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子供の時。親は嘘をつかない。先生はいつも正しいことをいう。政治家は国民の幸せのために働いている。裁判所の判断はいつも正しい。会社は国の繁栄のためにある。隣の家の栄子ちゃんはいつまでも可愛い。自分はいつも正しい。栃錦が日本一強い。その他、数え切れないほど信じていたことがった。その内、今残っているのは、ごく僅かだ。たとえば、消防士さんとは命を張って他人を助ける素晴らしい仕事、とか。あの頃の自分はもういない。18回くらい脱皮してしまった。人の体は脳も含めて分子、原子レベルでは1年くらいで総入れ替えされているという。1年前の自分と今の自分は別人。そればかりではない、世の中の現実を知るようになったわけだ。私が、ジイサンになったうように、悲しいかな栄子ちゃんもバアサンになってしまった。「おい藤川、今日、テレビでロッキードの証人喚問をやるよ、見に来ないか。」1976年2月、就職も決まっていた私は、同級生で東京神学大学に進むことが決まっていた藤川を東村山の家に誘った。そして、母と3人で全日空の大庭会長らの証人喚問を見ることになった。ふと見ると、藤川が震えている。生真面目というポスターを背中に貼って歩いているような男ではあったが、目の前で見る大疑獄事件に震えていたのだ。少し世の中の仕組みをかじっていた私は、当時から田中角栄元首相が一方的に悪いとは思ってはいなかったが、「金脈」をあれだけ叩かれとんでもない政治家だったんだと思わされるようになっていった。アメリカの、というより、世界の政治の妖怪キッシンジャーは、自らが自分たちのいうことを聞かない田中をひきずりおろすために「ロッキード事件」をしかけたことを認めている。この方、まだ暗躍していてときどきTVなんかで見かけるが困ったものだ。今の日本の政治家の中では、国会で疑惑の総合商社と言われた鈴木宗男を、ものすごく胡散臭い政治家だと思っていた。カラオケで今も歌うことのある歌手と訳のわからないことをやっていると。当時は、小泉を自民党をつぶすヒーローと思っていた。どうしてか、簡単だ。大新聞、TVなどのマスコミがこぞってそういうからだ。世界広しといえども芸人が寄ってたかって政治を論う番組をやっているのは日本だけらしい。日本のマスコミは変だ。ところが、ここへきて日本中がとんでもないことを知ることになった。厚生労働省の村木元局長の郵便不正事件がえん罪だったことが分かった。検察がでっち上げていたと。こんなことは、絶対にあってはならないこと。否、体制側からいえば絶対にバレてはいけないこと。検察が1年半も執拗に追及している小沢一郎、その同じ路線での鈴木宗男。悪代官と言い続けられてきた人たち。村木冤罪と同じ体質の検察が追及している。検察は一体どこを向いて仕事をしているのか。あれほど日本中が熱狂した小泉改革は、郵政民営化で郵貯350兆円をアメリカなどに使わせようとしていただけだということが分かってきている。怖くて、考えただけで鳥肌が立つ。ロッキード事件のことで、6年前に作られて番組がYou Tube で見られる。田中元首相がやろうとしていたことを、受け継いでやろうとしているのが小沢一郎だとすると、なんだか本当に恐ろしい。http://www.youtube.com/watch?v=imrTUXgPJcA&feature=relatedあ~、ニッポンの未来は明るい、と心から信じて笑っていられた子供の時に戻れる方法は一つだけ。アルツハイマーになったときだけだろう。恋が幻だと知ってしまったように、今の日本の現状を眼前に晒された。さあ、ここからどうするかだ。今度の帰国で、栄子ちゃんとお茶でも飲みながら考えてみたい。戦争にでもなったら、それこそ、ウォー、ウォー、ウォー、ウォーだ。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業
2010年09月29日
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「37.4度です。」眠りについてのTVの番組で、イギリス人の金髪女性がそう言った。平熱のことだそうだ。私の場合は36度弱なので、37.4度もあった日にゃもうちょっと横にならないとならない体温だ。可なりの差がある。4-5日、家のヒーターが壊れて寒い思いをした。週末は修理の人も高くなるので呼ばない、とオランダ系の連れ合いが言う。健康よりも経済観念が先行するのがオランダ系。ということで、寒さで体調を崩した。最近は、朝のウォーキング中に転倒したりいろいろあり、厄年がまた来たのかみたいで気を付けないとならない。平熱が1度以上も違う白人の方々と一緒に生活していると、何とも草食系中高年、弱みが出てくる。先の大戦は、こういう国の方々としていたのだと思うと、基礎体力からして戦にならないものがあったようだ。国際平和は堅持していかないとならない。戦争好きな大国の挑発に乗らないようにも気をつけたい。我家庭においていうならば、生姜の力で基礎体温を少しでもアップして、連れ合いに頼もしいと思ってもらうことが戦争回避への近回りのような気がする。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業
2010年09月27日
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こちらでも買えるコンニャクDevil’s tongue. コンニャクのことだ。すごい命名だと思う。悪魔の舌。そういえばフニャフニャしている。オランダ系の連れ合いは、納豆、梅干し、コンニャクがだめだ。コンニャクは食べられなくはないが、あの匂いと食感が好きでないようだ。コンニャクはカロリーゼロとかでダイエットとか美容食にいいのは知られているが、いろいろな用途があるようだ。学生時代に聞いた話しだが、コンニャクが人肌に近いということで、熱湯で温めてあらぬことに使用して、これまたあらぬ所をヤケドした男子学生がいたという。人間の知恵、想像力とはいかに逞しいものか。太平洋戦争の際、日本がコンニャク爆弾なるものを作ってアメリカを攻撃しようとした話しを学生時代に聞いたことがあった。あのフニャフニャのコンニャクでどうやって風船を作り、そしてどうやって原子爆弾の国と戦おうとしていたのか不思議でならなかった。後で知ったのだが実際には、和紙で直径10メートルほどの気球を作っていて、コンニャクは糊として和紙の補強に使われていたそうだ。勝手な想像をしていたもんだ。そして、中に水素を入れて何と1万発も製造したいたというから驚く。更には、人間魚雷、神風特攻隊並みにその気球に人を乗せる計画まであったとか。だが、もっとも衝撃的だったのは、この気球が300発以上ジェット気流に乗ってアメリカに届いていたという事実だ。7000キロ以上を飛んだことになる兵器。そして、まったく知らなかったのだが、その内の1発の不発弾に触れたアメリカ人6人(女性1人、子供5人)が死亡していたという。民間人だ。日本もあの戦争で、アメリカ本土の民間人を狙った無差別爆弾攻撃をしていたことになる。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業
2010年09月24日
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メルボルン、なかなか春が来ない。しとしと雨も多く、朝のウォーキング中にこけて顔面打撲。とはいえ、もう肉の季節、バーベキューが匂う。ほぼ、菜食主義者の私には肩身の狭い季節なっている。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業
2010年09月21日
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久しぶりに、ギリシャ人の街オークリーに行ってきた。私は、アーモンドが大好きだ。昔、煮干しとアーモンドしか食べない人の本を読んでから、アーモンドに異常に好意を持っている。因みに、その本の著者の方がその後どうなったのはか定かではない。何しろ、毎日、煮干しとアーモンドしか食べない、ってやっぱり心配になる。オークレイに行くと、まずこのナッツ屋さんに行ってアーモンドを購入、煮干しは買わない。こちらでは、猫の餌だ。その後いつ行っても混んでいるカフェでラテを飲む。マフィンがなかったので、名前の分からない丸いゴマパンを食べる。なんだか、老後が見え始めたような週末のスタートとなった。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。タコ社長の本業
2010年09月19日
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本を読んでいて、椅子から転げ落ちそうになった。いくつか、引用したい。ある小学生が先生からこう言われた。「きみたちは、進んで人の嫌がることをしなくてはいけない!」こう諭された男子生徒、それから盛んにスカートめくりをしいて歩いていたという。因みに、私の場合は小学校低学年でスカートめくりは卒業できたように記憶している。引用をもう一つ。ある易者さんの前で、子供が騒いだり邪魔したりするので、この易者さんが怒って、「お前たちは、どこの子だ!」と怒鳴った。そうしたら子供が、「当ててみな!」久しぶりに本を読んでいて、可笑しくて可笑しくて大笑いしてしまった。子供は無邪気でいい。だが、これを大人がやったら大変だ。何年か前に、日本の青年がメルボルンでトーサツをして逮捕された。英語でこれをUp skirting.ということを初めて知った。これはこの青年のお陰で知った。スカートめくりは、英語で何というのか分からないし、オランダ系の連れ合いに訊くチャンスは今のところない。外国語の勉強には限度がない、ということを思い知らされる。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年09月18日
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少し前から、踵が痛い。ウォーキングのし過ぎか。ひび割れてきて、軟膏を塗って素っ裸に靴下で寝ている。そこで、古くなったスニーカーを新しいのに買い替えた。新しいのを買った途端に、高校18年後輩のKさんに「シェープアップシューズ」の話しを聞いた。何でも、履いて歩くだけで健康によく、シェープアップ、減量にもいいという。そして、踵にも優しいらしいと知った。ただ、新しいスニーカーを買ったばかりで、タイミングが悪かった。しかし、思い切って買った。今まで買ったスニーカーの中では一番高価なものとなった。週末は、極端に倹約家のオランダ系の連れ合いに吹聴して、彼女にも買わせて均衡を保とうと目論んでいる。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年09月17日
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年に一度の「粗大ごみ無料出し放題」の日が近づいている。どの家の前も大変な騒ぎだ。よくまあこんな物までだすな、と感心することも多い。そして、良い物は、または良く見えるものは本当にあっと言う間に無くなる。車で多くの人が勝手に回収に来るのだ。自分の家で使う物を探して回る人も中にはいるだろうが、ほとんどはどこかに売り払うための仕事だろう。驚くほどの人が来る。写真は家の前の様子だが、「物をほとんど捨てない家」として有名な我が家からの提出物は極々僅かだ。私が捨てたものまで「どうして捨てたの?」と回収されることの多い家。だから「粗大ごみ無料出し放題」への貢献度は少ない。最近、気が付いたらソファーで「ふて寝」みたいなことが続いている。痩せたとはいえまだまだ「粗大ごみ」級の私だが、気が付いたら一緒に外に出されていた、とかがないように心してやっていかないとならない。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年09月16日
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オランダ系の連れ合いとは、基本的に平日にはあまり会話がない。彼女はTV、私はPCといった具合に選択が違っている。しかし、久しぶりに一緒の時を過ごすことになった。チャイニーズの食料品店で、日本のTV番組のDVDを購入した。最近、日本で話題になっていた「新参者」だ。2枚組のDVDが5ドルだった。このドラマに、2人して嵌ってしまった。DVDは2枚組だった。チャイニーズの安いDVDは英語字幕がいい加減なものが多い。しかし、この「新参者」の英語字幕は結構しっかりしていて連れ合いも黙って見ていた。1週間くらいかけて見終わったのだが、2枚目のDVDになった途端に英語字幕がおかしくなった。いい加減な単語が出て来て、連れ合いがその都度うるさくなってきた。更には、1枚目の出演者の名前はドラマのままの名前だったのだが、2枚目からはXだのYから始まる中国名になってしまったのだ。おそらく、1枚目と2枚目の翻訳は分業で担当者が違ってしまったのだろう。ということで、それまで静かに一緒に見ていられたドラマだったのだが、「今のは誰のこと?」「あっ、あれは誰?」とか連れ合いが発して、落ち着いて見られなくなってしまった。とはいえ、このテンポの早い展開、そして、毎回かならずホロっとさせられるシーンがある話しで十分に楽しめた。そして、エンディングの山下達郎の「街物語」がサンバのリズムで嵌ってしまっている。連れ合いも口ずさんでいる。ただ、フランク永井レベルの私の声では歌いきれないが。日本の映画やドラマに辛口の点数しかつけない連れ合いが、結構楽しんでくれたのが良かった。http://www.youtube.com/watch?v=qQXCulZ0AUA&feature=related毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年09月15日
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土曜日は、友人を招待してタイ料理の宴となった。英語教師をしているオランダ系の連れ合いのクラスに、タイ料理のすごい人がいるというので、その方を雇って作ってもらった。連れ合いも一緒にやっていた。いつもは日本料理が多いので、今回は私は嬉しい手持無沙汰だった。運転をしなくてもいいということで、赤ワインをガンガン飲んでしまった。(いつものことではあるが。)1本半近く飲んだが、楽しい会だったので日曜日もすっきりと快適だった。こういう会はいい。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年09月13日
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今日は、9月11日。9年前のあの日の衝撃は決して忘れられない。亡くなった多くの方々のためにも、今日の日記はいつもと違うトーンで書いてみたい。私も多くの一般の人と同じように、あの事件はテロリストの犯行と信じて疑わなかった。4年ほど前までは。ところが、ネットの時代でいろいろと検索して見ている内に、多くの疑問、素朴な疑問への回答が未だなされていない事実を知った。そして、当初から非常に多くの人々が、テロリストの単独犯に疑問を持って議論していたことを知った。小学校5年の11月23日に、アメリカ大統領ケネディーが暗殺された。あのときは、オズワルドの単独犯行と信じていた。しかし、今アメリカでさえあれは複数の者による犯行ではないかと疑問に思っている人の方が多いという。機密開示は50年後、そして75年後にある。長生きせんとならない。国家としての意思が含まれる犯罪行為では、私たちはその真実を知る術を断たれる場合が多い。しかし、今はネットの時代だ。インターネットは、アメリカの軍事目的で開発されたのだから、皮肉ではあるがネットを通して真実に近づくことはができるようになった。何百もある疑問の中でいくつか出してみる。1.ツインタワーの崩壊未だかつて歴史上、火災で崩壊したビルはない。あの日は三棟も出た。奇跡が三回。バンバンバンと爆発音がしたという、非常に多くの人の発言がる。その中には、崩壊前に突入現場とはかけ離れた地下で起きていたものもあったという。崩壊が、大きな爆発で始まっている。2.ペンタゴン崩壊の穴が、突入されたとする機体の大きさより小さい。残骸が少なく、遺体も確認されていない。トップのラムズフェルドが外で救援にあたっていた(厳重な厳戒態勢であるべきその最高責任者は、事件の真相を知っていたのではないか。だから安心してそんなことができたのではないか)3.シャンクスビル ユナイテッド航空93便私が、一番疑問に思うのはこの飛行機のこと。残骸、遺体がほとんどなく検視官も20分で現場を離れたという。遺体がなかったからだ。25年前の日航123便の520名が亡くなった現場とあまりに違う。この日、多くの日本人の方々も亡くなっている。どうして、亡くならなければならなかったのか。その疑問が明らかにされない限り、この事件は解決されない。50年、75年、待たねばならないのだろうか。インタビューで、亡くなった息子のことであるアメリカ人の父親が言っていた。「私は、陰謀説に加担しているわけではない。ただ、どうして息子が死ななくてはならなかったのか、それが知りたいだけだ!」民主党の藤田幸久議員が、国会でペンタゴン突入事件の疑問について政府を問いただしてもいた。いま、世界中で本当のことを知りたいと訴えている人が増えている。私もその1人だ。下は、私が見たサイトの内の一つだ。一枚の写真は、多くの説明よりも強力だ。どう判断するかは私たちの勝手だが、少なくとも多くの疑問が私にも沸いてきた。http://doujibar.ganriki.net/in_the_biginning_were_the_facts-1.html太平洋戦争は、日本の真珠湾攻撃で始まった。アメリカの世論が一気に対日交戦に収束されたからだ。ベトナム戦争では、トンキン湾事件が引き金になってアメリカが拡大介入していった。戦争には、引き金が必要だ。日本軍も盧溝橋事件を起こしている。ルーズベルトは、日本の真珠湾攻撃を知っていたといわれている。トンキン湾事件は1971年にメディアに自作自演と暴露され、いまではアメリカ政府もそれを認めている。9・11は、誰が何の目的で起こしたのか最終結論は出されていない。しかし、その後に何が起こったのかは誰もが知っている。そして、戦争は今も続いている。あの時、3000人以上の人が死亡し、6000人以上の人が負傷しなくてはいけなかった理由は何だったのか。そして、何よりも、非常に多くの疑問に対して9年経った今でもアメリカ政府からの説明がなされていないことへの大きな不信が残る。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年09月11日
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1枚の写真がある。小学校1年生の時のものだ。演劇「大きなかぶら」の主演作品だ。当時から背が高く、お爺さん役だった。それ以外に考えられないほどデカかった。因みに、後ろに立っているのが今年84歳になる母だ。今は、しぼんでしまったが、当時は非常に大柄だった。昭和34年のことだ。なんだか、みんな笑顔で何の心配もないような顔に見える。私は東京練馬区の向山小学校で学んだ。小学校1年の時にできた新しい学校だった。この学校で1年から3年までの担当は佐藤克彦先生という方だった。先生は既に40歳を超えていた中年の先生だったが、演劇などに熱心だった。そして、今から15年ほど前だろうか、先生は実は有名な方だったことを知ったのだ。昭和22年から25年にかけて、終戦直後の日本で爆発的に人気のあったNHKのラジオ番組に「鐘が鳴る丘」がある。聴いていなかった人がいないくらいという大変な人気番組だったという。この放送の出演に佐藤先生が主催していた練馬区立豊玉第二小学校の演劇部の生徒たちが抜擢されたのだ。ということで、先生は当時大変な話題の中におられたようだ。しかし、私はそういうことを一切知らずに卒業してしまっていた。http://www.youtube.com/watch?v=bieiQBqczwE&feature=relatedということで、もしあの「大きなかぶら」で主演を演じたときに、抜群の演技力でも示すことができていたら、今頃映画界で活躍していたかもしれない。それこそ、寅さん映画の「タコ社長」よろしく、主役とかではなく、脇役として生きのびていたかもしれない。しかし、実際には先生に認められず、かたぎの生活を続けることになってしまった。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年09月10日
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「私は、わざわざ気に入った靴をドイツにまで買いに行くくらいなんです。」日本でお会いしたある日本人の男性が言われた。それから、いろいろなドイツの靴製造メーカーの名前を挙げておられたが、それらの名前は右から左に抜けていった。普段の靴も5,6万とかで買っているらしい。そして、もし気に入らないと、いくらであろうと即捨てるとのこと。私は、日本ではイトーヨーカドーとかダイエーなどの特売で靴を買うのが常。100円ショップで特価で靴を扱うようになったら、前の晩から開店を待ってしまうようなことになり兼ねない。「タコちゃん、靴には絶対にお金をかけて良いのを買ってね。父がいつもそう言うのよ。靴って、体の健康にすごく影響するんだって。」サラリーマン時代、お付き合いさせていただいていて3年半で去られた亜由美がよくそう言っていた。男女交際は、その結果の善し悪しに拘わらずいろいろとためになることが多い。値段もさることながら、良い靴は体に優しいのだろう。80年ほど前にパリに住んでいた金子光晴が、「ねむれ巴里」の中で、極貧のある芸術家崩れの日本人が靴を買う金がなく、足に黒く墨を塗って歩いていたと書いていた。外国へ出たはいいが、成功するのはそのごく一部の人たちだけだったのだろう。それにしても、海外移住者として身につまされる思いがする。健康の前に経済状況が立ちはだかる。「まだ、履けるじゃない、どうして捨てるの?」オランダ系の連れ合いは、物を絶対に捨てない人。靴なんかを捨てようとすると、いつもそう言われる。私は、5,6万とかの靴を買って即捨てようとしている訳ではない。安ものの靴のかかとが擦り減って、かかとがひび割れもう履けないから捨てようとしているのだ。足に良くない。というわけで、我が家の物置にはこうして捨てられずにいる靴が山を成している。やはり、自分の経済状況を鑑みて、物は必要以上に大切にしないと、私はこの国ではやっていけない環境に身を置いているようだ。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年09月08日
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人は足の裏で考える。毎朝、ウォーキングをしていて本当にそう思えてくる。歩いていると、とんでもないことも含めて様々な思いが巡る。足の裏は、本当に貴重な所だ。今朝も歩きながら、東村山の84歳になる母のことが過ぎった。ケネディー兄弟に恋をして、不可解な死を遂げたあの憧れのマリリン・モンローも生きていたら母と同じ年なんだなあ、なんていうことも浮かんでくる。ふと見ると、気球が浮かんでいる。メルボルン、晴れた日には気球がいくつか浮かぶ。あんな気球に乗って、どこまでもどこまでも飛んで行ってしまいたい気持ちにもなる。今はできたら、日本の方角へ。そういえば25年前、糸の切れた凧のようにオーストラリアに辿りついた私だった。そんな自分が、今は極東へ極東へとない後ろ髪を引かれまくる。一生歩きまわったと言われているお釈迦様曰く、「歩くために歩く」。私は考え過ぎか。あと30年くらい歩かないと悟らないかもしれない。煩悩が多過ぎるし。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年09月06日
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サラリーマン時代、赤坂の韓国クラブでは、韓国人と間違えられ韓国語で話しかけられた。韓国に行ったこともなければ、韓国人の女性と付き合ったことも、今まではない。オランダ系の連れ合いとひと悶着。土曜の昼は1人で昼食。辛ラーメンにした。玉ねぎ、干しシイタケ、ふえるワカメ、卵、そして大根おろし。こんなメニューに付き合ってもらった。ラーメンと付き合っているくらいなら、別段問題もないだろう。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年09月04日
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「タコさん、ジャズが好きですか。」紺の制服のスカートを、必要以上にミニにしてはいている業務課の大原さんが、共同コピー場でコピーをしているときにそう訊いてきた。短大卒の彼女は、会社は私より1年先輩だが年は私より下だった。目がくりくりとしたエクボのかわわいい人だった。そして、安産型のその体型は、ちょっと日本人離れしていて、前景も後ろ姿も目を引いた。「ビル・エバンズがこの間、亡くなりましたね。私、大好きだったんですよ。」彼女から、そういう話が出るとは思わなかった。私はちょっと前に、彼のLPを買ったばかりだった。Some Day My Prince Will ComeMy Foolish Heart Waltz for Debbyなんかに聴き惚れていた。案外、身近に趣味と体型の合いそうな人がいたのだ。それから暫くして、Feel So Goodで一世を風靡したチャック・マンジョーネの来日公演のチケットを2枚買って、大原さんを誘うことにした。1981年9月のことだった。全く別の部署の人だったの苦労して誘い出した。「丁度良かったわ。私も、タコさんにお話があったんです。」ドキッとした。こんな風にうまくいくこともあるんだな、なんて前の年に大失恋していたことも忘れてしまいそうに浮足だった。芝の郵便貯金ホールは満員の盛況で、熱気に溢れた公演だった。http://www.youtube.com/watch?v=RID-gqSw85o&feature=related公演がはねてから、楽しい思いを抱えながら近くの純喫茶に入った。「タコさん。」一瞬、顔が火照った。「実は、この秋結婚することになったんです。せっかく、お友達になれたと思っていたんですが、、、、。」「そう、それはおめでとう、、良かったね。」顔が引きつった。帰りの電車の中は、Feel Soo Bad! となってしまった。毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
2010年09月01日
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