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わさわさと群生してる花菖蒲 虹の雫が心に届く坂道で息を切らせてひと休み炎天避けるどくだみの花作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.06.28
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もし俺が、プロレスラーの様に頑丈な体と強さを持っていたら、生意気な悪ガキをぶん殴り、不法な輩には問答無用の鉄拳を下し、怪我を負わせ、警察沙汰なっていただろうな、悪も見て見ぬふり、隠れて救われている怯弱な自分が生き残っている、 もし俺が、二枚目で立派な逸物をぶら下げていたら、俳優や歌手やお笑い芸人のように、みさかいもなく、女に手を出し、浮気、不倫の淫乱百貨店になって、大騒ぎしたかもしれねえな、萎れた股間のお陰で、幸せに暮らせているのかもしれない。 もし俺が、 頭脳明晰、天賦の才能の英才だったら、富も地位も美女も手に入れ、優越感に浸り、他人を馬鹿にし、差別していただろうな、いくら頑張って勉強しても並みの自分は差別されても差別はしない。 もし俺が、 コロナに罹かり、陰性になって、免疫を持ったら、この世は天国、パチンコ、カラオケ、キャバクラ、遊園地、連日大騒ぎできるぞ、おいっ、それより、仕事がねえんだろうが、先立つものがなければ、どこにもいけない、やっぱり自粛自粛がお似合いですよ。 もし俺にスーパーマンのような超能力が備わっていたら、もし俺に死ぬことのない不死身の命が授かっていたら、もし俺に他人の心が読めたなら、もし俺が酒を呑んでも酔わなかったら、 もし俺が、、、、もし俺が、、叶わぬ”もし”を弄(いじく)って日が暮れる。所詮、今いるところが丁度いい、自分に似合いの居場所だったんですね。 作:下肥 流行※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.06.25
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池の淵、風に漂う笛の音が もの悲しげに心に沁みるひらひらとキアシドクガの大群舞ミズキ林に雪が舞うごと作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.06.21
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2020.06.18
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年々姿を消しつつある銭湯だが、ひろし君たちは「お風呂屋さん」と呼んでいた。当時の入浴料は大人16円、中人12円、小人6円であった。ちなみに大人とは中学生以上、中人は小学生、小人は未就学児童のことである。 当時は風呂付の家に住んでいる人は少なく、家族全員がお風呂屋さんに通っていたのだが、ラーメン40円に比べるとかなり安い入浴料であった。ただ風呂上りに飲む牛乳代が13円で、こちらのほうが痛い出費だったのかもしれない。 もちろん駅前の狭い土地に、店と工場をギリギリ建てているひろし君の家にも風呂などあるはずもない。ひろし君たちは、歩いて5分くらいの場所にある「梅の湯」に通っていた。下駄箱から左右男女別に分かれている。その下駄箱には番号がつけてあった。 一番人気は3番、つまり長嶋の背番号だ。それが誰かに使われている時は、16番川上の背番号、その次は18番の藤田の順になる。その頃世界の王貞治は、巨人に入団していたものの、まだ低迷している時代だったのだ。 さて現代のスーパー銭湯などでは、小学校3年生以上、または身長120cm以上の男女は混浴禁止となっている。ひろし君の時代には、特に具体的な規則はなく、あそこに毛が生えていなければ混浴禁止とはならなかった。だから母親と一緒の場合に限り、5年生くらいまでは女風呂にも入浴していたのである。 もちろん誰も文句を言う女性はいなかった。それどころか男女両方の脱衣所を見渡せる『番台』と呼ばれる料金所には、その銭湯の経営者である男性がでーんと座っていたのである。 さらに男湯・女湯の中で、入浴者の背中を流すなどのサービスに従事した「三助さん」と呼ばれる男性の従業員が、ふんどし姿でうろついていたのである。だから小学生の混浴などに、いちいち目くじらを立てる女性は誰もいないはずである。 さてこの三助さんの三の字は炊爨の「さん」の意味があり、炊爨と他の雑用などの仕事をしたことによる。これが銭湯の労働者を指す言葉となったのは、享保もしくは徳川家斉のころらしい。それ以前は下男とか小者の通称だったと言われている。 またかま焚き、湯の温度の調整、番頭という三つの仕事をかけ持つため、三つを助けるということで三助になったという由来もあるようだ。いずれにせよ、現代では信じられないこんな職業が、ひろし君の時代にはまだまだ健在だったのである。そのことは1965年からTV放映された森光子主演のドラマ『時間ですよ』を観れば立証できるはずである。 それから、現代のスーパー銭湯や温泉施設では「入れ墨をしている人」はNGだが、ひろし君の時代の銭湯では、当たり前のように入れ墨をしている人を何人も見かけた。またこうした人たちには、暴力団というイメージはなく、素人衆の前では静かに湯につかっていた。だからひろし君も、彼等に対して恐怖心は一切湧かなかった。 お風呂屋さんに行くと、ひろし君たちは大暴れ。尻に石鹸を塗り、浴槽の淵を蹴って、後ろ向きのまま、どこまで滑れるかを競ったり、桶を二つ重ねて浮き輪代わりにして、浴槽をプール代わりにバタ足三昧、浴槽でおもちゃの船を動かしたり、とやりたい放題だ。もちろん湯の中では、いつもおならや小便垂れ流し。そしてさんざん遊び呆けたあとに飲む、湯上りコーヒー牛乳の美味しかったこと・・・。作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.06.13
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2020.06.08
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うすみどり卯月の空を埋め尽くすクヌギ林が心地よきかな黄金の掌開き陽を浴びるムサシノキスゲが咲き誇る路作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2020.06.04
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2020.06.01
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