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平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターのことが、マスコミやネットを賑わせている。せっかく記念事業協会が選定したキャラクターが、「可愛くない」だの「気持ち悪い」だのと、市民から批判が噴出し、果ては寺院の親睦団体からも「仏様を冒涜するものだ」とのクレームがつく始末だ。私も正直言って最初に見たときには、どうにも違和感を拭いきれなかった。私がもし奈良県民だったら、再考を促す署名に喜んでサインしていたかもしれない。しかしまあ所詮は他所の地域のことだから、ここであえて私の主観を前面に出して、ああだこうだと言い立てるのは止めておこう。それはいいとして、この騒動に際して、キャラクターの作者である籔内佐斗司さんという方が自身のHP上で、様々な問い合わせに対する総括的回答を掲示しておられる。この文章がなかなかに理路整然として、しかも氏の提言されるところの内容が、私が普段感じていることとシンクロしていることに、すっかり唸らされてしまった。その中でも私が「そうそう!」と言って、ハタと思わず膝を打ったくだりがある。無断転載するわけにいかないが、要は、ネット社会で先行した話題の素材を、マスメディアがそのまま真に受けて垂れ流している現状を憂いているものだ。また、ネットという匿名性の高いメディアでの、言葉の暴力ともいえる攻撃が常態化していることについても、同じように憂いておられる。これらはもちろん今に始まったことではないが、このところいろんな形で、我々の周りで話題になることとリンクしているように思う。例えば昨今、特に多くなったように思う、掲示板やブログの「炎上」という現象。実は以前だったらそれほど大したことの無いようなことでも、ネット上では容赦なく「炎上」し、その「炎上」ぶりを感化できなくなったマスメディアが、さらに大げさに取り上げる。最近の例で言うと、倖田來未の「羊水」発言がそんなところだろうか。確かにあの発言自体は不穏当なものだし、それによって傷つけられた方も少なく無いだろうから、私ももちろんあの発言を肯定するつもりは無い。ただあの発言がキッカケとなって、ネット上のあちこちで炎上が起こったことを受け、彼女がCMキャラクターを務める予定だった某商品のコマーシャルが延期になったり、果ては夕方のTVの報道番組で、視聴者に向かって謝罪までする羽目にまでなったことは、私の感覚からすれば、完全に「行き過ぎた」現象ではないかと思う。おそらく今回のこのケース、ネット社会になる以前だったら、問題発言があった翌週の同じ番組内で、「先週の放送で不適切な発言があったことをお詫び申し上げます」というような形で謝罪すれば、それで済んでいたものではないだろうか?放送局への抗議も殺到していただろうが、その量や内容までは視聴者には分からない。分からないからどうでもいい、というものでも無いだろうが、今のネット社会においては、そういった抗議も大衆に見える形で寄せられるから、どうしても必要以上に増幅してしまうきらいがある。そうなると、もう止め処を知らない。あるひとつの標的に対して、匿名の無数の攻撃が加えられるという意味においては、今の陰湿な「イジメ」に通じるものを感じてしまう。そしてまた、そういった動きをマスコミは嗜めるわけでもなく、「民意」と同様に解釈してしまうフシがある。それはすなわち、「民意」の一人歩きを誘発するもので、極めて恐ろしいことだ。平城京のマスコットキャラのハナシからずいぶんと逸脱してしまったが、インターネットという至極便利なツールが、ひとつ扱いを間違うと凶暴な武器にもなってしまいかねないということを、多くのマスコミやネットユーザー、そして何より我々のように、「ブログ」という発信手段を持つ者は、今一度改めて認識しなければいけないと思った。
2008年03月30日
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先日来、花粉症による眼のかゆみに加え、何となく眼に異物感が感じられていた。先日新しく買い替えたコンタクトレンズの不具合かな、とも思い、眼科に行って診てもらったところ、左眼に傷がついているのが見つかり、コンタクトレンズはドクターストップが掛かってしまった。これでしばらくはメガネの生活となってしまった。元々メガネがイヤでコンタクトレンズに切り替えたので、日がな一日メガネ、というのは苦痛だが、まあ致し方ない。ただいくつか困ることもある。元々眼に負担を掛けないようにということで、メガネの方が相対的にゆるい度で作ってある。だから運転するときなど、慣れないとちょっとコワイ。また最近、花粉症用にマスクを着用することが多くなってきたが、メガネを掛けた上にマスクをすると、吐く息がメガネを曇らせてしまうのだ。同じような境遇の方ならきっと分かっていただけると思うが、まことに厄介なものである。とりあえず息は、意識的に下の方に吐くようにするほか無さそうだ(笑)。
2008年03月26日
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並外れたピアノの才能を秘めた女囚ジェニーと、彼女の才能をいち早く見出し、なんとか開花させようとする老教師クリューガーの物語だ。年齢も境遇も、音楽に対する価値観も正反対なこのふたり。この二人が互いに反発し合い、次第に心を通わせつつも、それでもまた反発し合い......、といった具合に物語は進行し、いよいよコンクールの決勝戦、というところで、若き才能は想像を絶する演奏を見せる。それが良い悪いというのはさておいても、ジェニーが「突き抜けた」瞬間だ。音楽に対するピュアな気持ちは誰にも変えられるものではない、そんなことを感じさせられた、なかなか良い映画だった。しかしヨーロッパ映画特有(特にドイツ)の、あの重苦しい雰囲気、何だかたまらなく好きだなー。
2008年03月24日
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いつものように配達していたときのこと。ある飲食店の前にクルマを置いて、荷物を持って店内に入っていたら、外から「もしもし」と呼ぶ声。何かと思って出てみると、薄いグリーンの服に身をまとった二人組が立っている。そう、あの忌まわしき「駐車監視員」だ!一瞬「ヤバいっ!」と思ったものの、どうすることも出来ないので、やむなく覚悟を決めると、「あ、これ、オタクのクルマですか?ちょっと通行の邪魔になるかもしれませんから、移動していただけないでしょうか?」拍子抜けしてしまうほどの物腰の柔らかさに、こちらの方がかえって恐縮してしまうほどだ。ただ考えてみれば、これが「正当な」対応だろう。だって彼らの最終的な目的は、「違法駐車車両を無くし、道を通り易くする」ことであって、決して「罰金を徴収する」ことではないわけだから。そういえばここ最近、「駐車監視員」が妙に優しくなったという噂は、同業者の間でも耳にしていた。この制度が発足した当初といったら、状況がどうであれ駐車車両を見つけるやいなや、間髪いれずに取締りの手続きを始めたものだ。そしてその間に運転手が帰って来ようものなら、「あのねー、ここ駐車禁止なんだよ、わかるぅ?ちゃんと駐車場に停めなきゃいけないじゃない!?」などと、極めて居丈高な態度で説教を食らわされたものだ。それがこの変わりようなのだ。確かに我々も違法駐車してることには変わりないから、文句ばかり言うわけにもいかない。しかし私自身、このブログ上で何度も書いてきたが、これだけがんじがらめにされるとまったく仕事にならないのだ。そういった業者たちの「声なき声」がやっと届いてきたのかな、という気もしたが、あるいはどこかの有力者の「ツルの一声」で、このように変わってきたのかもしれない。もちろん我々も、くれぐれも他のクルマや歩行者の邪魔になるような停め方をしないように、気を付けなければいけないのはもちろんのことだが。
2008年03月22日
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今日は祝日で配達を行なわないので、ここぞとばかりに、たまりにたまった書類の整理に手を付けることにした。とにかくある程度まとまった時間がないと、こういうことはなかなか始められないからね。ただいざ始めてみると、これがまたはかどるはかどる(笑)。実は他にもやらなきゃいけないことがいろいろあったので、書類の整理はほどほどで終えようとしていたのに、気がつけば結局丸一日、それに時間を費やしてしまっていた。以前何かの話で、掃除などは始めるまではなかなか手を付けられないのに、いざ始めてみるとトコトンまで徹底してやってしまうものだ、というのを聞いたことがあったが、図らずも今日はそれを実践していたというわけだ。ちなみに今回の書類の整理だが、日頃ある程度のカテゴリー別に、大判封筒にポンポン放り入れている書類やパンフレットの類を引っ張り出して、ファイルに綴じ替えるという作業だ。封筒に入れっぱなしだと中身を確認するのが面倒だから、というのがその理由だが、だからといってファイルに綴じ替えるのがベストな選択かというと、あながちそうとも言えないかもしれない。確かに中身は見やすくはなるが、紙の端のスペースを綴じるのに使っているために、少々見づらくなっているし、何より新しい書類が発生したときに、新たに綴じようとするとそれが面倒だったりするからだ。なかなかすべての面で都合の良い整理方法というのは無いもので、だからこそこういうことは永遠のテーマなのだろうな。しかし「整理」だの「綴じ替え」だのと言っているものの、結局全体の半分以上は「捨てて」いるわけで、要は「整理法」とは「如何に捨てるか」ということに落ち着きそうだ。
2008年03月20日
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今日は真ん中のムスメの小学校の卒業式だ。もちろん私は出席していないが、あいにく折からの悪天候で、卒業生や参加されたご父兄の方々は、結構大変だったようだ。まあ卒業生の涙雨だと思えば、腹も立たないのかもしれないが.......。しかしそんなこととは別に、ひとつ気になることがある。ここ数年、公立小学校の卒業の日と公立高校の合格発表の日が重なっているのだ。今回の卒業生の中にも、3つ上の中3に兄や姉がいる子は少なくない。その親にとっては、小学校の卒業生も大事だが、高校の合格発表はもっと大事だ。だから式に出席した親の中には、高校の合格発表のことが気に掛かって、式の間じゅう終始ソワソワしていた方もいたようだ。そして式が終わったくらいの頃、合格発表を見に行った受験生たちから、ぼつぼつと報告の電話やメールが入ってくると、また親たちの間は大騒ぎになる。私の妻も、現・中3生には知った子が多数いるので、やはりどうしてもそちらが気になるようだ。卒業式の余韻もどこへやら、だ。どう見てもこのふたつを同じ日にすることには合点がいかないなー。お互い公立同士だから、何とか調整できそうにも思うのだが、なぜあえて同じ日にするのだろう?
2008年03月19日
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先日本屋をブラブラしていたら、以前から読んでみたいと思っていた小説が、文庫本として新たに売り出されているのを見つけた。最初は単行本を買おうかと思っていたので、「あ、これはお金が浮いて、ラッキー♪」と、その場ですぐに買い求めた。そしてその小説の最初の数十ページを読んだ頃のある日、また本屋をブラブラしていると、今度はその同じ小説の単行本の方が目に留まった。もう文庫本の方で持っているので、単行本の方に用は無いのだが、なぜかそれを手に取ってパラパラとめくっていた。ところがすでに読んだはずの活字の羅列なのに、こうしてみると全然違った感触なのだ。本が大きいせいか活字に余裕があり、目に入る「入り具合」とでも言うものがまるで違う。当然ながら紙の質感も全然違うし、装丁もこちらはハードカバーで、文庫本の比ではない。もう文庫本で数十ページは読み進んでいるにもかかわらず、「続きはぜひ単行本の方で読みたい」と思った私は、次の瞬間その本を持ってレジに並んでいた(笑)。今自分が持っている物と内容的にはまったく同じ物を、さらにもうひとつダブって買い求めるということは、私としては極めて異例なことだ。しかしなぜか無性に欲しかったのだ。で、今はその単行本の方で続きを読んでいるわけだが、やっぱりこちらの方がはるかに良い。何というか、「存在感」がまったく違うのだ。こういう例えは適切で無いかもしれないが、文庫本と単行本の違いというのは、音楽CDをコピーしてCD-Rに焼き付けた物と、元のCDとの違いと同じくらいのものだろう。もちろん文庫本には文庫本の良さがあるから、一概にどちらが良いということは言えないが、もしかすると本のジャンルやストーリーの雰囲気によって、文庫本の手軽さが合っていたり、ハードカバーの重厚さがしっくりきたりと、違ってくるのかもしれないな。ちなみにそうして今読んでいるのは、こちら↓ ウルトラ・ダラー
2008年03月18日
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先月開業した『新名神高速道路』を通って京都へ行く予定だったのが、積雪のためにボツになったハナシは以前ここに書いたが、今回約1ヶ月振りにそれが実現した。さすがに開通したての新しい道だ、出来立てのホヤホヤで湯気が立っている(笑)。途中のサービスエリアもキレイだし、気分よくドライブが出来て、しかもあっという間に京都まで着いた。ただ京都まではスンナリ行くことが出来ても、さすがに春の京都は侮れない、桜の時期にはまだ早いというのに、市内は結構どこもクルマで一杯なのだ。まず最初に向かったのが、伏見区の寺田屋。そう、あの坂本竜馬が襲撃された『寺田屋事件』の舞台だ。当時の建物がそのまま残されていると思いきや、どうもそうでもないとの説もあるようで、正直真相はよく分からないが、まあ雰囲気が伝わればそれでよしとしよう。その後一路北へ向かい、北野天満宮を参拝。1年後に高校受験を控える長男の合格祈願だ。ここはまったく予期していたわけでは無いが、梅が非常に見頃であった。梅園は別に料金が掛かるとあってあえてパスしたが、境内に咲いている梅だけでも充分に眼を楽しませるものだった。その後新撰組ゆかりの『壬生寺』を訪ねるも、ここはクルマの置き場がなく、周囲をぐるりと一周しただけで早々に退散する。帰路で高速の渋滞が予想されていたこともあり、早目に京都を発たなければいけなかったので、最後に清水寺だけ寄っていこうとクルマを走らせたのだが、これがまったくの大誤算。五条坂を登る頃からクルマが思うように前に進まず、案の定駐車場も満車状態。せっかくここまで来たのだが止む無く引き返し、新京極でみやげ物を買って、京都を後にしたのだった。せっかく京都まで出かけて、訪れたのがたったの2ヶ所ではあまりにも寂しい。まあ出かけるのも少々遅めだったし、仕事の関係で6時までには帰ってこなきゃいけなかったので、まあ仕方はないのだが......。確かに『新名神』の開通で、京都ははるかに近くなった。が、しかしやっぱり「春・秋」の京都にクルマで行ってはいけない、ということを痛感した。
2008年03月16日
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以前の日記で、新しく購入したアナログレコードプレーヤーをMDコンポにつなぎ、昔から持っているLPレコードをMDに落とし込む作業をしていることについて書いた。ただ実際にはなかなか面倒なことで、まだ十枚程度しか出来ていないのだが.......。しかしそうこうしているうちに、こんな物が出てきた。 <ソニーUSB端子付きレコードプレーヤー PS-LX300USB>要するにこれをPCにつなげば、レコードの音源をデジタルデータとしてPCに取り込むことができ、さらにはそこからCD-Rにコピーすることで、CDデッキやカーオーディオでも再生できるというわけだ。私が今やっているのはMDへのコピーだが、これではウチにただ一箇所しかないMDコンポでしか聞くことが出来ないから、不便極まりない。どう見たってCDの方が良いに決まっている。とても欲しいのだが、つい最近プレーヤーを買ったということが、どうしても心理的な足かせになってしまって、なかなか踏み切れそうにない。せめてもうちょっと早くこれが発売されてたらな~.......(泣)。
2008年03月14日
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昨日今日と、日中は異常なまでに気温が上昇していって、4月中旬並みの陽気となった。クルマに乗っていても暑いので、窓は全開、店の扉も開け放して風通しを良くした。思えば先月の下旬には雪が降って寒い日が続いたんだよね。その頃からまだ半月ほどしか経っていないとは、とても思えないほどだ。暖かくなるのは結構なことではあるが、それに比例して私の中に居る「鼻の虫」もボツボツうごめき始めてきた。すこし前から兆候はあったが、この陽気で突然発作が起こったようだ。今まで飲まずに済んでいた飲み薬も、今シーズン初めて服用した。また嫌な季節がやってきたなー。
2008年03月12日
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このブログも昨日でちょうど丸4年となったわけだが、その余韻に浸りながら何気なく日数を見てみると、今日で「1463日目」とある(このブログの管理画面では見えるのだ)。1463日か~、「4年」と言われるとそれなりのイメージも湧くが、「いっせんよんひゃくろくじゅうさんにち」と言われてもあまりピンとこない。やはり我々の生活感覚の中では、「○○日」という言い方をするのはせいぜい30日未満で、それ以上なら「○ヶ月」とか「○年」といった言い方で扱われるのが普通だ。しかしたまには、恐ろしく長い年月を「日数」に換算してみるのも、また面白いかもしれない。また例えば、生後「1万日」などという区切りの日を記念日にしても、面白いかもしれない。そう思って、今日現在、ウチの家族がそれぞれ生後何日目に当たるのか、調べてみた。その結果、 私 16,28*日 妻 15,68*日 長男 5,38*日 長女 4,39*日 末娘 3,57*日となっている(注・誕生日を特定されないように、下1ケタだけ伏字にしてあります)でもやっぱり、ピンと来ないな~。あまり意味ないかも......。
2008年03月10日
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今日は4回目のバースデーだ。もちろん私の子供の、ではない。このブログである。そういえば昨年の今日は、「3周年」と「1000回」をダブルで祝ったんだっけ。ちなみに今日は回数で言うと「1238回」だから、この1年で「238回」の更新ということなる。この1年だけでみると記入率は「65%」。一時のことを思えば相当にペースは落ちた(通算では現在84.7%)。それでも記入率を上げることよりも、とりあえず少しでも永く書き続けることが、私にとっては先決だ。そしてそのためには、あまり人の目を気にせずに、好き勝手なことを書いていく、というこの私のスタイルを貫き通したい(もちろん他人さまに迷惑だけは掛けないようにしているが)。しかしそんなわがままな私の日記にいつも足を運んでいただいている皆さんには、本当に感謝の言葉もない。いつもありがとうございます(謝)。
2008年03月09日
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中学生の長男が塾から持ち帰ってきた英語の練習問題のプリントを、それとなく眺めていたら、その中である問題について、ちょっと気付いたことがあった。こんな問題だ。 「She is fourteen now」 ~この文の「now」を「next year」に替えて、6語の文章にしなさい。要は「未来形」を問う問題なのだが、解答集を見ると正解は 「She will be fourteen next year」となっている。しかし考えてみれば、これはおかしい。来年にはひとつ歳をとっているわけだから、本当なら「fourteen」ではなく「fifteen」になってなきゃいけないではないか。ムスコに指摘しても、「ああ、なるほど、そうか」と、言われるまで気付いてなかった様子。単に機械的に問題をこなしているだけだったら、おそらくこうした矛盾に気付くことはないだろう。しかし語学の学習なんて本来、そんな機械的にやるべきものではないだろうし(「受験英語」という制約があるのは分かるが)、「来年になっても歳をとらない女の子」をおかしいと疑問に思う「総合的なセンス」が身に付いてなければ、いくら小手先の文法をマスターしたところで、所詮使い物にはならないのではないか。「文法が合っていれば、それで良し」では、しょうがないだろう。※なんだか重箱の隅をつつくような話なので、ひょっとすると訝しく思われる方もおられるかもしれませんが、 「一事が万事」なので、ひとつご理解いただきたいと思います。
2008年03月07日
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この春、中学校に進学する真ん中のムスメが着る制服が、先日届いた。早速試着してみたが、ムスメが平均よりも小柄で細いということもあってか、かなり大きいように思える。ジャンバースカートなど、見様によってはマタニティドレスみたいにも見える(笑)。ムスメはかなり違和感を感じていたようだが、まあそのうちに体も大きくなっていくだろうし、それほど気にすることもないだろう。しかし中学校の制服を身にまとっただけで、ずいぶん大人っぽく見えるもんだ。ところで今の女子中高生は、ほとんど全員と言っていいほど、紺色のハイソックスを履いている。ついこの間まで、猫も杓子もルーズソックスを履いていたことを思うと、一体あれは何だったんだと思ってしまう。とにかく私はあのルーズソックスに関しては、極度に忌み嫌っていた。世間的にはあれを見て「萌~っ♪」となる人たちも少なくなかったようだが、まあそれはルーズソックスそのもの、というよりは、単に女子中高生に対する「萌~っ♪」だっただろうから、それはまあどうでもよい。私がルーズソックスを忌み嫌っていたのは、「あんなだらしない履き方して.....」といったような、道徳的価値観からではない。単にビジュアル的にみて、あれほど不細工なシロモノもないからだ。考えてもみて欲しい、あのルーズソックスというのは、せっかく細くなっている足首の部分をわざわざスッポリと覆い隠し、しかも白という「膨張色」だ、必要以上に足を太く見せるだけではないか。それ以外にどんな視覚的メリットがあるというのだろうか?まあでもそういうことを考えずに履くから、「ブーム」と言えるんだろうけどね。ルーズソックスのブームが、私のムスメの中高生時期と重なってなくて本当によかった、今は心底そう思っている。
2008年03月05日
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先日割ってしまったコンタクトレンズの替わりが出来たので、早速昨日取りに行った。先日の検診の結果、視力自体は以前と変わっていないのだが、昨年からの懸案だった「遠視」に対応するために、今までのものよりも度数を少し落としてある(1.5→1.0)。いざはめてみると、なるほど確かに近くのモノはずいぶん見易くなった。以前は本を読むのでも、ちょっとだけ目から離して読まなければいけなかったが、これからはそういう必要も無さそうだ。しかしいざ外に出てみると、やはり「0.5」度数が下がった分、遠くのモノはぼやけて見える。まあもっとも日常生活やクルマの運転には支障がないレベルだし、この度数にも徐々に慣れてくるだろうからいいのだろうが、今までよりも見難くなっているという厳然たる事実は、ちょっとショックだったりする。一応1年間は無料で交換できるシステムだから、よほどイヤならもうちょっと度数のきつい物に交換することも出来るのだが、そこまでするほどのことでもないかな。
2008年03月04日
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私の苗字は結構珍しい。別に特殊な漢字を用いているわけでも、とても有り得ないような読み方をするわけでもないのだが、不思議と他で見かけることがまったく無いのだ。ただ「珍しい」といっても、果たしてどの程度の「珍しさ」なのか、今までは具体的に分からなかった。そういうことを長年モヤモヤと考えていたところに、先日妻がネットで面白いサイトを見つけてきた。具体的に言うと、その苗字が全国に何世帯あって、順位でいうと全国で何番目か、ということが検索できるサイトだ。このサイトで私の苗字を検索してみたところ............おー、出てきた出てきた。順位は全国で「15236位」、これでもまだ分かりづらいが、世帯数でいうとたったの「93世帯」なのだ。改めてやっぱり珍しい苗字なのだということが分かった。これはおもしろい、ということで、ちょっと珍しいと思われる苗字の有名人を、思いつくまま検索にかけてみた。松任谷(由実) 46279位、 12世帯東国原(英夫) 46771位、 12世帯北別府(元・広島) 28572位、 31世帯源五郎丸(元・阪神) 29916位、 28世帯姉歯(秀次) 20154位、 57世帯忌野(清志郎) (データなし) .....etcこれを見る限り、「忌野」という姓が存在していなかったり、「東国原」が12世帯しかなかったり(宮崎にはそこそこあると聞いたような気がする)と、ちょっと精度に欠ける面があることは否めないが、なかなかに興味深いサイトではある。しかしこんなことやってると、いくらでも時間は過ぎてしまう、というのが難点だが.......。
2008年03月02日
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