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大晦日の早朝の気温は0℃でした。昨年が暖冬だったので雪の降り積もる寒い冬の年末は少し違和感がありますが、昔は冬と言えば金沢はこんな感じが普通でした。何度か大雪も経験していて夜中の二時まで近所の除雪に従事していたこともありました。昔は道路の融雪装置も今ほど設置されていなかったので交通事情は悪いのが当たり前でした。 当たり前・・が普通ではなくて壊れてしまうことがよくある今の世界です。冬の当たり前も今はどんな風にでも壊れる前提があるように思います。人の動きが無い静かな雪の年末。それもまた新しい「当たり前」なのかもしれません。目に見えない存在は人に依存してはいませんからきっと何事も無く静かに過ごしておられると感じます。 この静かな日々をありがたいと捉えるか、困ったことだと捉えるか人それぞれですね。皆様良いお年をお迎えください。
2020年12月31日
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今年の営業が終了しました。多くのお客様にご愛顧いただいて感謝に耐えません。ありがとうございます。 今年の終わりに不遜なことを書きます。思いあがっているかと思われるかもしれませんが、日々思っていることなので少し言わせてほしいです。 よくテレビやネットで「ゴッドハンド」と称されて話題に上る手技技術者の整骨院の先生や整体師の方達がおられます。見ていると簡単に難しい身体の不調を治しておられて凄いなぁと思います。こんな簡単に腰痛や五十肩を治されたら患者さんはとても喜ぶだろうし沢山の方が顧客として来られるだろうなぁと思います。ネットではそういう方が沢山の生徒さんなんかも教えておられて、皆さんみるみるうちに治せるようになっていかれて驚きです。 でも何かが引っ掛かっていました。その不調がどういう原因で成って、どうすれば再発を防げるかと言うことをこの人たちは一切語らないのです。それはお医者さんのお仕事で、そこに踏み込んではいけないのですよ。そう言っておられるように感じました。そうするとこの人たちは故障の原因をそのままにして壊れるたびにその体を持って来ていただいて、治しているだけになります。 それは商売としては成り立つのでしょうが、本当にお客様のことを考えていると言えるのでしょうか? その人の身体の体質を伝え、生活習慣の不備な部分を伝え、日々の生活から変えて行っていただけなければ同じことの繰り返しか、もしくは悪化していってしまいます。場合によっては「心の持ちよう」というものさえも変えていかなければ本当に健康な体も生活も得られないのではないでしょうか。 少なくとも施療に携わっている限りお客様の身体の状態を少しでもお知らせしなければ施療の意味がないと私は思っています。こういうことが原因でこういう不調が起きたのですと伝えなければ「意味がない」施療になってしまいます。 ゴッドハンドと呼ばれる方達にそれを徹底していただければと願っています。そうしておられる方が多いのであれば幸いですが。
2020年12月29日
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25日に妻といっしょに車に乗っていたら妻がくすくす笑い続けているので聞いて見たら終業式で学校から帰宅する子供たちを見ながら笑っていました。男の子はぐだぐだでたくさんの荷物のせいでランドセルはずれて荷物もへんてこに運んでいて、女の子はとてもきちんとした姿勢できちんと荷物を持って帰宅していました。 小学生のころは男の子は何でもきちんとはできにくくて、女の子は何でも男の子よりもきちんと出来ているようです。妻は以前小学校の事務補助のパートを何年間がしていたので、その時の男の子あるあるを思い出しておかしかったようです。 その後一年生の女の子二人が強風でくるくる舞い踊っている木の葉やゴミ袋を見て大笑いしている様子が見えてこちらも何だかほんわかして二人して笑っていました。 子供たちって本当に神様に愛されていますね。この子たちの為にも明るい未来が用意されていることを強く願いました。
2020年12月27日
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63歳のおっさんがユーミンの曲を嬉しそうに聴いているというのも何とも不気味かもしれませんが、この曲がとても好きです。 北陸のどんよりと重い雪雲に覆われた世界で青春を過ごした人間にとって「空がとっても低い♪天使が降りてきそうなほど♪」というフレーズはとても貴重です。もちろんユーミンが北陸の雪雲なんかを想像してこの歌詞を書いたはずはないのですが、聴く側がどんな想像をしてもそれは自由ですよね。 ユーミンの声はとても独特ですね。母親に一度聞かせたことがあるのですが、この人の声と歌のどこが良いのか全く分からないと言っていました。母たちの年代では理解できないのだろうと思います。クラシックと民謡が好きな母親なんですが。 確か何かのテレビ番組でユーミン自身が出演していてモンゴルの民族音楽である「ホーミー」という独特な発声音楽と自らの歌唱の共通性を探る趣旨のドキュメンタリーを見たことがあります。「ホーミー」は同じ人が口の中で低音と高音を同時に発生させて共振させるような特殊な発声方法です。ユーミンの声にも同じような共振が含まれているそうで、それが「ホーミー」と同じような心への特殊な親和性を生み出しているのではという推測が番組の中では為されていて、私はとても納得したような気がしました。 何にしろユーミンは最高であり、最上のアーテイストであることは間違いないようです。
2020年12月25日
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改めて我が県の政治代表のT氏はバカなのかと思ってしまいました。全国知事会でコロナに対する危機感を訴えるかと思いきやGoToキャンペーンについての不満を大々的にぶちまけていました。そんなことを訴えた知事は他にいなかったようで全国ニュースで取り上げられて・・・恥ずかしい。 前にも「無症状の人はぜひ観光にわが県に来ていただきたい」と全国に主張して感染者拡大の呼び水を作った前歴がありますが、この人は財界からどれだけプレッシャーをもらっているのか・・・。 この前回の時にも書いたのですが、「政治家というのは最低最悪の状況を想定して政を行わなければならない。」というのが鉄則です。医療体制のひっ迫が目の前に来ているというのに何故金儲けを優先するのか?もちろん観光業・飲食業界が苦しいのは重々わかっています。しかしそれよりも人の命や健康が大切でしょう。何故そんな当たり前のことが県の代表の頭に入っていないのか?他県出身の人を知事にしていては郷土愛など全く期待できないという事か。 我が県は以前にも京都出身の知事を長い間トップに置いていた時期があって、私はこの知事が子供たちの取材に対して「お前たちどこの大人にそんなことを聴けと吹き込まれた。」と怒鳴ったということを読んだことがありました。情けない思いをしましたが、今も変わっていないようです。 当院のお客様で参議院議員をされている方がおられます。この方が戻ってきて知事になってくれないかなぁと思います。この方はとても真面目で郷土出身の誠実な人なんです。
2020年12月23日
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日本国民であれば天皇家とのご縁は皆等しくあるのだろうとは思いますが、お客様の中には普通より強く天皇家とご縁を持つ方達が少なからずおられるようです。 先日は光明皇后とのご縁が深い方達がおられました。この皇后様は施薬院などを日本で初めて作られた方でもあり、御自ら患者を癒す手助けをしておられたという日本医療従事者の創始者と言っても過言ではない方です。先日正倉院御物に関するテレビ番組を見ていたら御物の中にある漢方薬原料の一部は患者のために下げ渡されていた記録が残っているとありました。 天皇家がそういう医療にかかわる慈善事業に初めから携わっていたのは間違いないようです。この光明皇后にご縁のある方達もあとでお聞きすると医療従事者の方達でした。 天皇家にご縁のある方達は須く伊勢神宮の神様とつながっておられます。天照大神様は全ての神様の大本ですから、神縁浅からぬというところでしょうか。そういう私自身も産土の神様は天皇家にご縁のある方なのでこの方たちと一緒ですね。
2020年12月21日
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日々自己満足なんだろうなぁと思いつつあらゆることに感謝の念を送っています。車に感謝、パソコンに感謝、家内に感謝、娘に感謝、母に感謝、お客様に感謝、自分の身体に感謝、住んでいる建物に感謝、お世話になった友人知人に感謝・・・・本当に感謝の気持ちを振り撒いて生きています。何一つとして無駄なものが無く全ての物人に生かされて生きていると実感します。心の中でありがとうございます、ありがとう、あんがと・あんやと(金沢弁)つぶやきつつ生きています。 自分が上だなんて思ったことがありません。常に全ての物の人の下に自分がいます。だってお陰様で生きているのですから。下から見上げると何もかもが立派に見えます。皆素晴らしい存在で完璧で何かの役に立とうと思って在る、生きている存在ばかりです。だから私も何某か少しでも何かのお役に立つように生きたいと願います。感謝されたいなんて思ったことはありません。まぁそのあたりにいたな、くらいに思ってもらえたら嬉しいなと思っています。それでも一寸の虫にも五分の魂と言うくらいですから、何かのお役に立てたらありがたいなと思いつつ頑張っています。それでも時々「我」というものが邪魔をします。気に入らないという感情が溢れることがあります。それでもそれは仕方ないかなと悟りを開いた人間ではないですから「我」を抑えきることはできません。それでご迷惑をおかけした場合は申し訳ありませんと心の中で謝っています。「我」を100%抑え込んでしまうとストレスがひどくなります。 感謝の気持ちと時々の「我」の迸り、そうして生きているようです。
2020年12月19日
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日経新聞のコラムで興味深いお話が載っていました。ある実験施設で飼われていたチンパンジーがある難病にかかって全身の筋肉が固まって動けなくなってしまったそうです。人間ならば将来を悲観して絶望してしまうところですが、チンパンジー氏は全く平気で表情も元気で明るく食事もして普通だったそうです。彼にとっては「いまここ」しか無いから悲観することも無く嘆き悲しむことも無かったらしいです。 このお話は人の理性というか大脳の働きのデメリットをしっかりと示しています。自殺者がとても多いのは将来を悲観したり、自分が無用の物と感じてしまったりが理由の一つだと思います。 彼のように「いまここ」だけを感じて生きていくということはこの今の時代にとても大切なことなのかもしれないとこのコラムを読んで感じました。ちなみにこのチンパンジー氏は今も元気で治療によって身体もある程度動くようになり快適に暮らしているそうです。大切なものを動物たちの生きざまは人に示しているように感じました。
2020年12月17日
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お客様の中には最初の施療でとても良くなる方がおられます。それは当院の施療がぴったりと症状の原因の改善に当てはまったからなのですが、大抵は二回目にはそれほど良くなることは無くなります。それはその部分で滞っていた「氣」が流れていき、二回目はその流れを少しずつ良くしていくことでしかないからです。 これはお客様には申し訳ないのですが、本当の原因はお客様ご自身の生活習慣であったり普段の心の持ちようであったりするわけで、それをお話しすることはしているのですが、それがそれほど重要だとは思っていただけないことがほとんどで、それはまぁ確かに「砂糖の摂りすぎです」とか「娘さんは成長期のイライラがあるので気にしないで」とかお話ししても、それがご自身の体調不良にそこまで直接的に関わっているとはあまり感じないかもしれないし、またそこを改善するのはなかなか難しかったりするわけです。 厳しい言い方をさせていただくなら、例えばカエルを熱湯に放り込めば飛んで逃げ出しますが、水に入れて少しずつ熱していくと湯だって死んでしまうそうです。人の生活習慣の悪例や心の持ちようの悪化はこの「少しずつ」というのが問題なのかもしれません。 私がもっときつく大げさに指摘させていただければ変化が見られるのかもしれませんが、性格上なかなか難しいことです。できれば私のアドバイスを十倍くらい大げさに受け止めていただきたいものです(笑)。
2020年12月15日
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以前にも書きましたが、冬になると時々石川県羽咋市の邑知潟周辺に白鳥を見に行きます。昨日の休日も娘と二人で見に行きました。あいにくの天気で車の中からの観察になりました。金沢からは1時間ほどで行けます。 邑知潟は整備された湖で周囲には田畑が広がっています。白鳥たちは数十羽の群れを作って日中はそれらの田畑で餌を食べたりしながら羽を休めています。彼らはもちろんシベリアから飛来した渡り鳥です。一面の田んぼの中に真っ白な塊が蠢いているのは本当に不思議で面白い風景です。 能登半島の首くらいの土地ですが、ここはUFOの目撃例が多く「モーゼの墓」何て言うものも近くにある不思議な土地です。遠くから何かを引き寄せる力がこの土地にはあるのかもしれません。白鳥たちはいつも変わらず同じように同じ時期に同じ場所に飛来します。自然の不思議をいつも感じてしまいます。たぶん餌付けなんかはしていないと思います。
2020年12月13日
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来週から本格的に寒くなるようで戦々恐々としております。窓には半透明の断熱シートを貼り、灯油の備蓄もフルにしました。ファンヒーターも設置して衣服も真冬装備に変えていっています。車もスタッドレスタイヤに替えました。北陸の冬仕様です。いつでも来やがれ冬将軍・・というところでしょうか(笑)。 ヒートショックが怖いので今度母の使っているトイレにミニファンヒーターを付けようかと考えています。自分でトイレに行けるだけありがたいと思っています。もう88歳ですから。 我が家は鉄筋コンクリートのビルなので雪下ろしの心配はありません。ただ壁面が断熱仕様ではないために寒さも溜めてしまいます。結構寒いです。私自身は寒さには強いので平気なのですが、娘は寒さが苦手なので苦労しているようです。半分冬眠出来たらなぁ、ムーミンみたいにと子供のころから時々思います。
2020年12月11日
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厄払いというのは厄歳に行うものと思っている方が多いと思います。けれど私は別にそんなことにはこだわらずに困ったなぁと思えば神様にお願いしても良いと思っています。 実際に私も厄歳以外の機会に厄払いをお願いしてすっきりした経験があります。私は厄払いは白山さんにお願いしています。白山さんの厄払いは巫女さんの舞が綺麗で変な言い方ですが、とても楽しいものです。もちろんこの季節に行くととても寒い思いはしますが、何十分もかかるわけではないので逆に身が引き締まってこれも楽しい感じです。 菊理姫様はとても律儀な神様で厄払いには必ず来てくださいます。神気を感じるので分かります。嫌なことが続くなぁと思ったら厄払いをお願いしてみるのも一つの方法だと思います。
2020年12月09日
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少し前からイツァーク・パールマンというユダヤ人のヴァイオリニストの方が好きになってCDを数々購入して聴いております。 最初はEテレでのドキュメンタリー番組でこの人の特集を観たのがきっかけでした。初めにヴィバルディの「四季」を聴いて独特だなぁと思いました。いつも聴いている「四季」がこの人の演奏によって全く違った曲に聴こえました。クラシックファンじゃない人はごめんなさい。全く私の趣味の世界のお話です。 たぶんそうなのだろうと思いますが、この方は「シンドラーのリスト」という映画の主題歌なんかも手掛けている方で、映画音楽などでも有名な人です。 ユダヤ人ですから才能豊かではあっても人種的な迫害も欧米では幾つか受けてこられているとは思います。でもその演奏は圧倒的に繊細でユニークで抒情的だと私は感じています。 こういう方を知るとすごく楽しみになります。圧倒的に面白い本に出合ったような気になります。これから発出されているCD群を少しずつ発掘して聴いていけるかと思うとワクワクします。個人で楽しむ密かな喜びに浸っています。
2020年12月07日
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氣視させていただいているとご本人の事だけではなくて、ご家族のことを聞かれることがよくあります。子供さんの事や、ご主人の事、ご両親の事、健康面や将来の事そして関係性について。 ご本人と「氣の繋がり」が出来ている間はご本人とご家族の間の「氣の繋がり」を通してご家族のことも視ることが出来ます。そんな時にフト思うのは「家族の間の氣の繋がり」の深さ、強さです。一緒に暮らしていなくても親子だったりすれば簡単に氣を通して視ることができるということは「心が繋がっている」のだなぁと。 家族、身内というのは血のつながりと言うだけではなくて氣というものでも深くつながっていていっしょに生きているんだなぁと思います。思いあって助け合って支えあって生きている人同士の間には強い「氣の絆」が出来ているんですね。 それだけつながっている者同士ならお互いを大切に思って生きていかなくてはならないです。愛情と言う大切な感情は氣の繋がりから生まれてきているものなのかもしれません。 目には見えなくて普段は意識していないものですが、大切な「絆」なのだと思います。
2020年12月05日
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現在の仕事を始める前に8年間ほど民間の中小企業で働いていました。その会社の入社面接のときに社長と常務お二人と会ったのですが、その時に私は「お二人が仲が悪くなったり喧嘩するようになったら私は会社を辞めると思います。」と言って笑われていました。 この会社は社長がある空手組織の支部長も兼ねていて、常務はそのお弟子さんと言う関係で社員の中にも一部空手のお弟子さんが混ざっておられました。 とても仲が良くて社長は理想を語りながらも現実をしっかりと見つめていて人脈も幅広い方で、常務は「切れ者」と言う感じでクールなナイスガイという感じの方でした。私は店長などを歴任しながら在職していたのですが、その間に社長の始めた社員研修などでいっぱい勉強させていただきました。 7年目くらいから社長の独断と独走が激しくなり、常務とぎくしゃくし始め指令系統が乱れ始めました。そして私は会社を去りました。何故か私はこの会社は二人の息が揃っていなければ持たない会社だと分かっていたように思います。その後二三年して会社は大手企業に売却されました。社員は散り散りばらばらになっていきました。あの二人がずっと仲良くまるで兄弟のようにお互いを理解して歩んでいれば私はまだあの会社にいたのかもしれません。
2020年12月03日
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門の神様というのが氣視の中に時々現れて、どういう神様なんだろうと常々疑問だったのですが、どうも猿田彦命様のようだと分かってきました。 霊界と現実界、霊界の中でも神霊界と天界、現実界の中でも幽冥界と妖界、そういう境目を支配されている神様なので「門の神」という捉え方でも良いのだろうと思われます。 そして私の名前が表しているものがこの神様の性格と共通する意味があるので、これがご縁の意味でもあるのだろうと推測されます。 この神様はたぶんなのですが、どこにも属していない神様になるのではないかと思われます。異質な部分がある神様なので逆にどういう神様とも会話ができるのではないかと思われます。きっと普通の案内神では不便な部分もこの神様はその繋がりやすさからスイスイと性質の違う神様同志を繋げたり、行き来できるのだろうと思われます。だからこそ純粋な善性を持った神様なのではないかと勝手に推測しています。そして逆の意味でとても厳格な倫理観も持っておられるのかもしれません。 今はこの神様の近くを歳神様がうろうろされています。確かに歳神様とも親戚関係なのかもしれませんね。
2020年12月01日
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