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ロングブレスダイエットの創始者の方は自分の腰痛を何とか治したいと必死で工夫をし続けてロングブレスを編み出したそうです。必死でやっていると道は通じるなぁと思います。 私もお客様のひどい腰痛や痛みを何とかしたいと必死で施術しているといつの間にか原因となっている身体の部位に手が届くようになりました。それはもう無我夢中で必死にやっているうちに身に付いたことなので「道が通じた」と感じたのは随分後になってからの事です。 そういう風に原因点が分かるようになるための条件もわかってきて、その技術が安定したものになったのはつい最近のことです。まだ判明率は七割八割ほどですが、道は見えてきました。 何事も必死でやってみるというのは大切ですね。なりふり構わずに相手の事や達成したいことに向かって努力を続けていると道は必ず通じると私は思うようになりました。虚仮の一念岩をも通すとはよく言ったものです。
2021年10月31日
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松の木というのは結構「氣」の力が強い木になると思っています。お客様の中にも家の中に松の木を飾ってくださいとお願いした方達が時々おられます。松の木を飾ることで家の中の氣が浄化され流通が良くなります。 昔は街中にも結構松の木が沢山あったと思います。けれど松くい虫が繁殖した影響か最近は街中ではあまり見なくなりました。それでも近くだと福井県の気比の松原のように海岸沿いに見事な松の樹林帯があるところがまだあるようです。私も時々松の林の中であの松の木の香りに包まれていたいと思ってしまいます。そう言えば金沢の卯辰山にはまだ松の林が結構あったように思います。また今度行ってみようかなと思います。
2021年10月29日
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我が家は灯油ストーブの暖房器具比率がとても高いです。ですので灯油のストックは結構必要で、冬の私の仕事になっています。先週に買いに行ったときはリッター85円だったのに昨日買いに行ったら90円になっていました。この値上がり率はすごいなぁと驚きました。産油国が軒並み減産しているという経済記事は読んでいたのですが、ガソリンとともに灯油もひどく値上がりしているようです。私が買いに行っているホームセンターは金沢ではほぼ最安値の所なのですが、それでもこの値段です。去年は確か65円くらいだった時もあったような気がします。 灯油ストーブは火事の危険性も高いのですが、室内の暖まり具合が電気のエアコンやセラミックヒーターなどと比べるとやはり「じんわり感」が違います。冬の北陸では欠かせない暖房だなと感じています。配達してもらうととても高いので今年の冬も私の仕事は続きそうです。
2021年10月27日
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例えば旅行先で自分のご縁がある神社に呼ばれて知らないうちに「ご縁」の再確認をされる。するとそこの神様が当院へ行って私の事を自覚するように、という指示が下る。すると知らないうちに当院を予約していつのまにか当院へ来られて、その神社の神様とのご縁があることを教えられる。そういうことも時々あります。必然と言うか、当然と言うか、偶然と言うか、人はそんな風に自分では自覚しないうちに導かれていることが在るものです。 そして当院で「あーー私のその神社に先月行きました。」なんておっしゃっていることになる。人は目に見えないものに導かれて善き方向に進まされていることがよくあるものです。守られていることをそういう時にこそ自覚するべきなのだろうと私は思っております。
2021年10月25日
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夫婦の離婚が当たり前のようにそこらじゅうで起きていて大変だなぁ、どうにかならなかったかなぁと思う日々が続いています。そんな中で当院のお客様でご主人を最近病気で亡くされた女性の方がおられます。施療後に「主人、どうしています?」とよく聞かれます。 大抵ご主人の魂は奥さんのそばにおられて「これが食べたい」だの「こういうことは止めなさい」だの色々奥さんにメッセージを送ってこられます。大抵奥さんは笑って「まぁほんとーー(笑)」と喜んだりされています。私との氣の相性が良いのかこちらのご夫婦のやり取りは私を介してとてもスムーズに行われます。それよりも何よりもこのご夫婦は生前もきっととても仲が良かったんだなぁと感じます。そして奥さんは今も常にご主人をそばに感じて生きておられる。決して悲しんだり悔んだりしていない。それはご夫婦として悔いなく助け合って生きてこられたんだろうなぁと思われます。こういう夫婦の絆を見させられると人と言うのは分かり合える時はこんなに分かり合えるのだなと気づかされます。
2021年10月23日
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山の霞(かすみ)と言うか靄(もや)というか小雨が降っていたり、雨が上がった後などに谷間から湧き上がってくるように見える白い水蒸気のようなものの姿が黒い山に映えていつもきれいだなぁと思ってしまいます。たぶんあれは山の木々が息をしている証拠なのだろうと推測はしていますが、日本の水墨画に良く描かれていることからも日本人は昔からあれを見て山の世界に気高さのようなものを感じていたのかもしれないと思ったりします。 そう言えばアニメのもののけ姫の冒頭シーンにも描かれていたように思います。金沢からは少しそういう山々は離れて見えるのでこういう山の靄はもう少し山裾に近づかないとはっきりとは見えません。それでも以前住んでいた春日町という地域だと卯辰山という低山からですが、山の神気のようなものは流れてきたのを感じたことは度々ありました。 今のような都会のど真ん中に住んでいるとあの山の神気は感じることはできません。いつかまたあの山の神気を感じられるような土地に住んでみたいと願うばかりです。
2021年10月21日
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以前から何度か書かせていただいた私の好きな小説です。SF小説なのですが、その壮大で緻密な世界観の構成が素晴らしくて一度映画化されているのですが、その時は酷評されていたようです。私は意外と好きだったのですが・・・。 今回リメイクされて劇場公開されているようなので早速今度休日に見に行こうと思っています。なかなかあの世界観と複雑な政治・人間関係などを描き切るのは難しいと思いますが、今回のリメイクはうまくやってくれているのでしょうか?楽しみです。 特別な一文が心に残っています。主人公が暗殺者の魔の手にさらされたときに護身術の師匠から伝えられた一言に心を集中させるもので「恐怖は心を殺すもの。恐怖を心の外においてしっかりと見つめなさい。そうすれば心が殺されることは無い。」と言うようなものだった気がします。初めて読んだときは衝撃を受けてしばらく何日か何度もこの言葉を心の中で繰り返していたものです。 あの世界観にまた新たな形で出会えるのはとても楽しみです。でもあまり期待しないようにして行きましょう。
2021年10月19日
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即身成仏というと生きたままミイラになることだと思っていましたが、違うんですね。確かにそういう修行もあるのですが、本来は「今ここで大日如来を受け入れる」という意味なのだそうです。では大日如来というのは何か?私は修行僧でも宗教学者でもないのではっきりこういうものだということはできませんが、普段からよく書いている「タオ」という私のハンドルネームがもしかしたらそれなのかもしれないと思っています。 森羅万象を遍く網羅しつつ流れている目に見えない生命情報の流れ、大河、タオ、其処に全ての生命は始まり帰結する存在、それを大日如来と密教や仏教では言うのかもしれないと思っています。 だとすると施療の度に氣を受け入れ理解しようと努めている私はもしかしたら即身成仏の片端に指の先端当たりをひっかけているようなものなのかもしれないと思ってしまいました。私の師である遠藤先生が指導者の立場から急に僧侶の世界に、修行の世界に入ってしまわれたのは氣に携わっておられたからこその必然だったのかもしれません。ある意味、今は即身成仏を願って修行されているのかもしれないなぁと思いました。
2021年10月17日
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朝晩の気温が随分と下がってさすがにタオルケットで眠るのは無理なようになりました。 今は薄手のダウンの掛布団で寝ております。朝の散歩でも汗をかくことは無くなり長袖の上着を着ないと寒いくらいです。それでも10月なのにまだ夏日が在ったりして温暖化が日常の中で感じられるようです。それなら暖冬となれば過ごしやすいのですが、やっぱりわからなくて豪雪になったりもするから油断できない感じです。 衣服や住居が高機能化して過ごしやすくはなっていますが、賢く生きないとこの異常気象の日常はいっぺんに過ごしにくくもなってしまうようです。 コロナも沈静化しつつあるような気もしますが、油断するとまた爆発的に増加するような気もします。経口治療薬などが普通に使えるようになるまでは油断しないように生きていかなくてはならないようです。環境を適切に判断分析して素早く賢く生きていきたいものです。
2021年10月15日
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開経偈(かいきょうげ)というのは僧侶の方達が読経を始める時には必ず最初に詠むお経の文言なのだそうです。私は今、空海さんに関わる著作を読んでいてその中で初めて知りました。ずるいなぁと思いました。これは一般人が一番先に知っておかなくてはならないことじゃないですか。般若心経を詠んでもこの開経偈を詠まなかったら意義が無くなってしまうじゃないですか。宗教についての教育と言うのが日本人については全く為されていないというのが日本の教育状況の不徹底を表していますね。信教の自由というのは憲法に定められていますが、宗教の基本をあらゆる宗教についてきちんと学校で教えるべきだと思います。 だから日本の仏教界は世界からレベルが低いと見なされたりしているんでしょうね。世界の宗教界からすると日本の仏教に関わる僧侶の方達は出家はしていない(妻帯している)、糞掃衣(ふんぞうえ)も着ない、何だあの低位の僧侶たちは・・・ということで相手にされないようです。これも日本の宗教教育の未発達が招いたものだろうと思われます。 何だか開経偈を詠むと霊的な波長が正しく読み取れるようになったような気がするのですが気のせいでしょうか。
2021年10月13日
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氣に関わるお仕事をさせていただいている関係なのか、神仏の気配と言うのは以前よりも濃厚に感じるようになりました。それは現実世界の霊界との位置関係が変化しつつあることも関係しているとは思われますが、何しろ神様や仏様に関わる気配は集中していようが拡散傾向にあろうが何となくわかります。 神様でもやはり優し目系の神様の場合やご縁のある神様だと包み込むように気配が伝わってきます。御縁のない神様だとただそこにあったり、フッと隠れたり、ささっといなくなったりされます。 仏様の系列は何と言うかそれぞれで一つとして同じ気配の方はおられない感じです。お不動様は常に炎と剣の気配を感じさせます。観音様の関連は常に「音」が流れているような感じで時々彩色もされている感じです。お地蔵さまは常に温かく見守ってくださっているか、影の暗い方に隠れていたりすることもあります。それはやはり弱いもの虐げられているものを救おうとされておられるのかもしれません。 私の感じ方はスイッチが付いているのでオンオフができます。それは巫女系ではなくて審神者系だからこそなのかもしれません。ありがたいことだと思っています。
2021年10月11日
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そう言えば怪しげなものを見た記憶があります。20年以上前になりますが、白山に登山していた時、砂防新道を歩いていた時に登山道を横切る小さな水の流れがあったのですが、そこに大きな大きなナメクジのようなものを見つけました。大きさは30センチ以上あって胴回りの直径が15センチ以上はあったと思います。何だこれは・・・と衝撃を受けました。と言うか、何か違和感のようなものをその瞬間にそのあたりの空間に感じたような記憶があります。そこだけ異次元のように感じました。 触るのも気味が悪くて携帯で写真は撮りましたが、後で調べても何だかよく分かりませんでした。たぶん生き物だろうとは思いますが、世の中には人の想像を超えた怪しげなものが生きているのだなぁと思ったものです。
2021年10月09日
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「生れ生れ生れ生れて 生の始めに暗く、死に死に死に死んで 死の終わりに冥し。」 弘法大師 空海 の言葉です。当たり前と言えば当たり前の事を書かれているようでよく考えて深く考えてみると味わい深い言葉のように思えます。 空海さんの生まれて生きた時代を考えれば、ちょっと分かるような気もするし、だから今の時代に合っていないかと言えば合わないわけでもないかなとも思える言葉です。 人の生と死は必ずあるべきものだけれど、それが共に「暗い、冥い」と言われればそこに逆に「明るい光」を見出すような気もします。生まれる瞬間までは暗いけれど、光の中に生み出されて光の中で生き続けて、死ぬときはまた安らかな冥闇の中へ戻っていくのが人という存在なのだろうと思います。 生と死が暗いのならば生きている間くらいは光の中で元気に楽しく生きていくべきなのだと空海さんは言いたいのかもしれません。
2021年10月07日
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あまり神仏などというものは信用できない、信じないという人が以前は若い人を中心に結構居られたものです。今も若い人たちの半分以上は神仏何て言うものは信じないなぁとなっているのかもしれません。 しかし意外と最近はそういう目に見えないものを半分くらいは信じているような若い方達が増えているような気がしています。それは人の霊性に変革が起こりつつあるからなのですが、そんなことを私がここでどんなに力説したって何にもならないと思うのでやめておきます。 しかし人々の心の支えとなるものが「科学」や「資本」というようなものから、「思想」や「信仰」や「夢」のようなものに変化してきているのは間違いないように思われます。 霊界でも古き神々が復活してきておられます。名も無き神々や道端の地蔵尊が小さな声を伝えてきつつあるように思います。それが人の心を満たす助けになってきているような、そんな気がしてなりません。 何かを信じるということは自分を変えることにはならず、自分を生まれ変わらせることになるのではないかと私は思っております。
2021年10月05日
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何だか久しぶりに物語のような過去世の繋がりを拝見させていただきました。 舞台は中世ヨーロッパ。キリスト教圏にあるある国に聖女と称えられるシスターがおられました。慈悲深く、またカリスマ性があって多くの女性信者に信頼されていました。そこへイスラムが攻めてきて国を侵略します。そうなると国民を全てイスラム教徒に改宗させなくてはなりません。そこで聖女が生きたまま水牢に入れられました。そこで聖女が屈して改宗すれば多くの国民がそれに倣うと考えたわけです。 聖女は耐えました。それを看守となった若いイスラム教徒がずっと見ていました。その聖女の健気な耐える姿に感銘を受けて何某かの思いやりを示したこともあったようです。二人の間に何かが生まれていきました。お互いをどこかで認め讃える何かの感情があったようです。 このお二人が現世ではご夫婦になって来店されたわけです。奥様は若干妊娠しずらいことに悩んでおられました。水牢の体験が霊的なトラウマになって下半身の冷えにつながっていたようです。 霊界からは聖母マリア様に信仰を向ければ妊娠しやすくなりますよというメッセージがありました。キリスト教とご縁があるようでした。 後でお話ししていたら奥様のおばあさまがキリスト教徒で小さいころには奥様も教会に連れられて行ったことが在ることが分かりました。不思議な一致ですね。
2021年10月03日
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もう今年も三か月になってしまいました。家内と娘は年末の「笑ってはいけない」が今年は無いということで憤慨するやら意気消沈するやらで、何だか今年はもう終わってしまうかのような雰囲気です。 コロナ、コロナで二年が過ぎようとしています。それでも政府は自分たちの権力争いに右往左往しているし、北のK国は弾道ミサイルを打ちやがるし、人々の生活とは関係ない部分は人々のことなど関係無いようで全く身勝手なものです。 飲食店は汲汲とし、観光業はアップアップの状態だし、人々は苦しんで悩んでどうしようかと思っているのにお偉い方達は知らんぷりなように思えます。 今年ももうあと三か月。これから冬がやってきます。インフルエンザと違ってコロナは寒くなっても暑くなっても関係なく感染が続きます。「慣れた」というのが一番危ないと思います。また気を引き締めて感染しないように頑張っていきたいですね。
2021年10月01日
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