椿荘日記

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その6


December 8, 2003
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困ったことが起きてしまいました。右手が、思うように動かなくなってしまったのです。


異変が起こったのは六日の土曜日で、その日は夫とマリの共通の友人がお昼に訪ねてくれることとなっておりまして、夜に予定を控えていたマリでしたけれど、大童で昼食の用意をし、皆で楽しく午餐のテーブルを囲み、大急ぎで夜に向けての仕度を整え、半年近く前から、ずっと楽しみにしていたサントリーホールでの、ズービン・メータの指揮によるイスラエル・フィル「マーラー第六交響曲」のコンサートに出掛けまして、素晴らしい演奏に大満足した後、名演奏ぶりに興奮気味だったアフターコンサートの酔いも手伝い、何時もの特別車両の中で気持ちよく転寝をしていた際にずっと右腕を圧迫していたらしく、目が覚め車両から降りる段になって、車窓に寄りかかっていた側の腕がすっかり痺れてしまっていることに気が着きました。その時は何時ものことと然程気にも留めず家路を急いだのですけれど、自宅にたどり着いて、コートやバッグを置く段になって右腕の異常に気が付いたのです。
玄関先でコートを脱ごうと、右腕に掛けていたバッグをそのまま滑らせて手で受け止めようとしたのですけれど、力が入らずそのまますとんと玄関の床に落ちてしまい、その上コートのボタンも外そうとして叶わず、手首はぐにゃりと力を失い、腕は相変わらず痺れたような鈍感覚の侭で、マリは困惑と軽い恐怖に駆られてしまいました。それでもこんな夜更けに騒いで家人に心配を掛けてはと、異変を告げずに黙って通し、その日はお風呂の中で軽くマッサージをして直ぐに休むことに致しました。

翌日は、亡き父の納骨の日で、何時もの伝で早起きのマリは仕度のことも考え、早い時刻に、傍らで寝息を立てる夫を起さない様にそっと起きだし、薄暗がりで右手を恐る恐る動かしてみましたけれど、やはり症状は昨夜と変わりません。
気を取り直し、ぎくしゃくとした動作で着替えて、昨日の午餐の残骸である汚れた食器を洗うなどの片づけを始めようとしたのですが、またもや愕然としてしまいました。その様な状態の手では食器を洗うことは愚か、スポンジを握ったり、食器を持つことも出来ないのでした。仕方がありませんので、左手で薬缶を取り上げお湯を沸かし、兎に角お茶を飲んで落ち着くことに致しました。

マリは幼い時分から幾分左利きの傾向があり、日頃から左手を多用しての生活ですので、ペンとお箸以外は左手を使うことに余り障害はないのですけれど、やはり両方揃って、が当たり前の生活をしていた人間の常でしょうね、いざ片側が不自由になりますと、敢えて使っていなかった場合とは違い、それこそ歩く時や、ちょっとした動作にさえ支障が出てくることを思い知らされることとなりました。バランスが取れないとでも言うのでしょうか。段々慣れては来たのですが、異変を感じた初期はどうしても体が傾きがちで、何度か家具にぶつかったり、転びそうになりまして、日々、不自由な生活を余儀なくされている方々のご苦労が、ほんの少しながら分かるような気が致しました。

こうなってしまいますと、夫や息子に黙っていることは出来ず、起床時間となり目を覚まして次々と階下に下りてくる二人に事情を話しますと、案の定吃驚して酷く心配そうな顔になりまして、返って不調のマリが心配性の夫と息子を宥める破目となり(苦笑)、兎に角外出の仕度をしましょうと促して、皆で用意を始めました。
納骨ですので、黒っぽい衣服を選び、苦労して身に着けますと次はお化粧と髪を結うのですが、またもや愕然としなければならないことに幾つも遭遇する嵌めに。洗顔や化粧下地、ファンデーション等は何とか凌いだのですけれど、口紅や眉、睫など右手を使わなければならない繊細な部位は勿論、束ね髪の為のゴムバンドを右手で広げるなどの基本動作が全く出来ず、こういったことには全く慣れな夫の手を貸してもらうことより他はありません。苦労して髪を結い、仕度の出来上がった家族と共に戸外に出ますと、次に気が付いたことは「運転も出来ない」という事実でした。マリは元より、夫もとても困った様子です。自家用車の運転の比率は半分半分というよりも、マリの方が幾らか多く、運転をマリに任せ勝ちの夫の困惑振りは無理もありませんけれど、何よりも、日頃は車を多用してのマリの生活ですので、今後の不自由さが思い遣られます。


抜けるような青空が広がる、本当に良いお天気でしたけれど、寒がりのマリは用心の為、カシミアの地にミンクの毛皮を張ったオーバーコートに首から防寒用の「マフ(ハンドウォーマーと言うのでしょうか)」を提げ、隻腕のネルソン提督宜しく、今や不自由となってしまった右腕をその中に差し入れ、夫に支えられて歩くなどと、聊か心もとない姿で、敷地内の散歩を続けました。周囲を雑木林や畑、古い民家に囲まれた閑静な墓地は、今年の夏開設されたばかりで、遠く丹沢山系や富士のお山が望まれ、素晴らしい環境で永眠出来る父の幸運を半ば羨みながら(笑)、あたふたと遣ってきた姉夫婦と母をやっと向かえ、納骨が始まりました。
真新しいお墓を取り囲むように並び、係りの方が石室に納めてくれたのを見計らって、一同でお花とお線香を供えます。無宗教ですので、お塔婆もなく、家名と家紋だけのすっきりとした簡素な御影石の墓石は父に相応しく、マリも皆に習って不自由な右手を左手で支えつつ、お線香を供えたりお水を掛けたり致しました。

今でも父のことを思い出しますと涙ぐんでしまうマリですけれど、不調の所為か聊か気散じで、返って泣かずに済みましたのは皮肉なことですが、些細な動作さえ尽く夫や息子に庇われ、日頃から過保護気味なマリが、益々「役立たず」となってしまいまして、マフに両手を突っ込んだなりで立ち尽くす姿は、事情を知らない他所の方から見ましたら、さぞかし唯の「我侭」、「横着者」にしか見えないことでしょう。事実靴を履いたり、ドアを開けたりという詰まらないことさえ侭ならず、きっとせっかちで生真面目な方でしたら癇癪を起してしまうところでしょうけれど、幸い(?)短気ながら悠長で楽天的なところもあるマリですので、こうなったらと開き直りまして、周囲の人間に思い切り甘えてしまうことに致しました。
とは言え心配な事柄に変わりはなく、母も仕切りと「困ったわねえ」と心配顔で、脳の血管のことも考えられるので、少し様子を見たらお医者様に行くようにと勧められ、マリにも異論があるはずなく承諾致しました。

納骨の後の昼食会でも、マリは全くの無能振りを発揮し、お料理の内容は、和食と鉄板焼きだったのですけれど、不自由を理由に座ったままで、姉や義兄、夫に全てお任せで、加えてお箸でお料理を口に運んでもらうなどの日常では考えられない傍若無人振りさえ発揮し、それでも理由が理由だけに同情し続けられるという、およそ考えられないような「甘ったれな」昼食会となりました(苦笑)。「こんなに楽ならずっとこのままでもいいわ」と本当に罰当たりなことまで、半ば冗談で口にしていたマリでしたけれど、内心は不安で一杯でした。実は、前日の昼食会で、二足歩行のロボットのことが話題になりまして(お一人は、夫と同じ会社に勤める方で、海外赴任から帰ってきたばかりの優秀な女性で、もうお一人は男性で、マリと殆ど変わらぬ年齢ながら会社の経営者です)、人間が実際に歩くと言うことだけでも、骨格や神経、筋肉というはっきりとした形のある物だけでなく、各酵素、化学変化、電気信号などによる情報の伝達など、目に見えない、実に様々で複雑な方法が使われていると言うことを、不思議と感嘆を持って話し合ったばかりですので、尚更、その難しさ、複雑さを、身を持って思い知ることとなりました。本当に些細なことで身体機能とは簡単に損なわれるものなのでしょう。

その日も、夫とマリは夫々夕刻から外す事の出来ない予定がありましたので、帰宅後軽く休養を取り、マリは何時もの茅ヶ崎のお仲間達との会合に出席致しました。自然の成り行きでその場の知人達に今の自分の体調をお話し致しましたら、その内の、マリよりずっと年上の、工場を経営しておいでのA氏が、それは「脳梗塞」ではないかと言うのです。吃驚して聞き返しますと、三十歳を過ぎた辺りから、程度の差こそあれ、脳梗塞の発作が知らないうちに起こることがあるのだそうで、微かに恐れていた言葉にやはりショックは隠し切れません。同席されていたマリの日本画の先生もとても心配そうで、少しお酒を控えた方が良いねと仰います。マリの婚家の高齢の義父も十年ほど前に、脳梗塞の発作を起こして以来、それは日常生活に気を付けるようになりまして、その暮らしぶりをよく知るマリですので、先生の進言を受け容れないわけには参りません。とは言え、未だ確定されたわけではないのだからと、飲兵衛でお気楽なマリは、先生のご心配を尻目に(!?)会合が終わった後は、何時もの女王様のカフェに向かいました。

そんな懲りないマリではあるのですが、先程のA氏の言葉と、隣で心配そうにしている先生の表情に、何時もの様に杯は進まず、バーボンウイスキーのエヴァンのソーダ割を二杯頂いただけで、後は炭酸水を舐めるように飲んでおりました。不安の所為か、頭痛がするような感じがし、お隣で先生はしきりとお医者様の所に行くよう進めますし、何時もでしたら気にせずに口に運ぶ煙草でさえ、滞りがちになりまして、同席した知人達と一頻りお話に興じた後、その夜は結局早めに帰宅することとし、幾分ぐったりと、家に辿り着きますと、その侭倒れてしまうのではないかと恐くなってしまい、遅い夫をPCの前に座り込んだまま、悄然と待っておりました。腕は相変わらず痺れて力なく、不安が募りますけれど、ここでこうしていても仕方ありませんので、夫の帰宅と同時に床に付くことに致しました。

*この項続く





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Last updated  December 9, 2003 12:18:06 AM
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