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歩みには山あり谷ありで上りは心臓を使い下りは足腰に負担がかかる鍛錬を積むことで逞しくなり心を前向きにするほど良い休憩が必要だが過ぎれば方向性が無くなってゆく遊びは必要だが遊行が過ぎれば意志が弱くなる分相応を知り、足るを知ることかけた情けは水に流し受けた恩は石に刻む感謝、反省、敬意を忘れず報恩に向かうことそこで観えて来るものが有る悪いことをすればその報いが自分に返って来る・自業自得、この世は心で行うことが自分に返ってくるもので、今の現実に不満が有れば過去の行いの報いということになる。因縁果報の世界だが因縁の無いところに果報は生まれず、現象化したものはすべて自分に原因が有る。その原因を正さなければ過ちを何度も繰り返すことになる。運命は変えられるということは自分の心・因を変えれば良き縁と共に好転作用がはたらき始めて望む運が与えられることになる。迫害は自分を一方的な被害者だと思わせるが自分が迫害を受けても仕方がない原因をつくっていると反省して自己改善をすることが大切になる。自分の心・因とその行い・業のチェックをして自己管理に努めることで望む現実が与えられるようになる。すべて人のせいに出来ないもので、自分が関わったことの責を負うことで他に信頼されるようになってゆく。常に前を向いて歩んでゆくことだろう。法外な欲を慎むこと・分相応、足るを知ること、善意の恩着せや押し付けをしないことで感謝、反省、敬意の心掛けで進むことだろう。 2026年5月31日 琢
2026年05月31日
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人生の途上には楽しいこと、苦しいこと、悲しいこと四苦八苦が有る出会い、出来事、事態を受けて明るく生きるか、暗く生きるかは自分の心次第楽しいことを求めて苦を超えてゆく障碍や試練は自己改善の呼びかけで苦の体験で耐え忍ぶことから体験で身に付ける智慧、気付きが有る深い闇も光で照らせば消えてゆく無知ゆえの闇は学ぶこと未熟ゆえの闇は体験して超えること智慧が未来を明るくしてゆく歩みの途上に必要なものは愛に包まれていること、守りや救いの恩恵が有ること、それに感謝していることだろう。その元で認め合い、理解し合い、譲り合い、赦し合いで敬意を以て関わり合うことだろう。そこに自分は無く、他の為に尽くす菩提心が有る。仮我から善我を育んで真我を求めてゆけば、魂の意識に潜在するものを思い出すことが出来てゆく。無になることで不動の心になれて穏やかな心に成ってゆける。菩提心は慈悲慈愛の心・愛で他に歓びを与えることに自分の歓びを感じるもので、他の為に尽くしているときの心は安定している。祈りは天・神仏に通じてゆくもので信仰は心の安定のために有るのだろう。宗教はそこに導くための方法を教えるもので、自分に合ったものを選択することになる。人の心は生い立ち育ちの先祖からのもの、地域のもの、時代からのもので千差万別の条件制約の影響を受けた基盤・常識の違いが有る。心の領域を広く深くしておく必要が有る。 2026年5月30日 琢
2026年05月30日
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煩悩は心を乱すもの自分も人をも煩わせるもの無にすることはできないが抑制して克服すること己に負けないことで他に迷惑を掛けなくなる自己管理に努めて願いを掘り進めて障碍や試練を超えた先に自信を持てるようになる誰もが出遭う四苦八苦と共に感情の抑制に努め動く感情を抑えることで平穏な心を保つことで悔いの無い歩みが出来てくる何をすればいいのかがわからず、どの道を行けばいいのかが見えて来ず、手探りの歩みには煩悩、カルマが心を乱す材料になってくる。もやもやした心が良くない発想をして不安、恐怖感を膨らませてゆくことになる。心にある欲界のものを滅する努力を重ねて自分の甘さに負けないように克己に努めることで心を乱さなくなれば穏やかな心になって来るだろう。平穏な心は冷静な判断が出来るもので、過去の失敗の原因を正しながら自分を整えてゆくことで、守られ救われて生かされている自分に気が付くようになってゆく。人の心の温もりを感じて感謝できるように成れば、その好意に報いようとする心が芽生えて来るだろう。助力、協力、譲り合い、認め合い、理解し合うことで赦す心を育めば和が広がって互いに敬意で接するようになってゆく。他の為に尽くすことで役に立つ自分に成れば自信が湧き出して、人の歓びが自分の歓びに成ってゆく。その段階に至れば為すべきことが観えてきて分岐点での選択の間違いは無くなってゆくだろう。 2026年5月29日 琢
2026年05月29日
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自分との闘いの連続でその甘さに負けないこと楽な方に行かないこと煩悩、カルマを抑制する同じ過ちを繰り返さないこと怒らず憎まず怨まずに感情の抑制に努めて穏やかな心を求め心の領域を広くしておくこと赦す心で和を広げておくこと自分を信じ、人を信じて前を向いて歩んでゆく障碍や試練は自分を整える為の呼びかけととらえて耐え忍んで超えること迷いや妄想に負けず恐れずに克己に努めて強い意志で明るくゆたかな心で場に臨むことだろう歩みの途上には多くの通過点が待っているが自分に負けて逃げ出さず放棄せずに、すべては自分を整える為のもので試練を超えてゆくことだろう。四苦八苦【生老病死、愛別離苦、求不得苦、五蘊盛苦、怨憎会苦】は誰もが超えてゆく宿命にある。耐え忍ぶことから精神力を強靭にして体験することで身に付ける智慧で未来を開いてゆくことが人の道なのだろう。智慧の共有、共鳴、共振で自分一人の力だけではできないことを達成してゆくことが宿命に成っているのだろう。他の助力や協力に感謝するほど更なる恩恵に恵まれて助けられ、救われて生かされているのが人間なのだろう。心は、かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻むつもりで人としての道を歩んでゆくことになる。後進には報恩の心、菩提心で尽くすことで順送りに奉仕することで徳積みをすることになる。悟りへの道は六波羅蜜の、布施、持戒、精進、忍辱、禅定、智慧・般若の心掛けの実践で至る自分に成ることだろう。 2026年5月28日 琢
2026年05月28日
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第一印象に刻まれたもの分別して選択する心に張られたレッテルは人を断じたもので変えることは難しい人は日々進化向上するもので一点を観て決めつけない方が良い常識の違いを受け入れて心の領域を広げひろい視野で配慮すること好き嫌いの見方の影響が強く進化の過程では間口はひろく赦す心で奥は深く良き縁との関わりが開花の方向に連れてゆく恵まれた恩恵に感謝して粗末な対応をしないことだろう見識の甘さが道を歪めてゆくことになることが多い。解釈の違いが誤解の場合には平行線に成って相容れることが無く、意地を張ることから道を歪めてしまうことも多い。良き因縁側の出会いを拒否することで開かない蕾になることも多い。第一印象で決まることが多く、自分としては身だしなみを整えて、こわもての表情をしないように心掛け、使う言葉は丁寧で相手の身になって考えるよう心掛けていれば悪いレッテルを貼られることは無い。表層は外見だが育ちが観えてしまうことが多く、偏見が無いように努めて、思いやり、気配りが出来るように努める必要が有る。外見がすべてではないが誤解されないような心掛けが必要だろう。見えるものだけを信いる人が多く、見えないところは交友と共に深層が観えて来ることになるもので、人として重要な判断基準になることが多い。外見だけでなく中身を整えておく必要が有るだろう。 2026年5月27日 琢
2026年05月27日
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感動から夢を描けばその具現化の目標を立てて多くの障碍や試練を超えて専門分野を掘り進めて行くその取り組みは尊いもので意味深いものたとえ選択に間違いが有っても無駄にはならない人との交流から良き縁に恵まれることで開花に近くなってゆく赦す心と話は大切なものでその都度開けた引き出しを報告と感謝と共に閉めてゆく開けっぱなし、頼みっぱなしで一つの終戦報告を怠れば身勝手な都合だけの人間として誰にも相手にされなくなってゆく人には目的意識が必要で描いた夢の具現化に取り組むことから多くのことを学ぶことになる。強い意志を持つこと、願いを強く念じることで日頃の努力でその方向に歩んでゆくことから、立てた誓いの遂行から成就を引き寄せることが出来てゆく。思ったことは実現するということを念じて目的に向かってゆくことで、放棄せずに諦めないことから遂には歓喜の瞬間を迎えることが出来るようになる。人生はそこで終わりではなく、たとえ失敗から絶望の瞬間が有っても、そこで終わることは無く、次の光に向かって歩むことが出来るようになる。すべては魂願成就の通過点の一つで、一段上ればその上が観えて来るだろう。その先の世界に向かって歩んでゆくことになる。完結は生きている内に達成することは無いだろう。一歩一歩進んでゆくことが宿命に成っているのが人生なのかもしれない。 2026年5月26日 琢
2026年05月26日
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学校で学ぶことは六根【眼、耳、鼻、舌、身、意】で何を感じるか自分の向き不向き、好みどんな分野が有るか感動、夢や希望を抱くときどの分野の道を行くか専門分野を掘り進めて魂願を探し出すこと何の為に生まれてきたのか自分が何ものかを知るために分別して選択をする正解はどの分野にも有るもので大志を目的に描いてその具現化の為に研究して道の選択をするどの道を選ぼうと意味が有るもので体験して身に付けた智慧が未来を拓くことになる学校では多くの学科を学びながら自分の進む道を見つけ出すこと、その為の多くの分野が有ることを学ぶことになる。人には向き不向きや好みが有って、どの分野で感じるかは個人差が有る。生い立ちや育ちが大きな影響に成っているが、自分を知ることで歩むべき道を選択することになる。みんな我が道を行こうとするが周りの理解と協力が必要になるもので、自分だけ好きなように進むことが出来ずに、何ごとも思い通りにならないこと、周りへの配慮が必要になる。助け合いや譲り合いが必要になってくるもので、早く達成したくなっても、自分だけの都合優先は許されない。どの道を選ぼうとその条件制約が基本に成っていることを知ること、自分の無力、愚かさを自覚することで周りと協調することを学ぶことになる。わずらわしいことが多い中でいかに目的意識を忘れることなく前を向いて歩むことで魂願成就を求めて歩むことになる。 2026年5月25日 琢
2026年05月25日
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話も行為も自分のペースに引き込めばやりやすく心地が良いが長く続くことはないワンパターンになるほど受け入れられなくなってゆく話を飛躍しすぎれば信頼性が保てなくなって相手にされなくなって孤立することになる相手の身になって話すことで認め合い、理解し合えて敬意を以て受けられる孤立は恐ろしいもので家族や周りの支えが無ければ廃人の様になってしまう誰でも自分の思い通りに運びたいと思うものだが共生社会では自分一人では生きてゆけず、周りの了解が無ければ前に進めなくなってゆく。共有することが大切で、自分のことだけを優先すれば孤立してゆくことになる。思い通りに出来ないのがこの忍土の世で独りよがりは嫌われてしまう。自分の愚かさを自覚して周りの理解を求めてゆけば暮らしやすくなって協調性や多様性が有るほど問題を起こすことが少なくなってゆく。心の領域をひろくすること、常識の違いを受け入れること、相手の身になって考えることから自己中が無くなって和が広がってゆく。赦す心を育んでひろい視野で配慮することから期待され、それに応えることから役に立つ自分に成ってゆく。そこに自分の居場所が出来て他の為に尽くすことから手ごたえを感じられる自分に成ってゆけるのだろう。自我我欲を捨てることから道が拓けてくることになる。話は飛躍させずにどれだけ無私、利他の誠心になるかが歩むべき道になってゆく。 2026年5月24日 琢
2026年05月24日
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新たな始まりに思うこと世情は世情、自然環境に従ってどうにもならないことは考えず神仏に托身して魂願の実現に向かうどんなことにも動じず揺ぎ無い信念と共に今観えていることをする我が道を信じて自分の甘さに負けずに他に歓びを与えることそこに本心・魂の歓びが有る二見【勝ち負け、損得、優劣】にとらわれずに為すべきことをする赦す心を培って和を広げてゆく今を明るく機嫌よく行けるところまで行こう一期一会 人事をお尽くして天命を待つ 克己 浩然の気 この世に臨場して自分を整えてゆくためのテーマと掲げてきた言葉がこれだった。多くの障碍や試練を超えてある程度の満足感が、今、心には有る。多くの通過点を超えてきた自分だったが、思い起こせば自分の力だけでは来れなかった道、多くの恩恵に恵まれて今生かされていることに感謝する自分がいるが、波乱万丈、これでもかの試練は多くの病に10回以上救われて4回のがんを超えさせていただけたこと自体が自分の力だけではなかったように思う。自分だけの為に生きられず、他の為に生かされてきた自分がいる。自分の系図を観てもこれだけの病を超えたものはいない。なんという宿命かと思ってしまうが、そこに自分らしさが少しは有ったような気がしている。自分に与えられた条件制約がこれだったのかと思うしかないが、まだまだ自分は救われている方だと思えるようになっている。それもこれも自分は試されてきたのかも知れない。同じ時を行くなら、今を明るく機嫌よく、行けるところまで行こうぜと言いたい自分がいる。 20236年5月23日 琢
2026年05月23日
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その時は必ずやって来る直前は断末魔の苦でも超えれば平静が来る葬儀は重苦しい雰囲気だが超えた魂には賞賛を送りたい厳かな儀式にも悔いの無い綺麗な表情には歪みが全くなくお疲れさまでしたと言いたい誰でも綺麗な死に顔でありたいと願う返ってゆく顔は爽やかで在りたい今からでも身を正そうと思う身体は朽ち果てても魂は生きている周りの心にも残っているたくさんの記憶を刻んでおきたいと志を鮮明にしてくれる葬儀の時にはいつも思うことだろう大人に成るほど慶弔金が多くなってゆくもので予算を組んでおく必要が有る。生老病死は誰もが通る道で、生まれれば必ず死ぬ時が来る。年齢を重ねる度に死を意識することになってその準備に入るが、生命力が強いほど厳しい苦が伴うことになっている。どう生きるかの円環的思考にも死の心の準備をするようになってゆく。病気も超える度にその過程の先には誰もが断末魔の苦を超えることになっている。通夜、葬式にはいつも思うことだが、棺の窓を開けてそのお顔を拝むが歪みが無ければホッとするもので、自分もそう有りたいと願っている。葬儀は厳かな重苦しい儀式だが、遺骨を遺して霊魂は返ってゆくことになるが、どういう生き方をしたのかが気になってしまう。断末魔の先には痛みや苦は無くなっているというがその超える瞬間を思えば全うすべき宿命を背負っているのだと思ってしまう。穏やかな死に顔には賞賛を贈りたいと思ってしまう。年齢と共にそういう思考が多くなってゆくのだろう。 2026年5月22日 琢
2026年05月22日
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迫るカオスには心と体で対応する感じ、受け止め、考え、行為その反応が自分に返って来て必然の現実が与えられる心の動きは変えられるもので良くない反応の原因を考えて心を変えれば行為が変わる修正して自分を整えれば望む現実が与えられる心が運命を変えてゆくもので因と縁が望む果報を生み出してゆく煩悩、カルマ、感情の抑制で感じ、受け止め、考え方を変えて行為を変えれば運命を変えてゆくことが出来る仏教には止観が有って、返ってきた反応を観て、感じ、受け止め、考え、行為のどの部分にその原因があったかを考えて自己の修正をすることで望む反応を必然のものにすることが出来るようになる。運命は変えられるということはそういうことになる。因縁有るところに果報が生まれる、火の無いところに煙は立たない。原因を考えてみればすべての果報に偶然は無く、全部必然のものだったことが解るだろう。感謝、反省、敬意で歩む途上では果報を観て自己改善をすることで自分を整えてゆくことになる。止観で回顧反省をしてみればどこにその原因が有ったかが観えて来る。人の心と過去は変えられないが、その原因を正すことで未来を変えることはできる。自分を変えることで運命を変えることが出来るということだろう。人のせいにしてその原因を正さなければ、いつまでも同じことを繰り返すことになる。釈明、言い訳、自己正当化の繰り返しが悪因悪果の繰り返しになってゆく。その責を素直に受けて謙虚な自分に成って相手の身になって考えることから好転反応が始まってゆくのだろう。 2026年5月21日 琢
2026年05月21日
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自己顕示欲 自我我欲 自己保存で同族の殺し合いをする動物はしないが人はする常識の違いのすべてを受け入れられず自分の理想が正しいとは限らず与えられた条件制約の下でつい我を出してしまう摩擦を起こさないように自己の修正浄化をして無私、利他の誠心で中道を行くこと我欲を出せば信頼は崩れて障碍や試練が多くなる善我を育んで他に尽くすことで役に立つ人間になってゆく誰にも夢や希望が有るもので、それを目的に歩んでゆくが自分だけの都合優先が摩擦の元になることが多く、助力、協力、譲り合いが摩擦を少なくすることになる。必要なことは多様性と協調性が有ることで、心の領域を広げ、ひろい視野に立って配慮することが望ましい。全体を収めようとすれば大局的見地に立って判断することが求められる。見渡している人は少ないもので自分のことだけで精一杯なのだろう。相手の立場に立って考えることが出来るように成れば、素直で謙虚な自分に成れるもので、自分を無にして他に尽くすことで他に歓びを与えて、そこに本心からの満足を得ることになる。人に与えられた使命は無無私、利他の誠心で一隅を照らすことに有るのだろう。困ったときはお互いさまで他の為に尽くす心になれば、その歓びの顔を観ることがうれしくなって、もっとして差し上げたくなってゆくのが人情だろう。決して人のせいにして保身をしないことだろう。 2026年5月20日 琢
2026年05月20日
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発散すること積もり積もって溜まったもの圧迫感に覆われるとき転依、気分転換の工夫煩悩、カルマ、感情の抑制ブレーキと前向きな気力の充実溜まったものを吐き出すこと身体の代謝を良くして完全燃焼に努めて不要なものを排泄することで心と体の艶を出すこと心にストレスを貯めないこと心の領域を広げてひろい視野で配慮することバランスを保っておくこと暴走族や不満分子が爆音で周りに迷惑をかけること、火山の爆発は地下のマグマが溜まり溜まって噴出すようなもので、些細なことも心に溜め込まないことが重要だろう。おできから膿・うみ・白血球の死体を出すように、抗体を良くして自律的にバランスを良くすること、その為には余計なストレスを貯めないことだろう。自然治癒力を増しておくこと、心のバランスを良くしておくことの為に煩悩、カルマ、感情の抑制に努めて自分を乱さないことだろう。錯乱、停滞には調和と活性が必要で、痛みや苦しみには癒しが救済になる。大本には愛が有って菩提心・慈悲慈愛の心が救済に当たってゆくように、すべて自律的に自然体でも働いている心臓や臓器のように、いつも満足な心を保っておくこと、代謝を良くして不要なものを排泄しておくことが求められている。溜めないで発散することが必要なときが有るだろう。 2026年5月19日 琢
2026年05月19日
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どんな時、どんな処、どんな生い立ちでも絶対的正しさは無い分岐点で何を選択しようと意味が有ることだが間違いとは言い切れないその責は自分に返って来るが自業自得に学ぶことは多い悪因悪果は結果論で偶然ととらえるか必然ととらえるか自分の因縁を変えれば好結果が与えられるどの人生を歩もうが一転生一条件で体験して身に付けた智慧が意識に刻まれるもので協調性、多様性が求められている完全、完璧な人間はいないだろう争えば負け、対立すれば身をひき、勝ち組に入りたくても賢くなるほど負け組にとどまってしまう。二見【勝ち負け、損得、優劣、プラスマイナスなど】のとらわれが道を歪めることになってしまう。自己正当化で思い通りに歩むことで、何の反省や修正もせずに責任逃れで自己改善が無ければ孤立して負け組に残されてしまうだろう。時と共にすべてが変化している諸行無常の世界では時と共に自分を変えてゆくしか流れに乗ることはできない。流れに乗るか吹き溜まりに停滞するか、その選択は自分次第で、間違いも体験して身に付けた智慧が正しい選択をさせることになる。すべてそこに至る過程が問題で観えるものだけの獲得が勝ち組とは言えないだろう。見えないものからすべてが始まってゆくことを知れば見えるものしか信じない生き方はできなくなるだろう。一瞬の満足を得られてもすべての時の満足を得ることはできないだろう。 2026年5月18日 琢
2026年05月18日
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”浩然の気”は孟子の言葉で宇宙大自然と一体化する心境のびのびと安らかな心境求めるは穏やかな心宇宙とは、自然とは、人間とは、生命とは一転生一条件は与えられたものそこでどう生きるかが問題で自然の摂理を考えてみればそのすべてに意味が有る学び、実践、転回、智慧一回生起の人生潜在意識を思い出す旅円環的思考を繰り返して得るもの出会い、出来事、事態の必然四苦八苦の通過点で身に付ける智慧大器晩成、良い手相だけど死ぬなよと大学の合宿の帰りの汽車で言われたことがいまだに気になっている。父の会社の倒産劇、独立した自分の会社の倒産と自己破産、その後は病で10回も救われて、そのうちガン4回を超えてきたことを思えば、まだ生かされている自分、あの時の言葉はそういうことを見抜いて言ってくれた言葉だったのかと思う。自分は幸運だと思う一方で唯物的実績は一つも無かったこと、ボランテイア活動だけはやった記憶が残っている。EXPO70のときに日本のフォークソング「戦争を知らない子供たち」に関わったこと、インドに井戸を寄付したこと、今は千里天神社で古沢巌氏のバイオリン奉納コンサート・世界平和へ一石などエルサレムと連携しながら中村宮司さんと共振して奉仕をしている。すべてが感謝しかないが、至らない自分が生かされてきている意味を今考えている。音楽や芸術には国境が無く、だれもが癒されることを通して人としての願いの実現に向けて為すべきことが観えてきているように感じている。 2026年5月17日 琢
2026年05月17日
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今この瞬間を無駄に過ごすな一寸先は闇だと今をエンジョイせずして末路を迎えるな先は何が待っているかわからない収穫は今しかない何ごとにも動じることなく揺ぎ無い中心軸と共に変化への対応をする身に付けた智慧を共有して前を向いて歩んでゆく今まだ生かされている内に自分に出来ることをすること何もせずに身に付くものは無い今を信じて可能性を追えば収穫はここに有るだろういつするかを迷うことなく自然体で居れば今しかないことが分かってくるだろう。円環的思考を重ねながらタイミングを待っていても、その時がいつかが見えて来ないだろう。この世に無駄な瞬間は無く一期一会を思えば、この瞬間を大切にせずしていつを大切にするのか。一寸先は闇だというが、本当に次は闇に包まれるかわからない、待っていてもその時がいつかが分からない。気力を充実させて今のタイミングを外さないことだろう。待って、待ってつかめたものは有っただろうか、生涯でこれしかないことに出遭ったことが有っただろうか。自問自答してもそれはいつも今しかないのだろう。今を大切に生きなくていつを大切に生きるのか。今自分に出来ることをすることからすべてが始まってゆく。今収穫せずしていつ収穫できるのかを思えば、すべてが今この瞬間なのだろう。 2026年5月16日 琢
2026年05月16日
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終活を描くように成ればどんな死に方をしたいか念じたことは叶うがその為の努力を怠らないことものごとには順序と準備が有る向かう先の願いを立てなければ浮草のように流される願いに向かえば障碍や試練は必然のものでその原因を正しておくことで必ず光が観えて来る成就にはその先が有って放棄せず、諦めないことだろう願いが有れば障碍や試練は偶然ではなく、そこに至るまでに必要な自己改善が呼びかけになる。自分を整えておくことで成就は必然のものになってゆく。常に心に念じたこと、定に入ったこと、身に付けた智慧が未来を開いてゆくことになる。思ったことは実現するもので、思えばその方向に向かって試練を超えてゆき、歓喜の瞬間を味わうことになるが、そこで終わりではなく、至った先にはもっと奥深い道が観えて来る。一生願う道を歩み続けることになるのだろう。これで終わりということは無く、上には上があるもので、途中で放棄したり諦めたりできないのが霊魂の行き先なのだろう。この世は三次元、次の世は四次元の幽界で五次元の霊界に行っても、まだ先の九次元・神界には程遠いということだろう。霊魂は永遠の修業を積むことになっているのだろう。 2026年5月15日 琢
2026年05月15日
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主観で観るときは思い込みのかたよりが多く他と違う見方のときが有る行為の間違いが多く自分鏡に映しながら自己改善に努めて自分を整えてゆく表層と深層を洞察して光と闇の分別をすることかたよりの間違いを正して適切な対応をすることで未来の報を変えてゆくことで本心・魂の願いを成就できる大因 中果 再起因 大果願いに向かう途上では自己改善で自分を整えながら途中経過を観て方向の修正をすることで、まだ探し求め、思い出そうとする潜在意識に気付き始めて自分が為すべきことの自覚が出来てゆくようになる。本心・魂からの本当の歓びを知ることで、ああこういうことだったのかのああ体験を積み上げて、自分に出来ることを他に尽くすことに努めることから、自分が何ものか、どんな使命を持って生まれてきたのかが観えて来るだろう。人の役に立つことのうれしさから自信が湧いてくれば、その自分を使って人に歓びを与えることが本当の満足に繋がっていることに気が付くだろう。人の歓び我が歓び、人の苦しみ我が苦しみと思う心境に達することは体験することで身に付けた智慧を以てでしか解らないだろう。単なる知識だけでは至れない心境が有る。多くの苦の体験が自分を発見することになってゆく。今為すべきことが観えて来るだろう。 2026年5月14日 琢
2026年05月14日
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心を整えて身体を使って行為するそこに魂の願いが有るが自分の常識の正当化が出来ず多くの常識の違いを受け入れて心の領域をひろくするひろい視野での配慮は無私、利他の誠心で押しつけや恩着せをせず代償を求めない他の迷いや苦しみ、歓びを共有し善我を育んで真我に至る道を模索するその良き縁になるとき無上の歓びを感じる魂には願いが潜在していてそれを充たすときに満足を得る自分はその道を歩もうと思う行為は心の表れでその反応は自分に返ってきて、それが与えられた現実になってゆく。現実は常に至らない部分が多く、願いに沿って自分を整えてゆく必要が有る。過去の因を知らんと欲さば現在の果を観よ、未来の報を知らんと欲さば現在の業を観よ。心が現象を生み出すもので、望まない現象にはその原因を正して自分を変えてゆく。周りを変えようとするのは傲慢で、与えられた現実を変えたければ自分を変えるしかないだろう。それぞれの魂には願いが有ってその具現化に向かってゆくが、助力、協力、譲る心が必要になる。常識の違いを受け入れることで赦す心が芽生えて心の領域が広くなり、ひろい視野で配慮することで摩擦を起こさなくなってゆく。自分本位の思い通り、都合優先が争いを増やすことになる。心、行為を変えれば与えられる現実が変わってゆき、好転反応が表われてくる。生活の智慧はそういうものだろう。 2026年5月13日 琢
2026年05月13日
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やってみなければ始まらないするを連ねる心挑戦してみれば思いもかけない収穫を得る付加価値も生まれて求めたものを得られなくても別の歓びを得ることが有るやらなければ得られないもの気付きは心の発見で何ごとにも動じなくなる体験しなければ身に付かない智慧知らなかった気付きを得る思ったことは実現する念じて定に入れば成し遂げることが出来る後になって得る気付き、やる前には得られないものが有る。捕らぬ狸の皮算用、やる前から求めるものを得ることはできない。・・・たら、・・・ればは悔いが残ったときによく使うことになるが、後悔先に立たずで、すべてが言い訳になってしまう。ただ知っているだけでは身に付かないものが有る。知識は誰もが得られるものだが智慧は自分だけのもので自然体のときに有効に使うことが出来る。説得力が有るもので自分独自の智慧が道を拓いてゆくことになる。自信につながってゆくもので、挑戦や取り組む気力を引き出すものだろう。共有すればさらに大きな力になってゆく。良き縁に恵まれることから開花が始まってゆく。善我を育み菩提心で他に尽くすことから本当の魂・心の満足が得られるようになる。因縁が無いところに果報は生まれない。因縁を整えれば願う果報が得られるということだろう。 2026年5月12日 琢
2026年05月12日
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人は万物の霊長というが肉体舟に魂が乗ったもの霊魂不滅の法則が有る魂には意識の蔵が有ってすべての記憶が刻み込まれているどう生きるかは意識に潜在しているもので魂は心の根拠になっている本心の赴きは魂から来ているもので心の安定を求めて信仰が有る心が念じたものは定に身に付けた智慧が自助になる意識は八識まで有って六根・六識の顕在意識と七識のマナ、八識のアラヤの潜在意識が有る潜在意識を思い出す旅が人生で忘却、喪失、無知のゼロから歩き始めて歳と共にそれを思い出してゆく唯識は玄奘三蔵【西遊記の三蔵法師で有名】がお釈迦さんの歩んだ道を求めて天竺・西の果てまで旅をしながら3300の経典を持ち帰って魂に潜在する意識のことを説いたという。長安は今の西安のことで興教寺に持ち帰ったとされている。「不東」・ふとうと言って東に戻らないという決意で天竺・今のバングラデイッシュに行ったとされている。マナ識は強い意志、希望、アラヤ識は勝解したもの・自覚・念じたもので途上の通過点のすべてが刻まれているという。すべてを忘れているために自分が何もので何の為に生まれてきたかの記憶を思い出す旅ということになる。仮我から始めて善我を育み、人の役に立つ歓びを知ること、使命の自覚を思い出すこと、今生で積み上げた記憶も潜在することになる。作意、触、受、想、思で思考して欲界のものと勝解したものとの分別で念、定、慧に入る智慧が自助に成ってゆく。違和感が有るときは魂願が違うときで選択も間違いを修正して道のゆがみを正し試ながら成就の道を行くことになる。奈良薬師寺の松久保秀胤最長老が唯識の講演を続けている。師は仏足席の大家でもあり、高田好胤師と共に橋本凝胤師の相弟子として知られている。 2026年5月11日 琢
2026年05月11日
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心の友は良いときだけでなく悪いときも関わってくれて共に苦境に立ち向かう因縁側での関わりが心の花を咲かす縁になる歓びを共有し助け合って試練を超えてゆく感謝し合い、敬意と共に咲いた花を誉めてくれる互いの役に立つことがうれしくて鏡に映して語り合う自分の都合を優先せずに無私、利他の誠心で関わっている決して見捨てたりはしない開化の歓喜を共にしてくれる危険なところでも友の為なら無意識に飛び込んでゆく。そこに損得勘定は無く、優位を保とうとすることも無い。常に共感しながら相手の立ち位置に立って考えている。自分だけを前に出そうとせずにいつも一緒に歩んでゆく。友情は愛の一部で命をかけることになっても逃げだしたりしない。相手に尽くすことで段位を上げれば心から歓びを共有してくれる。友とはそういうもので自分だけが徳を得ようとせずに相手の徳を歓んでくれる。遠く離れていても心は同じことを考えている。以心伝心で伝わっていて疑うことをしない。語り合って共感することに大きな喜びを感じている。相手に尽くすことがうれしくて、その歓びの顔を見ることに満足を感じてゆく。合理性や損得勘定で判断することをしない深い絆で結ばれているのが友なのだろう。ともに泣き、共に笑い合って快苦を共有することが出来る魂の友、良き因縁側での縁が友なのだろう。 2026年5月10日 琢
2026年05月10日
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通過点での反省は自分が通用しないとき至らない部分が有るとき求められていないとき主旨が違うとき拒否や失敗が有ったときどんなときにも通用できるように学び、実践、体験と反省、修復と共に自分を整えておくことから認められ、理解され、信頼されて求められ、役に立てる自分になる他の歓びの顔はうれしいものでそれが自分の歓びに成っているそれが生き甲斐と感じている何か物足りないと感じているときは自分だけの都合を優先した時、自己正当化で抑え込んだときで自分さえよければ他人はどうでもいいという行動をとったとき、相手の気持ちを察した時に自分はいけないことをしていると思うことが多い。それは人としての原点に戻ったときに反省することになる。一所懸命になるほど周りが観えなくなっていることが多く、相手に譲らせ、遠慮させて自分だけいい目に遭おうとしていることに気付くからだろう。誰にも至らない部分が有るもので助け合い、補い合い、譲り合いで相手の気持ちになってみることが出来るようになることが必要だろう。その為に修正浄化して自分を整えておく必要が有るのだろう。身勝手なことばかりを重ねれば人相が悪くなってゆき、人が遠ざかってゆくことで孤独に成ってしまう。人の歓び我が歓び、人の苦しみ我が苦しみで察して役に立てる自分に成りたいと思う。無私、利他の誠心になればそこに自分の使命を感じるように成れる。生き甲斐はそこに有るのだろう。 2026年5月9日 琢
2026年05月09日
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自分に負けないこと甘さに流されないことこの世で一番怖いものは自分快感だけを原則とせず与えられる試練は苦が多いが至る為に必要だから自己改善の呼びかけとして前向きに超えてゆくこと超えた先に身に付くものが有る体験したものは体幹に入って自然体で使える智慧になる智慧は未来を拓くもので共有すれば大きな力に変わる何ごとにも動じず揺ぎ無い信念に成ってゆく不動心になれば迷い、葛藤、克己が出来て不安、恐怖感、マイナス思考は消えてゆく選択の間違いは道を歪めることになる違和感は魂願とは違う選択の時でどの道を行こうと無駄にはならないが自分に負けないことから余計な苦を味わうことなく明るく前向きな心に成ってゆく克己の為の荒行をしなくても不動の心になることはできるいつも自分はダメな人間だと思ってしまう時は自分の甘さに負けているときが多く、その時は痛みや苦しみが倍増してパニックになることが多い。冷静な判断力が失せたときは自分でも記憶に残らない行為に走っていることが多い。誰もが迷うものだが、無知、未熟、経験不足が不安、恐怖感を増大させてゆくことが多い。原点に戻るときだが、冷静でない時の心は人としてどう在るべきかの判断ができなくなっているときが多い。克己が出来るように成れば迷いや葛藤が少なくなって選択の間違いも無くなってゆくだろう。求めるは不動心だが、多くの経験を積まなければその領域には至れないことが多い。どうにもならない時のおまじないが、祈りや真言で、不動明王の前で唱えることで心を落ち着かそうとすることになる。不動明王の真言は、なうまくさんまんだ ばざらだんせんだ まかろしゃだそわたや うんたらたかんまん、だが何の努力の積み重ねも無く真言だけでその領域に達することは少ないだろう。迷い、妄想、錯覚は至らない心が起こす在りもしない現実がさもすぐそこに来ているように思ってしまい、とり返しのつかない行為をしてしまうことを避けるために、自分の心を落ち着かせるために唱える真言だろう。 2026年5月8日 琢
2026年05月08日
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一期一会瞬時の遭遇を大切に生きる時と共に移り変わる状況に同じものは一つも無く体験は常に新しいもの一つも粗末に扱えない人は時と共に変化して人間関係も変わってゆく改善の上に改善が有り変わらなければ置いてゆかれる諸行無常はこの世の常で幸せも変化してゆくすべて偶然のようで偶然ではない変化にも意味が有りその意味を知ることで流れに沿うことが出来てゆく人の心境は常に変化しているもので時と共に流れも変わってゆく途上で、自分もその変化と共に変わってゆくことになる。身の周りに迫ってくるものも時と共に変化してゆく。この世の諸行無常は一瞬一瞬のことで同じ瞬間は一つも無く、一期一会で言うように出会い、出来事、事態も時と共に変化していること、その一瞬を無駄にしないことが重要なことだろう。粗末に扱うことで後になって大きな悔いになることが多い。時の流れに沿って自分を変えてゆくこと、吹き溜まりに留まることが無いように流れに沿って変わってゆくことで時代のニーズに応えることが出来るようになってゆく。自分を粗末にせずに自信を失わないように分相応の対応をすることが必須のことだろう。視野を広げて配慮を怠らず、無私、利他の誠心で前を向いて歩んでゆくことだろう。身に迫るすべてのことが自分にとっては必然のものと思って、どんな試練をも超えてゆくことだろう。その先に本当の満足感を得るときが来るだろう。 2026年5月7日 琢
2026年05月07日
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忍辱・にんにくは辱を耐え忍ぶこと失敗は誰にも有るもの上達はそれを超えたところに有り更にその上が有る辱を恐れて何もしなければ至る道を諦めたことになる何度も繰り返せば馬鹿と言われ相手にされなくなって期待もされなくなる何の役にも立てず何の為に生きているのかそれさえも見えなくなってゆく進化の過程には多くの通過点が有るが試練を超えた先に満足感が来る自分の甘さで耐え忍ぶことから逃げれば何の収穫も得られなくなってしまう試練は自分の至らない部分を正すために与えられるもので、格好が悪いからと逃げていては超えることを知らず、自己修正が出来なくなってゆく。障害や試練はいつも苦手なことばかりで、その部分を改めさせるために与えられる必然のものだろう。それを自己正当化して逃げてしまえば自己の深化向上を放棄したことになって、何の役にも立たない自分に成ってゆく。忍辱は耐え忍ぶことから得られる気付きが有って、試練を怖がって避けていれば自分に自信がつくことが無くなってずるい人間になってゆく。自分を騙すことが出来ず、自分をダメな人間と引きこもりになるしかなくなってしまう。すべて自分との闘いで自分の甘さに負けずに克己できなければ、守られ、救われている恩恵にも恵まれることが無くなってゆくだろう。生かされていることへの感謝と自覚が必要なのだろう。 2026年5月6日 琢
2026年05月06日
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感情の抑制頭に血が上れば正常な判断ができず余計な失敗をする末路を考えて冷静を取り戻し善意に解釈してみる怒らず 恨まず 憎まず客観的思考と共に適切な対応を心掛け同じ失敗を繰り替えさないこと経緯の原因を修正して自己の向上につなげる転依で気分転換に努めかたよらず こだわらず とらわれずひろく ひろく もっとひろく常日頃心掛けていることもすぐに忘れてしまうことが多く、持戒と心掛けは繰り返して念じておくことだろう。念ずれば花開くというが、心に念じることで日々の努力を重ねて善意に前向きに歩んでゆくことの積み重ねで願いを果たすことが出来てゆく。人間の一念岩をも通すというが心・魂に刻み込んだ願いは日頃の努力の積み重ねで成就する時が来るだろう。何でもできると信じて突き進んでゆくことで奇跡を興すことも夢ではなくなってゆく。大志を抱けというのは志は大きい方が良く、飽くなき努力の積み重ねが尊いものだということを実践することだろう。たとえ全部達成できなくても相応の高い位置に行くことが出来て来るからだろう。とらわれどころを変えてみる工夫が必要で気分転換で別のとらわれに転じることも必要なときが有るだろう。人との交流で常識の違いを受け入れて心の領域を広くとっておく努力も必要だろう。視野を広くして大局的観点を持つことも大切なことだろう。 2026年5月5日 琢
2026年05月05日
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光陰矢の如し時の経つのは早く人生ははかない夢のよう待つときは一日千秋の思い時敬の不思議を思う寝ているときは短くトンネル・闇は長い快苦だけで生きれば収穫は少なく苦から学ぶことは多い楽をすれば進歩は無く先に備えて時に尽くせば苦を超えた先に光が観えて来る同じ時を過ごすなら今を明るく機嫌よく行こう死は簡単に訪れることも多いが、死を卒業とすればなかなか卒業免除をもらえない人も多い。人それぞれに与えられた宿命なのかもしれない。人は何かに守られ、救いの恩恵に恵まれているもので生かされているかのように思うようになってゆく。あの時が無ければ、あの人に会っていなければどうなっていたかわからないというユニバース的な出会いや出来事が多いが、それは偶然のようで偶然と言えないものが多く、必然ととらえる方がその心構えが出来て、何の為にかを思えば自己改善の呼びかけだったということが多い。試練は呼びかけで超えてゆくしかなく、その先に深化成長した自分がいるのだろう。知識を実践体験して身に付けたものが智慧で共有することで可能性が大きくなってゆく。すべてが時とともに変化してゆくもので、それが諸行無常というのだろう。時の流れと共に自分を変えてゆくことで流れに乗ることが出来るのだろう。同じ時を過ごすなら、今を明るく機嫌よく行こうと思う。 2026年5月4日 琢
2026年05月04日
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歩みの途上には人との出会いが有る生い立ち育ちの違いでの常識の違いを知って受け入れることで心の領域が広くなる交友はその場その時のものと良き因縁側での縁から深化向上の付き合いが始まり身に付けた智慧の共有から共鳴、共振して赦す心を育みひろい視野への配慮が出来るようになる和と共に大きな力を得ることになる善我を育んで他に尽くすことで本心・魂からの歓びを知る悪しき縁の選択をすることも有るが転ばぬ先の杖として無駄にはならず持戒によって間違いが減ってゆく人は守られ救いの恩恵に恵まれて生かされていることに感謝すれば報恩に向かうようになりそこに使命の自覚が出来てくる生きていると思っていたことが恩恵に恵まれて感謝の念が湧き出してくることで生かされていることに気付くことになってゆく。助け合いや補い合いは救いの恩恵に恵まれることで心からの感謝が有ればもっとしてあげたくなるのが人情だろう。夢や希望の具現化のための歩みの途上では多くの出会い、出来事、事態に接することになるが、それを必然のものと気付けばその縁を生かすようになってゆく。深化向上、成長の元になるのが良き縁で、自分にとって必要なもの、偶然ではないものと思えば、障碍や試練も成長への呼びかけと思うことが出来てくる。成ったもの、超えてきたものにしかわからない体験で身に付けるものが未来への智慧に成ってゆく。その体験を生かして他に尽くすことで道が開けてくるのだろう。恩恵は与えられるものから与えるものになってゆくことで魂願を果たすことになってゆく。本当の満足が得られるようになるだろう。 2026年5月3日 琢
2026年05月03日
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心の表現は身体を使ってする体力の限界は自分が感じるもので弱点や至らなさは自信の無さに現れる無理だ、出来ないと思うことを準備無しにはできず修正と補強をすれば出来る自信が湧いてくる日々の努力の積み重ねから出来ることが増えてくる出来ない言い訳を考える前に挑戦する強い意志と気力と準備を整えてことに臨むことだろう勉強で知識だけ豊富にして口だけが達者な人が多いように感じるが、いつも史上の覚者の言動を自分のことのように語ることが多く、何を言いたいのかを思うことが多い。引用は必要なときが有るが体験して身に付いていないことや理屈だけのことには説得力が無く、自分の知識だけをひけらかせているように感じてしまう。やってみなければ分からないことが多く、単に知っているだけでは空虚な自分を感じることになる。ことわざや格言など重たい言葉はたくさん有るが、自分が体験して初めてその重たさを感じることになる。自分の心をどう表現するかは経験で身に付けた智慧が多くなるほど説得力が増してゆくのだろう。やったもの、成ったもの、超えてきたものにしかわからないことが多く、それが癒しや救済になる為には慈悲慈愛の菩提心が本心・魂願を充たしてくれることになる。超えるには常に気力の充実が必要だろう。その為に必要なことは自分に負けないことだろう。 2026年5月2日 琢
2026年05月02日
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信頼関係は疑惑と共に崩れる一つの言動で信用は失われ長い年月で築いたものも一瞬で崩壊する自分を信じ、人を信じ切ること何が起きても動じない心は失望しても許せる愛しかない愛は言葉だけでなく真念と共に揺ぎ無いもの菩提心がそれを行使する無私、利他の誠心で代償を求めないその愛は魂願からのもので心が不安定でも愛は違和感を起こさせない誰にも有るもの、必要なものは人生観と人間愛に包み込まれているもので、人としてどう在るべきかの原点は良心に従ったところに有る。どう歩もうとどの道を選択しようと根底に有るものは魂の意識の願いで、何も見えないところから観えるように成って来るもので、選択に違和感が有れば心の奥の魂が歓びを感じないときが多い。どの心も根底には愛に包まれているもので、自分を信じ、他を信じ切るところから確かな歩みが始まってゆく。四苦八苦に出遭う度に石橋を叩いて渡るようになってゆくが疑問を持つこと、それを解消することから安心して渡れるようになってゆくのだろう。何ごとにも動じることなく中心軸に揺るぎが無いもの、強い意志としなやかさ、明るさと持続性が心を安定的にさせる。信頼が前を向かせるもので、そこには愛が有るからだろう。菩提心が愛を行使する原動力になっていて、違和感を感じさせないものだろう。 2026年5月1日 琢
2026年05月01日
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