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うつむいて寂しさ耐えるかたくり花 むらさき頭巾が風にふるえる柔らかき蒼き新芽の暖かさ 吉野の桜(はな)も弥生までかな作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.03.30
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手をつなぎ何度見れるかこの桜(はな)を暖かきかな孫の手のひら梅林でハモニカを吹く老紳士、少女にせがまれ心が弾む作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.03.25
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休校で孫が我が家に入り浸り今日も明日もゲーム三昧行列しやっとマスクとめぐり逢い胸がときめく初恋のごと作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.03.19
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アメリカンドリーム 12月29日が。田窪町役場の仕事納めで、赤屋根の仕事も終わりだった。一日470円、五日間で2350円のバイト代を貰った。正雄にとっては人生はじめての給料であり、はじめての大金でもあった。ポケットに入れた給料の入った封筒を落としはしないかと心配し、何回もズボンの上から何度も触って確かめていた。 このお金で、あのギターが買えるんだ。まだ、ギターに触ったこともないのに、もう、心はプレスリーになった気持ちだった。 その日は早めに仕事も終わり、後片付けをしてから、会議と打ち上げの宴会が開かれた。赤屋根の庭で、ドラム缶のストーブが炊かれ、その周りに作業員が集まり、主任の橋本さんから、挨拶があった。 正雄はそこで、驚くことを聞いたのだ。この赤屋根の作業所は年内、つまり今日で終了するということだった。来年から、ごみの収集は町の専門の清掃業者に委託されることになったのだ。だが、主任の橋本さん、源さんを除いて他の人はみんな、新しい清掃業者に雇われて働くことになっていた。 一升瓶から日本酒が茶碗に注がれ、乾杯をした。正雄と、高校生の義男と良一、そして、大学生の健治にはコカ・コーラの瓶が配られた。正雄ははじめて口にするコカ・コーラだった。 雑誌で見た憧れのコカ・コーラだった。薬品臭い臭いがつんと来たが、アメリカの味がした。いい気分だった。「おいっ、正雄、Hound Dogやれ!」 正雄は六さんの作ってくれた擬ギターでプレスリーの真似をして腰を揺すって、Hound Dogを唄った。 やんやの喝采を浴びた。 赤屋根の人たちと、働いたのは五日間だったが、正雄にとっては筋肉痛にもなり、体がごみ臭くもなったが、赤屋根で働く世界を覗いたことで、一年間にも相当する貴重な体験をし、急に大人になったような気がしていた。 まだ、ドラム缶からは炎がもえていて、赤屋根のひとたちは酒を呑んで赤い顔をして、賑やかに話していたが、正雄は六さんの作ってくれた赤いギターを抱えて帰路に着いた。黒金屋質店はもう閉まっていたが、ウインドウーにはギターが飾られていた。明日は自分のものになるんだ、という嬉しさがこみあげてきた。 家に帰ると、アルバイトの疲れがどっと出た。「おかえり、ご苦労だったね、見せてごらん、アルバイト代」ご機嫌な母は正雄の貰った封筒の中身を見ると「えらいねえ、よくかせいだね、とおさん、正雄がねアルバイトしてほら、二千円も貰ってきたんだよ、えらいねえ」「母さん、そのお金は僕がギターを買うお金なんだよ、そのためにアルバイトしたんだ」「そんなことはわかっているよ正雄、でもね、正雄、明後日は大晦日、その次は正月なんだよ、父さんにも雑煮くらいは食べさせたいんだよ、それにね、幸子がね、学校に履いていく靴がないって泣いてるんだよ、正雄、ギターはいつか、きっと母さんが買ってあげるからね、今は、こらえてねえ、、」 師走の夜の空気は冷たかった。チキショウ、チキショウと、べそをかきながら、正雄は松明神社の境内に来ていた。 わああぁあと喚いてから、六さんの作ってくれた赤い擬ギターを抱え、腰を振って、思い切り大きな声で、プレスリーのHound Dogを唄った。 別に大したヤツじゃない 所詮ただの猟犬で 年がら年中吠えてるだけの その程度の野郎だろ 狩りに使う犬と同じで 辺り構わず吠えているけど そんなんじゃ 獲物のウサギは捕まらないぜ お前なんか知らないね プレスリーだって極貧から上り詰めたんだ。俺にだってアメリカンドリームはくるさ。こんなことで負けてたまるか、赤い擬ギターに正雄の涙がこぼれ、涙の染みが拡がっていった。 あれから五年後、六さんは、すでにごみ集めの仕事から引退して、のんびりと、炬燵に入って年末の音楽番組を見ていた。テレビの画面の中で腰を振って唄っているロックンロールの男”M”が正雄だったことに、気づいて、にやっと笑った。(終わり)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.03.15
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ごみを集めて何処へいく、 田窪町役場の清掃課の赤屋根の小屋を出発し、正雄たち作業員は、ごみ収集のトラックにぶら下がるようにして、移動しながら、ごみを収集する。作業は結構きつかった。 今の時代のように、ごみが分別されているわけでもなく、ごちゃごちゃにごみ箱に入っていて、ごみ箱の横にも入りきらないごみが溢れて置かれていた。 トラックの荷台に山岸さん立っていて、そこから ごみ収集の作業員に指示をした。作業員は、せっせっとごみを笊にかき集めては荷台の山岸さんに渡す、山岸さんは、そのごみの中から、素早く、段ボールや、瓶、缶、鉄などの、資源になるごみやまだ使えそうないいものを振り分け、それぞれの箱に分別していた。 同じごみでも、食堂のごみ箱や病院のごみ箱はべっとりとしていて、汚くて、臭くて、気持ち悪かった。正雄が手を出すのを躊躇っていると、横から六さんがきて、ニコッと笑い、嫌がらずに助けてくれた。 年の暮れのごみ収集でごみ箱を片付けると、奥様らしき人が出てきて、「ご苦労様と」といって、煙草をくれることが多かった。あの頃の心づけは煙草がほとんどだったのだ。 午前のごみ集めが終わって、赤屋根の作業所に戻ると、資源になるごみを降ろし、区分けされた場所に移した。 「おい、正雄、これから、焼却場に行くけど、一緒に行くかい」 「ハイッ、行ってみたいです」 六さんに誘われ、正雄は吉田のおっちゃんの運転するトラックに三人で乗って、青梅街道から林の中の奥の方にある、焼却場に着いた。 焼却場の床に大きな穴が開いていてその下ではごうごうと炎を上げてごみが燃えていた。 トラックの荷台が傾き、ごみは焼却場の床の下へ吸い込まれていき、あっという間に炎にくるまれた。ものすごい火勢が目に焼き付いた。怖い景色がコンクリートの床下で燃えていた。 午後の収集が終わると、資源ごみを分けた箱をトラックに積んで、業者に持ち込んだ。山岸さんの手で仕分けされた資源ごみを売った金は作業員の余禄で、みんなで平等に分配された。主任の橋本さんもそのことには目を瞑っているようだった。 正雄たちアルバイトも、お裾分けで百円貰い、煙草も一箱貰った。嬉しかった。みんなにせかされて、貰ったたばこを一本吸ってみた。ごほんごほん、咳が出た、苦しい、こんなものどうして、旨いと吸うのだろうと思った。赤屋根の人たちは全員が煙草を吸うので、正雄をみて、「子供だからな」と、笑っていた。 ロックンローラーはみんな煙草を口にくわえてるし、正雄も大人になる前に、煙草を吸えるようにならなければ格好がつかないと思った。 正雄はアルバイトが一日終わるたびに日当の470円を頭の中で足し算していた。あと、三日、あと二日でギターが買える。 正雄はアルバイトの行きに帰りに、黒金屋質屋のウインドウーに飾られたギターを眺めていたが、売れてしまわないかと気が気でなかった。 (つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.03.12
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赤屋根の人 正雄は終業式が終わった翌日から、田窪町役場の裏にある、赤いトタン屋根の清掃課のプレハブ小屋へ通った。町役場の裏の敷地内にその建物はあったが、明らかに、立派な建物の町役場とは一線が敷かれていた。町役場の人も近所の人もその建物で働く作業員のことを赤屋根の人と呼んでいた。 小屋には石炭ストーブが炊かれていて、作業員は仕事着に着替えると、出発まで体を温めていた。正雄を面接して採用してくれたのは主任の橋本さんで、町役場と赤屋根を行ったりきたりして、繋いでいた。主任の橋本さんには町役場の中にも机があるようで、ごみ収集には出なかった。 源さんは戦争で親爺を喪って以来、反戦主義の男で、デモに行かねえかとビラを手渡し、仲間を誘うが、誰も返事をしなかった。山岸さんは、現場責任者だったが、いつも、自分たちは差別されていると、不満を言い、怒っていた。俺たちは一生這い上がれないんだ、町役場の連中、俺たちのことを”赤屋根のごみ”と呼んでるらしいな。 少年院上がりの良一は、もう、警察の世話になるようなことはしねえが、好きなことをやって生きていくさと、仕事が終わると毎日遊びに出かけていた。吉田のおっちゃんは淡々としていた。世の中、成るようにしかならねえよ、誰に文句をいってもしょうがねえ、食って生きてけるだけでも儲けもの、、、ギャンブル好きの亀沢さん、競馬、競艇、競輪、麻雀、女より酒より,賭け事が好きで、身を持ち崩しちまって、ここへ流れてきたらしい。まだ、ギャンブルをやっている。人の良さそな六さんはなにかと、正雄の面倒を見てくれた。「おい、ぼうず、アルバイトして、金稼いで何に使うんだい?」「ギターが欲しいんだ、」「ほう、古賀メロデイーかい、それとも、三波春夫か、美空ひばりか?」「ちがうわい、プレスリーだよ、ロックンロールだよ!」「なんだそりゃぁ、アメリカの不良音楽か?」年寄りにには正雄のすきなアメリカンポップスは通用しそうにもないと思ったが、翌日、六さんは、ごみ箱から拾った、テーブルの板をギターの格好に切り抜き、針金をギターの弦のように張り、ペンキで赤く塗った模倣のギターを作ってくれた。プレスリーの弾いているギターとよく似ていてかっこよかった。「六さん、ありがとう、、」正雄はその擬ギターが気に入った、その六さんのギターで腰を振って、ロックンロールの真似事をした。赤屋根の人たちはそれを面白がって、正雄をかまった。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.03.08
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正雄とプレスリー 正雄の父は焼き芋の屋台を引いて、家族六人を養っていたが、交通事故で足が不自由になってから、家に引き籠り、”しんせい”という煙草をもくもく吸って、夕暮れになると一升瓶を抱えては酔っぱらっていた。 母が朝は牛乳配達をし、昼は工場の食堂で仕事をして、かすかすでなんとか食いつないでいた。兄の隆夫は呉服屋へ奉公に出て、姉の道子は繊維工場で働き、兄弟は中卒で働いていた。妹の幸子は小学校六年生、正雄は中三で、昼の高校進学は無理だが、夜学の都立の商業高校へ行きたいと思っていた。 そんな正雄の唯一の楽しい時間は、ラジオから流れてくるアメリカンポップスだった。英語も解らず、歌詞の意味も理解できなかったが、その音楽は正雄にとって、耳障りのよい旋律で、自由と夢のアメリカへの憧憬をかきたててくれ、現実の暮しから目を背けることのできる貴重な時間だった。 そのなかでも、極貧の幼少時代からスーパースターに上り詰めたアメリカンドリームの象徴でもあった、プレスリーに痺(しび)れていた。音楽に合わせ、棒っ切れでドラムを叩く真似をし、箒(ほうき)のギターを弾き、プレスリーのHound Dogを唄った。 正雄が中学校へ通う田窪駅前の楽器屋のウインドウにはは6000円もするギターが並んでいたが、青梅街道にある、黒金屋質屋には、同じようなギターが千五百円で売られていた。 正雄はギターが欲しかった。プレスリーのように、自分がギターを弾いて唄っている夢まで見た。そんな時、冬休みに入る前に偶然に見つけた張り紙が田窪町役場のアルバイトを募集広告だった。 正雄は応募した。仕事をして、金を貯めて、何としてもギターが欲しかったのだ。一日470円の日当だった。毎日働けば、アルバイト代の一部を母に渡しても、ギターが買える計算だった。 仕事は年の暮れに町に溢れるごみ集めだった。町の各所に赤い蓋のついたごみ箱があり、ごみ箱の中に、ごみを入れるのだが、暮れになるとどの家も大掃除をし、余分なものを捨てるので、ごみ箱は溢れ、ごみ箱の横にも、壊れた鍋ややかん、障子や、木っ端、新聞紙などが置かれていた。年の暮れは特にごみが多く出るので、ごみ収集に手が回らずアルバイトを雇うのだった。 だが、ごみ集めのアルバイトはやる人が少なかった。高校生の義男と良一、そして、大学生の健治しかまだ確保できなくて、面接した主任の橋本さんは、アルバイトの獲得に困っていた。「君はまだ中学生だろう、?ほんとは雇えないのだが、君は体が大きいから、高校生にみえるだろう、誰かに聞かれたら、高校生だというんだよ、、」という、ことで、正雄は田窪町役場の清掃課でごみ収集のアルバイトをすることになったのである。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.03.04
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