Sep 26, 2003
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カテゴリ: 思索系

先日,スカパーのディスカバリー・チャンネルで催眠療法の特集をしていた。

ある精神科医が,心身症や神経症の原因を探るため患者を催眠状態にして,
過去の記憶を探る。

それはいい。

しかし,問題なのは,催眠中の誘導的な精神科医の質問により,患者は
ありもしない 虚偽の記憶 を作り出されてしまうことがある,ということだった。

ある女性は,祖父に強姦されたり,儀式の生け贄として辱めを受けたりした


家族がどんなに説得しても,催眠療法で「よみがえった」記憶が深く心に傷を
つけ,家族全員が信じられなくなった。

その女性は,まもなく夫とも離婚し,家庭は崩壊した。

そのような家族への告訴や「悪魔の儀式」に対する訴えが,ある地域で急激に
増加したことを不審に思った警察が詳しく調査してみると,実は「被害者」は
全員,催眠療法の経験者だったという。

つまり,催眠療法によって,ありもしなかったトラウマを作り出され,患者の
心が治療されるどころか,彼らの家庭までも破壊してしまったのだ。

家庭が崩壊した前述の女性は,4年間セラピーを受け続けた後,お金が尽きた
ため診療を続けられなくなった。

すると,精神科医に自分が話した「記憶」が,実はまったくの妄想であった






「診断」や「分析」が得意な精神科医が,必ずしも「治療」が得意だとは限らない。

しかし,診断も分析も治療も,すべてデタラメな精神科医を信じた患者ほど
不幸な者はない。







僕には弟が二人いるが,すぐ下の弟とは6歳離れている。

その弟が,実家で思い出話をしているときに,ふと言った。

「お兄ちゃんには,小さい頃,よくいじめられたっけな」

「いや,いじめたっていうか,ふつうに遊んでただけだよ」

「今だから言えるんだけど,,,3歳のとき,燃えてる焚き火のまん中に
裸足のまま投げ入れられて,大火傷をしたこともあったんだよなあ・・・・」

え!?

そ,そ,,,そんなひどいことをした覚えはないぞ!

しかし,弟は「これが証拠だ」といって火傷の痕を示しながら,あの時は
本当に熱かった,などと言う。

3歳の頃の記憶が,しかも「熱さ」という感覚の記憶が,そんなに鮮明に
残っているわけがない。

「誰がそんなこと言ったんだ?」

「誰にも聞いてないよ。自分ではっきりと覚えてる」

じゃあ,その話を今まで家族の誰かとしたことがないか,と聞いてみると,
母親とは話したことがある,と言うので,僕はすべて納得した。




当時,彼が3歳で,僕は9歳。

いっしょに家の前の畑で遊んでいたとき,弟が突然,狂ったように大声で
泣き出した。

そのときは理由がわからなかったが,家に戻ると,足が水ぶくれで大きく腫れ
上がっていたので,畑に燃え残った灰を踏んで火傷をしたのだとわかった。

当時,収穫後の枯れ草を焼いた燃えかすの灰が畑のあちこちに残っていた。

僕も弟も,灰のやわらかい感触が楽しくて,裸足でいくつもの灰の山を足で
踏みつけながら,畑の中を無邪気に走り回っていたのだ。

なのに,僕だけ何ともなく,弟は両足に見るも無残な大火傷を負った。

そこで,母は,「兄がふざけて,まだ煙のくすぶる灰の上で弟を抱え上げた
とき,うっかり熱い灰の中に両足から落としてしまったのだ」という確信に
近い推理をしたのだった。

まだ熱かった灰は1つだけしか残っていなくて,弟は不運にも偶然,その上を
踏んでしまったのだ,という当時の僕の説明は,母にはまるで信じてもらえ
なかったらしい。

小さい頃の僕は,ちょっとしたことで口から出まかせを言っては,ばれて
叱られたりしていたので,しかたのないことかもしれない。

弟は母の無責任な推理をそのまま信じただけではなく,「燃え残りの灰」が
「燃えさかる焚き火」に変わり,「うっかり落とした」が「投げ入れられた」
という『記憶』に変わっていった。

そして,兄に対する小さな心のわだかまりとして,幼い頃からしっかりと
記憶に植えつけられてしまっていたようだ。

もちろん,弟からその話を聞いた直後に母に猛抗議をしたが,どうやら
弟にそんな「推理」を話したことを母もすっかり忘れていたほど,ずっと
昔のことらしい。




「小さい頃の記憶」というのは,案外,実際の経験によるものではなく,
親などによって(そして時には自分自身で)後から作られた話も多いのかも
しれない。

まことしやかな話を聞けば,「確かにそんなこともあった気がする」という
気になり,後に,自分自身の想像も交えながらその記憶を夢の中で追体験する。

そして,夢の中での追体験を重ねるうちに確信に満ちた「記憶」ができあがる。

今では弟もアタマでは納得してくれているようだが,長年の間,深層心理に
刻まれた兄への小さな恨みが心から晴れるのには,もう少し時間がかかるかも
しれない。

そういえば,弟の家に遊びに行くと,僕はいつも甥に執拗にいじめられるの
だが,もしかしたら弟は遺伝子を媒介して僕に復讐をしようとしているのかも
しれない,と思った。


“脳が意識を作り出しているのではない。意識が脳を利用しているのだ。”

                      ―― ベルグソン「物質と記憶」










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Last updated  Sep 28, 2005 03:55:40 AM
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