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引っ越した家にはダンボールが溢れてはいるが大掃除の必要がないそこで今日は仮住まいのアパートを完全に引き払い大家さんに鍵を返したあとはすることがない、のんびりしている自宅のインターネットはまだつながっていないそこで事務所へ来てメールを眺めていることしはすべてに余裕がなかったがとにかく今日で終わりだ帰って年越しの天婦羅ザルを食べ刺身を少し買ってからちびりちびりと盃をかたむけつつ、紅白を見よう出場者はほとんど知らないから息子に聞くことになると思うのだが来年は良い年にしましょう皆様、来年も遊びに来てください
2007年12月31日
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昼を過ぎると事務所マンションのあちからガタガタといろいろな音がする皆さん大掃除を始めたのかなと思う私は仕事納めの日でも、散らかっているものを片付けるくらいでいつも大掃除をしない最終日はたいてい一人なので「掃除で一杯」もない時間までいつも通り仕事をして片付かないままに事務所を去る今日もこのパターンになる今年の仕事はこれでおしまい引越し後のわが家にはまだテレビがない紅白と「往く年、来る年」はPCにワンセグをつないで見るつもりだ来年は1月元旦にちょっと立ち寄って年賀状を回収するのが始まりとなるこれを持って川崎の家内の実家へ行きそこでビールを飲みながら眺めては出さなかった人へ返信を書くのが私の正月となる皆様、来年もよろしく健康で飛躍の年となりますよう私もそうしたいと思っています
2007年12月28日
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とても寒い朝だ朝の自転車通勤に耳アテが必要なのはこの冬初めてだこのくらい寒いほうが冬らしくていい。今年は第2期IDE開業実践塾が1月末のオリエンテーションに始まり6月の修了式まで手一杯だった。6月初旬、近所のアパートへ引越す引越しの要領が分からず、引越しの前後1週間くらいは睡眠を削ってのきつい日々が続いた引越しは、それまでなんとなく持ち続けたものをエイヤッとばかりに捨てる作業でもあった。その中で書籍をすてるのは辛かった同時に家の取り壊しが始まる愛着のある部屋が目の前でどんどん壊されるのはとても辛いものがある2DKアパートの仮住まいに個室は望むべくもなく大人3人が揃うと居場所がないと分かった実質的に1つの寝室と、整理ダンスと荷物が入り込んだ1つの居間では3人揃ったとき3人が思い思いのことをしようとすると2人が限度となるどうしても残る1人の場所が見つからない息子の外泊が多くなった私たちは息子が外泊をするとホッとしたものである私はいつも帰りが遅くなるので夕食を食べたあとラックの中にすえたパソコンを見るのが精いっぱいとても仕事ができる環境ではなかったそれでも6ヶ月間の辛抱と思えば暮らせるものである期限があれば辛くはないものだということも分かった。8月27日、棟上式これを境ににわかに家の形が浮かび上がるあとはワクワクしながら出来上がるのを楽しみに眺めてきた。棟上式の翌日から大工工事が始まった。毎日3人の大工さんが作業してくれた。私たちは主に土曜日に室内を見に行った。そこで大工さんたちと仲良しになった。少しづつ出来上がるのを眺めるのはとても楽しい。11月末に大工工事が終わった。この進捗で年内に入居できるだろうかという疑問が湧くそこで12月21日の入居希望をマツミ・ハウジングへお願いした22日からの3連休で引越しをやろうというもくろみだったマツミ側は私のお願いにたいして23日を出してくれた。この回答に感謝しているまだ完全には出来上がっていないが生活するのに最低限必要な設備は出来上がっているとにかく年内に新しい家で生活を始めることができたことが嬉しい正月はまだまだダンボールの山が残るが逆にこの正月休みで片付けたいと思っている「家を建てる」ことが今年の最大のテーマだったこのため仕事その他にしわ寄せが行ったことは否めない家で仕事のできる環境ではなかったこともあるが精神的にも余裕がなかった目の前の仕事をこなすだけの1年になった新しいことはなにもやってないとにかくこれで一区切りつけ来年新たに気持ちを切り替えて出発しよう、というところだ---------------------------------------------本日を平成19年の事務所納めとする。ブログ更新も今年最後になる家のPCは引越しでまだ光ケーブルがつながってないから家での更新ができないのである10月13日からの連続更新がここで止まるのは残念だが仕方がない来年は1月4日くらいに更新再開の予定である------------------------------------------良いお年をお迎えください私も良い年にします
2007年12月28日
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=まだ身体が動かない=マツミ・ハウジングの外断熱・二重通気工法とは家を魔法瓶のようにすっぽりと断熱材で包むその内側に二重の通気層を設けて温度を調節する仕組みだ家の中は、冬の場合家全部を3つの夜間蓄熱型ヒーターで24時間ほんわりと暖めるその結果、家の中はどこもほとんど温度差がなく温まるヒーターは1階に2つ、2階に1つ設置されている。マツミ・ハウジングでの勉強会で説明されたが本当にそういう家ができた目覚めてすぐにパジャマのままであちこちの部屋を歩き回り、シャッター開けをやっても寒気を感じることはない3台のヒーターからの暖気を家全体にまわすためすべての部屋のドアは開け放したままである-------------------------------------------------新居へ入居して4日目。いま初めての体験をしている。朝起きるとパジャマの上に一枚はおりシャッター開けから朝の作業が始まるこれは昔に雨戸を開けたのと同じだなと思った。同時に、この家には雨戸がないことに気が付いた家の中を歩き回るときには頭の中で、部屋の配置を確認しながら歩くまるで、運転免許を取ったばかりのときと同じだ取立てだと頭の中で「次はブレーキ、ここでアクセル」などと考えながら運転したものだこの家ではまだ家の配置を身体が覚えていないのである。シャッターのある部屋はええと、と考えながら歩き回るまして照明スイッチはまだ憶えられなくてしょっちゅう点け間違い、消し間違いを繰り返しているそして、生活に必要な小物をダンボールから取り出しては収めた場所を忘れ、探し回っている。こうした混乱が落ち着くのはどのくらいかかるのだろうかもう若くないから時間がかかることだろうと思う。
2007年12月27日
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引越しは結論として半日で終わった古い家から仮住まいへ引っ越したときと比べて格段の時間短縮であるその理由は第一に、仮住まいでは必要最小限のものしか使わないようにして、荷物はなるべくパッキングのままにしておいたこと第二は、6月の引越しを体験して荷造りの要領がすこし分かっていたこと第三は、引越し前日にパッキングしたものを3分の1くらいすでに運び込んでいたこと。これはアパートの部屋に荷造りしたダンボールの置き場を確保するためすでに荷造りしたものを運んで、スペースを作ったのである。これでアパートでの荷造りが飛躍的に進んだ。この引越しで問題が出た古い家で使っていた和ダンスが入らなかった。和ダンスは上下2つに分かれるが高さのある上部分が2階の予定していた部屋に入らない。ドアの取っ手が邪魔したこと廊下が箪笥の通るスペースがなかったことである運送屋さんは新しい家の階段を見て手摺とランプの位置から階段からの搬入は出来ないと判断したそして2階への家具搬入はテラスからと決めた和箪笥は古い家からの取り出しは窓から行い、何の問題もなかったしかし新しい家では2階の南側の部屋から廊下を通り北側の部屋まで運ぶはずだったしかし南側の部屋から先には運べなかったのである。結局この和箪笥は廃棄処分となった幸いに2階へ運ぶ他の家具類はすんなり収まった。しかし次の新たな問題が控えている北側の部屋にはテレビを置くつもりなのだがここにはどのくらいの大きさなら入るのか慎重に検討して大きさを決めなければならない。------------------------------------------------引っ越してから3日が過ぎるがまだ自分の家にいる実感がないこれからずっとここに住むのだと自分に言い聞かせている
2007年12月26日
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昨日、新居が「とりあえず完成」と言ったのは私が引き渡しを急いでもらったことによる。マツミ・ハウジングが考えていた当初の引渡しは「年末」で、それは12月25日以降を計画していたのだと思う。それは確かに年内の引渡しではあるが12月25日以降だと、年内に私たちが引越しに使える週末はないこれだと私たちは年末引越しになり、ダンボールの山の中で大晦日と新年を迎えることになるそれも、何がどこにあるのか格闘しながらの年越しになるもともと大晦日に「紅白」も「往く年来る年」も見られる状態にはないと思っているが12月25日以降引渡しはきつい、と思ったので早くから12月20日の引渡しをお願いした。これならば22日からの3連休で大きな片付けをして少しは年越しの目安が立つと思ったからだ。家の仕上げ段階ではいろいろな業者が頻繁に出入りするので私のお願いにマツミ・ハウジングは困っただろうと思う。それでマツミ側は困りながらも「12月23日」を出してくれた。私は21日が理想だったがここまで努力して歩み寄ってくれたマツミ・ハウジングにさらなる一押しはするべきではない。次の問題は「半日で午後から引越し」が可能かどうかだった。6ヶ月前の仮住まいへの引越時に、荷物が仮住まいへ入りきれずあふれた荷物を西武運送のトランクルームに預けた。今回の引越しではこれらの荷物を持ってきてもらいこれを搬入することから作業が始まると考えた。この荷物の分、仮住まいからの運び出し時間が省けるのでなんとかなるかなと思った。引渡し日の午後から半日では無理でも、翌日は義母の方の引越しが予定されているのでここにすこし食い込んでも大丈夫だろうと思った。*****************************************************昨日は新居で第一日の朝を迎えた久しぶりにゆったりしたスペースに眠ったあとは身体中が伸び切ったような気持ちで目覚めた目覚めたときから家中が適度に暖まっていてホテルでの目覚めのような快適さだいやホテルだと暑くて目が覚めることが多いがほんわりゆんわりした温かさだ、これはいい起きると早速にダンボールの山とのオニゴッコが始まった
2007年12月25日
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昨日は3時に起きてパッキングをしたとにかくパックが原則で、これはどうしようかと悩み始めてはそれをすぐに打ち消してひたすら梱包する作業に努めたそれで8時にはかなり疲れていた8時半に家内を起こしたが朝食とするべきものはあるのか紅茶缶と皿、ナイフとスプーンはすでにダンボールの中である冷蔵庫を開けて冷凍してあった食パンを出し牛乳を温めて朝食にした。ちょっと休むと眠気が襲う。10時に家の引渡しがあるので9時半に梱包作業を中断しセレモニーへの仕度をはじめる私は1着だけ残してあったブレザーを着る靴は間違って全部片付けたあとだった仕方なく運動靴で向かう幸い室内での引き渡しだったので靴は問題にならなかった新居に着くとすぐに「とりあえず完成」の室内を見るしかしいままでも週に1度は進捗度合を見ているので引渡し時にどうなったかを見るという意味合いだ引渡し式が始まるマツミ・ハウジングの担当者から一通りの説明を受け引渡し書に私、家内、義母のあ3人で署名し最後にマツミ・ハウジングの会長が記名押印をするこのとき会長からお祝いのお言葉があったこれにたいして私がなにか答えなければいけないだろうと思っていたが家内が感激のあまりひとりで答えてくれた。家内は「もういくつ寝るとお正月、の文句ではないけれど私はこの数日、毎日指折り数えてこの日を待ち続けました感無量です」というようなことを言った。それから家の中のいろいろな機具についての説明があるそのときすでに運送屋さんが着いていたその途端、私はそちらが気になって説明は上の空で、ただ早く終わってほしいと思い始めたしかし今の家はあちこちにリモコンがある確かに鍵だけ渡されれば済むというわけにはいかない私は辛抱して説明を聞いた12時過ぎに引渡しが終わった。
2007年12月24日
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昨日、午後3時過ぎにIDE開業実践塾のオリエンテーションが終わったあと昼食を食べて、それから食卓をさがしに新宿の大塚家具へ行くそこでキッチンに置く、調理台兼食卓を購入する年末ギリギリの30日に届くことになった帰宅8時それから母と明日の「家の引渡し」と「引越し」の打合せそのあと私はすぐに就寝家内は最後のパッキングを始めるいまやアパートの部屋の中はダンボールの山になっていて家族3人が寝られないので交代で寝ることにしたあとで息子が帰ってきて2人でパッキングをしているのをウトウト寝ながら耳のどこかに入っていた私は3時に起きてパッキングに加わる息子が4時に自分のが終わったといって寝た5時になったとき家内に寝なさいと言って寝かせたここからひとりでパッキングを始める私がやることはなんとなく中途半端でパッキングし残している小物を強引にダンボールへ詰める作業だこういうときに仕分けとかどうしようと考えていると時間がどんどん過ぎるのでなにも考えずにどんどんダンボールに放り込むこと当然あとで「あれはどこだ!」が始まるがそんなこと言ってられない仮住まいの物理的な空間のなさで、包んだものを重ねて行くという方法がとれなくて、少し包んで昨日のうちに第一弾を運び今日が第二弾になったのだから仕方ない午前10時に引渡しのセレモニーがあるこのときはネクタイを締めるがすぐにGパンに着替えて引越しを続けることになるだろう運送屋さんが持ってきたトランクルームの荷物を運びいれそれからこちらのアパートの荷物を引っ越すなにしろ、今日一日で全部移動するのだ今晩、新居で寝られるのだろうか明日は祝日で一日使えるからすこしは助かる
2007年12月23日
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今日の「IDE開業実践塾」オリエンテーションのため昨日は11時まで事務所で準備をしていた帰宅は12時近くになったすでに自炊は放棄しているのでできあい惣菜で夕食をすませる休む間もなく、衣類のパッキングをした衣類は食器と違ってひとつひとつを梱包する必要がないから楽だなんでもカンでもどんどんダンボールに放り込むこれをやると後で困るとはわかっているのだがやっぱり仕訳する時間が惜しい今朝は9時から、これらのパッキング第一弾を乗用車で2~3回アパートと往復して新居に運んだアパート部屋に再びスペースができたこれでまたパッキングをしてダンボールの山が作れる午前の作業はここまでさあ、これからオリエンテーションだしっかり本講座の魅力を説明し、すこしでも多く参加者から本講座の申込を獲得しなくてはならない
2007年12月22日
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引越しが日曜にせまっている昨日の夕食はもう台所を使わないと決め家内と事務所を出ると外食をしたアパートに戻ると一休みしたかったが一休みするとすぐ30分が過ぎるので着替えてパッキングを始める昨日は茶箪笥の中を空にするのが目標だった半年前にアパートへ移るとき一番困難だったのが書籍の整理だった次に大変だったのが食器の片付けだった前回の引越しで書籍の半分以上を廃棄した残した書籍はダンボールに詰めたままでほとんど開けていないから、書籍については手をつけなくていい食器のパッキングを始めたこれは前回、包んで詰めても詰めても一向に減らないという印象が残っている仮住まいの間食器は最小限のものを使うだけにしたから前回ほどの量ではないやり方は、何も判断せずひたすら包んでダンボールに詰め込むというものだ家内とふたりで3時間かかった終わって一休みしようと思ったら湯飲み茶椀がひとつ足りないいまさらダンボールを開ける気持ちにならずひとりは紅茶茶碗で飲むことになった今晩の予定は衣類のパッキングだ下着以外は全部ダンボールに放り込むつもりだがちょっと間違うと風邪を引くので気をつけなくてはいけないな
2007年12月21日
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23日が家の引き渡し日である。わが家族はすこしづつ引越しの準備を始めた準備をするとはダンボールにパッキングをすることで段ボールが増えれば増えるほど仮住まいのアパート内は空間がなくなるこれ以上やると私たちの居場所さえなくなる6か月前、アパートに引越したときパッキングで一番大変だったのは食器類だっただからアパートでは最低限必要な食器だけを取り出したつもりだそれでも結構な量になってしまったこれらを今ふたたび詰めなおすそして23日以後にふたたび開くことになる引越しとはそういうものだ今回初めてわかった
2007年12月20日
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銀行のATMの前で並んで順番を待つときにこの列の一番前がどこにあるかで待ちやすいところと緊張するところがある列の一番前がATM機械の並んでいる端にあるとどこが空いたか一目瞭然なのだがATM機械が並ぶ真ん中にあると右が空くのか左が空くのか絶えずキョロキョロしなくてはならないちょっとボサッとしていると後ろの人から「あそこが空きましたよ」と声をかけれてしまう真ん中はいたって不親切な場所なのであるこのやりにくさは並んでみればすぐに分かることだがいまだに改良されないのは利用する客の立場に立っていないことと他の使いやすい銀行のやり方を研究していないからだろう利率うんぬんとか、新型商品を開発する前に利用勝手の良さを研究してくれるほうが私たちにとってはずっとありがたいのにと思うこれとは別に、三井住友銀行がATMのまわりに置いている「ちょっと机」は、ちょっとそこにバッグなどを置いてバッグの中を整理し、通帳をしまうときにとても便利だなぜ他の銀行はまねをしないのだろうと思う
2007年12月20日
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今日は朝から事務所を出たり入ったりで席の温まるヒマがない午後6時からまた打合せで出かけたが今日はまだまったく事務処理ができてないのでまた8時過ぎに戻ることになるだろうそう思っていたら戻りは9時半になった打合せ先は三ノ輪で、かなり自宅の近くだったのでそのまま家に帰りたかったしかしふたたび鶯谷の坂を登り、上野公園を通って事務所へ戻る上野広小路界隈は忘年会の雑踏にたいして警官がかなり出ていた戻って顧客先の書類を1件片付けてメールで送った次は明日の訪問先の準備だおそらく11時をまわるだろうからそれで今日は終わりとしよう
2007年12月19日
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日曜日にカーテン屋さんと建築中の現場で打合せをした木枯らしが吹くとても寒い日だった家の中はまだ普請中だから暖房は入っていない、だが寒くない大工さんたちは以前にマツミ工法の家の中で仕事をしていると温かいと言っていた昨日打合せに来たカーテン屋さんはマツミ工法の家を担当するのは初めてだと言うそして、家の中と外の温度差に驚き感動していたこれがマツミの家なのですか仲間から聞いてはいましたがすごいです他の普請中の家と全然違います感動ですと言っていたマツミハウジングの外断熱二重通気工法では家をすっぽり断熱材でくるんでしまうから冬になっても普請場に入ると寒くないその理由がマツミ工法にあることは分かっていたしかし私たちはちょくちょくこの家に足を運んでいてすでにこの家に慣れ始めていただがこのカーテン屋さんのひとことであらためてマツミ工法の良さを確認したこの家は暑くも寒くも無いのである
2007年12月18日
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昨日のテニスは久しぶりに12人集まり、大賑わいとなった。その原因は、荒川テニス連盟主催の試合に出る連中が大挙して押し寄せたからだ。私たちのサークルの中でもこのクラスの連中は試合にいそがしく最近ほとんど顔を見せなくなっていた。かれらが顔を見せなくなったもうひとつの理由は普段私たちのクラスとプレーすることがカッタルイからだろうかれらにとって私たちとゲームをすることにほとんど面白味のないことは私の方でも分かるかれらは来週の日曜にクリスマス・ミックス戦があるというそこで出場するペア同士での練習をしたいのだそうだこれが大挙して現れた原因だった私は試合に出るほどの技術はなく技術を磨くほどの練習時間も取れずだから試合には出ない、という悪循環の状態にある私たちが日曜に練習するテニスコートは2面使えるそこで自然に1面をかれらに練習用に提供する形になった私たち出場予定のない者たちはもう1面でプレーした。AクラスとBクラスに分かれた形になった私はこちらのコートでプレーしながらかれらの練習コートを見て感じるあそこまでプレーできると気持いいだろう私もあそこまで上がりたいでも私は技術的にはまだまだだし本当に今は練習時間が取れない、と思う本当は、仕事にテニスに料理にと、思う存分やってみたいのだがそういう時間が取れていない、いや、作れていないどれもいまひとつで、我ながら歯がゆいこの原因は時間のやりくりが下手だからだそして生来の怠け癖があるから時間管理が下手だなとつくづく思うこういう言い訳をして自分に限界をもうけていることも確かだここを脱皮しないと自己実現はむずかしい
2007年12月17日
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久しぶりでご飯と味噌汁の朝ごはんにした納豆、目玉焼き、お新香を添えて典型的な朝ごはん日曜はこのくらい食べて、昼は軽くするこれからテニスへ行く1時過ぎに戻って工務店とカーテンの打合せがあるそのあと1週間の買出しが控えているのだけれどこれはまだ献立ができていない夕食は近くのレストランへ今日は私たちの結婚記念日だから、多分23回目だと思うちょっと乾杯しようというわけだ
2007年12月16日
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秋葉原の東京都中小企業振興公社で第3期IDE開業実践塾のオリエンテーションを開催した。 新しい顔が並んだ席を見渡すと これから新たなお付き合いが始まる嬉しさそしてすこしの緊張感をおぼえる。 私の説明が進むにつれてうなづきが出たり笑いがこぼれる やがて終わるころにはうっすらと一体感ができあがっている 楽しい2時間があっという間に過ぎた。 来週の土曜も同じ内容でオリエンテーションを行う来週もまた新しい出会いが生まれるだろう
2007年12月15日
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息子が入っている「法政大学管弦楽サークル」のコンサートが、昨日、錦糸町の「墨田トリフォニーホール」で開催された彼は第一バイオリンに属しているこのところ毎日練習していたらしく毎晩12過ぎに帰ってきていた私と家内が聴きに行きたいと言うとそれまであまりいい返事をしなかったのにだまって入場券をくれた曲目はヴェルディ、シベリウス、ショスタコービッチでショスタコービッチは交響曲全曲だったどれも聴いたことのない曲ばかりだった大学のアマチュアオーケストラにしてはよくまとまっていたと思う演奏の終了後、団員たちは感極まってステージ上でおたがいハグをしたり握手をし合っていたその気持ちは分かるような気がする息子は演奏会後オールナイトで打上げだと言っていたがまあいいでしょう「頑張ったね、ゆっくり羽をのばしておいで」と息子の携帯にメールを送り会場を後にした
2007年12月15日
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ひっさしぶりにカラッと晴れ上がったルンルンで日暮里駅から谷中へ上がったらさくら並木はスッテンテンに丸坊主見上げれば、青空へ網を張ったように小枝がのびる上野公園もおんなじ銀杏もかなり散っていていまや落ち葉は銀杏の黄色ばかりフカフカの黄色いじゅうたんの上を歩いてみたいのだがなぜか最近は落ちるそばから掃いてしまうのでつまらないね
2007年12月14日
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昨晩は晩酌をしないで年賀状の宛名書きに徹した、一休みにはお茶とかりんとうでしのいだわれながらじつにエライ!ところで、近頃甘味をさがすようになったもともと甘いものは好きなのだが以前はさがして食べたいというほどではなく出されれば食べるという程度だったでも最近は冷蔵庫や茶箪笥をさがして食べるようになったいまでは家に甘いものがないと寂しい最近、和菓子のセットをもらったどれもこれも上品な餡が使ってあるこういうものは家内も息子も手を出さないから私はとてもリッチな気分だカップ・アイスクリームを食べるとき1個は多くて食べられないので半分にするが、その上にゆであずきを乗せて小倉アイスにするとこの上なくうまいと思ってしまうあずきを特にうまいと感じるようになっている羊羹、ドラ焼、大福、どれをとってもうまいいまや缶詰ゆであずきは常備品である先日、パンケーキを焼いてその上にゆであずきを乗せた一口食べて、これは知っている味だ!とひらめいたいろいろ考えた末、「ドラ焼!」に思い当たった以前に父も義父も甘いものをおいしそうに食べていたのを思い出す私もそういう歳になったということだ
2007年12月14日
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今日は自転車通勤で、と思ったら出掛けに雨が降っていてまた千代田線での通勤になった帰りは10時半に新御茶ノ水のホームへ下りた少しづつ列ができていた電車がホームに滑り込むとやっぱり昨日に続いて混んでいる傘とザックを両手に持つと本が読めないやっぱり、暗い上野公園や谷中を走るほうがずっと気持いいぼさっと乗っている電車は苦痛だ
2007年12月13日
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15日(土)にオリエンテーションを行う予定である。しかし申込が予想したほどに伸びていない。先週の日曜9日にIDE社労士塾の合格祝賀会が行われたこの会場で「 IDE開業実践塾:オリエンテーション案内」と印刷した名刺を100枚くらい配ったしかしそのわりには反応が少ないと感じられる。ひとつには祝賀会の時間が去年よりも時間が短かったこと一次会と二次会の間が空いてしまったこと二次会場が四角い部屋ではなく、細長いスペースだったのでバラバラな雰囲気になってしまったことなどが考えられる去年の場合、名刺は70枚くらいしか配れなかったがその分あちこちで話し込んだ今回はなぜか話し込む雰囲気がなくてただの名刺配りに傾いてしまったという感じがするもうひとつ、去年は説明会の中で参加者の人たちに私がお願いした資料を開いて中身を見てもらっているが今回は帰り際に初めて資料を配られたので、参加者にとって資料の中身への印象がないまだ見ていない可能性もあるいずれにせよあれこれ推察しても、私はもはやなにもできないあとはただひたすら申込ファクスが届くのを待つのみである
2007年12月13日
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昨日は立寄りスタートだったので自転車通勤はお休み電車から眺める王子飛鳥山のもみじがきれいだった事務所へ入ったのは昼過ぎそして夕方も、ちょっと用事で外にでる事務所へ戻るとき運動靴の安売りを見つけた今履いているのが穴の開く寸前なので早速購入した帰りは夜8時半に千代田線に乗るホームにかなり列が出来ているので混んでいるだろうなと思うと、予想を裏切られないおかげで本が読めなかった小川洋子の「博士の愛した数式」を読んでいる彼女の本は初めて読むけっこう凝った表現をする人だなと思うそれにしても千代田線は混みすぎる明日はまた自転車にしよう
2007年12月12日
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事務所訪問は第1期からやっていた。他の開業講座も行われるプログラムのひとつだ事務所訪問はこれまで事務所の主である講師の好意で行われていたというのが実態だろうだから訪問の中身はバラバラで面白いところもあればそれほどでもないところもあったIDE開業実践塾の場合は講師の事務所が個人事務所、自宅事務所、合同事務所と3タイプあったのでちょうどいいから3つとも見てもらおうと思った。最初は私たちも舞台裏をお見せするというあくまでも受講生へのサービスという感じだった。だが事務所訪問は受講生から予想以上に評判がいいなぜだろうと考えた結果事務所こそ受講生の社会保険労務士イメージを作るのにもっとも具体的な空間なのだと気が付いた。それなら、最初に社会保険労務士のイメージへ近づいてもらおうそういう意味で事務所訪問を最初に持ってきたしかもオマケではなく、講座のひとつとしてだ事務所訪問をトピックとして独立させるのではなくカリキュラムの一環として位置付けた上で講座と連携させようというねらいを意識している最初に3つの事務所訪問をしたうえで受講生の中にそれぞれのイメージを膨らませてもらうそのあと各講義でいろいろな話を聴いて各事務所のイメージを思い出してもらうそうすれば、講義そのものがより具体的になるだろうとくに実務の講義ではそれが顕著になると思う事務所訪問は社会保険労務士のイメージを具体化する有効なツールになるはずである
2007年12月12日
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日暮里駅の喧騒を過ぎて谷中の山に上がるともうさくらはほとんど散ってしまいメインストリートのさくら並木は青空がスケスケです。さくら並木が終わり言問い通りを渡って芸大正門前を通り過ぎて上野奏楽堂あたりにくると都会のアキ~!って感じがいっぱいに広がるんですほんの数十メートルなんですが、ここが実にいい。数十秒間、秋をお腹いっぱい吸い込みのんびりとペダルをこいで噴水の脇を抜けます。上野のさくらもほとんど散り終わりさくらの後ろに隠れていた上野権現のモミジが映えます。そこからだらだら坂を走るのにまかせて楽ちん下りのんびり上野広小路へ向かいます。さあ、あと10分で事務所だ
2007年12月11日
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オリエンテーションの準備をしているIDE開業実践塾は今度が3期目である1期目から振り返ると、われながらかなり変ってきたなと思う回を重ねるごとに私の中でイメージが変化する、より深くなる今回のメイン・テーマは「社会保険労務士イメージの構築と構造設計」というところだ13年前、私が社会保険労務士試験に合格した直後「さてこれからどうしよう」というのが正直な気持だった。本屋へ行き、「社会保険労務士開業」というテーマの本を探した。4冊ほど買ってきたが、私の問いに答えてくれた本は1冊もなかった。翌年、ある開業講座へ参加した。各論ではそれぞれにいろいろ学んだ。しかし基本的な、「社会保険労務士とは何か」には充分答えてはくれなかった。合格者が求めているものは何かそれは、社会保険労務士の目指すものはこれ、この方向に進むべき社会保険労務士とはこういうものつまり社会保険労務士というイメージだろうよくスポーツ選手がイメージトレーニングをするという私は最初その意味が分からなかったでも今はすこしだけ分かるように思えるものごとはなんでも最初にイメージが必要なのだイメージがあり、イメージに沿って進むから迷うことなく進めるのであるもしイメージがなければ行ったりきたりするだろうイメージとは「想いの目標」なのである私は受講生のみなさんに、みなさんなりのイメージを持ってもらいたい受講生のみなさんがイメージを作ることが出来たらIDE開業実践塾は成功したと言えるだろう
2007年12月11日
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別に師走になったから気ぜわしいのではなく本当にあれこれと期限をかかえて切羽詰ってきた顧客先の年末調整はほぼ準備完了であるが最後の段階ではじっくり確かめて見直さなければならない今週末の15日に IDE開業実践塾・オリエンテーションを開く22日の2回目のIDE開業実践塾・オリエンテーションは15日のものを再度使いたいが、きっと直したいところが出る有限会社の決算の資料を税理士に渡さなければならない12月の助成金申請が1件あるがこれは今週末までに完了する必要がある1件、新しい給与ソフトでの給与計算依頼が来ているますこのソフトを購入しなければならない来年1月スタートなので12中にこのソフトでのテストをしなければならないその他、細かい申請が数件ある個人的には23日の新居引越しへの準備は今日からかかるつもりだ当分は晩酌なしというのも身体にいいだろうと思う
2007年12月10日
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平成19年12月9日(日)IDE社労士塾の祝賀会に参加した。この祝賀会は私にとって大きな意味がある「IDE開業実践塾」を外に向かって宣伝してないので受講生募集の一大チャンスの場なのである。今春の受講生アンケートから分かったのはIDE社労士塾祝賀会での名刺交換が受講の動機という人が結構いたことである。ここでの名刺交換・挨拶が来期の受講人数に影響すると分かり去年にもまして「IDE開業実践塾紹介」名刺を作って持参した。そして用意した100枚をほとんど配ったが、祝賀会が終わったら拍子抜けしてしまった。帰りの電車は脱力感と疲れとで眠ってしまい危うく降車駅を通り過ぎるところだった。今日は右目の下にアザを残し大きなバンドエイドを貼っての参加となった。5日の夜の泥酔転倒から4日目。翌朝起きて、手も顔もフトンも血だらけなのにびっくりしたものだ。スーツのズボンには摺って穴が開いていた。そのとき思った「この顔で日曜の祝賀会に出るのか」そして予想通り「どうしたんですか?」の連発を受けた。その分印象に残っただろうから、これが本当の怪我の功名かもしれない。さて、月曜から週末15日開催の「IDE開業実践塾:オリエンテーション」の用意だ。オリエンテーションは22日にも開催する。
2007年12月09日
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6日にマツミハウジングから23日の午前10時に家の引渡しをするとの提示があった。そうなると、同日午後から引越しである実質的に今年最後の日曜であり、ここを逃したら年内の引越しはできないと思っていた。そういう意味ではぎりぎりのところでの引渡しである23日・24日を使って引越しを行う予定だ。ということは、明日からの2週間で、この仮住まいをたたむべく明日からパッキングを始めなければならない20日以後は引越し片付けであまり仕事はできないだろうと思っていたが考えてみれば引っ越すための準備も必要なのだこれが抜けていた明日からの2週間は仕事から帰ってからパッキング作業が続くことになるが2週間で終わるだろうかせまい仮住まいで不自由しているつもりでもいろいろな生活小道具を引っ張り出して使っている明日からこれらを全部荷つくりする方向で準備することだそして首尾よく引越しをしたとしても今度はおそらくダンボールの山の中で暮らし始めるのだダンボールの中で正月を迎えることになるだろう。ダンボールの中に何があるのかひとつひとつ確認するそばから忘れて、いったいどこに何があるのかオニゴッコをすることになるのだろう。そうして少なくとも1月いっぱいは片付け作業が続くのだろう引越しとはそういうものだろう
2007年12月08日
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厚生年金制度は「働いていると年金が減る」とか「頑張って働くと年金は全額ストップする」などと言われているが厚生年金の被保険者として厚生年金に加入してないかぎり厚生年金制度の外側でなら他の収入があるかないかは不問であるただし、64歳になるまでは報酬比例部分だけだから、定額部分を加えたフル年金額の半分以下である働きながら厚生年金をもらう方法で考えられるのは、厚生年金に加入していない組織で働くことだ。厚生年金に未加入の組織で働けば、厚生年金の外側に出るから厚生年金は無条件でもらえるしかし組織(法人)は厚生年金に加入義務があるそれでも厚生年金に加入していないのは違法を承知で加入していないか、加入するだけの体力がない組織であるつまり、まともなところではない厚生年金の加入企業で被保険者でなくなれば厚生年金をフルにもらえる。ここに厚生年金と健康保険の加入条件として「一般社員の4分の3未満の労働時間で働く場合は 被保険者にならない」というルールがある。例えば60歳で一度退職をする。引き続いて、嘱託や顧問、契約社員などの名前で、一般社員の労働時間の4分の3未満での労働契約を結ぶ給与はさがるだろうが年金はフルに受給できる会社がこうした条件を承諾すれば働きつつ厚生年金のフルに受給できるこれは違法でも屁理屈でもない、正当な方法であるここで注意:今年60歳になる団塊世代が60歳から受給できるのはフルと言っても「報酬比例部分」だけである「報酬比例部分」だけをフルにもらえるということである被保険者資格を喪失するときは、厚生年金だけを抜けることはできない健康保険も抜けなくてはいけない健康保険を抜けたら、国民健康保険へ加入しなければならない厚生年金から抜けるなら、注意すべき点が2つある1.”国民健康保険へ加入する” または健康保険の”任意継続被保険者”になる2.”奥様は第3号被保険者ではなくなる” 奥様が60歳未満のときは国民年金に加入しなければならない当人が厚生年金を抜けるならこの2点も考慮しなければならない
2007年12月07日
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昨日、したたかに飲んだ。そんなに飲んでいるつもりではなかったが5時半から11時くらいまで飲んだ。ゆっくり飲んだつもりでもこれだけ時間をかければかなり飲んでいる。おいしい日本酒だったので、注がれるままに飲んだ。例によって、帰りは店を出てから家までの記憶はないただ、どこかで転んで体中傷だらけになったおそらく家の近くなのだと思うとくに顔は頬骨のところを大きくすりむいた両手の指も傷だらけでキーボードを打つのがつらいスーツのズボンはすりむいて穴が開いているとても高い転倒になった。「60を過ぎたのだからこういうバカ飲みはやめなさい」と、今朝家内からきつく怒られた。いつも泥酔はやめようと思っているのだが飲むたびに、飲むほどに忘れてしまう家内から叱られる理由はこんな状態で親父狩りに遭ったり、当て逃げされたら取り返しがつかない、というのだまったくその通りである。今回はつぐづく「こんなことしているといつか死んでも不思議じゃない」と思った。本当に、もう深酒はやめなきゃ今日は頬にバンドエイドを貼って客先を訪ねたさっそくお茶を持ってきた女性に「どうなさったんですか」と好奇の目でみられる隠すとロクでもない噂が広がるので正直に話したやがて担当者が現れたとき彼はすべてを知っていたすでに知らない女子社員はいないというあ~あ、自業自得だ
2007年12月06日
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この冬最も寒い朝しっかりと内側にアンコの入ったコートを着て手袋をして出かける谷中のさくら並木はほとんど坊主その上の空が真っ青言問い通りを横切って上野公園に入る芸大の正門を通り、奏楽堂のところに来ると逆光を浴びた木々の黄葉がとてもきれいだ上野のさくら並木もかなり散っていてその後ろのモミジの赤が映える個人的に残念なのはどこも一生懸命に枯れ葉を掃いていること私は落ち葉のじゅうたんの上を歩く(走る)のが好きなんだとくに銀杏の葉の黄色いじゅうたんの上を歩くと心が弾んでくる落ち葉をすこし残しておいてほしいと思う
2007年12月05日
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[昨日からつづく]------------------------------------------------------ ここで奥様のことを考える 奥様の年収入が130万円未満であれば 健康保険では被扶養者になることができた しかし、夫が健康保険を抜けると 奥様も国民健康保険へ加入しなければならない 国民健康保険は市区町村によって保険料が異なるので 一律にいくらになるとはいえないが けっこう高いはずである (この話のつづきは別の機会でする)------------------------------------------------------一般的に、健康保険から国民年金保険へ切り替えると国民年金保険料がとても高くなることが多いと言われるそれは、国民年金保険料が前年の収入に保険料率をかけて算出されるからであるつまり、前年の現役時代の収入を基にして計算されるからだこれを避ける手はあるか場合によっては避けられることがあるそれは健康保険の「任意継続被保険者」になることである「任意継続被保険者」とは健康保険料をこれまでの2倍支払えば、2年間まで健康保険の被保険者でいられる制度である2倍支払うという意味は、これまで会社側が支払っていた分も自分で支払うということである2倍支払ってもメリットある?これは個人的な条件になるが現役時代の給与を基に支払っていた健康保険料の額による単純に2倍支払う健康保険料と国民年金保険料を比較して安いほうへ加入すればいいのであるところで任意継続制度ではたとえば国がやっている健康保険では被保険者が支払っている健康保険料の平均を支払えば良いことになっている国の健康保険だと、現在は30万円の給与が平均となっている現役時代の健康保険料が高くても任意継続制度では平均の保険料を支払えばよいのであるこの、平均保険料と国民年金保険料を比較し安いほうをとることである★★終わりに、大切な諸注意★★国民年金保険料は市区町村で試算してもらって下さい任意継続被保険者は健康保険の資格喪失後20日以内の手続が必要だから要注意!任意継続の健康保険料は前払いが前提で支払を忘れたら、その時点で資格がなくなりますからこれも要注意などなどいろいろな制約があります。詳しくは社会保険事務所で説明を受けてください。もうひとつ注意をこれまで説明した任意継続制度は、国の健康保険の場合です健康保険組合の任意継続制度ではそれぞれの健康保険組合で条件がちがうので上記の条件は当てはまりませんくれぐれもご注意を!
2007年12月04日
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[昨日よりつづく]60歳以後も厚生年金に加入している企業で働いていても厚生年金をフルにもらうためには「一般社員の4分の3未満の労働時間で働く場合は 被保険者にならない」ことに着目する一般社員の4分の3未満の労働時間で働く場合は被保険者身分を喪失することができるするともう厚生年金の被保険者ではないから年金をフルに受給する資格が出る一方でもし厚生年金から抜けるなら、注意すべき点が2つあるとても重要なことだからしっかり確認してほしい1.”国民健康保険へ加入する” 被保険者資格を喪失するときは、 厚生年金だけを抜けることはできない 健康保険も抜けなくてはいけない 厚生年金と健康保険はセットになっていて 切り離すことができないからだ 厚生年金を抜けるなら 健康保険も抜けなければいけないのである 健康保険を抜けたら、 国民健康保険へ加入しなければならない ここで奥様のことを考える 奥様の年収入が130万円未満であれば 健康保険では被扶養者になることができた しかし、夫が健康保険を抜けると 奥様も国民健康保険へ加入しなければならない 国民健康保険は市区町村によって保険料が異なるので 一律にいくらになるとはいえないが けっこう高いはずである (この話のつづきは別の機会でする) 2.”奥様は第3号被保険者ではなくなる” 当人が厚生年金の被保険者であるとき 奥様の年収入が130万円未満であれば 奥様は国民年金の第3号被保険者になり 国民年金保険料を支払わずにすんだ しかし、当人が厚生年金を抜けたとき 奥様がまだ60歳未満であるなら 奥様は第3号被保険者の資格がなくなり 奥様は国民年金保険料を支払わねばならない これもあらたな負担となるだろう 以上のように当人が厚生年金を抜けるならこの2点も考慮しなければならない働きながら厚生年金をフルにもらうにはいろいろなことを検討する必要があり簡単には行かないのである
2007年12月03日
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=働きながらフルに厚生年金をもらう-3=老齢厚生年金は、60歳から支給されることになっているしかし60歳以後も厚生年金の被保険者である場合は支給制限がある言い換えると60歳以後も厚生年金に加入している企業で働く場合支給額は一部または全額が支給停止になってしまうだから60歳以後も働く人は「どうせもらえないから」と言って、60歳になっても年金請求をしない人がいる「60歳で年金請求をすると損をする」と思っている人もいるこれは国民年金を60歳から請求する場合である国民年金を60歳で請求するとだいたい損をするのであるしかし厚生年金は60歳で請求しても損をすることは全くないだが「損をする、しない」の話はここでこれ以上触れない話を戻すと、今回のテーマは60歳以後も厚生年金に加入している企業で働く場合に年金をフルにもらうこと、である冒頭の説明で「60歳以後も厚生年金の被保険者である場合支給額は一部または全額が支給停止になってしまう」と言ったそれならば「60歳以後も厚生年金に加入している企業で働く場合」に厚生年金の被保険者でなくなればどうだろうこの場合は厚生年金をフルにもらえるのである。厚生年金と健康保険の加入条件として「一般社員の4分の3未満の労働時間で働く場合は被保険者にならない」というルールがある。これは法律ではないが社会保険事務所で実際に行われている実際には4分の3ぎりぎりで働くと、社会保険事務所から「入りなさい」と言われるそこで4分の3をあきらかに下回る労働時間であれば被保険者身分を喪失することができるするともう厚生年金の被保険者ではないから年金をフルに受給する資格が出るのである現実にはどうやればいいか例えば60歳で一度退職をする引き続いて、嘱託や顧問、契約社員などの名前で、一般社員の労働時間の4分の3未満での労働契約を結ぶ給与はさがるだろうが年金はフルに受給できる会社がこうした条件を承諾すれば働きつつ厚生年金のフルに受給できるのであるこれは違法でも屁理屈でもない、正当な方法である注意:今年60歳になる団塊世代が60歳から受給できるのはフルと言っても「報酬比例部分」だけである「報酬比例部分」だけをフルにもらえるということである(更なる注意が明日につづく)
2007年12月02日
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11月28日付けの下の部分について考える-----------------------------------------------------------厚生年金制度は「働いていると年金が減る」とか「頑張って働くと年金は全額ストップする」などと言われているが厚生年金の被保険者として厚生年金に加入してないかぎり厚生年金制度の外側で他の収入があるかないかは不問である-----------------------------------------------------------社会保険労務士はほとんどの場合個人事業なのですでに厚生年金制度の外側で働いているそこで、かつて企業に勤めていた者が、社会保険労務士になって独立し、60歳になった場合60歳から無条件で厚生年金が支給されるただし、今年60歳になった者は定額部分が64歳までストップしているので、もらえるのは報酬比例部分だけだ。他にも厚生年金をフルにもらいながら働く方法としては役人や私学の教師になるという方法がある公務員や私学の教師は厚生年金に加入しないからだつまり厚生年金の代わりに国家公務員共済、地方公務員共済、私学共済などに加入して勤めることが考えられるしかし現実に、60歳から公務員になったり私立学校の教師になるのは極めて稀だろう理屈では考えられるが現実的ではない他に働きながら厚生年金をもらう方法で考えられるのは、厚生年金に加入している組織で働ことだ。厚生年金に未加入の組織で働けば、厚生年金は無条件でもらえるしかし組織(法人)は厚生年金に加入義務があるそれでも厚生年金に加入していないのは違法を承知で加入していないか、加入するだけの体力がない組織であるつまり、まともなところではないだから、まともに厚生年金を貰いながらまともに働いきたいのなら組織に属さず個人で働くのが現実的な選択である独立して個人で仕事をすることだ。
2007年12月01日
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