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誰にも長所と短所が有るそれを補い合うのが共生社会だろう人間愛と助け合い良き出会いの縁で深化成長が有る因は種でそのままでは芽を出さず良き縁と共に開花する始めの自分は仮我で善我を育むことで他の役に立つ自分に成ってゆく人には菩提心・慈悲慈愛の心が有って他に尽くして歓びを与えそれが自分の歓びになってゆく自分の関わりで好転すれば魂願を果たしたことになって生き甲斐を感じて為すべきことが観えて来る因縁果報は自然の摂理ですべてのものに意味が有り、相互に役立っていることに存在価値が生まれてゆく。因は心・魂で種になるものだが良き縁が無ければ開花することが出来ない。魂には転生で記憶した意識のすべてが潜在しているが、それを成長過程で思い出してゆくことになる。ゼロから歩み始める自分は仮我で、何の為に生まれ、どんな使命を持っているかが分からない仮我の自分から善我を育んで他との関わりで良き縁になることで補い合い、助け合いをすることで潜在する意識を思い出してゆくことになる。そういう意味では自分探しの旅が人生ということが出来る。因縁の無いところに果報は生まれず、因と縁が関わることによって相応の果報が生まれることになる。今与えられた現実は過去からのもので、今の心と行いで未来を変えることが出来る。静中の工夫と動中の工夫によって全く違う人生に変えることが出来る。 2026年4月30日 琢
2026年04月30日
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心を乱さないこと感情に流されず末路を考えて逃げようとせずに行為の前に間をおいて冷静さを取り戻すこと原点に戻ることで場の状況を洞察して適切な行為をすること自分の甘さに負けないこと愚かさを自覚して至らなさや未熟を素直に受けて意地を張らないことだろう分相応、足るを知っておけば悔いは残さないだろう心を乱されたときにとり返しがつかないことをしてしまう。自分でも何をしたかを思い出すことが出来ない時が有る。怒らず、恨まず、憎まずをモットーにして感情に流されないように場の状況を把握しておけば、突発の出来事にも的確な対応が出来るように成れる。末路を考えて即行為に走ることなく間をおいてみることで自分を見失うことが無くなるだろう。冷静に成れば常識外れの言動をすることが無くなってゆく。人のせいにして逃げることなく自分の責を負う覚悟を決めることで信用を失墜しないように心掛けることだろう。自分の甘さに負けずに愚かさを自覚した上で至らなさや未熟を素直に受け止めること。分相応、足るを知ることで悔いの無い歩みを取り戻すことだろう。踏みとどまることから好転作用が始まってゆくことになる。 2026年4月29日 琢
2026年04月29日
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煩悩のとらわれは迷いを多くして邪気が出れば魑魅魍魎がつきやすくなり人格を疑われてしまう自分に嘘をつけず悪行に走れば自分を赦せなくなる建前は理想を言っても本音には自分だけの都合が混じり本心ではその分別がついている現実は写し鏡のようでその時の邪気が表われている至れない現実は未熟の表れで至るための準備は一生ついて回る自分で情けないと思うことは日常茶飯事で日々自分との闘いが続いている。自分の中にある甘さ、甘えが自己正当化を始めれば、言い訳の虚しさや無意味を感じて何が何だか分からなくなる時が有る。煩悩、カルマの抑制が必要になるときで、もやもやの妄想が始まればすぐに打ち消すべきだがしばらく離れられないことも有る。自分が嫌になるときで美観を汚す可能性を持っていることへの嫌悪を感じるが、自分との葛藤は生涯続いてゆくのだろう。動けない痛みや苦しみに覆われたときに甘えが出ればその苦は倍増してしまうことは自分が体験して解っているのに克己が出来ないことが多い。いつも自分の甘さとの闘いで、大人に成るとは惑いが無くなることなら失格だろうと思ってしまう。他の為に尽くしているときは自分が無くなっていて、そういう葛藤が無くなっている。迷いから妄想、錯覚、恐怖感に覆われてしまうことが多く、何も考えずに馬鹿に成っている方が良いだろうと思うことが多い。 2026年4月28日 琢
2026年04月28日
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自信を失えば心が暗くなってゆくが自信過剰は錯覚と共に傲慢に成ってゆく行為が悪ければ望まない現実が与えられ心を改めるために障碍や試練がやって来る修正の原因を教えてくれる人のせいにして改めなければ同じ失敗を繰り返す感謝と敬意で接することで相応の恩恵に恵まれる人と接するときは敬意の念を以て接し、助力や協力を得れば感謝の念を表すること。人との和は大切なもので交流の場では本心で語り合うことで常識の違いを受け入れて心の領域をひろくすること。赦す心を育んで心の奥行きは深くしてひろい視野で大局的見地から配慮することで和が広がってゆく。他の期待に応えることで信頼関係が構築されて、他に歓びを与えることが出来るようになる。自分の本心・魂の歓びもそこに有ったことを知ることで人の役に立つ自分の心に満足感が生まれてくる。人は守られ恩恵に恵まれていることに感謝することで生かされていることの意味を知ることになる。魂願を充たす満足感が為すべきことを教えてくれるのだろう。生き甲斐を与えてくれるとき、新たな力が湧き出してくること、本心からの歓びを知るようになってゆくのだろう。 2026年4月27日 琢
2026年04月27日
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時は待ってくれない機にはタイミングが有る勝機を見逃さずに日頃の準備と心構えを要するすべてには周波数が有り自分にも合うものが有る的外れのことが多くてもすべてにはリズムが有って時とともに変化している迷いはそのリズムを無くして歓喜の美酒を逃してしまうここ一番の時に悔いを残さないように自分のリズムで行くしかないだろう考えれば考えるほどタイミングがズレてしまうことが多く、リズムを合わせようとしても迷った分だけ遅れてしまう。どんなものにもその時だけにしかないチャンスが有るもので、自分としては自分のリズムを保って自然体で居るしかないのだろう。あとは縁が有るか無いかで、よく後の祭りというが過ぎてしまったものを引きずっていては次のチャンスも逃すことになるだろう。タイミングを合わせるのは周波数を合わせることだろうが、逃すことを恐れてすべて後手後手に回らないように自分の波長を知っておくことだろう。ここぞというときにぱっとつかみ取るには理屈はいらないのだろう。自分の好みを超えて与えられるものを確実につかみ取ることしかないだろう。ピンチにはチャンスが有るものでそのタイミングを大切にすることだろう。すべてが紙一重のことなのだろう。 2026年4月26日 琢
2026年04月26日
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問題は現実に現れその原因を改善して気が付かない問題は何度も繰り返す自分だけでなく他への迷惑になる業、カルマは正当化できず改めよとの呼びかけになる自分を整えなければ運を変えることが出来ない自業自得の責任転嫁は孤立、破滅への道を辿る問題の消去は先送りをしないことその場その時のチャンスが有る楽な方へ行くだけでは深化向上が出来ず、責任逃れは自分を孤立させる。与えられた現実は過去の自分に原因が有るもので、運が悪いと思って済まさずに自己の改善に努めることだろう。現実を素直に受け止めて修正してゆくことが自助になる。今与えられている現実に満足することなく日々の努力を怠らずに自己改善に努めれば、その果報は好転し始めることになる。自己正当化、責任転嫁ばかりでその悪因を正さなければ悪運を改善できなくなってしまう。常に真理を求めて逃げることなく、人の為の光になってゆくことが魂願を充たすことになり、悔いを残すことが無いだろう。自分次第で運命は変えることが出来るもので、諦めず、放棄せずに常に謙虚な自分に成って自分を整えてゆくことだろう。どうすればいいのかは今与えられた現実に原因が有るもので、過去の因を変えることで未来の報を変えてゆくことだろう。 2026年4月25日 琢
2026年04月25日
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人生の結果は死んだときに現れる途上では如何ようにも変化して存命中には結論が出ないどう歩むかによって願う果報が得られる生かされた恩恵に感謝するほど赦す心が和を広げ敬意と共に認められ、理解されて他に歓びを与えるほど必要とされる自分に成る他に尽くすときいつも自分が無くなっているこれまでの歩みで自分が何を選択してどのように因縁を結んできたかを振り返ってみれば、至らない部分の改善で多くの障碍や試練を超えてきて持戒してきたことが有る。自己正当化、自己顕示、自我我欲の戒めと責任転嫁で保身をしないことに努めてきた結果、自分を前に出してはいけないということだった。人には向き不向きが有って自分の場合は思い通りにした結果が思わしくないものばかりで、自分は前に出てはいけない人だと思うようになっている。舞台の裏方が似合っている性分なのだろうと思う。強いて言えば幹事役が良いのかも知れない。その積み重ねが今の自分で和を大切にする心から領域、視野の広さを求めて赦す心を育んできている。間口が広く、奥行きが深い人間になりたかったために、常に自分が無い状態で突き進んできたように思う。責任逃れは自分の品格を下げることになると武士の心意気を忘れないように心掛けてきたように思う。目立ってしまう方なので常に迫害の対象になって来たように思う。忍辱・にんにくから精神力は強靭なものになっているかもしれない。救済の恩恵で生かされてきたことへの感謝を忘れまいと思っている。 2026年4月24日 琢
2026年04月24日
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今の現実は過去の因の果報で大因が何であったか中果を観て大果への再起因をすれば修正浄化と共に自分の使命を自覚して悔いの無い歩みが出来る今自分が何故ここにいるのかを思えば為すべきことが観えて来るこれまでの恩恵に感謝して報恩に向かうことで揺ぎ無い中心軸・信念を持ち何ごとにも動じない不動の自分に成れるだろういつも充たされた自分を求めて努力を積み重ね、自分を整えてきたつもりでも、どこかに至らない部分が有るのだろう。違和感がどこかに有って、それがなんだかわからない。このままの自分で良いのかの愚問を重ねながら「浩然の気」を求めて歩んでいるが、なかなかその領域には至れない自分がいる。思い起こしてみること、何を、どんな願い・大因が有ったのか、どんな死に方をしたいかの大果を思い出そうとして自分の強い意志と信念・理想を求めて歩む途上の中果を観てみれば、そこに魂願とは違う違和感が有ることに気付くのだろう。すぐに方向修正をしながら素直に現実を受け止めて改めるべきを改めながら今を明るく機嫌よく歩んでゆくしかないと思えて来るだろう。誰も自分がいつ死ぬのかを知らないから、行けるところまで行くしかないだろう。考えても答えが出ないことは考えずに馬鹿に成って謙虚な自分で居るしかないだろう。 2026年4月23日 琢
2026年04月23日
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すべてに必要なものは基礎で基礎が有ってはじめて上乗せが出来る地に根を張る大樹のように高く積んだものが倒れないように地中の養分を吸い上げて上に延びる支えになっている地上にそびえ立つものには相応の基礎・土台が有る地上に置いただけのものは根無し草のように流されてゆくあらゆる障害や試練を超えた先に不動のものが出来上がるたとえ地上のものが崩壊しても地中に張った根が芽を出すことになる勉強は基礎になるもので基礎の無い主張は通らず、どのような論法を上乗せしても崩壊してしまう。大きな樹木が地中には広く根を張って地上の幹は太く高く伸びてゆくように、基礎・土台がしっかりしていれば倒れることは無い。心は表層に出てくるものでもその奥には魂が有って、その意識に潜在する願いを果たせるように大きな果報を生み出すものになる。多くの障碍や試練を超えたものは年輪のように積み上げて崩壊することが無い。人生も基礎固めをしながら自分を整えてゆくことで心・魂は深化成長してゆくことになる。表層・外見だけをつくろっても深層に中心軸が無ければ嵐と共に倒れてしまう。音楽や芸術も基礎が有って広がってゆくもので、怠惰に栄光なし、準備なしにと整うものは無いだろう。人間が持つ能力は鍛えるほど強くなってゆくもので、確かな基礎・土台が有れば無限に大きく育ってゆくだろう。日々の努力の積み重ねが大きな果報を生み出すことになる。 2026年4月22日 琢
2026年04月22日
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自己完結の怖さまだ先が有るのにそこで終結してしまう諦めず、放棄せず、謙虚な心他との共有の大切さ相手の心を読むこと表層だけでなく深層を洞察する自分だけの結論を出さないこと人の真意は深いところに有るもので浅はかな決断は周りに悪影響を与えてしまう同じ過ちを繰り返さないように分相応、足るを知ることで大悟の錯覚をしないことだろうまだ終わっていないのに、まだ先が有るのに、もう、ここまでと自分勝手な結論を出してしまわないことだろう。ものごとの良し悪しを図ることは葦の髄から天井を覗くと言って浅はかな判断をしてしまうことを言う。葦と芦は同じもので味のある籐製品になるが良しと悪しの言葉にとらわれて本質、真髄を観ていないことを言う。人との交流の場では浅はかな判断をしないことだろう。外見のとらわれや発した言葉尻のとらわれで相手の本質を見誤ってしまうことになる。人の心の奥には魂が有って魂には潜在する意識の蔵が有る。前世以前からの願いを持って生まれて来るが、その意識を思い出すのに相応の時を要することになる。意識は少なくも八つの意識が有って、六根・六識【眼,耳、鼻、舌、身、意】、七識にマナ、八識にアラヤが有ってマナは希望、意志、願い、好み、アラヤはものごとを正しく理解した勝解、理想、智慧が体幹に刻み込まれている。経験と歳と共に通過して初めて思い出すことが出来る意識が有る。人生の答えは魂願を果たすことに有る。早合点で即身成仏と言ってまだ至らない部分が有るのに自己完結をして六道輪廻をすることになる。渡海寺で修行して若い僧が大悟したと過信して渡海舟で大海に漕ぎ出して二度と戻ってこない旅に出る僧がいたという。 2026年4月21日 琢
2026年04月21日
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自信はやってみてつくもの出来ることもやらなければ自信を失ってゆく出来ないことも努力を積めば出来るようになる今の力では無理なことも鍛えることで可能になってゆく初めから諦めず挑戦意欲を捨てないこと奇跡は不可能から起きる出来ない言い訳や釈明を用意せず馬鹿と言われてもやってできないことは無いそう信じ切ることだろういつも前向きを崩さないこと見た目で無理だと思うことも逃げようとせずに挑戦する意欲を持つこと。身に迫ってくるものは必然的に仕組まれたものと思えば至らない部分を修正補充して自分を整えてゆくことになる。今はその力が無いと思っても日頃の努力の積み重ねで不可能が可能になってゆく。人間の一念岩をも砕くというし、火事場のバカ力ということも現実にはあるもので、人には信じられない可能性が有る。心に念じて日々の心掛けを実行することで体も大きくなり筋力もついてくる。今の時点だけで判断しないことだろう。人は鍛えるほど強くなってゆくもので体力をつけ、精神力も強靭なものにすることが出来る。心は常に真念を求めて自分に絶対に出来ると言い聞かせることでその気になってゆくもので、お粗末な行為で自分の品格を落とすことをせずに自信を以て気力で挑戦することで奇跡が起こるのだろう。すぐに諦めず、放棄しないことだろう。 2026年4月20日 琢
2026年04月20日
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感謝 反省 敬意振り返ってみることの大切さ長寿の人は死ぬ前にありがとうが多くなる恵まれた恩恵に感謝する心誰もが守られ救われる恩恵それに気付いて感謝すること当たり前だと思わないこと敬意を以て人に接すること認め合い、理解し合うこと信頼関係の構築が役に立つ自分にさせる自分一人ではできなかったことを叶えさせてくれる心に感謝して報いようと思わせる期待に応えることその歓びが自信になってゆく四苦八苦の途上で思い通りにならないことへの不満を並べてしまうが、振り返ってみれば自分の愚かさ、救いの恩恵に、あれが無かったらどうなっていたかわからないと思う自分がいる。ありがたいことだと分かっていても感謝の言葉が出て来ない。もっと気が付かずに感謝していない恩恵が有ったのではと思うことも有る。多くの助力や救いの恩恵に生きているというより、生かされていると思えるようになってゆく。そこに感謝して素直で謙虚な自分に成ることが出来れば、生かされていることに報いようとする心が生まれて来るだろう。他の為に尽くすことの清々しい心、歓びを与える嬉しさが自分の歓びに成っている。感謝されればもっとしたくなる心が湧き出してくる。多くの通過点を超えて身に付ける智慧が魂の意識に潜在する願いを思い出させてくれるのだろう。そこから好転作用が始まってゆく。 2026年4月19日 琢
2026年04月19日
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思い通りにすれば争いが絶えることが無い困ったときはお互い様相手を思いやる心道を譲ることも有る相手に迷惑をかけないように気が付けば忘れていることが多くされたときに思い出す感謝、反省、敬意の心掛け誰かの遠慮で成り立つことも多い貸し借りが無いように恩返しを忘れないこと報恩に向かうときそこに自分は無く利他の心に成っているかけた情けは水に流せ 受けた恩は石に刻め この心掛けを忘れないようにしているが、どうしてもしてあげたことへの裏切り行為にとらわれてしまう。恩着せ、押し付けはすまいと思っていても無意識に貸した気になってしまうことが有る。あげたものを忘れることで恵まれた恩恵に感謝するようになる。それに報いようとする心が生まれてくるのだろう。この世はすべて愛で成り立っていると思えば、愛は代償を求めず与えっぱなしのものと理解している。当たり前と思う心がその心掛けを忘れさせてしまうのだろう。見返りを期待しないことが基本で,受けた恩に報いようとする心掛けには菩提心が根底にあるのだろう。困ったときはお互いさまと思う心、癒す歓び、元気、気力を与える歓びは魂・本心から湧き出すものだろう。内外への照らし、救済の心は大慈大悲の愛で見返りを求めない与えっぱなしのものだろう。ただひたすら他に尽くそうとする心でありたいと思う。 2026年4月18日 琢
2026年04月18日
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気が急いているときほど冷静さが必要に成る立ち止まって考える忘れ物が無いようにミスを少なくして抜けが無いかを考える視野を広くとって焦る心を鎮めること一方的なとらわれを捨てる決定的な見過ごしが無いように人としてどう在るべきかの原点に戻る感情の抑制で気付くことが有る末路を視野に入れて忘れているものが無いように揺ぎ無い信念と共に何ごとにも動じることが無いように場の空気を読んでおくことだろう急いでいるときほど取り返しのつかない失敗をすることが多く、過去の失敗の原因を思い出して、場の空気をよく読んだ上で、今この時に為すべきことをよく考えることだろう。急いては事を仕損じるというが、急く心、焦る心が一方的なとらわれに執着して冷静さを失ってとんでもない行為をしてしまうことが多い。末路を考えてちょっと間をおいてみることも冷静な自分に戻ること、原点回帰で人としてどう在るべきかを考えてみることも自助に成ることが多い。心、視野を広くとって抜けが無いように慌てず急がずに冷静な判断が必要なときが有る。自分を忘れていることも多く、らしくない行為をしてしまって後悔することが無いように些細と思う心も慎重に取り扱うことが必要なときが有るだろう。大局的配慮の無い粗末な行為をすることが無いように心掛けておく必要が有る。信用は一瞬で失ってしまうことが多く取り戻すことの困難を思えば、踏みとどまるときを持つことが自助に成ることが多い。 2026年4月17日 琢
2026年04月17日
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人は過去の延長を生きているポット降って湧いたものではなく一族や友の命作網と共に関わってきた道の途上に在る必要とされ、役を果たす為に関わりと共に生きている偶然は無くすべてが必然の仕組みの中で自分一人ではできないこと関わることで果たす役が有る命は自分のもののようで自分だけのものではない常識の違いを超えてひろい視野で配慮して自分を整えてゆく救済のために生かされている誰にも魂願が有って、潜在意識に刻まれた意識を思い出す旅をしていると言ってもいいだろう。忘却、喪失、無知の状態から人生を歩んでゆく。魂には意識の蔵が有って心に記憶したもののすべてが刻まれている。魂願は、魂の修復と成長、関わりの再結、出来なかった願いの成就、内外への照らしのどれかを思い出しながら歩んでゆくことになる。その為に守られ、救いの恩恵に恵まれて生かされていると言ってもいいだろう。自分の人生、自分のものと思いがちだが自然の摂理に従った意味を抱えて生かされている。救済のために自分で生きているようで生かされていると言った方が良いだろう。従って、本心・魂の歓びは他に歓びを与えるところで感じるものだろう。役を果たすことで成仏できるのだろう。 2026年4月16日 琢
2026年04月16日
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自分は試されている与えられた試練をどう超えるか逃げず、先送りせず、放置せずに自分に呼び掛けて来るもの前向きに意欲を湧き立たせ気力で立ち向かえば必ず超えられる体験したものにしか身に付かない智慧単なる知識ではないもの成ったもの、超えたものにしかわからないその体験が心の癒しになる困惑から救うことになる元気を与えることが出来る誰かの役に立つことが出来る試練はその呼びかけになるもの何で自分だけにこんな苦を与えるのか、神も仏も無いと拗ねたくなってしまうことが有っただろう。その時に救いの恩恵に恵まれていたことに気付かないことが多い。必ずありがたいことが有ったはずなのに感謝することが出来なかった自分がいる。その恩恵を思い出すことも大切なことで、感謝するほどさらに救われてゆくことになる。その恩恵に報いようとする心が湧いてくるだろう。守られて当たり前だと思う傲慢な自分を捨てて、その恩返しをしたいと思うようになれば、善我を育んで他の為に尽くすようになってゆく。他の歓びの顔を観ればうれしくなるのが本心・魂で他の役に立つことに満足できる自分がいる。自分を整えるために与えられるのが試練で、自分は試されていると思うことが出来れば逃げず、放棄せずに前向きに成ることが出来て、試練を超えた先に人の役に立つ自分がいることになる。耐え忍ぶことで人は深化成長をすることになる。その善意の思考を繰り返すことでどんな体験を積んできたかが解るようになる。試練はその為の恩恵ということもできるだろう。 2026年4月15日 琢
2026年04月15日
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やってやれないことは無い為せば成る 為さねば成らぬ何ごとも成らぬは人の 為さぬなりけり作意 触 受 想 思取り組んでみれば出来てくる自信がつけば挑戦意欲が湧いてくる好きこそものの上手なり人は誉める方に延びてゆく成り立ちや仕組みの分類が出来てくる選択することに意味が有り偶然のようで必然のもの欲界 勝解 念 定 慧体験から智慧を身に付ける他に感動を与えるように成れば夢や希望を与え報われる時が来る気力の有無が人生を決めると言っても過言ではないだろう。やる気が有るか無いかで進む方向が決まってゆく。誰にもやればできる力を与えられている。夢や希望の実現には準備が必要で準備なしに整うものは無いだろう。人の役に立つ人間に成ることが与えられた使命ともいえる。他の為に尽くして歓びを与えればその顔を観て我が歓びを知る自分がいる。そこに生き甲斐を感じるのは人間が救済のために生かされる存在だからだろう。多くの恩恵に恵まれ、守られて生かされているのが人間で、自然の摂理の中では一本の草や一匹のありんこにも相応の意味が有る。その地の水を飲んで育てばその地の草が薬草になる。その地の樹木で建てた家は長く崩壊することが無い。すべての意味を愛と定めればすべてのものが相応の役に立つ存在になっている。太陽は分け隔てなく遍く照らし、水や空気、山の幸、海の幸も相応の愛を与えている。生命体は相互に生かされているのだるう。何の為にかは体験と共に明らかに成ってゆくのだろう。 2026年4月14日 琢
2026年04月14日
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異業種交流に学ぶ夢や希望の願いの違い専門分野を掘り進めて共有できる心の領域発想、思考の転換観えない部分を知ること共通点の発見感謝と敬意の念で接して人智を尽くして人智を超える多様性と協調性の必要性人としての原点は同じでどう在らんとしているか調和することの大切さを学ぶどの道にも遭遇する四苦八苦どう越えてどう個性を生かすか認め合い、理解し合うこと和の大切さを思う自分探し、思い出そうとする意識、その歩みの途上で他人との交流の場に臨んで知ること、受け止めること、受け入れることから三つの「ち」の影響、基盤の違い、常識の違いを受け入れて心の領域をひろくすること。赦す心を培うことで和に広がりが出来てくる。共生社会での接し方や交友の仕方から人との関わりの大切さや智慧の共有の大切さを知ることになる。良き縁との出会いから新たな歩みが始まってゆく。異業種交流では多岐の専門分野の掘削で得る智慧の共有から共感、共鳴、共振から響働することで自分一人では得られない果報を求めることが出来てくる。人としての原点は同じで、袋小路、挫折、絶望の先に求める新たな光に行くべき道が観えて来る。多くの通過点を超えた先に不動の信念、真理を求める揺ぎ無い中心軸が出来てゆくだろう。感謝、反省、敬意で接することで人としての深化向上が出来てくる。魂願の意識はそこに至って思い出すことになってゆくのだろう。 2026年4月13日 琢
2026年04月13日
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変化の兆しは外に見えるものだけでなく内の気分に表れてくる大きなうねりと小さなうねりで自然に受け止めるもの軽いもの、重いものすぐに表れるもの数年後に気付くもの作意、触、受、想、思思考を重ねて念、定、慧に分別して選択する多くの失敗から学んだもの順調なときに気付けず自分の甘さに負けずに克己して素直に成ること解っていてもまだまだだと思ってしまう自分がいて軽挙妄動が出来なくなってゆく自分がいる。迷いはまだ残っていて確かな分別が出来ていない自分がいる。いつになったら自分に自信が持てるように成れるのかを思ってしまう。無知、未熟な自分、この歳になっても確たるものが得られない自分、ものの道理に気付いていない自分、愚かさの自覚が足らないのだろう。何度も救いの恩恵に恵まれても感謝を忘れてしまう自分がまだいるのだろう。生きてると思っていたものが生かされていることに気付き始めても、何の為にか、どう役に立てればいいのかが観えていない自分がいる。素直で謙虚に受け止めることがまだできていないように感じている。でも、暗いものばかりを観ずに、明るいものだけを観て、今を明るく機嫌よく行こう。その時がいつかわからないから行けるところまで行こうぜで歩むしかないだろう。気力さえ失わなければまだ歩ける自分がいるんだから。 2026年4月12日 琢
2026年04月12日
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つくれるもの、変えられるものが運命つくれず、変えられないのが宿命料理で言えば運は献立、宿命が素材素材をどう生かすかは仕込みにかかっている味付けは愛、おもてなし準備なしに整うものなしで失敗に学んで自分を整えること選択は割り切り、見切り変えることは転じること障碍や試練には原点回帰尽くすときは無私、利他の誠心他の歓びが自分の歓びになる疑問解消で信じ切ることサービスとおもてなしのわきまえが人との交流に必要なものになる。その為に必要なのが準備で心と経験と技量がものをいう。過去は戻せないが過去の失敗は未来に生かすことが出来る。石橋を叩いて渡る、羹に懲りてなますを吹くというようにすべて疑問を持ってみること、疑問解消で信じ切ること、一歩一歩確実に進むにはデカルトの方法的懐疑が必要になる。不注意、軽率な失敗が許されないのがこの忍土の世だろう。強い意志で柔軟に明るく、相手に不安を抱かせないこと、期待に応えることの持続性で何ごとにも動じることなく揺ぎ無い信念と共に歩むことだろう。行き詰まれば人としてどう在るべきかの原点回帰をすること。仮我から善我を育んで他の為に尽くすこと、菩提心・愛を行使することで本心・魂の歓びを知ること。運が悪いのは過去の原因の修正と共に運を好転させることが出来る。一皮剥けた自分に成るには信念の間違い、過去のとらわれ、既成概念に縛られず、責任転嫁で人のせいにして逃げないことだろう。料理の良し悪しは仕込みで決まると言ってもいいだろう。 2026年4月11日 琢
2026年04月11日
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見たものにとらわれて見なかったことに出来ず手に入れたくなるこの世に無駄なものは無く不足を充たすものはたくさん有るがとらわれたものに固執するその満足感を得たいと思う選択肢はたくさん有るが視野を広げて自分に合ったものを探す魂願を思い出せず思い付きの選択をして迷いに困惑しながら残ったものに光を求め至らなさを嘆くことになる時々思うことが有るが、自分はピントが外れているのかも知れない。いつもしっくりしないことばかりにとらわれてしまう。見えるものへのとらわれがきつく、選択の間違いに悩むことが多い。本当は見えないものの中に求めるものが有るのではといつも思うことになる。心眼が開いていないためにいつも不安や恐怖感に覆われてしまう。こういうことは自分だけかと思えば皆同じだと言ってくれる人もいる。至らないことばかりでいつも反省ばかりで自分を責めてしまうが、自分が整っていないからと自己改善に努めている。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろく というが狭い了見の自分を責めてしまう。その場その時の思い付きで選択するからいつも違和感に覆われて意識に潜在するものを思い出そうとするがピントが外れているのではと疑問ばかりに成ってしまう。あれやこれやと人は円環的思考を繰り返しながら歩んでゆくのだろう。 2026年4月10日 琢
2026年04月10日
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交友を続けてゆけば情が湧き出してくる気になってとらわれ次の対応を考える愛着信、愛国心、友情、絆郷土での縁、校友の縁、集いでの縁長く交友すれば湧いてくるもの一期一会の縁をどう生かすか良心と人間愛人の歓び我が歓び人の苦しみを我がことのように思う原点はそこに有り菩提心が尽くそうとする慈悲慈愛の心助ける、救う、役に立てる心そこに本心からの歓びが有るロータリークラブには四つのテストが有る。真実か、公平か、みんなの為になるか、友情を育むかの心を常に持っていて分類して選択することになる。分岐点での選択で後悔する人が多いが迷いを払拭して真念を貫く決断は人のせいにはできず、自分でその責任を果たすことになる。どの選択も経験の意味を持つもので遠回りになっても無駄なものは無いだろう。そういう意味ではどの道を歩もうとどういう人生を歩もうと間違いは無いと言えるだろう。絶望も通過点の一つで人生が終わらずに超えてゆくことに意味が有る。すべては心のとらわれと思えば視野を広くとって別の光を見つけることにも魂を強くする意味が有る。自分に与えられた境遇は偶然ではなく必然のものと受け止めて前向きに歩むことで体験して身に付けた智慧が未来を拓くことになる。無私、利他の誠心で他に尽くすことで不安は消えて人の役に立つことの歓びを得ることになる。人情は心をゆたかにしてくれるのだろう。 2026年4月9日 琢
2026年04月09日
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すべての道が閉ざされたと思ってもとらわれの分野の道で視野を広げれば行くべき道が観えて来る魂願と違う場合が多く愚かさの果報だけでなく恥辱、汚泥にまみれなければ耐え忍んだ先に得る気付き人として在るべき領域が有る心まで汚さない品位本心・魂が求める歓び他の為に尽くす歓びに為すべきことが観えて来る人生とは問題を追求することでなく、既に有る解答に気が付くことであると高橋先生が言うが、ゼロから始める歩みでは自分の中に潜在する意識を思い出せず暗中模索の自分探しの旅に成っている。四苦八苦【生老病死、愛別離苦、求不得苦、五蘊盛苦、怨憎会苦】を超えて自分を整えてゆく途上で忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚をすることになる。迷い、葛藤と共に不安、恐怖感に押しつぶされそうになりながら、自分の甘さに負けず克己して、多くの試練を超えた先にその意識を思い出してゆくことになる。道が観えなくなってしまうことも多く、視野を広げて新たな光に向かって歩みだすことも多いだろう。すべて自分の責で選択した道で人のせいに出来ず、方向修正をしながら人としてどう在るべきかの原点回帰と共に為すべきことを見つけ出す旅が自分の人生になるのだろう。 2026年4月8日 琢
2026年04月08日
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人それぞれには厳しい途上の道が有って聞くことで相手の心は晴れて自分には勉強に成ることが多い被害者には必ず加害者がいてその対応に苦慮するが加害者に罪の意識が無く反省も無いが自分に嘘は付けずに心のどこかに閉まっていることが多く自業自得の現実を待つしかない四苦八苦の出遭いは誰にも有るもので改心が無ければ進化が止まるその時が自分を変えることになる多くの人が自分だけ苦を背負って生きていると思っている。この忍土の世ではだれもがその苦を超えてゆくしかなく、耐え忍ぶことで得る気付きが独自の智慧に成ってゆく。自分一人では生きてゆけず周りとの共生の途上で深化成長が有って円くなってゆく。個性が独自の智慧を持つことでそれぞれの味を出すことになる。生い立ち育ちの違いが基盤の違いに成り、常識の違いに成っていて、人との交流の途上でその違いを受け入れてゆくことで心の領域が広がってゆく。言葉だけで学んだ知識は実践、体験をすることで身に付いた智慧に変えてゆくことが出来て、人の苦を共有することが出来て癒すことから救済、助けに成って、得た智慧の共有で共鳴、共振、響働から大きな救済が出来るようになってゆく。自分を変えなければそれが出来ず、多くの障碍や試練を超えて人の役に立てる自分に成ってゆくのだろう。回顧反省して自分を改めて整えてゆくことで改心から覚醒への道を辿ることになる。 2026年4月7日 琢
2026年04月07日
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話が合わないときは読みや考え方の違い心の領域の違いが有って常識の違いを受け入れた先での解釈に違いが有る思考過程では上が観えず言葉の意味の深さが分からない煩悩、カルマの抑制では”生きず”と言うが生きればついて回るからで四弘誓願・しぐせいがんを志せば救済、煩悩、カルマの抑制、学びで自分を整えて内外への照らしに努めること原点回帰に努めること誰にも有るものが煩悩、カルマでそれが災いの元になる場合が多く、その抑制に努めるが空じようとしてもとらわれから離れられないから、「生きず」という言葉を使ったんだろう。人はいつも何かに守られ救われる恩恵に恵まれて生かされているもので、何の為にかを思えば、与えられてきた恩恵に感謝して報恩に向かうことで他の救済に当たる為なのだろう。役に立つ自分に成ること、一隅を照らす自分に成ること、そこには忘己利他・自分が無いこと、そこに魂の願いを充たした歓びが有るからだろう。真念一貫 不逃避 忘己利他 一隅を照らす 真理を求め逃げることなく人の為の光となれ人は結局救済のために生かされているもので、そこに歓び、生き甲斐を感じてそれを使命と自覚して生きるということになるのだろう。 2026年4月6日 琢
2026年04月06日
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言わなくても通じ合っていること以心伝心というが心は伝わってゆくもので物理的に観えなくても感じてしまうことが有る魂レベルでは繋がっているもので心に有るものは縁有るものには伝わっている単なる想像、思い付きではなく同じ情景が浮かぶことが有る念ずれば通じるもので観えないところで人の心は繋がっている予感のようでも感じているもので言わなくても通じているときが有る全く別のところに居ても同じ情景が写ることが有るが、以心伝心で伝わっていることが多い。親密な付き合いをしているときに多く起きることで、なんとなくいい感じのときや嫌な感じのときも通じ合っていることが多い。予感めいたもので会う前から分かっていることもよくあることだろう。今日は良いことが有ると感じるときには当たっていることが多いが、嫌な気がする時は嫌なことが起きることがよくあるだろう。それまでの流れから感じることが多く、自分で気が付いているからそんな気がするのだろう。多くの取り組みの体験から身に付いた智慧がそういう予感を抱かせるのかも知れない。遠隔地にいても同時に思うことが同じことがよくあるもので、人間は霊的な生き物ともいえるかもしれない。過去の経緯はすべて魂に刻まれているもので、直感的に感じる違和感のようなものもそこから来ているのだろう。そういう現象は心を乱さないために予め感じさせてくれているのかも知れない。何ごとにも動じることなく揺ぎ無い信念を持っておくことが重要なことだろう。 2026年4月5日 琢
2026年04月05日
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思考は心で思い頭で考える心で受け止めて頭で分析して使う心で分別して取り組む心は意思決定をするところその奥に魂が有る魂には意識の蔵が有ってすべてが記憶されている現象観と霊性観には段階的な領域が有る魂は智慧持つ意志のエネルギーが有って物理的、合理的には計れない偶然はなくすべてが必然として瞬間的に判断できる見えるものだけでなく見えないものの真髄を見極めるのは心眼で観るときだろう人は心で思い、念じて分別して定に入る。行為は心で意思決定して取り組むことになる。その反応を観て修正点を正すことで自分を整えてゆくことになる。今自分に与えられた現実は過去の行為からのもので、至らない部分は過去に学んで修正することになる。そこで身に付けた智慧が未来を開いてゆくことになる。魂は心の奥に有って智慧持つ意志のエネルギーと言われている。魂には意識の蔵が有って体験して得た智慧のすべてが刻まれている。それを思い出す旅が人生だと言ってもいいだろう。自分が何ものかも、どんな使命を持って生まれてきたかもわからずに魂に潜在する意識を歩みの途上で次第に思い出してゆくことになる。分岐点の選択で違和感を感じるときには、魂から発している願いと違う選択だから嫌な気がするもので、予感のようなもので自分にわからせようとしているのだろう。多くの試練を超えて自分を整えてゆくことで観えない部分が心眼で観えて来るようになるだろう。 2026年4月4日 琢
2026年04月04日
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友との縁は前世から決まっていたかのように必然の出会いに成っている仕組まれたように感じるもの場に臨めば眼中になかった人むしろ避けたいと思うような人自分に無いようなものに興味を持つが必然的な出会いが有る後に成って思えば偶然と思えず今ここで語り合っていることが以前から有ったように感じるユニバース的なものそんな因縁の深さを感じる霊性観で仕組まれたもの現象観では偶然のようでも今は因縁側に居ることを思えば関わりの再結と思うしかない人の世は 必然の道 天の道 歩むべき道 辿るべくしてこの言葉は由布院の夢美術館で山下清展を観たときに湧き出した言葉で「裸の大将」のドラマを見る度に感じてきたように思う。誰もの人生は前世からの延長で無意識に歩んでいるようですべてが必然の歩みに成って天が仕組んだものかもしれないという思いだった。日本のゴッホ、天才放浪画家と言われ鉄道の線路を歩みながらその地その地の絵を描いて置いて言ったドラマだったが、天が仕組んだ道を必然のように歩んでいて、だれもがそういう宿命を背負ってきているのではと思った。初めから決まった道を歩むことに成っているのかも知れないと思えば、今ここにいる大切な友との縁も出遭うべくして出会っていて、与えられる試練も至らない部分の修正の為の呼びかけと思うことが出来る。神仏はどこかで観ているのかも知れないと思ってしまう。 2026年4月3日 琢
2026年04月03日
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人生に大きな影響を与える体験場での出会い、出来事、事態仕組まれたものと感じてあれが無かったらどうなっていたかユニバース体験が有る転換期に起きることが多く気付けば感謝し気付かなければ別の分岐点で選択は自分の受け止め方でも必然に仕組まれたものが有る人はそれを運命というが求める人は好い方へ求めない人は別の選択でそれが命運路に成っている分岐点でも選択は慎重に同じ現実で嘆くことになるのだろうすべて自分に返って来る宿命は変えられないが運命は変えられるという。与えられた条件、制約は宿命的なもので人は一転生一条件で生まれてくるという。歩みの途上で自分の心、行いによって与えられる反応が現実に成っているが、すべて自業自得、因果応報のものと言ってもいいだろう。過去の業が今の現実で、未来の報は今の行いで決まってくる。過去は変えようがないがその原因を正すことで未来を変えることが出来る。過去の反省の無いものは修正浄化が出来ずに悔いを残すことになる。自己正当化や言い訳は自分を貶めてゆくことになるもので、素直に謙虚な心で現実を受け止めて自己の改善に努めることで運命を変えることが出来るだろう。すべて自分の心・魂が決めてゆくことになる。この世でしか変わることが出来ないから今の内に改めるべきを改めておくことが未来を変えることに成ってゆく。あの世は不変、この世は可変。 2026年4月2日 琢
2026年04月02日
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人間は身体に魂が乗ったもの身体は有限のものだが魂は無限・永遠のもので体験して身に付ける智慧と共に心はひろく深い領域を求める魂には意識の蔵が有って経験したもののすべてが刻まれている霊魂は転生する不滅のもの宇宙には慣性の法則が有って無数の星は同じ軌道を回っている魂は高く広い品格を求めあの世は不変で変われないがこの世は可変でその段位を上げられるその為にこの世に生まれてくるゼロから始めて意識に潜在するものを思い出す自分が何ものか、どんな使命が有るのか既に有るその解答を思い出す旅が人生行路と言われている。自分はもう83歳に成るが未だに何ものかもわからず、どんな使命を持って生まれてきたのかもわからない。近親に高僧がいた為に仏教書を開くことに成った。多くの疑問を抱え、無知、未熟の心・魂がどんなものかもわからずに、これまで自分の可能性を求めて多くの障碍や試練を超えてきた。菩薩行とは、仏や如来がどのようなものかもまったくわからずに、ただ争わず、摩擦を起こさない自分を求めて至らない部分の改善をしてきたように思う。付きまとう経済的な目標に向かい、体と共にある心を乱さないように歩んできたように思う。見えるものを信じてその獲得のために努力を重ねてきて今ここで思うことは、何度も助けられ、救われてきた自分、病も10回以上救われ、ガンも4回超えてきて今は生かされてきたと思うようになっている。何の為にを思えば何の能力もなく、ただ人様の役に立ちたいという自分がここまでやってきたと思う。同じ時を過ごすなら、死ぬ時がいつかわからないのなら、今を明るく機嫌よく、行けるところまで行こうぜ!をモットーに生かされている自分がいる。 2026年4月1日 琢
2026年04月01日
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