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今日はくろの世界で一番大切な人の誕生日です。(本当は2月29日なのですが・・・)諸事情から、普段はなかなか会うことができないのですが、でも、毎日、健やかであることを祈っています。 旅へ お誕生日おめでとう。 プレゼントは届いたかな? 小学校にあがるお前に、 今年はランドセルを贈りました。 気に入ってくれるといいのだけれど。 この一年が、 旅にとって大きな成長の年でありますよう、 そして、 旅が健やかな毎日を過ごせますよう、 いつもいつもお祈りしています。 旅、 今年の誕生日も 会えなくてごめんね。 心の中で、 旅のことを いっぱい、いっぱい、 抱きしめています。 父ちゃんより今日は、旅がこの世に生を受けた1年で一番うれしい日です。生まれてくれて本当にありがとう、心からそう思っています。お誕生祝いのケーキを買ってきました。これから、自分も誕生日パーティーに参加したつもりで、食べたいと思います。本当に本当に、お誕生日おめでとう 旅、 旅、 逢いたいよ・・・
2006年02月28日
子供の誕生祝い。楽しいパーティーにプレゼント、この世に生まれたことを皆で祝福します。親友の子供がもうじき誕生日を迎えます。彼はプレゼントを2つ、用意しているそうです。1つはわが子に、そしてもう1つは、奥さんに。「かわいいわが子を 産んでくれてありがとう」プレゼントにこめられた奥さんへの想いです。とっても素敵な考え方だと思います。優しい旦那さん、そしてそれと同時に、或いはそれ以上に、「奥さんにもプレゼントを贈りたい」と彼に思わせた奥さんもとっても優しい人なんだと思います。きっと、温かで幸せな家庭を築いていることでしょう。そして、そうした両親の姿を見ながら育った子供たちも優しい人たちになっていくことでしょう。素敵な事です。
2006年02月28日
以前から疑問に思っていた事があります。カクテルについてくるほっそいストローって、なんであんなにほっそいの?あれって本当にあのストローで飲みものを吸うためのものなの?そして、なんで2本なの?1本だとなんでダメなの?なんか資源の無駄使いっぽくて気になる。誰か、ご存知の方いたら教えてください!
2006年02月27日
巨体を揺らしながらかなりな迫力。「邪魔なんだよ」ってギロッと睨まれちゃいました。
2006年02月27日
久々に、ライカブリーズのライブに行ってまいりました!(ライカブリーズのHPはこちら ライカブリーズ記事第一弾はこちら)以前はMC BreezeさんとShoreさんの二人組のユニットだったのですが、現在はMC Breezeさんのみで活動しています。今日は、初めて、一人だけのライブを見ました。ちょっと寂しい感もありました。でも、一人でもがんばって続けていって欲しいです。辛くても、寂しくても、世に問いたいことがある限り、がんばっていって欲しいです。それが、生きていく、ということなんだと思います。これからもずっと、ライカブリーズを応援していこうと思っています。
2006年02月25日
アイビーちゃんです!帰りの電車の中で、落ちているのを見つけました。多分、座席で誰かのお尻に敷かれ、その後、床に落ちて、いろんな人に踏まれてしまっていたようです。ぺっちゃんこで、乾燥してて、ぐったりしてて、でも全身で、「生きたい! 生きたい! 生きたい!」と表現していました。とてつもなく強い意志を感じました。だから、満員電車の中、がんばって床から拾って、胸のポケットに入れて、家に連れて帰ってきました。もともとアイビーはとても強い植物です。がんばって息を吹き返してくれるよう、精一杯、お世話したいと思います。うまく元気になってくれたら、今度はくろに自分の元気をいっぱいくれる事でしょう。アイビーちゃん、頑張って!そして、ようこそくろの家へ!これから、よろしくね。
2006年02月24日

女子フィギュア初の金メダルに沸く日本!荒川選手、おめでとうございます!ということで、くろの通う会社の社食もやってくれました!鶏のオリンピック!メニューは、その名も『トリノ風トリのソテーバルサミコ風味』!!味はそうでもないけど、心意気はGOOD!!それにしても、他の人の社食のメニュー見るのってちょっとオモシロくないですか?下世話なくろは、実は結構そういうのが好きだったりします。
2006年02月24日
自然の造形にはいつも驚かされます。ニューカレドニアのマングローブを飛行機から撮った写真だそうです。マングローブとは、淡水と海水が混じり合う場所に生える植物の総称です。マングローブの中にポッカリと開けた、乾燥した地面が作り出した模様、大地のハートです。この大地のハートのど真ん中で、仰向けに寝そべってみたら、一体どんな気持ちになるんだろうか。地球のハートを感じる事ができるんだろうか。もしよろしければ、みなさんもちょっと目をつぶって想像してみてください。P.S.シリーズ「くろのハートコレクション」青空のハートはこちら小石のハートはこちら石ころのハートはこちら
2006年02月23日
丹沢の山道で拾った石ころのハートです。ずっしりと重く、ちょっぴりゴツゴツした、おっとこ前のハートでした!ちなみに、ザトウクジラの噴気もハート形になるそうです。大西洋でザトウクジラと泳いでても気付かなかったなぁ。よーく見ておけば良かった。クジラのハートが見てみたい!今のくろの夢です。P.S.シリーズ「くろのハートコレクション」青空のハートはこちら小石のハートはこちら
2006年02月23日
カマイルカちゃんです!携帯に興味があるみたいで、なんども水面から上半身を突き出して、携帯を観察していました。ってか、コイツ、写真撮られてるの分かっててポージングしてくれてたのかな?おかげでいい写真が撮れてラッキー!!それにしても、本当にかわいいなぁ。しかし、考えてみたら、ワオキツネザルも携帯持ってこうとしたし、動物って携帯が好きなんでしょうか?鴨川から、イルカにハートブレイク中のくろでした。
2006年02月22日
今年の豪雪で亡くなった方が132人となりました。戦後3番目の犠牲者数だといいます。カマキリが高い場所に卵を産むと大雪、カエルが浅い場所で冬眠すると小雪、というウメ子ばあちゃんの話を思い出し、ちょっと調べてみました。(ウメ子ばあちゃんの記事はこちら)カマキリは、最大積雪より低いところに卵を産むと雪に埋まってしまい、卵が孵らず、かといって高い場所に産むと鳥などに見つかって食べられてしまうため、最大積雪面のギリギリを狙って産む必要があります。その予測を、カマキリは木を伝わって響いてくる地下水の音を聞いて行っている、という仮説も立てられています。(その具体的メカニズムはとっても面白いのですが、 科学的に説明すると結構複雑なので、 ここでは割愛します)また、カエルが浅い場所で冬眠するのは地面が凍る深さが浅い=暖冬=雪が少ないという事でしょう。まったくもって、理に適っています。また、更に調べてみると、カマキリやカエルに限らず、さまざまな生きもので積雪を予想する言い伝えがあることが分かりました。ご紹介させていただきます。1)動物編・モズのはやにえが高い場所に多いと大雪・カメムシが大量発生すると大雪・イカがたくさん獲れる年は小雪・リスがエサを早く探すと大雪・赤とんぼが多く出る年は大雪・カエルが民家で冬ごもりすると大雪・ミミズが多く地上に這い出る年は大雪・ツバメが早く帰る年は大雪植物編・キノコが早く出ると大雪・大根の茎が立つと初雪が早い・柿の実がたくさんできると大雪・柚子がたくさんなると大雪・ミョウガの多い年は大雪・ゴマの茎が高く伸びると大雪・ソバの花がよく咲くと大雪きっとどれも、きちんと科学的根拠を伴っていることでしょう。昔の人は、本当に身の回りの自然に敏感だったのだなぁ、と感じます。昔の人にとって積雪の大小は今よりも死活問題だったはずです。永年受け継がれてきた言い伝えは、そういう人たちが、自分達人間より更にシビアな状況に置かれている生きもの達の営みを観察してきた結果なのです。しかし、現代の都会に住んでいると、こうした生きものを観察すること自体が困難です。モズのはやにえなんて、くろも子供のとき以来見ていません。もしかしたら、このブログを読んでいる若い人の中には「モズのはやにえってナニ?」という方もいらっしゃるかもしれません。ツバメも、子供の頃はいっぱい見ましたが、最近はめっきり見る機会が減りました。でも、温暖化していようが、異常気象だろうが、やっぱり、我々も自然の中で生きていかなくてはなりません。忘れられがちですが、人間だって生きものの一種、自然の一部なんです。せめて、「自然から謙虚に学びたい」「自然の変化に敏感でありたい」という姿勢だけは忘れないようにしたいと痛感しました。
2006年02月21日

(本記事は、できれば携帯ではなく パソコンでご覧ください!)「えっ?人形? マネキン??」通りすがりの人誰もが足を止めて目を丸くしていました。吉里からの帰りの新幹線、当然ながら座席指定などとっていない我々は、満席の車両の中、座席にも座れず、「眠いよー」とダダをこねながら今にも寝そうになっているユイちゃん(4歳♀)をかかえ、途方に暮れていました。そこで妙案!「くろのリュックを横倒しにして ベッドにしてしまおう!」くろの登山用リュックは90リットル!ユイちゃんのベッドに丁度いい大きさでした!でも、電車は揺れるし、売店のすぐ横に陣取っていた我々のそばを多くの乗客達が通ります。ユイちゃんがベッドから転げ落ちたり、他の人に踏まれたらどうしよう??そこで妙案!「肩ひもや腰のベルトで固定してしまおう!」これでもう心配なし!すっかり安心した我々は、もう飲みたくって仕方がありません。しかも、売店は目の前。ユイちゃんが寝付いたのと同時にビールとおつまみを購入!でも、片手にビールを持ち、もう片方の手におつまみの袋を持つと、ビールが飲めないではないですかっ!!そこで妙案!「ユイを机にしてしまえ!」 ちなみに、宴卓となったユイのお腹にせんべいの袋を広げ、ビールを片手に満面の笑みを浮かべているのが次々と妙案を思いついてくれた親友のピンキー(ユイちゃんのパパ)です。そして、ユイちゃんが上野で起きるまで、酒盛りは続いたのでした・・・。ユイちゃんへユイちゃんがいい子にしておねんねしていてくれたおかげで、おじちゃんたちはとってもたのしいお酒が飲めました。ありがとうね!!!いつかユイが大きくなったら、今度は一緒に、たのしいお酒を飲もうね!くろおじちゃんより
2006年02月20日
スキーで思いっきりジャンプしている時はくろにとって、すごく特別な瞬間です。その一瞬のことをがんばって描写してみたいと思います。ジャンプ台が迫ってくるまでは、時間がものすごいスピードで迫ってきます。どこまで加速するかという計算、どの角度で入るかという判断、着地地点は一体どうなっているのかという予測、そしてコケたらどうしようという恐怖、スーパーコンピューターでも適わないくらいの作業を脳と体の各部が猛スピードで処理しています。そしてジャンプした瞬間。体が重力から解き離れている間のほんの1秒かそこら、時間が完全に止まったように感じます。その間はなんの音も聞こえません。心も空っぽになります。遥か下に見える着地点、その先に広がるスキー場、遠く山のふもとの盆地に広がる街、その更に向こうに連なる壮大な山並み。そして、その中の何ものにも属さない自分。敢えて言うなら空の一部。心の中もまさに空(から)。自分が所属している全てのカテゴリー会社員その前に日本人その前に男性その前に人間その前に動物その前に生物その前に有機物全てから解き放たれ、自分が「空」とか「地球」とかの一部になってしまったような瞬間なのです。最高到達点に達し、再び重力が体を引っ張り始めると、徐々に、そして加速度的に急速に、再び時間が流れ始めます。着地点の雪の状態を観察し、自分の体の重心を整え、数メートルの高さから落下する衝撃を予測し、体中の各関節と各筋肉が猛スピードでそれに備え始めます。そして着地。時間の流れは通常通りに戻り、くろは再び地上の人となります。でも飛んでいる間だけは、何からも自由になれるんです。心も体も開放され、時の流れからだって自由になれるんです。がんばって書いてはみましたが、やっぱり、空を飛んでいる瞬間のあの不思議な感覚をうまく表現することはできませんでした。残念です・・・。
2006年02月20日
久々のスキー、まだまだ若いモンにゃ負けわせんわい!
2006年02月19日
ウメ子ばあちゃんは84歳、今も元気に民宿をきりもりしてます。カマキリが高い場所に卵を産む年は雪が深い、カエルが浅い場所で冬眠する年は雪が少ない、と教えてくれました。ウメ子ばあちゃんの84年の人生でも、今年の冬ほど雪が降った事はなかったそうです。「なんだか地球がおかしくなってる気がするねぇ」他の誰が言うより説得力のある、ウメ子ばあちゃんの言葉です。
2006年02月18日
雪ん中であったかうどん、(withぴんきー&ユイ)ウマ過ぎッス!
2006年02月18日
接地面積がとっても広いので、どんなにフカフカの新雪の上でも自由自在に歩けます。白銀の世界をどこまでも行ける魔法の靴です。魔法の靴で山を歩いている間、真っ白な冬毛に包まれた野うさぎと、必死に木をつついているキツツキと、雪の中でしっかりと春に向けて新芽を準備している数々の木々と出会いました。スノーシューさん、ありがとうございました!
2006年02月18日
天気サイコー!これからアラスカンスノーシューでブナの森を探索してきます!
2006年02月18日
「次に会うときは、敵として戦うことになるだろう。 でも、個人的には、いつまでも大切な友人だ。 お互いにベストを尽して生きていこう。」くろが、本当に言われた言葉です。一昨日の日記で、外国人の方と「同じ方向を向いて、共に歩んだ」時の、くろの実感について書きました。今日は、具体的に何があったのかを書こうと思います。以前、くろがアフリカに自動車を輸出する仕事をしていた時のことです。日本から輸出した自動車を販売するため、現地に会社が設立されました。社長は、現地のアフリカ人、仮に「Jさん」と呼ぶことにしましょう。商売の立ち上がりは混迷を極めました。なんとか販売を軌道に乗せようと、Jさんは必死に頑張りました。くろもJさんと苦楽を共にしました。財務表とにらめっこし、自動車のショールームの候補地を一緒に探し、大口顧客のところに一緒に商談にいきました。車が売れないと一緒に落ち込み、1台でも売れると共に喜び、本当にいいコンビでした。新人社長Jさんと、新人くろは、一緒に必死になって、売り上げを伸ばそうと尽力していたのです。しかし、業績は思うように上がりませんでした。しばらくすると、もう一社、くろが輸出している自動車を取り扱いたいという会社が現れました。政界・財界とのパイプも太く、実力のある会社でした。その商売の担当者として、くろは本当に悩みました。1台でも車を多く売りたい。そのためにはどちらの会社と取引をすればよいのか。答えは明らかでした。でもそれは、苦楽を共にしてきた社長を捨てる、とうことでもありました。そして、個人的には、大切な大切な友人を失うということでした。しかし、くろはサラリーマンでした。利益を追求する組織の一員でした。個人の感傷によって、売り上げが減少することは許されません。苦渋の選択でした。日本に帰り、今後の戦略を立てる前に、やはり、友人には正直でありたいと思いました。くろは、Jさんをホテルの自分の部屋に呼びました。そして、「Jさんの会社では売り上げは上がらない。 日本に帰ったら、Jさんの会社を切り、 別の会社と手を組むように話を進めることにする。 本当に申し訳ない」と話しました。Jさんは、一言も口を挟まず、黙ってくろの話を聞いていました。「裏切り者!」と怒鳴られる事をくろは覚悟していました。しかし、Jさんから返って来た言葉が、冒頭に書いた言葉です。「次に会うときは、敵として戦うことになるだろう。 でも、個人的には、いつまでも大切な友人だ。 お互いにベストを尽して生きていこう。」固く握手をして別れました。Jさんを部屋から送り出した後、我慢していた涙があふれました。声を出して泣いたのは久しぶりでした。でも、Jさんの辛さ、苦しさはくろの比ではなった筈です。くろはたまたまその商売を担当している日本企業の一社員に過ぎませんが、Jさんにとってはその会社がすべてでしたから。そして、Jさんの家族、その会社の従業員、その従業員の家族、多くの人が、くろの決めた事により、多大な影響を受けることは目に見えていましたから。辛いとき、悲しいとき、ぎりぎりに追い詰められた瞬間にその人の真価が問われるのだと思います。あの時、あの瞬間、怒りもせず、ののりしもせず、自分の感情をグッ抑え、あんな言葉をくろに贈ってくれたJさんは、本当に大きく、やさしい男でした。現在、Jさんが何をやっているのか、どうやって暮らしているのか、もう知る由もありませんが、今でも、Jさんの言葉を思い出すたびに友情の大切さを、重さを考えさせられます。きっと彼も今頃アフリカの空の下で頑張っている事でしょう。くろもJさんに恥じないよう、生きていかなくてはならないと思います。Jさんに出会えて、一緒に同じ時間をすごせて、くろは本当に幸せ者だと思っています。Jさんと同じ方向を向き、一緒に歩く事ができたこと、くろの人生にとってかけがいのない想い出です。国籍、言葉、肌の色、すべて違いますが、何年も経った今でも、くろの大切な大切な心の友人です。
2006年02月17日
ライブドア、どんどんドツボにハマって来てますね。政治家まで巻き込んじゃって、大変です。ちょっと遅きに失した感もありますが、堀江社長逮捕からの一連の出来事をきっかけに、くろが今の世の中に対して考えている事を書いてみようと思います。案の定というか、なんというか、ワケのワカラナイ世の中になってきたものです。まずは、ライブドアに限らず、昨今の証券取引ブーム。「株価」一体なんなんでしょうか。他人が苦労して築き上げた会社の評価で自分がお金を儲けようという、その志が分かりません。最近はやりの「デイトレーダー」さんたち。「100万円がたった○年で○億円に!」なんて話もよく聞きます。主婦の間でもはやってるみたいですね。お金も時間も有り余って、使い方が分からないんでしょうね。小学生でも株をやったりしているそうです。子供の頃から「株は儲かる!」なんて思いをしちゃったら、お金を「労働=正当な努力の対価」とは感じられないんでしょう。お金を「ゲーム中のヒットポイント」くらいにしか感じられないのでしょう。「お金」とは「システム」に過ぎません。色々な労働の対価を、一元的な基準で評価できる、という、単にとても便利なシステムなんだと思います。便利で分かりやすいから、世界中で取り入れられ、発展して来たのです。お「金」。元々は紙のお札じゃありません。鉱山で産出される「金」です。見つけるのも大変で、加工するのも大変だし、保存がきくので、「価値がある」という意味ではとても分かりやすい存在で、だから、食べものや着るものなんかと等価交換していたのです。元々日本は金本位制をとっていました。金本位制とは、お金を、その等価の金と交換できるシステムです。1871年、「円」が制定されたとき、1円=純金1.5グラムの価値があったのです。その後、金本位制は崩壊、管理通貨制度(国家がその信用力において通貨を発行する)に移行しました。そして今、お金はどんどんバーチャルな存在になってます。労働しなくても、パソコン画面を見て、売った、買ったとクリックしているだけで、お金が儲かるのです。もはや、「お金」という概念も円熟期を迎えているのかもしれません。便利なシステムですが、色々な弊害がでてきている故、また新しい価値観が創造される時期を迎えているのかもしれません。お金がこのままどんどんバーチャル度を増していってくれれば、お金という概念がどんどん曖昧模糊としたものになり、そのうちまた、「頑張った人が、頑張った分だけ、 美味しいものを食べたり、 あたたかい服を着る事ができたり、 楽しい事をいっぱいできるようになる」という新システムが構築されないものか。管理通貨制から、ふたたび金本位制にもどり、さらにそれが、「労働本位制」とか「努力本位制」とかにならないものか。100年後にちょっと期待をしている、くろでした。
2006年02月16日
「語学」について、ちょっと考えてみました。(語学留学バンザイ!の第2弾です)大学でドイツ語を専攻したくろですが、結局留学はしませんでした。(金銭的にもできませんでした)大学を卒業して入った会社では、海外との取引業務を担当していたため、仕事の半分は英語でした。学生時代は、語学は「学ぶ」ものでした。単語を覚え、文法を覚え、テキストを読み、単位を取りました。社会人になり、語学は「使う」ものに変化しました。単語も文法も、むちゃくちゃ、でも、しっかりとこちらの意志を伝え、相手の意図を理解し、ビジネスを進めていかなくてはなりませんでした。くろの英語はまだマシなほうでしたが、更に英語に弱い先輩は新人時代、自分の取引先からの電話をとり、「なんか、ハロー、とか言ってますよー」と不審がり、周囲を唖然とさせたそうです。しかし、その先輩も、すぐに英語でテレックス/ファックスが書けるようになり、電話でも話せるようになり、しっかり海外出張に行って商談をまとめていました。人間、崖っぷちに立つと強いものです。先輩から、くろは、語学を「使いたい」という想いがあれば、自然と「学んでしまう」のだ、という事を教わりました。(語学に限った事ではないのですが)さて、語学を「学ぶ」立場から「使う」立場に変わり、くろの中にも変化がありました。語学を学んでいた時代は、相手の言語を理解していく過程、そして相手の国民性に触れ、相手の文化を知ることが楽しみでした。「へぇ、日本とドイツってそんなに違うんだ」という事が一番の刺激でした。ドイツ人と話しているとき、机をはさんで向かい合い、お互いの違いを観察しあう、というようなスタンスでした。しかし、会社に入り、語学を「使う」ようになると、お互いの違いなんて、どうでも良くなりました。違う言語、違う国民性、違う文化的バックグラウンドを持つもの同士が、一緒の目的に向かって努力をしていく。それが一番、楽しく、刺激的な事でした。いわば、外国人と「向かい合い、観察し合う」というスタンスから、「同じ方向を向き、一緒に歩いていく」というスタンスに変わったのです。これは、とても大きな差でした。学んでいるときより、使っている時の方が全然オモシロイ!のです。言葉はただの道具です。強力な道具ではありますが、道具は所詮、何かを作り上げるためのものでしかありません。語学留学をされる方は、「何をしたいがためにその言語を学ぶのか」をとことん考えた方がいいと思います。いくら高いお金を出し、いくら素晴らしい包丁を手に入れたとしても、料理をする機会がなければ、意味はないのですから。この記事は、くろのブログに遊びに来てくださるぶらびさんの記事に触発されて書いたものです。ぶらびさん、頑張ってください!ぶらびさんの決断が、あとで振り返った時、「あれで良かったんだ」と思えるものであることをくろはお祈りしています。
2006年02月15日
くろの新しい家族、「はなかんざし」の蕾が少しずつ綻んできました。くろは、春が来たといって何が変わる訳でもありませんが、この花は違います。ぐんぐん伸びる茎、青々と色みを増す葉、顔をもたげて来た花びらの一枚一枚、言葉は話せない花ですがどんな天才詩人よりも雄弁に、全身で春の喜びを表現してくれています。美しいです。
2006年02月15日
やっぱ、ボスは迫力あります。握力はなんと1トン。1トンですよ、「1トン!!!」角界随一の力自慢、琴欧州関のかるく10倍あります。ゴルフボールを握りつぶせるそうです。くろの尊敬する、「男」です。
2006年02月14日
マダガスカル出身のワオキツネザル軍団です。人間に噛み付いたり引っ掻いたりはしないですが、携帯が気になったみたいで、あやうくさらわれそうになりました。「返せコラッ!」と引っ張り合いっこをしながらとった写真です。結構手癖の悪い、こまった弟です。でも、とってもかわいい弟たちです。
2006年02月14日
久しぶりにアニキに会って来たウッキー!数字も分かるし、漢字だって分かっちゃう、天才肌の兄キー!また会いにいきたいウッキー!!
2006年02月13日
六本木ヒルズ52階の展望台。眼下に広がる果てしないコンクリートの摩天楼、「東京」。見渡す限りの広大な面積に、所狭しとビルが立ち並びます。ある意味、壮観なのですが、でも、いくら眺めていても、リアリティを感じることができません。目の前に存在している「事実」をくろの心がうまく消化できないのです。巨大なビルが建設され開催される華やかなオープニングセレモニー。オープンと同時に押し寄せる、人、人、人。その影でどんどん壊されていく老朽化したビルたち。100年後、この無数のビルのうちの、一体どれだけが残っているのでしょうか?コンクリートの樹海を眺めながら、くろの心は、はるか彼方、数年前に訪れたアラスカの森に飛んで行きました。何百年もの寿命を持つ一本の木。その木々が人知れず遷移を繰り返している、アラスカの森。何百年前、あるいは千年以上前と同じ姿を今も保ち続けています。その姿は、人間の力をはるかに超えた自然のことわり、「真実」を物語っているように感じます。超高層ビルのてっぺん、コンクリートジャングルのど真ん中。目の前に広がる「事実」の羅列をいくら見つめても、くろはついに、そこに「真実」を見つけ出すことはできませんでした。ものごとの移り変わりのあまりに早い現代社会。その中で、いつまでも変わることのない「真実」を見つめて生きていきたい。自分も暮らす街、東京を眺めながら、今日、くろが考えていたことです。
2006年02月12日
表参道ヒルズから六本木ヒルズへ!ヒルズをはしごして、森美術館で開催されている東京ベルリン展に行ってきました。昨年と今年はドイツ年、そしてサッカーのワールドカップ開催と巷はドイツブームなのでしょうか。展覧会では、各ブースを、時代で区切り、その時代のドイツと日本の作品を比較展示している、という内容で興味深いものでした。印象を一言で言うと、「やっぱりドイツって重厚」別の言い方をすると、「暗い」質実剛健なドイツの国民性は、工業製品のみならず、芸術作品にも色濃く反映されているなぁ、というのがくろの感じたことでした。ちょっと物足りなかったのが、第二次世界大戦時代のブース。ナチスドイツの元で、芸術はどういう展開を見せていたのか、くろの最大の関心事でした。例えば、レニ・リーフェンシュタール監督による映画、「民族の祭典」など、ナチスドイツが芸術をプロパガンダに利用した、とも言われていますが、実際のところはどうだったのか。芸術はナチスに迎合し、歓迎したのか、それとも不屈の戦いを挑んでいたのか。しかし、展示の作品数も内容も薄く、あまりよく分かりませんでした。逆に面白かったのが、現代のアート。特に、マルティン・リープシャーによる「シンフォニー」という作品は良かったです。オーケストラの舞台と客席がふしぎな形で合成されている巨大な写真なのですが、そこに写っている数百人(?)の人たちがすべて、リープシャー本人なのです。皆様もお時間あれば、是非足をお運びくださいませ。
2006年02月12日

表参道ヒルズに行った目的は、ヒルズ内のギャラリーで行われている「フォロン展」を見ることでした。フォロンはフランスの画家で、くろが最も好きな画家の一人です。 淡く、切ない、太陽が落ちきった瞬間、夕暮れ時を髣髴とさせる色調。ちょっと肌寒いような、それ故に無性に人恋しくなるような、そんな瞬間の心情をあらわしているような絵です。見ているだけで、とても人恋しくなり、誰かに優しくしてあげたくなるんです。 フォロンの絵を見る度に、「人間とは皆、孤独な旅人なのだなぁ」という実感がふつふつと湧いてくる、不思議な不思議な絵なんです。フォロンの公式HPはこちらです
2006年02月12日
すっごい人、人、人!ビルを見に行ったのか、店を見に行ったのか、はたまた人を見に行ったのか。安藤忠雄設計のゆるーい螺旋構造はちょっと目新しい感じで楽しかったけど、やっぱり同潤会アパートの、あの独特の存在感、味わいには遠く及びませんでした。とても残念です。人の波に飲まれながら、ちょっと感傷にひたってしまったくろでした。
2006年02月12日
最近、できるだけフィットネスジムに行くようにしています。そのジムのエアロビスタジオでは「ボクシング・エクササイズ」というコースがあり、以前ボクシングをやっていたくろは、よく参加しています。テンポの速いミュージックにあわせ、軽快にあらゆるパンチを繰り出します。ストレート、フック、ボディ、きちんと体をひねって打つのがやせるポイントだそうです。合間合間に、女性たちの会話が聞こえます。「いやぁ、ほんと、ボクシングって難しい!」「そうよね、それに、ほんと、ハードね」「でもやせなきゃ!」「でもなかなかやせないのよねぇ」「やっぱ、マイク○ダイエット飲むしかないのかしら・・・」振り向いてみると、確かに、ふくよかな体をされています。一体なぜ、彼女たちのダイエットは成功しないのでしょうか?それには理由があります。くろは、大学生の時、半年間で14キロ、減量しました。一体どうやって!?今回のタイトル、「ダイエットなんて簡単! 半年間で14キロの極意を伝授いたします!!」その極意を発表しましょう!答えは簡単!1)むちゃくちゃ運動する2)食べないこれだけです。当時くろは、ボクシングジムに、プロ候補生として通っていました。練習はハードでした。・ウォーミングアップで縄跳び 1時間・シャドーボクシング 1時間・サンドバック 1時間・スパーリング 3~8ラウンドそして、サウナに放り込まれます。家に帰って、腕立て 500回 (100回 X 5セット)腹筋 3000回 (1000回 X 3セット)余力あったら10キロくらい走るという毎日でした。7~8キロは、あっという間に痩せました。それからは、100グラムずつ、本当に苦しい減量が続きました。ごはん食べたいけど、キャベツを千切りにしてごはん茶碗で食べ、それでも腹が減ると水飲んで寝ちゃいました。そして半年後、体重は14キロ減っていました。70キロだった体重は56キロに、ミドル級だった階級は、7階級下のジュニアフェザー級になりました。体脂肪率は測る機会がなかったので分かりませんが、わき腹にまで血管が浮いていました。結局そこまでがんばっても、プロテスト合格はなりませんでした。しかし、おかげさまで今でも、運動する機会は減ってしまいましたが、基礎代謝量があがったせいか、大食いしても太りません。(ってか毎食大食い)ということで、みなさん、はっきり言って、「楽して痩せよう」なんて無理です。なぜ多くの方のダイエットが成功しないのか、それは、「本気で痩せようとしていないから」に他なりません。ちょっとジム行ってボクササイズしたって、そんな簡単には痩せられません。大体、ジャブひとつ打てない人が、ストレート、フック、ボディもアッパーも打てるわけ無いでしょ。(くろは、結局2年半ボクシングジムに通いましたが、 その間にトレーナーが教えてくれたのは 左ジャブ、右ストレート、左フック、左ボディ の4種類だけでした。 それ以外を打つことは許されなかったし、 それだけで十分に戦えました。)また、運動で痩せられないからといってマイク○ダイエットとか飲んで痩せた人の体なんて、どうせ痩せたって魅力的じゃないと思います。走りこんだり、運動したり、きちんと自分の体と向き合い、努力しながら作り上げた体とはまったく別ものです。体型だけではありません。ドリンクを飲んだだけで痩せた人の話す言葉と、がんばって運動をして痩せた人の話す言葉とでは、重みがまったく違ってくるでしょう。単に痩せたからといって自分が魅力的になると思ったら大間違いです。がんばって痩せた人は同時に心の脂肪も落ちるでしょう。安易な方法で痩せた人は、落ちた脂肪がそのまま心に移動しただけ、考え方はブヨブヨになり、ブヨブヨの言葉しか話せなくなるでしょう。人間、あらゆる意味でスリムかつシャープでいたいものです。ということで、寝る前に小腹が減ったからポテチでも食べよっと!あ、チョコアイスもあったな・・・うーん、どっちにするか悩むなぁ・・・
2006年02月11日
カワユサ ダブル ぱぁんち!!直立睡眠猫に続き、直立睡眠犬だワン!!
2006年02月11日
最近、マジな事ばっか書いていたので、ちょっと息抜きです!みなさまも癒されてニャー!
2006年02月10日
嬉しいメールが届きました。「くろ、元気? ご無沙汰です。 沖縄から東京まで歩いてます。 たまに木も植えてます。 今日は別府で、明日から四国。 旅は道連れ世は情け。 東京ついたらまた飲もうな。 コーイチ」前の会社の同期の友人、コーイチからです。コーイチは、世界中に木を植えて歩いています。今年は、日本最西端の沖縄県は与那国島を起点に、4月22日に代々木公園で行われるイベント、「アースデイ」を目指し、木を植えながら、日本を北上しています。コーイチの略歴です。(スゴイですよ!)=====2000年9月、サラリーマンを辞めて放浪の旅に出る。北米、インド、ネパール、ザンビア、イビザ島、オランダ、フランス、カナリア諸島、スペイン、ドイツ、メキシコ、キューバ、ドミニカ共和国、ベネズエラ、ブラジル、ボリビア、ペルー、アルゼンチン、南アフリカと旅をして、南アフリカで地球を歩いて木を植える男、アースウォーカーに出会う。ジンバブエ、ザンビアを一緒に歩き、2004年6月に帰国、アースウォーカーと共に富士山から長崎、沖縄諸島を歩いて木を植える。2006年1月1日に日本最西端の与那国島を出発、4月22日のアースデイ東京2006の会場、代々木公園を目指して歩き、木を植える。=====一体、なぜコーイチは世界中に木を植えているのか。彼の原動力はどこから来ているのか。くろは、コーイチに会うたびに、「信念とは何か」「行動するという事はどういうことか」ということを考えさせられます。彼の行動は端的に言うと、「祈り」だと、くろは思っています。「祈り」こそが、人間が唯一できることであり、もっとも高貴な事であると、くろは常々考えています。しかし、コーイチは、「祈り」に加え、「行動を起こす事」の大切さをくろに感じさせてくれるのです。同じ会社で働いていた2人、今は全く違う道を歩んでいます。たまに会い、お互いにどんな体験をし、何を考えて生きてきたのかを語り合い、酒を酌み交わす。くろの最大の喜びです。まさに、「有朋遠方来 不亦楽乎」とはこの事です。真剣に今の世の中を熱く語り合う事もありますが、大概は、くろ「俺さ、ドミニカ行ったときにさ、 大西洋で泳いでたらよ、 海ん中でザトウクジラに バッキャンはねられたんだよね、 マジ死ぬかと思った」コーイチ「いやぁ、俺もさ、 ザンビア歩いてたときに ゾウを怒らせちゃってさ、 すんごい勢いで追いかけられて、 必死で走って逃げたけど、 マジ死ぬかと思った」2人「いやぁ、お互いさ、 生きてて良かったよなぁ アハハハハ」なんて感じ、こんな話し、ヤツ以外とはできません。きっと、80歳になっても100歳になっても、お互いのアホな人生を語り合って笑っているんだと思います。短いメール一本だけで、くろに力を与えてくれる、ありがたい友人です。10年後、コーイチだけには、「くろも守り入るようになったよな」と言われたくない、そんな風に思わせてくれる、大切な、大切な、男です。P.S.コーイチが旅日記のブログを始めたそうです。皆さまも是非是非、のぞいてみてください!コーイチのブログ
2006年02月09日
「ホテル・ルワンダ」の映画がきっかけとなり、昨晩からずっと脳裏に蘇ってくるくろの体験について書こうと思います。(「ホテル・ルワンダ」の記事を読まれていない方は、 是非先にホテル・ルワンダの衝撃を お読みください)くろが以前の会社で主に担当していた業務は、アフリカのアンゴラという国への自動車の輸出でした。アンゴラは長い間内戦に苦しんでいました。表面上はルワンダと同じ、部族間の争いですが、現実は旧ソ連対アメリカの代理戦争が行われていたのです。‘95年当時、アンゴラの人口は1千万人。そこに地雷が2千万個埋まっているという、世界で最も地雷が多い国でした。実際に、くろが出張している間にも、市内で地雷が爆発した事があります。アンゴラへの初出張は23歳の時でした。大統領と会いましたし、政府要人とも商談をしました。そして、取引先の会社との交渉では、初めて億単位の商談をまとめました。「世界の経済は俺が動かしているんだ!」その実感に有頂天になっていました。商談直後、踊るような足取りで取引先の事務所から出て来たその瞬間の事です。くろは、目の前の光景に絶句し、体が震え、足が全く前に出なくなりました。事務所の前は、長くゆるやかな坂になっていました。その坂を1人のお母さんが歩いていました。正確に言うと、這っていました。きっと地雷を踏んでしまったのでしょう、お母さんは両足が腿の付け根からありませんでした。両手だけで、ずりずり、ずりずり、這い進んでいました。そして、背中には乳飲み子をくくりつけていました。赤ちゃんはぐったりしていて、頭はガクガクと揺れていました。その一瞬前まで、くろは今までの人生で初めてといっても良いくらいの大きな喜びの中にいました。自分の事をとても誇らしく、思っていました。でも、そのお母さんを見た瞬間、現実を叩き付けられました。そのギャップがあまりにも大きく、全く身動きができなくなりました。乳飲み子を背負ったお母さんは、そのままずりずりと坂を上っていき、やがて視界から消えていきました。その後、あの親子がどうなったのかは分かりません。でも、無事に生き延びているとは到底思えません。健常者でさえ生きていくのがやっとの国でしたから。それから、くろは悩み始めました。本当にこの仕事を続けていって死ぬ瞬間に後悔しないだろうか。自分はこの世に生を受けて一体何を為すべきなのだろうか。確かに経済は大事だと思います。この世を動かしているのは、思想でも宗教でも政治でもなく、やはり「金」だと思います。金は常に流通させる必要があります。水の流れが滞ると、水が腐るのと同じです。お金を流通させるというのは、現代社会に於いてとても大事な仕事です。でも、自分の一生を本当にそこに捧げていいのか。自分は本当に人間としての満足感を得られるのだろうか。その会社が好きで、一緒に働いている人達も大好きだったくろは、本当に悩みました。考えても考えても結論は出ません。その間ずっと、両足のないお母さんがいつも頭の中につきまとっていました。そして2年後、ようやく、会社を辞める決心をしました。アンゴラという国は、本当はとても豊かな国でした。金・ダイヤ・石油・果物・水産資源何をとっても豊富で、本当はとても裕福なれる国のはずです。なのに、GNPは年間わずか500ドル/人、世界最貧国の一つでした。なぜ、人々は貧しく、苦しんでいるのか。それは、殺し合いが行われているから。ではなぜ、人々は殺し合うのか。それは、心が貧しいからだ、とくろは思ったのです。いくら資源が豊かでも、こころが豊かでなければ、幸せにはなれない。言葉で言うのは簡単ですが、馬鹿なくろは、そこにたどり着く迄に2年を費やしてしまったのです。それから、こころを育むような職業に就きたい、と職を探しました。そして今、くろはマスコミの仕事をしています。「今の世の中にこれを問いたい」「今の世の中にこれを問うべきだ」と思う事を、実際に自分が制作したものを通じて世の中の多くの方々に訴える事ができる職場にいます。ここまではいいんです。問題はここからです。昨日の映画を見て、くろは自分のスタンスに疑問を持ち始めてしまいました。ひさしぶりに、あのお母さんを思い出してしまったのです。高い理想を掲げて転職したはずなのに、人の心に近い仕事がしたいと思ったのに、自分はそれができているのだろうか。口先だけ、理想論だけの人間になってはいないだろうか。俺は、俺に現実を教えてくれた、あのアンゴラのお母さんに恥じない人生を送っているのだろうか。これが、本当に俺の天職なのだろうか。いつか自分の人生を振り返る時が来たとき、真の満足感を得られる日々を過ごしているのだろうか。俺の頭の中を、両足のないお母さんが今日もずりずりと這い回っています。「ありがとう、 あなたが俺の人生を変えてくれたんです」ってお礼を言いたいけど、「もう、そんな苦労はしなくていいんですよ」って俺がおぶってあげたいけど、現実には、もう多分生きてはいないお母さん。両手だけで、これからもずっと、俺の心の奥底を、這いずり回り続ける事でしょう。そしてそれが、俺が「生きている」ということの証明なのかもしれない。自分の無力さを痛感する事だけが、俺が唯一できる事なのかもしれない。お母さん、お母さん・・・俺は、一体、どうやって生きていけばいいのだろうか。
2006年02月08日
ショッキングな映画を見ました。「ホテル・ルワンダ」映画が終わっても、しばらく席を立てず、映画館を出た後も、街をとめどもなくさまよいました。アフリカのルワンダという国で、ほんの10年ほど前に起きた内戦、大量虐殺の実話に基づいた映画です。たった100日間の間に100万人もの人たちが亡くなりました。広島の原爆が14万人、長崎の原爆が7万人、沖縄戦の犠牲者が23万人といわれていますから、その悲惨さは想像を絶します。虐殺の理由は、ルワンダの主要民族、ツチ族とフツ族がお互いを憎しみあい、そして殺しあったからです。その昔、ツチ族、フツ族という区別は昔は無かったそうです。ルワンダを植民地としていたベルギーが、ルワンダに暮らす人達の鼻の幅をはかり、細いほうをツチ族、太いほうをフツ族と決め、ツチ族のほうを優秀な民族として政権を持たせた、それ以来のわだかまりが、内戦・虐殺という形で現れたそうです。その凄惨さに加え、なにが一番ショックだったかというと、自分がまさにその虐殺が行われている当時、ルワンダと極めて近いポジションにいたからです。「はだしのゲン」を読んでも、沖縄戦の1フィート運動の映像を見ても、「シンドラーのリスト」を見ても、今までは「過去の記録」を見ている気持ちでした。決して忘れてはならない事として認識はしていたけれど、やはり、自分にとっては「過去の記録」でした。でも、この映画は違いました。しばらく、くろの個人的な話しになってしまいますが、ご勘弁ください。ルワンダで虐殺が起きていた94年は、自分が社会人になった年です。くろはその会社で、アフリカに自動車を輸出する部署に配属されました。ルワンダで虐殺が起きている話は聞いていました。でも、そのことをしっかりと知ろうとはしていませんでした。外務省から渡航禁止令が出たとか、部族間抗争がとても激しい、ということは知っていましたが、それについて、本当に向き合い、その事実を知ろうとはしていませんでした。なぜか。今考えると、「たまたま、その国はくろの商売の対象外だったから」という理由以外に思いつきません。ルワンダのすぐそばの国にも出張していました。でも、ルワンダでの虐殺の実態に関しては、ほとんど無知でした。自分は、やっぱり、間接的ではあれ、この大虐殺の歴史に立ち会っていたにもかかわらずです。映画という形ではありますが、その実態をすこしでも知ることとなり、自分の愚かさに震撼しました。映画の中で、虐殺の様子をカメラに収めたヨーロッパの報道カメラマンがこんなことを言います。「世界の人々はこの映像を見て “怖いね”と言うだけでディナーを続ける。」 まさに、正鵠を得た言葉でした。まさに、自分自身のことを言われた言葉でした。ハンマーで頭を殴られたような衝撃を感じました。 今、世界では何が行われているのか。それに対し、自分はどう考え、どう行動するのか。自分は無力である前に、無関心なだけではないのか。一体自分は、今まで偉そうな事を言いながら、この世界に対して何を為してきたのか。しばらく、このショックから立ち直れそうにありません。でも、逃げることだけはせず、考えていこうと思っています。
2006年02月07日
「天空の草原のナンサ」というモンゴルの映画(制作はドイツのスタッフ)を見てきました。(映画の公式HPはこちら)モンゴルの草原に暮らす家族(お父さんとお母さんと3人の子供たち、 長女がナンサ)と、ナンサが拾って来てしまった子犬のお話です。フィクションなのですが、かなりドキュメンタリーチックに描かれています。とても強く感じたのは、その絵作りの独特さでした。ムービーカメラマンでなく、写真のカメラマンが撮っているようなカットが多く、とても空間の広がりのある不思議な構図を作り上げていました。一番の特徴は、ロングのフィックスが異様に多い事。(ロング=遠くから撮っているひいた視線のカット フィックス=カメラを動かさず、固定しているカット)テレビで最近多用されている手持ちでブンブン振り回すカットではなく、額縁に入った一枚の美しい絵の中で話しが進行していく感じです。カメラをパン(動かす)した場合、例えば分かりやすく言うと、動いている人間をカメラが追いかけている場合、見ている人の心情は、自ずとカメラが追いかけている被写体に向けられます。これはたとえば、くろが、街で歩いていてかわいい女の子がいた時に、「おっ」と思って思わず目で追ってしまう、この目で追ってしまう動きを、カメラワークで代用しているのです。でも、この映画の絵はフィックスが多いのです。一枚の固定された絵(でも中身は映像なので動いている)の中で、どこに視点をおくか、何に注目するかは、すべて観客に委ねられているのです。これは、自分の撮っている絵に自信がないとできないことだと思います。そして、この映画には、制作者の自信にあふれたカットがとても多く、パワーを感じました。ちょっと映像論に走りすぎました。ストーリーも、(納得しづらい部分もありますが)とてもいいです。10年くらい前に訪れたモンゴルの草原、小学生のときにくろが拾って来て育てた愛犬、昔に見たモンゴルのテレビドキュメンタリーの衝撃、いろいろな事が心に蘇ってきました。今の世の中が忘れがちな、大切な事がたくさん詰まった、いい映画でした。みなさんも機会があれば、お勧めですので是非ご覧ください。P.S.この監督の一作目、「らくだの涙」は更に珠玉の作品で、今はレンタルビデオ店などにもおいてありますので、併せてご覧になることをお勧めします。
2006年02月05日
背伸びについて書きましたので、地を這うことについても書こうと思います。(背伸びの記事をまだ読まれてない方は、 ぜひ、まずは 目一杯、背伸びしてみませんか?を 先に読んでみてください)さて、「社長になる!」と宣言していたくろは、実は内心、「こりゃー引くに引けなくなっちゃったなぁ、 やべぇよなぁ、どーしよー」とビビリ入ってました。「これは、何かを自分に課さないといけないゾ」という危機感から、自分で考えて始めたのが、なんと、「朝、誰よりも早く会社に行って、 課の皆の机を雑巾がけすること」でした。高い目標を掲げるといういわば、目一杯の背伸びとくらべると、こちらは、地道な努力をするいわば、精一杯、地を這うような事だと思います。それにしても雑巾がけなんて、小学生レベルの発想ですよね。笑っちゃうでしょ。と・こ・ろ・が、これがものすごい効果を発揮したのです。机の上を構成しているものといえば大抵、1)書類2)文房具3)仕事の参考となる本などです。(あと会社支給のパソコンね)毎日毎日机を拭いているうちに、仕事ができる人とできない人には、上記3アイテムに大きな差がある事を発見しました。できる人の机のアイテムは常に回転しています。書類は常に新しいものとさしかわり、鉛筆は毎日どんどん短くなり、本も短期間で変わっていきます。一人、本当に仕事ができる先輩がいました。その先輩の机は、その方が座っていなくても、ブンブンとエンジンが回転していることをにおわせるオーラがありました。信じられます?誰も座っていない、ただの机なのに、すごい迫力があるんですよ。今も、机を見たら大体その人の事が想像できます。一年間机を拭き続けて得た、くろの特殊技能です。(ちなみに、今まで、机を見ただけで 「参った」と 思わせてくれたのは、 上記の先輩を含め、2名だけです。)「仕事をまわしていく」、「仕事をクリエイティブに進めていく」ということはどういうことなのかを、くろは机を拭く事を通じて学びました。なんらかの想いや、志があれば、何をしていても、何からでも、学ぶことはできるのだと思います。社内では、「毎日机を拭いている修行僧のような新人がいる」と話題に上る事もありました。色々な人がそんなくろに興味を持ち、声をかけてくれたりしました。そうした方たちと新しい繋がりも広がりました。もちろん、机を拭くだけではダメで、他にも、本来は女性アシスタントがやっていた、「部署に届いたファックスやテレックスを 朝一番にそれぞれの担当者に配る」(昔は電子メールなんて便利なものなかったのです!)という業務を譲ってもらい、配りながら全部の書類を読んでいました。それぞれの人の仕事の進め方を学び、そのいい所を全部盗ませてもらいました。雨が降ろうが朝一番出社雪が降ろうが朝一番出社深酒しようが朝一番出社二日酔いの日は何回もトイレにかけこみ吐きながらも机拭きと書類配りは1日も欠かしませんでした。(くろは吐くときに「オェー」と どうしても大きな声が出てしまい、 先輩方に「うるせぇんだよ!」と よく怒られていたものです)あの1年がなかったら、くろは今よりもっともっとダメな堕落した人間になっていた事と思います。目一杯背伸びをして、精一杯地を這って、ようやく、人は少しずつ成長できるのだとくろは考えています。(この記事は、なおやさんのコメントに触発されて書いたものです。なおやさん、コメントありがとうございました。なおやさんも頑張ってくださいね!)
2006年02月04日
くろが、まだ社会人になりたてだった頃の事を書こうと思います。今からもう12年も前の事ですね。早いものです。おバカなくろですが、いわゆる、「大手優良企業」に就職する事ができました。社員は確か1万人近かったと思います。入社当時は、「お前の目標はなんだ?」と上司や先輩たちによく聞かれました。くろは、必ず,「社長になることです」と答えていました。必ずと言っていいほど笑われました。でも、「社長になる」と思えない人は社長にはなれないし、そう思って努力すれば、きっとなれる、そう強く思っていました。そう思えない奴らは単に努力が足りないだけで、そのくらい頑張らないと仕事してて面白くない、と考えていました。くろの事を笑う先輩には食ってかかることも少なくありませんでした。よくもまあ、そんなに突っ張っていたものだと今考えると、自分でもおかしく感じます。(諸先輩方、ウザい後輩で済みませんでした)でも、今振り返ると、やっぱりあの時はがむしゃらにがんばっていたと思います。くろが大きく変わっていった時期であったことは間違いありません。結局転職してしまいましたので、社長にはなれませんでしたが、(もし万が一社長になってしまったらきっと会社を潰していた事でしょう)精一杯背伸びをして、実現が不可能なレベルの目標を設定し、見栄を張って、自分の限界を高めていくそんな体験をできたことは、やっぱり、とても良かったと思っています。目一杯の背伸び、いいものです。若かったなぁ。もう一度やってみろっていわれても、もう無理かもなぁ。(この記事は、なおやさんのコメントに触発されて書いたものです。なおやさん、コメントありがとうございました。なおやさんも頑張ってくださいね!)
2006年02月04日
最近、若い人たちに、進路を聞くと、「語学留学」と答える人が多くなりました。語学を学ぶ為に留学する。未知の国で暮らし、未知の文化に触れ、未知の言葉を習得する。なんて素晴らしいことなのでしょう!とは、くろは全然思っていません。語学は単なる「道具」です。とっても有効な道具ではありますが、本来、道具は何かの目的を達成するために存在するものです。「これからどうするの?」「やっぱり英語が話せるようになりたいんで、アメリカに語学留学します!」ここまでは元気ハツラツ!オロ○ミンC!な若者たちですが・・・「その英語を使って何がしたいの?」たいていの若者は即答できません。しばらく考えた上で、返ってくる答えといえば、「やっぱり、国際的なコミュニケーション能力は 何にでも生かせるし・・・」ぐらいなもんです。語学の基礎くらい、がんばれば日本で学べます。がんばれば、少しくらい話せるようにはすぐになります。NO○Aでも、GE○Sでも行ってください。方法はいくらでもあります。本当は、その語学を使って、その国の何を学ぶかが問題なのです。いわゆる普通の「語学留学」して帰ってこられた方々の中でしっかりと語学を習得している人をくろはあまり見たことがありません。一方で、たとえば「MBAをとる!」「ロースクールに行く!」など、明確な目的意識をもってアメリカに行った友人の英語は、驚くほど上達しています。(あと、なんといっても、 留学先でその国の彼氏/彼女ができちゃったヤツね。 いっくらマジメに勉強しても、 ヤツらにだけはかないません。 教科書より、ピロートークの方が勉強になるのです! やっぱり「体」で物事覚えるヤツらには かなわないんだなぁ)語学なんて、後からついてくるものであって、わざわざ学ぶものではない、とくろは思うのです。(もちろん、「語学」を学問として研究したい方は別です)「語学留学」は、くろに言わせれば「(とりあえず)語学留学」なのです。みなさん、( )の中の本音はあまり言いませんけど。目標をもっと背伸びして設定してみてください。お釣りがいっぱい来るはずです。青春の大切な1年なり、数ヶ月を、最大限に生かしてください。もっともっと吸収できるし、もっともっと感動を見つけられるはずです。これは実は語学留学だけじゃないんですけどね。「(とりあえず)高校に進学」「(とりあえず)大学を受験」「(とりあえず)会社に就職」そういう人たちと話すと「自分の人生としっかり向き合う」という事を放棄している、逃げているようにしか聞こえません。一度しかない人生ですよ!みなさんは大丈夫ですか!?(って、エラそうに、 これって全部、俺の事じゃん! ヤベ、ガンバロっと!)
2006年02月04日
ということで、昨年7月のマダガスカル出張が決定打となってしまいました!確かに、首都のアンタナナリヴォのみならず、1ヶ月近く、わけ分からんサバンナからジャングルから、色々回ったからなぁ。世界でも最もヤバい部類の「マラリア汚染地域」に指定されてるもんなぁ。でもさ、一番いい薬のメフロキン飲んでたし、ちゃんと帰国後も4週間飲み続けたし、現地でもほとんど蚊には刺されなかったし別にいいじゃん、こんなハタ迷惑なくらい健康なんだからさっって訳には、やっぱり行かないでしょうね。患者さんの命がかかっている訳ですから。あーあ、「俺がいのち救ったるわい!」なぁんて勝手に盛り上がってたので、なんだかちょっとガックシきてしまいました・・・。でも、くろの他にも20万人の心強いドナーさんたちが控えている訳ですから、誰か、白血球の型が一致する方が早く見つかると良いですね。まだ見ぬ患者さん、今回、くろはあなたに骨髄液を提供できませんでしたが、でも、あきらめないで、がんばってください。ドナー保留は1年間なので、今年の8月になれば、くろはあなたに、骨髄液を提供できます!だから、もし他に誰も見つからなくても、がんばって、がんばって、必ず生き抜いてください。くろは、あなたのために、いっぱいいっぱいお祈りをします。そして、このブログを読んでくださったあなたも、もし宜しければ、くろと一緒にお祈りしてください。 ありがとう。
2006年02月02日
2月と言えば、スェィント、ヴァレントヮィンズドゥェイ!イェイ、イェイ、イェェェイ!!!ご覧の通り、画面をチョコレートっぽく変えてみました!!!くろは、多分、日本で少なくとも3本の指に入るチョコ好きです!サーティーワン行っても、チョコをダブルで重ねるし、7のつく日にハーゲンダッツに行っても、必ず4つはチョコなのです!義理チョコだろうが、アポロチョコだろうが、チロルチョコだろうが、チョコボール向井だろうが、もらえるもんならなんでもいただきますっ!!!はなぢ出るまで食べたいです!(友達のなかじま君は、 たまご豆腐が大好きで、 死ぬほど食ったら全部吐いてしまい、 もう二度とたまご豆腐は食べられない と言っていましたが、 そんなのは、ぜんぜん甘ちゃんです。 吐こうがはなぢ出ようが、 くろがチョコを嫌いにある事はありません)エビバデ、ギミ、ちょこれーと!!!ちょっとそこの兵隊さん!ギミギミ、ちょこれーと!!!ちょっと気持ちよく酔っぱらってるくろでした!在、頑張れよー!!!!応援してるぞー!!!
2006年02月01日
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