1985年(昭和60年)8月12日、18時56分に日本航空123便が群馬県御巣鷹山に墜落しました。
あの事故から、29年が経ちました。
あの日のことはよく覚えています。
初めて「東京ディズニーランド」に行っていたのです。
しかも、あの時刻、日本航空のアトラクション「スタージェット」に乗っていたかもしれません。
事故の報を聞き、ずいぶん落ち込みました。
僕が遊び呆けていたあの時に、大勢の方が悲劇に見舞われていたのです。
バブル景気がうごめきだす、日本経済も、日本航空も、僕の人生も有頂天の浮ついた時期でした。
本当は、あの時、脚を止めて、じっくりいろいろなことを検証する必要があったのです。
だけど、世の中の大きなうねりに身を任せ、深い考えも智慧もないまま、何か実体のない夢を追い求めて焦っていた、そんな時代でした。
『心の瞳』は、合唱の曲として知っていました。
子どもの合唱祭を通じて、僕は合唱好きです。
子どもたちに知っていて欲しい、同時に自らを省みる心の歌が多く、澄んだ気持ちになるからです。
これが、坂本九の歌であったと知ったのはずいぶん後になってからでした。
坂本九の最後のリリース曲で、この年に発売される予定でしたが、ファンの前で歌われることはありませんでした。
心の瞳
この時、坂本九は43歳。
柏木由紀子という、美人女優と結婚、二人の子供を授かり、理想の家族を築いていました。
まさにその家族に向けての愛の歌です。
人生を振り返り、正直にこの歌が歌えるとしたら、どんなに幸せでしょう。
『上を向いて歩こう』『見上げてごらん夜の星を』『明日があるさ』等々、ヒット曲を次々とばし、坂本九は1960年代の大スターでした。
全世界1500万枚の売り上げを持つ大歌手となり、柏木由紀子も手に入れ、これ以上ない成功を収めたわけですが、だからこの歌につながったというわけではないと思います。
もし、人の巡り合いに恵まれず、不遇のバンドマンで終わる人生だったとしても、彼の明るさはきっと違う”幸せ”を導いたのではないか。
柏木由紀子には遭えなくても、彼にふさわしい女性が現れて、違う形の幸せな家族が生まれ、人生を振り返ることができたと想像します。
九ちゃんには、そんな魅力がありました。
どんな境遇にも、めげずひるまず、手の中の幸せを大切にする。
感謝の心を忘れない。
この歌は、そういう人に歌って欲しいのです。
『歩き続けよう』佐野有未 and 感謝・42… 2016年11月21日
Nobody is Right 2015年10月02日
ありの~ままの~ 2014年05月16日
PR
サイド自由欄
カテゴリ
カレンダー
キーワードサーチ