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幕末という時代があまり好きではありません。薩長同盟の感じもあまり好ましく思えないし、幕府側の感じもこんなのでいいのかと思う部分が多すぎて共感できない感じです。新選組もやりすぎだし一時的な勢いだけの部分があって、もっと理性的に動けなかったのかなぁと思ってしまいます。 こんなことを書くのも時々幕末の時代の方の過去世を視ることがあって、人間的には面白くて立派な方が多いのですが、どうも時代に対して拒否感があります。これはもしかすると私の過去世の中にこの時代で嫌な記憶があるのかもしれませんね。思い出せないということはよっぽどなのでしょう。
2021年09月29日
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「あかなめ」というのは水木先生の本によるとお風呂に出て垢をなめる妖怪です。子供のころこの妖怪を知った時にはとても怖く感じました。何故なら我が家のお風呂は半分父親が手作りしたガレージの奥の薄暗い一隅にあった中も薄暗いものだったからです。一度に一人しか入れないような狭いものだったので、その薄暗いお風呂に入るのは妖怪あかなめを知った身には恐怖でした。 今思えば笑い話になってしまいますが、その当時の私にとってはSぐらいお風呂の中で裸になっているときにあかなめと遭遇するのはたまらないことでした。何をするというものでもない無害な性質の妖怪ですが、裸でいる時に出るかもしれないというのは大変嫌な感じでした。 今のお風呂はこれでもかというくらい明るくて清潔で広くてあかなめはの登場する余地はありません。あかなめはきっととても田舎の旧家の木でできた古いお風呂場に今はひっそりと棲んでいるのだろうなぁと思っています。
2021年09月27日
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過去世を視させていただきました。その方の過去世は「森の王」とも思える縄文杉のような巨木でした。ご神木とも言えるかもしれません。霊格は高くその一帯の森の全ての生命を守っている存在でした。以前から時々ご神木の過去世を持つ方を視ることはありました。 それらのご神木は神社のいらずの森に立っているようなものでしたが、この森の王は霊山とも称される気高い山の麓にあって人の手が入らない場所にあったようでした。 あらゆる命を守り育み看取っていく長大な生命力の源のような存在で、大地の霊脈が特に強く結びついているようでした。 この存在は多くの分け御霊を生んでいるのでこの方もそれらのお一人だと思われます。現世でも数多くの命を愛する性質を持たれることだろうと思いました。先日書いたSF小説の想起はこの氣視を予感していたのかもしれません。
2021年09月25日
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金沢は少し郊外に行くと地域的に限られてはいますが、蓮根畑が結構あります。季節になると綺麗な蓮の花を見ることが出来ます。 蓮の花はお釈迦様のお座りになっている蓮華の座として知られています。何故蓮華の中にそういうものが表されたのか、それは泥の中から綺麗な花を咲かせるその姿が人の生きる姿として理想とされたせいかもしれません。 日々の生活というのは泥の中をもがきながら歩んでいるようなもので、人はその辛さ苦しさに耐えながら生きています。その泥水の中からこの世のものとは思えないような綺麗な花が咲く・・・それはそこに「救い」が必ずあると信じて生きる人のあるべき姿を願っているのだろうと思われます。 泥の中にこそ咲く蓮の花のように希望を少しでも持って生きていきたいものです。
2021年09月23日
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こういう人はあまり好きではありません。何度か書いたことがありますが、一流の人というのはほぼすべての人が優しくて決して偉そうになどなさいません。本当の一流の人というのはきちんと礼儀をわきまえておられて周りへの気遣いもできる人のように思われます。 断言する・・・というのはよっぽどのことだと私は思っています。どんな事象にも確定した事実というのはあまり無いように思います。いつも何パーセントかの反対の事実も伴っているわけで、断言するというのはほぼほぼ間違いなのではないかと私は思っています。 もちろん確定した事実というものももちろんあります。しかしそれも人の受け取り方や心の持ちようで変わって行く場合もあると哲学的には考えられるのかもしれないと私は感じられます。ゆえに断言する人はあまり信用したくありません。ひねくれた考え方かもしれませんが、正しく人を見極めることは楽しく人生を生きていくためには必要なことなのだろうと思っております。
2021年09月21日
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近い身内だと亡くなったじいちゃんやばあちゃんの姿や記憶が蘇ります。この方たちは皆で私達を守ってくださっています。それはいろんなときに気づくことです。安全な方へ、幸せになれる方へ導いてくれているのはこの方たちの場合がよくあります。 仏壇に手を合わせる時、このご先祖様に感謝の気持ちを送るようにしています。いつも守ってくださってありがとうございます。これからも見守っていってください。そう心の中で話しかけています。つながっていく親族の血筋というのはそこに守りの道が出来て行くことに他なりません。 ご先祖様に感謝して生きていきましょう。
2021年09月19日
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新しく家を買ったり建てたりする場合には風水を考慮したり、生活環境を調べてみたりすることは基本的に大切なことです。 しかしそれよりももっと大切なのは人的環境の調査・考慮ですね。住んでみたら隣や近所にトラブルメイカーがいたりしたら最悪です。そのせいで苦しんだり悩みぬいている人を何人か見ています。意外とこの人的環境の考慮をしない人が多いように思われますが、新しい住まいは住んでしまったら逃げることが出来なくなります。それは十分に買ったり建てたりする前にご近所の人に聞き込みなどをして調べることは絶対に必要です。 風水的な考慮については研究が必要ですが、自然災害による危険度などは地域の自治体のハザードマップなどを調べれはすぐに判明します。
2021年09月17日
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天は何事も見逃さずにきちんと見ていてどんな悪事に対しても漏らさず報いを与えるという意味のことわざだったと記憶しています。別に誰に対してとか何に対してとかあるわけではないのですが、何かの悪意が働いて被害者が生まれて加害者が特定できなくてその人たちがのほほんと生きているのが悔しいと思っていても、必ず報いというのはあるものです。 車を運転していても無理やりの横入りをしてきた車を見ていると必ずその車自身が前方にまた無理やりの横入りをされているのをよく見かけます。あぁ天網恢恢だなぁと痛快に感じるものです。 世の中はきちんとプラスマイナスが揃っているものです。物質的に満たされている人であっても家庭的だったり精神的にだったり満たされずに生きている人がいるものです。逆に貧しい環境にいても精神的に家庭的にすごく恵まれて幸せな人もいるわけで、人の生きざまというのはきちんとバランスが取れて成り立っているように思います。まぁそうでない人たち、本当に苦しい思いをされている方達もおられるとは思いますが、そういう方達はいつか報われる日々を得てほしいと熱望します。
2021年09月15日
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能登半島の最先端の禄剛崎へ行ってきました。日本三大パワースポットらしいです。沖合に暖流と寒流の合流地点が、そして日本列島の地脈の大きなものもこの地点を通っているらしいです。近くに聖域の岬とか言うのが出来ていますが、ここは入場料1500円の商業主義の典型ポイントなのでずれていると私は思っています。 金沢からは良い道が出来て以前は4時間近くかかったのが2時間半ほどで行けるようになりました。天気も良くて途中の道の駅で昼食を取って昼過ぎに到着。禄剛崎の灯台があるのは岬を形成している台地の上なのでちょっと急な階段を15分ほど登って到着。菊の御紋が就いている珍しい白い大きな灯台がありました。私は二三度来ているのですが、以前から比べると随分きれいに整備されていました。 やっぱり氣が澄んでいます。海もきれいで遠くに七ツ島が見えました。ここのパワーを十分に吸い込んで帰ってきました。娘は帰り道でやぶ蚊に襲われて困っていました。私と家内は全く襲われずやはり血が若いと美味しいのでしょうか?
2021年09月13日
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あの同時世界多発テロの瞬間に自分が見ている映像を現実のものと認識できた人がどれほどいたでしょうか?それくらいアレは「狂気の世界」の現実化でした。 人がどんな神様を信じようと勝手ですが、そのために他者に迷惑をかけるのは止めてくれと言いたかったです。オウム真理教にしてもイスラム原理主義の人たちにしても自分たちの世界で誰にも迷惑をかけないでこっそりひっそりと活動しているなら最低限許せるかもしれません。 それなのに他者を滅せよという結論に至るのは「狂気」としか言いようがありません。私の住んでいる地域は中心繁華街なので酔っ払いが他者への迷惑も顧みず日々騒いで楽しんでいます。これも一つの狂気なのかもしれません。 「相手の立場に立つ」この一つのことが出来なくなるだけで人は狂気の道へと踏み出していきます。共感能力の欠如、これが一番恐ろしい非人間に至る道なのでしょう。 他者に共感する力を強制的につけさせる装置でも出来ないでしょうか?そうすればあんな悲劇はもう二度と生み出されないような気がするのですが・・・。
2021年09月11日
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氣が身体に充満した状態だと触れるとくすぐったがることが多いです。超特穴を押圧して氣を抜いてあげるとくすぐったいのは少し収まるようです。子供さんなどがとてもくすぐったがるのは子供たちの身体に氣が充満しているからなのだろうと私は推測しています。 大人になると氣は身体の外と中で流通し始めますから何かの滞りが無い限りくすぐったい状態というのは無くなるようです。それでも大人の方でもくすぐったがりの方がおられますが、それは氣の絶対量が多い方のようです。 氣というのは多くてもいけないし、少なくてもいけません。ちょうどよい案配で循環しているのが氣の良い状態だと考えております。 お客様で氣が溜まっている場合は大腸の経絡に溜まっていることが多いようです。これは言いたいことがあるのに言えない、いろんな所に行きたいのに行けないなどのストレスがある場合にそうなるように思います。
2021年09月09日
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ある外国SF小説を思い出しました。それはある惑星探査チームが植物型生命体が支配する惑星に調査に赴いたお話。事故が起きてチームの一員である若い女性隊員が惑星上に取り残されてしまった。それを救った植物型生命体たちは彼女の身体を惑星上で生きられる形に変性させた。 そして彼女に働き口を与えた。その中で彼女は指導者からある一本の樹の管理を委ねられます。そこで彼女が理解していくのは一本の樹に関わる複雑で豊かな「生態系」の姿でした。樹冠から根の先までにあらゆる微細な生命体が寄生し、依存し、共棲して生きていることを彼女は深く深く知っていきます。それはとても驚異的な姿で、彼女はそこで以前の自分も含めて「大いなる生命」の形というものの真実を理解していくことになります。 その姿を読んでいて私自身も命の複雑さや豊かさの深い底に気づかされたものです。 今の私たちが理解して生きていかなくてはならないのは、この地球上のあらゆる生態系への真摯な知る姿勢なのかもしれません。
2021年09月07日
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最近のお客様によく見受けられる症例が腰痛なのですが、暑さのせいで胃腸系の消化能力が落ちてそれなのに普通の食事量を摂取していて、体が食べ過ぎの状態でますます胃腸系が弱り、すると胃腸系というのは筋肉の力と相関関係があるので筋力が落ちます。特に身体の前面の筋力が落ちるので腹筋などが特に弱り、そのせいで背中や腰の筋肉に疲労が蓄積して腰痛を引き起こすことになります。 対策としては食事量を落とすこと。食べる事=エネルギーと考えている方が今でも多いですが、食べる量は熱量にもなりますが、消化するために身体は精力を使うのでエネルギーがイコール増えるとはなりません。 また暑いのでお風呂を面倒くさがってシャワーばかりになっているのも身体の芯に「冷え」が残る形も作り出します。これも身体の精力を落とすのでますます筋力が落ちて腰痛や夏バテという形を生み出します。 食欲が落ちたなぁと思われたら食事量は落としてお風呂も二日に一回くらいの頻度で入ってください。夏バテと腰痛・ギックリ腰の予防になります。
2021年09月05日
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人は基本的に目に見えないものをあまり信じようとはしません。ですが、目に見えないものって意外ととても重要なものが多いように思います。 空気、想像力、人の思い、細菌、ウィルス・・・思いっきり私たちの命に係わる、生きることに関わっているものがすべてのように思います。逆に目に見えないものほど重要だということだと思います。 そこで「氣」というもの。これも全く目には見えないし存在の証明さえされていません。だからこそとてもとても重要なものなのだと私は勝手に思っています。氣とは生命情報もしくは構成情報の素粒子のようなものなのではないかと推測しています。だから生命や地球をも生命体とするなら地球上のすべての事象さえも「氣」というものに含まれているのではないかと考えています。 人は死んだらどうなるのか。その答えは「氣」にあるのだろうと確信しています。
2021年09月03日
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八咫烏(やたからす)というのは熊野神社の眷属で在り、導きの神様として知られている存在です。そして当院の近くは繁華街で飲食街なのでカラスたちがとても多いです。 八咫烏は素戔嗚尊様に仕えているとされていますが、この素戔嗚尊様は防災徐疫の神様としてもしられているので今の世の中には最も必要とされている神様でもあるわけで、それならカラスもコロナ除けにはもってこいの存在になるのかなぁなどと考えております。 何しろカラスというのはしぶといし賢いし飛行技術も鳥の中ではとても優れています。地面を歩くときも歩行方法が何種類もあるのはカラスくらいです。毎日多くのカラスの生きざまを見ていると、こういう生き方が「逞しい」ということなのだろうなぁと感じます。 カラスを見習ってふてぶてしく生きていかなくてはと思います。
2021年09月01日
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