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先日久しぶりに私鉄バスに乗りました。座席から外を見ると初夏の青空に気持ちよさそうに大きな雲が浮かんでいました。夏の空の軽い青色と淡い雲の白がとても綺麗でした。 季節は本当は気持ちの良い爽やかな気候になってきているのに人は外に大っぴらに出ることも叶わないで家の中に籠る日々を送っています。 道端の小さな草の影にアリやクモや小さな虫たちがうろうろしていて、そこに小さな宇宙があって私達はそんなことを少しも感じず考えずに過ごしていますが、人とは関係ない生き物たちの世界はそこら中に広がっているわけで、人がどうなろうと構ったことではなくてのびのび自由に世界は動いているわけで・・・それを考えたら人の世の面倒くさいいろんなことがどうでも良くなるような気がします。 宇宙は勝手に動いているですよね。バスの中から宇宙を思いました。
2021年05月30日
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今、私達を苦しめているウィルスという存在。しかし人間が胎盤を作って母体の中で赤ちゃんを育てられるようになったのは1億何千万年か前にウィルスに感染したことが原因だと科学の研究が進んだせいで分かったのだそうです。 ウィルス感染が人を人たらしめる素因になったというのは驚きです。それでは今のウィルス感染はどうなのか?それはまだ分かりません。しかしウィルス自体に悪意があるわけではなくて、単にそれが人の命を奪う可能性があってとても不都合なものだというだけなのかもしれません。 町から人の姿が半分くらい減ったように感じられます。皆が家に引きこもっている。感染を恐れて他人と接触することを極端に嫌っている現在の状況は人の社会に、経済に、精神にどのような影響を与えていくのでしょうか?霊性の転換点にある今というこの時にこのウィルス感染が何を引き起こしていくのか、誰にもわからないだろうと思われます。
2021年05月28日
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優しい心根の人は(私の事ではありません)何とか関わった人を何とかしてあげたいと思うものです。しかし家族でもない他人を助けることなどそんなに簡単に出来るわけがありません。元々「人が人を救う」「人が人を助ける」というのはそんなに簡単に出来る事でも思う事でもないと私は思います。 自分の全てをかけて、自分の人生全てをかけて救おう、助けようと決意するなら別ですが、そんなことが出来るわけもなく、その時の思い付きで何とかしてあげたいと思ったり行動に移してしまったりすることは安直だと言わざるを得ないと思います。 少しアドバイスを、少し助言をするくらいの事なら問題は無いと思いますが、それ以上関わるなら大きな犠牲を自らに課す覚悟が必要だと私は思います。身内なら別です。家族ならば何もかも投げ打ってでも助けるべきです。それでも家族であっても救えない人もあるかとも思います。しかし他人であるなら安易な同情は止めるべきだと私は思います。そういうことを他人に為して頑張っておられる人がいるとすれば頭が下がります。そういう人こそ善意の人、誠意の人と称えられるべきだと思います。
2021年05月26日
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女性の方で時々お見掛けするのが、この瀬織津姫の命様のような「ハラエドノオオカミ」という魂の浄化に関わる女神さまと因縁がある方達です。 大抵これらの女神さまに関わる方達というのは性格が素直で純粋で優しくて包容力がある方が多く、それだけに苦悩して生きておられる方が多いようです。 何故ならこういう浄化の力を持つ方の周りには魂に穢れを持つどうしようもない人たちが、その穢れを取り除いてほしくて集まってくることが多いのです。つまりダメ人間を集めやすい宿命を持っておられるのです。寄ってきても本当は無視すればよいのですが、これらの方達は優しい魂を持っていられるだけに無視できずに「何とかしてあげたい」と思ってしまわれるようで・・・それで悩まれてしまうようです。 仏教の言葉に「縁なき衆生は救い難し」という言葉があります。「縁」というのはそんなに簡単に結ばれるものではありません。たとえ同じ職場に働いていてもそれは「縁」ではありません。問題のある人たちが近寄ってきていても、それは「縁なき衆生」と思わなければなりません。簡単に「縁がある」などと思い込まないことです。縁を結ぶべき人は心が、魂が教えてくれるはずです。それ以外の人は無視するのが妥当です。 浄化の女神様には気楽に生きていってほしいと願います。
2021年05月24日
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最近時々とても懐かしい気持ちになるのが昔の竈や囲炉裏のある風景を見た時です。私の母方の祖母の家はまだ竈があって土間がずっと家の奥まで続いていて、天井は煤で真っ黒で、電灯も最小限のものしか付いていなくて薄暗い家でした。 その家の土間の匂い、染みついた煤の匂い、漬物用のぬかの匂い、そんなものが合わさった匂いがとても懐かしく思い出されます。 ひとつ前に住んでいた家はその祖母の家の近くの家である程度リフォームされていたのですが、二階の物置の天井は竈の煤で真っ黒だった旧家でした。家全体の天井も低くて180センチ近くある私が歩いて暮らすにはちょっと不便でしたが、前述の「匂い」がある家だったのでとても気に入って住んでいました。 ああいう昔の匂いがとても好きです。そういう薄暗い日本家屋の部屋の隅っこの方には日本人の魂のかけらが落っこちているような気がしてなりません。匂いは大脳に直結した記憶を呼び起こすと言います。昔の匂いがふんだんにする家屋に住んでみたいものです。
2021年05月22日
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自分自身が守られている存在だということを常に自覚しています。いつもそれに関しては深い感謝と尊崇の念を目には見えない方達に対して送っています。 ほんの少しだけではあるのでしょうが、私が何かの、誰かのお役に立っているから守っていただいているのではないかと思っています。だからこそ自分に与えられた仕事に誠実に向き合い、贅沢はしないで地味にコツコツと努力をしていかなくてはならないと肝に銘じています。全てのことが何事もうまくいくというわけではありません。そういう守られ方ではありません。ギリギリのところで何とかうまくいく場合がある、というくらいですが、それがどれほどあり難いことか、これまで歩んできた人生の道の上で解っている感じです。 今、こういう状況だからこそ自助努力は重ねていかなくてはならないですが、守られていることへの感謝は決して忘れていいものではないと考えています。誰もが必ず目に見えない力に守られているのですから。
2021年05月20日
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お客様のご家族で亡くなった方の近況を視させていただくことが時々あるのですが、もちろんお客様はその方の霊体がどうなっているかわからないので聞かれるわけですが、お話しした瞬間の表情というか心の動きを視させていただいていると、本当はちゃんとその亡くなられた方の魂がどうなっているのか解っていたのではないかと思います。 心というか大脳というか表層意識はわからないと思っているのかもしれませんが、魂というか深層意識というか潜在意識というかそういう心の深い部分は亡くなられた方がどうしたかったのか、今どうされているのが本当なのか理解しているのだろうと思われます。 だから涙が溢れて来たり、深く納得される形になるのだろうと思います。現世の人と霊界に旅立たれた方とも魂はきっときちんとつながっているのだと思います。いつまでもつながり続けているのだろうと思います。それは「執着」ではなくて「愛」なのだと思います。無償の愛で魂同士はつながっているのかもしれません。だから現世の人は普段の生活の中でなるべく早く亡くなられた方のことをきちんと心の棚にしまわなければなりません。心の広間にほっぼり出しておかずにきちんとしまうことが大切なのだろうと思います。
2021年05月18日
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金沢は昨日から急に暑くなりました。我が家ではストーブを片づけて扇風機を取り出して各部屋に設置するやら少し慌てました。 今日からは梅雨の走りというのでしょうか、雨が続きます。しかも気温は高い日が二三日続くようです。体調を崩さないようにお気を付けください。 野鳥たちは営巣期に入り、緑は少しずつ濃くなってきて、風にはPM2.5が混じり黄砂が混じり初夏に向かって少しずつ季節が移り行くようです。石川県は病床使用率が全国一になるという緊急事態ですが、近くの繁華街では未だにカラオケが鳴り響き、酔っ払いが大声で何かを叫んでいます。皆さんの危機感というものはどこかに放り出されてしまったようです。 政府が無策な今の状態では私達自身が自己防衛を強化していくしかありません。暑くなりますが、心と体をだらけさせずに気を引き締めて感染防止を心掛けていきましょう。
2021年05月16日
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近々に亡くなられた人の魂がどこにおられるのか、お客様に聞かれることが時々あります。氣視させていただくと大体「生前から最も気にかけていた人」の元におられることがほとんどです。人の魂というのは正直で素直なものです。家族の中でもその行く末を心配している人の元へ飛んでいくようです。それが聞いてくださった人本人ではない場合が結構あります。それはその人が私の所へたどり着けるくらいに強く運も縁もしっかり持っておられるから大丈夫だと亡くなられた方もわかっておられるからのようです。 魂の行方をお聞きになると「えっ」と言われる方、「やっぱり・・」と言われる方、「そうなのですね。」と考え込まれる方、それぞれです。ご家族の中でも心配をかけている人だったり、外からはわからない問題を持っている人だったり、そういう人に亡くなられた方は助けに走るのだろうと思います。現実にはどんなことも出来はしないのだろうに、それでも魂は「助けたい、何とかしてあげたい、見守っていきたい」と願うのだろうと思います。
2021年05月14日
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五月の風はとても爽やかで、暑くもなく寒くも無い心地よい季節になったのに外出自粛で全ての方がこの季節を家の中で感じている今日この頃です。 先日の土曜日そんな中にも関わらず母親を石川動物園に連れて行きました。以前から死ぬまでに一度行きたいと言っていたので冥土の土産にとこそこそと行ってきました。 本当に五月晴れの良い気候で来園者も小さなお子さんを連れた家族連れがちらほらとおられるくらいで全く密な状態ではなくてほっとしました。 母は障害者三級なので園内は車椅子で移動しました。それでも短い距離なら自分で歩けます。ホワイトタイガーやプレイリードッグ、カピパラやミーアキャット、朱鷺も見させていただきました。開園当初よりも園内の樹木が大きく育って日影がそこかしこに在ったのでこれなら真夏でも意外と涼しいかもしれないなぁと感じました。ただ園内は結構な高低差があるので母の車椅子はちょっと大変でした。 それでも感染防止に注意しつつのんびりと廻らせていただきました。その数日後には感染防止のために閉園してしまいましたからギリギリ間に合ったような感じです。我慢している皆様には申し訳ないですが、ちょっと老齢者の為なので勘弁してください。
2021年05月12日
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お客様の氣視をさせていただいていて地球の地脈と繋がりやすい場所が視えました。 それは離島と霊山の近く。沖縄や隠岐の島なんかが代表的な場所ですね。何故海の真ん中に陸地がポツンと出来上がるのか?それはどうも地球の都合によるもののようです。そこに地脈の深いところと繋がるべきポイントが出来るようです。 霊山の近くも似たように地球の都合でそこだけ地脈の深いところと高い山が繋がっているみたいです。そういうところに惹かれる人と言うのは地脈と繋がって地球と一緒に息をしていたい人が多いようです。 今は地球の地軸の規則的な振動の波長が少し乱れているから地脈と繋がっている人はちょっと生きづらさを感じるかもしれません。 でもいつか地球も落ち着きます。それまではアイランダーになったり霊山を仰ぎ見たりしてのんびり生きていきましょう。
2021年05月10日
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年寄りじみたことを書きますが、少し前に気づいたことです。 人が他者に対してよく投げかける言葉があるとすると、それは自分自身に対する言葉になっているということです。身近な例でいうと私の母は最近誰に対しても「そんなに年でもないのに呆けてきたんじゃないか?しっかりしてくださいよ。」と言います。これは母自身が最近大脳の衰えを強く意識していて不安を感じていることの表れになります。 周りに対して「バカばっかりだ。」という人は自分はバカなんじゃないかとかバカにされているんじゃないかと思っている人であることが多いです。逆に言うと周りにいつもありがとうと感謝の言葉を投げかける人は自分自身に対してありがとうといつも思っている満ち足りた人だということになります。 他者にひどい言葉を投げかけられたときには、その言葉はそのままその人自身に当てはまる言葉なのではないかと考えると意外と当てはまっていることが多いものです。 哲学的に言うと人は自分自身の本質を常に他者に投げかけて無意識に自分自身を確認しようとする生き物なのかもしれませんね。
2021年05月08日
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若い時に白山に良く登りました。友人と二人の時や娘と二人の時もありました。しかし一人で登った時は誰もいない登山道で様々な気配を感じたものです。 後ろから追い抜いていく何かの気配、動物たちに囲まれているのがよくわかる気配、神様が小さなモノや物陰に潜んでいるのがわかる気配、山の気配というのは不気味で面白くて怖くて偉大なものを感じたものです。 大木の根元からジワジワと清水が湧き出ている場所は命が生み出されている場所のように思えました。今も若い時の私の魂はあの場所で生まれ続けているような感触があります。腰を痛めてからは滅多に白山の懐に潜り込むことは無くなりましたが、今もその白い山派は私の視界のほとんどを占めているように思います。 白山には砂防新道と観光新道という二つの一般的な登山道が在るのですが、本当の白山を知りたければそれ以外の岩間道、中宮道などの上級者向けの登山道を味わうのが面白いです。ただしきちんと登山ガイドさんなどのベテランさんに案内をお願いするのが良いと思いますが。
2021年05月06日
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金沢の犀川の川縁から見えている山並みにはまだ白いものが被っています。五月に入ったというのに山の上はまだ冬のようです。 そして地上は同じように病禍のせいで全てが凍ったように冷え込んでいます。近くの居酒屋やスナックは軒並み休業の貼り紙が貼られて、騒がしいのはホストクラブのホストさんややキャバレーのお姉さんたちだけのようです。経済が冷えて政治の世界は自分たちはワクチン接種を早めに終えて他人事のリーダーたちが下々の者たちを冷ややかに見つめているだけのように感じられます。 それでも桜は咲いて散り、鳥たちは営巣期に入ってしきりに鳴き声を響かせています。人の営みは少しずつ低調ではありますが続いていきます。季節もいつもとは違う感じで寒さがずっと残っているような気候が続いていますが、人はしぶとく生きていかなければなりません。何とかコロナを乗り切って生きていきましょう。
2021年05月04日
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漫才コンビのお話ではありません。私の母が聞いた不思議な話です。私の母がディサービスで知り合ったおばあちゃん仲間に久しぶりに電話したところ「かまいたちに噛まれて病院に運ばれて傷を縫った」ということを聞かされたとのこと。 母は「かまいたち」のことを知らないで「そんな動物がいるの?」と聞いてきた。私は「それは妖怪の名前だよ。そんな動物は現実にはいないよ。」と答えました。 水木しげる先生の妖怪大辞典によると強い風が吹いて突然痛みも何も感じないのに足などにパックリと傷が出来て出血するというのが「妖怪かまいたち」の仕業だと書かれています。美濃・飛騨地方や新潟の山間部などに出たとされる記述が残っていて山間部に吹く特殊な風による真空現象が正体かもしれないと言われています。 母の知り合いのおばあさんは奥能登の出身だそうで、もしかしたら奥能登の一部には今でもかまいたちの伝説が残っているのかもしれません。あまめはぎという有名な妖怪も奥能登には残っていますからね。
2021年05月02日
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