全48件 (48件中 1-48件目)
1
昨日、天皇、皇后陛下ご帰国の報道で、比国で亡くなった50万人の日本人と、100万人のフィリッピン国民と言及していましたが、やはり、フィリッピンの人達のことを先に言ってもらいたかったです。天皇陛下は亡くなったフィリッピンの人達のことをまず言っていらっしゃいました。 日本人のことを言うなら、亡くなった日本の民間人の数もきちんと報道してもらいたかったです。軍人と同数かそれ以上の日本の一般の人達が亡くなっているはずです。
2016年01月31日
コメント(0)
安倍政権はそんなことまでして、うまく行っているように見せたいのでしょうか。
2016年01月31日
コメント(0)
午前中、株価がマイナスになっていたのですが、午後、気づいたら、上がっていました。なぜだか分かりませんでしたが、夕方のニュースでマイナス金利の報道がありました。買った人達は、銀行にお金を預けるより、株を買った方がいいと判断したのでしょうか。本当に、こんなことで株価が変わってしまうのでしょうか。つづく
2016年01月30日
コメント(0)
これは、昨日の東京新聞夕刊の記事です。しかし、記事では、50万人余りの日本人の例のことしか言及していません。これは、亡くなった軍人の数で、この碑はこれらの人達のために国が建立したものなので、供花の様子の報道としては、その通りです。NHKテレビでもこのように述べていました。でも、この戦いのときには、この倍以上の比国の人達も、同数程度の日本の民間人も亡くなっているのです。これらの人達も、今回の両陛下のご慰霊の対象なのだということを付け加えてもらいたかったです。天皇陛下はこれまで慰霊の対象は国籍を問わず全ての被害者としておられ、出発前も、比国の犠牲者のことをまず言及されていました。このお気持ちにも、この報道で触れるべきであったと思います。先の戦争のことを絶対忘れてはいけません。何百万の人達が比国だけでも亡くなっているのです。何でこんな悲惨なことになったのか十分検証して、以後このような戦争は絶対しないと誓わなければなりません。つづく
2016年01月30日
コメント(0)
今夕再稼働(東京新聞夕刊)。一度は再稼働差し止めの判決が出たのに、裁判官を替えて、それを取り消してしまったのでした。原発そのものの安全対策、周辺住民の避難や放射性廃棄物の保管など、心配があるのに、粛々と再稼働に持ち込んでしまったのです。一方、再稼働は促進してるのに、再生可能エネルギーの方は促進どころか、増やさないように、いろいろ邪魔をしているのです。福島で放射性汚染物を沢山ばらまいてしまい、その対策や廃炉であんなに困っているのに、よく再稼働を促進できるのですね。今の使用済み燃料の保管の仕方だってとても心配です。そして、もう直ぐ一杯になって保管する場所も保管法もきちんと決まっていないのです。このまま全部廃炉にする決心をしたとしても、放射性廃棄物の処理で大変な苦労をしなければならないのです、少しでも早く、原発以外の発電法に切り替えておくべきです。
2016年01月29日
コメント(0)
辞任前の自民党内の反応を見ると、元大臣がきちんと説明すれば、そのまま続けられると思っていた風にも見えました。首相もそう言っていたのではないでしょうか。党内では、はめられた、とか、喧嘩両成敗とか言ったという報道もありました。長年悪いことを続けていると、それが悪いと感じなくなってしまうのかもしれません。 半沢直樹さん(池井戸潤さんの小説に出てくる)の言葉をかみしめてもらいたいです。 大事なこととして、「正しいことを正しいと言えること」、「「世の中の常識と組織の常識を一致させること」の二つをあげています。 また、天皇陛下のお言葉の中にも、 やはり真実に生きるということができる社会をみんなで作っていきたいものだと改めて思いました。 本当にさまざまな思いを込めて、この年まで過ごしていらしたということに深く思いを致しています。 今後の日本が、自分が正しくあることができる社会になっていく、そうなればと思っています。みながその方に向かって進んでいけることを願っています。とあります(2013年、水俣訪問時での、被害者へのご挨拶の一部)。私達国民も、もっと厳しい目で、政治家やお役人の行動を見張っていかねばなりません。つづく
2016年01月29日
コメント(0)
100万円もらったことはやっと認めました。しかし、その後、秘書に適当に処理させたとのことですが、政治資金としてだったのでしょうか。もらったと認識したときに、本来なら、直ちに、返すべきものだったのではないでしょうか。悪いことをしたという認識がないように見えました。ちらっと見ただけですが、週刊誌には具体的にいろいろ書いてありました。渡した金額だって合計1千万円以上だったそうです。検察はきちんと調査して、どのくらい悪いことをしていたかをはっきりさせ、責任をとらせなければいけません。元大臣も自分がやったことをきちんと理解して、週刊誌が正しいなら、議員も辞めるべきです。
2016年01月29日
コメント(0)
フィリッピン訪問での晩餐会で、「(この国の激戦地で多くのフィリピン人がなくなったことを)日本人が決して忘れてはならないことであり、私どもはこのことを深く心に置き、旅の日々を過ごすつもりでいます。」と述べられて、去年のアキノ大横領の訪日のときも、「(犠牲者のことは)私ども日本人が深い痛恨の心と共に、長く忘れてはならないこと」とおっしゃいました。これまで、天皇陛下は、誕生日の会見を含め、常々、先の戦争のことを忘れてはならないと強調してこられました。 これは、安倍首相の、韓国との慰安婦問題の交渉の後、「若い世代が謝らなくてもいいようにした、不可逆的な解決」のような言い方とは対照的なことです。悪事の後、「加害者はすぐ忘れてしまっても、被害者は忘れられない。」ということを忘れてはいけません。私達の身の回りでよくある「いじめ」の認識についても、この言葉が当てはまります。
2016年01月28日
コメント(0)
氏家(栃木県さくら市)でー7℃でした。昨日もー8℃でした。ありがたいことに、わが家の水道も給湯器も今のところ凍っていません。かつて、狭山の家では、太陽電池をつけたとき、給湯器〈エコキュート)を寒冷地仕様にしなかったために、1回ですが、寒い朝に凍ってしまい、お湯が使えなくなってしまったことがありました。そこで、今回、より寒いところで家を建てるので、全て、寒冷地仕様にしてもらったのでした。前に、秋田にいたとき、やはり給湯器の配管が凍ってしまい、3日ほど家の風呂に入れなかったことががありました。このときは、お蔭で、近くの温泉施設で温まることができました。そのとき、アパートの管理人さんの話では、-5℃以下になると凍ってしまうという話でした。 今回はそれ以下の温度になっていたのですが、凍結防止のために、ヒーターを使っているのでしょうか。
2016年01月27日
コメント(0)
池井戸潤さんの小説の中に、銀行の内部について、いろいろ書いてあります。例をあげると、よくないことは人のせいにする。自分がやっている悪事について、他人事のように振舞う(評論家?)。困った状態になっても、危機感がない、生き残りにかけたがむしゃらさがない。都合の悪いことは、社会情勢のせいにする。加害者は忘れても被害者は忘れない、という認識がない。損する投資商品を平気で販売促進する。都合のいいことだけしか言わない。お金を借りてもらいたいときは熱心に勧誘するけれど、いざ貸してもらいたいときには貸してくれない。上司の命令は全て正しい。逆らわない。特に、自分の属する派閥の長に嫌われないように必死の努力をする。銀行のため、昇進や保身のためには、人の道に反することでもやる。命令に逆らうと、いじめられ、昇進できなくなる。銀行で気持よく働けるためには偉くならなければならない。仁義なき戦いをする。カネにためなら何でもやる。「社益」を第一にする。盗人猛々しい。実力がないのに、プライドだけは高い。上から目線など、です。 つづく
2016年01月26日
コメント(0)
第1分冊 はじめに この論文は、数十年にわたる、「私の問題解決の考え方」の研究をまとめたものです。しかし、全ての研究が終わってから書いたものではありません。私がいた会社(電機メーカー)で行なった研究の成果をもとに、私がどのような考え方で研究を行なってきたかを、研究しながら、論文としてまとめました。 これは、会社での研究の終わりに近くなった頃、アメリカのある学会の依頼で私の研究の解説論文を書きながら、私が、様々な違う研究を行なったのに、そのときの「考え方」が皆似ている、即ち、一つの考え方があるらしい(私にとっては)ことに気づいたからでした。 そこで、退職から数年後、余裕が出てきたときに、まず、この「考え方」についての論文をまとめ始めました。しかし、その時点では、この考え方をはっきり認識していなかったし、その考え方に関する検討も不十分でした。 ですから、論文を書きながら、「考え方」の研究も同時に行ないました。これは、偶然ではなく、意図的なものでした。即ち、上記解説論文執筆中に、いくつかの項目を分かりやすく説明しようとする過程で、自分の考察や検証の不備や不足に気づき、実験を含む、それらの検討を行なったのでした。そのお蔭で、論文をより完成した形にできたばかりでなく、このやり方が、長年の私自身の研究の中でもっとも大事な成果の一つを出すことにもつながりました。ということで、今回は、初めから、論文執筆と研究とを同時に進行させました。 そうなると、最初に目次を書いても、話がその順に進まないし、説明の仕方も変わりましたし、執筆中に新しい問題も出てきて、それらを説明する章も加えました。 第1章で示す目次としては、最終的なものだけでなく、最初のものも示してあります。これは、研究と論文執筆の進行の過程も示したかったからです。研究の成果だけでなく、どのように考え、悩み、失敗したり、考え方を変えたりしたか、などということも、研究にとり大事だと思うからです。また、論文執筆の途中で、新しい問題が発生してしまったときなどは、その章を中断させて、新しい問題について、新しい章で論じたこともありました。 章の番号は、私が執筆した順に従っています。ですから、内容としては分断されてしまった箇所が二、三できてしまい、最終的にまとめた論文では、番号が狂ってしまったところがあります。 また、当初、5年程度で論文を完成させたいと思っていたのですが、途中で、新しい問題が発生したお蔭で、ほぼ倍の時間がかかってしまいました。 時間とともに、私の考え方もいろいろと変わり、同じことを繰り返したり、常識とは違うことを書いたりもしています。前と矛盾したことを書いているかもしれません。でも、これらは皆同じ私なのです。 できた論文は、一冊だけ、自分で印刷し、製本したものを作ろうと思っていましたが、実際には、読者の要請で、この他に、約50冊の紹介版も作ることになってしまいました。しかし、その結果、貴重な感想や意見をいただくことができました。それだけでなく、各種問題の解決について話し合えるような「仲間作り」の実現にも貢献しています。 この論文は長いですが、内容は、そんなに難しいことではありません。研究の対象は違っても、どの章にも、考え方としては、同じようなことが書いてあります。私の、馬鹿の一つ覚えのようなものです。私が、問題解決のために大事だとすることは、皆、当たり前のことばかりです。ただ、それらを実行するのは難しい場合もあるでしょう。 私には、皆さんにもこうしなさいという気はありませんが、この論文が、問題解決について一緒に考え、話し合いができる場を作るきっかけになればいいと考えています。 ご質問、感想があればいつでもお寄せ下さい。論文は、私のホームページhttp://plaza.rakuten.co.jp/iwata7312のフリーページに全文、紹介版は、2015年10月1-5日の日記に掲載しています。 なお、本論文では、大事な言葉は赤で、読者からの感想や質問と私の答えがある場所は青で示してあります。 第0章 「はじめに」の前に-ご意見お願い-質問大歓迎(一緒に考えよう)
2016年01月26日
コメント(0)
迷った挙句、雪が降っても、あまり積もらないであろうと予想して、自動車にしました。氏家まで、全く降る気配はなく、途中でのんびりと昼食をとり、こちらに到着しました。でも、夕方から降るかもしれないと思って、とにかく床屋さんへ行ってきました。おしゃべりをしながらの小一時間でしたが、雪はまだ降ってこず、うまく行ったと思いながら帰ってきました。家に着くちょっと前ぐらいに、雨か雪が顔に少し当たるぐらいの状態で帰宅できました。夜は雪になりましたが、結局は少し積もったぐらいぐらいでした。ただ、屋根の北側に残っていた、前の雪が落ちていました。昨日は、ほぼ晴れでしたが、風が強く、寒い一日でした。
2016年01月25日
コメント(0)
各分冊の前置きを読み直し、原稿をまとめています。つづく
2016年01月24日
コメント(0)
あるカレー屋さんが「廃棄」したビーフメンチカツが五つもの業者を経て、消費者に売られていたのです。金儲けのためなら、平気で悪いことをやるのです。 ・・・ ちょっと前、高級ホテルなどで提供する食べ物の偽装表示もありました。つづく
2016年01月23日
コメント(0)
天気予報では雪なのです。今回は自動車で行くつもりなのですが、雪対策は全くしていないのです。往きに降られなくても、帰りに雪が残っている可能性もあるのです。私は電車でもいいのですが、女房は絶対自動車で行きたいと言うのです。ということで、明日朝の様子でどうするかを決めたいと思います。
2016年01月22日
コメント(0)
安倍首相は経済第一の政策を強力に推し進めようとしています。つまり、日本の会社の業績を上げること、利益最優先の経営を推し進めています。国も、企業も、国民の利益や安全より、経済発展に力を入れているのです。そして、そのためには、何でもありなのです。他社より上になるためには、嘘、ごまかしや隠ぺいさえ辞さないのです。それでもうまく行かないときには、法律違反までしてしまうのです。粉飾決算で、数字上業績がいいように見せることもあるのです。つづく
2016年01月21日
コメント(0)
昨日は、元会社での古い知人Aさんと何年(20?)ぶりかで再会でき、その場所で、偶然、私の友達(元会社にいた人)とも会えたのです。Aさんは会社をやめ、ご主人の国エジプトへ行かれて、お土産物店をやっていらっしゃいます。この度、東京国立で、エジプトの雑貨の展示と販売中です。お店に着いて再会を喜び、話していたら、なんと友達のYさんが来店です。会う約束もしていないのにです。お互いに驚き、喜び合うことができました。女房も一緒で、珍しいものがあるので、つい、いろいろと買い込んでしまいました。彼女はショールやペンダントを、私はパピルス(今の紙の原形で、川に生える植物を割き、張り合わせて、文字や絵をかけるようにしたもの)を見て感動し、栞とか小さい絵を買ってしまいました。さらに、手作りの馬の人形を三つも買ってしまって、二人とも幸せな気分になり、駅前で避難児のための寄付までして、帰ってきました。 今回の上記の再会は、奇跡かと一瞬思ったのですが、私には偶にあることです。ちょっと解析してみましょう。「奇跡」かと思っても、Aさんはそこにいることが決まっていて、Yさんもその予定で来られたのでしょう。問題は私の家族で、そこへ行こうと思ったのは昨日の朝でした。昨日行かないと雪の日に行かなければならいかと心配になってしまいました。そして、国分寺の駅での昼食後国立に行くことにしました。その話をしたら、女房が私も行きたいと言ったのです。二人で国分寺で食事をしたところまでは朝の予定通りでしたが(但し、ここで食べたカキフライがちょっとない美味しさで感動でした)、その後すぐ国立へ行ったら、上記の再会はなかったでしょう。女房がトイレに入って、ちっとも出てこないのです。偶々娘からメールが来て、その返信に手間取ったのです。やっと出てきて、駅に入り、ホームに降りたところで、国立へ行く電車が出てしまいました。結局数分待たされて電車に乗り、国立の展示会場に着いたのでした。このお陰で、3人の「偶然」の出会いが実現したのでした。でも、私は、これは偶然ではなくて、私達が上記の行動をさせるべく、なんらかの力が働いていたのではないかと思うのです。Yさんだって、その時刻ぴったりにそこに来るつもりではなかったのでしょう。私達だって、Yさんと会うことは考えていなかったので、その時刻にそこへ着こうという意志も、努力も全くなかったのです。また、誰か他の人が3人を会わせようとしらわけでもないでしょう。即ち、「何らかの力」の力のお陰なのです。私が「自然の流れ」と呼んでいるものなのでしょうか。問題解決では、そのために必死の努力をすることが、私を、問題解決に成功するという「自然の流れ」に乗せてくれる、と論文にも書いているのですが、今回は、努力なしで、本当に「自然の流れ」で再会が実現したのです。一方、「偶然」のせいにするというのは、ちょっと偶然の重なりが多すぎるような気がするのです。何かをすぐやらない私の素早い決断、女房がトイレに入り、そのときに娘からのメールがあったこと。女房の返信に時間がかかったこと。駅で電車に乗り遅れたこと。私達がその時刻に着こうと思ってもいなかったこと。Aさんに会うとも全く思っていなかったこと。などです。結局、言葉にすれば、「因果」です。そういう結果になる原因があったのです。それが何だかは分かりませんが。
2016年01月20日
コメント(0)
お二人は、今月下旬にも、先の戦争で多くの戦没者が出たフィリピンを訪問されます。そのとき戦没者の碑に供花されるときに立ち会う遺族会の人達のうちの二人と皇居で懇談されました。そのときのお言葉です。「戦争のことを正しく語り継いでいくことが平和につながりますね。」(東京新聞朝刊) つづく
2016年01月19日
コメント(0)
原発をなくすために、いろいろ考える過程で、原子力ムラの人達とは話が通じないという経験から、話が通じる仲間作りをしたいと思うようになりました。そして、まんずやってみれ!の精神で、もう始めています。素直で正直で、率直にものが言い合える仲間の輪を広げていけば、国や電力会社に原発を止めさせるのを可能にするのではないかと考えたのでした。いつのことになるやら。といっても、改めて新しい団体を作ろうというのようなことではなく、私の周りにいる、こういう人達と私が友達になっていこうと私が決めたのです。上の条件(素直、正直、率直)を満たしているかどうかの判定は私がそう思うかどうかで行ないます。こういう人達となら、互いに話が通じ、信じ合えるはずです。ただ、その人が私の仲間に入ったと、無理に、その人に教えるわけでもありません。 これまでの感じでは、私の生活が、確かに、より快適になっています。私の周りの「いい人達」が増えています。この中には、私があまりよくないと思うことをやって、私がそれを指摘した相手も含まれています。私も悪いことをしたと思ったら、前より素直に謝るようになっています。また、知らない人にも気軽に話しかけ、おしゃべりするようにもなっています。 正直なところ、日本のためというより、自分のためにやっていると言うべきでしょう。私のやることとしては、この程度にしておいた方が無難でしょう。私には飽きやすい面もあるので、ある日突然お終いということも考えられます。原発廃止のためにやっていることは、今のまま続けていきます。つづく
2016年01月19日
コメント(0)
「先の戦争」についていろいろ考えて過ごした1年であった。「先の戦争」での一般人の失った命について心が痛む。「年々、戦争を知らない世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います。」「先の戦争が、島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います。」など、安倍首相にもしっかり読んで読んでいただきたいです。国は「先の戦争」について、きちんと反省していないと思います。国は、戦争で命を奪ったり、大変な辛苦を与えた、国内外の多くの一般人に対して、はっきりと謝罪していないし、償いも不十分だあったと思います。 以下、お言葉の全文を示します(huffingtonpost.jp)。 今年の自然災害としては、まず5月に鹿児島県の口永良部島の新岳しんだけが噴火して、海岸まで達する火砕流が発生し、全島民が島から避難したことが挙げられます。火砕流は雲仙岳の噴火災害のお見舞いに行った時に見ましたが、海岸まで達する火砕流は本当に恐ろしい光景だったと思います。島民は幸い皆無事でしたが、まだ避難生活が続いていることに心を痛めています。9月には豪雨により鬼怒川などが氾濫し、8人が亡くなる大きな災害となりました。氾濫により多くの人々が家々に閉じ込められ、どんなにか不安な時を過ごしたことかと思います。自衛隊を始めとするヘリコプター等の救助活動により、人々が無事に救出されたことは本当に幸いなことでした。危険を伴う救出活動に携わった人々に深く感謝しています。水につかった家屋や田畑の復旧作業には多くの労力を必要とするもので、多数のボランティアが協力してくれていることをうれしく思っています。困難に遭遇している人々を助けようという気持ちが日本人の中に豊かに育っていることを非常に心強く思います。後日、常総市の被災地をお見舞いしましたが、泥水につかった田畑が広がり、苦労して作物を育ててきた人々の気持ちはいかばかりかと察せられました。今年の喜ばしい出来事としては、まず二人の日本人がノーベル賞を受賞されたことが挙げられます。大村博士の生理学・医学賞は、アフリカや南米で、人に感染すると盲目になる危険をもたらすオンコセルカ症を治す薬を地中の菌から作り出されたことなどの業績によるものです。私は以前、オンコセルカ症を患って盲目になった人々が連なって歩いている痛ましい映像を見ていましたので、この病気を治す薬が出来たということを本当にうれしく思いました。一方、梶田博士の物理学賞は、神岡鉱山の地下にあるスーパーカミオカンデにおけるニュートリノの研究で、ニュートリノに質量があることを見出されたことに対する授賞でした。11年前、スーパーカミオカンデを訪問したことが思い起こされました。お二人の長年にわたる地道な研究を誠に尊いものと思います。また、日本製のジェット旅客機が完成し、試験飛行が行われたこともうれしいことでした。かつて日本で戦後初めてつくられたプロペラの旅客機YS11の試験飛行を、羽田の空港で関係者と共に見守ったことが懐かしく思い起こされました。それから50年以上が経ったわけです。今年は先の大戦が終結して70年という節目の年に当たります。この戦争においては、軍人以外の人々も含め、誠に多くの人命が失われました。平和であったならば、社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり、このことを考えると、非常に心が痛みます。軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として、民間の船の船員があります。将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が、民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員として働き、敵の攻撃によって命を失いました。日本は海に囲まれ、海運国として発展していました。私も小さい時、船の絵葉書を見て楽しんだことがありますが、それらの船は、病院船として残った氷川丸以外は、ほとんど海に沈んだということを後に知りました。制空権がなく、輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも、輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います。今年の6月には第45回戦没・殉職船員追悼式が神奈川県の戦没船員の碑の前で行われ、亡くなった船員のことを思い、供花しました。この節目の年に当たり、かつて日本の委任統治領であったパラオ共和国を皇后と共に訪問し、ペリリュー島にある日本政府の建立した西太平洋戦没者の碑と米国陸軍第81歩兵師団慰霊碑に供花しました。パラオ共和国大統領御夫妻、マーシャル諸島共和国大統領御夫妻、ミクロネシア連邦大統領御夫妻もこの訪問に同行してくださったことを深く感謝しています。この戦没者の碑の先にはアンガウル島があり、そこでも激戦により多くの人々が亡くなりました。アンガウル島は、今、激しい戦闘が行われた所とは思えないような木々の茂る緑の島となっています。空から見たパラオ共和国は珊瑚礁(さんごしょう)に囲まれた美しい島々からなっています。しかし、この海には無数の不発弾が沈んでおり、今日、技術を持った元海上自衛隊員がその処理に従事しています。危険を伴う作業であり、この海が安全になるまでにはまだ大変な時間のかかることと知りました。先の戦争が、島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います。パラオ訪問の後、夏には宮城県の北原尾、栃木県の千振、長野県の大日向と戦後の引揚者が入植した開拓の地を訪ねました。外地での開拓で多大な努力を払った人々が、引き揚げの困難を経、不毛に近い土地を必死に耕し、家畜を飼い、生活を立てた苦労がしのばれました。北原尾は、北のパラオという意味で、パラオから引き揚げてきた人々が入植したところです。この1年を振り返ると、様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々、戦争を知らない世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います。私はこの誕生日で82になります。年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました。したがって、一つ一つの行事に注意深く臨むことによって、少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです。今年もあとわずかになりました。来る年が人々にとって少しでも良い年となるよう願っています。 とても素直で、正直で、率直な言葉だと感じます。(私) もう一つ、先の戦争に関してではありませんが、天皇陛下のお言葉で、私の印象に強く残るものがあります。これは、2013年11月の水俣訪問時に、水俣病患者の話の後の感想のお言葉です。 産経ニュース 2013.11.2 どうもありがとうございます。本当にお気持ち、察するに余りあると思っています。 やはり真実に生きるということができる社会をみんなで作っていきたいものだと改めて思いました。 本当にさまざまな思いを込めて、この年まで過ごしていらしたということに深く思いを致しています。 今後の日本が、自分が正しくあることができる社会になっていく、そうなればと思っています。みながその方に向かって進んでいけることを願っています。 以上同感です。なお、こちらは、既に、安倍首相に精読をお勧めしてあります。 嘘、ごまかしや隠ぺいがないような、誠実な生き方をしていれば、上記のようなお言葉の対象にならないで済むのですが。戦争も始めなかったでしょう、戦争で悪いこともしなかったでしょう、大企業の不祥事もなかったでしょう。原発も作らなかったでしょう。国民を欺きつづけ、大事故という人災を起こすこともなかったでしょう。
2016年01月18日
コメント(0)
午前1時頃はまだ雨でした。でも5時には少し積もり始めていました、6時を過ぎたらかなり積もっていました。7時過ぎには10cm以上も。しかし、8時過ぎには止んでいて、雨も降ってきました。これ以上は今のところ積もらないでしょうけれそも、ひとっきり太陽電池は発電できないでしょう。 私は2,3日前から、天気が悪くなることを体で感じていました。昨日は、まあまあの天気で、遅れもなく。氏家からこちらへ来ましたが、夜は雨になりました。 今日は、外に出ないで、一日家でゆっくりすることになりそうです。つづく
2016年01月18日
コメント(0)
リツイートへのコメント オプション 本当にそうだと思います。原発事故を起こしたのは人間、収拾できないのも人間、それをごまかそうとしているのも人間ですね。一般住民のことは考えないで。その人間は誰?(私追加) 天知地知(てんしるちしる/旧:なんで屋)@NewStream_2012 10 時間10 時間前 相馬市50代女性「私は最近、放射能より、人間の方が怖いと思う時がたくさんあります。ここ福島では、放射能の話をするだけで、圧力がかかる雰囲気が一部に蔓延しています。命がけで、放射能の問題を意図的に考えないようにしている人がいっぱいいる。一種の思考停止状態。それは自分を守るため?」
2016年01月17日
コメント(0)
字を見たら、「仕える事」ではありませんか。銀行の仕事について書いてある本「シャイロックの子供たち」を読みながら、このことに気づきました。この本のどこかに書いてありました。働くのは、生きるためか、生きがいのため。この組織の中で気持ちよく生きるためには、出世しなければならないと。銀行では、偉くならなければ何もできない。業績を上げることを至上命令とし、そのためには手段を選ばない。上司に逆らわない。言うことは聞く。「仕える」のです。逆らえば、いじめて、昇進できないようにする、閑職に追いやるなど。全て銀行の利益のためなのです。上司はそう言いながら、自分がもっとも有利になるように動くのです。銀行は、損する投信信託を平気で売らせようとするのです(実際に、私の母がかなり買わされました。買ってしまえば、後で文句を言っても、どうにもならないのです)。それを目標とさえするのです。 販売する担当者はそれを知っていても、命令されたように、お客に売ろうとするのです。そのとき、お客の利益を考えていたら、販売の成績は落ちてしまい、上司からはきつく叱られるのです。本当にお客の立場に立とうとする人は、損する投資信託を売れないので、偉くなれないのです。上から融資の目標達成を命じられると、すぐ借りたくない人達にうまいことを言い、貸そうとしますが、本当にお金が必要になったときは断られてしまうのです。ある副支店長の頭の中にあることは、「自分が働く意味とか、理念とかいうものについて考えたことは今までなかった。与えられた目標は絶対のもので、達成するために全力を注ぐ。疑問を挟む余地はない。」だそうです。責任回避、保身のために、悪いことは、人のせいにする。中間管理職では、部下の悪口イコール自分の保身。おかしいことをおかしいと言えない組織の中に何年いても平気である。など、など。一方、このような、人の道や法律に反することを平気でやりながら、家に帰ると、家族を愛する、いいお父さんをやっているのです。お客のためなど考えないのに、家族のためには死んでもいいと思うぐらい尽くしているのです。 行員全員がこんなだとは思いませんが、 上記のような傾向があるのは確かだと思います。国(お役所)だって、大きな組織(大会社、大学なども)だって、似たようなところがあります。結局はお金が絡んでいて、利権とか、癒着とかのまん延です。こういう組織内、組織間、それから組織から一般の人達への対応でも、嘘、ごまかしと、隠ぺいが駆使されています。悪いことをしても、責任を取らないのです。人のせいにしたり、自然現象のせいにしたりして、失敗から学ぼうとしないのです。つづく
2016年01月16日
コメント(0)
私の家がある、氏家(栃木県さくら市)はお米も美味しいのです。食堂で食べるご飯は大体美味しいです。行ってみて、ご飯が美味しいと感じた東北(秋田、宮城)や新潟に匹敵するほどです。コシヒカリが多いようですが、ミルキークイーンというのもあります。野菜もとても美味しいものが手に入るので、こちらに来ると、いつも美味しいもの探しです。ですから。家で調理するときも美味しいものを食べています。私が特に驚いたのは、お蕎麦です。この地域のものがこんなに美味しいとは。感動しました。考えてみたら、私が知っていた「常陸秋蕎麦」は県境の向こう側の茨城のものでした。それにしても、隣町の那珂川町や那須烏山市には沢山の手打ち蕎麦屋さんがあり、地元産の粉を使い、地元の新鮮な野菜の天ぷらを一緒に出してくれます。改めて蕎麦に夢中になってしまった私は、蕎麦掻きをまた作るようになりました。これがまた美味しいのです。 ところで、一つ残念なことがあります。那珂川町に、私の友達で、先生でもある人のトンカツ屋さんがあるのですが、そこのご飯が今一なのです。ご飯の炊き方より、保存の仕方が原因ではないかと思います。一回炊き立てのご飯が出たときは美味しかったのです。ご飯以外は、トンカツは勿論、味噌汁も、生野菜も、お新香も皆、非の打ちどころがないのです。しかし、私にはそれが言えないのです。ご主人も、奥さんも私の友達で、尊敬するような人達なのです。私個人とトンカツ屋さんの感覚の違いと言えるかもしれないし、そのご飯が食べられないほどでもなく、もともと私はご飯少な目なので、ご飯以外のものに集中し、楽しむことにしています。つづく
2016年01月16日
コメント(0)
池井戸潤:「シャイロックの子供たち」、文芸春秋、(2006)。大銀行という組織の中で、個人個人の出世だの欲のためだけでなく、銀行のためとか支店のためと称した命令による、悪事や血なまぐさい争いを描いた、互いにつながった、いくつかの話をまとめたものです。家へ帰ると、家族に慕われ、頼られるお父さんであっても、銀行では、人の道に反することをやったり、罪になることを行なってしまったりするのです。つづく
2016年01月15日
コメント(0)
円高にもなっています。海外の株価も下がっています。私は少しずつ株を買っています。買ったら、その後もっと下がりそうです。つづく
2016年01月14日
コメント(0)
地元(栃木県さくら市)の野菜販売所経行ってきました。もう小さいイチゴが出ているではありませんか。 小粒でとても安いのですが、味が抜群なのです。もう一つの店へ行ったら、採りたての野ゼリがあるではないですか。それを籠に入れたと思ったら、芽キャベツが茎の周りについた状態のものを見つけてしまいました。どれも皆、春を感じさせる味でした。香りも。
2016年01月13日
コメント(0)
殺人の刑期を終えている殺人犯が被害者の家族に襲われ、殺されそうになって言った言葉です。「刑期が終われば全て許される、ということではなかったのだ。」被害者を、日本に酷い仕打ちを受けた韓国の人達として、この間の総理がおっしゃった言葉を考えてみて下さい。
2016年01月13日
コメント(0)
大勢の方々の助けを借り、日本の技術を使って、私の本を作りました。自分で、この方法で本を作るべく、地元(隣町、那須烏山)の手すき和紙屋さんで、日本の製本技術を教えてもらうことにしました。本の表紙を作り、印刷した紙を表紙ではさみ、綴じるのです。練習として、論文の紹介版に挑戦しました。A4の40ページを本にしてみました。上質の和紙を折りたたんで表紙を作るところから、綴じる作業まで自分でやりました。2時間あまりの間に4冊を割と簡単に作ってしまいました。不器用な私でも、日本古来のやり方でこのような本が作れたことに感動しました。まあまあの出来だったので、残りはコピー屋さんと紙屋さんにお願いして作り、お世話になった人達に配ることにしました。 この試作で分かったことは、この程度の厚さならいいのですが、100枚とか綴じると、紙が厚い(両面印刷するので)ために、本を開き、平らな状態で見るのが難しくなるということでした。ここで、私は考えました。いっそのこと、手で押さえなくても、平らな状態で読めるようにできないかと考えたのです。その結果、和紙で作った箱(箱と蓋(ふた)がつながって、左右に開けるようにしたもの)を作り、この中に印刷した紙を綴じずに重ねた状態で入れるようにしました。本を読むには、箱を開けて、右側の箱から、左側の蓋へ、紙を裏返し、移していくのです。この本では、手で押さえなくても、本を読んだり、中の図面をよく見たりできるのです。また、後からでも、簡単に内容を追加できます。 このようにして、私の本は、7分冊となる、7つの箱になりました。これらの箱の中に、私の論文「私の問題解決の考え方」の全ページが手すき和紙の両面に印刷されたものが綴じずに入れられます。そして、奇しくも、わが家の玄関にある戸棚の一つの棚に7つの箱がぴったり入ったのでした。 このように、自分で昔の製本法に挑戦したことにより多くを学びました。一番感心したのは、思ったより簡単だということです。初めはつづく
2016年01月12日
コメント(0)
加納朋子:「七人の敵がいる」、集英社、(2010)。フルタイムでバリバリ働く女性が、PTAだの子供会だの地域や子供に関係する「仕事」に関わりたくないのに、結局はやらざるを得なくなり、頑張ってしまうお話です。私はてきぱきとした仕事はしませんが、私もやはり、嫌な仕事を引受けたとき、嫌々始めても、結局は頑張ってしまうことがありました。そういう様子がよく書けていると思いました。 つづく
2016年01月11日
コメント(0)
中3のK君は、今、必死で受験勉強をしています。試験も、もう、一つ受けました。これからも、塾で、毎日のように、模擬試験があるようです。 こんなに若いうちから受験勉強なんてと、ちょっとかわいそうな気もしますが、彼は大丈夫です。食欲はあり、ご飯をしっかり食べるし、ゆっくり風呂に入って、よく寝られるようです。これなら、心配は要りません。
2016年01月10日
コメント(0)

2016年01月09日
コメント(0)

2016年01月09日
コメント(0)
栃木県さくら市 氏家駅前の「さくら情報館」(駅から2分ほど交番の後方)で 第6回 子供習字作品展期間:1月9日(土曜日)~1月24日(日曜日)* 9-17時 月曜日休み(祭日は開催で、火曜日休み) *初日は午後1時から展示開始となり、 最終日は午後3時までの展示となります内容:子供の習字の展示主催:紀風書道教室問い合わせ:さくら情報館 028ー681ー5757 子供達が心を込めて書いた力作が展示してあります。
2016年01月09日
コメント(0)
何年ぶりか分かりませんが、少なくとも5年以内ということはないでしょう。とても楽しいひと時でした。つづく
2016年01月08日
コメント(0)
七種類ありませんでしたが、セリ(わが家)、ナズナとハコベ(これらは近所)と大根を入れました。特に、セリは、秋田の根のついたセリ(去年のキリタンポ鍋用のものの根の一部をプランターで育てたもの)でした。この香りが抜群でした。また、おかゆのご飯には、本荘産のツブゾロイ(新品種)を使いました。粒が大きく、とてもおいしいおかゆになりました。お餅は、山梨の杵つきのものでした。これも美味しい!結局、今までで一番美味しいかもしれない七草がゆでした。感動!
2016年01月07日
コメント(0)
去年暮れ、福井地裁は、3,4号基運転差し止めの仮処分を取り消して、一転、「新基準に合理性」という、自民の意向に沿った判決を出しました。炉心溶融の対処について、「安全性に欠ける点があるとはいえないとしました(12月25日東京新聞)。差し止め判決を出した裁判長はその後、名古屋家裁へ異動になっています。その代わりに、福井地裁へは原発支持の裁判官を入れています。今、福島では、炉心溶融後の対応で、まだどうしたらいいか分からないで、とても苦労している状態です。再稼働より、事故後の処理について、もっと必死になるべきです。 再稼働させることは、事故から学んでいない、学ぼうとしないことです。事故前も、同じように、危険な経験や他所の事故例があっても、日本の原発は安全だと言い張り、必要な検討や対策を怠ってきたのです。それどころか、安全だという嘘の宣伝に、多大な努力と無駄なお金を払ってきたのです。 さらに怖いのは、これらの原発はもうかなり古くなっているということです。どちらも、できてから32年も経っています。もうガタが来ていてもおかしくないものです。つまり、ますます危険性が高くなります。
2016年01月07日
コメント(0)
2-3日に一族13名集まり、大新年会を行ないました。 地元の材料を使ったのは、以下の通りでした。お屠蘇には、地元の辛口純米酒アイソ(ウグイ)の焼き物と甘露煮地元米のお餅入りのお雑煮豆餅(落花生と青海苔入り)地元の材料を使った、ナマスと玉子巻き地元野菜と豚肉、米を使ったカレーライスなどでした。皆、美味しかったです。つづく
2016年01月06日
コメント(0)
暮れは、手打ち蕎麦。それも秋田の鳥海山の麓でできた蕎麦粉を使いました。色がかなり黒いお蕎麦を長女が打ちました。去年の初めに、私の友達である床屋さんが伝授してくれました。娘が頑張って上手に打ってくれました。口に入れたときは味が足りないように思うのですが、食べているうちに味が出てくるのです。私の判断では、相当うまく打てていました。地元でできた黒豆を女房が丁寧に煮てくれました。とても大きいのですが、普通とは違って、平らなのです。味は逸品!今までで一番かもしれません。つづく
2016年01月05日
コメント(0)
もう春のようです、梅が咲いています。ホトケノザも。こちらは狭山市(埼玉)です。でも、快晴ではありません。
2016年01月05日
コメント(0)
年越しと新年会も終わって、狭山(埼玉)へ戻ります。週末までに、元いた会社の知人に会い、また、こちら氏家に帰ってくる予定です。
2016年01月04日
コメント(0)
千葉と埼玉から来ていた次女、三女家族が9時過ぎに帰りました。昨日の昼ちょっと前から、食えや飲めやの大騒ぎでした。子供達が皆成長してとてもうれしいですが、会う機会が減っています。長女の子供達とは始終会えますが。長女の上の子は今年高校受験です。正月も、2日まで塾でした。つづく
2016年01月03日
コメント(0)
Every problem is an opportunity in disguise.これは、テレビでやっていた映画の中から聞こえてきた言葉です。どんな問題にも機会(チャンス)が隠されている、とでも訳しましょうか。難題で苦労するのは進歩をするきっかけになる。失敗は成功につながる。問題が起きても逃げないで挑戦することは、その問題を解決するだけでなく、他の所でも自分の利益になることが沢山ある、など、思い当たることが多いと思います。 次の言葉は、93歳でも書き続けている作家の瀬戸内寂聴さんがテレビの対談で言っていました。「満足していないから」これは、なぜ、いつまでも書き続けられるのですか、という質問の答えです。 今年は、他の人達の言葉を前よりよく聴こうと思います。
2016年01月03日
コメント(0)
昼前に二家族が着いた途端、やる気まんまんの人が一人いて、直ぐに宴会が始まってしまいました。一時間も経たないうちに、よく食べ、ビール、ワイン、焼酎、お屠蘇、お茶、秋田の西目リンゴジュースやお菓子などで皆お腹いっぱいになってしまいました。 おしゃべりも沢山しました。本当は、今日が新年会だったのですが、あまりの勢いで進んでしまい、午後は、食べ物や飲み物の追加に行きました。今日は、夕食まで続きます。これから、アサシャンで行きましょうか。朝からシャンパンです。お雑煮もあります。
2016年01月03日
コメント(0)
今日は、全部で12人集まりました(一人は受験生で塾にいますが)。お昼に既にお酒が始まり、飲み物も食べ物もかなり消費してしまいました。午後は、さらに、食料品を(お酒も)買い増し、夜の準備をしました。私は食後のフルーツポンチを作り、柚サワーの準備をしました。お昼に既に焼酎を飲まれてしまい。もう一本買ってあります。つづく
2016年01月02日
コメント(0)
お屠蘇は、北の隣町、大田原の「池錦」(純米酒)で作りました。なかなかいいです。初摘みのバッケ(フキノトウ)。わが家の庭で出たのです。これは地面の中から出てきたのではなく、去年から地上に出ていたものです。私流のバッケ味噌を作りました。最高!それから、地元のお餅を焼いて入れた、お雑煮。お餅が美味しい! 地元の黒豆を煮たものも最高!初詣も、地元の今宮神社へ。お神酒(地元のお酒)と甘酒を振舞っていただきました。和菓子でもと思ったのですが、私の行くお菓子屋さんは元日はお休み。そこで、近所のスーパーへ。和菓子の詰め合わせを買って、結局はパン屋さんでサンドイッチを食べ、帰ってきました。うれしいことに、数人の地元の知人に会い、ご挨拶ができました。 つづく
2016年01月02日
コメント(0)
論文「私の問題解決の考え方」ができ上がって(ほぼ)、暇になるどころか、忙しくなりそうです。原発事故の問題では、原発は止めるべきだという結論になっても、それが実現できない状態です。原発反対の署名を集めても、国や東電に止めてくれと訴えても、全くダメです。結局は、国民が変わらなければいけません。そして、国と電力会社を変えさせねばなりません。国民の大半がまず反対の決意をし、自分達も前より慎ましい生活をする覚悟しなければなりません。 そして、より素直で正直になり、相手に率直にものが言える、人と人とのつながりを広げたいのです。 嘘、ごまかしや隠ぺいはきちんと追及し、悪いことをした責任を取らせるようにしましょう。原発は人災なのです。相手は、少し待てば、国民が忘れてしまうことを狙って、再稼働や輸出を少しずつ増やしていこうとしているのです。人間を変えるというのは、そう簡単ではありません。正攻法のやり方は教育を変えることです。親の子供の育て方、幼児教育と、義務教育の考え方を大きく変える必要があります。これには、少なくとも何十年はかかるでしょう。今の教育のやり方を検討し、対策を提案しても、この国では、何時になったら変わるのか分かりません。こういうことを待っていられないと思います。教育制度が変わったとしても、それから政治のやり方や会社の運営法がどのくらい早く変わるかは分かりません。 私は待てません。とにかく始めます。栃木に来たことをきっかけに、もう「私の仲間作り」を始めています。素直で正直だと思う仲間で、互いに率直にものを言い合えるような環境を目指しています。つづく
2016年01月01日
コメント(0)
今年は娘達が帰省しなかったので、大晦日から賑やかでした。 夕べは、娘の手打ち蕎麦(私の友達の伝授による)でした。蕎麦粉は秋田の鳥海山麓(百宅(ももやけ)産)で、これが色が黒く、素朴な味でしたが、噛んでいるうちに甘みが出てきて、私には最高でした!地元(栃木)の蕎麦粉も相当美味しいのですが、ちょっと前に私が秋田へ行ったので秋田産になりました。 今朝は、 地元のお餅を入れたお雑煮、地元の黒豆(特大)、地元の大根、ニンジンと柚のおナマスと、地元のお酒(原料も酒造りも)で造ったお屠蘇でした。どれも、ちょっとない味でした。 朝は娘達は一緒ではなかったので、お昼に、初詣後、今度は全員で食べます。
2016年01月01日
コメント(0)
全48件 (48件中 1-48件目)
1

![]()
![]()