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新型コロナウイルスの存在が報道されて約2か月、そしてあのクルーズ船騒ぎが起こったのが1月21日である。その後1月31日からは、日本中でマスク不足現象が巻き起こり始める。さらには高額でのマスク転売人が勃発する状況が続く。 そんな中、2月12日に菅官房長官が、日本国内でもマスクが不足していることに関し「官民連携して品切れ緩和に取り組んでいる」とした上で「来週以降、毎週1億枚以上の供給が開始できる」と述べている。ところがその来週どころか、2週間以上経過した現時点においても、ほとんどマスクは市場に供給されていないのだ。 共働きをしている娘の家で全くマスクが手に入らず困惑していると聞き、孫のために早起きしてここ1週間マスク買いに走ることを決心した。まず一番近いドラックストアKへ、開店前だが既に20人近く並んでいる。「本日はマスクの入荷はありません」とドアに張り紙がしてあるのに、諦めきれない人々が未練がましく並んでいるようだ。 私はすぐに諦めて、別のドラッグストアWへ向かった。ここでも20人近くの人々が並んでいたのだが、特に張り紙はしていない。もしかすると入荷しているのかもしれないと思って、開店まで約15分間寒空の下で行列に加わった。 9時ぴったりにドアが開くと同時に、行列していた人々がどっと店の中に乱入して行った。私が入り口近くで立っている従業員に「マスクの入荷はあったの」と聞くと、従業員は首を横に振るばかり・・・。すると先ほど乱入した人々ががっかりしながら戻って来るではないか。 「なんだ入荷していないのなら、張り紙するか開店前に未入荷であることを教えてくれてもいいじゃないか!」ブツブツ文句を言いながら全員が手ぶらで帰り始める。私は一度家に戻ってから、今度は10時開店のS薬局へ向かった。だが残念ながらここも「本日未入荷」の張り紙が痛々しい。 こんなことを3日間続けたのち、4日目は少し遠いが今まで行っていないTドラッグストアにも行ってみた。ただ先にドラックストアKとWの様子を覗いてから行ったため、Tドラッグストアに到着したときは開店時間の9時を1分ばかり経過してしまった。 なんとこのTドラッグストアには、マスクの入荷があったのだが、私が入店したときは「たった今売り切れました」という悲しい状況。もしドラックストアKとWに行かず、ここに直行していれば買えたかもしれないのだ。悔しくて堪らない。 その次の日である。さすがに昨日入荷したTドラッグストアには入荷しないだろうと考えて、ドラックストアKの未入荷を確認したうえでドラックストアWへ向かった。するとなんと100台以上とめられる駐車場がほぼ満杯。そして店の前と言うより周囲に200人近くの大行列が出来ている。 これでは例え入荷していても買えるはずがないだろう、そう考えて帰りかけたのだが、何となくひらめくものを感じた。そこでなんとか隅のほうの駐車スペースに車をねじり込んで行列に加わった。 やがて開店時間になり、前列の人々がドアの中に吸い込まれていった。私が入口まで辿り着くまでには少々時間がかかったが、早くもマスクらしき箱の入ったビニール袋を下げた人たちが、ちらほらと戻って来るではないか。「オーッ!今日は入荷したんだ!」だが果たして私の番が回ってくるまで在庫があるだろうか。まあいずれにせよ、こまで来たらまず中に入るしかないか。 やっとのことで店内に入ると、「おひとり様一箱」と表示された大きな段ボールが4箱広げられていた。残りはあと20個程度ある。「ヤッター!」と雄叫びをあげて、マスクの入った小箱をひとつ拾い上げてレジに向かった。胸がドキドキまるで初恋の人を射止めたように嬉しくて堪らない。 普段は20人程度の行列だったのに、あれだけ行列していたということは、きっと店員から知り合いに入荷情報が洩れて、それがSNSなどにより拡散してしまったのだろうか。いずれにせよ私のひらめきが正しかったのである。 だが一箱だけでは足りないので、今度は10時開店のS薬局へ向かった。ここはスーパーマーケットと一体化していて、巨大な駐車スペースがあるのだが、開店前にも拘らず駐車場には物々しい雰囲気が漂っている。ギャア!なんとS薬局とスーパーを取り巻くように300人以上の人々の大行列がとぐろを巻いているではないか。 そしてその行列場所は日陰になっていて、じっと立っていると寒さに凍えてしまいそうだ。だが前列の人は、早朝から2時間以上並んでいるらしい。予防のためのマスクを買うために老人が凍死!あるいは大行列の中でコロナウイルスに感染!てなことになりはしないだろうか・・・。 そんな状況に配慮したのか、開店10分前に店員が出てきて「ここまでの人より後ろの人は買えません!」と大声で叫んだ。それを聞いて行列の真ん中あたりから、次第に列がばらけてしまい、私も諦めて帰宅することになった。 さてその次の日のことである。いままで一度も入荷のなかったドラックストアKに行くと、駐車場は満杯で200人以上の人が大行列を作っているではないか。これはもしかするとまたしても入荷情報が漏れたのだろうと考え、駐車場脇に無理矢理車をねじ込んで行列に参加した。 予想通りマスクは入荷していたのだが、残念ながら私よりだいぶ前列の人までで完売していた。それで今日はマスクは諦めて、トイレットペーパーとティシュペーパーのコーナーへ走った。ところがこのコーナーは狭い通路の中にあるため、まるで満員電車さながらの大混雑で、あっという間に全ての棚が空っぽになってしまったのだ。 マスク騒動が終わらないというのに、今度はトイレットペーパーとティシュペーパーの買占めが始まったようである。ところが製紙会社ではマスクとトイレットペーパーやティシュペーパーは、材料が異なるので関連性はなく生産も順調だから心配するなというのだ。 もしかするとマスクをネットで高価転売している非常識な人々が、二匹目のどじょうを狙ってあらぬ噂を垂れ流しているのかもしれない。とは言ってもやはり生活必需品がなくなると困るので、我々もついつい踊らされてしまうのである。だがこれだけではない。第三段は米が品薄、その次はカップ麺と冷凍食品のようだ・・・。 やっとコロナウイルスの検査体制が少しだけ整備されはじめ、賛否はあるにしても学校・会社・行事の自粛などの大胆な政策が打ち出されたところである。だが、たかがマスクひとつでこれだけ大騒ぎし、ひいてはその他の生活必需品の買占めにまで膨れ上がってしまった現状に、ほとんどなすすべを持たない日本政府とは、一体どのような人たちの集まりなのだろうか。早く何とかしないと現政権の終焉になるかもしれない。作:蔵研人※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.02.29
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ハアハアと息を弾ませランニング 誰も彼もがマスク人なり薬屋に今日も朝から並んでる だけどマスクは売り切れ中だ作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.02.25
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小学校4年生になると、ローマ字の授業が始まった。まずアルファベットから習う。ひろし君は、急に英語を覚えたようで、初めはなんとなく楽しかった。だがいい加減に授業を聞いていたつけが回り、だんだん理解できなくなってしまった。 家に帰って両親に聞いても、「俺らは学歴がないから英語は分からない」と尻込みされてしまう。挙句の果てに「お婆ちゃんちの喜三郎に教えてもらえ」と逃げられてしまった。 喜三郎とは、祖母たねの住んでいる実家で新婚生活を送っている父・紘一郎の末弟である。彼は学力優秀だったので、紘一郎が働いて高校にまで行かせてやった。だが会社では大卒の陰に隠れてしまい、未だに大学に行けなかったことに不満を持っているのだと、母みつ子がぼやいていたのを聞いたことがある。 だがひろし君にとっては、いろいろなことを知っている叔父さんであり、彼と話をするのは楽しみであった。それでさっそく次の日曜日に、ローマ字の教科書を携えて、たねの住んでいる代田橋まで自転車を走らせた。 ところが残念ながら喜三郎は、決算のため忙しくて休日出勤をしていたのである。がっかりしているひろし君に、たねが「二階に喜三郎のお嫁さんがいるから、彼女に聞けば教えてくれるかもしれないよ」と言うのだ。 それを聞いたひろし君は、急いで階段を駆け上がり、いきなり二階の部屋の扉を開けた。その瞬間、嫁の妙子が「キャッ」と言う声をあげて、開いていた胸に手を当てていた。 そう妙子は産まれたばかりの赤ちゃんに、母乳をあげていたのである。それでおっぱいをひろし君に見られて恥かしかったのだ。だがひろし君は全く意に介さない。当時は電車の中で母乳をあげているお母さんは大勢いたし、母親のみつ子も近所のおばさんたちも、子供におっぱいを見られても全く気にしていなかった。ところが妙子はまだ若くて、ひろし君の知っているおばさんたちとは世代が違っていたのである。 だがおっぱいには全く興味のなさそうなひろし君を見て、いつの間にか妙子も気にせず胸を開いていた。そして授乳している娘を「可愛いね!」と褒めてくれたひろし君が急に可愛い弟のようにみえたようだ。「ひろちゃん今日はどうしたの?」「うん、喜三郎叔父さんにローマ字を教えてもらいたくて来たんだけど、叔父さんはお仕事みたいだね」「じゃあ私でよかったら教えてあげましょうか?」 と言うことになって、ひろし君は妙子からローマ字の基本的な考え方を教えてもらうことになった。彼女の教え方は懇切丁寧で分かり易く楽しかった。またローマ字は英語ではなく日本語に近く、基本さえ理解すれば意外と易しかった。だからその後ローマ字はひろし君の得意科目になってしまったくらいである。 さて夕方になると喜三郎叔父さんが帰ってきて、テレビニュースの『皇太子ご成婚パレード』を見ながら、「俺と妙子のほうがずっとかっこいいだろう?」と笑いながらひろし君に尋ねたものだ。確かに日本人離れして彫りの深い叔父と、あの優しい妙子さんはお似合いのカップルかもしれない、とひろし君は頷かざるを得なかった。作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.02.21
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家の前 通り過ぎてく宅急便 来るはずもなく期待するアホ郵便のバイクが去りてポスト見て便り来るのは役所の通知小雀が何を食べるか つんつんつん まだ春遠い花のない庭作:深田 みつこ※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.02.17
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ダメ詰まり勝ったつもりが負け戦人柄の良いのは褒めるが詰め甘し定石の手順忘れた古希おやじ作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.02.13
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議論せず反対だけの野党たち、それじゃ未来は何も変わらず武漢から見えない悪魔が飛んできて人のこころを狂わせる日々作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.02.09
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山の木々の葉はすっかり落ちて、寒々しい空が透けて見える。 両親を見守る人、家を守る人、田畑を守る人、土地の繋がりを大切にする人たちが田舎に残って生活している。育ててくれた町を捨て、過去を捨て、親を捨て,友を捨て、都会に行ってしまう、自分は幸せになろうと、自分の夢を叶えようと都会に行ってしまうような残酷な人は残ってないのだ。 山里の暮しが穏やかな理由は 穏やかな人、優しい人が残っているという理由もあるのだ。山里の暮しは人と人がゆったりとみんな繋がっている。 道で出会う人で、知らぬ人はめったにいない、すれ違えば「こんにちは、」「こんにちは」と、自然に挨拶する、挨拶しない人は余所者なのです。 住んでいる人が少ないので、あの人と気が合わないから避ける、なんてことはできない。狭い範囲なので、親戚じゃなくとも、誰もが誰かとどこかで繋がっている。 スーパーへ行っても、病院に行っても、公民館で習いごとをしても、囲碁をしても、散歩をしても、みんな何処かで繋がっている。みんなの顔が見えているが若い人の顔には滅多に出会わない。 65歳以上の高齢化率が30%を超えているのも、山里の町では当たり前で3人に1人は高齢者だ。肉体は、健康に気を使い、栄養のある食事をし、医療、医学の進歩等のお陰様で毎年のように寿命が伸びていて、100歳寿命も、もうそこまで来て、長寿大国で暮らす夢は叶えられたような気もするのだが、問題は、肩や腰膝眼耳内臓も衰えるのだが、脳の衰えである。 65歳以上の高齢者の約5人に1人は認知症になる確率で、85歳以上では半分以上が認知症になり、90歳以上の高齢者の7割は認知症になるということです。こわぁ~~い、、認知症の最も大きなリスクは加齢で、年を取れば取るほどリスクは大きくなる。これは避けることができない。いくら、警戒しても、予防しても、どうも、脳の修繕はそう簡単にはいかないらしく、認知症を治す薬は今のところないらしい。 いつも元気そうに散歩していた川向こうの三郎さん、つい三年前までは、山仕事をしていて、地域の役員もやっていて、気さくな人だったのだが、 ~この頃姿を見ないわねえ、どうしたのかな、病気でもしたんのかな~ ~ああ、三郎さんね、物忘れがひどくなって、散歩に出ると自分の家がわからなくなってしまうのだって、免許も返納してこの頃は散歩には義男さんがつきあってるのよ、それに週に二回はあそこのほら、ゆりかご園のデイケアーに通ってるのよ、~ あのおしゃべりな山崎さんが、囲碁仲間の鈴木さんが、カラオケ上手の山田さんが、釣り名人の渡辺さんが呆けてきている。 高橋さんは元教師で、地域の公民館で”死ぬまで元気”の講座を開いていたんだが、呆けてしまって、今では何を言ってるのかわからない。すごい確率で痴呆症になっている人が周りに出現してきている。 都会では他人の顔が見えない分、身の回りにいる”呆けたひと””が気にならないだろうが、人口が少なく、高齢化の山里で暮らしていると、住んでいる人の顔が見えている分、呆けてくる人をみんな知っていて、手助けしている。 長生きすればするほど認知症になる確率は高まってくる。脳が壊れる病気なので、腰が痛むように、気を付けても、努力してもなる人は痴呆症にはなってしまう。呆ける時には呆けるのだ、まだ、自分にはその心配はないと思っている人は、~人はいつか必ず死ぬ~、だが自分が死ぬという実感をつかめない人と同じだ。 長生きしたい人は、~私は長生きして認知症になるぞ!~と、宣言しましょう。 いいえ、なりたくてなるんじゃないが、なりたくなくてもなるのが認知症、その確率は生きれば生きるほど高いのですから、認知症宣言はすべきなのです。雨風凌いで、七転び八起き、重き荷を背負い、人生歩んで最後に辿り着いたら、そこは認知症の世界、、。 私も生きている限り、やがてはそうなるのだろう。 とにかく寿命が伸びて、あちこちが痛んで、医者通いして、体の方は、誤魔化してはいるが、脳味噌の方だって腐りかけていくのだ。だが、特効薬がない。ボケ防止の運動や頭の体操をしていれば呆けないということでもないらしい。気をつけていても加齢による病気なのだから諦めるしかなさそうだ。 そんな呆けの恐怖を感じているのが山里の町だ、呆けていく隣人の姿がはっきり見えてしまうのだ。ああ、この頃は怖いのです。見なくてもよいものが見えてしまう、田舎暮らしの怖さはこんなところにもあったのです。作:下肥 流行※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.02.04
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