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一・二・三・四・五・六・七・八・九・十は ヒ・フ・ミ・ヨ・イ・ム・ナ・ヤ・コノ・トヲと読みますが、 この中には 南方系の数詞ヒ(ヒト)、フ(フタ),イ(イツ)、ト(トヲ)や アルタイ系の数詞 ミ(ミイ)、ヨ(ヨヲ)、ナ(ナナ)、ヤ(ヤワ)、コノ(ココノ) が見られます。 この中の二(フ)は古代オリエントのウルク語から来ています。 伊勢の二見ヶ浦のフタミはウルク語のウブ・タブ(対面)が、 ウブ・タムからウブ・タミと屈折し最後に 上略(始めの部分をはぶく)でフタミとなり、 それが下略(終わりの部分をはぶく)でフタとなり、 さらに省略されてフとなったのです。
2020年05月29日
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「1・2・3・…」と数えるのに、 私たちの日本語には二通りの数え方があります。 「イチ・ニ・サン・…」と「ひ・ふ・み・…」です。 英語やドイツ語に二通りの数え方はありません。 世界中の言語の中で、 数について二通りの数え方を持つのは 日本語と朝鮮語の二言語だけです。 なぜ日本語と朝鮮語だけなのか。 隣接する中国語の影響です。 中国語は、 古代神聖文字の流れを汲んで現在も機能し続ける 世界唯一の表意文字「漢字」に基づく言語です。 西洋のエジプトやメソポタミアの神聖文字は失われ、 表音文字のアルファベットにすべて取って代わられました。 いまや世界に表意文字は漢字しかありません。 華北中原に発した「漢字」は、 中国大陸全体、朝鮮半島、日本列島、インドシナ半島に拡がり 無文字段階の周辺地域はたちまち中国語化しました。 これが「音読み」で、 これによって整序されつつも同化されなかったものが 日本語の全「訓読み」と朝鮮語の「数の訓読み」です。
2020年05月28日
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日本の数の数え方(桁の数え方)は、 「一、十、百、千」を基本に、 なにもつかない四桁、 万がつく四桁、 億がつく四桁、 兆がつく四桁、 京がつく四桁…となっています。 つまり なにもつかない:一、十、百、千 万がつく:一万、十万、百万、千万 億がつく:一億、十億、百億、千億 … となっているわけです。 日本語では4桁区切りが一般的ですが、 世界的には3桁区切りで考えるのが 一般的なのだそうです。 みなさんも目にしたことがあるかと思いますが、 アラビア数字で大きな桁の数字を書く際に 3桁ごとに「,(コンマ)」を入れますね。 これは、世界的には 3桁ごとで区切って数字を読んでいるからです。
2020年05月27日
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日本では、 玉が串ざしになって桁ごとに整然と並んだ計算具を 「そろばん」といいます。 支那では、「算盤」(スワンパン)といいます。 西洋では、そろばんのことをAbacus(アバカス)といいます。 支那では3,500年位前から、 竹の棒(籌)を用いて計算を行っていました。 日本では算木といい、 「算盤」という位を記した紙や布、 または木でできた計算盤の上で計算しました。 支那における、 最も古い珠算工具(算珠)は 青色20粒、黄色70粒の真丸型の陶丸だという説があります ――【西周宮室遺跡出土陶丸】(紀元前1000年頃)――。 日本や支那では、そろばんは今もひろく使われています。 日本人も支那人も、このそろばんで、 寄せ算と引き算はもちろん、 掛け算も割り算もすばやくやってのけます。
2020年05月26日
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いくつかの国々では、 とくに大数を扱うさいの計算をやさしくするために、 特別な装置が発明されました。 ローマ人は、 アバクス〈abacus〉すなわち計算板を使いました。 このアバクスには、一、五、十などを表わす玉があって、 溝のなかを動くようになっていました。 ローマ人はこれらの玉を、カルクリ〈calculi〉―― カルクルス〈calculus)すなわち小石の複数形―― と呼びました。 これは、英語の「計算する」〈calculate〉 ということばの語源に当たります。 カルク〈calc〉という音節は石灰の意味で、 大理石は石灰岩の一種ですから、 カルクスは、 今日の玉はじき遊びに使うような 大理石の小玉だったことがわかります。 ときどき、 カルクリが細い棒をすべるようにした アバクスがありますが、 これは支那の、算盤に相当します。
2020年05月25日
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支那で生まれた漢数字も、 最古の数字に属するもので、 漢字とともに生まれ、改良されました。 ギリシア前期やローマの数字が 五進法と十進法の併用だったのに対して、 漢数字は完全な十進法にのっとっていました。 ここでは一から九までの数字のほかに、 十、百、千、万など 十進法の各単位を表わす数字があり、 一から九までの数字の下に それぞれの単位数字をつけて 数を表わす点に特徴があります。 これはスペースを節約する点でも ローマ数字よりすぐれており、 算用数字に近いものといえます。 実は支那において、 数字は単なる計算のための存在ではなく、 奥深い理論に裏付けられた深い意味がありました。 一は天地を分け、万物を造化するとあります。 古代の人々は、「一」は単なる最小の数だけではなく、 万物を構成する要素であり万物の始まり、 世界の根源だと考えました。
2020年05月22日
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チグリス河とユーフラテス河にはさまれた この地方にも世界最古の文明がひらけました。 バビロニアの人たちは、 粘土の上に棒の先端で印をつけ、 それを乾かして記録としていました。 数字の発明は、 文字の発明とほぼ前後すると考えられ、 きわめて古いもので、 やはりグサビ形の記号が用いられました。 位取り記数法と、 ○(ゼロ)に当たる記号まで利用していましたが、 計算にはまったく用いられてはいません。 バビロニア人たちは1年を360日と考えており、 1年を円周で表していました。 円周をその半径の長さで切っていくと、 丁度6回目に元に戻ることに 大きな関心をもっていました。 全円周を360とみれば、 その1/6は60であり、 この60という数からバビロニア人たちは 10進法のみならず60進法も採用していました。 さらに1日を24時間に分け、 1時間を60分、1分を60秒に分けたのも バビロニア人といわれています。
2020年05月21日
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最古のピラミッドは 第三王朝のジョセル王のピラミッドです。 この王の宰相イムホテプが 立案者であり建築者でもあったのです。 ジョセル王以前の王墓は 日干し煉瓦でつくった長方形のマスタバ (この名称はアラブ人の使う腰掛けに由来する)でしたが、 イムホテプはまず石造のマスタバを築き、 ついで数次にわたる拡張工事によって、 マスタバを積み重ねた形の階段ピラミッドを完成しました。 それは単に 六〇メートルの高さに石を積みあげたという 偉業によってだけではなく、 地下の複雑な設計の通廊の巧妙さによって、 イムホテプの名を不朽のものとしました。 末期エジプト王朝では、 イムホテプは万能の神として崇拝されました。 階段ピラミッドの段を美しい外装石で埋めることにより 純正ピラミッドを実現したのは 第四王朝のスネフル王です。 エジプトでは、一、一○、一〇〇、一〇〇〇など 十進法の各桁に当たる単位が別々の象形文字で表わされ、 これらの文字を必要な個数だけ並べて数を表わしました。 たとえば一万を表わす文字は指を、 一〇〇〇を表わす文字はハスをかたどったもの といわれています。
2020年05月20日
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人びとが数を使いはじめたときは、 ただ、数えるという方法しか知りませんでした。 それから加えたり、引いたり、掛けたりする 算術という方法を見つけだしました。 シュメール人は、 紀元前二五〇〇年以前に乗法表を作成し、 これを使って、 田畑の面積には長さと幅とをかけて測り、 積みあげた煉瓦のようなものの体積には 長さと幅と高さとをかけて概算しました。 円の面積や円柱の体積を計算するとき、 かれらはπ(パイ:円周率)の値を3としました。 おそらくこれは、 直接測定して値を決定したのですが、 かんたんにするために整数だけで打ち切ったのです。 現代の日本でも有効数字の観点から、 円周率を3で扱うことに妥当性があること、 無駄に「.14」を付けると 精度の誤差に問題がでることもある とも指摘されています。
2020年05月19日
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シュメールでは数をあらわすのに、 最初のころは、粘土に葦(あし)で押印しました。 一〇までの数字は、 葦を斜めに持って必要な数だけ押印しました。 一〇位の数と一〇の倍数とをあらわすには、 葦を垂直に持って押印しました。 この十進法とならんで、 六〇という数を基礎にした記教法がありました。 小さな葦は一位の数と一〇位の数とを示すために使われ、 大きな葦は、 これを斜めにして六〇の単位数を、 垂直にして六〇〇の単位数をあらわすために使われました。 紀元前二五〇〇年ころまでに、 十進法は使われなくなり、 葦のかわりに楔形の尖筆を使い、楔形文字で書いました。 一本の垂直な押印は、六〇の任意の累乗 ―― 一、六〇、三六〇〇などを示し、 矢じり形に角度をもたせた二本の押印は、 一〇、六〇〇、三六〇〇〇などをあらわしました。 これらの記号が示す固有の数値は、 今日のインド―アラビア式数組織のように、 与えられた数における その位置または場所によって決定されました。
2020年05月18日
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「一」という数を表わすために、古代民族は、 ときには私たちの”1”に似た数字を利用しました。 エジプト人はすくなくとも五千年前に、 それを陶器に描き、石に刻みつけました。 また少し遅れてシュメール人は、 バビロニア人にそれを粘土板に押印することを教えました。 二千年以上以前に、ギリシア人とローマ人はこの記号を使い、 インドの大部分の住民も、同じような記号を用いました。 おそらくこの数字は、 一本の指を立てた形から生まれたものでしょうが、 「一」を表示するには、 もっともやさしく自然な方法のように思われます。 しかし、 一羽のニワトリを買いたいことを未開人に示すには、 一本の指を立ててもよかったでしょうが、 一個の小石か一本の棒を地面においても通用しました。 だから「一」は、 ときどき小石とか数珠(じゅず)玉を表わす記号や、 またときには横たえた一本の棒を表わす横線で 表示されることもありました。
2020年05月15日
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チグリス川とユーフラテス川とにはさまれた流域は、 メソポタミア、 すなわち「二つの川のあいだの地方」と呼ばれていました。 ヘブライ人の先祖のアブラハムが生まれたころは、 バビロニア人という別の民族が、 シュメール人の勢力を駆逐していました。 ところが、そのうちにバビロニア人は、 シュメール人から、他国民との取引のしかたや、 焼いた粘土(ねんど)煉瓦(れんが)で家を建てる方法、 それと同じ煉瓦に文字や歴史上の記録を書きこむ方法 を覚えるようになりました。 彼らはまた、 シュメール人が発明したらしい 数の記号の使いかたも学びました。 今日、シュメール人とバビロニア人との 帳簿のつけかたを示す銘文が残っています。 インドでもまた、 数字は古代に使われていましたし、 ギリシア人もローマ人も、 それぞれ数記号の独白なつくりかたをしていました。
2020年05月14日
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数字の使用は、いつ、どこではじまったか。 この質問は、私たちを、 歴史のはじまりにまで連れもどします。 地図を見てください。 そこには、 アジアのチグリス川とユーフラテス川とにはさまれた地域、 以前はメソポタミア、 すなわち「二つの川のあいだの地方」と呼ばれていました。 五千年前、 イラン(ペルシャ)の山岳地背からやってきたらしい 外来のシュメール人が、 この地方で高度な文明を発展させていました。 彼らは、読み書きもできましたし、 数と数字のちょうほうな組織ももっていました。 このシュメールにたいして、 ナイル川の流域にそってエジプトがあります。 紀元前三千年の昔、エジプトには繁華な町々がありました。 市場も商館もありましたし、 全領土の統治も確立していました。 経済や行政の記録をつくるには、 巨大な数の使用が必要でした。 そこでエジプト人は、 一から何百万までものいろいろな数値が表わせる 一組の数学をつくりあげました。
2020年05月13日
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十二がしばしば計算の尺度に使われた証拠は、 たくさんあります。 たとえば、 十二インチは一フート、十二オンスは一ポンド(古い型式)、 十二ペンスは一シリング、十二個は一ダース、 十ニラインは一インチ、などです。 この十二の尺度には、いくつかの長所があります。 十二ペンスの⅓は四ペンスですが、 十セントの⅓は、3.3333……セントになって、 勘定がやっかいになります。 どのような尺度を使っても、 その尺度に含まれている数だけの数字が必要です。 たとえば、私たちが使っている十の尺度(十進法)では、 0,1,2,3,4,5,6,7,8,9の十個の数字が必要です。 もしも八の尺度を使う場合には、 o,1,2,3,4,5,6,7の八個の数字が必要で、 八は10(一つの八とゼロ単位)、 九は11(一つの八と一単位)、 十六は20(二つの八とゼロ単位)などと書くことになります。 もしも私たちが、 こういうしくみにしつけられて育っていれば、 その取扱いは、 十の尺度と同じくらいやさしいでしょうし、 それに八の尺度の場合には、 八は四つに分けたり八つに分けたりすること (これは、しばしば必要になる分数です)が、 十よりもずっとやさしいので、 便利なことがあります。
2020年05月12日
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昔は、十のかわりにしばしば三や四の尺度で 勘定されましたし、ときには、 その他の数の尺度が使われることもありました。 私たちは、 手と足に十本ずつの指をもっているので、 この手指と足指をいっしょにして、 二十の尺度を使う人たちもいました。 すくなくとも一部族では、 この二十のことを、 「一人が終わった」といっていました。 初期のフランス人は、 二十(ヴァン(vingt))を ひとくぎりにして数えました。 今でもフランス人は、 八十のことを「四つの二十」 (カトル.ヴァン(quatre vigt))、 九十のことを「四つの二十と十」 (カトル・ヴァン・ディス(quatre vingt dix) といいます。 また彼らが、三百八十のことを 「十九の二十」と呼んでいたのも、 そう昔のことではありません。 英語でも、 このやりかたは長いあいだ使われました。 たとえば、「人生七十年」 (The days of a man's life are three score years and ten. )というときの「スコア」(score)は、 二十を意味します。
2020年05月11日
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あなたは、 数字を意味するディジツ(digits:桁:けた) ということばを聞いたことがあるでしょう。 これは、 ラテン語のディギティ(digiti)から出たことばで、 もともと「指」の意味です。 人間は、 両手にそれぞれ五本の指をもっているので、 幾世紀もの時代をへて、 五をひとくぎりにして数えはじめました。 その後、両手の指を使って、 十をひとくぎりにして数えるほうが 便利なことがわかりました。 そして今も私たちは、この「尺度」で数えています。 すなわち、まず十まで数え、 つぎに十の十倍まで数え、 さらに十の十倍の十倍まで数える、というぐあいです。 オーストラリアの諸部族のうち、 大洋のアンダマン島に住む人は、 ウバトゥル(一)とイクポル(二)という 二つのことばだけで、十まで数えました。 まず、片一方の手の最初の二本の指先を、 軽くたたきました。 ついで、つぎの二本の指先に、 「アンカ」(「そしてこれも」)といいながら、 同じしぐさをしました。 こうして両手の指が終わると、 その合計は、5+5すなわち、10となり、 「アルドゥラ」(「全部」)といいました。
2020年05月01日
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