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思い直すとき自分を変えるべきと思うときは同じ失敗を繰り返すとき他に悲しみを与えたり、苦しみを与えたとき面白がっているのが自分一人だけのとき無視されたとき怒り、怨み、憎しみの対象になっているとき待っても駄目なとき何をやってもうまくゆかないとき良き縁に出遭えないと思うとき自分の愚かさを自覚できたときダメな原因を探して修正浄化して感情の抑制をする自分を整えることが先決だろう何をやってもうまくゆかないときは他のせいにして逃げず、素直に自己検証をすることが、人としての在り方だろう。観自在は自分の在り方を観ること、自己検証では止観してその原因を見つけること。空は無ではなく、その中に潜在するものが有る状態のことで、かたよらず、こだわらず、とらわれず、ひろく、ひろく、もっとひろくなれるように心掛けること。試練や障碍に出会って、何で自分がこんな目に遭わなければならないのかと思うときには、素直に現実を直視して、そこに必ずある原因を見つけ、他のせいにして自己正当化をせずに、改めるべきは改め、謝罪するべきを謝罪することの大切さ。助けや救いの恩恵には必ず感謝して敬意を表すること。感謝、反省、敬意を怠らないことが自分を変えてゆく心構えの第一歩になる。カオスにどういう対応をしたかは、目前の現実を見れば一目瞭然のごとしで、そこにはその現実を起こす必然が有ったとその原因を突き止めて、過去を戻すことはできなくても、過去に反省することはできる。過去に学ぶことが多く、願いに試練や障害はつきものと覚悟して、どんなことにも正面で向き合うことが大切なことだろう。感情の抑制ほど難しいものはなく、すぐに動いてしまう感情の整え方を学んでおくことは大事なことだろう。他に責任転嫁をせずに、先ず、自分を整えておく準備が先決だろう。 2017年4月30日 琢
2017年04月30日
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思い直すとき自分を変えるべきと思うときは同じ失敗を繰り返すとき他に悲しみを与えたり、苦しみを与えたとき面白がっているのが自分一人だけのとき無視されたとき怒り、怨み、憎しみの対象になっているとき待っても駄目なとき何をやってもうまくゆかないとき良き縁に出遭えないと思うとき自分の愚かさを自覚できたときダメな原因を探して修正浄化して感情の抑制をする自分を整えることが先決だろう何をやってもうまくゆかないときは他のせいにして逃げず、素直に自己検証をすることが、人としての在り方だろう。観自在は自分の在り方を観ること、自己検証では止観してその原因を見つけること。空は無ではなく、その中に潜在するものが有る状態のことで、かたよらず、こだわらず、とらわれず、ひろく、ひろく、もっとひろくなれるように心掛けること。試練や障碍に出会って、何で自分がこんな目に遭わなければならないのかと思うときには、素直に現実を直視して、そこに必ずある原因を見つけ、他のせいにして自己正当化をせずに、改めるべきは改め、謝罪するべきを謝罪することの大切さ。助けや救いの恩恵には必ず感謝して敬意を表すること。感謝、反省、敬意を怠らないことが自分を変えてゆく心構えの第一歩になる。カオスにどういう対応をしたかは、目前の現実を見れば一目瞭然のごとしで、そこにはその現実を起こす必然が有ったとその原因を突き止めて、過去を戻すことはできなくても、過去に反省することはできる。過去に学ぶことが多く、願いに試練や障害はつきものと覚悟して、どんなことにも正面で向き合うことが大切なことだろう。感情の抑制ほど難しいものはなく、すぐに動いてしまう感情の整え方を学んでおくことは大事なことだろう。他に責任転嫁をせずに、先ず、自分を整えておく準備が先決だろう。 2017年4月30日 琢
2017年04月30日
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信仰は心の安定・平穏にあり夢や希望に向かい迷いのない居場所を求める認められ、褒められ、役に立つ自分そこに嬉しさと歓びを感じ生き甲斐を感じて満足感が幸福感に変わる他の役に立ち、感動を与えればそれが夢や希望の元になるそれが心と魂の歓びになっている人は自分の居場所を求めて歩み居心地の良いところに住む国益を重視するほど争いが増え苦にも境目が命の境目になるそこに心の安定・平穏は無い民の不安は、地震、津波、噴火などの天変地異だけでなく、命を脅かす争いを好まない。信仰は心の安定、平穏にあり、夢や希望に向かって、迷いのない居場所を求めている。宗教はそこに導くための手法だろう。人は認められ、褒められ、役に立つ自分に成りたいと願う。そこに嬉しさと歓びを感じ、生き甲斐を感じてゆく。満足感が幸福感に変わり、他の役に立ち、感動を与えれば、それが他の夢や希望の元になる。それが心と魂の歓びになっている。人は自分の居場所を求めて歩み、居心地の良いところに住む。為政者が国益を重視するほど争いが増え、自己顕示、我欲、自己保存をすれば、国の境目が命の境目になってしまう。そこに心の安定、平穏は無い。共生する人々は、争いを嫌い、身の周りの摩擦を起こさないように自分を戒めて、自分を整えるようにいつも準備を怠らず精進を重ねている。自分の都合優先をしないように譲歩を心掛け、赦す心を常に培って努力の日々を送っているものと臣は心得ておくべきだろう。天皇はおおみたからである民の幸せを願い、臣はその代理として民のために私心を捨て、無私、利他の誠心で為政を行うべし。 2017年4月29日 琢
2017年04月29日
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産業革命以来分業が進み専門分野と個性と感性を重視ハード分野からソフト分野へIT革命と共にエネルギーの問題からシェル革命の時代と言われているサービスで無料だったソフトが他との差別化の時代に入っている物は有りがたいものだが物が溢れて唯物的になり自己保存の蓄積をするようになった刹那的、利己的で見えるものだけを信じ眼に見えないものを信じなくなった21世紀は物の豊かさに疑問をもたせ発想の転換、心、観えないものの大切さ心の安定、平穏を求める時代が来ている産業革命以来の世界のエネルギーの消費量が急激に上昇し、文明開化で便利な世の中になり、世界の進化が顕著になった。物の豊かさを求め、そんな社会参加が人生の価値観を大きく変えていった。ハード分野中心から、物が溢れ始めて値段競争が激しくなって、ソフト分野にシフトが始まった。IT・情報革命とエネルギー問題から、次はシェル革命だとも言われている。ソフトはサービスで無料だった時代から、専門分野と個性、感性が重視されるようになり、他との差別化の時代に入っている。ものが無かった時代から蓄積が始まり、蓄積が物の価値を落とし、さらに環境汚染に発展し、地上生物の絶滅種が増えてしまった。物が溢れて唯物的に、刹那的に、利己的になってしまったこと、自己顕示欲、自我我欲、自己保存の新皮質脳は眼に見えないものを信じなくなって、お金さえあれば何でも買えると錯覚し、20世紀に心を置き去りにしてきてしまった。21世紀には物の豊かさに疑問をもたせ、察する心をもたず、揚げ足取りで引きずる下ろして自分だけ良い目をしたいと言うさもしい心から、発想の転換、心の大切さ、観えないものの大切さを思わせる時代に成っている。どんなに物が溢れ、便利になってゆたかになっても心の安定、平穏は得られず、心を原点に戻すべき時が来ているような気がしてならない。 2017年4月28日 琢
2017年04月28日
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出会いは偶然の縁のようで受け止め次第で必然となる次のステップに必要な縁それは仕組まれ、用意されている生きるために必要な力は与えられて具わっている修正すべき点、至らない点は経験と共に身に付いて先を拓くための智慧に成ってゆく勇気も、気力も志への意志に力を与え怠けず、投げ出さず、諦めさえしなければ願ったことは叶えられる仕組まれたもの、与えられた縁に感謝して報恩を忘れないこと人の心の状態には、経験と共に自覚してゆく段階が有って、ものわかりの良い状態に変化してゆくもので、その段階に応じた縁が仕組まれているように感じ始めるようになる。あの出会い、出来事、事態が有ったからこその今の自分と思えるようになったとき、その時に必要な縁が必然的に仕組まれているように感じてしまう。神仏は観ていると思えば、安堵感がやってみようと言う勇気、気力を増してゆくことができる。出会いは偶然のようで、受け止め次第では必然になる。いつも次のステップに必要な縁が用意され、仕組まれているように感じ、自分の力の及ばないところで守られ、救われているような気がしてくることも多い。生きるために必要な力は、与えられて具わっているように感じてくる。修正すべき点、至らない点は経験と共に、その原因を正すことから身に付いてくるようになり、体幹に入ってゆく。それは実行して体験するほど、努力、精進の先に、未来を拓くための智慧に変化してゆく。勇気も、気力も、志への意志に力を与え、挑戦意欲を増してゆく。怠けず、投げ出さず、諦めさえしなければ、願ったことは相応に叶うようになっている。そういう仕組まれた縁、与えられた縁に感謝を忘れないこと、その報恩に向かうことで人徳を積むことができる。 2017年4月27日 琢
2017年04月27日
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味わった苦を考えその原因を探しながら自分が関係していると思えばどう在るべきだったか疑問が円環的思考を重ね何年か先に気が付くことが多い一期一会は分かっているつもりがその瞬間に解っていないことが多く理性で抑えているつもりが自分の間違いを覚ることが少ない四苦八苦に学ぶために知識を広く求め失敗の積み重ねから修正浄化してやっと自覚するに至る災い転じて福となすという言葉が有るが、自分がやってしまったことだけでなく、天変地異など人間の科学ではコントロール不能な事態にも学んで生きる智慧にしておくべきことがたくさんある。学校の教育だけでなく、大自然と親しむ中に、社会に出て集団の中で共生することから、何度も失敗しながら学んでいることの多さ、痛い目に何度も会わなければ目覚めることが無い愚かさなど、その原因と結果から学ぶことで人は成長してゆく。人のせいにして自分には関係の無いことでござんすと逃げてしまう人は、改めるときが無く、何年か先になって自分に見切りをつけるときが来てしまう。誰もが必ず出会う四苦八苦から学ぶことが多い。味わった苦を考え、その原因の中に自分の修正事項を見つけながら、どうあるべきだったかを想い、自己の修正浄化をしておくこと。集団の中では気が付かずにかけている迷惑が多く、その時に気が付かなくても、何年か先になってやっと気が付くことも多い。一期一会は分かっているつもりでも、自分の視野の中のものしか観ていないことが多く、その瞬間では分かっていないことが多い。意味が解っていないことも、理性で抑えていることが多いが、とんでもないところに飛び火していることも多い。単なる知識を転じて智慧にすること、実行して体験することから身に付いて定着した智慧が先を拓くことになる。「転識得智」・てんじきとくちはそういうことで、後は自然体で堂々としていれば、危急のときでも体幹に有るものが適切に対応するようになっている。クンバハカ法は、ケツの穴を締めて肩の力を抜くことで神聖な状態になること、丹田に重心が下りた状態で度胸が据わって不動の状態になれると言う。 2017年4月26日 琢
2017年04月26日
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死について考えたことが無い人一度は考えたことがある人強気な人、弱気な人愚かさを知らない人自覚した人屈辱に耐える人、耐えられない人意志を通す人、通せない人常識の違いを受容できる人、できない人そのどっちも共生している生かされていると思う人どっちが正しいかは決められず自殺はいけないからと耐えてゆく何故いけないのかが分からずあの世を見た人はいない一度死んで生還した人はいるもので、川が有った、三途の橋が有った、お花畑が観えた、美しい天使のお出迎えがいたなど、共通するものを見てきた人が多い。そのどこかで呼び戻される場合が多く、無明の闇を通って生還した人が多い。死線を彷徨うときに間脳・霊道が開くもので、生還した人には予知能力、先見能力、洞察力などが湧き出す人も多い。死について、考えたことが有る人、無い人。強気な人、弱気な人。愚かさを自覚した人、してない人。屈辱に耐えられる人、耐えられない人。意志を通す人、通せない人。常識の違いを受容できる人、できない人。そのどっちも共生しているのがこの忍土の世だろう。生かされていると思う人も、全く思わない人も多い。この世にどれが正しいという絶対はなく、それぞれがその生い立ち、育ちの基盤の中で条件、制約を受けながら、これしか無かったという最善の道を歩もうと必死に生きている。自殺はいけないからと耐えてゆくが、何故いけないのかが分からない人も多い。あの世を見たこともない人たちばかりで、みんな何で生まれてきたのか、その生まれた意味も分からずに手探りで生きている。死のときのことを涅槃と言っているが、涅槃にも二種類あって、無余依涅槃と無住処涅槃が有って、専門家たちは、お釈迦さんが一つ処に留まっていてはいけないと言ったからか、後者が良いという。生れたものはいつか必ず死ぬという諸行無常の世では、暗く生きるより、今を明るく機嫌良く生きる方が良いだろう。 2017年4月25日 琢
2017年04月25日
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心の整理がついたとき迷わず先に進む意志が固まる自分の道を自覚できたとき心が定まっている複雑な思考から離れて今為すべきことが鮮明になる煩悩やカルマに振り回されず邪気を滅して我が道をゆく長年の葛藤も多くの体験と共にこれしか無いと思える道が見えてくるベターはあらゆる分野でベストは一点に尽くすその分別が揺るぎない自分にさせる迷い、葛藤の日々を積み重ねて、人は自分の愚かさに気付き、不動の自分を求め始める。沖縄の「なんくるないさ」の心境は、ただ居直っていることでなく、相応の備えができているということ、準備が整ったという状態になれば、どんなことが興ろうとも微動だにしないという心境に成れる。心の整理ができたとき、迷わず先に進む意志が固まってくる。自分の歩むべき道を自覚できたとき、心が定まった状態になれる。複雑な思考、妄想、錯覚などから離れて、今自分が為すべきことが鮮明に観えてくる。煩悩やカルマに振り回されることなく、邪気を滅して、我が道をゆくことができるようになる。長年の葛藤も、多くの体験と共に、本心からの願いに向けて、これしか無いと思える道が見えてくる。何をするにも悟ることができず、あれよりこっちの方が良いというベターライフを求めるようになる。ベターには際限がないが、多くの常識の違いを超えてゆくには、ベターの道をゆくしかないだろう。ベストは一点に尽くすことだが、ベストワンになることが限られた人に成ってしまい、多様性の必要な時代には、ベターライフをゆき、オンリーワンになることだろう。その分別ができるようになれば、そこには揺るぎない自分がいるだろう。 2017年4月24日 琢
2017年04月24日
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霊能力と超能力は違うもの見せるものでなく、観えるもの人は先の不安を抱えて先を知りたがるものだが先は自分の力で切り開くもの未来はその先に有る観えたからと言って努力なしには開けない先見力、洞察力は精進によるもので霊的に見えなくても具わるもの音や味のように説明できないものは自分が体験するしかない正しい生き方で具わってくるもので神足、神通はその先のもの無くても生きてゆける知らない方が良いものも多く、知ってがっかりするより、描いてそこに向かうのが夢や希望で、その努力の日々の積み重ねが運を切り拓くことになる。自分の主導権は自分に有るもので、運は切り拓くもの、運が自分を主導するものではない。間脳が開けば、霊道が開くことで、先見能力、予知能力、洞察力が備わって来るが、ほとんどの人が手探りの人生を送ることになる。霊能力と超能力は違うものだが、見せるものでなく、観えてしまうものだろう。人は先の不安を抱えて、自分の運勢を知りたがるが、先は自分の努力で切り開くもので、未来はその先に有る。見えたからと言って、何の努力も無しに拓いてくるものではない。霊道が開くのは精進によるものと生まれ具わったものとが有るが、霊的に見えなくても具わってくるもので、音や味のように説明できないものは、自分で体験するしかなく、修行で得る場合も生死の境目の状態で開いてくるのが間脳・霊道だが、それが幸せかと言えば、むしろ苦労の多い状態になるということだろう。神足とか神通とか仏教では言っているが、自分を整えてそれに従った正しい生き方をしていれば具わってくるもので、無くても生きていけるものだろう。 2017年4月23日 琢
2017年04月23日
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解からないことを知ろうとする分析、推測して思う主観と客観の両面から心の傾向を観て対策を立てる場の雰囲気、流れを読み他の心を察する良い言葉、褒める言葉、感謝の言葉で相手を認めその役に立つこと、助け合うこと信頼関係を結ぶことから理解して受け入れること他の歓びが自分の歓びになっていることを知る解り合うことの大切さ円環的思考に結論はなくてもいつも考えることの大切さを知る何も考えずにその場しのぎをして失敗することが多く、自分の愚かさを知ることから、自分の思い付きの危うさを思うこと。失敗を他のせいにしてその原因を探そうともせずに他人事のように思い、自分を正そうとしなければ、いつも責任逃れをする人というレッテルを貼られてしまう。どんなことにも興味をもち、解らないことを知ろうとすることが無知を埋めることになる。分析、推測しながら、主観と客観の両面で見て、自分の心の傾向を知った上で対策を立てること。行動するときは、場の雰囲気、流れを読み、他の心を察することが需要なことだろう。口は禍の元というが、言葉の使い方に注意すること。良い言葉、褒める言葉、感謝の言葉で、相手を理解し、認めること。その役に立つこと、助け合うことで信頼関係が結ばれる。常識の違いをよく理解して受け入れることが大切な心構えだろう。本当の自分を知ることで、他の歓びが自分の嬉しさ、歓びになっていることに気が付くようになる。解り合うことで和が生まれ、そこに自分の居場所が有ることを知る。円環的思考に結論は出ず、いつもよく考えることの大切さを知ることだろう。 2017年4月22日 琢
2017年04月22日
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家で学べないものを外で学ぶ自然界の野生、生存競争しのぎ合いに保証はなく不随の定め、恐怖感崩壊の定め、敗北感救われる恩恵も知る友の有り難さ、嬉しさコミュニケーションの大切さを知る誤解、行き違いの逆風何故分岐点が有るのか障害や試練の意味自分の至らなさと修正事項投げ出し、諦めで信念が揺らぐこと親から学べないものを外で学んで進化する幼少のときは親の手中で保護されて、もらう幸せばかりだが、育つに従って外の学校や遊び場に出るようになり、相応の学びをしながら、自分を守るすべを手に入れる。成長と共に自然界の野生、生存競争を知ることから、しのぎ合いには何の保証もなく、四苦八苦【生老病死、愛別離苦、求不得苦、怨憎会苦、五蘊盛苦】に出遭い、諸行無常【不随の定めの恐怖感、崩壊の定めの敗北感】から、形あるものは常に変化して消えていってしまうことの恐ろしさ、親、自分でさえ生まれた以上、いつか死ぬときが来ること、自然の摂理に学ぶことになる。その途上には相応の恩恵が仕組まれていて、友や仲間、同志との出会いがある。友の有り難さ、嬉しさ、楽しさを知れば、コミュニケーションの大切さを知ることになる。迷いや不安を打ち消すための確認が双方の救いになって、因縁側での交友が自分の進歩につながってゆくこと。誤解や行き違いで崩壊しないように、言葉の使い方や感情の激しい起伏を抑制しながら、無私、利他の菩提心を育んでゆくことになる。分岐点での選択、迫ってくる障害や試練を超えてゆくことで、自分を修正浄化しながら強靭な精神力を培ってゆくことになる。失敗は至らなさを教え、投げ出したり、諦めたりすれば、自分の信念が揺らいでしまうことも知ることになる。もらう幸せから、できる幸せへ、そしてあげる幸せから、自分の本心からしたかったことが観えてくる。 2017年4月21日 琢
2017年04月21日
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家で学べないものを外で学ぶ自然界の野生、生存競争しのぎ合いに保証はなく不随の定め、恐怖感崩壊の定め、敗北感救われる恩恵も知る友の有り難さ、嬉しさコミュニケーションの大切さを知る誤解、行き違いの逆風何故分岐点が有るのか障害や試練の意味自分の至らなさと修正事項投げ出し、諦めで信念が揺らぐこと親から学べないものを外で学んで進化する幼少のときは親の手中で保護されて、もらう幸せばかりだが、育つに従って外の学校や遊び場に出るようになり、相応の学びをしながら、自分を守るすべを手に入れる。成長と共に自然界の野生、生存競争を知ることから、しのぎ合いには何の保証もなく、四苦八苦【生老病死、愛別離苦、求不得苦、怨憎会苦、五蘊盛苦】に出遭い、諸行無常【不随の定めの恐怖感、崩壊の定めの敗北感】から、形あるものは常に変化して消えていってしまうことの恐ろしさ、親、自分でさえ生まれた以上、いつか死ぬときが来ること、自然の摂理に学ぶことになる。その途上には相応の恩恵が仕組まれていて、友や仲間、同志との出会いがある。友の有り難さ、嬉しさ、楽しさを知れば、コミュニケーションの大切さを知ることになる。迷いや不安を打ち消すための確認が双方の救いになって、因縁側での交友が自分の進歩につながってゆくこと。誤解や行き違いで崩壊しないように、言葉の使い方や感情の激しい起伏を抑制しながら、無私、利他の菩提心を育んでゆくことになる。分岐点での選択、迫ってくる障害や試練を超えてゆくことで、自分を修正浄化しながら強靭な精神力を培ってゆくことになる。失敗は至らなさを教え、投げ出したり、諦めたりすれば、自分の信念が揺らいでしまうことも知ることになる。もらう幸せから、できる幸せへ、そしてあげる幸せから、自分の本心からしたかったことが観えてくる。 2017年4月21日 琢
2017年04月21日
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天祐は天の助け神仏は観ている恩恵が仕組まれているもしあれが無かったらどうなっていたか分からない今の自分はその御蔭誰にも救いが与えられる通過点では神も仏も無いと思っても先になってみれば救いが有った信じる心が先を拓く夢や希望は光光が有れば恩恵が有って感謝の心が報恩に向かえば更なる恩恵が仕組まれる選択のとき、強い意志が芽生えるときその気になったときに縁が仕組まれる人の歩みには多くの縁が仕組まれている。出会う人、出来事、事態の全部が先に向かう自分に何らかの関係が有るもので、無意味なものは一つも無い。その中に大きく自分に影響を与えたものがたくさんある。何かを目指せば、その途上で多くの障碍や試練に出遭うが、その度に自分の力以上の何かがはたらいている場合が多い。自分を修正浄化して向上してゆくために出遭う人、もの、事によって学ぶことが多く、多くの体験を通して育てられてゆく自分がいる。天祐・てんゆうは天の助けで、神仏は観ているものだと思えることが多く、恩恵は仕組まれているものだと思うときも多い。もしあれが無かったらどうなっていたか分からないと思うことは多い。今の自分が有るのはその御蔭だと感謝できる自分に成ること。誰にも救いは与えられているもので、途上では試練を超えるときに、神も仏も無いと思うことは有っても、先になってみれば救いが入っていたと思うことが多い。すべて信じる心が先を拓くことになるもので、夢や希望は光で、光が有ることで恩恵が仕組まれていることに気が付くことになる。感謝の心が報恩に向かうようになれば、更なる恩恵が仕組まれることが多い。縁は、選択のとき、強い意志、志が芽生えるとき、その気になる時に仕組まれたものが多い。因縁側の縁、果報側の縁、そのどれを選ぶかは自分次第だが、結果を観れば因果応報、自業自得ということになる。 2017年4月20日 琢
2017年04月20日
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ねぎらうこと、いたわること思いやり、気くばりの大切さ相手の身にならなければ生まれてこない心共生する中で自分本位は摩擦の元に成る互いに関わる中に恩恵が有りその感謝の気持ちから察する心が生まれてくる互いの才を認め合い、褒め合えば感謝、報恩の心が和を生み出して絆が結ばれ良き因縁側での縁になるぬくもりを感じるときに明るく幸せな気分になれる人のぬくもりの有り難さは、苦労するほど心にしみて、物欲だらけの自分を清めてくれる。お遍路さんも同行二人で八十八か寺をめぐるが、その途上での人のぬくもりに心が洗われて、雑念が抜けて、迷いが吹っ切れるという。人をねぎらうこと、いたわることで、思いやり、気くばりの大切さを知ることができる。相手の身になってみなければ生まれてこない心。共生する中で、自分本位、利己的なご都合主義は摩擦の元に成る。互いに関わる中に尊い恩恵が有り、その感謝の気持ちから、察する心が生まれてくる。察してくれる嬉しさ、ありがたさを知れば、その恩恵に感謝して報恩に向かう心が芽生えてくる。互いの才を認め合い、褒め合って、互いの役に立つことができればこの上なくうれしい気持ちが湧き出してくる。感謝、報恩の心が和を生み出して、絆を深く結ぶことになる。そういう良き因縁側の縁の御蔭で、念ずれば花開くときが来るのだろう。人はぬくもりを感じるとき、明るく幸せな気分になれて、自分がそういう施しをすることで人が歓び、その役に立っている自分も歓びを得ることができる。 2017年4月19日 琢
2017年04月19日
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自分が果たすべきものその大小に関わらず他の歓びになるものそのために与えられた才能が有る才能は出てしまうもの効果の大きさを計るものでなく違う果報を出そうとしても出せず分相応の才が有る意味のない才はなく何かの役に立っているもの自分は最も低いものと自覚して気負うことなく背伸びせずに出る才能が有る脚光を浴びるかは問題でなく今を明るく機嫌良く咲いているのが良い『念ずれば花開く』は、人が本心から願う自分に成ることを念じていれば、必ず開花するときが来て、その願いを果たすことができるということだろう。自分の本当の願いは必ず成就するもの。そこに至る途上には、四苦八苦が有り、艱難辛苦が有るが、気力、勇気、挑戦の積み重ねと共に、確たる信念、強靭な精神力が培われて、自分を整えた分相応の果報に恵まれる。探すものは自分が本当に果たすべきもの。その大小にかかわらず、他の歓びになっているもの。そのために与えられた才能をもっていて、それは無意識に出てしまうものだろう。どんな試みや失敗にも無駄なもの、意味のないものはなく、それを果たすための才は与えられているもので、認められ、誉められるほど輝きを増して、他の役に立てば報われた歓びに覆われて、それが自分の生き甲斐のように感じるときが来る。自己顕示せず、自分は最も低いものと自覚して、ただ素直に、謙虚に我が道をゆくことだろう。気負うことなく、背伸びすることなく自然に出せる才能がそれぞれに与えられている。脚光を浴びるかなどは問題でなく、今を明るく機嫌良く咲いていることがほほえましいことだろう。 2017年4月18日 琢
2017年04月18日
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何かをしようとすれば痛みや苦しみや悲しみが伴う血と汗の努力の積み重ねで障害や試練を乗り越えたところに信念の裏付けが有る強い意志が何かをさせるものでどんな条件、制約の中でも勝ち取る満足感が有るその体験が智慧に成ってゆく基礎の上に転識得智が有りそれが自分の支えになってゆく投げ出さず、諦めなければその境地にいつか達することができる何もしなければ何も得られず挑戦しない賢者にはならないことだろう何かをすれば失敗の連続で、何かを願えば必ず障碍や試練に遭遇する。それを恐れて何もしなければ悔いが残ってしまう。その悔いはだんだん大きくなってゆくもので、賢く失敗の無い道を歩みたければ、何もしないことだが、傷だらけの阿呆と言われた方がましで、挑戦する勇気を無謀と言って馬鹿にしたものの方が、何もできずに自信のないもの、身に付いた智慧の無いものとして悔いを残すことになる。何かをしようとすれば痛みや苦しみや悲しみにも遭遇することになるが、血と汗の努力の積み重ねが、障碍、試練を超えさせて、その体験が信念の裏付けになっている。強い意志が無ければできないもので、どんな条件、制約の中に在っても、自分の力で勝ち取る満足が有る。多くの学びを実践して基礎を積んだ先に転識得智・てんじきとくちが有り、その智慧が先を拓くもの、自他を救うことができるもので、どんな知識も実践して体験しなければ身に付いたものに成らないということだろう。そういう経験の積み重ねが自分の支えになっているもので、投げ出さず、諦めなければ、いつか求める境地に達することができるのだろう。愚かさの自覚が大切なことだろう。 2017年4月17日 琢
2017年04月17日
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音楽や芸術は何のために有るのかそれが人の生き方の何の縁になるのか学問の才の基礎になるもの人には個性と感性が有ってオンリーワンのものがそれぞれの人に有る念ずれば花開くもので直接的な縁と間接的な縁が有る分野は違っても他に感動を与え夢や希望の元に成るもの歓びになるものを選択し基盤の上に花を咲かせるもの良心に反するものに満足は得られず人には自然に則した役が与えられている一般的な知識、常識で生きてゆく先には、夢や希望の成就のために掘り進める専門知識が有る。大学にはその専門分野を学ぶこと、掘り進めてゆく方向性が有る。職業の選択は自由で、社会に出れば生活の糧を得る仕事、他の心を癒やし、その救済に携わる仕事が有って、人の得意分野や生きがいになる分野に進むことになる。音楽や芸術は何のために有るのか。それが人の生き方の何の縁に成れるのか。どんな学問にも人の才の基礎になるものが有る。人には個性と独自の感性が有って、オンリーワンのものがそれぞれの人に与えられている。好きこそものの上手なりで、念ずれば花開く。やってやれないものは無く、障碍や試練を何度も超えたところに自分が求め続けた領域が有る。人それぞれには使命が有って、それを果たすための直接的な縁と間接的な縁が有る。分野は違っても、他に感動を与え、その夢や希望の元に成るものが有る。自分の歓びになるものを選択し、基盤の上に花を咲かせてゆく。無意識のやっていること、何故か気が向く方に歩んでいることの中に、悔いの残らない本能を満足させるものが有る。すべての根底には愛、菩提心が有って、良心に反しない道を、無私、利他の誠心で、素直に歩める道が有る。与えられた四苦八苦や障害、試練を縁として、どれだけ自分を深化させられるかが人の人生だろう。 2017年4月16日 琢
2017年04月16日
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救済には持てる力を生かすもの助けになるもの癒しになるもの痛みをやわらげるもの自立の力はみな持っているがほんの少しの助力が強く生きる補助になる自信を持たすことが必要で適切な言葉、誉める言葉、認めて感謝する言葉それが明るい先を拓かせて居心地を良くさせ、生き甲斐を感じさせる他の役に立ち、糧になる歓びが生まれてきた意味を想わせて使命を自覚させてくれる何のために生まれて、何をすれば良いのか、その疑問をいつも抱えて歩んでいるのが迷い道になっている。この世は現象界と言い、魂を磨く唯一の場所だという。自分の心が現象化するところで、自分が引き起こす四苦八苦の原因が分かって、修正浄化できる場所だという。摩擦の原因は自分に関係ないと思えば、改める必要はなく、いつも人のせいにして逃れていては、何の深化も無いまま帰ってゆくことになる。改めるときにできるものが有り、できればしてあげたくなる、そこに自分の歓びが有る。救済には、もてる才を生かすもの、助けになるもの、癒しになるもの、痛みをやわらげるものなど、人には自立する力が有るが、ほんの少しの助力が、強く生きる補助に成り、自信を持つきっかけになる。使う言葉も、適切なもの、誉めるもの、認めて感謝、敬意を示すものであれば、それが明るい先を拓かせてあげられる。その人の居心地が良くなれば、他の役に立ち、糧に成れば、嬉しいと思う自分がいて、それが自分の歓びであり、生き甲斐でもあると感じる。自分にしかできないもの、使命はその自覚をもつことだろう。それが一点での転生の悟りだろう。 2017年4月15日 琢
2017年04月15日
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救済には持てる力を生かすもの助けになるもの癒しになるもの痛みをやわらげるもの自立の力はみな持っているがほんの少しの助力が強く生きる補助になる自信を持たすことが必要で適切な言葉、誉める言葉、認めて感謝する言葉それが明るい先を拓かせて居心地を良くさせ、生き甲斐を感じさせる他の役に立ち、糧になる歓びが生まれてきた意味を想わせて使命を自覚させてくれる何のために生まれて、何をすれば良いのか、その疑問をいつも抱えて歩んでいるのが迷い道になっている。この世は現象界と言い、魂を磨く唯一の場所だという。自分の心が現象化するところで、自分が引き起こす四苦八苦の原因が分かって、修正浄化できる場所だという。摩擦の原因は自分に関係ないと思えば、改める必要はなく、いつも人のせいにして逃れていては、何の深化も無いまま帰ってゆくことになる。改めるときにできるものが有り、できればしてあげたくなる、そこに自分の歓びが有る。救済には、もてる才を生かすもの、助けになるもの、癒しになるもの、痛みをやわらげるものなど、人には自立する力が有るが、ほんの少しの助力が、強く生きる補助に成り、自信を持つきっかけになる。使う言葉も、適切なもの、誉めるもの、認めて感謝、敬意を示すものであれば、それが明るい先を拓かせてくれる。その人の居心地が良くなれば、他の役に立ち、糧に成れば、嬉しいと思う自分がいて、それが自分の歓びであり、生き甲斐でもあると感じる。自分にしかできないもの、使命はその自覚をもつことだろう。それが一点での転生の悟りだろう。 2017年4月15日 琢
2017年04月15日
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才能は出てしまうもの好きなものの中に有って無いものは出せず出せる環境に生まれてくる宇宙空間の中の一点を分別できて学んだ基本の上に感性を乗せるもの基礎なしには成り立たず感性は自由自在なもの芸術は妥協を許さずその人にしか表わせないものそういう能力は誰もがもっている贋作は価値が無く自信を持って本分を尽くす強く生きることが選択の基本になる自分が描こうとする願いには一歩も譲れないところが有って、誰も侵入できないものが有る。音楽や芸術は生きている内は認められずに、経済的に成り立たないところが有るが、才能は出てしまうものだろう。自分が好きなものの中に有って、不思議と出せる環境に生まれてきている。妥協できない一点を宇宙空間の中に持っていて、学んだ基本の上に感性を乗せるものだろう。誰にも表せないもので、その人独自のものだが、基礎なしには成り立たないものだろう。慣性は自由自在のもので「美感遊創」のものだろう。芸術は妥協を許さず、その人にしか表わせないものをにじみ出してゆくものだろう。広い視野に立てば、芸術的才能は無くても、誰にもその人にしかできないものが与えられているのだろう。贋作に価値は無く、個性を押しつぶすことなく、自信をもって、それぞれの人が本分を尽くすしかないのだろう。すべて準備、仕込み期間が必要なもので、選択肢はたくさん有っても、訓練、練習、修行中は強く生きることに専念することが、選択の基本になる。 2017年4月14日 琢
2017年04月14日
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人には好みが有るが好きなものと必要なものとの分別苦手なものにも必要なものが有る勇気をもつこと取捨選択は見切ること、割り切ること挑戦する準備を怠らないこと嫌いが多ければ行動範囲が狭くかたよりが多くなる常識の違いを受け止めてそれぞれに適切に対応する嫌いで済まされないものが有る逃げずに正面で受けること前向きと気力が道をまっすぐに歩ませる迷いや葛藤の連続はみんな同じだろうが、栄光を勝ち取りたいと思えば、怠惰を戒めて、どんなことにも逃げずに前向きに対処すること。そのための学びを網羅すること。学んだことは忘れないうちに使ってみること。願いが有れば障害、試練は必然のもので、勇気と気力で超えてゆくこと。失敗は無駄でなく、恐れずに、そこからその原因を探して自分の修正、浄化をしておくこと。そういう努力の積み重ねから身に付いたものが先を拓く智慧に成ってゆく。人には好みが有るが、好きなものと必要なものとの分別をすること。苦手なものにも必要なものが有れば、勇気を以って取り入れること。多くの選択には、見切りと割り切りで、悔いを残さず、見切っても縁有るものはまた出遭えると信じ切ること。嫌いが多ければ、行動範囲が狭くなり、かたよりが多く成る。常識の違いを受け止めて拒否せず、それぞれに適切な対応をすること。逃げずに正面で受けて、自分本位だった考え方を捨てて、相手の身になって、無私、利他の誠心で臨場していること。道を歪めないように、前向き、強い意志、気力を整えておくことが大切だろう。 2017年4月13日 琢
2017年04月13日
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人には好みが有るが好きなものと必要なものとの分別苦手なものにも必要なものが有る勇気をもつこと取捨選択は見切ること、割り切ること挑戦する準備を怠らないこと嫌いが多ければ行動範囲が狭くかたよりが多くなる常識の違いを受け止めてそれぞれに適切に対応する嫌いで済まされないものが有る逃げずに正面で受けること前向きと気力が道をまっすぐに歩ませる迷いや葛藤の連続はみんな同じだろうが、栄光を勝ち取りたいと思えば、怠惰を戒めて、どんなことにも逃げずに前向きに対処すること。そのための学びを網羅すること。学んだことは忘れないうちに使ってみること。願いが有れば障害、試練は必然のもので、勇気と気力で超えてゆくこと。失敗は無駄でなく、恐れずに、そこからその原因を探して自分の修正、浄化をしておくこと。そういう努力の積み重ねから身に付いたものが先を拓く智慧に成ってゆく。人には好みが有るが、好きなものと必要なものとの分別をすること。苦手なものにも必要なものが有れば、勇気を以って取り入れること。多くの選択には、見切りと割り切りで、悔いを残さず、見切っても縁有るものはまた出遭えると信じ切ること。嫌いが多ければ、行動範囲が狭くなり、かたよりが多く成る。常識の違いを受け止めて拒否せず、それぞれに適切な対応をすること。逃げずに正面で受けて、自分本位だった考え方を捨てて、相手の身になって、無私、利他の誠心で臨場していること。道を歪めないように、前向き、強い意志、気力を整えておくことが大切だろう。 2017年4月13日 琢
2017年04月13日
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自分を大切にすること協調性は必要で妥協すべきは妥協するが確固たる自分をもつこと自分の無い成り行き主義ほど惨めなものは無く歩むべき道を見失ってしまう他人まかせの道に悔いが残り自信のない自分がみすぼらしくもっと自分を大切にしておけば良かったと小さな自分を見ることになる自分にしかできないことが有るはずでそこに使命の自覚をもって今からでも遅くないと自分に正直に生きること暗運力がはたらき始めれば、重経緯、悪循環、悪縁起、低活力、急暗転の順に絶望がやってくる。何をやってもうまくゆかず、失敗の山ばかりで、あれもこれも道が閉ざされたように思えて、神仏にも見放されたような気になったときに、自分を粗末にし始める。絶望は人生の終わりではなく、ピンチをチャンスに変えられるときだと思えば、荷を下ろして、新たな光に向かって這い上がることができる。自分を粗末に扱わず、協調性を大切に、妥協すべきは妥協する包容力を培うこと。間違った信念を正し、過去にとらわれず、既成概念を疑ってみて、絶対に責任転嫁をしなければ、一皮剥けた自分が見えてくるだろう。自分の無い成り行き主義ほど惨めなものは無く、人任せでない、自分にしかゆけない道を見つけ出すこと。もっと自分を大切にしておけば良かったと思うときこそ、自分を変えるときだと、見える果報を追いかけず、本心から自分がしたかったこと、思うほど大仰なものでなく、身の周りにできることはたくさん有ることに気付いて、その自覚と共に歩むこと。今からでは遅いというものは無く、自分に正直に生きること。今を明るく機嫌良く生きていれば、自然に明運力がはたらき始めるだろう。 2017年4月12日 琢
2017年04月12日
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過去は変えられず遺された現実は過去のもの現象化したものと生きるしかない前向きに成れば未来を変えようと思う後ろ向きに成れば過去にとらわれる快と苦の境を想い、不惑を願ういつも変わらないものを懐かしく思うが山や河も永いスパンでは変化している生老病死は自然の摂理進化は変化と共に在り取り残されないように悔いを残さないように今を明るく機嫌良く、大切に生きるああだったからこうなってしまった。ああだったけどこうなれた。ああだったからこそこうなれた。そこに人の心の変遷が有る。成り行き主義は浮草のようで、どこに流れ着くかは他人まかせの人生で感謝の念が湧かない。結構頑張った結果、今の自分が有る。あの条件、制約の中で最善を尽くして、自分の願いを忘れずに艱難辛苦を超えてきたから、やっと今の自分にたどり着けた。生き方によって収穫が違うのが人生だろう。今が現実。生きてきた過去はもう戻らない。「たら、れば」、「でも、しか」の人生は、送りたくないと思えば、悔いや執着、未練が残らないような歩みには、自分か関与した過去にその原因を求め、自分を改め、浄化することで、今、人智を尽くして人智を超えてゆくしかないということだろう。そうすればこのままでは必然的に与えられるはずの運命も、今、自分の対応如何で逆転することができる。人にはそういう可能性が有り、自分の道は自分でつくりさせる方法がある、自分を修正浄化して整えてゆく、未来を変えることさえ自分次第ということが言えるだろう。平穏、不動を願えばまず「克己」。自分に負けないことだろう。その先に未来は開かれるということだろう。 2017年4月11日 琢
2017年04月11日
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知っていることも人それぞれ受け止め方が違いすべてが同じ意味とは限らない表層のもの、深層のものも常識の違いで心に残ろものと残らないものと有る状況によって有効のときが有る座右の銘も始めは気が付かなかったものが有り体験を重ねて初めて意味が解るものも有る仏教用語も日常たくさん使われていて自覚できていないものが多い苦しまなければ理解しきれないことも多く学ぶことは一生かかっても網羅できないこれはという言葉も、覚えようとするほど、すぐに忘れてしまうものだが、自分に縁が有る言葉は再び出会うことも多い。講演を聞きながらノートに控える人が多いが、きやすめの場合も多く忘れないようにと書き留めておいても、復習して見返す人は少ない。自分の場合、控えを取らない主義で、その場で覚えようとするが、忘れてしまうことも多く、その時に縁のないことだったと思うようにしていても、自分にぴったり当てはまることで縁有る言葉は再び出遭えると信じている。滅しようにも滅しられないこと、消去しようにも捨てきれないものは多いが、整理整頓のときには、なかなか片付かないもので、見切り、割り切りで捨ててしまう意外にさっぱりすることが無い。縁有るものならまた出てくると思うほかはない。人それぞれ生い立ち育ちの家柄や土地柄、生まれた時代によって常識が全く違うもので、何転生もこの世に、違うところに、違う生まれ方をするのは、すべての常識を受け止めた上で得られる自覚のためで、意識に蓄積された自覚の確認のための転生とも言えるかも知れない。表層だけだったものが、深層に迫るほどその奥の深さが観えてくるもので、日常何の自覚も無く知っていたり、使っていた仏教用語も、知れば知るほど経験と共にその奥の深さを思い知ることになる場合が多い。自業自得だとか諸行無常とか何となく使っていた言葉でさえ、宇宙の真理、自然の摂理を知るほど、その奥の深さを感じてしまう。人の苦しみ我が苦しみと唱和していても、体験したもの、病気なら成ってみなければ解からないことが多いだろう。知識は実践して何度も経験しなければ身に付かず、智慧になることはない。 2017年4月10日 琢
2017年04月10日
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苦労話は夢や希望を語らずユーモアの無い話は面白味がなく聞いて分かってほしいことも押し付けに成れば、ただの自慢話で相手に苦痛を与えてしまうどれだけ良い体験談も全部言おうとせず相手の反応を見ながらの方が伝わってゆくもの相手が求めているときが有効だろうあれもこれもより一点に絞った方が良き指針になる過去の体験談を語るときは、成功談はさりげなく、失敗談には相手の参考になることが多く、自慢話より、辛い試練を超えた話をする方が良いだろう。苦労話も、夢や希望を語らずに、ユーモアの無い自慢話では、面白味が無いだろう。聞いて分かって欲しいことも、単に押し付けになっていれば、相手には苦痛でしかなく、相手の話に耳を傾けて親身になってあげることの方が会話としても成り立ち、良き因縁側の関わりを保つことにもなるだろう。聞いている途中にいろいろ思い出すことがたくさん出てきたとしても、その場の空気を読んで、相手の欲しがる話を一つ言う方が効果的に伝わるだろう。どれだけ良い体験談をたくさん持っていても、すべて並べようとせず、相手の反応を見ながら、そのうちの一つを語る方が伝わってゆくことが多い。どんな内容のことも、相手が求めているときに語る方が有効だろう。一言一句金貨玉条と言うが、相手が本当に求めていることを、相手にとっては今後の良き参考として大きな指針を示すことになる内容を伝えることだろう。どんな内容も、自慢話や、押し付け、義務、命令に成ってしまえば、反感をもたれるだけで、調和した関わりになることは無いだろう。 2017年4月9日 琢
2017年04月09日
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体の衰えを認めないこと認めれば認めたようになる心と体は一体だが体は衰えても心・魂は歳と共に輝きを増し気力でもっているもので気が萎えれば体は動かなくなる体の疾患には適切に対応し医の専門に托身すること托身すれば不安が少なく度胸も定まって来る妄想、錯覚は現実のものでなく未生のものを恐れることなく迷いを吹き飛ばす托身は身を助けて目標を引き寄せるああでもない、こうでもないといろいろ考えたところで結論に至れるものでなく、危機感を以って備えることは良いが、架空のことに怯えてちじまる必要はない。若いときほど生命力が強いせいか、死の恐れのために余計なことをしてしまうことが多い。人間の寿命はせいぜい100年、個人差は有っても歳と共に体は劣化してゆく。自己管理が大切なことで、体の衰えを認めてしまえば、認めたような体になってしまうのは自己暗示をかけてしまうものも多い。何かを気付いて自覚したときには体が動かなくなっていることも多く、気力でもっているもので、気が萎えてしまえば、何もやる気が失せて、終いには体も動かなくなってしまう。疾患が有れば早期に適切な対応が必要で、医の専門に托身すること。托身することで余計な不安は少なくなる。考えたところで自分では何もできないのが専門外のことである以上、信じて托身する方が良いだろう。度胸も定まってくるもので、妄想や錯覚は現実に起きたことではなく、恐れるあまり起きてしまったらどうしようという想像上のことばかりに振り回されることが無いように、自分の心を定めておくことが大切だろう。迷いを吹き飛ばし、不動の心に成れば、余計なことをせず、身を助けて、自覚したことに邁進し、目標を引き寄せることにもなるだろう。 2017年4月8日 琢
2017年04月08日
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人の体は時と共に変化して不調の部分が現れる病は気から、遠因は心から医療はその治癒のためのもの現れたものには必ず原因が有り放置すればさらに悪化する原因には早期対応が必要で不安の解消に努めること心の負担になるものをすぐに改めること四諦・苦、集、滅、道は心の負担を軽くする道歪んだ心は手遅れにならない内にその原因を正しておくことで自覚した使命を果たすことができる投げ出さず、諦めないこと人を助けてあげたいのはやまやまだけど、自分が生きてゆくのに精一杯で、それどころでないと思っている人はたくさんいるだろう。困った人の助けになりたい、役に立ちたい心は誰もがもっているが、現実はそんなに甘いもんじゃないという人も多い。自分の過去を思えば、結構救われた恩恵が有って、あの出会い、出来事、事態が有ったからこその自分の今が有るような気もする。できるときとできないときが有るもので、できるときにやっておけば悔いの残らないことも有る。体も同じで、心で思っていることが歳と共にできなくなってゆく。諸行無常の変化はどこにも有るもので、病は気からというのも、病気の遠因は心からきているという。放置すればさらに悪化するもので、現れた症状には早期に対応すること。医療はその治癒のためのもので、心の不安感を取り除く役も有る。生きていればたくさんの苦に出遭うが、四諦で苦の消去をしていくことで心の負担が軽くなる。ただ滅するだけでなく、自分の未来を視野に入れた滅し方をすれば、その一貫性から信頼が生まれ、認め、誉めてくれる人が多くなる。この世には自分にしかできないことがそれぞれの人間に有って、自分が何をしたいか、そこに自分に与えられた使命の自覚のようなものができる。したいようにできる体、願う方に動ける体にするのも自分の努力次第だろう。 2017年4月7日 琢
2017年04月07日
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夢や希望を抱いてその目標に向かうことの大切さ目的の有る人と無い人の差漠然と学ぶか志をもって学ぶかでは転識得智の違いが出る基礎の有無にも弁証法的理解度に違いが出る無駄と思う基礎も後に生かされてつながって来る専門分野の格好良さも下積みなしには得られず眼に見える部分は途上の一点で苦労なしに得るもの無く怠惰に栄光は無い飽くなき精進は忍辱の積み重ねだろう人の行いは善意ですることと悪意ですることでは、一定期間の間に天と地の違いが出てくる。無私、利他の菩提心ですることは周りに認められ、喜ばれ、何かの役に立って感謝されるものだが、自分だけのための都合を押し付けて他の迷惑になる悪意ですることは、恨みを買ったり、憎しみで足を引っ張られたり、たとえすごい果報を手に入れたとしても、それは人のものを横取りしただけのことで人をよろこばせ、感謝される行いではない。大志に向かう人、目標無しにただ歩んでいる人では、先で大きな差が生じてしまう。自分の夢や希望など、為すべきことに向かって相応の学びをして得た知識を、忘却しないように週に一度は自己回帰、復習をすること、劣化しないように何度も使うことで、やっと自分の身に付いてきて智慧に変わってゆき、先を拓く力になる転識得智が必須のことだろう。実践して体験した経験から得た智慧は、自分も人も救うことができるもので、夢や希望のために掘り下げた専門分野のものも、信頼する人から見れば心強く格好良いものだが、下積みなしに得られるものは無く、苦労なしに得られるものは無いだろう。「怠惰に栄光なし」。何もせずただ待っているのでなく、勇気を以って挑戦する意欲が大切で、得た知識は身に付けることが、体幹に入って自由に応用できる、自分にしかできない術に変わってゆくのだろう。 2017年4月6日 琢
2017年04月06日
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どんな苦しみも超えたものにしか分からないどんな病も成ったものにしか分からない相応の原因が有って元を正さなければ超えられないやり残しにはそれなりの理由が有って今自分にできることをやっておくこと先送りせず、投げ出さず、諦めずに人智を尽くして人智を超える悔いは時と共に大きくなるものと飽くなき精進を積むことその過程は人知れずただ黙々と歩を進めることで以前と違う自分に成っている変わりたいと思っていても、なかなか変わらないのが自分で、自分の欠陥を埋めて、何故かの原因を修正浄化しながら、明るく前向きに歩むとき、いつしか他の人から変わったねと言われるときが来る。代償や効果は必然的に与えられるもので、自分から求めるものではない。どんな苦しみも、超えたものにしか分からず、どんな病も成ったものにしか分からない。相応に必然の原因が有るもので、元を正さなければ超えられない。やり残しにはそれなりの理由が有るものだが、今自分にできることを確実にやっておくか無ければ、問題山積で、適切な対応ができなくなって、いい加減な対応が命取りになる場合も有る。常に、人智を尽くして人智を超える強い意志が必要だろう。悔いは時と共に大きくなってゆくことを知るほど、四諦【苦、集、滅、道】・消去法で、自分独自の適切な対応をすることだろう。飽くなき精進を包むこと、その過程は人知れず、ただ黙々と歩を進めることで、依然と違う自分に成っているのだろう。 2017年4月5日 琢
2017年04月05日
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超えた試練を糧にして障碍の大小にかかわらず強い自分に成ること血となり肉となるものと疑問解消の円環的思考から不動の自分に成ること勇気と度胸と気力を整えて死を恐れては何もできず成功の確率を高くする願いを諦めては自分を弱くするとどんな仕組みをも正面で受け止める敗北感は気力が失せたときで自分の弱さを認めれば何をやっても腰が引けてしまう不屈の強い精神力を培うこと自分を信じて克己を保つこと何をするにもいつも弱腰で臨場すれば、相手の眼中になく、無視されて、いつも引っ込んでいる自分がいて、ますます自信を失ってゆくだろう。ちゃんと理解していてあえて譲る場合は自分に負けたことにはならず、強い自分を保ち、相手の理解を得て、ただのお人好しではないことの認識を得ることができる。社会に出れば常に自分との闘いで、超えた試練を糧にして、障碍の大小に関わらず、先を拓く自分の血となり肉となるものと、強い自分に成ること。疑問解消の円環的思考から、不動の自分に成ること。勇気と度胸と気力を整えて、死を恐れてな何もできないと自分を戒めて、成功の確率を高くすること。願いを簡単に諦めては、自分を弱くすると肝に銘じて、どんな仕組みにをも正面で受け止めること。逃げたときにその敗北感が気力を失わせ、自分の弱さを認めてしまえば、何をやっても腰が引けてしまう。どんな四苦八苦をも超えて、自分を整えて、不屈の強い精神力を培っておくことが大切だろう。自分を信じ切って克己しておくことが、迷い、葛藤を無くして、道を歪めない必須のことだろう。 2017年4月4日 琢
2017年04月04日
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ままならないのがこの世分かっていても不機嫌になる自分相手も同じことそれぞれの都合で動いていれば他が観えず他の迷惑になっていないつもりが気が付かずにやっている六方を敬うことは大切だができていない自分がいる八方尽くしたつもりでもどこか抜けている思わぬ落とし穴も落ちてみなければ分からない絶望も味わってみなければ分からず苦を知るものしか分かり合えない体験しなければそれさえも分からないよく言ってきたことは、「成ったものしか分からない」、「成ってみなければ分からない」で、今食べたものの味でさえ、食べていないものに伝えるのは難しい。そういう時には比喩を使うのが効果的だろう。何かに似ていると言えば、大体そんなものかと想像することができる。痛い目に遭ったり、大失敗したことも、似たような体験が有るものにしか分からず、分かったようなことを言えば信用を失ってしまう。思い通りにならないのが分かっていても、執拗にやってしまう自分。自分の都合本位で押し通そうとする自分。相手にも同じことが言える。摩擦が起きない方が不思議だろう。他に迷惑をかけていないつもりでも気が付かずにやっている。六方【前後、左右、上下】を敬えと言うが、やっていない自分。視野を広げて八方尽くしたつもりでも、どこか抜けているのが人間で、自分の無力、愚かさの自覚が無ければ、感謝の念が湧かず、誰の協力を得ることもできない。思わぬ落とし穴も、落ちてみなければ分からず、絶望でさえ味わってみなければ分からないのが、愚かな自分だった。苦を知るものにしか分かり合えないことも多く、体験しなければそのことさえも分からない、それが人間だろう。 2017年4月3日 琢
2017年04月03日
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物事を肯定的、発展的に考える成功へのロマンを描く不安を打ち消して馬鹿と言われようと前向きに考えれば人は明るく楽しくなってくる失敗を恐れず情熱を傾ければやってやれないことはない好奇心に目を輝かせ子供のように夢を追えば相応の果報が得られ良き因縁側で関わればその実績が増えて自信が湧いてくる気力を整えて挑戦の勇気をもつことどんなことでも取り組んでみれば、それがどんなものかが分かって来る。経験が多いほどその裏付けを得られるもので、単なる知識だけのものへの認識が変わってくる。感動は人に夢や希望を描かせ、願いに向かって燃える心が湧き出してくる。願いが有れば試練が来るのは当たり前のことで、そのままで通用するものは無く、失敗が有るからその対応策が浮かび、欠陥の修正浄化ができて、投げ出したり、諦めたりしなければ、いつか通用する自分に成れる。この世は何でも思うようになる世ではなく、あらゆる準備を重ねてやっと障碍や試練を超えて、何かをつかむことができる世なのだろう。どんなことも否定的、消極的にならずに、成功へのロマンを描き、何と言われようと前向きに取り組むことから、多くの経験を経て、自分にしか得られない何かをつかみ取ることができる。失敗を恐れず、情熱を傾けて取り組むことで、準備と訓練の大切さが分かって来るだろう。ロマンは人を明るく楽しい心にさせ、好奇心に目を輝かせて、子供のように夢を追うことで、相応の果報が得られるようになっている。縁有るものに良き因縁側で関わることで、自分を開花させることができて、その実績が多いほど自信が湧き出してくる。何もしなければ何も得られず、どんなことにも気力を整えて、挑戦の勇気を以って臨むことが大切なことだろう。 2017年4月2日 琢
2017年04月02日
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手放しでの歓びは歳と共に少なくなる痛い目に遭った記憶は意識の奥に残り警戒心はゼロにはならない失敗の積み重ねは失敗を少なくさせるが条件制約が増えて勝って兜の緒を締めさせ無警戒の歓びは無くなるが隙が無くなりその度に受けた恩恵に感謝できるようになるその報恩が他への救済になる表情だけはいつも明るい方が良い多くの苦の経験から学ぶことが多いが、忍土では油断禁物で、平穏のときでも何が迫って来るか分からず安心はできない。失敗が多いほど人を賢くさせるが、手放しでの歓びは歳と共に少なくなってゆく。痛い目に遭った記憶や、あと一歩で届かなかったこと、締めが甘かったために他の手に渡った果報などの記憶は意識の奥に残っていて、警戒心はゼロにはならなくなる。失敗の積み重ねは、失敗を少なくさせるが、条件や制約が増えて、弱点の克服はできるが、勝って兜の緒を締めさせる。無警戒の歓びは無くなるが、隙が無くなり、思わぬ落とし穴に落ちることも、自分で自分の落とし穴にはまることも少なくなり、その度に受けた恩恵に感謝できるようになる。自己回帰してみれば、あの時、あれが無かったらどうなっていたか分からないという、出遭い、出来事、事態の仕組まれたような縁、何かに救われたような経験はみんな一度は有っただろう。守られていることを信じることも大切なことで、その報恩が他への救済になることも多い。どんなものが迫って来ても動揺することが無く、表情はいつも明かるい方が良いだろう。 2017年4月1日 琢
2017年04月01日
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