全10件 (10件中 1-10件目)
1

今年初の朝練です。
2015.03.28
コメント(0)
「今帰仁城(なきじんぐすく)」その昔、日本が鎌倉幕府であった頃、沖縄はグスク時代と呼ばれます。小さいながら、3つの勢力が争った時代があったのです。その勢力のひとつである北山の拠点が今帰仁城だったのです。今帰仁城は国道505号線より内陸に、数キロ上った所にあります。小高く一望に海が見渡せる場所に城壁がうねる様に張り巡らされているのです。吹曝しのその場所は、まだ朝の10時とあって、観光客もまばらで閑散としていました。なんと言っても「寒いっ。」の一言です。世界遺産としても登録されている場所であるので「これは見ておかないと。」と思い、早速400円の入場券を購入してグスク散策を始めました。なるほど、今帰仁城の城壁は7~8mほどもありましょうか、日本の大阪城とか姫路城から比べると雲泥の差があるように感じました。日本のお城の城壁はとても登る気にはなりませんが、グスクの城壁は自分でも登れてしまうほどなのです。これでよく敵からお城が守れたものだと不思議でたまりません。沖縄の歴史は詳しくないので、定かではないですが、推測するに沖縄では城壁は自国の領土を管理する目的が主であって戦いに使うものではなかったのかも知れません。それとも、私たちが考え付かないような敵撃退の工夫がなされているのかも知れませんが。歴史上では、幕末に薩摩藩の侵攻により日本の領土となってしまったのもその守りの甘さだったのかも知れません。結果、沖縄は第二次世界大戦時に巻き込まれて大変多くの犠牲者を出すに至ったのです。そして、今でも名護市辺野古への米軍移転の問題で揺れ動いています。地元の人達が沖縄を守ろうとする気持ちはこの今帰仁城へ立つと良く伝わってくるのでした。本来沖縄は幸せの国、竜宮城だったはずなのです。本門である平郎門をくぐり、階段を上ってゆくと御内原(うーちばる)というお城に使えた女官の生活の場所と伝えられている所にたどり着きます。城内としてはとても神聖な場所であると言うことで、そこからの眺めもすばらしいものがありました。相変わらず、天候は曇りでしたが、白波がたつ海原が見ることができ、ひと時その時代の人々の生活に自分を同化してゆくのです。晴れた日には眼前に東シナ海を望みながら自分たちの仕事をこなしていたのでしょう。美しい自然に囲まれて、幸せな生活を営んでいたのかも知れません。この場所で、祭りや儀式が行われていたのかも知れないのです。沖縄の空気はとても澄んでいて、花粉症に悩んでいる私たちの環境からはとてもイメージできないような清々しさがあります。いつまでも、ここに居たいという気持ちが込み上げてくるのでした。しばし感傷に耽って、ふっと気が付くと、「さむっ!」。じっとしていると寒さで気分は現実に引き戻されてしまい、「帰ろう、帰ろう。」といそいそと今帰仁城を後にするのでした。
2015.03.24
コメント(0)
瀬底島から国道449号線をしばらく走るとやがて国道505号線となります。この国道が半島の外周を走る道となるのです。名護市内はさすがに民家が立ち並んでいますが、半島の北部に来ると、静かで民家もぽつんぽつんと寂しく建っているといった風景となります。のどかな沖縄の田舎を堪能しながらしばらくはペダルを回します。そんななか、民家の屋根に鎮座するシーサーが私たちを迎えてくれるのです。ほとんどの民家に鎮座するシーサー。私たちには神社に鎮座する狛犬を連想させてくれます。シーサーは守り神と言われています。私は、シーサーは台風などの災害から守るための守り神かと思っていましたが、意外にも火災から家を守るための守り神だったのです。その姿は古代エジプトのスフィンクスが元祖と言われているそうです。ですから、モチーフとなっているのはライオンですね。日本本土の狛犬は犬と言うだけに犬がモチーフとなっているのでしょうか?シーサーと狛犬はなにか関係があるのでしょうか?そんな疑問が浮かんできました。どちらも「阿吽」といって対になっているところも非常に似ている点ではあります。このシーサーが「メンソ-レ。」と言わんばかりに私たちを迎えてくれるのです。それに、私たちは「ハイサイ。」と答えるのです。沖縄村で聞いた話ですが、「メンソーレ。」とは「いらしゃいませ。」という意味で「こんにちは。」という意味ではないのですね。ですから、「メンソーレ。」に「メンソーレ。」と返すことはおかしくなるのです。「メンソーレ。」に対しては男は「ハイサイ。」女は「ハイタイ。」と言うそうです。沖縄はもともと日本とは別の文化を築き上げた所なので独特の方言が残っています。沖縄は国内であって外国のような気分にさせてくれる異国情緒たっぷりの場所なのです。沖縄の民家の屋根も独特な色合いがあります。白で縁取られた柔らかいレンガ色は沖縄色と言っても良いでしょう。どっぷりと重みのある屋根はなんとも言えず、沖縄の生活感を象徴しているようにも思えます。その上に鎮座した対のシーサーはそれぞれに個性があってどれひとつとして同じものがないのです。出会うシーサーひとつひとつに挨拶を交わしながら、気持ちよく走ることができました。日本本土の街中ではほとんど合理化が進み、殺伐とした景観が広がりつつあります。無機質なビルディング。画一的なマンション。まるで何処の国の建物であるか分からないような建築物群。日本が高度成長を果たすようになって以来、日本の国はどんどん日本らしさを失って行ってるような気がしてならないのです。安部さんが唱える「美しい日本」は果たして叶えられるのでしょうか?そんなこともふと頭を過(よ)ぎるのでした。「日本の心を取り戻したい。」自転車の上ではそんな考えも、次から次へと浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返します。
2015.03.24
コメント(0)
2日目は、時計回りに半島を回ります。本部半島には沢山の名所があります。瀬底島からすぐの美ら海水族館を始めに、世界遺産今帰仁城、ワルミ大橋、古宇利大橋、古宇利島、その他ナゴパイナップルパークやら古民家集落の大家(うふやー)などがあります。それらをじっくりと時間をかけて巡ってゆくのがサイクリングの醍醐味と言えます。時間を気にせずマイペースで、自分とシンクロし合う場所を見つけてゆくのです。本部半島は高々外周50kmほどの半島です。言ってみれば、どんな走り方をしてもスタート地点まで戻ることはさほど大した距離では無いということです。それでは、走りがいの無いつまらないところかと言うと、そうでもないのです。始めに書いたように、この地を選んだ理由としてはとても魅力のある土地であると感じたからなのです。それは、「古宇利島」です。古宇利島は本部半島の北東部に位置しており、本部半島より屋我地島に渡り、さらに1960mの古宇利大橋で島に渡ります。古宇利島は外周8kmほどの小さな島です。地図で確認してもらうと分かるように島と海が面白く入り組んでおり四方からの眺めはきっとすばらしく面白いものがあるのではないかと考えたからなのです。これらの地形を堪能しようと思うならば、まず高台に上ることです。高みからの景色は絶対に裏切らないだろうなと思いました。計画を練るときには、地図上で数箇所高台を見つけてはそこでの景色を妄想するのです。そして、いくつかの候補のなかより、羽地内海の海岸線を走る505号線から上る「嵐山展望台」へ上ることになったのです。標高120mあまり。距離2.5kmです。懐かしい響きのある嵐山という地名。ただ、京都ではありません、沖縄です。嵐山展望台へはヒルクライムとなります。ヒルクライムの場合はロケーションとは無縁となります。どんなに絶景であったとしても、ひたすら上ることに専念すると回りの景色は意識の中には入ってこないのです。無心にペダルを回すことだけに専念してしまうからです。ただ、ゴールとなる頂上では上りきったという達成感と極上の景色が待ち受けてくれるのです。何処へ行ってもヒルクライムと高台の絶景は最高のコンビネーションなのです。今回のサイクリングでは、この展望台を今回のサイクリングでの一番の絶景であろうと推測していたのですが、前日の乳首島にその首位を奪われてしまいました。それはそれで、嬉しい誤算だったとも言えます。
2015.03.24
コメント(0)
僕の「乳首島」沖縄の乳首島に大きな感動、感激をいただいて、それからのサイクリングに加速がつきました。とてつもないような感動を求めるのではなく、一見あたりまえのようなコトに感動を見つけるのです。見方を変えるととたんに感動の嵐が襲ってくるのです。美ら海水族館では、ジンベイザメに感動するよりも体験コーナーで触れることのできる「なまこ」にしごく感動してしまいました。一見気持ちの悪い姿をしているものの、それもそれなりの理由があってのこと。それを嫌うとはかわいそうでもあります。少しだけ触れるとグニュッとやはり気持ち良くはなかったものの、こんな形でよく生きているものだとと思うととても愛おしく感動してしまうのです。でも、ジンベエザメもさすがにでかく悠々と泳ぐ姿は感動ものでしたね。動物園も水族館も、なにか見たこともないような生き物に出会えることがとても感動したりするのです。美ら海水族館は午後4時を過ぎると500円ほど安く入場できるのでお得でもあります。サイクリングの1日目は、この美ら海水族館で終えたのでした。総走行距離33.7km。旅先での目覚めは、自分の居場所の確認から始まる。「ここは沖縄?」すぐに昨日出会った乳首島のことを思い出す。そして、「今日の天候は?」依然として、雲行きは怪しくそれはかなり速い速度で流れている。時々雲間より太陽の光が差してくるのが期待を盛り上げてくれるが、あまり期待は持てそうにもない。2日目は本部半島をとことん散策しながら走る。それだけが予定だった。だから、気分が乗ればどんどん走る。しかし、気分が乗らなければ、ゆっくりと散策しお気に入りの休憩場所にてゆっくりと時間を過ごすことに決めていた。走ることは強いられることではいけない。あくまでも、自分が走りに乗れるか乗れないかがポイントとなってくる。走りが楽しめなければ、サイクリングとは言えないからだ。たとえ、その日が土砂降りの雨だとしても、モチベーションが上がって走りたいという気持ちになればそれは当然走るだろうし、走りたくないと思ったら走らなくても良いはずだ。基準は常に自分の中にある。天候に左右されることではないのだ。朝食を終えると、ぶらっと走り始める。中日(なかび)は、前日と違い荷物を拠点に置いてのサイクリングとなるため身体は軽い。後は、気分次第だ。走り始めると、当たり前だが昨日と違ってペダルが軽い。踏めば踏むほどどんどん進む。小気味良い自転車との一体感が気分を徐々に高みへと上げてゆく。「あっ、走れてる。この自転車が今自分の身体とシンクロしている。」と、思わず笑みがこぼれる。これこそが、走りを楽しめている瞬間なのだ。「こんな自転車でも十分楽しめるのだから、高価な自転車なんか無用の長物。気取らなく乗れる自転車が最高の自分自転車だと感じられる。」と、自分の考えに悦に入る。この瞬間は、たとえ沖縄でなくても構わない。どこでも味わえる感覚なのである。純粋に走りを楽しむ瞬間なのだから。旅先で、この瞬間を感じることができると、それに覆いかぶさるようにその場のロケーションが気持ちを高揚させることができるのだ。まさに、極上の走りと極上のロケーションとなるわけである。日々の朝練はこの為にあると言っても過言ではない。私たちは究極のサイクリングを求めてやまないのである。
2015.03.23
コメント(0)
俗称「乳首島」、伊江島がそれになります。俗称の通り、人によっては若干イメージされる形は違っていても、私にとってはそれそのもののように見えたのです。「やったーっ!」と思わず心の中で叫んでしまいました。伊江島は外周22.4kmほどの小さなピーナッツの形をした島で、島の中央に172mの城山(グスクヤマ)がポツンと聳え立っているのです。美ら海水族館からはその姿が間近に見ることができ、その佇まいは感動的でした。ダブるように、フランスのモンサンミッシェルが神々しく水平線にそびえる姿を想像してしまい、城山が神聖なもののように見えたのは私だけではないようにも思います。思わず、「乳首島」に向かって手を合わせるのでした。パンフレットを見返してみると、確かにその「乳首島」の姿が写っているのですが、なぜか見落としてしまっていて気づいていないのです。まさしく現実感とバーチャルの違いで、人は現実を目の当たりにしたときに始めて感動するのでしょう。私は今回のこのサイクリングで綿密なプランを練ると書きました。確かに、緻密なプランを練ることでどんどん沖縄に対する思いが膨らみ、いつしか地元の人々が自分たちの故郷、沖縄をどのように思っているか妄想するようになり、少しずつ同化していったのかもしれません。つまり私はこの神聖な場所へ当然のごとく、導かれるように走ってきたのです。そして、その思いが眼前に表れたときに感動となって自分の心に刻み込まれるのです。そうなのです。すでに、私の頭の中にはその風景は刻み込まれていたのです。サイクリングをしていると、心の中に潜んでいるモノが突然眼前に、形となって現れてくることがあります。心の中に潜んでいるモノとは、願望であったり、期待でであったり、希望であったりします。自分では意識していなくとも、少なからずそれらのモノは心の中にくすぶり続けているものなのです。「何か?」それは誰にも説明できないことではありますが、腑に落ちるように突然絡み合った紐がほどけるようにすっきりとした気分になることができるのです。導かれるサイクリング。それこそが、真のサイクリングなのです。
2015.03.23
コメント(0)
ピーチで那覇に着いた後は、すぐに高速バスに乗り換えて70kmほど北の名護市まで輪行しました。とにかく那覇の市街地を抜けて開けていない北部のエリアに移動したのです。名護市に着いたのは、お昼の1時頃です。バスから降りると風のきつさと冷たさにまず驚きました。何度も繰り返しますが「ここが沖縄?」と疑ってしまうほどの寒々さだったのです。バスで降り立ったところが、名護市市役所前。市役所正門の広いスペースで自転車の組み立てに入ります。空輸の場合には、念を入れて少し手間のかかる梱包をする為に、組み立ても若干時間がかかります。私の場合、飛行機での輪行ではリアのディレーラーを外す事がポイントになります。機材の中でリアディレーラーはデリケートな部分であり、どうしてもダメージを受けやすい箇所となるために、ずいぶんと注意して取り扱っています。リアディレーラーが破損してしまうと、そこでサイクリングが終わりかねません。それほど大切な部分となります。それでも、組み立てには20分ほどで完了します。問題はそこからでした。今回のピーチでの輪行では自転車を預ける際に、空港の係員から「空気圧をタイヤがぺちゃんこになるまでほぼ完全に空気を抜いてください。」との指示があり、いつもの輪行と状況が違うので多少戸惑いましたが指示に従うことになりました。そして、いざ組み立てが完了してインシュレータ-で空気を入れようとすると、持ち合わせたインシュレータ-の不具合で適正の空気圧まで上げることができなかったのです。空輸で空気を抜きすぎたのが原因ではなかったものの、空輸する場合には、しっかりと出先にて空気圧が確保できることが肝要となりそうです。自転車に於いて空気圧は命です。空気圧が低いと走りも悪くなり、パンクの恐れも多くなります。走りの快適さを求めるなら、空気圧を適正にして走る必要がありということです。そこで、早速空気を高圧で入るために名護市内の自転車屋を探すことにしました。最後の頼みはやはり地元の自転車屋なのです。名護市内の商店街は、「寂れた感じ」が第一印象でした。その時の天候も多分に影響していたとは思いますが、平日とあって日常の名護市とはこのようなさびれた感じなのかなとも思いました。後で聞いた話では、冬場は気温は15度程度が最低で雪が降るようなことはないのですが、ほとんどどんよりとした曇った天気が続くそうです。そして、夏場は気温は上昇しますが、台風の道筋にあたり、被害が絶えないところでもあるのです。建屋にお金がかけることができないというような事情もあるのかも知れません。そんな商店街の中に、小さな自転車屋を見つけました。看板も見当たらないような自転車屋ではありますが、中にはスポーツバイクが所狭しと並べてあり、かなり本格的なショップであることが伺えました。中でお客さんとお話している店長らしきおじさんに「空気入れ貸してください。」とお願いすると気軽に貸してもらうことができました。サイクリストにとって、土地土地での町の自転車屋はありがたいの限りです。自転車に目いっぱい空気を詰め込んだことで不安要素が解消されて、私たちの気分もすっきりしました。これで、快適なライドが楽しめます。サイクリングでは機材が万全でないと気分もなかなか乗らないものです。人車一体、すべて不可なし。これがサイクリングの基本となります。若干気分は上昇気味になりましたが、依然として天候は荒れており雨こそ降らないものの、いつ降り出しても不思議はないほどの天候にはやはりトーンダウンせざるをえません。走り始めは、いつも期待でいっぱいのはずなのですがそのときばかりはペダルは重く背中の荷物もいつになくずっしりと感じられたのです。それでも、30分ほどペダルを回していると身体は温まり気分も高まってくるのは何処へ行っても同じで不思議なものです。その気分の高まりはとどまることはなく、走れば走るほどに「絶対この沖縄で感動を見つけてやる!」というプラスのモチベーションに変わりぐっとペダルにも力が入るのでした。名護市から瀬底島までの20km弱ほどは海岸線を走ります。私たちのホームグランドである淡路島と比べながらなにが違うのかを必死に考えていました。同じ風景ならばわざわざ沖縄まで来る必要もないし、沖縄ならではの何かがあるはずだと思いながら走るのでした。海の色、植物、空、建物、山、空気・・・。確かに海の色は瀬戸内海と違い透き通った海水ではあるが、それも曇天のなかではいまひとつ冴えがない。他になにかが・・・・。収穫を求めていようとする自分には沖縄は何一つ答えてくれませんでした。なかば諦めの境地に達しようとしていた頃にそれは表れたのでした。それは「乳首島」でした。
2015.03.21
コメント(0)
風は自転車にとっては大敵です。特に、海岸線や湖岸での風はどうしようもないほどにペースを乱されてしまうと言って良いでしょう。向い風は、我慢、我慢の一心でペダルを回し続ける以外に手立てはないのです。絞り込むようにペダルを回すことで少しでも前に前に進むことに専念するのです。もちろん、景色を楽しむような余裕はありません。少しでも前に進んで行かないと目的地までは到底たどり着きませんから。初日の行程は幸い名護市より25km程度の距離を走るだけなので、時間はかかりましたが目的地へたどり着くことはできました。いつものように10kg程度の荷物を背負い走ります。風の力でほとんど止まってしまいそうになりながらも、それでもペダルを回し続けることを止めることはなかったのです。「今の自分は楽しめているのだろうか?」「いったい何をしに沖縄まで来たのだろうか?」その時は、正直一切自分の中に楽しさは感じられませんでした。ただ、救いは時折雲間からのぞかせる太陽の光が海面を照らし出したときの海の色がなんとも言えず透明で淡いグリーンになっていたことです。風が無く穏やかで、暖かく、快晴の沖縄ならばあのグリーンが海一面に広がり宙に浮かび上がるような気分になれることだろうと思うのでした。私たちが宿泊の拠点とした場所は、瀬底島です。沖縄は島の集まりです。離れた島には石垣島とか宮古島とかが有名ですが、沖縄本島の周辺にも無数の島が点在しており、変化のある風景を作り上げています。本部(もとぶ)半島周辺にも瀬底島、水納島、伊江島、古宇利島、屋我地島があります。この本部半島を今回のサイクリングエリアに考えたのもこれらの島々が沖縄の美しさを際立たせてくれるのではないかと考えたからです。沖縄本島は高々淡路島の2倍弱ぐらいの島です。ですから、本島を一周してしまうのも有りかと思いますが、それでは単に距離を走っただけのサイクリングとなってしまい、沖縄を堪能するという域にまでは達し得ないと判断しました。それは、まったくの私の頭の中での妄想になってしまうのですが、その妄想が現実とどのように結びつくのかを経験することがひとつの楽しみではあるのです。私には、この本部半島(半島自体も小豆島より一回り小さい程度)エリアが沖縄の中でも魅力的にイメージできた場所だったのです。そうとなれば、徹底的にこの半島を散策することが沖縄の魅力に触れることができる最高の方法と考えたのです。ガイドブックに載っているような観光地にその地の本質は無いと私は思います。観光地は現地の人々がどうにかして人々を呼び込もうとして作り上げた表向きの顔なのです。そのような場所では、本物の沖縄には触れることはできないのです。観光客の少ないひっそりとした沖縄にこそ沖縄本来の魅力があると確信していたのです。
2015.03.20
コメント(0)
沖縄を走ってきました。詳しくは、沖縄中部、本部(もとぶ)半島周辺(名護市のあたりです)です。関空よりピーチにて沖縄は那覇まで飛びました。実は、スカイを予約していたわけなんですが、寸前になって倒産してしまい急遽ピーチに変更。航空機業界でもそんなことがあるんだと感じながらも、なんとか代わりのピーチの格安航空券を手に入れ(片道7500円)沖縄サイクリングを決行しました。飛行機での輪行ができると、格安航空券とあいまって、サイクリングエリアがぐんと広がります。今まで無理と考えていた九州や北海道も手軽に走ることができます。なんと、幸せな時代になってきたことでしょうか。期間によっては3000円台で九州などへ行けることもできたりします。信じられません。10年前では考えられないことであります。ミドルアウェイ(中途半端に遠い)エリアが気軽に行くことが可能となってきたのです。これも格安航空券のおかげです。ただ、自転車を搬入する場合には、別途料金がかかりますのでご注意ください。とにかく、3月というこのあたりではまだ寒々しい時期でではありますが、南国沖縄では半袖で歩けるぐらいの気温になっているそうです。透き通ったエメラルドグリーンの海と心地よい風に誘われて、南国沖縄の海を堪能したいと願っていざ出発したわけです。私のサイクリングの場合はかなり綿密な計画を練ったりします。グーグルマップにてその場の情景も確認済みなので、到着する以前にすでに行った気分になっていたりもします。じゃ、なぜ行くのか?というと、やはり現実感は写真やネットで見る景色とはまったく異なるからです。ただ、イメージを目いっぱい膨らませて行くので、イメージと同調する場合とまったく異なる場合があり、サイクリングで受ける感動は違ったものになるのです。そのギャップが嬉しい場合もありますし、逆の場合もあります。今回はその膨らませすぎたイメージとまったく違った現実が待ち受けていました。今年の3月9日10日11日は季節はずれの大寒波が日本を襲ったのです。そのあおりで、沖縄も本国に劣らずめちゃ寒い沖縄になっていたのです。寒い沖縄。誰が観光で訪れる沖縄が寒いとイメージしましょうか?とても激しく大きな寒波の為、強風に飛ばされそうになりながら、寒々走る沖縄の海岸線。どんよりと曇った空。海には白波が立ち風が否応なしに吹き付ける。本島と島を結ぶ橋では、強風の為に一歩も先に足を運ぶことができないほどです。伏せた顔に無常にも吹き付ける風の中で、半開きにした目から見える光景はまさに、冬の日本海を思い出させるような荒々しい海です。一瞬、私たちは何処へ降り立ってしまったのか、冷静に考え直してみなければ現状が把握できないようなそれほどにイメージとはかけ離れた沖縄がそこにあったのです。それも沖縄、これも沖縄。まさに浮き足だった観光気分を戒めるような沖縄がそこにはあったのです。現地の人に聞いてみるとつい先日までは暖かい沖縄があったといいます。しかし、現場に立つとその沖縄がどうしてもイメージできないでいる自分がいるのでした。今回のサイクリングで、自分はこんな風に考えていました。「自転車で沖縄を走ってなにか感じるものがあるのだろうか?」「なにか、無性に感動できるものが見つけることができるのだろうか?」「自転車で走ってなにがいったい楽しいのだろうか?」「また来たくなるほどの気持ちにさせてくれるのだろうか?」などなど、尽きることのないほどの期待を抱えてこのサイクリングを迎えたのです。そして迎えたこの状況に、自分はどのように感じていたのでしょうか?絶望感。折角格安航空券を手に入れて来てみたものの、イメージとかけ離れた現実にガッカリ。台無し。失敗。損した。お金返せ!と誰かに八つ当たりしたいような気分に。胡散臭いショットバーでぼったくられたような、そんな気分にさせられてしまうような・・・。金返せ!果たして、実際そんな気分になったのでしょうか?確かにその現実に触れた瞬間は失望のどん底へ落とされた気分になったことは確かです。諦めようと心に言い聞かせました。「こんなサイクリングもあるさ。」「でも、いつかきっと楽しいサイクリングにめぐりあえると思う。」と自分をごまかすように繰り返し繰り返し呟いていました。サイクリングはドラマだといつも思っています。何が起こるか分からないのがワクワクするのです。いつもとは違った状況で走ることで、また違った世界が見えることもあります。イメージとはまったく異なった世界に遭遇して驚くこともあるのです。それに気がついたときに、感動が生まれます。実はそれが今回の沖縄サイクリングだったのです。
2015.03.19
コメント(0)
気温も上昇し、いよいよ始動の季節となって参りました。桜も膨らみを増していまにも弾けそうなほどになっています。昨日は、今シーズン初の六甲山ヒルクライムに挑戦しました。シーズン初となる為、いつものように身体は重く感じられるところでしたが、今年に限っては、そこそこ軽く確実なペダリングに実は驚きました。冬場に於いても、定期的に走りこんでいたことの成果がここで感じることができました。すでに、シーズンが始まっているお客さんもいたりして、出遅れないように頑張らなければいけないところですが、まあ、あせらず急がずしっかりとペースを作ってゆきましょう。5月に美山ロードの30周年大会が2日にかけて行われるようですが、その大会が私にとっては初レースとなりそうです。今年は、若干ステップアップして2周にチャレンジしようと目論んでいます。果たして、どのような結果に繋がるかは分かりませんが、生涯チャレンジという精神で頑張りたいと思っています。六甲山の終盤の勾配では10%前後になるので、きつい勾配でのスタンディングフォームを若干改良しようと考えています。それにより、きつめの坂道での更なるペースアップを図ってゆきたいと考えています。願わくば、昨年よりさらなる高みでのレースができるようになれれば嬉しいこと限りないのですが、どうなることやらこれだけは分かりません。途切れることなく練習を続けるのみです。シーズン始めは、いつも新城になりきっている店長でした。
2015.03.19
コメント(0)
全10件 (10件中 1-10件目)
1