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紺野の言葉どおり、里和の抱えた毎日も常にいつ壊れるかわからない恐怖を孕んでいる。圭吾が精神的に病んだという事実は里和の内側で捻れながら逆に振れた。気持ちのどこかで、病んでしまったのが自分ではなかったことに安堵している。愕くほど罪悪感がなかった。自分は正気だ。恐ろしいほどに乾いた気持ちが更にきりきりと気持ちの糸を引き絞り、圭吾との記憶を体から切り離してゆく。「すみません」母親の嗚咽が数十秒続いた。里和は短い挨拶を残し通話を終えた。水の入ったグラスから水滴が流れ落ちる。残りの半分を一気に喉に流し込んだ。落ちた水滴が、机の上にいびつな円を描いていた。(桜木紫乃さん「海鳥の行方」(「起終点駅(ターミナル)」所収)P60)「離婚しちゃったんで」女店主は手を動かしながら照れて笑った。なんの卑屈さも漂ってはこない。気付かれぬよう深呼吸をする。彼女が今、無縁仏となった元夫のことをどう思っているのか、どう訊ねればいいのか必死で考える。黙っていても、この女の口から苦労話などひとつも出てこないような気がした。あれこれと迷っているうちに、カットが終わった。手鏡を渡され、椅子がくるりと向きを変えた。里和は手鏡の向うにいる彼女に視線を合わせた。微笑む目に、小さな光がある。満ち足りた笑顔だった。半ば恐怖に近いほどの罪悪感が里和の身を通り過ぎた。消波ブロックの上で、打ち寄せる波に震えたときに似ている。足下で波が砕け、一歩も前に進むことができない。帰る道筋がわからない。彼女の微笑みが自分を責めているような気がして仕方なかった。(桜木紫乃さん「海鳥の行方」(「起終点駅(ターミナル)」所収)P78)
2012年10月31日
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湊かなえさんの「母性」を買書つんどく。湊さんの本を買書するのは久しぶりですが、キャッチに惹かれて 買ってしまいました。今までの経験によると、なんか、ヤなもんであろうことは想像に難くないのですが・・・・・。「「これが書けたら、作家を辞めてもいい。そう思いながら書いた小説です」著者入魂の、書き下ろし長編。持つものと持たないもの。欲するものと欲さないもの。二種類の女性、母と娘。高台にある美しい家。暗闇の中で求めていた無償の愛、温もり。ないけれどある、あるけれどない。私は母の分身なのだから。母の願いだったから。心を込めて。私は愛能う限り、娘を大切に育ててきました――。それをめぐる記録と記憶、そして探索の物語。」(新潮社の紹介)
2012年10月31日
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帰りのゴンドラで真理子はもういちど訊ねてみた。「なぜ、納骨式だったんでしょうか」ゴンドラは夜景の底へ向かって滑り落ちてゆく。麓の駅が目前に近づいたとき、吾朗は、「憶測ですが」と前置きした。「かたちのないご自分を見てほしかったんじゃないでしょうか」手に残る骨の感触と軽さ。時間と仕事に追い立てられながら知り捨ててきたあれこれが、こぞって真理子に復讐していた。はっきりしているのは、この旅が「恋の清算」や「若いころの尻尾を断ち切る」などという生易しいものではなかったということだった。(桜木紫乃さん「かたちないもの」(「起終点駅(ターミナル)」所収)P25)
2012年10月30日
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保立道久さんの「歴史のなかの大地動乱 奈良・平安の地震と天皇」を買書つんどく。こういうことも知っておきたい、と思って買ってはみました。「奈良・平安の世を襲った大地の動乱。それは、地震活動期にある現在の日本列島を彷彿させる。貞観地震津波、富士山噴火、南海・東海地震、阿蘇山噴火…。相次ぐ自然の災厄に、時の天皇たちは何を見たか。未曽有の危機を、人びとはどう乗り越えようとしたか。地震・噴火と日本人との関わりを考える、歴史学の新しい試み。」(「BOOK」データベースより)
2012年10月30日
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ぼくは、ずるずると床に座り込んだ。額にボトルを押し当てて泣いた。――白石、食らいついてこい。そう叫んだ彼の声が耳に蘇る。彼の背中を追っていたかった。そして、自分の足でその背を追い抜きたかった。もうそれは、どんなに望んでも叶わない夢だ。(近藤史恵さん「サクリファイス」P261)というわけで、近藤史恵さんの「サクリファイス」を読みました。ロードレースというなじみのない世界には、チームプレイとしての「アシスト」という特殊なルールがあって、それがこの物語の「サクリファイス」、つまり「犠牲」というタイトルになっています。そして、この「サクリファイス」というのは、「生贄」という意味ももっています。そんなチームとしての、男たちの誇りと信頼と疑いのドラマが繰りひろげられるのですが、一読して、ほんとうに感動的な物語だと思いました。しかし、立ち止まって、よくよく考えて、「これはないわ、ほんまに・・・・・。」と思ってしまう自分がいたりしたらおしまいです。また、そう思おうが、思うまいが、けっこうポイントとなる役割を果たす、香乃という主人公白石の元カノのうすっぺらさは、意図的なのか、意図的でないのか、ここは判断のわかれどころですね。
2012年10月29日
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宮部みゆきさんの「ソロモンの偽証(第3部) 法廷」を買書つんどく。これは、近々に読んでみたいと思ってはいるのですが・・・・・。「この裁判は仕組まれていた!? 最後の証人の登場に呆然となる法廷。驚天動地の完結篇!その証人はおずおずと証言台に立った。瞬間、真夏の法廷は沸騰し、やがて深い沈黙が支配していった。事件を覆う封印が次々と解かれてゆく。告発状の主も、クリスマスの雪道を駆け抜けた謎の少年も、死を賭けたゲームの囚われ人だったのだ。見えざる手がこの裁判を操っていたのだとすれば……。驚愕と感動の評決が、今下る!」(新潮社の紹介)
2012年10月28日
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「なあ、この先、俺はだれのために走ればいいんだ・・・・・?」その問にはどう答えていいのかわからない。ふいに伊庭が言った。「自分のために走ればいいんじゃないっすか」赤城さんはしばらく黙っていた。やがて、ゆっくりと身体を起こす。自嘲するように鼻で笑った。「そうかもしれないな。レースから引退して、休みの日だけに自転車にまたがって峠を登ってさ。年齢的にもそろそろ限界だし、ちょうど潮時かもしれないな」「別にそういう意味じゃ・・・・・」あわてて言い訳しようとする伊庭を、ゆらゆらと動く手で制して、赤城さんは笑った。「俺にとって、自分のために走るってことは、そういう意味なんだよ」(近藤史恵さん「サクリファイス」P232)
2012年10月28日
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「わが友ピエロ 」(レーモン・クノー・コレクション5) を買書つんどく。えっと、たんたんと「つんで」いる、このコレクションもだいぶ終わりに近いのか・・・・・。「“ユ ニ・パーク”をさらに拡大しようともくろむプラドネ、ポルデーヴの王子をまつる礼拝堂を管理するムンヌゼルグ、元遊園地従業員=私立探偵のプティ・プー ス、女性の下着をのぞくことを楽しみにする“哲学者”たち、ヤギの皮をかぶり葉巻をふかすサル、テーブルについて食事をするイノシシ、謎の動物飼育家ヴッ ソワ。野心を持たぬのんきな主人公ピエロは、人々と出会い、ふらふらと流れにのって、坦々と生きていく。『ルイユから遠くはなれて』『人生の日曜日』とと もに「知恵の三部作」と呼ばれる、楽天家の主人公が印象的な、おかしなおかしな反―推理小説。」(「BOOK」データベースより)
2012年10月27日
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それは、ぼくの考えも同じだ。だが、伊庭の気持ちもわからないわけではない。ぼくが伊庭だとしても、チームメイトを自分の勝利のために働かせるのは辛いと感じるだろう。「アシストを徹底的に働かせること。それが勝つためには必要だ。自分のために働かせて、苦しめるからこそ、勝つことに責任が生まれるんだ。奴らの分の勝利も、背負って走るんだ。わかるか」ぼくは頷いた。賞金こそ分配されるが、勝者として記録に残るのはたったひとり、エースの名前だけだ。それが、ほかの団体競技と自転車ロードレースの違いである。「あいつはまだその覚悟がない。あれでは勝てない。運のいい日以外はな」そう言ったきり、石尾さんは黙った。(近藤史恵さん「サクリファイス」P87)
2012年10月26日
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小田雅久仁さんの「本にだって雄と雌があります」を買書つんどく。いや、なんか、まったくの人ごととも思えないような・・・・・。「大阪の旧家で今日も起こる幸せな奇跡。本だらけの祖父母の家には禁忌があった。書物の位置を決して変えてはいけない。ある蒸し暑い夜、九歳の少年がその掟を破ると書物と書物がばさばさと交わり、見たこともない本が現れた!本と本が結婚して、新しい本が生まれる!?血脈と蔵書と愛にあふれた世界的ご近所ファンタジー。」(「BOOK」データベースより)
2012年10月25日
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ときどき、思うのだ。自らの身を供物として差し出した月のうさぎの伝説のように、自分の身体をむさぼり食ってもらえれば、そのときにやっと楽になれるのではないかと。だが、現実にはそんなことは起こりえない。むしろ、それは、ひどく尊大で、人に負担を強いる望みだ。だれも、他人の肉を喰らってまで生きたいとは思わないだろう。月のうさぎは、美しい行為に身を捧げたわけではなく、むしろ、生々しい望みを人に押しつけただけなのだ。(近藤史恵さん「サクリファイス」P76)
2012年10月24日
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昨年冬越えしてくれた、唯一のリンドウが咲いています。
2012年10月24日
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「わからないんだ」「なにが」「ゴールにいちばんに飛び込む意味が」勝つことの喜びだとか、誇りだとかそういうものが。自分の足で走っていたときもそうだった。ただ走ることは好きだったけれど、ゴールは少しも輝いて見えなかった。必死にゴールへ飛び込むほかの選手は、きっとぼくと違うものを見ているのだと思った。ぼくにはそれは見えない。どんなに目をこらしても。(近藤史恵さん「サクリファイス」P74)
2012年10月23日
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玄関前のコスモスも、ぼちぼちと咲き続けています。
2012年10月22日
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自転車に乗って山に向かおうと家を出たところで、ふと、神社の方に目がいった。本殿に続く扉が開いて、微かに隙間ができていた。この間蝉がくっついて羽化した、あの扉。願いごとを貼りつけると叶う。何となく気になって、そばに行ってみる。自転車を停め、開きかけた扉を手前に引いてみると、裏に、紙が一枚貼られていた。もう、こんなおまじないをするやつはいないと思っていたのに。内容を読んで、ぎょっとして息を呑んだ。その細く丁寧な字と、願いごとの内容に見覚えがあった。(辻村深月さん「八月の天変地異」(「ふちなしのかがみ」所収)P320)というわけで、辻村深月さんの「ふちなしのかがみ」を読みました。全体を通じての感想としては、怪談をこねくりまわして、こんなに分かりにくくする必要は、ひとつもないんじゃないか、ということでした。その中で、「おとうさんしたいがあるよ」は、やはり、わかりにくいのはわかりにくかったですが、どこかユーモラスで、親しみを感じました。不条理ユーモア小説といったもんですかね。最後の、「八月の天変地異」は、どちらかというとファンタジックなお話で、一番辻村さんらしさを感じました。
2012年10月21日
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佐藤亜紀さんの「金の仔牛」を買書つんどく。偶然、書店で見かけて買いました。9月に出てたのに、情報不足だなあ・・・・・。「18世紀初頭のパリ。追い剥ぎのアルノーは、襲撃した老紳士に逆に儲け話を持ちかけられる。ミシシッピ会社の株を利用すれば大儲けができるというのだ。アルノーは話に乗り、出資者集めを引き受ける。当初300リーブルほどだったミシシッピ株は翌月に1000リーブルを突破し、投資者への返済は順調に履行される。株価はこれから4000まで上がると期待され、相場は過熱していく。アルノーはいまや羽振りのいい青年実業家に。それは、株取引という名の「ねずみ講」だった。ルイ王朝下、繁栄をむさぼる18世紀初頭のパリを活写した傑作長編。」(「BOOK」データベースより)
2012年10月21日
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「ああ」彼がしっかりと頷いた。背が高く、そんな物言いで頷く彼は、俺たちより随分年上に見えた。実際そんなところが、俺のイメージの中のゆうちゃんと合致している。対峙するキョウスケの反応は、ごくあっさりしていた。「そっか。じゃ、よろしく」その声を聞いた途端、いいのか?と思った。キョウスケは俺の中で、二つの世界の境界線だった。こいつだけが、俺を世界一かっこ悪い、不幸な人間にしてしまうことができる。それなのに、お前、認めちゃうの?それは、自分が赦されたことを噛み締めた瞬間だったのだと思う。俺は、この天変地異の奇跡を、受け入れていい。(辻村深月さん「八月の天変地異」(「ふちなしのかがみ」所収)P299)燃えさかる小屋から、キョウスケを助け出した後、消えてしまったゆうちゃんを思って、俺は、もう二度と会えない、と何故かわかった。それと同時に、キョウスケが辺りに彼の姿を捜し、必死になって首を振る。「ゆうちゃん・・・・・。違う」受け入れることを拒否するように呟き、涙を流した。声に出さなくても、失われたものが共通していることがわかった。地面に落ちた蝉の死骸を見つめたゆうちゃんの目には、何がどんな風に見えていたのだろう。あの時の彼の年を自分たちが今年追い越したこと。キョウスケが、話すタイミングに今年を選んだことと、それは無関係であるようには思えなかった。(辻村深月さん「八月の天変地異」(「ふちなしのかがみ」所収)P337)
2012年10月20日
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角田光代さんの「空の拳」を買書つんどく。角田のボクシング小説?ってことで、あんまり興味なかったんですけど、北上次郎さんのこの書評を読んで買ってしまいました。「文芸編集志望の若手社員・那波田空也が異動を命じられたのは“税金対策”部署と揶揄される「ザ・拳」編集部。空也が編集長に命じられて足を踏み入れた「くさくてうるさい」ボクシングジム。そこで見たのは、派手な人気もなく、金にも名誉にも遠い、死が常にそこに横たわる過酷なスポーツに打ち込む同世代のボクサーたちだった。彼らが自らの拳でつかみ取ろうとするものはいったいなんなのかーー。」「たまたまジムにまぎれこんだ男が、練習して練習して練習しなければ強くなれない、金にもならず、命すら奪われかねない過酷な世界にのめり込む。人はおもしろい試合を見てしまうと、夢中に、暑苦しくならずにはいられない。そこは世のうつろいと無縁の時がとまった世界。まばゆい光の下で突き上げられた拳は、いったい何を掴むのか。たたみかけるようにパワフルに、ボクシングそのものを描ききった傑作長篇。」(「BOOK」データベースより)
2012年10月20日
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「その子はどうなったの?」死んだの、という声を喉のあたりでかろうじて飲み込んだ。サキが続ける。「鏡の中の現実のキョウカイがね、だんだん曖昧になってきちゃったんだって。そう言ってた。普通に鏡を見ているときでも、そこに映っている自分は血だらけなんだって。そのうち、鏡に中の「自分の未来」が、こっちの自分に血まみれの手を伸ばしてくるようになったって言ってた。自分のことを殺そうとして、現実の、こっちまで来ようとしてるって」(辻村深月さん「ふちなしのかがみ」(「ふちなしのかがみ」所収)P224)香奈子は、信じられない気持ちで鏡の中の自分の姿を見つめた。私は、一体誰なのだろう?ああ、昨日も夜、無断で外出をしてしまった、母に怒られてしまわないだろうか。普段の門限にすら、あんなに厳しい人なのに。そもそも自分の家に母なんていただろうか。(いまだに門限があって、しかもそれ守ってるなんて、やっぱりカナちゃんておもしろいっていうか、ちょって変だよね)この家に、私以外の人間なんて住んでいただろうか。鏡の前、占いに使ったろうそくが一箇所にまとめて捨て置かれている。年の数だけの赤いろうそく。あれは、何本用意したんだっけ。(辻村深月さん「ふちなしのかがみ」(「ふちなしのかがみ」所収)P250)
2012年10月19日
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荒んだ座敷、埃で白い廊下。私は昔、この家で従兄弟たちとかくれんぼしたり、鬼ごっこしたりしていた。あの時隠れた押し入 れは、こんなにも狭かったろう か。子どもの頃に見たあの廊下は、どこまでも長く続いていたし、その先にはきっと妖怪が棲んでいるのだと、信じて疑わなかった。出てくるのは死体ばかり。妖怪など、ここには棲んでいない。そう思うと、また胸が強く痛んだ。(辻村深月さん「おとうさん、したいがあるよ」(「ふちなしのかがみ」所収)P158)燃やしたはずの犬小屋の前で足を止め、しゃがみこんだ。暗い小屋の中を覗きこむ。中は真っ暗だった。影が見える。呟くように言った。「おとうさん、死体があるよ」声に、少し離れた場所にいた父が「え」と顔を上げた。中を眺めながら、せっかく帰ってきたのに、餌がないから死んでしまったんだろうか、と考える。だとしたら、ペロはまったく根気のないやつだ。あの時のように、自分でとってきたらいいのに。犬小屋の中で、かつてのペロの腐った餌に小蠅がたかっているのが見えた。そういえば、この家の死体の片付けの最中、私は蠅を一度も見なかった。立ちあがり、家に向かう。息を吸い込む。私は顔を上げ、家の奥に祖母を呼ぶ。(辻村深月さん「おとうさん、したいがあるよ」(「ふちなしのかがみ」所収)P196)
2012年10月18日
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中沢新一さんの「大阪アースダイバー」を買書つんどく。「アースダイバー」の大阪版やねえ。「著者は、心の無意識までを含んだ四次元の地図を作成する作業の全体を、「アースダイバー」と名づけました。258万年前から現在にいたる地質の変遷を示す 「第四紀地図」と考古学の発掘記録、それに現代の市街図を組み合わせて、土地のもつ「本当の姿」を明らかにしていきます。またその作業には、古代人の心の構造を教える人類学、歴史学、心理学などあらゆる知が境界を越えて動員されます。今回その対象となるのは、大阪です。現在の大阪は5000年前にはほとんどが海面下にありました。南北に走る細長い上町台地だけが、古くからある陸地です。その南北の線を軸に、そして東の生駒山脈から発する死のパワー(ディオニュソス軸)が、東西に力を加え、その座標軸が大阪の基盤をつくっていると著者は考えます。そしてその交点にある四天王寺が大阪の中心となっています。物差しをもつ聖徳太子=太子信仰は、職人的世界のバックボーンになっています。一方ミナミ、キタ、ナニワなど大阪の中心地は、「くらげなす」砂州の上に成立し、それゆえに浮遊する世界=都市=商業を発展させえたということになります。大阪の古層にある、南からの海洋民、半島から到達した「海民」をキーワードに、大阪の無意識へとダイヴィングするスリリングな冒険を試みます。」(講談社の紹介)
2012年10月18日
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「みんなさ、どうしてもっとうまくやらないのかな」「うまくってどういうこと?」「みんな、ばかみたいに マジメに待ってるだけなんだよ。みんなは私をマジメっていうけど、本当はあの子たちの方がそうだよ」茜の記憶の中で、みりちゃんはとても頭の良い 子だった。今もそうなんだなって思った。茜にはさっぱりわからないことを、考えすぎるんだ、きっと。思っていると、みりちゃんが何か言った。よく 聞き取れなくて「何の話?」って聞いたけど教えてくれない。「別に」って答えて、意味深に顔を逸らす。茜はむっとした。なら言わなきゃいいのに、と面白く なかった。けれど流してしまった一瞬後で、みりちゃんが今言った言葉をそのまま反芻することができた。それは完全な独り言のようにも聞こえたけ ど、みりちゃんは確かにこう言った。「十円一枚、動かす度胸もないくせに」(辻村深月さん「ブランコをこぐ足」(「ふちなしのかが み」所収)P122)大きく息を吸い込んで、試しに足を折り曲げてみた。ジャンプの勢いをつけるところを想像してみる。せー の、と心の中で言ってみる。飛ぶ時は多分、こんな風。もう一度、せーの。日が暮れるまで、茜はここで飛ぶシュミレーションを繰り返して、だけど結 局、飛ばなかった。できなかった、というより、途中で気付いたのだ。自分が本当はそんなことするつもりなんてないってことに。(辻村深月さ ん「ブランコをこぐ足」(「ふちなしのかがみ」所収)P124)ちょっと分かりづらいお話?
2012年10月17日
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――先輩。彼女がまた言った。「あの子は何も、言いませんでしたよ」チサ子が相川を見る。静かに瞳を見つめ合わせて、微笑んだ。「何も、教えてくれなかった」(辻村深月さん「踊り場の花子」(「ふちなしのかがみ」所収)P62)「何だ、それ」と呟いた。「手紙は?」「ありますよ。ここに挟んだんです。良かった、無事に見つかりました」黄色い本の分厚いページの間から、チサ子が折り畳まれた手紙らしき紙片を取り出す。本のタイトルは、「モモ」とあった。チサ子が本の中に手紙を戻す。(辻村深月さん「踊り場の花子」(「ふちなしのかがみ」所収)P78)
2012年10月16日
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バルザック「サラジーヌ」を買書つんどく。藤原書店の「人間喜劇セレクション」、肆風の薔薇、水声社の「バルザック幻想・怪奇小説選集」、文庫では、「グランド・ブルテーシュ奇譚」など、ここんところ、バルザックは、はやってるんでしょうか?「若き彫刻家サラジーヌがローマで会った奇蹟の歌姫。完璧な美の裏の呪うべき秘密とは?狂おしい恋慕の果てに知った真の姿とは?バルトの名講義『S/Z』を導いた表題作ほか、音楽家、画家、女性作家ー芸術家にまつわる四つの物語。一途で奇怪な情熱が渦巻く。」「サラジーヌ/ファチーノ・カーネ/ピエール・グラスー/ボエームの王」(「BOOK」データベースより)
2012年10月16日
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言われた瞬間に、電話に出たことを悔やんだ。子供が覚え立ての言葉の使い方を間違えたように聞こえる。「フ る」なんて、そんな簡単なかわいい事柄は、私の身には何も起っていなかった。私を襲ったのは、もっと別の激しい何かだ。喪失だ。私が付き合ってき たのは、誰だったのだろう。その人が実在しなかったことを知らされ、途方にくれる。(辻村深月さん「芹葉大学の夢と殺 人」(「鍵のない夢を見る」所収)P158)というわけで、辻村深月さんの「鍵のない夢を見る」を読みました。「勘 違い」、「すれ違い」、「思い込み」、どれもこれも、なんともいえず割り切れない思いの残る短編集で、そこが「鍵のない」という総タイトルの所以なのかもしれません。中で、「美弥谷団地の逃亡者」と「芹葉大学の夢と殺人」は、その結末の悲惨さでも際立っており、「痛い」ものです。それでも、一番深い印象を残したのが、「芹葉大学の夢と殺人」で、「あなたが生きる世界は、この世のどこにもない。」、こんな無情な言葉が胸に突き刺さるようでした。なのに、2回読んでしまいました(笑)。「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナ ナ。」以降の作品ということを、強く感じますが、やっぱり、僕は、「ぼくのメジャースプー ン」や「ツ ナグ」みたいなのが好きなんでした。
2012年10月15日
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いっこめのコスモスの咲き初め。蝉の羽化直後みたいです。
2012年10月14日
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集英社文庫の「谷崎潤一郎小説集」3種類です。「谷崎潤一郎犯罪小説集」は読んでいます。「谷崎潤一郎犯罪小説集」仏陀の死せる夜、デイアナの死する時、ネプチューンの北に一片の鱗あり・・・・・。偶然手にした不思議な暗号文を解読した園村。殺人事件が必ず起こると、彼は友人・高橋に断言する。そして、その現場に立ち会おうと誘うのだが・・・・・。懐かしき大正の東京を舞台に、禍々しき精神の歪みを描き出した「白昼鬼語」など、日本における犯罪小説の原点となる、知る人ぞ知る秀作4編を収録。柳湯の事件/途上/私/白昼鬼語「谷崎潤一郎マゾヒズム小説集」エスカレートする遊びの中で、少年と少女が禁じられた快楽に目覚めていく「少年」、女に馬鹿にされ、はずかしめられることに愉悦を感じる男を描く「幇間」、関東大震災時の横浜を舞台に、三人の男が一人のロシア人女に群がり、弄ばれ堕ちていく「一と房の髪」など、時代を超えてなお色鮮やかな、谷崎文学の真髄であるマゾヒズム小説の名作6篇。この世界を知ってしまったら、元の自分には戻れない。少年/幇間/麒麟/魔術師/一と房の髪/日本に於けるクリップン事件「谷崎潤一郎フェティシズム小説集」女郎蜘蛛の入れ墨を背に彫り込まれた娘が、自らの裡にひそませる欲望を解き放ち、あざやかな変貌をとげる「刺青」、恐怖に取り憑かれた男の禁断の快楽を描いた「悪魔」、女の足を崇拝する初老の男と青年が、恍惚の遊戯に耽り、溺れていく「富美子の足」など、情痴の世界を物語へと昇華させた、谷崎文学に通底するフェティシズムが匂い立つ名作6篇。刺青/悪魔/憎念/富美子の足/青い花/蘿洞先生(すべて「BOOK」データベースより)
2012年10月14日
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昨日の、神戸市垂水の海神社、布団太鼓の「お宮入」。朝の様子と、夜の「お宮入」です。「お宮入」の後、駅前の広場で「練り合わせ」をやります。
2012年10月13日
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信じられない、と思う。自分がやってしまったことが、信じられない。仕方ないと思う一方で、どうしようそうしようと混乱する。良枝は今日、咲良をナナホモールに連れていかなかったのだ。だけど、自分がいつ家を出たのか、ナナホモールでどこを見たのか、ついさっきまでのことが思い出せない。携帯電話を入れた肩かけバッグを置いて、財布だけを持ってどうするつもりだったのか。ナナホモールで、何を見るつもりだったのか。安いシュシュが欲しかったわけじゃない。ただ、一人の時間が欲しかった。(辻村深月さん「君本家の誘拐」(「鍵のない夢を見る」所収)P226)
2012年10月13日
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長嶋有さんの「佐渡の三人」を買書つんどく。なんだか、よくわかんなかったんですが、書店で見て即買いでした。「物書きの「私」は、ひきこもりの弟、古道具屋の父とともに佐渡への旅に出る。目的は、祖父母の隣家に住む「おばちゃん」の骨を、郷里の墓に納骨すること。ところが、骨壷をユニクロの袋に入れて運ぶくらい儀礼にかまわぬ一族のこと、旅は最初から迷走気味で・・・・・。表題作「佐渡の三人」に始まり、「戒名」「スリーナインで大往生」「旅人」と、一族の佐渡への「納骨」の旅を描く連作長編小説。」(講談社の紹介)
2012年10月12日
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どうしてだろう。私には、もう何も、清潔なものも、きれいなものも、憧れていたものは二度と手に入らない気がする。何も選べない気がする。夢見る力は、才能なのだ。夢を見るのは、無条件に正しさを信じることができるものだけに許された特権だ。疑いなく、正しさを信じること。その正しさを自分に強いることだ。それは水槽の中でしか生きられない、観賞魚のような行き方だ。だけどもう、私にはきれいな水を望むことができない。これから先に手に入れる水はきっと、どんなに微量であっても泥を含んでいる気がした。息が詰まっても、私はそれを飲んで生きていくしかない。(辻村深月さん「芹葉大学の夢と殺人」(「鍵のない夢を見る」所収)P165)どうか彼が死刑になりますように。どうか彼が、死刑になりますように。あなたが生きる世界は、この世のどこにもない。目を開けて上を見ると、彼と目が合った。ひどい目の色をして、上から助けを求めるように私の方に手を伸ばしている。それは、幻想か、私の希望、だったかもしれない。(辻村深月さん「芹葉大学の夢と殺人」(「鍵のない夢を見る」所収)P179)
2012年10月12日
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由良君美さんの「椿説泰西浪曼派文学談義」を買書つんどく。これは、ほんとに待望の復刊なんでした。「文学史に埋もれた伊達男兼殺人文筆家に光を当て、アヘンが文学に与えた影響をあざやかにひもとく。ターナー晩年の絵画のすばらしさを再評価し、詩人哲学者・コールリッジとユートピアを夢見る。ワーズワースとゴヤの奇妙な同時代的交差を論じ、イギリスの恐怖伝奇小説の系譜をたどる。そして、ロマン派の音楽家たちをお祭り男と賞賛する。澁澤龍彦、種村季弘と並び称される「脱領域」の知性が遺した最初の著作、待望の再刊。」(「BOOK」データベースより)
2012年10月11日
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ストーカー、暴力、つきまとい。母が警察署で知らない大人相手に涙を流してるのを見たら、陽次のことを庇いたくなった。お母さんが大事に毎日めくっている相田みつをのカレンダーは、陽次が買ってくれたものだ。そういうのが好きなピュアな人で、たくさんの言葉を私に教えてくれた。瞬間、悲しみが噴き上げて、涙が出た。陽次も、出会い系で知り合ったばかりのあの人も、両方のいいところだけ、私のものになったらいいのに。二年も付き合ってるし、陽次がこの先私以外の人と付き合うことを考えたら、急にジェラシーがわいてくる。仕方がないじゃないか、人間なんだから。(中略)このままじゃ、何も選べなくなってしまう。陽次と、これから出会うかもしれない別の彼氏との未来や何か全部、その二つのうち、どちらを取るか迫られている。バイバイ、陽次。被害届けの一番上にある名前の欄から、私は書き始めた。浅沼美衣(辻村深月さん「美弥谷団地の逃亡者」(「鍵のない夢を見る」所収)P110)
2012年10月10日
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15年ほど育てていたペチュニアを、この夏に枯らしてしまいました。代わりというわけにはいかないけれど、新しく 仲間入りしたペチュニアです。これから、まだまだ咲きますが、先代のように何年も冬越えすることはないのではないかと思います。
2012年10月09日
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記事には、私のことも、身勝手な恋のことも、一言も出ていない。何度も、何度も、くり返し読むが、出ていなかった。どこにも私の存在を感じさせるものがない。呆気に取られ、それから、猛烈な怒りがわいてきた。新聞を丸め、思い切り手近の壁を殴りつける。ふざけるな、と声が出た。今更何もないなんて。(中略)どうしてだろう、と歯を食いしばる。どうしてだろう。私には、どうしてこんなものしか、こんな男しか寄ってこないのだろう。(中略)ああ、恥だ。ついていない。ため息が出た。(辻村深月さん「石蕗南地区の放火」(「鍵のない夢を見る」所収)P84)
2012年10月08日
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ミシェル・フーコー「知の考古学」を買書つんどく。いつかは、こういう本を読めるようになりたいものです。「あ らゆる領域に巨大な影響を与えたフーコーの最も重要な著作を気鋭が四十二年ぶりに新訳。フーコーが『狂気の歴史』『臨床医学の誕生』『言葉と物』を生み出 した自らの方法論を、伝統的な「思想史」と訣別し、歴史の連続性と人間学的思考から解き放たれた「考古学」として開示する。それまでの思考のありかたに根 底から転換をせまる名著が新たなすがたで甦る。」(「BOOK」データベースより)
2012年10月08日
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律子は母親とは違う。彼女が泥棒だなんて噂は一度だって聞いたことがなかった。私は歩いていって消しゴムを拾うと、かわいそうなほど動揺している律子に、「優美子ちゃん、多分、本の方だよ」と話しかけた。言葉は、慰みになったかどうか、わからなかった。律子の頬は、この間うちに謝りに来た以上に真っ赤だった。表情が顔から消えていく。私はもう、おしまいにしてもいいと思った。「ダメだよ」手の中の消しゴムを差しだすと、律子が視線を逸らした。私の顔も、消しゴムも見ない。汚れたわけじゃないし、ビニールに包まれているからまだ売り物だ。だけど、これはもう律子のものだ。売り場には戻せない。「お金、払いなよ」なかったことにはもうできないし、したくなかった。今これを見つけたのが私じゃなくて、大人で優しい、天使のよううな優美子なら、どうしただろう。優美子の母だったら、うちの母だったら――。突っ立ったままの律子の手に消しゴムを握らせる。気持ちの整理なんかとてもつかなかったけど、ただ一つ、許せないという思いだけはしっかりと心の真ん中にあった。(辻村深月さん「仁志野町の泥棒」(「鍵のない夢を見る」所収)P38)
2012年10月07日
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ロバート・クーヴァー「老ピノッキオ、ヴェネツィアに帰る」を買書つんどく。これはやっぱり、『ピノッキオの冒険』を読んでないとあかんやろう、と思いました。「晴れて人間となり、学問を修めて老境を迎えたピノッキオが、故郷ヴェネツィアでまたしても巻き起こす大騒動! 原作のオールスター・キャストでポストモダン文学の巨人が放つ、諧謔と知的刺激に満ち満ちた傑作長篇パロディ小説! 二十世紀末のある冬の晩、一人の老人がヴェネツィアのサンタ・ルチア駅に降り立つ。カルロ・コッローディの名作童話『ピノッキオの冒険』の主人公、ピノッキオである。彼は青い髪の妖精の言いつけを守り、いい子になった褒美として人間の子になってから、禁欲的に学問の道を歩んできた。そして西洋文化と思想の研究で数々の業績を上げ、二度もノーベル賞を受賞し、百歳を超えて故郷ヴェネツィアに戻ってきたのである。旅の目的は、人生の締めくくりとして自分の人生を振り返り、特に妖精との関係を見つめ直して、自伝の最後の章を書き加えること。ところが、ピノッキオは到着早々、『ピノッキオの冒険』にも登場する狐と猫に騙され、身ぐるみはがされてしまう・・・・・。(「訳者あとがき」より)」(作品社の紹介)
2012年10月07日
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――それをそのままにしておいて私は、なにくわぬ顔をして外へ出る。――私は変にくすぐったい気持ちがした。「出て行こうかなあ。そうだ出ていこう」そして私はすたすた出て行った。変にくすぐったい気持ちが街の上の私をほほえませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾をしかけてきた奇妙な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発するのだったらどんなにおもしろいだろう。(梶井基次郎「檸檬」(「BUNGO」所収)P121)というわけで、「BUNGO 文豪短篇傑作選」を読みました。「高 瀬舟(森鴎外)/富美子の足(谷崎潤一郎)/魔術(芥川龍之介)/注文の多い料理店(宮沢賢治)/檸檬(梶井基次郎)/鮨(岡本かの子)/黄金風景(太宰 治)/幸福の彼方(林芙美子)/グッド・バイ(太宰治)/人妻(永井荷風)/握った手(坂口安吾)/乳房(三浦哲郎)」という、このたび映像化されたという以外、どういうコンセプトで編集されたのかよく分からないアンソロジーではありますが、なによりお気軽に読めるところが良かったです。その中で、「檸檬」(梶井基次郎)は、学生時代以来、久しぶりに読みましたが、このどこまでも心理(風景ですら)を描いた小説が、なんと面白かったことか。また、初めて読んだ、「乳房」(三浦哲郎)のビビッドな感性に触れ、未完の「グッド・バイ」(太宰治)の、悪趣味なユーモアに麻薬めいた思いを感じました。癖になりそうです(笑)。
2012年10月06日
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自分がいま、おとなになりかけているのだという悠長な考えが、けし飛んでしまった。女ではあるまいし、おとなになるからと いって、男にどうして乳房が要るだろう。彼は、いま自分の軀におこっていることが、子供がおとなに変っていくというような、そんな誰にでもおこる自然な変 化ではないような気がして、これまでとは比較にならないほどの底深い不安に襲われた。そんなごく自然な成長過程の軌道から大きく踏みはずした、なにか異常 な、空恐ろしい変化が、いま自分におこりつつあるのではなかろうか、たとえば、いちど男に生まれたものが、途中からとつぜん女に変っていくというような ――。(三浦哲郎「乳房」(「BUNGO」所収)P276)すると、あの乳房は一体なんだったのだろう。けれど も、男の乳房など、男自身にとっては、いちど喪ってしまえばもういつかの妄想のように無用のものでしかなかった。逆に、たったいちどのかな江の乳房が、昨 日のことのようになまなましく、彼の記憶にのこっていた。彼はそれを、自分が男をとり戻した証拠だと思うことにした。彼は、あれから二度、かな江の店の客になりにいったが、かな江は何事もなかったような顔で彼の話をきいたり、自分で喋ったりした。あの日の荒れ狂ったようなかな江は、もうどこにもいなかった。(三浦哲郎「乳房」(「BUNGO」所収)P290)
2012年10月05日
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ゲイル・キャリガー「アレクシア女史、埃及で木乃伊と踊る」を買書つんどく。これで完結しましたので、近々に読んでみたいとは思ってるのですが・・・・・。「〈英国パラソル奇譚〉完結篇!子育てに忙しいアレクシアのもとに、世界最高齢の吸血鬼女王からエジプトへの招待が!人類と異界族が共存する19世紀英国。伯爵夫人アレクシアは社交界に、〈陰の議会〉に、特殊能力をもつ2歳の娘プルーデンスの子育てにと多忙な日々を送っていた。そこへ世界最高齢の吸血鬼マタカラ女王からエジプトへの招待が届く。かつて〈神殺し病〉で異界族が消えたその地で、一行は古代より続く恐るべき秘密にふれることに――歴史情緒とユーモアに、人狼殺害事件の謎を絡めた大人気冒険譚、惜しまれつつも堂々完結!」(早川書店の紹介)
2012年10月05日
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綾子への情が深まるにつれて、松夫は彼女の握り返した手にこだわった。むろん先に握った自分の手もイヤではあったが、それはこの際問題ではない。綾子はあのような時、誰に対してもあのように応じるのではないかと思いめぐらして苦しんだのである。考えすぎるのはいけないことだ、とむろん彼も心得ていた。しかし、自然に考えてしまうものは仕方がない。これも愛情のせいなのだ。愛情が深まるにつれて、彼は綾子の握り返した手にこだわった。苦しみは日ましに深くなったのである。(坂口安吾「握った手」(「BUNGO」所収)P244)「痛いわ。よして」と水木由子は松夫の言葉には全くツリアイのとれないことを云った。そして片手で松夫の手くびを握り、扉にはさんだ手を無理に抜きとるような真剣な作業に没頭しはじめたのである。松夫はかなりしばらく彼女の手を押えていた。彼女が予想外のことをやりだしたから、処置に窮したのである。押えているうちに、なんとかならないかと思った。しかし彼女の作業が長い山の芋をムリにも引き抜くような無法な荒々しさになり、とうてい詩情のまじる余地がないと見てとって手を離した。(坂口安吾「握った手」(「BUNGO」所収)P250)
2012年10月04日
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桜庭一樹さんの、「まだ桜庭一樹読書日記」が更新されてましたので、ひと月遅れながらご紹介。今回は、ロバート・コーミア「ぼくの心の闇の声」、夏樹静子さん「蒸発―ある愛の終わり」、「Wの悲劇」、アンソロジー「クトゥルフ神話への招待」なんかのことでした。どうも、2か月に一回の更新に変えられたようですね。
2012年10月04日
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知盛は小舟で御座船に乗りつけ、味方の敗北を告げて人々に覚悟をうながす。二位の尼は神璽(勾玉)の小箱を脇に挟み、宝剣を腰に差し、八歳の安徳天皇を抱いて海に沈んだ。天皇の生母建礼門院もあとを追うて入水になったが、源氏の兵が長い髪を熊手にかけて引き上げた。大納言の佐(平重衡の妻)は内侍所すなわち神鏡を収めた唐びつを持って入水しようとするところを袴のすそを舟ばたに射付けられ、「蹴まとひて倒れ給ひけるを、兵ども取りとどめ奉る。」神璽の小箱は波間にうかんでいたのを拾ったので、三種の神器のうち剣だけは失われた。(杉本秀太郎さん「平家物語 無常を聴く」P379)
2012年10月03日
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三種の神器とは、天孫降臨の時に、天照大神から授けられたという鏡・剣・玉を指し、日本の歴代天皇が継承してきた三種の宝物で、八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣(「草薙剣」)のこと。八咫鏡:天照大神が天の岩戸に隠れた岩戸隠れの際、石凝姥命が作ったという鏡。八尺瓊勾玉:岩戸隠れの際に玉祖命が作り、八咫鏡とともに榊の木に掛けられた。天叢雲剣:草薙剣の旧名で、須佐之男命が倒したヤマタノオロチの尾から出てきた剣。草薙剣と呼ばれるようになったのは、ヤマトタケルノミコトが譲り受け、移動中、周りを火で囲まれたとき、姫を守るため自らの周りの草を薙ぎ、火打石で草を焼いたためである。現在では八咫鏡は伊勢の神宮の皇大神宮に、天叢雲剣は熱田神宮に神体として奉斎され、八尺瓊勾玉は皇居の御所に 安置されているとされている。また皇居には、八咫鏡と天叢雲剣の形代があり、八咫鏡の形代は宮中三殿の賢所に、天叢雲剣の形代は八尺瓊勾玉とともに御所の剣璽の間に安置されているとされる。(うぃきぺでぃあ)尓して天照大御神・高木神の命以ち、太子正勝吾勝々速日天忍穂耳命に詔りたまはく、「今、葦原中国を平け訖へぬと白す。故言依さし賜へるまにまに、降り坐して知らしめせ」とのりたまふ。 尓して其の太子正勝吾勝々速日天之忍穂耳命答へ白さく、「僕は、降らむ装束しつる間に、子生れ出でぬ。名は天迩岐志国迩岐志天津日高日子番能迩々芸命(ニニギノミコト)ぞ。此の子を降すべし」とまをす。(中略)是に其のをきし八尺の勾たま・鏡と草那芸釼、また常世思金神・手力男神・天石門別神を副へ賜ひて詔りたまはく、「此の鏡は、もはら我が御魂と為て、吾が前を拝くが如く、いつき奉れ。次に、思金神は、前の事を取り持ちて、政を為せ」とのりたまふ。(「古事記」P74)
2012年10月02日
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大納言の佐どのは、内侍所の御からうとを持ッて、海へ入らんとし給ひけるが、はかまのすそをふなばたに射つけられ、けまとひてたふれ給ひけるを、つはものどもとりとゞめたてまつる。さて武士ども、内侍所のじやうねぢきッて、すでに御ふたをひらかんとすれば、たちまちに目くれ、鼻血たる。平大納言いけどりにせられておはしけるが、「あれは内侍所のわたらせ給ふぞ。凡夫は見たてまつらぬ事ぞ」との給へば、兵共みなのきにけり。 其後、判官、平大納言に申あはせて、許もごとくからげをさめたてまつる。さる程に、平中納言教盛卿、修理大夫経盛兄弟、よろひのうへにいかりを負ひ、手をとりくんで海へぞ入給ひにける。小松の新三位中将資盛・同少将有盛、いとこの左馬頭行盛、手に手をとりくんで、一所に沈み給ひけり。(「平家物語(四)巻第十一」P204)「内侍所」とは、三種の神器のひとつ、「八咫鏡」のことです。まるで、放射性物質です。
2012年10月02日
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二位殿(時子)は、このありさまを御らんじて、日ごろおぼしまうけたる事なれば、にぶ色のふたつぎぬうちかづき、ねりばかまのそばたかくはさみ、神璽をわきにはさみ、宝剣を腰にさし、主上(安徳天皇)をいだきたてまッて、「わが身は女なりとも、かたきの手にはかゝるまじ。君 の御ともに参る也。御心ざし思ひまゐらせ給はん人々は、急ぎつゞき給へ」とて、ふなばたへあゆみ出でられけり。主上、ことしは八歳にならせ給へども、御と しの程よりはるかにねびさせ給ひて、御かたちうつくしく、あたりもてりかゝやくばかり也。(中略)「尼ぜ、われをばいづちへ具してゆかむとするぞ」と仰ければ、いとけなき君にむかひたてまつり、涙をおさへて申されけるは、「君はいまだしろしめされさぶらはずや。先世の十善戒行の御ちからによッて、いま万乗のあるじとむまれさせ給へども、悪縁にひかれて、御運すでに尽きさせ給ひぬ。まづ東にむかはせ給ひて伊勢大神宮に御いとま申させ給ひ、其後西方浄土の来迎にあづからむとおぼしめし、西にむかはせ給ひて、御念仏さぶらふべし。この国は粟散辺地とて、心うきさかひにてさぶらへば、極楽浄土とて、めでたき処へ具 しまゐらせさぶらふぞ」となくなく申させ給ひければ、山鳩色の御衣に、びんづらゆはせ給ひて、御涙におぼれ、ちいさくうつくしき御手をあはせ、まづ東をふしおがみ、伊勢大神宮に御いとま申させ給ひ、其後西にむかはせ給ひて、御念仏ありしかば二位殿やがていだき奉り、「浪のしたにも都のさぶらふぞ」となぐさめたてまって、ちいろの底へぞ入給ふ。(「平家物語(四)巻第十一」P200)安徳天皇最期です。そして、なによりも、平家の盛衰をその目で見てきた、二位殿(時子)の最期です。
2012年10月01日
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