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日本人は様々な「モノ」にも魂が宿ると昔から信じてきました。だから昔の人は長い間使ってきた道具類を捨てるときは大変感謝してありがとうと言う気持ちで大事に廃棄していました。 現代はモノがあふれて駄目になればすぐに新しいものに買い替えてしまう時代になっています。けれどそれでも日本人の心の底にはモノを大切にしようとする部分が残っているような気がします。お客様でパテシエをされている方がおられるのですが、いつも氣視させていただくと「はちみつ」やら「チョコレート」やら「りんご」やらが意思を持つようにその方の周りに視えてきます。こういうお菓子の素材そのものに愛されているんだなぁと感じていました。これも「つくも神」?なのかもしれません。 私事になりますが、私も自分の車にはできる限り「いつもありがとう。守ってくれてありがとう。」と声をかけています。パソコンにも「壊れないで動いてくれてありがとう」と声をかけています。いつもの当たり前がそうそう当たり前なことではないと私は思っていますので、つくも神たちには感謝しているのです。
2021年03月31日
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昨日は母の89回目の誕生日で、私達夫婦にとっては39回目の結婚記念日でした。母は少しボケが進んでいますが、自分の世話は全て自分で出来ていて掃除や重いものを持つことや力のいる作業以外は出来ます。自分の健康への注意は大変なもので毎日腹筋やら金魚運動やら乾布摩擦やらあらゆる身体に良いと自分で思えることは自分でやっています。最近は菊芋パウダーがブームで飲み続けて血糖値を下げることに成功しました。 子供たちに面倒を掛けたくないという一心でやっていると言います。私も母の体調が悪くなれば指圧をしたりお灸をしたりしてケアをしています。母の身体から教わることも多いです。昨日は母にトランシーバーをプレゼントしました。とても小さな手のひらサイズのものですが、鉄筋コンクリートの我が家の三階と一階でも通信が可能なので母が突然具合が悪くなっても私に伝えることはできるようになりました。母の心配が一つ減ったので良かったです。操作はとても簡単なので母でも使うことはできます。 私達夫婦は相も変わらず私が毎日小言を言われながらも仲良く生活しています。
2021年03月29日
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川縁の桜並木もほぼ満開になりつつあります。しかし川の上流の彼方に見える山並みはまだ白いものを頂いています。春三月明け方の風はまだ冷たく、しかし日中はストーブが必要ないほどには暖かくなっています。季節の端境期を桜の淡い色が彩っていくようです。 桜の美しさは観世音菩薩の功徳を感じさせます。儚く切なくしかし何物にも浸み込んでいくような優しい強さがあるようです。 観音経というお経の中に「念彼観音力」という文言が繰り返し載っています。観音力は人が願ってやまない観音様の功徳であり御印でもあります。 桜の花の美しさには観音力の宿る憧れのようなものを感じてしまいます。
2021年03月27日
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心と命は直結していると思っています。心の弱さは命の弱さに通じますし、心の強さは命の輝きと通じていると思います。 心の在り方と言うのは昔から色々と議論され哲学や心理学などで研究されてきましたが、命の在り方というものはあまり議論されてきたようには思えません。それは命と心が「魂」という概念で包括されていたようにも思われます。 それじゃ魂の在り方とは?それはますます闇の中のような気がします。 命が輝いているというのは心が生き生きとして何事にも好奇心旺盛で積極的で前向きに考えられるような在り方であるということなのかもしれません。心が鬱々として暗く後ろ向きになって無気力で無感動で何もしたくないと感じているような在り様なら命は輝きを失って今にも消え入りそうになっているように思えます。 心を救う事こそが命を救うことにつながるのではないかと思っています。心を力強く蘇らせることが命の健やかさをも導いていけるのではないかと考えています。 心を強く保て。それが命を全うする第一歩になるのですから。
2021年03月25日
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全ての生命の源ですね。お客様のお一人があちらからのメッセージで「日の出の光を浴びなさい。」というものを頂いていました。そうか日の出の光と言うのはある意味パワーアイテムなんだなと思いました。 私も毎朝日の出の光はできる限り浴びるようにしています。神道で言えば天照大神様、仏教で言えば大日如来様になりますね。お天道さんさいう呼び方が好きです。日本人は特にこのお天道さんを大切に敬ってきました。自然崇拝が根本にありますから、全ての自然の根本がお日様だということはわかっていたのだろうと思います。 これまでの人類は地の力を頼りに生きてきました。しかしたぶんこれからは天の力が大切になってくるのだろうと思います。 人自身も日の光をもっと浴びて健康になっていかなくてはならないですね。紫外線は浴び過ぎないようにしないと駄目ですけれど。
2021年03月23日
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少しずつ暖かくなってきました。最近は気圧の変動が激しくてお客様の中でも、特に女性の方が体調を崩しやすくなっているように思われます。気圧の変化は気温の変化と違って全く感じない環境変化ですから、いつの間にか影響を受けている形になります。年齢によっては更年期障害と勘違いされてしまうような体調変化なのでご注意ください。 桜の開花宣言もコロナに打ち消されて行く日々が続いています。人とのつながりが強制的に希薄になりつつあるようです。孤独に強い人と弱い人の割合は圧倒的に後者が大半を占めているように思います。皆さんがなかなか孤独に耐えられずに人との接触を求めて町に繰り出すようにならなければよいのですが・・・。 自分の世界を持っている人は強いのかもしれません。その中で自分の世界が完結していれば孤独を感じずにいられるかもしれません。自分世界を持つこと。それをお勧めするのが今の社会状況には合っているのでしょうか?人とのつながりも大切ですから孤独と言う状況とは時たま会う友達くらいの環境が良いのかもしれませんね。
2021年03月21日
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お祭というのは本来「神霊」に対して感謝を捧げるための行事だったはずです。もっと静かで厳かなものだったと思います。人々が熱狂して我を忘れて浮かれ騒ぐものを「お祭」と呼ぶべきではないかと私は勝手に思っています。そういう状態の中には神仏や目に見えないものに対する崇拝の念が全く欠けているように思うのです。もちろんそんなことは無い、地域の行事として行うことに意義があるということもわかりますが・・・。 オリンピックにしても言うなれば国際的な「お祭」です。アスリートの方達は大きな発表の場でもあり表現したい、認められたいと思われているでしょうから大切なイベントだとは思うのですが、今のこの状況で開催することに意味があるのでしょうか?神霊はこのお祭を認めてくださるのでしょうか?私は甚だ疑問だと思っています。 前回の東京オリンピックは意義のあるものでした。戦後復興のシンボルとして神霊に捧げる人々の大いなる意思というものが発現していたとも思います。 今回のオリンピックには商業的な「欲」しか視えません。祭りの本質からは遠く離れていると私は思います。次々と不祥事が起きるのはその証だと私は感じています。アスリートの方達のために小さな分散型のスモールオリンピックを各地で時間軸もずらして開催すればどうでしょうか?各地の土地神様も含めて寿ぐ形にすれば祭りの意義も見出せるように思います。
2021年03月19日
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昔住んでいた家の近くに時々行ってみたりします。時間が巻き戻っていく感覚があって小さいころの私がそこら中に走り回るように視えています。そういう時間を自分は「遠い時間」と名付けています。 時々眺めていると心が穏やかになって落ち着きます。決して前向きな時間の過ごし方ではありませんが、過去を懐かしむ一瞬があっても良いだろうと思っています。年齢を重ねてくるとこういう楽しみを覚えてしまうのかもしれません。 家並みや町並みはすっかり変わってしまっている部分と全く変わっていない部分もあり、時間の経過が土地の記憶として積み重なっていくのが分かります。人の心だけが流れて行くのが面白いと感じます。故郷と言うのは土地の記憶と人の心の変遷が折り重なって彩られて行く大切なものなのだろうと思います。
2021年03月17日
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手前味噌な言い方になりますが、当院の指圧は経絡指圧と言って世間一般の「指圧」や「マッサージ」とはちょっと違いがあります。それはお客様の身体を「力任せ」に筋力を使って押し揉みねじりまくるものではないということです。そんな大げさな言い方をしなくても一般的な指圧はお客様の要望で「より強く」押して揉んでほしいという形に促されて行って、そういう形になっている場合が「時には」「一部に」あるということです。 それで当院の指圧を受けて「こんなに楽でソフトなものなら別の場所でも指圧やマッサージを受けてもいいかも」と思ったお客様が他の所でその強い指圧を受けて揉み返しが出たり、体がひどいことになったりして大変だったと告白されたことがありました。 本当に手前味噌な言い方ですが、当院の指圧は「無の手」という技法が使われています。お客様の身体に触れている手に何にも力や意識を置かない「無」の状態で身体に圧を掛けていきます。それによってお客様の身体はそれに対して「抵抗」することを止めます。身体の奥の氣の通り道まで圧が通るようになります。それによって施術者とお客様の「氣の流通」が起きるわけです。そしてお客様の身体の負担もゼロに近くなります。 この「無の手」は経絡指圧の基本であり実は奥義でもあるようです。ですからお客様は経絡指圧なのかどうかを確認されたうえで他所での指圧を受けていただきたいものです。
2021年03月15日
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お釈迦さまもお腹が弱かったらしい。そういうお話を聞いたときに何だかとてもお釈迦様が身近に感じられました。どんなに偉い人でも身体は同じ人だったというのは間違いないことで超人なんていう存在は空想の世界だけのものなわけです。 きっと重要なのは心の在り様だったり魂の在り様だったりなのだろうと思います。心が強い存在になりたいと思います。なかなか成れませんが・・・。 それでも自然の波動を感じているといつも何か大きなものと一緒にいるような心持になります。生かされているなぁと感じます。生かされているのはきっと何かまだお役目があるのだろうなぁと思います。自分の果たすべき役目を果たして行こうと思います。 お釈迦さまと同じ体質の子の身体で。
2021年03月13日
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小さな島国に生きている私達にとって自然災害は常に身近にあるものです。10年前も何の被害もなかった北陸の地に住んでいた身にとってもあの大震災は「明日は我が身」と感じさせられました。他人事ではないと痛切に感じたものです。何かしなければならないとボランティアで救援物資を運んでいく知人に我が家の物資も運んでもらうように頼みました。ホテルをしていたこともあって余剰の宿泊用物資などがあったのです。 被爆した地域は本当に悲惨です。今も帰宅できないというのはどんなに辛く悲しいことだろうと思います。故郷を奪われるというのは人間にとって家族を奪われることの次に苦しいことだろうと思います。もちろんご家族を奪われた方達にとっては故郷はまた特別な感情をもたらすものになるのかもしれません。 一番恐ろしいのは私たちの心の中に「対岸の火事」という感情が芽生えることです。そんなことには決して陥らないように「明日は我が身」と自分を戒め続けて行かなくてはなりませんね。 氣視させていただくと東北の地は今は穏やかです。東南海が不気味です。大陸の地脈とつながって暗い脈動が来ているような気がします。大きな災害にならないように神仏に願っています。
2021年03月11日
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本当に人は「歪み」を作りながら生きている生物ですね。身体の歪みは筋肉やら骨格やらに無理な負担を様々に掛けながら生きているから出来上がります。 内臓の歪みは食べるもの酒類や社交の中の人間関係からそれぞれの内臓に負担がかかって歪みが出来上がります。 氣の歪みは人間関係、職場や家庭内、近所付き合い、職場環境などで精神に様々な負担がかかり気の使い過ぎなどもあって流れが詰まったり過剰に流れたりして歪んだものになっていきます。 そして魂の歪みについてはその人のこれまでの魂の輪廻のなかで生まれてきたものや、前世からの因縁で今世で関わってくる人たちや物から「業」を得て生じて来たり強まったりしていきます。 丸くなってコロコロと何物にもこだわらず生々流転に生きていければ歪むことも無く生きていけるのかもしれませんが、なかなかそんな悟りは開けるものではありません。 施療の中でそういう歪みに少しずつ分け入って治していけたらと日々努力しているところですが、なかなかそう簡単にできるものではありません。 歪みは必然。そう悟っていただければ最小限の成果と言えるかもしれません。
2021年03月09日
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お客様を氣視させていただくと大体その方のご家族であれば「氣」のつながりが出来ているので、いっしょに視ることが出来ます。そうするときはちょっと氣力が必要です。すっと簡単に視ているように思われるかもしれませんが、ちょっと努力は必要ですね。 それにしても改めて思うのは氣の繋がりというものが家族だと当たり前にきちんと出来ているということです。目には見えませんが、そういう魂同士の繋がりが常に私たちの心を支えているのだなぁと思います。 だから時々親子で来られたお客様なんかを施療させていただくと身体の状態がとても似ていたりします。同じものを食べているし遺伝子も同じものを持っておられるのだからと言う事も出来ますが、それ以上にこういう共通性は氣のつながりを感じさせます。 氣というのは時空を超えたつながりを持っていると私は信じています。ご先祖様ともこれから生まれてくる子供たちとも「氣」はつながっています。それは自分の心が常に単体でいるわけではなくて、いつも何某かに「属して」いて万物とつながっているということだと思います。あらゆるものに感謝して生きていかなくてはならないですね。
2021年03月07日
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最近気圧が乱高下しています。簡易的な気圧計が私のデスクには置いてあるのですが、最近は大きく変動することが多いです。こうなってくると体調を悪くされる方が増えます。気圧や気温の変動率が高いと人の身体の中のホルモンバランスが崩れるのだと思われます。 三千種類近くあるという人の体内ホルモンが人の体調や心理状態をコントロールしているのは間違いないことです。体質的なアンバランスもあるかもしれませんが、食品以外では気温と気圧は大きなホルモン分泌量確定要素だと考えています。 「気候病」という概念は最近ようやく知られるようになってきましたが、それでも中々知っておられる人は少ないようです。何かわからないけれど体調がすぐれない、精神状態が不安定だという場合はこの「気候病」を疑ってみるのも良いのではないでしょうか。 人は地球の大気の底に住んでいる生き物なのですから。
2021年03月05日
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ご不浄とはおトイレのことです。お家の中でこの配置というのは風水的にほとんど決まっていて「鬼門」の方角か「裏鬼門」の方角になることが多いです。鬼門は北東になります。 それは昔からご不浄というものが、常に綺麗で清潔にしておかなければならないものと決まっていたからなのだろうと思われます。家の中で常に綺麗で清浄な状態でなければならないものだからこそ、穢れたものが入ってくるはずの「鬼門」にそれをおいて清浄な場所として維持していたのだろうと思われます。 しかし最近はそういう意味が伝承されていなくて汚かったり、ないがしろにされているおトイレが家の鬼門にそのままあることになります。それは変なものが家の中に入ってきますよね。病気や怪我が増えたり、精神的に不安定になったりしますよね。 救護処置として烏枢沙摩明王様のお守り札があります。倶利伽羅不動尊に置いてありました。これをおトイレに貼っておくときちんとおトイレは清浄なものになります。もちろんきちんとお掃除はまめにする必要はありますね。
2021年03月03日
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覚悟を決めた人間と言うのは強いです。最後までやってやるんだと思い決めた人は簡単にはあきらめなくなりますから強いです。それは男でも女でも変わりません。 ファジィな世の中ですから「何となく」生きるのが簡単です。でも、だからこそどこかできちんと覚悟を決めて生きていくという人は清々しく感じられます。 小さな決意でもいいから、きちんと覚悟を決めて生きたいものです。
2021年03月01日
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