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人権はすべて平等が基本だが生まれ、育ちや貧富の違い身障の有無基盤による常識の違い人それぞれ生まれが平等とは言えない条件、制約も違っていてその上でどう生きるか不平、不満で暗く生きるか明るく前向きに生きるか順風のとき、逆風のとき受ける影響が違う重度の障碍を越える人、超えられない人生まれた以上一生背負ってそれを自分に与えられた因縁ととらえ今を明るく機嫌良く生きることだろうこれから先のこと命の尊厳、生きる権利は平等でも、生まれはと言えばみんな違う条件や制約を受けている。血筋、土地柄・風土、時代の知識など生まれ育ちによって必ずしも平等とは言えない。常識の違いを受け止めて、体に与えられたハンデを超えて、心の趣く方向に生きてゆく。人間としてどんなものを積み上げたか、どれだけ生きたかと言うよりも、どう生きたかが問題だろう。人権はすべて平等が原則だが、基盤の違いを思えば平等とは言えない。背負う条件、制約の違いをどう生きてゆくか、前向きに明るく生きるか、不平、不満で暗く生きるか、順風のとき、逆風のときの生き方など、受ける影響はみんな違う。重度の障碍を越える人、超えられない人、生まれた以上一生背負ってゆくしかない。魂の修復と成長のために、できなかった願いの成就のために、関わりの再結のために、内と外への照らしのために、それぞれが魂願を背負って生きてゆく。不平等を自分に与えられた因縁として受け止めるしかないだろう。今を明るく機嫌良く生きることしか無い。みんな同じなのは、人生は苦であると言うこと、それをどう生きてゆくか、どう受け止めて、どう対処するかで、生まれた以上いつか死ぬときが来るのもみんな同じだろう。 2017年7月31日 琢
2017年07月31日
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集団での個人プレーは有効なときも有るが目的の違う自分本位のことそれぞれの守備範囲が有るが団体のバランスを崩すことが多い個々の力より全体の力任せることの大切さ理解し合い、認め合い役に立ってよろこばれることに参加の意味と自分の居場所の確認ができる動的平衡は有るものの有事のときに生きてくるものが有るそれが奥行きの深さ、厚みになって全体の総合力になっている集団として組織としての自分の在り方は、自分の位置感覚の把握と無私、利他の誠心が必要になる。人の評価は全体への貢献度と秘められた個人の能力を観て下されるもの。集団、組織の描く目的に向かってどう自分の役を果たしてゆくかを観ている。個人プレーが有効のときも有るが全員が一丸となって響働することに亀裂を入れる場合が多い。自分の都合優先は許されず、与えられたそれぞれの守備範囲を超えてしまい、団体のバランスを崩すことが多い。個人の力より集合体の力の大切さ、筋の通った目的意識が全体の力になっている。任せることの大切さ、理解し合い、認め合い、自分にしかできない役を果たすことで、そこに参加した意味が有り、自分の居場所の確認ができる。人員配置もその個々のはたらきでも、一見なにも果たしていない、何かのときのための予備的な役がその集団の厚みや総合力になっている。動的平衡はそういうもので、みんなが目的に向かっているときに、それを崩壊させるような外的要因が出たとき、有事のときにそれに立ち向かってゆくものが、全体の方向を歪めず、前進のための役に立つときが来る。それがその団体の奥行きや厚みになっていて、それが総合力になっている。 2017年7月30日 琢
2017年07月30日
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仕事の運びには直接従事と間接従事が有って主観的思考と客観的思考のバランスが必要突き進む原動力と進路を見渡す眼力に自分の傾向を知っておくこと個々の力と総合力日頃の準備が必須のこと穴を埋める訓練現実を見て修正浄化し全体と個々の一体感目標を定めた響働報、連、相と共に全体の調整をする成就の歓びは全員で分かち合う仕事には個人プレーとチームプレーが有る。一人一人が自己管理のもとに自分を整える準備を怠らないこと。自分を磨きながら全体の一員として、その目的に向かって自分の役を果たすこと。評価は個人のものと全体のものがある。全体の仕事の運びには、直接的生産従事と間接的生産従事が有る。全体の役に立つには主観的思考と客観的思考のバランスを保つこと。突き進む原動力と進路を見渡す大局的な眼力が必要になる。個人は自分の傾向を知っておくことも大切で、個々の力と総合力が全体の願いの成就につながっている。すべてには日頃の準備が必須のことで、穴を埋める訓練と現実を見て修正浄化すること。個々と全体の一体感が重要で、進むべき方向に全員が響働していること。一つ一つ局所の報告、連絡、相談が必要になってゆく。全体の調整をする役がカギになっている。同じ目的意識と共に響働して、成就の暁には、その歓びを全員で分かち合うこと。一人一人が縁の下の力持ちであること。自分の参加意識を高めることが大切だが、果報は全体で分かち合うことが大切になる。 2017年7月29日 琢
2017年07月29日
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意表を突かれても動じず冷静に判断する百戦錬磨の状態であれば何が起きても適切な対応ができる丹田に重心を置いて肩の力を抜いて静と動の使い分け判断力は知識だけでなく修羅場の経験の上に柔軟な智慧が自分を守り、他の助けになる障碍や試練を超えて逃げず、投げ出さず、諦めずに強靭な精神力を培う揚げ足取り、引きずりおろしなど他の弱点を探して、低俗な攻防に明け暮れていれば、本分から離れて本当の使命を果たすことができなくなる。自業自得は他人事でなく、やがて自分が掘った穴に落とされることになる。悪の連鎖のようなものが続くとき、人の心には怒り、怨み、憎しみしか湧いて来ず、ゆたかな発想ができなくなってしまう。名乗りを上げる前に身辺整理を怠らず、身を正して神聖な心でいれば、意表を突かれても動じず、冷静に判断することができる。百戦錬磨の状態であれば、何が起きても適切な対応ができる。丹田に重心を置いて、静と動の使い分けをする。判断力は知識だけでなく、修羅場の経験の上に、柔軟な智慧が自分を守り、他の救いになってゆく。障碍や試練に臆せず、逃げず、避けずに正面で受け止めて立ち向かって超えてゆくことで、過去の失敗の修正浄化が強靭な精神力を培養してゆくことになる。相手が興奮するほど沈着冷静になること。自分の感情のコントロールができて、いつも心が整っていることが、自分の脆さを滅することになる。自業自得は過去の修正浄化ができていないときに与えられる報いと言うことだろう。 2017年7月28日 琢
2017年07月28日
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すべてのものに陰と陽が有る光は面を照らし陰をつくる人の心も陰陽両面あり見える部分と観えない部分が有る闇は光と共に消え人は廬舎那仏の光でおおわれている太陽は遍くすべてを照らし夜は暗くなるが月は闇を照らしている陽に向かえば明るく陰に入れば暗くなるすべてのものは光に向かって成長し陰では人知れずに場を支えている日時計は光と共に時を示す宇宙大自然はそれを繰り返している自然の摂理をよく考えてみれば、学ぶものばかりで、因縁果報も慣性の法則も、原因と結果の法則も、諸行無常のすべてが偶然でなく必然であることを教えてくれる。地上に生きる生物も天変地異は偶然のように予測不能に発生しているかのようだが、これも必然的な現象で周期的に変化している。天体と地上現象はその周期を教えてくれる。すべてのものには陰と陽が有って、光は面を照らし、陰をつくっている。人の心にも陰と陽が有って、それが内なる光と闇になっている。見える部分が有れば、観えない部分も有る。闇は光と共に消えてしまう。人は廬舎那仏の光におおわれ、太陽は遍くすべてを照らしている愛と言える。日は暮れると夜になり、月が闇を照らしている。陽に向かえば明るく、陰に入れば暗くなる。生きとし生きるもののすべては陽に向かって成長し、陰では見えないところで場の支えになっている。日時計は光と共に時を示す。宇宙大自然はそれを繰り返しながら歴史を刻み、人はその過去から学びながら未来に向かって生きている。魂は永遠のもので霊魂不滅の法則がある。魂には意識の蔵が入っていて、その意識の中には転生のすべての学びが潜在している。文化文明や科学の原点はそこに有る。 2017年7月27日 琢
2017年07月27日
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泣きごとを言わず常に前向きで人に不安を与えず期待に応える姿勢を崩さずやると決めたら度胸を据えて手段は妥協しても基本姿勢を貫く他の役に立てば理解され、認められ、誉められる他の歓びを自分の歓びとして自分を二の次にして無私、利他の誠心になる幸運を引き寄せる生き方が有る良き縁と共に念ずれば花開くやってやれないことはなく、できないのはやろうとしないことだ、は上杉鷹山の、為せば成る 為さねば成らぬ何ごとも 成らぬは人の 為さぬなりけりだが、怖くて勇気が出ず、分かっていても楽な方へ向かうのが現状維持を望む生き方だろう。そこに進化は無く、できないのはすべて人のせいで自分はちっとも悪いことをしていないと思っていて、改めることをしない人のことを言う。人の信頼は、泣きごとを言わず、常に前向きで、人に不安を与えず、期待に応える姿勢を崩さないところに寄せられる。意志を固めて度胸を据える。目指すところへの手段に妥協しても、基本姿勢を貫くこと。他の役に立てば、理解され、認められ、誉められて、他の歓びを自分の歓びとして、そこに生き甲斐を感じている。自分を二の次にして忘己利他の状態で、無私、利他の誠心を通すこと。活路の恩恵はそこに仕組まれ、幸運に恵まれる生き方が有る。良き縁と共に、深い絆と共に響働することができれば、歓喜の歓びを得るときが必ずやってくる。思ったことは実現する。その真理を信じ切ること、実践することで、単なる知識だったものが体感に入って智慧に転じ、身を助け、他の救いにも為すことができる。念ずれば花開く 坂村真民 2017年7月26日 琢
2017年07月26日
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気分がすっきりしないときは気分転換をする趣味、ドライブ、ショッピングなどとらわれから離れて全く別のとらわれをつくる何処にも道に通じるものが有って掘り下げてみれば大きなヒントが得られる闇にいても光が観えてきて暗い心に明るさが戻れば闇は光と共に消えてしまう解決の道が観えてくる一つ一つ確実に対応していれば信頼され、認められて生きる方向が鮮明に観えてくる共生する社会では分かち合うこと。みんなで分け合って和を保つことが基本になるが、自分だけ取り込もうとすれば孤立してしまう。いろんな勉強をして無知を埋めながら生きてゆく中で、お金や物や名声を勝ち取ろうとすることは、人のものまでかき集めてしまうことになって、ものには豊かになっても餓鬼、畜生道をゆくような寂しさに覆われてしまう。豊かになっても、気分がすっきりしないことも多い。袋小路に入ってしまったようなお先真っ暗なときには転依・てんねと言ってチャンネルを変えること、気分転換をすることで、趣味、ドライブ、ショッピングなど、精神的ストレスから自分を解放してあげることも大切なことだろう。今のとらわれから離れて別のとらわれをつくることも生きるための智慧だろう。全く違うものにもどこかに共通する、通じるものが有って、掘り下げてみれば大きなヒントを得ることができる。闇にいても発想の転換から光が観えてくる。暗い心が明るくなってくる。闇は光と共に消えてしまうものだろう。どんな行き詰まりにも解決の道が有って、転依することからはっきりと観えてくることも多い。一つ一つ確実に対応してゆくことから、人の理解を得られて、認められ、信頼されるようになったときに、自分の生きる道が鮮明に観えてくるだろう。お金さえあれば何でも買える、何でもできると思う心が闇を深くしてしまうのだろう。自分で這い上がれない穴を掘らないように心掛けることも人の道だろう。 2017年7月25日 琢
2017年07月25日
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始めの一歩が大切で間違えたから終わりではなく気が付いたところから始まるその心を起こした時から現実、事態は変わっていなくても発心しないときとは違っているどんな道の途上に在っても改変の発心から成就の道は始まる自分と現実は願いと意志によるもので良い方に向けて未来を拓くことができる諦めず、放棄せず未熟の正当化をしないことどんなこともやってみなければどんなものかが分からず、見たり、聞いたりした知識より、やって得た体験が身に付いたときに単なる知識が智慧に変わってゆく。智慧は応用の効くもので、他の救いや助けにも使うことができる。やってみること、一歩を踏み出すことが大切だろう。始めの一歩が間違いだったからすべてが終わりでなく、気が付いた時片始まってゆく。そういう心、意思をもった時から、その時点で現実や事態が変わるものではないが、発心したときには、発心の前とは変わった自分がいる。どんな道の途上でも改変の意志をもった時から成就の道が始まる。自分と現実は願いとその意志で、発心次第で良い方に向かってゆく。発心はそれ以前とは違う自分に成ることで、未来もそこから拓いてゆくことになる。絶対に諦めないこと、放棄しないこと、自分の未熟を正当化して逃げないことが必須条件だろう。どんな障碍や試練にも簡単に諦めてしまうかどうかの自分を試されていると思っておく方が良いだろう。他のせいにして責任転嫁をすれば、逃げたことで、現実は何も変えることができないだろう。 20017年7月24日 琢
2017年07月24日
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成功への選択選択肢は無数に有って選択筋が一本しかないと思うから迷いが生じる今立っている地点で先を思えば自力では一本しかないと感じるが信頼できる他力が有れば良き縁になって大志に向かってそれを知るものの助力の恩恵がはたらくそう信じれば正道はどの基盤にも有るもの未来や運命は変えられる心一つでどんな歩みもできる自分に自信がもてずに、ああでもない、こうでもないと、踏み出した一歩が間違っていないかといつも不安で迷い、葛藤の連続を重ねている人が多い。人間には夢と希望は必要なものだが、そこに向かおうとすれば選択肢が幾つも有って、その一個を決めかねてしまう場合が多い。成功への選択は無数に有って、選択筋が1本しかないと思うから迷いが生じてしまう。今の自分の能力だけで勝負しようとすれば、自分の愚かさや無力を知るほど紙一重の選択をしなければすべてが水泡に帰してしまうと感じてしまうと思い込む。愚かさや無力を知るから他の良き縁、協力、助力を求めるもので、一人ではできないことも良き縁と共に、因の転換をして響働することで成功を勝ち取ることができる。信頼できる他力が有れば、力を合わせることで掲げた大志に向かって挑戦することができて、そこには仕組まれたような恩恵も有って、歓喜の歓びを得ることができる。そう信じることができれば、どんな常識、環境、生い立ち、育ちの基盤でも正道から外れていないことを知ることになる。生きる道に絶対的な正しさは無く、どんなところからでも頂上、頂点を求めることができる。運や未来は自分で引き寄せられるもので、自分の心一つで、投げ出したり、諦めたりしなければ、悔いの無い歩みができる。どの道筋にもそこに自分の歩みが見つけられる。 2017年7月23日 琢
2017年07月23日
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取り越し苦労、妄想、錯覚はエスカレートして心を曇らせる信じ切ること願ったことは実現できるが願わないことは阻止できる警戒心、注意事項は視野の内心眼で観て騙されないように障害や試練に背を向けず至らないところは修正浄化する認めて受容し赦す心で懐を深くする信頼が恩恵を引き寄せる感謝、反省、敬意を怠らないことこの世のすべてが信じられなくなったとき、人は生きてゆけない。何も信じようとしなければ、すべてが恐ろしいものに変わってしまう。無知は闇を深くしてしまうから勉強して学び、方法的懐疑【知らないもの、初めてのものを一応疑ってみること】を体験して解消してゆく。何でも信じようとする心が前向きにしてくれる。学んだことは実践、体験して身に付けてゆくことで、いつしか自分を守る、他の助けになる智慧に転じてゆく。知らないことは恐ろしいものがいつまでも消えてゆかないもので、心配性になれば、取り越し苦労、妄想、錯覚を起こして、心の不安感がエスカレートしてゆく。表情は曇ってすべてが否定的に観えてしまう。人の願いは放棄したり、諦めたりしなければ実現可能なことばかりだが、願わないことを阻止することもできる。警戒心、注意事項が有れば慎重になって、末路が観えるようになる。未知のものを心眼で洞察することができるようになれば、恐れることが少なくなり、気力も充実してきて障碍や試練に背を向けることが少なくなってゆく。結果を観て至らない原因を見つけて、その修正浄化をすることで進歩してゆく。信じることから認めて受容すること、赦す心で人間としての奥行きを広く、深くすることができる。信頼が恩恵を引き寄せるもので、途上では常に感謝、反省、敬意を怠らないことが大切だろう。 2017年7月22日 琢
2017年07月22日
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考えてみれば解かること言わなければ分からないこと気が付かないことが多い痛い経験が教えてくれるもの常識によって違いが有るもの思いやり、気くばりが適切な答えを出してくれるかけた情けに気が付かなければ恩着せずに水に流し受けた恩にだけは感謝して忘れないこと人のぬくもりに救われれば報恩の愛で応える人としての歩みはその積み重ねから進化してゆく良いことや人に親切にしたこと、助けたことは、よく覚えているものだが、してもらった方はすぐに忘れてしまう場合が多く、やってやったのにとか、貸しが有るつもりでいることが、自分を小さくしてゆき、それにとらわれれば自分の値打ちを下げてゆく。人はそれほど恩に感じていないもので、むしろ自分にもそういう失礼が有ってなならないと戒めておく必要が有る。この世には考えてみれば解かること、言わなければ分かってもらえないこととか、気が付かないことが多い。自分が痛い経験に遭って教えてもらえることが多い。人それぞれの常識の違いで受け止め方も違う。無私、利他の誠心で思いやり、気くばりをすることで、他人が歓べば、自分も役に立ったことが嬉しくてもっとしてあげたくなる。思い方についてはあげると言うより、して差し上げると言うことの方が良い。善光寺の石碑のように、かけたなさけはみずにながせ 受けた恩は石に刻め の心構えが素晴らしい。愛は代償を求めないものだが、情けも菩提心からのもので、かけたものは忘れず、受けたものは忘れてしまっている場合が多く、恩着せのようなとらわれを水に流す方が良い。受けた恩は決して忘れないこと。感謝して深く心に刻んでおくことが大切なことだろう。人のぬくもりに救われた思いを忘れることなく、その報恩を愛で応えることで、人としての歩みは、そういうことの積み重ねから進化してゆくのだろう。 2017年7月21日 琢
2017年07月21日
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人として観れば日本の良さが分かる大和魂の良さも分かる衣食住の文化に表れやさしさ、親切、人の良さ、品格は国民性として危急のときも行儀が良く思いやり、気くばりができる無私、利他の誠心は察する言葉や態度に表れ心の中には天と神仏が同居してその理性が身を正している勇気と愛と忍耐力は共生するものの救いになっている人それぞれに何かの役を果たしているもので、自分では気が付いていないことが多い。この世に無駄なものは一つも無いと言うが、その全部が無くてはならないものだろう。体は心で使うもの、心の内は眼に見えないものだが、体を通して表われるもの、文明の発達も初めはその発想から始まっている。唯物的になって眼に見えないものをおろそかにした結果は、今の社会現象に現れている。心が現れるのがこの現象界で、古来からの流れの元を観れば、日本と言う国の良さが分かる。その大和魂の良さも観えてくる。衣食住の文化に表れて、その民族性は、やさしさ、親切、人の良さと品格に現れている。戦後はジャップ、ジャップと蔑まれていたが、今では世界中に認められている。危急のときも行儀が良く、思いやりや気配りが有って、その無私、利他の誠心は察する文化の国民性として、洞察する言葉や態度にはっきり表れている。心の中には天と神仏が同居して、その理性で身を正している。その勇気と愛と忍耐力は天下一品で、共生するものの救いになっている。心を整えて調和させ、身を正して生活してゆくうちに神足・神通がついてきて、魂が観えるようになる。心眼が開けば、表皮の印象や常識にとらわれることなく、見た目の事実だけで判断せず、その事実がなぜ起きたかの原因、因縁を観て、その自業、カルマの分別ができるようになる。それが洞察力になっている。救済はそこから始まってゆく。 2017年7月20日 琢
2017年07月20日
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躾によって言葉の使い方、姿勢が異なる感情の起伏は口調に現れ基本の大切さを思わせる控えめな姿勢は自分の都合を抑え相手の側に立って失礼の無いようにその心掛けは観れば分かるいくら知識が豊富でもその使い方は人間性に現れ格上げにも格下げにもなる親や社会の躾の大切さが地域性や国民性を高めている倫理、道徳の大切さを思ういくらお金をもっていて物質的に豊かでも、品性が無ければ、期待はずれが多く、お金さえあれば何でも買えると思っている人は、いつかそれが誤りであったことに気付くときが来る。人は目的によって動いているが、物欲のために動く人はお金や名声のある人に集まってゆく。人気があるほど人にちやほやされ、それが自分の実力だと錯覚し始めて、その間違いで失意のどん底に落ちてゆく人も多い。親の教育の大切さを思う。ちゃんと躾ができていれば、言葉遣いや姿勢に現れるもので、感情の起伏も口調に現れてしまうが、人間性を問われるところで、親や地域の躾の良さが現れてくる。それが国民性になっている。何でも言えることだが、基本の大切さ、控えめな姿勢は自分の都合や欲望を抑え、相手の側に立ってものを考えることが、他の助け、救いになるもので、その心掛けは観れば分かる。いくら物が豊かでも知識が豊富でも、その使い方によって人間性が出てしまう。そこが人間としての分岐点になり、格上げにも格下げにもなっている。ちゃんとした躾の下で生きていれば、そこには良き地域性、良き国民性がにじみ出ているもので、倫理、道徳の高さが覗える。子供の境域、躾の大切さを特に考えさせられるときが来ているように思う。 2017年7月19日 琢
2017年07月19日
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些細なことでも話し方一つで面白くなるユーモアと笑いは警戒心をときほぐし困っていることや悩んでいることも聞く姿勢一つで発見、気付きを得ることも有る人の語りには多くのヒントが有って倣うことも選択の一つになる気分転換には人との交友から因の転換ができて歳と共に気付くことが多くなる理解して認めあうことで良き縁と共に花開くときが来るどんなことも信じることからその一歩が踏み出せる。確たる信念を持つことから方向性が決まって来れば、一歩踏み出すこと、その勇気をもつこと、挑戦することの経験を積み重ねることから発見、気付きを得て、それまでに至れなかった境地に立つことができる。経験に無駄なものは一つも無く、学習すること、それを実践することから、体験することで転識得智ができて、応用することで人の助けになることが多くなる。業・カルマも無にはできないがユーモアに変えてゆけば、他の参考になることができる。どんな些細なことでも話し方一つで面白くなり、ユーモアと笑いで警戒心をときほぐし、困っていることや悩んでいることも、聴く姿勢一つで、何かを発見できて気付きを得ることが多い。人の語りには多くのヒントが有って、倣うことも選択の一つになっている。転依・てんねの大切さ、気分転換には人との交友からも発想の転換ができて、新たな発見を得ることもできる。自分の常識の砕きもできて、歳と共に気付くことも多くなってゆく。人を理解して認め合うことから信頼関係が構築されて、良き縁と共に、念ずれば花開く時を得る。 2017年7月18日 琢
2017年07月18日
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交友での会話で意見交換をして相手の考え方、思い方を知る自己正当化をせず客観的中道の立場で対応する出来てもいない正論を押し付けず自慢話は極力避けて素直な心で接すること決して意地を張らないこと感情的にならず末路を考慮して敬意と共に良きアドバイスをする教えていただく姿勢を崩さず明るい笑顔で話して理解して、認め、感謝の言葉で話せばそこで互いの歓びを見つけ出すことができる集団に入って感じることは、自分はいてもいなくても良い存在だと言うこと。自分の居場所がないと感じて引いてしまいそうになる弱い自分がいる。そんな時にやさしい笑顔に出遭えば、やさしい言葉をかけられれば、人のぬくもりを感じてしまう。縁は必ず有るもので、自分に合った人を選択して挨拶の次に会話が始まる。親しくなるほど交友に広がりが出てきて、自分がいても良い場になってゆく。交友での話から意見交換をして、相手の考え方や思い方を知ることができる。そこで必要なのが協調性、多様性で、自分としては自己正当化をしないこと。できるだけ客観的に、中道の立場でいることが大切で、できてもいない正論を押し付けないこと。自慢話を避けて素直な心で接すること。決して意地を張らないこと、感情的にならないことが基本になる。自分の都合を優先すれば、相手が観えなくなってゆく。対立しそうになれば、先ず末路を考えてみること。常に感謝を忘れずに互いの良き因縁側での交友に努めること。教えていただく謙虚な姿勢で、明るい笑顔で話をすれば、共に理解し合い、認め合って、誉める言葉、感謝の言葉が多くなってゆく。人は交友から進化してゆくもので、自分一人では開花できないことが理解できるようになってゆく。 2017年7月17日 琢
2017年07月17日
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人前で話すときは仲間にしか分からない言葉を使わずやさしい表現で内容は簡潔に明るい笑顔で批判的、否定的言葉を避け反感や誤解の無いように前向きな姿勢を崩さないこと場の空気を見ながら語る一方的にならないように聞く側がついてきているか自分の言葉で用意した下書きを読むのでなく真心が伝わるように話すこと説得力はそこに現れる言葉の大切さ、伝えること、その意味が解るように、正しい言葉、綺麗な言葉、誉める言葉、感謝の言葉で語ることで、場の雰囲気が良くなり、相手の心に響くこと。八正道【正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定】に有るように、言葉を正しく使うことが人との交流には必須のことになる。常識の違いにも配慮しながら、秘密用語を使わず、やさしい言葉で話すこと。内容は簡潔に、明るい笑顔で、批判的、否定的な言葉を使わないように話すことは簡単なようで難しいもの。前向きな姿勢を崩さず、場の空気を見ながら語ることが望ましい。一方的にならず、聞く側がちゃんとついてきているかを確かめながら、自分の言葉で語ること。用意した下書きを読むのでなく、真心が伝わるように話すこと。無私、利他の誠心で語ること。説得力はそこに現れている。日頃から努めて自分を整えて来ても、口から出る言葉に品が無く、相手の気分を害する話し方をすれば、せっかく開こうとしている道も閉ざされてしまう。深化して高度になるほど八正道の自己チェックが必要になって来るだろう。 2017年7月16日 琢
2017年07月16日
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常識の違いは条件、制約の違いが有ってその元では受け継がれてきた歴史がある理論武装はその信念からだが理解できて味の在るものでも一般的には通用しないものが有る人それぞれには止むに止まれぬ正しさが有るが神仏の領域から観れば矛盾が有ってその理屈に振り回されず中道の正しい見方をもつ必要が有る否定することなく、赦す心が大切で受容する分別を必要とする広い視野で大局をつかんでおくこと常識には正反対に近いものが有って、相容れない部分を感じる場合も多く、集団では生まれ育ちの違う常識をもったものがたくさんいる。摩擦が起きやすく対立を起こしやすいが、世が世であればその反対の地に生まれていたかも知れないと思えが受容して理解と認識を深めておくことができるのが人間の智慧だろう。太陽が差別なく遍く照らしていることを思えば、自分もそのような照らしができればと日々を重ねてゆくのが人生とも言える。常識の違いを学びに生まれてきたとも言えるが、違う条件、制約が有っても、生きる権利は平等に有るもので、互いに敬意が必要になるだろう。その地その地の風土が有って、行事や祭りにはそれぞれの懐かしい思い出が有り、人の生きる道には有っていいものだと思う。理解できても一般的には通用しないものも有る。それぞれには消すことのできない歴史が有って、人は理屈で生きているわけでなく、受け止めてその中でどう生きるかが問題だろう。集団の中では中道の正しい見方をもっておく必要が有るが、この世に絶対的な正しさは無く、平均的な、人間として、良心に従えば神仏がほほ笑んでくれると信じることをしてゆくしかない。自分だけが正しいと思うことなく、すべてを受け入れること。そのためには赦す心が必要になってくる。成熟するには、すべての違いを受容する分別をもっておくことが大切になる。視野を広くとって柔軟な歩みをすることが求められる。それが多様性だろう。 2017年7月15日 琢
2017年07月15日
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外に出れば空気、景色、居心地だけでなく自分の好みを探している出会う人の選別好まざる出来事、事態、人を避け痛い目に遭わないように本能的な部分に影響され不用意なスキをつくらず身を正して対応する経験と感性に従って縁の選択をしている与えられた縁は自分の因を深化させ念ずれば花開くようになっている生まれたときは、ゼロから始めることになっていて、過去の転生の意識は、忘却、喪失、無知の状態から、生い立ち、育ちの影響を強く受けた常識を条件として、その枠の中で生きることになっている。外に出れば、空気、景色、居心地の良い場所だけでなく、自分の好みのものを探している。出会う人の選別、好まざる人、出来事、事態を避けて痛い目に遭わないように歩んでいる。それぞれが観えない心の垣根をつくりながら、被害を受けないように警戒心と共に歩んでいる。本能的に不用意なスキをつくらないように、今の幸せが消えてしまわないように、信用できるものにしか心を開かない、いつも危機感を戒めと共に崩さないようにしている。すべてが心の安定のために、隙を作らず、身を正してカオスへの対応をしている。自分の経験と感性に従って縁の選択をしながら、与えられた縁によって自分の因を深化させながら、自分が願う花を咲かせる、自分を開花させる日々の積み重ねをしている。自然の摂理に従えば、そこには原因と結果の法則が有り、因縁果報の必然が有ること、慣性の法則が有ることを知り、誤った信念を正し、既成概念や固定観念を打ち砕いて、責任転嫁をせず、やっと殻を破って、一皮剥けた自分に成ろうとしている。 2017年7月14日 琢
2017年07月14日
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過去のミスから自分のよく侵すミスを知り注意事項の確認をすること動的ミス、判断ミス、誤認のミスミスの傾向を知ること何も考えず確認不足のミスを無くす日々の心掛けが絶望的ミスを未然に防ぐ惰性、良くない慣性、悪い癖業・カルマの傾向を見極める理想、理性の青写真から外れるもの心掛け次第で願いの成就の運を拓くことができるやってできないことはない一念発起と言うが、何か強い願いに向けて決意するとき、魂に正しく受け止めた念が有っても、業・カルマは消せないもので、願いにブレーキになるものを背負っているのが人間だろう。戦後は何もないところからみんなが一斉に走り始めたときは、何でも一番を目指したものだが、成長してみれば、専門分野ごとに分担が始まって、べストライフからベターライフに変わってきている。オンリーワンと言う言葉がはやり出し、個性派の時代に成っている。よく考えてみれば、ベターライフと言うのは切りがないもので、より良い方に変えてゆくもの、良いものが出るたびにチェンジしてゆく生き方で、それがとめどなく続いてゆく生き方だろう。自己管理が必要で、過去のミスから自分の業・カルマを知っておくこと。摩擦を起こす材料の修正浄化をしておくこと。動的なミス、判断ミス、誤認のミスなど、四苦八苦を余計な苦にしてしまうことの予防をすること。自戒して日頃の努力を積み重ねながら、絶望的ミスを未然に防ぐこと。惰性、良くない慣性、悪癖を止めること。本心と理想、理性の青写真から外れるものを空の状態にして顕示させないことを肝に銘じておくこと。その準備が先の成就の運を拓くことになる。絶対は無くても、悔いの残らない、未練の残らない生き方は、やってできないことはないと思うことから始まる。 2017年7月13日 琢
2017年07月13日
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人の基盤は生い立ち、育ちによるが躾によって輝きを増す血筋によって美しさは異なるが心の在り方で外見が左右されるどんなに外見が良くても心が醜ければ人相が悪く常識の違いに壁を感じても心の在り方に共通点を見い出せば仲良くなれる類は友を呼ぶと言うが同類に親しみを感じその縁が和を結び何か同じ目的に響働すれば絆が生まれてくるこの世にはいろんな種類の人間が共存している。種類によってそれぞれの常識が有り、相容れないものも有って摩擦の元にもなっている。許容範囲を幅広くとること、赦す心を育むことで別の視点から見れば学ぶことが多く、ぬくもりや恩恵を与えてくれる時には、感謝の気持ちや親しみを感じて、共や同志、仲間として良き縁が結ばれて、交友と共に開花への道を歩み出すことができる。人には基盤が有って、生い立ちや育ちの影響が強く、躾によって輝きを増す。血筋によってその美しさは異なるが、心の在り方で外見の良さが左右される。どんなにいいものでも心が醜ければ人相が悪くなって、オーラが暗くなってゆく。常識の違いに壁を感じても、心の在り方に共通点を見い出せば仲良くなれる。類は友を呼ぶと言うが、同じ種類に親しみを感じるもので、似たような生活水準には抵抗が少なく、良き縁を結ぶことが多い。良き縁と共に自己改革に励めば、自分を整えて開花することができる。そこに信頼関係が構築されて、何か同じ目的に響働することで絆が深く結ばれ、本心からの願いを叶えることができるようになる。赦す心が有れば、病を患うことも少なくなってゆく。病は気からと言うが、すべての病の遠因は、怒り、怨み、憎しみからくる心が元になっている。 2017年7月12日 琢
2017年07月12日
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備えあれば憂い無し準備の有無は結果でわかる不安が硬直させて台無しにならないように自分を信じること結果が至らない部分を教えてくれる何ごとにも動じず力を発揮できる状態になる六方の見渡しはかたよらず、こだわらず、とらわれずひろく ひろく もっとひろくカオスは何処からくるか分からない油断なく自然体で丹田に重心を落としておけば幸運もついてくる恩恵に感謝を忘れないこと恩恵に気付かないことが多く、水や空気は有って当たり前、家族は信じ合って当たり前、部下は従って当たり前、情けをかければ裏切りが無くて当たり前、などと、多くの恩恵を当たり前と思っている人が多い。一言ありがとう、ごめんなさいが言えれば、もっと明るくなれるものをそれが言えない人も多い。心のゆとりは恩恵からくる場合が多く、当たり前と思わずに感謝して、恩恵が仕組まれるように準備を重ねて、日々その努力を積み上げるのが人生だと言ってもいいだろう。備えあれば患いなしで、準備の有無は結果を観れば分かる。不安がブレーキになっている場合が多いが、不安を埋めるのも準備の内だろう。何ごとにも動じず、力を発揮できる状態になっていること。カオスはどこからやって来るか分からず、六方【前後、左右、上下】への見渡しに油断は禁物だろう。先入観、常識の違い、既成概念や固定観念も打ち砕くときも必要だろう。丹田に重心を落とした状態になれば、度胸が定まって来る。得た知識は何度も使って身に付けておけば、体感に入って体で覚えていて、それが智慧になれば、身を助けて先を拓く応用ができるようになる。他人のために使えば一隅を照らせるように成れる。準備を怠らないように努めること。怠惰に栄光なしだろう。 2017年7月11日 琢
2017年07月11日
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カオスへは心して対応することいい加減で粗末で不誠実な対応には相応の答えが返って来る現実を見れば自分の対応の報が有るその自分と現実から逃げないこと感謝、反省、敬意を忘れないこと過去の四苦八苦に学んで原因の修正浄化を怠らず先で何度も同じ苦を味わうことなく現れた障碍や試練を超えること過去は戻せず、未来の糧にして自分をより神聖に整えること消極姿勢から積極姿勢へ泣き言を言わないこといつも人のせいにして自分を改めずに愚痴をこぼしていれば、何度も同じ失敗を繰り返して、終いには自信を失って元気を無くしてしまう。責任転嫁は、自分に与えられた現実に責任をとることなく、ただ回避して自己保存をすること、他にその責をとらそうとするずるいやり方で、挫折の一途をたどることになってしまう。カオスへの対応は、いい加減で粗末な、不誠実な対応をしないこと、その報いは必ず自分に返って来る。自業自得の現実から逃げないこと。感謝、反省、敬意を心掛けて、変えようのない固形化した過去の原因を放置せずに、ちゃんと正面を見て受け止め、その原因を正しておくこと。恵まれた恩恵には感謝して、過去の四苦八苦に学んでその原因の修正浄化をしておくことで、自分を整えることになる。与えられた障碍や試練を偶然と思わず、その必然を思えば、そうなるだけの修正事項が自分に有ることが解かってくる。過去は戻せず、未来の糧にして、世界と調和できる自分に整えておくことで、無私、利他の誠心を貫くことから好転反応が出てくる。逆風から順風へ。暗運力から明運力へ。前向きに成って何ごとも積極的に対応すること、泣き言を言わずに、いつも今を明るく機嫌良く生きていれば、必ず幸運に恵まれて、報恩のゆとりのある深化した自分に成っている。真念一貫 不逃避 忘己利他 一隅を照らす真理を求め、逃げることなく、他人のための、光となれそれが自利、利他の道になる 2017年7月10日 琢
2017年07月10日
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有るものは無くならず有るがまま、有りのままで良い心の中の神仏に問えば理解と分別ができて広い視野に立てば空気が読める感情の動きと共に心を乱すことなく無にしようとすればとらわれから逃れられず苦に学ぼうとすればただ素直になって過去の原因の修正浄化ができる浩然の気で心は平穏になる乱れに乱れた心は、冷静な判断ができず、たくさんの失敗の原因をつくり出す。未熟を想えば自分を最も低い人間だと自覚しながら、素直に謙虚になって学ぶこと。誰にも業・カルマは有るもので、それが四苦八苦を引き寄せて、障碍や試練の原因をつくり出すが、超えるたびにランクアップができてゆく。有るものは無くならず、無くそうと思えばとらわれに苦を味わうことになる。有るがまま、有りのままでよく、心の中の神仏に問えば、素直になれて理解と分別ができるようになる。広い視野に立てば空気が読めるようになって、感情の動きと共に心を乱すことが解かってくる。心の中には光と闇が有るが、その分別ができれば、無理に無を装うことなく、有るがままの自分でも持戒が有れば、判断を間違えることはない。神仏はどこかで見ているし、見る人が観ればそのすべてを見逃すことはない。心は表情に現れている。苦に学ぼうとすれば、ただ素直になって、自己検証をすることで、過去の苦の原因が観えてきて、その修正をすることで、自分を整えてゆくことができる。求める心境は浩然の気で、宇宙大自然と一体化する心境になること、そこにはのびのびと安らかな自分が在るだろう。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろくこれが般若心経 空のこころなり 奈良薬師寺 高田好胤 2017年7月9日 琢
2017年07月09日
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心を中道に保てばかたよりが少なく対応に摩擦が少ない他の常識を知れば調和を心掛け受容すれば理解し合えて認め合える自然体に偏りが無く正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定八正道での観自在いつも自戒して歩むことで心は次第に整ってきて選択に迷うことが無くなってゆくかたより、こだわり、とらわれがあれば、疑問が多くいつも円環的思考で結論の出ない思考を繰り返しながら、迷いや葛藤を積み重ねてどう生きればいいのかが分からず、手探りの道を歩んでいる。でんと構えて堂々と歩きたいと思っていても、未熟さ故の失敗を重ねて自分に自信を持てない。末路も考えずに感情の動きを止められず、自分で這い上がることのできない穴を掘っている。平静なら有り得ないことでも、理性を失えば信じられない行動をしてしまうのが人間だろう。自分を客観的に見ることができず、感情のままに繰り返す失敗の原因が業・カルマだと分かっていてもやめられない。中道を保つことができずに道を歪めて、四苦八苦の苦の傷口を広げてしまう。摩擦の原因は自分が多く、自分の常識を正当化するから平行線になってしまう。人の心はそれぞれで、生い立ち育ちの影響でその常識は全部違っている。それを知るために生まれてきたとも言える。他の常識を受け入れて、赦す心を育んで、理解して認めることで、交友に和が生まれれば、信頼関係も構築されて、互いに良き因縁側の縁になり合えて絆が深く結ばれてゆく。誰かの役に立って喜ばせることが嬉しくて、そこに自分の本心からの歓びが有ったことを知ることで、自分はそのために生かされていると思えるようになってゆく。観自在で自分の在り方を観ることで、どれだけ生きたかより、どう生きたかが重要だと思うように成れる。 2017年7月8日 琢
2017年07月08日
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未然防止の注意事項は一般的傾向と自分の傾向が有る失敗は誰にでも有るがその原因はそれぞれ違うもので自分を知らなければ適切な対応ができない絶望は体験したものにしか分からず病は心の大失敗によるものその共有は成ったものかその知識で推察するものかでその癒やし方が違う四苦八苦の体験で苦の切実さを知ることその対処の大変さを知ることで愛・菩提心の有るものが救いになる察することの大切さ、これは想像力が有るもの、その知識が有るもの、体験したことが有るもので、その思いやりや気配りの仕方が違う。日本人には古来からの文化の中に、言わないことを美徳とすることが遺伝子のように、どの地に育っても心の奥底に流れている。常識の違いが有っても、最悪のことの未然防止の注意事項は、一般的傾向と自分だけの傾向がある。失敗は誰にも有るもので、それを糧にして成功が有る。その原因を知らなければ、その修正浄化ができず、適切な対応ができずに同じ失敗を繰り返してしまう。絶望は体験したものにしか分からない。病は気からと言うが、心の大失敗が原因になっている場合が多い。人の苦しみ我が苦しみ、人の歓び我が歓びとその分かち合いができるのは大慈大悲の心からで、その共有は成ったものと知った上で推察するものとで、その癒やし方や歓び方が違う。それぞれが四苦八苦の体験から苦の切実さを知るほど察して良き因縁側での関わりから、更なる和を結ぶことになる。すべての言動の根底に愛・菩提心が流れているものが、救いになり恩恵になっている。それに感謝するものは報恩の心でやさしさを手向けられる人種になってゆく。その地の歴史にはそういう遺伝子が流れている。 2017年7月7日 琢
2017年07月07日
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生命の維持に足らないものは無いが人の欲を充たすものは無い待っていても整わず自分でやらなければならないことが多い便利なものは人の都合で人間だけのために有るのでなく共生すると言うことは補い合うと言うこと合わせれば大きな力になる自分の無力を思うとき自分の愚かさに気付かされる何かに助けられ、救われることが多く感謝が無ければ闇が迫り報恩が無ければ孤立するこの世に生きると言うことは自然の摂理に生かされていると言うこと。『梵』は宇宙の根本原理で、『浩然の気』は宇宙大自然と一体化する心境、のびのびと安らかな心境のこと。人が求めたいのはこういう心境で、何ものにも侵されず、いつも明るく機嫌良く生きていると言う不動の状態だが、この忍土ではすべてが欲・煩悩のために思い通りにならない、四苦八苦が必然の世で、補い合わなければ歩くことさえ難しい。生命の維持に足らないものは無いが、人の煩悩のすべてを充たすものは無く、待っていても整わず、自分でやらなければならないことが多い。大自然は人間だけに有るものでなく、共生すると言うことは、補い合うと言うことだろう。どんなちっぽけなものにも意味が有り、無駄なものは一つも無い。合わせれば大きな力になり、自分一人だけのわがままは通らず、自分の無力、非力を思えば、分相応や足るを知るために、自分の愚かさに気付かされる。いつも何かに助けられ、救われることが多く、かといって頼っても思い通りにならない忍土では、感謝が無ければ闇はすぐそこまで近付いてくる世で、報恩が無ければたちまち孤立してしまうのがこの忍土だろう。生きとし生けるものは補い合いながら生かされている。 2017年7月6日 琢
2017年07月06日
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洞察力と眼力の大切さ見抜く力が運命を分けるときがある先天的なもの、霊的なものと訓練と努力の積み重ねで身に付けて体幹に入ったものが有る丹田に重心を置いて動揺しない度胸を定め自然体のときに体幹に有るものが適切に対応する托身するときに幸運の救いも有る気付いたことはやってみること自分のものにしておけばいつか使えるときが来る練習なしに成就できるものは無い誰かに守ってもらうことばかりを考えず、自分で自分を守る気持ちが大切だろう。そのために勉強しているし、実験したりしながら使ってみること。実践しなければ体験することも無く、単なる知識だけで消えていってしまう。自分で使える智慧の大切さ・転識得智の大切さ。見抜く力・洞察力が運命を分けるときがある。表層【表皮、印象、自分だけの常識、事実だけ】だけでカオスを見るのでなく、深層【原因、因縁、自業、カルマ】をよく観ること。洞察力には霊的なもの、先天的なものと訓練と努力を積み重ねた後天的なものがある。何度も練習をすることで身に付いたものは体幹に入っている。同時にクンバハカ法で丹田に重心を落とすことで、動揺しない自分に成ること、度胸を定めることで、自然体のときに体幹に有るものが適切な対応をしてくれる。あれやこれやとただ心配することなく、運を天に任せるくらいの托身をすることで、幸運に恵まれて身を救うことにもなる。願ったこと、気が付いたことはその時から取り組むこと。いつ使うか分からないものも自分のものにしておけば、ちゃんと発揮するときが来ることを信じること。練習なしに成就するものは一つも無いだろう。 2017年7月5日 琢
2017年07月05日
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何千と言う被災がどこかに有っても自分がそこにいなければ自分は守られ、救われると信じている人が多いもし今大地震が来ればどうなるんだと言う恐怖感が走ってしまう危急のときの選択そこで生死が分かれるとき自分は助かると信じ切れるか危機感だけは頭から消えることはない生きようと思う人はその準備に努め成り行きの人は何もしないその差は本当の現実に接するとき悔いの有無が結果として残る明日生きている保証は誰にも与えられていない。この忍土では何の保証もないが、そこに歩む者にとって自分を信じることでしか生きられず、心の安定にはただ祈ることしかできない。信仰の有無でその生き方に差が出てくる。何千と言う大災害がどこかに有っても、自分がそこにいなければ、安易な心で自分は守られ、救われていると、自分に限ってそういう目には遭わないと信じている人が多い。もし、今、大きな地震に見舞われている最中なら、どうなるんだろうと言う不安感、恐怖感に覆われてしまうだろう。その中で自分にできること、危急のときの選択で生死の別れがやって来る。その切迫感は体験した人でなければ分からない。危機感、恐怖感だけは頭から離れることはない。相手の身になれる人は大悲の心で被災地に祈りを捧げるだろう。どうにかしたいと思う人は相応の準備に努めるが、成り行きの人は何もしないだろう。その差は本当の現実に接するときに、悔いの有無、執着の有無が結果に残っている。唯物的、刹那的、利己的に生きる人は、自分だけ生き残ればいいと思うかも知れない。カオスが過去形、結晶化する前に対応すべきことが有ることを知る人は、、また違う生き方をするだろう。 2017年7月4日 琢
2017年07月04日
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同じ人、場所、もの、事でも日々変化していて以前の受け止めとは違ってくる自分の心境も変わっていて点で見ても幅で見ても同じものは一つも無い慣れが有って経験と共に動揺が少なくなる好奇心が少なくなり心が動かなくなる洞察力に深みが出るが感動が少なくなって不動と共に鈍感になってゆく油断することも多く常に新鮮さを求めるようになる迫ってくるカオスは自分に都合の良いものばかりでないことは、歩むほど思い通りにならないことばかりで、いつも危機感をもって対処しなければ、安心できないものばかりと思っておく方が不覚をとることが少ない。洞察力が必要で、表層【表皮、印象、常識、事実】だけを見て深層【原因、因縁、自業、カルマ】を観なければ、不適切な対応しかできなくなる。同じ人、場所、もの、事でも、変わってゆくもの、一期一会のもので、以前のものとは違う。こんなことが続くなら死んだほうがましだと思うことも、慣れればそれほどでもなくなってゆく。慣れることはいいことだが、同じものだと思っていることも、変化しているものと思えば、全く違うものに成っていることも多い。慣れは好奇心を減退させるもので、感じない部分を多くしてしまう。洞察力は心眼が開いたように、観察力に深みを増してゆくのはいいことだが、感動が少なくなって、不動に近くなるほど物事に鈍感になってゆく。油断大敵と言うが、覚者になるほど面白味が少なくなって、初心を忘れてしまうことも多く、常に新鮮さを求めるようになる。菩薩に近付いたと思えば、思い上がりも甚だしく、常に謙虚さと素直であること、その心を失わないことが道を味わい深いものにする。 2017年7月3日 琢
2017年07月03日
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人に与えられた縁はその時代、その地、その一族としての条件を背負って生まれてくるそこに有る制約に従い心・魂の赴く路線を歩むそれは偶然のようで必然のことで魂はその根拠になっている運勢を見れば苦が必然の場でもそれを背負うようになっている運が良くない場、苦が必然の場であってもそれを背負うようになっている障害や試練を超える覚悟と自分を深化させる必然の場として正面で受け止めて魂の修復と成長のために使命を果たすための縁ととらえて魂の赴く道を歩んでいる人はその時代、その地、その一族の条件と制約を背負って生まれてくる。物質的には不平等な生い立ち、育ちの影響を受けながら、その常識の中で自分の道を見つけ出そうと手探りの歩みをしている。心の趣の奥には魂が有って、その根拠になっている。魂の願いが有って、その中に潜在する意識には前世からの課題も忍土の自覚・わきまえのすべてが入っている。人に与えられる縁は、心の趣くところ、歩みの途上に与えられるもので、あらゆる出会い、出来事、事態への遭遇も、ある意味では天に仕組まれたもの、必然的なものと言える。心の奥の魂がそれを選んで生まれてきたとも言える。運勢を見れば、苦が必然の場でもそれを背負う自分の意志の選択が有る。良くない芽が出たときに人はそれを自業自得と言う。運の良くない場、行ってはいけない場でも、そこで与えられる障碍や試練を超えて、強靭な精神力を培いながら、進化の道をたどってゆく。傍から見れば、自分からわざわざ苦の道を選んでいるかのように思うが、魂の修復と成長のために、逃げることなく正面で受け止めながら、その願いを果たすための縁ととらえて、悔いの無い道を歩んでゆく。それが人の一転生だろう。 2017年7月2日 琢
2017年07月02日
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投げかけの言葉はテーマの提供で人々の心を一局に集中させるざわついた心をまとめ多くの議論の場をつくる過去を参考に現在の状態を見て未来を定めようとするどんな結果が生まれるか分からないカオスその対応は議論を交わすことで方向性が出てくるすべて善意のもので人それぞれの常識の違いを超えて心一つに結束して響働するために常識が違えば、どんな考え方をしているかが分からず、自分の考え方をどう受け止められているかが観えて来ない。それぞれ自分の常識が正しいと思っていれば、意見がまとまらず、何を考えているかが分からなければ、信頼ができない。信じられないところでは不安がつきもので、全く違う答えが出ないようにするには意見交換が必要になる。投げかけの言葉が必要で、テーマを提供することで、人々の心を一局に集中させることができる。ざわついた心をまとめ、そのために多くの議論の場をつくることは大切な調和を生み出すことになる。過去の事例を参考に、現在の状態を見て、未来に向かおうとする良き同志となるために、それぞれの心の趣を知ることが重要なことで、観えないものに怯えることの無い状態に向けて、自分の心を整える大切な場になる。観自在は、自分の在り方を観ること。どんな結果が生まれるか分からないカオスへの対応は、議論を交わすことで場がよく読めるようになって、適切なものであること。一貫した心で歩むための方向性が観えてくる。すべて善意からのもので、人それぞれの常識の違いを理解し、認め合って最善の方策を見つけ出すことは人間にしかできないことだろう。心一つに響働するところに、信頼関係が構築され、和が生まれれば深い絆が結ばれてゆく。 2017年7月1日 琢
2017年07月01日
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