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残り物をまとめた夕食。さすがお代わりは遠慮した。焼酎のお湯割りで。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月30日
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昔よくテレビで「スパイ大作戦」を見ていた。テンポのいい流れと悪役が騙されたと知るときの展開がスカーッとして見ものだった。そして、女スパイのシナモンの何ともいえない色気に引き込まれてしまっていた。あの動物的な目に怖いくらいに引き込まれてしまった。今はYtubeなどで手軽にあの頃のカットが見られて、懐かしさが軽く手に入ってしまう時代になっている。後に彼女のダンナさんは同じスパイ役のあの彫の深いローランだったと知ってちょっと鼻白んだ。シナモンといえば、オランダ系の連れ合いの両親宅に遊びにいったら、最近はトーストなどは蜂蜜をぬってその上にシナモンをかけて食べているという。この蜂蜜シナモンが万病に効くというのだ。ということで、「他人に影響され易い人オリンピック」でもあれば思わず応募してみたくなるほどの私だから、早速実行している。朝は、蜂蜜シナモン、粉末の山芋きな粉(台湾製)、生姜、紅茶。昼は、蜂蜜シナモンサンドイッチ。こんな生活になっている。シナモンは香りをかいでいるだけでもリラックスできる。例によって、いつまで続くのかとオランダ系の連れ合いが興味深く見守ってくれている。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月29日
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オランダ系の連れ合いがワイナリーツアーに行こうと言い出した。ずっと前に何度かバスツアーをしたことがあり、私も結構楽しめたので即賛成した。ワイナリーツアーの問題は、運転手が飲めないということ。だいたい私が運転手になる。バスならその縛りが外れる。バス代、昼食代、ワインテースト代、スナック代など含めて1人98ドル。ワイナリーは4箇所回る。TVのツアー番組で宣伝していて連れ合いが申し込んで手配してくれた。シルバーウィークということで、日本からの観光客の方々もおられ日本語も飛び交った。ワイナリーも4箇所回ると結構ワインも入ってくるが、運転の心配がなかったので心地よく堪能できた。実は、このTVの企画、先着人数制限があってそれで申し込むと1人分で2人行けるというものであった。それに連れ合いが即反応して当たったということらしい。何と、半額で行けたのだ。そんな訳で更に気持ちも軽く参加させていただくことになった。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月28日
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2009年09月27日
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メルボルンの朝日新聞The Age紙の日曜版に出ていた統計によると、初めての性体験から5年以内に10人以上と関係を持った人、女性は25%、男性は20%と出ていた。どう解釈したらいいのかと考えたら寝られなくなる。それでなくても夜中に目の覚めることの多いこのごろなのだが。勢いづいてしまうのは女性の方が過激なのか。エンジンがかかるのは男性の方が遅いのか。この5%の差が教えようとしていることは何なのだろうか。昔ある女性の方に言われたことがある。「タコさん馬鹿じゃない?女はね別れた男のことなんかこれっぽっちも思わないで進んでいく生き物なのよ。」そういえば、いつまでもグジグジとしているのは男が多いような気もする。このブログもそんな振られた話が満載だ。最近の日本の事件では、復縁を迫る若い男の犯罪が増えているようにも思える。女性の家族まで犠牲になったりしている。この人しかいないと思い込んでしまうのか。イギリスだったらあまりないことだろう。次から次の国。オーストラリアも似たりよったりだ。作家の渡辺淳一さんがラジオの番組でいっていた。「一兎しか追わないからいけないんだよ。同時に二兎も三兎も五兎も追えばいいんだよ。そうすれば、今のようにストーカーになったりしないで、はい次っていうことになるんでしょ。」さすが、失楽園、愛流刑の作家だけある。じっと耳を傾けてしまった。さてさて、イギリスの統計と同じ統計を日本でやったらどうだろう。更には、5年枠を取り払ってみたらどうなのだろう。まっ、こんな統計は日本では野暮というもんだろうか。本当に唐突だが、日本は明治時代にどんどん無くしていってしまった江戸のいい風習を取り戻す時にきていると思う。もっと男女の関係を明るい方向にもっていくのがいい。その中の一つは、混浴だ。どうだろうか皆さん。次回の帰国では温泉を楽しみにしている。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月27日
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子どものとき、相撲のTVは逃したことがなかった。一時は体のデカさに遠慮がちに押されて、相撲取りになることも夢見たくらいだ。大人になるに連れて、同じ裸でも興味が別の方にそれていって相撲もあまり見なくなった。だが、海外に住むようになって相撲も含め日本的なものに対する思いは年と共に大きくなってくるように感じている。ロケーションフリーという便利なものがある。日本の親族の家にあるTVの横にある装置を設定しておくと、海外のコンピューターから日本のTVを生中継で見ることができるのだ。但し、ビデオに撮る設定まではできていないので、同じ時間に見ないとならない。10月から3月までのこちらのサマータイムの時は時差が2時間あるのでちょっと夜が遅くなってしまうこともある。それにしても便利なものができている。今日は千秋楽。日本の両親はTVの前にかじりついて見ていることだろう。私も昔を思いながら同じ気持ちで見ている。コンピューターでこんなことまでできるようになって嬉しい限りだ。両親は、コンピューターはもとよりファックス、携帯なども使用せず、やっとビデオを習得したと思ったらDVDの時代になっていて戸惑ってしまっている。だからメールとかスカイプとかは望めない。リアルタイムで繋がるのは電話くらいだ。両親が必ず見ているのは相撲だから、ロケーションフリーを使って相撲を見ているときは生で両親と繋がっているような気になる。それが、この装置の与えてくれた副産物だ。ただ、このロケーションフリー、時々落ちる。相撲の中継も途中で切れて取り組みが終わってから繋がったりする。一瞬にして結果の出てしまう相撲などではこれは致命的だ。考えてみると、両親とも繋がっているようにみえて、本当のところは切れたり落ちたりしていることが多いのが現実というものなのだろう。ハイテクも、限りなく向上していくのだろうが完全というものには達し得ない。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月27日
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1984年5月から、日本語教師養成講座に通い始めた。9月まではサラリーマンをしていたので、それまでは土曜日の週末だけだったが、10月からは毎日の学校に通っていた。10本、10件、10軒、10杯、10色、、、。これらを皆さんはどう読むだろう。いわゆる助数詞の類のけんだが。「NHKのニュースなどでは、発音の仕方でしっかりとした規則があって、新入社員の教育では徹底的に鍛えられるのです。」日本語教師養成講座の先生がそういわれた。私は、「じゅっぽん、じゅっけん、じゅっぱい、、、」などと言ってしまう。間違いではない。しかし、NHKのアナウンサーは必ず、「じっぽん、じっけん、じっぱい、、」と読む。必ずそうだ。NHKのアナウンサーを飲みに連れて行って、鉛筆10本ならべて普段はどう言っているのか実験してみたい。家の近くにウォーキングのコースに小学校がある。その前に大きな看板があった。ここの先生は、10本をどうやって教えているのか気になるところだ。私が、こちらで日本語教師をしていたときには、「じゅっぽん」と教えていた。日常的にはその方が多い筈だ。今も、時々NHKのニュースなどでこの読み方をきくと、ちょっと鼻につくことがある。言語は生き物だと思う。変わるものは変えてもいいのではと思ったりもする。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月24日
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この一週間の出来事を綴ってみた。甘い物が不足しているようだ。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月24日
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ロシア人の友人ヤーナが、ケーキを作ったので今から来るという。先日の夕食後のことだった。チェリーをペーストリーで巻いた20本をまとめた寿司の太巻きのようなケーキだった。「雪の下の岩」という名前がついているロシアのケーキだそうだ。非常に手間がかかっている。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月23日
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「グッドニュースよ!」昨夜、家に帰るとオランダ系の連れ合いが弾んだ声でそう切り出した。この間の健康診断で、心配なコレステロール値が下がったりでもしたのかと思ったら、6,7年前から行方不明になっていた指輪が2つ出てきたのだという。連れ合いはこちらの公立専門学校で英語教師をしていて、今は春休み。ずっとやっていなかった家の大掃除をしていて見つけたのだそうだ。休みもこういう効用があるようだ。実は、この2つの指輪紛失ということで、保険求償は完了しており現金ではなくほぼ同額の宝石類で補填が終了している。つまり、宝石が只で買えたことになっている。実に、グットニュースだ。堅実なオランダの血を引いている連れ合いは、保険屋さんからはあまり人気がないようだが、私にしてみれば何とも頼もしい存在だ。もう少し、休みを増やすように提案してみたい。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月22日
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人生は踊るためにあるのか、と思えるほどの週末だった。土曜日は、平均年齢が65歳を優に超えそうな「ジャーマンクラブ」の会に参加。ドイツ人8割、オランダ人2割に日本人が1人食い込んだ形だ。毎月やっているのだが、会員になっているオランダ系の連れ合いの両親の誘いを3回くらい断った後に出ることにしている。もう3年弱で還暦のタコ社長、いたって「若手」で調子に乗り踊りまくった。といってもロックンロールのときがメインで、ワルツとかは遠慮している。この日はプレスリーの物まねさんがエンターテイナーとして出演していたが、私はもっぱら脇の踊り子に神経を集中させていた。日曜日の夜は、会社の女性スタッフの結婚式。ご主人はオーストラリア人で国際結婚。日本から出席のご家族は、日本の結婚式、披露宴とまるで違ってカジュアルな様子にビックリされていたようだ。こちらの披露宴では、新郎新婦がケーキカットをした後、ダンスフロアーで初ダンスが恒例。そのため式の前にレッスンを受ける人が多い。2人のダンスが終わると今度は家族、友人が入り乱れて踊りだす。前の日のロックンロールの余韻が一気に爆発、誰もいなくなったフロアーでも遠慮なく踊ってしまった。明治維新の直前、幕末に大流行した「ええじゃないか」の乱舞。世の中が大きく変わるときにはちと説明のつかない現象も起こるのだろうか。ということでタコ社長、いつ、どこでこの「ええじゃないか」が再発しても既に準備万端整っている。基本的には、ブスーッとした顔で踊る人はいないし、踊っているとみな自然に笑顔になる。足腰が立たなくなるまで笑顔で踊っていたいものだ。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月21日
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今年も第一号開花。我が家のバラダイスバード。やっと春の兆しだ。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月20日
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中学生前半くらいまでは、一応スポーツは万能と見られていた。その大きな要因は体がでかかったことだ。小学校6年生で170センチを超えていたので、体を動かせば結果が出た。その最たるものは水泳だった。他の選手には本当に申し訳なかったが、飛び込んだら結果が出ていた。しかも25メートルプールでは飛び込んで逃げ切り型が身についていた。徒競走も似たようなもので、足のバネはそんなにないのだが、短い足にも拘わらず歩幅が他の人より長く、100メートル、リレーなどには必ず選ばれていた。ただこちらも、練習不足からスタミナ切れが懸念されていて、将来性は早いうちからないものと自認してはいた。その他、相撲、馬とび、零歩とび、ドッチボール、パンくい競争、缶蹴りなどでは他を寄せ付けない存在感があり、恐怖心から誘われないことがあったりもして、そういうときは、誘わないことに対する攻撃で更に恐怖心を煽っていた。これが、私の不人気の原因にもなっていたと、今考えると思えてくる。今、世界の短距離界ではボルトという、名前の通り外せない選手が大変な話題だ。この強さの秘訣にジャマイカの主食の一つ「ヤムイモ」が取りざたされている。これに、脂肪燃焼促進、滋養強壮、抗疲労作用などという大きな働きがあるという。「ヤムイモ」はアフリカ諸国でも主食になっている。こんなにいい食べ物だとは知らなかった。こちらでやっと日本の山芋に近い「ヤムイモ」を発見したことは前に書いた。中が紫の「紫ヤムイモ」だったが、今回買った、このグロテスクな「ヤムイモ」は中が白に近く、正に日本の山芋だった。ところで、なかなか伝わってこないが、今世界はとんでもなく騒然としている。アメリカでは、あまり大きくは取り上げられていないが、先週の反政府デモには何と100万人以上の人が参加したという。すごい数だ。これから、3年間で500行以上の中小銀行が倒産するという話がある。そして、まだ1000万件くらいは住宅差し押さえが起こるらしい。どれもこれも国がやっていけなくなる数字だ。でも割りとみな静かなように見える。イスラエルがイランに戦争を仕掛ける、という話もあるし、オバマが狂信的右翼に命を狙われるなんていうことの可能性が高まっているともいう。いったい、世界はこれからどうなっていくのか慮ってしまう。今は、嵐の前の静けさなのだろうか。このまま何も起こらなければいいのだが、どうももうそんなことは言ってられないようだ。日本も大変なことになっている。覚悟が必要だ。何かあったら逃げないとならない。本当に物理的な逃げ足も速くないとならなくなるのかもしれない。あの水泳の逃げ切り型が生きてくるが、この年では体力に心配もある。そんな訳で「ヤムイモ」是非続けたい。但し、追いかけるヤツがボルトのような人だったら走る前に降参するが。今は、無事に今年を乗りきれることを祈るばかりだ。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月19日
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小学校2年のとき、野球のグローブを買ってもらった。嬉しくて、夜枕元に置いて寝た。体だけは人一倍大きな子どもだったので、野球にも結構有利だった。守備範囲が広かったし、ホームランも打っていた。その頃、高山という背の小さな学友がいた。高山は、背は小さいが体が実に柔らかく、フィールディングが滑らかでいかにも野球少年といった感じの学生だった。当時私たちは父が警察官ということで、六畳と四畳半という二間の小さな長屋に住んでいた。高山のお父さんは、今は無き山一證券に勤めていた。家は、小学校に近いところにある大きな新築の家だった。玄関にしっかりと鍵がかかったり、ブザーがついていたりするだけでも私にとっては豪邸に見えた。お母さんは、着物の多かった上品な感じのする人で、髪を高く結っていて、なんだかそのまま銀座あたりにでも出られるような、少し妖しい雰囲気を持っていた。私は、そんな高山の家に遊びに行くのが好きだった。あるとき、何かの記念にと貯金箱をお母さんからもらった。それは、山一證券がお客様用に作らせている豪華な黒塗りで金の飾りのついた大名かごの貯金箱だった。戦前に建てられた古びた狭い警察官住宅には、飾り物を置くような場所さえなかったが、それでも机の横に場所を作りその大名かごを置くことにした。貯金などままならない頃のことで、家の飾りのかごはいつまでたっても重くならなかった。しかし、そこだけいやに目立った。「高山君いますか。」ある日、学校の帰りに彼の家に遊びに行ってドア越しにそう聞いた。出てきたのは、まったくすっぴんのお母さんだった。眉毛もなく、口紅もなく、そして髪もばらけていてまるで別人のようなお母さんだった。高山はいなく、すぐに帰ってきたが何だかすごく怖いものを見てしまったようで気持ちが動転してしまっていた。あんなに綺麗だと思っていた高山のお母さんだったが。家に帰って、滅多に化粧などしたことのない母に、今あったことを言おうとして止めた。少なくとも眉毛のある母の方が、その日は綺麗に見えた。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月16日
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「伯母さん、何であんなに腰が曲がってるの?」秋田生まれの母には3人の姉、2人の兄、そして1人の妹があった。兄の1人は戦死しており会ったことはない。今は母と年下の叔母以外は皆鬼籍に入っている。子どものとき、一番上の伯母に始めて会った。伯母は、80度から90度くらいに腰が曲がっていた。非常に奇異に感じた。「若いときからずっと畑仕事をしていてね、腰があんなになっちゃったんだよ。」農家の仕事が嫌で16歳のときに東京に出てきていた母は曲がっていない。朝日が昇ってから、夕方暮れるまでの農作業は本当に大変だったのだろう。皆、農家が貧しい時代だった。週末、滞っていた裏庭の掃除をした。30分もやったら腰がきつくなる。伯母さんたちのことを思い出した。私は、母の血を引いている。どうも集中して庭仕事ができない。しかし、やらない訳にはいかない。食糧難が必ずくると思っている。菊芋とトマトの栽培を実験的にスタートしてもいる。「この間ね、庭の草取りをしたよ。暑くて大変だったけど。」電話口で母が言う。「今度帰るときに俺がやってやるからね。こっちの庭に比べたら、たいしたことないしね。」「そうかい、頼むよ。」日本での庭掃除は、楽しみではある。季節も秋になっているだろうから、汗かきの私には優しい環境になっていることだろうし。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月15日
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久しぶりに飲茶。オランダ系の連れ合いは仕事で1人で参加。出掛けに「私が稼いで来るわ。」の一言。大いに食欲がわいた。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月13日
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寝る前にニュースでも見ようかとTVをつけた。NYのツインタワーが燃えていた。初めは何が起こっているのか理解できなかった。あれから今日で調度8年。あんな恐ろしいテロを実行するテロリストとその背後の国は許せないと憤った。しかし、今はあれは誰が考え実行したのか、まったく当時とは違う考えにいたっている。前にも書いたが、ペンタゴンに突入されたとしている飛行機、そして、に墜落したといわれる飛行機、この両方から一体の死体も発見されていない。このことだけをとってもアメリカ政府はしっかりと遺族に説明すべきだ。光熱で溶けてしまったとしているらしい。全ての飛行機事故に疑問が山ほどある。俳優のチャーリー・シーンがオバマ大統領に宛てて手紙を出した。あまりに疑問が多い9/11そして、多くの疑問の答えがアメリカ政府から出されていない。Utubeで彼がメッセージを出している。英語だが、多くの人に見て欲しいし、伝えて欲しい。犠牲者の家族の質問の内まだ7割の回答がされていないという。チャーリー・シーンのメッセージ今日は、9月11日ということで、特別の日記にさせていただいた。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月11日
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池袋のキンカ堂の手前の路地を、右に曲がったところにあった喫茶店に入った。薄暗い階段を下りていく。幅が狭く1人しか通れない。ガラスのドアは中の光をアンバー色にぼんやりと映し出している。「いらっしゃい。」ドアを開けると、低い女性の声がした。1972年4月、一浪して入った大学の入学式が翌日に迫っていた日のことだった。地下にあったこの喫茶店は、いつも饐えた匂いが充満していて入った途端に気だるい気持ちにさせてくれる。ここで、バイトをしていた一つ年上の早苗という女性と知り合った。掃き溜めに何とか、とまで言えそうな清楚で清純な感じのする女性だった。声は、出迎えてくれた人と違って、割りと甲高い声だった。「タコ、北の丸公園って知ってる?明日行かない?」付き合い始めて2週間くらいして、早苗が私にそう提案した。随分と後になってから、ここは元江戸城の敷地の一部だったことを知った。早苗とは、この北の丸公園の他に、やはり江戸城に関連した千鳥が淵公園、門限のある新宿御苑、黒装束の人に出会う新宿中央公園、ボートに乗れる石神井公園、愛が芸術にくるまる上野公園などを巡って歩いた。僅か、一ヶ月半の交際だったが本当にいつも公園に行っていた。一気に公園デビューだった。同伴喫茶なんかには行きたくても行けない健全な関係だった。今の若い人は同伴喫茶を知らないかもしれないが。こういう若い人たちは、今はどういう所に行っているのだろうか。ちょっと気になる。時はあたかも沖縄返還を迎えるところだった。ところが、「もう私、今までの私じゃないの。」ある日早苗はそういって、忽然と私の前から姿を消した。家出してしまったのだ。私は、急に行き場を失った。大好きだった公園巡りができなくなった。公園に1人でなんかに行った日にゃ警察官に職務質問でもされかねない。早苗が家出をした翌日に、兄という人から電話があり西武線の東久留米の駅前の喫茶店で会った。彼女の置いていったメモ帳に私の連絡先が書いてあったのだという。黒いスーツの上下に黒のネクタイだった。痩せてはいたが強持ての神経質な感じの人だった。時々、声を荒げるようなところがあり、静かな店内にその声が響いた。どうもあっち系の人のような感じがした。言葉遣いは、いかにも丁寧ではあったが慇懃無礼な感じは否めなかった。そういえば早苗も、どこか度胸の据わっているようなところがあった。大学の教授と不倫をしたことで休学してバイトを始めたという。そして、私と会ったときは別な人と婚約をしていたとも言った。しかし、一緒にいるときは本当に優しく純情な感じがする一つ年上のお姉さん然とした感じだった。日本では、あまり流行りのTVドラマを見てはいなかったが、こちらに来てから日本の古本屋で、「東京ラブストーリー」「金曜日の妻たちへ」「101回目のプロポーズ」そして「一つ屋根の下」などを立て続けに買って見ていた時期があった。「東京ラブストーリー」などは、今でも3年に2度くらいは見直している。「一つ屋根の下」では、妹役の酒井法子の清純な姿に惹かれた。あんな妹がいたら、ずっと一生そばに置いておきたくなる、なんて思ったりもしたものだ。ところが、その清純派女優は今、とんでもないことになっている。あれはドラマの役でのこととは分かってはいるものの、このギャップに喘いでしまいそうだ。弟も暴力団員とかで、今は覚せい剤で逮捕されているとか。「私のこと、あなたは何も知らないの。」そう言って私の元を去っていった早苗。想い出の中で純情派でいてくれていることは間違いない。それで良かったのだろう。一生そばに置いてでもいた日には、大変なことになっていたかも知れない。今頃、「暗黒街のタコ社長」とか呼ばれていたりして。私の父は警視庁の警察官だったので、父が特別養護施設などに入ってたりしても見舞いさえもできなかっただろう。それにしても、我ながら19歳の頃のナイーブさには呆れてしまうが、40年近く経った今も、こと女性に関しては、やっていることは別にしても、気持ちの上ではあの頃とそんなに変わっていないような気もしないでもない。三つ子の魂百までも、なのだろうか。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月10日
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ニンニク充満。思いっきり胸が焼ける晩。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月10日
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右足の太ももをVの字型に13針縫っている。小学校5年生の時のことだ。今でもはっきりと痕が残っている。屋上で飼っていたウサギを追いかけて遊んでいて、給水タンクの鉄柵によじ登り飛んで下りて開きかけていた扉にぶち当たった。とんだ、「ウサギ追いし♪」になった。当時、身長は160センチを超えていた。でも、やはり半ズボンだった。太ももを大きく覆っていた白い包帯がしっかり目立っていた。何しろ体が大きかったのでガキ大将にもなっており、皆から包帯が注目されていた。「大丈夫?」3階の廊下を放送部室に向かって歩いているとき、一学年上の松田さんがすれ違いざまにそう聞いてくれた。目は細めだったが、体型はもうしっかりと女性っぽくなっていて、ふっくらとした顔、そしてふっくらとした太ももの色気のある6年生だった松田さん。一言も口をきいたこともなく、ただ憧れていた。小学校のときの一学年の違いは大きい。後にも先にも松田さんとの会話はこの「大丈夫?」だけだった。大袈裟に言わせてもらえば、忘れえぬ一言とでも言えようか。薩摩芋焼酎のお湯割りを寝る前に一人飲んでいたら、どういうわけか太ももが浮かんできた。今夜は熟睡できそうだ。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月07日
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ゴルフはほとんどしないが、打ちっ放しはよくいく。今日も行ってきた。本日、オランダ系の連れ合いは午後から仕事だ。家に帰るとパッと目に入ったものがある。さて、家の掃除をしてジャワカレーの甘口を作り、連れ合いの帰りを待つことにしよう。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月05日
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例えば女性の方々は、ご自分がエリザベス女王だと思ってみて欲しい。因みに、他意はないが、秋田生まれの私の母は、この女王と同じ年。因みついでに、彼のマリリン・モンローも生きていたら今年83歳。東村山の母も、いろいろと私の想像を掻き立ててくれている。男性の方々は、ご自分がキッシンジャーだと思ってみて欲しい。実はこの人、本当は大変役不足で番頭格に過ぎないのだが、いろいろと目立つ人なのでお願いした。こういう方々は、自分が生まれた村とか町、郡とか県などといったことはあまりに小さくて考えない。国なんていっても小物で話にならない。これらの方々は、私が裏庭の野菜畑(まだこれから作ろうとしているのだが)なんかのことに頭が集中してしまうような感じで、全世界、地球規模のことを考えるのだろう。例えば、女王とキッシンジャーがバッキンガム宮殿で会見したとしよう。あくまで仮定の話だが。ところでこのキッシンジャーという人は息の長い活躍をしておられる。半世紀以上、あのダミ声で頑張っておられる。感心してしまう。「女王様、世界の理想的な人口は10億人から20億人くらいじゃないでしょうか。今は多すぎて、これからも増えて大問題です。食料を確保することもままなりません。」「キッシンジャー、確か第一次大戦の最中にスペイン風邪が流行して世界で5千万とも1億とも言われる人が死んでいるな。」どうやって世界の人口を10億単位で減らすのか、それから熱心な議論がされたとさ。戦争、疫病(エイズなど)、鳥、豚、はたまたネズミインフルエンザの大流行。ワクチンによる二次災害。地震などの天災。覚せい剤の芸能人以外の薬漬け廃人化。いろいろと議論されたことだろう。数日前の私のブログに、たんぽぽさんが興味深い記事を載せてくださった。現代版ノアの箱舟ここに集まっている面子がすごい。自分たちだけは助かりたいという大富豪たちなのか。大富豪の方々は何か私たちが知らないことを知っているようだ。タコ社長、人ごみを避けて、まずは裏庭の野菜畑作戦からしっかりとスタートすべきだろう。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月03日
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2009年09月02日
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「赤ワインが無くなってきているので4ダース買ったわ。」オランダ系の連れ合いが笑顔で言った。普段なら、大いに喜ぶ私だが今回は反応が鈍い。私の赤ワイン好きはメルボルン中に知れ渡っているようで、顔を見ると「ああ、赤ワイン!」と言い出す人までいるくらいだ。ところが、異変が起こっていた。実は、周りに影響され易い体質である私は、これからは自宅の晩酌は鹿児島産芋焼酎のお湯割りにしようと、誰に相談もなく決めていた。焼酎が、どんなに体にいいのか知ったのだ。東村山の小学校の給食でもこっそり出すべきだ。そして、お湯割りなら浴びるほど飲まなくてもいい。もちろん、一杯のみ。ということで、こちらの日本食品の卸問屋さんから早速取り寄せた。併せ、食前酒として梅酒も買い求めた。体制は整った。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月01日
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9月になった。私は、2000年9月からホームページで日記を書き始めた。2005年からはブログに変えた。石の上にも3年が3回転したことになる。書き始めた時には、こんなに長く続くとは思ってもいなかった。将来のことなど何も考えずに始めた。私の恋愛パターンとよく似ている。けれど、これから日記を9年間書き続けてください、と言われて始めていたら途中で終わっていただろう。目の前に女性に、これから75年間連れ添ってください、と言われて結婚を考えたら絶対に結婚しないかもしれない。(相手にもよるだろうけど。)「先を考えずに、まず始める。始めてから、考える。」どうも私の人生、そういう風にしてこれまできているようだ。女性にはまず、「好きだ。」と言ってしまってから始める。(一目ぼれ症候群)それから、考える。でも、こと恋愛に関しては、だいたい考えている間に相手に振られる。先のリスクが見えない人生ともいえる。見えていい場合と、見えない方がいい場合とがある。私のような人間は株なんかやらない方がいいし、私はやっていない。「タコ君、一時の快楽、一生の地獄っていう言葉があるよ。こと女性に関しては、十分にきをつけろよ。」サラリーマン時代、そう私に忠告してくれた先輩があった。私は、隙だらけだったようだ。でも、有難いとは思った。人生、待っていなくてもその内先が短くなりサキヨミの必要もなくなるような年になる。そんな時まで私は日記を書いているのだろうか。いやいや、やっぱりそんな先のことを考えると書けなくなる。一時の書く快楽を求めてこれからもやっていくことにする。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年09月01日
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