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日曜は友人カップルと6人でセントキルダへ。最近、心臓の手術をした人。近々、大腸内視鏡検査をする人などの話しで盛り上がる中高年に相応しいランチ。マーケット、カフェ、そして、最後はユダヤ系の店が立ち並ぶアクランドストリートで、しつこいケーキ。元気でいられるのがいい。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月30日
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何カ月に一度、女性が中心の会に呼ばれて参加している。今日は、スプリングベールというベトナム人の多く住む所にあるショッピングセンターで飲茶だった。参加7名(女性6名、タコ1名)、赤ん坊2名だった。女性は、お母さんが多い。最年少、20歳の留学生、最年長還暦間近のタコ社長。こういう会は、他の男性に気を使う必要がなく思いっきり発言できて設定が非常に優しい。「今度のメルボルンマラソンで走ります。昨年に続いて2度目です。」ある女性の発言。そういえば、10月10日はメルボルンマラソンの日。4キロのウォーキングから参加できるので、私も十分に可能性がある。毎朝5キロ歩いている。飲茶は、量に限界が見えないバトルを内包している、ある意味では恐ろしい食形態。店から3時間くらいかけて歩いて帰るべきな重たい胃袋になってしまった。メルボルンマラソン、出るべきだろうか。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月28日
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友人の家に夕食後遊びにいった。旦那のケビンはNZ人、奥さんのニーナはロシア生まれ。まだ小学生の子供がいるので、外出時はベビーシッターが必要になり、だいたい私たちが遊びに行くことが多い。写真は、NZのマオリのお守りでケビンはいつもこれを首から下げているという。手に持ってみたら、結構重かった。「一回ね、これが目に当って大変だったことがあるの。お守りにならないわ!」ニーナが、その時の痛さったらなかったわ、と言った。「やっぱり、ケビンが下じゃないとだめね。」オランダ系の連れ合いがさらっと言った。皆で大笑いとなった。私は、やや遅れた笑いとなった。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月28日
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スロークッカーで8時間煮込んだラムシャンク。豪快に盛り付けて一気に食べた。ラムは脂肪を体内に止めないと言われダイエットにはいいらしい。ところで、10年前に97キロだった体重が、今は81キロまでになった。ズボン、ベルトが代替わりしている。先日、ある大学の受験の際の健康診断表が突然出て来た。体重、78.5キロ、身長184センチとあった。19歳の時のものだった。因みにその大学は、「桜散る」だった。ということで、この19歳の時の体重を目標にすることにした。こちらの方は滑らないようにやっていきたい。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月27日
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我が家には、ハーフバスしかない。子ども用の風呂のようだ。しかし、これ半身浴に調度いい。ラップトップ、ノートブックパソコン、ipod, iphone, 週刊誌、雑学本などをその都度持ち込んで30分ほど入る。20分過ぎ頃から、自分はこんなに汗かきだったのかと自慢したくなるくらい汗が出る。20分過ぎに、すった生姜を山ほど入れた生姜茶を飲む。時々、その繊維質にむせる。沸かし湯ではないので、途中でぬるくなったお湯を少し抜いてお湯を足す。水不足で、オランダ系の連れ合いから節水を言い渡されているので、TVを見ている連れ合いに分からないように静かに足す。体の新陳代謝、健康保持のためにもやっている。ただ、夏はいいのだが冬は上がってから湯冷めする可能性がある。勿論、半身浴の後シャワーを浴びるのだが、それからも結構汗が出て裸でいる。そんなことがあって風邪をひいた。バカと言えばバカだ。健康志向で風邪ひいてどうする。鬼の霍乱か。ということで、極寒のメルボルン、やや心して裸にならんとならないようだ。小さいのでこんな使い方しかなかった
2010年08月25日
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ちょっと前までは、カツ丼大盛りとかを遠慮なく食べていた。しかし、最近は食べなかったり、食べても簡単なものになっている。人生が、だんだんと収束に向かってきているのだろうか。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月24日
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週末はやや遅く早朝ウォーキングをスタートする。約5キロの定番コースを1周目は1人で、そして2周目は必要睡眠時間の可なり長いオランダ系の連れ合いを起こして一緒に回る。これで、一万三千歩くらいになる。メルボルン、まだ日の出が遅い。お陰で、綺麗なシルエットが見られる。そう言えば、今日は総選挙の日、朝早くから投票場に人が集まっていた。私には、選挙権がない。永住権はあるが市民権を取得していないためだ。オーストラリア初の女性首相、ジュリア・ギラードの率いる労働党が、その政権を守ることができるかどうかだが。可なりの接戦が予想されている。それにしても、メルボルンの日刊ゲンダイと私が勝手にいっているヘラルドサンの戯画はどうだろう。あまりに二人の党首の特徴を捉えていて。トライアスロンなどスポーツに熱心でいつもビキニの海パンで新聞に出ている自由党のトニー・アボットの姿が笑える。今回ほど人気のない二人もない、と言われていてメディアもやや白け気味。どの国も、為政者が小粒になってきているようだ。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月21日
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オランダ系の連れ合いと、久しぶりにインドネシア料理。連れ合いの両親が初めて一緒に行ったのがインドネシア料理であったのを思い出した。戦前は、インドネシアはオランダの植民地だった関係で、オランダ人にはインドネシア料理が浸透している。所謂、ABCD包囲網のDがオランダだ。江戸時代の関係が、この大戦で崩れた。イカンブリという小魚がサイドに乗っているが、これが日本の小魚の佃煮とよく似ていて美味しい。食べたビーフの下に固まったチリが入っていて、間違ってほぼ丸ごと飲み込んでしまった。それから1日、内臓が燃え続けた。こういうものを毎日食べている人たちの内臓はどうなっているのだろうか。だんだん年をとってくると、日本食の、何というかサッパリ感というか、内臓にも優しい料理が更に恋しくなってくる。いろいろな意味で、日本での生活が自然で楽なように思えてきてしまう。だからどうこうなるという訳でもないが。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月20日
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― あれ!髪を切ったんだ。ボーイッシュでいいな。ギターを抱えMが歌っているのを見ながら私はそう思った。東京の国立市にある高校に通っていた。隣の組のMに好意を持っていた。長く一本のお下げ髪だった彼女は、一年の二学期の文化祭で大きくイメージチェンジをした。長い紺のスカートで足をふっくらと包み、水色のセーター姿で歌を歌っている。小顔で細目、小さい口を尖らせるように歌っている。胸が掻き毟られるような歌の音だった。この歌に乗せられるようにして、片思いが一気に増長されてしまった。惚れ易さに遠慮がない頃の話ではある。しかし、一言も口をきいたこともない人だった。二年の四月、新しいクラスの発表日、四組になった。そして、Mの名前もそこにあった。胸がドキッと音をたてた。二年、三年とクラス替えはない。二年間一緒だ。この二年の間、タバコの苦い味と、片思いは片思いで終わることを当たり前のように繰り返し繰り返し彼女に教えてもらった。♪ あのとき あなたと口づけをしてあなとき あの子と別れた私つめたい女だと人は云うけれどいいじゃないの 幸せならば ♪http://www.youtube.com/watch?v=Yh8vSv2R7rAあの時、ギターを抱えながら、あまりに刹那的にこの歌を歌っていたM。バツ二、そして今は小学校の校長先生になっているという。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月19日
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「10月に、叔母さんの70歳の誕生パーティーがあるんで、妹のシャーロンと二人でオランダに行くことにしたわ。」30年近く行っていないオランダに、オランダ系の連れ合いが行くという。基本的には、連れ合いの場合は事後承諾が多い。今年既に2度も日本に行っている私は、諸手を上げて大賛成。話しがだんだん大きくなって、末っ子のロジャー、そしてシンガポールのデビーの二人も加わることになった。連れ合いは、シャーロンと旧東欧圏も回るということで3週間の不在となる。我が家の老猫ルーシー130歳が天国へ行ってから久しい。私には絶対になつかなかったルーシーだったが、私のことよりルーシーのことを心配する連れ合いは、海外出張のとき私の飲み会三昧に大いに歯止めをかけていて、早く帰りなつかないルーシーにエサを与えていた。今は、その歯止めがなくなっている。とはいえ、連れ合いのいない間、一家の主としてしっかりとこの家を守っていかねばならないと肝に銘じてはいる。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月17日
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昨年帰国した時に映画館で見ようと思っていた映画「沈まぬ太陽」をDVDで見た。因みに2枚組で19ドルだった。字幕が中国語と日本語で、オランダ系の連れ合いは見られない。事故機の中で遺書を書く男性、胸が詰まるシーンだった。海外駐在で、恩地が母の臨終に間に合わなかったシーン。たまらなかった。しかし、一番印象に残ったのが、鈴木京香演ずる主人公恩地の奥さんりつ子。この奥さんあっての主人公。主人を全面的に支えるその信頼。夫婦愛。泣けてくる。人生一度きり。こんな夫婦であれたら。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月16日
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大学で、タイ語を専攻していた。クラスは8人で、私は常に7番だった。8人目の人は全くタイ語を勉強しない人だった。私は、追いかけるモノを大間違いして勉学を忘れて、呆けた4年間となってしまった。結局、ずたずたな学生時代を過ごし、今は、タイに関しては料理が好きなことくらいしか残っていない。因みにこの8番目の人、今は製薬会社の役員になっている。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月15日
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4軒先のトニーさんの家。まだ、寒いが春が訪れようとしている。日本はまだ酷暑だろうか。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月15日
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「タコさんね、六本木のこの店に行ってよね、ゴルフセット一式バッグ付きで置いておくから。これからガンガンゴルフやってさ、楽しんでよ。まったく仕事とは関係なく考えてよね。全然、気にしないでね。」サクラ運輸の山崎さんが、脂ぎったアバタ顔で声を潜めながらそう笑った。1976年7月から、オオマツ製作所の海外事業本部運輸部船積み課に配属になった。大型機械の運送を頼む訳だからこちらが客で、あの手この手で担当者に取り入ろうとする。オオマツビルの地下にあった喫茶店で、山崎さんに呼び出された。初任給、11万7千円。こんな安月給の私に10万を超えるゴルフセットをくれるというのだ。ゴルフを始めようとしていた。昔から、くれるというものを断らないまっとうな性格だったから、ほんの一瞬気持ちが動いたのは確かだ。だが、断った。お中元やお歳暮にもらう靴下とかハンカチと違って高級品で、今後の仕事でどうしても手心を加えてしまい兼ねない。こういった日本の「袖の下文化」は歴史と実績があり、一朝一夕になくなりはしない。ある意味では、奢り奢られる社会の潤滑油の役目もあり、一概に否定ができないところもある。しかし、「下心」のはっきりと見える物のやり取りは犯罪行為そのものになり得る。日本のメディアは、今相撲協会の賭博問題をこれでもかと追及している。しかし、我々庶民が本当に追求して欲しいと思っているのは例の「官房機密費」の方だ。年間、何と14億、領収書も使いかたも一切問われないお金、「官房機密費」。勿論、国民の税金だ。誰が、どうやって使っているのだろうか。日本のメディアには、悪しき「記者クラブ」制度がある。自民党が与党だった頃、このクラブの記者には、高級スーツ、Yシャツなどが盆暮れ配られていたという。もらいものはこれだけではない。そして、接待がある。こういう物を一度もらったら、その記者が書くことはどうしても手心が加わってしまうと思うのは私だけだろうか。「官房機密費」、外交などで表に出せないことで使うことはどうしても必要な面がある。しかし、メディアがこの金に染まってしまったら、新聞、TVで私たちが見聞きするニュース、評論には、嘘、隠ぺい、歪曲が入り込む。大新聞、その配下にあるTVの報道や評論が、時の政権に阿った方向にいくことは間違いない。よく、私たちはアジアの他の国が賄賂で汚染されていることを論う。しかし、我ニッポンも全く同じ体質だ。もっと酷いかもしれない。今、大新聞、TVを全く見たり読んだりしない人がどんどん増えているという。ネットで、より正確なものが得られるからだ。勿論、ネットも玉石混交、選ばないといつかとんでもない方に流される。しかし、少なくとも前の政権に首根っこを押さえられた報道を信じるよりずっといい。というより、メディアが率先して読者を誘導しているという方が正しいかも知れない。新聞界のドンだか何だか知らないが、とんでもない奴らが日本のメディアを牛耳っている。日本に帰国して、腹が立って腹がった仕方ない。タコ社長、いつになく沸騰していて、完全に茹でダコ状態。更に、TVの評論家が殆どこの「官房機密費」の汚染を受けていることが公になった。問題は、こういう人たちが書いている新聞や、発言しているTVが、そういうことを一切報道できないことだ。当然だ。できる訳がない。自分たちが汚れていますと言える訳がない。だから、私たちは新しいネットメディアなどに真実を求めていくしかない。こんな現状を目の当たりにして、一体ニッポンはどこへ流されて行くのかと危惧されてならない。どんどん、アメリカに流されて、その内一緒になってしまうのか。国立は、私の大好きな町だ。桜並木は春には本当に素敵な歩道になる。私の高校の母校はここにある。今年の11月、創立70周年の大同窓会が企画されている。私も是非、出席できたらと思っている。客寄せパンダの1人に、元毎日新聞の記者でTVで人気の評論家がいる。つるっ禿げのあの老人だ。「官房機密費」で名前が上がって週刊誌などで叩かれている。因みに、今の同窓会長は、前の杉並区長、女性問題で大変なことになっている。創立70周同窓会、どうなってしまうのだろうか。タコ社長、あまり偉くなると同じようなぼろがボロボロ出てきたりして、高校の先輩、後輩の愚行に並べられたりし兼ねないのでタコのままでいるべきで、ここら辺で止めておく。こんな事を書き連ねたのは10年で初めて。多数の女性に振られた話などの方が似合ってはいる。しかし、ニッポンが心配だ。もっと問題な「特別会計」という得体の知れない金の流れもある。昨年の6月に、イタリアからスイスに米有価証券13兆円相当を持ち出そうとして捕まった日本人2人がいた。あれはいったいどうなったのだろうか。豆腐13丁とかの話ではない。逮捕された日本人が誰なのか、その後どうなったのかも一切報道されない。あ~切りがないので止めよう。この前の日本滞在は、梅雨だった。天候と共に、こういったことが重なり、「不快指数」の温度計が破裂した。昨日の日記と、えらい違いだ。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月15日
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「運輸の南さん、この前飲みに行ったとき、酔ったふりして私のオッパイ触ったのよ。」1976年、サラリーマンの1年目、付き合い始めたばかりの同期の亜由美が、私と同じ部の南先輩のとんでもない話をし出した。俺より先にするなよ、と思ったりした訳ではないがどうしてもこういう話は容認できない。あんな虫も殺さないような善良ぶりを振りまいている南先輩、名前を変えて「南オッパイ」とかにしたいくらいだった。亜由美と南先輩は会社のテニス同好会で結構会う機会があったようだ。そして、この二人が同好会の合宿に行くことを知った。「もしもし、今、旅館。飲み会が始まったんだけど、ちょっと抜け出して部屋で電話してるの。南さん、酔ってしつこくて仕方ないの。あ~やだ。」合宿の宿舎から亜由美が電話をかけてきた。夕食を終えて、東村山の自宅でその電話を受け、いてもたってもいられない思いに駆られた。「あっ、誰か部屋に入って来そう。電話切るわね。」そこで、電話がプツンと切れた。24歳の熱血タコサラリーマン、その晩どんな状態になったか想像に難くない。悪い胸騒ぎがして寝付けなかった。それから、運輸部を離れるまで約2年間、南先輩がどんなに偉そうなことを言っても私は聞き流していた。そして、先輩と顔が合う度に亜由美の身体などが目に浮かんできて困った。今だったら、こんな話では済まなかっただろう。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月14日
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昔から、人が食べている料理が美味しそうに見えてならない。子どもがいないから、子どもいる家族が楽しそうに見えてならない。人の奥さんが、良さそうに見えてならない。性格かしら?先日の昼食のお相手が頼まれたものが何とも輝いて見えて。いつまでたっても悟らない性格。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月14日
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「日本では、風呂に入ったときに嫁は姑の背中を流すのが習慣になってるからやってね。」両親と前妻の四人で日光の旅館に泊まったときに、私は冗談のつもりでそう彼女に言った。そうしたら、急に彼女が泣きだしてしまったのだ。とんだことを言ってしまったと反省。裸で皆と風呂に入る習慣がない国から来た彼女に悪いことをしてしまったと今も思っている。もう一つ、彼女を驚かしたのは手ぬぐいの小ささで、オージーの大柄な女性がどうやってあの小さな手ぬぐいでお風呂に入るのかと戸惑ったらしいが、気持ちに反して一緒に女風呂に行くわけにはいかなかった。「うちの旦那に言ったんですよ、日本ではお風呂に入るときにしっかりと体を洗ってから入るように。」オージーの旦那さんと結婚されている日本人の女性が、旦那さんにそうしっかりアドバイスしたとこと。そして、旦那さんはそれに忠実に従ったらしい。ある日このご家族が、日本のご両親と温泉に行かれたそうだ。やっぱり、日本は温泉だ。お風呂から旦那さんが帰ってきて、彼女にびっくりしてこう言ったとのこと。「自分が湯船に入るまえにしっかり体を洗ってたら、お父さんが後から入ってきたんだよ。そしたら、お父さんは全く体を洗わずにいきなり湯船に飛び込んだんだよ。」彼女は、しばらく言葉を失ったとか。温泉に行って、体を洗っていると、そういう「いきなり族」がいるもんだ。また、今年ももう一回くらい、こういう裸の付き合いの場に臨みたいもんだ。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月13日
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久しぶりに韓国料理。しこたま食べて赤ワイン飲んで、定番グリークカフェ。けーきよく食べて、更にスバラキてんこ盛り。小腹、大腹、更には中腹まで満たした宴だった。しばらくは食べなくていい。少なくとも明日の夜くらいまでは。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月11日
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最近の朝ご飯だ。オリーブオイル、ゴマ、七味、青唐辛子、大根おろし、そして納豆。その内、納豆嫌いのオランダ系の連れ合いに家を追い出されるんじゃないかと思ってる。その際は、よろしくお願いいたします。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月09日
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ちょっと、バストが垂れてきたように思える。三軒先のスージーさんとかのことではない。因みに、学生時代に座高はともかくバストを測定するのはどういうことか、と女子学生に代わって疑問に思ったことがある。否、正確には女子学生のは一体どこを測定するのかと疑問に思った、というのが近いかも知れない。垂れてきたのは自分のバスト。長年ソフィア・ローレンン並みに102センチを誇ってきていたのだが、どうも寄る年波には抵抗できずにということかもしれない。因みに、ソフィア・ローレンといえばやっぱり映画「ひまわり」だろうか。イタリア女優の中では、ジーナ・ロロブリジダ、クラウデイア・カルデナーレと小学生 の時から決めていたが、生育して観た「ひまわり」の彼女には感激に近いものを持った。これが本当の「映画カンゲキ」だと思った。なかなか、本題に入れな い。垂れてきたバストのために男性用ブラなどもあるのだろうが、子供のときからしているのであればとも角、この年になって新しいものを身に付けたくはない。また、変な趣味に目覚めたりしても念願の国際家庭平和に貢献ができなくなる。人間の筋肉は70%が下半身に集中しているというので歩くことがいいらしい。朝のウォーキングは3年半ほど続いていて、下半身は徐々に結構固まってきているようだが、どうも上半身の運動が不足しているのだろう。ということで、昔取った杵柄、あの「ラジオ体操」を再開することにした。特にはっきりと記憶している第一がバストにいいような気がする。小学校の夏休み、ランニングシャツ姿で首から出席簿を下げて臨んだ「ラジオ体操」。だらっとしたズロース姿の上級生のオネエサン達の後姿に悶えながらだらしなくやっていた。しかし「ラジオ体操」、ラジオからテレビの時代になってNHKで見た時、自分たちがやっていたのは何だったのかと深く反省。併せ、淫らな気持ちを排除して真剣にやると、大変な運動量であることを知った。年を取るということにはいいこともある。こんな記憶を辿って、10年に1度くらいの割合で私の人生に「ラジオ体操」が復活する。男性用ブラの助けは借りずに、垂れたバスト補強のために昨日から「ラジオ体操」がメルボルンの度田舎で復活している。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月09日
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メルボルン、今が一番寒い時期。風がある日は耳も痛くなりウォーキングもきつい。しかし、万年寝不足のタコ社長、この早朝ウォーキングで目が一気に覚める。昔から、着ている人には興味が尽きないが、着ている物にはさして興味を持たない人生。だから、自分のも関心が薄い。そういう意味では、オランダ系の連れ合いに好まれる領域の人間だ。日本での買い物は、100円ショップ、ユニクロ、そしてイトーヨーカドーと決められている。梅雨の日本で買った防水ウエアー(東村山のヨーカドーで購入)が結構気に入っていいてメルボルンに持ち帰った。因みに、野球帽も同店での購入。「なかなか、似合うわよ。60近いなんて見えないわ。」連れ合いの、心強いコメントに思わずワンショット。これからも経済的な志向は変更せずにやっていけそうだ。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月09日
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昔、カツ丼とかシンガポールヌードル、パタヤフライドライスとかを、毎日昼ごはんにガンガン食べて時期が懐かしい。今では、食べないこともある。時々食べているホウレンソウリコッタ。だんだん、食が細くなてきているのか、はたまた一時の気まぐれか。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月08日
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「正直言うと、インド料理は健康度外視ですね。」オランダ系の連れ合いと、最近できたというインド料理屋に行った時、マネージャーがそういった。確かに正直な発言だった。インドへは3度赴いた。仕事だった。でも、最後に行ったのが1983年の11月だから随分と今は変わってしまったことだろう。しかし、料理に関してはそれほど変わりようもない。このレストランは北インドの料理だという。結構、美味しくいただいたのだが、前菜でお腹がいっぱいになり、メインは無理やり詰め込んだ。週に一度は、ダイエットとかを忘れて自由に食べる、という本を読んでいたので調子に乗ってしまった。食べ過ぎでその後とんでもないことになった。歯痒い胃袋、といった感じだった。これであと一年くらいはインド料理はご無沙汰となるようだ。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月07日
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毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月06日
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友人のアンソニーはイタリアに3週間、自転車旅行に行っていた。サイクリングのセミプロ級の人。その間、メルボルンに残していた奥さんに毎週月曜に花束を贈ったそうだ。半端な金額でないものだったいう。最後にオランダ系の連れ合いに花を贈ったのはいつのことか覚えていない。これではしっかりオージーハズバンドしているとは言えない。たまにやるからいい、という言い訳が何年も続いているようだ。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月04日
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「マット、どうしたんだ鼻の頭、皮膚癌の手術でもしたのかい?」週末にオランダ系の連れ合いの家族が集まった。シンガポールから、妹夫婦が遊びにきていたこともあった。といっても、両親は、北のクーンズランドに3カ月キャラバンで保養に行っているので参加していなかった。因みにこの両親、50歳代半ばからこんな生活をしている。義弟のデイルが、シンガポールからきている義弟のマットにこう訊いたのだ。通常、こちらの人は、皆の前で顔の造作などを論うことはない。顔がデカイ、太った、禿げた、などということは言わない暗黙の了解がある。デイルは酔っていたか、わざと言ったのだろう。結構、そういうところがある男だ。すると、デイルの3人の娘の内の一人21歳のブルックがデイルの出ている腹を指してこう言った。「お父さん、どうしたのそのお腹は。」デイルは黙ってしまった。「オバサン、顔が小さくなったね。」小学校6年生の時、近所に住んでいた山本さんのオバサンが子宮癌を患って手術して一時家に帰っているときのことだった。私が、そうオバサンに言うと母がものすごい形相で私を強く諌めた。私は、とんでもないことを言ってしまったと顔から血が引いた。どうして励ますようなことが言えなかったのだろう。オバサンと母は同じ同郷の秋田出身で、年は母が10歳下だったがとても仲が良く母の親友と言える人だった。二人とも可なり太っていて、母が大デブ、オバサンが小デブと自ら言い合っていた。又、色白の母は、白デブ、オバサンは黒デブだった。小デブと呼ばれていたオバサンは、見る影もなく二回りほど痩せて寝巻姿でうちに遊びに来た。オバサンは、それでもか弱く笑ってみせてくれた。陽気なオバサンに私はいつも可愛がられていた。半年後、オバサンは「切ない。死にたくない。」と言いながらもっと小さい顔になって49歳で他界してしまった。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月03日
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日本では、ママチャリで買い物三昧だった。時には日に二度も三度も。しかし、運べる量に限度がある。こちらでは、要らない物までまとめ買いだ。母は、トイレットペーパーとかオムツとかがさ張る物の買い物が大変と言っていた。うだるような暑さの中、今日も買い物に出ていることだろう。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月03日
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実は、昔からグループ交際がどうも不得意だ。どうしても、一対一がいいような気がしてならない。「タコ君を選ぶか、田中君を選ぶか、どうする?」色白の西村さんは、有山からそう迫られた。私たちは、東京は練馬にあった向山小学校の6年生。どういう訳か、6人のグループ交際が始まろうとしていた。が、男が4人女が3人だった。有山と星川さん、竹村と金光さん、このカップルが成立していた。西村さんを私と田中が競う形となった。一人が仲間からこぼれ出る。しかし、このとき西村さんが、私にも田中にもそれほど気がないことは薄々分かっていた。彼女には部の悪い選択肢しか残っていなかった。結局、それでも彼女は、「タコ君。」と真顔でこたえてくれた。田中が、はじき出された。さあ6人の交際が始まった。しかしどうしたことか、まるで6人になることが最終目的ででもあったように、たちまちグループでの交際が終わってしまった。唯、他の二組は続いていたような気がしないでもない。「タコ君と、加藤君、そして大川君が、屋上でオシッコをしたそうです。加藤君と大川君はしたくなかったんだけど、タコ君がどうしてもしろって言ったのでやったそうです。」ある日のホームルームで田中がそう発言した。30歳を越えたばかりの岡本先生は烈火のごとく怒って、私たちにバケツに水を入れてその現場を掃除するように命じた。タイトな緑のスカート姿の岡田先生、頭を高く丸めて結っていた。いつも怖かった先生、この時は本当に顔が見られなかった。私の父も田中のお父さんも警察官だった。家も近かった。田中は正義感の強い生徒だったのだろう。警察官の息子には二つのタイプがあると思う。一つは、田中のように正しいことと悪いことをしっかりと見極めていくタイプ。もう一つは、表面上はそう装っていても、分からないところで悪さをする。どうも私はこの二つ目もタイプに属しているようだった。コンクリートの壁に水を掛け、雑巾で洗い流しながら田中から西村さんを競い奪ったことが頭を過ぎった。グループ交際は、今でも苦手だ。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月01日
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オランダ系の連れ合いの妹が一時帰国中。3姉妹、1義妹の4人でヤラバリーワイナリーで昼食。私は留守番。妹はシンガポールからの帰国。1本40ドルのワインが安い安いの連発だったという。そう、シンガポールはワインがバカ高い。「私たちは40ドルって高いって言ったのよ。」連れ合いの言。いずれにしても、リムジンから全て、この妹の支払いとのことで安心していられたらしい。毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年08月01日
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