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男は宛先保存女は上書き保存あるサイトで女性から言われた。「タコ社長、女は別れた男のことなんかすぐ忘れて次に向かうんです。」18歳年下の女性から、ずいぶんと前に言われた。女性は、過去にどんな人間と付き合っていようが、今付き合っている人に全力になる。男性は、過去を思い出しつつ、未来も夢見たりしながら現在に向きあう。これは、私の限られた経験から。タコ社長、いつまでもグダグダと別れた女性の事なんか書いているのは宛先保存の典型。しかし、こういう特性がなかったなら、この日記もホームページと合わせて10年も続いていなかったろう。男は広く薄く女は狭く深くなのだろうか。まだよくわからないが。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月30日
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「本を読まない人間はダメだよ。あなたね、司馬遼太郎とか読んでるの?」「そういうのをね、曲学阿世の輩っていうんだよ。この意味分る?誰がいったか知ってるかい?」課長の山口さんは学生時代は物書きになりたいと思っていたらしい。やたらと突っ込みが厳しい。 しかし、人間味のある優しさも秘めていた。「石原さん、仏教をどう思いますか?」副課長の成瀬さんはゆったりと話す方で猛烈サラリーマンとは対極にあるようなかんじ感じがした。私が、会社を辞めると言い出したときも、喫茶店でオーストラリアで夢が実現するように励ましてくれた。「としちゃん、困ったよ。クラブマキシムのツケが120万にもなっちゃったよ。」私も、いつも4,50万のツケは抱えていたが、人のいい佐々木さんの発言にギョッとした。佐々木さんは、成瀬さんと同じ年だったが出世は遅れていた。面倒見のよさは抜群で、飲み屋の借金も一手に引き受けていてくれていた頼もしい 先輩だった。紅一点の飯田さんは、夜の七時前に帰ることのない仕事熱心な人。年は私より10歳下だった。新宿の富豪の娘とかだった。オールマイテイに仕事のできる彼女がいて、私達は心強かった。そして、インドとニューギニア担当の私だった。26歳から32歳までの6年間山口さんの下で働いた。昼よりも業後に元気になる、日本にいるより海外出張のときが生き生きとしている、などと褒められて頑張っていた。仕事は、こなしていくより積み上げていくほうが得意だった。その割に休日出勤は誰よりも率先してやっていた。ハンディの多さで一度、部のゴルフコンペに優勝したことがあったが、あとはだいたいブービーかブービーメーカーで末席を汚していた。私の在籍していたインド大洋州課は、山口課長を入れて5人の小さな課だった。でも、私の原点はここにあると思うし、いろいろと迷惑をかけながらも勉強させていただいた。この5人の中でいまも会社に残っているのは飯田さんだけだという。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月28日
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学生時代、北海道へ行って「乳搾り」か「コンブ取り」のバイトをしようかと思ったことがあった。両方とも可なり過酷であると聞いていた。結局、やらなかったが。ケアンズの近くで、3カ月バナナの農園でバイトをしていた青年が帰ってきた。50キロくらいのバナナの房を担ぐのだそうだ。8時間労働で、ものすごくきつかったらしい。しかし、その内慣れてきたという。「バナナは食べ放題だったんですか?」「嫌、まだ青いバナナですから。」最近、体力に限界を感じ始めている。できるのは、精々ガッツポーズくらいだ。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月26日
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飲んだくれている。二日で赤ワイン一人で2本半だ。不思議と酔わない。体は張ってないのに、気が張っているのだろうか。今日、半本飲めば一日平均一本になる、とかいう話でもないだろう。騒いでいる割には醒めている。昔、「飛ぶのが怖い」というエリカ・ジョングの本を、全くの興味本位で読んだことがあった。70年代の超ベストセラーだ。タコ社長、二冊目の本は「飲むのが怖い」か。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月26日
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仕事も厳しい環境の中大変な毎日だが、それにも拘わらず気分がいい。どうも、原因はバナナにあるようだ。人を幸せな気分にさせるのは、なんでもセロトニンという神経らしい。バナナがいいのだそうだ。それにバナナは胸を大きくするといういい副作用もあるらしい。南米、台湾などで市場調査もしてみたい。ちょっと調べてみたら、セロトニンは女性が男性の8倍も出しているとのこと。それでわかった、私は男性といるより女性といた方が楽しい。セロトニンの仕業だったようだ。セロトニンに良くないのがこういうことだという。1日数時間、長時間に及ぶパソコン操作などで同じ姿勢をとり続ける。1日中ゲームをやり続ける。あまり外出をしない。夜ふかし、朝寝坊の昼夜逆転生活。なるほど。朝一番のウォーキング、これも3年目になるがセロトニンにいいようだ。「バナナ1本しか買えなかったの。明日の遠足に買ってきたからね。タコには絶対にいっちゃダメだよ。遠足で食べたら皮もちゃんと捨てて来ないとだめだよ。タコに見つかるから。」小学校低学年の兄の遠足で、母が兄にそう言ったという。最近、母から聞いた。当時バナナは高級品で一本しか買えなかったらしい。私は体も大きくて食い意地もしっかり張っていたので母も私に見つかったら大変だと気がきじゃなかったという。確かに、見つけたら大変だったろう。思わず苦笑してしまった。今は、バナナは高級品ではなくなって喧嘩も起きない。次回の帰国では、兄の家への土産はバナナにしようか。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月24日
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メルボルンの朝日新聞と私が勝手にいっているThe Age紙のトップページに、老眼鏡や虫眼鏡を持ち出したくもなる写真が出た。いつも思うのだが、日本の新聞とえらい違いようだ。日本の大手メディアは「小沢叩き」が至上命令の今。それどこらじゃないだろう。しかし、一国の総理、幹事長を一方的にあれだけバッシングする国なんて、日本以外にないだろう。それもその筈、日本には革命が起きているわけで、旧体制派は利権確保に民主党潰しが至上命令。今度は、民主党内部分裂を工作実施しているようだ。それにくらべオーストラリア、なんと長閑なことか。日本の政治家、黒幕たちも裸の付き合いをすべきだと思うがどうだろうか。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月23日
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オランダ系の連れ合いの英語の生徒が結婚式をあげた。カトリックの教会で、式はほどんとスペイン語で執り行われた。コロンビアからご家族がこられ、大きな聖堂のなかで23人の小さな結婚式となった。でもラテン系の方々で陽気に楽しい式となった。私も恐らく最年長で、ゆとりのある参加となった。「お子さんの結婚式ですか。」式の始まる前に、知らない方から訊かれた。訊かれてもおかしくない年だがちょっと可笑しかった。最後に、独身者の女性に後ろ向きで花を投げた。取った人が次にいいことがあると言われている。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月21日
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やっと「菊芋」と命名されているか実感。芋という名前がいけないのかもしれまい。これがすべて枯れたら、いよいよ収穫。いろいろな料理方法を検索中。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月20日
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「日本に行ったことがあるのだが、日本人は規律があって子供たちも躾がしっかりしているね。」飲み屋で知り合ったピーターがそういう。そういうふうに見えるのかと思い、いつ頃行ったのか訊いてみた。そうしたら、1972年だという。長崎に行ったのだそうだ。その頃の長崎の子供たちはそうだったのだろうか。オーストラリアにいると、しょっちゅうこういう話を聞く。中には戦争直後とかの話もある。そのたびに、今の日本は随分と違ってきていますよという。いうのに疲れる。どの国も、旅行では表面的なことしか見えないし、まして40年も前の話なんか持ち出されても答えようがない。しかし、この方、今日本に行かれたらどんな感想を持たれるのかやや興味があった。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月18日
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「タコさん、人間は一生の間にクモを平均8匹食べるんですよ。知っていましたか。」食べるんですよって言われても困る。だいたい寝ている間で、見なくて済むからいい、なんていう次元でもない。それから、おちおち口開けて寝られなくなってしまった。虫も殺しそうにない東北スタッフりっちゃんが言うので真実味がある。じゃ、アブラムシとかはどうなんだ、なんて考えたらそれこそ寝られなくなる。だから、昼寝はいいという結論にはならないだろうが。私は、クモとかアブラムシとかは、別に恨みがある訳ではないが得意じゃない。因みに、食べてしまうクモは、小さなものなのだろうとは思うが。いくらなんでも顔を覆ってしまうような大きさだったら目も覚めるというもの。食べられない物で嫌なもの、沢山あるが、冬に泊まった安ホテルのシャワーのビニールのカーテン。狭くて、体に冷たくまつわりついてくる。私の体がデカイのが悪のだろうが、時代とともに風呂場も大きくして欲しいと思ったりする。しかし、もっといやなのは、ガラスじゃないので、カーテンの向こう側が見えないこと。そう、あのアンソニー・パーキンスの「サイコ」の世界。いろいろ、怖いことを思い出していたら目が覚めてきてしまった。今夜は寝られそうにない。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月17日
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「マネージャーがね、すごーくいやらしくて、あまり働きたくないんだけど、チップがいいんで働いているの。話しながら、すぐ腰とか肩に手をやるのよ。」初めてアメリカ旅行をしたときに知り合った18歳の金髪娘マーラが言った。因みに私は、チップという習慣のない日本から来ていた22歳の大学生、このチップが煩わしかった。「でも、タコがきたら私がサービスするけど、チップはいらないからね。」貧乏学生に優しいマーラだった。こちらのラジオで、「あなたは、チップをだしますか。どんな所でどのくらい?」とリスナーに問うていた。オーストラリアもどんどんチップの国になってきている。レストラン、美容院、タクシーなどいろいろな所で渡しているという回答が多かった。しかし、本来この国は日本と同じようにチップをやる必要はない。最低賃金がしっかりと決められていてる。アメリカのように、それがなくてチップが収入、という国とははっきりと違っている。オランダ系の連れ合いは、絶対といっていいほどチップを置かない。それはそれで、潔いしそれでいいのだろう。「タコさん、今日のチップすごく少ないよ。」ウエートレスのミカさんがいう。初めてオーストラリア入りしたとき日本食レストランでバイトをしていた。「まったく、ケチくさいやつらばっかりだな!」私は思わず不平を言った。「オーストラリアでは、チップは出さなくてもいいんでしょう。」先日来豪した方が訊いてきたので、「はい、大丈夫です。ちゃんともらっているんだから。」昔、不平を言っていた頃を思い出して苦笑してしまった。貰うのはいいが、やるのは嫌なものだ。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月16日
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屋根に上って雨どいの掃除をした。3年分くらいの落ち葉が溜まりに溜まっていた。先日の多雨で雨どいが詰まって家の天井に染みができた。幸いにして、家の屋根は平屋根で滑って落ちるとか危険がないので、掃除に上った。隣のクリスさん夫妻は3泊で旅行中。2歳のゴールデンリトリーバーの散歩でくたくたになってから雨どいの作業をしたので、久しぶりに疲労困憊。ところで、山崎豊子さんの「不毛地帯」のTVを見終えた。いい時代になったもんで、只で録画したものをダウンロードできる。時差があるので、同時よりも録画の方が好きな時に見られて嬉しい。主演の唐沢なんとかだけど、第1話から最終回の第19話まで、とうとう一度も笑わなかった。こんな人間と一緒に住んでいたら窒息してしまいそうだ。彼は、「白い巨塔」のときもそうだったような気がする。役柄とはいえご苦労なことだ。この役者が、たまに大笑いするシーンなんか死ぬ前に一度くらい見てみたいもんだ。シベリア11年強制重労働を耐えて生き延びた人が主人公。60万人ともいわれる捕虜の多くが飢えと寒さ、重労働で死んでいったという。私なんか、屋根の掃除半日で音を上げているくらいだから、こんな状況だったら真っ先に倒れてシベリアの土になってしまっていたことだろう。ドラマでは戦死した人たちの遺骨収集の責任者になるところで終わっていた。モデルになっている方は、商社の会長、政府の臨時行政調査会の仕事までやっている。ドラマはドラマ、実話とは全く関係ない。そういう意味では楽しめたが、事実と違っていて。すっきりしないものが残った。因みに、私がどこかであの世にいったとしても遺骨収集はできない。タコに骨はない。戦時中、こんな替え歌があったという♪ 昨日生まれたタコハチは弾に当たって名誉の戦死 タコの遺骨は帰らない 骨がないから、、、、、、♪大衆は、戦時中にもこんな歌を歌っていたというから、なんだか救われる。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月14日
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何と、この10年間で3.7倍に伸びたのだそうだ。タコ社長の自転車操業会社の借金の額とかいう話ではない。オーストラリアの肥満の人の数の話だ。現在、オーストラリアの肥満人口が740万人になったというのだ。人口2000万の国だから5人にほぼ2人は肥満ということになる。もっと増えたら不満にも成る。不満といえば、この肥満で生活様式が機能しなくなってしまいそうなので、オーストラリアでは先手を打って対策を実施し始めているらしい。まず、病院と救急車が体重350キロから500キロまでを想定して、それに対応できるように改造が始まっている。全てが「小錦」対応になってきているのだそうだ。当然、世界に冠たる肥満大国USAはこういう対応では先頭ランナーなのだろうが、オーストラリアもしっかりと二番手につけている。そこで、私の最も関心の高い話の一つトイレだが、今までの便座の標準サイズ40センチから49センチ対応のものが出て来ている。小さい人なら陥没してしまいそうな勢いだ。それこそ、腰を浮かして用を足すとかいった涙ぐましい努力も必要になってくる。子供も困るだろう。随分前に、大相撲のオーストラリア公演があったとき、力士達の飛行機のシートは二人分、そしてトイレは絶対に行けないという報道がされていて、その話題で何ヶ月かもったことがあった。しかし、現実には普通の人が二人分のシートを確保することがこの国で起こってきているらしい。因みに、もと相撲取り的体格のタコ社長、オーストラリア国内線の格安チケットを取って乗るときには、必ずこの手の方々の隣になるクセがついていて、本当にお互いに苦労し合っている。極めつけは葬式だ。棺おけのサイズが拡大しているという。そして、基本的にはいつかドラキュラのように蘇ることを想定して土葬が主なこの国、墓地のサイズも大きくなってきている。タコ社長、死んでからも回りに迷惑をかけることのないよう、ゆめゆめこれ以上体型を拡大させないように心しないといけない。メルボルンの朝日新聞The Age紙のトップページに出ていた今日の写真。マネキンのサイズもアップするという。ガリガリのモデルも真っ青か。時代が大型を志向し始めている。それにしても特にこの10年、生活の中にしっかりと定着しているように見え、次々に新しく出現するダイエットだが、これも関連企業が儲かるだけで実際には効果が現れていないのだろうか。肥満先進国のオーストラリア、介護マーケットの拡大とともに、肥満マーケットでの業務拡大を狙える事業が増えてくる。タコ社長、昔「便器で元気!」とかいってこちらでウォシュレット同等品を売っていたことを思い出し、特大便器製造産業などに進出を目論んでみたい気にもなりかねない。オーストラリアではダイエット関連企業を肥満関連企業が凌駕していくかもしれない勢いを感じる。そういう意味では肥満発展途上国ニッポン、いつまでも国民の肥満率が3%とかいってその10倍のアメリカやオーストラリアの後陣に甘んじてはいられない。もっとも、塾やテレビゲームで忙しく、運動をしなくなりファーストフードに馴染んできている子供達が増えてきている現状を見ていれば、やがてこの心配は危惧に終わるのではないかと安心はしているのだが。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月12日
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たまには自慢したいこともある。小学校の頃、音楽の時間が大好きで、歌をいつも褒められていた。将来はウィーン少年合唱団か、などと思ったことは一度もないが、練馬区の子供合唱団ぐらいは夢見た。しかし、この自慢話も小学校で終わってしまった。中学に入ると別な意味で音楽が好きになった。はち切れんばかりの白いブラウスを着た小林先生の授業を最前列で受けることに興味を持った。正統派からは大きく外れた。ふとしたことで、日本のバイオリニストの演奏をYou Tubeで聴いて以来、とんでもなく嵌ってしまっている。今までの人生でまったくといっていいほど使っていなかった右脳が、幾分喜んでいるようにさえ感じる。http://www.youtube.com/watch?v=v31HBl2wzNc川井郁子さん、可なり有名な方だった。大学教授ということでもあり、もし、授業を受けられのであれば、小林先生のときと同じように最前列に座りたい。http://www.youtube.com/watch?v=h--3aKqkG9kこの曲は、画像にも魅入ってしまって、赤ワインがなくても酔ってしまいそうだ。ネットの時代、思わぬことに出会うものだ。カラオケに行きたくなってきた。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月11日
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ジョンとゲリーはアメリカの20歳代の青年たちたった。二人ともニューヨークから来ていた。最初は、モルモン教の青年宣教師かと思ったくらい真面目な感じのお好青年の2人だった。1985年2月から、広尾にある個人経営の小さな日本語学校で教え始めた。クラスは一番大きくてせいぜい5人が限度で、ジョンとゲリーのクラスは彼らだけで、最初のクラスから打ち解けて楽しくスタートした。その年の6月にはオーストラリアに行くことを決めていたので、この学校で教えるのは5月いっぱいと学校に告げた。校長先生は、「そうですか、仕方ないですね。男の先生は貴重なので本当に困りますが。オーストラリアで頑張ってください。」そう言われて励ましてくれた。日本に戻ることはもうないと心に決めていたので、もうお会いすることはないだろうと思うと胸が熱くなった。「タコは必ずオーストラリアでやっていけるよ。」お別れ会を開いてくれてジョンがそう言った。「すごくいい先生だよタコは。」ゲリーもそう言ってくれた。お世辞だったのだろうが、勇気づけられた。オーストラリアに移住して日本語学校をやろう、と決めてからオーストラリアと聞けばどんな会にも顔を出すようにしていた。毎年開かれる、八王子のオーストラリアセミナーにも参加して知り合いもできた。「オーストラリア気違い」と自ら言っているような人にも沢山会った。彼らも移住を目指していた。しかし、どんなに多くの人に会っても、オーストラリア人の友達ができても移住の糸口はつかめなかった。「6月16日に出発することにしたよ。」ジョンとゲリーに告げた。「そうか、いよいよだね。いつかオーストラリで会いたいね。」自分自身が一番不安を持っていたが、その何倍も希望があり不思議な気がした。日本語を教える楽しみも少し分かってきていた。しかし、この時は永住権を取るまでの道のりがいかに長く大変かということは知る由もなかった。こうして私は、1985年6月に重すぎる荷物を持ってオーストラリアのシドニーに向かって出発した。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月09日
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そろそろ、ジャックとか名前を変えないとならなくなるかもしれないほど、菊芋が天に届くほどの勢いで止まらない。花のつぼみが出てきている。菊のような花が咲くという。球根からスタートして、もう3メートル以上に伸びて手が届かない。馬子にも衣装の衣装が間に合わない。収穫はいつしたらいいのか調べないとならない。庭が占領される前に。しかし、これで我が家は飢饉対策万全。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月08日
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今日、オランダ系の連れ合いのコロンビア人の生徒リーナが、遊びに来ることになっていた。ご主人のイケメン中のイケメン、ディエゴのご両親がコロンビアからきて、こちらで披露宴をやることになっている。二人は既に結婚はしているが、オーストラリアで友達を呼んでパーティーをするという。その前に4人をお茶に呼ぶことになった。午前中から3時くらいまでは蒸し暑かった。がその後、暴風雨。そして、生まれてからこのかた、見たこともないような雹が降った。ゴルフボールくらいものあった。「バンバンバーン」とものすごい音がする。屋根に当たる雹の音だった。我が家は屋根が平らで雹も思う存分暴れられる。メルボルン中が大雨でお客さんも来られなくなってしまった。ということで、酒盛り。悪酔いしてしまった。ひょうがない、なんて言ってしまいそうな不発の日になった。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月06日
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大学で「タイ語」を勉強した。語学の素養がなく、途中で脱落した。こちらでは、日本でいうところの「町内会センター」があって、近所の人がいろいろな習い事なんかしている。リタイヤした人とかが行っているらしい。調べてみたら、ベリーダンスとか楽しそうなコースがある。やってみようと思っている。ベリーダンスじゃないが、タイ料理、タイ語なんか面白そうだ。最近、覚束なくなっている日本語なんていうのもある。こういう所へいくと「茶飲み友達」とかもできて老後に弾みがつくかもしれない。オランダ系の連れ合いに余計な心配をかけない程度にやっていきたい。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月04日
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子供の頃、60を過ぎた人は爺さんと思っていた。後2年もすると私もその爺さんの仲間入りだ。小さい子から、「爺さん」とか言われるようになるのだろうか。33歳でオーストラリアの右半分を1カ月で回ったとき、日本人2人組みのワーホリの女性と友達になって、今でもときどきメールをしたりしている。その時、この二人の女性達はわたしを「オジサン」と呼んでいた。当時は、やや違和感もあり、呼ばれたら後ろを振り向いたりしていたが、今は座りがいい。この二人に関しては、私が100歳になったとしても「爺さん」ではなく「オジサン」と呼んでくれると安心している。今日、3年半前に病に倒れて、今は一応元気にしている父の87歳の誕生日。昔だったら、何と呼んでいた世代なのだろう。このくらいになったら「爺さん」と言われても誰も怒りはしないだろう。母によると、私が帰って来るのを楽しみにやっているという。来年は米寿、元気に一緒に祝えるように願っている。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月04日
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「お母さん、駄目だねこの本、エッチばっかりで。」読書好きの母が買って来いというので、所沢西武の8階の本屋で買ってきた「愛の流刑地」、読まないというのでメルボルンに持ち込み、私の会社の図書館に入れてある。今日、友人のHさん、オーストラリア人の奥さんと一緒に見て「失楽園」よりずっと良かったと、この本が映画化されたDVDを会社に持って来た。家に帰って早速見てみてしまった。ちょっと、見ていたオランダ系の連れ合いが、これは日本のポルノかと言っていたが、面倒なので適当に答えた。作家と、平凡な読者の絡み。ミスキャストの俳優も何人かいたが、それなりに楽しめた。あまり細かいことを書くのは憚れるが。ただ、これ確かに本で読むと80歳を超えた母には刺激が強すぎるように感じた。余生は静かに過ごしてもらいたい。全く他意はないのだが、タコ社長も本を出している。もっとも、私の本の場合は売れていないのでファンです、なんていう方との出会いは全く心配しないのでよく安心していられるが。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月02日
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週末、シドニーのオペラハウスで5000人の男女が素っ裸になったという。銭湯とかの寄り合いの話合いとかじゃないようだ。世界的に、大勢の人を裸にして写真を撮っている方がいるとう。参加者は皆、ボランティアだとか。私が勝手にメルボルンの朝日新聞といっているThe Age紙に写真が出ていた。「もしこういうことがあったらやってみる?」オランダ系の連れ合いに聞いたら、YESだった。私は、いろんな意味で自信がないのでできないと思う。ただ、洋服当番とかのボランティアで傍観者としてならいつでもYESだが。しかし、その場にいたら温泉気分になれるのだろうか。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月02日
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昨夜は、近くのパブで夕食。後で、ポーキー(スロットルマシーン)で勝って、晩御飯が半額に。オランダ系も連れ合いも笑顔の晩となった。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月01日
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メルボルンの朝日新聞と私が勝手に言っているThe Age紙の日曜版から。隣の住人やら、会社の同僚やらが、まったく及びもつかない趣味を持っていたりするかもしれないという記事。最近、殺された大富豪が、実はスワッピングの常連で、その関係での口論で殺害されたとわかった。タコ社長の会社は、まったく額面通りの方々の会社ということで、今日も安心して仕事ができる。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年03月01日
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