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日曜日からサマータイムがスタートした。日本との時差は二時間になる。二時間差というのはどんなものだろうか。映画でいえば結構長いもの。人目を忍ぶ逢瀬では短い休憩二時間。日豪の仕事でいえば、こちらはそろそろ帰ろうかというとき、日本はまだ5時とかで追いかけられる。これが10時間とかいえば諦めがつくが、なんとも微妙な差になっている。問題は、オーストラリア国内でへそ曲がりの州クイーンズランドはこれを採用していないことだ。日本でいえば、東京が3時なのに千葉が2時とか。これも困ったものでJRなんかの人だったらダイヤ再編成で徹夜も続き離婚騒動にもなりかねない。慣れればいいのだろうけど、慣れないものだ。ということで、真夏になれば夜9時頃まで明るくなるメルボルン。家に帰ってから庭仕事とかやらされそうな健康的なシーズンを迎えている。
2007年10月29日
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前回の帰国時に、元スタッフで気の置けないIT幹部だったS君からとんでもないDVDをもらった。何でも、日本で爆発的に流行っている「ビリーズブートキャンプ」というやつだった。昔からキャンプは好きな方で、どんなキャンプなのかと楽しみにしていたが。毎日1時間のウォーキングは続いているが、大雨とかいう日は遠慮させていただいている。そんな日は「ビリーの日」になっている。ホームステイの日本の女子学生も時々やっているようだ。これが、やってみるとえらい大変なのだ。結構、場所もとる。三畳一間とかの人はいったどうやってやっているのかと思うと夜も眠れなくなる。因みに、最近例の「鶏が先か卵が先か」と考えていたら眠れなくなってしまった。3時とか4時に目が覚めると眠れなくなる。鶏がいないと卵が生まれない。卵がないと鶏は存在しない。どうなのだろう。ところで、宇宙が出来たのが137億年前、地球ができたのが47億年前、人類の歴史はたかだか200万年。あの恐竜でも何億年も存在したという。そんななかで、60年生きようが、125年生きようが、それがどうしたというどうしようもない長い年月が存在しているのだ。気が遠くなる。ビリーもこんなことまで考えさせてくれるので大した男だ。話しが、億年単位でずれた。問題は、あのビリーのチューブ(2本一組)がないことだ。といっても、このDVDを見たことがない人は、いったい何のことかわからないだろうが、基礎編の途中から両足にひっかけたチューブを使って運動する部分があって、これがないとなんだか騙しているようで不甲斐ない。S君は、DVDはくれたがチューブまではもらえなかった。メルボルンで、どこを探してもない。先日、タコのような顔をしたビリーの写真の箱が目に入った。セットで売っているのを発見。39.5ドルだった。あのチューブを買うためにこんな大金をはたいたら、オランダ系の連れ合いに顔向けができない。日本のみなさん、あのチューブは日本ではばら売りしているのでしょうか。あれがないと、基礎編が完了しないのです。しかし、実際はどのコースも途中で息切れして最後まで終えられないのが現実ではあるが。始めると凝ってしまうもので。11月の一時帰国が決まった。どなたか、チューブの情報をお願い致します。
2007年10月28日
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メルボルンにどうしてこんなにインド人が多いのかご存知だろか?実は、私はよくわからない。一説には、オーストラリアの都市の中でメルボルンだけがインド人のタクシードライバーを認めているということが原因らしい。永住権のない学生などのアルバイトを許されているのだろうか。ターバンを巻いたインド北部のシーク教徒の運転手なんかも珍しくない。そして、永住権狙いのインド人学生は街に溢れている。インドのレストランが増えているのは嬉しい。「タコさん、今夜代理店のオヤジが皆さんをストリップに連れて行くって言ってるんです。」サラリーマン時代、建設機械メーカーの海外営業部に籍を置きインドを担当していた。出張で訪れた時に同行していた現地事務所のダビンダ・シンがそう日本語で言った。彼はシーク教徒で赤いターバンを巻いていた。私は27歳、年上のサービスマンなどを日本から引き連れてセールスキャンペーンに来ていた。連れて行った3人が全て私より一回り以上年上の方々で本当にリーダーとは名ばかりの出張だった。食事が終わって、インド国産の小さな車に6人ずつ詰め込まれてバーに入った。1時間くらいしたときに、サービスマンの山本さんが突然、「もう、いいわ、帰ろう!」と言い出した。どの出演者も、もったいぶって大いに時間をかけ、最後は水着になって終わり。何も出さないストリップに山本さんが痺れを切らせたようだった。25年以上前のインド、映画も接吻のシーンはカット、どうしてこんなに人口が爆発しているのかと訝しく思わせるほどのダブルスタンダードの国。水泳大会の見学に行ったようなストリップ見学で不完全燃焼で宿に平和に帰った。なんせ、車の種類もアンバサダーとかいうのと2種類しかなかった当時のインドだ。見るもの聞くもに本当に好奇心の塊のようになって取り組んだ出張だった。もう一度、変わったインド、変わらないインドの検証に行ってみたいと願っている。
2007年10月25日
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オランダ系の連れ合いに、ありがとうと言った。実はちょっと憂鬱なことがある。三度のメシよりゴルフが好きだという方々と、11月のカップウィークエンドに3泊のゴルフツアーに出かけることになっているのだ。決めたのは半年くらい前で、いいよいいよ、という感じで決めてしまった。半年も前なら現実感がない。3年先に結婚を約束するようなもので、誰とでもできてしまいそうな勢いがあった。カップウィークエンドといっても全くわからない方もおられるだろう。私はDカップ、何よ私はスイカップ、とか比べる日ではない。世界広しといえども競馬で休日になるのはメルボルンくらいといわれている競馬の祭典、「メルボルンカップ」のある週末をさす。しかし、この日は毎年11月の第二火曜日だからウィークエンドと言い切ってしまうには遠慮が必要だが、多くの人が月曜日に休みを取り4連休にするのでこう呼ばれているのだろうか。ということで、私も月曜に休みを取ることになっている。因みに、この月曜に休みを取るのは初めてのような気がする。ここ10年ほど、私のゴルフクラブは短くてこれでは決して上手になれないという私の主張があった。20年前に、日本の友人にもらったそのとき既に中古だった、しかもハーフのクラブ、これが私のゴルフクラブだ。ゴルフをまったくやらない連れ合いは、上手になったら買い換えればいいと相手にしてくれない。私は、調度身の丈にあったクラブを買えば上手になる、という主張。長年平行線だった。そして、遂に奇跡が起こったのだ。連れ合いも、100人くらいの人に私の主張の正しさを指摘されてやっと重い腰を上げてくれた。ということで、生まれて初めて55歳にして新品のゴルフのフルセットを購入。当然、連れ合いも一緒にいたので特売で。26歳のとき、2万9千円で二木ゴルフでハーフのセットを買ったことはある。しかもゴルフバック付き。フルセットは初めて。4、6、8番アイアンは手にしたこともなかった。どう使ったらいいのだろうか。三度の飯よりゴルフの好きな方々は皆で毎週やっている。私は、3年に2回くらい。正に今回デビューのような感じだ。結果は、11月の第二週くらいに発表できる。病み付きになり、毎週のようにゴルフに出かけるようなことになったら、それはそれで連れ合いと大問題になり兼ねない。ほどほどにできたらと思ってる。こういうのを楽しみ、というのだろうか。
2007年10月23日
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木曜日、メルボルンは気温が29度、そして強風の日。出がけから嫌な気がした。街を歩くと、好天に恵まれ太陽が眩しい。そして、期待通り花粉がものすごい勢いで飛び交っている。花粉が、年々大きくなる鼻腔に吸い込まれる様子が、映画を観ているように観察できる。もう、ぐしゃぐしゃだ。そして、目はしょぼしょぼ。きつい季節。「タコ、仕事はどうだね。」クライアントのオージーの責任者とビジネスミィーティング。鼻水が止まらない。一気に出まくる。いくら人前で、しかもハンカチで鼻をかむことが許されているとはいえ、話している間に何度も大きな音をたててやるのはやや気がひける。そして、その日に限って今度洗うときは捨てようと思っていた薄汚れたハンカチ。商談はそれないりにうまくいったのだが、なんだか鼻白む日となった。
2007年10月20日
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今、逢ってきたのにまた逢いたくなった。サラリーマン1年生のとき静岡出身の同期Aに心を寄せていた。3回目のデートでAにこういわれた。「あなたのことを好きかどうか分からないの。」「私にはこの人に出会うために生まれてきたと思う人がいるの。」普通の人間ならこんなことを言われたら身を引くものだろう。ということは、私は普通でなかったのだろうか。逢いたくてしかたなくなった。実は、自慢じゃないけど、Aの最初の発言は大学時代に付き合っていたSにも言われた言葉で実に懐かしかった。私には、こういうことを言わせる特技でもあったのだろうか。不思議なもので、こういう発言を受けるとシツコさに俄然迫力がつく。一歩誤れば昔はなかったストーカーという表現に近くなっていたようだ。友人に、「恋愛は刮目、結婚は盲目」という言葉を随分後になって教えてもらった。長く生きてこないとこういうことは、心から理解はできないように思える。最初はどうしても、逆をいってしまいがちだ。恋愛はもう関係ないとして、「結婚は盲目」これの習得は容易ではないとつくづく思い知らされている。
2007年10月17日
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昨日から気分が悪い。前の日記を書いていて興奮したのだろうか。今朝、体温を計ったら何と、34.7度。何度計っても変わらず。通常は36度弱で、昔から低温動物。このまま体温が下がり続けつと、人生の終わりが見えてきそうな勢いだ。ストレスによる自立神経障害もあるというが、最近はないストレスが、一層なくなってきているのでこれはどうかと思うが。半身浴、足湯、生姜茶、黒豆茶などなどがいいと早速ネットで調査。便利な時代になったものだ。会社も一日休ませてもらって安静にすることにした。もともと日本人とオーストラリア人など白人の温度差は1度程度あるとどこかで読んだことがある。だから、白人は37度とか38度になっても日本人の比じゃない。こういう人種の方々とオリンピックで戦うのもしんどい。オランダ系の連れ合いとの温度差も最近拡がってきているようにも思える。体温を上げることに努めていかなとならないらしい。いい方法は何でも試したい。
2007年10月16日
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メルボルンの大新聞エイジ紙の今日の記事によると、ニュージーランドの女性が世界一だという。ニューランドといえば、今ラグビーのワールドカップで残念ながら準々決勝で姿を消したオールブラックスがある。私は、オーストラリアにいながら、やはりラグビーに関しては、どうしてもオールブラックスを応援してしまう。オールブラックスが世界一だと思っている。さて、女性の世界一というのはコンドームメーカーの統計でニュージーランドの女性がセックスパートナーとして上げた男性の数がそうだというのだ。なんと、20.4人だそうだ。平均である。ない人は全くないのであろうし、ある人は数字が不確かなほどあるのだろう。当然、パートナーとあるので新宿歌舞伎町あたりで酔ったついでに、などというものは除外されている。隣の国、ニュージーランドの話しなので思わず身を乗り出しそうになる記事だった。世界の女性の平均は7.3人だという。当然、コンドームの会社の統計だから、コンドームを使わない国は含まれていないものと推定される。そして、この国だけが女性の平均値が男性の平均値を超えていたということだ。因みに、ニュージーランドの男性の平均は16.8人。他は全部男性の統計の方が上回っている。しかし一体全体、こういう数字を出されても、じゃ、俺はどうなんだ、私はどうなのよ、と他山の石として励んで世界記録を塗り替えたいなどという勢いを感じさせてくれるわけでもない。とはいえ、対岸の火事としてこの正に燃えるような事実を見過ごしてしまうのも、もったいない気もしないでもない。やや穿った考えするならば、このコンドーム会社のニュージーランド販売促進のための操作された統計、なんてこともなきにしもあらず。ゆめゆめ、このての統計はそのまま鵜呑みにはできないが、個人的な実態調査は絶望的だし歯がゆさの残る話しではある。ところで、我が国ニッポンの数字はどうなのだろうか。
2007年10月15日
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ここのところ毎日こんな表題のメールが私に届く。「地元のオバサンを抱きたいですか?レベルは低いですが確実に抱けますよ」これは一体、何なのだろうか。地元とはいったいどこを意味しているのだろうか。レベルは低い、ということをどう理解すればいいのだろうか。そしてはたまた、一体全体何のレベルなのだろうか。事と次第では地元を侮り、オバサンを限りなく侮辱している表題ともいえなくもない。否、完全にしているのだろう。この方々も仕事なのだろうから、あまり深く追求するのも憚れるが、どうせ表現するなら、もう少し艶のある言葉を選べないものだろうか。ひねりとか工夫とかがなく営業文章力に大いに欠け、本文に入ろうとする勢いがつかず、私は毎日表題だけで終わってしまっている。
2007年10月09日
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週末に、普段は絶対に行かないであろう高級レストランに行った。タスマニア行きのフェリーの出るポートメルボルンの桟橋のあたりに豪華なレストランが沢山できている。初めて行った。一月に一回レストラン巡りをする3組のカップル。それぞれ、クーポンの本「エンターテイメントブック」の愛読者達。何と、クーポンカード3枚で約100ドル、1万円ほどの割引になる。最後のデザート。運動会ができるほど皿がデカイ。洗う人も大変だろう。分厚い辞書くらいの厚さのあるこのクーポン本、まだまだ活用のときがあるようだ。
2007年10月09日
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日本でも増えているのだろうか。
2007年10月07日
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予備校のイスは背もたれのない3人がけのベンチだった。1971年の4月、翌年の大学合格を目指し予備校生としての生活が始まった。山の手線の大塚駅から歩いて5分の所にあった「武蔵予備校」だった。今はもうなくなっている。午前のクラスは理科系が6クラス、文系が私のクラスN組とO組の2組だった。「俺、佐川。」ちょっと世を拗ねたように挨拶したのが、都立白鳳高校出身の佐川だった。頬がこけめがねをかけ俯き加減に話す態度はやや暗く見えた。もう一人は、広島大学付属高校出身の高山と甲高い声で元気に自己紹介した。髪を短くかった秀才風の学生。これからの半年この二人と同じ机で勉強することになる。予備校では、毎日小テストがあり「お前は受験生なんだ。」と思い知らされる日々が続き、パチンコをやっていても何をしていても受験のことが頭から離れない。そんな中、ちょっと毛色の違った高山とはその後疎遠になってしまったが、ヤクザっぽい佐川とは後期になっても付き合いが続いた。その年の11月、佐川と同じ高校出身の佐藤えり子とい女子学生に恋心を抱いたりしたこともあり、佐川とは腹を割って話す友人となっていった。「お前は本当にどこでも友達を作るんだね。予備校で友達ができるなんてね。」秋田出身の母が、ラジオ部品を作る内職の手を休めてそういった。実直を絵に描いたような栃木出身の父は警察官で、その安月給で兄を大学にやり、そして次男を予備校に通わせているが、家のローンもありそれだけではとても賄えず母は内職をしていた。「私立なんかとてもじゃないけどやれないからね。予備校だって本当は行かせられないんだよ。」母の言葉に、家計の苦しさがひしひしと伝わってきた。しかしそういわれても、頭の悪さが変わるわけでもなく苦戦を強いられてはいた。両親に対してはとてもじゃないけど、女子学生にうつつを抜かしているなんて口が裂けてもいえなかった。結局、えり子さんには見事に振られ後遺症も大きかったが、受験生は勉強を続けるしかなかった。大学を卒業して、就職しても佐川とは定期的に会っていたが、私がオーストラリアに移住してからはあまりあう機会がなくなっていた。「初めてメルボルンに女房と行くことにしたよ。」先月、日本でサラリーマンをしている佐川から電話が入った。末っ子がこちらに留学していることもあり、なかなか取れない休みを思い切って取って来ることにしたという。あの予備校の硬いイスに座って挨拶したときの我々のあのときの年と、その息子さんの年が同じだという。オランダ系の連れ合いも一緒に皆でギリシャ料理レストランに出向いた。やはりメルボルン、ギリシャ料理は外せない。「佐川、もうすぐ還暦だな。」「おれは、定年だよ。」タコ社長、自分の会社だから定年はないが60歳は一つの区切りにはなるだろう。私はちょっとため息をついてしまった。すると香港など海外生活の長いこの息子さんが言った。「還暦って何?」
2007年10月06日
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毎日歩いている食後の散歩道。カフェでラテも時々飲む。
2007年10月01日
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