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「怒り心頭に達す」とはこの日のためにあったのかと思えるような日だった。日本滞在を1週間延期して本日からメルボルンにて業務を開始した今日のことだ。机の上には、留守中の手紙が山積。その中に、オランダ系の連れ合いも泣いて喜ぶであろうフリーの劇場招待券が7枚も放置されていたのだ。残念ながら、その日付は5月24日でもう過ぎてしまっていた。この招待券は、どういうわけか年に1度送られてくる「最高級ストリップクラブ」の招待券だった。人の善意がまったく無駄になってしまった。数多いるスタッフはいったい何をしていたのだろうか!だが、ちょっと気になるのは7枚という数字だ。ラッキーセブンなのだろうか。8枚でもなく、10枚でもない。送り人のMs Rose Salvicciに電話して確認するのもやや憚れる。来年の配信を待つことにする。
2007年05月28日
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「さじ、どこ?」大正12年生まれで、今年84歳になる父がいう。思わず、それを手にして投げたくなるようなボキャだ。父の口からは時々、古い表現が飛び出してくる。今回、毎日父の食事の面倒をみていて二人でいろいろと昔話などができた。母と結婚する前に付き合っていた女性がいたのか、などと臆面もなく訊き続けたが、なかなかガードが固い。固いわけだよ元警察官。口を割らせるのは得意だが、割る方は結構しぶとい。「お父さん、足元も覚束ないのにバスに乗って一人で見舞いに来て、来なくていいって怒ったの。」入院中の母が父にそう言ったという。私はもっぱらママチャリで通院していたが、父はバスが多かった。「そしたらねお父さん、苦労して見舞いに来て怒られて俺は『傘屋の小僧』だって言うのよ。」『傘屋の小僧』?「骨が折れるばっかりだってさ。」父の、滅多に出ない駄洒落だった。江戸時代の長屋の浪人傘張りを想像したわけではないが、その古い駄洒落に私も苦笑してしまった。本日、母も無事退院。この二人を置いて、私は明日オーストラリアに帰国する。二人で笑ったり、喧嘩したりしながらも元気でやっていって欲しいと願うばかりだ。
2007年05月25日
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タコ社長の適正標準体重=74.3kg. 私をバカにしているのだろうか。自慢するわけではないが、現在の私の体重は92kgだ。母の入院している病院で、無料健康診断があったので受けてみてみた。結果性別 男性年齢 54歳身長 183.8 cm体重 91.9kgインビーダンス 440 Ω体脂肪率 26.9%脂肪量 24.7kg除脂肪量 67.2kg体水分量 49.2kgBMI 27.2標準体重 74.3kg肥満度 23.7%知らないうちに身長が1cm短くなっていた。老化現象だろうか、あっちこっち縮んできている。但し、脂肪には元気がいい。無料ということで非常にたくさんの中高年でごったがえしていたので、結果分析を十分に聞けずに終わってしまった。こういう数字に詳しいヘルシーな方、分析お願いします。それにしても、体重が74.3kgというとこれは中学生のときの体重で承服できない。これじゃ、激ヤセのキャットウォークモデル並じゃないだろうか。待ったがでそうだ。ところで、ダンスは好きな方だけどこの中にあるインビーダンスとはどんなダンスなのだろうか。いずれにしてもタコ社長、肥満、ないしは大いに肥満傾向にある、という判断には異論がないようだ。もっといろいろな所で汗をかかないといけない。
2007年05月20日
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「極楽トンボ」「しかとする」。本当の意味がよく分からないまま使っている言葉が結構あるもんだ。今更回りの人に意味をきくのもなんだ、なんて惑いながらも使い続けてしまう。東村山の実家は、馴染みの埼玉県との県境。毎朝のウォーキングでは所沢駅を越えて歩いている。昔から、池袋と所沢は私の守備範囲だ。所沢商店街を歩いていると、早朝からチカチカと瞬いているネオンが毎朝目に入る。「テレクラ」、と黄色を背景に黒字のネオンがしつこく訴えてくる。これも、分かるようで全く分からない言葉の一つだ。一体、朝の6時前から何をやっている所なのか気にならないでもないが、今更実家の隣のオジサンに確認したりはできないような気がする。だいたい、オーストラリアに移住しているこの20年に日本で流行った言葉、サービスなどは分からないものが多いし、体感できないもどかしさもある。「バリべん」って言葉を覚えたよ。清瀬の北部医療センターという所に入院している81歳になる語感の割と鋭い母がいう。胃カメラの検査のために飲むバリュームは、体内に長く残っていてはいけないもので、検査後に便として出ないとならない。そのバリュームが出る「白い便」を業界では「バリ便」といっているらしい。母は、この新しいボキャブラリーを得意そうにニコッと笑って私に伝えてくれた。母の胃の手術は14日に無事終わった。手術室に入るとそこに居た3人の看護婦さんたちが口を揃えて、「お母さんにそっくり。」と笑いながら言った。「はい、瓜二つです!」私は、常套句で大声で応えた。私が病院を出るとき麻酔から覚めた母は、両手でか弱くVサインを出して私に別れを無言で告げた。母の細い目は、更に細く寝ているようだった。もう、この母の口から「バリべん」なんていう業界用語をきくことがないよう願っている。
2007年05月15日
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オランダ系の連れ合いはマナーにうるさい。何か口に入れてクチャクチャ食べたりすると、どこかに行ってしまう。ちょっと、離れていて欲しいときなどはこの方法が効く。特に、私のチューインガムの噛み方が気になってしかたないようだ。グッと睨まれる。こういうマナーというものは、生まれたその家、またその国の習慣でもあり、あのマイケル・ジャクソンに股間引っ張りポーズで歌うのだけは止めて欲しいなんていっても始まらない。ところが、この連れ合いのマナーで私が気になることがあった。手で何かを食べたとき、指についたものを舐めることだ。これは、日本人はあまりやらないことだろう。しかしどうやら、オーストラリア人は結構やっているようで、連れ合いがオージーの日本人の間でこの話で盛り上がったことがあった。今、毎日母親の病院にママチャリで通っている。体重が100キロ近いので、いつもパンクするのではと心配だ。更には、これで帰りに「いなげや」でとんでもなく買い物するのでこの心配が倍増する。昨年、10月のときは父親の病院だった。同じ病院が今度は母親の病院になっている。今日は父親も定期健診に来て、親子3人で病院で対面して、私も二人の主治医に会ったりして、だんだん人気者になってきている。昼は病院の売店で買ったアンパンとビザパンを、外に出てベンチに一人で座って「濃い目のお~いお茶」で流し込んだ。団鬼六の「快楽なくして何が人生」を読みながらピザパンを食べていたら、指と開けていたページにベッとりとトマトもどきがついてしまった。私は、思わずベッとりとついた右手の人差し指と中指をしっかりと舐めてしまった。目を上げると、左斜め前5メートルくらいの所のベンチに座っていた初老の夫婦らしきカップルにじっと見られてしまっていた。私は、オーストラリアでも日本でも、マナーの悪い人間になってきてしまっているようだ。
2007年05月11日
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あれだけはしないようにと思っていた。イヤホンを付けて街を歩くことだ。例のiPodっていうやつだ。私には似合わないと思っていた。第一私はオーストラリアでは電車に乗らずに車通勤。日本で大昔ウォークマンを電車で聴いていたころと状況が違っている。オランダ系の連れ合いが、私がiPodを買うなんていっても、「うん」とは言わないだろうと思っていたし、実際にそうだった。「あなたの誕生プレゼントにiPod、どうかしら?」その、オランダ系の連れ合いが先日突然言い出した。二ヶ月近く前倒しのプレゼントだという。なんでも、英語教師の同僚が、クラスの聞き取り用にこのiPodを使って本当に重宝していると聞いたらしい。それまでは、重いラジカセやCDプレーヤーを持ち歩いていたとのこと。連れ合いはいまだに重い方で、まず連れ合いがこのiPodを購入したくなったらしいのだ。私よりも、世間一般の方が連れ合いに対する説得力がある人生を歩んでいる。ということで、iPodのダブル購入となった。私にとっての追い風は、毎日歩き始めたということだ。そして、今は日本滞在中で電車に乗ることも多い。「大人のオモチャ」という怖い言葉があるが、その本流からは外れるがiPod、どうやらタコ社長オモチャになりつつある。ただ、あまり慣れていないので落としたりして大声を出したりしている。そして、電車のなかで突然テレサ・テンとかが歌い出したりすると慌てて音を低くしたりしている。周りには聞こえていない筈だし、彼女には申し訳ないのだがついついそうしてしまう。次はいよいよニンテンドーDSだろうか?最近、脳が鍛えられていない。
2007年05月08日
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日本でも、朝早く起きてウォーキングをしている。オーストラリアで歩いているときとちと違う。1. 年寄りがいやに多い2. 挨拶をしない3. 犬を連れている人が多い。同じような手提げ袋を持っている。糞処理だろう。4. タバコを吸いながら歩いている人がいる5. 走っている人がいない6. サイクリングがいない7. 30代、40代の人が少ない8. 帽子をかぶっていない人がいない9. 車にぶつかりそうになる10. 深呼吸しても、木の匂いがまったくしないあと74個くらいはあるが、やめておく。一番気になるのは10番で、まったく木にならない、なんて駄洒落を言っている場合でもない。ここは、東京の丸の内とかじゃない。東村山4丁目だ。ここで、木の匂いがしないのはなんとも寂しい。八王子の高尾山とかまでいかないとだめなのだろうか。東村山も名前負けしている。タバコを吸いながらウォーキングしている人。しないよりいいと思っているだろうが、しないほうがいいと思う。私も、そんな匂いをかぎたくない。30代、40代の人は疲れきって早朝ウォーキングどころじゃないだろう。でもこの人たちの中には、案外昼休みに死ぬほど皇居の周りを走り回っていたりしている人もいるだろうから、安心していてもいいのだろうが、そんな人はやっぱり一握りだろうからやっぱり心配だ。まだ東村山ウォーキング3日目だから、帰るころには1冊の本ができそうなまでいろいろな話がたまるかもしれない。
2007年05月05日
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「テッド、『意志があるところに道が開ける。』を信じてやってください。」代々木にあった日本語学校で、日本語教授法を勉強してオーストラリアに移住を決めたときに長島校長先生がこう言われた。この学校では、学生が皆ニックネームで呼ばれていて私はテッドだった。先生は、もう一つ私に言われた。「オーストラリアで学校をやるときは、誰かと共同経営したりしないで、一人でやってください。共同経営してうまくいくときはいいですが、難しくなると必ず問題がおきます。それからもう一つ。お金を追わずに人を追ってください。」会社経営をしていて、先生のいろいろな言葉、アドバイスを思い出すことが多い。「テッド、小高い丘の上で全景が見渡せるような所で仕事がしたいですね。」熱心なクリスチャンで、いつも温和な先生がメガネの奥の目を輝かせてそう言われた。一生かかってもやりきれない宗教書の日本語訳を、そんな所にある家に篭ってやりたいということだった。4000人からの日本語教師の卵を世界中に送り出した長島先生は、昨年の暮に天国に召されていかれた。私が、先生にお会いして多くの啓蒙を受けたとき、先生は調度今の私の年だった。自分と比較してもまったく意味はないが、先生の存在は本当に大きかった。「意志があるところに道が開ける。」
2007年05月02日
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明日、今年初めての日本に向けて発つ。日本に行く楽しみの一つは本屋めぐりだ。今回は次の真面目で奥の深い三冊を購入したい。「原因と結果の法則」ジェームス・アレン著「ペニスの歴史」デイビット・フリードマン著「男のための漢方」幸井俊高著こう書けば、気の利いた女友達たちが買い求めて待っていてくれるやもしれない。便利な時代になったもんだ。
2007年05月01日
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