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アニメの「となりのトトロ」の中に近所に住むカンタのおばあちゃんが出てきますが、カンタの家に主人公のサツキが訪ねた時におばあちゃんが夕方なのに「なんかあったけぇ」とか言いながら奥の部屋から出てくるシーンがありました。 あぁそう言えばおばあちゃんて明るいうちから自分の寝室で寝ていたなぁ、湿布薬の匂いがする部屋で寝ていたなぁと思い出が蘇ってきました。おばあちゃんたちって本当に昼間元気で良く動いている記憶もあるのですが、ある時時々自分の寝室に籠ったりして休んでいることがよくありました。そして昼間から寝間着のままうろうろしていることがあったようにも覚えています。 今のお年寄りはテレビがあるから昼間もテレビをぼーーっと見ていることが多いようですが、昔はそんな娯楽は無いから農作業なんかをしているおばあちゃんは時々エンストして寝込んだりして、また復活なんていうパターンを繰り返していたように思います。懐かしいおばあちゃんパワーの原動力が見えたように思ったものです。
2020年09月30日
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夏の暑さは心臓の経絡を弱らせます。この涼しくなった時期にこそ心臓の経絡の弱りが出てくる場合があります。周辺痛というか、関連痛というか五十肩のように肩のあたりに痛みが出る場合も心臓の弱りが原因と言う場合があるようです。 心臓の経絡が弱ると胸椎の2番から6番あたり(肩甲骨に挟まれたあたり)が歪むようになります。これを手技で矯正してあげると緩解する場合があります。私の母がやはり心臓に持病を持っているのでこの手法が見出されました。ご自宅でも家族の方が行うこともできるので心配なご家族がおられればお教えしますのでお越しください。 夏の暑さが身体に嫌な後遺症を残していきます。苦味も心臓の経絡の栄養になりますのでゴーヤなどの野菜も摂取するのが良いかもしれません。
2020年09月28日
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父親の役割というものをフト考えていました。現実面ではもちろん一家を養うことが第一ですが、精神的な面ではどうなんだろうと思います。 まず第一に子供の資質というものを見極めて正しい道へ導くということがあるのではないかと思いました。それは言葉によるものだけではなくて、態度や生きざまを見せる事によってかもしれません。子供は親のことをしっかりと見ているものです。 私自身が上記のことを為しているかと言うと甚だ疑問です。子供の資質を正確に見極めるというのはなかなか難しいことで、今の年齢になってやっと分かるようになりました。でも本当はもっと子供が若いうちにそれが出来ていればと後悔しています。 ちなみに身内の恥になりますが、私の父はほとんど父親としての役目は果たしていませんでした。今でいうジコチューの人で、自分さえよければ家族などどうでも良いと考えている人でした。だから言い訳になるかもしれませんが、私には手本とするべき人物像は身近にいなかったわけです。それでも両親が離婚しなかったのは有難かったかもしれません。 母親と言う存在もももちろん子供第一に考えている人たちですが、父親ほど冷静に客観的に子供を見るということはできないように思います。愛情が強すぎると言えるかもしれません。 父親は家庭の中で「傍観者」でもあり「観察者」でもある部分があります。それは子供をより良い未来へ導くためにそういう立場でいるのかもしれないと思われます。
2020年09月26日
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長野県の戸隠神社へ久しぶりに行ってきました。コロナ禍の中の平日。高速道路ははさすがに空いていました。金沢からは3時間半ほどかかります。 こちらのアメノタヂカラオノミコト様は手仕事の神様でもあると私は信じているので職業柄崇拝させていただいています。また九頭竜神様も祀られているのでありがたいことに一か所で二柱の神様にご挨拶が出来ます。それにしても山の中なのに九頭竜神様がおられるというのは、やはり杉の巨木が林立していることからもうかがえるようにこの辺りには大きな水脈と気脈が流れているのだろうと思います。 長い参道を歩いていると心が洗われるような気持ちになりました。ここは何度来ても楽しく心が癒される場所です。栃の実がいっぱい落ちていました。今年は栃の実も豊作のようで熊や猿も麓に降りてこなくても食料は足りるようです。 参道横にあるイヅナ権現の神様には来なくていいですと軽い拒否を送りました。以前憑いてこられてひどい目に遭いましたから・・・。 今回は水の神様の気配がとても強かったように思います。水害が多く起こらないように願うばかりです。
2020年09月24日
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氣視させていただいているときに摩利支天様が視えました。この方を守護しておられるようでした。この仏様は陽炎や御仏の威光の具現化した方とされていて、実体を隠して何物にも侵されない不敗の象徴として戦国時代には多くの武将に崇拝された存在です。 守り本尊としてはとても大きな力を持っておられる方なので、この方にはぴったりと感じました。 それと不思議なことなのですが、この仏様は「量子論」と密接なつながりがあって本質的な部分に量子的な部分を持っておられるようです。菩薩様と量子論とはとてもユニークな関係ですが、以前から仏教の考え方の中に理数的というか高等数学の論理のようなものが含まれているのは「曼荼羅」などの図式からわかっていました。 摩利支天の存在は量子論の究極の具現化なのかもしれないなぁと感じています。 目に見えないものこそが本質的に人にとってとても大切なことはわかっています。目に見えないものと目に見えるものの中間にも位置するようなこの仏様は何かとても重要な存在なのではないかと考えています。
2020年09月22日
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子供さんを施療させていただく機会が時々あります。そういう時に自然としていることが子供さんの未来の明るくて楽しい道を示すことです。 子供さんを氣視すると様々な未来が視えます。そのどれもが明るい希望と光に満ちています。苦労したり努力したりしている姿も視えますが、それは生きて行く上で必要なことであり彼ら彼女らは喜んでやっています。 問題なのは親御さんのほうです。現実を見過ぎてしまって子供たちの未来に対しても暗い影を自ら落として考えてしまっていることが多いです。 本当は子供さんのしたいこと、その可能性をしっかりと見極めてやりたいことが自由にできる環境を整えてあげるのが親の役目です。こうしなさいではなくて、自由にやっていいよ、でも周りに迷惑をかけないようにねというのが大切だと思います。 子供たちの未来はいつも明るいです。ありふれた言葉ですが、子供たちの未来には無限の可能性が溢れています。その子の心や体の特性に合った生きる道が必ず目の前に用意されています。それを少しだけ手助けしてあげて行きたいものです。
2020年09月20日
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多少涼しくなりましたが、それでもなんだかちょっと蒸し暑い時があります。空きが始まっているのは感じるのですが、湿度が高い日が多いです。何だかすっきりしませんね。 こういう時は体調も崩れやすくなるようで、何となく頭痛がしたりお腹が下痢気味になったりするようです。自然には逆らえないのでこういう時はじっと耐えるしかありませんね。 身体が本来持つ自然な回復力に期待して規則正しい生活を送るのが良いと思います。コロナについては考えても仕方がないのでできる限りの感染予防対策と周囲への気遣いを忘れずに生活していこうと考えています。ここまでくるとコロナとインフルエンザとどれほどの違いがあるの?という疑問も定着気味です。そこまで恐れずきちんと感染対策していれば普通の生活をしていけるのではないかと考えてしまいます。 まぁ我が県は某知事のお陰で最悪に気分の悪い県環境になってしまいましたが(苦笑)。 気持ちの良い秋の風が吹いてきてくれることを願います。
2020年09月18日
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人は一人だと思うと弱くなるし、誰かの存在を認識すると少しだけ強くなる。そう思っています。 たとえ周りに誰も自分を見ていてくれる存在がいないと思っても、人は必ず守られています。その血と魂の系譜の中には数多くの目に見えない存在があって、常に私達を見守ってくれていると思ったほうが良いと思います。 何もない無からポンと生まれてきたわけではなくて、数多くの奇跡と慈愛の念に包まれて私達は生まれてきているし、必ず何某かの役目があって生きてきているのだと私は思っています。 だから「守られている」自然万物全てから「愛されている」のだと感じてほしいと思います。 今朝も朝焼けが綺麗でした。まるで空が歌っているように感じました。それを美しいと感じる心は愛されている証明なのだと思いました。
2020年09月16日
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妊娠を望む女性たちにお子さんの事を聞かれると、大体その方の背後に生まれてくることを望んでいる赤ちゃんの魂が視える場合があります。人数と性別が分かり、時にはその方との縁が分かる場合もあります。 彼ら彼女らは本当に大人しく生まれてくることを待っています。その姿は本当にけなげです。彼ら彼女らの為にも心と体を健やかにして良き妊娠・出産をいつも願ってやみません。 時々半分の魂を視かけることがあります。そういう時はペットがとても可愛がられて育てられています。待ちきれなくてワンコやニャンコとしてそのご夫婦のそばに来てしまった魂なのだろうと思われます。それはちょっぴり悲しいことなのかもしれません。それでも深く愛されているなら許されることなのかもしれません。 霊的な存在の特徴は何度も書いてきましたが、愛情にあふれていることです。霊的な存在が現世の人に何某かの害をもたらすなんて言うことはあり得ません。それは現世の人の魂が歪んでいて間違った受け止め方をしているに過ぎないと私は思っています。 赤ちゃんたちは女性のお腹の中からもお父さんお母さんの姿をじっと見ています。だから時々妊娠中の赤ちゃんから夫婦喧嘩についての文句を聞くことが度々あります。シチュエーションを伝えてくるので大抵のお母さんは赤面しておられます。 「♪だーれもいないと思っていても♪どこかでどこかでエンゼルが♪」というCMソングは真実です。必ず目には見えなくても赤ちゃんや何かの魂が貴方を視ていると思ってほしいです。
2020年09月14日
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一番最初の人の死を見たのは三歳か四歳かくらいのころだったと思います。路面電車に乗っていて他の路面電車に自転車に乗った人が轢かれて真っ赤な血が道路にいっぱいに広がったのを見ました。きれいとか汚いとか恐ろしいとか、そんな感情は全くなくてうわー真っ赤だなぁと子供心に感じました。 それから身内の死やら近くの川の堤防に引っかかっている水死体やら、近くのビルからの飛び降り自殺の死体やら様々な死を見てきました。 命が無くなるのは一瞬だと感じています。それに生きている人たちが思いを乗せます。生命エネルギーが一瞬で身体から抜けて大気の中に溶け込んでいきます。目に見える存在が目に見えない存在へと転化するのが死というものなのかもしれないと感じています。 毎日何万もの生と死が繰り返されて行きます。それが自然の理というものなのだろうと思います。そこに本当は人の心が醸す「思い」や「愛」なんていうものは関与も存在もしていないのかもしれません。ただただ人は毎日を生に対して真面目に対していっているのが正しい生き方なのだと信じています。一番最後の生の瞬間まで。
2020年09月12日
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人は自分が思った通りの人生なんか歩めるものではなくて、自分の思った通りに生きていける人なんて本当にごくわずかな選ばれた人だけだと思います。 ほとんどの方が運命に翻弄されるように思い通りにならない人生の道を歩まされていることだと思われます。 ただ何かに手を引かれて何某かの道へ踏み出し、導かれるままに生きてきたなぁと思われる方もおられるかもしれません。その道が楽しいやりがいのある道であれば、それは本当に幸せなことだと思います。自分の意思なんてほとんどなくて何かに導かれるままに進んだ道がたまたま自分の資質に合っていた、あれよあれよというままに食べていけるようになっていた、しかも何某か他人様の役に立っているようでもある、それが私の導かれた結果でした。本当にありがたいことだと感謝しています。唯々感謝しかありません。 手を引いてくださったのは親戚の中でやはり施療家をしていたという女性の魂なのか、前世であった僧侶の方なのか、何方のお陰なのかはわかりませんが、何しろ目に見えない力が働いたとしか思えません。 誠意をもって全てのことに当たるということが導かれる大前提のように思います。そして感謝の念を全ての人、モノに送ることが大切だと信じております。
2020年09月10日
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飼っていて亡くなったワンコ・ニャンコの霊体は交通事故などから家族を守るために就いてくれることが多いです。本当に律儀に彼ら彼女らは守り続けてくれます。できればそのことに気づいて感謝してあげることが大切です。そうすると永遠にずっと守ってくれる存在になってくれます。 私は毎朝仏壇に飼っていたワンコ達のためにお水を新しく供えます。いつもありがとうと言う気持ちを添えて。彼ら彼女らをずっと忘れないよと心の中で思っています。そのお陰なのかどうなのか20年以上無事故で来させていただいています。本当にありがたいことです。車を運転する前に心の中にワンコたちの姿が浮かぶことがあります。そんな時はいつも以上に周囲に注意しながら運転するように心掛けています。彼ら彼女ら頼みではいけなくて、自分自身十分注意して運転することが大事ですからね。事故を起こせば自分だけでなく周りにも大きな迷惑をかけてしまう事にもなりかねません。 ワンコたちは特に亡くなってからも走るのが大好き、彼ら彼女らといつまでも楽しく走りたいものです。
2020年09月08日
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善行を積むというのは良いことなのだけれど、善行のみを積み上げるのはダメなのだそうです。これはあちらからのメッセージなのですが、自身が良いことをし続けているというのはあまり良い状態ではなくて「過ぎたるは及ばざるがごとし」ということなのかもしれません。 人らしくたまには小さな欲にかまけて好きなことをするという時間を持つことが大切なようで、善人であるという性格にかまけて人助けばかりしていると積み重なった善行が崩れてきてつぶれてしまうのだそうです。 ほどほどが良いということなのでしょうか?あちらからのメッセージは時々難しいです。 私が苦手なタイプに英雄タイプという方がおられます。これは社長さんや一部の政治家の方などにおられるタイプですが、何しろ善意の塊と言うような感じでそれを正義感や倫理観が後押しするから周りは反抗できません。言いなりになるしかないというタイプです。これも前述の善行のみを積み上げるタイプと言えるのかもしれません。まぁ英雄タイプはまだバランスを上手く取る人が多いかもしれません。 それでもわたしはこういうタイプが苦手で裸足で逃げ出してしまいます。善行は時々少しずつというのが良いですね。
2020年09月06日
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こういう暑い日々には涼しい滝のある風景に憧れます。私が一番好きな滝は何といっても熊野の那智の滝です。あの場所は本当に清浄な氣に満ちていました。またいつか行ってみたいです。きっとこの暑い夏にも涼しさで満ちていることでしょう。 石川県にも清浄な滝は幾つか存在しています。白山ホワイトロードの姥が滝やその他の白山山系の滝はどれも美しくて清らかなものです。ただ山麓の綿ケ滝はちょっとそれほど清浄ではないのであまり行きません。 意外なところでは私が以前住んでいた町のちかくにある鳴和の滝というちょっとしょぼい滝というより湧水が竹樋で何本も流れ落ちているようなところなのですが、ここが意外と深い清浄な氣にあふれている場所なのです。まぁここは源義経伝説の地ではあるのですが。 滝に思いを飛ばしていると何となく脳内だけは涼しくなるので夏の一服の清涼剤というところでしょうか。今度お隣の大岩不動尊にでも行ってみようかなと思います。何故ならあそこもなかなか涼しげな場所なんです。
2020年09月04日
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今朝方弱い地震がありました。震度は3なので大したことは無かったのですが、我が家は小さなビルの3階なのでそれでも結構な揺れでした。 地震で周り中が揺れ動く中で感じるのは普段の何気ない日常というものが、本当はとても不安定なものだということです。地震列島であるこの国に住んでいる限りいつ大きな地震に見舞われるかわかったものではありません。仮初めの安定の中で生活させてもらっていることが地震の揺れの中で痛切に感じました。 最近は震源地が遠いか近いか何となくわかるようになりました。今朝方の地震は震源地は近いなと感じました。地震の余韻のようなものがあまり無くてすぐに消えたような感じだったからです。今朝起きて調べたら隣の富山県が震源でした。 氣を視てみたら列島の軽い息継ぎのようなもののようでした。大きな地震の前触れではないようです。 日々のさり気無い「普通」に感謝して過ごしていきたいですね。
2020年09月02日
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