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神奈川県川崎市では、罰則付きの「ヘイト禁止条例」を制定して5年経ったことを記念して学習会が開かれたと、8日の東京新聞が報道している;◆「ヘイト条例」制定5年で勉強会 全国で初めてヘイトスピーチに刑事罰を設けた「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」の制定から5年を前に、市民団体「ヘイトスピーチを許さないかわさき市民ネットワーク」は7日、川崎市川崎区の市労連会館で記念学習会を開いた。街頭で「死ね」「殺せ」などと叫ぶ悪質な差別扇動行為は鳴りをひそめているものの、市外に目を転じれば、埼玉県川口市や蕨市で在日クルド人へのヘイト被害が深刻化している。参加者らは「川崎の取り組みを全国へ」との思いを共有した。(佐藤圭) 学習会には約70人が参加。ネットワーク代表の山田貴夫さん(75)が「市の頑張りで条例の効果は上がっているが、川崎でヘイトを繰り返した人物が埼玉まで出かけていき、排外主義に火を付けている。川崎の条例を全国に広げていくような働きかけが必要だ」と強調。市在住の在日コリアン崔江以子さん(51)も「条例によって日々の安寧が守られている。川崎の希望が埼玉に届くようにしたい」と訴えた。 埼玉県在住クルド人の取材を続けているジャーナリストの安田浩一さん(61)が講演。クルド人は日本に2千~3千人ほどいるとされ、多くが川口市周辺に暮らす。川口では従来、在日中国人がヘイト行為の対象だった。安田さんは「クルド人へのヘイト行為は昨年5月まで全くなかったが、(差別主義者らが)メディアの報道で『難民としてのクルド人』を発見した。この国では、女性でも障害者でも外国人労働者でも、弱い立場の人が自分の権利を主張したとたん、バッシングの標的にされる」と指摘した。 学習会ではこのほか、埼玉県でヘイト禁止条例の制定を求めている市民団体の関係者らが、クルド人ヘイトの現状を報告。最後にネットワークのメンバーが、罰則付きの包括的な人種差別禁止法の制定を国に求めるアピール文を読み上げた。◆ヘイト投稿削除391件 「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」は2019年12月12日の市議会で可決、成立し、翌20年7月1日に全面施行された。 16年にヘイト解消法が施行されたものの、罰則規定がなく、一部でヘイト行為が横行。実効性のある条例の制定を切望する市民らの取り組みが実を結んだ。 条例では、外国にルーツがある市民らを標的にしたヘイトスピーチを禁じた。道路や広場など公共の場所で拡声器やプラカードなどを使った差別的言動には、最高で50万円の罰金を科す。ネット上の言動は刑事罰の対象から外されたが、差別的言動と認めた場合は概要を公表し、運営会社に削除を要請する。 市は20~23年度、ヘイトスピーチの恐れのある街宣活動など29件について現地で監視したが、条例に抵触するような言動は確認できなかったとしている。ネットについては今月6日までに、X(旧ツイッター)などへの投稿480件について削除を要請し、うち391件が削除された。2024年12月8日 東京新聞朝刊 16ページ 「川崎の希望、全国へ-『ヘイト条例』制定5年で学習会」から引用 この記事が報道しているように、数年前まではJR川崎駅前で在日コリアンに対するヘイトスピーチをしていた輩が、「ヘイトスピーチ禁止条例」が出来てからは姿を見せなくなり、代わりに埼玉県蕨市に出没するようになっているらしい。記事中で安田浩一氏が言ってるように、「この国では女性でも障害者でも外国人労働者でも、弱い立場の人が権利を主張したとたん、バッシングの標的にされる」。この国では、なぜそうなるのかと言えば、多分バッシングしたがる人間というのは、常日頃から自分の境遇に不満を持っていて、しかし、その不満を自分より弱い立場の人間が苦労している様子を見て「オレはまだましだ」と、無理に納得しているのに、ある日突然、その弱い立場と「見下していた人々」が「権利の主張」を始めると、自分だけ「置いてけぼり」を食らうことになるんじゃないかという「危機感」が生じて、そうはさせまいと一生懸命ヘイトスピーチに精を出すということになるのではないかと思います。いずれにしても、この国ではどのような事情を抱えた人であっても「人間としての権利」は平等なのであって、「オレがこれだけ我慢してるのだから、こいつらが大きな顔をするのを許すわけにはいかない」などという手前勝手な「序列」を作ることは許されないという法治国家の「常識」を、学習してもらうためにも、全国の自治体が「ヘイトスピーチ禁止条例」を整備する必要があると思います。
2024年12月31日
野党の追及で政府高官が次々と不祥事の責任を取らされて辞任を余儀なくされている韓国では、「これではやってられない」とばかりに大統領が、今月3日に「戒厳令」を発令したのであったが、抗議に立ち上がった市民の抵抗によって、発令から数時間後には「解除」ということになり、大統領は弾劾裁判にかけられることになったが、韓国のこのような事態に関連して、元文科官僚の前川喜平氏は8日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 韓国の尹大統領による非常戒厳が一晩で潰えたのは、韓国の市民と国会議員の迅速かつ断固とした行動の結果だが、戒厳軍が市民を撃たなかった結果でもある。在韓のジャーナリスト徐台教(ソテギョ)氏のXによれば、戒厳軍の司令官は、国会議事堂の議員を追い出す任務があったが、抗命してそれを行わなかったという。徐氏が紹介する朝鮮日報の記事によれば、戒厳軍兵士は「本気になれば10分から15分で制圧できたが、やらなかった」と語った。「軍の『協力しない意志』が存在したことが明らか」で、それは「過去に流した市民の血がなせる業」だ、と徐氏は書いている。 尹大統領の暴挙は、しかし人ごとではない。憲法に緊急事態条項がなくても、自衛隊法上首相には自衛隊に治安出動を命じる権限がある。1960年安保闘争の際には当時の岸信介首相がそれを発動しようとした。尹大統領のように思いあがった首相が、対抗勢力をテロリストなどと決めつけて自衛隊を出動させる危険は、今の日本にもある。 心配なのは、右翼論客と結び付き、靖国神社への集団参拝を繰り返す自衛隊の旧日本軍への回帰の兆候だ。旧日本軍は市民を守らなかった。守ろうとしたのは天皇を戴く「國體(こくたい)」だ。「國體」を守るために市民を撃つ、などということを自衛隊が決してしない、という保証はない。(現代教育行政研究会代表)2024年12月8日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-市民を撃たない軍隊」から引用 大統領が国内の政治状況に不満をもち、反対勢力の活動を軍隊を使って抑え込もうと画策するというのは、話し合いを基本とする民主政治を根底から否定する「やり方」であり、軍事力で反対勢力の活動を規制するなどという行為が許されるわけがありません。しかし、尹大統領はそれをやるつもりで軍隊に出動命令を出したのは事実ですから、これからその責任が問われるのは法治国家として当然のことと思います。日本でも、60年安保のデモ隊が国会構内に流れ込んだとき、当時の岸首相は防衛庁長官に自衛隊の治安出動を要請したいと思うが・・・と相談を持ち掛けたところ、石原幹市郎国家公安委員会委員長がはっきりと反対意見を述べ、赤城宗徳防衛庁長官も同調して、治安出動は実行されなかったという「歴史」がある。しかし、そのような「歴史」から60年以上経った今日では、防衛省内の順法精神はかなり危うい状況になりつつあり、自衛隊員向けの教育講演の講師に、桜井よしこだの竹田恒泰だのといった極端な右翼思想の持ち主ばかり呼んでいるから、中には彼らの思想に共鳴して「國體護持」を叫んで武装して立ち上がる隊員もいないとは限りません。自衛隊に対する文民統制はどのように機能しているのか、折を見て国会で質問して、その実態を国民の前に明らかにするべきと思います。
2024年12月30日
N党の立花某が公職選挙法の裏をかくトリッキーな行動で世間を混乱させたことに関連して、神戸女学院大学名誉教授・凱風館館長の内田樹氏は、8日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 日替わりで政治的事件が続くので、コラムを書くのが大変である。でも、これはある意味では「よいこと」だと思う。それだけ政治的状況が流動化しているということだからである。 公人としての資質問題で失職した兵庫県知事が、なぜかSNSで圧倒的な追い風を得て再選されたかと思うと、そのSNS戦略を受注した広報会社の社長が内幕を公開したせいで公選法違反を咎(とが)められるという展開になった。「選挙にまつわる膿(うみ)」がこうして噴き出したおかげで「なるほど選挙制度というのはこういうふうに腐ってゆくのか」が可視化された。これも「よいこと」に数えてよいかもしれない。 ◇ ◆ ◇ 公選法が想定していないトリッキーな行動を次々ととることで東京都知事選も兵庫県知事選もカオス化してくれた者がいたけれど、改めて公選法が性善説に基づいて設計されているという厳粛な事実を前景化してくれた点では功績があったと思う。私たちの社会制度の多くは性善説に基づいて設計されている。喩(たと)えて言えば田舎の道にある無人販売所みたいなものである。「りんご5個で300円」と看板が出ていればふつうの人はりんごを取って代価を置いておく。でも、たまに「システムの穴をみつけて悪用する人間(ハックする人)」が出てくる。あるだけのりんごを持ち去り、置いてある代金を盗んでゆく。ハッカーたちは「性善説を信じているやつらはバカだ」と高笑いするのだろう。 だが、その後りんご農家がこれに懲りて、店番を置いたり、防犯カメラを設置したりすれば、そのコストは商品価格に転嫁されて、次は「りんご5個500円」に値上がりしたりする。ハッカーの取り分は良民が分担することになる。だから、制度の穴をみつけて自己利益を増やす人間を「スマートだ」「クレバーだ」とかほめる人は自分も彼らに盗まれていることに気がついていないのである。 盗まれるだけでは業腹だから「オレも今日からハッカーになる」と人々が我さきに制度の穴を探すようになると、今度は社会制度をすべて性悪説で作り直さなければならない。 「市民全員が潜在的には泥棒である」と思われて暮らすのはずいぶん気鬱(きうつ)なことである。何よりまったく価値を生み出さない「防犯コスト」を全員が負担しなければならない。 ◇ ◆ ◇ そんな生産性の低い、気分の悪い社会に私は住みたくない。制度は性善説で設計した方が圧倒的に効率がよいし、生産性が高い。何より性善説で作られた制度は利用者たちに向かって「善であれ」という遂行的な呼びかけを行ってくれる。「私はあなたが善良な人間であることを願う」というメッセージを制度が個人に送ってくるのである。 これは民主政が欠点は無数にあるが、他の制度よりはましなのとよく似ている。民主政は不出来な制度である。なにしろ有権者の相当数が市民的に成熟していないと機能しないからである。市民の過半が「子ども」だと民主政は破綻する。だから、民主政は市民の袖を捉えて「お願いだから大人になってくれ」と懇請する。そんな親切な制度は他にない。帝政も王政も貴族政も市民に向かって「バカのままでいろ」としか言わない。民主政だけが人々の成熟を懇請する。制度は生き物だということをたまには思い出そう。2024年12月8日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-性善説と市民的成熟」から引用 この記事はいろいろと教訓に満ちているとは言え、世間の大多数が性善説で行動する「大人」になることを、いつまでも気長に待つというわけにも行かないのが現実の世の中です。都知事選挙では、候補者のポスター用の掲示板にわいせつ写真や風俗業の宣伝ビラを貼ったり、立候補しておりながら有権者には「自分に投票するのではなく、私が応援するこの人に、みなさん是非投票してください」と呼びかける選挙運動をして、実質的に「この人」は2人分の選挙カー、運動員を動員して選挙運動をする結果となり、不正な選挙結果となったわけで、このような活動を「選挙違反」として検挙することなく放置するのは、まずいのではないかと、私は思います。この記事の末尾には「帝政も王政も貴族政も市民に向かって『バカのままでいろ』としか言わない」と書いてますが、何年か前の日本の選挙でも、当時の自民党の重鎮が「一般国民の方々は、わざわざ投票に行かなくても、家で寝ていてくれればいいんです」と発言したことがありました。わざわざ投票所まで行ってくれなくても、あとは我々がカネを握らせた人たちが、間違いなく自民党に投票してくれることになっているから」と言う話だったわけで、わが国の民主主義のレベルが暴露された瞬間だったと思います。
2024年12月29日
わが国の国会では宮沢政権、細川政権の時代に企業献金の違法性について議論が行われ、大企業の資金力による政治への違法な介入の原因となる弊害について与野党の間に共通の認識が形成されて、即座に「企業献金禁止」に踏み切るのでは支障をきたすとの配慮から、遠くない将来に「禁止」とするという合意で、当時の政治資金規正法が可決成立したのであったが、その後にできた世襲議員を中心にした自民党政権では、それ以前の時代の「認識」が継承されず、以前よりも悪質な「裏金」がまかり通るようになり、中には「個人献金はいいのに、企業献金はだめというのはおかしい」などと子どもの屁理屈のような発言をする議員まで出てくる始末で、このようなレベルの低い議論に対し、8日の「しんぶん赤旗」は、「企業献金はなぜダメなのか」懇切丁寧な解説記事を掲載している; 総選挙では裏金問題で自公与党が過半数割れに追い込まれました。臨時国会での最大焦点は「政治改革」。日本共産党などが企業・団体献金の禁止を求める中、自民党はその存続に必死です。シリーズ「深しる(深く知り勇気がわく)」で、なぜパーティー券購入を含む企業・団体献金の全面禁止が必要なのか、Q&Aで考えます。Q1 「裏金事件」の解決になるの?◆パー券購入の禁止がカギ 裏金事件とは、自民党の主要派閥の安倍派、二階派などが政治資金パーティーを利用し、約9億7千万円を裏金にし、少なくとも約100人の国会議員らが5・8億円以上の裏金を手にした自民党ぐるみの政治資金規正法違反事件です。 パーティー券の大半は企業・団体が購入。大量に購入しても実際にはほとんど参加しないため、形を変えた企業・団体献金です。 そのため裏金事件を起こさせない根本的保障には、パーティー券購入を含めた企業・団体献金の全面禁止が必要です。Q2 「政治参加の自由」企業にもあるの?◆選挙権をもたない存在 自民党や経団連は「企業にも政治参加の自由がある」といいます。果たしてそうでしょうか。 企業や団体は「社会的存在」ですが、有権者ではなく、選挙権もありません。 有権者一人ひとりが、自ら支持する政党に寄付することは、主権者として政治に参加する権利そのもので「国民固有の権利」です。 一方、選挙権をもたない企業が献金することは国民主権と相いれず、国民の参政権を侵害するものです。 企業は、利益を得ることを目的とする営利団体。営利が目的である企業の政治献金は見返りを求めるものであり、本質的に政治を買収する賄賂(わいろ)です。そうでなければ、カネを無駄に使って企業に損害を与えた「背任」行為となります。 個人をはるかにこえる強大な財力をもつ企業が、カネで政治に影響を与え自己の利益をはかれば、政治が財界・大企業の利益最優先になることは明々白々。自民党と企業の癒着によって政治がゆがめられた事例は、枚挙にいとまがありません。Q3 実際に政策に影響あったの?◆「通信簿」で法人税減税 実際、財界・大企業のカネが政治をゆがめています。 経団連が企業に献金を呼びかける際の指針としているのが「政党通信簿」(「主要政党の政策評価」)。政党に「通信簿」をつけて、いい成績を取った政党への献金を加盟企業に呼びかけるものです。2024年は、自民党を「高く評価」した上で、課題として「原子力の最大限活用」などを挙げています。 自民党の総選挙の公約では、前回の衆院選(21年)まであった「可能な限り原発依存度を低減」という表現を削除。原発を「最大限活用」とし、「次世代革新炉の開発・建設」も打ち出しました。自民党の公約は財界の意向そのものです。 通信簿の模範回答として経団連が取り上げていたのが、法人税など大企業の負担軽減と消費税の増税です。 法人税率は消費税導入時(1989年)40%でしたが、その後、消費税率の引き上げ(3→5→8→10%)とともに、逆に引き下げられ、今では23・2%。″カネが欲しければ、いい成績(政策)を″という露骨な政策買収の仕組みが、政治を財界・大企業の利益最優先にゆがめ、国民の暮らしを苦しめています。Q4 献金は”自発的なもの”?◆自民党から”おねだり”も 自民党は”企業・団体にも政治献金の自由がある”などと言い、自民党への献金は「自発的なもの」だと繰り返しています。実態はどうでしょうか-。 ゼネコンの業界団体・日本建設業連合会(日建連)加盟企業から自民党の政治資金団体「国民政治協会」(国政協)への献金は2021年までの10年間で20億円を超えています。 「赤旗」日曜版が入手した日建連の内部資料で、自民党側が献金の「要請額」を示し、日建連がそれに基づき会員企業に「政治寄付の目安額」を割り振りしていることが明らかになりました。 他方、日建連は21年11月に大型工事に関わる予算の別枠計上などを求める要望書を自公政権に提出。要望が実現し、同年末には日建連会長が「政府および与党」に感謝のコメントまで出しています。 日建連会員企業が22年度までの10年間で受注した国の公共事業額は27兆円を超えており、政策をカネで売り買いする賄賂政治そのものです。Q5 90年代に禁止で合意したのでは?◆”抜け道”で温存してきた 1980年代末からリクルート事件、ゼネコン汚職事件、東京佐川急便事件など自民党による金権・腐敗事件が相次ぎました。それを受け94年に成立した「政治改革」関連法で、政治家個人への企業・団体献金は禁止されました。 ところが、二つの”抜け道”をつくり企業・団体献金を温存してきました。▽政党本部、政党支部(代表は政治家)への献金▽政治資金パーティー券の購入-です。パーティー券の購入という形であれば企業・団体が政治家に資金提供できます。 「政治改革」では「企業・団体献金の禁止」とひきかえにという名目で、95年に政党助成金制度が導入されました。日本共産党以外の各党に税金がばらまかれ、自民党は毎年百数十億円の政党助成金と、企業・団体献金の二重取りを続けています。 自民党幹部のいう『企業献金が悪という前提には立っていない。自民党内で『やめろ』と言う人は1人もいない」の主張は居直りそのものです。2024年12月8日 「しんぶん赤旗」 日曜版 8ページ 「深しる-企業・団体献金の禁止が必要なワケ」から引用 もともと自民党議員が、パーティーを開くわけでもないのに何故パーティー券を売るのかと言えば、直接現金を受け取るのでは「企業献金」ということになって具合が悪いから、何か文字を印刷した「券」を渡して、「パーティの入場券ですから」と言って渡してから受け取る現金なら「パーティ券の売上収入です」という言い訳ができる。そういうカラクリであることを、自覚の足りない世襲議員はすっかり忘れて「個人献金はいいのに、企業献金がダメというのはおかしい」などと言い出すわけです。ここまで劣化してしまった世襲議員に投票するのはもうやめて、それぞれの候補者の主張によく耳を傾け、大企業の利益に貢献する候補者ではなく、国民生活の向上を目指すのはどの候補者なのか見定めたうえで投票する、そういう世の中になってほしいと思います。
2024年12月28日
自民党の裏金問題は、その素性を明らかにしにくいカネを数億円も貯めこんだ議員と自民党職員が、不正行為の実態を正直に説明しないために、一年近く時間を費やしても何も解決していないのが現状であるが、そのような事態に対し、自民党内からも不満の声が上がっていると、10日の朝日新聞が報道している; 自民党は、約一年くすぶり続けてきた派閥の裏金問題の年内決着をめざし、取り組みを強めている。石破茂首相が対象議員に国会での説明を求めるほか、寄付によって「みそぎ」を済ませる案も浮上。だが、一部に反発があるほか、裏金づくりの仕組みや使い道などの実態解明は進んでおらず、ゴールは遠い状況だ。 「参院選に向けた党再生の姿を、目に見える形で示していただきたい」 8日、党本部で開かれた都道府県連幹事長を集めた会議。首相ら執行部に対し、地方側から厳しい声があがった。ある県連幹事長は取材に「来年の参院選はとても厳しい。危機感を共有した」と話した。 この会議の前にあった衆院選の落選議員らの会合でも、同様の意見が相次いだ。ある元職は「政治とカネの問題は、いつまでも引っ張らずに『出口』を決めてほしい」と求めたという。 党執行部は当初、衆院選によって裏金問題を終わらせる算段だったが、逆風を受けて大きく議席を減らした。臨時国会でも野党側が引き続き「政治とカネ」を焦点にするなか、さらなる対応を余儀なくされた。 首相は、臨時国会で政治資金規正法を再改正し、さらに関係議員に政治倫理審査会(政倫審)で弁明させることで一定の区切りをつけようとしている。党幹部は「このままでは来年の通常国会でも野党から追及されるだろう。(弁明は)年内に済ませておきたい」と漏らす。 党内からは収支報告書の不記載額相当を、党が国などに寄付することで「みそぎ」とする案も出ている。不記載額は計7億円にのぼるとみられるが、党幹部の一人は「お金の問題はお金で解決するしかない」とし、国民の納得を得たい考えだ。 だが、問題が解決に至らない根本の理由は、なぜ裏金がつくられてきたのか、何に使われてきたのかといった「そもそも論」に誰一人踏み込まないことにある。政倫審の弁明も実態解明につながらなければ意味はないが、参院では対象の27人のうち23人が非公開を求めている有り様だ。 先が見通せないなか、対象となっている安倍派の議員からは「説明を求められるばかりでは際限がない」と不満が漏れる。別の安倍派中堅は「党の処分を受け、選挙による国民の審判も終わった。なのに、いまだに役職ももらえない。『みそぎ』とは、一体なんなのか」と嘆きが止まらない。(鈴木春香)2024年12月10日 朝日新聞朝刊 14版 4ページ 「裏金問題の「みそぎ」、躍起-自民、来夏参院選控え危機感」から引用 この記事は、自民党という政党が如何に問題を抱えた政党であるかを如実に示していると思います。例えば、ある地方の党員から「参院選に向けた党再生の姿を、目に見える形で示していただきたい」という発言があったとのことであるが、こういう「示していただきたい」などという他人をあてにしたようなことを言ってるから、何時まで経っても問題は解決しない。ここは、一人一人の党員が「これは、自分自身の危機なのだ」という自覚をもって、独自に「不正行為究明委員会」を立ち上げて党内調査の作業に取り掛かるというような、積極的な行動を起こす時期になっていることを自覚するべきです。また、この記事では先の衆議院選挙で落選した議員から、「政治とカネの問題は、いつまでも引っ張らずに『出口』を決めてほしい」との発言があったとのことですが、こういう発言をする落選議員も、せっかく落選という「烙印」を押されていながら、何故自分が落選したのか、一度も真剣に考えた様子がないのには呆れるほかはない。まるで「自民党執行部が、何時までも政治とカネ問題を引っ張っているから、自分たちは落選したんだ」とでも言いたそうな口ぶりであるが、このような、低知能指数が透けて見えるような人物が、あの衆議院選挙に立候補していたのかと思うと、わが国政界の劣化も合点がいくというものだ。そもそも裏金問題は、政党の金銭の出入りを国に報告することを義務付けた政治資金規正法を逸脱した違法行為なのだから、これは法にしたがって然るべき裁きを受けるのが法治国家の違法行為に対する対応の仕方である。そこをうやむやにして「神様を拝んで、生まれ変わったことにしてもらう」「みそぎ」という発想は、宗教を冒涜し有権者を冒涜している許しがたい態度と言わざるを得ません。
2024年12月27日
日本の政治が自民党安倍派によって蹂躙されてきた現状と、それを如何にしてまともな民主主義に戻すことができるのか、歴史学者の木庭顕氏は11月17日の朝日新聞で、次のように述べている; 衆院選で与党大敗、だが野党の政権奪取も見通せない。混迷する日本政治をどう見るか。ギリシャ・ローマ以来の政治や法がよって立つ基盤を論じてきた歴史学者の木庭顕(こばあきら)さんに聞いた。■利益山分け回路は温存、予備軍も浮上 人権・多様性の意識、研ぎ澄まし、共有して――木庭さんは「世界」昨年10月号の論考で、戦後政治をたどった上で、批判的議論を通じて透明性ある決定を下すという本来の意味の政治が築かれかかったが、1970年代以降、その「仮普請」さえも崩す営為が積み重ねられ、ついには第2次安倍政権(「2013年体制」)下で政治構築の可能性が断ち切られた、と論じました。その体制は揺らいでいるのでは・・・【木庭】 2013年体制の中核を成した保守政党内の特異な一徒党――特に「清和会」は政治資金面でも宗教勢力との結び付きでもやや突出している、そしてこの体制に外から食い込もうとする諸勢力――「改革」の周りに浮かんでは消える多くの政党やそれらを渡り歩いた結果与党内に入る人々、これら双方の間の手打ちと結託および利益山分けの回路〈基幹的循環経路〉が内在的な不安定のために多少とも弱体化してきていることは確かです。 (国鉄の分割民営化に始まる)公共機能破壊と投機は80年代以来の基本線ですが、2013年体制も一面でこれを継承し、一方のウィングが社会保障、労働、教育といった公共機能を掠奪(りゃくだつ)して山分けするという荒っぽい部分を担いました。しかし中核徒党が総結託による一極権力を背景にして従来型利益調整を飛び越え直接掠奪に関与するだけに、当然生じるスキャンダルは中核徒党を直撃します。今回の総選挙の結果にもこのことが反映されています。にもかかわらず私は、2013年体制克服の突破口が開かれたとは全く考えていません。――なぜでしょうか【木庭】 そもそも、基幹的循環経路とその構成分子自体、今回も温存され、状況流動化の後に逆襲しようとねらっている。基幹経路が弱体化してもその外側にゆすり・食い込み予備軍が浮上した。中核徒党(「裏金議員」)を追いやったかに見えるブロック(勝利したと言われる野党勢力)の中にも食い込み予備軍ないし食い込み経験者が紛れ込んでいます。 加えて2013年体制自体、それまでの「改革」路線を転調し、基幹経路のかたわらで、その果実を一元的に広くばらまき多くの分子をぶら下がらせる散水路とも言うべき経路を備えました。元々この体制は、中核徒党と食い込み勢力の間ばかりか、この散水路と基幹経路の間でも、危ういバランスを保たねばならない不安定均衡体制でした。今回の選挙結果は散水路と基幹経路の間の綱引きの一局面にすぎないとも言えます。現に散水路のところに食い込むのに特化した勢力がキャスティングボートを握りつつあります。――それでも「政治改革」は強く支持されたのでは【木庭】 政治資金規正は確かに重要ですが、スキャンダルは利益集団多元主義の成れの果てから生まれた。であるのに、どういうその「果て」からスキャンダルが生まれたのか、ましてその「成れ」の部分にあたる2013年体制の基本メカニズムやそこへと落とし込まれた40年来の経緯はどうか、についての分析は見られません。 とはいえもちろん、今回の選挙結果が無意味であるとは思いません。中核徒党の暴走をとりあえずストップするだけで大きな意味を有する。2013年体制の基礎を成す経済構造を克服するための時間は稼がなければならない。――米大統領選の結果も影響を与えそうです。今後何をどう目指せばよいでしょうか【木庭】 米国で今回敗北したものの世界で育ってきつつある新しい市民社会を受けて、若い世代の一部を中心に人権やダイバーシティー(多様性)の面で微弱ながら新しい意識が育っていないわけではない。この意識を研ぎ澄まし体系的に展開し、そして広く共有していく、という気の長い努力のみが多少とも意味を持ちます。政党の役割は、この「意識を研ぎ澄まし体系的に展開する」部分に存すると思います。 そういう営みが社会に緊張を走らせ、真の対抗ブロック、ひいては新たな社会構造、をもたらす。実はそれこそが「長期停滞」打破の鍵を握り、政治システムの再興を可能にする。例えば、おこぼれにぶら下がりっぱなしの労働運動を根底から改め、個人労働者の尊重という新しい質をもたらし、また、共同体主義に陥りがちな市民運動を、追い詰められた個人のためのものに変え、果ては両者を連帯させる、のではないかと考えます。(構成・大内悟史) *<こば・あきら> 1951年生まれ。東京大名誉教授。著書に「ポスト戦後日本の知的状況」「政治の成立」など。2024年11月17日 朝日新聞朝刊 13版S 25ページ 「文化-『2013年体制』克服し、本来の政治を」から引用 この記事は、歯に衣着せぬ調子ですごいことを書いてる。どうせなら「2013年体制」などと気取った言い方ではなくて「安倍派独裁体制」とでも言えば、もっと分かりやすいと思います。国鉄の分割民営化は公共機能の破壊であり、安倍派の政治は社会保障、労働、教育といった公共機能を掠奪(りゃくだつ)して山分けするという荒っぽい政治をしたのだと、今までそんなことを報道した新聞を見たことがありません。しかも、今回の総選挙では一定数の裏金議員が落選して、有権者から断罪されたかのように見えても、それはほんの一部に過ぎず、裏金グループで散々裏金を食い物にしておきながら、選挙になったら巧みに正体を隠して野党に紛れ込んだ輩もいるという、その名を明らかにして批判してほしいものです。しかも、現状の労働運動は「おこぼれにぶら下がりっぱなし」で、労働組合がそんな体たらくでは民主主義など実現するわけがないのであり、「個人労働者の尊重」という新しい発想を起爆剤として活路を開くという努力が、これから必要になるという。私は、木庭顕氏のもっと具体的な表現が入った文献を読んでみたいと思いました。
2024年12月26日

山口県宇部市の海岸には、戦時中に水没事故を起こした炭鉱がそのまま戦後80年間も放置されたままであったが、今年の秋に市民団体の努力で、海底の坑道への入口を掘り当てたことについて、毎日新聞専門記者の栗原俊雄氏が、7日の同紙コラムに次のように書いている; 昨年12月以来、10カ月ぶりに訪ねたその地は風景が一変していた。山口県宇部市の床波海岸にある海底炭鉱「長生(ちょうせい)炭鉱」跡。雑木林は切り払われ、82年前の事故で水没した坑道の入り口が姿を見せていた。視線を上げると、瀬戸内海から突き出した2本のコンクリートの円柱が目に入る。海底の坑道までのびている排気・排水筒「ピーヤ」だ。 「こんな短期間でよくもここまで……」。戦後補償問題を長く取材する中、動きの鈍い政府に対して、主体的に物事を進めていく市民団体の行動力と粘り強さに何度も驚かされてきた。だが、今回はことさら大きな衝撃を受けた。 1942年2月3日朝、坑口から約1キロ沖合で落盤による水没事故が起き、朝鮮人労働者136人、日本人労働者47人が犠牲となった。事故後、遺体も遺骨も収容されずに炭鉱は閉鎖された。 地元の人たちが「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」を結成したのは91年。資料を発掘し、証言の収集を重ねた。慰霊碑を建て、韓国からも遺族を招いて毎年、追悼式を開いてきた。坑道に多数の遺体や遺骨が残っているとみて、ダイバーを雇っての海中調査や地中の坑道探査もしてきた。 日本の植民地だった朝鮮の民間徴用者らの遺骨は、日韓合意に基づいて日本政府が調査する。ただし対象は寺院などにある「見える遺骨」だけ。長生炭鉱では何の調査もしていない。遺骨がどこにあるのか分からない、というのが理由だ。2016年に議員立法で成立した戦没者遺骨収集推進法は、遺骨収容を「国の責務」と定める。だが、厚生労働省は「長生炭鉱で事故死した人たちは戦没者ではない」として事実上放置している。私の考えは異なる。戦時下、国策に基づいて戦略物資を採掘している中で亡くなった人たちだ。戦没者だと思う。 * 刻む会は繰り返し調査を求めてきたが、日本政府はまったく動かなかった。井上洋子共同代表(74)らは「待っている間に遺族はどんどん亡くなる。自分たちで遺骨を一片でも見つけ、国を動かしたい」と、7月からクラウドファンディングで資金を集め、調査に乗り出した。土地の複雑な権利関係の問題も見通しをつけ、業者の協力を得て雑木林に重機を入れ、地面を掘削した。証言などを基に坑口があった場所を推測し、地下約4メートルから縦1・6メートル、横2・2メートルの坑口を掘り出した。 10月26日に坑口前で営まれた犠牲者追悼式には、日韓の犠牲者の遺族20人近くを含む約250人が参列した。45歳で命を落とした權道文さんのひ孫、鄭歩美さん(37)も東京から駆けつけた。かつてはゴミ捨て場のようになっていたところが切り開かれ、親族が眠っているであろう坑道の入り口が見つかったことに驚き、心が動かされたという。 同29、30日にはダイバーが潜って坑道内を調査し、1月末~2月初めの本格調査に備えた。ここまででも驚異的な成果で、市民の熱意を感じる。だが、政府は動こうとしない。福岡資麿厚労相は11月5日、国として調査をしないとの考えを改めて示した。 翌日、刻む会は国会内で集会を開いた。井上さんは「来年の日韓国交正常化60周年に、ご遺骨を残したまま『未来志向』などと言ってほしくない」と訴えた。 鄭さんもあいさつした。「遺族はみんな『このまま葬り去られていくんだろうな』と諦めていましたが、みなさまが生活や人生をかけて取り組んでこられて……。もちろん目標は遺骨を故郷に眠らせてあげることですけれども、この日を迎えられただけで……。亡くなった遺族に報告したら、どんなに喜んでくれることでしょうか」 * 鄭さんの話を聞いて思い出したのは、シベリア抑留者への補償だ。敗戦後、ソ連によって日本人およそ60万人が最長11年間拘束され、6万人が命を落としたとされる。抑留経験者が国に補償を求める訴訟が相次いだが、いずれも敗訴した。民主党が救済法案を出したものの、自公連立政権の同意が得られず実現しなかった。民主党が政権を取り、10年に議員立法で「シベリア特措法」が成立した。 抑留期間の長さに応じて約7万人に25万~150万円、平均約28万円の特別給付金が支給された。人生を狂わされた人々への補償としては少な過ぎると、私は思った。だが立法が実現し、涙を流して喜ぶ抑留体験者と遺族がいた。 「シベリア立法推進会議」世話人として立法に尽力した有光健さん(73)は話す。「重要なのは金額だけではありません。当事者たちは立法のために多くの議員が奔走する姿を見て、気持ちを受けとめてもらえたと実感できたのでしょう。放置されてきた被害者や遺族の心情を受けとめる。非人道的な苦痛を国や私たちの社会が認知し、報いるというプロセスが大切です」 刻む会の人たちは、30年以上かけて新しい戦後補償の「プロセス」を築いてきたと言えるのではないだろうか。悲しい歴史を悲しいままにせず、日本と朝鮮半島の間に新しい心の橋が懸かることを願う。(専門記者)2024年12月7日 毎日新聞朝刊 13版 6ページ 「現代をみる-長生炭鉱、戦後補償のプロセス」から引用 水没した炭鉱の坑道入口を掘り出した市民団体の代表者はまだ70代の人で、水没事故が起きたときはまだ生まれてなかった人物だが、事故については地元の人々の間で語り継がれた結果、戦後生まれの人たちの間で、この事故をこのまま放置するわけにはいかないとの意識が培われたものと思います。それに比べて、軍人であれば保障の対象だが民間人はダメとか、寺院に遺骨が納められていれば調査の対象だが、そうでないものは対象外という政府の対応は、あまりにも誠意に欠けるというものではないかと思います。もうすぐ本格的な調査を開始するとのことですから、納得のいく結果を出してほしいと思います。
2024年12月25日
日本政府は2011年の福島原発の事故を反省して、全国の原発を一時停止し、入念な安全対策が確認できた原発のみ再稼働をするという方針でやってきていたが、ここに来て「事故の反省」は過去のものとし、これからは新増設も視野に入れて積極的に進めようとしているが、このような国民の意志を無視し財界言いなりの政策を進めようとする政府に、若い世代の市民団体が「透明なプロセスによる話し合いの場」をもつことを要請したと、5日の東京新聞が報道している; 政府の「第7次エネルギー基本計画」の議論が大詰めを迎える中、市民参加の機会が限られ多様な意見が反映されていないとの声が上がっている。若者の環境団体などが4日、「民主的で透明なプロセスによる国民的議論」を求める要請書を経済産業省などに提出した。基本計画は生活に直結する国のエネルギー政策の公式な方針を定めるもの。市民の意見をどう反映していくべきか。(太田理英子) 「影響を受けるのは生活者。審議会の委員に偏りがあるのは公正ではなく、さまざまな声を聞くことが重要と考えてほしい」。東京・永田町の衆院議員会館で、若者の環境団体などで構成するプロジェクト「ワタシのミライ」実行委員会のメンバーらが経産省や環境省の担当者らに訴えた。 基本計画は、経産省資源エネルギー庁の審議会「総合資源エネルギー調査会基本政策分科会」が議論し、年内にも素案をまとめる。国民民主党が先月末、原発の建て替えや新増設を明記するよう石破茂首相に要請しており、主張が盛り込まれる可能性がある。既に政府は原発の積極活用を容認する基本方針を閣議決定しており、今回の改定でエネルギー政策の大転換を明確化することになりそうだ。◆審議会の委員に原発推進派多く だが現状、市民が声を届けるには、同庁のホームページ上の意見箱などに限られる。素案がまとまった後にパブリックコメント(意見公募)が実施される見通し。一方、学識経験者や経済界の関係者らで構成する審議会委員は原発推進派が多く、ヒアリング対象の偏りも指摘されている。 プロジェクトのメンバーが要請書の提出後、委員やヒアリング対象の選定について問うと、経産省側は「委員には必要な知見がある人がバランス良く参加している。(ヒアリングは)多様な関係者の意見を聴取できるよう選定している」と回答。これまでもエネルギー政策全般に関して各地で市民向けの説明会や意見交換会を実施してきたと強調し、「幅広い意見を参考にしていく」とした。 メンバーからは原発の新増設支援制度への懸念の声も上がり、「計画に新制度が書き込まれた後に意見公募しても反映されないのが実態。今の段階で公聴会を開くなど市民の意見聴取の努力を」と求めた。 メンバーに加わる原子力資料情報室の松久保肇事務局長は「現状では経産省の望む方向性で進むしかなくなる。広く国民の声を聞いてから方向性を決め、科学的見地に立った議論をすることが必要だ」と話す。 旧民主党政権下の2012年には、意見公募だけでなく、市民が政策課題を議論して意思を示す「討論型世論調査」も踏まえて「30年代に原発稼働ゼロ」を目指す政府戦略がまとめられたことがある。 過去に同庁の審議会委員を務めた大学院大学至善館の枝広淳子教授(環境経営)は「委員の年代や性別が偏り、国民の声を議論に反映するプロセスがない状態が10年以上変わっていないことが問題」と指摘。討論型世論調査の経験は「自民党政権にとっては都合の悪い答えが出る可能性があり、丁寧に国民の声を聞かないやり方に戻ったのだろう」とみる。 そもそも政府が国民のエネルギーリテラシーを高め、自ら意見形成ができるようサポートしなければ意見公募も形骸化するとし、こう警鐘を鳴らす。「国民を専門家が决めたことを受け入れる立場に置き続ければ、民主主義の根幹にも響く。国民が議論でき、その意見を反映できるよう本腰を入れて取り組むべきだ」2024年12月5日 東京新聞朝刊 11版 18ページ 「こちら特報部-若者ら『国民的議論して』」から引用 日本の政治も民主党政権が出来た頃までは、政府が設置する審議会はさまざまな立場の人たちが選任されて、自由な討論がなされた結果、それなりに民主的な政策決定をしてきたものと思われます。しかし、そのような伝統を踏みにじって、官僚を支配下に置いた上で小難しいことを言う人物は排除して、賛成意見を言う者だけを集めて審議会とするやり方に転じたのは安倍政権からだったと思います。その後、菅、岸田と、安倍政権を模倣する内閣が続き、少し気の利いた発言をする石破氏なら、少しは風向きが変わるかと思いきや、総理の座についてみると、口から出るセリフは相変わらず、菅、岸田の流れをそっくりそのまま引き継いでいるという有様で、結局、自民党は誰が総裁になっても何も変化はしないということが、はっきりしました。このような将来性のない政党には、国民はもう用はないと判断し、次の選挙では、しっかりした「政権交代」の足がかりを築くことを、明確に意識した投票行動を取る必要があると思います。
2024年12月24日
年末恒例の行事となった新語・流行語大賞の、今年の年間大賞について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は4日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 今年の新語・流行語大賞は「ふてほど」が年間大賞になった。人気ドラマ「不適切にもほどがある!」の略称だが、主演の阿部サダヲ氏が「自分たちで言ったことないんですけど」と述べているように、まるで流行していない言葉である。 流行語大賞がピント外れなのは今に始まったことではないものの、相変わらずセンスが悪い。変に略さず「不適切にもほどがある!」を大賞にすればよかったのだ。 実際、2024年は不適切な事案が続出した年だった。7月の都知事選でのNHK党による掲示板ジャックから11月の兵庫県知事選でのSNSによるデマ拡散まで、不適切な選挙が横行した。自民党の裏金事件で46人の議員らが処分を免れたのも東京地検が16人の裏金議員らを不起訴処分にしたのも不適切だった。マイナ保険証への強行的な移行も不適切だったし、不適切な関係を問われた公党の代表もいた。 「ふてほど」を大賞に選ぶ一方、今年最大の話題のドラマ「虎に翼」の「はて?」をトップ10に入れなかったのもセンスの悪さを感じさせる。コンプライアンスの問題を茶化して終わった「ふてぼど」より「とらつば」が提起した多様な問題のほうがはるかに意味があったはずである。 流行語大賞に文句をいうのはもはや師走の年中行事だが、やっぱふてほどよりとらつばでしょう、今年は。(文芸評論家)2024年12月4日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-不適切な選考」から引用 何やら文章の調子から言って、我田引水のような印象を受けかねない雰囲気であるが、しかしその主張はもっともなことで、特段に反対意見を差し挟む余地はないと思います。N党による人々の常識の裏をかくような不適切行動は、今後ますます先鋭化する可能性があり、私たちの社会はそれなりの「対応」を迫られることにもなるのではないでしょうか。また、兵庫県知事選挙のように、対立候補が不利にやるようなデマをSNSを巧みに操って拡散するなどという手口は、放置しておくべきではなく、現行の公職選挙法に基づいて黒白をはっきりさせて、必要な対応をとるべきだと思います。
2024年12月23日
若い頃、国鉄労働者だった村山良三氏は、給料増額のためにストライキを打って闘った昭和の時代を振り返って、6日の朝日新聞に次のように書いている; 昭和14(1939)年1月1日、山形県で生まれました。敗戦の時は6歳。当時、赤痢がはやり、僕もかかった。患者を収容した小学校で、1歳年下の女の子が一晩で亡くなったことが鮮明に記憶に残っています。 国鉄東京機関区の電気機関助士となったのが64年。寮生活をしていて、誘われて国鉄労働組合(国労)に入りました。寮の舎監は組合の動きに過敏になってはいましたが、さほど気にすることはありませんでした。 その後、電車の運転士になりましたが、当時の職場は自由でした。自分たちの仕事をやっていれば、他の人からとやかく言われることもないし、お互いに干渉はしない。それが一番の魅力でした。 ところが、中曽根康弘首相(当時)が「国鉄改革」を断行し、状況は一変します。後に雑誌のインタビューで彼は、分割・民営化の狙いを「総評(日本労働組合総評議会)を崩壊させようと思ったからね。国労が崩壊すれば、総評も崩壊するということを明確に意識してやった」と語っています。「戦後民主主義」へのクーデターでした。 86年に人材活用センターが作られ、組合活動に積極的だった人が強制的に配置された。上半身裸で廃材を切る肉体労働を強いられる人も。85年2月から86年11月までの自殺者は86人に上ったとされます。 JRになった翌年、僕は新たに作られた「要員機動センター」に強制配転され、長テーブルと折りたたみ椅子以外ない部屋で、何もせず時間を過ごすことが仕事とされました。 戦後日本は多くの犠牲と引き換えに新憲法を手にし、思想・信条の自由も労働基本権も認められたはずなのに専制国家になってしまったと感じました。JR発足からまもなく、昭和という時代は終わりました。 今ではストライキがないことは当たり前で、若者たちは異議申し立てをすることをあきらめてしまっているかのようです。「昭和」は現代に何を引き継いだのでしょうか。(聞き手 編集委員・豊秀一) *<むらやま・りょうぞう> 元国労組合員 1939年生まれ。元国鉄労働組合員。近著に、国鉄分割民営化と現場で起きた人権侵害を描いた「JR冥界ドキュメント」(梨の木舎)。2024年12月6日 朝日新聞朝刊 13版 15ページ 「(リレーおぴにおん)100年目の昭和:5 戦後民主主義、覆した『国鉄改革』」から引用 60年代、70年代は経済成長が著しく、大企業も中小企業も人材確保のために初任給を毎年増額する時代で、熟年労働者も組合活動を通して待遇改善の運動を公に実行するのが当たり前の時代でした。あんなに労働運動が正々堂々、活発に行われていたのに、政府が国鉄を民営化すると言い出した頃から何やら世の中がおかしくなり、国鉄の中に「人材活用センター」などというものを作って、組合活動に熱心な労働者から仕事を取り上げて、椅子とテーブルしかない部屋に一日中閉じ込めておくなど、これは明らかな「不当労働行為」であり、実際にそのような扱いに耐えきれずに自殺した労働者が86人もいたにも関わらず、労働組合はそのような政府のやり方に抵抗の声を上げることが出来ず、当時は共産党も「不当労働行為をやめろ」との声を上げるほどの力量はなく、なし崩しのように国鉄が複数の株式会社に分断されたあの時が、上の記事がいうように、官製クーデターが起きたのであり、あの日に日本の民主主義は実質的に終わったのだったわけです。それ以来、日本の労働運動は経営者にお伺いを立てるだけで、権利の要求はしないことになったため、その後の30年間、企業収益は上がっても労働者の賃金には反映されず、「失われた30年」を招来したというわけです。これからの若い人たちは、経営者の言いなりになって働いても、言うべきことはしっかり言わないと、私たちの生活は向上しないのだということを、是非理解して、労働運動の「再建」に立ち上がってほしいと思います。
2024年12月22日
原子力発電所から出る高濃度放射性廃棄物の最終処分場を完成させたフィンランドを取材した朝日新聞・寺西和男記者は、5日の同紙夕刊に、次のように書いている; フィンランドで世界初の高レベル放射性廃棄物の最終処分場「オンカロ」が動き始める。原子力発電所で使われた核燃料を「10万年後」まで地下で保管する施設だ。8月末に試運転が始まり、政府の許可が出れば来年中にも正式稼働する可能性がある。 同じく地層処分を目指す日本の参考になると思い、5月に現地を訪れた。エレベーターで地下433メートルまで降り、案内用車両で曲がりくねった車道を下ると、保管場所の地下約450メートルの坑道に着いた。 担当者は「ここでは幾重にも安全対策をとっている」と強調した。使用済み核燃料は、腐食しにくい銅製容器などに詰められ、坑道の奥にあるコンクリートの縦穴に密閉する。そして坑道ごと、水を通しにくい粘土でふさぐ。 担当者は「ここでは幾重にも安全対策をとっている」と強調した。使用済み核燃料は、腐食しにくい銅製容器などに詰められ、坑道の奥にあるコンクリートの縦穴に密閉する。そして坑道ごと、水を通しにくい粘土でふさぐ。 最後の「とりで」は岩盤だ。地震がほとんどないため20億年近く崩れたことがないとされ、「岩盤中に水の流れもなく、容器が万が一壊れても外部に放射性物質が漏れることはまずない」という。 フィンランドが地層処分の方針を決めたのは40年以上も前だが、それでも比較的スムーズに進んだとされる。ラッペーンランタ・ラハティ工科大のコジョ准教授は、背景に「政府機関や原子力安全当局への国民の信頼の高さがある」と話す。 オンカロがある島には1970年代から原発があるが、大事故は起きていないという。福祉国家フィンランドは税金も高いが、それで回るのも政府への信頼という土壌があってこそだ。 だが、話を聞けば聞くほど日本での地層処分の難しさを感じずにいられなかった。地震は大丈夫か。原子力施設で相次いだトラブル隠しや、東京電力福島第一原発事故をめぐる政府の対応の混乱も思い返された。 最終処分場の選定で失敗したのがドイツだ。70年代に北部ゴアレーベンを候補地とした。だが、選定基準などに疑問を持つ住民が多かったにもかかわらず、調査を推し進めた政府への不信感が募った。住民の反対運動の末、13年に白紙に戻した。連邦放射性廃棄物処分安全庁のキューン長官は取材に「社会的対立を引き起こした。政治的な動機による選定は失敗すると学んだ」と反省を口にした。 原発を使う選択をした以上、国が責任をもって最終処分しなければならない。信頼を得るには、住民への丁寧な情報提供と、透明性の高い選定作業が欠かせない。(ベルリン支局長) *<てらにし・かずお> 2003年入社。経済部、ロンドン特派員などを経てベルリン支局長。初任地だった茨城県で東海村の担当になって以来、原子力は関心分野。脱原発を実現したドイツの政治的な決断力は立派だったと思う。2024年12月5日 朝日新聞夕刊 4版 9ページ 「取材考記-核処分場、信頼あってこそ」から引用 この記事はなかなか興味深いことを書いている。フィンランドの「オンカロ」が建設された地域は、地層学的に20億年間動いていないことが分かっているので、放射性廃棄物処分場を建設する方もそれを見守る地域の住民も、何も隠したり疑ったりする余地がないから、双方ともに自信をもって処分場建設を推進するし、住民も信頼感をもって見守るわけだ。また、処分場建設に失敗したドイツ高官の談話も示唆に富んでいる。彼は「政治的な動機による選定は失敗すると学んだ」と言っている。彼がこういう発言で何を言おうと考えたのか、日本の政治家は是非とも彼に会って、教えを乞うべきだと思います。処分場建設に適切かどうか、地質調査に協力してくれるだけで10億円出します、などと言われて手を挙げる北海道の自治体などは、政治的な動機というよりも経済的な動機と言うほうが事実に近く、それだけ本来根拠とするべき「信頼」からはますます距離が遠くなるのではないか。実に心細い話で、とにかく日本はこれ以上放射性廃棄物を増やすべきではないのであって、もう原発の稼働は止めるのが、我々の子孫のためだと思います。
2024年12月21日
ある日の朝日新聞に、次のような中学生の投書が掲載された; 昨年、私は生徒会長選挙に立候補した。中学校では校則に書かれていない謎のルールが少なくない。生徒会長になって不要なルールは廃止し、自主性と個性を大事にする学校にしたいと思い、立候補した。 そしてドキドキの結果発表。残念ながら落選だったが、得票数を知りたいと思った。先生に聞きに行ったところ、なんと非公開。これでは、開票が公正に行われたのか分からない。先生は「信じてもらうしかない」「人権上の配慮」と言うが、信じるためにも公開が必要なのではないか。得票数を公開しない選挙なんてあるのだろうか。自分の1票がどんな影響を及ぼしたのかが分からないことの方が、候補者と有権者の「知る権利」を侵害していると思う。 中学校の生徒会選挙はそもそも関心が低い上に「やらされてる感」が強い。それが今の日本の選挙の低投票率にも影響しているのではないか。中学生にもっと選挙への関心を持ってもらうためにも、生徒会選挙での得票数の公開を強く求めたい。2024年12月4日 朝日新聞朝刊 13版S 12ページ 「声-得票数を公開しない選挙なんて」から引用 中学校や高等学校で生徒会をおいて生徒会長を選出するという行事は、生徒に民主主義のあり方を学習させる機会として有意義と思われ、そのような主旨で全国の中学校、高等学校で実施されているものと思います。上の投書の筆者のケースでは、投票結果が非公開で、上から目線で生徒の活動を管理監督する権限を持つ教員が、投票結果を見て、投票数は公開せず、誰が当選したのかという「結果」のみを教員が「発表」するのだそうで、これでは民主的な選挙とは言えず、独裁者の「命令」にのみ従って生きるという、民主主義教育とはほど遠い、むしろ全体主義ファシズム教育を受けているという方が、事実を正確に言い表している。このような教育が実施されているのは、大きな「問題」だと思います。 教員がなぜ生徒会長選挙の投票結果を非公開にするのか。上の投書では、先生が「人権上の配慮のために非公開」だと言ったそうであるが、そういう発言でふと思い出すのは、昔、校内暴力が荒れ狂っていた頃、ある中学校で生徒会会長選挙が行われたとき、番長と呼ばれる不良のリーダーが「いいか、おまえら、今度の選挙は〇〇に入れろ。わかったか」と学校中に指示を出して、支援学級の生徒に投票を集中させるという事態になり、先生たちが苦慮したという昔聞いた話を思い出した。もしかしたら、似たような事態が、上の投書の筆者の中学校でも起きている可能性があると思います。先生も、「信じてもらうしかない」などと奥歯にものが挟まったようなことを言ってないで、まともな民主主義教育ができるような環境整備に努力を払うべきではないかと思いました。
2024年12月20日
元々支持率が低下していた岸田政権の下で裏金問題が発覚し、これでは政権維持が無理ということで、一応形ばかりの政治資金規正法改正を実施し、新しい総裁に石破茂氏を選んで、新首相就任後間髪を入れずに解散総選挙を行ったのに、結局自公政権は少数与党になってしまった。このような一連の事態について、朝日新聞・磯田和昭記者は2日の同紙夕刊に、次のように書いている; 新聞記者になって38年。新卒でしたが訳あって7月入社となり、新人の配属がまれな川崎支局が振り出しでした。そこで1988年に出合ったのがリクルート事件です。 事件を機に問題視された「政治とカネ」はその後数年にわたって、自民党に重くのしかかりました。少数与党で船出した第2次石破茂政権も同じように、荒波にもまれ続けるのではないか。世論調査からそんな思いにかられます。 石破首相は自民党派閥の裏金問題の実態解明を進めるべきだと思いますか――。衆院選直後の11月2、3日に朝日新聞社が実施した全国世論調査(電話)で、こう質問しました。「進めるべきだ」が73%と多く、「その必要はない」という回答は19%でした。 石破内閣の発足直後の10月1、2日の調査で同様に質問した際には「進めるべきだ」が75%、「その必要はない」が15%でした。このときから衆院選直後にかけて「その必要はない」という回答がわずかに増えてはいますが、「進めるべきだ」が7割を超す状況は変わっていません。 自民支持層でも実態解明を「進めるべきだ」という回答が、衆院選直後の調査で67%に上っています。 この結果に当然だという気がします。なぜなら衆院選の最中、石破首相は裏金問題を陳謝しこそすれ、実態解明については消極的な姿勢を崩さなかったからです。世論は「みそぎがすんだ」などとは決して感じていないということでしょう。 衆院選直後の調査では、与党が過半数を割ったのは裏金問題の影響が大きいと思うかどうかも質問しました。「大きい」が82%を占め、「そうは思わない」という回答は12%でした。 「政治とカネ」が国政選挙を直撃した例としては、1989年夏の参院選があります。前年に発覚したリクルート事件に加え、89年4月に導入された消費税への反発などが加わり、自民党は大敗。非改選議席をあわせ過半数を割り込んだのです。 この参院選のあと最初の世論調査となった9月の面接調査では「与野党の議席逆転」について、「よかった」が69%に上り、「そうは思わない」(21%)を大きく上回りました。 くしくも今回衆院選での与党過半数割れについても、「よかった」という回答が64%、「よくなかった」が22%でした。調査方法が異なりますが、同じような回答割合です。 結局、自民党が国政選挙でリクルート事件の影を何とか脱したのは、90年2月の衆院選でした。「クリーン」を売りにした海部俊樹首相のもとで安定多数を確保しました。「政治とカネ」に起因する不信を選挙でぬぐうには、相応の時間がかかります。その前、89年4月には事件で厳しい追及にあった竹下登首相が退陣表明を余儀なくされました。当初予算成立を見届けるような引き際でした。 今回の裏金問題の主な舞台となった安倍派事務局長の公判では、いったんやめることになったパーティー収入の還流が再開された経緯をめぐり、幹部議員の説明と食い違う場面もありました。 開会中の臨時国会から、野党側はこうした点を追及するはずです。政策活動費の廃止など政治資金規正法の再改正にこぎつけたとしても、裏金問題の実態解明抜きでは、世論の納得は得にくいと思います。(磯田和昭) ◇ 世論調査を通じて得られた、有権者の政策や社会的争点についての意見や態度を深掘りします。最新の調査方法や過去の興味深い調査の紹介、選挙の出口調査の分析も。数字をタテヨコに読み解きながら、世論調査の面白さをお伝えします。2024年12月2日 朝日新聞夕刊 4版 3ページ 「世論調査 タテ軸ヨコ軸-裏金問題、選挙はみそぎにならず」から引用 いったんやめることになったパーティー収入の還流が再開されることになったのはどのような経緯だったのか、この問題で起訴された安倍派事務局長が法廷で証言した内容と、安倍派幹部議員が記者会見で説明した内容には不一致の点がある。これは重大な問題であり、このままやり過ごすのではなく、事実はどうであったのか、野党はしっかり事実を確認するべきと思います。今朝のニュースでは、与党は「政策活動費の廃止」という野党の提案を受け入れることになったと報じられましたが、その代わりに「企業団体献金の禁止」については、結論を年度末まで保留にするという、与野党間の「取引」があったような印象ですが、来たるべき年度末には、しっかりと与党に「引導」を渡すべきだと思います。
2024年12月19日
自民党は10月の総選挙で少数野党に転落したので、選挙前に一度改正した政治資金規正法を11月に再度改正するというお粗末な事態になったことを、メディア各社がどう報道したか、ジャーナリストの沢木啓三氏は1日の「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; 自民党は11月21日、政治改革本部の総会を党本部で開いて、政治資金規正法再改正などの政治改革案を了承しました。翌日の在京各紙は、1面トップで大きく報じた「朝日」「毎日」「東京」と、比較的小さい扱いの「読売」「日経」「産経」とに分かれました。 「朝日」と「毎日」は、改革案に企業・団体献金の禁止を盛り込まなかったことを見出しに大きく掲げました。「朝日」社説(22日付)は、「税金でまかなう政党交付金の導入に伴い、企業・団体献金を見直すとの約束はほごにされたままだ。交付金と献金の『二重取り』をいつまで続けるつもりか」と批判しました。 「東京」は、自民党の改革案が打ち出した政策活動費の廃止方針に対して、政党から外部に非公表の支出ができる余地を残すルールを新設していることから「基本方針に抜け穴」と厳しい見出しをつけました。また同紙は、東京都の2023年分の政治資金収支報告書で、各政党支部への企業・団体献金の9割超が自民党への献金だったことを明らかにしています。 テレビ各社は21日夜のニュースでは小さな扱いでしたが、企業・団体献金をめぐり、TBS系のチューリップテレビ(富山市)がスクープしました。 同局は、「裏金」議員の一人、自民党の田畑裕明議員が支援者と交わしたとされる電話の音声データを入手。音声では田畑議員が党員登録した人の「党費」に企業献金を充てていたとしています。 田畑議員は音声データが自身の声であることを認め、記者会見では党員の不適切な登録が100人前後に上ることを明かしましたが、詳しくは「調査中」と説明を避けます。 「政治とカネ」については、小手先の「政治改革」論議の前に、徹底した裏金疑惑の真相究明がまだまだ必要です。各メディアのさらなる奮闘に期待します。(さわき・けいぞう=ジャーナリスト)2024年12月1日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-『二重取り』続けるのか」から引用 自民党の政治改革本部が政治資金規正法の再度の改正案を了承するというのは、与党として不名誉な話なので、これをあまり大きくは取り上げない「読売」「日経」「産経」の態度は、ジャーナリズムの名に恥じるメディアというほかありません。これら3紙は戦前に政府や日本軍の「広報紙」みたいな活動を行ったあの時代の体質をそのまま引き継いでいるとしか考えられません。その点、「朝日」「毎日」は一応国民の視点に立ったメディアの姿勢は保っているとはいえ、100パーセント合格とまでは言えない弱さがあるように思います。上の記事中で、メディアとしての面目を発揮していると言えるのは、「東京」と「チューリップテレビ」です。日本が民主主義の国であるためには、権力者が何を考え、何をしようとしているのか、逐一国民に周知するのがメディアの仕事であり、これを怠ると隣国のように権力者が突然、戒厳令を発令して国民の権利を悉くはく奪するという事態が起きやすくなるのですから、メディアで働くみなさんには、その辺をよく理解した上で、覚悟をもって業務に取り組んでいただきたいと思います。
2024年12月18日
公立学校教員の労働環境改善の一環として、中学生の部活動指導員を学校教員に限定しないで、外部の人材を登用するという文科省の方針に対し、熊本市では独自の人材活用を計画していると、元文科官僚の前川喜平氏が1日の東京新聞コラムに書いている; 文部科学省のスポーツ庁と文化庁は今、公立中学校の部活動の地域移行を一生懸命進めている。2022年12月に作成したガイドラインでは、23年度から3年間を「改革推進期間」とし、まず土日の部活動を地域に移す「推進計画」を作るよう自治体の尻を叩いている。しかし、文科省が今年5~6月に行った調査では、推進計画を策定済みの自治体は29%にとどまっていた。地域の実情に合わない方針を自治体に押し付けても、できないものはできないのだ。 そんな中、熊本市は部活動の地域移行をしない方針を明らかにした。学校活動としての部活動を残しつつ、人材バンクを設けて指導者を広く募集し、各部活動に顧問と副顧問として配置する。顧問には時給1600円、副顧問には時給千円の報酬を払い、交通費も支給する。教員も希望すれば顧問・副顧問になれる。逆に言えば、希望しない教員は部活動から解放される。学校の活動として安全配慮義務も確実に果たされる。27年度から実施する予定だ。 熊本市教育委員会は22年12月以来、部活動改革検討委員会で議論を重ねた結果、文科省とは異なる方針を打ち出した。これこそ地方自治の本旨の発露だ。他の自治体にとっても大いに参考になるだろう。文科省も熊本市の改革をよく研究して、地域移行の方針を見直すべきである。(現代教育行政研究会代表)2024年12月1日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-熊本市の部活動改革」から引用 この記事が紹介する熊本市の試みは、地域の実情に即した工夫という観点からも評価されて然るべきで、是非成功につなげて欲しいと思いますが、これは熊本市という一定の人口が居住する地域だから「可能性」があるわけで、全国どこにでも適用できるというものでもないように思われます。元々、教員の労働環境改善は教員本人が所属する労働組合として「環境改善」の声を挙げるべきものであって、通り一遍の「申し入れ」だけでは埒が明かないのであれば、堂々とスト権を確立して「労使交渉」を要求するという「活動」をするべきと思います。教員のストともなれば、授業を受けるはずの生徒にも迷惑が掛かりますが、そこは「先生たちは、こういう事情で、3時限はストライキをするので、すまないがキミたちは自習をしててくれ。漢字の書き取りでもいいし、算数の計算ドリルでも良いから、静かに取り組むように」とでも言って説明すれば、生徒たちも「そうか、先生たちも生活が掛かってるから、そうやって頑張るんだな」と、労働者としての「生き方」を学び、労働者の「権利」ということも理解するであろうし、それこそ「生きた政治の勉強」になるのであって、そのような体験もなくしてただ漫然と大人になっただけの人間は、成人して投票権を得ても、簡単にSNSのフェイク情報に騙されてしまうような投票行動をする人間になってしまうのだと思います。日本の将来のためにも、学校教員のみなさんは、労働者としての自覚をしっかり持って行動してほしいものだと思います。
2024年12月17日
県議会の全会一致で不信任決議が可決され失職した斎藤兵庫県知事が、その後の選挙で再選されるという異常な選挙結果について、11月30日の朝日新聞には、次のような読者の投書が掲載された; 先の兵庫県知事選から日もたち、冷静になってきた。前知事の斎藤元彦氏の当選に兵庫県民の民意が示されたといっても、得票率は45・21%に過ぎず、批判票も多い。投票率は前回よりも上がったが、55・65%だ。斎藤氏に県政を託したい県民ばかりとは言えないと思う。 選挙期間中、同じく知事選に立候補した、NHKから国民を守る党の立花孝志氏の選挙ポスターや選挙公報、政見放送などでの発言にはびっくりした。自分自身の当選を目指すのではなく、斎藤氏を応援するのだという。 まるで斎藤氏が2人立候補しているようだった。これで公平公正な選挙を保てるのだろうかと思い、県選挙管理委員会に電話して意見を伝えた。県選管は今回の選挙のあり方を検証して、県民にきちんと報告してもらいたい。 また、今回の選挙のきっかけにもなった内部告発文書をめぐる問題で、告発後の斎藤氏や県の対応は公益通報者保護法に違反する疑いもあると指摘される。県議会の調査特別委員会(百条委員会)は、ひるむことなく真実をしっかり追求して百条委としての責務を果たしてほしい。2024年11月30日 朝日新聞朝刊 13版S 14ページ 「声-兵庫知事選、百条委は真実追求を」から引用 先月の兵庫県知事選挙は、上の投書が訴えるように、異常な選挙であった。何が異常であったかは、この投書が述べている点に加えて、選挙運動中は各候補の言動について報道機関は一切沈黙するという「異常な」慣行に加え、県知事の執務に関する違法性を調査する百条委員会が、選挙期間中は調査対象の斎藤知事が不利にならないように配慮して委員会の調査活動を一時停止するという態度に出たこと、それに加えて、N党立花某が自ら立候補しておきながら「自分には投票しないで、斎藤候補に投票して」と訴えて回ったこと、斎藤候補の選挙ポスター政策を請け負った企業が、ポスター印刷のみならず、選挙運動中の斎藤候補の選挙カーに同乗して終日行動を共にし、一部始終をスマホで撮影してはSNSで配信して支持を呼び掛けるという「運動員」さながらの活動をしていたことなど、数々の問題点を抱えた斎藤候補の選挙運動だったことが、問題として指摘できます。これらの違法行為を不問にして、「民意が示された」などという言説を野放しにしておいては法治国家の名が廃るというものです。メディアも司法も、ものごとの黒白をしっかりさせて、厳正な対応をする必要があると思います。
2024年12月16日
今年のマグサイサイ賞を受賞した宮崎駿氏は、高齢のためマニラで行われた授賞式には代理のスタジオジブリ取締役・依田謙一氏が出席して、宮崎氏のメッセージを代読したのであったが、そのメッセージについて、11月29日の朝日新聞夕刊は、次のように報道している; 「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞を受賞した宮崎駿監督(83)が、フィリピンの首都マニラで16日に開かれた授賞式で、フィリピン人虐殺の過去を「忘れてはいけない」とするメッセージを寄せた。宮崎さんが「受賞の喜び」の代わりに伝えようとしたこととは――。 マグサイサイ賞は1957年に創設され、毎年、アジア地域で平和や社会のために尽力した個人や団体に贈られている。 今年は、宮崎さんをふくむ4人と1団体が対象となった。式では、宮崎さんが平和や環境保全など多くの社会課題を題材にしてきたと紹介した上で「社会課題への理解を助けた」と称賛した。 その後、スタジオジブリ取締役の依田謙一さんが、宮崎さんのメッセージを代読した。 《この受賞を機に、改めてフィリピンに思いをはせました。2016年、当時の天皇、皇后両陛下が、ここマニラを訪れ、マニラの市街戦に触れながら、命を失った多くの戦没者を慰霊しました。日本人は戦時中、ひどいことを散々したんです。民間人をたくさん殺しました。日本人はこのことを忘れてはいけません。ずっと残っていることです。そういう歴史がある中で、フィリピンからマグサイサイ賞を贈られるということを、厳粛に受けとめています》 このメッセージが報道されると、SNSでは賛同の声が広がる一方で、「忘れるも何も知らなかった」との声もあった。マグサイサイ賞を運営する財団に受け止めを聞くと、次のようなコメントが寄せられた。「より良い両国の未来のために、過去の歴史と向き合い、記憶する重要性を思い起こさせてくれました。私たちも相互理解を推進していきたいと思います」 宮崎さんが「忘れてはいけない」と呼びかけた歴史とは、どんなものだったのか。そもそも、フィリピンは「親日国」のイメージが強調されがちだが、それとは別に戦時中の負の歴史を重く見ている国民は少なくない。 フィリピンはもともとはアメリカの植民地だった。太平洋戦争を機に1942年から日本軍が占領した。太平洋戦争末期の45年2月、日米などがマニラで戦闘を繰り広げた。これが宮崎さんが言及した「市街戦」で、民間の犠牲者は約10万人にのぼり、最終的に、日米の戦闘や米軍の砲撃、日本軍による虐殺などで、約111万人が亡くなったとも言われている。 そうした歴史の中で「英雄」とたたえられているのが、高額紙幣の1千ペソ札(2010~22年ごろ)に肖像がプリントされている3人だ。日本軍の侵攻後に大統領代理を任された最高裁判所長官のホセ・アバド・サントス氏と、命がけで捕虜たちに食料を届け続けたフィリピン・ガールスカウト創設者のホセファ・リャネス・エスコダ氏、抗日活動を続けた陸軍司令官のビセンテ・リム氏だ。 戦後、日本との関係改善のきっかけとなったのは、エルピディオ・キリノ大統領(1890~1956年)が出した恩赦だった。キリノ大統領は妻子が日本軍に殺された過去がありながら、1953年に「日本人への憎悪の念を残さないために」として、日本人のBC級戦犯105人を釈放・減刑した。恩赦の3年後、日本との間で戦争賠償協定が結ばれ、国交が正常化した。 国交正常化から60年後の2016年1月、当時の天皇、皇后両陛下がマニラを訪問。多くの市民の犠牲について「日本人が決して忘れてはならないこと」と話し、注目を集めた。同じ年の6月には、両国関係者が東京の日比谷公園にキリノ元大統領の功績をたたえる石碑を建てた。 キリノ元大統領は、恩赦にあたって家族に「自分たちが先頭に立って過去を赦(ゆる)そう」と語っていたという。(小川尭洋)2024年11月29日 朝日新聞夕刊 4版 9ページ 「宮崎駿さん、マニラの授賞式へメッセージ」から引用 この記事にもある通り、戦争中の日本軍は中国をはじめフィリピン、ベトナム、マレーシア、タイ、ビルマと侵攻をすすめ、行く先々の現地住民の抵抗に対して、容赦なく銃火を浴びせたのであったが、そのような歴史の「事実」を、我々は学校教育で学ぶ機会がなかったのは、これまた事実であり、宮崎駿氏のように高齢で一定レベルの学識のある人以外には、戦争中の日本軍の行動を知っている日本人は少ないというのは、問題だと思います。戦後の日本では、広島県や長崎県では原爆投下の日は夏休み中であるが特別に登校日とし、平和教育をしてきているらしいが、その他の都道府県ではそのような行事もないし、まして海外出兵した日本軍が行った先々でどのような軍事行動をして、どのくらいの現地住民が被害にあったのか、今では知る人も限られているの実際であるが、このような事態を放置しないで、将来は歴史の事実を謙虚に学ぶ時代が来ることを願います。
2024年12月15日
罰則付きのヘイトスピーチ禁止条例がある神奈川県川崎市では、9月中にインターネットに書き込まれた19件の投稿をヘイトスピーチと認定し、運営会社に削除を要請したと、11月30日の東京新聞が報道している; 川崎市は29日、市差別のない人権尊重のまちづくり条例に基づき、インターネットの掲示板やブログ、X(旧ツイッター)への投稿計19件を差別投稿と認め、運営会社3社に削除要請したと発表した。 市によると、投稿は在日コリアンの市民に関する差別投稿をした疑いで千葉県の少年が書類送検されたことを受け、いずれも9月に書き込まれた。内訳はネット掲示板「5ちゃんねる」8件、ライブドアブログ10件、X1件。 「こんな国に住まないほうが良いよ」といった、ヘイトスピーチ解消法が差別類型とする「地域社会からの排除の扇動」にあたる投稿が14件、「危害の告知」は「行動が殺害一択になるじゃん」の1件。排除の扇動と危害の告知、侮蔑のうち複数の要素のある投稿は「害虫は殺すべし 息の根を止めろ、この糞虫しぶといから」など4件あった。 削除要請は28日までに各運営会社に届いた。市によると、これまでに削除要請した投稿は今回を含め計480件で、うち373件が削除された。(北條香子)2024年11月30日 東京新聞朝刊 18ページ 「ヘイト19件、削除要請」から引用 普通は常識的に考えて、どのような表現が違法な「ヘイトスピーチ」に相当するのか判断できるものであるが、中には調子に乗ってうっかりヘイト表現を使ってしまうというケースもあり得るわけで、しかも一過性の日常会話と違ってインターネットの掲示板やSNSは長時間にわたって表示されるという問題もあるので、川崎市のように行政が常に目を配り、ヘイトスピーチは見つけ次第、掲示板やブログの運営会社に警告することは、市民の間に人権尊重とヘイト禁止の意識を醸成する上で、大変重要な役割だと思います。このような役割を、川崎市だけに担わせるのではなく、全国の主要都市の自治体が取り組んで、ヘイトスピーチ撲滅の機運を高めるのが効果的だと思います。
2024年12月14日
県議会の全会一致で不信任決議案が可決されて失職し、再出馬して当選した兵庫県の斎藤知事について、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、11月30日の同紙コラムに、次のように書いている; 後講釈との批判を承知で書くが、兵庫県知事選の告示前、斎藤元彦氏再選の予感がしていた。身近な人には話していたから「なぜそう思ったか」と尋ねられる。 3月に元県幹部が斎藤氏を告発した文書を、地元の知人が早々に送ってくれたので、ずっと関心は持っていた。告発文のあやふやな根拠と感情的な表現が気になったが、火種はあるはずだ。 混乱の拡大を横目に、地元関係者の話を聞くうちに気づいたことがある。5期20年続いた井戸敏三前知事の長期県政に対するうんざり感が、立場や意見を超えていかに根強く共有されているか。 「1960年代から4人の前副知事が順番に知事になってきた。官選知事みたい」(50代女性) たとえ斎藤氏に未熟さがあっても、従来の県政に戻るより変化の可能性に懸けたい。そんな迷いと渇望がくすぶっている。これはどうなるか分からないぞ。 選挙中のSNS(ネット交流サービス)現象は想定外。確かに情勢調査の推移に影響は表れている。でも、得票率は斎藤氏45%、2位の稲村和美氏40%。終盤の逆転を生んだにせよ、斎藤氏再選の土台は、変化の芽を残したい苦渋の期待感だったのではないか。 河井案里元参院議員夫妻の選挙違反事件を思い出す。2019年参院選で、安倍晋三政権は巨額の資金を投じ、河井氏を広島選挙区で強引に初当選させた。 25年間の自公連立と伴走する体質が、県政にもあるのだろう。 SNS選挙は目立つが、飛び交う意見は表層的な細切れが多い。それで動く票が増え、時に結果を覆すことはあっても、集票構造の大きな動因は他にある。 東京都知事選では石丸伸二氏が脚光を浴びたが、得票は自公の組織票を固めて圧勝した小池百合子知事の半分強である。 斎藤氏、石丸氏、衆院選の玉木雄一郎国民民主党代表。今年はSNS選挙の人気者が出そろった。3人とも顔つきや経歴、論法がよく似ている。頭は切れそうなのに、要らぬ言動で騒動を起こすのもなぜか同じだ。(専門編集委員)2024年11月30日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-SNS選挙の人気者たち」から引用 この記事によれば、兵庫県は長年に渡って副知事が次の知事になるという「悪循環」を繰り返していたために、県政が停滞し、多くの有権者が諦めていた所に、維新の抜擢で「悪循環」を断ち切るべく登場した斎藤元彦氏には、始めから一定の期待感があったので、マスコミや議会が一斉に「斎藤批判」を始めたことに反感を感じた有権者が、SNSの「応援」もあってこの度の県知事選で再び「力」を結集して「斎藤再選」を勝ち取ったのだ、ということのようである。そう言われてみれば、それは確かに、斎藤知事になってからはそれまでの旧弊をいくつか改革したのは事実かも知れないが、しかし、調子にのって業者に贈答品を要求したり、気に入らない部下にパワハラをしたという「問題」があったのは事実であり、選挙戦における行動にも法に触れる問題が数々あったわけで、再選されたからと言ってそれらの問題を不問とするわけにはいかないと思います。
2024年12月13日
世の中から女性差別を無くそうという運動の一環として、国連が「日本では男性でなければ皇位を警鐘できないと定めた皇室典範を改正するべきだ」と勧告したのに、日本政府は適切な対応ができていないと批判する投書が、11月26日の朝日新聞に掲載された; 国連の女性差別撤廃委員会が、「男系男子」が皇位を継承することを定める皇室典範の改正を勧告したことに対し、林芳正宣房長官は「皇位継承のあり方は国家の基本に関わる事項であり、取り上げることは適当でない」との日本政府の立場に触れ、抗議と削除を申し入れた。 憲法には、天皇は日本国、日本国民の統合の象徴であり、「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とある。国の象徴である天皇のあり方に男女差別の是認が内包されるならば、日本国民は男女差別やそれに基づく格差を社会のあるべき形だと確信していると、国際社会に表明するに等しいのではないか。抗議は筋違いに思える。女性天皇をめぐる議論も男女平等の理念を具体化する趣旨ではなく、安定的な皇位継承を目的としたものにとどまる。 日本は人権を最大限尊重する国として、戦後の歩みを進めてきた。各種の世論調査でも、人権問題として男女の差別や格差の是正を求める声が大きい。性別役割分担をもとにした社会像は、世論が望むあるべき社会の形とはかけ離れている。象徴天皇制を維持するのならば、政府は正面から勧告に向き合うべきだ。2024年11月26日 朝日新聞朝刊 13版S 12ページ 「声-皇位継承、政府は勧告に向き合え」から引用 国連から日本政府への勧告に対して、林官房長官は「皇位継承のあり方は国家の基本に関わる事項云々」と回答したそうだが、これは歴代日本政府が国連から指摘される度に繰り返して来た「呪文」のような文言で、とても誠意ある回答とは言えない。しかも、「皇位継承のあり方」が「国家の基本に関わる事項」であった時代は、80年前に侵略戦争に敗北したのをきっかけに終了しており、現代の日本国の「基本」は(1)主権在民、(2)平和主義、(3)人権尊重であり、「皇位継承」を定めた皇室典範は、今では単に皇室のあり方を定めているに過ぎない。従って、憲法の原則を変えるということになれば、これは「国家の基本に関わる」と言えても、皇室の内部ルールは皇室の人たちのルールを変更するだけのことであり、国家の基本が変更されるわけではない。世間では女性差別をなくそうという「声」が高くなりつつある昨今の情勢に鑑みても、皇室は世間に先駆けて「差別」をなくしていく姿勢を示すことは、先々国民の支持を広げていくという意味でも必要なことだと思います。
2024年12月12日
今までの健康保険証を今後は発行しないとの決定は、如何なる議論の結果決まった政策なのか、閣議決定に至る経緯を記した記録の開示を求めた野党に対し、与党は「当時、話し合って決めただけで、記録は存在しない」と回答したのであるが、そのような与党の政策決定の方法について、11月27日の東京新聞は次のような読者の投稿を掲載している; 昨年12月、現行の健康保険証を今年12月に廃止しマイナ保険証に一本化すると閣議決定したが、そこに至るまでの記録が残されていない。絶対安定多数を持っていた当時の政権与党が、国会審議を経ず勝手に口頭で進めていたのだ。 今回の選挙で、政権与党は国民から批判的な審判を受けたのだから、国会でしっかりと審議していただきたい。マイナ保険証の利用率はまだ16%程度であり、国民の大多数が現行の保険証を残してほしいと願っている。 幸い、野党はその国民の意思を理解しているようなので国会審議に期待したい。与党もマイナ保険証の一本化は、国民の理解と納得が得られるまで先送りしたほうがよいのではないか。いずれにせよ、国会審議をせずに閣議決定などという暴挙は慎むべきである。2024年11月27日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「発言-審議せず閣議決定 ダメ」から引用 この投書が言うように、国会審議をせずに閣議決定で政策が決まるというのは、ナチスドイツがやったような専制政治と同じ暴挙である。与党がそのようなデタラメをやっているというのに、「記録はない」と言われたら、それ以上は追及できない野党という存在にも「従来の健康保険証廃止」の責任の一端があるのではないかと思います。それにしても、安倍政権以来、「知らぬ存ぜぬ」「記憶にない」「記録はない」と言ってその場を切り抜けて誤魔化しても、後になってから「実はありました」ということになった例は、枚挙にいとまがない。国民の8割以上が「使用拒否」している「マイナ保険証」は、早期に廃止して、元の健康保険証を復活させるべく努力していただきたいものである。
2024年12月11日
兵庫県知事選挙で再選を果たした斎藤元彦氏と選挙運動を支援したPR会社社長について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は11月27日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 兵庫県知事選が終わらない。斎藤元彦氏の再選で議論が次に移る中、選挙戦に関与したPR会社社長O氏による「広報全般を任せられた」なるまさかの暴露。知事にしてみれば身内から背中を撃たれた格好である。 こうした場合ドラマだと、O氏は反知事派で、すべては仕組まれた罠(わな)だった、みたいな話になるところだが、そういうわけでもないらしい。 たしかに彼女の投稿は軽率で、公選法の規定を知らなかったとしたら無知すぎた。だが知事の対応はどうだったか。 知事の得意技は能面戦法、のれんに腕押し戦法だ。何をいわれても表情ひとつ動かさず、知らぬ存ぜぬで押し通す。 25日、彼はポスタ-制作費などで70万円ほど支払った、O氏は個人参加のボランティアだったとした上で「公職選挙法違反となるような事実はないと認識している」と繰り返した。パワハラ疑惑を問われた会見や百条委員会で「これまで行ってきた対応は適切だったと考えている」と答え続けたのと同じである。 しかし、あれほど詳細に明かされた選挙戦での行動が「仕事」でなかったとは考えにくい。逆に無償だったら、それ自体が権力を笠(かさ)に着た搾取でありパワハラに近い。この際O氏は知事に反旗を翻し、仕事だったとぶちまけてはどうか。能面戦法には顔面パンチだ。だってこのままじゃ働き損でしょ。(文芸評論家)2024年11月27日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-続・再選の背景」から引用 この記事では「知事にしてみれば身内から背中を撃たれた恰好」などと書いてあるが、そういう見方はちょっとズレているように思います。斎藤氏を支援したPR会社というのは、女性ばかりの5~6人のメンバーで立ち上げた若さ溢れる元気な会社で、若い社長は選挙戦の間、斎藤候補と常に行動を共にし、一部始終をスマホで動画撮影してSNSに投稿することによって、世間に「存在」をアピールする絶好の機会と踏んで、行動したのであって、「あまりやり過ぎると公選法にひっかかるよ」と、本来なら候補者である斎藤氏が注意すべきところ、黙認していたのは、斎藤氏の落ち度と見るべきか、もしかしたら、斎藤氏は公選法問題を認識していながら、「この際、やってしまえ」という判断だった可能性があると思います。上の記事では、「このままじゃ働き損でしょ」なんて書いてますが、そんなことはありません。このまま、斎藤知事が「知らぬ、存ぜぬ」を半年も続ければ、飽きっぽい日本のメディアはそのうち「騒ぎ」を忘れて、違う話題に移ってしまった頃に、兵庫県庁から発注する「県政だより」やその他の印刷物は、全てこのPR会社を経由して県内の印刷会社に発注されるという、そしてそれなりのキックバックが斎藤知事に還流するという「合意」が出来上がっているのだと思います。安倍晋三事務所の場合も、桜を見る会の費用を自分の知らないところで秘書が勝手に出金したなどと言って、一旦は懲戒免職したのに、ほとぼりが冷めたらいつの間にか復職していた、あれと同じです。
2024年12月10日
国際司法裁判所がロシアのプーチン大統領とイスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を出したことについて、前文科官僚の前川喜平氏は、11月24日の東京新聞コラムに、次のように書いている; プーチンもネタニヤフも、僕から見れば無法者だ。しかし彼らがいくら無法な蛮行を行っても、現在の国際法ではそれを止めることも罰することもできない。法の支配など絵空事で、力の支配こそこの世界の真実であるかのように見える。それでも国際刑事裁判所(ICC)は、昨年のプーチンに続いて21日、ネタニヤフに逮捕状を出した。日本を含む124のICC加盟国にとって、彼らは犯罪容疑者なのだ。 ネタニヤフの容疑にはガザ市民への水、食料、医薬品などの供給を意図的に止めた「人道に対する罪」が含まれている。ニュルンベルク裁判で初めてナチスの指導者に適用された「人道に対する罪」には、東京裁判にも適用された「平和に対する罪」と同様、事後法であり法の不遡及(ふそきゅう)の原則に反するという批判があり、原爆投下や無差別爆撃を行った戦勝国の指導者にも適用すべきだったという主張にも理がある。しかしこの裁判が人類社会の法の支配を大きく進化させたことは確かだ。 プーチンもネタニヤフも、今や捕らえて法の裁きを受けさせるべきお尋ね者だ。中国やアメリカのようなICC非加盟国には行けても、日本に来れば捕まる。人類社会における法の支配は未成熟だが、それでも確実に進化している。力の支配から法の支配へと世界を変えていくのは、僕らの諦めない心だ。(現代教育行政研究会代表)2024年11月24日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-力の支配から法の支配へ」から引用 私たちの社会が、野蛮な過去の「力の支配」の世界から人権尊重の「法の支配」の世界へと進歩するのが歴史が発展する方向なのだと、筆者は力説しているのであるが、歴史の発展というのは「現実」から「理想」へと一直線に進むものではなくて、昔流行った歌の文句ではないが「3歩進んで、2歩下がる」というような、ジグザグの険しい道のりとなるのが実情である。年が明けると、アメリカでは「力の支配」時代に戻そうとするかのような政策を主張する人物が大統領になるが、私たちが目指す世界は「法の支配」の世界であることを忘れずに、試練の4年間を希望を見失うことなく頑張って行きたいと思います。
2024年12月09日
東京都知事の学歴詐称疑惑や裏金議員の問題も、選挙活動が始まると沈黙するメディアの姿勢は、結局疑惑を抱えても有権者の批判を浴びることなく無難に当選してしまう結果となり、有権者の正確な判断を反映しない選挙結果になるという「問題」を、どう解決するべきか、専修大学教授の山田健太氏は11月24日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 東京都知事選、自民党総裁選、衆院選、兵庫県知事選に、米大統領選と選挙活動や選挙報道に関し、いろいろな議論が巻き起こった。ユーチューブやTikTok(ティックトック)の切り抜き動画、X(旧ツイッター)による拡散が「石丸現象」「玉木躍進」「斎藤再選」につながったとされる。ただし、ユー・チューバー・立花孝志氏は2010年代半ばから交流サイト(SNS)を駆使して選挙を戦い、実際に議席の獲得に至っている。ネット言説が投票行動に影響を与えた最初は、18年の沖縄県名護市長選であろう。 投票時の参考メディア1位が「SNSや動画サイト」になり、新しい<権威>が誕生したとされるが、意図的に新聞やテレビといった伝統メディアを対抗軸に据え、支持を伸ばすことも起きている。新聞やテレビを信頼しない人が、批判されている候補者報道を受け、確証バイアスでより強固な支持者となるパターンだ。この前提には、1970年代から一貫して強まり今日の排斥感情にまで高まっている、既存メディアに対する否定や敵対感も存在する。 ◇ ◆ ◇ 選挙に限らずネット空間には多くの偽・誤情報が出回るが、選挙期間中に有権者たる市民が自由に意見を表明し、情報を交換できる「場」はリアルでは存在せず、法律上許されているのはインターネットのしかもSNS上だけだ。選挙規定上、表現活動の主役には、候補者、マスメディア、政党の三つしか設定しておらず、本来、選挙の一番の主役であるはずの市民は、構造上、蚊帳の外に置かれていることになる。そうした中で、ただでさえ自由の幅が小さい選挙活動や、市民唯一の活動の場のネットを規制することになれば、窮屈な選挙期回中の言論公共空間は一層スカスカでつまらないものになるだろう。 国会も政府も、政治家も市民も制度改革が必要だという。そうであれば、今こそ悪弊一掃の千載一遇のチャンスだ。公職選挙法や放送法が定める「公正」や「政治的公平さ」が、量的平等を求めているという政府の一方的な解釈に、報道機関が従うことをやめることこそ、現在の課題を一気に解決する近道だろう。現行法制度はもともと、報道の自由を保障することで、豊かな情報環境が提供されることを期待している。 ◇ ◆ ◇ 量的アンバランスを恐れず、選挙期間中にこそ、候補者に関する過去の政治活動・思想信条、政治資金の集め方や使途、支持母体等の検証を徹底して行い、言うべきことを言うという基本動作をすることが大切だ。質問ゼロ回答や討論会欠席の候補者にあわせて報道を自制するのではなく、不誠実な政治姿勢を有権者に伝えることこそ、法が求める質的公正な報道にほかならない。 沖縄では、地元紙が18年の知事選から実施済みのファクトチェックがある。新聞や放送局が豊富な取材力を活用し、たとえ特定候補者にとってマイナスになる場合もちゅうちょなく指摘することだ。そのためには情勢判断に傾斜した取材や報道の「ひずみ」を正すことが必要だろう。 政治家自身がエンタメ化を標榜する時代にあって、報道が面白さやわかりやすさを優先するのではなく、真面目にきちんと報じる、といった当たり前のジャーナリズム活動の実践が求められる。言論の自由の砦の役割を、今こそ示す時だ。2024年11月24日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-最後の砦は誰か」から引用 この記事が指摘するように、新聞やテレビは選挙が始まったからと言って疑惑を抱えた候補者に関する「疑惑報道」を差し控えるという過剰な対応を止めるできであり、選挙のありなしに関わらず、不正の可能性があるのであれば、選挙の有無とは関係なく、疑惑は追及するべきであり、誠意のかけらもないようなメディア対応をする候補者については、「こういう態度であった。果たして、有権者は、このような態度をどう評価するでしょうか」というような「当然の批判」は、そのまま報道するべきだと思います。そういう報道に接することによって初めて、有権者は「問題ありの候補者」の存在に気付いて、自分はどの候補に投票するべきか、真剣に考えてまじめに投票すれば、裏金議員や学歴詐称知事が当選するなどという「間違い」はなくなり、わが国の民主主義もそれなりに進歩することが期待できると思います。
2024年12月08日
与党が過半数割れとなった状態で開かれた特別国会では各政党がどのような言動を行ったか、メディア各紙はそれをどう報道したか、弁護士の白神優理子氏は11月24日の「しんぶん赤旗」コラムに、次のように書いている; 総選挙で自民、公明両党が過半数割れした初の特別国会が開かれました。開会翌日12日付の全国紙、地方紙では共通して、「裏金問題」の根幹にある企業・団体献金禁止を主張しました。 「毎日」は「企業・団体献金の廃止に踏み込み」と主張。北海道新聞は「平成の政治改革からの積み残しになっている企業・団体献金を真っ先に廃止すべき」だとのべます。 山形新聞は「企業・団体献金の禁止まで踏み込み、実現を図ってこそ信頼回復の一歩」とし、静岡新聞は「企業・団体献金の禁止にまで踏み込むことができるのか、石破氏の覚悟が問われる」とのべます。 各党が問われているのは、企業・団体献金禁止への姿勢です。 選挙で示された民意に各党がどうこたえるのかも問われています。 「朝日」は衆院本会議での決選投票についての国民、維新の姿勢を批判。「(首相は)大量の無効票に助けられた・・・無効になるとわかっていて、自党の代表への投票を続け、結果的に首相の続投へ道を開いた日本維新の会や国民民主党の行動は釈然としない」 京都新聞は「(無効票は)事実上、石破政権の延命を助けた・・・内閣不信任案を野党共同で提出しており、与党過半数割れに追い込んだ民意にそぐうのか」と指摘します。 「日経」は「選択的夫婦別姓の導入」を「重要テーマ」に挙げています。 一方「読売」は、裏金事件は「既に刑事事件として決着がついている」、「防衛力の強化やその財源を確保することは急務」と自民党の主張を後押しします。 「産経」は「家族や社会のありように関わる基本問題の変更は絶対に受け入れてはならない」として、選択的夫婦別姓導入の実現を阻んできた自民党を応援しています。 民意に沿い、民主主義を貫く国会の在り方をめぐり、ふさわしい報道姿勢が求められます。(しらが・ゆりこ=弁護士)2024年11月24日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-総選挙の民意を生かせ」から引用 議席を減らした維新とは違って、4倍増となった国民民主党にはそれなりに「自民党批判票」が集中したわけですから、その国民民主党が首班指名の決選投票で無効票を投じて「石破首相」実現の助っ人役を演じたことは、自民批判票を国民民主党に投じた有権者を失望させたと思います。また、「企業・団体献金の廃止」は平成時代に「将来はそうしなければならない」案件であると自公政権が確認したものであり、この問題について、「その後話し合って実は解決した」という事実は一切ないのだから、平成時代に「政治資金規正法」を成立させたあの時点に立ち戻って「企業・団体献金の廃止」の問題に、正面から取り組むのが「正道」というものです。今や「少数与党」にまで追い詰めて来たのですから、「企業・団体献金の廃止」を武器に夏の参議院選挙に向けて、更に自公政権を追い詰めていくのが、わが国民主主義の発展の方向性だと思います。
2024年12月07日
ドナルド・トランプ氏が再びアメリカ大統領に就任することになって、世界はこれからどのように変わっていくのか、順天堂大学特任教授の藤原帰一氏は11月20日の朝日新聞夕刊に、次のように書いている;◆「力の均衡」の時代、再び ドナルド・トランプが米大統領に当選した。既に覇権国アメリカを中心としてつくられた「リベラルな国際秩序」は揺らいでいたが、米国が覇権から後退し、国境の中の米国に戻ることによって、第2次トランプ政権のもとで米国が「リベラルな国際秩序」から離れ、国際関係がこれまでにない混乱に陥ることが避けられない。 米国は他の諸国を凌駕(りょうが)する軍事力と経済力によって世界の覇権国としての地位を享受し、政治的には民主主義、経済的には資本主義の普遍性を掲げ、その世界的拡大を求め、実現してきた国家である。その普遍主義が米国の利益に合致していたことは言うまでもなく、米国以外の諸国との間には力の格差が開いていた。米国は民主主義を唱えながら世界に権力を拡大するデモクラシーの帝国でもあった。とはいえ、民主主義と資本主義は世界の諸国から見ても受け入れることのできる観念だったことも否定できない。 「リベラルな国際秩序」とは覇権国の主導によって、国際関係における法の支配を実現するものであった。どの国であっても、この国際秩序に参加する機会は開かれていた。既に民主主義と資本主義を制度として実現した欧州や日本・豪州・韓国ばかりでなく、ロシアや中国も含め、民主主義と資本主義への転換を進めることによって「リベラルな国際秩序」の一員として迎えられるはずだった。 * 国家主権を中核として構成された伝統的な国際政治と異なり、「リベラルな国際秩序」は自由な市民社会を中核として構成される。仮に国内社会ばかりでなく国際関係においても法の支配が求められるとするならば、国家主権と内政不干渉によって国内における独裁や殺戮(さつりく)を正当化することは許されない。人権の普遍性によって国家主権を相対化する点において、「リベラルな国際秩序」は主権国家体系としての国際政治とは明らかな相違があった。 第2次世界大戦中のフランクリン・ルーズベルト、米ソ冷戦終結期のロナルド・レーガン、そしてビル・クリントンからバラク・オバマやジョー・バイデンに至るまで、「リベラルな国際秩序」の維持と拡大は歴代の米国大統領が対外政策の中心としてきた。だが、トランプは違う。国内においても法の支配に服することを拒み続けたトランプは、国際関係も権力闘争の領域として捉え、むしろ実力者支配を隠そうともしないロシア大統領プーチンや中国国家主席の習近平を優れた指導者として讃(たた)えてきた。 ここに見えるのは「リベラルな国際秩序」から「力の均衡」としての国際政治への転換である。大国の合従連衡を特徴とする力の均衡は少なくとも第1次世界大戦までは国際秩序の原型であった。トランプの下の米国は、世界を力の均衡の時代に押し戻そうとしている。 * その端的な例が米ロ関係だろう。ロシアのウクライナ侵攻は明白な侵略行為であるが、トランプから見れば弱い国が強い国に逆らう不毛な抵抗であり、米国がウクライナを支援する必要はなく、ウクライナを頭越しにした米ロ交渉による休戦が模索されるだろう。米国以外のNATO(北大西洋条約機構)諸国はウクライナ支援の継続を模索するだろうが、米国抜きで戦争を支えることは難しい。プーチン政権にとって、西側諸国の結束を弱めるという年来の願いが実現することになる。 中国の習近平政権は、米国との対立関係にあるロシアとの軍事連携を強め、イラン、北朝鮮との関係も強化している。「リベラルな国際秩序」という視点ではなく力の均衡という視点から見ても米国の戦略的地位の脆弱(ぜいじゃく)化であり、米中の競合は避けられない。だが同盟国との連携を掲げてきたバイデン政権と異なって、トランプは米国と他国との協力に基づいた対中政策を想定していない。同盟ではなく関税の大幅な引き上げと米国単独の軍事的脅しによって中国への牽制(けんせい)が模索されるだろう。 だが、まさにトランプが国際協定や合意を顧みないからこそ、米国と競合する相手にとって取引の機会が生まれる。習近平政権から見れば、米国政府に、いやトランプ個人に十分な見返りさえ与えるならば、米国に台湾防衛を断念させることさえ期待できる。同盟の堅持を基本としたバイデンと比較するとき、トランプは中国にとって望ましくない交渉相手ではない。 力の均衡が支配する世界において小国の果たす役割は小さい。同盟を顧みないトランプ政権を前にした日本を始めとする米国の同盟国は、米国なき同盟を支えるか、独自防衛に走るかという選択に迫られてしまう。トランプ当選によって「リベラルな国際秩序」はガラスの城のように壊れようとしている。(順天堂大学特任教授・国際政治)2024年11月20日 朝日新聞夕刊 4版 2ページ 「時事小言-『力の均衡』の時代、再び」から引用 トランプ大統領の1期めの所行を見るにつけても、こういう人物がまたしてもアメリカ大統領の座につけば、今度は何をしでかすのか見当もつかないという不安を覚えるが、この記事はトランプ氏の思考様式を分かりやすく説明しているので、なるほどそうか、と納得できるような気分になる。要は「法の支配」という「理想」よりも「力の均衡」という「現実」に基づいて行動する、ということのようだ。したがって、例えば中国政府がトランプ政権のそのような「特質」を目ざとく発見できれば、中国政府にとっては話を通しやすい交渉相手になり得るということのようである。そう言えば、トランプ氏の一期目のときは、安倍首相(当時)は就任式の前にも関わらず純金のゴルフクラブを手土産に持参して、それが奏効してトランプ氏の安倍氏評価はかなり高かったらしいが、それが日米関係を発展させたのか後退させたのかは、今のところ不明である。しかし、「法の支配」よりも「力の均衡」となると、何かのはずみで「力の衝突」にもなりかねず、物騒な世の中になりそうで心配だ。
2024年12月06日
兵庫県議会の全会一致で辞職勧告された斎藤元彦が県知事選挙で再選を果たしたことについて、ジャーナリストの中川淳一郎氏は11月23日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 11月19日、村上誠一郎総務相がネットの偽情報対策を検討する考えを明らかにした。米大統領選で偽情報がSNSに飛び交ったとし、これを問題視した形だ。テレビも大統領選以降、ネットの情報を批判する論陣を張るようになっている。 兵庫県知事選では斎藤元彦氏が勝利した後、テレビでは「テレビや新聞は裏取りをし、ファクトチェックをしたうえで、慎重に報道をするが、ネットは偽情報まみれ」的な分析をした。暗に「そのうえで、偽情報を信じた人が誤った判断をし、斎藤氏を勝たせてしまった」と言いたいのだ。 それよりもテレビの情報は必ず正しいのか? パワハラ騒動勃発以降、テレビは徹底的に斎藤氏を希代の悪人扱いし続けた。そんな論調でこの数力月番組作りをしてきたのに、意に反して斎藤氏が勝ってしまったから今度はネットとSNSを悪者にした。いいかげん、紋切り型の「大手メディアの情報は正しく、ネット情報は嘘だらけ」はやめてはいかがか。 フリーランスのニュースキャスター・辛坊治郎氏は、自身のYouTubeチャンネルで19日、8月以降テレビのコメンテーターの仕事を断っていたことを明かした。理由は、斎藤氏についてネガティブなことを言うよう要求される無言の圧力を感じたからだ。直接的に言われず、あくまでも空気感の問題なのだが、作り手の恣意性が感じられるエピソードだ。 もしも辛坊氏がその空気破りをした場合、その後呼ばれなくなった可能性はあるわけで、これだって一方向の論調にしか至らず、偽情報の一種では。 自分の意に反する結果になった時に、自分に批判的な意見と相手に有利な意見を偽情報扱いするのは常套(じょうとう)手段。2020年の大統領選の時はトランプ氏が「不正選挙」を主張し、米連邦議会襲撃事件に繋がった。このように偽情報は大問題を引き起こす例もあるが、都合の悪い情報をなんでも偽情報扱いするのには慎重になった方がいい。 河野太郎氏は、X(旧ツイッター)で批判や疑問でさえ偽情報や中傷扱いし、ブロックをする。国をあげて同じことをし始めたらたまったものではない。何しろ権力を持つ者は恣意的に相手をフェイク扱いできるのだから。(ネットニュース編集者・中川淳一郎)2024年11月23日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「週刊ネットで何が・・・-『偽情報扱い』は伸長に」から引用 この記事は「真実の報道」という意味では二重にねじ曲がった誤謬を含んでいるように思われます。そして、筆者の中川氏の価値基準は「選挙で再選を果たしたのだから、禊は済んで斎藤知事の潔白は証明された」と信じているから、こんな記事が書けたのではないかと思います。斎藤元彦の疑惑については、彼を担ぎ出した維新の会からして「彼はやり過ぎだ」との判断で「不信任決議」に賛成したのであって、虚偽の情報満載のSNSに騙された有権者の数が圧倒的であったからと言って、一期目の斎藤知事の違法行為が無罪放免というわけには行かないということを、見落とすべきではありません。結局、県議会の「辞職勧告」では斎藤知事の違法行為に決着をつけることが出来ず、百条委員会の調査とその先にある刑事告訴を待つしかないという状況になったわけで、中川淳一郎氏に批判された大手のテレビは、今後の百条委員会の調査の進展を逐一報道してほしいと思います。
2024年12月05日
ガザやシリアなど、中東地域で違法な武力侵攻を繰り返すイスラエルのネタニヤフ首相に国際刑事裁判所から逮捕状が出たことに関連して、文筆家の師岡カリーマ氏は11月23日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 国際刑事裁判所(ICC)が、イスラエルのネタニヤフ首相とカラント前国防相に逮捕状を出した。殺人など人道に対する罪や飢餓を用いた戦争犯罪の疑い。また、死亡が伝えられるハマス軍事部門のデイフ指導者にも逮捕状が出ている。 ICCのカーン主任検察官が逮捕状を請求してからの半年間に、刑事責任を追及するに足る証拠はさらに固められたことだろう。そしてその間、ICC非加盟の米国からは、すでに恐喝まがいの警告が寄せられていた。米連邦議会の大物議員らがカーン氏に宛てた書簡には「イスラエルを標的にするなら、我々はICCを標的にする・・・職員と協力者に制裁を科し、あなたがたとその家族の入国を禁止する。これは警告だ」。CNNのベテラン記者、クリスティアン・アマンプールとのインタビューでこれについて尋ねられると、カーン氏は「怒りっぽい短気な人はどこにでもいるが、分別のある政治家もいる。米バイデン政権とは良好な協力関係だ」と大人な返答。同時に、一部の国の民主的に選出された高官らからICCはアフリカやプーチンのような悪党を裁くために作られたのだ」などと露骨な介入を受けたと明かした。 この二重基準こそ、世界の分断と権威主義台頭の助長要因ではないか。それでも「法の支配」を振りかざす西側諸国の信憑(しんぴょう)性は、無残に侵食が進むばかりだ。(文筆家)2024年11月23日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-ICCの逮捕状」から引用 アフリカやプーチンのような悪党は裁判の対象だが、イスラエルやアメリカは対象外だという二重基準は、間違った考えだ。アフリカのことは知らないが、プーチンがウクライナ侵攻を決断した原因は、NATOと米軍が徐々に東欧に勢力範囲を広げ、ウクライナも勢力圏に取り込んでモスクワを射程に入れたミサイル基地を建設しようとしたことが原因であり、そこを不問にして「プーチンが邪な野望でウクライナを侵攻した」などと言い立てるのは、人々を誤解に導く。世界中のあちこちで起きる軍事紛争は、邪魔者を封じ込めて利益を独り占めしようとたくらむアメリカ資本主義とその手先である米軍およびCIAが「戦犯」なのであり、そのような国の高官が発言する「法の支配」などは、まったく信用に値しないと思います。
2024年12月04日
政党が政治活動に使ったカネは、具体的な用途と金額を公表して有権者の理解を得る必要があるとの主旨で、国会は政治資金規正法という立派な法律を作ったのであるが、その法律を律儀に守っているのは野党だけで、自民党は抜け穴を探しては用途を秘匿した膨大な「裏金」を使っては違法行為をしてきており、先の総選挙では、そのような党のあり方が批判されて少数与党になってしまったのに、この期に及んでまだ「裏金」を止めようとしない様子を、11月17日の東京新聞は、次のように報道している; 「政治資金の流れは国民がチェックできる状況に置かなければならない。非公開を前提とした自民党の議論は、総選挙の審判を全く受け止めていない」。共産党の田村智子委員長は15日、政策活動費の廃止を巡り、一部で慎重論が出ている自民党を厳しく批判した。 政党から党幹部らに渡される政策活動費は、使途を公開する義務がない。自民は毎年計10億円前後を使っているにもかかわらず、「党勢拡大」などとあいまいな使途説明に終始。残金は「雑所得」として課税対象になるはずだが、使い切ったのかどうかさえ分からないため、政治不信を招く元凶になっていた。その巨額ぶりもあり「選挙対策用に裏金化しているのだろう」と、野党は問題視する。 先の通常国会では、廃止を求める野党に対し、岸田文雄首相(当時)が「政治活動の自由に関わる」として温存を主張し続けた。同国会で成立した改正政治資金規正法で見直されることにはなったが、「組織活動費」や「選挙関係費」など、大まかな項目別の金額を政治資金収支報告書に示すだけという内容で、透明化には程遠かった。 後継の石破茂首相(党総裁)は、衆院選の敗北を受けた記者会見で「政策活動費の廃止といった政治改革について、速やかに実現を図っていく必要がある」として党内への指示を明言した。だが、党内からは機微に触れる支出が必要な議員外交などのケースを引き合いに「必要なものは残すべきだ」と慎重論が浮上。首相自身も「廃止を含めて白紙的に議論」とトーンダウンし、迷走ぶりを露呈している。 立憲民主党の野田佳彦代表は15日、「首相は党内をしっかりとまとめてほしい」と注文。連立を組む公明党の西田実仁幹事長からも同日、「外交上必要なら具体例を説明してもらわないと分からない」と指摘された。(川田篤志)2024年11月17日 東京新聞朝刊 12版 2ページ 「巨額の『裏金』自民廃止論迷走」から引用 使途を公開するわけには行かないカネを「政策活動費」などと称しているのは自民党だけで、野党はそのような予算はないから使うこともない。もし使うのであれば、何の目的でいくら使う(または「使った」)のか、政治資金報告書に記載しているのが、野党のやり方で、これは法に則った行動である。野党にできることが、自民党には何故出来ないのか、自民党員とその支持者はどう説明するのであろうか。「政策活動費」をやめろという議論は「政治活動の自由に関わる」と、岸田前首相が言ったそうであるが、噴飯ものとはこのことだ。要するに、自民党議員は相談や交渉の相手に、ここぞと言うときに「現金」を手渡して協力を得るということを、いつもやっており、こういうことを政治資金報告書に記載したのでは、現金を渡した相手に「迷惑」がかかるから、これは是が非でも「非公開」にせざるを得ない。そんな行動の自由を、自民党員は「政治活動の自由」などと言ってる。日本語を冒涜するのも甚だしい。自民党議員は、先ずは「法律を守る」という基本から、勉強しなおす必要があると思います。
2024年12月03日
国税庁や文部科学省が国民に「納税義務」を教えることに熱心であることについて、元文科官僚の前川喜平氏は、11月17日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 国税庁は文部科学省などの協力を得て租税教育を推進している。「税金は学校を造ったり、教科書を配ったりするために使われます。だから大人になったら税金を納めましょう」。そんな感じで憲法30条の納税の義務を教えることが目的だ。 しかし僕は、憲法84条の租税法律主義こそ学ぶべきだと思う。「代表なくして課税なし」の原則は、マグナカルタ以来の財政民主主義の根幹だ。これを学んで初めて賢明な主権者にもなれる。 しかしこれまで日本の税制は、自民党税制調査会で事実上決まってきた。各種業界団体は1人でも多くの自民党議員を味方につけて、自分たちに都合の良い税制を実現しようとしてきた。 今テレビでは盛んに国民民主党が提起した「103万円の壁」の問題が議論されている。分かりにくい控除の仕組みを含め、人々の関心が税制に向いたことは喜ばしい。さらに社会保険制度や各種給付制度も含めて、財政全体に人々の関心が向かうといい。僕自身は、旧民主党政権が打ち出した「控除から手当(給付)へ」の政策を再評価すべきだと思っている。 国民民主党の主張の当否はともかく、税制改正を自民党税調の密室から国民的な議論の場に引きずり出したことは、与野党逆転の一つの成果だ。これを機に財政民主主義が国民の間に定着することを期待したい。(現代教育行政研究会代表)2024年11月17日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-租税教育と財政民主主義」から引用 「代表なくして課税なし」とは、なかなか厳しい格言であるが、以前は絶対的な権限を持つ国王が国民に納税を命令していたものであったが、イギリスの清教徒革命の結果、法律は国民の代表が議会で議論をして決めるものとなり、税金についても、国王が決めるものではなく、国民の代表が議会で話し合って決めることとなった歴史を含んでいる。自公政権が「一強」だった時代は、いかなる「法案」も、国会提出前に政府と与党の間で話が出来上がってしまい、国会は開かれてもろくな議論もしないうちに強行採決で「可決成立」という「独裁政治」が横行していたが、これからはそのようなデタラメを改めさせて、与党の暴走を防ぎ、野党の意見も加味された政策が実現することを期待したいと思います。
2024年12月02日
原子力発電所から出てくる使用済み核燃料を廃棄する場所の候補地として名乗りを上げてから4年目となった北海道の寿都町と神恵内村に対して、原子力発電環境整備機構(NUMO)は年内にも調査の結果を報告して、市民にも公開する見通しであることについて、17日の神奈川新聞は、次のように報道している; 原発の高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場選定に必要な文献調査が全国で初めて北海道の寿都町と神恵内村で始まってから17日で4年となった。想定の「2年程度」の倍を費やしているが知事は反対姿勢で、次段階調査を前に足踏みが続く。全国で調査に応じたのは他に佐賀県玄海町だけで、受け入れる自治体は広がらない。原発の「最大限活用」に不可欠な核のごみ処分の道筋は見えないままだ。 事業を担う原子力発電環境整備機構(NUMO)は年内にも、北海道の両町村とも次の概要調査の候補地になるとの報告書をまとめ、地元自治体へ提出する見通し。ただ知事か両町村長が反対すれば概要調査には進めず、処分場選定は行き詰まる。鈴木直道知事は反対を明言しており、機構や経済産業省は難しい対応を迫られる。 報告書は30日以上かけて縦覧を実施。期間内に説明会を開催する。鈴木知事は「北海道だけの問題ではない」と訴えており、電力消費地の首都圏などでの開催も検討する。 住民らは縦覧期間とその後の2週間まで意見書を提出できる。機構は意見を踏まえ、概要調査地区を選定。実施計画を申請し、経産相が承認すれば概要調査に移行する。 経産相は知事や市町村長の意見を「十分に尊重しなければならない」と規定されている。政府は反対された場合、概要調査には進めず、両町村は選定プロセスから外れるとしている。この場合、調査対象は全国で玄海町だけになる。 今年6月に始めた玄海町の文献調査では資料やデータを収集、基礎的な情報を整理している。北海道の先行事例で評価基準ができたため、期間は2年程度と想定される。 政府は再稼働や建設を進める方針だが、各地の原発で使用済み核燃料が増え、電力会社は保管場所に苦慮している。2024年11月17日 神奈川新聞朝刊 18ページ 「核ごみ調査、足踏み続く」から引用 NUMOの報告書は、寿都町と神恵内村がどちらも第一段階の書面による調査は合格で、どこからも反対意見がなければ調査は次の段階へと進むことになっているが、既に北海道知事は、次の段階へ進むことに反対を表明しており、予定通り報告書が公開されれば、北海道の2つの地域は北海道知事の反対によって候補地リストから外されることになり、残りは九州の玄海町1か所となってしまう。高レベル放射性廃棄物を地中に埋めて、それで地上の人間が安全に暮らせるものなのか、誰にも分からないことであり、誰にも安全性の保障などできないのが当たり前なのだから、北海道知事が「反対」の意志を表明しているのは、人間としてまっとうな「反応」だと思います。日本国内の原子力発電所は、稼働開始から数十年も経っており、どこの原発にも使用済み核燃料がかなり大量に保管されており、余分なスペースはなくなりつつあるという事情もあり、政府や電力会社は早く処分場を獲得したいわけであるが、安全な処分方法も分からないうちに発電を始めるという無謀な事業計画の結果、このような窮地を招いているわけで、現段階で取り得る最善の策は、とにかくこれ以上の高レベル放射性廃棄物を出さないこと、すなわち「原発は直ちに停止」し、再生可能エネルギーに切り替えることだと思います。
2024年12月01日
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