人は日本の社会の表皮の冷やかさに目を奪われて、内面のあたたかみを知るにいたらない。「心の社会・日本」 ロレンツ・ストウッキ サイマル出版会
2015年02月02日
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