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岩木山神社へ行ってすがすがしい気分になってきました。つづく
2013年05月31日
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なんという店員さん 今朝、宇都宮の駅で駅弁を買いました。新幹線に乗ってから食べるつもりで、店員さんにいろいろ聞いて、できたてだという、牛めし弁当にしました。 時計を見ると、まだ時間があり、座れる場所を見つけたので、そこで食べることにしました。 少し食べて、何か飲むものが欲しいと思ったとき、なんと、さっきの店員さんが、熱いよと言いながら、お茶を渡してくれました。 そこは売店から直接見えないところで、どうして彼女が気づいたのか分かりませんが、私は大感激で感謝、感謝でした。
2013年05月30日
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今、宮城から山形へ移動中です。雨です。ウツギがきれいに咲いています。緑も美しいです。 那須から福島まで放射能の高いところがありました。
2013年05月30日
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今、もう山形県にいます。今日は弘前まで。ということで、松島も川渡温泉も今回は通過です。こちらも雨です。
2013年05月30日
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栃木県の矢板です。新しいわが家の近くです。基準値の5倍になる500ベクレル/kgです。他に県内の5市でも出荷停止があるそうです。空間放射線量率では、那須と日光を除いては低い値になっていますが、山菜は心配な値になっています。(下野新聞)
2013年05月29日
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そう判断する(そして待つという行動をする)まで、私はかなり悩みました。無理に一人暮らしを止めさせようかと思ったこともありました。介護サービスの看護師さん、ケアマネジャーさんやお医者さんにも一人暮らしは無理だとかなり強く言われていました。それだけでなく、母は認知症だとはっきり言われてしまいました。実際に、母の体調(心身)の低下していくのを私だって気づいていました。でも、私から見れば、認知症はまだまだ軽い段階で、多くのことで私より冴えていることもあったのです。つまり、まだ自分のことを自分で決められると思いました。母を一人の人間として扱いたいと思ったのです。母の大好きなマンションへの思いを尊重したいとも思いました。もう限界だと決めつけないで、母なりに、もう駄目だという結論を出させたかったのです。これは母の心の問題なのです。自分が嫌で納得しないところに入れられても、精神的に大きな負担になり、母にとって、かえってよくないことになると考えたのです。このようなことを考えて、敢えて専門家の意見に従わず、決断をもう少し延ばしてもらうよう、お願いしたのでした。この後、ヘルパーさんの見守りを増やし、母は少し回復したように見え、小康状態が続いていましたが、約4か月後、想定外の脳梗塞になって、救急車で病院に運ばれたのでした。右半身の動きが悪くなり、言語障害が残りましたが、幸い、あまり重いものではなく、約3週間で退院しました(させられました)。面白いこと(ありがたいことに)、そこからの転院先が私が用意しておいた養護施設だったのです。母はこれを、すんなりと、ごく自然に受け入れてくれたのです。母も、自分で考えて、判断、行動することができたのです。その後、慣れるまでに3ヶ月ほどかかりましたが、母はここで順調に回復、体重も増えて、脳梗塞前より健康そうに見えてきました。つづくつづく
2013年05月29日
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今度はインドと交渉しています。原発の再稼働を進めようとしています。皆で反対しましょう。意見を安倍首相に届けましょう。この人は原発事故から何か学んだのでしょうか。責任を感じないのでしょうか。国として、大事故を起こしてしまったこと7が恥ずかしくないのでしょうか。周りの人達と原発について話し合いましょう。原発の電気を使わなくてもいいように、もっと電気を節約し、原発以外の手段による電気に頼るようにしましょう。原発は高い!原発が危ない!日本は地震や津波があります。
2013年05月29日
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9.結局、自分で考えて、判断、行動しなければならなかった母の問題は、私が手がけた中で一番難しい問題です。分からないこと、できないことや想定外のことが多くて、私には不得手で、気が進まない問題でした。でも、やるのは私しかいないので、とにかく着手しました。やることは、90歳になった母が一人暮らしを止める決心をさせ、養護施設に入れて、母の心身状態を改善させ、ここで平穏な生活を送れるようにすることでした。母が同意してくれないので、まず、やることの計画を立てて、待つことにしたのです。様子を見ることにしました。つづく
2013年05月28日
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雑用もほぼ終わりました。ただ、新しいわが家の坪庭をどう直してくれるのかをまだはっきりさせてもらっていないのです。住宅会社の対応がかなり遅いので、約束通り。私が出発するまでにはっきりさせてもらうよう、夕べ再度頼みました。今朝から、秋田のことを本気で考え始めました。といっても、大ざっぱな予定はもう決まっています。いろいろな人達と話す機会があるので、私の論文の二つの章(母の問題と原発の後始末に関すること)について私の考えを整理していきたいのです。それから、何人かの友達へのお土産を送る手配をしたいのです。でも、先ほど、お菓子を送ろうと思い、目当てのお菓子屋さんに電話したら、なんと配送はやっていないと言われてしまったのです。今、こんなことは初めてで、びっくりするとともに、ちょっとあきれています。後、着るものに何を持っていくかを考える必要があります。今の時期は、天気が変わりやすく、暑くなったり、寒くなったりするのです。また、山歩きをする可能性もあるので、登山靴(簡易)の方がよさそうです。鳥海山だと、五合目あたりにはまだ雪があるので、朝など真冬並みの気温です。そうだ! バッケも採れるかもしれません。フキノトウのことです。また、帰りに、わが家の庭に植えられるものを持ってこられたらと考えています。栃木は、山菜の放射能がまだかなり心配なのです。秋田は今のところ大丈夫のようですので、何かを少しずつ持ってきたいです。
2013年05月27日
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わが家のお墓は横浜の南の方にあるのです。改造が終わったという連絡が入ったので、見に行きました。 毎年、垣根と花類が外にはみ出すようになってしまい、短くしてもらっていました。お寺にも少し迷惑になるので、この間、決心して、植物なしのお墓に改造しました。 私にはどうしたらいいか分からないので、坊さんと石屋さんを信じて、見積もり通りに工事してもらいました。 現地へ行き、坊さんにも一緒に見てもらいました。とてもすっきりしましたが、お金もかなりかかりました。毎年手入れをしてもらった方が安いくらい(私には)ですが、遠い将来のことまで考えれば安心です。さて、お墓までの時間ですが、片道、約3時間半かかりました。 3月末の法事のときは、自動車で、渋滞のため、5時間近くかかってしまいました。これと比べると、電車は楽ですが、荷物があるときは大変です。それはそれとして、昨日は朝7時に出て、3時ごろには帰ってこられました。ちょっと疲れましたが、読書や景色を見たりして、時間の無駄は感じませんでした。
2013年05月26日
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特に、原発事故、母の死と、新しい家の建築の問題についてです。問題解決のやり方は勿論ですが、問題同士になんとなくつながりを感じるのです。つづく
2013年05月25日
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本当は感謝しているのです。実は、母の死後、何かと私の調子が悪くなり、やる気も低下し、頭の働きも鈍くなってていたのです。しかし、いろいろな不平や不満が生じたことにより、やる気が出てきたのです。怒りというのは、頭の働きを活発にするようです。満足していないということを口や文で表現したり、不満を解消するためにあれやこれやと頭を使わなければならないのです。こういう状態がある程度続いているうちに、知らないうちに、その問題解決に夢中になってきてしまったのです。住宅会社のTさんへの不満は、私がよい家を建てたいという気持ちとやる気を大きくしてくれたのです。今までは、面倒くさいと思っていたことを自分から進んで考えたり、調べたりするようになり、いい考えが思いつけるようにもなってきました。つづく
2013年05月24日
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昨日からまた氏家です。横浜のお墓の改造が終わったという連絡が来たので、日曜日に見に行こうと思います。垣根が育ちすぎて外にはみ出すので、坊さんに勧められて、垣根を全部取り去り、コンクリートにすることにしました。そうすれば草が生えることもなくなるそうです。つづく
2013年05月24日
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電力改革法案(発送電分離)を、自民党がやっと審議入りさせようという気になったら、今度は、なんと民主党の反対で審議入りの見通しが立っていないのだそうです(東京新聞朝刊)。民主党は、脱原発でも腰砕けになっています。支援団体の電力総連などの影響によるのでしょうが、これでは、国民からますます見放されます。民主党さえ協力すれば、この法案が通って、太陽光など自然エネルギーの普及や拡大に弾みがつくのです。
2013年05月23日
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どこかで読んだのですが、乙武さんの入店を断ったレストランは2階にあって、エレベーターは2階に止まらないのだそうです。前もって、かなり重い電動車椅子であることを言い、店側で準備してもらっていなかったら、店では対応できなかったかもしれませんね。前に、乙武さんの講演を聴いたとき、その会場の舞台裏には数段の階段があり、それを上がるのに、たまたま出演していた、高校の空手部員5人ほどで担ぎ上げてもらったとご本人が話していました。私の母が車椅子で東京湾クルーズの船に乗ったとき、前もって車椅子(これは普通の手押し)であることを言っておいたのですが、思ったより大変で、一つ上の階のレストランへ行くのに、レストランの職員が4人で運んでくれました。お陰様で母はとても楽しく、美味しい一時を過ごせました。勿論、帰るときも。私はありがたいと感謝したのですが、一階分も運びあげなければならないようなときは、車椅子では行かない方がいいなと思いました。一方、最近は普通の家でも内部は段差がほとんどなくなっています(一つの階だけなら)。しかし、家に入るのが大変なのです。わが家の場合、家の床(土間)が地面より50センチ高いのです。そうすると、外の地面からスロープを作るのに、かなりの場所が必要になります。つづく
2013年05月23日
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以下に示す記事の「エネルギー・原子力政策懇談会」というのは、表題にある懇談会が名前を変えたものです。代表が有馬朗人元東大総長で、原発事故の一ヶ月ぐらい前に、わが国の優秀な原子力技術で世界に打って出るべきだと、勇ましく、第一回の懇談会を開いたのでした。ところがあの大事故が起きてしまって、名前を変えて、あまり宣伝もされずに懇談会を開いていたようです。そして、初めの方の議事録は見られないように、消されてしまっています。そうしたら、2月に、経産省が関わり、以下のような提言を首相に渡していたのです(電力会社や原発めーかーなど、民間の提言として)。「民間提言」に経産省が関与 原発の再稼働や輸出求める朝日新聞デジタル 5月19日(日)6時19分配信 【松浦新】電力会社や原発メーカーのトップらでつくる「エネルギー・原子力政策懇談会」(会長・有馬朗人元文部相)が2月に安倍晋三首相に渡した「緊急提言」づくりに経済産業省資源エネルギー庁がかかわり、手助けしていたことがわかった。提言は原発再稼働や輸出推進を求め、原子力規制委員会の規制基準や活断層評価を批判している。民間の提言を使い、経産省が原発を動かしやすい環境づくりに動いている。 提言は「責任ある原子力政策の再構築」と題し、有馬会長を発起人とする有志名で出した。有志に電力会社トップはいないが、日立製作所など原発メーカーや大手商社のトップ、元経産次官の望月晴文氏(日立製作所社外取締役)ら29人が名を連ねる。 A4用紙5枚の提言は原発規制のあり方に約4割を割き、規制委に対して「最高水準の英知と最大限の情報を活用した検討が実現していない」と批判した。そのうえで「原発再稼働を図るべきだ」などと求めた。.朝日新聞社
2013年05月23日
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今朝の東京新聞でも、社説で、「安全を優先する国へ 規制委が<活断層>認定」という題で、支持を表明しています。ぜひ、皆さんにも読んでいただきたいです。http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013052302000131.htmlちょっと残念だったのは、「・・・規制委の判断を支持したい。」ではなく、「安全を優先させた規制委の判断を支持する。」と言い切っていただきたかったです。また、「国の誤りに対して、国は支援を惜しむべきではない。」とありますが、これは誤解を招くかもしれません。「国の誤りを正すのに支援を惜しんではいけない。」とはっきりと書いてもらいたかったです。でも、これで安心していてはいけません。周りは皆敵だと思った方がいいです。国も、政府も、裁判所も、三権分立どころか、皆、原発推進派です。企業の多くもです。また、国民のかなりの部分も、経済優先で、安全には目をつぶっているのかもしれまえん。これから、規制委の認定に対し、大きな反発や抵抗があるはずです。私達は、原発は採算がとれないことを皆に知らせ、原発に頼らない生活を目指し、行動して、周りの人達にも、それを勧めましょう。国も、電力会社も、経済界も動かないなら、私達国民が動かなければなりません。規制委の認定を支持していきましょう。少しでも多くの原発を廃炉にするように。
2013年05月23日
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しかし、契約を取ってしまうと、その後、やる気がなくなってしまったようで、対応が遅いし、もう一つやる気が感じられないです。一方、契約したことで、私はよい家を建てる決心をしました。ですから、私の希望を至急まとめて、Tさんに知らせたのですが、ほぼ一週間(これは大きい;一ヶ月程度で設計を完了させたいと言われた)遅れ、Tさんが家に来たとき、私の希望に基づく図面を作ってこなかったのです。こんなことで、それから、私が叱咤激励して、設計を進めてもらうことになってしまいました。Tさんは真面目で、自分の会社S社が勧めるプランのことなら、よく知っているようなのですが、それから外れたこととなると、よく分からないようで、あまり積極的でもないのです。私の立場になり、考えてくれないのです。私の立場より設計担当者の側(なるべくプラン通りやる)なのです。私の言ったことができないと言ったとき、十分努力してくれなかったのです。私が調査し、できることを示したことがしばしばありました。設計が自分で示した期限より10日ほど遅れ、着工が約一週間遅れてしまいました。(それでも納期は守れると言いました。)その後も、納期を守ると言い続けたのですが、引渡し日の3日前ぐらいに2週間延ばしてくれと持ちかけられました。私が駄目だと言ったので、なんとか頑張って2日遅れで引渡しになりました。契約するときに、必死になり、8月末という期限(実は会社の都合)を守らせようとしたのに、引渡しはこの始末です。また、呆れたことに、予定引渡し日が近づくと、その前に残りの代金を払えと電話してきました。そして、引渡し日には、現場監督者とインテリア担当者が来てくれただけで、Tさんは来てくれませんでした。さらに、外構工事でも、浴室の外に目隠しの塀のついた坪庭を頼んだのに、設計の段階でも塀の位置と高さをいい加減に決めたりして、できたものを見たら、隙間のある塀になっていました。これはTさんの確認不足と指示の間違いです。こちらからの連絡で、直してくれることになったのですが、どうも、隙間のない塀(竹でできたように見えるもので、目隠しになるもの)があるのを知らなかったようなのです。私が調査して、隙間のない製品を教えたら、やっと取り替えてくれることになりました。こちらも納期が大幅に遅れています。(Tさんには私のメールの質問や要望にもっときちんと答えてもらいたいものです。情報を送って、こうしてもらいたいと書いても、それらを受け取ったとも連絡せず、やるとも言ってこないのです。そして、こっちの要求で返事をよこしても、具体的に何をやるかをはっきりさせない(取り替えると言わない)のです。)めでたくこれが実現すれば、かなりよい家ができたことになりそうです。しかし、金額が契約時のものより大幅に高くなってしまいました。私は、もっと設計を詰めてから契約したいといったのですが、契約してから断ってもいいなどと言われて契約してしまったのでした。契約時に、書面ではなく、、口頭で約束してもらったことがいくつかあったのですが、守れなかったことが多いです。その一つが、契約後、前以上のやる気で頑張ってもらいということでした。図面や書類の管理がいい加減です。契約書の、私と会社の文面の金額が違っていました。また、確認済証に添付されていた図面が私の持っていたものと違っていました。どうしてこういうことになるのか分かりませんが、杜撰です。Tさんは毎日夜遅くまで頑張っているようなので、仕事をサボっているわけではないと思います。もしかしたら、会社が与える仕事が多すぎるのかもしれません。しかし、もうベテランと言ってもよさそうなので、自分の仕事のやり方を自分でもよく考えてもらいたいです。そして、今度は、法事のときに利用したホテルの問題で、ゴタゴタしています。正直に非を認めて謝っておけばいいのに、人のせいにしたりするので、私もますます追及するようになってしまいました。おかしなことに、言い訳をするそばから、またボロが出てくるのです。要するに、ただ、漫然と仕事をしていればいいと思っているのです。本気でなく、やる気がないのです。自分のおかしいのが分からないようです。今度変なことを言ってきたら、上司か社長に手紙を書くかもしれません。また、もっと前、2年前から、原発事故のことで怒り続けています。去年から今年にかけては、原発を止めようという声がだんだん小さくなっていくようです。安倍政権は、原発を再稼働させようとするばかりでなく、輸出までしようとしています。経産省も、文科省も、事故後、中身はあまり変わっていないようです。原発事故後、それぞれ何をしてきたのでしょうか。企業だって、再稼働を望んでいるようです。国民も、前ほど原発反対と言っていないようです。原発反対の署名運動でも、永久に1000万人の署名を集められないかもしれません。円安とそれに伴う株価の上昇に浮かれているようです。本当に情けないです。でも、
2013年05月22日
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と言っても、北海道産ではありません。栃木の新宅から車で10分ぐらいのところで作っていました!この間、私が偶然見つけて娘と一緒に買いに行ってきました。新鮮そのもの(多分朝採り)で、味もよかったです。北海道産に負けないくらい、そして、勿論、安かった!
2013年05月22日
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18日の東京新聞朝刊によると、2005年から11年まで、日本原子力研究開発機構も文科省も、「安全確保の徹底」について、2007年のBを除いて、全てAの評価だったのです!それなのに、一万件の点検漏れだけでなく、最近だけでも7件のトラブルを繰り返しているそうです。それなのに、この組織は、原子力予算の約4割を浪費しているのです。もんじゅだけでなく、福島第一の除染や事故収束の技術開発まで「行なって」いるのです。これでは、事故の収束はいつになっても終わりませんよ。
2013年05月22日
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今度私が住むことになった、栃木県さくら市のすぐそばを、昔(300年以上前)、芭蕉が「奥の細道」の旅で通っていたのです。しかも、そこが私の一番好きな句が詠まれたところだったのです。かさねとは 八重撫子の 名なるべし 曽良 (本当の作者は芭蕉らしい)また、芭蕉はこの付近(黒羽近辺)になんと2週間も滞在していたのです。私は、これから、芭蕉のいったところを少しずつ訪ねてみようと思っています。ただ、那須や白河はすぐには行かないでしょう。放射能がまだ高いのです。私の住むところは埼玉とほぼ同じです(0.07μSv/h)。さらに、山は放射能が高いようです。ですから、山菜は採らない方がよさそうです。特に、私が秋田で夢中になったコシアブラが危ないそうです。
2013年05月21日
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去年の初めには、母にガンが発見され、必死で対応しましたが、結局は母を救えませんでした。その悔しさはいつまでも残るでしょう。そのときお世話になった、施設の人達、病院の先生や看護師さんや私の周りの人達には感謝しています。でも、中には、進行ガン(かなり進んだという意味)と聞いただけで、もう駄目だと思い込んだり、決めつけたりする人もいました。亡くなった後の、母の身辺整理や、やらなければならない、いろいろな手続きは、本当に大変でした。それでも、大勢の人達に助けられてなんとか乗り切りました。しかし、、母の死後3ヶ月ほど、今まであまり引いたこともな風邪を引いたり、足指を捻挫し歩行困難になったり、腰が痛くなったりで、気分も相当悪くなりました。一方、母のマンションを処分したこと、娘が自分の家の近くに土地の売り出しを見つけ、そこに住まないかと言ってくれたこと、わが家のエアコンが壊れたとき、頼んだ電器屋さんの子会社のエコ住宅のことを、その会社(電器屋)の通販の本で見たこと、なにげなく資料をくれと電話したら、ものすごい早さで資料が届くとともに、その住宅会社S社の営業の人もすぐ説明しに来たのでした。そして、その営業のTさんともう一人の人が、足繁く、熱心に説明に来てくれました。そのやる気と真面目さに感動して、2週間ほど後に契約してしまいました。しかし、それからが大変だったのです。つづく
2013年05月21日
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しかし、口では、いつ死ぬか分からないとよく言っていました。夜、寝るとき、明日の朝は生きていられるかどうか考えるとか、暮れ近くなると、生きて年を開けられるかどうか、など、私達を心配させるようなことをしばしば言っていました。それなのに、私が、うちの方に来ないか、などと誘っても、いつも、大好きな自分のマンションに住むのが一番いいと言い続けてきたのでした。そんなことで、私もできる限り母の好きなようにさせたいと思い、何年かの間、毎日朝電話をし、一週間に一回は母の様子を見に行き、私の助けられることはやるようにしていました。一緒に食事をし、話して、母の状態を見守ってきました。それ以外の日には、週3回はヘルパーさんが、買い物、洗濯や掃除をしてくれていました。母は、いろいろなことを前もって準備しておくたちなのですが、自分の老後(動くのが大変になったときのこと)については考えていないようだったのです。デイサービスなども試そうともしないのです。まるで自分の将来のことに目をつぶっているようでした。計画性があまりない私も、母が90歳になる前ぐらいから、心配になってきました。それまで、転んで動くのが大変になったことが少なくとも2回はあったのです。私が泊まり込んだり、ヘルパーさんの助けを増やしたりし、なんとか切り抜けてはきたのですが、一人暮らしの限界が近づいているなと感じました。私としては、母の面倒を見るとき、1.この調子では、大きな病気より、転倒とか怪我で動けなくなる可能性が高いとまず予想しました。2.病気に関しては、これまで割りと運がいい方なので、私より長生きする可能性があると思いました。母の母も101歳まで生きたのです。3.養護施設に入れるとすると、個室で、普通よりいいところを探すことにしました。私が生きている間なら、母の蓄えと私のお金でなんとかなると思ったのですが、私が先に死んでしまうと、民間の施設では、お金が足りなくなる心配がかなりありました。4.母は施設に入るのは嫌だったので、そこに慣れるのがかなり大変であると考え、まず、費用がかかっても、母がなんとか我慢できそうな民間の施設を探しました。また、特別養護老人施設で個室の数を増やすところを近所で見つけて、そこに直ちに申し込みました。5.そこに入れるまでの2年あまりの間、上記の民間の施設で、そこでの生活に慣れるようにする計画でした。この施設には入居申込金を払い、いつでも(空いているときは)入れるように準備しました。つづく
2013年05月20日
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3月の終わりに母の法事をしたときに、食事を頼んだホテルです。食事も、景色もよく、お客さんにも喜んでもらえたのはよかったのですが、かいけいのとき、一人分多く請求されれしまったのです(一人欠席だったのに)。支払いが私ではなかったのでそのまま払ってしまい、帰ってすぐ電話で知らせて、返金してもらうことになったのですが、いつになっても返ってこないのです。ほぼ一ヶ月後に連絡すると、経理担当が入院してしまい、全ての業務が止まっていたと言ったのです。そして、返金してはくれたのですが、お札が現金書留の封筒に入っているだけで、お詫びの手紙もなく、送った人の名前も書いてないのです。そこで、電話をすると、謝ることは謝るのですが、どうも心からではないようなのです。経理業務が一ヶ月も止まるなど信じられないと言うと、今度は、もう一人の担当者の物忘れも原因になっているというのです。呆れては、きちんと調査をし、対策を知らせてくれと言ったのですが、送ってくると、全部経理のせいにした上で、会計の明細をこちらに確認してもらわなかったのが悪かったというのです。お客より先に、自分達がチェックしなかったのが原因でしょう。そして、物忘れには触れていませんでした。さらに、対策としては、「月並みではありますが、確認の徹底をはかり社員一同お客様に喜ばれるホテルを目指してまいります」ですって。私としては、すぐ返金し、謝り、この次はサービスするとでも言ってくれれば満足するところだったのです。でも、これでは、責任者に言わないと気がすまなくなりそうです。
2013年05月20日
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母の場合もです。私の予測では、もう少し長生きするのではないかと思っていました。母はガンが発見されるまで、かなり運がよく、その意味では、それまで「生かされていた」とも言えます。一方、自分の健康のことも注意していて、いろいろなことに興味を示し、なんでもよく食べ、人生を楽しんでもいたので、生きる力を持っていると思っていました。つづく
2013年05月19日
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です。どんなに元気でも、やる気があっても、頭がよくても、お金持ちでも、幸せでも、有名でも、偉くても、威張っていても、いつか死ぬのは確かです。愚図でも、貧乏でも、無名でも、同じことです。母が一人で暮らしていた頃、暮れ近くになると、生きて年を明けられるかどうか、などよく言っていました。夜寝るとき、明日生きているだろうか、などと考えるtかも言っていました。それでも、何年も生き続けていました。これが「生かされている」ということかと思ったりもしました。つづく
2013年05月18日
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よく分からない。つづく
2013年05月17日
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昨日、埼玉から氏家へ来るとき、大宮に着いたら、宇都宮線が遅れているとのことでした。それで、どうしようか考えていたら、また放送があって、ずっと前に来るはずの電車が何番線だかに止まっていて、まもなく発車すると言っていました。それならと、その電車に急いで乗ると、宇都宮でうまい具合に、いつもより一つ前の電車に乗り換えられてしまいました。結局、電車が遅れたために早く着いたということになりました。そのお陰で、着いた駅前の野菜販売所で地元の採りたてのキャベツが買え、途中、氏家名物のお菓子を買ったら、おまけまでもらってしまいました。そして、娘達と一緒に美味しい昼食を食べることができました。
2013年05月17日
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原発はお金がかかります。危険です。保有プルトニウムも増えていきます。日本はもう立派な核保有国です。首相は、原発事故で何を学んだのですか。原発の輸出など、よく言い出せますね。つづく
2013年05月17日
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これが今回私が取りかからなければならなかった問題です。「一人暮らしが無理になったとき、どうしてやれるか」という問題です。そして、今回は、一人暮らしが難しくなったのが私の母でした。私は一人息子なので、いや応なしに私がやらなければなりません。この日が来るのを恐れ、なるべく来なければいいなと思っていました。しかし、その日が確実に来るのは分かっているので、とにかく計画を立て、準備だけはしておく決心をしました。そして、準備をしてから5か月は、ヘルパーさん達と私の見守りのもとで、なんとか安定な状態を保つことができていました。でも、ちょっと安心した頃、想定外の事態が起きてしまいました。母が脳梗塞になってしまいました。入院、病院での治療、退院、一人暮らし無理、養護施設への転院、養護施設での生活に慣れることができたこと、施設での生活を楽しめたこと(約1年半、・・・・つづく
2013年05月16日
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予算委員会で、安倍首相や茂木経産相が原発輸出や核燃料サイクルを促進させるなど、言いたい放題なのに、野党は何をしていたのでしょうか。このままでは、原発再稼働になってしまいますよ。つづく
2013年05月16日
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過ちをしたら、すぐ謝って、やるべきことをやればいいのです。今、二つの会社と、先方のミスでちょっともめています。過ちだと認識していなかったり、謝らなかったり、きちんと対策を講じなかったりして、こっちがおかしいのかと思ってしまうことがありました。また、対応が遅いのです。結局は本気で仕事をしていないということなのでしょうか。つづく
2013年05月15日
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一番本気でやってくれました。母が亡くなる直前にお世話になった病院では、母がもう助からないということが「分かって」いるので、お医者さんにも、看護師長さんにも、後は、栄養補給(点滴)、酸素吸入と痛みが出たときの痛み止めしかできない、そして、よくなることは期待しないでくれ、と言われてしまいました。とにかく点滴と酸素吸入をすぐやってもらわなければいけないので、それでもいいからと言って、入院させてもらいました。次の日少し元気を取り戻した母は何か食べたいと言ったのです。しかし、母にはもう食事は来ないのです。私が先生のところへ行き、お願いしたら、ババロアだけが来て、母はそれを美味しいと言い、食べました。しかし、その次の日からまた苦しいというようになり、食事が来ても、結局は食べることができなくなりました。その間、お医者さんも看護師長さんもほとんど見に来くれませんでした(多分一回も)。そして、母の容態を見守り、励まして、私達を助言してくれたのは、病室担当の看護師さんでした。最後に亡くなったときも、諦めずに人工呼吸をやってくれました。お医者さんに止められるまで。また、事務の女性も、入院の手続きから支払いまで、とても親切で、治療費を少しでも安くする手続きをするのも助けてくれました。この病院では、先生と看護師長さんからは見放されましたが、実際に接してくれた人達からは、このように、最後までお世話になりました。とても感謝しています。それまで母がいた養護施設の看護師さんも親切ではありましたが、すぐに諦めてしまい、病院への転院をすぐに勧めて、死を受け入れる準備をした方がいいなどと言われたのが残念でした。むしろ、始終世話をしてくれていたヘルパーさんの態度の方が好感を持てました。
2013年05月14日
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安倍首相は、参院予算委員会で、原発輸出について、「各国からわが国の原発技術への高い期待が示されている」として、さらに、「事故の経験と教訓を世界と共有し、世界の原子力安全の向上に貢献していくことがわが国の責務だ」と言っていますが、この人は肝心の「教訓」を学べない人間のようです。同じ委員会で、茂木経産相も、「プルサーマルをしっかりと回していく」とか言っていますが、肝心の「もんじゅ」はまだ運転はほとんどできていないし、点検もできていないような状態にあるのです。以上は今日の東京新聞朝刊から。まだ、原発事故の真相も対策も分かっていないのです。わが国のやり方では、永久に分からないかもしれません。福島原発をうまく廃炉にできるかさえ不明です。「もんじゅ」はお金ばかり使って、運転の目処も立っていません。今の状態では、原発はこれ以上増やしてはいけません。皆で、国に、安倍首相に、茂木経産相に、原発推進派の人達に原発はやめるべきだと伝えましょう。署名運動もいいでしょう。デモもやりましょう。国民投票をそこいら中でやる動きを示すのもおいいです。電力会社の電気はなるべく使わないようにしましょう。太陽電池、地熱発電、風力発電など少しでも多くしていきましょう。少しずつでも、大勢の人や会社がやり始めれば、原発はいらなくなります。また、安全な原発は採算がとれないことを広く宣伝しましょう。原発の恐さを忘れないで下さい。
2013年05月14日
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「広域処理」用に環境省が各自治体に120億円も交付したのに、そのために使われたのはたった10億円でした。それなのに、同省は、交付中止や変換要請の対応をとりませんでした。一方、もらってお金を使わなかった自治体は皆ありがたく頂いてしまったようです(13日東京新聞朝刊)。国が大変な借金をしているのに、このようないい加減なことをするのは許せません。お金をばらまいて景気回復などと浮かれているのは止めてもらいたいです。緊張感を持って、大災害からの復興と原発事故の収拾に全力を尽くしてもらいたいです。これらにおいても、たくさんのお金を無駄に使って、必要なところにお金をかけていないのに違いありません。つづく
2013年05月14日
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この間、新宅内の放射能が近くの娘の家の値よりちょっと高いことを報告しました。(5日韓測定でも。)しかし、インターネットで調べた測定値(1年から何ヶ月か前)は、0.1μSv/hあまりのところが多かったです。これは、安全とされている1mSv/y(年)程度なのですが、狭山よりは高いです。娘の家の中は狭山の値と同じ値だったので安心していましたが、ちょっと心配です。また、わが家の測定値がその値より、ほんの少しですが、高い(0.01μSv/h)のもちょっと心配です。使われている材料が心配なのです。住宅会社は放射能のチェックはしていないとのことです。放射能の高いところのワラを飼料に使った例もあるので注意した方がいいです。
2013年05月13日
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最近関わりのある二つの会社のことで少し困っています。私の常識から考えると変だと思うことを次々とやるのです。その都度、指摘するのですが、対応が煮え切らないのです。結局、本気で仕事をしていないということになるのでしょうか。自分の仕事の目的を考えたらやるはずがないようなことをやってくるのです。それを言うと謝るのですが、こちらの望む方向にちっともいかないのです。つづく
2013年05月12日
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やっと少し余裕が出てきました。ということで、月末から10日ほど言ってきます。今年は氏家(栃木)から出発するので、弘前まで行ってこようかと思っています。今日は、氏家から狭山まで帰り、木曜日にまたこっちに来ます。家具が2点配達されることになっています。
2013年05月12日
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ときどき薄日が出ています。今日は市の無料バスで昔の隣の町、喜連川(今は同じ市内)へ行く予定です。昔の城下町です。また、ここには、昔、ここの藩が作らせたという竹垣(寒竹囲い)がまだ残っているそうです。たまたま、わが家で、浴室の外の庭に「竹垣」を目隠しのために作ってもらったのに、透けて見える「御簾垣」ができてしまって、今、直してもらっています。S住宅会社の営業担当のTさんは一所懸命やってくれてはいるのですが、忙しいためか、ときどき抜けてしまうのです。庭のことも、私がもっと細かくチェックすればよかったのですが、家の設計に口を出すことが多く、疲れてしまって、つい、S社に任せればきちんとやってくれる(高いけれど)と思い、そうしてしまったのでした。つづく
2013年05月11日
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快晴ではありませんが、晴れて、日が強いです。今日は庭の工事の人が来てくれます。これから工事になりますが、ちゃんとできるのでしょうか。油断しないで、注意深く見守ることにしましょう。つづく
2013年05月10日
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さくら市の税務課の人が固定資産税の家屋調査に来ました。二人で来て、かなりのんびり説明と調査をしていきました。今日は温度が高く、ちょっと暑いくらいでした。
2013年05月09日
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2006年3月、金沢地裁の裁判官だった、井戸謙一さんは、原発運転差し止めの判決を出しました(東京新聞朝刊)。わが国の裁判官達は、官僚組織の一員になってしまっていて、国策を否定するような判決は行なわないのが普通になってしまっています。それを井戸さんはくつがえしたのです。「主文、滋賀原発2号機を運転してはならない」これは、被告の北陸電力側をぼうぜんとさせ、原告住民が歓声をあげる判決でした。本体、裁判所は国会や内閣から独立しているはずなのです。それなのに、大半の裁判官達が独立した振る舞いができなくなっているのです。情けないことで、若い裁判官達は心して、井戸さんの行動を見習ってもらいたいです。この間、衆議院選挙が違法だという判決が出たことは、状況が好転しているということになるのでしょうか。原発の差し止めの判決が今後どんどん出てくることを祈っています。
2013年05月08日
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8.本気で問題に向き合えるか?母の一人暮らしが難しくなり、脳梗塞による入院、した後、退院後、養護施設へ転院、転院後の回復、ガンの発見、手術のための入院、手がつけられない状態だということが分かり退院、施設に戻るも、衰弱し、病院に再び入院、そしてそこで母が亡くなる過程で、普通なら、何も経験のない私がこのような問題に立ち向かうのは無理だと思います。母は亡くなってしまったものの、これだけ母の問題に対処できたのは私の実力だけではありません。母を思う気持が私を本気にさせてくれたのです。この問題が「私の問題」になったのです。今になって振り返ると、よくこれだけできたと思います。大勢の人達の助けがあったからですが、それでも、普通だったら、問題の重圧(特に、最後の約2ヶ月)に耐えられなかったでしょう。これだけできたのは、私に凄いやる気が出て、本気になったことが大きな要因だと思います。そのやる気と本気のお陰で、 倦まず怠らず努力をした 感情を正直に表せた(やったことがうまく行ったときなど、感動できた) いろいろなことに気づくことができた 自分で考えて判断、行動できた 常識を疑う気持ちを失わなかった 思い込みを極力減らした 最後まで諦めなかった(母と一緒に)などの行動をとることができたのです。勿論、大勢の人達の助けのお陰でです。にほんブログ村つづく
2013年05月08日
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前より増して努力をしています。ささやかですが。昨日までの3日間で、埼玉と栃木の家で、太陽電池が合計140kWhくらい発電してくれました。さらに、栃木の家は、私が設計に関わったエコ住宅で、昼間は照明に電気をほとんど使わなくても暮らせます。この新しい家は断熱性がよく、暖房を止めても温度がなかなか下がりません。夏にどうなるか楽しみです。風通しのよい家にしたつもりですので、埼玉より快適に過ごせるのではないかと期待しています。ゆくゆくは、埼玉の家は引き払って、栃木に住む予定です。そうすれば、かなりのエネルギー節約になります。また、長女もすぐそばに住んでいますので、便利にもなります(勿論、ガソリンなどのエネルギーや往復の時間の節約)。電気の節約でも、できる限り、電気は午後11時から午前7時までに使うようにしています。また、皆さんにも、原発反対1000万人の署名を呼びかけています。なんとか、再稼働を止めましょう。原発の輸出にも反対しましょう。首相や関連官庁に直接メールして、反対の声を伝えましょう。首相官邸ホームページからできます。その場所が前より探しにくく なっているようですが。今でも、福島原発は危険な状態にあります。汚染水も増えています。どうにもならなくなると、海に流すと言い始めるでしょう。これはダメです。再稼働や輸出の前に、こちらの問題に対処しなければいけません。 つづく にほんブログ村
2013年05月08日
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,「原発反対1000万人署名運動」が行われているのに、まだ、集まったのは、830万人くらいだそうです。早く署名数1000万を超えさせて、安倍首相に手渡してもらいましょう!原発再稼働を目指していても、これだけの署名は何らかの影響があると思います。とにかく、まず1000万の署名にして下さい。署名、あるいは、署名用紙のダウンロードはhttp://sayonara-nukes.orgへ。 因みに、原水爆反対運動では、3000万もの署名が集まったのです。その頃は、インターネットなどありませんでした。今、20万人の人が一人10名ずつの署名を集めれば、軽く1000万になります。 とにかく、はじめ言った通り、1000万 にしましょう!お金を集めるより、まず署名を集めましょう。やる気さえあれば、インターネットだけでも、後200万は簡単だと思います。 にほんブログ村
2013年05月07日
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だったそうです。女房は、娘達家族と一緒に総勢11人でキャンプに行ってきました。夜はかなり寒くて、ちょっと疲れたそうです。ほとんど満員だったとのことです。テレビでも、そう言っていました。きゃんぷでなく、行楽地もかなり混んだようです。大震災や原発事故のことは忘れられてしまったのでしょうか。安倍首相も、原発事故の後始末は終わったように、トルコやアラブ首長国連邦に原発を売り込んできました。原発事故を経験した国だ、などと、かえって自慢しているように聞こえました。原発事故を起こしたことはとても恥ずかしいことです。しかも、世界で唯一原爆を経験した国がおろかにも原発もたくさん作ってしまい、安全だと言い張りながら、大事故を起こしてしまったのです。恥知らずです。にほんブログ村
2013年05月07日
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東京新聞の昨日の分は、「物事の解決は、大掴みして後に心を細かく用うべし」でした。正に、いつも心がけていることです。というより、私は予め細かい計画を立てるのが苦手なのです。ですから、まず解決を始めて(まんずやってみれ!)から、あれやこれやと考えることが多いのです。今日の分は、「自分で自分が制御しがたきに、如何にして他人を制御できるかを反省する」でした。脳梗塞から回復しようとする母は養護施設に入って、塩辛いものが欲しいと言ったとき、脳梗塞の再発をなくしたい私はなかなか持っていかないようにしました。(そして、母にかなり嫌われました。)その分、私達夫婦も食べる塩分を極力減らして、母にもそれを言い、母に与える食べ物も塩分の少ないものにしました。その後、母は脳梗塞にはなりませんでしたが、ガンが発見されてしまいました。こちらも塩分が関係した可能性がありますが、手遅れ(多分何十年も)でした。にほんブログ村
2013年05月07日
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この間、家で神棚祭をやってもらったとき、神主さんが読んでいた祝詞を肩ごしに見ていたら、「申す」と読んだところに「白ス」と書いてありました。私は「曰」の誤りではないかと疑ったのですが、よく考えたら、「白」でもよさそうだということになりました。告白、自白、独白,白状、激白、科白とか言うではありませんか。今、調べたら、「白」には、 明らかにする、 ありのままに言う 申し上げるなどの意味があるそうです。にほんブログ村
2013年05月07日
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ホテルの対応が理解できなくて、いろいろ考えていたら、このことを私の問題解決の論文(本)で取り上げようと思いました。似たような問題が、家を建ててくれている住宅会社や、原発事故を起こした東京電力にもあると考えられるので、論文の中で少し検討しよと考えました。周りの人達にも議論してもらおうと思います。失敗やミスを起こしたときの考え方や行動が、普通では考えられない(正確には私では)考えられないのです。人それぞれ考え方が違うことは認めても、普通の、人と人との付き合いの中であったら考えられないようなことをやるのです。多分、人の前に、「ある会社に属する」と付け加えたら、もう少し理解できるのかもしれません。「組織の中の人間」と言った方がいいでしょう。組織の中では、しばしば、「常識」が世間一般のものとは違うのです。にほんブログ村つづく
2013年05月07日
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3月末に母の法事を行ない、終了後、近くのホテルで食事をしました。そのとき、一名欠席だったのに、その分まで払わされてしまいました(期限までに欠席は知らせてあった)。それを2日後電話して、すぐに返金してくれると担当者は答えたのに、その後、全く連絡もなくなってしまいました。私もそれを忘れていたのですが、数日前に思い出し、電話をしました。そうしたら、直ちに返金すると言ってくれたのですが、遅れた理由が、たった一人の経理担当者が入院してしまって支払いができなくなっていた、と言い訳したのです。そして、お金は戻ってきたのですが、お札がはだかのまま入っていて、お詫びの手紙も入っていないではありませんか。直ちに、それを問いただすと、食事予約のときに一緒に担当した上司がとても恐縮して謝ってはいましたが、私の追及で、その担当者が返金を忘れてしまったことを白状しました。このホテルはもう19年も営業しているのだそうですが、呆れてしまいました。にほんブログ村夕べ、電話でホテルの人と話していて、この件も私の論文で取り上げようかなと思いました。論文「私の問題解決濃度考え方」で母の問題について書き終わったら、原発とわが家の件に取りかかりますが、それらの問題とも、上記のホテルの問題には共通するところがあると思います。
2013年05月06日
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