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常夏の楽園・ハワイ。アメリカ合衆国のハワイ州に属するハワイ諸島はハワイ島、マウイ島、ラナイ島、オアフ島、カウアイ島などの8島に加え、約124の小島から成り立っています。 世界屈指のリゾートアイランド・ハワイには、各地から訪れる旅人たちを迎え入れる珠玉のホテルが点在しています。今回はオアフ島を中心に、多彩なスタイルの「ホテルステイ」を叶えてくれるホテルの魅力をご紹介します。親子でも3世帯でも大満足! 設備&プログラム充実のリゾートホテル。 ダイナミックな自然や心地よい気候、多彩なローカルグルメや人懐っこいロコたちの笑顔・・・。多彩な旅の魅力で人々を惹きつけるハワイ。この南国の楽園に魅せられた“ハワイ通”のなかには、観光やショッピングだけでなく、優雅な「ホテルステイ」そのものを楽しむ人も多いはず。そこで今回は、家族旅行やハネムーン、自分へのご褒美旅行・・・など、旅のスタイルに合わせたホテルの楽しみ方をご提案します。キッズからシニアまで、幅広い人が安心して気軽に旅を楽しめるのが、ハワイトリップの大きな魅力。親子や3世代でワイワイ楽しむ家族旅行なら、さまざまな世代が楽しめる設備や体験プログラムが充実した大型リゾートホテルを選択するのが正解でしょう。たとえば、「シェラトン・ワイキキ・ホテル」もファミリーでのバケーションにぴったりのステイ先のひとつ。ワイキキ・ビーチのほぼ中央、オーシャンフロントに位置するこのホテルは、ビーチを一望する見晴らしの良さと充実の設備が魅力。ホテル内には3カ月~12歳までの子どもを預けられる託児所「キッズルーム、ポピンズ・ケイキ・ハワイ」があり、子ども向けのハワイ文化プログラムが充実。パパやママがショッピングやレジャーに出かけている間に、子どもたちは世界各国のお友達と一緒にハワイならではの旅の思い出を作る!なんてことも可能です。また、ホテル内には長さ約21mのウォータースライダーやワイキキ・ビーチを一望するジャクジーなどを備えたファミリー向けプール「ヘルモア・プレイグラウンド」も。燦々と輝くハワイの太陽の下、安心して水遊びを楽しむこともできます。また、海外旅行に不慣れなシニア世代にとっては、24時間の日本語ゲストサービスや、慣れ親しんだ和食の味わいにホッとひと息付ける日本食レストランの存在も心強いものですファミリー旅行を快適に過ごすには、家族のメンバーそれぞれが自分のペースで旅を楽しめることが大切な条件。「シェラトン・ワイキキ・ホテル」のような大型リゾートホテルは、家族みんなが心地よいハワイステイを叶えてくれる存在です。私も一人旅の時には時々利用いたします。ふたりのハネムーンはスペッシャルなクラシックホテルで。 大切な人とふたりきりで過ごす、ハネムーン。生涯でもっともロマンティックな旅の舞台には、品格と快適性、そしてロマンティックな雰囲気を兼ね備えるとびきりのホテルがふさわしいでしょう。1901年にワイキキで初めてのリゾートホテルとして開業し、1世紀以上にわたって「ワイキキのファーストレディ」の愛称で親しまれてきた「モアナ・サーフライダー・ウエスティン・リゾート&スパ」は、世界中の旅人が憧れる美しいクラシックホテル。白亜のエントランスからホテル内に一歩足を踏み入れると、そこには伝統に裏打ちされた優雅で幸福な時間が流れています。一生の思い出を作る旅だからそこ、極上の客室や食事、スパにもこだわりたいもの。たとえば2013年春に改装されたばかりの最上階(21階)の客室は、ハネムーンにうってつけの空間。ダイヤモンドヘッドの眺望が楽しめる「ダイヤモンドヘッド・オーシャンビュー」や、窓の外いっぱいに海が広がる「オーシャンフロント・スイート」は、朝、目が覚めた瞬間から「ハネムーンの幸せ」を感じられる絶景のゲストルームです。さらに、ビーチに沈む夕陽を楽しめるステーキハウス「ビーチハウス・アット・ザ・モアナ」でのディナーや、ワイキキ・ビーチに面したオープンエアダイニング「ザ・ベランダ」での朝食の時間は、五感すべてでハワイに身を置く心地よさを感じられるレストラン。さらに、ふたりで一緒に「モアナ・ラニ・スパ」でのカップルスパを楽しんだり、ルームサービスを利用して、ふたりだけの食事の時間を楽しんだり・・・。ハネムーンでのハワイステイなら、何年経っても「あの旅は素敵だったね」と語り合える、贅沢な名門ホテルがおすすめです。このホテルの他に、私たち夫婦旅の拠点ホテル「ロイヤル・ハワイアン」天国のホテルと言われる「ハレクラニ」などもGoodですよ!!!ホテルに籠る、という贅沢。ごほうび旅におすすめの極上リゾート。 日頃頑張っている自分への“ごほうび旅”なら、リゾートホテルに籠もってみるのもおすすめ。オアフ島のシンボルとして愛されるダイヤモンドヘッドの東側に位置するカハラ地区は、ワイキキとはひと味違ったゆるやかな時間が流れるエリア。この地に位置する「ザ・カハラ・ホテル&リゾート」は、そんな“ごほうび旅”にぴったりの空気感を持ったホテルです。ワイキキから車でわずか10分ほどという便利なロケーションにも関わらず、街の喧噪から隔絶されたのびやかな時間が流れる「ザ・カハラ・ホテル&リゾート」。その魅力は、カハラ地区という立地だけではありません。ハワイに点在するホテルのなかでも、ひときわ高い評価を得るゲストルーム、ハワイの花々が咲き誇る中庭を望む広々としたトリートメントルームを備えた「ザ・カハラ・スパ」、敷地内の美しいラグーンでイルカとふれあえるアクティビティ「ドルフィン・クエスト」など、リゾートの楽しみは数え切れないほど。ジョン・ウェインやフランク・シナトラから、ニコラス・ケイジやキャメロン・ディアスまで。1960年代の開業以来、数多くのセレブリティに愛され続けていることも、同ホテルの魅力を裏付ける事実のひとつです。館内に点在するレストランで美食を味わい、澄み切った海で可愛らしいイルカたちに癒され、身も心もときほぐされるスパの時間を楽しむ・・・。ホテルの中だけで心地よいリゾートの時間が完結する。そんなラグジュアリーなホテルステイこそ、“ごほうび旅”にぴったりかもしれません。ひとりでのんびりと訪れるもよし、気の置けない仲間と楽しむもよし。思い思いの“ごほうび旅”を叶えてみませんか?ファミリー、ハネムーン、ごほうび旅・・・。旅の目的が異なれば、泊まりたいホテルも異なるものですが、ハワイの島々にはあらゆるニーズを受け止める多彩なホテルが点在しています。“泊まるハワイ”という視点で見つめ直してみると、南の楽園のさらなる奥深さが楽しめるはず。ぜひ、あなただけのお気に入りのホテルを、見つけてみてください! 今回はオアフ島のホテルを中心におすすめの滞在スタイルをご紹介しましたが、もちろんネイバーアイランズにも珠玉のホテルが点在しています。マウイ島の「リッツ・カールトン・カパルア」、「グランドワイレア」やハワイ島の「マウナケア・ビーチ・ホテル」、「フェアモント・オーキッド」、カウアイ島の「セント・レジス・プリンスヴィル・リゾート」など、泊まってみたい憧れのホテルは数え切れないほど!どのホテルに泊まろうか思案する時間もまた、ホテルステイを楽しむハワイの旅の醍醐味です「シェラトン・ワイキキ・ホテル」
2018.01.31
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Aloha! 皆様アロハシャツをお持ちですか?👕 ゆったりとした着心地、南国らしい絵柄が魅力のアロハシャツは、楽園ハワイの象徴でもあり、ハワイでは正装として日本のネクタイ&スーツに代わるものでもあります。アロハシャツがどのようにハワイに定着したか探ってみませんか?それはハワイの歴史をひもとく楽しみ化もしれませんね。https://www.aloha-program.com/curriculum/lecture/detail/46 参考文献 ハワイ州観光協会 go-hawaii allhawaii (オールハワイ) aloha-program.com
2018.01.27
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ALOHA !!!今日はハワイ産パイナップルについてパイナップル ハワイで最初にパイナップルが登場するのは16世紀頃という説があります。当時、ハワイ島コナの海岸で外国船が難破し、積荷の一部だったパイナップルが漂着したものを、住民が栽培したというものです。しかし、18世紀末にキャプテン・クックが来島するまでの歴史はあいまいです。記録として残るのは、1813年のことです。 パイナップルの葉はきわめて強靱で、かつては吹き矢の矢じりに使われたほどでした。加えて鋭いトゲがあり、これが効率の良い栽培を困難にしていました。その後の1886年に、ジャマイカから葉のトゲがないスムース・カイエンという品種が導入されました。それまでのパイナップルは鋭いトゲのせいで生産性が低かったのですが、これを転機に耕作地が広がり、生産量が増大しました。今日ではカイエン種が全流通量の90%近くを占めます。 1892年にキッドウェルという人物がオアフ島で生産を始め、その数年後、ドールがホノルルにパイナップル工場をつくりました。やがて大量生産が始まり、缶詰加工が行われるようになると、パイナップルは一大産業として発展します。ほどなくハワイは世界一のパイナップル産地となりました。しかし、少しずつ労働賃金の低いアジア産に押され、今日では主要産業の地位を他国に譲っています。今日ではオアフ島に残るドールのパイナップル農園をはじめ、いまもわずかながら農園が点在し、ハワイ風物詩のひとつとなっています。 その他に、甘みの強いクイーン種、甘みも酸味も強いレッド・スパニッシュ種などがあります。ハワイのプランテーション・パイナップルはほとんどがカイエン種ですが、少量ながら、酸味が少なく芯が目立たないコナ・シュガーローフという品種や、ヒロという品種もあります。ちなみにワヒアヴァのドールプランテーションには、世界中の主要なパイナップルが植えられています。 ハワイ語ではハラ・カヒキと言いますが、ハラとはタコノキのことで、タコノキの実や香りがパイナップルに似ていることから誤用されました。ハワイに導入されたパイナップルは、今日ではオアフ島とマウイ島に数社が残るだけですが、20世紀半ばの最盛期にはどの島でも生産され、世界に輸出されていました。ハワイではラナイ島がもっとも盛んでしたが、パイナップル産業の衰退とともに廃れ、かつての広大な農園は荒野と化しました。 パイナップル産業はハワイの歴史に深い関わりがあります。カメハメハ王朝の消滅とハワイ共和国、後のアメリカ併合に大きな影響を及ぼしました。初期のパイナップルは「カイルア」と名づけられ、サンフランシスコに送られました。ハワイ島ヒロのホワイト・パイナップル 今日、パイナップルは世界に2000種近くありますが、その多くは着生植物と言って、他の植物の樹上で育ちます。ただし栄養は自分で摂ります。しかし、食用のパイナップルは地生植物で、地面に育ちます。今日では100種ほどの品種があります。 パイナップル(ananas comosus)はパイナップル科アナナス(Ananas)属の多年草です。ブラジル原産で、アナナスという学名は、ナヌス(nanus)という土地の名前に由来します。これとは別に、「ア」はポルトガル語で「果実」、「ナナ」は「優れている」という意味だとの説もあります。一方、パイナップルという言葉は、スペイン語の「ピナ」が英語化し、これに果実を表す「アップル」が付いたと言われます。 パイナップルは、サイズが大きくて軸が太く、下膨れしたものほど良い味がします。底を押して軟らかければ食べ頃ですが、そうでない場合は冷蔵庫に入れて2日ほど寝かせると酸味が減ります。植物情報学名:Ananas comosus パイナップル科アナナス属ハワイ名:Hala kahiki英名:Pineapple和名:パイナップル原産地:ブラジル / 外来種特徴:多年草、1.0~1.5m。花のサイズは3~6cm。チューブ状の明るい紫色の花が、後に果実となる部分から200 前後がつく。葉は長さ60cm~100cm、幅6~8cm。葉の基部が重なり合い、器のような構造をしている。葉の基部に水や腐植した葉を蓄え、水分と栄養の補給を行う。そのため乾燥にもある程度持ちこたえる。食用となるのは、苞と萼、花弁などが融合して果肉のように変化した部分で、集合果と呼ばれる。果実のサイズは25~35cm。果実の頂にある葉のように見える部分は芽で、芽か子株を切り取って砂地に挿すと、新しい株が誕生する。https://www.aloha-program.com/curriculum/lecture/detail/348 参考文献 ハワイ州観光協会 go-hawaii allhawaii (オールハワイ) aloha-program.com 近藤純夫さんの講義講師紹介 近藤 純夫Sumio Kondoエッセイスト、翻訳家。写真家。 ハワイ火山国立公園アドバイザリースタッフ。フラ・ミュージアム(スパ・リゾート・ハワイアンズ)アドバイザー。アロハ・カワラ版(パシフィック・リゾート)アドバイザー。国内外で各種のカルチャー講座を主催。ハワイ関連の著書に『フラの花100 』(平凡社)、『歩きたくなるHawaii』(亜紀書房)、『アロハ検定オフィシャル・ブック』(共著・ダイヤモンド社)、『フラの本』(講談社)、『ハワイアンガーデン』、『ハワイ・ブック』、『ハワイ・トレッキング』、『ハワイ諸島の自然』(以上、平凡社)、『おもしろハワイ学』(JTB)、『裏ハワイ読本』(共著、宝島社)など。訳書に『イザベラ・バードのハワイ紀行』(平凡社)、『ナショナル・ジオグラフィック 荒ぶる地球』(岩波書店)など。フェイスブックで毎日ハワイの小咄と写真を発信している。 「Facebook」https://www.facebook.com/kondo.sumio
2018.01.20
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皆さま、日頃より数多くの「いいね!」や温かいコメント、ご意見などを頂戴させて頂き本当にありがとうございます♪本日1月19日(金)、TAKA Facebookページはおかげさまで開設6周年を迎えることが出来ました。2012年開設以来早いもので、もうと言うかいつの間にか6年がたってしまいました。自分なりに大好きなHAWAIIの情報や時にはコメントを綴って参りました。これからも、より皆さまに楽しんで頂けるよう 「あんしん、あったか、あかるく元気」なHAWAII情報”グルメと旅”をお届けしてまいりたいものと思っています。引き続き、TAKA Facebookページ並びに併せてブログのご購読をよろしくお願い申し上げます。ハレアカラ山頂(マウイ島)のご来光
2018.01.19
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ALOHA !!!2018年 コクアカイルア(ハワイ島) 開催日時:2018.1.16-2018.1.17 毎月第2もしくは第3日曜日にハワイ島のカイルアビレッジにて、地元ハワイ産のものを多く扱う家族向けイベント「コクアカイルア」が開催されます。ショッピング、地元ミュージシャンやアーティストの方の演奏も楽しめます。http://historickailuavillage.com/kokua-kailua/ 参考文献 ハワイ州観光協会 go-hawaii allhawaii (オールハワイ) aloha-program.com
2018.01.13
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ALOHA今日は歴史の勉強です。島の生成からクック船長来島までポリネシアの最北に位置する「ハワイ」• ハワイ諸島は西北西にミッドウエイ島のあたりまで続いています。• 紀元後1300年頃以降は外界との交流がなかったハワイの人々。• 1778年の英国のクック船長による島々への到達は、ハワイに画期的な歴史の転換を及ぼしました。ハワイの島々は、現在のハワイ島(ビッグ アイランド)東部に位置するホットスポットからのマグマの流出により造られた火山島です。島は太平洋プレートと共に日本の方角、西北西に向けて、1年に10センチ弱ほどの速さで移動しています。従って西に行くほど島の生成年代が古くなり、ハワイ諸島(ハワイ語でパパ ハナウ モク アケア)の中で一番古い島は、ミッドウエイ島の西約90キロのところに在るクレ環礁です。人の住む島の中では、一番西に位置するニイハウ島とカウアイ島の生成年代が一番古いことになります。クレ環礁の先には海底火山が続き、あるところからその列は西北西から北北西に向きを変え、カムチャツカ半島に向けて天皇海山群の名称で一直線に続いています。ハワイ8島ハワイにはいつ頃から人が住んでいたのかについてはポリネシアの項で、紀元後500年から700年頃にマルケサスから来島、との篠遠博士の説を紹介しました。そして紀元後1000年頃から始まったタヒチとハワイの間の相互移動は1300年頃以降に何らかの理由で消滅してしまいます。小氷期のように温度が若干下がり風向きにも影響が出て、長距離の海上移動が不可能になったためなのかもしれません。何れにせよ、現在のハワイ文化は、タヒチ(ハワイ語ではカヒキ)の文化が基になっていると考えられています。それでは、先にハワイに住んでいたマルケサスから来たポリネシア人はどこへ行ったのか。西に追いやられた可能性もあります。カウアイ島より西に在る、現在は人が住んでいないネッカー島(ハワイ名:モクマナマナ)とニホア島では、篠遠博士の恩師ケネス エモリー博士によって祭祀場が発見されており、ネッカー島で見つかった小さな石像はマルケサスの神像に類似しているとも云われています。但し現在のところ、これ以上の証明はなされていません。ネッカー島で発見された神の石像ビショップ博物館の展示物より西欧人来島前のハワイでは、明確な階級制度の下で社会が構成されていました。モイもしくはアリイ ヌイと称する王の下にアリイと呼ばれる支配階級が居り、その下にカフナと呼ばれる知識階級や神官に相当する人々が居ました。カフナは、スペシャリストと云った方が分かり易いかもしれません。平民はマカアイナナと呼ばれ、最下層にはカウア(労働を強いられている人達)が居て、その社会はピラミッドのように出来上がっていました。 島はモク、もしくはモクプニと呼ばれ、大きな島は幾つかのモク(地域)に分けられ、それぞれアリイが支配していました。モクは、稜線などで分けられたアフプアアと呼ばれる、高い山の頂から海岸まで続く人々の共同生活地域に分けられ、低い身分のアリイの管理者「コノヒキ」がその地域での権限をもっていました。「アフ(祭壇)プアア(豚)」には緑豊かな森が連なり、峰々からの清水により潤い、タロ芋などの植物性の食物が育まれ、海岸近くの清水と海水が混ざり合う場所に養魚場「ロコイア」が作られ、自給自足の生活が営まれていました。 人々の生活は、ハワイアンの創世記にも相当する神話「クムリポ」を基に、神話や伝説の中に登場する神々の教えに則り、それを基にし、もしくは王が発する「カプ」と呼ばれる制度、社会規範により規律が保たれていました。カプは他のポリネシアの島々ではタプと発音され、クック船長に同行した学者がこの言葉を記録していて、これが基になって英語になったのがタブーと云う言葉です。これでカプの意味合いが解るでしょう。 紀元後1300年頃以降は外界から閉ざされていたハワイに、南の洋上から白い帆を揚げた二隻の船が現れます。英国の探検家ジェームズ クック船長率いる一団が3回目の太平洋探検でタヒチから北上し、始めて北太平洋に入り1778年1月にハワイの島々を発見し、サンドイッチ アイランドと名付けたのでした。 北米大陸とアジアの間に島が発見されたことにより、ハワイには貿易船の補給や北太平洋の越冬地として西欧人が来島するようになり、西欧人の助言や大砲をたくみに利用したハワイ島の王カメハメハにより島々は統一され、ハワイ王国成立への道筋を辿ります。 参考文献 ハワイ州観光協会 go-hawaii allhawaii (オールハワイ) aloha-program.co 浅沼 正和 Masakazu Asanumaの講義浅沼 正和Masakazu Asanuma ハワイ在住通算27年目を迎える。2001年からビショップ博物館で日本語ドーセントのボランティアを始め、2003年に同博物館の会員組織を代表する Bishop Museum Association Council のメンバーに選出され、現在に至る。他に、ハワイ日米協会理事やハワイ日本文化センターのBoard of Governor 等を務め、日布間の文化交流活動に従事している。海外の訪問国と地域の数は95箇所に及ぶ。
2018.01.06
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私達がお正月によく金箔酒を飲みますね、私も御屠蘇を始めお正月のお酒は金箔酒をいただいております。でも、あの金箔って飲んでも大丈夫なのでしょうか・・・。金はとても柔らかくてのびやすく、約4グラムの塊から畳1畳分位の金箔ができるのです。厚さは1ミリの1万分の1。台所で使うアルミ箔の100分の1位です。お酒に入れる金箔も普通は1升(1.8ℓ)あたり80分の1グラムほど、見た目の華やかさほど量は多くない。金は金属の中でも特に変化しにくく、長い間ほって置いても錆びないし、普通の薬剤では溶けない、だから金箔が体の中で溶けたり消化されたりする事はない。そのまま体の外に出てしまうから体に悪い、と云うこともない。 日本では昔から金箔をお酒やお料理の飾りとして使ってきたけど、体に悪いという影響が出た事はない、法律でも食品添加物として使ってよいと認められている。しかし、それは「今までのような使い方ならば」と云うのが前提です。金箔は偶に少しだけ口に入れるものだから、一日どれだけならば食べてよい、と言う量はきちんと調べられた事はない、どんなものでも食べすぎは体に良くないと思いますね・・・。お酒に入っている位は気にしなくてもよいと云う事になります。 金箔屋さんも食材用の金箔は混ざり物がないように特に気をつけて工芸用の金箔とは別けて作っています。酒好きの貴方、来年のお正月には安心して金箔入り豪華なお酒でお目でとうをお祝いしようでは有りませんか。 私も毎年金箔酒に屠蘇をしたした菊正宗を元旦の朝には一家でいただくことにしています。
2018.01.03
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謹 賀 新 年 明けましておめでとうございます Hau`oli makahiki hou (あけましておめでとう) 皆様方にとって幸多い一年となりますように こころよりお祈り申し上げます 本年もよろしくお願い申し上げます 平成30年元旦
2018.01.01
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