全31件 (31件中 1-31件目)
1
昨日は風邪を引きかけたみたいでした。今日は日記を書くのはやめようかなとちょっと思ってしまいました。一昨日、東京へ行ってのどが少し痛いなと思っていたのが、夜、腰も痛くなり、少し頭もふらふらしてきたみたいなので、ショウガ、ビタミンC入り、スダチジュースの熱いのを飲んで寝てしまいました。夜中に、夕飯の残りのお好み焼きを食べて、風邪薬を飲んだら、今朝は元気になりました。今月は関東にばかりいたので、少し落ち着いて、自分の仕事のことを考えることができました。いつもより頭を使ったせいか、少し疲れました。イザッチさん、M、S、るんるんさん、S1さん、Sさん、HMさん、たいようさん、ACE101さん、石田さんをはじめとする、多くの皆様のおかげで私の考えていること(私が書く論文の内容)が少しずつまとまってきています。感謝、感謝です。そう言えば、今年は「感謝」、「元気」と「楽しむこと」が私達の合言葉です。しかし、実際はどうでしょう。M、S、るんるんさんさんに言われて、私はまだ修行が全く足りないということを感じました。去年から今年にかけて、いろいろな人達に感謝の気持ちを持つことが大事だと言いました。でも、私自身はその意味と重要性を本当に理解できていません。昨日の日記に対していただいた、M、S、るんるんさんのコメントを読んで下さい。今日は休もうなんて思ったのに、また、真剣に考え始めた私です。つづく
2005年01月31日
コメント(2)

こちら埼玉では梅が咲き始めています。大寒を過ぎたばかりですが、もう春は近づいています。昨日、東京へ行く電車の中で、梅は咲き始めたけれど、香りをまだ感じていないなと思いました。自分の鼻が大丈夫かと一瞬思ったのでした。次に、 新宿のデパートの中を通ったとき、有名なお菓子屋さんの前を通り、「夜の梅」という羊羹が目に付きました。夕方、娘がまた孫(アーちゃん)を連れてきました。前回来たとき、私が美味しいものを「うめー」と言ったと、家へ帰ってから真似をしていたそうです。その連想で、梅干しを食べたとのことです。でも、梅の花はまだ分からないようなので、明日一緒に見ようということになりました。そして、さっき、咲き始めた白い梅を一緒に見てきました。しかし、やはり、香りがよく分かりませんでした。花がまだ少ないからか、私の鼻が悪くなったのか。昨夜、日記に「変体仮名」と書いたとき、昔、私が研究発表のときに使った、古今集の和歌(下の図参照)のことを思い出しました。 ここには「春の夜のやみはあやなし 梅(の)花 色こそ見えね香やはかくるる みつねのうた」と書いてあります。「春の夜の闇というのはわけが分からないものだ。折角咲いているのに、美しい花を見ることができない。でも、見えないようにしても、その香りを隠すことはできるだろうか。いやできない。」というような意味だと思います。私は、これを新しい分析法に関する講演会で使いました。ある一つの考え方ではできなくても、考え方を変えれば分析ができるようになるということを言うために使いました。上の書というか絵というかはとても懐かしいものです。私が変体仮名を学ぶために少しの間習っていた習字の作品の一つです。今は亡き私の習字の先生(友達でもありました)の指導で書いたものです。その後、別の講演会で、成果がなかなか出ないような、難しい研究をこつこつと文句も言わないで、一所懸命頑張っている研究者達を励ます意味でも使いました。昨日、「夜の梅」をお菓子屋さんで見たとき、このこともちょっと思い出しました。「あなた方が今一所懸命やっていることが今は世の中で全く知られていませんが、皆さんの頑張りによって成果が出てくれば、隠そうと思っても隠せないでしょう。」というようなことを言おうとしました。このように和歌を筆で書いてみたことで研究発表にも役立ちましたが、それよりも、変体仮名の勉強に非常に大きな効果があったのです。書くことによって、読む方の技術が上達したのでした。自分でやってみるということの重要性を体で学べたという気がしました。今、私が多くの人たちに「まずやってみれ!」と言っていることは、ここいらで学んだことです。これは研究でも全く同じことなのですが、この頃は私はそれを十分意識していませんでした(少しはやっていたのかもしれませんが)。今日は寒かったですが、太陽電池の発電量が10kWhになりました。しかし、「やっと」です。1月はもう明日で終わりです。つづく
2005年01月30日
コメント(9)

「私の研究の進め方」を図にしたのができあがりました。まだたたき台と思った方がいいものですが、ホームページにも載せました。ホームページの「どのように研究をすすめるのか?」のところで、「山菜採りの学習法」、「変体仮名の勉強法」と比べて見てください。「私の受験法」とか、「私の大?論文のまとめ方」なども、似たような考え方でまとめることができます。また、私の個々の研究も、対象は違っても、似たような考え方で行ってきました。まず、下の図を見ていただき、その後、簡単に説明しましょう。 一番大事なのは、何がやりたいのかをはっきりと理解することです(目的)。しかし、机上検討や頭の中で考えただけでは、具体的なことは分からないことが多いのです。だから、「まずやってみれ!」なのです。一通りやってみて、少し苦労すると、目的、問題点とやることや手順が具体的に分かってくるのです。ここでの具体的な目的は素子「特性」の良い素子を作ることです。やることの流れ図(大ざっぱなものが本検討のところに示してあります。特性を良くするように原料を選び、プロセスを決めるのですが、多くの場合、プロセスは沢山の工程からなっており、素子を作って、その特性を測っては元に戻るようなやり方では、非常に手間と時間がかかってしまいます。ある程度やり方が分かってきたら、もっとも問題が大きい(重要な)工程をみつけること、その工程でどういう状態であれば、良い特性が得られるかを見つけたいのです。良い特性をもたらす「状態」を検査する方法(チェック機能)が欲しいのです。この方法が見つかれば、素子を作らなくても、工程(従ってプロセス)の良悪を判定できるわけですから、開発が非常に早くなります。さらに、工程が悪い場合の解析法(なぜ悪いかを調べる方法)があれば、良くする対策も立てられます。これら、チェック機能と解析法を見つけることが開発の鍵となります。それから、研究者の能力も大事ですが、もっと大事なのは、研究者がどのくらいこの開発をやり遂げたいと思っているかです。まず、意欲的に検討を始められるかどうかが重要です。まず始めることができれば、何も分からないでも、いろいろ苦労しているうちに、問題点ややる手順などが分かってきて、面白くなってきます。好奇心や意欲も湧いてきます。こういう状態で、粘り強く頑張れれば成功間違いなしです。始めにあまり考え過ぎないことも大事です。あまりよく考えてしまうと、解決すべき問題点が非常に多くなって、始められなくなってしまいます。物事を前向きに考えられるかどうかがとても大切です。また、人に言われたことや論文に書いてあることに頼りすぎるのも問題です(鵜呑みはだめ)。新しいことをやるのは自分なのです。自分で考えて、判断、行動しなければなりません。自分で頭を使って実際に試してみるということが新しい技術につながるのです。特に大事なのは、「まずやってみれ」の段階で、できる限り幅広くいろいろなことを試してみることです。これがないと、後になって、始めに戻らなければならないというようなことが起こりうるのです。また、再現できる実験の数をできる限り増やすことも大事です。安定したプロセスを立ち上げるためにはこれが最重要です。
2005年01月29日
コメント(4)
お医者や法律家が言ったことなどを鵜呑みにしないで、真実(本当は分からない場合も多いということも含めて)を問いたださなければいけない、というようなことを書いた本を読んでいます。こういう人達は分からないことがあるというのを認めたがらない(あるいは言いたくない)ので、しばしば、真実を正しく伝えなかったり、故意に言わなかったり、嘘をついたりして、一般の人達をごまかしているのです(他の職種の人もですが;例えば、マスコミ、先生と呼ばれる人々など)(無知の場合もあります。)。特に、統計学の数字を使うと、一般の人達はだまされてしまうことが多いようです。ということで、この本は統計学(確率論)の重要性を学ぶのにいい本です。ゲルト・ギーゲレンツァー:「数字に弱いあなたの驚くほど危険な生活」、早川書房、(2003)。この本の主旨は、私の言い方にすれば、自分で考えて、判断、行動しなさいということでしょうか。「知る勇気」というのは、本の第一部の題で、「よそからの指導なしに自らの理性を用いる勇気」ということだそうです。正に、自分で考える勇気ということですね。私は、読み始めて、ガンの告知に関係した本かと最初は思ったのですが、そうではありませんでした。ガンの検診を受けるべきかどうかというときの考え方は参考になります。他のことを考えるときも、同じ考え方が有効であることが多いです。検査をするとき、お医者に検査した方がいいと言われたとき、黙って言うことを聞くか、どういう疑問を持つべきか、それを質問する勇気(知る勇気)があるか、など、本当に大事なことです。お医者の方も、検査とその結果が患者に与える影響をどのくらい理解しているか、検査の結果の意味をきちんと理解しているか、それを患者に、正直に、分かりやすく説明できるか、分からないときは、どのくらい分からない、と正直に言えるか、なども同じくらい大事です。但し、結果が本当に悪かった場合、患者の方に、それを受け入れられる勇気(これも知る勇気)があるかどうかもかなり重要です。一方、これらのことを、私のこれまでの研究のやり方に当てはめてみると、反省すべき点が沢山あります。「まずやってみれ!」と、誰にも言ってきましたが、私自身のやり方は相当いい加減でした。最初になるべく多くの可能性を検討すべきだ、など言いながら、自分は、誰かにこうやれと言われた、このようにやったらいいと、誰かの論文に書いてあったことをあまり疑わずにやっていたことなどがかなりあります(自分でよく考えてみなかった)。そして、言い訳として、時間が足りない、お金がない、人手が足りない、木ではなく森を見るべきだ、とか言い、自分以外のせいにしてしまうのです。ところが、真実は、1.面倒くさい。2.面白くなさそうだ。3.なるべく自分が頭の中で描いた、独りよがりのやり方で済ませたい。4.いろいろやって、あまりにも大きい困難にぶつかるのが恐い。5.苦労する勇気がない。6.誰もやっていないことをやるのが恐い。7.命令された仕事なので、やりたくない。などです。要は、人には厳しく、自分には優しく、ということですね。今日の太陽電池の発電量は7kWhでした。太陽電池そのものではあまり儲かりませんが、新しい電子レンジオーブンとIH(誘導加熱)ヒーターの使い方がかなりうまくなりました。我が家のカスピ海ヨ-グルトも発酵機能を使って、かなりうまくできます。
2005年01月28日
コメント(0)
私が昔ある小説で読んだ登場人物みたいに母がなってくれればと思います。ある若い夫婦の、年取ったおばさんは寝たきりなのですが、この人は親戚や知人が亡くなっても悲しまない(心細く思わない)のです。「あの子は私より10才も若いのに死んでしまった。」とか、「私が同級生の中で一番長生きだ。」など、うれしそうに話すのだそうです。年取っても、このような心の持ち方ができればいいなと思いました。さらに、このおばさんはお金持ちだったのですが、遺産を若い夫婦にあげるのに遺書に書いてではなく、苦労して探させたのです(確か高価な古切手として)。人間、いつ死ぬかなんて分からないのです。病気でも、長生きする人が沢山います。生きている間は少しでも楽しみたいですね。母について言えば、まだ食べるものが美味しいらしいところに望みがあります。何でも食べるし、年の割には沢山食べます。一昨日、気持ちが悪くなった日も、お昼は、私達が買ってきた、豪華弁当を、美味しいと言って、かなり食べていました。そう言えば、母の母、私の祖母は、最後は寝たきりになって、101才で亡くなりました。しかし、その数ヶ月前に、私が東京都から表彰されたときに大きな和菓子の箱ももらったのです。表彰式の後、女房と2人で「この甘いお菓子はおばあさんにしか食べられないね。」(祖母は物凄い甘党でした)と言って、女房がそのお菓子をすぐに祖母に送ってくれたのでした。私の母と叔母によると、祖母は大変喜んで、いろいろな種類のお菓子を目と口(お腹?)で楽しんで食べたそうです。そう言えば、今朝、私達は、美味しいエビチリみたいなものを食べました。女房がこれから出かけるのでニンニクはいやと言ったので、生姜(刻んだもの)、葱、イタリアのトマトの缶詰と韓国の唐辛子でメチャクチャに作ったら、それが非常に美味しくできたのです。玄米ご飯の上に乗せたエビチリ丼でした。IH(誘導加熱)ヒーターで作りました。4,5日前のポテトサラダグラタン?も最高でした。ジャガイモ、ニンジンとピーマンのポテトサラダ(薄味で暖かいもの)の上に、明太子をたっぷりと、その上にチーズを乗せて、こんがりと焼き上げました。家のレンジオーブンで作りました。もう一回初めの話に戻りましょう。「病は気から」と言いますが、本当ですね。母は、何にもなければ一応健康(年相応)なのですが、ストレスによって、血圧が上がったり、目まいがしたり、相当辛い状態になってしまうのです。会社でも、いじわる上司がいるようなとき(他のストレスでも)、うつ病になったりするのです。逆に、何でも前向きに、いい方に解釈できたり、今病気になってはいけないのだと決心していると、病気が直ったり、病気にならないこともありますね。薬の効き目のチェックのために、害のない、薬でないものを薬として飲ませたとき「薬」の効果が出てしまうこともあるらしいです。私自身、回りで流感が流行っているのに、大丈夫だったこともあります。そのときは、1,2ヶ月でしたが、非常に忙しいことがあり、私しかやる人がいなかったときです。このように、人間は、気の持ち方で病気になったり、ならなかったり、直ったりするのです。頭だって同じです。頭脳を100%働かせるためには、心も体も健康であってもらいたいです。研究をうまくやり遂げるためには、こういうこともとても大事なのです。いや、非常に苦労した上、何かについて、継続的に、必死で考えていると、天から降ってきたみたいに、実力以上の名案が浮かぶこともあるのです。今日の太陽電池の発電量は8kWh、今日もやはり午後雲が出てきてしまった。
2005年01月27日
コメント(2)
昨日はちょっと大変でした。私達は出かける用事があったのですが、東京の母が朝気持が悪いと電話をしてきたのです。まず、母がかかっているお医者さんに電話して、連絡が取れて、指示を出してもらっていることを確認してから、急いで、東京へ自動車で向かいました。ところが、道が相当混んでいて、一人電車で行った方がよかったかと思ってしまいました。電車で行くと、私達が住んでいる狭山から2時間かかります。自動車だと道が空いていれば、1時間くらいなのですが、混んでいると2時間以上かかることもあるのです。でも、途中で2回ほど電話をし、大丈夫なのを確認しながら、2時間ちょっとぐらいで着くことができました。着いて聞いてみると、やはり血圧が200近くまで上がって、脈拍も多くなったのです。こういうときに飲む薬も置いてあるので、お医者さんの指示に従ってこれを飲んで横になっていたら、落ち着いてきたそうです。30分ほどすると、お医者さんも来てくださり、結局、大丈夫であると言われました。ただ、今日は薬を飲んでいるので、休んでいるようにと言われました。気分が悪くなったのは、天候(低気圧)、心配事と前の日の外出の疲れだったみたいです。私もそうですが、雨や雪の前に気分が悪くなるのです(体の節々が痛む)。また、ここのところ、同じ年代の知人が亡くなったり、病気になってしているのです。それから、銀行から、電話がかかってきて、投資信託の更新をしろとか、わけの分からないことを言ってきたそうです。そういうこともあって、前の日に、母は外出し、お見舞いを送ったり、銀行へ行ったりしたのだそうです。それでかなり負担になり、疲れたようでした。しかし、昼近くになると、食べられると言います。近所に三越の小さい支店があり、そこでお弁当の売出しがあると母が言うのです(前の日に抜け目なく見てきたのです)。行ってみると、有名な料理屋さんの豪華弁当があり、それと、玉子焼きと葛餅を買ってきました。そうしたら、結構食べるではないですか。私より食べたくらいです(玉子焼きと葛餅も)。そして、よくしゃべるのです。そのうちに、ぐちになり、お父さん(私の)が自分が友達を作ると邪魔をしたとか、私の祖母(父の母)のいいなりになって変なことをしたとか、いろいろ話すのです。そこで、私達は、いいことだけを考えるようにと、いろいろ言ったのです。「お母さんはもう弱ってしまったと言っているけれど、同じ年代の人と比べたら、相当元気な方です。また、贅沢なマンションに住んで、友達や親戚の人たちより長生きができているではないですか。お父さんのおかげで友達ができなかったと言ったって、他のところでいい友達に出会ったことだってあったし、お父さんの仕事のおかげで、アメリカへも行って住んだし、いい人達にも出会え、珍しい経験もできたではないですか。」これで、少し機嫌がよくなり、春になったら孫達と家族にも来てもらおうかなど言い出したのです。そして、ちょっと休むと言って横になり、英会話の番組などを聞き始めました。少しプラス思考ができるようになったようなので、私達も幾分ほっとしてきました。これで私達は帰ってしまえばよかったのかもしれませんが、まだ心配なので、夕方までいたのです。ところが、ちょっと昼寝をしたら、プラスがまたマイナスになってしまったようで、今度は、自分の先が長くないとか言い始め、自分の葬式のときに使ってもらいたい写真を探し出す始末です。また、二人でなだめたり、さっきの話をしてから、体の方は大丈夫のようなので、帰ってきました。今朝は変わりはないようで、今日は女房が東京へ行くので、必要なら、寄ってくると言っています。2,3日したら、私が様子を見に行く予定です。このマイナス思考はどうしたらいいのでしょうか。前は、難しい問題が発生しても、非常に強かったのです。父の兄弟や親が病気になって入院したときなど、ほどんど一人で手配や世話などしているのです。やはり、長い間、自分が好きなところに、一人で、気の向くままに暮らしていると、その生活に固執してしまい、変化に対応できなくなるのでしょうか。銀行や修理の人などが来ると、それだけで非常なストレスになってしまうのです。息子の私が去年(母が手首を折ったとき)はひとっきり一緒に暮らしましたが、私でさえも、一緒に暮らすのは難しかったです。何事も自分がやってきたようにきちんとやってもらいたいのです。いい加減な私がやることはみな気に入らないのです。私達の周りは分からないことだらけなのです。それらをいちいち心配したり、恐がっていたら、暮らしていけません。どうなるか分からないことは沢山あっても、その日その日を誠実に生きていれば、必ず良い方向へ行くはずだと思ってもらいたいです。事実、母はそのようにしてきました。今、何が恐いのでしょうか。何か新しいことをやることでしょうか。変えることでしょうか。知らない人と話すことでしょうか。投資の話の場合には、変えて損することでしょうか。現状のままで、配当がいつも入ってくれば一番安心です。でも、変えないで、株や投資信託の値が下がってしまうことがあります。逆に、変えても、下がることがあります。上がることもあります。私に相談されても分からないのです。専門家でも分からないのですから。母によれば、入院したときのために、お金がないと心配だと言って、かなりつつましい生活をしています。但し、住んでいるところは、贅沢で、維持費もかかります。だから、自分の財産を減らしたくないというのは事実です。お金がなくなっても、病院に入っても、なんとかするからと私が言ってきたのですが、どうも私は信用されていないのです。投資がうまく行かないことを心配しているのも分かります。お金の話でなくても、変えるということがとてもいやのようです。自分がやってきたように、やりつづけたいのです。他の人にもそうしてもらいたいのです。昨日、女房がお使いに行って、牛乳を買ってきたのですが、その脂肪の量が3.7でなく3.6でなければいけないというのです(女房にはそんな指示はなかったそうです)。理由を聞くと、これまで自分で作ってきたカスピ海ヨーグルトには、全て3.6を使ってきたということでした。私はあきれて、3.7でもできると言ったのですが、それが不満で、ぶすぶす言っているのです。じゃあ、変えてこようかと言うと、いいと言うのです。そして、これは他に使って、明日3.6のを自分で買ってくると言ったのです(まだふらふらしているのに)。そして、こういうとき非常に頑固なのです。こんな具合なのです。いろいろ考えていると、こっちにもストレスが溜まりそうです。でも、できるかぎり協力はして、母の好きなように、自立して暮らしてもらいたいと思っています。こういうことを考えるのも、問題解決研究所の仕事の一つです。課題自分の母親のマイナス思考をプラス思考に変える方法を探す。今日は曇りで寒い日でした。発電量は2kWhでした。明日(いや今日)は「私の研究の進め方」をまとめるつもりです(今0:57)。つづく
2005年01月26日
コメント(2)
はじめの言葉は、ある人が会社で昇格したときに、これからの活躍を期待して、私が送った言葉です。その会社の発展のために頑張ってもらいたかったのです。それと同じように、私の論文「私の研究の進め方」あるいは「私の問題解決の手法と考え方」を統計学(確率論)が考えを取り入れて統一的な説明したらどうかと思いついたのでした。当初、統計学を取り入れるべく勉強していたのですが、そのときは、問題解決の「頭の要因」(論理的、頭脳、理屈、理性、客観的等)(ある結果を決める要因の全て、重複しないような抽出、目的達成の確率、問題解決の道筋、結果の予想、原因の推定、新しい証拠による確率の更新等)のことばかり考えていたのです。ところが、その後になって、問題解決には「気(心)の要因」(感性、感情、欲望、主観的等)(やる気、元気、勇気、継続力、粘り、集中力、精神力、好奇心、自信、価値観等)の重要性を認めるようになり、当初の考え方をどう変えていったらいいかと悩んでいたのです。今始めているのは、論理的な考え方の中に主観性を積極的に取り入れてみるということです。1.確率とは「信念の度合」であると考えることにする。同じ現象の確率が考える人によって変わってしまうのです。2.確率の値を無理に与えようとしない。必ずしも定量的にしなくてもいい。3.問題解決の各種要因の抽出、大事な要因の発見、解決手段の簡略化等を図る方法を実践的に探す。各種要因は、全てを網羅し、かつ、重複していないか?4.「気(心)の要因」を確率の中に表現しようとする。5.研究者、協力者等人間を要因の中に入れる。6.自分の研究のやり方の中の共通性を探す。それにより、問題解決の基本的考え方の抽出を試みる。研究ばかりでなく、自分の勉強の仕方、趣味の学習法、他の人から受けた相談の解決法(問題解決研究所として)等も含めます。7.自分のやっていることの良悪の判定をしているかどうか。8.悪い場合の原因を追究しようとしているかどうか。9.正しい方向をどのようにして見つけているか。10.何が分からないかを見つける。11.協力者をどのように利用しているか。12.重要情報の見つけ方13.直感の利用14.ことわざの利用15.討論の重要性16.事実の認識法17.苦労の度合いと効果18.人間の本当の実力(火事場の馬鹿力)19.体の状態の影響20.不確実性の受け入れ方、不確実性の評価21.自分で考えて、判断、行動することの重要性22.まずやってみれ!の重要性23.事実を全部知るべきか。24.考え過ぎないようにするには?25.実験結果を肌で知る。再現性を含む。26.勘を磨く。経験を積む。自動的にできるようにする。27.実験しながら考える。28.研究以外のことから連想を大事にする。29.素人の人に相談する。30.面白いか。遊び心、好奇心、興味に従う。脱線した方がいい。31.分かったことは隠さないで、話す,相談する。32.名人になろう。プロになろう。33.何かを知りたい、作りたいという強い気持を持とう。34.はじめのうちは自動測定はしない。そばについていて、よく見る。人間の目の重要性35.少しいい加減な方がいい。36.最初に思いついたこと37.まだいろいろありそうです。こういうことを確率の中に入れられるでしょうか。これらの重要性をどのように表現できるでしょうか。今日は発電量8kWhでした。かなり晴れていたのですが、気分がよくありませんでした。これは天気の影響?実際に、夜中に雨または雪が降ったらしいです(25-26日)。まだ追加するかもしれません。
2005年01月25日
コメント(0)
私の娘は、今、自分の2才の娘に字を教えようとしています。昨日、覚えたのを披露してくれました。カードの束があり、それぞれに絵が描いてあってその言葉の最初の字が書いてあります。この子は、得意になって、「りんご」の「り」、「かき」の「か」とか、すらすら言えるようになっていました。でも、最後に、「わんわん」の「い」と言ったのです。数も十までは大丈夫だということなのですが、見ていると、何個の場合でも十まで数えるのです。でも、頭の中ではいろいろなことがよく分かっているようです。お菓子が4個と5個あったら、5個の方をとりますし、記憶力も、推理力も(カンと言った方がいいかもしれません)、知恵もこっちが油断したら負けてしまいそうです。この子は何事にも積極的で、私の言う、「まずやってみれ!」を実践しています。自分のやりたいこともかなりはっきりしていて、なかなか忘れません。集中力もあります。私がもっとも好きなのは、この子が食べることが好きだということです。美味しいものを食べると、こっちを見て、「美味しいねえ。」と言ってくれるのです。私は今、「問題解決研究所」というのを「やって」います。私が所長兼研究員なのです。2年ほど前、私が名刺の肩書きのために冗談で名刺に書いたものです。会社でもないし、儲けようとしているわけでもないのですが、去年はある会社の「コンサルタント」になってしまいました。もし、助手が持てるようになったら、なってもらいたい人がもう3人もいるのです。それも全員女性です(なってくれるかどうは全く分かりませんが)。そして、私の孫もこのまま大人になってくれたら助手にしたいです(この子も女です)。私が求めるのは、元気、勇気とやる気です。そして、「まずやってみる」ことができる人です。新しいことをやり始める勇気と言ったらいいのでしょうか。それから、好奇心です。何かを楽しめる人です。子供達は分からないことだらけのはずです。ですから、ある意味では、大人より不安が多いのかもしれませんが、分からないこと(不確実性)とともに生きているということです。でも、分からないことが多いのに、びっくりするようなことができてしまうことが多いのです。大人もこういう時期を過ごしているはずなのですが、だんだん安定(確実? いや幻の確実と言った方がいいかもしれません)な生活に慣れてしまうと、予期しないことが起きると動転してしまい、それに対処できなくなってしまうのでしょうか。柔軟性がなくなってしまうのでしょうか。頭が固くなってしまうのでしょうか。自信、勇気、やる気と不確定性(確かでないこと、分からないこと)について考えてみましょう。「もっと自信を持ってください。」と、これまで大勢の人に私は言ってしまいましたが、これが正しくなかったこともあったようです。本当はできるかどうか分からない(不確実)のに、できる(確実)と言ってしまうと、後で困ることがあります。特に、その人がそう言うだけでなく、そう思い込んでしまうと(信念の度合いが高過ぎると)、危険なことが多いのです。できると思ってしまうと、油断してしまうのです。失敗の方向へ行きそうになっても、気がつかないで、本当に失敗したりするのです。一方、心の中ではできないかもしれないけれど、できると言ってしまったときには、その人は、できそうもないことをできるようにしようと必死になって頑張るのです。そうすると、本当は難しいようなこともできてしまうことがあります。これら2人の場合、2人ともできると言ったのですが、自信のある人の方が失敗してしまったのです。(自信に能力が伴っていなかったということでしょうか。)次に、同じぐらい能力のある2人が難しい壁にぶつかったとしましょう。自信のある人の方は自分でなんとか解決する方法があると考え、頑張って問題を解決しますが、もう1人の自信のない人は自分が頑張ってもできないだろうと諦めて失敗してしまうんです。この場合は自信がある方がいいのです。(壁にぶつかっていく勇気の差ですか。自分の能力についての自信かもしれません。)全く自信のない人はやるべきことを始めることもできないでしょう。(確実にできないと思ってしまう。)自信がなくても、調査したり、練習したりして、できるかもしれないと思うようになって始める人もいるでしょう。それで最善を尽くせば成功することが多いのです。(調査や練習によって始める勇気が出た(自信もついた?)のです。)また、ある人は、できるかどうか全く分からないのに、まず始めます。そして、いろいろ試すうちに、目標や問題点がはっきりと分かるようになり、やる気も出てきて、やり遂げてしまいます。(これは、まずやり始めて、やりながら考えて、努力をしたということになります。途中で自信がついたということもあるでしょうが、自信はなくても、やり遂げる勇気があってせいこうしてしまうこともあるでしょう。)まだまだいろいろな場合が考えられると思います。しかし、全ての場合、自信があろうとなかろうと、不確実性がどうであっても、まず始めなければ、できる確率はゼロなのです。自信については、どっちとも言えないような気がします。但し、前向きに考えることはいいことです。この仕事をどうしても成功させたい、この問題をなんとしても解決したいという強い気持と、そのために日夜努力、苦労し、考えることが大事です。今日の太陽電池の発電量は7kWh、午後曇ってしまったことを考えると感謝しなければなりません。
2005年01月24日
コメント(4)
NHKテレビの「課外授業」です。今日はCOBA(コバ)というアコーディオニストが先生でした。本名は小林ヤスヒロさんだそうです(では、イザッチさんはイザワさん?と一瞬思いました)。6年生の子供達を、10数名ずつのグループに分けて、3週間後にライブをやりなさい、という課題を与えました。子供達は音楽室へ行って、好きな楽器を持ってきて、練習し、選曲、楽器の「演奏」、踊り、歌など、自分達でまとめさせたのです。勿論、要所要所、助言はしましたが、基本的には、楽しく、自分達を「輝かせる」努力をしなさいと言っていました。驚いたことに、この学校には、いろいろな楽器があったのです。アコーディオンなど、10年以上使ってないものが沢山ありました。他にも、いろいろな楽器があるではありませんか(ずい分裕福なのですね)。とにかく、3週間後に先生方の前で、楽しそうな演奏を披露することができたのです。ほとんど初めての楽器を使って、子供達同士が協力し、まとめ上げてしまったのでした。「大したもんだ。」としか言えませんでした。COBAさんは「子供っておそろしい。」と言っていたと思います。番組が終わると同時に、私は、これから習おうとしているアコーディオンを大急ぎで持ってきて、数曲続けて、「楽しく」弾いたのでした。そうしたら、家のトラ(猫)が2階(寒いのに)へ逃げていってしまいました。トラは音楽も分かるようなのです。我が家では、娘の一人(今は家にいませんが)も女房も一応「先生」(ピアノと大正琴)なのです。でも、トラには両方とも気に入らないようです。しかし、私の電子ピアノ(一曲も完全に弾けないのですが)のときは平気で、そばで昼寝をしています。最後は自分の「自慢?」になってしまいました。そして、昨日の小泉首相のことをまた考えてしまいました。かわいそうです。折角いいことをやろうとしているのに、自分の党が協力していないようです。野党も批判ばかりです。民主党の小沢一郎副代表など、「結局は道路公団の民営化と同じように役所との妥協の産物、言葉だけで終わる。・・政官業癒着の権力構造を基盤とする自民党(この人も自民党ではなかった?)とする自民党が選んだ首相である限り改革は絶対できない。」と述べ、政権交代の必要性を強調したそうです(東京新聞23日朝刊)。この人は民営化しない方がいいと思っているのでしょうか。これでは、「野党」は、小泉首相一人みたいです。民営化した方がいいと思うなら、野党が皆で建設的に前向きに首相に協力し、マスコミも、昨日みたいな記事は書かないで、首相を盛り上げていくべきではないですか。自民党の中にも民営化すべきだと思っている人もいるはずです。少しは子供達を見習ってもらいたいです。それぞれ違う考えを持ち、音楽の技術だってあまりないのに、それぞれの持ち味を生かし、協力して、あのような「ライブ」をやり遂げてしまったのです。民主党が政権を取ったら、もっと駄目でしょう。小沢氏は「小沢塾」とかいうのを作って「若者?」達を教育しようとしているみたいです。どのくらい偉い人か知りませんが(会ったこともないでこんなことを言ってすみません)、何を考えているのでしょうか。民営化した方がいいのですか。一番大事なことは何ですか。今は日本を変える一つのチャンスではないですか。野党全員一緒になったら、何かできるのではないですか。反対したり、けなすばかりでなく(マスコミも)、首相に協力を申し出るのも一つの考え方ではないのですか。3週間では無理かもしれませんが、本気になってやればできると思います。「絶対に」(上記)とは絶対に言ってもらいたくありません。「絵に描いた餅」「棚からボタ餅」できるどうか分からないことを期待したり、待っていても埒があきません。人のせいにしないで、「まずやってみれ!」人のせいにしないで、やってみよう。応援したいと言い出し、批判ばかりするのではなく、一緒にやる方向で、行動に移したら?今日は、朝、昼美味しいものを食べました。今朝は、私の好きなパンのトーストにバターと苺ジャムとミルク紅茶でした。このパンは近所のパン屋さんのもので安いのですが、味は最高です。焼いた日には、そのままで、バターだけつけて食べます。皮が特に美味しいのです。昼は、コシヒカリ、タラコ、アーモンド、ピーマンにチーズをたっぷり乗せて、こんがり焼きました。リゾット?ドリア?名前は分かりませんが、びっくりするほど美味しかったです(これは我が家の新しいオーブンレンジで作りました。こげ加減が最高でした。)。それに娘が作ったポトフの残りとウーロン茶でした。ただ、残念なことに、どちらもたった一人で食べました。今日は曇りでしたが、昼ごろ少し明るくなって、太陽電池は2kWh発電しました。これだけでも発電できて儲けものと思うべきでしょう。感謝、感謝。
2005年01月23日
コメント(4)
もっとも効果のあるのは、「目標や願望を口に出して言うこと」だそうです。これは、この間、新聞(多分、東京)で紹介されていた、上大岡トメ:「キッパリ!たった5分で自分を変える方法」、幻冬舎、(2004)。という本に書いてあるそうです。やはりそうですか。私は、これがかなり効果あると思っていました。「自信を持て!」などと激励(叱咤)されても、持てませんよね。でも、昨日の話ですが、数年やって、まだもたもたしていたという件、本気でやっていれば、自分はここまではできるとか、何が問題だとか、自分がやっていることが良いか悪いかなど、がある程度は分からないとプロではありませんね。自分がやっていることの良し悪しが分からない(進む方向が分からない)で毎日を過ごしているのは酔歩運動(酔っ払いの歩き方)と同じですね。いくら毎日「真面目に」働いていても、これではプロと言えません。給料をもらって働いているのです。この会社はたまたまお金を沢山持っている会社だったので、このようなことが許されたのでしょうが。やると言うことに戻ります。小泉首相は、施政方針演説で、郵政民営化を実現したいという不退転の決意(背水の陣?)を示しました。私は、一部しか聞きませんでしたが、最近にしては、元気な話し方だったと思いました(答弁など棒読みをしているようなことが感じられていたのですが)。言ったことは、首相になるときも言っていたことなどで当然(絶対言うべきこと)だと思いました。ところが、今朝の東京新聞の「筆洗」(1ページ目の下の随筆みたいな記事)に「・・芝居がかった物言いがうさんくさい・・演説は平板で力強さは感じられなかった。」と書いてあったのです。この人(無記名)は、やると言っても、結局は妥協することになり駄目だろうと言いたかったのでしょうが(またブッシュ大統領の演説も一緒に批判したかったのでしょうが)、これはないと思います。小泉首相は、郵政改革を絶対やりたいと言って自民党の代表に選ばれ、首相になり、国民の支持率も高かったのです。自民党内の強力な郵政族や、その後ろにいる、利権に群がる財界(会社)の反対で苦労しているのです。それなのに、自民党内だけでなく、民主党をはじめとする野党までケチをつけているのです。演説後、自民党で拍手をしたのはほんの数人。武部幹事長の力んだ拍手だけが議場に響いたのだそうです(東京新聞)。こういうときのためにマスコミ(新聞、テレビなど)はあるはずなのではないですか。首相がやると言ったことをやり易くするように、また、おかしいところがあれば、前向きに指摘し、民営化が達成できるように後押ししてやるべきだと思います。研究で、私がやると宣言してできたことは何回かあります。しかし、そのとき、たった1人ではなにもできなかったでしょう。多くの協力者がいてくれたから、できたのです。地方などへ行くと、公共、福祉、保養施設などに、郵便貯金など(税金も)のお金などが補助金として使われ、無駄になっている(使われていない、大損している)ところが沢山見られます。不要な道路だってどんどんできています。川の護岸工事(本当に必要かどうからない)だの、川原に公園みたいなもの(せせらぎとか)を作ったり、本当に必要かどうか分からないことを税金を使って沢山やっているのです。いろいろなことを考え始めてしまいました。話が発散していくので、今日はここで終わりにしましょう。最後に、太陽電池についての1ヶ月の集計をお見せしましょう(12月22日-1月20日)。支払い 使用量(kWh) 金額(円) 単価(円/kWh)昼 132 3359 25.4 朝晩 496 10118 20.4夜 571 3455 6.1 -----------------------------------------------計 1199 16932 売り付け 85 2125 25.0 この1ヶ月に約170kWhの発電をしましたので、半分は昼間使って、半分売ることができたということになります。なお、昨日と今日の発電量は1日9kWhでした。
2005年01月22日
コメント(2)
今朝はまた朝風呂、しかも、スダチの皮入りの「温泉」でした。その香りも良かったのですが、もっとありがたかったのは、体を温める効果でした。このスダチは女房が友達からもらってきた新鮮なもので、夕べ、私がジュースとして楽しんだものの残り(皮の部分)でした。「温泉」に入りながら、信念の度合いについて考えていました。この度合いが高いということは「やる気」につながると思いました。その人の、何かができるという信念の度合いが高ければ、それだけやる気も出る、即ち、その人の確率(主観的)の決め方について考えたら、「やる気」の理解ができるかなと思いました。そして、実際に、去年、不思議な縁から、ある会社の製品開発のコンサルタント???になってしまいました。しかし、技術的なことより、どうも元気ややる気が不足していると見られました。やる気のためには自信をもつことと考えて、この線で助言しました。「あなた方はもう何年かこの技術を立ち上げようとしているのだから、ここのところに関しては一番よく知っているはずです。もうプロなのです。もっと自信を持って開発を進め、顧客から何か言われたときも、もっと自信を持って答えてください。」私が言っただけ(他にも沢山言いましたが)では多分なにも良くならなかったでしょうに、2,3人の頑張り屋さんがいたおかげで、かなり希望が持てるところまできました。でも、ちょっと待ってください。私自身のことを考えれば、難しい問題の解決を始めようとしたとき、私はできるという自信を持って始めたことは一度もないのです。しかし、失敗すると考えて始めたこともないのです。誰かに、成功するかと聞かれたら、分からないとしか言えないでしょう(正直なら)。一方、失敗するかと聞かれても、同じように答えたでしょう(会社ですから、いつまでにこういうことをするという計画を出したことは何度もありますが)。難しい仕事を始めるかどうかというとき、頭がいい人なら、よく考えて、できるはずだという自信を持って始めるか、あるいは、よく考えて、この場合は努力しても失敗するはずだと結論し、始めないでしょう。でも(またですみません)、この人の判断は絶対確か(確率1か0)ではないのです。この人は始めなくても、全知全能の神様から見たら、本当なら努力すればできるのに残念だということもあるのです。ということは、できるかどうか分からないでも始めてみる(まずやってみれ!)というのは意味があると思いました。確率の方も、「分からないのに始める確率」というのを考えればいいのだなと思いました。私達は確実な言い方をどちらかというと望みます。「この牛肉は絶対に安全です(嘘)。」というような表示が好きなのです。でも、望んでも望まないでも、分からないことが多い世の中に生きているのです。確実だと自らを思い込ませて、「自信」を持って生きていくのも一つの生き方ですが、実際に、「分からないことが多い」ということを認め、その日その日を生きられることを感謝して、精一杯やっていくというのがいいと思うようになってきました。「分からないことが多い」ということに不満を持ったり、それによって諦めるのではないのです。「分からないことが多い」と共存できるようになりたいのです。そして、そのもっと良い状態は感謝することなのです。昔、伊達家の殿様の一人がこんなことを言ったと思います(前に紹介したと思います)。「私達はこの世のお客様なのだと考えなさい。」そう考えれば、粗末な食事でも不満は言えないだろうし、不平を言うことも少なくなるだろうというような意味だと思います。しかし(これもまた)、私は、どうしていろいろなことを軽々しく始めてしまうのでしょうか(始めてしまうとなかなかやることを変えないという欠点もあります)。好奇心?面白いと思う?遊び心?何か分かれば違うことに役に立つかもしれない?正直なところ、あまりはっきりしないのです。分からないこと(不確実性)に接しても恐がらないということでしょか。要するに、始めは、物事をあまり深く考えないということでしょうか。これらのことはよく分かりませんが、はっきり言えるのは、新しい研究などを始めて苦労すると、問題が分かってきて、面白くもなります。なぜこうなっているのかという好奇心も湧いてきます。そして、真剣にもなってきます。始めはいい加減でも、ある段階では、これができないと、研究全体がだめになってしまうというようなこともあります。こういうときには、もう退路も絶って、ただやり遂げることしか考えないということもあるのです。別件ですが、奇しくも、今日、たまたま、次の本の一部を読んで、私の「やる気」の出方と似ている?(共感できる?)記述に出会いました。高村薫:「黄金を抱いて翔べ」、新潮社、(1990)。この主人公は悪者らしく、もう一人の悪者と、大量の金塊を盗もうと計画し始めるときの心境について、次のようなことが書いてあるのです。「・・思考は一つのところで旋回しながら、どこまでも潜り込んでいく穴だった。何か考え出すと、世界はその穴に向かって一気に収束し始める。周りが見えなくなる分だけ危険だが、一方では、気が遠くなるほど冷静で無謀にもなれる。 ・・漠然とした不安すらなかった。・・心臓のどこかに微かな興奮の兆しがあった。・・あるのは、動き始めた時間の感覚だけだった。」この作者がこんな気持になったことがあるのかどうか分かりませんが、この作品は第3回日本推理サスペンス大賞に選ばれたものです。つづく
2005年01月21日
コメント(0)
昨日の話で、何事も、やる本人がその気になるかどうかだと思いました。何かが分かっていると思っても、本当にはそうではなくて、あるとき、どうしても理解したいと思うとき(何か大きな問題があったりして)に、やっと本当に理解できるのです。私がそれを感じ始めているのは、「確率」という言葉、いや、概念の意味についてです。サイコロを100回振って、1が16回でたら、その確率は16%などという「確率」ます。これだけなら、昔習った順列、組み合わせなどの延長で、そう真剣に考えるものでもないと思っていましたが、確率の定義の中に「信念の度合い(degree of belief)」というのがあったのです。なんだか、哲学の話みたいで変だなと思っていたのですが、単に「分からないこと」、「不確実性」とか「制御できないこと」との逆のことを言おうとしているのかなと考えていました。しかし、ここ2,3日これが最近自分が考えて(かなり頭を悩ませて)いたことと関係ありそうだと思い始めました。問題を簡単に言うと、問題解決には、「頭」の要因(論理、理性、理屈、客観性など)と「心(気)」の要因(感情、感性、欲望、主観性など)があるとまず考えたのです。前にもこの考えを紹介したとおもいます。ところが、これら二つを分けて考えるのは非常に難しいのです。いや、もしかしたら、頭、心を含めた、体全体の問題かもしれないのです。ここのところで、「確率とはなにか」ということをよく考えると、上記の、問題解決において、両方の要因を含めた(無理に分けて考えない)表し方につなげることができるのではないかなと思ったのでした。「やる気」や「疑う心」も結局は信念だと思います。その度合いが人によって違うのは当然です。ですから、確率(主観的な意味の)を使って、問題の解決の仕方、研究の進め方を考え直してみられないかと思いました。既に、Bayes Networkという手法が、解決法の論理的な部分に人間の思考に近い要素を取り入れていて、少しずつ応用を広げています。(本ホームページの1ページ目右下の「お気に入り一覧」に紹介してある Probability Theory as Logic に基本的な考え方が説明してあります。)確率を扱うのはどちらかというと数学の分野です。統計学と言われています。自然科学の分野では、このような非客観的なことを議論するのは嫌がられていた(いや、まだその傾向が強いです)のです。非科学的だと思われるのでしょう。しかし、量子力学にだってまだ確率が含まれているのです。人間は確率なしではいられないのです(全知全能の神様以外)。何かがどうなるかが決まっていても、それが前もって人間には分かっていたり、分からなかったりするのです。人間は不確実性とともに生きなければならないのです。さらに、私達が考えなければならない確率は、上のサイコロの確率なような、頻度から求められるもの(回数を数える)より、むしろ、1回しか起きない出来事の確率の方が多いのです。「知る勇気を持て。(Sapere aude)」とはカントの言葉らしいです。勇気を持てば分かることも沢山あると思います。しかし、私には、自分が分っていないということを知るのも、同じくらい大事だと思えます。今日は曇っていることもありましたが、発電量は8kWhに達しました。
2005年01月20日
コメント(0)

今朝、我が家の「温泉」(入浴剤入り;相当効きますよ!)に入っていて、温泉卵からの連想でしょうか、この言葉を思い出しました。「そっ啄」の「そつ」とは口ヘンに「卒」と書きます。その意味は、卵がかえるとき、雛が殻の中からつつくことです。そして、「啄」とは、母親が殻をかみ破ることです。 即ち、「機を見て両者相応ずること」「逃したらまたと得がたいよい時機」のことだそうです。(以上、広辞苑より)子育ても、教育も正にこれです。私は、何かを覚えるとき、教わる方もその気になっていないと駄目だというような意味に使っています。去年、ある会社の相談に乗ったときにも、この言葉を思い出しました。相手の担当者の人はとても優秀なのですが、こちらの言うことを真剣に聞いてくれないのです。「ああそうですか」とか「分かりました」とは言うのですが、行動が伴わないのです。私の方も、ここが悪いとか、ここが不足しているとか、こうすべきだとか、批判的なことばかり言ったので無理もな買ったのかもしれません。ところが、2,3ヶ月経ったとき、この会社がこの分野の事業から撤退するという噂が立ち始めたのです。そうしたら、私の予想とは逆にこの人が急に頑張り始めて、私が始めに言ったことを考えてくれて問題が解決してしまったのです。この場合は「そっ啄」ではなく、「そつ」だけだったかもしれません。私は2、3回言っただけで、かなり諦めてしまっていて、肝心なときには、殆ど、この人一人でやってしまったのです。今日の太陽電池の発電は結局5kWhでした。でも、1月になって、1600Wまで行くときがあるので、やはり日が強くなっているということでしょうか。
2005年01月19日
コメント(0)
私はすぐ忘れるのです。今、私の論文のことで気づいたことがあって、それを書こうかと思いました。しかし、夕べなにか書くと言ったような気がしたのです。やはり、そうでした。美味しいものについてでした。電子レンジで調理したジャガイモって、結構美味しいですね。前あった、電子レンジでもそう思っていたのですが、新しい電子レンジ・オーブンでも同じです。そして、今の方が時間がかからないのです(電気を使う?)。でも、こんなことをのんびりと書いている暇はなかったのです。ちょっと仕事に行ってきます。ちょっと前に戻りました(15時)。電子レンジで火を通したジャガイモが美味しいのは、多分、美味しい成分が抜けにくいからではないかと思います。そして、速いのです。火が通った後の皮むきが一番大変です(熱いので)。いいジャガイモで作った、熱々のサラダもいいですよ。私のサラダは毎回違うので、何を入れたらいいかなど言えませんが、新鮮な野菜といい油さえ使っていれば、いつも大丈夫です。ジャガイモのチーズ焼きもとても美味しかったです。熱々のジャガイモを薄く切り、溶けるチーズを乗せて焼くだけです(塩、胡椒のみ)。こんがりと焦げたジャガイモとチーズの味はちょっとありません。IH(Induction Heating; 誘導加熱)ヒーターで、私が作る焼きそばだって、相当なものです。今夜は、スーパーから買ってきた普通の焼きそばを油(私には菜種油は合わないので、今はヒマワリ油を使っています)でこんがりと焦げるまで焼きます。それに中濃ソースをかけ、良いホタテとピーマンの炒め物を添えて食べました。それから、岩手の低温殺菌の牛乳でした。食後はミカンと干し柿、お茶はウーロン茶とチベット(高山地方)のとかいう、白い、草の根みたいなもの(これはかなり高価)を混ぜたものを淹れました。たった一人でしたが、とても贅沢な気分になり、ちょっと自慢したくなりました。それから、食前は、自分で採ったマタタビで作ったお酒とフランスの黒チョコレートでした。変な取り合わせと思われるかもしれませんが、私は自分なりに工夫して、楽しんでいます。作るときも夢中になります。こういうときは本当にやる気が出ます。集中力もあります。真剣にもなります。一番大事なところはそばの焼き加減です。このためには全神経を使います。このそばの香りと味が好きなのです。研究にもこのくらい夢中になれたらいいですね。世の中って、思うようになりませんね。でも、ある意味では、私は研究より美味しいものを食べる方に夢中になるようです。明日は何について書きましょうか。家の温泉について書きましょうか。いや、書くと言っても気が変わるかもしれないので、未定としておきましょう。
2005年01月18日
コメント(4)
今年になって、私の頭の中は、言ったり、考えたり、書くことでいっぱいで、日記に大事なことを書くのを忘れていました。私がときどき行くU社のMさんのことです。暮れに、彼の変わりぶりを見て、本当に驚いてしまいました。もう2年以上彼を知っています。彼は優秀なのですが、とてもおとなしい人で、会議でもなかなか発言しないし、声もとても小さいのです。去年最後に私がU社へ行ったときに、全体の会議で、若い人が発表したら、そんな彼がとても熱心に質問をしていたのです。私はびっくりするとともに、本当にうれしくなってしまいました。勿論、これまでの、M社長や彼の上司のKさんの、思いやりのある対応や接し方が良かったのだとと思います。でも、彼は命令されてではなく、自分の意思であんなに発言していたのです。私は、人に、心からやろうと思えばなんでもできる、などと言いながら、彼がおとなしいことに対しては、ほとんど諦めていたのでした。今回、私は本当に反省をしました。また、辛抱強さ(思いやりと待つということ)を持って対応した彼の上司達を尊敬してしまいました。そして、私には人をまとめたり、教育したりするということが無理なことがよく分かりました。さらに、彼自身のやる気と努力も大きかったと思いました。彼自身の理由について考えると、個人的なことを詮索することにもなりかねないので止めますが、私自身も昔はあまり人前で発言できなかったのです。私の場合、理由は主として回りの環境でした。私はアメリカの大学院へ行ったのですが、この学校では授業中に学生達がなんでも質問するのです。馬鹿な質問をしても、先生は嫌がらないで、丁寧に答えてくれるのです。こういうのをひとっきり見ていたら、質問するのが当然だと思うようになってきました。U社については、今、1人(上司を入れると3人)の人のことしか書きませんでしたが、他の若者達にもやる気が感じられます。それがここ半年ぐらいの間に、特に、そのように感じられるようになってきました。この勢いで、一気に、今やっていることを成功させて、会社の発展につなげてもらいたいです。ここのところ、やる気を持って頑張っている人達から、続々と知らせや便りが入ってきます。秋田からは、働きながら、放送大学で勉強をして、修士になれそうな人。立川(東京)からは、家族と別居し、放送大学と仕事の両方に頑張っている人。同じく秋田からは、駅の売店をやりながら、ご家族のため、土地を訪れる人達のため、土地の学校の生徒達のため、土地の人達のために尽くすととともに慕われて、和歌その他の勉強にも励み、友達の輪を広げている人(この売店にいると楽しくなります)。同じく、レストランで、お客さんに美味しいものを食べて寛いでもらうべく、毎日を大事にして地道に努力している人(この人のお店にもいい人が集まって来ます)。同じく、ペンションで、お客様に喜んでもらうように、心をこめた料理を作り、サービスをしてくれるご主人と奥さん。残念ながら、今度の冬から、冬は休みになってしまいました。4月になったら行くつもりです。いや、その前に行って会えるかもしれません。宮城からは、私が泊まるとき、親戚のように私をのんびりとさせてくれる旅館の皆さん(温泉と朝食が私の目当てです)。関西からは、元私の秘書をしてくれ、本ホームページで紹介してある漫画の何枚かをやる気を持って描いてくれた人で、小学校の先生に最適だと私が思っている人。今は二児の母として頑張っています。もうすぐ、東京に戻ってくるとのことです。今日は午前中とてもいい天気で、午後は少し曇ったのに、発電量は9kWhに達しました。明日は、少し、美味しいものの作り方について考えましょうか。新しい調理器を少しでも有効に使って、元を取るのを助けたいと思います。ジャガイモ サラダ ジャガイモーチーズ叉焼焼きそばつづく
2005年01月17日
コメント(2)

トラ様昨日の日記で、家(うち)の猫のことをデレデレと書いたのですが、一番大事なことを忘れてしまいました(今朝少し直しましたが)。トラ様に感謝しなければならなかったのです。そして、それを、M、S、るんるんさんの書き込みを読んで、気づいたのです。私はトラ様と一緒に暮らして、次のように感じることができました。所詮、人間なんて大したことはないのです。人間が「万物(ばんぶつ)の霊長」だとか「考える葦(あし)」言われていますが、傲慢で高慢な人間が言ったことに過ぎません。そもそも、誰がそんなことを知っているのですか。人間の中でも、「先生」がなんですか。先生は生徒や学生より偉いのですか、物事をよく知っているのですか。分からないことやできないことだらけなのに、自分が人より良く知っていると思う、教えてやる、面倒を見てやる、何かをやってやるなど、自分の方が上だというような態度を取るのです。この「先生」には、教えない先生(代議士、医者、弁護士、評論家など)を含みます。ある国が自分の国の方が上だと思う、白人が有色人種より上だと思う、日本人が東南アジアの人達を見下す、逆にアメリカのやっていることが何でもよく見える日本人もいます。人間同士そんなに違わないのです。動物と人間を比べたって、人間が、動物と比べ、不思議な力を持っていて、より優れているなど誰が言えるのでしょうか。全知全能の神様がいるとしたら、そうかどうか言えるのでしょう。しかし、人間にはそんなことを断言できる人はいないと思います。既に、ギリシャの哲学者が大昔に「知らないということを知ることが知ることである。」というようなことを言っています。論語にも似たような言葉があります。それらをもじって、私が作った、漢文の漫画が、本ホームページの「発表用漫画」の中にあります。研究発表のときに、何回か使っています。M、S、るんるんさんが、私達は「生かされて」いる、と言われていますが、本当にそうかもしれません。どうなるかは決まっているのですが、私達が知らないだけかもしれません。しかし、人間は、自分が意識しているより、はるかに大きな力を持っているのです。本当に何かをやりたいと思い、それに向かって本気で頑張れば、大抵のことはできてしまうのではありませんか。だから、できると信じて(できることは決まっていると考える)、最善の努力をすべきだと(努力をすることも決まっている、また、努力しないということはできないということだと思う)思います。いくら高い学歴があって、頭が良く、知識があっても、だめな人が世の中には沢山います。多くの場合、まず、始められない(「まず、やってみれ!」です)のです。これができないと、やるべきことも分からないし、頑張ることもできないのです。やる前に、失敗する可能性をいろいろ考えるのではなく、やりながら問題の解決策を本気で考えるのがいいのです。以上のことによって、ホームページの「研究をどう進めるか」というところに「トラ様」を加えました。一方、今日も1日雨で、太陽電池の発電量は0kWhでした。雨と言えば、天気だって、予測できようになったとはまだ言えません。コンピューターに膨大なデータを入れて複雑な計算をしてもこの程度なのです。さっき、お年玉はがきの当選番号が発表されていました。我が家はまた1%ぐらいしか当たっていないのです。平均的には3%当たるはずなのですが、なんとなく少ないような気がするのです。3%になったことはないことはないのですが、以上になった記憶はないのです。きちんと記録をしていないのですが、ちょっと不思議です。私は商店街の福引みたいなものに当たったこともないのです。これが私の運命なのでしょうか。
2005年01月16日
コメント(2)

さっき(午前1時半頃)、背中が痛くて目が覚め、風呂に入ってから、温かい牛乳に生姜糖の粉を混ぜて飲んだら少し落ち着きました。今、外は雨が降り始めました。こういうとき、私は調子が悪いのです。真夜中に日記を書くというのはちょっと変な気分ですね。昨日の日付の日記が出てきてしまうのですね。トラ(家の猫)と私の17年の付き合いのことを書こうかと思いましたが、長くなりそうなので、昼間、時間があったら、書きましょう。では、お休みなさい。今、午前9時半過ぎです。今度は書けそうです(昨日トラのことを書き始めたのに消えてしまったのです)。トラを猫と言うと(私はよくそう言っているのです)、女房や娘達に叱られます。私は猫などを飼うのは嫌い(好きでない)のです。個人(?)的に恨みとかはありません。それまでも、娘達は、いろいろな動物を家に持ってきていたのです。巣から落ちた雀、小さなウサギ(捨てられた?)、カイコ、亀、クワガタ、カナブン、セミ、トンボなど、各種連れてくるのです。雀やウサギなどは弱っていて、結局、私が元気にして(いやいやながら)、放してやったり、飼える人に上げたりしたのです。しかし、今回(17年前)、生まれたばかりのこの猫を、彼等(女房と娘達)が、家の外で悲しげに泣いていたのを、私に無断で家に入れてしまい、ずっと飼って行きたいと言ったのでした。私は反対でしたが、途中で捨てたり絶対しないとの約束で、飼うことになったのです。私は猫などはあまり好きでないので、べたべた触ったりもしないし、向こうからくっついてきても欲しくないのです。それなのに、トラは私が好きになってしまったらしく、なんだかんだと寄ってくるのです。夜中には、私の顔に鼻をくっつけたり、昼寝していると、私の背中にお尻をくっつけて寝ていたりするのです。また、仕事をしているときでも、気がつくと、私の足に触れるかどうかのところで寝ているのです。私がどうしてもいやなときは、「あっちへ行け」と言ったり、蹴飛ばしたりしたので、夜中に鼻をくっつけてくるのだけは止めました。そして、その後は、お互いになるべく相手の邪魔をしないようにして一緒に暮らしてきたのです。ご飯を食べるときでも、魚があると、私のそばに来ています。私と同じくらい(いや私よりも)魚の新鮮度が分かるらしく、古いものは食べません。その後、娘達が結婚したのですが、結局、トラは家に置いていってしまいました(旦那がアレルギーだとか、アパートで飼えないとか言って)。今は女房が主として面倒を見ています。最後まで面倒を見ると言った娘達には養育費を払えと言っているのですが、あまり払いません。しかし、気がついてみたら、私もトイレを取り替えたり、餌をやったり、水を取り替えたりしているのです。女房が外出(泊まりもあり)するときに、一緒に留守番したりもしていたのです。今、私がトラを好きか嫌いかと聞かれたら何と答えるでしょうか。正直言って、どっちとも言えません。家族の一員であることは間違いありません。長年、トラと「一緒」に暮らして、私が感心しているところがいくつかあります。1.はっきりした「チェック機能」を持っている好きな人嫌いな人、好きな食べ物嫌いな食べ物などに対し、いつでも同じ反応ができるのです。2.自分の考えを持っている(そして考える?)寝る場所、やることなど、いろいろ変えられるのです(どういう考えでかは分かりませんが)。また、美味しいものがあるときなど、トラにおいでと言っても、すぐ来ないのです。多分、今、自分がやっていること(寝ている)と、美味しいものとどっちが大事かを考え、判断しているのでしょう。来るときは、数秒経ってから、ゆっくりと来るのです。3.非常にカンがいい私がこれから食べようかなと思うときに、既にそばに来ています。食べ物が出る前にです。4.頭がいい私はトラにテーブルの上に乗ってはいけないと教えて、それを守っています。と思っていたのですが、あるとき、夜中に居間に来たら、トラがテーブルの上で長々と寝ているではありませんか。5.思いやりがある、我慢できる娘達が孫を連れてくるようになり、私はトラが子供を引っかいたり、子供に噛み付いたりしないかどうか、心配でした。しかし、その心配はほぼ無用でした。むしろ、子供がトラの毛をつかんで引っ張ったり、顔をつかもうとしたりする注意の方が必要だったようです。トラは子供にはかなり我慢をするようで、よほどうるさくないかぎり、手(足)で払ったりしません(少し引っかいたりしたことはありますが)。そして、子供に追っかけまわされても、子供が嫌いではないみたいです。子供が泣いていたりすると、心配そうに見たり、私達に教えようとしたりします。子供が昼寝をしていると、子供を枕にして一緒に寝ていることもあります。6.人のせいにしない7.嘘をつかない8.なかなか諦めない9.集中力があるこれらは研究者にも必要なことだと思います。トラでもこれだけできるのですから、人間の研究者にも頑張ってもらいたいです。私は猫も考えていると思います。写真をお見せしましょう。 これは、私の孫(去年、当時3才)が昼寝しているところに、後ろから孫を枕にして寝て、孫が布団の外に逃げ出してしまったところです。この猫はメインクーン(Maine coon?)という種類だそうで、狸(racoon)に似ているからこの名前になったらしいです。今は体重も減ってしまいましたが、大人になったときは8kgあり、公園に連れて行くと、狸と間違われました。前から見ると、 (数年前のですが)今日は結局雪にはなりませんでしたが、1日雨で、発電量は0kWhでした。
2005年01月15日
コメント(7)
これはX社の話です。長年、新しい事業を立ち上げようとしているのですが、ちっともうまく行っていませんでした。その開発責任者も、実際に開発をしている担当者達も、やる気も元気もなかったのです。しかし、2年ほど前、責任者の補佐として来た人がすごかったのです。問題点を洗い出し、根気よく、若い人達に働きかけて、問題点を一つ一つつぶしていったのです。最初は失敗ばかりでしたが、状況は少しずつ改善されてきました。しかし、一つだけ、どうしても解決できないところがあったのです。しかし、少し諦めかけていたあるとき、この人は、製造に必要な原料を、この問題とは関係のない理由で、他のメーカーから買わせて、製品を作らせてみたのです。そうしたら、今まで何をやってもできなかったことが同じやり方でできてしまったのです。この話だけ聞けば、この人の執念が成功させた不思議な出来事だ、などと言えるかも知れません。それもあるかもしれません。しかし、この人がいなかったら、担当者達はうまく行っても、気もつかなかった可能性が高いのです。この人は、一番の問題は、作ったものの良し悪しを判定できないこと(当時)だと考えて、今では、それができるようにしていたのでした。それから、この人が来たおかげで、やるべきこともきちんとできるようになっていたからでした(良くても悪くても同じものを作れるようになっていました)。その結果、うまく行ったのでした。さらに、うまく行った原因だって、ここまで来ていれば直ぐ分かるでしょう。分かってみれば、当然と言ってしまうかも知れませんが、やはり不思議ですね。こういう人がこういうときに来てくれたということです(責任者はまだやる気がないようです)。こうなる運命だったのでしょうか。普通だったら、止めた方がいいと思うようなことを、この人は、できるという信念を持ち、頑張って、できるようにしてしまったのです。人間って面白いですね。この人も尊敬してしまいました。ちょっと前、家(うち)の猫(トラ)の話を書き始めて、用事を思い出し、済ませて戻ってきたら、結局何も「書いていなかった」のです。書いた記憶ははっきりとあるのですが。これは「書くな」ということでしょうか。前にも、他人の悪口を「書いた」ときに全部消えていた(書いていなかった?登録しなかった?)ということが何回かあります。今回は、別にトラの悪口を書くわけではないのですが、今日はここまでにしておきましょう。これから出勤です。さっき(17時)、仕事から帰ってきて、本当はトラについて書きたいのですが、今日は止めましょう。その代わり、最近食べた美味しいものを挙げてみましょう。風呂吹き大根:新鮮なユズを使ったユズ味噌つき。半熟卵乗せ玄米(コシヒカリ)ご飯とトロロ(ご飯にはかけない)去年、川渡温泉で食べた栗ご飯2年前、秋田の五城目で食べたダマコ鍋2年前、大館で食べたキリタンポ鍋去年、我が家で食べたキリタンポ鍋(2回)去年、我が家で食べた岩ガキのフライ(贅沢)去年、我が家で食べたハタハタの塩焼き去年、我が家で食べたハタハタ鍋去年、秋から暮れにかけて食べたフキの煮物去年、フキノトウも、ワラビも、ミズも、ウルイも、サシボも最高のものを食べることができました。これらのうち、山菜は私自身が採って、調理もしました。山菜となると、私の執念とやる気はものすごいものです。山菜の話になったら、秋田のことを次々と思い出してしまい、仕事の方がお留守になってしまいました。本荘の裸参り、金浦の鱈祭り(名前がちょっと違うようです。)、大館のアメッコ市、五城目の朝市、秋田の市民市場、それから友達が大勢いる本荘の朝市など、いくらでも思いついてきます。今日の太陽電池発電量は7kWhしか行きませんでした。午後曇ってしまいました。明日は雪らしいです。
2005年01月14日
コメント(0)
以下、長々と書いてしまいましたが、下のM、S、るんるんさんのコメントで言い尽くされています。これは、青色発光ダイオードを発明したのに、会社から十分にお金をもらえなかったと訴訟を起こしていた人の言葉です。そして、8億円余りで会社と和解してしまったのです。私は、儲けにつながるような発明をしたことはないのですが、優秀な人だったらこう思うようなこともあるだろうと、同情的に見ていました。本当にこういう社会や会社の体制と戦いたいなら、こんなことで和解などしないはずです。少しがっかりしました。取れるだけ取ったところで止めようという打算があったのでしょう。もうちょっとドンキホーテ的であったら、私はこの人を心から尊敬してしまったかもしれません。あなたがアメリカへ行きたければどんどん行ってください。帰ってこなくてもいいです。やる気のある人で日本にいる人も沢山います。そして、地道に頑張っているのです。私が言いたいのは、特に、マスコミにですが、こういう人を英雄化するような書き方はしないでもらいたいです。個人の問題として捉えてもらいたいです。野球選手のこともあります。イチローや松井選手がアメリカへ行ったら、毎日何をやったかを報道し、試合のテレビ中継まで競ってやっているようです。おかげで日本のプロ野球の人気は下がってしまったのではないですか。他のプロ野球選手もアメリカへ行きたいと言うようになっているではないですか。もっと、冷静になってもらいたいです。日本は日本で地道に球団や選手達が努力をし、技術を向上させて、あるとき、アメリカのチームと試合をしたら、日本の方がめちゃくちゃに強くなっていたというようになっていたら面白かったのですが。外国の評価がどうだなどということに動じない自信が欲しいです。そして、そういう人はまだ日本に大勢いると思います(そう願っています)。映画の宮崎監督はその一人かもしれません(「千と千尋」の授賞式に行きませんでした)。もっとも、日本でも、本当の価値を認めることのできる人が増えて欲しいです(外国で認められたからではなく)。私が言う、正しい「チェック機能」です。昔、有名なホロヴィッツ(だったと思いますが)いう有名ピアニストが老人になってから日本に来て演奏しました。全くの素人の私でさえ、あまりうまいとは思わなかったのに、ほとんどの新聞は絶賛していたことがあります。これは外国での評価と言うより、名前だけで判定した、日本の批評家が悪かったのですが。なお、本当に新しいことをやったり、発見したような人達は、私が伝記などで読む限り、日本でも、外国でも、非常な苦労をしているのです。生活が苦しかったり、牢に入れられたり、世間からそしられたり、殺された場合もあるのです。生きている間はやったことが全く認められなかったというようなこともあったのです。また、自分がやったのに、他の人に成果を取られてしまったというようなこともたくさんあるのです。この人(中村氏)は「感謝」すべきなのです。この日本で、会社から、8億円以上も取ることができたと、この日本という社会の中の裁判所にも、ここまでやってくれたと「感謝」すればいいのです。また、この会社が給料を払っていてくれたのも、この研究ができた原因の一つだと「感謝」しなければならなかったのです。そうすれば、私も「よくここまで頑張った」と大拍手をしたのでしょうに。この人は「1%でも勝てる確率があれば最高裁まで争うつもりだったが、それ以下だと弁護士に言われた。」(東京新聞13日)と言っていますが、研究者なら、青色発光実現の可能性が1%以下だと言われてもやるのではないですか。こういうときは弁護士の言うことを信じるのでしょうか。もっとも、会社(日亜化学工業)も会社です。「当社の主張が完全に認められた。発明の対価でなく経費。これで本業に戻りたい。」と社長が言ったそうです。ということは、今まで経費をごまかしていたということ?こちらも、いい発明をしてもらって「感謝」し、経費を払わなかったのなら、謝れらなくてはならないのです。それから、外国崇拝は止めましょう。私はアメリカでも暮らしたことがありますが、アメリカ人でも、日本と同じように、いろいろな種類の人がいるのです。アメリカだからこう、日本だからこう、などということは考えない方がいいです。アメリカにも、日本にも、学校や会社で、私を育ててくれた人がたくさんいて、同じように私は感謝しています。人間って国籍や住むところは違っても、基本的なところはあまり違っていません。頭の良さ(学校の成績ではない)だって、そんなに違わないと思います。自分の国が他の国より上だとか下だとか言えないのです。皆同じなんだと思えれば、イラクの空爆などできないはずなのですが。でも、世の中なるべくして今のようになっていて、将来がどうなるかが分からないで、生きている(生かされている)私達は「生きちょるだけで丸儲け。」と感謝しなければなりません。今日は、「出勤」する前に、ちょっと一言書いてから、と思って書き始めたら、結局、「出勤」は取り止めにしてしまいました。結局、大事なことは、どんな境遇におかれていても、また、うまく行かなくても人のせいにしないで、その日その日を感謝し、前向きに(元気を出して)、地道に、最善を尽くし続ける(良い方向へ継続)ことだと思いました。そして、それを実行している人は毎日が多分楽しいのです。M,S、るんるんさんが全てを言ってくださったのですが、私は書くことにより、大事なことを学ぶことができました。なお、一つ前の段落で大事なことを書き忘れました。「人のせいにしないで」というところです。別件ですが、今日は、午後になって、結局「出勤}しました。と言っても、狭山市立図書館での調査でした。調査が終わって、ちょっと、この間紹介した本の一つを書いた小川洋子さんの本を探したのです。見つけて、偶然開いたところに、「盗作}という作品がありました(「偶然の祝福」、角川書店、(2000)。)。その話は、なんと、この前読んだ本の中の作品の一つ(この人の処女作品らしいです)が盗作であり、そうなる経過を作品にしたものだったのです。なんという頭の良さ。私はすっかり感心してしまいました。そして、この人を尊敬してしまったのでした。一方、今日はとても明るい日で、太陽電池の発電量は9kWhに達しました。そして、これは私の今朝の予想通りでした。
2005年01月13日
コメント(4)
「継続することが大事」と、私もいろいろな人に言っています。でも、昨日テレビを見て、考え込んでしまいました。NHK教育テレビでやっていた、福祉関係(だと思いますが)の番組で、ある女性を紹介していました。この人は今年で70歳になり、40年間も、寝たきりに近い、ご主人の妹さんの介護を続けています。ご主人も脳梗塞をやって、まだ全快ではないのです。朝、起きてから、ずっと世話をして、仕事が一段落すると、もう昼近くになってしまい、ちょっと横にならなくてはならないくらい大変なのです。それでも、和歌を作ってご主人に見てもらったり、一緒に買い物に行ったりして、顔や態度も明るく見えました。看護の仕事は、肉体的にも、精神的にも、どう考えても大変です。自分が好きなときに休むこともできないでしょう。自分がつらいときにそれを口に出して言えないことも多いでしょう。普通の意味での楽しむ時間というのはほとんどないと思います。どうして、このようなことができるのでしょうか。研究でも、確かに、普通の人だったら始めもしないと思うようなことを私はやってきました。でも、これは、私が好きだったから、面白いところを見つけたから、好奇心でやらずにはいられなかったから、苦労すれば新しいことが分かると思ったから、など、やることにより自分に何かいいことがあると思ったからです。だめだと思うと、簡単に止めたりしていました。そして、忘れた頃になって、また始めていたりしていました。でも、この女性の場合、私しかやる人はいないと考えたのでしょう。そして、続けたのです。そうすると、もう待ったなしの生活をせざるを得なくなってしまうのです。こういう生活は私には不幸に思えるのですが、この人の表情から見る限り不幸には見えませんでした。私は、ただ、驚きと尊敬の気持で、数分間でしたが、この番組に引き込まれてしまいました。自分のちゃらんぽらんな仕事の仕方と比べてみて、恥ずかしさを感じた私でした。本当に苦労して仕事をしたこともないくせに、人にああしろこうしろと言う資格がないなと思ったのでした。大事なのは、「本気でやれ!」ということでしょうか。私のように、でれでれ、何十年も同じような研究を続けてもしょうがないということかもしれません。できるという信念を持って、本気で、何度も挑戦すれば、多くのことは、それがとても難しいことでも、できるようになると思います。今(14時)、「仕事」から帰ってきました。今日は晴れたり曇ったりですが、風が強く、非常に寒いです。秋田で-6℃で、雪の中を歩いたときより寒く感じました。私は寒いのが嫌いなのに、秋田へは行きたくなるのです。2年前、1日に3軒の酒屋さんの蔵開きへ行って、新しいお酒をご馳走になり、お土産までもらって、いい気分になったことが楽しく思い出されます。冬は秋田にいたくないと思っていたのに、秋田で暮らしてみたら、冬でも、とても楽しかったのです。これも継続して住んでいたからでしょうか。始め書いた「継続」というのは、私流に言えば、むしろ、「諦めない」とか、「粘る」の方がいいかもしれません。研究などでは、ある程度は研究者の気持で決まる場合が多いと思いますが、人間の命が関わっている場合は、問題はさらに難しくなります。本人にとっても、周りの人にとってもです。自分、または、自分の家族などが、もう先は長くないよか、病気が治る見込みがないなどと言われてしまったら、最善の行動を取ることができるでしょうか。私には全く自信がありません。なにしろ、ギックリ腰になっただけでも、考えることができなくなったなどと言って、ぐったりとなってしまう私です。でも、「火事場の馬鹿力」が出てくる可能性もなきにしはあらずです。また、何事においても、前向きに物事を捉えて、判断し、最善の努力をすることは大事です。と自分にも言い聞かせ、他の人達にも言って行くつもりです。そのことで、2週間ちょっと前に亡くなった知人(暮れにお通夜へ行ったと日記に書きました)のことを思い出しています。知人と言っても、知り合ってからたったの1年だったのです。会って話したのは数回しかないのです。でも、妙に縁みたいなものを感じていました。亡くなる1カ月ちょっと前に二人だけで小1時間話しました。このとき、病気が進んでいて、もう先が長くないと言われていることを知ったのです。もうできる限りのことしてだめだと判断されたのでしょうし、病気や薬の作用により、とてもつらかったと思います。私は、つい、諦めてはいけない、まだ手があるかもしれないなど、いろいろ述べ立てて、今は違う考え方の治療もあるとも言ってしまいました(私はやる気を出す方法を知るために、意思決定や医学を含むいろいろな本を斜め読みしてきたのです)。この人は静かに私の話を聞いて、もうお医者さんを変える意思はないことと、後は成り行きに任すと言われました。結局、私には何もできませんでした。いや、その後、秋田へ行ったときに、私の好きな、本荘うどんを送りました(食欲はないがうどんだけは食べられると聞いたので)。そのお礼のメールをいただいたのが最後の連絡となってしまいました。今、これらのことを思い出して、残念な気持でいっぱいです。最後に我が家の太陽電池は今日5kWhしか発電しませんでした。午後雲が多くなってしまったからです。今とても寒く、明日は-5℃ぐらいになるかもしれません。でも、我が家の湯沸かし器は凍りません(凍らないはずです)。ヒーターがついているのだそうです。そう言えば、2年前、秋田でアパートの湯沸かし器の配管が凍ってしまい、2,3日風呂に入れなくなったことがありました。-5℃までは大丈夫なのだそうです。
2005年01月12日
コメント(2)
ここのところ、人間がどのように考えて行動するか、というようなことを考えています。私の友達の、イザッチさんやM、S、るんるんさんが下さった書き込みなどに触発されてです。私は、世の中がどうなるかはもう決まっているのですが、人間が知らないだけだと思っています。それなのに、私が思いもしなかったような行動を取る人間(私も含まれています)を見ると、つくづくと面白いと思うのです。最近、東京新聞の「筆洗」で紹介されていた、打海文三:「時には懺悔を」、角川書店、(1994)。と、本屋さんで見かけた、小川洋子:「まぶた」、新潮文庫、(2004)。という本を読みました。これらを読んで、おかしなことを書く人がいるものだ(後者)、及び、人間は、自分で考えていなかったようなことを、ついやってしまうものだ(両方)ということを改めて認識しました。内容については何も説明しないでおきます。先入観が少ない方がいいと思います。ここのところ、変体仮名の学び方について、いろいろ考えていましたね。それを一つの図というか表にまとめました(本ホームページの「研究をどう進めるか?」の中に、「変体仮名の学び方」という項目を作りました。)。山菜の採り方の研究の進め方もかなりよく似ています(研究をどう進めるか?」の最初の項目)。このように、私達の生活の中で遭遇する、さまざまな問題は似たような考え方で解決することが可能なのです。私は、長い間、このようなことを考えたことはなかったのですが、私の長い期間に行った、異なる研究をまとめようとして、このことに気づいたのでした。皆さんもご自分の考え方というのを分析してみられませんか。いろいろな問題に対し、自分がどのような考えで解決しようとしてきたか、ということを考えると、問題は違っても、基本的な考え方には共通性が認められることが多いと思います。「入学試験の合格の仕方」、「ピアノの伴奏の考え方」、「新しい仲間との仕事の始め方」、「論文のまとめ方」、「新しいパソコンの使用法の覚え方」、「子供の育て方」、「子供の教育法」、「新技術の開発法」、「アコーディオン上達法」などいろいろ考えてみると興味深いです。問題に対処する人による違いはありますが、同じ人なら、全く違う問題に対して、似たような考え方で解決しようとしている可能性が高いと思います。この「人による違い」というのはかなり大きく、2,3日前に読んだ本では、人間を、問題に対処するときの考え方によって、三つの色に分類しています。ジェリー・ローズ、スー・テイム:「心の色さがし」、TBSブリタニカ、(1991)。このように、人間を分類して考えることが、会社などで、違った考え方の人達が協力して仕事ができるようにするのに役に立っているらしいです。ところで、今日は、秋田のM、S、るんるんさんから書き込みをいただいたり、秋田の酒屋さんから酒蔵開放の案内をもらったりして、秋田へ行きたくなってしまいました。寒いかな、雪が積もっているかな、など考えながら、向こうの友達のことを思い出しています。今日は午後曇りがちになってしまい、我が家の太陽電池の発電量7kWhでした。この頃は、電気を節約するために、お湯を沸かしたり、風呂を加熱したり(朝風呂に入るとき)、暖房をつけるのを、なるべく朝7時前にするようになりました(電気代が安いのです)。私達夫婦だけですと、結構つつましく暮らしています。実際は、私がかなりケチなのです。心の底では、太陽電池の元を取りたいとまだ思っているのです。もしかしたら、このおかげで、私はいくらか長生きできるかもしれませんね。元を取るために一番必要なのは時間なのです。もっとも、その前に太陽電池が壊れてしまうかもしれませんが。私でも、時と場合によっては、何かがだめだと諦めないで、粘り強くなれるのです。
2005年01月11日
コメント(2)
昨日もちょっと書きましたが、今年は上記のように行こうと、本荘の、私の友達のS1さんとのメールで決めました(でも、「楽」をしてはいけません。)。何事にも前向きで明るく行きたいですね。一方。私は、誰にでも、「まず、疑いなさい、質問しなさい。」と言っています。しかし、何か新しいことを始めようというとき、本当にできるだろうかと疑い始めると、いろいろな問題が次々と頭に浮かんで、結局、これを始めないで、最初から諦めてしまうことがかなりあります。実際、冷静に判断したら、これが正しいのかもしれません。この段階で分かっている全ての情報を入れて、コンピューターに判断させても(この頃いろいろなソフトがあるのです)、成功の確率が低いと出るかもしれません。しかし、人間というのはうまくできていて、こういうときに判断の基準を都合よく変えられるのです。何かをやりたいという気持が強いと、それを支持する情報や考えが頭の中で大きい重みを持つようになり、うまく行く筋道を頭で思い描いて、行動に移してしまうことがしばしばあるのです。そして、できると信じて、自分の最善を尽くして頑張ると、回りの人たちにはできないと思われるようなことでも、結構できてしまうのです。前に、M、S、るんるんさんが言っていらっしゃったと思いますが、将来何が起こるか人間には分からないことがあるのです。私達の分からない何かによってどうなるかが決まっている?のです。私もかなり似たようなことを考えています。新しいことを始めるとき、本当にできるとは私には断言できません。しかし、失敗するとは思ったことがありません。できるかもしれないし、できないかもしれませんが、できるときには、私が頑張るからできるのだ、もし、私が頑張らないというのはできないことだ、というように考えるようにしています。このように考えると、気分がかなり楽になって、精一杯頑張れるのです。今日もいい天気でしたが、太陽電池の発電量は8kWhでした。天気予報を見ると、日本海側は寒くて雪が降っているようで、お気の毒に思います。こちらは寒いことは寒いですが、もうタンポポとオオイヌノフグリを見つけました。かつて、秋田(本荘)にいたとき(たった2年前、1年間でしたが)、冬、埼玉から秋田へ「帰る」と、昼間でも暗いのにびっくりしました。--------------はじめに言った「疑え」というのは大事なことです。特に、お金の関係したことでは念には念を入れてください。我が家では、電話やFAXをNTTから借りているのですが、この契約というのがひどいのです。6年契約なのですが、電話機などが壊れると、保証期間の2年だけは無料なのですが、それを過ぎると、借り手が修理代を払わなくてはいけないのです。途中で契約を止めようとすると、残りのリース料を払わなければならないのです。修理する人に聞いたのですが、電話機やFAXの耐用年数というのは5年なのだそうです(我が家のものも5年過ぎて具合が悪くなりました)。我が家の太陽電池も危ないかもしれません。10年間保証だと言われたのですが、説明書をよく読むと、一緒につけた、高価な湯沸かし器(エコキュートとか言う)のは2年か3年なので、それが壊れると、修理代が要るので、ますます元を取るのが難しくなりそうです。少しでも元を取るためには、これも一緒につけた電気オーブンで美味しいものを沢山作って、楽しまなければと、こちらの方の研究もしなければと思っています。研究でも、出た結果や、偉い先生の言ったことなどは鵜呑みにしてはいけません。このようなときのための漫画も用意してあって、発表にしばしば使いました(本ホームページの「発表用漫画」参照)。-------------------------------------イザッチさんからいただいたコメントにとても大事なことが書いてあります。特に、「地道に」と「継続」が重要です。しかし、実行が難しいです。
2005年01月10日
コメント(2)
とても難しいです。一つの文字がどういう形であるべきかという定義ができないからです。沢山の文例を覚えこませて、読みたい文との比較により、この文字はこう読むのであろうと言えるようになるかもしれませんが、大変なのは間違いありません。仮名の場合、元の漢字のくずし方をよく知っている書道の先生が注意深く書いたものなら、かなり読めると思います。微妙な違いでも(例えば、「く」、「し」、「ら」や「て」など)、違いが分かるように書いているかもしれません。このように、決まった規則に従って書かれたものであれば、細かい分析(観察)によって、文字の識別ができるはずです。しかし、一般の人(昔も今も)が書いたものはそう簡単ではありません。手書きの場合、特に続けて書いてあると、一つの文字がどういう形になるかの可能性は非常に多いのです。勿論、読めるようになった人達は、沢山の文例に接して、おかしな書き方でも、文を理解できるようになってきたのです。そのとき、一つ一つの文字の細かい解析をしていたら、いつになっても解読はできません。人間は慣れてくると、一つ一つの文字より、単語とか、慣用句などに気づけるようになるのです。また、文脈から、この字はこうであるはずだと言えるようになってくるのです。そうすると、一つ一つの文字を細かい神経を使って観察しなくても読めるようになるのです。これは「木を見るより森を見なさい。」という言葉が当てはまる例です。私は、この言葉からヒントを得て、「森を見るのか、木を見るのか?」という絵を作って、研究発表に使ったことがあります(本ホームページの「発表会用漫画」参照)。私の場合は、細かいところを見なければいけないということを言うために使いましたが。研究で私が使った分析手段が必要であるということを説明したかったのです。もっとも、細かいところばかり見ていてはいけないのは当然のことです。自分の研究の本当の目的を理解しないで、いくら精密な分析をやってもどうしようもないのです。まず、何をやりたいのか、何が知りたいのか、何が分からないのかを認識しないといけません。そして、まず、勇気を出して実験を始めましょう。何か刺激を与えて、その反応を見るような場合、最初から少しずつ刺激を与えるのではなく、最初はかなり大きく違う刺激を与える実験をやり、後から、細かい範囲での実験をやりましょう。昨日、本荘のS1さんからのメールで、「楽しむ」と「感謝」という言葉がいいなと思いました。これらに、この間の「元気」を加えて、今年は三つの合言葉で行こうということになりました。但し、去年の年賀状にも書いたように、楽しんでも、楽はしない方がいいです(本ホームページ「年賀状」参照)。今日の発電量は8kWhでした。午前中は調子が良かったのですが、昼過ぎちょっと曇ってしまいました。
2005年01月09日
コメント(2)
新年早々もう嘘をついてしまいました。昨日、毎晩、昔の字をを読もうとしていると書いたばかりなのに、夕べは、資料を開こうともせずに寝てしまいました。日頃、正直で誠実になろうとは思っているのですが、なかなか守れません。しかし、毎日、何かを学んでいます。それをこの日記に書いているつもりなのですが、書くのを忘れたり、無意識で学んで気づかないことも多いと思います。皆様にいただく書き込みもとても参考になっています。でも、今日の題って、考えてみると、おかしいですね。私は「嘘つき」と書いて、次に「学んでいる」と書いているのです。私が嘘をつかないで「嘘つき」と言っているなら、毎日何か学んでいないのです。私が嘘をついているなら、私は嘘つきではないのです。つまり、私自身何を書いているのか分からないのです。しかし、昔の文の読み方の勉強から、他の研究にとって大事なことをいくつか学んだのです。1.目的をはっきり理解することの重要性目的は「変体仮名」を読むということなので、始め、私は「字」を読もうとしていたのです。しかし、本当の目的は「昔の日本の手書きの文を読んで理解する」ことだったのです。字は、言いたいことを表すためのもので、意味が通じなければ何もならないのです。字一個一個より、単語の意味、文の意味が理解できなければなりません。目的の言葉は同じでも、その内容がきちんと理解できていないということが、他の研究でも意外と多いのです。私が、今回、これに気づいたことだけで、私の勉強がずい分進みました。2.何が分からないかを知ることが大事(自分で何が分からないのか、なぜ「読めない」のかを考えてみました。)1)一つ一つの文字が分からない。(続けて書いてある。仮名の場合、同じ発音の文字がいくつもある。)2)その字が仮名か漢字かが分からない。(仮名と漢字とを混ぜて書いてあり、当て字もある。)3)仮名遣いが分からない。(同じ字でも今と発音が違う。)4)単語の意味が分からない。5)文法が分からない。6)文の意味が分からない。7)固有名詞が分からない。8)昔の状況や環境が分からない。9)書いた人の間違いに気づかない。10)字のかすれ、墨が薄い、汚れ、虫食いなどで判読できない。11)書いた人による違いが大きい。12)同じ人でも状況によって字形や使う文字が変わる。13)書き方が分からない(筆の運び方により、字形も変わる。)。14)時代による違いもある(平安から現代まで)。3.分からないこと、できないことを頭において学び方を考え直した。1)書く人の身になれるように、習字の勉強をした。2)展覧会などで、できるだけ多くの書に触れるように心がけた(まず、なんでも、読もうとする。このように経験を積むことが極めて大事です。)。3)昔の文学の勉強をした(古今和歌集、万葉集、土佐日記、源氏物語、枕草子、奥の細道など)。4)歴史や昔の風俗にも興味を持った。5)古本屋へ立ち寄る癖をつけた(影印本(昔の本を写真に撮って本にしたもの)を探しに)。6)一字一字でなく、単語とか、文節として読む。これらの努力により、かなり読めるようになってきました。我が家の太陽電池の発電量と売った電気量を集計しました。(単位は全てkWhです。)販売量というのは電力会社へ売った分です。年 月 当月発電量 当月販売量----------------------------------------2004/10 177 11911 186 13312 170 51 12月に販売量が減ったのは、は娘達が家族で来て、昼間電気を沢山使ったからです。上記の、昔の文の解読の学び方の手順は、今まで私が書いてきた研究のやり方と同じです。なるべく早い段階で、何か文(本)を選んで、それを読もうとしてみることです(「まず、やってみれ。」で、私は「奥の細道を選びました。)。そうすると、上の1,2に示したように、自分がやろうとしていることの目的がはっきりしてきて、問題点もはっきりと分かってきます。そして、何をもって「チェック機能」とするか(ここでは意味のある文として読めたか)が分かってきます。さらに、具体的にやるべきことも分かってくるのです。最後に、今日の発電量は久しぶりに9kWhになりました。寒くて、風は強かったのですが、快晴の一日でした。
2005年01月08日
コメント(0)
昔の、と言っても、エジプトの文字ではありません。日本語です。私なんか、ちょっと昔の人達が書いていた手紙さえ読めなくなっているのです。明治や大正(いや昭和の前半?でも)時代に、人々が書いて、読めた、手書きの文がうまく読めないのです。このようなことから、私は変体仮名の勉強をしています。平安時代、いや、もっと前から、日本人は、漢字と仮名の混じった書き方をしていて、長い間、それは手書きだったのです。そういう文書が残っていても、私にはうまく読めませんでした。この間、松代(長野)の真田宝物館へ行ったとき、真田家の古文書や書蹟の資料が本になっていたのを見つけて、買ってきました。ここのところ、毎晩寝る前に、これらを見ながら寝ています。なかなか読めないのです(眠れないときとても効果があります)。古いと言っても、江戸時代なのですが、すらすら読めるものはありません。でも、不思議なことに、毎日見ていると(また資料に読みは全部書いてないのですが、解説を読んだりして)、いくらかずつ読めてくるのです。これはどういうことなのでしょうか。現在の文書なら、印刷したものなら、不鮮明などということがなければ、読めるか読めないかは、その場ですぐ分かります。この頃はだれでも、平仮名と片仮名は読めるでしょうから、漢字が読めるかどうかでしょう。意味が分かるかどうかはまた別ですが。昔の手書きの文を読むときは、まず、続けて書いてあると、どこからどこまでが一つの文字かも分からないのです。また、分かっても、それが漢字として書かれているのか、仮名として書かれているのかも分からないのです。仮名の場合は、一つの発音に対して、いろいろな文字があって、前もってどれだか分からないのです。仮名遣いも違うのです。また、書き間違いもあります。さらに、文の意味を知りたいとなると、また、大変です。単語が読めても、意味が分からないこともあります。もっとも、私の場合、読むために、文の意味を考えなければならないことが多いのです。私は、子供の頃、国語が嫌いで、習字も古文も大嫌いでした。それが、大人になって、習字の練習を少ししてみたり、古語辞典を開いたりしているのです。私はどうして今頃こんなことに夢中になるのでしょうか。読めないと非常に気になるのです。また、読むために、いろいろな可能性を考えるのが面白いのです。そして、文の意味が理解できたときのうれしさも格別なものです。パズルの一種なのでしょうか。因みに、私は数学パズルが好きでした。何ヶ月も苦労して読んだものが簡単なお礼の手紙であったというようなこともあります。特に、昔のお姫様の書いた文章などは読みにくい割りに、大したことが書いてない場合が多いです。この、昔の文章の勉強には、研究をやるときにも役に立つことが沢山あります。全く分からないと思うようなことに挑戦する勇気が持てるようになります。いろいろな可能性について常に考えさせられます。問題を全体として見る癖がつきます(個々の字を読もうとするだけではだめです)。文の意味を理解しようとするように、研究の筋道を考えるようになります。考えてみたら、このような共通性があるのは当然のことでしょう。どちらも問題解決の一種なのですから。山菜の採り方だって同じようなものです。ピアノの伴奏を考えるのだって、子供に何かを教えるのだって、人生相談だって、論文の書き方だって、皆、問題解決の例です。ですから、基本的な考え方というのは同じだと思います。ところで、今日は春の陽気(15℃以上?)で、晴れていました。でも、太陽電池の発電量は結局7kWhでした。今日は一ヶ月の集計の日でした。つづく
2005年01月07日
コメント(0)

今朝はこちら埼玉では今冬一番寒いようです。昨日は寒の入りだったそうですね。新潟の地震の被災者の皆様もさぞ大変だと思います。また、インドネシアの地震と津波の被害は想像を絶するようなものだそうです。今朝テレビ局でも募金を募っていて、私が電話をしたのは6時頃だったのですが、電話が混んでいてつながりませんでした。これは多くの皆様が困っている人達を助けようとしている証拠だということで、うれしくなりました。わが国の政府も、いち早く(いつもより早いと思います)、被害を受けた国々を助けようと努力をしています。やっていることが本当に被害者のためになるように全力を挙げてもらいたいです。気になることが一つ。前回の新潟地震のとき、私は直ぐ次の月曜日の9時に郵便局へ行って、新潟へお金を送ろうとしたのです。登録された口座番号ががまだ少なくて、私は地名をチラッと聞いた、「和島」村(だったと思います)というところへお金を送ったのです。少しでも役に立てばと思って送ったのですが、このお金が被災者の皆様に届いたのかどうか、何かの役に立ったのか分からないのです。前に、ニューヨークであの惨事があったときも、市長さんにお金を送ったのですが、どうなったのか分かりません。もっとも、どちらもお金の額が少なかったので、何の足しにもならなかったのかもしれません。災害のあったところは大変な状態なのでしょうが、役に立ったかどうかの報告ぐらいは欲しいです。なお、今まで、これら2件以外は全てのところから何らかの報告をいただいています。最近、なんとなくですが、私自身の、感謝の気持ちとか、うれしい気持ちとか、感動の気持ちとかの表わし方が、昔と比べ、少なくなってしまったのではないかと心配になってしまいました。災害の話に戻ります。被害者の皆様は今は大変でしょうが、多くの国々の協力で、「転禍為福」にしてもらいたいです。このような被害が二度と起こらないように、いろいろな改善がなされ、より安全な生活ができるようになれば、長い目で見れば「福」にできるかもしれません。研究でもこのようなことはいつもあります。実験の邪魔になっているような現象が、実は、他の面で大変重要であるということが分かって、新しい研究の芽にしたという経験が私自身にもあります。ですから、私の研究発表でも、上の言葉をときどき使ってきました。それを発表用漫画のところにこれから載せます。また、試してみたら、ここにも載せることができてしまいました。これは、私が自分で書いて、それをコピーしたものです。印も自分で作りました。実は、ちょっとの間ですが、私は書道を習ったことがあるのです。前にも書いたように、私は変体仮名を読めるようになりたくて、その努力の一環で、仮名だけをひとっきり習ったことがあるのです。私の娘たちが書道を習っていて、その先生、矢柄悠子先生に私もお願いしたのでした。そのおかげで仮名を読むのがかなり上達しました。そして、そのついでに、年賀状を筆で書いたり、研究発表に自分で書いた四字熟語を使ったり、いろいろと楽しませてもらいました。しかし、矢柄先生はその後病気で亡くなられ、私の習字の勉強も終わりました。家族ぐるみで教えていただいていたのに、本当に残念です。 失敗は大事にしましょう。欠陥だらけのものを作ってしまったと嘆いてはいけません。もしかしたら、その欠陥が新しい特性をもたらしてくれるかもしれないのです。午後2時を過ぎて、氷雨が降ってきました。本当は今日も調査に出かける予定でしたが、取りやめにし、物思いにふけっています。木曜サスペンス劇場というテレビ番組を見ながら。柔軟体操をしながら。やる気についてぼんやりと考えました。今日の我が家の太陽電池の発電量は1kWhしか行きませんでした。
2005年01月06日
コメント(0)
暮れに、長野県の松代へ行ってきました。そこで、書蹟の資料を買ってきました。それを見ていたら、江戸時代の真田の殿様の書に、「元気」というのがいくつかありました。私も、今年は「元気」で行こうと思いました。暮れから新年に会った子供たちも、皆元気で、やる気がありました。大人も気合を入れて負けないようにしたいですね。話は変わりますが、たった今、私の年賀状(ホームページの年賀状参照)を見た人から、温泉関係の仕事をしているようで、うらやましいと言われてしまいました。本当に、毎日温泉に入れたら体にいいと思います。私の行く温泉の大女将はかなりのお年なのですが、とてもお元気で、この人の朝食の味噌汁などは天下一品です。また、今、M,S、るんるんさんからいただいた年賀状には、毛筆で「福寿」と元気よく、力強く、大きく書いてあり、さらに、「今年も楽しい年になることをおいのり申し上げます。」とありました。私はすっかりるんるん気分になってしまいました。その後、私は、いい気持ちになっての「初出勤」でした。と言っても、定職のない私は、図書館へ調査に行きました。研究の進め方(問題解決の手法)についてです。歩くと30分ぐらいなのですが、考えごとをしながら、つい、フキノトウを探してしまいました。今日は風が強く、寒かったのですが、秋田でこのくらいの陽気だったら、フキノトウはとっくに出ているでしょう。こちらでは、まだ去年のフキの葉が残っているくらいで、フキノトウは全く見えませんでした。でも、見つけたとしても、こちらの平地のものは美味しくないのです。秋田にいるとき、2月の上旬に本荘の八幡神社の境内で見つけた最初のフキノトウのことが忘れられません。生のまま刻んでフキ味噌にして食べたときの香りと苦さには感動しました。今日はとてもいい天気で、発電量は8kWhになりました。冬としては多い量だと思います。いろいろなことをでれでれと書いてしまいましたが、とにかく、今年は「元気」で行き(生き)たいです。ついでに、「やる気」と「勇気」も忘れずに!
2005年01月05日
コメント(2)
暮れに年賀状のことを一回考えたのですが、それで忘れてしまいました。結局、最後になって、大急ぎで作って、去年中にはなんとか発送しました。その図案を本ホームページの年賀状のところに載せました。去年は、大勢の心の温かい人達とお付き合いすることができ、温泉にも何回も入ることができて、私は感謝の気持ちでいっぱいになりました。また、美味しいお酒やお鍋でも温まりました。始めの絵は一昨年のものです。去年のはどこへ行ってしまったのでしょうか。今日から出勤の皆様お疲れ様です。私は定職がないので、朝からのんびりとしています。昨日は娘たち家族が来て、相当のにぎやかさでしたが、今は静かなところで、これから、贅沢にも、物思いにふけろうかと考えています。でも、去年の年賀状のことも気になり始めてしまいました。今12時にやっと見つけて、2004年の年賀状もホームページに載せました。昨日は、また、焼豚を作りました。私の作るものは、二度と同じ味にならないのです。今度はタレに、ショウガ、蜂蜜、金柑、胡椒、唐辛子(韓国製)、ニッキ(肉桂)、醤油、サルナシ酒を使いました。これに漬けた豚肉を時間をかけて焼いたら、ちょっとない味になりました。夜は、娘達家族と、贅沢な焼豚丼でした。この焼豚というのは、ラーメンに入っている、いわゆる、チャーシューとはちょっと違います。チャーシュー(叉焼)というのは、元来、豚肉を焼いたものですが、ラーメンのは煮豚みたいです。回りの焦げているのが私は好きなのです。私には中華風の味は出せませんが、かなりの味になっています。今日の発電量は結局7kWhでした。1日快晴という日がなかなかありません。今日は気温は高かったのですが、始めは曇りでした。
2005年01月04日
コメント(4)
最近、お米の味が分かるようになってしまったのです。私が仕事で行くところは皆お米が美味しいところなのです。アキタコマチ、コシヒカリ、ヒトメボレとササニシキです。前はそうでもなかったのですが、この頃、関東でご飯を食べると、味が気になるようになってしまいました。世界で一年に500万人(だったと思いますが)の子供が餓死しているのを考えると、恥ずかしくなります。多分その10倍以上の人達がひもじい思いをしているのでしょう。そう言えば、ここのところ、半ライスといういのが減っているような気がします。最近沢山食べられないので、半ライスということが多いのですが、値段は同じことが多いです。東北の方が、少し安くしてくれるところがあるようです。回りを見ても、ご飯を残している人が多いです。去年、私も、アンコウ鍋だの、上海ガニだの、岩ガキだの、フグだの、鮑だの、鯛だの、松茸だの、ずい分贅沢なものを食べてしまいました。また、高価なお酒もいろいろ飲むことができました。ご馳走になったものには相当高価なものもありました。私自身はあまり高価なご馳走を食べたいわけではありません。新鮮な素材の味を出しているようなものが好きなのです。私自身が本当に好きなのは山菜です。散歩をしながら、気がついたものを採って、自分で簡単な調理をしたようなものが一番美味しいです。フキ、フキノトウ、ワラビ、ミズ、山ニンジン、山椒など、どれも私を夢中にさせてくれます。ところで、わが国で(たぶん他の「先進国」でも)、私欲のためや無駄遣いのために、国や会社が受ける損失というのは膨大なものです。こういうお金を貧しい人達に回すことができればいいのですが。私個人としては、非常にささやかなのですが、少しずつ寄付をしたり、生活の無駄をなくすように努力しています。そう言えば、去年は、太陽電池を屋根につけて、全電化にしました。それにより、元を取るんは難しいかもしれませんが、省エネルギーにいくらかは貢献しています。炭酸ガスの発生量もいくらかは少なくしています。先ほどの無駄の件ですが、頭を使わないのが原因な場合が多いと思います。ちょっと頭を使うことによって、無駄や損失を減らせるのです。でも、なんと言っても、私の最大の贅沢は、屋根に太陽電池をつけて、全電化にしたことでした。そのために払ったお金もエネルギーを使ったからお金になっているのです。そして、金額も、私が生きている間に元を取るのが大変なぐらいにもなのです。贅沢と言えば、テレビの、グルメ番組、食べ比べとか、大食い競争とか、目に余るものが多いです。また。驚いたのは、最近は災害があっても、救援物資を送っても、古着は嫌がられるのだそうです。私は、古着や、古着を直したものなどをかなり着て、子供時代を過ごしたと思います。今日の発電量は結局5kWhしか行きませんでした。午後曇りになってしまったのです。でも、少しずつですけれど発電をつづけているようです。
2005年01月03日
コメント(2)
今、母のところに来ています。富士山、丹沢、二子山(箱根)がよく見えます。ここは世田谷のマンションの9階です。母は去年手首を折って大変でしたが、かなりよくなりました。母のところでお雑煮を食べて、昼過ぎに家に帰ると、今度は長女の家族が来ました。去年は一才の下の子が肺炎をやったので、来るなと言ったのですが、来てしまいました。とてもにぎやかで、二人の子供たちの成長ぶりにも驚かされました。今年は二人とも元気な年にしてもらいたいです。今日は我が家の発電量が久しぶりに8kWhになりました。やはり日が長くなってきたからでしょうか。
2005年01月02日
コメント(2)
今朝は、東京の母のところへ、お屠蘇から、食べるもの全てを持って、行く予定だったのです。テレビでも、ラジオでも関越自動車道が止まっているなんて言っていないのに、行ったら、雪で練馬から月夜野まで止まっているではありませんか。ということで、母にはかわいそうですが、今日は行かないことにし、家に帰り、三女家族と一緒にお雑煮を食べました。9時頃には、もう年賀状が来て、また、出してなかったところへ急いで年賀状を書きました。それから、ホームページのことを思い出して、開いたら、うれしいことがあったのです!私の友達のイザッチさんから一番早いおめでとうが届いていました(午前2時過ぎ)。イザッチさんは日記の方をお休みしていたようで、ここのところ連絡がなかったのでした。この間は、イザッチさんに秋田の私の友達を紹介しようかと思ったのですが、ちょっと迷っていました。また、元気かな、など、少し心配もしていました。(M,S,るんるんさん おめでとうございます。前にあなたのことを私の日記で紹介したとき、イザッチさんが感想を下さって、そのコピーをそちらへ送りました。よろしければ、イザッチさんのホームページも訪れてみてください。彼女からは、これまで、私が書いたことに対し、いろいろないい意見をいただいている、私の大事な友達の一人です。http://plaza.rakuten.co.jp/niconicoururunn/ あるいは私の日記の書き込みの中でイザッチさんに下線がついているところをクリックしていただいてもいいです。)イザッチさんからの書き込みですっかり幸せな気分になってしまいました。去年、確か、一年の反省をしたいと言ったような気がしたのですが、結局、自分の料理自慢をしてしまったようです。今年は、論文をまとめる方向で、話の筋を自分の頭の中ではっきりさせるとともに、言いたいことを言葉で表せるように、文や言葉を紙に書いていこうと思います。去年も既にこれはやっていたのですが、まだ、筋が今ひとつすっきりしていないのです。話はちょっと変わりますが、我が家の太陽電池は雪が降ると大変なのです。今朝は早くから晴れていたのに、記録計の表示が全く出なくなってしまったのです。ところが、昼近くになって、表示が少し出ているではありませんか。雪が積もったので、発電できなかったのです。そして、昼過ぎても、朝ぐらいしか発電していません。これは太陽電池を使うとき、相当問題です。構想をまとめる話に戻りますが、私には、あまりきちんと文にしてしまうと、それが直せなくなる傾向があるのです。だから、広告の裏に落書きを書くとか、手帳に2,3行書くとか、ばらばらなことをやって、頭の中に筋ができてくるようにしているのです。ところで、今日のお屠蘇には、島根の「羅浮仙(らふせん)」という純米酒を使いました。辛口で、ちょっと変わった味でした。午後は、私が好きな、本荘の「雪の茅舎(ぼうしゃ)」の山廃(お酒の作り方で、ちょっと説明できません)純米酒を飲みました。このとき気づいたのですが、このお酒はあまり冷たくない方が香りがいいです。昼から少しいい気持ちになってしまいました。夜は、イクラを新鮮な大根おろしと和え、レモンをたっぷりかけて、ご飯(アキタコマチ)の上に乗せて食べました。これは、ちょっとない味でした。料理屋さんでもなかなか出会えないのではないかと思います。最近、家で食べるものが外と比べだんだん美味しくなってきたみたいです。年のせいでしょうか。よい材料を使って、その味を出すような、なるべく簡単な料理が好きになってきました。あまり贅沢なものとか、凝ったものは必要ないのです。去年は、一生に一度しか会えないような、松茸料理をごちそうになり、とても美味しかったのですが、その後家で食べたハタハタ鍋や塩焼きの方が感激しました。
2005年01月01日
コメント(4)
全31件 (31件中 1-31件目)
1