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今日でちょうど一年の半分が過ぎます。折り返し地点ですね。こんなに大変なことが起きた年は2011以来なかったですね。ある意味人の生き方が変わってしまった感じです。 それもC国のお陰です。HKという都市も変わろうとしています。C国というのは世界中に喧嘩を売っているのかと思います。人が何を言っても制限されにくいという自由のある日本と言う国に住まわせていただいていて本当にありがたいと思います。HKももう少ししたら言論統制やK党一辺倒になっていくのだろうと思われます。 アフリカの貧しい国々をお金の力で無理やり押さえつけて友好国にしているC国ですが、それ以外の国ではR国とKC国くらいしか仲の良い国は無いように思います。大国だから安心しきっているのか、もしくは逆に猜疑心に凝り固まっているのか・・・何しろコロナをプレゼントしてくれて本当にありがとう(怒)という感じです。しかも世界保健機構を押さえつけて感染拡大を促進してくれちゃってありがとう(怒)という・・・。 今年の後半はきっと良いことが続きます。とりあえずコロナについては10月くらいに何がしかの医学的成果が出てくると思います。C国については因果応報というものがやってくると思います。世界の摂理がこういう横暴を許しているはずが無いと私は信じています。
2020年06月30日
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先だってから国内旅行の宿泊先には国民休暇村を選んでいます。それまでは自分でネットから宿泊先を選んで決めていたのですが、ネットで予約して現地へ行ってみると意外とチープな施設だったりと言うことが多くて、旅行会社に頼むのも大袈裟なので休暇村一択ということになりました。 施設もロケーションもサービスも一定の基準をクリアしていますし、宿泊料金もそんなに高額ではありません。安心して旅行ができると思いました。 先日は近江八幡の休暇村でしたが、全室レイクビューで大きな窓があって琵琶湖の美しい風景を堪能できました。夕景がとても綺麗でした。こんな辺鄙なところにどうして作ったの?というロケーションでしたが、逆に自然が豊かで野鳥がたくさんいて愛鳥家である私には嬉しい驚きでした。 閑話休題 宇宙を構成している成分は90%以上が暗黒物質と暗黒エネルギーなのだとか。未だに全容が解明されていない成分でほとんどが満たされている宇宙。そこに含まれている地球と言う私達の世界。奇跡の星ではあるけれど人類の歴史何て宇宙全体から見ればアッという瞬間でしかないわけで、その中であくせく頑張って生きているわけで。 ブラックホールについても前は光さえも吸い込む究極の吸引存在だと思われていたのに研究していくと中心部分から何らかの物質かエネルギーがジェット気流のように噴き出していることが分かってきたそうで、宇宙の「バランス」というものの妙が感じられます。 宇宙と同じように人の心や脳というのもその能力や構成の9割近くがまだ解明されていないのではないかと思われます。その不明と解明の間で人は宇宙とともに生きているわけです。何かの絶妙なバランスを感じています。
2020年06月29日
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比叡山延暦寺へ行ってきました。どうしても高野山と比較してしまいますが、あちらとは対極にあるスポットだと感じました。 高野山が「清浄の地」というものなら比叡山は「混沌の地」という感じでしょうか。何よりも京都の地と琵琶湖というものの存在が大きくかかわっているように思います。 宿泊地は近江八幡の休暇村だったのですが、この旅館の客室には大きな窓が設置されていて前面レイクビューで琵琶湖と沖島という比較的大きな島が前面に見えていました。 比叡山にあったのは人の我欲の図書館のような感覚を与えるものでした。それは琵琶湖=淡海の湖(おうみのうみ)が人のあらゆるものを飲み込んで存在する大きな存在だったことに原因があるのかもしれません。 最澄大師、法然上人、道元禅師、日蓮上人等々日本のあらゆる宗教の祖が比叡山から生まれました。しかし、その宗教は「財」や「政」と纏わっていきます。それの因を私は大きな湖に視ました。あれは豊かではあるけれど、決して清浄なだけのものではないようです。 あらゆるものを生み出す力もありますが、あらゆるものを飲み込む力も持っているものなのだろうと思います。だからこそ比叡山延暦寺はあのような「混沌の地」となったのではないかと感じました。 私だけの思いですが、高野山は何度でも訪れたいと感じますが、延暦寺は一度で十分だと思いました。
2020年06月26日
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人が何かを判断したり、他のものを評価するときに基準にするのはほとんどの場合「自分」です。 自分ならこうするだろう、こう考えるだろう、こう感じるだろうということが元になって行動したり考えたりするように思います。ですからとんでもないことをしたり、言ったりしている場合でも自分自身では何もおかしなことをしているとは思っていないわけです。 まぁそんなにおかしなことはしていなくて普通に生活していても、自分が基準になっていると他人のしていることや、周囲の物事に違和感を感じてストレスになっていきます。無意識に自分が考え方の中心になっているから、判断が少しずつ偏ってしまったりするわけです。それで悩んだり苦しんだりするわけですが、それでも人は自分を基準に考えたり感じたりしていくわけです。 ある研修で「サービス精神」というものを勉強した時に「相手の立場になって考える、感じる」ということが大事だと教え込まれたことがありました。社会生活をして行く上でこの考え方は正直「楽」でした。自分が基準ではなくて「相手」が基準になるわけです。他人の行動や主張を聞いたり見たりする場合でも「この人はどう考えているのだろう」と考えると何も苦しんだり悩んだりすることなく他の人や物事がわかりやすくスッと心の中に落ち着くようになりました。 自分を基準にすることを止めただけで生きるのがとても楽になったのを今でもありがたく思っています。「相手の立場に立って考える、思う」これはとても楽になる考え方なのではないかと思っています。
2020年06月24日
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穴太衆(あのうしゅう)と呼びます。ご存じの方もおられるかもしれませんが、築城の際に城の石垣などの構築に当たった工人集団のことを言います。安土城の築城に携わって、そのあたりから全国の大名に大きな需要が起きて全国各地で活躍しました。 彼らとは何故か過去世の因縁があるようで、お城にはそれほど関心が無いのに石垣にはひどく興味を惹かれます。金沢のお城も様々な石組みの石垣があって「石組みの博覧会」のような場所でもあります。中でも私は「野面積み」と呼ばれる自然の石をほとんど加工せずにそのまま絶妙に配置して作られた石垣が好きです。 穴太衆は琵琶湖西岸あたりが出生地のようですが、以前から琵琶湖の周辺にひどく惹かれるものを感じて竹生島やら余呉湖やらとよくうろうろしています。どうも過去世の強い因縁が琵琶湖周辺に集中しているのかもしれないと感じています。 当院のお客様にも時々穴太衆の過去世を持つ方が来られます。これは確率的にはとても少ないはずなので、きっと何某かの「引き」があるのだろうと思っています。 今度比叡山も訪ねてみたいと思っています。
2020年06月22日
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子供のころお化けや幽霊が怖くてしょうがありませんでした。非常に怖がりの子供だったようです。夜の暗闇や一人で夜中におトイレに行くのも嫌でした。 それを救ってくれたのが「ウルトラマン」でした。子供の理屈ですから、今考えるとおかしくって笑えるものなのですが、「幽霊やお化けがいるなら、きっとウルトラマンもいるはず。それなら必ずウルトラマンが助けに来てくれる。」そう考えたのです。 それで全く怖くなくなりました。何という勝手な子供の理屈でしょうか。でもそれで恐怖が簡単に克服できたのは事実です。自分だけの理屈でしたから誰にも言わず自分だけで勝手に納得して安心していました。 ウルトラマンは偉大です。子供の夜中のおトイレを救ったのですから(笑)。 でも真面目に考えると現実と空想の世界の間に生きている子供の心にとって「物語」や「想像の世界」というのは本当に大切です。想像する力と言うのは人の心にとってとても大切な「感性」や「共感力」と言ったものを生み出す元になるのだろうと思います。 現実と空想の区切りはしっかりとつけなくてはなりませんが、空想の力が現実に及ぼす影響については決してバカに出来ないものだとは言えると思います。
2020年06月20日
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普通に皆さんが神社仏閣にお参りするのは霊的な加護を得たいと思って行かれているのだと思います。それはとても大切なことでどんなときにも神仏にご挨拶と感謝の気持ちを伝えに行くのは良いことです。 でも本当は全ての人が必ず霊的な加護を頂いているのは確かなことです。どんな人も分け隔てなく全て霊的加護があります。それはご先祖様たちからの加護もあれば、ご縁のある神仏からのものもあります。一番強い普遍的な加護は現世の両親からの加護でしょう。家庭内暴力や児童虐待が日常的に行われているような現在の家庭環境ですが、親というものは一瞬であっても必ず我が子を愛おしいと思い、心を向ける瞬間があるのでその時にきちんと加護は得ているのだと私は思っています。 氣視を何十年もしてきましたが、霊的な加護を得ていない人と言うのは一人も視たことがありません。全ての人が目には見えない霊的な加護を持っておられます。それを活かしているかいないかの差はあります。周囲の全てに対する感謝の気持ち、誰が見ていなくても世の中のルールをきちんと守ろうとする功徳の念、弱いものや差別されているものを守ろうとする報恩他者の念、こういうものがあればあるほど霊的な加護は強くなります。そういう仕組みを知って理解して実行していってほしいものです。
2020年06月18日
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ひざ痛の原因の四割は腰部の関節の引っ掛かりだと思われます。長年膝痛のお客様を診させていただいてきて、腰部の関節を動かしやすくすることで膝痛が緩和することが少しずつ分かってきました。 ひざ関節そのものが悪くなるわけではなくて、腰部の仙腸関節というところが引っかかって動きが脚部全体におかしくなって膝に負担がくるようです。仙腸関節の引っ掛かりを治すのは「関節運動学的アプローチ」という手法なのですが、施療自体は数分で終わります。 それほど痛みがあるわけではなくて簡単な施療なのでそんなに我慢するものではありません。人の身体と言うのは全身が繋がっていてどの部分にどの部分が影響を与えているか、本当に不可解な部分があります。足の甲のツボが喉に影響を与える場合もあります。手のツボが大脳に影響を与える場合もあります。 ひざに影響を与えているのが腰部の関節だというのはまだ十分理解が及ぶ範囲かもしれません。部分が全体を、全体が部分を支えている、影響している、それは何事にも通じる真理なのかもしれませんね。
2020年06月16日
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雷神も雨龍も龍神様の眷属にあたる存在だと私は感じています。これらの方達が最近の日本列島の上空に集まることが多くなってきました。 そう言えば・・・と思ったのが最近のお客様に龍神系の守護を持つ方達が増えたということ。龍神系の守護が増えたのは龍神様が「電子・情報」系統と相性がとても良いという事が関係しているのかもしれません。元々日本は「雨・水」の国ですから、龍神様はとても多い土地柄ではありますが、今の人たちはどっぷりと電子情報の中に埋まっておられますから、龍神系はとても生きやすい環境だと思います。 地上に龍神様の加護を頂いた人たちが増えれば雷神・雨龍も大挙してやって来ることにもなるのかもしれません。目に見えない世界が異常気象とか気候変動とかで変革されていっているのではなくて、逆なのかもしれません。 天気図の上で線状降水帯の姿を見ると大きな雨龍の群体だなぁなんて気持ちで見ていることがあります。 ちなみに風神がいっしょになると台風になります。これもあまり多く来てほしくはない眷属になりますね。
2020年06月14日
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梅雨入りして突然雨がどんどん降り始めました。農家の方達にとっては待ちに待った雨かもしれません。街の街路樹もじっくりと水を味わっているように感じられます。 地域によっては大雨になって、それでも災害にまでは至っていないのでありがたいなぁと思っています。コロナ禍の最中に地震や洪水などの自然災害が起きなくて本当に良かったと思います。それでもまだ以前の災害の復興中の地域もあって、ボランティアが集まらなくてご苦労されていた場所もあったようで大変だろうと心配していました。 梅雨に入るとアジサイが咲いてカタツムリが活発に動き出して、この不思議な生き物をいつもじっくりと観察していた子供でした。雨の日の記憶はカタツムリと低く飛ぶツバメの姿です。六月は野鳥たちにとっては営巣期です。木々の葉が生い茂り隠れやすくなる時期に張影に数多くの鳥たちが巣を作ります。餌になる虫たちも数多く出てきます。自然の生き物は自然の中のきちんとしたシステムの中で生きています。 人も自然のシステムに逆らわないで生きていきたいものです。
2020年06月12日
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当院のお客様には「実のある人」がとても多いです。これは珍しいことだと言えるのかもしれません。 「実のある人」というのは誠実である人のことですが、一言ではなかなか言い表せない感じもあります。人が人や物事に対して誠実であるかどうかというのは簡単にはわかるものではないですし、言いつくろったり装ったりすることは誰でもされるものです。 人との約束を決して破らないで頑張ろうとする人は、不器用な人とも言えるかもしれません。要領の良い人は守れる約束はするけれど守れそうもない約束はしないように頑張るかもしれません。けれど実のある人というのは守れそうもない約束でも頑張って守ろうとしてしまいます。そして疲れたりするけれど、決してそれを他の人や他の物事のせいにせず自分で納得して何とかしようとし続けるところがあります。 実のある人というのは本当は生きるのがあんまり上手ではない人なのかもしれません。人に対して常に誠実であろうとすると疲れます。しんどくなります。やめたくなります。でも何とかしようとしてしまいます。まぁ私はそういう人が大好きなんですけれどね。
2020年06月10日
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かかしというのは田んぼの真ん中に立っている人形のことですが、これは鳥獣の食害から農作物を守るために立てられた「脅し」の構築物です。 顔の部分にへのへのもへじなんていう変てこな模様と言うか文字を書くためにユーモラスなものに思われがちですが、そんなに軽いものだとは私はあんまり思っていないです。 ルーツ的には獣肉を焼いたものを串にさしてその匂いを使って鳥獣を追い払ったために「嗅がし」から来ているという説があります。人の影法師のようなものだから影法師からかかしになったという説も。 しかし私は「かか」というのが「蛇」の古語だということから、小さなネズミや鳥を食べる「蛇」という生き物に神聖な力のようなものを感じていた昔の人たちが、その力を得ようと付けた「蛇の子」のような存在、「かかし」ではないかと思っています。田んぼの真ん中にぬっと立っている人在らざるもの・・・何となく私は神霊的なものを感じてしまいます。 蛇神は農耕社会において結構崇拝された存在だったと思います。また田んぼの近くにはネズミなどを狙ってよく蛇はいたのだろうと思われます。その蛇の力を農作物の守りに使ったと考えてもおかしくないように思います。
2020年06月08日
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家系に纏わる因縁というのはなかなか根深くて、強くて、手に負えないものがあります。現世の因縁はある程度何とか対処できる部分もあるのですが、家系的に何代にもわたって積み重なってきたものは簡単には解消できないものがあります。 霊障でも家の因縁が絡むと私はほとんど即時の解消は諦めます。一度や二度の氣視では解き明かせないほどの絡み合った糸のような思念の渦が視えるからです。たまたま偶然にもそれに途切れる瞬間が重なっているときには不思議な「解き方」が視えるのでそれはそこでどうにかなる場合もありますが、それは本当に「時機」というものがぴったりと合ったときになります。 因縁というのは絡まれているご本人がその構造を完全に理解できると、時間はかかりますが解けていく場合があります。それを信じて氣視の内容をお話しする場合が多いです。大抵が遺伝的なものも絡んだりするので、本当に難しいんです。家の因縁を解くって・・・。
2020年06月06日
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水木さんの鬼太郎シリーズで一番印象深い作品が「牛鬼」の回です。牛鬼は怪獣のような大きな妖怪で、本体は気体のような目に見えない存在で退治した相手に乗り移って再生される厄介な相手です。 何だか今のコロナウィルスに似ているような気がします。目に見えず、感染し、時には人を死に至らしめる。退治しようとする医療者に対しても牙をむく。昔の人は伝染病を妖怪に例えて警告を後世に残したのかもしれません。牛鬼の本体は頑丈な鉛の箱に入れられて、近寄ってはならないとされる海の岩礁近くの海底に沈められます。 人が本当は手を触れてはいけない領域というものがあって、そこには決して近づいてはならないのかもしれないです。それでも人の「欲」というものがそれを破ってしまう・・・水木さんは作品の中で鬼太郎に何度となくそういう警告を発しておられました。 牛鬼を退治したのは鬼太郎ではなく村人の集団念力で呼び出された神将迦楼羅様でした。何かが人を守ってくださっているとしても、それは本当に人が追い詰められて滅亡の瀬戸際まで行ったときにしか救いに来てはくださらないということを人は忘れてはならないのだろうと思います。
2020年06月04日
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お不動様の御縁だと思うのですが、山岳修行者の過去世を持たれている方とはよく出会わせていただいています。 女性の方でこの過去世を持たれている方は特徴があります。それはとても頑張り屋さんだということです。修行体質とでも言うのでしょうか、ご自分を鍛えたり高めたりということをまるで当たり前に熟して行かれることが多いです。才気煥発と言う部分も持っておられることが多くて、何しろ多彩で創意工夫が得意な方が多いです。 だからと言う事でしょうが、頑張りすぎてダウンしてしまったり、周りの人に対して過剰な期待を掛けてしまって苦労したりということも多いようです。人間としてはとても真っ当で誇れる方なんですが、自分自身にはしんどいことが多いように思います。 男性でこの過去世を持たれている方は変人体質ですね。たぶん私もそうだと思います(笑)。
2020年06月02日
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