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有光秀行『中世ブリテン諸島史研究―ネイション意識の諸相―』~刀水書房、2013年~ 書名が中世イギリス史ではなく、中世ブリテン諸島史となっているのが重要です。 たとえばサッカーでも、「イギリス」代表チームというのはなく、イングランド代表や、スコットランド代表となるそうですが、そもそもいわゆる「イギリス」は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国です。ただ、なんとなく「イギリス」というひとつの国があるような錯覚になってしまいがちですね。そういった背景や、またブリテン諸島の島々や海、それぞれの「ネイション」の多様性から、本書では「中世ブリテン諸島史」と銘打たれていると思われます。 著者の有光秀行先生は、東北大学大学院文学研究科の准教授で、中世ブリテン諸島史を専門に研究されています。本書は、先生がこれまでに発表された論文をまとめた著作となっています。 先生ご自身の単著は本書が初ですが、その他、訳書などを刊行されています。私の手元にあるのは、・ギラルドゥス・カンブレンシス(有光秀行訳)『アイルランド地誌』青土社、1996年 という、史料の邦訳です。また、わかりやすい文章で記された論考として、・有光秀行「中世アイリッシュ海風雲録」甚野尚志・堀越宏一編『中世ヨーロッパを生きる』東京大学出版会、2004年、15-33頁 があります。 さて、前置きが長くなりましたが、本書の構成を掲げたうえで、簡単にメモをしておきます。ーーー地図系譜序論第1章 2人の年代記作者はイングランドとノルマンディをいかにとらえたか ―オルデリクス・ヴィタリスとウィリアム・オヴ・マームズベリの場合―第2章 「アングロ・ノルマン王国」論とそれへの批判第3章 ジェラード・オヴ・ウェイルズのウェイルズ、そしてアイルランド 補論 ウェイルズ中世史料にみるネイション呼称第4章 「ケルト的周縁」の民と「野蛮人」 ―ウィリアム・オヴ・ニューバラとその影響源を中心に―第5章 イングランド宮廷と「ケルト的周縁」 ―ロジャ・オヴ・ハウデンに着目して―第6章 スコットランドの形成と国王たち第7章 「マンと諸島の王国」史論第8章 「ネイション・アドレス」考(1)第9章 「ネイション・アドレス」考(2)第10章 「ネイション・アドレス」考(3)結論文献目録あとがき索引ーーー 第1章は、ノルマン人(フランス人)とイングランド人(アングロ・サクソン人)とのあいだに生まれた二人の年代記作者が、ノルマンディとイングランドをどのようにとらえていたのかを見ていきます。具体的には、海を隔てた二つの土地をあわせてひとつの言葉で表しているか、その人々をどうみたか、「うち」「そと」の意識はどうだったか、といった点が検証されます。 第2章は、第1章の出発点となった先行研究の議論を整理し、また批判を加えます。 第3章は、ノルマン人とウェイルズ人の血をひくジェラード・オヴ・ウェイルズが、イングランド王につかえる中で記した著作から、彼がウェイルズと、王とともに訪れたアイルランドをいかにとらえたかを論じます。ジェラードが、イングランドとウェイルズの関係性のなかで、ウェイルズをどのように征服・統治できるかを論じつつ、一方ウェイルズ側はいかに抵抗できるかと論じているという、いわば両価感情があるという指摘が興味深いです。 第4章・第5章は、「ケルト的周縁」の人々に向けられた「野蛮人」などのイメージについて、著述家たちの著作を丹念に読み解き、彼らの態度の違いなどを明らかにします。 第6章は、中世スコットランドの通史です。 第7章は、「マンと諸島の王国」について通史的に見たのち、「王国」や「王」の位置づけについて論じています。 第8章から第10章は、「○○人の(誰)」に対して挨拶を送るという文言が証書史料の冒頭にみられることがありますが、こうした挨拶、すなわち「ネイション・アドレス」についてみていきます。具体的には、史料ごとに現れる数や、その挨拶が何人(イングランド人、フランス人など…)に向けられているか、なぜそのネイションの人への挨拶が含まれているのか、といった問題を検討します。 どの章にも通じていえることは、とにかく史料を丹念に読み込むということです。個別具体的な著述家に焦点をあてた章が多いですが、彼らがどういう生い立ちで、どういう背景で著作が書かれたかはもちろん、分析対象となる言葉が史料に何回出てきて、それらがどういう文脈でどういう意味にとられるか、という点まで詳細に分析しています。 私の直接の専門とは関わりのない分野の論文集ですが、著述のあり方や研究姿勢などについて、学ぶべき点の多い一冊でした。
2013.05.25
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氷川透『密室ロジック』~講談社ノベルス、2003年~ 3回連続、氷川透シリーズの長編の紹介です。 現時点では、本作が同シリーズの最新刊ということになりますね。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。ーーー 友人の冴子に誘われ、冴子の会社と、その取引会社であるジョイットの飲み会に参加することになった詩緒里は、冴子とともにジョイットを訪れた。システムのトラブルにより、飲み会の開始が予定よりも遅くなってしまったなか、事件は起こる。 冴子は、ある人物から不快な誘いを受けたり、電話を受けたりしていた。冴子の同僚と、ジョイットの社員は、一人の女性をめぐって喧嘩を始めてしまう。そうした状況のなか、全員の休憩場所として提供されていた会議室のなかで一人残っていた男が、何者かに殺されていた。 詩緒里の判断によれば、現場からは、誰も逃げることのない、いわば「論理的に」密室状況となっていた。不可解状況のなか、犯行をなした者は誰なのか―。 警察からの事情聴取ののち、詩緒里の部屋で、彼女は冴子と議論を進める。どうしても回答にたどり着けないなか、二人は氷川を呼び出す。ーーー いろいろ、つっこみどころはあるような気がしました。しかし、本作は、あくまで事件当事者である詩緒里さんが、詩緒里さんなりに論理的に考えてみたところ、不可能状況にあった、という問題提起の仕方なので、私が思いついたいくつかのつっこみどころは、あまり気にしなくても良いのかもしれません。 今回、まとめて氷川透シリーズを再読できて良かったです。ぜひ、最新作の刊行を…!
2013.05.18
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氷川透『人魚とミノタウロス』~講談社ノベルス、2002年~ 前回の記事に続き、氷川透シリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。ーーー 氷川が街中で久々に出会った男―生田は、氷川にとって、人生に影響を与えた一人だった。現在、精神科の病院に勤務する生田は、氷川を職場に招待する。 生田を訪れた氷川だが、病院では事件が起こっていた。生田がいたはずの面接室で、身元の判別がつかないほどに焼かれた死体が見つかったという。殺されたのは生田なのか、それとも推理小説でよくあるように、生田以外の人が殺されていて、生田が犯人なのか―。 自身にとって特別な存在である生田が被害者なのかどうなのかはっきりせず、もやもやしたまま事件に関与することになった氷川だが、捜査に当たっているなじみの警察は、氷川を頼りにしていて…。 捜査を進めるなかで、さらに第二の事件も起こる。はたして生田は被害者だったのか、犯人なのか―。ーーー 本作も面白かったです。とにかく理詰めですね。 特に面白かったのは、ラカンについて氷川さんと関係者が議論をするあたりです。なかなか最近は本を読むペースも落ちてしまっているので、こうした議論は刺激になりました。
2013.05.11
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氷川透『最後から二番めの真実』~講談社ノベルス、2001年~ 著者と同名の探偵が活躍する、氷川透シリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。ーーー 女子大学で哲学講師をつとめる先輩・住吉に招かれた氷川。先にその研究室を訪れていた助手や、彼らのいるところにやってきた三人の女子大生をまじえ、住吉たちは推理小説談義に花を咲かせていた。 しかし、女子大生のうちの一人―小杉が、住吉と二人で話をするために研究室をあとにしてから、事件が起こる。小杉が入ったはずのセミナー室では、警備員が、のどもとを刃物で切られ、絶命していた。さらには、小杉は、研究棟の屋上から、逆さに吊されていた…。 研究棟の入り口はおろか、研究棟内の全ての部屋の開閉状況が記録されているなか、現場には不可解な点が多かった。『真っ黒な夜明け』事件で知り合った高井戸警部たちから捜査状況を聞きながら推理を進める氷川だが、今回は自分よりも名探偵にふさわしいのでは、と思われる人物がいた。住吉研究室での推理小説談義に参加していた一人―破壊的な話し方をする、祐天寺美帆である。 祐天寺の方が優れた探偵では、と感じつつ、氷川は推理を進め…。ーーー 本作も面白かったです。推理小説談義が、この小説―ひいては、氷川さんのスタンスを示す、重要なシーンでもあるといえるでしょう。 それにしても、こんな不可解状況での事件で、いくつも真相の可能性を描くのは、あらためてすごいなぁと思います。最近、なかなか考えながら読書ができないこともあり、ふと感じたのでした。 引き続き、氷川さんの作品を再読していこうと思います。
2013.05.04
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