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テレビのニュースはほとんどが暗い内容が多いですね。人が亡くなった、火事が、事故が、災害が、殺人が、詐欺にあった・・・・だからと言ってSNSは無意味に明るすぎたりバカバカし過ぎたり私達高齢者はついていけない内容ばかりです。 メディア情報は人をどう考えているのでしょうか?人の感性をよき方向へ導きたいとは思っていないように思います。人の魂を善なる道へ導こうとは思っていないように思われます。メディアから離れて修行三昧の道へ入れば人は幸せになれるのでしょうか?私はそうとも思えません。 人は普段の普通の生活の中で自分自身の判断で情報をきちんと選択して、自分の中に取り込む情報を選別して生きていくべきなのだろうと思います。これは聞かない、見ない、信じない、流されない。これは聞いてみよう、見てみたい、信じてもいいかもしれない、自分の考えに合っている。そういう判断力をきちんと付けて行かなくてはならないと思います。そのためには何を為すべきか?名著と呼ばれるものをきちんと読んで自らを鍛えて行かなくてはならないのかもしれません。
2024年12月30日
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先日NHKのEテレの日曜美術館で熊野三山の神宝の展示を放映していました。速玉、那智、本宮の三社の意味合いやその本質的なものを理解するのにとても分かりやすかったです。特に速玉の神宝である親神様の神像には感動しました。魂は抜いてあるのでしょうが、鎌倉か室町、平安時代くらいの作の木像があれほど見事に原形を保って残っていることが奇跡のように感じられました。 私の単純な解釈に寄れば速玉に父親神、那智に母親神、本宮に息子神という形で祀られているらしいとのことです。次回参詣させていただくときにはこの意味をきちんと弁えて参拝させていただこうと思います。熊野は日本の神道の「肝」だと思っています。人体に日本列島を例えるなら「丹田」の位置にある御社であると思っています。お伊勢さんは「へそ」ですね。そういう勝手な解釈をしております。
2024年12月28日
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昨日の休日、灯油を買いに行ったり母の差し入れの食品を買いに行ったりした後にまた山田洋二監督の「息子」という作品を見ていました。この作品が好きで何度見返したかしれません。 三国連太郎さんが渋い演技で良いし、永島敏行氏も若く明るい演技で良いし、和久井映見さんも可愛いし、また昭和の高度経済成長真っ只中の大都会と岩手県の田舎の風景の対比もとても興味深いものがあります。和久井映見さんは聾唖の女性を演じておられるのですが、とても明るくて可愛く演じておられて何か人の生きていくための希望を具現化しているようで楽しいです。 昭和のこの時代はいろんな問題点も数多くありましたが、それでも人はお互いを思いやりながらなんとか楽しく生きて行こうと足掻いていたように思います。まだ人が汗水たらして生きて行けば幸せになれると信じられた時代だったように思います。
2024年12月26日
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私の長野に住む大学時代の友人が先日帯状疱疹になってひどい目に遭ったと言っていました。それを聞いた家内は予防接種を受けることにしました。不活化ワクチンというもので二回接種しないといけなくて効果は10年ほど続くものだそうです。費用は一回に22000円かかります。家内は体質的にそれほど丈夫な体ではないのでもし帯状疱疹になったらひどいことになると想定したようです。ワクチン接種から二日間ほどひどい倦怠感に襲われて寝込んでいました。次の接種には2か月間間を空けないといけないらしいです。 それでも帯状疱疹はとても痛くて苦しい病気で治った後も何か月も痛みに苦しむことになるらしいのでお金はかかっても本人はどうしても受けておきたかったようです。正しい選択だと思います。皆さんもある程度の覚悟をして予防接種を考えてみてください。
2024年12月24日
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お客様の女性からその場にはいない「息子さんや娘さん」の今の状態を氣視してどう視えるか聞かれる場合があります。これは親子さんですから「氣」が密接につながっているので視えやすいものです。こういう間接的に視たほうが視えやすいこともあります。 しかし親子の絆というのは強いものだなぁとこういう時に思います。お母さんの子供さんに対する気遣い心配する思いというものが強く強くつながっていてスッと子供さんたちの姿や心の状態、氣の状態が視える場合が多いです。たぶんこういう氣視の時って家族全体を守っておられる大きな守護霊体が取り持っておられるような気がします。家族がお互いを家族として大切に思う・・という状態が霊界においては最も貴重で大切な状態なのではないかと思われます。
2024年12月22日
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日本という国は本当に「水の国」だと思います。湿潤な気候と数多くの河川に恵まれて奇麗な湧き水と温かな温泉にも恵まれています。その代わり台風や豪雪などの水に関わる災害にも襲われるし、能登半島の地震は地層の奥深くに存在する水の移動が関わっているとのこと。どこまでも「水の国」なのだと思います。 水の神様と言えば「龍神様」と「蛇神様」になるでしょうか。そう今年は龍神様が暴れまくりました。来年は蛇神様の年です。古語で言う「蛇国」である加賀はどうなるのでしょうか?何とか穏やかな年にしていただきたいものです。私の魂の性は「水の中に小さく燃える火」という複雑な性なのですが、何とか神様にお願いして平和な年にしていただきたいと願うつもりです。
2024年12月20日
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昔は「飲水病」と呼ばれていたそうです。末期に近くなるとやたらと水を欲しがるようになったからだろうと言われています。私の母がこの病気なのですが、自分の好きな食べ物が一切食べれなくなるとても悲惨な生活病と言えると思います。背骨の骨折をした時も血糖値が高くて手術出来ず長く苦しい状態が続きました。手術後も長く血糖値が下がらずに退院時期が一か月以上伸びたものです。今は老人ホームでカロリー管理をしていただいて血糖値も安定していますが、好きなパンや果物がほとんど食べれなくて糖質制限された食べ物だけを味気なく食べて生活をしています。母は長い間水商売でお酒を飲み続けていたので糖尿病になったと思われますが、何しろこの病は人生の楽しみの半分くらいを奪ってしまう嫌な病です。発症しないように節制・留意していきたいものです。
2024年12月18日
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冬は嫌いな季節ではありません。立ち枯れの木々にも風情を感じます。北陸の冬に付き物の雷も、その光と音を懐かしむ感覚があります。ヒヨドリのキーヨ、キーヨという鳴き声を聞くと寒気の中に響く冬の訪れを感じます。みぞれが降り、霰となり、それが淡雪となりぼた雪となっていく。そして金沢の町を白く覆っていきます。白く冷たい分厚い毛布にくるまって北陸の町々は静かに春を待ちます。人の営みは雪の下に静かに脈々と続いていきます。 石油ストーブのぬくもりが人の体温をゆっくりと保っていく・・・その感覚が好きです。
2024年12月16日
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人は何か見えない力に導かれて生きていると思っています。決して自分が主体ではないとは思いませんが、自分ではない何かの存在が自分を導いてくださっていると常々思っていました。最近はそういう導きの力に逆らわないように生きようと思っています。そういう力に対してのアンテナが常に立っているのを思います。自分のためではなくて、他者のために何かを為そうとするときにそういう力は働くように思います。それも善き事を為そうとするときにこそ強く働くように思います。決してそれに逆らわず為されるがままに自分の力を尽くそうと思います。そういう力に生かされているのが「人」なのだろうと思いますから。 主体性のない頼りない生き方だと思いますか?生きていくという強い意志は必要ですが、他者を押しのけてや自分中心の生き方は間違っていると思います。自分が他者のために善き事を為そうとする努力は必ず巡り巡って自分の愛する者のためになる形で還ってくるものだと信じています。
2024年12月14日
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自分の身体にいろんな症状が出た時、色々な診断点を探って実験します。坐骨神経痛になったときは磁気鍼を試して施療の仕方を工夫して治してみました。あぁこういう風に感じて、こういう風に治っていくんだなぁと実感しました。この「実感」というのはとても大事です。お客様に同じような施療をするときにお客様の「氣」を感じて私の診断点との「違い」を見極めるのに絶対必要だからです。人の身体はそれぞれに全く違うものです。私と同じ診断点に施療してもそれでは意味がありません。氣を感じて氣脈の上に施療点を見極めることが出来なければ施療はできません。 今も背胸部痛が少しあって、原因はわかっているのでいろいろと自分の身体を実験体にして調べつつ施療しているところです。神仏か何か見えない存在が「これで診断方法を探ってみなさい。きっと同じ苦しみの方が来られるはずですから、楽にして差し上げなさい。」とおっしゃっているような気がしてなりません。何かのお導きで生かされている日々に感謝です。
2024年12月12日
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昨晩はチェロ&ピアノのコンサートに行ってきました。当院のお客様であるチェリストの女性のデュオ・リサイタルでした。演目はバッハ、ドビュッシー・ショスタコーヴィチのソナタ3曲です。20年以上のお付き合いになるのでコンサートにも初期のころから何度か行かせていただいているのですが、全然器楽才能のない私でもとても見事な演奏だということはわかりました。金沢市アートホールという日航ホテルに隣接した施設での演奏で音響の環境もなかなかのものでした。客席は8割ほどが埋まっていました。 2時間弱の演奏でしたが、退屈することもなく二人の奏でる名曲を楽しませていただきました。そう言えば最初に彼女が来院されたときどういうお仕事なのかも聞かなかったのに、宮沢賢治の「セロ弾きゴーシュ」が氣視に出てきたのには驚いたものです。
2024年12月10日
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信仰心はあまり関係ないのかもしれません。深く強い信仰心があるから愛されるかというとそうでもないように思われます。 これはあくまでも私の独自の勝手な考えなのでお許しください。神様に愛される方というのはまず「謙虚」な方です。「俺が、私が」という方は決して愛されません。そしてこれは私だけの考えだとは思うのですが、「広い生き方」とされている方よりも「狭い生き方」をされている方をより愛されているように思います。ミニマリストと言いますか、贅沢に何でもかんでも興味を持って遊んで働いてガツガツ生きている方よりも、慎ましく質素に自分だけの楽しみに密かに熱中されているような方が愛されキャラのように思うのです。変わっていますね。神様ってちょっと人の考え方の範疇からはみ出ているような部分があるように思われます。これは日本の神様だけなんでしょうか?何しろ私だけの勝手な「神様からの愛され方」でした(笑)。
2024年12月08日
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友達は大切ですね。昨日もまた長野の親友からリンゴが届きました。大学を卒業してから45年も毎年リンゴを送り続けています。最初は友人のお父様が作っていたリンゴだったのですが、今はお父様も亡くなられて近くのリンゴ農家から送ってくれているようです。先日は中学からの友人と久しぶりに喫茶店で待ち合わせて話をしました。彼らとは50年近い付き合いになります。喧嘩したりまた仲良くなったり色々ありました。それでも友達というのは本当にいいものですね。損得無く付き合えて心の底から笑いあえるというのは友達だけですものね。東京の警察に勤務していた友人は定年退職して免許センターに再就職したという連絡をくれました。彼は鑑識係だったので会ったときには面白い話を数多く聞きました。 彼らと縁を得たことは何物にも代えがたい貴重なことだと思っています。
2024年12月06日
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私が幼少期から少年期を過ごした街です。豊臣秀吉との縁が深い前田家の城下町ならではの地名で秀吉公の千成瓢箪から地名がつけられたようです。先日、母の通院と買い物の同行で車でこの懐かしい街を巡ってきました。母がとても喜んで「懐かしい、懐かしい」と笑顔で車窓からいろんなところを眺めていました。もう50年くらい経っているのにあまり変わらない街並みに私自身も驚くやら懐かしいやらでした。 金沢の旧市街というのは犀川と浅野川という二つの川に挟まれた地域になります。発展しつつあるのはここ以外の地域であり郊外の南側、北側になります。取り残されたような旧市街ですが、私にとっては宝物のような土地になります。
2024年12月04日
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まだタイヤ交換は自分でやっています。我が家の駐車場は自宅から歩いて5分くらいのところにあるので交換するタイヤの運搬が面倒くさいですが、交換自体はもう慣れたものなので30分くらいで済みます。まだこれが自分でできる間は車の運転も許されるかなと思っています。家内はもう免許証は自主返還してしまいました。マイナカードがあるのでもういいかなと思ったようです。もうそろそろ雪がやってきます。今年は平年並みの積雪なら良いのですが、地震・豪雨と続いてもう勘弁と思うのは許してほしいものです。
2024年12月02日
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